3
よく「機械保全」という語句の意味を尋ねると、故障した機械を修繕・修理することと返 事が返ってきます。本当にそうでしょうか ? 機械は壊れてから修理するのと、機械を壊れないようにするのでは大きく違います。保全 とは一言にまとめると後者の「壊れないように修繕する」ことです。もう少し詳しくいうと、 「機械設備の定格出力・生産能力・品質を維持しながら長期間稼働できるような状態に保つ」 ことであり、本来その機械設備のもっている機能・能力を十分に発揮することです。 機械保全は奥が深い 「機械保全」は一見簡単そうにみえて、実は大変奥が深い分野です。奥が深いというと大 変とっつきにくく感じられますが、本書では「機械保全」が好きになるように解説をしてゆ きます。 読者の皆さんは、子供のころ自転車に乗って遊んだ記憶があると思います。自転車のタイ ヤの空気圧が少ないと空気を入れ、チェーンの動きが重たいようであれば油をさし、各部の ねじやボルトが緩んでいるようであれば、ドライバやレンチで増し締めを行い、さらに実際 自転車に乗り、動きや作動がおかしければ体で感じて修繕しながら快適に乗っていたと思い ます。このように自転車が完全に壊れる前に、ポイントをおさえ定期的に修繕しながら乗る ことが「機械保全」なのです。 保全のいろいろ 自転車を例にとってみても、さまざまな機械要素部品で構成されており、タイヤ、リム、 チェーン、スプロケット、ボールベアリング、シャフト、ワイヤー、ナット・ボルトなど数 百点の機械要素部品があり、これらの部品が組合わさり、自転車の機能を果たすことになり ます。快適に自転車に乗るには、やはり定期的なメンテナンスが必要になります。 保全方法は、壊れてから保守・修理を行う「事後保全」、一定期間ごとに保守・修理を行 う「時間基準保全」、機械の状態を確認しながら保守・修理を行う「状態基準保全」に大ま かに分かれます。 自転車のタイヤがパンクをして修理をすると「事後保全」、タイヤの空気圧を一定に保つ ため、一定期間ごとに空気の補充を行う「時間基準保全」、自転車のペダルが重く感じるので、 回転部分やチェーンに給油を行う「状態基準保全」となります。言葉が難しいようでも実際 に自転車を使う人が自ら行っていることであり、この「事後保全」・「時間基準保全」・「状態 基準保全」の構成が重要になります。 また、自転車のタイヤがパンクをしないように、一定期間ごとに新品のタイヤに交換する と多くの費用が必要になります。チェーンに給油を行いすぎると周辺の余分な油が飛び散り、 逆に砂などが付着し寿命を短くしてしまいます。 生産設備の「機械保全」を行う場合も同じで、「事後保全」・「時間基準保全」・「状態基準 保全」を機械要素部品に対して適切に見きわめて行う必要があります。 1 2 3 4 5 6 7 7 6 自転車の保全 1-1 KIKAI-HOZEN 機械保全とは 自転車を安全に乗るためには、ある程度自分でメン テナンスができることが必要。半年に一度は、車輪 の車軸ナットなど体重をかけながら地面方向へ押し つける。ナットが緩んだ状態で乗っていると車輪が 外れた場合、たいへん危険になる。 タイヤの虫ゴムの点検をします。虫ゴムはゴムでで きているため、必ず劣化が起こり、虫ゴムが破れて いると少しずつ空気が少なくなる。半年に一度は 虫ゴムの点検と交換が必要になる。 自転車の整備をしていると、使われている機械要 素部品には、タイヤ、回転軸、回転軸受、ベアリン グ、スプロケット、チェーン、ワイヤーなど数多くの 部品から成り立っていることが分かる。 また、調整する個所は、車輪のバランス、ベアリン グの予圧、チェーンの張り、締結ボルトの増し締め などがあるが、実際の機械設備でも同様の調整 方法が必要。 自転車を完全に整備できるようになると、機械設 備の機械保全に役に立つようになり、この他、車 両などの日常整備程度は自分自身で行うことが 可能になる。 自転車の車軸ナットの増し締め 自転車タイヤの虫ゴムの点検 自転車の車軸ナットの 増し締めをしている。 レンチに体重をかけられる 方向で使用すると 子供でも増し締めができる 自転車の タイヤの虫ゴムを 点検している 心得 心得

KIKAI-HOZEN ことが「機械保全」なのです。 機械保全とは · う「時間基準保全」、機械の状態を確認しながら保守・修理を行う「状態基準保全」に大ま

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 よく「機械保全」という語句の意味を尋ねると、故障した機械を修繕・修理することと返

事が返ってきます。本当にそうでしょうか?

