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8 2015 Vol.11 No.8 2015 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration https://sangakukan.jp/journal/ 特集 鉄鋼インフラの長寿命化に資するさびの科学と反応性塗料の創製 空気圧アクチュエーターを用いた高機能義手 足袋型シューズの産学連携での開発と海外への飛躍 超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンの開発 独自技術を活かす 「科学」で「技術」を支援する 女性研究者 産学連携・技術移転活動による 地方創生の可能性 栗原和枝  東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 多元物質科学研究所 教授          

「科学」で「技術」を支援する 女性研究者 · 究員、1992年名古屋大学大学院工学研究科助教授を経て、2010 年より現職。1997年日本女性科学者の会奨励賞、2000年日本化

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Page 1: 「科学」で「技術」を支援する 女性研究者 · 究員、1992年名古屋大学大学院工学研究科助教授を経て、2010 年より現職。1997年日本女性科学者の会奨励賞、2000年日本化

82015

Vol.11 No.8 2015

Journal of Industry-Academia-Government Collaboration

https://sangakukan.jp/journal/

特集

■ 鉄鋼インフラの長寿命化に資するさびの科学と反応性塗料の創製

■ 空気圧アクチュエーターを用いた高機能義手

■ 足袋型シューズの産学連携での開発と海外への飛躍

■ 超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンの開発

独自技術を活かす

「科学」で「技術」を支援する 女性研究者

産学連携・技術移転活動による地方創生の可能性

栗原和枝 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構多元物質科学研究所 教授          

Page 2: 「科学」で「技術」を支援する 女性研究者 · 究員、1992年名古屋大学大学院工学研究科助教授を経て、2010 年より現職。1997年日本女性科学者の会奨励賞、2000年日本化

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CONTENTS

Vol.11 No.8 2015

 巻 頭 言

日本医療研究開発機構が目指すもの 末松 誠 ……… 3

「科学」で「技術」を支援する女性研究者 栗原和枝 ……… 4

 特 集  

独自技術を活かす 鉄鋼インフラの長寿命化に資する さびの科学と反応性塗料の創製 山下正人 …… 11

空気圧アクチュエーターを用いた高機能義手 ─産学連携で柔軟な義手の開発を目指す─ 市川裕則 …… 14

足袋型シューズの産学連携での開発と 海外への飛躍 藤原貴典 /岡本伸司 …… 16

超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンの開発 小柳 悟 …… 18

産学連携・技術移転活動による地方創生の可能性─徳島大学と阿波銀行の連携協力協定の実践から─ 坂井貴行 …… 21

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用小型加速器開発と産学官連携 吉岡正和 …… 24

研究者リレーエッセイ泥くさく、企業の現場を歩き続ける研究アプローチ 野長瀬裕二 …… 27

海外トレンド米国コーネル大学における知的財産の商業化手法─技術移転手法を米国のローカル大学に学ぶ─ 土居修身 …… 29

 イベントレポート

産学連携学会第13 回大会「地方における大学の活用」がキーワード …… 33

視 点  公的機関の音頭取りとかじ取りのバランス/     産学官連携専門人材の流動化を促進すべき …… 35

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Vol.11 No.8 2015 3

巻 頭 言

国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development、 以下「AMED」)は、医療分野の研究開発およびその環境整備の中核的な役割を担う機関として、この 4月に誕生した。AMEDの使命は、基礎研究や臨床研究から生まれた医療分野の成果を実用化して一刻でも早く患者さんに届けることである。そのために文部科学省・経済産業省・厚生労働省の医療分野の研究開発に関する予算を一元化し、“目利き”のレビューに基づいて資金を配分することで産学官の連携を強化するとともに、基礎から実用化まで一貫した研究のマネジメントを推進する。また知的財産に関する専門家、臨床研究や治験をサポートする専門人材による研究の支援等を通して研究開発環境の整備を行うことを通じて、世界最高水準の医療・サービスの実現や健康長寿社会の形成を目指している。政府が定めた健康 ・医療戦略における九つの重点施策のうち、特に産学官の連携が重要なのが

「医薬品研究開発」、「医療機器研究開発」である。わが国の医薬品 ・医療機器の輸入超過額は年間2.5 兆円に上るが、この領域の研究開発の国際競争力を高めることにより、今後日本の成長を支える主要産業としていく必要がある。このため、AMEDでは「オールジャパンでの医薬品創出」「オールジャパンでの医療機器開発」

として、国際競争力の高い国産の医薬品および医療機器の研究開発を目指している。医薬品創出は、創薬支援戦略部で「産学協働スクリーニングコンソーシアム」(通称DISC)を立ち上げ、製薬企業が所有する化合物等の物質を有効活用し、大学等の学術研究機関で見込みの高い創薬シーズを導出し、産学連携により新薬開発の可能性を高める取り組みを始めた。医療機器開発は、産学連携部で基礎研究から臨床研究・治験に至る各フェーズにおいて、大学等の最先端技術シーズをもとに、わが国が強みを有するロボット技術や IT(情報技術)、中小企業のものづくり技術を活用した研究開発を行っている。現場の医師のニーズから発想した開発を行うためには、臨床現場で起きている状況をタイムリーに把握することが極めて重要である。産業側、特に日本が得意とするものづくりの企業からは、医療用途としては考えていなかった金属材料やセラミック加工品などが産学連携によって医療分野にもたらされることを期待している。AMEDは研究開発を推進するために、二つの連携を意識している。一つ目は異なる研究開発主体・手法を融合させる連携であり、大学における基礎研究の成果と企業・医療機関等における応用研究や臨床研究を有効に組み合わせるものである。二つ目は異なる研究開発フェーズをシームレスにつなぐ連携であり、研究開発の成果を原理の発見からヒトを対象とする POC(Proof of Concept、概念実証)の確立、さらには臨床上の効果の確認(治験を含む)へと進展させるものである。これらの「連携」により、研究開発成果の最大化と実用化を加速し、患者さんにいち早く成果を届けたいと願ってやまない。

■日本医療研究開発機構が目指すもの

末松 誠すえまつ まこと国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 理事長

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4 Vol.11 No.8 2015

栗原 和枝(くりはら・かずえ)東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 多元物質科学研究所 教授。1974年お茶の水女子大学理学部化学科を卒業、1979年東京大学大学院工学系研究科を修了。1981年テキサスA&M大学博士研究員、1982年クラークソン工科大学博士研究員、1984年生産開発化学研究所学術員、1986年界面化学研究所(ストックホルム)客員研究員、1992 年名古屋大学大学院工学研究科助教授を経て、2010年より現職。1997年日本女性科学者の会奨励賞、2000年日本化学会学術賞、2011年 A. E. Alexander Lectureship Award などを受賞。

栗原和枝 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構多元物質科学研究所 教授

「科学」で「技術」を支援する女性研究者

固体と液体、液体と気体、あるいは気体と固体が接する部分を界面という。界面を分子レベルで調べると、物質間や分子間でさまざまな力が働いていることが分かる。固体と液体の界面に働く力を精密に測定する装置を開発して、ナノメートル(10億分の1m)レベルで、固体表面や界面近傍の分子構造、物性などを調べているのが栗原和枝氏である。界面科学は洗浄作用や触媒作用、摩擦や摩耗といった普遍的な現象の基礎をなす科学である。例えば摩擦や摩耗を減らすことはあらゆる分野で共通する技術課題だが、栗原氏は科学の立場からこの課題克服を支援している。

 さまざまな形態での産学連携

― これまで、どのような企業と産学連携をされてきたのでしょうか。

栗原 産学連携は数だけでいえば、かなりやっています。大きく分けると、一つは社会人ドクターが研究室に来るような長期間の本格的な共同研究、もう一つは装置開発で技術移転して販売していただいているもの、そして企業の研究支援を目的にしてやっている活動の三つです。

― 長期間の共同研究というと具体的にはどんな研究ですか。

栗原 例えば白石工業株式会社との共同研究です。白石工業は炭酸カルシウム製品を販売している会社です。この会社は、炭酸カルシウムをナノメートルオーダーに粒子化して脂肪酸*1でコーティングし、ある溶媒の中に分散すると分散液が垂

*1 長鎖炭化水素の 1 価のカルボン酸。CnHmCOOH という一般式で表される。

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5Vol.11 No.8 2015

れないゾル*2ができることを見つけました。これをシーリング材用に売っていましたが、脂肪酸でコーティングするとなぜ垂れないのかが分からなかったんですね。私は脂肪酸に似た構造を持つ分子でできる脂質二重層の研究をしていたので、多分、炭酸カルシウム粒子を修飾する脂肪酸の間に溶媒分子が入ってある構造ができて増粘するのではないかと考え、それを確かめる実験(共振ずり測定。Box 1参照)をしたんです。脂肪酸に似た分子で表面をコーティングした基板の間にこの溶媒を挟んで、基板の距離を狭めて液体の粘度が上がるかどうかを調べたところ、 距離が 60ナノメートルほどのところで 1桁以上粘度が上がり、さらに近づけるともっと粘度が上がりました。実際に液体で測定したこれらのデータなどを基に、粒子間の粘度が上がるのは、粒子表面の脂肪酸と溶媒分子の組織化が起こっているためだというメカニズムを提案しました。この研究で白石工業の技術者が社会人ドクターを取りました。後日談なのですが、白石工業が欧州に工場をつくったあと、その人がこのデータを持って欧州に行って販売活動されたのですが、4年ぐらいでシェアが 1%以下から 20%ぐらいになったそうです。

― すごい伸び率ですね。

栗原 すごいです。今でもこのデータを持って、販売活動をしていらっしゃるそうです。珍しいデータなので、データを見せると驚かれ、まだ有効らしいです。いい材料ができたけど、なぜそうなるのかが分からなかった。分からなくては技術者が交代したときにつくれなくなってしまうので、サイエンスにしなくちゃいけないという問題意識が白石工業にあったんですね。それで共同研究して、機構解明をし、そのデータを基に製品を販売したわけです。

