3
はじめに 学術第4小委員会(以下,本委員会)では,院内製剤, 市販製品で実際の医療現場の実情に合わない薬剤,医療 過誤の原因となり得る薬剤に関して文献調査および使用 実態調査等を実施し,日本病院薬剤師会(以下,日病薬) 会員諸氏の意見を集約して市販化に結びつけるための情 報構築を行い,行政並びに製薬企業に働きかけることに より製剤化を支援する創薬サポートを目的に活動してい る。 調査薬剤の選定 皮膚潰瘍を伴った進行がんでは,腫瘍部から強烈な悪 臭(がん性悪臭)が発生する場合があり,医療現場では その対応に苦慮している。現在,わが国には悪臭を伴う がん性皮膚潰瘍に適応がある医療用医薬品が存在しない ため,院内製剤としてメトロニダゾール(以 下,MTZ)外用剤が調製・使用されている。 そこで,本委員会では,平成21年度より MTZ外用剤を正式な調査対象薬剤として 選定し,調査研究を進めてきた。平成21 年度の活動として主に国内外の文献調査を 実施し,本製剤の有効性および安全性に関 するエビデンスに加え,諸外国ではすでに 市販化されていること,さらに,世界保健 機関(WHO)や米国臨床腫瘍学会(ASCO) ガイドラインでも推奨されている製剤であ ることがわかり,本製剤が市販医薬品とし て社会に供給されるべき製剤であることを 明らかにした 1) 。そこで,がん性悪臭に対 する外用剤の使用・調製に関する実態の調査を全国規模 で実施することとした。 がん性悪臭に対する外用剤の 使用・調製実態調査 平成22年度の事業として,日病薬会員を対象とした がん性悪臭に対する外用剤の使用・調製実態調査および 市販化の要望に関するアンケート調査を実施した。 調査は郵送による紙媒体でのアンケート方式にて行い, 対象施設はがん診療連携拠点病院または緩和ケア病棟の ある病院(重複除く),527施設とした。回収率は72.5 %(382/527)施設で,関心が高いことが窺えた。 調査の結果,回答した施設のうち80%以上の施設が, 現在がん性悪臭に対する薬物療法を実施しており,その うち使用している薬剤はMTZが最も多く,次いでモー ズペースト,クリンダマイシンの順であった(図1)。 949 実施して いない 17% N=382 実施して いる 83% 300 施設数(複数回答可) 0 50 100 150 200 250 平成22年度学術委員会学術第4小委員会報告 医療現場に必要な薬剤の市販化に向けた調査・研究 委員長 (大)福井大学医学部附属病院薬剤部 渡辺 享平 Kyohei WATANABE 委員 名城大学薬学部医薬品情報学 (大)北海道大学病院薬剤部 (大)福井大学医学部附属病院薬剤部 後藤 伸之 Nobuyuki GOTO 榊原 則寛 Norihiro SAKAKIBARA 政田 幹夫 Mikio MASADA (大)岐阜大学医学部附属病院薬剤部 公立甲賀病院薬剤部 昭和薬科大学医療薬学教育研究センター 松浦 克彦 Katsuhiko MATSUURA 山川 雅之 Masayuki YAMAKAWA 渡部 一宏 Kazuhiro WATANABE 図1 がん性悪臭に対する薬物療法実施施設割合(左)と使用薬剤(右)

医療現場に必要な薬剤の市販化に向けた調査・研究50 100 150 200 250 MTZモーズクペリーンスヨダトウマ素イそ製シの剤ン他 外用剤 平成22年度学術委員会学術第4小委員会報告

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Page 1: 医療現場に必要な薬剤の市販化に向けた調査・研究50 100 150 200 250 MTZモーズクペリーンスヨダトウマ素イそ製シの剤ン他 外用剤 平成22年度学術委員会学術第4小委員会報告

