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Vol. 42 No. 157 (2016. 1) 9アフリカツメガエルにおいてトロンボポエチンは 肝臓での有核栓球の産生を誘導する 谷崎 祐太 1 、一杉 芽美 2 、大淵 - 下地 美也子 2 、石田 - 岩田 貴子 2 田原 - 茂木 彩香 2 、目黒 - 石川 瑞枝 2 、加藤 尚志 1, 2 1 早稲田大学 教育総合科学学術院 生物学専修、 2 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 生命理工学専攻) E-mail: [email protected], [email protected] 哺乳類において末梢を循環する赤血球、血小板、白血 球は、骨髄中の造血幹細胞を起源とする。造血幹細胞は 様々な造血因子や造血微小環境の刺激を受けて自己増殖 と分化を繰り返し、成熟血球を産生する。血小板の前 駆細胞である巨核球の増殖、分化を担う造血因子がト ロンボポエチン(Thrombopoietin; TPO)である。TPO は、巨核球や巨核球前駆細胞に発現する受容体 c-Mpl結合して内部にシグナルを伝え、細胞増殖と多核化を誘 導する。ヒト TPOc-Mplとの結合領域は N 末端領域 にあり、C 末端領域には6本の N 結合型糖鎖が付加され ている。TPOは主に肝臓で発現し、末梢を循環して骨 髄中の前駆細胞に作用する 1。巨核球、血小板をもつ動 物は脊椎動物の中でも哺乳類に限られている。一方、鳥 類、爬虫類、両生類、魚類では有核で紡錘型の「栓球」 と呼ばれる細胞が止血、血栓機能を担っている 2。この ような興味深い血球の差異は、我々の研究意欲を刺激し てきた。有核血球をもつ動物では、これまでにゼブラフ ィッシュの造血研究が展開されてきたが 3、個体が小さ く最適な実験モデルにならないことも多い。また、有核 血球を有する動物における血球系譜は大部分が未知であ り、栓球前駆細胞も同定されていない(図1)。本研究で はアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の造血系に着目 してアフリカツメガエル TPO xlTPO)の機能を調べた。 まず初めに、近縁種であるネッタイツメガエルのゲノ ム配列を基にアフリカツメガエル TPOc-Mplの遺伝 子をクローニングした。xlTPOの推定アミノ酸配列を他 種の TPOと比較すると、哺乳類が有する糖鎖が豊富な C 末端領域を完全に欠いており、c-Mplとの結合領域に N 結合型糖鎖付加部位が存在していた(図2)。大腸菌組 換え体 xlTPO 含有培地中で肝臓、脾臓細胞を懸濁培養 すると、肝臓、脾臓由来の細胞は増殖活性を示した。増 殖した細胞はツメガエル栓球認識モノクローナル抗体 T12)陽性であり 4、栓球系の細胞であることが示され た。T12陽性細胞の形態を観察すると、一部の細胞は遠 心塗抹標本上で直径50μmにもなる大型の細胞であった ため、我々は「これらの大型細胞が哺乳類の巨核球に相 当する細胞ではないか?」と期待した。遺伝子発現解析 ではヒトやマウスの巨核球、血小板に特異的に発現する 遺伝子 CD41c-MplFli-1の発現を認め、巨核球に特 徴的な多数の顆粒、膜開放系を有していた。また、アフ リカツメガエルの赤血球に含まれる DNA 含量を基準と すると、成熟栓球は2倍量、巨核球様細胞は最大8倍量 DNAを有し、核が多倍体化していた(図3)。こうし て我々は、本細胞が哺乳類以外で初めて「巨核球」と定 義できる細胞であることを示した。つまり、本知見は、 巨核球は哺乳類のみが有する細胞であるといった従来の 考えを覆すものとなった。次に、アフリカツメガエルの 巨核球が成熟した栓球を産生する栓球前駆細胞であるこ 図1 脊椎動物における血球系譜 造血幹細胞は種々の造血サイトカインの刺激を受けて成熟血球へと分化する。 1個の巨核球は数千個の血小板を産 生する。哺乳類は脱核した赤血球、血小板を有するが、哺乳類以外の脊椎動物は全て有核の末梢血球が体内を循環する。

