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『高等学校 新現代社会』(現社-307)p.152-155 『アクセス現代社会 2015』p.246-253 学習のねらい 地域経済統合の形成が生じさせる,国際社会のわく組みの変化にはどのようなものがある のか確認してみよう。日本の取り組みについても確認し,国益や地域経済統合の利益を確保する立場からとら え,経済的な側面からの動向を中心に,生じる変化と対応することが求められる課題について考えてみよう 。 現代社会へのとびら 2015 年度3学期号 付録 地域経済統合をめぐる動き 社会のながれをつかむ! 自由貿易の推進と地域経済統合の進行 世界のおもな地域経済統合 日本のFTA・EPA交渉の進捗状況 自由貿易貿易に何も制限をかけないで取り引きを行う貿易 各国が得意な分野の生産を拡大し,生産効率を高めて貿易を行うことで,おたがい の利益を確保することができる。 保護貿易国内産業を保護するため,関税をかけたり輸入制限を行う貿易 国家間での対抗措置を招き,貿易上の摩擦を引き起こすことがある。 自由貿易の実現 自由貿易を支持するなか での自国の利益の確保 VS 自由貿易の推進がはかられるなかで… カナダ 日本 オーストラリア アメリカ メキシコ アルゼンチン ブラジル ロシア サウジアラビア 中国 インド 世界のおもな地域経済統合と自由貿易圏など EU(欧州連合) (28か国) ASEAN(東南アジア諸国連合) (10か国) NAFTA(北米自由貿易協定) (3か国) ※加盟国数は2014年,GDPと貿易額は2009年,人口は2008年 MERCOSUR(南米南部共同市場) (5か国) APEC(アジア太平洋経済協力) (21か国・地域) GCC(湾岸協力会議) (6か国) エイペック TPP交渉参加国 (2014年12月現在) NAFTA 人口 4.4億人 GDP 16.5兆ドル 貿易額 3.8兆ドル EU 人口 5.0億人 GDP 16.4兆ドル 貿易額 9.2兆ドル GCC 人口 0.4億人 GDP 0.9兆ドル 貿易額 0.8兆ドル ASEAN 人口 5.8億人 GDP 1.5兆ドル 貿易額 1.5兆ドル MERCOSUR 人口 2.7億人 GDP 2.3兆ドル 貿易額 0.4兆ドル EPAの発効状況 オーストラリア ペルー インド ベトナム スイス フィリピン ASEAN ブルネイ インドネシア タイ チリ マレーシア メキシコ シンガポール 2006年以前 2002年発効 9月発効 2005年開始 発効 4月発効 7月発効 9月発効 11月発効 7月発効 7月発効 12月発効 12月発効 9月発効 8月発効 3月発効 4月発効 1月発効 10月発効 2005年開始 2004年開始 2004年開始 2004年開始 2005年開始 2005年開始 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2006年以前 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 EPA・FTA交渉状況 トルコ TPP RCEP EU 日中韓 コロンビア カナダ モンゴル AJCEP (外務省ホームページ) 2015年7月現在 世界の国々は,自 由貿易と保護貿易 の狭間で,自国の 経済的な利益を確 保するための方法 を主張しながら貿 易にのぞんでいる。 関税と貿易に関する一般協定(GATT:1948 ~ 1995) 自由貿易の実現 無差別貿易の実現 ラウンド(多国間)交渉 •ケネディ・ラウンド •東京ラウンド •ウルグアイ・ラウンド 関税率(鉱工業製品)の引き下げ 非関税障壁(輸入数量制限)の解消 交渉テーマ(農産物自由化,サービス貿易,知的財産権など)の拡大 GATTの貿易における紛争処理能力を強化 ドーハ・ラウンド(2001~)以降 発展途上国VS先進国 …多国間交渉の難航 世界貿易機関(WTO:1995 ~) 自由貿易協定(FTA) 特定の国や地域の間で,物品の関税やサービス貿易の障壁などを 削減・撤廃することを目的とする協定 地域経済統合 経済連携協定(EPA) 貿易の自由化に加え,投資,人の移動,知的財産の保護や競争政 策におけるルールづくり,さまざまな分野での協力の要素などを含 む,幅広い経済関係の強化を目的とする協定 -GAT Tは協定- WTO発足時に,国際機 関として引きつがれた。 日本のFTAやEPAの取り組みの変化 →メガFTA成立に向けた交渉の拡大 AJCEP …… 日・ASEAN包括的経済連携協定 (ASEAN:東南アジア諸国連合=タイ・インドネシア・シンガポール・フィリピン・ マレーシア・ブルネイ・ベトナム・ミャンマー・ラオス・カンボジア) RCEP ……… 東アジア地域包括的経済連携 (ASEANと日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・インドが参加) TPP ………… 環太平洋戦略的経済連携協定 アメリカ・オーストラリア・日本・ペルー・ベトナム・マレーシア・メキシコ・ カナダ・シンガポール・ニュージーランド・チリ・ブルネイが参加