はじめに

 学術第4小委員会(以下,本委員会)では,院内製剤,市販製品で実際の医療現場の実情に合わない薬剤,医療過誤の原因となり得る薬剤に関して文献調査および使用実態調査等を実施し,日本病院薬剤師会(以下,日病薬)会員諸氏の意見を集約して市販化に結びつけるための情報構築を行い,行政並びに製薬企業に働きかけることにより製剤化を支援する創薬サポートを目的に活動している。

調査薬剤の選定

 皮膚潰瘍を伴った進行がんでは,腫瘍部から強烈な悪臭(がん性悪臭)が発生する場合があり,医療現場ではその対応に苦慮している。現在,わが国には悪臭を伴うがん性皮膚潰瘍に適応がある医療用医薬品が存在しないため,院内製剤としてメトロニダゾール(以下,MTZ)外用剤が調製・使用されている。そこで,本委員会では,平成21年度よりMTZ外用剤を正式な調査対象薬剤として選定し,調査研究を進めてきた。平成21年度の活動として主に国内外の文献調査を実施し,本製剤の有効性および安全性に関するエビデンスに加え,諸外国ではすでに市販化されていること,さらに,世界保健機関(WHO)や米国臨床腫瘍学会(ASCO)ガイドラインでも推奨されている製剤であることがわかり,本製剤が市販医薬品として社会に供給されるべき製剤であることを明らかにした1)。そこで,がん性悪臭に対

する外用剤の使用・調製に関する実態の調査を全国規模で実施することとした。

がん性悪臭に対する外用剤の使用・調製実態調査

 平成22年度の事業として,日病薬会員を対象としたがん性悪臭に対する外用剤の使用・調製実態調査および市販化の要望に関するアンケート調査を実施した。 調査は郵送による紙媒体でのアンケート方式にて行い,対象施設はがん診療連携拠点病院または緩和ケア病棟のある病院(重複除く),527施設とした。回収率は72.5%(382/527)施設で,関心が高いことが窺えた。 調査の結果,回答した施設のうち80%以上の施設が,現在がん性悪臭に対する薬物療法を実施しており,そのうち使用している薬剤はMTZが最も多く,次いでモーズペースト,クリンダマイシンの順であった(図1)。

949

実施していない17%

N=382

実施している83%

300施設数(複数回答可)

0

50

100

150

200

250

その他

ヨウ素製剤

クリンダマイシン

モーズペースト

MTZ外用剤

平成22年度学術委員会学術第4小委員会報告

医療現場に必要な薬剤の市販化に向けた調査・研究

委員長(大)福井大学医学部附属病院薬剤部

渡辺 享平 Kyohei WATANABE委員名城大学薬学部医薬品情報学 (大)北海道大学病院薬剤部 (大)福井大学医学部附属病院薬剤部

後藤 伸之 Nobuyuki GOTO 榊原 則寛 Norihiro SAKAKIBARA 政田 幹夫 Mikio MASADA(大)岐阜大学医学部附属病院薬剤部 公立甲賀病院薬剤部 昭和薬科大学医療薬学教育研究センター

松浦 克彦 Katsuhiko MATSUURA 山川 雅之 Masayuki YAMAKAWA 渡部 一宏 Kazuhiro WATANABE

図1 がん性悪臭に対する薬物療法実施施設割合(左)と使用薬剤(右)

Page 2: 医療現場に必要な薬剤の市販化に向けた調査・研究50 100 150 200 250 MTZモーズクペリーンスヨダトウマ素イそ製シの剤ン他 外用剤 平成22年度学術委員会学術第4小委員会報告

また,その剤形は外用剤が大多数で,その入手および供給方法は9割以上が院内製剤であった。使用薬剤の上位2剤であったMTZ外用剤およびモーズペーストを比較すると,がん性悪臭に対する外用剤の有効性(消臭効果)に関しては主観的評価にて80%以上の症例で無臭また

は悪臭の減弱と高い満足度を示していた(図2)。ただし,MTZ外用剤とモーズペーストでは使用する病変部の状態が異なると思われる。MTZ外用剤は,病変部の嫌気性菌による感染制御に対し,モーズペーストは,病変部位に塩化亜鉛を塗布しタンパク変性を起こさせ組織

