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永久に、そして永遠に Forever and Ever

海に住むこの小さく繊細な生き物が不老不死の秘密を解き明かすのか?

ベニクラゲの雄と雌(村井 貴史 撮影) 原作 ナサニエル・リッチ 翻訳・写真 原田 百聞 監修 久保田 信 (京都大学瀬戸臨海実験所准教授) 表紙の写真:村井 貴史(海遊館飼育展示部)

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目次

神秘のクラゲ ............................................................................................... 4 紀伊半島白浜 ............................................................................................... 7 遺伝的つながり ......................................................................................... 13 過去と永遠と ............................................................................................. 16 エンターテイナー ...................................................................................... 19 地球の未来 ................................................................................................ 22 主な参考文献 ............................................................................................. 24 訳者追記.................................................................................................... 25

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神秘のクラゲ

4000 年を超える時を経て-有史の始まりの頃、ウトナピシュティムがギルガメッシ

ュに、永遠の命の秘密は海の底のサンゴに隠されていると教えて以来- 1998 年、人類

は遂に永遠の命を見つけた。それは本当に海の底に存在した。当時、20 代前半だった

海洋生物学専攻のドイツ人大学生クリスチャン・ゾマー (Christian Sommer)が偶然

見つけたのだ。彼は、イタリアのリビエラに位置する小都市ラパッロで夏を過ごしてい

た。そこはまさに 1 世紀前、フリードリヒ・ニーチェが「ツァラトゥストラはかく語り

き」を創造した場所だった。「すべては去り、すべては戻り、生命の車輪は永遠に回り

続ける。すべては死に、すべてはまた花咲く。……」 ゾマーは、ヒドロ虫(一生の内の異なる発育段階で、クラゲあるいはソフトコーラル

のいずれかに似ている[場合もある]小型の無脊椎動物)についての研究を行なっていた。

毎朝、ゾマーはポルトフィーノの崖から紺碧の海の中へ、シュノーケルで潜っていた。

彼はヒドロ虫を求めて海底を丹念に探し、また、プランクトンネットも使って採集した。

彼が集めた何百もの生物の中に、Turritopsis dohrnii [チチュウカイベニクラゲ:以下、

本種と他種も含め、単にベニクラゲと略記]として生物学者に知られている小さな、比

較的あまり知られていない種があった。今日、それは不老不死のクラゲとしてより一般

的に知られている。

ベニクラゲ(福島県産)の成体 [久保田 信 撮影] ゾマーは、シャーレの中でこのヒドロ虫を飼育し、繁殖の習性を観察した。数日後に、

ベニクラゲが非常に特殊な、この世の常識では仮説を立てて説明できない様な行動をし

ていることに気づいた。簡単に言えば、死ぬことを拒絶しているのだ。それは、あたか

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も逆方向に年を取り、発生の初期段階に達するまでどんどん若くなり、そこからまた新

たな一生を開始したように見えた。 ゾマーはこの状況に当惑し、その重要性を直ちに理解しなかった。「不老不死」とい

う言葉がこの種を表現するために使われ始めるおよそ 10 年前の事だった[1: 以下、番

号を付けて主要な文献を引用]。しかし、ゾマーの発見に魅了されたイタリア・ジェノ

アの数人の生物学者は、この種を研究し続けた。そして、1996 年に「逆進するライフ

サイクル (Reversing the Life Cycle)」と名付けられた論文[2]を発表した。研究者は、

ベニクラゲがどの発育段階でも、ポリプ(初期の成長段階)に戻れる事を説明した。そ

れゆえ、この生物は「死から逃れ、潜在的な不死を得た」のだ。この発見は、自然界の

最も根本的な法則―生物は生まれ、そして死ぬ―が誤りである事を証明するかのように

思えた。

ベニクラゲの生活史 [久保田 信 作成]

上記の論文の著者の 1 人、イタリア人のフェルディナンド・ボエロ (Ferdinando Boero)氏は、ベニクラゲを、蝶が死なずにイモムシへ生まれ変わる事に例えた。また、

ニワトリが卵へもどり、それが再びニワトリに成長する事にも例えられる。人間にあ

てはめるならば、老人が再び胎児に戻るまで、どんどん若返り続ける様な状態だ。こ

のため、ベニクラゲは、しばしばベンジャミン・バトン・クラゲ[老人の様な姿で生ま

れ、以後の成長とともにだんだん若返っていく映画の主人公]と呼ばれている。 しかし、学界外では、「逆進するライフサイクル」の発表は、ほとんど反響が無かっ

た。永遠の生命の存在について知れば、人は莫大な資本をつぎ込み、不死のクラゲがど

の様に若返るかを研究する事を期待するであろう。ゲノムの特許を取るために、バイオ

テクノロジー多国籍企業が競うと期待するかもしれない。巨大な研究者グループが、ク

ラゲの細胞が老化を逆行するメカニズムを解明しようと努力することを期待し、製薬会

社が人間の医学にその知識を応用する事を期待し、政府は若返り技術の将来の使用を管

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理するために国際協定をまとめ上げる事を期待するであろう。しかし、このうちどれ一

