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This document is downloaded at: 2020-02-18T06:20:21Z Title 東南アジアの言語政策 その六 フィリピン共和国(二) Author(s) 藤田, 剛正 Citation 東南アジア研究年報, (31), pp.69-90; 1989 Issue Date 1989 URL http://hdl.handle.net/10069/26524 Right NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp

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Title 東南アジアの言語政策 その六 フィリピン共和国(二)

Author(s) 藤田, 剛正

Citation 東南アジア研究年報, (31), pp.69-90; 1989

Issue Date 1989

URL http://hdl.handle.net/10069/26524

Right

NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE

http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp

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東南アジアの言語政策その六 フィリピン共和国(二)

藤 田 剛 正

 〈目    次〉

はじめに

§1 フィリピン共和国の言語状勢

§2 フィリピンの社会と言語

 (1)家庭の言語

 (2)官庁と法律の言語

 (3)商業・取引・産業の言語

 (4)教育の言語

 (5)宗教の言語

 (6)マスコミの言語

 (7)専門的職業の言語

§3 1973年憲法以降の言語政策

 (1)国法により定められた言語政策

 (2)問題と解決策

  1.フィリピン語

  2.ピリピノ語

  3.英 語

  4.土着語

§4 1974年以降の言語教育政策

 (1)二種言語教育施行指針(1974年文部省令)

 (2)二種言語教育施行10年の成果と展望

〈はじめに〉

 フィリピン共和国の言語政策←)は研究年報第14集(1972年)に集録されている。その後17

年を経過し,フィリピンの政治にマルコス大統領の追放,アキノ政権の樹立,憲法改正(1973

年,1987年)と大きな変動がみられ,言語政策にも進展があった。さらに,先の稿で不十分

であったフィリピンの土着諸語に関する言語地理学的研究及び二種言語使用の現状に関する

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社会言語学的研究を加え,ここにフィリピン共和国の言語政策(二)を公刊するものである。

§1 フィリピン共和国の言語状勢

 フィリピン共和国(Republic of the PhilipPines,ピリピノ語ではRepublika ng Pilipinas)は

アジア大陸の南東方,台湾とボルネオ,スラウェシ島の間の西太平洋上にある島嘆国家で,

国土は合わせて7,109の島々から成り,面積は30万㎞,日本の約5分の4,ほぼ北海道と本

州の合計面積に等しい。7,109の島々のうち3k㎡以上の島は500にも満たず,大多数は無名の

小島,サンゴ礁島にすぎない。主要な島はルソン島,ミンダナオ島,サマール島,レイテ島,

マスバテ島,ボホール島,セブ島,ネブロス島,パナイ島,ミソドロ島,及びパラワソ島の

計11島で,これだけで全国土面積の92.5%に達し,その人口は全人口(1989年度推定5,850

万人)の96%を占める。

 フィリピンの民族構成は複雑にみえるが,人史的には南方モンゴロイドという新マレー系

人種を中心に,少数民族としてコーカソイドとモンゴロイド双方の形質をもつ旧マレー系人

種,ネグリト,それに中国人,ヨーロッパ人が混じっているに過ぎない。分離独立を叫んで

中央政府と対立しているフィリピン人イスラム教徒のモロ族にしても,人種的にはタガログ

族,セブアーノ族と等しく新マレー系とされる。

 民族構成を複雑にしているのは人種ではなく言語である。フィリピン民族諸語はすべて

オーストロネシア(マラヨ・ポリネシア)語族に属する。オーストロネシア(Austronesian)

語族はインドネシア諸語やマレーシア諸語をも包含する語族であって北は台湾から南はニ

ュージーランドまで,東はイースター島から西はマダガスカルまで,広範囲にまたがって分

布する言語族である。しかし,言語間相互の理解度(mutual intelligibility)は皆無である。

すなわち,フィリピン人であってもフィリピン諸語を相互に理解することはできないのであ

る。

 Llamzon(1979), Reid(1971), Zorc(1975),及び国勢調査(1970)により,フィリピンの

諸言語の現勢力をまとめると以下の表となる。

                   表1

            フィリピン共和国における諸言語の現勢力

言   語   名  主:要 方 言 名 主 要 分 布 地 域 話者数(1970年度)

1.アグタイノソ(Agtaynon)語 アグタや島 7,044

2.ピコル(Bikol)語 2,507,156

ブヒ(Buhi)方言 パラワソ島ブヒ

ダラガ(Daraga)方言 アルバイ州ダラガ

イリガ(Iriga)方言 ルソン島イリが市

リボン(Libon)方言 アルバイ州リボン

ナガ(Naga)方言 ルソン島ナが市

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東南アジアの言語政策 71

オアス(Oas)方言 アルバイ州オアス

パンダソ(Pandan)方言

買Bラク(Virak)方言

カタソドゥアネス島パンダソ          1

Jタソドゥアネス島ヴィラク

ビラアソ(Bilaan)語系 51,638

3.コロナダル(Koronada1)語 南コタバタ州コロナダル

4.サラソガンニ(Saranganni)語 南ダラ白州タノマソ          「

ピサヤ(Bisaya)語系

5.アクラノソ(Aklanon)語 アクラ州カリボ 278,430

6.バンタヤン(Bantayan)語 セブ島バソタヤソ

7.バントワノン(Bantowanon)語 ロンブロン島バソトソ 46,584

8.ボルアノン(Bo1-anon)語 ボホル島タリボン

9.ブララカウ(Bulalakaw)語 ミンドロ島ブララカウ

10.ブトゥアノソ(Butuanon)語 ミンダナオ島ブトゥアソ市

11.ギマラス(Gimaras)語 イロィロ州ギマラス

12.ハミティコン(Hamitikon)語 ミソドロ島サンホセ市 287,804

13.ヒリガイノソ(Hiligaynoh)語 パナイ島イロイロ市 3,745,333

14.イヌンハン(lnunhan)語 タブラス島口耳ク

15.ヤウソヤウソ(Jaunjaun)語 北スリガオ州

16.カモテンヨ(Kamotenyo)語 セブ上口モテス

17.カソティラソ(Kantilan)語 南スリガオ州カソティラソ

18.カピズノソ(Kapiznon)語 パナイ島凡百ス市r

19.カワヤン(Kawayan)語 ネグロス島カワヤン

、20.キニライア(K:iniray-a)語 イロイ書込バルバラ

21.クヨノソ(Kuyonon)語 パラワソ州クヨ島 79,406

22.マスバテソヨ(Masbatenyo)語 マスバテ州マスバテ島 260,294

23.ナトゥラリス(Naturalis)語 南スリガオ溢血ゴ

24.ラタグノソ(Ratagnon)語 ミンドロ島サンホゼ

25.ロソプロマノン(Romblomanon)語 ロンブロン州 67,595

26.セブアノ(Sebuano)語 セブ島セブ市 8,844,996「

27.セミララ(Semirara)語 セミララ島セミララ

28.ソルソゴノソ(Sorsogonon)語 ソノレソゴソ少Hソノレソゴソ

29.ワライ(Waray)語 サマール島カタバルガン 1,767,829

30.ボリナオ(Bolinaw)語 パソガシナソ州ボリナオ 27,581

31.チャヴァカノ(Chavakano)語 ミンダナオ島ザソボアソが市 174,928

32.エルミテリョウ(Ermiteryo)語 リソソ島マニラ市エルミタ

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33.ガダング(Gaddang)語 ルソン島山岳地区プティグイ 16,757