 機械は壊れてから修理するのと、機械を壊れないようにするのでは大きく違います。保全

とは一言にまとめると後者の「壊れないように修繕する」ことです。もう少し詳しくいうと、

「機械設備の定格出力・生産能力・品質を維持しながら長期間稼働できるような状態に保つ」

ことであり、本来その機械設備のもっている機能・能力を十分に発揮することです。

機械保全は奥が深い 「機械保全」は一見簡単そうにみえて、実は大変奥が深い分野です。奥が深いというと大

変とっつきにくく感じられますが、本書では「機械保全」が好きになるように解説をしてゆ

きます。

 読者の皆さんは、子供のころ自転車に乗って遊んだ記憶があると思います。自転車のタイ

ヤの空気圧が少ないと空気を入れ、チェーンの動きが重たいようであれば油をさし、各部の

ねじやボルトが緩んでいるようであれば、ドライバやレンチで増し締めを行い、さらに実際

自転車に乗り、動きや作動がおかしければ体で感じて修繕しながら快適に乗っていたと思い

ます。このように自転車が完全に壊れる前に、ポイントをおさえ定期的に修繕しながら乗る

ことが「機械保全」なのです。

保全のいろいろ 自転車を例にとってみても、さまざまな機械要素部品で構成されており、タイヤ、リム、

チェーン、スプロケット、ボールベアリング、シャフト、ワイヤー、ナット・ボルトなど数

百点の機械要素部品があり、これらの部品が組合わさり、自転車の機能を果たすことになり

ます。快適に自転車に乗るには、やはり定期的なメンテナンスが必要になります。

 保全方法は、壊れてから保守・修理を行う「事後保全」、一定期間ごとに保守・修理を行

う「時間基準保全」、機械の状態を確認しながら保守・修理を行う「状態基準保全」に大ま

かに分かれます。

 自転車のタイヤがパンクをして修理をすると「事後保全」、タイヤの空気圧を一定に保つ

ため、一定期間ごとに空気の補充を行う「時間基準保全」、自転車のペダルが重く感じるので、

回転部分やチェーンに給油を行う「状態基準保全」となります。言葉が難しいようでも実際

に自転車を使う人が自ら行っていることであり、この「事後保全」・「時間基準保全」・「状態

基準保全」の構成が重要になります。

 また、自転車のタイヤがパンクをしないように、一定期間ごとに新品のタイヤに交換する

と多くの費用が必要になります。チェーンに給油を行いすぎると周辺の余分な油が飛び散り、

逆に砂などが付着し寿命を短くしてしまいます。

 生産設備の「機械保全」を行う場合も同じで、「事後保全」・「時間基準保全」・「状態基準

保全」を機械要素部品に対して適切に見きわめて行う必要があります。

第1章

第2章

第3章

第4章

第5章

第6章

第7章

「機械保全」って

なに?

「締結部品」と

保全作業

「伝動装置」と

保全作業

「軸受」と

保全作業

「密封装置」と

保全作業

「潤滑剤」と

保全作業

76

「軸・軸継手」と

保全作業

自転車の保全

1-1 KIKAI-HOZEN

機械保全とは

自転車を安全に乗るためには、ある程度自分でメンテナンスができることが必要。半年に一度は、車輪の車軸ナットなど体重をかけながら地面方向へ押しつける。ナットが緩んだ状態で乗っていると車輪が外れた場合、たいへん危険になる。

タイヤの虫ゴムの点検をします。虫ゴムはゴムでできているため、必ず劣化が起こり、虫ゴムが破れていると少しずつ空気が少なくなる。半年に一度は虫ゴムの点検と交換が必要になる。

自転車の整備をしていると、使われている機械要素部品には、タイヤ、回転軸、回転軸受、ベアリング、スプロケット、チェーン、ワイヤーなど数多くの部品から成り立っていることが分かる。また、調整する個所は、車輪のバランス、ベアリングの予圧、チェーンの張り、締結ボルトの増し締めなどがあるが、実際の機械設備でも同様の調整方法が必要。自転車を完全に整備できるようになると、機械設備の機械保全に役に立つようになり、この他、車両などの日常整備程度は自分自身で行うことが可能になる。

