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ISSN 1346-9029 研究レポート No.457 May 2018 パリ協定離脱を決めた米国の排出削減の行方 新たな原動力となるビジネス機会の追及- 上級研究員 加藤 望

No.457 May 2018 · 3 国際エネルギー機関(IEA)による「World Energy Outlook 2017」やBP 社による「BP Energy Outlook 2018 Edition」において、再生可能エネルギーは2040

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ISSN 1346-9029

研究レポート

No.457 May 2018

パリ協定離脱を決めた米国の排出削減の行方

-新たな原動力となるビジネス機会の追及-

上級研究員 加藤 望

Page 2: No.457 May 2018 · 3 国際エネルギー機関(IEA)による「World Energy Outlook 2017」やBP 社による「BP Energy Outlook 2018 Edition」において、再生可能エネルギーは2040

パリ協定離脱を決めた米国の排出削減の行方

―新たな原動力となるビジネス機会の追求―

上級研究員 加藤 望

要約

2020 年以降の国際的な気候変動対策の枠組であるパリ協定から米国が離脱を決定した。

外交面での影響は大きいものの、主要排出国の削減目標達成には影響が及ばないと考えら

れる。また、米国内については次の 2 つの理由から排出削減が進む可能性が高い。まず、

経済規模の大きな複数の州が、国レベルの政策にできた空白を埋めるべく、独自の施策を

実施することが挙げられる。もう 1 つの理由は、経済合理性や機会創出という観点から、

自由化州はもちろん非自由化州でも再エネが選択され、その効率的な利用が求められてい

るからである。その結果、発電の分散化や設備所有者の多様化が進み、電力供給者と消費

者およびプロシューマーを直接繋げる必要性や意義が出てきた。こうした目的で発展する

技術やサービスがビジネス機会を生み、米国の排出削減の原動力となりつつある。特に、

近年関心が高まっている「エネルギー分野でのデジタル化」、つまりデータ分析やブロック

チェーンを活用した P2P プラットフォームに関して米企業の存在感は大きい。様々な国や

地域において現地企業と事業を始めており、国内外でビジネス機会を追求している。一方、

日本では、現在は経済的なインセンティブによって脱炭素化が進むような状況にはない。

また、米国のように気候変動対策を継続する方針自体が変わることはほぼ無いだろう。そ

れでも、気候変動対策の検討においてビジネス機会の拡大という観点を中心に据えること

は、長期的な排出削減の達成と矛盾しないと考えられる。国内におけるビジネス機会拡大

に向けて経るべきステップを長期戦略に組み込むことで、企業による自律的な排出削減が

実現されるはずである。

キーワード:パリ協定、米国離脱、排出削減、再生可能エネルギー、エネルギー分野での

デジタル化、ビジネス機会

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目次

1.はじめに ............................................................................................................................ 1

2.米国のパリ協定離脱による他国への影響 ......................................................................... 3

2.1 国際交渉への影響 ........................................................................................................ 3

2.2 他国の削減努力に対する影響 ...................................................................................... 5

3.連邦政府の政策転換とその影響 ....................................................................................... 6

3.1 排出規制の行方 ............................................................................................................ 6

3.2 エネルギー政策の行方 ................................................................................................. 8

4.再エネ活用が生む新たな機会 .......................................................................................... 11

4.1 再エネ導入の動機の変化 ............................................................................................ 11

4.2 エネルギー分野における「デジタル化」 .................................................................. 13

5.エネルギーP2Pビジネスにおける米企業の動き ........................................................... 15

5.1 エネルギーP2P ビジネスの分類 ................................................................................ 15

5.2 米企業の事例 .............................................................................................................. 16

5.3各プレーヤーの意図と役割 ......................................................................................... 19

6. おわりに -日本への示唆- .......................................................................................... 20

参考文献 ............................................................................................................................... 22

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1.はじめに

2016年の米国大統領選挙にトランプ氏が勝利し、民主党から共和党へと政権が交代した。

「米国第一主義」を掲げ、あらゆる面で保守的な方針を持つトランプ大統領の誕生により、

様々な分野において国際的な協調が失われる懸念が急速に高まった。気候変動政策も例外

ではない。前オバマ政権下での積極的な推進から一転し、就任後間もない 2017年 3月には

気候変動政策の基盤であった気候行動計画(Climate Action Plan)1を見直す大統領令が出

された。そして公約のとおり、同年 6 月 1 日、トランプ大統領は米国がパリ協定から離脱

することを正式に発表した。

離脱決定の発表を受け、他の主要排出国は直ちにパリ協定を引き続き支持する声明を発

表した。気候変動対策のリーダーである欧州諸国に加え、中国やインドといった新興国も

「米国離脱に関わらずパリ協定とその下での温室効果ガス(GHG)排出削減を推進する」

との姿勢を明確にした。これにより、「米国の離脱が、主要排出国の削減努力へのモチベー

ションを下げるのでは」という懸念は払拭された。さらに、米国の州や都市などの自治体

やグローバル企業による同様の意思表示も相次ぎ、脱炭素化を目指す流れが変わらないこ

とが示された。

米国が気候変動対策の国際枠組から離脱するのは、今回が初めてではない。1997 年には

京都議定書が採択されたが、当時のブッシュ政権は「途上国が削減義務を負っておらず不

公平である」、「削減対策は米国の経済成長の妨げになる」などの理由で離脱を決定した。

米国の京都議定書離脱に対し、当時は米国内の企業や自治体が強く反発することはなかっ

たが、20 年を経て状況は大きく変わった。パリ協定には、新興国および途上国を含む全て

の国が参加している。排出削減の主要な手段である再生可能エネルギー発電のコストは劇

的に下がり、世界中で市場が拡大している2。加えて、各国が排出削減目標を掲げその達成

を目指す中で、再エネ市場は成長を続けると見られる3。関連する技術・製品・サービスが

生むビジネス機会も膨大と考えられる。こうした機会が失われる懸念が、パリ協定離脱決

定後も米国の企業や自治体が削減努力を続けようとする要因の 1つとなっている。

本レポートでは、気候変動対策に対する「トランプショック」を経た後の、米国の脱炭

素化の行方について分析する。米国の気候変動対策が実際にどのように変化し、それを受

けて企業や自治体等の非国家アクターがどのような対応を取りつつあるのかを整理した上

1 オバマ大統領が 2013年に発表した計画で、①国内の GHG排出削減、②気候変動影響への対応、③気候

変動の緩和と適応における国際的なリーダーシップ、の 3つの領域における政策をまとめている。 2 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の報告書「Renewable Power Generation Cost in 2017」によ