34.イラヤ(Iraya)語 バシラン島カバガン

35.イタウェス(ltawes)語 カガヤン州エンリレ 87,529

36.マラウェグ(Malaweg)語 カガヤソ州リザル 14,436

37.トゥゲガラオ(Tugegaraw)語 カガヤン州トゥゲカラオ 196,319

イフガオ(Ifugaw)語系

38.アムガナド(Amganado)語 イフガオ州アムガナド

39.バナウェ(Banawe)語 イフが座州バナウェ

40.バタド(Batad)語 イフが泣言バタド

41.バイニナソ(Bayninan)語 イフガオ州バイニナン

42.カラハソ(Kallahan)語 イフガオ州アンティポロ

43.キアンガソ(Kiangan)語 イフガオ州キアンガソ、

イゴロット(Igrot)語系 132,315

44.バラソガウ(Balangaw)語 ボソトク州ボタク

45.ボントク(Bontok)語 山岳地区ボントク 57,708

46.カバヤソ(Kabayan)語 山岳地区カバヤン 75,072

47.カンカナイ (K:ankana-i)語 山岳地区バウコ 120,216

48.イロコ(110ko)語 4,150,596

バングウェド(Bangued)方言 アプラ島バソグウェド

ラワグ(Lawag)方言 ルソン島ラオアグ市

サンフェルナンド(San Ferna箪do)方言 ルソン島サンフェルナンド市

ヴィガン(Vigan)方言 ルソン島ヴィガソ市

49.イロンゴット(110nggot)語 北ヴィズカや州カキドゥゲン 6,324

50.イスィナイ(Isinay)語 北ヴィズカや州ドゥパフ 7,670

51.イスネグ(Isneg)語 アパヤオ・カル州カブガオ 17,722

1

52.イトネグ(Itneg)語 アプラ島バアイ 44,396

イヴァタソ(lvatan)語系 14,105

53.イトバヤト(Itbayat)語 バタネス州イドバヤト島

54.イヴァタソ(lvatan)語 バタネス州パスコ

55.ヤミ(Yami)語 バテル・トバゴ島

56.カビテンヨ(Kabitenyo)語 ルソン島カヴィテ市 4,057

57.カリブガソ(Kalibugan)語 11,383

カリンガ(Kalingga)語系 58,509

58.バルバラサソグ(Balbalasang)語 アパヤオ・カル州バルバラソ

59.ルブワガソ(Lubwagan)語 アパヤォ・カル州ルブアガソ

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60.カラハソ(Kallahan)語 北ヴィズカや州カヤバ

61.ケネイ(Ke-ney)語 パラワン島マソタリンガハン山 174

62.モルポグ(Molbog)語 パラワン島バラバク 4,551

63.マングワソガン(Mangguwangan)語 北ダバオ州ピラール 910

マンギャソ(Mangyan)語系 10,254

64.アランガン(Alangan)語 ミンドロ島バコ

65.バンタソガソ(Bantangan)語 ミンドロ島バコ山

66.ブヒド(Buhid)語 ミンドロ島ボンガボン

バリビ・ブヒド(Baribi Buhid)方言 ミンドロ油鼠グライ川上流

67.ハヌノオ(Hanuno-o)語 ミソドロ島マソサライ

.68.イラヤ(Iraya)語 ミソド昭島サンテオドロ

69.ナウハン(Nauhan)語 ミンドロ島ナウハソ湖

70.プラ(Pula)語 ミンドロ島プラ川上流

71.タジャワン(Tadyawan)語 ミソドロ島ヴィクトリア

マノボ(Manobo)語系 99,208

72.アタ(Ata)語 北ダバオ州マンサリナオ 5,582

バゴボ(Bagobo)語系 32,008

73・ギアンガ(Glangga)語

74.タガバワ(Tagabawa)語

75.バソワノソ(Banwanon)語 ブキドノソ州北部 8,033

76.ビヌキド(Binukid)語 ブキドノン州カラブガオ 62,563

77.ディババワン(Dibabawan)語 北ダバオ州アスンチオソ

78,ヒガオノソ(Higa-onon)語 アグサソ州プシラオ

79.イリアネソ(Ilianen)語 コタバト州カラマンシグ

80.カガヤノ(Kagayano)語 カガヤン諸島 79,406

81.カラマンスィグ(Kalamansig)語 コタバト州カラマンスィグ

82.キナミギン(Kinamigin)語 ミサミス島カミグイン

83.クラマン(Kulaman)語 南ダバオ州アバドサントス 471

84.リヴゥソガネソ(Livunganen)語 ミドサヤプ州北部

85.マティグサルグ(Matigsalug)語 ダバオ市北西部

86.オボ(Obo)語 北ダバオ州アポ山

87.タサダイ(Tasaday)語 コタバト州タサダイ山

88.ティワ(Tiwa)語 南フェルナンド州イグログサド

89・ブキドノン(Bμkidnon)語 ブキドノン島

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90.マソサカ・マソダヤ@       (Mansaka-Mandaya)語