地域経済統合をめぐる動き - 帝国書院...NAFTA 人口 4.4億人 GDP 16.5兆ドル 貿易額 3.8兆ドル EU 人口 5.0億人 GDP 16.4兆ドル 貿易額 9.2兆ドル GCC

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Page 1: 地域経済統合をめぐる動き - 帝国書院...NAFTA 人口 4.4億人 GDP 16.5兆ドル 貿易額 3.8兆ドル EU 人口 5.0億人 GDP 16.4兆ドル 貿易額 9.2兆ドル GCC

『高等学校 新現代社会』(現社-307)p.152-155『アクセス現代社会 2015』p.246-253

■学習のねらい 地域経済統合の形成が生じさせる,国際社会のわく組みの変化にはどのようなものがあるのか確認してみよう。日本の取り組みについても確認し,国益や地域経済統合の利益を確保する立場からとらえ,経済的な側面からの動向を中心に,生じる変化と対応することが求められる課題について考えてみよう 。

 現代社会へのとびら 2015 年度3学期号 付録

地域経済統合をめぐる動き社会のながれをつかむ!

■ 自由貿易の推進と地域経済統合の進行 ■ 世界のおもな地域経済統合

■ 日本のFTA・EPA交渉の進捗状況

自由貿易…貿易に何も制限をかけないで取り引きを行う貿易 各国が得意な分野の生産を拡大し,生産効率を高めて貿易を行うことで,おたがいの利益を確保することができる。

保護貿易…国内産業を保護するため,関税をかけたり輸入制限を行う貿易 国家間での対抗措置を招き,貿易上の摩擦を引き起こすことがある。

自由貿易の実現 自由貿易を支持するなかでの自国の利益の確保VS

自由貿易の推進がはかられるなかで…

カナダ

日本

オーストラリア

アメリカ

メキシコ

アルゼンチン

ブラジル

ロシア

サウジアラビア

中国

インド

世界のおもな地域経済統合と自由貿易圏などEU(欧州連合)(28か国)

ASEAN(東南アジア諸国連合)(10か国)

NAFTA(北米自由貿易協定)(3か国)※加盟国数は2014年,GDPと貿易額は2009年,人口は2008年 

MERCOSUR(南米南部共同市場)(5か国)

APEC(アジア太平洋経済協力)(21か国・地域)

GCC(湾岸協力会議)(6か国)メ ル コ ス ー ルア セ ア ン

ナ フ タ エイペック

TPP交渉参加国(2014年12月現在)

NAFTA

人口 4.4億人

GDP 16.5兆ドル

貿易額 3.8兆ドル

EU

人口 5.0億人

GDP 16.4兆ドル

貿易額 9.2兆ドル

GCC

人口 0.4億人

GDP 0.9兆ドル

貿易額 0.8兆ドルASEAN

人口 5.8億人

GDP 1.5兆ドル

貿易額 1.5兆ドル

MERCOSUR

人口 2.7億人

GDP 2.3兆ドル

貿易額 0.4兆ドル

EPAの発効状況

オーストラリアペルーインドベトナムスイスフィリピンASEANブルネイインドネシアタイチリマレーシアメキシコシンガポール

2006年以前2002年発効 9月発効

2005年開始 発効

4月発効7月発効

9月発効11月発効

7月発効7月発効12月発効12月発効

9月発効

8月発効3月発効

4月発効

1月発効

10月発効

2005年開始

2004年開始

2004年開始

2004年開始2005年開始

2005年開始

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

2006年以前 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015EPA・FTA交渉状況

トルコTPPRCEPEU日中韓コロンビアカナダモンゴルAJCEP

(外務省ホームページ)