つも起こらなかった。 しかし、四半世紀前のクリスチャン・ゾマーの発見以来、多少の進歩はあった。現時

点で、例えば、ベニクラゲやその近縁種の若返りが、環境的なストレスまたは物理的ダ

メージによって引き起こされることが解っている。若返りのプロセスにおいて、細胞の

分化転換(1 つのタイプの細胞が別の細胞に変換される特異的なプロセス‐例えば、神

経細胞から皮膚細胞への転化)が起こることがわかっている(同様のプロセスが人間の

幹細胞にも生じる)[2]。さらに、最近の数十年間で、不死のクラゲが急速に世界の海

洋の至る所に分布を拡大している事がわかっている。米国ノートルダム大学生物学教授

マリア・ピア・ミグリエッタ (Maria Pia Miglitetta)が「沈黙の侵略」と呼んでいる

現象だ[3]。クラゲは、バラストに海水を使用する貨物船で「ヒッチハイク」をしてい

る。ベニクラゲは、地中海だけでなくパナマ、スペイン、フロリダおよび日本の沿岸か

らも見つかっている。ベニクラゲは、世界のあらゆる海の中で、生き延びることができ、

かつ増殖することができると考えられている。遠い将来、ほとんどの他の生存種が消滅

し、不死のクラゲ(永遠に生きる偉大なるゼラチン状の意識体)が海を支配することを

想像することは不可能ではない。 しかし、我々はベニクラゲがどの様に年を重ねるごとに若返るかを理解できていない。

この無知の理由は腹立たしいほどに満足出来ないものばかりだ。まず初めに、必要な実

験を行える専門家が世界にほとんどいない。「本当に有能なヒドロ虫のエキスパートを

見つけることは非常に困難です。」と、ウィリアムズ・カレッジ海洋科学教授であり、

ウィリアムズ・ミスティック海事研究プログラム・ディレクターのジェームズ・カール

トン (James Carlton)氏は指摘する。「1 つの国に 1 人あるいは 2 人の研究者がいれ

ばラッキーです。」彼は、“小型のルール”と呼ぶ現象として下記の例を挙げた-サイズ

の小さな生物は、より大きな生物と比べて研究量も少なくなる。例えば、ヒドロ虫のエ

キスパートより、カニのエキスパートの方が遥かに多くいる。 しかし、不死のクラゲに関して知識が欠けている最も苛立たしい原因は、より技術的

な問題だ。このベニクラゲ属 (Genus Turritopsis)は、研究室で培養するのが非常に

難しい。細心の注意と面倒な作業のとめどない繰り返しを必要とする。そのようにした

時でさえ、ある特定の好ましい環境においてだけ(その大部分は生物学者にまだ解って

いない)このクラゲは、子孫を産む。 実際、ベニクラゲのポリプを研究室で継続的に培養している科学者は 1 人しかいない。

彼は、潤沢な研究資金もスタッフも無く、京都から 4 時間ほど南にあるのんびりした浜

辺の街、和歌山県の白浜町に有る窮屈なオフィスで、単独で作業している。この科学者

は京都大学瀬戸臨海実験所の久保田 信准教授だ。彼は、現時点で、このユニークな生

物学的不死を解明出来る最大の可能性を持っている。

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久保田 信 京都大学瀬戸臨海実験所准教授 多くの海洋生物学者は、ベニクラゲの可能性を人間医学に応用することに関して壮大

な主張を避ける。「それはジャーナリストがすべき問題です。私は、もう少し理論的な

科学に注目したいと思います。」と、ボエロ教授が 2009年にジャーナリストに対して語

った。 しかし、久保田氏はそのような考えを持たない。私が初めて彼に電話した時、彼は「人

間のためにベニクラゲを応用することは、人類の最も素晴らしい夢です。」と、私に伝

えた。「クラゲがどのように若返るかが分かれば、我々は偉大なことを達成できる。私

の考えでは、人類は進化し不死身になるだろうということです。」それを聞いて、私は

日本へ行くことを決めた。

紀伊半島白浜

白浜の魅力の 1つが、三日月の形をした白良浜(しららはま)だ。文字通り真っ白な

砂浜が広がっている。しかし、ここ数十年間でこの砂浜は減少している。1960年代、

白浜が鉄道で大阪から繋がって以来、この街は人気の観光地になった。また、大きく白

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いタワーホテルが湾岸道路に沿って建設された。だが、急速な開発は、浸食をも加速さ

せた。そして、名高い白砂は海に消え始めた。町役場によると、白浜町はその白い砂浜

を失うことを憂慮し、和歌山県が、1989年に 7,500キロ以上離れたオーストラリアの

パースから砂を輸入し始めた。白良浜の(少なくとも今現在)永遠に白い砂浜を保つた

め、15年以上の間、745,000立方メートルのオーストラリアの砂が海岸にまかれた。

白良浜(しららはま)では、花火大会やイルミネーションなど、四季を通じて様々なイ

ベントが行われる。

白浜は、時の試練に耐える事ができなかった悠久の自然の景観で溢れている。海岸か

ら見える円月島は、ドーナツをミルクに半分浸したように見えるアーチ形の砂岩ででき

た島だ。晴れた日の夕暮れには、夕日がアーチの中に入る湾岸道路上のポイントに多く

の観光客が集まる。アーチは一時的な地質学の現象だ。それは浸食によってつくられ、

最終的に浸食によって崩壊する。円月の損失を憂慮して、地元の行政は、セメントでア

ーチを補強し、さらなる劣化を抑制しようとしている。

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円月島(白浜町のシンボル・アイランド)に沈む夕日。 [久保田 信 撮影]

円月島の美しさに勝るとも劣らないのは、三段壁だ。高さ 50メートルを超える多層

構造の断崖絶壁は、荒々しい波間からそびえ立つ。三段壁の下には、千年以上前に地方

の海賊が無数の秘密のアジトとして使用した洞窟が存在している。今日、この崖は世界

で最も有名な自殺スポットの 1つとなっている。崖にある看板は、死を考えて、ここに

来た者に対する警告を発している:「一寸待て、死んで花実が咲くものか。」

しかし、白浜で最も有名なのは温泉だ。寿命を延ばすと考えられる塩分の混じった温

泉が、リゾート・ホテル内の大きく設備の整った風呂、曲がりくねった湾岸道路に沿っ

てある小さな歴史の香り漂う浴場や無料の足湯などを満たしている。硫黄の香りがすれ

ば、そこは温泉の近くとわかる。

海岸沿いにある足湯は、誰でも無料で利用できる。(白浜には計 9カ所の足湯がある。)

遠くに円月島、番所山、京都大学白浜水族館などが見える。

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御歳 61[本書の出版時点]の久保田准教授は、毎朝、牟婁の湯を訪れる。年配の地元