れば、太陽光発電の 2017年の均等化発電原価(LCOEと呼ばれ、発電設備の建設費や運転維持費等の合

計を現在に割引いた値を運転期間中の総発電量で割って求める)は 2010年と比較して 73%、陸上風力発

電は同じく 23%下がった。

https://www.irena.org/-/media/Files/IRENA/Agency/Publication/2018/Jan/IRENA_2017_Power_Costs_

2018_summary.pdf 3 国際エネルギー機関(IEA)による「World Energy Outlook 2017」や BP社による「BP Energy Outlook

2018 Edition」において、再生可能エネルギーは 2040年総発電量の 40%に寄与すると予測されている。

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で、その結果、米国の排出削減が進むのか否かを考察する。特に、脱炭素分野における「競

争力」という点で注目すべき米企業の国内外での動きやその動機に注目する。おわりに、

このような米企業の動きを踏まえた日本への示唆を考察する。

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2.米国のパリ協定離脱による他国への影響

2.1 国際交渉への影響

2017年 6月にパリ協定からの離脱を発表した米国であったが、実際の離脱は、同協定の

規定により最も早くて 2020年 11月 4日となる。この日は次回米国大統領選挙の翌日であ

り、その結果によっては離脱撤回の可能性もあると見られている。いずれにせよ、離脱予

定日までは米国も同協定に関する国際交渉に参加することになる。

唯一の非参加国となり、当面は国としての排出削減方針も失った米国の言動は、離脱発

表後の 2017年 11月に開催された国連気候変動枠組条約の締約国会議(COP23)でも注目

された。前オバマ政権下では、先進国に期待される役割を率先して果たす姿勢をアピール

していただけに、COP23ではその落差が目立った。先進国の役割とは、排出削減の先導や、

途上国の気候変動対策に向けた資金拠出である。米国によるパリ協定離脱や資金拠出のキ

ャンセルは、先進国全体としての排出削減の遅れや資金額の不足に対して、途上国が以前

から抱いていた不満を悪化させた4。その結果、先進国と途上国との協議が難航する場面も

あった。

オバマ前大統領が注力したことの 1 つに、排出削減に向けた中国との協力関係の強化が

ある。2014 年から 2016 年にかけては、新たな国際枠組の採択にこぎつけるべく、各々の

中期削減目標や達成戦略を記した米中首脳共同声明を毎年発表していた。そして、2016 年

9月、米国と中国はパリ協定の同時批准を行った。世界の GHG排出量シェア第 1位の中国

(26%)、第 2位の米国(14%)(図表 1)が揃って批准したことがきっかけとなり、インド、

ブラジル、欧州連合等の主要排出国および地域が相次いで批准を行い、パリ協定の早期発

効5へとつながった。

4 WWFジャパン 国連気候変動フィジー会議現地レポート

https://www.wwf.or.jp/activities/2017/10/1392831.html 5 パリ協定の発効条件である「世界の GHG総排出量の 55%以上を占める 55カ国以上が批准すること」は

2016年 10月に満たされ、30日後の 11月 4日に発効した。同協定の採択日から 1年未満での早期発効と

なった。

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図表 1 各国の GHG排出量シェア(2014年、計 457億トン)

(出所)世界資源研究所(WRI)による CAIT Data Explorer6を元に富士通総研作成

(注)土地利用変化由来の GHG排出量を除く。

しかし、米国のパリ協定離脱決定により、米中の協力関係は事実上解消されたことにな

る。上述の通り、中国は変わらず排出削減に取り組む意向であるため、国内の排出削減へ

の大きな影響はないと考えられる。ただし、中国による国外での新規石炭火力発電所への

投資をめぐり、米国が控えるよう圧力をかけていたという一面もある。2015 年に発表され

た気候変動に関する米中共同声明には、「中国は、国内・海外の両方で、汚染および炭素排

出の大きな事業に対する公的な投資を厳しく制限することを視野に入れ、グリーンで低炭

素な政策や規制を強化する」という記述が盛り込まれていた7。中国による国外での石炭火

力発電事業への参加がもたらす GHG排出量に関しては不透明な部分も大きい。しかし、米

国との協力関係解消により外圧が弱まったことで、増加する可能性が高まったといえるだ

ろう。

以上のことから、米国のパリ協定離脱は脱炭素化に向かう国際的な流れを変えることは

ないものの、外交面での影響力が、特に新興国および途上国の排出削減に関する不確実性

を増すと考えられる。

6 http://cait.wri.org 7 気候変動に関する米中首脳共同声明(2015年 9月 25日)

https://obamawhitehouse.archives.gov/the-press-office/2015/09/25/us-china-joint-presidential-stateme

nt-climate-change

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2.2 他国の削減努力に対する影響

米国は、エネルギーの生産・消費の両方において大きな存在感を持つ8。米国がパリ協定

を離脱することで、米国の化石燃料の生産・消費が拡大する可能性もある。主要排出国が

米国離脱に左右されず削減目標達成を目指すとはいえ、化石燃料の需給や価格を通じて削

減コストに影響が及ぶことも起こりうる。

米国がパリ協定を離脱した場合、米国は目標としていた排出削減を行わないと想定し、

他国の中期(2030年)削減努力への影響を評価した分析(Kato, 2017)によれば、米国が

離脱しても他国の削減コストや削減目標達成による経済的負担の変化はごく小さなものに

留まる。

図表 2 に示されるように、削減コストとして解釈される炭素価格9は、多くの国で米国離

脱によってほぼ変化しない。削減目標が厳しく、そもそもの削減コストが非常に高い国(欧

州諸国や日本)は 2 米ドル前後変化するが、相対的な削減コストが大きく変わるわけでは

ない。また、目標達成による経済的な影響の変化は、実質 GDPの変化によって端的に表さ

れる。米国の離脱による実質 GDP の変化は、全ての国/地域について±0.1%未満と非常に

小さい。つまり、各国における削減目標達成による経済的影響に対して、米国離脱が及ぼ

す変化は限定的であることを示している。

図表 2 パリ協定下での中期削減目標達成の削減コストと経済影響

炭素価格

(米ドル)(①) 実質 GDPへの 影響(%)(①)

