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地域をささえる図書館サービス
●講師 豊田高広(フルライトスペース株式会社)
●日時 2019年9月5日(木)10:55~12:05
●会場 国立教育政策研究所社会教育実践研究センター
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はじめに図書館サービスが「地域をささえる」とはどういうことでしょう。
もちろん図書館だけで、地域をささえるわけではありません。
しかし、図書館は、さまざまな機関・組織や住民との連携・協働を通じ、地域をささえる重要な役割を担うことができます。
今日は、私が愛知県田原市図書館長として経験した実例を引きながら、「地域をささえる図書館サービス」の最先端、課題解決支援サービスを中心に、お話しします。
※私は今年4月から、民間で、図書館を含む公共施設の計画策定などを支援する仕事をしています。
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1-1 地域をささえる図書館サービスの広がり(1)●公共図書館サービスは、すべての人々の「知る自由」(知識資源へのアクセス)を保障するただ一つの公共サービスとして、サービス対象を拡大し続けてきた。
(例)全域サービス
障がい者サービス
多文化サービス
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1-2 地域をささえる図書館サービスの広がり(2)
「知識基盤社会」への変貌/知識・情報の格差の問題化
⇓
地域住民の暮らしと自治に必要な「知る」をささえる
図書館サービスのクローズアップ
(読書だけじゃない!)
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1-3 地域をささえる図書館サービスの広がり(3)
「地方消滅」の危機⇔「地方の記憶・記録消滅」の危機
⇓
地域の記憶・記録を収集・編集し活用を促す、
という公共図書館の役割の再発見
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1-4 地域をささえる図書館サービスの広がり(4)
以上のような背景で、今世紀に入り、地域社会と住民の課題に焦点をあてた図書館サービスが広がっていく。モデルを提供したのは…
・市町村 :浦安市立図書館等
・都道府県:鳥取県立図書館等
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1-5 地域をささえる図書館サービスの広がり(5)●きっかけ①:文部科学大臣告示「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(2001、2012改訂)
「地方公共団体の政策決定や行政事務に必要な資料及び情報を積極的に収集…提供…」
「就職、転職、職業能力開発、日常の仕事等のための資料及び情報の収集・提供…」
●きっかけ②:菅谷明子氏によるニューヨーク公共図書館の紹介(菅谷明子『未来をつくる図書館』岩波新書、2003)。
第1章「新しいビジネスを芽吹かせる」
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2-1 課題解決支援サービスとは何か(1)●「課題解決支援サービス」は、知識と人々をつなぐことにより、地域課題の解決に貢献する図書館サービス。自治体政策の一環でもある。
●このサービスには、次のような効果が期待される。
ア 地域の課題を知らせ、共有する。
イ 地域の課題解決を促し、支える。
ウ 課題に関する対話やネットワークづくりを促進する。
エ 地域を見せる/魅せる。
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2-2 課題解決支援サービスとは何か(2)●全国的に展開されている課題解決支援サービスとして、次のような分野が知られている。
ビジネス、健康医療、法律、行政…
●全国公共図書館協議会調査「公共図書館における課題解決支援」(2014-15)によれば、市町村における実施率は、ビジネス支援・健康医療情報・法律情報が4割強、行政支援が3割弱
…課題ではなく、「レディメイド」の手法ありき?