22,315

91.ボソ(Boso)語 ダバオ市ボソ

92.ダバウェンヨ(Dabawenyo)語 ミンダナオ島ダバオ市 103,402

93.イサマル(Isamal)語 北ダバオ州サマル 3,093

94.カラガソ(Kalagan)語 南ダバオ州ディゴス 13,429

95.カマユ(Kamayu)語       ノ 北スリガオ州ビスリグ

96.カラガ(Karaga)語 ダバオ湾カラが島

97.ママソワ(Mamanwa)語 北アグサン州サンチャゴ

98.マソダヤ(Mandaya)語 南ダバオ州マラグサソ川流域

99.マソサカ(Mansaka)語 北ダバオ州タグム・

100.タガカオロ(Tagakaolo)語 南ダバオ州マリタ 24,084

モロ(Moro)語系

101.イラヌム(11anum)語 南ラナオ州 268,141

102.マギソダナワソ(Magindanawan)語 ミンダナオ島コタバト市 465,894

103.マレブガノン(Malebuganon)語 パラワン州バラバク島

104.マラナオ(Maranaw)語 ミンダナオ島マラウイ市 541,838

105.タウスグ(Tausug)語 スルー州ポロ島 363,802

106.ヤカソ(Yakan)語 バシラソ島 58,149

ネグリト(Negrito)語系 14,192

107.アグタ(Agta)語1 カガヤン州カガヤン川上流域

108.アグタ語皿 南カマリネス州イサログ山

109.アグタ語皿 ネグロス島カソラオソ山

110.アティ(Ati)語 パナイ島

111.アッタ(Atta)語 カガヤソ州パソプロナ

112.バタク(Batak)語 パラワソ州タニパ 542

113.バルガ(Baluga)語 エチジャ島ブラカソ

114.ドゥマガト(Dumagat)語 ケゾン島カシグラソ 1,624

115.サムバル(Sambal)語 ザソバレス州ボトラソ 88,663

116.オビアン(Obian)語 513

117.パラナン(Palanan)語 イサベラ州パラナソ 5,215

118.パンパンゴ(Pampanggo)語 ルソン島サソヘルナンド市 1,212,024

北部方言 パンパンが州マバラカット

東部方言 パンパンが州カンダバ

中部方言 パンパンが州サンフェルドナソド

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東南アジアの言語政策 75

南部方言 パンパンが州マカベベ

西部方言 パンパンが州フロリガ・ブランカ

l19.パンガスィナン(Pangasinan)語 ルソン島ダグパン市 838,104

120.サマル(Sama1)語 179,131

121.アバクノン(Abaknon)語 北サマール州カプル島 8,918

122.バジャウ(Bajau)語 スルー州ボンガオ島 12,655

123.プロン・マプソ(Pullon Mapun) スルー州カガヤソ 13,974

124.スィアスィ(Siasi)語 スルー州スィアスィ島

125.スィブッ(Sibutu)語 スルー州スィブツ島

126.スィムヌル(Simunu1)語 スルー州スィムヌル島

127.サンギル(Sanggil)語 南ダバオ州サラソガニ島 2,737

128.サソギール(Sanggir)語 サソギール島

スバヌン(Subanun)語系 94,804

129.スイダソガン(Sidangan)語 北ザンボアソが州スイダソガソ

130.スイオコン(Siokon)語 北ザンボアンが州スィオコソ

131.タダソグ(Taddang)語 イサベラ州

132.タガビリ (Tagabili) コタバト市南部 14,937

133.タガログ(Tagalo9)語     ㊧Q0,257,941

バンタソゲンヴか(Bantangenvo)方言 バタンガス州

ブラケソヨ(Bulakenyo)方言 ブラカソ州

ラグナ(Laguna)方言 ラグナ州

ルバング(Lubang)方言 ルバング島

マニラ(Manila)方言 ルソン島マニラ市

マリンドゥク(Marinduque)方言 マリンドゥク島

ケゾン(Quezon)方言 ケゾン州

タバソワ(Tabanwa)語系 8,623

134.アボルラン(Aborlan)語 パラワソ州アボルラン

135.カラミアン(Kalamian)語 パラワソ州カラミアン島 1,645

136.パラワノ(Palawano)語 パラワン島 26,634

137.スィランガネン(Silanganen)語 パラワン州ロハス

138.タングドゥラネソ(Tangdulanen)語 パラワソ州バルトソ

139.タップ(Tap)語 781

140.ティルライ(Tiruray)語 コタバト市ユピ 30,127

141.ヨガド(Yogζdo)語 イサベラ州エチャグ 13,616

⑳ この数字はタガログ語に基礎をおくピリピノ(Pilipino)語の話者数である。

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76

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   レガスピ ソルソ宴刀D ソルソゴン州

      ゴvゾ

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   4

 竃グ,亀ラノ

カルバ5グ●

サマール島

 バ・ヒイ

6倉ク。’ζン

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         アイナガット島

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南・北サンボアンガ州

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南・北コタバト州

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北・南スリガオ州

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東南アジアの言語政策                                  77

 上の表1から話者数10万人以上の主要言語を摘出し,万単位の概数で話者数の多い順に並

べると次のようになる。

     表2

フィリピン共和国の主要言語

順位

言 語 名

タガログ(Tagolog)語

セブアノ(Sebuano)語

イロコ(IlO≧0)語

ヒリガイノソ(H:iligaynon)語

ピコル(Biko1)語

ワライ(Waray)語

パンパンゴ(Pampanggo)語

パンガシナソ(Pangasinan)語

マラナウ語(Maranaw)語

マギンダナワン(Magindanawon)語

タウスグ(Tausug)語

ハミティコソ(Hamitikon)語

アクラノソ(Aklanon)語

マスバテンヨ(Masbatenyo)語

トゥゲガラウ(Tugegaraw)語

サマル(Samal)語

チャヴァカノ(Chavakano)語

カソカナイ(Kankana-i)語

ダバウェンヨ(Dabawenyo)語

マノボ(Manobo)語

話 者 数(1970年)