― 基礎研究のデータが販売促進に貢献したという、これまでなかったような産学連携の

形ですね。

栗原 学のこういう貢献の仕方は非常にいいのではないでしょうか。産学連携ができる学の人たち全員がやらなくても、手伝える人たちはなるたけ産を手伝ったらいいと思うんです。今、日本の産業界は厳しい状況に置かれていて、競争は確かに激しくなっているというのは誰の目にも明らかなので、学はできることがあれば、なるたけ連携して支援したらいいと思います。学のシーズを提供するだけでなくて、いろいろな手伝い方があるんだということにすれば、本来の学の活動に近いところで産を手伝えます。これはどちらにとってもプラスになるのではないでしょうか。

Box 1:共振ずり測定装置ばねでそれぞれ保持する 2枚の板の間に液体を挟み、上の板を横に共振周波数で振動させる。板の間の液体物質の粘度が大きいと振幅が小さくなる。ある距離以上では振動は下の表面に伝わらないが、それ以下になると振動が伝わるようになり、ある距離(通常は数十ナノメートル以下)で下の部品も含んだ共振周波数に振動数が移動する。共振するときの振動数や大きさを測って、液体物質のいろいろな性質や液体物質と固体の相互作用などを調べるのが共振ずり測定装置である。共振ずり装置の詳しい説明は栗原研究室のホームページ参照。(http://www.tagen.tohoku.ac.jp/labo/kurihara/content/research_app.html)

*2 コロイドの一種。微小な液滴や微粒子が液体などに分散したものをコロイドという。牛乳はコロイドの代表例である。

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― どんな製品で技術移転をされたのですか。

栗原 表面力測定装置(Box 2参照)などの技術移転です。科学技術振興機構(JST)の技術移転事業でアルバック理工(現アドバンス理工株式会社)に技術移転しました。私たちが開発した主要な装置である不透明基板用の表面力測定装置や共振ずり測定装置などです*3。それこそ図面から全部渡して、実際に受注販売できるようにしました。そのように技術移転し、操作プログラムを使いやすく改良した共振ずり測定装置は 2010 年から売り出しています。販売台数は少ないですが、値段が 1台 3,200 万円と高いので、販売金額としたらそれなりの金額です。装置の 1台目は日立製作所が購入しました。ナノインプリンティングで使う液体をはじめいろいろな液体の評価をするために使っているそうです。ナノインプリンティングというのは、弾性のある高分子などで型をつくり、ちょうどはんこを押すみたいに半導体の LSI 回路のパターンを描くという方法です。はんこを押すときのように、液体を狭い空間に閉じ込めて圧力をかけると、液体の性質も変わってきます。最近そういう研究も論文として日立製作所から出ています。

 東北地域の産業振興を目指した  中小企業の研究支援

― 企業の研究支援はどのような形でされていますか。

栗原 当研究室では東北発素材技術先導プロジェクトもやっています。このプロジェクトには三つ領域があって、その一つが超低摩擦技術です。目的は機械と材

Box 2:表面力測定装置表面力測定装置は、2つの固体基板の間に液体物質などを挟んで、距離を変えた時の力の変化を測定する装置である。固体基板は通常、曲率が 20mm程度の円柱形のシリカレンズに 10mm角位の雲母やシリカの薄片を貼ったものを用いる。2つの基板の距離はごく狭く、通常は 100ナノメートル(1× 10-9m、すなわち 10億分の 1m)以下である。板の一方にばねがつないであり、その変化量で力(引力や斥力などの相互作用)の変化を測る。板と板の間の距離をナノメートル単位で変化させ、ピコニュートン(pN)レベルの微小な力を測る。ニュートン(N)は力の単位で、たとえば地上で質量 1kg に働く力は約 9.8Nである。またピコ(p)は 10-12

を表す記号で、1pNは10-12Nを表す。表面力測定装置の詳しい説明は栗原研究室のホームページ参照。(http://www.tagen.tohoku.ac.jp/labo/kurihara/content/research_app.html)

*3 科学技術振興機構(JST)産学連携・技術移転事業 独創モデル化。

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料の研究者、そして産業界の技術者が協働して、科学的な視点からナノレベルで潤滑技術を研究して解明するとともに、それに基づく低摩擦技術、あるいは材料をつくることと、そういう活動を通して拠点をつくって、東北地域の振興に資することです。産学連携と摩擦イノベーションで最先端の技術を活用するというキーワードでやっています。企業からも研究者の方が参加しています。このプロジェクトは復興予算で行われているので、地域貢献も大事なテーマです。地域貢献としては、宮城県の産業技術総合センターや地域連絡協議会、東経連(東北経済連合会)と連携して、地域企業を支援したり、研究機器の共用をしたりして、研磨や、めっきなどの技術開発のお手伝いをしています。このプロジェクトは開発した技術を外へ出して振興するというのも大きな目標ですが、それだけではありません。中小企業との連携も大事な目標です。大学だけでは中小企業の皆さんのところになかなか手が届かないので、地域のいろんな組織の方々と連携して支援しています。研究機器の共用のほかに技術相談などもやっています。その中の一つが、産業技術総合センターと行っている雪が滑る塗料の開発 です。地域連携による産業支援、競争力強化ということで、塗料を製造販売しているKFアテイン株式会社と、宮城県産業技術総合センター、われわれの研究室が連携して、雪の付きにくい塗料の開発を行っています。この会社は従来から雪の付きにくい塗料をつくっていたのですが、従来品は乾くのに時間がかかったんです。そこで表面構造を調べながら改良したところ、雪が滑る特性を維持しながら乾燥時間の短縮に成功して、新しい製品として販売できるようになりました。

― 地域支援として、ほかにどんな共同研究をされているのですか。

栗原 摩擦のプロジェクトで地域支援をしているのが株式会社大武・ルート工業との共同研究です。これはロボット用に小さいネジを 1個 1個、一列に並べる装置の開発です。ロボットがなければ必要がなかったような装置なのですが、ネジをきちっと並べておかないとロボットが取れないのです。ロボット用にネジを並べるのですが、ごく小さいネジを並べる装置なので並べるために動かす部分の性能に摩擦がかなり関与します。昨年の秋ぐらいから共同研究を始め、材料の評価などでお手伝いをしています。評価には、これまで培ってきた表面計測とか界面評価とかを広範に使っていますが、研磨の評価は難しそうです。その評価にはナノ計測の先端知識が必要です。例えば摩擦の技術を使って、研磨の技術を検討する。摩擦と研磨は表裏一体です。機械を長く動かしていると、摩擦している部分がつるつるになりますね。摩擦プロセスと研磨プロセスはかなり共通性があるわけで、そういうところを科学的立場から手伝うことになっています。産学連携のもとになった成果は、ナノ界面研究に基づく摩擦研究です。従来は経験的なことの多かった摩擦を何とか理解して技術を向上させるというのが大きなゴールです。先端技術を使いながらそれをやるというプロジェクトです。いろ

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いろな評価手段とか装置を地域の企業でニーズがあるところには使っていただいています。このプロジェクトには、トヨタ自動車とか、デンソー、日立製作所などの大企業も参加していますが、地元の中小企業も多いので、産業技術総合センターや東経連ビジネスセンターなど、地域のいろいろな技術支援活動をしている人たちとネットワークをつくって支援しています。

 表面力測定の重要性と今後の展開

― 栗原研究室のメインテーマの一つである表面力測定はどんな特徴があるのですか。

栗原 表面力測定は、固体と液体の境である界面の性質をみるのにいい方法です。表面力測定は、もともとは粒子の分散の制御をするような相互作用を具体的、定量的に理解するための評価法です。表面力測定はコロイド科学や界面科学の分野では中心的な課題と考えられています。例えば表面力の一つの表面の電荷による電気二重層力というのが一番簡単な例です。電気二重層斥力測定より求めた表面電位を見れば、高分子イオンが固体表面に吸着する際、立って吸着しているのか、横になって吸着しているのかとか、またイオン性の高分子ブラシ(ブラシ状に高分子が並んだ状態)に対イオン(反対の電荷を持ったイオン)がどのぐらいくっついているのかとかが分かります。現在、電極の表面電位などを正確に測定するための電気化学的表面力測定装置もつくっています。

― 今後、どのように研究を展開されようとしているのですか。

栗原 力を観測することで物性を議論するような研究領域が成り立つのではないかというのが私の理念です。実は似たような言葉が、原子間力顕微鏡(AFM)がつくられたころに提案されています。フォース・スペクトロスコピーという言葉です。私も同じようなことを思っていて、温度を変えながら物質の吸熱や発熱をみるカロリメトリーのように、距離を変えながら物質の相互作用、すなわち力の変化をみるフォースメトリーが成り立つのではないかと考えています。相互作用が変わるところで何か起こっているというのを見るのです。実際に表面力を測定すると、特異現象みたいなものがたくさん見つかります。その特異現象を、例えば分光法で何が起こっているのかをみたりすると、今まで知られてなかった新しい現象が分かります。固体と液体の界面については、表面力測定装置は液体から固体に向かって測定

します。固体に近づくにつれ、どんなことが起こっているのかがみられるので、おもしろい方法です。特に高分子などの柔らかい材料をみると、いろいろとおもしろい特性が分かります。相互作用をみるだけでなく、高分子の変形をみるとか、柔らかな材料については新しい特性がみられると思ってやっていますが、まだまだいろいろな可能性があります。研究途中で摩擦がおもしろくなったり、不透明基板でも表面力を測定できる装置をつくろうというので引っ掛かったりして

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9Vol.11 No.8 2015

います。しかし、透明基板だけでしか測れない従来の装置ではできなかったことが、不透明基板用の表面力測定装置でできるようになったので、このように従来にない装置をつくったことは意義があったと思っています。