住民に人気のシンプルなその温泉は、1,350年の歴史がある。「温泉は新陳代謝を活性

化し、死んだ皮膚をきれいに洗い流してくれます。おまけに、寿命をすごく延ばしてく

れるのですよ。」と久保田氏は言う。午前 8時 30分、海岸沿いを彼は 15分ほど自家用

車を運転し、白い砂浜沿いを左手に見ながら通り過ぎる。岬への地形は細まっていき、

その先は関節炎の指の様に曲がり、大きな田辺湾と鉛山湾を分けている。この岬の先に、

京都大学瀬戸臨海実験所の 2階建てのコンクリートビルが建っている。そこにはいくつ

かの教室、多数のオフィスと長い廊下があるが、建物の中には誰もいない様な感じがす

ることが多い。わずかにいる研究スタッフは、サンプル集めのために、多くの時間を湾

でのダイビングに費やす。しかし、久保田氏は毎日オフィスに来る。そうしなければ、

不死身のクラゲが飢え死にしてしまうのだ。

中央の林の向こうにある 2階建ての建物が、京都大学瀬戸臨海実験所研究棟。左の番所

山の手前にある白い建物は、附設の京都大学白浜水族館。

世界で唯一飼育されている不死のクラゲは、久保田氏のオフィスにある小さな保育器

の棚に無造作に並べられたシャーレの中で暮らしている。多くのヒドロ虫と同じように、

ベニクラゲはポリプとメデューサ(クラゲ)の 2つの世代がある。固着性のポリプは、

ディル(ハーブの 1種)の若枝に似ている。細長い茎が枝分かれし、その先につぼみを

つける。これらの芽が膨らみ、花ではなくクラゲを発芽させる。クラゲはドーム型でそ

の周囲には触手がある。海辺でよく見る種類ではないが、一般の人でもそれがクラゲだ

と判るだろう。普通のクラゲは鉢虫綱[肉眼でもよく見える大型クラゲの大半で、刺胞

動物門の 1分類群]に属し、一生のほとんどを浮遊するクラゲとして過ごす傾向がある。

これとは別の分類群であるヒドロ虫綱のクラゲ世代はとても短い。大人のクラゲは卵と

精子をつくり、それらが合体して幼生になり、そして新しいポリプを形成する。ヒドロ

虫のどの種も子どもをつくった後、おとなのクラゲは死ぬ。しかし、ベニクラゲは海の

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底に沈み、まるい塊りになる。それはあたかも体を折り曲げた胎児のようだ。クラゲの

傘が触手を再吸収し、ゼラチン状の団子になるまで、さらに退化する。数日後、この団

子は薄い殻を形成する。その次に、植物の根に似た走根(そうこん)を伸ばす。走根は

さらに伸びて、ポリプになる。新しいポリプは、やがて若クラゲを産みだす。そして、

このプロセスが繰り返される。

若返り直後のベニクラゲのポリプ: 団子になったクラゲ(左端)から走根を伸ばし、1

個虫のポリプを形成。 [久保田 信 撮影]

久保田氏の“動物園”には少なくとも 100個体のベニクラゲが生息し、1つのシャー

レにおよそ 3個体いる。「みんなとっても小さいよ。」と、久保田氏は誇れる父の様に

言った。「とてもかわいい。」不死のクラゲは確かにかわいい。おとなのクラゲは、よ

く手入れされた小指の爪ぐらいのサイズだ。そして、たくさんの髪の毛の様に細い触手

をなびかせている。低温の海域に生息するクラゲは鮮やかな深紅色の傘を持っている。

しかし、一般的にこのクラゲは乳白色で、その輪郭はとても繊細で、顕微鏡で見ると線

画のように見える。水中を物憂げに漂い、時を過ごす。急ぐ理由などない。

過去 15年間、久保田氏はこの子の世話に少なくとも 1日 3時間を費やしている。一

週間、彼を観察して、それが大変で退屈な作業であることを確認した。オフィスに着く

と、彼はシャーレを一つずつ保育器から取り出し、水を交換する。そして、顕微鏡で一

匹ずつ検査する。彼はみんなが健康であり、優雅に泳ぎ、傘に曇りが無く、ちゃんと食

べていることを自分の目で確かめたいのだ。彼はそれらにアルテミア胞を与える。アメ

リカ・ユタ州のグレート・ソルトレークから収穫された乾いたブラインシュリンプの卵

だ。その胞はとても小さく、かろうじて肉眼で見えるほどだが、クラゲがそれを消化す

るには、ほとんどの場合大き過ぎる。そのため、父親がよちよち歩きの幼児のためにハ

ンバーガーをとても小さい一口サイズに切り分けるように、久保田氏は、顕微鏡を覗い

て 2本の先の尖った針で胞をスライスしなければならない。これは、科学者泣かせの作

業だ。

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「自分で食べられるよ!」彼は 1匹のクラゲに向かって叫ぶ。「もう赤ん坊じゃない

のだから!」そして、彼は心から笑う。繰り返される大笑いは、彼の丸顔をさらに丸く

して、彼の目と口のまわりにも、まるいしわがよった。

不死のクラゲを世話するのはフルタイムの仕事だ。学術会議に参加するための海外旅

行に、久保田氏はクラゲを小型のクーラーボックスに入れて運ばなければならない。近

年、彼は、南アフリカのケープタウン、中国のアモイ、アメリカのカンザス州ローレン

ス、イギリスのプリマス、そしてイタリアのレッッチェでの講演を依頼された時にそう

している。さらに、京都大学での会議に出席しなければならない場合、彼は往復 8時間

かけて京都へ出張をする。日帰りするのは、毎日の給餌を欠かさないためだ。

ベニクラゲだけが研究の対象ではない。久保田氏は学術論文や論説などを多産する著

者でもある。2011年だけで 53編を公表した。その多くは、瀬戸臨海実験所の北側にあ

る海岸や、海辺の道路沿いの小さな入り江にある瀬戸漁港での観察に基づいた著作だ。

毎日午後、クラゲの世話を終えた後、彼はノートを抱えて海岸を歩き、岸に打ち寄せた

すべての生物に関して書き記す。それは素晴らしい光景だ。ビーチサンダルを履き、少

し内股で身をかがめながら長さ 400メートルの海岸を一人で歩き、バサバサの髪をそよ

風にバサつかせながら、彼は熱心に砂の間を精査する。データを照合し、「北浜に漂着

した魚の記録」や「田辺湾で採取された日本初の Bythotiara 属の 1種のクラゲ」など

の論文を出版する。彼は2ケタに上る学会の精力的なメンバーで、地元の新聞[紀伊民

報]に毎週クラゲの記事“田辺湾は日本一のクラゲ天国”を寄稿している。久保田氏は、

これまでに 100種類を超えるクラゲを読者に紹介した[2014年 2月末に連載は終了]。

久保田氏の仕事への情熱を考えれば、彼が日常生活の一部を犠牲にしているのは驚く

べきことではない。彼は料理をしたことがない。普段は、テイクアウトをオフィスへ持

って来ることが多い。実験所では、クラゲ模様のTシャツとスウェットパンツを着てい

る。しばらく散髪にも行ってないようだ。そして、オフィスは散らかし放題。そこは、

彼がベニクラゲを育成し始めてから整理整頓されていない様に見える。ドアは久保田氏

ぐらいのサイズの人が入れるほどにしか開かない。胸の高さほどのキャビネットによっ

てそれ以上開かない様にブロックされているからだ。キャビネットの上には、久保田氏

が海岸で見つけた無数の貝殻、鳥の羽根、カニの爪や乾燥した珊瑚などが絶妙なバラン

スで置かれている。机は開かれたまま山積みになっている本の下に隠れている。50本

もの歯ブラシが、錆びたステンレス製流し台の中のカップに詰め込まれている。壁には

額に入った絵がある。そのほとんどがクラゲで、中には子どもがクレヨンで描いたよう

な絵もある。私は久保田氏に、「今は成人なさった二人の息子さんの、どちらかのお子

さんが描いたのですか?」と尋ねた。彼は首を振って笑った。

「私は腕のいい芸術家ではないのです。」と言って、机の方を向いた。その先を見る

と、クレヨンの箱があった。

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壁に並んだ本棚は、教科書、ジャーナル、科学に関する本に加えて、フランク・ハー