2,025万人

 884万人

 415万人

 375万人

 251万人

 177万人

 121万人

 84万人

 54万人

 47万人

 36万人

 29万人

 28万人

 26万人

 20万人

 18万人

 17万人

 12万人

 10万人

 10万人

 以上の主要20言語の話者総数はフィリピン全人口の97%を占めている。残り3%の国民が

細分化した121の弱少土着民族語の話者となっている。主要言語話者は圧倒的にキリスト教

徒(カトリック)であり、亭亭民族語話者はイスラム教徒または精霊信仰者(アニミスト)で

あることも大きな特徴である。

 §2 フィリピンの社会と言語

 フィリピンの国家社会の中でどのような言語がどのように使用されているであろうか。国

語として形成途上にあるピリピノ語はフィリピンの社会生活の中でどのように位置づけられ

ているであろうか。ここではフィリピン社会のさまざまな領域で使われている各種言語の諸

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相を明らかにしたい。注1

(1)家庭の言語

 一般的にフィリピンの家庭で話されている言語は土着語である。ピリピノ語が家庭で話さ

れている主要な言語である地域はマニラ首都圏,ルソン島中部及びルソン島南部の3地区で

ある.198・年の鴎調査によると・フィリピン全国86・万世帯の中の約÷の世帯でピリピノ

語が話されている。

                   表3

          ピリピノ語(タガログ語)を話している世帯の統計

地    域 全 世 帯 数 ピリピノ語を話オている世帯数

フィリピン全土 8,600,000 2,552,561 29.7

都市部 1,681,396 19.6

郡部 871,165 10.2

マニラ首都圏 1,103,563 1,027,563 93.1

ルソン島 4,707,553 2,519,065 53.5

ヴィサや諸島 1,996,093 4,036 0.2

ミンダナオ島 1,903,541 29,460 1.5

南北イロコス州 651,070 10,502 1.6

カガヤン流域 404.1037 17,461 4.3

出典:Sibayan(1985)p.43

マニラ首都圏では実に93%を越える世帯でピリピノ語が話されている。ルソン島全体では過

半数の世帯でピリピノが話されている。しかし,フィリピン中部地方のヴィサや諸島,南部

地方のミンダナオ島に行くと,ピリピノ語を話す世帯は僅少となる。

 次に言語の四技能,すなわち,話す・聞く・読む・書くという面から家庭の言語を眺めて

みると,話す・聞くという二面では土着語が家庭の言語であるが,土着語で読む・書くとい

うことはめつたにみられない。実際,読む・書くという面では土着語よりは英語またはピリ

ピノ語を使う場合の方が多いであろう。それはひとつには学校教育の影響であり,さらに英

語やピリピノ語の方が出版物が入手しやすいためである。

(2)官庁と法律の言語

 行政府官庁の文書等はすべて英語で書かれている。しかし,口頭伝達は中央政府官庁では

ピリピノ語でなされることが多くなりつつある。また地方の役場では土着語でなされている。

法律及び立法においては,大学の法学部が法律をすべて英語で教えているため,英語が主要

な言語である。法律をピリゼノ語に翻訳する試みも行なわれていない。法律文書がピリピノ

語で書かれたものも何一つ存在しないから,あと100年経っても法律の分野にピリピノが入

ってゆくことは考えられないであろう。

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東南アジアの言語政策 79

   表4フィリピン共和国における言語使用の状況

ピリピノ語 英   語 土 着 語 アラビア語領   域

話 読 書 聞 話 読 書 聞 話 読 書 聞 話 読 書 隠

家       庭 副 少 稀 副 稀 副 稀 少 主 稀 稀 主

官      庁 心逸 少 少 主 副 主 主 副 副 稀 稀 少

法 律 /立 法 副 稀 稀 副 主 主 主 副 稀

産      業 主副 副 少 主 副 主 主 副 副 副

初  等 教  育 主 主 副 主 副 副 稀 副 主 少 少 主 稀 稀 稀

中 等 教  育 主 副 副 主 副 主 主 副、

高 等 教  育 主副 副 副 主副 副 主 主 副

職  業  教  育 主副 副 副 主副 副 主 副 副 少 少

宗      教 副 少 少 副 少 副 副 少 主 副 副 主 少 少 少

マスコミ新聞 副 副 主 主 少 稀

映       画 主 主 主 副 稀 副

漫      画 主 少 稀

ラ   ジ   オ 稀 稀 主 副 主 稀

テ   レ   ビ 主 稀 主 主 稀 主

専 門 的 職 業 三三 副 稀 三三 主 主 主 主脈 稀 稀

国 ’内  旅  行 主副 稀 主副 少 副 少

海  外 旅  行 少 少 少 少 主 少 少 主 稀 稀

文 芸 創  作 副 副 主 主 稀 稀

政       治 主 少 少 主 副 主 主 副 少 稀 稀 少

⑳:主:主として,副:副次的に,少:少し,稀:稀に使われるの意

出典:Sibayan(1985)p.45

(3)商業・取引・産業の言語

商業界及び産業界の文書はすべて英文で取り交わされる。口頭伝達はマニラ首都圏ではタ

ッグリッシ語(Taglish=Tagalo9+English,すなわち,タガログ語に英語を混ぜた混成言語)

が社会の低階層では話されている。地方では土着語が話されている。社会の高階層における

取引用語としては依然として英語が圧倒的に多い。

(4),教育の言語

初等学年の教育用語は主として土着語かピリピノ語である。中等学校においては読み・書

き活動は英語を読む,書くである。タガログ語が話されている地域ではピリピノ語の読み・

書きが増えてきている。それ以外の地域での中等学校では英語が主勢力を続けるであろう。

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大学教育の主要言語は英語である。口頭伝達はますますピリピノ語が勢いを得ている。しか

し,地方の大学ではピリピノ語の成長には限度がある。商業高校,工業高校などの職業教育

も英語によって行なわれている。

(5)宗教の言語

 ローマ・カトリック教会が礼拝に土着語を使うようになってからピリピノ語の使用が急増

した。しかし,地方にあっては土着語が主要な宗教用語となっている。

(6)マスコミの言語

 フィリピンの新聞は大半が英文である。徐々に,ピリピノ語の新聞も増えてきているが,

紀元2000年まで英字新聞の優勢は変らないだろう。

 映画は国記でピリピノ語が優勢である。学校へ行ったことのない人々がピリピノ語を習う

のは映画によってである。

 ラジオもピリピノ語が主勢力を得ている。ラジオのニュースもドラマ番組も大半はピリピ

ノ語で流されている。

 テレビは英語が主力を握っている。現在5つのテレビ放送局があるが,午後7時のニュー

ス番組は4つまでが英語,1つだけがピリピノ語で放映されている。コマーシャルは英語と

ピリピノ語が相半ばしている。

 漫画は英字新聞に連載されるBlondie, Nancy, Archie, Beetle Bailey, Peanuts等々は勿論,

英語のまま輸入されているが,ピリピノ語版の漫画が急増している。漫画の雑誌となると圧

倒的にピリピノ語である。子供やティーンエージャーは競ってピリピノ語の漫画雑誌を読ん

でいる。世界の古典文学作品がピリピノ語版の漫画本となって読者を得ている。漫画は大衆

に最も好かれる形のピリピノ語の読み方教室といったところである。

(7)専門的職業の言語

 医学,法学,工学,科学といった領域の専門的知識は大学で英語で教えられているため,

医者や判事,弁護士,技術者,等々の使用する言語も英語となっている。しかし,マニラ首

都圏では口頭伝達となるとピリピノ語を使う場合が多く,地方の医者などは土着語に堪能な

人が多い。

§3 1973年憲法以降の言語政策

(1)国法により定められた言語政策

 1973年憲法には,国会が権限をもって国語の開発,制定に着手すべきことが言区われている。

その国語はフィリピノ(Filipino)語と命名され,フィリピンのすべての言語に基礎をおいて

開発されねばならないと定められている。さらに1973年憲法は英語とピリピノ(Pilipino)語

をこれまでと同じく継続して公用語に指定している。1973年にはこのような条項をもつ憲法

の布告に続いて,大統領布告第155号が出され,スペイン語を追加して第3の公用語に指定

している。これは現在なお効力を有する法律にスペイン語で書かれたものが残っているため

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東南アジアの言語政策       ’                           81

