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地理歴史科学習指導案 広島県立三原東高等学校 井 上 明 洋 1 科目名 日本史B 2 学 年 2学年または3学年 3 単元名 戦前の日本社会の構造 4 単元設定の理由 教科書の配列に従って行なわれる一般的な近代以降の日本史授業は,生徒にとっては歴史的 な個別知識の集積の場になっており,時代観を形成しづらいものとなっている。近世までの歴 史と比較すると,短期間にたくさんの出来事が発生し社会的変化が激しく,また資本主義経済 の発達に伴う経済の仕組みの高度化や国内外の歴史事象の因果関係がより複雑化し単純に整理 できないことなどがその理由としてあげられる。このような授業では教科書記載事項のほとん どをそれぞれに学んでいくので,細かな知識は豊富になるが,その反面時代構造がとらえにく いものとなっている。したがって,事象の選択・配列の原理を根本的に転換し,通史授業とは 異なる日本近現代の全体像をとらえるという観点からの授業づくりをめざした。 5 単元の目標 開発政治モデルの観点から,明治から第2次世界大戦までの日本の歴史過程を構造的にとら え,第2次世界大戦前の日本社会の問題点を理解し説明できるようにする。 6 単元の構成 「戦前の日本社会の構造」3時間 パート1 国民からの収奪 パート2 人権軽視の政治 パート3 破滅した国家 単元構成および授業構成は,科学的探求の論理 1) と歴史教育における「理論の批判的学習」 2) に基づいて行なう。 注1)森分孝治 『社会科授業構成の理論と方法』明治図書,1978 森分孝治 『現代社会科授業理論』明治図書,1984 注2)原田智仁 「歴史教育における理論の批判的学習」『史学研究』第178 号,1988 原田智仁 『世界史教育内容開発研究―理論批判学習』風間書房,2000 7 単元の構造図 - 戦前の日本社会の構造 富国強兵 第2次世界大戦 経済発展政策の維持 満蒙の維持拡大 経済発展政策の放棄 満蒙の放棄 軍事力増強 政商→財閥 寄生地主 自小作農民 小作農民 賃金労働者 人権軽視の政治 テロ対策 政府主導の 資本主義化 松方デフレ政策 低賃金・長時間労働

地理歴史科学習指導案 · 2015-01-26 · 8 概念的説明的知識 戦前の日本は今日の発展途上国にみられるように,国民の生活や権利,民主主義を犠牲にし

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地理歴史科学習指導案

広島県立三原東高等学校 井 上 明 洋 1 科目名 日本史B 2 学 年 2学年または3学年 3 単元名 戦前の日本社会の構造 4 単元設定の理由

教科書の配列に従って行なわれる一般的な近代以降の日本史授業は,生徒にとっては歴史的な個別知識の集積の場になっており,時代観を形成しづらいものとなっている。近世までの歴史と比較すると,短期間にたくさんの出来事が発生し社会的変化が激しく,また資本主義経済の発達に伴う経済の仕組みの高度化や国内外の歴史事象の因果関係がより複雑化し単純に整理できないことなどがその理由としてあげられる。このような授業では教科書記載事項のほとんどをそれぞれに学んでいくので,細かな知識は豊富になるが,その反面時代構造がとらえにくいものとなっている。したがって,事象の選択・配列の原理を根本的に転換し,通史授業とは異なる日本近現代の全体像をとらえるという観点からの授業づくりをめざした。