― 栗原研究室のコロイド科学・界面科学分野での位置付けはどのようなものですか。

栗原 今、私たちのやっている研究は、世界的にも一番先端です。実は表面力測定というのは、この分野の第 1世代の人たちが中心になって 1990 年前後から始めた物理が中心の研究です。第1世代の中心というのは、「分子間力と表面力」を書いた J. N. イスラエルアチヴィリ先生、ワイズマン研究所の J. クライン先生とイリノイ大学の S. グラニック先生です。この世代は 10グループ程度で、今も継続しているのは私たちを含めて 3~ 4グループです。今、3人の先生方のお弟子さんたちが表面力測定をやるようになってきていて、私たちが ERATOの国武化学組織プロジェクト*4 で出したような論文の引用がかなり増えています。といっても、研究人口が少ないので何百何千という世界ではないですけど、外国の人が新しい研究分野として材料の表面力測定をしています。日本では表面力測定は私しかやってないので、こういう形の研究が存在するんだというのを、もう少しアピールできるといいなと思っています。そういう意味では、摩擦というのは、比較的分かりやすい界面科学の研究テーマです。研究は難しいんですけど、意義は分かりやすい研究です。トライボロジー(摩擦・摩耗に関する学問)という言葉をつくったのは英国の人で、2人か 3人でつくった言葉なんですけど、そのうちの 1人のD. テイバー先生は J. N. イスラエルアチヴィリ先生の先生です。表面力測定の原型をつくった人です。だから、表面力測定から摩擦の研究というのは、すごく自然な展開なんです。いろいろと可能性を考えていくと、表面力測定装置や共振ずり測定装置は摩擦の研究には非常に使いやすい装置だと思います。

 東北大学初の理系女性教授として  思うこと

― 1997年に東北大学では初の理系女性教授になられました。

栗原 世界的に見て、日本はすごく女性の研究者の比率が低いのは事実です。1987 年に国武プロジェクトのグループリーダーとして雇っていただいたのですが、このときも女性では初めてのグループリーダーでした。その後、1992 年に名古屋大学大学院工学研究科の助教授になったときも、工学研究科では講師以上の女性としては初めてでした。個人的には、やはり社会の動きが大事だと思っています。1987 年に国武プロジェクトに入る前の 1986 年には、男女雇用機会均等法が施行されましたし、1999 年には男女共同参画社会基本法が施行されました。そういう社会の変革と対応してプロモーションをしていただいたという思いがあります。

*4 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ERATO「国武化学組織プロジェクト」

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私が男女共同参画活動をやっているのは、一つは、若い人たちにもう少しいい環境で働いてもらいたいと思う部分と、もう一つは、実際に個人だけの努力ではなくて、社会的なシステムや制度も大事だと思う部分があるからです。それと、非常に当然の前提ですが、やっぱり女性が活躍するためには、いい仕事をするのが大事だと思っています。コロイド科学・界面科学の研究者で、アグネス・ポッケルスという人がいました。この人は、台所でオイルの単分子の研究をしていました。研究をまとめて論文を書いて、英国のレイリー卿に送ったところ、彼がびっくりして、それを「ネイチャー」誌に紹介し、論文が同誌に掲載されました。いわゆるラングミュア膜(水面にできる単分子膜)の研究原型をつくったといわれている人です。それからラングミュアの共同研究者のキャサリン・ブロジェットは、ラングミュア・ブロジェット膜のブロジェットです。時代が違うんですけど、この 2人を見ると、女性の研究者の地位向上には、いい研究をしなければいけないなと思います。コロイド科学・界面科学の領域では、こういう人たちがいたので、女性がそれなりの存在感を持って活躍しています。私も、5月まで IACIS(国際コロイド・界面科学者連盟)という国際的な団体の会長で、私は 2人目の女性会長でした。設立メンバーにも女性が入っていて、活躍していました。2012 年に仙台で、 1,000 人ぐらい集まる IACIS の国際会議をやりましたが、プレナリーレクチャーをした 5人のうち 2人が女性でした。やっぱり前へ出て少しずつやっていくと、みんなの機会も増えるんだなと思いました。私自身は、研究がおもしろくてやっていたので、人の前に出るというのは、やりたいことの中に入っていませんでした。しかし、男女共同参画活動などを少しずつ経験する中で、こういう活動も大事だなと思うところがあって、できることがあれば少しずつやろうと思っています。

(取材・構成:編集部 田井宏和)

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特 集

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特 集 独自技術を活かす

株式会社京都マテリアルズ(以下「当社」)は、大学で培われてきたマテリアルズ・サイエンスの基礎的知見を、実用技術として市場に出すことを目指す大学教官経験者らが中心となって創業された。現在は、セラミックスなどの難加工材料向けの精密超硬金型の製造を行う精密マテリアル事業部と、鉄鋼部材の長寿命化を図る反応性塗料を展開する環境マテリアル事業部の二つを柱に活動している。環境マテリアル事業部で扱う反応性塗料は、鉄を地球環境で本来安定な鉄鉱石

に戻すという独自の発想から生まれた。鉄鋼表面に防食性の高いさび“patina*1”を育成することにより鉄鋼の長寿命化を図ったのである。ここではこの反応性塗料の研究開発ストーリーを述べる。

■さびとの出会い

ほぼ四半世紀前にさかのぼるが、筆者は鉄鋼メーカーで企業研究者としていくつかの研究を開始した。写真 1は製鉄所で研修した際の一コマである。ここで研究を開始する前に現場を経験したことが、技術の実用化検討の際や、後に大学の講義を担当した際に大変役立った。ここでの研究テーマの一つが大気環境で鉄鋼に生成するさびの研究であったことが、さびとの出会いであった。さびは身近な物質でよく見掛けるが、研究対象となると、どのように手を付ければよいか悩んだ。とりあえず大学院生時代に行った結晶学的アプローチを、腐食防食の分野に取り込むことにトライした。やってみると、さびの結晶構造に関して多くのことが分かってきた。そうなると研究が面白くなった。この時期には、「産」の立場で産学連携も実施し、室蘭工業大学材料物性工学科の三澤俊平教授には大変お世話になった。その後、兵庫県立大学の教官としてさびの研究に没頭することになった。兵庫県立大学では、大学研究者として、当時供用を開始した兵庫県にある大型放射光施設 SPring-8(写真 2)や、つくば市にある放射光科学研究施設 Photon Factory を利用させていただく機会に恵まれ、大型放射光施設

鉄鋼インフラの長寿命化に資するさびの科学と反応性塗料の創製「さびをもって、錆を制す」というユニークな発想のもとに反応性塗料は生まれた。発想を製品化するまでの道のりは、どのようなものだったのか。

山下 正人やました まさと

株式会社京都マテリアルズ 代表取締役

*1 経年変化や使い込みによってできる味わい深い表面、色、雰囲気などを表す言葉。反応性塗料が作る防食性が高いさびの呼称として用いた。

写真 1  製鉄所研修時の筆者(左) 写真 2  大学院生との SPring-8 での実験

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を使って原子レベルでさびの構造を研究する日々が続いた。当社の花木宏修研究主席(大阪大学大学院客員准教授兼務)は同じ研究室のスタッフであった。大学では、現在とは逆の「学」の立場で外部との共同研究に携わった。異なる立場から産学官連携を眺める経験ができたことは、現在の業務に生きていると感じる。この期間中は、ミネソタ大学腐食研究センターのR. A. Oriani 教授やオールド・ドミニオン大学物理学科のD. C. Cook 教授とも研究を進めた。Cook 教授は当社のリサーチフェローとして現在も一緒に研究を行っている。

■さび構造の基礎的知見

大学での研究では、大気腐食により鋼材に生成するさびの構造を詳細に調査した。その結果、それまでよく知られていなかったさびの性質が明らかになってきた。まず、さびの構造は数十年から数百年という長い時間をかけて変化することと、大気中ではオキシ水酸化鉄の複数の異性体が主要構成物質となるが、時間の経過と共にα相のゲーサイト(α-FeOOH、針鉄鉱)に安定化することが解明できた。また、さびの結晶構造にさまざまなイオン種が包含されたり、吸着することにより、ナノ結晶化したり、イオン選択透過性を発現したり、さらにはさびの色調変化を伴うなど、さびの多様な特性が生ずることが明らかになった。これらは物質科学的な基礎知見であるが、後の応用研究の際にこの経験が生きることになる。

■基礎研究から応用研究へ

このような基礎研究経験から、さびの構造を積極的に変化させることにより、鉄鋼の防食性を向上させることが可能ではないかとの発想に至った。鉄がさびることは、そもそも自然の姿(鉄鉱石)に戻ることであり、水や酸素の存在する地球環境では自然の摂理である。すなわち、鉄がさびるのは、鉄を人工的に活性な金属状態にしたからであり、その表面を安定状態のさびに戻してやれば、原理的にはその後変化することはない。そこで、さびを制御することで鉄鋼の防食性を向上させる技術の実用化を考えた。今から思うと大学人の立場でもこのプロジェクトを実施することはできたのかもしれないが、実用化するために越えなければならないハードルが多数あることは、企業研究者の経験からよく分かっていた。そこで起業し、実用化を目指すことにした。

■反応性塗料の創製

さびに関する研究経験を基に、さびを制御するという全く新しい技術へのチャレンジを起業研究者として当社で開始した。企業として事業を始めるには、研究開発のみならず、経理事務や労務など、さまざまな対応が求められることをこの時痛感した。幸い、京都市や京都高度技術研究所、当社が入居している「京大桂