である。

 1973年憲法の言語政策に関わる条文は次の通りである。

第三条第←)項:この憲法は英語とピリピノ語により公式に布告され,5万人以上の話者をも

つすべての言語に翻訳され,さらにスペイン語とアラビア語にも翻訳される。議論ある場合

には英語文をもって原文とする。

第三譜第(二)項:国会はフィリピノ語と呼称されるべき国民共通の国語の開発及び公式な採用

に向って必要な手段を講じなければならない。

第三条第⇔項:法律により別に定めるまでは英語とピリピノ語を公用語と定める。

 1973年憲法に謳われた言語政策はフィリピン共和国の多言語社会を反映するものである。

フィリピノ語と称する国語は未だに形成されず,存在しているわけではないから,法律上の

虚構に過ぎない。そのような言語の実現の可能性は大方の危ぶむところである。1935年の憲

法では国語はフィリピンの現存する言語の一つに基礎をおくと定められ,それをタガロク

(Tagalo9)語に指定したのであったが,1973年憲法では理想的にフィリピンの現存するすべ

ての言語に基づいてと定めたために困難があるのである。

 タガログ語に基礎をおくピリピノ語と英語を1973年憲法は公用語に指定している。超言語

を立法,司法,行政の国内諸事一般,及び外交と通商の国際コミュニケーションを行なう際

に使用する言語に定めたものである。

 同じく1973年大統領は布告155号によりスペイン語を第三の公用語に指定した。それは,

スペイン語が二つの公用語,英語及びピリピノ語と同等に普及しているからというのではな

い。スペイン統治時代にスペイン語で書かれた法律文書で今に至るも効力を有するものがあ

り,それが英語やピリピノ語に翻訳されておらず原文のままに残っているからである。

 1974年,文部省は省令により二種言語教育政策の施行細則を定めている。これは小学校か

ら大学に至るまですべての学科目を英語またはピリピノ語を教育用語として教えることに決

定したものである。この省令によれば,理科・数学・自然科学の各科目は英語を教育用語と

するが,国語・社会・体育・美術・道徳および人文科学・社会科学のすべての科目はピリピ

ノ語を教育用語としなければならないと定めている。これまで小学校り低学年では土着語を

教育用語としてよかったが,この省令により,土着語はあくまでも副次的な教育用語にとど

め,原則としてピリピノ語を教育用語とするように変更したものである。こうして始まった

教育用語としてのピリピノ語の使用は1984年には大学・大学院にまで達する予定であった

が,その実施は画餅に終っているようである。

(2)問題と解決策

 1.フィリピノ(Filipino)語

 1973年憲法に定められた国語としてのフィリピノ語の問題は如何にしてこれを形成するか

ということである。フィリピノ語は現存のすべてのフィリピンの言語に基礎をおいて形成さ

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8祠

れると定義されているから,必然的にそれは多くの言語の合成体となることが期待されてい

る。それはオーストロネシア語族のフィリピン語群を母体として形成される一種のエスペラ

ント語ということになろう。その実現には国語審議会とでもいうべき特別委員会が設置され,

未だ法的虚構に過ぎないフィ,リピノ語の音韻・形態素・統語法等の文法及び辞書項目(語彙)

を定めていかねばならない。この種の企画は未だに発足さえもしていない。

 語彙を多くの言語から編入していく作業はあまりむつかしくはないであろう。日本語も英

語もそのようにして現代化しているのである。音韻の要素の借用も可能である。タガログ語

をはじめフィリピン諸語はもともと1al lil lu1の3母音構成であったが,スペイン語の影響

の下で/0〃e/を編入し,5母音編成に移行した歴史を既にもっているのである。動詞の活用

とか指示詞,単複数並等による語尾変化などの形態素の編入は語彙や音韻の編入ほど容易で

はないであろう。一番の問題はこのようにしてフィリピン諸語を母体に言語工学者によって

合成されて形成される新しい言語がどれ程国民一般に受け入れられるかということである。

 1989年度人口5,850万人と推定されるフィリピン共和国には前節でみたように141もの言語

があり,それぞれの民族集団が自民族語を話し,自民族に忠誠である。言語としては学校教

育において英語とピリピノ語を学習している。自民族語や既習のピリピノ語と多くの類似性

をもつとはいえさらにあらたに新制定国語を学ぶ負荷をどう受け取めるであろうか。そのよ

うな言語がこれまでのピリピノ語以上に普及し,やがて名実共にフィリピン共和国の国語と

なる可能性はどれほどあるであろうか。

 この問題の解決に向って何らかの提言を行っている言語学者は数少ない。Constan-

tino(1974)が「言語の普遍的特性要素」(linguistic universals)の観点からの接近を提唱し

ている。さらに,「言語現代化運動」グループと1973年憲法に国語条項を提議した国会議員

らにより新制国語形成のプログラムが提案されている。注2しかし,言語学者の多くはフィリ

ピノ語の問題解決に対して沈黙している。彼等の見解はフィリピノ語を新たに国語と定める

1973年の憲法条項は分裂という不幸な事態を回避するためにとられたタガログ民族誌の妥協

の産物であって,これまでの国是通りタガログ語に基づくピリピノ語が他の言語からの借用

編入により一層充実し,十分に普及すれば,その時点でピリピノ語をフィリピノ語と名称変

更することが可能であろうというものである。この種の提案がなされれば先のConstan-

tino(1974)を含む言語学者・文化人・知識人は一様に賛同するであろう。しかし,それは

非タガログ民族の代表老たち,特に法的平等を追求して止まないピサや系諸民族の代表老た

ちの反感を高めることになるであろう。

 2.ピリピノ(Pilipino)語

 タガログ(Tagolog)語に基礎をおくピリピノ語の一番大きな問題は非タガロクめ諸民族,

特にピサヤ(Bisaya)族にどうしたらピリピノ語を受容してもらえるかという問題である。

民族の忠誠心と地域における対抗意識によるタガロク族とピサや族の拮抗は長い歴史をもつ

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東南アジアの言語政策                  .       ’        83