5 単元の目標

開発政治モデルの観点から,明治から第2次世界大戦までの日本の歴史過程を構造的にとらえ,第2次世界大戦前の日本社会の問題点を理解し説明できるようにする。

6 単元の構成 「戦前の日本社会の構造」3時間

パート1 国民からの収奪 パート2 人権軽視の政治 パート3 破滅した国家 単元構成および授業構成は,科学的探求の論理1)と歴史教育における「理論の批判的学習」

論2)に基づいて行なう。 注1)森分孝治 『社会科授業構成の理論と方法』明治図書,1978年

森分孝治 『現代社会科授業理論』明治図書,1984年 注2)原田智仁 「歴史教育における理論の批判的学習」『史学研究』第178号,1988年

原田智仁 『世界史教育内容開発研究―理論批判学習』風間書房,2000年

7 単元の構造図 - 戦前の日本社会の構造

植 民 地

富国強兵

第2次世界大戦

経済発展政策の維持 満蒙の維持拡大

経済発展政策の放棄 満蒙の放棄

政 府 軍 部 軍事力増強

企 業 政商→財閥

寄生地主

自小作農民 小作農民

賃金労働者

人権軽視の政治 テロ対策

政府主導の 資本主義化

松方デフレ政策

低賃金・長時間労働

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8 概念的説明的知識

戦前の日本は今日の発展途上国にみられるように,国民の生活や権利,民主主義を犠牲にしても,経済発展と軍事力増強を最優先課題として,欧米諸国に追いつこうとする国家であった。

《パート1 国民からの収奪》 ① 政府は,国家の目標として「富国強兵」と「殖産興業」をかかげ,軍事力増強と経済発展

を何よりも優先させ,政府主導で資本主義の繁栄をめざし,企業を育てていった。 a 「殖産興業」に必要な財源は,農民からの税収入(=地租)があてられた。 b 政府の保護をうけた政商の中から財閥と呼ばれる独占資本が成立し,日本社会の中で圧倒

的経済力をもった。 ② 「富国強兵」政策による軍事力の増強は,対外戦争を可能とした。 a 男子国民は国民皆兵に基づく徴兵令によって徴発され,兵士となって軍隊を支えた。 b 対外戦争での勝利によって植民地獲得を実現し,海外市場と資源供給地の確保により日本

経済は一層の発展が可能となった。 ③ 政府は松方デフレ政策によって自作農民から農地を奪い,産業革命の進展とともに必要と

なる賃金労働者をつくりだした。 a 農村では寄生地主制が発達し,小作農民は高額の小作料とその経済的な関係によって,強

力に支配された。 b 寄生地主制のもとで貧困に苦しむ農家の娘は,生計をたてるために紡績工場で賃金労働者

として働かなければならなかった。

《パート2 人権軽視の政治》 ① 政府は,反対する勢力を徹底的に弾圧した。 a 政府は治安警察法,治安維持法,特別高等警察を整備し,あらゆる社会運動を弾圧した。 b 特別高等警察による取り調べは,人権を軽視するものだったので,多くの犠牲者がでた。

《パート3 破滅した国家》 ① 世界恐慌の影響をうけて日本経済は行き詰まり,政府は岐路に立たされた。 a 世界経済との結びつきを深めた日本は,世界恐慌の影響をうけ昭和恐慌に直面した。 b 資本主義が急速に発達したにもかかわらず,財閥資本のもとの労働者や寄生地主制度のも

との小作農民の生活水準は低く,その購買力の乏しかったことが国内市場の発達を妨げた。そのため,財閥資本は不況脱出のための市場を海外へ求めざるをえなく,軍部の大陸経営方針を支持した。

c 政府は軍事費中心の積極財政で恐慌を克服しようとした。この経済政策によって経済は回復したが,軍部の台頭を許した。

d 石橋湛山が主張したように,経済的には「満蒙放棄論」も可能であった。 ② 軍部はテロ事件によって自己の主張を貫き,政治の主導権を握っていった。 a 軍部は,統帥権独立の主張や五・一五事件,二・二六事件などのテロ事件によって意見が

異なる勢力を排除するとともに勢力を拡大していった。 b 国家総動員法成立による議会の形骸化と大政翼賛会の成立による政党消滅によって,政治

システムは明治憲法体制からも逸脱し,軍部が政治の主導権を握りファシズム国家へと変貌をとげた。

9 単元の展開(3時間)

発 問 教授・学習活動 資料 到 達 目 標

導入

○資料1の写真を見比べて,感じることを述べなさい。

◎何故,日本は明治以降急速な経済発展を実現したにも関わらず,第2次世界大戦への道を歩んだのだろうか。

T:資料提示。 P:答える。

1 ・明治以降の経済発展が東京の風景を一変させている。

・第2次世界大戦での東京大空襲は,首都東京を破壊しつくしている。

・戦前の日本社会の発展と戦争の悲惨さを感じる。

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○何故,戦前の日本は急激な経済発展をとげることができたのだろうか。