バートの「デューン」、「アリストテレス全集」、「チャールス・ダーウィンの生と死」

などの洋書で溢れかえっている。久保田氏は、ダーウィンの「種の起源」を高校で初め

て読んだ。そのことが彼の人生の方向性に多大な影響を与えた。以前は、考古学者にな

ろうと考えていた。この時、彼は既に「人命のミステリー」と彼が呼ぶものに魅了され

ていた。私たちはどこから、またなぜ現れたのか? そして、古代文明の中に、彼が求

める答えが発見できると思った。しかし、ダーウィンを読んだ後に、人類の存在の夜明

けを越えて、より深い過去を見つめなければならないことを悟った。

久保田氏は、四国の愛媛県松山市で育った。彼の父親は教師だったが、彼は松山東高

校で優れた成績では無かった。大江健三郎氏は先輩だ。「私は勉強しなかった。SF小

説ばかり読んでいました。」と、久保田氏は言った。しかし、彼が愛媛大学に合格した

時、祖父の和田 勇氏は彼に生物学の百科事典[岩波・生物学辞典第一版]をプレゼント

した。それは、オフィス棚の上、セピア調の祖父の写真の横に置かれている。

「私はその本から多くのことを学びました。私は全てのページを読みました。」と、

久保田氏は言った。彼は特に系統樹(ダーウィンが“命の木”と呼んだ分類図)に感銘

を受けた。ダーウィンは、「種の起源」で最も初期の“命の木”の 1つを記載した。そ

れはその本の中の唯一の図だ。今日、“命の木”の最も外側の小枝や芽は哺乳動物と鳥

によって占められている。それに対して、根幹の部分は、最も原始的な門:海綿動物門

(スポンジ)、扁形動物門(ヒラムシ)、そして刺胞動物門(クラゲ)で占められている。

「生命の神秘は高等動物の中には隠されていません。」と、久保田氏は言った。「そ

れは根の中に隠されています。そして、“命の木”の根には、クラゲがいます。」

遺伝的つながり

最近まで、人間がクラゲから何かを学ぶ価値があるかもしれないという概念は、あり

えないと考えられていた。典型的な刺胞動物は、とどのつまり、人間と多くを共有して

いるとは思えない。例えば脳も心臓もない。一つの開口部しかなく、そこを食糧や排泄

物が通過する。言いかえれば、肛門から食べているのだ。しかし、2003年に完了した

ヒトゲノムプロジェクトは、別のことを示唆している。人間のゲノムは、100,000を超

えるタンパク質コード遺伝子を含んでいると推測されていたが、実は、その数はおよそ

21,000だと判明した。これは、私たちの遺伝子数が、鶏、線虫、ショウジョウバエと

ほぼ同じであることを意味する。また、2005年に発表された別の研究では、刺胞動物

は、以前に想像されていたより遥かに複雑なゲノムを持つことが判明した。

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私がダートマス大学のオフィスを訪ねた時、「クラゲと人間の間に衝撃的なほどの遺

伝的類似点がある。」と、その研究に寄与した分子古生物学者のケビン・J・ピーター

ソン (Kevin J. Peterson)教授は述べた。遺伝学的観点から、人間が 2つのゲノム複

製を持っているという事実は別にして、「我々はおバカなクラゲのように見える。」

これは医学、特に癌研究および長寿の分野に影響を及ぼすかもしれない。ピーターソ

ン教授は、目下、遺伝子発現を制限する遺伝物質の小片、microRNAs(一般的に miRNAと表示される)を研究している。miRNA は、遺伝子のオン・オフ・スイッチの働きを

する。そのスイッチがオフの時、細胞は初期の未分化状態のままだが、オンになると細

胞は成熟形態をとり、例えば、皮膚細胞や触手細胞になることができる。miRNA は、

さらに幹細胞研究における重大な役割を果たす。この miRNA は幹細胞が分化するメカ

ニズムなのだ。最近の研究によると、ほとんどの癌で、miRNA の変化が確認されてい

る。研究者は、miRNA の変化が癌の原因かもしれないと推察している。もし細胞の

miRNA をオフにすると、その細胞は固有性を失い、無秩序に活動し始める。言いかえ

れば、癌の様になる。

ヒドロ虫には、miRNA の特性を研究する上で、2つの理想的な理由がある。それは、

非常に単純な生物であること、そして、miRNA がこの生物の成長に重要な事だ。しか

し、ヒドロ虫の専門家は非常に少ないため、これらの種についての知識は驚くほどに不

完全だ。

「永遠の命は私たちが考えるよりはるかに一般的かもしれない。」と、ピーターソン

教授は言う。「数十年間生き続けているスポンジが存在し、ウニの幼生は再生が可能で、

新たな大人を継続的につくることができる。」彼は続け、「このようなことは、この動

物たちの一般的な特徴かもしれない。つまり、実際には不死なのだ。」

ピーターソン教授は、世界のヒドロポリプの中心的な研究者の 1人、ポモナ大学の生

物学教授ダニエル・マルティネス (Daniel Martinez)博士の研究を密接に追っている。

アメリカの国立衛生研究所は、マルティネス博士に 5年で 126万ドル(約 1億 3千万円)

のヒドラ研究の助成金を給付した。ヒドラは、ポリプ種なので、クラゲを産まない。そ

の身体は、ほとんどが継続的に再生することが可能な幹細胞からできている。博士課程

の生徒として、マルティネス氏はヒドラが死を逃れられないことを証明しようと試みた。

しかし、過去 15年の彼の研究は、ヒドラが永久に生き残る場合があり、「本当に不死

である。」と確信させた。

「我々とは完全に異なるものを扱っている訳ではないと理解することが重要である。」

と、マルティネス博士は私に言った。「遺伝学的に、ヒドラは人間と同じである。我々

は同じテーマの異なる種なのだ。」

ピーターソン氏がさらに続けた。「もし私が癌の研究をするならば、最も研究したく

ないのは癌でしょう、言いたいことを理解して頂けるだろうか。私は、ハツカネズミの

甲状腺腫瘍を研究しない。私はヒドラの研究をするだろう。」

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ヒドロ虫は、“悪魔の契約”をしたのかもしれないと彼は示唆する。単純性(頭と尻