炭素価格変化 (米ドル) (②-①)

実質 GDPへの 影響(%)変化 (②-①)

米国 28.1 -0.13 -28.1 0.15

日本 143.5 -0.81 -1.74 -0.01

中国 14.3 -0.29 -0.05 -0.00

インド 1.5 0.06 -0.00 -0.02

カナダ 46.7 -0.25 -1.32 0.03

メキシコ 9.2 -0.21 -0.43 0.00

独 233.7 -1.82 -2.07 -0.01

仏 442.4 -2.16 -3.82 0.00

英国 252.3 -1.58 -2.00 -0.01

① 米国を含む全ての国が、パリ協定下での中期削減目標を達成する場合。

② パリ協定から米国が離脱し、目標に従った削減努力を行わない場合。

(出所)Kato (2017)を編集

8 米国エネルギー情報局(EIA)のデータベース(https://www.eia.gov/beta/)によれば、米国の一次エネ

ルギー消費は 9.3万兆 Btu(2015年)で中国(同 12万兆 Btu)に次いで世界第 2位であった。また、化

石燃料の生産量は石炭が世界第 2位(897百万トン、2015年)、石油が第 1位(16百万バレル/日、2017

年)、天然ガスが第 1位(7,664億 m3、2015年)であった。 9 各国の目標を達成するために、CO2排出 1トン当たりに課すべき価格。

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この分析においては、全ての国が削減目標を達成すると仮定されているため、米国離脱

によって増加する恐れがあるのは米国の排出量のみである。当然のことながら、米国の中

期目標の下で削減されるはずであった量が排出量に転じることになるが、それ以上に米国

の排出量が増加することが示されている。米国以外での排出削減による化石燃料への需要

縮小が価格下落につながり、米国の化石燃料への需要が拡大するためである。しかし、そ

の(目標不履行による増加分に対して)追加的な排出増加量は米国排出量全体の 2%程度と

小さく、世界全体の排出量という点でも米国離脱の影響は小さいといえる。

3.連邦政府の政策転換とその影響

2章までは、国際社会のリアクションやマクロ分析の結果によって、米国のパリ協定離脱

の影響を概観した。3章では、より具体的なレベルで影響を考察するために、実際に米国の

関連政策および施策がどのように変化し、その結果どのような動きが起きているか整理す

る。

3.1 排出規制の行方

パリ協定離脱決定後、トランプ政権は気候変動対策を後退させるための具体的なアクシ

ョンを取り始めた。2017 年 10 月には、米国の中期目標達成の主要な手段となるはずであ

ったクリーンパワープラン(CPP)の撤廃が決定した。CPPは、州ごとに発電所からの CO2

排出量を規制するためにオバマ政権下で環境保護庁(EPA)によって作成された。2030年

までに発電部門からの CO2排出量を 32%削減(2005年比)することを目標としていたが、

主な規制対象となる石炭火力発電所への配慮から撤廃された。

CPPが実施されなくなったことで、排出削減対策がほぼ無い状態が続く州も数多く存在

する。一方で、複数の州が協働して排出削減に取り組もうとする動きが強まっている。北

東部の 9つの州では、2009年から既に RGGI(Regional Greenhouse Gas Initiative)と

呼ばれる排出量取引制度が実施されていた(図表 3)が、2017年 11月にはバージニア州と

ニュージャージー州が新たに参加する意思を表明した10。RGGIは発電部門を対象とする点

で CPPと同じであり、比較的排出量の大きな州が多い現参加州の周辺11に拡大すれば、少

なくともこれらの州において CPPを代替する効果を持つと考えられる。

10 POWERオンライン記事(2017年 11月 15日付)

http://www.powermag.com/virginia-moves-to-join-rggi-carbon-trading-market/ 11 ペンシルバニア(2015年国内排出量第 3位)、イリノイ(同 5位)、オハイオ(同 7位)、インディアナ

(同 8位)などがある(米国エネルギー情報局(EIA)データに基づく)。

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図表 3 排出量取引制度実施州と参加表明州および参加可能性の高い州

(出所)富士通総研作成

RGGIは開始以降、設定された排出上限量を実際の排出量が大きく下回った。天然ガスの

価格低下や電力需要量の停滞がその要因である12。このため、排出削減努力を促す役割を果

たしていないとの批判もあったが、2014年の排出上限量を前年の約半分に減らし、以降

2020年まで毎年 2.5%ずつ削減していくこととなった。2030年までには 2020年の上限量

からさらに 30%減を目指すことが決まっている。

もう 1つ、協働して排出削減対策に乗り出す可能性が高い地域が、西海岸の 3州(カリ

フォルニア、オレゴン、ワシントン)である(図表 3)。この 3州を合わせると、CO2排出

量では米国の 1割近く(2015年)13、GDPでは 2割近く(2016年)14を占めている上、

アップル、テスラ、アマゾンなど先進的な企業の集まる地域としても影響力が大きい。2013

年には 3州で「Pacific Coast Action Plan on Climate and Energy」という協定を結んだが、

法的な拘束力はなく、定性的な目標を共有したに過ぎなかった。しかし、トランプ政権へ

12 米国エネルギー情報局(EIA)”Lower emissions cap for Regional Greenhouse Gas Initiative takes

effect in 2014” https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=14851 13 米国エネルギー情報局(EIA)State Carbon Dioxide Emissions Data https://www.eia.gov/environment/emissions/state/ 14 米国商務省経済分析局(BEA)

カリフォルニア州排出量取引制度(カリフォルニア)

カリフォルニア州排出量取引制度への参加可能性が高い州(ワシントン、オレゴン)

地域温室効果ガスイニシアチブ(RGGI)参加州(メイン、ニューハンプシャー、バーモント、ニューヨーク、マサチューセッツ、ロードアイランド、コネチカット、ニュージャージー、デラウェア)

地域温室効果ガスイニシアチブ(RGGI)参加表明州(ニュージャージー、バージニア)

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の強い対抗姿勢を示すこれらの州は、今後本格的な協力に向けて動くという見方が強い。