T:発問する。 P:予想する。

パ丨ト1・国民からの収奪

[セクション1] 日本全体の経済発展 ○戦前の経済発展はどのように進められたか。

・明治政府の示した国家目標は何であったか。

・この目標はどのように実行されたか。

・資料2から判断すると戦前の日本の経済成長率は平均して約何%か。

・経済成長率が4%の場合,何年で国民総生産は2倍になるだろうか。

・急激な経済発展の経過を資料3で確認しよう。

・官営工場の払い下げをうけた企業のうち,いくつかは財閥と呼ばれる独占資本に成長したが,これらのもつ経済力はいかなるものであったか。

○戦前の経済発展はどのように進められたのか。

○政府と企業の関係を図で表してみよう。

T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:資料提示。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。

2 3 4

・明治政府は「殖産興業」を国家目標の一つに掲げた。

・官営工場を設立して産業化を進め,その工場を政商に有利に払い下げた。国家によって企業が育てられた。

・約4~5%である。 ・約19年で国民総生産は2倍となる。 ・造船,繊維,鉄鋼などの各産業分野にお

いて急速な生産規模の拡大が進んだ。 ・銀行,鉱業,鉄鋼,運輸,貿易などの各分野での資本金をみると,三井・三菱・住友の3つの財閥によって,50%以上占められている。

・政府の保護をうけた政商の中から財閥と呼ばれる独占資本が成立した。そして,いくつかの財閥が日本の経済を支配するまでにいたった。

[セクション2] 軍事力の増強 ○戦前の軍事力増強はどのような意味をもつか。

・政府の掲げた軍事に関する目標は何か。

・兵士はどのように確保されたか。 ・軍事力の増強はどのように進められたか。

・このように整備された軍部はどのような軍事活動を行なうことになったか。

・このような戦争は日本経済にどのような影響を与えたと考えられるか。

・このことを資料で確認しよう。 ○戦前の軍事力増強はどのような意味をもつか。

T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。

教科書 教科書 5

年表 3

・政府は「富国強兵」を国家目標とした。

・国民皆兵の方針に基づく徴兵令によって,成年男子が兵士として徴発された。

・1880年代では歳出に占める軍事費が平均約23%にも及んでいる。

・1884年の甲申事変,1894年の日清戦争,1904年の日露戦争,1914年の第1次世界大戦というように,10年おきに対外出兵や戦争を繰り返した。

・それぞれの戦争に関連した植民地や経済権益の獲得は輸出市場開拓と資源原料確保をもたらし,日本経済全体としては一層の発展につながった。

・米の生産増が少ないのに比べ,日清・日露戦争時の工業生産力は著しく増加している。

・政府は「富国強兵」を国家目標に掲げた。海外市場開拓・資源確保といった経済発展を促す環境を,対外戦争を繰り返すことによって実現していった。

政 府 企 業 政商 → 財閥

政府主導の資本主義化

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○政府と軍部の関係を図で表してみよう。

[セクション3] 紡績工場で働く女工たちの労働環境 ・ 資料6は,日本の産業革命をさ

さえた紡績産業の工場で働く女工が口ずさんだ「女工小歌」であるが,この歌詞からどんなことがわかるか。

・ 資料7は,尾張紡績の労働日課表である。一日の労働時間は何時間か。また,労働形態などで気付くことはないか。

・ この長時間労働に見合うだけの賃金が支払われていたのであろうか。資料8を参考に確認してみよう。

・ 女工たちの労働実態はどのようなものであったか。

・ 女工たちは,「篭の鳥より監獄よりも寄宿ずまいはなおつらい」と歌っているが,なぜ寄宿舎が設けられたのだろうか。

・ このような劣悪な労働条件のもとで,女工たちは健康を維持できたのだろうか。

・ このような女工はどこから就

職してきたか。

T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:確認する。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:予想する。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:予想する。

