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地理学習における主題学習と動態地誌学習の再検討 一主題学習の再定義とともに一 小林 正人 キーワード:主題学習、応用地理的学習、動態地誌学習 1.はじめに 2008年3月に告示された中学校新学習指導要領社 会科地理的分野で地誌学習の扱いが大きくなるととも に、地誌学習に主題学習や動態地誌的要素が導入され た。しかし「地誌や系統地理などの体系的枠組みにし たがって学習するのではなく、いくつかの地理的な主 題(テーマ)を設定して学習する方法を地理教育におけ る主題学習という。」(小林2006)と定義される主題学 習の研究は、わが国では十分に進んでいるとは言えな い状況にある(小林2008)。また学習指導要領解説で も「主題学習」に該当する用語は、さまざまな表現が 用いられており、統一されていない(表1)。そのた 表1 高等学校学習指導要領解説地理の 「主題学習」に関するさまざまな表現 改訂 期 高等学校学習指導要領 解説の表記 1960(S35)年 主題 1970(S45)年 主題的探究 主題的な探究法 (topicalapproach) 主 題 的 な学 習 1978(S53)年 主題的な方法 1989(H元)年 主題的方法 1999(Hll)年 【地理 A】主題的方法 【地理 B】主題学習的 め地誌学習と主題学習の関係についても、研究が進ん でいないのが実態である。とくに地誌学習において主 題学習を導入するとはどのようなことなのか、動態地 誌学習と主題学習は似ているがその違いは何かなど、 これらを明らかにしないまま新学習指導要領で主題学 習を展開すれば、地理教育に大きな混乱をもたらすこ とになる。 また地誌学習は、平板で網羅的になりやすい欠点を 持ち、それを克服するために動態地誌が重視されてき た。しかし、動態地誌に関する研究はなされていても、 動態地誌学習の研究は十分に進んでいないのが現状で ある。 そこで本稿では、まず地理学習における主題学習に ついて「topicJ「topical」の訳語と学習指導要領に注 目して考察し、小林の主題学習の定義について再検討 する。次に、それに基づいて動態地誌学習と主題学習 を考察し、地誌学習と主題学習の関係について述べる。 2.rtopic」「tOPical」~問題別方法~ 日本において地理学の方法は、木内(1951)によれば、 a.系統地理的方法「Systematicmethod」、b.地 的方法「Regionalmethod」、C.「tOpicalm をあげている。木内はこの「topicalmethod」を「問 題別方法」と訳し、次のように説明している。「問題別 方法は上述2方法のいずれとも交差するところの言わ ば3次元的立場に立つものである。即ち、甲類として は地理学の本質に関する地域、環境、分布、景観、地 図などの問題を扱い、乙類としては、社会に実際に生 起しつつある資源、人口、土地に関する諸問題、社会 的な摩擦、貧困や災害及びこれが対策としての国土計 画、あるいは国際関係などの諸問題を採り上げていく 方法である。」 地理教育では、朝倉(1955)が木内の3つの地理学の 方法を紹介し、J.R.Whitakerの地誌的組織(Regional Orgami2;ation)と系統的または問題的組織(Systemat Organization or topical organizati して紹介している。そして、「筆者は、高校地理教育の 内容は系統的方法もしくは問題別方法を経(たていと) とし、その間に地誌的内容を緯(よこいと)として織り -9-

地理学習における主題学習と動態地誌学習の再検討jageoedu.jp/img049.pdf · 2009. 10. 18. · 地理学習における主題学習と動態地誌学習の再検討