JSCE-CE2015 42 157

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Vol. 42 No. 157 (2016. 1)

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アフリカツメガエルにおいてトロンボポエチンは

肝臓での有核栓球の産生を誘導する

谷崎 祐太1、一杉 芽美2、大淵 -下地 美也子2、石田 -岩田 貴子2、田原 -茂木 彩香2、目黒 -石川 瑞枝2、加藤 尚志1, 2

(1早稲田大学 教育総合科学学術院 生物学専修、2早稲田大学大学院 先進理工学研究科 生命理工学専攻)E-mail: [email protected], [email protected]

 哺乳類において末梢を循環する赤血球、血小板、白血球は、骨髄中の造血幹細胞を起源とする。造血幹細胞は様々な造血因子や造血微小環境の刺激を受けて自己増殖と分化を繰り返し、成熟血球を産生する。血小板の前駆細胞である巨核球の増殖、分化を担う造血因子がトロンボポエチン(Thrombopoietin; TPO)である。TPOは、巨核球や巨核球前駆細胞に発現する受容体c-Mplと結合して内部にシグナルを伝え、細胞増殖と多核化を誘導する。ヒトTPOのc-Mplとの結合領域はN末端領域にあり、C末端領域には6本のN結合型糖鎖が付加されている。TPOは主に肝臓で発現し、末梢を循環して骨髄中の前駆細胞に作用する1)。巨核球、血小板をもつ動物は脊椎動物の中でも哺乳類に限られている。一方、鳥類、爬虫類、両生類、魚類では有核で紡錘型の「栓球」と呼ばれる細胞が止血、血栓機能を担っている2)。このような興味深い血球の差異は、我々の研究意欲を刺激してきた。有核血球をもつ動物では、これまでにゼブラフィッシュの造血研究が展開されてきたが3)、個体が小さく最適な実験モデルにならないことも多い。また、有核血球を有する動物における血球系譜は大部分が未知であり、栓球前駆細胞も同定されていない(図1)。本研究ではアフリカツメガエル(Xenopus laevis)の造血系に着目してアフリカツメガエルTPO(xlTPO)の機能を調べた。 まず初めに、近縁種であるネッタイツメガエルのゲノ

ム配列を基にアフリカツメガエルTPOとc-Mplの遺伝子をクローニングした。xlTPOの推定アミノ酸配列を他種のTPOと比較すると、哺乳類が有する糖鎖が豊富なC末端領域を完全に欠いており、c-Mplとの結合領域にN結合型糖鎖付加部位が存在していた(図2)。大腸菌組換え体xlTPO含有培地中で肝臓、脾臓細胞を懸濁培養すると、肝臓、脾臓由来の細胞は増殖活性を示した。増殖した細胞はツメガエル栓球認識モノクローナル抗体(T12)陽性であり4)、栓球系の細胞であることが示された。T12陽性細胞の形態を観察すると、一部の細胞は遠心塗抹標本上で直径50μmにもなる大型の細胞であったため、我々は「これらの大型細胞が哺乳類の巨核球に相当する細胞ではないか?」と期待した。遺伝子発現解析ではヒトやマウスの巨核球、血小板に特異的に発現する遺伝子CD41、c-Mpl、Fli-1の発現を認め、巨核球に特徴的な多数の顆粒、膜開放系を有していた。また、アフリカツメガエルの赤血球に含まれるDNA含量を基準とすると、成熟栓球は2倍量、巨核球様細胞は最大8倍量のDNAを有し、核が多倍体化していた(図3)。こうして我々は、本細胞が哺乳類以外で初めて「巨核球」と定義できる細胞であることを示した。つまり、本知見は、巨核球は哺乳類のみが有する細胞であるといった従来の考えを覆すものとなった。次に、アフリカツメガエルの巨核球が成熟した栓球を産生する栓球前駆細胞であるこ

図1 脊椎動物における血球系譜 造血幹細胞は種々の造血サイトカインの刺激を受けて成熟血球へと分化する。1個の巨核球は数千個の血小板を産生する。哺乳類は脱核した赤血球、血小板を有するが、哺乳類以外の脊椎動物は全て有核の末梢血球が体内を循環する。