10 11

12

・紡績工場での労働がたいへんつらい

ものだったことがわかる。 ・一日12時間労働制である。昼夜2交代制がとられている。また,食事時間は15分しかない上に,勤務中に食事以外に休息時間がない。

・イギリスの植民地下にあった,インドの紡績工場で働く労働者の賃金よりもなお低かった。

・厳しい監督のもとで,少しの失敗も許されなかった。

・他の紡績会社に転職されないように,寄宿舎を利用して,女工たちの自由な行動を奪った。

・多くの女工たちが結核を患い,死んでいった。また,結核は伝染病であるにも関わらず寄宿舎での生活には病気に対する配慮もなかった。

・ほとんどが農家の娘であった。

[セクション4] 女工などの賃金労働者がつくりだされる仕組み ○何故,女工はこのような劣悪な労働条件のもとで働かなければならなかったのか。

・資料13から分ることは何か。 ・このことを別の資料で確認してみよう。資料14は,府県会議員の選挙権および被選挙権の人数と選挙権資格に必要な納税額(地租),土地面積などを合せて示した資料である。1881~86年と1886~89年の変化を比べるとどんなことが分るか。

・AとBの減少の違いは何を示すか。

・表《農民の階層》の①の農民にはどんな影響があったと考えられるか。

・これらの農民が失った土地はどうなったか。

・何故,農地を失う農民が多かったのだろうか。

T:発問する。 P:予想する。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:予想する。

13

14

・劣悪な労働条件でも働かないと生きていけなかったと考えられる。

・1883,84年と1887年の全農地に占める小作地の割合を比べると,35.5%から39.5%へと増えており,農民全体のうち20%以上が小作農民となっている。

・期間が5年間と3年間の違いがあるものの前者の期間に府県会議員の選挙資格を失った農民(Cの減少分)が圧倒的に多いことが分る。この時土地を失った農民は,AよりもB,すなわち自作農の中でも中下層の方が多いことを示している。また,Aが約7万人減少しているが,一挙に《農民の階層》表の①に転落したとは考えにくい。実際にはBの層が,約28万人減少したと考えられる。

・裕福なAの層よりもB層の農民が打撃をうけている。

・B層の農民よりも経済力が乏しいのであるから,より強い打撃をうけ土地を失ったと考えられる。

・Aの上層の農民のもとに集積されたと考えられる。

・生活が苦しくなって土地を手放したと考えられる。

軍 部 軍事力増強

政 府 富国強兵

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・資料ら15から,1878年と1884年を比較すると,通貨流通高が約20%も減っていることが分かる。政府は何故,通貨整理をしなければならなかったのか。

・通貨整理の結果,物価はどうなったか。

・自作農民が納める地租に変化はあったか。

・地租を納める農民の負担はどうなったか。

・その結果,自作農民はどうなったか。

・土地を失った農民は,どうやって生計をたてたと考えられるか。

・小作人の生活はどのような状態であったか。また小作料はどれくらいか。

・小作料を納めたあとのお金で暮らしが成り立ったか。

○何故,女工は紡績工場で,劣悪な労働条件のもとで働かなければならなかったのか。

T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。

T:発問する。 P:答える。

15 ・大隈財政のもとで,国立銀行券と政府紙幣を乱発し,実質的な租税収入が減少したために歳入の回復をはかるために通貨整理を行なった。

・米価指数でみると,1884年には,1880年の約2分の1にまで下がっている。

・地租は地価の2.5%であり,その規定は変らなかった。

・自作農民の場合,1885年では米価が 1880年と比較すると約2分の1にまでに下がっているので同じ地租を納めるためには2倍の米を売らなければならなくなってしまった。

・多くの自作農が土地を失って没落した。

・小作人となって地主のもとで働いた。 ・大地主は殿様のような存在であり小作人はその支配体制の中にがっちりと組み込まれていた。小作料は収穫量の50~60%であった。

・成り立たない。

・小作だけでは食べてはいけないので,農家の娘は紡績工場の女工となって働かなければならなかった。

○何故,戦前の日本は急激な経済発展をとげることができたのだろうか。

○ここまでに分ったことを構造図に記入してみよう。

T:発問する。 P:答える。

・政府は,国家目標として「富国強兵」,「殖産興業」をかかげて何よりも軍事力増強と経済発展を優先させた。農民から高率の地租を納めさせ,それを財源として政府主導の資本主義化を進め,企業を育てた。工業の発展にともなって必要となった賃金労働者は,政府のデフレ政策によって自作地を失った農民や,その農家の娘が女工として劣悪な労働条件のもとでこれを担った。小作人に転落した農民は寄生地主のもとで,厳しい収奪をうけた。また,軍事力の増強をはかり,10年おきに戦争や出兵を繰り返して市場と資源確保のための植民地の獲得をはかり,さらなる経済発展をめざした。 このように,戦前の日本の経済発