ている。それが最初に表現化したのは1935年の憲法制定会議においてであり,憲法により国

語を制定するに際しては当時,民族人口においてタガログ族の倍を占めるピサや民族語を以

ってこれに当てるように主張して譲らなかった。その結果,1935年憲法には国語制定にとり

かかるべきことを定めた条項を含むだけのものとなったのである。注3しかし,1908年の国語

調査委員会による「一言語を選定し,他の言語に優先させること」という国語裁定方法に関

する決議は生きており,1940年にはQuezon大統領によってタガログ語が国語と呼称され,

1959年には,それがピリピノ語と称されるに至ったという経緯がある。1940年から1973年ま

での間タガログ語に基礎をおくピリピノ語の標準化が進み,普及率も上ってきていたが,ピ

サや族の側では理性的にも感情的にもそのようなタガログ語を国語として一度も受け入れた

覚えはないのである。それが1973年憲法において「国民共通の(ということは国民を構成す

る倭民族に共通の,の意)国語」の制定を言区わせるに至った理由である。これは先に引用し

た1908年の国語調査委員会の国語裁定方法に関する決議「一言語を選定し,他の言語に優先

させること」と並ぶもう一つの決議「すべての地方語を融合して,そのなかから採長補短し,

最良のものを維持すること」注4の方により比重をおく条文となったのである。決議の先の方

はタガログ漏出の主張,後の方はピサや山側の主張であり,それらを併記することで国語調

査委員会は拮抗する両民族の妥協点を見出したのである。結局,それは問題の解決とはなら

ず,解決を先送りしただけのものであった。

 今日では,非タガログ民族でも大半がタガログ語を理解し,第二言語として話している。

タガログ語がピリピノ語と称され,共和国の公用語として,また初等・中等教育の教育用語

として,さらに必修語科目として30年以上にわたり教授・学習されてきたことの成果である6

表1のタガログ語話者数20,257,941人は1970年の全人口の52%を占める。タガログ民族の総

人口はこの半分にも満たないであろう。この数字はフィリピンの公用語ピリピノ語の普及の

程度を示すものである。従ってピサや族等の心血はタガログ語及至ピリピノ語を公用語とす

ることに対してではなく,これを国語に認心することに対してである。国語という呼称は容

易に容認されないであろう。そこで1973年憲法は国語は一つの言語ではなくフィリピンの現

存するすべての言語に基礎をおいて制定されねばならないという理想をかかげ,妥協点を見

出したのである。

 Gonzalez(1978)はタガログ語を国語に選定,認嘉する問題の解決方法として,もうこれ

以上表立った議論はせず,事実上の国語となるまでひたすらその普及を見守る平和路線を提

唱している。タガログ語が目に見えて普及していく事実は不可逆であり,ピサや民族の間で

さえも,家庭で,学校で,地域社会でタガログ語が話され学習されているのである。タガロ

グ語を普及させている要因は言語以外の力であり,現代文明の特徴である都市化,マス・メ

ディア,教育の力である。こうして不可面的・不可逆的にタガログ語がフィリピン全土に浸

透すれば,これを法律上も国語と呼ぶことに異を唱える者は誰もいないであろう。憲法上,

法律上の国語論議はこれを「温厚に無視」(benign neglect)し,さておいて,現実を先行さ

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せ,タガログ語を万人が国語と認めるまで待つということである。これが国語問題に対する

フィリピンの有識者一般の姿勢であろう。

 3.英語

 フィリピン共和国の公用語である英語については二つの問題がある。一つは英語がアメリ

カ植民地時代の遺物であるにも拘らず,憲法に「条文に議論が生じた場合には英文を以って

原文とする」と定められている程にプレステージが高く,外国語でありながら国事の場で使

用する公用語の地位を与えられていることは国家にとって不幸な事態であるというものであ

る。フィリピンは政治形態としては独立国となったが,文化的にはアメリカの文化帝国主義

によってフィリピン人の思想も感性も支配されている,英語はその支配の手段であり内容で

ある,フィリピン人は政治的には自由となったが,文化的,思想的には今なおアメリカ帝国

に手かせ足かせをはめられている。英語はその手かせ足かせに外ならないという考え方であ

る。

 このような憂慮を抱いている人は決して多いわけではない。大多数のフィリピン人は英語

の有用性を信じている。英語は国語に対抗するものではなく,科学・技術の伝達手段,国際

関係における意思伝達の手段,さらに個人の社会的経済的栄達の手段と考えられている。社

会の下層にいる人々は上層の人々と同じ価値観を抱いており,その上層の人々は英語を話し

ている,だから自らも英語を話すことによって同じような繁栄に与りたいというのがフィリ

ピン人一般の考え方である。フィリピン人が英語を学ぶ動機はアメリカ人のようになりたい

というのではなく,フィリピンのエリ山ト層のようになりたいということである。フィリピ

ン人にとって英語は母語に次く第二言語であり,その第二言語の習得が社会的栄達を決める

一つの要因である。英語を習得しないなら社会移動の機会に自ら門戸を閉すことになる。フ

ィリピンの社会では母語と,しての英語に一度も触れたことがない人々によっても英語が日常

的に使われているためにフィリピン独特の英語が出来てくる。従ってフィリピンにおける英

語の第二の問題は第二言語としての英語の質の問題である。

 小学校から大学まで理数科の授業では英語が教育用語であり,学科目としての英語も教え

られている。しかし,教員の給与が一般よりも低いこともあって教員が必ずしも十分な資格

をもつ者ばかりとは限らない,すなわち,教員の質に問題がある。また生徒の方でも中退者

が多く学習の期間が短かすぎて十分な習得とはならない,等々,学校における英語教育の欠

陥が指摘されている。注5特に地方の学校においては教育の質が低下しており,英語習得のレ

ベルも低い。学校教育における英語習得のレベルが低いから,社会に出て,英語を話せば,

ピジン化した英語となり,しかも多数がこれを話すからピジン英語が固定化し,フィリピン

特有の英語を生じることになる。

 この問題の解決のためには先ず政府が学校教員の待遇を改善し,教職を魅力のあるものに

することによって優れた人材を教員に確保するとか,教員養成大学のカリキュラムを改革す

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東南アジアの言語政策                                   8馨

るとか,全国35万人の英語科教員の現職教育により教員の質の向上を図るとか,様々な提案

がなされている。注6しかし,いかに英語教育が改善し向上しても,フィリピンの社会で使用

される英語はフィリピンの社会を構成する異民族間の意思伝達用具としての第二言語として

の英語であるから,アメリカ英語,イギリス英語のような母語としての英語とは異なった様

相を呈してくることに変りはない。それをインド英語やシンガポール英語と同様にフィリピ

ン英語と称し,その標準化が図られることになるであろう。その基礎はフィリピンのテレビ,

新聞,ラジオ等のマス・メディアで使われている英語ということになるであろう。そしてフ

ィリピン英語と,他の英語の地方変種及び母語英語との間の理解度(mutual intelligibility)