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ベンチャープラザ」を運営する中小企業基盤整備機構をはじめ、さまざまな機関の多くの方々の支援により企業の機能を維持することができた。また、研究面では京都大学や大阪大学の協力も得られ、再び「産」の立場での産学連携の機会が得られた。さびを制御する塗料の開発のために、さまざまな化合物を検討した。選定した化合物を塗料に添加することで、「さびで錆を制す」反応性塗料“Pat!naLockⓇ”を創製した。反応性塗料は表面に防食性の高いさび“patina”を形成するので腐食は極めて少なくなる。写真 3に示すように塗膜に欠陥が生じても、“patina”によりその部分を選択的に防食することもできる。これはすでにさびている場合でも適用可能であるため、塗膜の長寿命化が望める。現在は、商社との連携も開始し、反応性塗料を実用化できる体制ができた。 写真 4に反応性塗料の適用例を示す。

産・学でさまざまな経験をすることができたことは、研究開発や大学での学生教育、さらには起業の際に大変有益であったと思う。産学官連携の重要性に疑う余地はないが、異なる立場に立ってさまざまな事象を眺める経験も有効であると思う。人材交流も含めた産学官連携がより活発になることが、わが国の発展に寄与するものと確信する。戦後から現在に至るまで鉄鋼を材料とする構造物が累増している。高度経済成長期に集中的に整備された鉄鋼構造物の老朽化が、今後急速に進み、維持管理のための再塗装などの膨大な費用と労働力の負担が課題になると予想されている。独自の技術コンセプトに基づいて鉄鋼材料のさびを防ぐ反応性塗料Pat!naLockⓇ

が、新設のみならず、すでにさびが発生している既設の鉄鋼構造物の長寿命化に貢献できれば、企業・大学・起業それぞれの立場で産学官の方々に支えられて継続してきたさびの研究を社会に役立てることにつながるのかなと考えている。

写真 3   左端のさびた鋼板に反応性塗料を塗布して×形の傷をつけ塩水噴霧した(中央)。右端は同時に実験した従来の重防食塗料塗布鋼板。

写真 4   反応性塗料の適用例。(a)送電鉄塔、(b)プラント設備(株式会社竹中工務店施工)、(c)京都市の公共工事(照明鉄塔)。

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■システムインテグレーターでありロボットメーカー

スキューズ株式会社(以下「当社」)は創業 18年目(法人設立 14年目)を迎えた。設立当初は生産自動化関連の制御ソフトウエアの設計・開発を行うファクトリーオートメーション(FA)を業務としてスタートした。現在は、人手作業の代替を目的とした生産ライン・自動化装置を一括して請け負うシステムインテグレーターとしてのソリューション事業と、ロボットハンド、ロボットアーム、アクチュエーター、コンプレッサーなどオリジナルロボット(写真1、2)の開発、製造・販売事業を主とするエンジニアリング会社となっている。

■知的クラスター創成事業を契機として

高機能義手開発のきっかけとなったのが、文部科学省の「関西文化学術都市地域 知的クラスター創成事業(以下「創成事業」)」である。学術・研究機関が高度に集積する京都府、大阪府、奈良県で、産学連携による地域活性化と産業構造の変革を目的とした事業で、まさにこの地域ならではの産学連携プロジェクトであったといえる。この創生事業のテーマの一つである「QOL*1 向上を目指した健康・福祉工学

技術の開発」プロジェクトの一環として、大阪電気通信大学医療福祉学部理学療法学科の吉田正樹教授をプロジェクトリーダーに、同志社大学理工学部機械システム工学科の辻内伸好教授などと当社とで高機能義手開発の共同研究を行うこととなった**1。

■よりリアルな人の手を目指して

人間の生活の支援などで要求される作業は複雑であり、生活様式によっても変化する。そのため、ロボットを人間と共存させる、あるいは人間の分身として行動させるためには、幅広い種類の作業に対応できるだけでなく、作業の変更に柔軟に対応し、人間と同様の柔らかな動きをするロボットハンドを開発する必要がある。さらに、実際にロボットに搭載させる際には、大きさや重量の問題も出てくる。これ

空気圧アクチュエーターを用いた高機能義手―産学連携で柔軟な義手の開発を目指す―

人の手のように動く義手の作製には、小型・軽量、柔軟性、幅広い作業への対応など、さまざまな技術課題を克服しなければならないが、そこから得られる成果は義手にとどまらず、各種の製造過程に応用できる普遍的なものになる。

市川 裕則いちかわ やすのり

スキューズ株式会社 常務取締役

写真 1   スコットラッセルリンク型5軸サーボロボット

写真 2   RHP(ロボット・ハンド・ピッカー)シリーズ多連操システム

*1 Quality of Life(生活の質)

**1 知的クラスター創成事業自己評価報告書 2007 年 3 月末版【公開版】,P51.http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/micro_detail/__icsFiles/af ie ldf i le/2015/04/17/1253330_022.pdf

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らを考慮して開発したのが、人との接触を前提として安全性と柔軟性を兼ね備えた、人間の指と同程度の可動範囲を持つロボットハンドである。安全性と柔軟性のために、ロボットハンドの駆動源には空気圧アクチュエーターを用いて いる**2。

■福祉分野にとどまらない、ロボット基本要素技術の確立

ロボットハンドに使われている空気圧アクチュエーター、3軸力覚センサー、各種の制御技術といった要素技術をベースに開発したのが世界初の筋電義手である(写真 3、4)。この筋電義手は母指内転機能を付与した 5指ハンドで、安全・安心なだけでなく、比較的安価で実現できる。また採用した技術は、ロボット基本要素技術として、車両、工場内搬送ユニットなど、多分野での用途展開が可能となるものである。

■共同研究での注力点

当社では、従来、低圧駆動型空気圧アクチュエーター(写真 5)の開発を行っていたが、創成事業では軽量かつ柔軟性に富む高機能筋電義手開発のために、さまざまな共同開発を行った。駆動源となる空気圧アクチュエーターの改良や、樹脂による骨格相当部品の作製、外観を人の手に近づかせるためのシリコンゴムによる外装の作製などである。この共同研究は特許取得にもつながった。

■筋電義手のこれから

近年、筋電義手に求められる機能は、障害のある方々の自立、社会参加などによるQOLの向上のため、「足りない機能を補う」ことから「機能の回復」に変わりつつある。そのため、小型化、軽量化、使いやすさなど、日常生活に負担やストレスをかけることが少ない用具の開発がいっそう必要となっている**3。一方で、FA化が進んだ製造現場においても、依然として多くの作業が人手に担われている上、特にわが国においては、少子・高齢化の影響による労働力不足を補うことが急務となっている。介護・福祉分野において筋電義手が果たす役割・貢献は、国内外を問わず飛躍的に拡大することは確かだが、高機能義手開発によって高度化された要素技術は、福祉分野にとどまらず、次世代の産業用ロボットへと応用されつつある。

写真 3  ペットボトル把持 写真 4  トマト把持

写真 5  低圧駆動型空気圧アクチュエーター

**2 白井茂樹.空気圧駆動ロボットハンドのためのアクチュエータ制御アルゴリズムの開発(2007/2).同志社大学大学院工学研究科 機械工学専攻博士課程2005年度,374 番.

**3 連携イノベーション促進プロ グラム助成事業(東京都), 分野:医療・福祉分野,テー マ②:介護・福祉機器に関す る技術・製品の開発.2014. http://www.metro.tokyo. jp/INET/BOSHU/2014/ 08/DATA/22o8l506.pdf,(accessed2015-07-10).

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■足袋型シューズ開発のきっかけと産学連携での研究

「試作品を持ってきたので、ぜひ履いて下さい」。親指が他の 4指と分かれた足袋型の新型スポーツシューズ開発を検討するために開かれた、2006 年 9月の第 1回打ち合わせでのことだった。相談元の岡本製甲株式会社は「百聞は一見に如かず」とばかり先行試作品を持参し、分かりやすいアプローチで大学教員に接近した。新型スポーツシューズの開発は、社長の長男である岡本陽一営業部長が野球部監督から聞いた「高校野球部員のウォーミングアップに地下足袋を履かせている」の一言がきっかけだった。その後、岡本氏は「足袋型シューズを自社ブランド品として生み出したい」と考えるようになった。構想具体化には、足袋型シューズの機能性評価が必須であるが、岡本製甲は靴製造専業のため、そのような設備は持ち合わせていない。岡本氏が日頃から訪問する中国銀行営業担当者にこのことを相談すると、2005 年に中国銀行が岡山大学と包括連携協定を締結して組織的な連携対応の仕組みが整備されていることを教えられ、本店営業部を通じて産学官融合センターに相談がもたらされた。当初、該当する教員が見いだせないのではないかと危惧したが、関係者の会議で、学内に設立されたばかりのスポーツ教育センターの存在が明らかになった。ここには、スポーツ生理学、運動機能学と整形外科の 3者によるチームが編成されており、共同研究にも対応するとの情報を得たので、早速同副センター長鈴木久雄教授に相談を持ちかけた。すると、折よく導入された 3軸動力計で歩行中の足裏にかかる抵抗を測定できること、また、この装置で足袋型シューズ着用時の歩き方、力の発生具合、動作の俊敏性を評価できるとの回答を得た。そこで、冒頭の打ち合わせが、岡本製甲の岡本社長他 3名、スポーツ教育センターの鈴木教授と加賀勝教授、金融機関担当者 2名およびコーディネート担当の筆者の同席で企画された。程なく共同研究契約が締結され、2005 年 10 月から共同研究が開始された。そして、足袋型シューズ、市販スポーツシューズ、素足の三通りで歩行様態がどう

足袋型シューズの産学連携での開発と海外への飛躍「高校野球部員のウォーミングアップに地下足袋を履かせている」の一言がきっかけで産学連携で開発された足袋型シューズは、国内のみならず、海外までその販路を広げつつある。