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  • 地理学習における主題学習と動態地誌学習の再検討

    一主題学習の再定義とともに一

    小林 正人

    キーワード:主題学習、応用地理的学習、動態地誌学習

    1.はじめに

    2008年3月に告示された中学校新学習指導要領社

    会科地理的分野で地誌学習の扱いが大きくなるととも

    に、地誌学習に主題学習や動態地誌的要素が導入され

    た。しかし「地誌や系統地理などの体系的枠組みにし

    たがって学習するのではなく、いくつかの地理的な主

    題(テーマ)を設定して学習する方法を地理教育におけ

    る主題学習という。」(小林2006)と定義される主題学

    習の研究は、わが国では十分に進んでいるとは言えな

    い状況にある(小林2008)。また学習指導要領解説で

    も「主題学習」に該当する用語は、さまざまな表現が

    用いられており、統一されていない(表1)。そのた

    表1 高等学校学習指導要領解説地理の

    「主題学習」に関するさまざまな表現

    改訂期高等学校学習指導要領

    解説の表記

    1960(S35)年 主題

    1970(S45)年

    主題的探究

    主題的な探究法

    (topica l ap p ro ach )

    主題的な学習

    1978(S53)年 主題的な方法

    1989(H 元)年 主題的方法

    1999(H ll)年【地理 A 】主題的方法

    【地理 B 】主題学習的

    め地誌学習と主題学習の関係についても、研究が進ん

    でいないのが実態である。とくに地誌学習において主

    題学習を導入するとはどのようなことなのか、動態地

    誌学習と主題学習は似ているがその違いは何かなど、

    これらを明らかにしないまま新学習指導要領で主題学

    習を展開すれば、地理教育に大きな混乱をもたらすこ

    とになる。

    また地誌学習は、平板で網羅的になりやすい欠点を

    持ち、それを克服するために動態地誌が重視されてき

    た。しかし、動態地誌に関する研究はなされていても、

    動態地誌学習の研究は十分に進んでいないのが現状で

    ある。

    そこで本稿では、まず地理学習における主題学習に

    ついて「topicJ「topical」の訳語と学習指導要領に注

    目して考察し、小林の主題学習の定義について再検討

    する。次に、それに基づいて動態地誌学習と主題学習

    を考察し、地誌学習と主題学習の関係について述べる。

    2.rtopic」「tOPical」~問題別方法~

    日本において地理学の方法は、木内(1951)によれば、

    a.系統地理的方法「Systematicmethod」、b.地誌

    的方法「Regionalmethod」、C.「tOpicalmethod」

    をあげている。木内はこの「topicalmethod」を「問

    題別方法」と訳し、次のように説明している。「問題別

    方法は上述2方法のいずれとも交差するところの言わ

    ば3次元的立場に立つものである。即ち、甲類として

    は地理学の本質に関する地域、環境、分布、景観、地

    図などの問題を扱い、乙類としては、社会に実際に生

    起しつつある資源、人口、土地に関する諸問題、社会

    的な摩擦、貧困や災害及びこれが対策としての国土計

    画、あるいは国際関係などの諸問題を採り上げていく

    方法である。」

    地理教育では、朝倉(1955)が木内の3つの地理学の

    方法を紹介し、J.R.Whitakerの地誌的組織(Regional

    Orgami2;ation)と系統的または問題的組織(Systematic

    Organization or topical organization)を同様の例と

    して紹介している。そして、「筆者は、高校地理教育の

    内容は系統的方法もしくは問題別方法を経(たていと)

    とし、その間に地誌的内容を緯(よこいと)として織り

    -9-

  • 込むことがよいと思う。」と結論づけている。

    また菊地(1955)は、イギリスの中等学校地理のシ

    ラバスを次のように説明している。「一は人間の欲求に

    関するトピック(食物・飲物・衣類・原料・貿易・交

    通など)、二は時事問題に関するトピック(地理的重要

    性のあるもの)とする。このトピックを代表的な地域

    と結合させて、トピック・リージョンズ(問題地域群)