2015年7月現在

世界の国々は,自由貿易と保護貿易の狭間で,自国の経済的な利益を確保するための方法を主張しながら貿易にのぞんでいる。

関税と貿易に関する一般協定(GATT:1948~ 1995)●自由貿易の実現●無差別貿易の実現●ラウンド(多国間)交渉   •ケネディ・ラウンド   •東京ラウンド    •ウルグアイ・ラウンド●関税率(鉱工業製品)の引き下げ●非関税障壁(輸入数量制限)の解消●交渉テーマ(農産物自由化,サービス貿易,知的財産権など)の拡大

●GATTの貿易における紛争処理能力を強化●ドーハ・ラウンド(2001~)以降 発展途上国VS先進国

…多国間交渉の難航

世界貿易機関(WTO:1995~)

自由貿易協定(FTA) 特定の国や地域の間で,物品の関税やサービス貿易の障壁などを削減・撤廃することを目的とする協定

地域経済統合

経済連携協定(EPA) 貿易の自由化に加え,投資,人の移動,知的財産の保護や競争政策におけるルールづくり,さまざまな分野での協力の要素などを含む,幅広い経済関係の強化を目的とする協定

-GATTは協定-WTO発足時に,国際機関として引きつがれた。

日本のFTAやEPAの取り組みの変化 →メガFTA成立に向けた交渉の拡大

AJCEP………日・ASEAN包括的経済連携協定     (ASEAN:東南アジア諸国連合=タイ・インドネシア・シンガポール・フィリピン・     マレーシア・ブルネイ・ベトナム・ミャンマー・ラオス・カンボジア)

RCEP…………東アジア地域包括的経済連携     (ASEANと日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・インドが参加)

TPP……………環太平洋戦略的経済連携協定     (アメリカ・オーストラリア・日本・ペルー・ベトナム・マレーシア・メキシコ・     カナダ・シンガポール・ ニュージーランド・チリ・ブルネイが参加)

Page 2: 地域経済統合をめぐる動き - 帝国書院...NAFTA 人口 4.4億人 GDP 16.5兆ドル 貿易額 3.8兆ドル EU 人口 5.0億人 GDP 16.4兆ドル 貿易額 9.2兆ドル GCC

『高等学校 新現代社会』(現社-307)p.152-155『アクセス現代社会 2015』p.246-253

■学習のねらい 地域経済統合の形成が生じさせる,国際社会のわく組みの変化にはどのようなものがあるのか確認してみよう。日本の取り組みについても確認し,国益や地域経済統合の利益を確保する立場からとらえ,経済的な側面からの動向を中心に,生じる変化と対応することが求められる課題について考えてみよう 。

 現代社会へのとびら 2015 年度3学期号 付録

地域経済統合をめぐる動き社会のながれをつかむ!

■ 自由貿易の推進と地域経済統合の進行 ■ 世界のおもな地域経済統合

■ 日本のFTA・EPA交渉の進捗状況

自由貿易…貿易に何も制限をかけないで取り引きを行う貿易 各国が得意な分野の生産を拡大し,生産効率を高めて貿易を行うことで,おたがいの利益を確保することができる。

保護貿易…国内産業を保護するため,関税をかけたり輸入制限を行う貿易 国家間での対抗措置を招き,貿易上の摩擦を引き起こすことがある。

自由貿易の実現 自由貿易を支持するなかでの自国の利益の確保VS

自由貿易の推進がはかられるなかで…

カナダ

日本

オーストラリア

アメリカ

メキシコ

アルゼンチン

ブラジル

ロシア

サウジアラビア

中国

インド

世界のおもな地域経済統合と自由貿易圏などEU(欧州連合)(28か国)

ASEAN(東南アジア諸国連合)(10か国)

NAFTA(北米自由貿易協定)(3か国)※加盟国数は2014年,GDPと貿易額は2009年,人口は2008年 

MERCOSUR(南米南部共同市場)(5か国)

APEC(アジア太平洋経済協力)(21か国・地域)

GCC(湾岸協力会議)(6か国)メ ル コ ス ー ルア セ ア ン

ナ フ タ エイペック

TPP交渉参加国(2014年12月現在)