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2-3 課題解決支援サービスとは何か(3)課題解決支援の「課題」の範囲は自治体政策の「課題」の範囲に等しい。
①課題解決支援サービスは本来、地域のニーズありきの「オーダーメイド」。「課題」に合わせた新しいサービスの創造=大きなイノベーション。
②「レディメイド」のサービスを導入する場合に欠かせないのが、地域のニーズ(課題)や図書館のシーズ(資源)に合わせたカスタマイズ=小さなイノベーション。
※イノベーション=技術・方法の革新(組み合わせの変更等を含む)による新しい価値の創造
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3-1 図書館は地域課題にどうアプローチするか(1)●公共図書館は、自治体の機関として、自治体の政策、地域住民の要求、活用可能な資源等を踏まえた事業を展開するべき。
●地域情報拠点であると同時に教育機関でもある公共図書館は、「自律的に」地域課題を設定し、課題解決支援サービスの目標にすえる必要がある。
●課題設定にあたって、安易に流行に乗ることは、図書館の存在意義を問われることになりかねない。
⇒地域課題と「出会う」こと、地域の中での図書館を実感し、「フィードバック」していくことが重要。
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3-2 図書館は地域課題にどうアプローチするか(2)すぐれた課題解決支援サービスは以下のような特徴(その多く)をもつ。
①他機関と積極的に連携し外部の資源を取り入れている。
②地域の課題や要求(ニーズ)を客観的に分析、図書館員が地域に密着し、図書館が既に持っているシーズ(施設・資料・専門職員とその技能・信用等)を活用することを重視。
③従来からある方法(貸出・レファレンス等)の新しい組み合わせに、必要に応じて新たな工夫や方法を追加している。
④図書館の新しいサービスが利用されやすくなるような環境(サイン、専用書架、情報環境等)の整備に努めている。
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3-3 図書館は地域課題にどうアプローチするか(3)⑤サービス開始後にも、利用者のウォンツ(顕在的欲求)との不一致や変化を取り込んで、やり方を修正することを厭わない。
⑥サービスを一方的に利用者に提供しようとするのではなく、利用者・関係者と共に作り出す(共創)姿勢がある。
⑦図書館長や図書館員は、自ら「共創するサービス・イノベーター(改革者)」であろうとしている。
こうした理想型に近づこうとした試みとして、田原市図書館の近年の事業を紹介する。
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4-1 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス①田原市図書館における課題解決支援の位置づけは…
●2011年度、「田原市図書館の目標」を策定し、館内チーム別目標管理に活用。
「大目標1 自立を助け、人がつながる機会を提供します」
「小項目1-1 地域を元気にします/1-2 一人ひとりの自律を支えます/1-3 人と人のつながりを育みます」
●2015年度、「まち*ほん 田原市生涯読書振興計画」を策定。図書館計画を兼ねる。基本的な視点として…
「課題解決のための読書や電子書籍など、時代に合わせた読書の目的や方法の変化にも柔軟に対応します。」
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4-2 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス②「レディ・メイド」(日野市、横浜市等によって開拓された)としての「行政支援サービス」の特別の意義は…
●多様な課題に取り組む行政各部門と図書館の距離が近くなる。(共通性と相違点も見えてくる。)
●行政資料や政策に関する情報を得やすくなる。
●自治体政策全般に対する図書館員の理解が深まる。
⇒地域課題と出会い、連携をすすめることが容易に。
以下、田原市の事例を時系列で。
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4-3 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス③①田原市図書館では、2002年の開館以来、すべての購入紙の田原市関係記事をクリッピングし、毎朝、市役所各課に配送していた。(日野市立図書館に在籍していた初代館長により導入。行政支援の原点)
②2010年、三重県鳥羽と田原市伊良湖を結ぶフェリー航路廃止の動きが表面化。市を挙げての存続運動と連動し、図書館なりのスタンスでこの問題を考えるための情報を市民に届けるため、「再発見!鳥羽⇔伊良湖フェリー展 」を鳥羽市立図書館と同時開催。(行政支援のもう一つの原点。)
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再発見!鳥羽⇔伊良湖フェリー展 2010.7.7-9.9
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4-4 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス④③新聞配信サービスの問題点=コストパフォーマンスと著作権処理⇒庁内アンケート実施⇒廃止、代替策(行政支援サービス、許諾済新聞の記事見出しDB公開)を2012年度途中から実施
④行政支援サービスの基本メニューは、(1)レファレンス、(2)複写、(3)貸出、(4)政策・イベントPR展示(パブリックコメントを含む)、(5)郷土・行政資料の配布である。
…基本的には従来からある手法の新しい組み合わせ。