展は,国内的には農民や労働者の犠牲のうえに,対外的には植民地の犠牲のうえに成り立ったものであった。

軍 部 軍事力増強

政府 富国強兵

軍 部 政商→財閥 政府主導の

資本主義化

寄生地主 高額の小作料

自小作農民 小作農民

賃金労働者低賃金・長時間労働

松方デフレ政策

植 民 地

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パ丨ト2 ・人権軽視の政治

○何故,国民は厳しい生活を受け入れたのか,政府へ働きかけようとはしなかったのか。

・資料17の出典は何か。 ・この小説に描かれているのはどんな場面か。

・この取り調べはどういう法律に基づいて行なわれたのか。

・治安維持法は何を目的とした法律であったか。

・治安維持法はどんな役割を果たしたか。

・このような目的を果たすために設置された警察は何か。

・警察全体の中で特高が占めた比重を資料18の「愛知県警察職員録」(1943年)で確認してみよう。

・小林多喜二の死はどのようなものであったか。

・治安維持法のほかに,政府へ改革を求める国民の動きに対して,どのような取り締まりのための法律があったか。

○何故,国民は厳しい生活を受け入れたのか,政府へ働きかけようとはしなかったのか。

○ここで分ったことを構造図に記入してみよう。

T:発問する。 P:予想する。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:資料提示。 T:資料提示。 T:発問する。 P:答える。

17

18

19

・小林多喜二の小説「1928.3.15」の一

部分である。 ・社会主義運動を取り締まるために,警察が運動家たちに行なった,取り調べの際の拷問の様子である。

・治安維持法である。 ・天皇制と資本主義体制を守ろうとする法律であった。

・社会主義運動のみならず,自由主義的な社会運動や思想,学問,宗教を広範に取り締まる根拠となった。

・特高(特別高等)警察である。特高警察は政治犯,思想犯だけを対象とした警察である。

・総計3,835名のうち特高関係が297名を占めている。比率にして約7.7%になる。

・自分の小説「1928.3.15」と同じように特高の拷問をうけて死亡している。

・新聞紙条例や集会条例で自由民権運動を,治安警察法で労働運動などを弾圧した。

・政府はその政策に反対する勢力に対する備えとして特別高等警察を全国に配置し,徹底的な取り締まりと弾圧を加えた。そのため国民の社会運動は実を結ばなかった。

○パート1でみたように戦前,経済発展を実現した日本が,何故第2次世界大戦への道を歩まなければならなかったのか。

T:発問する。 P:予想する。

パ丨ト3

破滅した国家

[セクション1] 日本経済の行き詰り ・満州事変が起きたころの日本の経済状況はどうだったか。

T:発問する。 P:答える。

20

・世界恐慌の影響をうけた,昭和恐慌の時期であり,紡績や生糸の価格が下がり,貿易が急速に縮小した。都市には失業者があふれ,農村では東北地方が凶作に見舞われ,一家心中や娘の身売りが続出し,危機的状況であった。

低賃金・長時間労働

軍 部 軍事力増強

政府 富国強兵

軍 部 政商→財閥 政府主導の

資本主義化

寄生地主 高額の小作料

自小作農民 小作農民

賃金労働者 松方デフレ政策

植 民 地

人権軽視の政治

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・この昭和恐慌を政府はどのようにのりきろうとしたか。

・何故,海外市場の獲得をめざしたのか。

T:資料提示。 T:発問する。 P:答える。

21 22

・犬養内閣による高橋財政は,軍事費を中心とした積極財政を展開するとともに,満州地域も含む円経済圏の確立,拡大をめざした。

・国内では,農民は寄生地主制のもとで,労働者は財閥資本のもとで低収入にあえぎ,いわゆる国内市場だけでは不十分であった。

[セクション2] 軍部の台頭 ・何故,軍部は満州国の成立をめざしたのか。

・何故,財界は満州占領を支持したのか。

・この関東軍による満州国設立はどのような結果に結びついたか。

・軍部を代表とするファシズム勢力は,反対勢力にどう対処していたか。

・この戦争をのりきるために政府はどのような政策をとったか。

・その結果日本はどのような国家となったか。

・戦争の結果,国民生活はどうなったか。

T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。

23

24 教科書 教科書 教科書

・関東軍参謀の石原莞爾は,将来日米間で世界制覇をかけた「世界最終戦」が行なわれる確信していた。その最終戦に向けての経済的基盤確保のためには,アジア全域の支配が必要であり,その第一段階として満州占領をめざした。また満州はかつて日露戦争が戦われた場所であり,対ソ戦略の拠点と考えられていた。