を固定させることを目的に使用される。そのためモーズペーストでは,強い皮膚刺激,炎症,掻痒感などの有害事象が多くみられ患者に苦痛を与えていることが明らかとなった(図3)。 従ってがん性悪臭に限定して有効性および安全性のバランスを考慮するとMTZ外用剤がより適切な薬剤であることが示唆された。 院内製剤の調製量および払い出し量は,いずれもMTZ外用剤のほうが全体的にモーズペーストを上回る結果となったが,年間20㎏以上調製している施設から過去1年間調製していない施設まで,施設間での差が明確となった(図4)。これは調査対象施設,すなわちがん診療連携拠点病院および緩和ケア病棟のある病院のなかで,本製剤を必要

950

効果なし9%

不明6%

無臭21%

悪臭の減弱64%

N=264

MTZ外用剤

効果なし8%

不明9%

無臭16%

悪臭の減弱67%

N=92

モーズペースト

どの薬剤もない74%

不明2% あり

24%

N=328

薬剤不明

0 20 40 60 80施設数 N=78

モーズペースト

MTZ外用剤

クリンダマイシン ・強い刺激・皮膚の炎症・掻痒感  など

不明

0 20 40 60 80

モーズペースト

施設数

院内製剤調製量

過去1年間調製なし

1kg未満

1~5kg

6~10kg

11~20kg

21kg以上

MTZ外用剤

0 20 40 60 80

施設数

払い出し量

不明

モーズペースト

過去1年間調製なし

1kg未満

1~5kg

6~10kg

11~20kg

21kg以上

MTZ外用剤

図2 過去1年間の症例における有効性評価(左:MTZ外用剤,右:モーズペースト)

図4 過去1年間における院内製剤調製量(左)と払い出し量(右)[N=292]

図3 がん性悪臭に対する院内製剤の副作用経験(左)と薬剤の内訳(右)

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とする患者数の偏りがあるためと推察された。 また,調製している院内製剤の保存条件や保存期間も施設ごとに異なる反面,調製に関する手間や品質管理および経済性に関しては共通の問題点と認識していることがわかった(図5)。 最終的にがん性悪臭に対する院内製剤調製を行っている施設では,約85%(266/311施設)が市販化を要望しており,なかでも他剤と比較してMTZに対する要望が非常に多いという調査結果であった(図6)。なお,MTZの市販化要望に際して,適用される病巣部の変化に適した軟膏基剤に関する意見も寄せられ,各施設において現実的な使用状況を想定していることが窺えた。 今回のアンケート調査より,高い回収率の下がん性悪臭に対する外用剤の市販化を要望している施設が非常に多く,特にMTZ外用剤の市販化の必要性が高いことを明確にすることができた。

まとめ

 これまで2年間にわたり継続して調査してきたMTZ外用剤について文献調査および使用調製実態調査が終了し,日病薬会員からの市販化の必要性および要望の声が大きいことが明らかとなった。今後は,本調査研究の結果をエビデンスとしてまとめて,関連学会との協働を視野に入れ,行政および関連製薬企業に対して正式な要望をするためのストラテジーを考えていく予定である。 最後に,本調査にご協力下さいました当該医療機関の医師および薬剤師の皆様方に,心より感謝申し上げます。

引用文献

1)渡辺享平, 後藤伸之ほか:学術委員会学術第4小委員会 院内製剤の市販化に向けた調査・研究, 日本病院薬剤師会雑誌, 46, 1001-1004 (2010).

951

その他

0 50 100 150 200 250 300 350

施設数(複数回答可)

手間がかかる

品質試験ができない

安定性試験ができない

費用が回収できない

保管方法の設定

調製頻度が高い

破棄が多い

完全無菌操作が難しい

どちらともいえない16%要望しない

1%

要望する83%

N=382

未回答

施設数(複数回答可)0 100 200 300 400

MTZ外用剤

モーズペースト

クリンダマイシン

図6 がん性悪臭に対する外用剤の市販化の要望割合(左)と要望する薬剤(右)

図5 院内製剤上の問題点