人口 4.4億人

GDP 16.5兆ドル

貿易額 3.8兆ドル

人口 5.0億人

GDP 16.4兆ドル

貿易額 9.2兆ドル

人口 0.4億人

GDP 0.9兆ドル

貿易額 0.8兆ドル 人口 5.8億人

GDP 1.5兆ドル

貿易額 1.5兆ドル

人口 2.7億人

GDP 2.3兆ドル

貿易額 0.4兆ドル

NAFTA

GCC

ASEAN

MERCOSUR

NAFTA

GCC

ASEAN

MERCOSUR

EUEU

EPAの発効状況

オーストラリアペルーインドベトナムスイスフィリピンASEANブルネイインドネシアタイチリマレーシアメキシコシンガポール

2006年以前2002年発効 9月発効

2005年開始 発効

4月発効7月発効

9月発効11月発効

7月発効7月発効12月発効12月発効

9月発効

8月発効3月発効

4月発効

1月発効

10月発効

2005年開始

2004年開始

2004年開始

2004年開始2005年開始

2005年開始

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015

2006年以前 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015EPA・FTA交渉状況

トルコTPPRCEPEU日中韓コロンビアカナダモンゴルAJCEP

(外務省ホームページ)

2015年7月現在

世界の国々は,自由貿易と保護貿易の狭間で,自国の経済的な利益を確保するための方法を主張しながら貿易にのぞんでいる。

関税と貿易に関する一般協定(GATT:1948~ 1995)●自由貿易の実現●無差別貿易の実現●ラウンド(多国間)交渉   •ケネディ・ラウンド   •東京ラウンド    •ウルグアイ・ラウンド●関税率(鉱工業製品)の引き下げ●非関税障壁(輸入数量制限)の解消●交渉テーマ(農産物自由化,サービス貿易,知的財産権など)の拡大

●GATTの貿易における紛争処理能力を強化●ドーハ・ラウンド(2001~)以降 発展途上国VS先進国

…多国間交渉の難航

世界貿易機関(WTO:1995~)

自由貿易協定(FTA) 特定の国や地域の間で,物品の関税やサービス貿易の障壁などを削減・撤廃することを目的とする協定

地域経済統合

経済連携協定(EPA) 貿易の自由化に加え,投資,人の移動,知的財産の保護や競争政策におけるルールづくり,さまざまな分野での協力の要素などを含む,幅広い経済関係の強化を目的とする協定

-GATTは協定-WTO発足時に,国際機関として引きつがれた。

日本のFTAやEPAの取り組みの変化 →メガFTA成立に向けた交渉の拡大

AJCEP………日・ASEAN包括的経済連携協定     (ASEAN:東南アジア諸国連合=タイ・インドネシア・シンガポール・フィリピン・     マレーシア・ブルネイ・ベトナム・ミャンマー・ラオス・カンボジア)

RCEP…………東アジア地域包括的経済連携     (ASEANと日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランド・インドが参加)

TPP……………環太平洋戦略的経済連携協定     (アメリカ・オーストラリア・日本・ペルー・ベトナム・マレーシア・メキシコ・     カナダ・シンガポール・ ニュージーランド・チリ・ブルネイが参加)

地域経済統合にかかわるトピックス

1 地域経済統合を世界貿易機関(WTO)の活動と関連させて考えてみよう⑴ 貿易について理解しているだろうか いずれの国家も自国で必要とするモノのすべてを自前で確保することは容易なことではない。資源のかたよりや技術力の違いがあり,経済的な生産効果をあわせて考えると,それぞれの国が得意とする分野の生産を拡大し,必要とするモノは相互に貿易によって手に入れ,おたがいの利益を確保することが効率的である。貿易を行う際,関税をかけたり数量に制限を設けたりしない取り引きが自由貿易である。ただ,自由貿易は,国内の産業と競合したり,安価で同質以上の外国製品があると,貿易により自国の産業が衰退したりしてしまうこともある。そのような場合,国家としては国内産業を保護するため,関税をかけたり数量制限を設けたりする保護貿易を選択することもできる。貿易はどのような形態で行われることが望ましいことであるのか考えてみよう。⑵ 世界貿易機関(WTO)との関係 地域経済統合が実現しようとする状態は,自由貿易を世界的な規模で実現することを目的としているWTOとどのような関係になっているのか理解しているだろうか。WTOではラウンドとよばれる会議を重ねている。先進国と発展途上国の間における貿易において自由貿易の形態では発展途上国の利益を確保することが困難であることから,自由貿易を確立する結論にいたらない状況が続いている。その状況のなかで相互依存の関係を構築