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比較内分泌学

とを調べることにした。巨核球を濃縮した後、TPO含有、非含有培地で2日間培養後、細胞形態の変化を観察した。すると、xlTPO非存在下ではT12陽性の紡錘型の細胞が多く出現した。このような細胞に栓球活性化因子トロンビンを添加すると、マウスやヒトの血小板と同様に活性化したことから、機能的な栓球であることが判明した(図4)。よって、アフリカツメガエル巨核球の最終分化をTPOは阻害すること、巨核球から機能的な栓球が産生されることが明らかとなった。また、末梢栓球にも c-Mplが発現していることから、TPOは成熟栓球にも機能すると考え、TPO存在下で末梢栓球を培養したところ、アポトーシスが抑制された。培養栓球内の転写因子STAT5がリン酸化されていたことから、アポトーシスシグナルがSTAT5を介して阻害されていることが示唆される。xlTPOには糖鎖が付加されているため、安定的に末梢中を循環し、末梢栓球の細胞死を抑制する作用をもつのではないかと推察された。

 本研究において、アフリカツメガエルのTPOは受容体であるMplと結合し、巨核球の産生、紡錘型栓球への分化抑制、さらには成熟栓球のアポトーシス抑制に寄与することが示され、TPO-Mpl系は栓球造血において中心的な制御機構であることが明らかとなった(図5)。本研究で構築されたツメガエル有核栓球造血モデルは、脊椎動物の造血制御、血球産生機序における多様性と普遍性を比較生物学、あるいは比較内分泌学的な視点で明らかにする上で有用なモデルとなることが期待される。

 本研究はThrombopoietin induces production of nucle-ated thrombocytes from liver cells in Xenopus laevis (Tanizaki Y, Ichisugi M, Obuchi-Shimoji M, Ishida-Iwata T, Tahara-Mogi A, Meguro-Ishikawa M, Kato K)と題してScientific Reportsに発表した。

図3 巨核球様細胞の性質(A)ツメガエル肝臓細胞のxlTPO培養前後におけるT12陽性細胞の形態。矢印:T12陽性細胞、スケールバー:20μm(B)透過型電子顕微鏡による巨核球様細胞の微細構造(C)ツメガエル赤血球、顆粒球、栓球、巨核球様細胞におけるMpl、CD41、Fli-1、AChE、EPOR、MPO遺伝子発現解析(D)巨核球様細胞のDNA含量。

図2 ツメガエル TPOの種間比較(A)TPOの第1システイン残基から第4システイン残基までのアミノ酸配列の種間相同性。ツメガエルとの相同性:ヒト(23%)、マウス(23%)、ラット(23%)、ニワトリ(24%)、トロピカリス(87%)、ゼブラフィッシュ(18%)。(B)ヒト、ラット、マウス、ニワトリ、ゼブラフィッシュ、ツメガエルTPOの模式構造。

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文 献 1 ) Kato T et al. Stem Cells, 16, 322-328 (1998). 2 ) Levin J. Platelets, Elsevier, pp. 3-25 (2013). 3 ) Orkin SH, Zon LI. Cell, 132, 631-644 (2008). 4 ) Tanizaki Y et al. Exp Hematol, 43, 125-136 (2015).

図4 ツメガエル巨核球の成熟栓球への分化(A)液相における末梢栓球像(B)ツメガエル巨核球のTPO存在下、非存在下における細胞培養による細胞像(培養2日目)。左図:xlTPO存在下培養、右図:xlTPO非存在下培養、矢印:紡錘型栓球様細胞、スケールバー:20μm(C)トロンビン添加後における紡錘型細胞の形態変化(D)トロンビン添加後における紡錘型細胞数の変化。(*P<0.05)

図5 ツメガエル栓球造血モデル xlTPOは肝臓、脾臓中の巨核球形成を促す。また、巨核球から栓球産生の過程において、xlTPOは負に制御している。成熟栓球において、xlTPO/Mplシグナルは抗アポトーシスに寄与する。肝臓、脾臓には異なる分化段階の栓球前駆細胞がそれぞれ局在していることが考えられる。