具体的には、カリフォルニア州が発電や産業部門等を対象として 2013年から実施している

排出量取引制度に、他の 2州が加わる可能性が考えられる。

このように、特に米国経済への貢献や排出量という点で存在感の大きな州が、排出削減

の制度を拡大・強化する動きは、気候変動対策後退の影響をも打ち消す可能性を持ってい

る。

3.2 エネルギー政策の行方

トランプ大統領の就任と同時に、ホワイトハウスウェブサイト内の気候変動政策に関す

るページに代わり、「米国第一エネルギー計画(An America First Energy Plan)」のペー

ジが作成された。その中で、国産エネルギーの活用にとって「重荷となっていた」規制を

無くし、石炭産業を復活させ、国産の化石燃料生産を拡大することが宣言されている15。

しかし、石炭については、政権の積極的な推進方針をもっても生産・消費の拡大にはつ

ながらないというのが一般的な見方になっている。シェールガス革命によって安価な天然

ガスの生産が可能になり、競争力を持つようになったことがその最大の要因である(図表 4)。

実際、発電部門において天然ガスによる石炭代替が進み、その結果米国のCO2排出量は2014

年以降減少を続けている(図表 5)。2018年に入りわずか 1か月半の間に閉鎖された石炭火

力発電所の合計容量は、前オバマ政権(一期目)発足から 3 年間で閉鎖された石炭火力発

電所の合計容量を超えたことも指摘されている16。

図表 4 発電に使用する燃料のコスト($/百万 Btu)

(出所)米国エネルギー情報局(EIA)17

15 2018年 4月現在では、当該ページはホワイトハウスウェブサイトから無くなり、「Energy and

Environment」のカテゴリーの下にエネルギー政策に関連する発表等がまとめられている。 16 Greentech Mediaによるオンライン記事(2018年 2月 19日付)

https://www.greentechmedia.com/articles/read/trump-cant-save-coal 17 EIAウェブサイト https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=25392

天然ガス

石炭

予測値

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図表 5 化石燃料別 CO2排出量(百万トン)

(出所)米国エネルギー情報局(EIA)データ18より富士通総研作成

このような状況を受けて、競争力の低い石炭火力発電を推進する新たな方策が検討され

た。90 日間分の燃料備蓄が可能であることを「系統のレジリエンシー」19の向上に貢献す

るとして評価し、対価を払うことが 2017 年 10 月にエネルギー省によって提案された。対

象となるのは、石炭火力発電や原子力発電である。これら電源の競争力の低下を補助金で

補うことになり、結果的に再エネの相対的な競争力が弱くなることが懸念された。しかし、

2018 年 1 月、連邦エネルギー規制委員会(FERC)によってこの提案は却下された20。却

下の決定に際して FERC は、石炭火力や原子力発電所の閉鎖が電力供給の安定性を損なう

というエネルギー省の主張が証明されなかったとしている。また、各地域の系統運営者に

対し、系統の弾力性向上に関する確認項目のリストを配布し、回答を寄せるように依頼し

た。

一方、同時期に実現が決まったのが、輸入される太陽光発電パネルに 30%の関税を課す

ことである。近年、米国で設置される太陽光パネルのほとんどは輸入品である21ことから、

太陽光発電事業のコストが上がり、開発ペースが落ちることが懸念されている。段階的に

課税率は引き下げられるものの、2022 年までの太陽光発電設備の設置容量が、関税が無い

18 EIAウェブサイト

https://www.eia.gov/electricity/data/browser/#/topic/14?agg=2,0,1&fuel=vtvv&geo=g&sec=g&freq=M&

start=200101&end=201801&ctype=linechart&ltype=pin&rtype=s&maptype=0&rse=0&pin= 19 災害などの破壊的な事象に耐え、通常の系統運用を回復することができる能力が備わっていること。 20 FERCウェブサイト

https://www.ferc.gov/media/news-releases/2018/2018-1/01-08-18.asp#.WqzCPGoiJdg 21 米国エネルギー情報局(EIA)によれば、2016年に設置された太陽光発電設備は大規模と家庭用を合わ

せて約 13GW、輸入された太陽光発電モジュールは約 14GW相当であった。

https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.php?id=34952

石炭

石油

天然ガス

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場合と比べて 1割ほど少なくなるとの分析もある22。しかし、ペースが落ちても将来的に太

陽光発電が拡大していく流れは変わらないとの見方もある。事業開発や実施の当事者から

は一歩引いた立場ではあるが、エネルギーコンサル、研究者、政策担当者などからは、太

陽光発電産業が成熟していく過程では、いずれにせよ関連企業の淘汰が起こるため、関税

による影響もその一つの要素であると、冷静に捉える声も多い23。

22 Greentech Media オンライン記事(2018年 1月 23日付)

https://www.greentechmedia.com/articles/read/tariffs-to-curb-solar-installations-by-11-through-2022#

gs.HQ2DJ2c 23 2017年 11月に開催された「U.S. Power and Renewables Summit 2017」

(https://www.greentechmedia.com/events/live/u-s-power-renewables-summit)での議論や、同会議の一部

参加者への筆者によるヒヤリングによる。関税導入の決定前ではあるが、既に導入される見通しとなって

いた 2017年 11月時点での意見。

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4.再エネ活用が生む新たな機会

3章で述べたように、米国での排出規制に関しては、国レベルの政策の空白を企業や自治

体などの非国家アクターが埋めようとしている。エネルギーをめぐっては、トランプ政権

下で次々と提案される施策により、それらが実現されなかったとしても、再エネ発電事業

の不確実性を一時的に増大させている。しかし、再エネの産業としての成長は、政策に左

右されにくくなっているという見方も広がっている。4章では、その実態と背景について述

べる。

4.1 再エネ導入の動機の変化

再エネ拡大と政策との関連性の弱まりを示す一例が、近年の太陽光発電設備(非住宅用・

系統連系型)の設置動機である。米国では RPS(Renewable. Portfolio Standard)と呼ば

れる各州で発電における一定量以上の再エネ利用を義務付ける制度があるが、米国のエネ

ルギー関連市場調査会社の Greentech Media Research(2017)によれば、過去 5年の間に

RPSよりも経済性や顧客のニーズを理由に設置された設備容量の割合の方がはるかに多く

なっている(図表 6)。

図表 6 太陽光発電設備(非住宅用、系統連系型)の設置動機(%)