することができる国家間で,WTOよりも先行して,当該国間で自由貿易の実現をはかる動きがある。これが自由貿易協定(FTA)であったり,経済連携協定(EPA)であったりする。FTAやEPAは締約国間でのみ自由貿易や取り決めが運用される。国際社会において,どちらの取り組みが公平であり,公正であるのか考えてみよう。⑶ FTAとEPAの関係について 国家間における経済上の相互依存関係を貿易による取り引きの分野において自由貿易を成立させるわく組みが自由貿易協定(FTA)である。他方,経済上の相互依存関係は,投資のルールや保険のしくみなど金融関係全般のしくみや,各国の労働市場を締約国間で開放する取り組みなど,貿易以外にもその分野は多岐にわたっている。それらの分野においても,障壁を撤廃して経済的な連携を構築する取り組みが経済連携協定(EPA)である。EPAはいわばFTAの分野を拡大した状態ととらえることができる。国家が他国と経済における相互依存関係を構築しようとするとき,FTAとEPAをどのような形で成立させていくことが効果的であるのか考えてみよう。ある国が他の国々と個別にFTAやEPAを成立させていったとき,その内容に違いが生じていたらどのような問題が発生するだろうか。問題が発生した場合の対応策にはどのような方法があるのだろうか。「最恵国待遇」をキーワードとして考えてみよう。2 地域経済統合におけるメリットとデメリットを経済的側面から考えたことがあるだろうか 地域経済統合は国際社会における諸問題において共通の認識を形成しようとしている国家の集合

体であるといえる。そのつながりとしてFTAやEPAが存在している。メリットは,締約国どうしでは自由貿易が実現するため,相互に貿易が拡大することである。貿易の拡大が国家の経済力の増大に反映されていけば,国外からの投資の増大へとつながりさらなる経済発展を期待することができる。EPAにより,国内外からの投資の拡大や労働市場の開放による労働力不足の解消は,経済の規模の拡大や発展へと展開していくことが考えられる。デメリットとしては,取り引き相手国により貿易にかかわるルールが異なったり,投資が行われてもすべての国家に均等に行われるわけではないため経済格差が生じたりすることが考えられる。民族,言語,宗教,経済水準,生活習慣,国民性の違いなど,地域性にもよるが,人的交流や労働市場の開放にも課題が生じる。どうしたらよいのだろうか。3 日本の取り組みについて 国際社会における地域経済統合の動向に日本はどのようにかかわっているのだろうか。かつては関税と貿易に関する一般協定(GATT)によって形成された貿易のルールに,WTOのもとでも日本はその方針を維持し続けた。今,FTAやEPAを軸とした二国間関係や既存の地域経済統合との関係を構築しようとしている。従来の貿易スタイルとは異なる,新たなわく組みを形成しようとしている。地域経済統合との相互依存関係を形成したり,日本が地域経済統合に参加したりする状況のなかで形成されていくであろう新たなルールをどのような視点から考え判断したらよいのか話し合ってみよう。