    をつくる。」ここでも「topic」を「問題」と和訳して

    いる。

    以上から、地理学でも地理教育でも1955年当時は、

    「topicJ「topical」は「問題」あるいは「問題別」r問

    題的」と訳し、その方法は系統地理的方法と地誌的方

    法の両方の方法を用い、その内容は社会に実際に生起

    しつつある諸問題を扱うことであった。

    3.rtopicJ「tOPicalJ~問題別方法から主題学習へ~

    1960年版高等学校学習指導要領世界史B(l)で初め

    て主題学習が示された。それは「2 内容」の前文に、

    「その際たとえばシルクロードと東西交渉、イギリス

    の議会政治の発達、西部開拓と南北戦争、露土戦争と

    列強の世界政策、ワイマール体制とその崩壊などのよ

    うな適当な主題を選び」と示されている。

    同地理Aでも「3 指導計画作成および指導上の留

    意事項(4)」で「内容に掲げた各事項と関連させて、

    たとえば、土地改良、資源開発、国土計画、地方計画、

    都市計画、市場調査、産業立地計画などの具体例を適

    宜選んで指導し、地理の応用面についての興味と関心

    を高めることが望ましい。」と示され、同解説では「主

    題は例示であって」「その他の適切な主題を取り上げて

    も」と示されている。これらの主題は「地理の応用面

    について」と記されていることから、応用地理学つま

    り木内が示すところの問題別方法の内容の例示ととら

    えることができる。しかし世界史Bも地理Aも主題の

    具体例が示されたにすぎず、主題学習の原理について

    は記されていない。

    1970年版高等学校学習指導要領では、主題学習が日

    本史にも拡充され、世界史では内容の取り扱いに主題

    学習の目的が「歴史的思考力をいっそう深めるため」と

    明記されるとともに、主題設定の観点が「a 政治的、

    経済的、社会的、文化的、国際的な諸点から、多角的、

    総合的に学習できるもの」「b 世界の歴史上の事象

    について、地域ごとの比較考察的な、あるいは地域相

    互の関連的な学習のできるもの」「C 世界の歴史上の

    事象の発展を、時代別、地域別にある程度大きくまと

    めて学習できるもの」の3つが示された。また主題学

    習の方法は同解説に「可能な限り、生徒の自発的な活

    動を中心に学習を展開することが望ましい。」と示され、

    主題学習の目的、主題設定の観点、主題学習の方法が

    示されたことによって、世界史は学習指導要領におけ

    る主題学習の原理が確立された(原田2000)。

    一方地理Aでは同解説に「主題的な探究法」が記さ

    れ、「地域的学習と系統地理的学習とは、主題的な学習

    という探究法を媒体として、いっそう緊密に結ばれる

    ようになった。」とされるとともに、「主題的な探究は、

    現代社会の当面する諸問題を解決するために進められ

    ている既成の諸科学の境界領域の開発と総合化を反映

    したものでもあるから」とされている。ここでは木内

    の示した地理学の第3の方法である問題別方法のこと

    を指しているように読み取ることができるが、地理A

    では世界史のように主題学習の原理が示されることは

    なく、定義付けもなされていない。そして主題学習の

    原理や定義を明らかにしないまま、同解説では

    「Tbpicalapproach」の和訳を「主題的な探究法」と

    した。このため地理学の第3の方法である「topicd

    method」の「topical」と重なり、「問題別方法」とい

    う訳語に、新たに「主題的な探究法」という訳語が重

    なることになった。

    ところで、表2によれば「topical」の和訳は「話題

    の」「時事問題の」という訳がふさわしく、「主題」の

    英訳は「SubjectJ「theme」がふさわしいことから、

    「topicJ「topical」の和訳は「問題」あるいは「問題

    別」「問題的」とするのが妥当であると考えられる。

    表2 「topiGaI」と「主題」の訳語について

    「top ical 」 の和訳

    「話題 の」「時事問題の」「題 目の」

    「項 目の」 の順 になってい る。

    「主題」 とい う語 はみあた らず、

    「題 目の」 が最 も近い。

    「主題」 の英訳

    「su bjectJ 「th em e J 「m oti v e」

    の順 に なってい る。

    「top ic」 とい う語 は み あた らな

    い。

    出典:ジーニアス英和<第3版>和英辞典・大修館書店

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