(出所)Greentech Media Research (2017)を元に富士通総研作成

(注)その他の理由には、経済的なメリットによる自発的な経営判断、大口需要家の再

エネ電力ニーズへの対応、より安価な電源からの電力調達を促す法律の遵守などが含ま

れる。

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再エネに対する税制面等での優遇策は継続しているが、それも徐々に無くなっていく。

風力発電に対しては主に発電量に応じて税額が控除されているが、着工が 2020 年以降の事

業については終了する予定である。また、太陽光については主に投資の一定割合に応じた

税額控除が適用されているが、こちらは 2022年以降について 10%への引き下げ24が予定さ

れている。制度適用に間に合わせるための駆け込みで開発案件の増加が予想されるものの、

再エネの拡大に向けて政策が果たす役割は終わりつつあるとの認識が再エネ関係者の間で

強くなっている。陸上風力や非住宅用太陽光発電の発電コストが化石燃料の発電コストを

下回り25、再エネ発電が強い競争力を持つようになっているからである。よって、政権によ

る一連の動きは、優遇策によらない再エネの拡大を早めるに過ぎないと受け止められてい

る。

また、州や地域によっては、再エネの拡大よりもその効率的な活用の方が大きな関心事

となりつつある。中でも関心が高まっているのが、州をまたいだ再エネの活用である。こ

れまでも主に RPS 遵守の目的で、他州から再エネ由来電力が送電されるケースはあった。

しかし、基本的には送電計画は州ごとに決定されるものであり、したがって他州の再エネ

発電事業まで考慮して作られてはいない。だが、発電における再エネの割合が大きくなる

につれて、州という境界で区切られた電力需給の中では限界が出てくる。多様なエネルギ

ー資源や需要家を含む方が系統の柔軟性を高めるポテンシャルは高く、より効率的な再エ

ネ活用が期待されている。加えて、前述した各排出量取引制度の参加州拡大や削減目標の

引き上げも、実現されれば広域での再エネ活用を促進することになる。大幅な排出削減目

標の達成のため、域外からの再エネ電力も利用する必要が生じるからである。

実現に向けた課題もある。例えば、送電網が整備されていない場合の費用負担の割り振

りや、電力市場関連の制度や系統運用機関が異なる州間でのガバナンスの問題が挙げられ

る。さらに、排出量取引制度への参加の有無により炭素価格が生じる州とそうでない州が

あるという状況も、州をまたいだ再エネ活用において考慮する必要が出てくるだろう。

このような課題の解決は、電力システムの確立・運用が州単位で進んできた米国にとっ

て大きな転換点といえる。化石燃料中心に築き上げてきた各州のシステムを、全く性格の

異なる再エネの活用に適した形にまとめあげていけるのか。それは、共和党と民主党が拮

抗する中で起こりがちな政策上の大転換に関わらず、米国が脱炭素を実現できるかどうか

を決定づける問題といえる。

24 2019年までの着工については 30%、2020年に 26%、2021年に 22%と引き下げられていく予定。 25 国立再生可能エネルギー研究所(NREL)Annual Technology Baseline 2017

https://atb.nrel.gov/electricity/2017/summary.html

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4.2 エネルギー分野における「デジタル化」

効率的な再エネ活用に向けた課題解決がもたらす新たな機会への期待も高まっている。

広域での制度およびインフラ運用・管理やガバナンスの問題に加え、電力供給先や消費段

階においても、系統の柔軟性への貢献が求められる。蓄電や電気自動車(EV)は、再エネ

の発電量が過剰な時に蓄えた電力を、需要の大きな時間に供給および使用できるようにす

る。EVはもちろんのこと、米国では家庭用太陽光発電設備と併せて蓄電設備を所有する消

費者も増えてきている。そのような消費者は、発電量が自らの需要量や蓄電容量を超えた

場合は、電力の供給者となって利益を得ることができる。このように、電力の供給も行う

消費者は”Producer(生産者)”と”Consumer(消費者)”を合わせて“Prosumer(プロシューマ

ー)”と呼ばれている。現状では、彼らが電力を売る先は電力会社であるが、いずれ消費者

間での取引を手軽にできる仕組みが普及することが期待されている。

これらの新たな機会のカギとなるのは、様々な分野で進むデジタル化(digitalization)26

である。過去数年の間に、エネルギーのデジタル化が急速に注目されるようになり、2017

年 11月には 2つの主要組織が報告書を発表している。国際エネルギー機関(IEA)(2017)

は、「Digitalization and Energy(デジタル化とエネルギー)2017」において、デジタル化

がエネルギー分野における境界を取り払い、系統の柔軟性を高め、システム全体の統合を

可能にすると述べている。また、電力の消費者、供給者、そしてプロシューマーに対して

価値提供の機会を与えるものとしている。ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナ

ンス(2017)27は、「Digitalization of Energy Systems(エネルギーシステムのデジタル化)」

において、発電の分散化や再エネ大量導入によってさらなる柔軟性が必要となり、そこに

デジタル化が適用されることで、電力取引のあり方が大きく変わると述べている。また、

データを活用および管理する能力が、これからの電力会社の競争力を決めるとの見方を示

している。

いずれの報告書においても、特に重要な役割を担う技術として位置付けられているのが、

「peer-to-peer(「仲間同士」の意)」(以下、P2P)取引である。P2P 取引は、ブロックチ

ェーン28を利用した取引手段で、卸売市場や小売業者を必要としないため、分散型発電所が

普及した場合の電力取引に適している。このような P2P取引を行う場(プラットフォーム)

を提供し、参加者に付加価値を与えるサービスが、ビジネス機会として関心を集めている。

分散型再エネの普及が(少なくとも自国での)ビジネス機会を生む前提条件となるため、

P2Pビジネスに乗り出す企業は米国や欧州諸国に多い。

ただし、米国のビジネス開発動機の背景は、欧州とは多少異なる部分がある。欧州では、

発電に占める再エネ割合を引き上げる方針が一貫しているため、P2P 取引によって部分的

26 紙などの情報を単純にデジタルデータに変換するデジタル化(digitization)とは区別され、デジタルデ

ータを活用して新たな価値や利益を生み出すことを指す。 27 報告書の内容は、Siemensが NEFの委託を受けて執筆したものである。 28 ブロックチェーン(blockchain)は仮想通貨の中核技術として発明された分散型台帳技術で、第三者機

関による認証を介さずに取引を行うことを可能にする。

(参考:https://www.pwc.com/us/en/industries/financial-services/library/qa-what-is-blockchain.html)