自転車の車軸ナットの増し締め 自転車タイヤの虫ゴムの点検

自転車の車軸ナットの増し締めをしている。

レンチに体重をかけられる方向で使用すると

子供でも増し締めができる

自転車のタイヤの虫ゴムを

点検している

心得 心得

保全はなぜ必要なの では、なぜ保全が必要かを考えてみましょう。

 例えば、私達の日常生活において安全に移動する手段として、自動車があります。

 今から40年前の自動車と現代の自動車を比較すると、移動する手段としては全く同じです。

しかし自動車が持っている本来の性能を十分発揮させるための保守・修繕の技術が向上した

ため現代の車は、昔と比べて壊れにくくなったのです。

生産保全 生産設備の機械も、機械保全の必要性は全く同じです。

 新規導入した生産設備を設備を継続して生涯使うことを「生産保全」と呼びます。この生

産保全の目的は、生産設備がどのようなときでも必要なときに設備の持っている機能を

100%発揮することができ、また、保全にかかる経費を最小限に抑えて生産活動をすること

です。この目的を忘れてしまうとただ単に故障しないように修理をしているだけになります。

予防保全と事後保全 生産設備が長期間故障しないように計画を立て保全を行うことを計画保全と言います。こ

の計画保全は大きく2つに分かれ、①設備が故障しないように予防しながら保全を行う「予

防保全」、②設備が故障や機能低下が発生してから保全を行う「事後保全」に分かれます。

 予防保全には一定の稼働時間ごとに部品交換や点検・修繕を行う「時間基準保全」と、設

備の機能状態を定量的に判断し、設備の稼働状態を判断しながら部品交換や点検・修繕を行

う「状態基準保全」の二通りの方法があります。このどちらの方法を採用するか判断が難し

いですが、両方とも過去の故障や修繕記録をもとにして一定期間ごとに行い、さらに設備の

状態を定量的に把握する必要があります。いずれも人が判断を行う必要があり、保全作業を

行う担当者や管理者には、的確な判断能力と技能・技術が必要です。

修繕記録から故障原因を把握 計画保全で行われてきた修繕記録や故障の原因を把握し、今後の生産活動に影響を出さな

いように生産設備の改良・改善を常に行っていかなければなりません。現在の生産設備より

よりよい設備にするには、計画保全で行った保全活動の修繕記録や故障の原因を的確に判断

し設備の稼働率を上げていく活動が必要です。

1-2 KIKAI-HOZEN

第1章

第2章

第3章

第4章

第5章

第6章

第7章

「機械保全」って

なに?

「締結部品」と

保全作業

「伝動装置」と

保全作業

「軸受」と

保全作業

「密封装置」と

保全作業

「潤滑剤」と

保全作業

98

「軸・軸継手」と

保全作業

機械保全の必要性

自動車ブレーキの場合 旋盤のブレーキのオイル漏れ自動車エンジンの場合乗用車の後輪ブレーキオイルは長期間(約4年間)無交換であったために内部が腐食し、腐食したところからブレーキオイルが漏れ、実際ブレーキが利きにくかった。

写真は、旋盤のブレーキだが、ブレーキからブレーキオイルが漏れていることが分かった。旋盤のブレーキは車両用のブレーキと構造はほとんど同じ構造である。もし、ブレーキオイルがなくなってしまうと、旋盤作業中に緊急停止ができなくなる可能性があった。

自動車エンジンの冷却水は長期間使用すると、冷却水自体の効果が低下する。この場合、冷却水の通るパイプが腐食してしまった例である。冷却水不足のために、エンジンまで損傷を与えてしまった。

長期間ブレーキオイルは交換されておらず、シリンダを分解するとシリンダ自体かなり腐食されている状態であった。ブレーキオイルの性質は水と混ざる性質があるので、ブレーキオイルに水分が混ざると内部が腐食する。これを防ぐにはやはり一定期間ごとに交換する予防保全が必要である。

シリンダヘッドに

穴が開いた

シリンダが腐食して

いる

ブレーキオイルの

漏れ

汎用旋盤のブレーキ事例 

シリンダ内部がさび、ブレーキオイル

が漏れている

あけた状態

自動車のブレーキエンジン故障事例

  