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4-5 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑤⑤2013年度は13件、14年度は18件と低迷したが、利用申し込みの簡素化や、市内で最も人が集まる立地を生かした展示協力で、16年度は57件に。
⑥2016年度以降、セキュリティ強化のため市役所職員のインターネット環境が情報検索には不向きに。
⑦2017年度、月1回、市職員をターゲットとした市役所出前サービスの試行を開始。移動図書館用のPCと、オススメ本を詰めたケースを持参。実施前にはイントラネット掲示板に告知と実施の意義を掲載。(返却ポストは中央図書館開館時から市役所内にある。)
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パブリックコメントの募集
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新給食センターに関する展示
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4-6 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑥●2015年度、上記メニューに加え議会図書室整備に協力する「議会連携」を開始、諸方面から注目されるように。
●使われない議会図書室に象徴されるように、二元代表制といいながら、議会の情報収集機能や広報広聴機能は、市長部局に比べきわめて不十分だった。(大多数の自治体に共通)
●視察先に関するレファレンスに始まり、最近は本会議の一般質問や、委員会での審議に関するレファレンスも。議員からは「根拠のしっかりした調査結果をもらえるのが大変ありがたい」との評価。
★図書館法上、議会図書室については「連携し、協力し、…相互貸借を行うこと」とされている。つまり当然のサービス。(「民主主義の砦」の実質化!)
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4-7 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑦
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2014年12月、議会事務局職員から相談を受ける
→翌週・打ち合わせ、議会図書室を見学
翌月、郷土担当と資料選定・レイアウト見直し
議会図書室・変更後議会図書室・変更前
4-8 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑧
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「行政支援サービス」を活用
定例会に合わせた団体貸出
→独自のサービス
議会支援サービスの申請用紙を作成
一年間の連携のまとめ
連携マニュアルを作成
2015年度 試験的なサービス開始
団体貸出資料の設置の様子(議会図書室)
4-9 愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑨
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団体貸出: 100冊(年4回)
レファレンス調査: 24件
2017年1月
議員・議会事務局員・図書館担当職員の合同研修
講師:国立国会図書館職員
2017年3月
レファレンス事例の作成
議会図書室で購読雑誌の受け入れ・登録
2016年度 本格的に実施
4-10愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑩
図書館では、2017年度から、年1回、数週間にわたり、田原市議会と協力し、本格的な館内展示を行ってきた。写真・図書・デジタルサイネージ等を用いて、市議会の活動を多くの市民に知らせるものである。
2019年8月には、「図書館で議員と語ろうホリデー」というイベントを、開館中の開架フロアで開催。約20人の市民と約10人の議員が、数人ずつのグループに分かれ、さまざまなテーマで対話した。ファシリテーターは、是住久美子中央図書館長が務めた。
従来の「報告会」とは異なるスタイルの広報広聴が、議会と図書館の連携で実現した意義は大きい。
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「写真で見る田原市議会」展示
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図書館で議員と語ろうホリデー(写真は、辻史子・田原市議会広報広聴委員会委員長のTwitterより)
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4-11愛知県田原市図書館の事例(1)議会支援サービス⑪行政・議会支援サービスの影響は…
①行政各部署や議会との交流の増加(行政資料収集にもプラス。市図書館条例で納本制度はあるが…)
②司書の地域課題への関心が強まり、蔵書構成やレファレンスの内容も変化
③メニューに収まらないニーズに応えるオーダーメイドとしての連携事業の展開(例:職員・議員向けの調査スキル研修、「議員と語ろうホリデー」の開催)
④市職員・議員向けサービスから「公共プロ支援」に広がる可能性(保育士、看護師、介護職員、教職員…)
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5-1 愛知県田原市図書館の事例(2)たはらペディア①●「電子書籍への対応や地域文化資源の発掘・保存・活用とデジタル化の研究と試行について、東三河レベルの連携を視野に取り組む。」(「まち*ほん」4 重点的に取り組む施策(4))
●誰でも自由に加工し、活用できる「オープンデータ」として、地域の知識を編集し、発信したい!