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な需給マッチングを行い、系統全体の安定性に貢献することが期待されている。一方、米

国では、再エネの低コスト化による恩恵が全ての消費者にもたらされるべきという捉え方

も重要な動機となっている。大企業が発電事業者との直接契約や卸売電力市場を通じて再

エネを低価格で調達する事例が増える一方で、現状では一般消費者にそのような手段は与

えられていないからである。

以上のことから、現在の米国においては、再エネがもたらす様々なビジネス機会の追求

に付随して、排出削減が実現されるものと捉えるべきであろう。競争力の向上による再エ

ネ拡大に端を発した関連ビジネス開発は、前述のシステム改革と併せて、米国の電力需給

のあり方を大きく変える一要因になろうとしている。

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5.エネルギーP2P ビジネスにおける米企業の動き

4章では、再エネの効率的な活用が、米国において様々なビジネス機会を生み出しつつあ

る流れをまとめた。5 章では、その中でも特に関心の高まっているエネルギー分野の P2P

ビジネスを分類した上で、米企業が主にどのような役割を担っているかを事例から見てい

く。また、海外企業との提携のあり方等を通じて、米企業の関連ビジネスにおける競争力

についても考察する。

5.1 エネルギーP2Pビジネスの分類

現状では規制上の問題から、電力の P2P 取引に関わるビジネスは主にパイロット事業と

して実施されている。ここでは P2P 取引への参加者として誰を巻き込んでいるのかという

視点で、これまでに開発されたエネルギー分野の主な P2P ビジネスモデルを分類し、図表

7に示す。なお、EVの所有者と充電設備の所有者との間での P2P取引を可能にするビジネ

スも多数開発されているが、P2P 取引への参加者が限られるため、ここでは考察の対象か

ら外している。

図表 7 エネルギー分野の P2Pビジネスモデル分類

分類 主な実施場所 実施企業の例 展開先可能性

電力会社参加型

欧州諸国(独、英、

オーストリア等)

オーストラリア

Open Utility(英)

BTL Group(加)

Power Ledger(豪)

欧州諸国

日本

電力会社代替型 米ニューヨーク州

米テキサス州

Drift(米)

Grid+(米) 米国の先進州

マイクログリッド向け

米ニューヨーク州

オーストラリア

中国

LO3 Energy(米)

Power Ledger(豪)

Energo lab(中)

東南アジア等

途上国遠隔地

都市部特定地域

(出所)各社のウェブサイトや報道を元に富士通総研作成

(注)分類やその名称は富士通総研による。

「電力会社参加型」のビジネスモデルでは、ブロックチェーン技術を持つ企業(以下、こ

こでは実施企業と呼ぶ)が立ち上げた P2P取引プラットフォームに電力会社も参加する。

実施企業は、従来のシステムから P2P取引を活用したシステムへのスムーズな移行を模索

するため、電力会社と協力してパイロット事業を行うことが有益と考えられる。一方の電

力会社は、顧客ニーズに対応した電力の供給を目指して、P2P取引プラットフォームの活

用を行うものと考えられる。日本や米国の非自由化州、欧州の一部など、既存の電力会社

がある程度大きな存在感を持ち続ける先進国に適したビジネスモデルといえる。

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「電力会社代替型」ビジネスの実施企業は、P2P プラットフォームを駆使することで、

従来は電力会社が担っていた役目を果たすことになる。電力需給のあり方を根本から変え

るビジネスモデルである一方で、既存のリソースやインフラを最大限に活用することで成

り立つ。つまり、分散型発電所や需要家をプラットフォームに参加させ、既存の送配電網

を利用して需要に合わせた電力供給を行う。米国の先進的な自由化州や、電力会社の機能

が未熟な新興国および途上国に適していると考えられる。

「マイクログリッド向け」ビジネスは、系統接続はされているものの、分散型エネルギ

ー資源を活用し、一定範囲内で電力の需給を完結させるマイクログリッドに P2P 取引を適

用するものである。地域の再エネ発電事業をより効率的に利用すると同時に、発電事業者、

需要家、プロシューマーがマイクログリッド内での電力取引からより多くの利益を引き出

せるようにする。先進国・途上国を問わず、分散型エネルギー資源を持つコミュニティに

広く適用可能なビジネスモデルといえる。

5.2 米企業の事例

次に、米企業が上述のどのビジネスモデルにおいてどのような役目を果たしているのか、

代表的な幾つかの事例からその傾向を考察する。

事例①IBM

大手企業の IBMは、P2Pプラットフォーム構築を担って複数の事業に参加している。ド

イツやオランダにおいて、家庭用の蓄電や太陽光発電設備の供給および設置を行っている

ドイツの蓄電設備メーカーSonnenや大手送電事業者TenneTと共に実験的事業を実施して

いる29。P2P取引は一定範囲の電力需給の平準化を可能にすることで、系統全体の安定化に

資すると期待されており、TenneTは拡大する再エネを受け入れる準備として関わっている。

さらに、グリーン電力小売企業である Vandebronが、多数の EV所有者を束ねて P2Pプラ

ットフォームに参加している。この事業で中心的な役割を果たしているのは IBMではなく

Sonnenであるが、送電事業者を巻き込み拡大が見込めそうな実験的事業に入り込んでいる

点で注目すべき例として取り上げた。また、ビジネスモデルという点で、前項での整理し

たいずれにも完全には当てはまらないが、既存の電力供給システムを支えるプレーヤー(送

電事業者)と組むという点では「電力会社参加型」に最も近いといえる。

29 IBMプレスリリース(2017年5月2日付)https://www-03.ibm.com/press/us/en/pressrelease/52243.wss

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図表 8 IBMが参加するビジネスの概念図

(出所)富士通総研作成

事例②Drift

「電力会社代替型」ビジネスにおいては、顧客の電力料金を従来よりも抑えるというメ

リットを提供する企業が多い。スタートアップ企業の Drift は、LO3 と同じく米ニューヨ

ーク州で事業を実施している。P2P プラットフォームと、機械学習を応用した需給マッチ

ングの精度向上を提供することで、顧客の電力料金を従来より 1~2 割抑えるとしている。

また、プラットフォームに参加した発電事業者、需要家、プロシューマーに加えて、卸売

電力市場もプラットフォーム内の電力需給の調整に活用している。しかし、送配電網も必

要な分を Driftが料金を支払って利用することになるため、可能な限り近隣に存在する発電

設備からの電力で需要を賄おうとするインセンティブが生じる30。

図表 9 Driftによるビジネスの概念図

(出所)富士通総研作成

30 Fast Companyオンライン記事(2017年 6月 9日付)

https://www.fastcompany.com/40426961/drift-is-an-entirely-new-type-of-power-utility-that-lets-you-ta