尾が無く、視覚も無い、そして肛門から摂食)と引きかえに、不死を得た。これら独特

で単純な種は、癌、高齢、死と戦う方法を学ぶ機会を我々に与えているのかもしれない。

しかし、ほとんどのヒドロポリプ専門家は、安定した資金調達がほとんど不可能だと

わかっている。「一体誰が、哺乳動物の研究をやらない科学者に賭けるだろうか。クラ

ゲなど論外でしょう。」と、ピーターソン氏は言った。「助成機関は、創造的で自らを

活気づけるように努力すると常に言っているが、もちろん、科学者は煩雑なお役所仕事

に埋もれている。パイの大きさは決まっている。」

久保田氏の研究仲間の内でさえ、ベニクラゲ研究の医学への応用の将来性に関して用

心深く話す。「ベニクラゲがどのくらい、そしていつごろから病気と戦うのに有用にな

りえるか、予知するのは難しい。」と、ステファノ・ピライノ (Stefano Piraino)氏

(フェルディナンド・ボエロ氏の同僚)が電子メールで私に答えた。「人間の寿命を伸

ばすのは無意味です。それは生態学的にナンセンスなのです。私たちが期待し、研究す

べきなのは、人生の最終段階での生活の質を改善することです。」

マルティネス氏は、彼が研究するヒドラがより有望だと述べた。「ベニクラゲはクー

ルだ。誤解しないでください。不可思議で独特なベニクラゲは興味深い。そして、それ

をさらに研究することに私は賛成です。しかし、それが人間に関して多くを教えること

はないだろうと私は思います。」

久保田氏の考えは異なる。「不死のクラゲは全動物界で最も奇跡的な種です。」と、

彼は言った。「私は不死の秘密を解明し、人間に永遠の生命をもたらすのは簡単だろう

と信じています。」

人間医学で最も大きな進歩の多くが、その時は人との類似点をほとんど、あるいはま

ったく持たないように思えた動物に関して行われた観察によるという事実に、久保田氏

は希望を持つことができる。18世紀のイングランドでは、牛痘にかかった酪農家が、

その病気が天然痘の予防接種になる確証の手助けをした。細菌学者のアレクサンダー・

フレミングは、シャーレの 1つがカビを生やした際、偶然、ペニシリンを発見した。ま

た、最近では、線虫を研究しているワイオミングの科学者が、人間の癌によって不活性

化される遺伝子に似ているものを見つけた。そして、それらが新しい制癌剤になる可能

性を信じている。ワイオミングの研究者の一人は、それらが「多くのタイプの癌を治療

するために使用される種々の治療のアプローチに寄与すること。」ができるようになる

ことを望むと、メディアに発表した。そして、久保田氏は、彼の所有する単純な生物の

データを、毎日集め続ける。

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過去と永遠と

久保田氏のオフィス棚の上にある祖父の写真の横に別の写真がある。そこには、松山

の愛媛大学キャンパスでポーズをとる若い大学生達が写っていた。写真は 40年前に写

したものだが、20歳の久保田氏は直ぐに分かった。丸顔で微笑む目、柔らかな黒い髪。

私がそれについて久保田氏に尋ねた時、彼はため息をついた。

「あの頃はとても若かった。」と、彼は言った。「今は年寄りだ。」

私は、「写真の若者とそんなに違わないですよ。」と、久保田氏に言った。おそらく

体重は数キロ増え、外見は昔ほど少年らしくないが、彼は学生のようなエネルギーに満

ち溢れている。また、彼の髪は自然な漆黒色だ。「はい」と彼は答えた。しかし、彼の

髪は必ずしも黒ではなかった。7年前、彼が 55歳になった時、彼が恐怖と呼んでいる

体験をした。

それは、久保田氏にとってストレスの多い時代だった。彼は妻と別れ、子どもたちは

家から出た。彼の視力は低下し、髪が抜け始めた。それは、彼のこめかみ付近で特に目

立った。彼は眼鏡が原因だと思っている。バンドを頭のまわりにつけて着用していた。

彼は顕微鏡用にではなく書き込み用にそれを必要としていた。したがって、彼が眼鏡を

上下させるたびに、髪の毛はテンプルですり減った。毛が元の様に生えてきた時、それ

は白かった。あたかも 1年で一生の年を取ったかのように彼は感じた。「とても驚いた。

年を取った。」と、彼が言った。

私は、今は、とても良くなったように見えると久保田氏に伝えた。彼の実年齢より遥

かに若く見える。「年を取りすぎた。」と、久保田氏は顔をしかめて言った。「私は若

返りたい。奇跡の不老不死の人間になりたい。」

あたかもこの話の流れから自分をそらすかのように、彼は保育器からシャーレを取り

出した。光の下にかざすと、幽霊のようなベニクラゲが浮かんで見えた。動かず、じっ

と待っている。

「見てください。このクラゲを若返らせましょう。」と、久保田氏は言った。不死の

クラゲを若返らせる最も確実な方法は、切断することだと、彼は私に説明してくれた。

2つの鋭い金属製の針で、彼はクラゲの間充ゲル(傘を構成するゼラチン状組織)に穴

を開け始めた。6回突かれた後、クラゲは、体を刺された犠牲者が通常ふるまう様に横

たわり、発作的にけいれんし始めた。触手はゆらめくことをやめ、傘はわずかに縮んだ。

しかし、久保田氏の誤った残虐に見える行いは、そこで止まらなかった。彼は、合計で

50回も突き刺した。クラゲはとっくの昔に動かなくなっていた。ぐったりと、廃人の

様に横たわり、間充ゲルは引き裂かれ、傘はしぼんでいた。久保田氏は満足したように

見えた。

「若返れ!」 彼はクラゲに向かって叫んだ。そして、笑いだした。

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その週は、この刺傷犠牲者の変化を見るために毎日観察し続けた。2日目に、劣化し