・日本の対外投資のうち約7割が満州地域に投資されていた。財閥資本の利益と軍部の考えが一致した。

・中国,英米との対立を深め,盧溝橋事件を契機に宣戦布告のないまま日中戦争へ発展していった。

・五・一五事件,二・二六事件などのテロによって,意見が異なる勢力を排除してきた。また,軍部大臣現役武官制を利用し,政府に対して要求実現をはかった。

・近衛内閣は,国家総動員法を制定して,その後議会の承認をへないで,勅令によって戦争遂行に必要な国内の人的,物的資源を動員できる体制をつくった。

・国民の総力を結成するために新体制運動を推進した結果,既成の政党はすべて解党し大政翼賛会に一本化し,労働組合も解体され,労使一体で戦争に協力する大日本産業報国会が結成された。こうして明治憲法体制からも逸脱した軍事国家が誕生し,政府は反対勢力を治安維持法で弾圧した。

・国富の約2分の1を失い,軍人・一般国民を合せて,約256万人(死者および行方不明者)の犠牲者をだした。また,広島,長崎が原子爆弾によって被害をうけるなど,国民生活は崩壊してしまった。

[セクション3] 戦争の回避の可能性 ○日本側に戦争を避ける選択肢はなかったのだろうか。

・資料25からどんなことが分るだろうか。

T:発問する。 P:予想する。 T:資料提示。

25

・石橋湛山は,1921年 7月30日号の『東洋経済新報』の社説において,朝鮮・台湾・関東州の植民地との貿易額とアメリカとのそれを比較し,全植民地を合せてもアメリカ1カ国との貿易額にも満たないことを示して,植民地政策の放棄を主張している。また,中国とアメリカとの過去10年間の貿易額の

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○日中戦争,太平洋戦争を避けるための有効な政策は何だったと考えられるか。

T:発問する。 P:答える。

増加を比較し,対中国の貿易は,対アメリカの貿易額の約3分の1にしかあたらないことをあげて中国に対する政策が経済上効果をあげていないことを論証している。

・満州事変勃発の直後,1931年10月10日号の同誌社説では,満蒙支配の経済的効果に疑問を示すと同時に,世界列国を敵にして日本の利益を損なう危惧を示している。

・満蒙放棄という選択肢も十分考えられたのではなかろうか。 満蒙放棄は経済的には十分可能であった。

○ここで分ったことを構造図に書き加えてみよう。

【構造図の完成】

終結

○1998年5月のインドネシア,スハルト大統領辞任の記事から次の点を確認してみよう。

・スハルト氏は何年間政権の座にあったか。

・スハルト氏の権力基盤は何であったか。

・インドネシアの軍部の特色は何か。

・インドネシアが掲げた国家目標は何か。

・インドネシアはどのように経済発展をとげたのであろうか。

・国民の置かれていた状況はどうか。

・インドネシアのような政治の在り方を何と呼んでいるか。

T:資料提示。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:資料提示。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。 T:発問する。 P:答える。