ke-control-of-your-electric-bill

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事例③LO3 Energy

「マイクログリッド向け」のビジネスについては、エネルギー分野の P2P ビジネスにお

いて最も有名な米企業である LO3 Energy が複数のパイロット事業を展開している。同社

は、2012年に設立したブロックチェーン技術のスタートアップ企業であり、P2Pプラット

フォーム構築の部分を担う。米ニューヨーク州ブルックリンで 2016年から実施しているパ

イロット事業は、ブロックチェーンを活用した世界初のマイクログリッドとして注目を集

めた。ここで LO3が担うのは、取引を行うための仕組みであり、マイクログリッドの制御

や最適化技術、そして取引データに基づくアナリティクスに関しては提携する独 Siemens

が提供している31。LO3 と Siemens は南オーストラリアでもマイクログリッド向けビジネ

スを展開しているが、ここでは現地のアグリゲーター32とも協力し、多数の小規模太陽光発

電設備の所有者を P2P 取引プラットフォームに参加させている33。

図表 10 LO3 Energyによるビジネスの概念図

(出所)富士通総研作成

これまでのところ、エネルギー分野の P2P 関連ビジネスに関わる米企業は、プラットフ

ォームの構築を担当する場合が多い。事業を実施する場所によって、現地の制度やニーズ

に合った提携先と事業をつくり上げることが可能で、国内外で事業展開が期待できる。ま

た、スタートアップ企業の存在感が大きいものの、大手企業も遅れを取らず実験的な事業

に参加をしている。

31 Siemensプレスリリース(2016年 11月 21日付)

https://www.siemens.com/press/en/pressrelease/?press=/en/pressrelease/2016/energymanagement/pr2

016110080emen.htm&content[]=EM 32 需要家の電力需要を束ねて需給バランスの達成に貢献する企業等の組織。 33 REneweconomyオンライン記事(2017年 7月 17日付)

http://reneweconomy.com.au/lo3-unveils-game-changing-solar-sharing-microgrid-in-south-australia-77

820/

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5.3各プレーヤーの意図と役割

上述したビジネスにおいては、従来は必要とされていた役割の重要性が薄れる場合もあ

る。電力の P2P 取引ビジネスの実施に当たっては、各プレーヤーが、新たな仕組みの中で

自らの役割を確保できるかどうか、という点も重要になる。

まず、従来の役割の必要性が最も薄れるのが電力小売業と考えられる。消費者が発電事

業者やプロシューマーから直接電力を購入できるようになるからである。事例では、もと

もと再エネ電力に特化して小売を行っていた企業が、仕入れ先であった電源や顧客であっ

た需要家を取りまとめて P2P プラットフォームに乗せる役割を果たしている。従来の消費

者への小売りという一方向のビジネスではなく、プラットフォームにおける多方向の取引

を行う主体としての新たな役割を果たしうる。

電力会社については、分散型エネルギーを中心としたシステムへのシフトに対応する必

要が生じており、P2P プラットフォームに一参加者として関わることで、その目的を果た

しうる。所有する電源や抱えている需要(顧客)の規模という点で影響力が大きいため、

P2P プラットフォームを立ち上げる実施企業との提携によって、分散型エネルギーシステ

ムにおいても中心的な役割を果たすケースも多いと考えられる。

また、投資も各プレーヤーの意図を考察する上で重要な要素である。P2P ビジネスに投

資を行った企業から、エネルギー需給のあり方の将来的な方向性が見えてくると考えられ

る。上述の事例について、IBMが参加する事例では、ゼネラル・エレクトリック(GE)に

加え、中国の風力タービンメーカーである Envision という企業が 2016 年から Sonnen に

投資を行っている34。Envision は単純に、蓄電設備メーカーとしての Sonnen に投資して

いるとも考えられるが、再エネ発電設備を売るだけに留まらないビジネスを模索している

ことの表れといえる。Driftの事業に対しては、複数の米国のベンチャーキャピタル企業(VC)

が計 1千万ドルを超える額を出資した35。米国におけるエネルギー需給のあり方を大きく変

えるビジネスへの期待を反映していると考えられる。LO3 Energyの事業については、パイ

ロット事業の共同開発者として関わっていた独 Siemens が 2017 年に投資を決めたことに

加え、英国のガス・電力会社である Centricaが投資を行っている36。

34 Sonnenプレスリリース(2016年 10月 17日付)

https://sonnenbatterie.de/en/sonnen-secures-85-million-growth-capital-and-gains-new-partners-creati

ng-future-energy 35 Geekwireオンライン記事(2017年 10月 24日付)

https://www.geekwire.com/2017/drift-raises-7m-take-traditional-utility-companies-peer-peer-energy-m

arketplace/ 36 Clean Energy Newsオンライン記事(2017年 10月 24日付)

https://www.cleanenergynews.co.uk/news/efficiency/centrica-invests-in-energy-blockchain-start-up-lo3