どんな能力が必要なのか? 生産設備は多種多様な機械要素部品から構成されています。この機械要素部品から構成さ

れている生産設備で計画保全・改良保全を行うには、幅広い技能・技術が必要になります。

 必要な技能・技術とは、①構成されている部品を適切な工具で分解する能力、②構成され

ている機械要素部品の良否を点検する能力、③生産設備を適切に組み立てる能力、④生産設

備全体の稼働状態を判断する能力、⑤現存の設備をよりよい稼働状態に改良する能力などが

必要になります。

分解・整備の前に全体像を把握 実際企業の設備を分解・整備する前に担当者とよく相談することがあります。まず、これ

から分解・整備する設備の機械要素部品のことを直接の担当者がどの程度理解しているかを

次頁の表のように書き出してみます。書き出したものを担当者全員で一緒に、どこの分解・

組立・調節が難しいか難易度をつけ、設備に必要な技能・技術の再確認をしてもらいます。

 一見ムダのように思えますが、実際ある企業で調整が難しくベテラン作業者しかできなか

った設備保全が、他の人でもできるようになりました。また、自社で分解・整備・調整がで

きなかったのに、自前でできるようになった例もあります。

整備に必要な技能・技術の洗い出しのコツ 設備に必要な技能・技術を洗い出すコツとして、知識(技術)で知っていることと、実際

実技(技能)でできることを分けて書き出すと分かりやすくなります。

 例として、動力伝達のチェーン駆動装置の設備に必要な技能・技術を洗い出してみましょ

う。(1)チェーンの締結方法の種類を知っている  (2)チェーンの種類を知っている

(3)チェーンの適切な締結ができる       (4)チェーンの寿命計算ができる

(5)チェーンとスプロケットの平行調整ができる(6)チェーンの張りを調整できる

(7)チェーンに給油ができる         (8)スプロケットのキーの種類について知っている

(9)スプロケットの軸の穴基準を知っている  (10)スプロケットのキーを交換できる

(11)スプロケットを軸に固定できる

 製造される製品に対してこのほかに必要な技能・技術がありますが、難易度は会社の設備

ごとにより異なります。異なる理由は、つくられる製品に対して求められる精度が違うため

です。設備が構成されている機械要素部品ごとに必要な技能・技術を洗い出します。

1-2 KIKAI-HOZEN

第1章

第2章

第3章

第4章

第5章

第6章

第7章

「機械保全」って

なに?

「締結部品」と

保全作業

「伝動装置」と

保全作業

「軸受」と

保全作業

「密封装置」と

保全作業

「潤滑剤」と

保全作業

1110

「軸・軸継手」と

保全作業

機械保全を習得する上で必要な項目1-3 KIKAI-HOZEN

機械保全に必要な技能・技術水準 ABILITY-1 ABILITY-2 ABILITY-3 ABILITY-4 ABILITY-5 ABILITY-6 ABILITY-7 ABILITY-8

診断

1-1(難易度) 1-2(難易度) 1-3(難易度) 1-4(難易度)

設備の異常を発見できる

日常点検ができる

異常の判断ができる

設備の異常を五感でキャッチできる

潤滑管理

2-1 2-2 2-3 2-4 2-5

潤滑剤の取り扱いについて知っている

潤滑剤の用途・使用目的について知っている

グリス潤滑の保守点検ができる

潤滑方法について知っている

グリスガンによる給脂ができる

締結部品

3-1 3-2 3-3 3-4 3-5 3-6

ねじ・ボルトの構造について知っている

ボルトの規格について知っている

ボルトの正しい締り状態を知っている

締付けトルク管理ができる

正しい締付けができる

回転軸受

4-1 4-2 4-3 4-4 4-5 4-6

ベアリングの種類について知っている

ベアリングの交換ができる

ベアリンググリスの種類を知っている

ベアリングのトラブル事例を知っている

ベアリングの振動について知っている

ベアリングの異常音が判断できる

ベルト・チェーン

5-1 5-2 5-3 5-4 5-5 5-6 5-7

ベルトの種類と構造について知っている

チェーンの種類と構造を知っている

ベルトの張り方ができる

チェーンの保守点検ができる

ベルトの保守点検ができる

プーリとベルトの良否点検ができる

プーリの軸心点検ができる

油圧ポンプ

6-1 6-2 6-3 6-4 6-5

油圧ポンプの種類を知っている

ギヤポンプの分解組立ができる

ピストンポンプの分解組立ができる

ベーンポンプの分解組立ができる

各種ポンプの良否点検ができる

Oリング

7-1 7-2 7-3 7-4

Oリングの種類用途を知っている

Oリングの交換ができる

Oリングのトラブルシューティングができる

Oリングの漏れ対策ができる

油圧シリンダ

8-1 8-2 8-3

油圧シリンダの構造を知っている

油圧シリンダの分解組立ができる

油圧シリンダーの組付調整ができる

油圧タンク

9-1 9-2 9-3

油圧タンクの構造を知っている

油圧タンクのレベルゲージについて知っている

油圧タンクに起こるトラブルを知っている

平成22年度 機械保全       「研修項目一覧表」   製作者:竹野俊夫*語句の表現説明:「○○できる」=実技で指導します。 「△△を知っている」=講義法や資料提供で指導します。

*ABILITY…〜ができるようになる目標

ボルト・ナットの固着の原因と対策ができる