26

27

・1965年に,スカルノ前大統領の後継者となってから32年間指導者の地位にあった。

・スハルト氏は軍人出身であり,政権についてからも,軍が行政の中枢を握ることによって権力支配を強めた。

・国軍は単に国防・治安任務だけでなく,政治,経済,社会のあらゆる分野において活躍すべきであるといういわゆる「二重機能論」が国軍の基本的性格となっている。

・経済発展をすべてに優先させた。 ・1970年代以降,平均数%のGDP成長を遂げた。

・スハルト一族とその周辺の人々は経済的に潤ったが,一般国民との貧富の差は拡大の一途をたどった。

・開発政治と呼んでいる。

低賃金・長時間労働

軍 部 軍事力増強

政府 富国強兵 テロ事件

企 業 政商→財閥 政府主導の

資本主義化 寄生地主

高額の小作料

自小作農民 小作農民

賃金労働者松方デフレ政策

植 民 地

経済発展政策の放棄 満蒙の放棄

人権軽視の政治

経済発展政策の維持 満蒙の維持拡大

第2次世界大戦

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資料 14

《1886(明治 19)年の農民の階層》

地租 地価 土地面積 百分比

① 5円以下 200円以下 8反以下 18.16

B ② 5~10円 200~400円 8反~1町6反 16.30

府県

会議

員の

有権

府県

会議

員の

被選

挙権

10~25円

25~250円

250~1250円

1250~2500円

2500~5000円

5000円以上

400~1000円

1000~1万円

1万~5万円

5万~10万円

10万~20万円

20万円以上

1町6反~4町

4町~40町

40町~200町

200町~400町

400町~800町

800町以上

29.10

31.61

5.35

0.63

0.29

0.16

《農民層の分解》

『大系日本の歴史 ⑬ 近代日本の出発』pp.118~120より

・このような見方で戦前の日本社会をとらえると,どのような点に共通性があると言えるか。

◎何故,明治以降欧米に迫るほどの経済発展を実現した日本が,第2次世界大戦への道を歩まなければならなかったのか。

T:発問する。 P:答える。

・国家運営全体の目標として経済発展をめざしていること,政治における軍部の占める割合が大きいこと,国民の権利よりも国益が優先され反対勢力には弾圧が加えられること,などである。

・戦前の日本は,国民の生活や権利を犠牲にしてまでも,軍事力の増強と経済発展を最優先させた。その結果,戦争への道が不可避となった破滅した国家であった。

府県会議員の被選挙権者

B C(A+B)

府県会議員の有権者

1881(明治14)年

1886(明治19)年

87万9300人

80万9900人

90万 300人

72万2000人

180万9600人

153万1900人

減 少 6万9400人 20万8300人 27万7700人

1889(明治22)年 81万4000人 64万8200人 146万2200人

減 少 +4100人 7万3800人 6万9700人

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10 教授用資料

教科書 『日本史B 詳説日本史』山川出版社 図表・年表 『日本史総覧』東京法令出版 1 『日本写真全集 1 写真の幕あけ』小学館,1985年,pp.60~62

石川光陽『東京大空襲の全記録』岩波書店,1992年,p.156 猪瀬直樹監修『目撃者が語る昭和史 第2巻』新人物往来社,1989年,口絵 2 安藤良雄編『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会,1979年,p.9

3 『日本史総覧』東京法令出版,p.126 4 『新総合図説日本史』東京書籍,p.149

5 『近代日本経済史要覧 第2版』p.61 6 細井和喜蔵『女工哀史』岩波文庫,1985年,pp.404~407

7 福田泰久『日本資本主義経済の歩み』清風堂書店,1993年,p.60 8 『日本資本主義経済の歩み』p.61

9 『女工哀史』pp.154~155

10 同 上 pp.373~374 11 宮本常一他監修『日本残酷物語 5 近代の暗黒』平凡社,1995年,pp.148~149

12 中村政則『日本の歴史 29 労働者と農民』小学館,1976年,pp.194~195 13 正田健一郎『概説日本経済史』有斐閣選書,1978年,p.230

14 坂野潤治『大系日本の歴史 ⑬ 』小学館ライブラリー,1993年,pp.118~120 15 『新編日本史図表』(第一学習社)p.155

16 『日本残酷物語 5 近代の暗黒』pp.404~405 17 小林多喜二『蟹工船 一九二八・三・一五』岩波文庫,1985年,pp.179~180

18 加藤敬事編『続・現代史資料 7 特高と思想検事』みすず書房,1982年,p.xv 19 「特高警察黒書」編集委員会編 『特高警察黒書』新日本出版社,1977年,pp.131~132

20 『日本史総覧』p.203 21 中村政則『昭和の歴史 ② 昭和の恐慌』小学館,1982年,pp.386~387

22 『近代日本経済史要覧 第2版』p.9 23 『詳解日本史史料集』p.389

24 有沢広巳編『昭和経済史 上 恐慌から敗戦まで』日経新書,1980年,p.99

中村政則編『日本の近代と資本主義』東京大学出版会,1992年,p.42 25 松尾尊兊編『石橋湛山評論集』岩波文庫,1984年,pp.101~103 26 『朝日新聞』(1998年 5月22日)