が問題となってくるだろう。すなわち,フィリピンの英語はフィリピンに特有なものがあっ

てもおかしくはなく,母語英語を基準として質の高低をいうべき性質のものではない。ただ

フィリピン社会における有用性を高めるためにフィリピン英語の標準化が図られねばならな

い。この標準化がフィリピン英語の抱える当面最大の問題なのである。

 4.土着語

 土着語は民族語とも地方語とも呼ばれるが,先の表1でフィリピンには少なくとも141の

土着語があり,土着語の中でタガログ語だけが公用語として特別の地位を与えられている。

表2の①から⑧までの主要土着語は1973年までは小学校低学年における教育用語として公認

されていたが,1974年の二種言語教育法の発布により他の弱少民族語と同格に教育補助用語

にとどまることになった。これらの土着語に問題があるわけではないが,ユネスコや夏期言

語学校(Summer Institute of Linguistics)がかねてより主張しているように言語の読み書き

能力を付与するには土着語によるのが一番有効である。文化政策,教育政策の上で土着語の

もつ意義は重要であり,為政者がこれを軽視するようなことがあってはならない。現に夏期

言語学校や教会の主催で土着語による文芸作品の出版や土着語によるテレビ番組の放映が行

なわれている地域もあるのである。注7

しかし,政府は土着語振興には消極的で,何らの予算措置も構じたことはない。政府の政策

はあくまでも準国語ともいうべきピリピノ語と英語を普及することにより弱少民族集団をフ

ィリピン文化の主流に組み入れることである。政府は先に引用したGonzalez(1978)のこと

ばでは土着語を「温厚に無視」(benign neglect)している。もし土着語について問題がある

とすれば,これが最大の問題であろう。

§4 1974年以降の言語教育政策

(1)二種言語教育施行指針(1974年文部省令)

 1957年から1974年まで文部省による教育政策は①小学校の低学年(1,2年次)においては

土着語を教育用語として初等教育を施す②この間に教科目として英語を教え③小学校中学年

(3年次)以降,英語を教育用語とすることに備えさせる。④国語としてのピリピノ語を小

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86

学校3年次より正規の教科目として教える,というものであった。

 1974年文部省は二種言語教育施行指針と銘打って大意次のような施行細則を発令した。

① 英語とピリピノ語の二言語に通ずる二種言語併用の国民を形成するため,文部省はここ

に二種言語教育政策の施行に対し以下の指針を公布する。 a.二種言語教育とは特定の教

科目によって教育用語としてピリピノ語または英語を使うことを意味する。但し,必要な分

野においてはアラビア語も使用するものとする。 b.教育用語としての英語及びピリピノ

語はすべての学校において小学校1年次より使用する。小学校1年次及び2年次においては,

当該学校が所在する地域で使用されている土着語は教育補助用語とする。但し,その使用は

英語,ピリピノ語,またはアラビア語を教育用語として教える当該教科目の内容の理解を助

長するために必要である場合に限られる。 c.二種言語併用の能力を付与するという目標

を達成するため,初等,中等教育の全学年において,英語及びピリピノ語を教科目として教

えなければならない。 d.ピリピノ語は社会科,社会科学,道徳教育,労働教育,保健及

び体育の諸教科目において教育用語とする。 e.英語はその外のすべての教科目,すなわ

ち,数学,理科,自然科学の諸教科目において教育用語とする。

②教育用語としてのピリピノ語に対する現職教員の資質を高めるため,現職教育訓練の講

習会を教章養成大学の協力を得て,文部省により全国及び地域レベルで開催するものとする。

③すべての学校は全学年にわたり,現職教育,教材の準備,取得について長期の計画を策

定しなければならない。

④大学・大学院の高等教育機関には二種言語教育の実施予定について自由裁量を認める

が,1984年の学年度終了以降においてはすべての年度の卒業生が専攻領域に関する英語また

はピリピノ語の試験に合格できるようにしなければならない。

 これは一国の文教政策としては革命といってよい程の方向転換であった。第一に,土着語

を小学1年次,2年次の教育用語の地位から引きずり降してしまった。その理由として土着

語の教材を準備するのは経費が嵩むということ,次に英語が読めるようになった児童はやが

て土着語も読めるようになるということが当時の文部大臣によってあげられている。注8この

ような時の為政者側の都合で文教政策の根本が歪められることになったことについては強く

非難されねばならない。第二に,1940年以降1973年まで教科目としてだけ教えられていたピ

リピノ語が,1974年以降は小学校1年次から大学まで教育用語として使用しなければならな

いことになった。これまでは小学校3年次以上は小学校でも大学でも英語だけが教育用語で

あった。この改訂では教育用語としての英語の使用は理数科に限定し,文科系の教科目は小

学校1年次から大学まですべてピリピノ語を教育用語として教えるというものである。第三

に,ピリピノ語を教育用語に格上げしても,これまで英語で教えてきた教員が急にピリピノ

語で教えることは,タガログ族の出身者でない限り出来ない相談であるから,文部省が卒先

して鋭意現職教育に取り組む,というのである。

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東南アジアの言語政策                                  87