藤原 貴典ふじわら たかのり

岡山大学 研究推進産学官連携機構 副機構長 産学官融合センター長、教授

岡本 伸司おかもと しんじ

岡本製甲株式会社 代表取締役社長

写真 1  バルタン X

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異なるかが、学生に手伝ってもらって比較検討された。その結果、足袋型シューズは、歩行様態が素足に近く、靴着用による動作俊敏性の低下が少ないことが判明した。開発は、大学での評価と岡本製甲での試作の繰り返しにより進められたが、その駆動力になったのは社長の熱意であった。開発初期には毎月 1回社長が大学を訪問して打ち合わせを継続していた。第 1号の商品は高校野球部員練習用「バルタンX」(写真 1)で、これを嚆矢

(こうし)に、ウォーキングシューズ、スパイク付きゴルフシューズ、ランニングシューズとバリエーションが展開された。1950 年創業で従業員 30名の規模でスポーツシューズのOEM*1 製造が主体であった同社にとって念願の自社ブランド品を獲得した。商品 PRのため、一時は女子マラソン・オリンピックランナーである土佐礼子氏をイメージキャラクターに採用していたこともある。さらに販路は海外にも開拓され、現在は寸法 30cmまでの製品が輸出されるようになっている。

■外反母趾用の靴としての拡販

第二の転機は、外反母趾用の靴としての展開である。大学との開発途上で整形外科医である千田益生教授(岡山大学病院総合リハビリテーション部長)から「外反母趾の矯正に有効ではないか」との指摘があったのがきっかけだった。外反母趾などのスペシャリストである倉敷第一病院整形外科の大澤誠也医師の指導も受け、外反母趾用の靴として県内各地で試着会を開催し、歩きやすさを実感した来訪者から多数の固定客を獲得している。

■海外企業との提携

そして第三の転機は、意外なところから訪れた。山の斜面のアップダウンを駆け抜けるトレイルランニング(トレラン)という競技がある。そのトレラン用品を販売するフランスのレードライト社との提携である。レードライド社代表取締役社長のベヌワ・ラヴァル氏が2012 年冬に来日したとき、偶然、足袋型シューズを試着し、地面のグリップ力の高さを実感したことから、トレラン専用シューズの共同開発が始まり、2015 年 1月から新製品を製造開始した。初年度の生産計画は 3,000足の予定であるが、来年度以降はレードライド社の製品全量の生産を引き受けるビジネスパートナーとなることが決まった。この分野だけで年産 1万足の生産計画となる。この新商品の名称は「トレイル・デュアル・フィンガー」(写真 2)。3月から日本を含む世界 18 カ国で発売が開始されている。地元岡山から、世界に羽ばたく企業へと成長することが期待されている。 写真 2  トレイル・デュアル・フィンガー

*1 O r i g i n a l E qu i pmen t Manufacturer。他社ブランドの製品を製造する企業。他社ブランド製品の製造を指すこともある。

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■食品・医薬品用パッキンから水素用パッキンへ

TOKi エンジニアリング株式会社(以下「当社」)は食品・医薬品用やサニタリー用に対応したステンレス鋼製パッキン(以下「ステンレスパッキン」)やノンパッキン継手などの製造販売を行っている。パッキン(シール材ともいう)は、パイプの継ぎ目などからの液体や気体の漏

れを防ぐ部材である。水道などでは、ゴムやプラスチックなどがパッキンに用いられるが、食品・医薬品用では、劣化によってパッキンの一部が製品に混じると品質に関わるので、これを防ぐため、ステンレスパッキンが用いられる。当社では、食品・医薬品用などのステンレスパッキン製造で培った技術を応用して、水素用のステンレスパッキンの製造に挑んだ。福岡水素エネルギー戦略会議が進めていた水素事業の開発項目として、水素用継手が挙がっていたことから、ハードルが高かったがチャレンジを試みたのである。

■水素用ステンレスパッキン開発のための産学連携

燃料電池を中心にした水素利用は、石油に頼らないエネルギー源としてだけでなく、温暖化防止などの点で有望な対策である。しかし、水素を安全に低コストで利用するには技術的課題も多い。水素は分子が小さく、漏れやすい気体である上、750 気圧(75MPa)以上の高圧で使用されることも多いからである。水素エネルギーシステムの普及、発展に欠かせないのが「水素高圧貯蔵技術」で、これには「ガス気密技術」が重要な技術要素となる。特に高圧水素ガス下では信頼性の高いガス気密技術の開発が求められている。しかし、前述のように、水素は一番小さい分子であることから、従来のガス気密技術では解決できない課題がある。新しい水素用ステンレスパッキンの開発では、従来品にない新たな構造により、ゴムやプラスチック製のOリングに見られる素材や製品の劣化・損傷による気密性低下や、通常タイプの金属パッキンに見られる塑性(そせい)変形によるメンテナンス性の悪さ(配管接合部に圧着してしまう)、コスト面の欠点(再利用できない)などを解決し、超高圧下での使用においても高い信頼性と再利用が可能な「弾性変形金属パッキン」の製品化を目指した。

超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンの開発

水素を利用する上で欠かせないのが高圧ガスの気密技術で、その鍵を握るのが継手などのパッキング材(シール材)である。独自の技術を活かして、超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンが開発された。

小柳 悟こやなぎ さとる

TOKi エンジニアリング株式会社 代表取締役社長

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■水素用ステンレスパッキンの限界への挑戦

新しい水素用ステンレスパッキン「ハイドロブロッカー」の開発は、福岡水素エネルギー戦略会議、産業技術総合研究所九州センターの上野直広氏、九州大学工学部機械航空工学科の久保田祐信教授らと連携し、応力解析(写真1)、フレッティング*1 解析による最適設計、耐圧・耐震の試験を行うことから始まった。まず、産総研九州センターの協力によって、ステンレスパッキンの耐圧・耐震の試験を行った。初回の試験で、超高圧水素ガス 700 気圧(70MPa)に耐えることができた。開発した水素用ステンレスパッキン

「ハイドロブロッカー」はリング状の形状である(写真 2、3)。このリングは、自緊式「セルフシール」機能を持たせるとともに、金属の持つ「弾性」を活かし、シール先端の塑性を防ぐ機能を持たせた。これにより、締付トルクを小さくすることができた。また、平面でシールできるような構造にした。現状では 316Lステンレス鋼を使用することにより、量産化も可能にした。「ハイドロブロッカー」は、水素エネルギー製品研究試験センター(以下「HyTReC」)において、同一製品で 3度の試験を行い、水素ガス圧 875 気圧(87.5MPa)をクリアした。繰り返し試験で 20 気圧(2MPa)から 875 気圧(87.5MPa)に変化させる試験 10 万回をクリアした。水圧破壊試験においては、3,430気圧(343MPa)の試験を行ったが壊れず、漏れないタフなリングとして試験を終えた(表 1)。

試験年月日 試験機関 試験内容 達成した圧力、回数

2009.12 産総研九州センター 耐圧 水素 H2 70MPa

2010.10 HyTReC 耐圧 水素 H2 87.5MPa

2010.11 HyTReC 繰返し試験(2~87.5MPa) 水素 H2 10万回

2011.03 HyTReC 水圧耐圧試験 水 343MPa

2011.03 HyTReC 低温耐圧試験(0.6 ~ 70MPa) 水素 H2 - 40℃

2013.03 JAXA 低温耐圧試験(0.1 ~ 40MPa) ヘリウム -196℃

表 1  「ハイドロブロッカー」の試験結果

*1 接触する物体間に往復滑りが繰り返されたとき生じる表面損傷をフレッティングという。損傷には摩耗、腐食、疲労亀裂進展などがある。

写真 1  九州大学での応力解析例

写真 2  「ハイドロブロッカー」の外観 写真 3  「ハイドロブロッカー」の断面

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一方、宇宙航空開発研究機構(JAXA)からは、自緊式「セルフシール」の特性として強い圧力に対応できると想像できるが、弱い圧力時におけるシール性の確認をすべきことを指導していただき、種子島宇宙センターで試験を行った(写真4)。その結果、77K(-196℃)で 1~ 400 気圧(0.1 ~ 40MPa)の間で漏れないだけでなく、再度常温に戻しても漏れないことが分かった(表 1)。今後は液体水素(-253℃)でのシール性能を期待されていて、目下それに挑戦中である。成功すれば、液体水素を利用するロケット用、ロケット発射施設用などに用途が広がる。「ハイドロブロッカー」は、液体水素や超高圧水素ガスだけでなく、ヘリウムガス(超伝導用)のシールとして期待されている。現在、「ハイドロブロッカー」はHyTReCの設備に採用され、実用されている(写真 5)。

■製品の市場と今後の展望

配管の重大事故は「シール箇所からの漏れ」に起因することも多い。米国のスペースシャトル・チャレンジャー号の事故は、2本のOリングからの火炎の漏れが原因だった。福島第一原子力発電所の汚染水漏れはゴムパッキンの不具合によるものである。漏れなければ事故が起こらなかった例も多い。配管接合技術はあらゆる産業の基盤技術の一つである。高圧環境下でも高い気密性を維持し、繰り返し使用可能なシール材である「ハイドロブロッカー」と関連製品が、水素エネルギー産業のみならず、液化天然ガス(LNG)やフロンガス、CO2、さらには超伝導に必要なヘリウムガスのシール材として、産業分野を問わず、高度技術化社会に寄与することを願う。

写真 4  JAXAでの低温試験

写真 5   HyTReC試験センターでの試験風景

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産学連携・技術移転活動による地方創生の可能性―徳島大学と阿波銀行の連携協力協定の実践から―