たゼラチン状の“クズ”は、シャーレの底に付着していた。触手は、自身の方へ曲がっ

ていった。「分化転換している。」と、久保田氏が言った。「大きな変化が生じている。」

4日目までに、触手は無くなった。また、傘状のクラゲとは似ても似つかぬものになっ

ていた。その代わり、アメーバのように見えた。久保田氏はこれを「肉団子」と呼んだ。

1週間かからずに、走根(そうこん)は肉団子から伸び始めた。

肉団子状になったベニクラゲ。もなかの皮の様なものを形成。[久保田 信 撮影]

この方法は、物理的な苦痛が若返りを引き起こすので、ある意味でズルをしている。

しかし、クラゲが老いるか病気になった場合、このプロセスは自然に生じる。久保田氏

のベニクラゲに関しての直近の論文では、2009年から 2011年の間に、単一コロニーの

自然な若返りを実証した[4]。その研究の目的は、ベニクラゲが自然な状態において、

どれくらいの速度で再生したかを確かめることだった。2年の間に、コロニーは最短 1

ヶ月ほどの間隔で 10回生まれ変わった。ジャーナル Biogeography[日本生物地理学会

会誌]に掲載された論文で、「ベニクラゲは、現在の方法によって永遠に維持され……

将来の研究に寄与するでしょう。」と、久保田氏は結論した[4]。

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飼育容器の底面全体に広がったベニクラゲのポリプ。 [久保田 信 撮影]

彼は、近年、他の重要な発見をした。例えば、ある条件が若返りを抑制することを知

った。餓え、巨大な傘、そして 22度以下の冷たい水だ。そして、彼はすべてのミステ

リーの中で最大の秘密の発見に近づいた。ベニクラゲの不死の秘密は、触手に隠されて

いると久保田氏は信じている。しかし、彼は不死のクラゲがどのように若返るかを理解

するために、さらなる実験のための研究資金に加えて、遺伝学者や分子生物学者の協力

を必要としている。それでも、彼は、種の秘密の解明に近づいていると考えている。数

十年、恐らく 10~20年ほどでそれは可能なのであろう。あたかも私に保障するかのよ

うに、彼は「人間は非常に知的である。」と、私に言った。しかし、その後、忠告を加

えた。「不死を達成する前に、我々は先ず進化しなければならない。“ハート”が良く

ない。」

私は、彼が生物学の話をしているのだと思った。臓器は、生物学的に無限の寿命を持

たない。新しく、より長寿命の人工心臓を設計する必要がある。しかし、その後、私は、

彼が文字通りに話していないことを理解した。“ハート”は人間の心を意味していた。

「人間は、自然を愛することを学ばなければならない。」と、彼が言った。「今日、

地方は廃れている。日本から自然が消滅している。大都市がそこかしこに現われ、私た

ちはごみの中にいる。これが続けば、自然は死ぬだろう。」

「人は十分に知的なので、生物学的な不死を達成するだろう。」と、久保田氏は言っ

た。しかし、私たちはそれに相応しない。私は不死の追求に人生を捧げた人間からその

様な感情が出てきた事に驚いた。「自制は人間にとって非常に難しい。」と、彼は続け

た。「この問題を解決するために、精神的な変化が必要でしょう。」

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エンターテイナー

これが理由で、あの「恐怖」の年以来、久保田氏は人生の新たなスタートを切った。

研究者、教授および講演者に加えて、彼は今や歌手で作詞家だ。久保田氏の歌は、全国

ネットのテレビ放送で特集されたり、日本中のカラオケ機器で利用可能なこともあり、

彼をちょっとした有名人にした。

日本は世界で最も長寿の国であることが、不死のクラゲが一般大衆の中で比較的高い

ステータスを得ていることの助けになっている。その評判は、2003年に放送されたテ

レビドラマ「14か月」で、ヒロインが不死のクラゲから抽出された薬をとることによ

って若返るストーリーでさらに盛り上がった。その時以来、久保田氏は、テレビやラジ

オ番組に頻繁に出演している。彼は私に、最近のテレビ出演のシーンを再生し、私のた

めにそれを翻訳してくれた。NHKの朝のテレビ番組「あさイチ」では、2012年 3月

に白浜のエピソードを特集した。白浜温泉の紹介の後、リポーターは京都大学白浜水族

館に久保田氏を訪ねた。ここで彼はベニクラゲについて語った。「私はまた若くなりた

い!」と、リポーターの 1人は大声で言った。NHKの科学番組の「ラブラボ」では、

久保田氏は白浜の港でサンプルを集めながら最近の実験について講義をした。「不死の

クラゲがうらやましい!」ゲストが夢中で喋っていた。同様の民放プログラム「カラダ

ノキモチ」では、カメラに向かって久保田氏が「不死のクラゲは最も素晴らしい動物で

す。」と説明し、その後、100歳の双子[きんさん・ぎんさん]とのインタビューが続い

た。

彼のテレビ出演は歌なしでは終わらない。パフォーマーになる時、彼はスーツにネク

タイの学識ある海洋生物学者の久保田 信博士から不死のクラゲ人間[ベニクラゲマ

ン]に変身する。彼の別人格のスーパーヒーローにはコスチュームがある。白衣、紅色

の手袋、赤いサングラス、赤いゴム帽子に垂れ下がるゴム触手を着けて、クラゲのよう

な姿になる。久保田氏は、意欲的な音楽家を目指すご子息 Silltyの支援もあり、過去

9年間に多数の歌を書き、12枚のアルバム[2014年 4月の時点で 8 CDと 4 DVDに収録

の計 32曲]をリリースした。彼の歌の多くはベニクラゲへの叙情詩だ。「ぼくの名前は、

ベニクラゲ」、「生命(いのち)…永遠に」「スカーレット・メドゥーサ -永遠(と

わ)の証人-」、「スカーレット・メドゥーサ ―Die-Hard Medusa」。それに最もノ

リの良い曲、「ベニクラゲ音頭」などがある。

♪ぼくの 名前は ベニクラゲ

ちっちゃい ちっちゃい クラゲです

だけど ぼくには 人にない

特別な秘密が あるんだ

僕は 僕は 若返ることが できるんだ・・・

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他の歌は、種々の海洋生物に畏敬の念を表している。「ぼくらはスポンジ ~海綿動