-energy

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6. おわりに -日本への示唆-

米国では、2つの理由からトランプ政権誕生による方針転換に大きく左右されることなく、

国内の排出削減が進む可能性が高いと結論付けられる。まず、経済規模の大きな複数の州

が、国レベルの政策にできた空白を埋めるべく、独自の施策を実施することが 1 つ目の理

由である。もう 1 つの理由は、経済合理性や機会創出という観点から、自由化州はもちろ

ん非自由化州でも再エネが選択され、その効率的な利用が求められているからである。そ

の結果、発電の分散化や設備所有者の多様化が進み、電力供給者と消費者およびプロシュ

ーマーを直接繋げる必要性や意義が出てきた。こうした目的で発展する技術やサービスが

ビジネス機会を生み、排出削減の原動力となっている。特に、米企業がデータ分析やブロ

ックチェーンを活用した P2P プラットフォーム導入を担い、様々な国や地域において現地

企業と事業を始めていることから考えれば、脱炭素関連のビジネス領域における影響力は

大きいといえる。

日本に目を向けると、現状では経済的なインセンティブによって脱炭素化が進むような

状況にはない。日本の再エネ発電コストは、他の先進国と比較して高い傾向にあることが

指摘されている。太陽光発電に関しては、日本製の太陽光発電モジュールが高いことや施

工基準の厳しさによる工期の長さなど(自然エネルギー財団、2016)が要因37で、すぐに解

決できる問題ではないだろう。それでも、気候変動対策の検討において、ビジネス機会拡

大という観点を中心に据えることは、長期的な排出削減の達成と矛盾しないはずである。

ここで留意すべきなのは、国際的なビジネス動向を追おうとしても、該当する技術やサー

ビスを必要とする状況が整っていなければ、機会は拡大しないことである。例えば、5章で

取り上げたエネルギー分野におけるデジタル化や P2P 関連のビジネスは、分散型再エネ発

電設備が普及し、蓄電設備や EVなど様々な供給および消費の形が広がったところに導入さ

れて初めて価値をもたらすことができる。

本レポートでは、米国を対象とし、P2P 関連ビジネスにおける米企業の動きを整理した

が、その中に欧州、中国の企業も様々な形で参加しているという状況も見えてきた。日本

にも、こうした動きに追従する企業はある。東京電力は 2017年7月に独の大手電力 Innogy

社、2018 年 1 月には英国のベンチャー企業 Electron 社に出資を行っている38。いずれも、

分散型エネルギーを中心としたシステムへの移行を目指し、P2P プラットフォーム事業に

取り組んでいる。東京電力のこうした動きは大きな影響力をもたらしうるため、日本での

電力供給および消費のあり方が分散型・脱炭素型にシフトすることも期待できる。一方で、

新電力39や小売などの企業が、新たなシステムの中でどのような役割を担うべきか、模索を

始める必要がある。

37 風力発電に関しても自然エネルギー財団が発電コストの研究を行っているが、データ制約により明確な

要因は必ずしも明らかでないと結論付けている。 38 東京電力プレスリリース

http://www.tepco.co.jp/press/release/2017/1443908_8706.html

http://www.tepco.co.jp/press/news/2018/1473672_8965.html 39 既存の大手電力会社である一般電気事業者とは別に自由に電力を売買できる特定規模電力事業者。

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日本では、米国のように気候変動対策を継続する方針自体が変わることはほぼ無いと考

えられる。しかし、電源構成における再エネや原子力の比率など、排出削減の手段に関し

ては政治的な影響を受けやすい部分もある。気候変動対策の長期戦略は政府によって既に

作成されているが、国内におけるビジネス機会の拡大に向けてどのようなステップを経る

べきかという視点に立って見直していくことが求められる。それによって、ビジネス機会

を追求する企業による自律的な排出削減が実現されるはずである。

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参考文献

Kato (2017) “Influences of Trump’s Energy Policy on the World’s Efforts to Combat Climate

Change and Their Costs”. Paper presented at the 15th International Association for Energy

Economics (IAEE) European Conference 2017, Vienna, Austria, 2017.

国際エネルギー機関(IEA)(2017)「Digitalization and Energy 2017」

http://www.iea.org/digital/

自然エネルギー財団 (2016) 「日本とドイツにおける太陽光発電のコスト比較 ~日本の太

陽光発電はなぜ高いか~」

https://www.renewable-ei.org/activities/reports_20160113.php

Greentech Media Research(2017)「U.S. Utility Solar Service」

ブルームバーグ・ニュー・エネルギー・ファイナンス(2017)「Digitalization of Energy

Systems」

https://about.bnef.com/blog/digitalization-energy-systems/

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研究レポート一覧

No.457 パリ協定離脱を決めた米国の排出削減の行方 -新たな原動力となるビジネス機会の追求-

加藤 望 (2018年5月)

No.456 温室効果ガス削減80%時代の再生可能エネルギーおよび 系統蓄電の役割:系統を考慮したエネルギー技術モデルでの分析

濱崎 博 (2018年4月)

No.455 IoT時代で活発化する中国のベンチャー活動は持続可能か 金 堅敏 (2018年4月)

No.454 地域密着型金融の課題とキャッシュフローレンディングの可能性

岡 宏 (2018年4月)

No.453 サステナブルでレジリエントな企業経営と情報開示 生田 孝史藤本 健

(2018年1月)

No.452 シビックテックに関する研究 -ITで強化された市民と行政との関係性について-

榎並 利博 (2018年1月)

No.451 移住者呼び込みの方策 -自治体による人材の選抜- 米山 秀隆 (2018年1月)

No.450 木質バイオマスエネルギーの地産地消における 課題と展望 -遠野地域の取り組みを通じて-

渡邉 優子(2017年12月)

No.449 観光を活用した地域産業活性化 :成功要因と将来の可能性

大平 剛史(2017年12月)

No.448 結びつくことの予期せざる罠 -ネットは世論を分断するのか?-

田中 辰雄浜屋 敏

(2017年10月)

No.447 地域における消費、投資活性化の方策 -地域通貨と新たなファンディング手法の活用-

米山 秀隆 (2017年8月)

No.446 日本における市民参加型共創に関する研究 -Living Labの取り組みから-

西尾 好司 (2017年7月)

No.445 ソーシャル・イノベーションの可能性と課題 -子育て分野の日中韓の事例研究に基づいて-

趙 瑋琳 (2017年7月)

No.444 縮小まちづくりの戦略 -コンパクトシティ・プラス・ネットワークの先進事例-

米山 秀隆 (2017年6月)

No.443 ICTによる火災避難の最適化 -地域・市民による自律分散協調システム-

上田 遼 (2017年5月)

No.442 気候変動対策分野における新興国市場進出への企業支援 -インドにおける蓄電ビジネスを例に-

加藤 望 (2017年5月)

No.441 シニアの社会参加としての子育て支援 -地域のシニアを子育て戦略として迎えるための一考察-

森田麻記子 (2017年5月)

No.440 産業高度化を狙う「中国製造2025」を読む 金 堅敏 (2017年5月)

http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/

研究レポートは上記URLからも検索できます

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〒105-0022 東京都港区海岸 1 丁目 16 番 1 号(ニューピア竹芝サウスタワー) TEL.03-5401-8392 FAX.03-5401-8438

URL http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/