 (2)二種言語教育施行10年の成果と展望

 1985年5月フィリピン言語学会はフィリピンの文部省,アジア財団,フォード財団,アメ

リカ国際開発局から助成を受けて,フィリピンの二種言語教育政策施行が10年を経過したの

を期にその成果について大掛りな調査研究を行なった。フィリピンの17の民族地域社会にお

ける136の小学校・中学校・高等学校から4学年生2,251人,6学年生2,328人,10学年生2,

592人,教員568人を対象に,ピリピノ語,英語,社会,数学,理科の5教科について学力試

験を実施したものである。さらに全フィリピン1,168大学の中から94大学を対象に二種言語

教育の有無を調査している。この調査研究から次のようなことが明らかとなった。注9

① 二種言語教育は無作為抽出された学校の98%において施行されているが,大学において

はわずかに35%に過ぎない。

②多様な民族地域社会の生徒が非言語知能検査においてはほぼ等しい成績を収めている。

③調査の結果,学年進行につれて成績は下降するという一般的傾向がみられる。長期間,

二種言語教育を受けた10学年生において成績は低下している。上級学年に進むほど成績は低

下する。ある教科(特にピリピノ語)において非タガログ族の生徒の成績は特に不振である。

④教科の試験において教員の成績はかんばしくない。試験の結果,教員は担当科目の内容

を知らないことが明らかである。特に,二種言語教育政策の施行後ピリピノ語を教育用語と

して教える社会科について,多くの教員はピリピノ語が流暢ではない,ピリピノ語で教える

ことは苦痛である,あるいはピリピノ語では教えていない,などと答えている。

⑤ 殊更にピリピノ語を公教育の教育用語として使わなくても純粋なフィリピン人になれる、

と思うと答えた教員が小中学校教員の80%を越えている。

 この調査研究からどのような意味が汲みとれるであろうか。先ず第一に,教員のピリピノ

語の試験の成績が悪いということ,更に担当教科の試験の成績も悪い。さらに,中等学校用

の教科書や教材が一般的に不足していること,特にピリピノ語で書かれた社会科の参考書や

資料が乏しく,教員も生徒も勉強しようにも勉強できない状況にあることをこの調査は明ら

かにしている。最終的にはピリピノ語の教育用語としての不備が指摘されている。高度な認

知行動用の言語にピリピノ語を開発すべきこと,ピリピノ語で書かれた中等学校用の教材を

豊富に広範に備えるべきこと,教員養成機関はピリピノ語で教員を養成すべきこと,などが

提案されている。大学における二種言語教育の実施については全1,168の大学の中で,わず

かに35%がこの政策を部分的に実施していると回答した。実施していない理由としてはピリ

ピノ語で書かれた教授用,研究用の文献,資料がないこと,教授者にピリピノ語の能力が不

足していること,ピリピノ語に学問上要求される概念を表現する語彙が無いこと,などが指

摘されている。

 フィリピン言語学会は,この調査と平行して官界,民間を対象に,二種言語教育政策に対

する意識調査も併せて行なっている。その結果,二種言語教育が施行されていることを一度

も聞いたことがないと回答したものが調査対象となった官立機関の76%に達した。これに対

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し,民間では58%が二種言語教育の存在を知らないと答えた。調査対象の機関・組織体が一

様にこぞって答えたのは個人のキャリアにとって大事なのは英語であること,公文書・公的

通信の大半は現在も未来においても英語であること,就職や昇進に際して考慮されるのは英

語の能力であること,などであった。文部省を除けば,ピリピノ語の使用を広めたいと思う

と答えた機関・組織体は他に無かった。各種学会における貢献についても,オリジナルな研

究や研究報告がピリピノ語で行なわれたことはほとんど無いという調査結果が出ている。

 以上の調査研究の結果に基づいて,フィリピン言語学会は文部省に対し次のような勧告を

行なっている。

①フィリピン全土にわたり生徒・学生がピリピノ語と英語の二種言語の能力を発達させる

ことは望ましいことである。また,初等・中等学校において教科により英語またはピリピノ

語を教育用語として使用することは望ましいことである。(冒頭は文部省の二種言語教育政

策を肯定する内容となっている。)

②非タガログ族出身の生徒に対する初;期の識字訓練のため,1973年まで行なっていた主要

土着語の使用の復活を強く勧告する。教員にその能力があり教材が揃っているならば,土着

語の使用はピリピノ語の学習の基盤作りとして望ましいことである。

③ピリピノ語を開発・培養して認知的活動学問的活動に耐えるものとしなければならな

い。ピリピノ語を知的に豊かにすることは大学の責務である。国語研究所はピリピノ語の語

彙を豊かにし,表現を精巧にする作業をより迅速に進めるべきである。

④翻訳,辞典編纂,参考書・教科書・教材の出版等を盛んにし,教育・学習の環境を整備

しなければならない。非タガログ地域で使用するため地域土着語で書かれた識字教材を開発,

普及する必要がある。

⑤ 第4学年次,第6学年(義務教育終了学年)次,第10学年(中等教育終了学年)次に標準学

力試験を課し,教員に定期的に教育評価の機会を与えることを提案する。また,それぞれの

学年に定められた最低限度の言語技能に達しなかった生徒は進級させてはならない。

⑥ 教員養成大学へ入学するには言語熟達度試験の成績が一定レベルに達していることを条

件とする。また,大学のカリキュラムに,学生が将来,教職に就いた場合,ピリピノ語を教

育用語として使ってそれぞれの教科を教えることができるようになるための一定のプログラ

ムを備えなければならない。現職教育プログラムは二種言語教育政策の改訂に対応できるよ

うに組み替えられねばならない。

⑦以上の勧告は1974年に始まった二種言語教育政策施行10年の歴史を回顧・評価し,この

政策に微調整を促すものであるが,今日より更に10年を経過する1997年に再度,これと同じ

調査を行ない,勧告した微調整の効果を測定するように提案する。

以上,フィリピン言語学会の調査研究によって,われわれはフィリピンの学校教育におけ

る二種言語教育の実態と問題点,それに今後取り組むべき課題を見てきた。フィリピンの教

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育界でもこれまでに例のない大規模な調査によって,フィリピン共和国で国語に準ずる地位

にあるピリピノ語の教育の,さらにはピリピノ語そのものの,現時点での評価が出されてい

る。ピリピノ語が教育用語としての地位を与えられることによって,却って教育用語として,

さらには学問用語として,ピリピノ語はなお不備な点が多々あることを露呈してしまったの

である。ピリピノ語は教育用語となるために語彙の面でも文法の面でも開発を急がねばなら

ないというのが結論の一部となっている。次に,生徒の母語である地域土着語を無視してピ

リピノ語による初等教育を始めても,ピリピノ語の教育そのものさえ効果が上らないこと,

すなわち,小学校低学年における教育用語としての土着語の復活が勧告されている。第三に

教える者の側でピリピノ語を教育用語とすることに実質的資格を欠く場合が多く,ピリピノ

語で書かれた教科書・教材も不十分であるという実態が明らかにされている。以上の調査結

果から,われわれが達する結論はピリピノ語を教育用語とするのは時期尚早で,実状ではこ

れまで通り英語が主要な教育用語にとどまらざるを得ないだろうという;とである。

 一度は国語と称されたこともあるピリピノ語(タガログ語)は1973年の憲法以降は英語と

共に公用語の地位にとどまっているが,為政者は二種言語教育の施行によって実質的にピリ

ピノ語の地位を高め,ピリピZ語を国語と称してもどこからも文句の出ないものにしようと

計っている。従って,二種言語教育とはいっても,二種言語の一方の英語には比重はなく,

ピリピノ語の教育,ピリピノ語の普及が目標である。1935年憲法発布後,タガログ語がピリ

ピノ語(1959年)と呼ばれるまでにそう年月はかからなかった。しかし,この調査結果から

も明らかなようにピリピノ語がフィリピン共和国の国語の正式名称であるフィリピノ

(Filipino)語と名実共に呼ばれるまで長い年月を要することであろう。

しSibayan(1985)p.40~51参照

2.Gonzales(1982)p.85

3.藤i田(1972)p.2

4.豊田(1968)p.315

5.Gonzales(1982)p.91

6. 1∂づ4P.92

7.1∂ゴ4P.93

8.Sibayan(1985)p.50 Notes 1

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