物門のうた~」、「ビバ! バラエティ ナイダリア」、そして「つついてもぐってハ

リガネムシ・マンボ」など。さらに「わたしは久保田 信」もある。

♪私の名前は 久保田 信

京都大学 准教授

和歌山県の 白浜で

水族館と 暮らしてる

海の生物研究を 楽しんでます

毎日 海辺を 歩いては

プランクトンネットで 掬い取り

不思議な 生物 求めて

未知の クラゲを 探して

小さな 生き物に 命かけて

浜辺を 毎日 パトロール

温泉ゾウリは そのまま

海に入れる 必需品

ベニクラゲは 若返る

ベニクラゲは 不老不死・・・

「彼は水族館にとって重要です。」と、朝倉 彰教授(瀬戸臨海実験所所長)は述べ

た。「人々がテレビで久保田氏を見て、不死のクラゲや海洋生物全般に興味を持ち、こ

こにやって来ます。彼は非常に幅広い知識を持ち、話がとても上手です。」

科学の授業で、“ベニクラゲマン”に会うための定期的な校外学習がある。私が白浜

に滞在していた週に、ベニクラゲに関するスピーチとスライドショーを準備した 150人

ほどの 10~11歳のグループが彼を訪ねた。このグループは瀬戸臨海実験所を利用する

には人数が多すぎたので、地元ホテルの広間に集まった。子どもたちがプレゼンテーシ

ョンをした時、「あたしはクラゲマニア!」と、1人の少女は叫んだ。この後に久保田

氏は舞台に上がった。子どもたちに質問を投げかけ、大きなゼスチャーを交えて大きな

声で話した。「地球上に、どれだけの動物種がいますか?どれだけの動物門があります

か?」・・・♪「ベニクラゲ音頭」のカラオケ・ビデオが大きなスクリーンに投影され、

子どもたちはクスクス笑いながら歌った。

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ベニクラゲマンに扮した久保田 信氏。衣裳は須磨水ボランティアが作成した初期のコ

スチューム。

久保田氏は単に自分の楽しみのためにこれらのことをしている訳ではない。彼がとて

も愉快に過ごしているのは明らかなのだが……。また、一般に対する教育を、研究ほど

重要でないとは考えていない。むしろ、彼の生涯の仕事の核心部分だと確信している。

「私たちは植物を愛さなければならない。植物なしでは、私たちは生きることができ

ない。私たちは微生物を愛さなければならない。分解なしでは、私たちの体は大地へ戻

ることができない。もしみんなが生き物を愛することを学べば、犯罪はなくなるでしょ

う。殺人もなく、自殺もない。精神的な変化が必要です。そして、これを達成する最も

単純な方法は歌を通じてです。」

「生物学は特化されている。」と、彼が互いの手のひらを数センチに近づけて言った。

「しかし歌は?」あたかも世界の大きさを示すかのように、彼は手を大きく広げた。

毎夜、久保田氏は仕事を終えた後、夕食をとり、カラオケバーへ向かう。彼は 1日に

少なくとも 2時間カラオケを歌う。彼は、1,611ページもあるカラオケ本を所有してい

る。それは電話帳より少し大きなサイズで文字も詰まっている。彼のゴールは、各ペー

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ジから少なくとも 1曲歌うこと。歌を歌うごとに、歌にマークを付ける。私は、本にざ

っと目を通して、彼がすでにゴールを遥かに越えていることを確認した。

「私がカラオケを歌う時」、彼は言った。「脳の別の部分が使われています。リラッ

クスして、心から歌を歌います。大きな声で歌うのがよいのです。」

「かんぱい(旧名きばらし)」と言う名のカラオケバーが彼のお気に入りだ。それは、

海沿いの道路や街の主要な商業区域から離れた住宅街の隅にある。彼はその場所を丁寧

に説明してくれたが、私はそれを見つけるのに一苦労した。通りは静かで暗かった。私

は道を間違えたと思い、引き返そうとした時、小さな明かりがついている看板を見つけ

た。私がドアを開けた時、そこには居間のような空間があった。ソファー、コーヒーテ

ーブル、プラスチックの花を飾ったポット、小さな水槽の中には金魚がいた。幅の狭い

カウンターが壁に沿って取りつけてあった。天井からつるされた 2つのモニターから、

ソフトなバラードのカラオケ・ビデオが流れていた。久保田氏はその 1つに向かってマ

イクを握り、体をスウィングさせながら、エレガントなバリトンの声を張って歌ってい

た。60代ぐらいの店主の北山敏子さんは、カウンター越しに座わり iPhoneを軽く叩い

ていた。他には誰もいなかった。

私たちはエルビス・プレスリー、ビートルズ、ビースティ・ボーイズ、数々の日本の

バラードや子どもの歌などを 2時間ほど歌った。私は久保田氏に頼んで、彼自身の歌を

歌ってもらった。それらのうち 9曲は彼のカラオケ本に載っている。「かんぱい」のカ

ラオケ機は日本中のカラオケ・ネットワークにつながっていて、コンピューターは、各

歌の統計を表示する。例えば、日本で、先月その曲を何人が歌ったかが分かる。先月は

誰も彼の歌を選ばなかったようだ。

「残念ながら、私の歌を歌っている人は多くない。」と、彼が言った。「自然を愛し

たり、動物を愛したりするのはとても難しいので、私の歌はポピュラーにならない。」

地球の未来

白浜を旅立つ日の朝、久保田氏は電話で最後のミーティングをキャンセルした。細菌

が目に感染し、顕微鏡で物をはっきり見る事が出来ないためだった。彼は専門医へ予約

を入れ、私に繰り返し謝罪した。

「人間は非常に弱い。」と、彼は言った。「バクテリアはとても強い。私は不老不死

になりたい!」彼は心の底から笑った。

さらに、ベニクラゲが非常に弱いことが分かった。不死にもかかわらず、簡単に殺す

ことが出来る。ベニクラゲのポリプは、主にウミウシなどの捕食動物に対してほとんど

無防備だ。また、容易に有機物によって窒息する場合がある。「ベニクラゲは自然の奇

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跡です。しかし、完全ではない。」と、久保田氏は言う。「それらは生物であり神聖で