●2015年度 田原市図書館職員オープンデータ研修(商工観光課、街づくり推進課、文化財課等からも参加。)
●田原市図書館が制作した電子書籍「お散歩e本」も、東三河のオープンデータサイトへ登録予定。
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5-2 愛知県田原市図書館の事例(2)たはらペディア②●2016年度~ Code for MIKAWA、市博物館、各地のウィキペディアン等と連携し、年1回のペースでウィキペディアタウンを開催。
●地域の郷土史研究者、写真愛好家、高校生等と、博物館学芸員・図書館司書が、ウィキペディアに新しい田原関係項目を盛り込んだり、既にある項目に出典(郷土資料)や写真を加えたりするワークショップ(まちあるき等)を実施。
●図書館の郷土資料の蓄積、司書のレファレンス技術や著作権の知識が役立つ。月1回、「まちペディア道場」も。
●教育的意義も大きく、田原百科をネット上につくる「たはらペディア」として、田原市の「ふるさと教育」の目玉に。地域についての学びは、常に資源が不足している状況があり、期待は大。
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ブラタハラから「たはらペディア」へ、オープンデータで情報発信。
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6-1 図書館の様々なサービスと課題解決支援サービスの関係(1)課題解決支援サービスは「従来からある方法(貸出・レファレンス等)の新しい組み合わせに、必要に応じて新たな工夫や方法を追加している。」(承前)
(例)
●行政・議会支援サービスでは…
貸出+レファレンス+複写+展示+棚づくり(間接)
●たはらペディアでは…
レファレンス+郷土資料収集(間接)
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6-2 図書館の様々なサービスと課題解決支援サービスの関係(2)●従来の典型的なサービス(貸出・レファレンス・展示)
ア 図書館(司書)だけでできる イ 図書館単独で成立する
ウ ターゲットを特定しない エ 基本は変わらない
●課題解決支援サービス
ア 図書館(司書)以外との連携・協働が基本
イ さまざまな方法の組み合わせとカスタマイズ
ウ ターゲットの課題を掘り下げる
エ 対象・課題・提供すべき情報等に応じて変わる
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7-1 地域をささえる図書館の職員(1)●館長の最優先の仕事は、単なるハコではなく事業としての図書館が、環境に適応し持続的に成長できるように、図書館の最重要の資源である職員の確保・育成と、組織の開発にあたること。
【どんな職員(常勤・非常勤問わず)?】
●「司書+α」の「司書」を磨くだけでなく、「α」を見つけ、伸ばし、活かす。
(例)アート、プログラミング等(転職・趣味etc.)
●各分野の「職人」だけでは課題解決支援はできない。
→分野と分野の間、中と外をつなぐ「コーディネーター」
→事業全体を見通し資源を配分する「プロデューサー」
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7-2 地域をささえる図書館の職員(2)【どんな組織?】
●職員は誰でも「情報共有」&「参画」できるしくみがある。
→「トラブル・提案シート」とFacebook風グループウェア
→マニュアルと、それを「変えるルール」の明確化
→意思決定と、結果の共有や参画方法もマニュアルに
●「学習する組織」を可能にする「組織文化」を耕す。
→失敗に寛容、まず試行。「やってみよう」「改善の種」
→教え合え、弱みを見せられる。新入り・よそ者も歓迎。
→組織内外の「出会い」「経験」がフィードバックされる。
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おわりに課題解決支援サービスは、どんな図書館でも簡単に取り組めるのか?答えは、イエスでもあり、ノーでもあります。
はっきり言えるのは…
地域の課題に真摯に向き合い、正面から取り組もうとする図書館は、すべて課題解決支援サービスの担い手。
地域の課題と向き合わずに、流行の「●●支援」を真似るだけの図書館は、そうではない。(他館を参考・刺激にするのは大いに結構です)
みなさんが率いる図書館が、「先進図書館」の真似ではない、真の課題解決支援サービスの担い手となること、そのための人材を育て、組織を開発することを期待しています。
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