徳島県での地方大学と地方銀行の連携協力は、担当者たちのエネルギッシュな活動により、特許収入や共同研究費の増加につながったが、具体的にどんな活動をしたのだろうか。

■徳島大学と阿波銀行の連携協力協定とその成果

徳島大学と阿波銀行(本店:徳島市)は、2013年 2月 25日に連携協力に関する協定(以下「本協定」)を締結した。本協定の目的は、「それぞれの保有する研究・技術・情報・ノウハウを活用して、地域の産学連携を推進し、地域の発展と産業の振興に寄与する」というものである。本協定締結から約 2年半がたち、徳島大学においては、2014年度の特許のライセンス収入(契約額ベース)が1億 1621万円(前年度比33.2 倍)と急増し、共同研究費受入額においても8,246 万円(徳島大学の総受入額の24.3%に相当)の獲得に成功するなど、一定の成果が出つつある。これらの成果は、特許権実施等収入 2013 年度全国ランキング(文部科学省「平成25年度大学等における産学連携等実施状況について」)に当てはめれば、地方国立大学としては 30位以内に入るものであり、これまでの徳島大学の成果を大きく上回るものである。ここでは、本協定を通じて、徳島大学と阿波銀行が共同で取り組んできた「地元中小企業の課題を大学が解決してビジネスにつなげる課題解決型産学連携」の活動(図 1)について概説する。

■具体的にどんな活動をしたか

(1)阿波銀行ネットワークを活用した企業訪問阿波銀行の持つ企業ネットワークを活用させていただき、本店法人営業部担当

者と共に阿波銀行取引先企業である地元中小企業を中心に訪問した。阿波銀行担当者は、日頃から地元中小企業の社長とコミュニケーションを密に取っているため、その企業の経営状態だけでなく、社長の人柄を含め、社内環境のあらゆるこ

坂井 貴行さかい たかゆき

徳島大学 四国産学官連携イノベーション共同推進機構 教授/株式会社テクノネットワーク四国 代表取締役社長

図1 課題解決型の産学連携プロセスにおける両機関の補完関係

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とに精通している。阿波銀行担当者に調整いただいて、社長と直接話をできたことで、地域中小企業で既に顕在化している課題・ニーズの把握だけではなく、その根底に存在する経営戦略・知財戦略・技術課題などを知ることができ、連携可能な徳島大学の研究者とのマッチングにつながった。2014 年 4月~ 2015 年 3月末の1年間で、延べ536社を訪問、大学研究者の訪問も延べ445人となった。これらの地道な活動によって、地元中小企業の真のニーズをつかむことができ、徳島大学の研究者とのマッチング率が飛躍的に向上した。(2)研究開発資金獲得サポート(1)の企業訪問により、地元中小企業では、「ヒト・モノ・カネ・情報」が慢性的に不足していることが分かった。特に研究開発費が少ないため、徳島大学の研究者と地元中小企業をマッチングしても、共同研究開発のさらなる推進は困難というケースが多い。そこで、政府系の産学連携型研究開発助成制度を活用するために、われわれが提案書・事業化計画の作成補助を行って、地元中小企業の研究資金獲得のサポートをした。その結果、これまでに企画した 16件のプロジェクトのうち 15件が採択され、研究資金獲得につなげることができた。われわれが特に注力したのは、上記助成制度を獲得すること自体を目的とするのではなく、共同開発プロジェクトを事業化するための一つの手段としてこれを活用するという点である。(3)研究開発成果の商用化支援(1)、(2)で行った地元中小企業と徳島大学の研究者のマッチング、研究開発資金獲得サポートに加え、その研究開発成果の商用化支援まで踏み込んだ支援を実施した。一般的に経営資源の乏しい地元中小企業は、徳島大学の研究者とマッチングしただけでは、研究開発成果の早期商用化は難しい。そこで、阿波銀行の協力を得て、中小企業診断士、弁理士、産学連携従事者などの専門家から構成される「ビジネス構築会議」を実施し、研究開発成果の商用化支援を行った。具体的には、研究開発成果から商用化に至るビジネスプランを専門家と共に構築し、必要に応じて、その研究開発成果が製品化された際のユーザー企業候補にもゲスト参加していただき、ユーザー企業からの要求スペック(仕様やコストなど)について議論した。筆者は以前、コーネル大学の技術移転機関(TLO)に在籍していたことがある。

そこでは、研究成果の商用化に関して、コーネル大学卒業生である起業成功者、ベンチャーキャピタリスト、TLOアソシエイト、弁護士、弁理士などが、ボランティアで発明者や新しい起業家を支援し、ビジネスプランをブラッシュアップして、研究成果の商用化の成功確率を高めていた。この「ビジネス構築会議」は、コーネル大学TLOのそれを日本風にアレンジしたものである。ビジネス構築会議の実施により、これまでに徳島大学の研究者と地元中小企業の共同研究開発プロジェクトから、3件の事業化に成功している。

■“発明をそのまま売る”から、“発明を育てて売る”へ

上記(1)、(2)、(3)の活動を地道に行うことにより、徐々に徳島大学の産

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学連携・技術移転活動の成果が出始め、冒頭の結果につながったと実感している。地元の有力銀行である阿波銀行のネットワークを活用して、多くの企業訪問、研究者訪問をしたことにより、東京大学や京都大学などの大規模大学や都市部の有名私立大学だけでなく、地方大学にも卓越した研究成果が数多く存在すること、地方にも新事業開発に積極的な中小企業は数多く存在することが分かった。また、研究成果の商業化支援を実施することにより、地方大学である徳島大学の研究成果を地元中小企業が商用化できる可能性を見いだせた。しかしながら、これらの活動は地元中小企業のニーズオリエンテッドの課題解決であり、残念ながら、これだけでは「真のイノベーション」は生まれない。コーネル大学などのアメリカの大学では、大学の発明という“ダイヤモンドの原石”をそのまま扱うのではなく、試作品製作や実験データの追加などを行って、大学の発明を“育てて”から技術移転をしたり、ベンチャーを起業したりしている。そのための育成資金として、Proof of Concept(大学発明の概念実証、以下「POC」)などのGAPファンド*1を大学やTLOが独自で保有している(図2)。そこでわれわれは、徳島大学の新しい発明から新事業開発・ベンチャー企業を創出するために、POCを行うためのファンドの組成を検討している。このファンドから、大学発明の試作品開発や実験データ追加のために少額の資金を投入し、技術移転やベンチャー企業設立の可能性を高める活動を行う。徳島大学は、旧帝国大学や都市部の有名私立大学に比べて発明数は少ない。しかし、産学連携・技術移転従事者が一つの発明に多くの時間をかけて育てていけるという利点がある。徳島大学はこの POCシステムを構築して、“発明をそのまま売る”のではなく、“発明を育てて売る”活動にシフトしていきたい。今後は、徳島大学における取り組みを四国地域の他の国立大学(香川大学、愛媛大学、高知大学、鳴門教育大学)に横展開するとともに、徳島大学と阿波銀行の共同で、地方の産学連携・技術移転活動から、新しい産業や雇用が生まれることをわれわれの手で証明したいと思っている。地方大学の産学連携・技術移転活動が地方創生の一翼を担えるよう努めていきたい。

*1 基礎研究と事業化との間のギャップを埋め、大学からの技術移転を促す基金。「米国在住実務者から見た米国と日本の技術移転―米国から学ぶ日本での地方創生―」(2015 年 7月号:大津賀伝市郎)を参照。

図 2  大学発明を基にした新ビジネスの創出システムの構築(POCシステム)(Denichiro “Denny” Otsuga, Ph.D. 大津賀 伝市郎、博士(理学)、愛媛大学 2014年 11月プレゼンテーション資料を改編)

ExistingCompanies Products

Products

NewCompanies

Startup

License

Development

StartupProcess

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ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用小型加速器開発と産学官連携

BNCT(Boron Neutron Capture Therapy)は、日本語で「ホウ素中性子捕捉療法」と呼ばれる放射線がん治療法の一つだ。小型加速器をベースにした新しい BNCT 施設が産学官連携で生まれようとしている。

■産学官連携の 「いばらき BNCT」 チーム

小型加速器をベースにした新しいがん治療装置・BNCT事業は 2011 年 3月11 日の東日本大震災のころに立ち上げたプロジェクトである。それから 4年余りを経て装置はほぼ完成し、種々の準備が終わり次第、本格的運転を開始する。この事業は「典型的」産学官連携事業だ。1) 産は三菱重工業株式会社、東芝電子管デバイス株式会社、日本高周波株式会社、日本アドバンストテクノロジー株式会社、株式会社トヤマ、NECトーキン株式会社、株式会社アトックス、Cosylab、株式会社オオツカ、株式会社関東技研、株式会社大洋バルブ製作所、DAWONSYS(韓国)など、数多くの大中小の企業が参入

2) 学は筑波大学(医学、薬学担当)、高エネルギー加速器研究機構KEK(加速器、装置全般担当)、北海道大学(中性子科学担当)、日本原子力研究開発機構 JAEA(中性子、放射線防御担当)の 4機関

3) 官は茨城県が建屋と設備担当、経済産業省と文部科学省がベンチャーキャピタルの役割を担い、開発費はほぼ補助金による

各機関、企業ともその得意技を発揮し、それを筑波大とKEKがマネージするスタイルだ。医療機器は開発要素の多寡にもよるが、通常は製造企業や企業コンソーシアムが薬事申請も含めて請け負う形が典型だが、本プロジェクトは学が多くの企業グループをマネージし、ファンドは官から提供されている。わが国では、われわれ 「いばらきチーム」 のほかに、「京都大学・住友重機械工業チーム」、「国立がんセンター・株式会社CICS チーム」 の計 3チームが加速器ベースBNCTプロジェクトに取り組んでいる。われわれ以外の 2チームは企業が開発を請け負うスタイルである。ありふれた表現だが、3チームのアプローチはそれぞれの開発哲学に従って内容、形態ともに一長一短があり、将来の成果によってその評価が定まるであろう。

■ BNCTとは

BNCT(Boron Neutron Capture Therapy)は、日本語で 「ホウ素中性子捕捉療法」 と呼ばれる放射線がん治療法の一つだ。一般的放射線療法はX線治療で、わが国では年間 36万人ほどの患者さんが治療を受けている。その歴史は長く、始点の定義によるが 100 年近くにもなり、日本では保険適用である。新