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1 はじめに 主権国家において国益を確保することは,国民の生活を成り立たせるために必要な行為である。その方法は多岐にわたり,争いの原因となったこともあれば,他国との協力関係を構築したこともある。グローバル化が進展するなかで,共通のルールのもと,人類益の確保がかなうことが理想であるが,理想を理解しつつ,利益の共有をリージョナルな活動のなかで確保しようとする取り組みがある。この取り組みを多角的な視点からとらえることができるよう,生徒にはたらきかけてみたい。2 学習指導要領上の取り扱いについて 現代社会における地域経済統合(学習指導要領では地域的経済統合)の取り扱いは,大項目「⑵ 現代社会と人間としての在り方生き方」の,「オ 国際社会の動向と日本の果たすべき役割」で示されている。グローバル化をキーワードとして地域経済統合に向き合うと,その背景や影響を考察するにあたり,経済分野だけでなく,政治面での動向,歴史的なつながりや文化的な要因にいたるまで,幅広い知識のうえにたって考察することなしに,正確な理解にいたることができないことが考えられる。その分だけ,多角的な視点から学習内容を生徒に理解させたり,考察させたりするアプローチの方法が存在しているといえる。生徒には,国際社会のなかで,日本人の立場から,主体的な主張を行うことができる力を身につけることの大切さを自覚させたい。3 地域経済統合の背景⑴ 自由貿易と保護貿易 世界経済の動向のなかで,貿易の形態と国家のかかわりについて生徒に確認させておきたい。貿易の形態には自由貿易と保護貿易がある。自由貿易は貿易に何も制限をかけないで取り引きを行う貿易で,各国が得意な分野の生産を拡大し,生産効率を高めて貿易を行うことで,おたがいの利益を確保することができる。保護貿易は国内産業を保護するため,関税をかけたり輸入制限を行う貿易である。世界経済は自由貿易の実現を理想としている。生徒にはこれらの定義から日本の国際経済とのかかわりが

どのような位置づけとなっているのかを考察させたい。自由貿易か保護貿易かの二者択一ではなく,自由貿易と保護貿易の間で日本はどのような主張と交渉を行っているのかを確認させたい。⑵ 世界貿易機関(WTO)の現状について WTOは,自由貿易の実現をめざして取り組みを行ってきた関税と貿易に関する一般協定(GATT)の権限を強化するため,協定から機関へと組織化されて活動を開始した。活動期間はすでに20年に達している。GATTでは関税率の引き下げや非関税障壁の撤廃,自由貿易の対象分野の拡大など,ラウンド(会議)の回数を重ねながら結果を残してきた。WTOにおいては残念ながらこの状況にいたってはいない。自由貿易を主張する先進国と,保護貿易を主張する発展途上国の間で話し合いがまとまらないことが原因である。生徒には自由貿易の実現をはかることで自国の利益をはかろうと主張する先進国と,自由貿易に理解を示しつつも保護貿易によって自国の利益を優先的に確保しようとする発展途上国のそれぞれの立場に立って意見の交換を行わせることができる。生徒には,貿易において相互依存関係が成立し,水平貿易の形態による利益の確保が比較的可能な先進国と,相互依存関係が成立せず,自由貿易により自国の産業が先進国の経済にたちうちできず,垂直貿易の形態となり利益の確保が困難となる発展途上国の状況について理解していることを求めたい。4 地域経済統合の動向⑴ 組織形成の目的 国際社会に形成されている地域経済統合は,それぞれの組織が独自の組織形成の目的をもっている。主たる目的は経済面における貿易による利益の確保である。組織によっては安全保障の面での連携を構築しているものもあれば,政治的な統合を最終的な目的としているものもある。地域経済統合は経済関係のみのつながりではないことを生徒に確認させたうえで,共通の目的があっても,異なる国家同士がそのわく組みをこえて統合の体制を推進するときに生じるであろう問題について考察させることが