はない。彼らは神ではないのです。」

また、ベニクラゲの不死は、ある意味、概念論の問題である。「“不死”と言う単語

は、まぎらわしい。」と、ウィリアムズ大学海洋科学教授のジェームズ・カールトン氏

は言う。「“不死”が遺伝子を残すことを意味するならば、それは不死である。しかし、

それらはもはや同じ細胞では無い。細胞は不死である、しかし、その個体自体は必ずし

も不死ではない。」ベンジャミン・バトンに例えれば、胎児にもどった後、再び生まれ

てきた人を想像してほしい。細胞は再利用されるだろう。しかし、年を取ったベンジャ

ミンは去り、新しい脳、新しい心臓、新しい身体を持った異なる人がそこにいるだろう。

彼はクローンということになる。

しかし、もっと多くの研究結果が出るまで、これが人間にとって何を意味するか確か

なことはわからないだろう。結局、それが科学的手法なのだ。迷宮で道に迷えば、どん

なに可能性が低くても、ミノタウルスに襲われる危険をおかしてでも、すべての道を探

索しなければならない。久保田氏は、人類が倫理的に不死の科学を利用する準備ができ

る前に、不死のクラゲの教えがあまりにも早く取り入れられるのではないかと心配して

いる。「私たちはとても奇妙な動物だ。」と、彼は言った。「私たちは非常に利口で、

文明化されている。しかし、心は非常に原始的です。もし私たちの心が原始的でなけれ

ば、戦争は起こらないでしょう。私は、原子爆弾を使った時のように、不死の科学をあ

まりにも早く使うのではないかと心配しています。」

私は、久保田氏の歌「生命(いのち)の星-森と海と里のつながり-」のミュージッ

ク・ビデオを見ている時、彼がその週の初めに言ったことを思い出した。この曲は自然

の美しさを称える叙情詩だと、彼は説明してくれた。ビデオは、大阪ガスを定年退職し

た 89歳の彼の隣人、土田益男氏によって撮影された。歌詞はビデオの流れに沿って字

幕にあらわれていた。苔で覆われた円月島のアーチの上には、カシや松の木が伸びてい

る。岩の多いセッピコ[千畳敷]、なだらかな平草原や番所山、地層がくっきりと見える

三段壁、瀬戸臨海実験所の北浜、滝、小川、池、そして街に接する崖から茂る森林は、

非常に密度が高く、黒い。その木々は、暗さを生み出しているように見える。

「自然は非常に美しい。」と、久保田氏が切なげに微笑んで言った。「人間がこの

世から姿を消したら、平和な世界になるだろう。」

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主な参考文献

1. Bavestrello, Giorgio, Sommer, Christian and Sará, Michelle. 1992. Bi-directional conversion in Turritopsis nutricula (Hydrozoa). Scientia Marina, 56 (2-3): 137-140.

2. Piraino, Stefano, Boero, Ferdinando, Aeschbach, Brigitte and Schmid, Volker. 1996. Reversing the life cycle: medusa transforming into polyps and cell transdifferentiation in Turritopsis nutricula (Cnidaria, Hydrozoa). Biological Bulletin, 190: 302-312.

3. Maria Pia Miglietta and Harilaos A. Lessios. 2009. A silent invasion. Biol. Invasions, 11: 825–834.

4. Kubota, Shin. 2011. Repeating rejuvenation in Turritopsis, an immortal hydrozoan (Cnidaria, Hydrozoa). Biogeography, 13:101-103.

この記事は、2012 年 12 月 2 日発行の The New York Times Magazine 日曜版に Nathaniel Rich 氏が“Forever and Ever”のタイトルで寄稿したものです。以下の関連3website でオンライン

バージョンとその関連記事をご覧下さい:

http://www.nytimes.com/2012/12/02/magazine/can-a-jellyfish-unlock-the-secret-of-immortality.html?pagewanted=all&_r=1&

http://6thfloor.blogs.nytimes.com/2012/11/28/mr-immortal-jellyfish-man-has-a-song-for-you/

http://6thfloor.blogs.nytimes.com/2012/12/03/behind-the-cover-story-nathaniel-rich-on-falling-in-love-with-a-jellyfish/ また、この記事は、"Best American Science and Nature Writing 2013"という年刊に転載され

ました:

http://www.houghtonmifflinbooks.com/hmh/bestamerican/scienceandnaturewritingbookdetails

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訳者追記

ベニクラゲと久保田 信准教授(京都大学瀬戸臨海実験所)に関するインフォメーシ

ョンは、下記のサイトにアクセスして下さい。 久保田 信: http://www.seto.kais.kyoto-u.ac.jp/shinkubo/index.html 略歴:1952 年生まれ。愛媛県立松山東高等学校卒、北海道大学理学博士。同理学部助

手・講師を経て京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所准教授。日本

動物学会, 日本動物分類学会,日本生物地理学会,漂着物学会,南紀生物同好会,

Hydrozoan Society などに所属。単著「宝の海から 白浜で出会った生き物たち」,「地

球の住民たち 動物篇」,「神秘のベニクラゲと海洋生物の歌」ほか、共著多数。

ベニクラゲに関する書籍・新聞・雑誌・TV・CD/DVD: http://www.benikurageman.com/ 京都大学瀬戸臨海実験所: http://www.seto.kais.kyoto-u.ac.jp/ 京都大学白浜水族館は、京都大学瀬戸臨海実験所に附設し、白浜町周辺に生息する無脊

椎動物や魚などを中心に、約 500 種を常時展示しています。実験所の研究者もこの水

槽を使用して実験するなど、小さいながらも本格的な水族館です。2014 年の夏にリニ

ューアルオープン予定ですので、ご興味のある方は下記ホームページでご確認下さい。 http://www.seto.kais.kyoto-u.ac.jp/aquarium/

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京都大学白浜水族館

白浜水族館の仲間たち:左上から時計回りにオオカワリギンチャク、コブセミエビ、 ダルマオコゼ、アカイセエビ

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ナサニエル・リッチ(Nathaniel Rich) 1980 年生まれ。アメリカ・エール大学文学部卒業。The New York Review of Books、The

Paris Review のエディターを歴任。2008 年に小説、The Mayor’s Tongue、2013 年に Odds Against Tomorrow を出版。ノンフィクション作品の San Francisco Noir は、2005 年のベ

スト・ブックの一つとサンフランシスコ・クロニクルに評された。小説の他に The New York Times や Harper’s Magazine 等に数多くのエッセイを寄稿。 原田 百聞 (はらだ ひゃくぶん)

1966 年生まれ。アメリカ・マイアミ大学海洋科学部卒、フロリダ工科大学修士、南アラ

バマ大学海洋科学博士。元京都大学瀬戸臨海実験所特定研究員。

永久に、そして永遠に

Forever and Ever 海に住むこの小さく繊細な生き物が不老不死の秘密を解き明かすのか? 2014 年 4 月 22 日 発行 著者 ナサニエル・リッチ(Nathaniel Rich) 翻訳 原田 百聞 監修 久保田 信 発行人 原田 百聞

[email protected] 発行所 紀南出版 〒606-8275 京都市左京区北白川上別当町5 Tel: 075-721-5290 ©紀南出版 Copyright ©Kinan Press. All rights reserved.