吉岡 正和よしおか まさかず

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 加速器研究施設 加速器第一研究系

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放射線治療法として粒子線治療も登場し、陽子線や重粒子線(炭素イオン)が用いられる。新しいといってもわが国の歴史は既に 30年余となる。先進医療として患者負担金はそれなりに必要だ。治療を受ける患者数は漸増を続け、現在はX線治療の 1.5%ほどだ。これら既存の放射線療法は加速器ビーム(高エネルギーのX線や粒子線束)を直接体内のがん組織に照射し治療する。対象がんは「固形がん」で浸潤性がんや多発性がんを苦手とする。一方 BNCTは放射線ががん細胞を殺すところは既存方法と共通だが、「標的

照準方法」が全く異なる。まず患者にあらかじめホウ素 10を含む薬剤、それもがん細胞に集積しやすい薬剤を投与(DDS、ドラッグ ・デリバリー ・システム)し、第 2段階としてそこにエネルギーの低い(0.5eV~ 10keV)中性子を照射する。体内で減速した熱中性子はがん細胞内に入ったホウ素10と非常によく核反応を起こす(炭素、酸素、窒素、水素などとの反応に比較して)。その終状態はα線(ヘリウムの原子核)とリチウムで、それらががん細胞を殺す。α線もリチウムも飛程が細胞内にとどまる(図 1)。つまり、ヒトが開発したホウ素薬剤を細胞レベルでがん組織に届け、自然が決めた中性子 ・ホウ素 10の大きな核反応断面積という 2段階標的照準により、細胞レベルでがん治療を行う。従って浸潤性がんや多発性がんに適用できるのだ。BNCTのメリットはもう一つある。放射線治療はがんに 60 グレイ程度の放

射線を集中させて徹底的にたたくが、それを 1回照射で実施すると正常部もダメージを受けるため、20 ~ 30 回の分割照射が必要で、1カ月以上の連続治療を継続する。BNCTの場合はその心配がなく 1回照射で治療は完了する。そのときの照射時間は患者負担を考慮して長くても 1時間以内を目指している。このためには十分な強度の中性子ビームが必要で、同時に、患者に有害な中性子成分やγ線を少なくすることも必須だ。

■研究用原子炉から加速器へ

これまでは JAEAの JRR-4 や京都大学原子炉実験所のKUR(研究用原子炉)を中性子源として、既に 40年余にわたり 500症例以上の治療がなされている。概念を図 2に示す。そこでは悪性脳腫瘍、頭頸部がん、メラノーマなどについて顕著な効果が報告されている。ボロン 10薬剤としてはステラファーマ株式会社が2種類提供していて、がん組織への集積度は正常細胞の 2.5 ~ 3倍の範囲である。ところで、発電用、小型研究用を問わずすべての原子炉は等しく「原子炉等規制法」により安全性が保たれる仕組みで医療機器として大々的に病院設置できる状況にない。そこで、中性子源として、①大強度陽子加速器と、②標

図 1 BNCT原理図

図 2 原子炉(JRR-4)による BNCT治療

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的と中性子減速装置(モデレーター)を組み合わせた中性子発生装置から構成される加速器BNCTの実現が待ち望まれることとなった。加速器の安全を担保する法令は 「放射線障害防止法」 である。図 3は「いばらき方式」で、加速器は 8MeV陽子リニアック(ビームパワー最大 80kW)、中性子生成標的はベリリウムである。京大グループの加速器は 30MeVサイクロトロン(ビームパワー33kW)とベリリウム、国立がんセンターは 2.5MeVリニアック(ビームパワー50kW)とリチウムを使う。

われわれは自分たちが選択した技術の優位性に確信を持って推進しているが、ある程度長い目で今後の成果をしっかりと評価していくことが重要である。いずれにしても、国際的に加速器ベースBNCTはわが国が断然リードしている分野で、加速器ベース BNCTの普及はDDS開発を促し、治療対象となるがん患者数を劇的に増加させる。その場合、国内のみならず世界を相手にした医療ビジネスとしても大いに期待できるものになろう。

■産官学連携の重要性と加速器科学への期待

わが国のよって立つところは持続的知的イノベーションに裏付けされた製造業と農林水産業だというのが筆者の持論である。極東の島国日本は南北に長くかつ高低差のある国土、豊富な雨量、森林、農地、暖流 ・寒流のぶつかる海洋、それと何よりも教育水準の高い人口に恵まれている。そこには前期縄文時代より自然条件を活かした人々の生活があり、現代に至るまで、その時代時代に最先端技術を駆使してきた。それは濃淡がありながら今日まで続いていることは数々の文化財や近年のノーベル賞受賞者数をみても分かる。知恵を絞って製造業と一次産業ともに持続可能な産業にすべきである。今日の日本の人口統計を悲観材料とする見方もあるが、ここは長い歴史を踏まえて、われわれ現代人としての頑張りどころと考える。筆者も、自分が担当する加速器科学をベースとして、宇宙誕生の謎に挑む国際リニアコライダー(ILC)計画をわが国に立地させること、科学研究に加えて、材料開発に目覚ましい成果を挙げる放射光・中性子施設、それに放射線医学 ・核医学を日本の将来を担う重要な柱とすることに全力を傾ける覚悟だ。それらを戦略的に展開していくためには産学官連携は必須の体制である。

図 3 加速器による BNCT

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研究者リレーエッセイ

■ 20代の実務経験 ■

製造業で生産技術、事業管理、事業企画の実務をこなすところから筆者の社会人生活はスタートした。生産工程の改善、設計VE*1、原価企画、製造系子会社の経営管理、収益管理、事業企画をこなし、技術開発による事業収益確保を日々追求していた。20代の若き時代に、赤字が見込まれる大口商談の黒字化に挑ませていただいた。ある時は、地味な商品を企画し、担当事業部門における高収益商品に育てる経験をさせていただいた。製造系子会社の経営改革について、生産/技術/事業のそれぞれの角度から考え、財務諸表の改善にまでつなげていく経験もさせていただいた。ところが 30 歳になろうというころ、勤務していた企業が赤字化し、リストラの流れの中で退職することとなった。ここまでは、アカデミックなキャリアではなく、MOT(Management of Technology)を現場サイドから泥臭く学ばせていただいた時期と言えよう。

■ 研究分野の変遷 ■

社会人学生として学んだ早稲田大学大学院では、まず「経営システム工学」領域で、ビジネス・エコノメトリックスと呼ばれる計量的企業分析の手法を研究した。この分野の研究経験は今でも役に立っており、大変興味深い内容だった。一方、学会発表をしていくうちに、仮説となるモデルを構築し、シミュレーションを通じて仮説検証をしていくという研究アプローチをとるようになっていった。泥臭い企業現場に慣れた身にとって、こうした研究アプローチは自分らしくないと感じた瞬間があった。30 代前半から、清成忠男先生、松田修一先生の影響を受け、「ベンチャー企業」、さらには意欲的企業家が集積する「地域産業」を掘り下げて研究テーマとする方向に転じた。結果的に、この 20余年、企業の現場を回り続ける研究アプローチを継続している。日本ベンチャー学会においては、地域の第二創業企業、地域の中小企業創造活動促進法認定企業、地域の若者の職業選択と起業意識、について、企業と地域産業を掘り下げた論文を発表していった。世界中のあらゆる企業・地域産業について深く掘り下げて研究していくことは不可能である。そうした現実を踏まえ、特定の企業・地域産業を深く掘り下げ、その分析結果を先行研究と比較し普遍化していく、その研究成果を政策立案にフィードバックしていく、という研究アプローチが 30代後半に定まった。図 1に示す通り、「経営システム-事業-地域産業」の 3要素を統合して研究する学際的アプローチである。この 3要素について、「地域

野長瀬 裕二のながせ ゆうじ

山形大学大学院理工学研究科 教授

*1 VE(Value Engineering):品質を落とさずにコストを下げたり、コストを上げずに品質を向上させるなどして、製品やサービスの価値(value)を最大化する体系的手法。

図 1 研究領域と構成要素

泥くさく、企業の現場を歩き続ける研究アプローチ

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産業」を起点とした内容を著書(地域産業の活性化戦略、学文社)として出版した。この本では、図 2に示す「イノベーター集積の経済性」をどのように実現するかについて論じている。

■ 産学連携と社会人教育 ■

研究のために企業訪問していると、いろいろな相談を受けるようになる。そして、企業訪問の副産物として交流ネットワークが拡大していった。40 代に入ったころ、首都圏北部地域で企業訪問と交流ネットワーク構築を続けていたところ、縁あって埼玉大学地域共同研究センター(現 オープンイノベーションセンター)で、知的財産部創設、地域産業界との連携強化などを任されることとなった。ここでは研究者としてではなく、国立大学の内部業務、営業業務に、現場担当者として専念することとなった。大企業との包括研究協定を締結するなどして、その後、山形大学のMOTプログラムに採用された。MOTプログラムにおいて、まず取り組んだのは、地域のためのPBL(Project-

Based Learning)コンテンツ蓄積である。地域の大企業と中小企業について 4社のリサーチケースブックを作成し、社会人学生の教育と地域貢献を両立することを目指した。地域産業人向けの ICT(情報通信技術)系ショートプログラムの開発、特定企業向けの社内大学プログラムの開発も行った。この手間をかけて構築したナレッジを、どのように世の中に還元していくかが現在の課題である。

■ 現在の研究の方向性 ■

50 代に入ってからは、企業からの課題持ち込み型研究(Engineering Clinic Program、ECP)に注力している。一例として、二次下請け企業の産業財マーケティングの研究が挙げられる。ある二次下請け企業の新事業の全商談をサーベイし、一次下請けとセットメーカーという 2種類の顧客に対して、どのような情報活動・技術開発を行い商談の成約につなげていくべきかを研究した。実務上有効なマーケティングツールを事例二次下請け企業と共に確立し、学会論文としても分析内容の一部を発表した。企業の内部情報の取り扱いの問題があるため、ECPの研究発表には、一定の制約がある。しかし、社会科学に近い学際的領域では、実践性と学術性の二兎を追っていく ECPの意義は大きい。今進めている研究テーマは、成長企業における人材の問題である。企業家の悩みは、事業がうまく立ち上がったなら、その後、資金調達から必要な人材の確保にシフトしていく。人的資源の問題は、ますます重要となると思われる。

図 2 イノベーター集積の経済性

この欄は、今回の執筆者が次回の執筆者を紹介するというリレー形式で進めます。次回の執筆者は東京大学大学院工学系研究科教授 中須賀真一氏です。

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29Vol.11 No.8 2015

海外トレンド

米国コーネル大学における知的財産の商業化手法―技術移転手法を米国のローカル大学に学ぶ―

日本の大学と米国の大学の産学連携システムを比べると、規模もシステムそのものも異なる。しかし、よく見れば、学ぶことはやはり多い。

■日本の地方大学にとって、米国の産学連携は雲の上の存在か?