できる。この考察の視点は,そのまま地域経済統合の内容をどのような分野からとらえるのかという視点ともなる。生徒には,それぞれの視点,それぞれの立場が存在することを理解させたうえで,自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)について考察させたい。⑵ WTOと地域経済統合における貿易の形態について グローバルな規模による自由貿易のさらなる拡大を実現しようとしているWTOの取り組みと地域経済統合によって確立されている貿易の形態は,対立している構造ではないことを,生徒に確認させたい。地域経済統合は特定の国家間において締結されている組織形態である。その点においてはかつてのブロック経済体制にも通じるところがある。地域経済統合が,域外の国家に対して閉鎖的となることも起こりうる。ただ,地域経済統合の内部においては自由貿易のルールが整備,拡大され,相互依存関係のなかで利益を追求することが可能となっている。自由貿易の実現という点においては共通性があり,その実現において異なる方法が採用されている。どの国においても貿易上の恩恵にあずかるためには今後世界経済はどのような方向に歩みを進めればよいのか,生徒に考察させたい。⑶ 自由貿易協定(FTA)と経済連携協定(EPA) 地域経済統合を構成するにあたり,経済的なわく組みの核となっているつながりがFTAやEPAである。FTAは締約国間の貿易において関税の撤廃や輸入数量制限などの非関税障壁の撤廃を行うことで,締約国間における貿易の自由化を実現しようとする取り組みである。FTAでは,締約国以外の国々に対する関税を統一して対応する関税同盟を成立させ,そのつながりをより強固にする対応を行うこともできる。FTAのわく組みに貿易以外の要因を加え,より多くの分野で経済的な連携の強化をはかる取り組みがEPAである。EPAでは,投資にかかわるルールの共通化や労働市場の開放など,それまでの国内経済のわく組み自体を大きく変動させる状況にまで対象を拡大させていくことが構想されたり,実行されたりしている。このようなFTAやEPAの取り組みを推進することのメリットと,推進することで生じてくるデメリットについて考察させることができる。 FTAは経済における諸問題において共通の認識を形成しようとしている国家の集合体であるといえる。GATTやWTOでの交渉が難航してきたように,世界規模での自由貿易体制の構築は,同意が得られないため実現が難しい。WTO発足後のドーハ・ラウンドでは,投資ルールや電子商取引などの問題も加わる一方,農産物輸入国と農産物輸出国,先進国と発展途上国の対立も顕著になってきた。貿易の国・地域や分野・品目が拡大するにつれて,多国間交渉が困難になっている。しかし,地理的に近く,同じような国が集まる特定地域ではそれが成立しやすい。締約国同士では自由貿易が実現する

方向に進展するため,相互に貿易が拡大する。貿易が拡大し,国家の経済力が増大していけば,FTAの内外を問わず,国外からの投資が増大することも期待できる。EPAへと経済関係を拡大することにより,国内外からの投資の対象が拡大することや,労働市場の開放により,不足している労働力の確保が期待できる。また,人口動態における問題が生じている国家は,解消に向けた取り組みとして人口移動にかかわる事がらを政策として立ち上げることができる可能性もある。 デメリットとしては,FTAの成立により締約国と非締約国間における関税や非関税障壁の違いが生じるケースが非常に多くなり,取り引き相手国により貿易にかかわるルールが複雑になったり繁雑になったりしてしまうことがある。FTAの取り決めの域外共通関税がある場合などは,締約国外の安い関税の商品の取り引きを優先的に行うことができないケースが生じることもある。投資もすべての国家に均等に行われるわけではなく,締約国間の経済的な格差を拡大する要因となることも考えられる。労働市場の開放では,民族,言語,宗教,経済水準,生活習慣,国民性の違いなど,地域性にもよるが,日常生活レベルで共通理解を形成しなければならない問題が存在する。地域経済統合の課題である。⑷ 国際社会の動向と日本の動向 地域経済統合への動きは第二次世界大戦の終了まもない時期にヨーロッパで現れてきた。1950年代以降,現在の欧州連合(EU)につながる組織の変遷があり,政治・経済・安全保障など多岐にわたった統合がめざされている。多くの地域経済統合はFTAやEPAなどの経済面での連携が締約の中核となっている。欧州自由貿易連合(EFTA),北米自由貿易協定(NAFTA),ASEAN自由貿易圏(AFTA)などがGATTのラウンド交渉と並行して形成された。 日本はWTOにおける動向を注視しながら,地域経済統合への関係を形成してきた経緯がある。東南アジア諸国連合(ASEAN)+3(日本・中国・韓)やアジア太平洋経済協力(APEC)への参加などにその取り組みをみることができる。経済連携を積極的に進め,既存の地域経済統合と連携交渉などを始めたのは21世紀になってからである。二国間交渉や地域経済統合との交渉,日本が加わることによる新たな地域経済統合の形成などさまざまな分野でのはたらきかけが行われている。5 おわりに 地域経済統合は,政治的・経済的・文化的要因とその背景にある歴史的な経緯を理解することなく考察することはできない。主権国家をこえたわく組みと向き合うなかで,生徒には,国益と地域経済統合の利益と人類益のあり方について,相互依存が求められるグローバルな視点を意識させながら考えさせたい。

解説・授業での活用例

●現代社会へのとびら 2015年度3学期号 付録(社会のながれをつかむ!)

*�この面は指導用,裏面は生徒用,ポスターは,掲示用にお使いください。

帝国書院

地域経済統合をめぐる動き