『読売新聞』(1998年 5月22日) 27 『世界国勢図会 '95/96』国勢社,1995年,pp.21~22

11 評価問題例

戦前の日本社会の特徴を,今日の発展途上国にみられる開発政治との共通点をふまえながら次の語句を使用して述べよ。 富国強兵・政府・治安維持法・国民 (解答例)政府は国家の目標として「富国強兵」をかかげ,軍事力増強と経済発展を最優先させ,政府主導で資本主義経済の発展をめざした。海外市場の開拓・資源の確保といった経済発展を促す環境を,対外戦争を繰り返すことによって実現していった。国民の諸権利よりも経済発展を重視したので,政府の政策に批判的な社会運動は治安警察法や治安維持法,特別高等警察などによって弾圧されていった。

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12 おもな参考文献

《教授内容関係》 安藤良雄編『近代日本経済史要覧 第2版』東京大学出版会,1979年 家永三郎『太平洋戦争』岩波書店,1968年 石井寛治『大系日本の歴史 ⑫開国と維新』小学館ライブラリー,1993年 今井清一『日本の歴史 23 大正デモクラシー』中央公論社,1974年 色川大吉『日本の歴史 21 近代国家の出発』中央公論社,1974年 入江昭著 篠原初枝訳『太平洋戦争の起源』東京大学出版会,1991年 江口圭一『大系日本の歴史 ⑭二つの大戦』小学館ライブラリー,1993年 大内力『日本の歴史 24 ファシズムへの道』中央公論社,1974年 大川一司『国民所得 (長期経済統計 1)』東洋経済新報者,1974年 加藤敬事編『続・現代史資料 7 特高と思想検事』みすず書房,1982年 坂野潤治『大系日本の歴史 ⑬ 近代日本の出発』小学館ライブラリー,1993年 坂本義和編『暴力と平和』朝日選書 正田健一郎『概説日本経済史』有斐閣選書,1978年 隅谷三喜男『日本の歴史 22 大日本帝国の試煉』中央公論社,1974年 千葉県高等学校教育研究会歴史部会編『新しい日本史の授業』山川出版社,1992年 中村隆英・尾高煌之助編『日本経済史 6 二重構造』岩波書店,1990年 中村政則編『現代史を学ぶ』吉川弘文館,1997年 中村政則『経済発展と民主主義』岩波書店,1993年 中村政則編『日本の近代と資本主義』東京大学出版会,1992年 中村政則『歴史のこわさと面白さ』筑摩書房,1992年 中村政則『昭和恐慌』岩波ブックレット,1989年 中村政則『昭和の歴史 ② 昭和の恐慌』小学館,1982年 中村政則『近代日本地主制史研究』東京大学出版会,1979年 中村政則『日本の歴史 29 労働者と農民』小学館,1976年 永原慶二『日本経済史』有斐閣双書,1970年 奈良歴史研究会編『戦後歴史学と「自由主義史観」』青木書店,1997年 福田泰久『日本資本主義経済の歩み』清風堂書店,1993年 増田弘『石橋湛山研究』東洋経済新報社,1990年 松尾尊兊『石橋湛山評論集』岩波文庫,1984年 宮崎勇『日本経済図説 第二版』岩波新書,1996年 宮崎恒二他編『暮らしがわかるアジア読本 インドネシア』河出書房新社,1993年 宮本常一他監修『日本残酷物語 5 近代の暗黒』平凡社,1995年 村井淳志『歴史認識と授業改革』教育史料出版会,1997年 安場保吉・猪木武徳編『日本経済史 8 高度成長』岩波書店,1989年 『今とむかし廣重名所江戸百景帖』暮らしの手帖社版,1993年 『世界国勢図会 '95/96』国勢社,1995年 《授業理論関係》 原田智仁「歴史教育における理論の批判的学習」『史学研究』第178号,1988年 原田智仁『世界史教育内容開発研究―理論批判学習』風間書房,2000年 森分孝治『社会科授業構成の理論と方法』明治図書,1978年 森分孝治『現代社会科授業理論』明治図書,1984年