シリコンバレーに代表される米国の大規模な産学連携システムは、わが国の地方大学から見ると確かにある意味別世界で、視察に行っても目を見張るばかりで、具体的に学べる部分は意外と少ない。大学の規模そのものが巨大で、その技術シーズの多様さ、絶対量とともに、巨大なファンドシステムを備えたシステマチックなライセンシング(実施許諾)とビジネス・インキュベーションシステ ム*1(以下「インキュベーション」)により、常時大量のスタートアップ企業*2

を輩出し続けるさまは、日本の地方大学から見れば現実離れしている感がある。本誌 2014 年 9月号でご紹介したように**1、今四国では四国内の国立 5大学

が産学連携に関する共同化事業を推進している。SICO(四国産学官連携イノベーション共同推進機構)という組織を設立し、一緒にできることは可能な限り事業・組織を統合して効率化を進めるとともに、これまで単独の大学では手が届かなかった高度な産学連携活動にも、海外の例などを参考にしつつ取り組んでいる。この 2月に SICOメンバーの一員として、米国のコーネル大学(ニューヨー

ク州イサカ市)とコロラド州立大学(コロラド州フォートコリンズ市)に出向き、米国のローカル大学における産学連携(特に技術移転)活動をつぶさに調査した。目的は、日本の地方大学がある程度の連携体制を組めば手が届く可能性がある技術移転の商業化手法、すなわち、「もうかる技術移転・元が取れる産学連携」を学ぶためである。そこには、シリコンバレーにはない、われわれにとって現実性のある考え方や施設、取り組みがあった。「日本の地方大学にとって、米国の産学連携は決して雲の上の存在ではない!」という確かな手応えを感じた約 1週間のツアーであ った。コロラド州立大学の取り組みは本誌 2015 年 7 月号で大津賀伝市郎氏が寄稿されているので**2、ここではコーネル大学を取り上げることとする。

■インキュベーションは不動産業?

日本の多くのインキュベーションは地域やわが国の経済に果たしてどの程度のインパクトを与えられているのだろうか。そこから活発なスタートアップ企業がどれくらい輩出し、地域の雇用や税収アップにどの程度貢献しているだろうか。残念ながら一部の特殊な成功事例を除いて、わが国のインキュベーションは惨憺

土居 修身どい おさみ

愛媛大学 社会連携推進機構 副機構長

*2 起業したばかりの企業。

**1 土居修身.“大学の産学官連 携を一歩前に踏み出す試み ~四国からの新しい風~”. 産 学 官 連 携 ジャー ナ ル 2014 年 9 月号.https:// sangakukan.jp/journal/ journal_contents/2014/ 09/art icles/1409-05/ 1409-05_article.html, (accessed2015-06-24).

**2 大津賀伝市郎.“米国在住実 務者から見た米国と日本の 技術移転―米国から学ぶ日本 での地方創生―”.産学官連 携ジャーナル 2015 年 7 月 号.https://sangakukan. j p / j ou r na l / j ou r na l _c o n t e n t s / 2015 /07 /a r t i c l e s / 1 5 0 7 - 0 6 / 1507-06_article.html,(accessed2015-07-15).

*1 創業を目指す人や創業間もない企業などに、サービスや場所を提供して支援するシステム。

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(さんたん)たるありさまで、インキュベーション施設は「不動産業化」しているという指摘はあながち的外れとは言えない状況にある。本年 2月、ニューヨークのマンハッタンから大学の専用連絡バスに4時間半乗って、雪深いイサカ市にあるコーネル大学に着いた。最初に向かったのがマクガバンセンター(McGovern Center、写真 1)である。そこで、所長の Louise Walcer 氏からレクチャーを受ける。マクガバンセンターは、ライフサイエンス分野の研究開発を行うスタートアップを対象としたインキュベーション施設である。施設内に研究に必要な装置や設備があり、入居者は共同で使用することができる。ここまでは普通。ここから話がだんだんすごくなってくる。施設に入居するためにはビジネスプランについての審査があり、おいそれとは入れてくれない。さらに入居後も計画通りに進んでいるか、週に 1回、メンター(助言者)との面談がある。現在、八つのスタートアップが入居しており、コーネル大学からのスタートアップとそれ以外の企業も入居している。面談によるチェックは非常に厳しく、入居時に設定した目標がどの程度達成できたかを事細かく評価される。このインキュベーション施設には、成功しても失敗しても長居することはできない。以下の 5条件のいずれかが満たされた場合、強制的に退去させられる。すなわち、①ビジネスプランを実行できなかった場合②製品開発に成功して会社が継続できる状況になった場合③ベンチャーキャピタルからの資金が得られた場合④買収された場合⑤ 5年が経過した場合である。入居時にそのような契約が結ばれているのだ。わが国の多くのインキュベーションとは何と異なっていることか。基本的な考

え方、ありようが全く違う。カリスマ的なインキュベーションマネージャーなどは存在しない。全てがシステマチック。特定の個人に依存しないでルーチンとして動いている。しかし、これは最初に全体システムさえきちんと設計されていれば、どこでも、もちろんわれわれ日本の地方大学でも実現可能なように思われた。蛇足だが、このマクガバンセンターにはCATプログラムという POCプログラム*3 がある。ニューヨーク州から 100 万ドル/年をもらって、事業化に向けた研究やスタートアップに対して、1件あたり 5万ドルの資金提供をしている。ただし、ご多分に漏れず、これを受けるためには同額の資金を企業から調達する必要があるという厳しい義務が課せられている。州の予算を使う以上、「研究のための研究」は許されないのだ。

*3 Proof of Concept。大学で生まれたが、まだ実用性などが証明されていない発明などに資金援助などをする制度。詳しくは、産学官連携ジャーナル 2015 年 7 月号「米国在住実務者から見た米国と日本の技術移転―米国から学ぶ日本での地方創生―」の“元気な地方から学ぶ産学官連携”の章を参照。

ライフサイエンス分野のインキュベーション施設写真 1 マクガバンセンター

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■一次産業が稼ぎ頭?

さて、次に向かったのはコーネル大学のTLO(技術移転機関)であるCTL(Center for Technology Licensing、写真 2)。われわれの日常の業務に最も近いと思われるセクションだ。Interim Executive Director の Alice Li 博士からレクチャーを受ける。まず驚いたのはそのミッション(役割) だ。技術移転の「技」の字もない。CTL のミッションは、①研究を商品化につなげる②スタートアップを創出する③雇用を創出するの三つである。①の「研究を商品化につなげる」は、まあTLOのミッションとしてうなずけるが、あとの二つはわれわれの感覚としてはTLOのミッションとしてやや大きすぎてつかみどころがないというのが率直な印象だ。実はここの所が米国のローカル大学と日本の地方大学の最も大きな分かれ目だと気付くのに時間はかからなかった。彼女のレクチャーを聞いている間に、「何のために地方大学が存在するのか。その存在を許される根拠は何か」ということがだんだん見えてきた。地方大学は地域に産業と雇用を創出し、地域経済にインパクトを与える存在でなければならないという考え方がTLO部門にも染み込んでいるのだ。新製品や新事業に結び付く発明が出たとき、既存企業へのライセンシングなど考えない。ごくごく自然にスタートアップの設立が発想される。そして、それを実現するサポートシステムがシステマチックに起動する。CTLのオフィスに入ってまず気が付くのが、オフィスの壁一面に張られている成功事例のパネルだ。国内でもよく見る光景だが、よく見るとその大半が一次産業関連の写真で埋まっている。馬の写真や豚の写真、何かよく分からない草の写真、これらのパネルが主役となっているのだ。話を聞くとコーネル大学では品種改良(遺伝子組み換えではない)による種苗法に基づく登録品種および関連特許のライセンス件数が非常に多いという。また、関連した著作権、商標もライセ

写真 2 Center for Technology Licensing

写真 3 SICOの視察メンバー

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ンスの対象としている。そういえば、コーネル大学の周辺は小さな町を除くと大半が牧場だったり、ワイン用のブドウ農園(写真 4)だったりだ。思わずうなずいてしまった。これならわれわれ日本の地方大学でもやれる。産学連携(技術移転)のターゲットは何も遺伝子工学や ICT(情報通信技術)といった先端技術だけではないのだ。コーネル大学にはワイン工場、乳製品工場まで付属している。固定観念で凝り固まっていた産学連携に関する頭の中の地平線が広大な米国の原野のように広がっていく。ちなみに、コーネル大学CTLの活動のアニュアルレポート(年報)には、創出したスタートアップの従業員数、給料総額、投資家から集めた額、収入額などが堂々と記載されており、2014 年の実績は、11 社の起業に成功(うち 6社はニューヨーク州)、コマーシャルライセンス(特許:48件、商標:19件、種苗法に基づく登録品種:91件)、ライセンス収入 1100 万ドルなどであった。

■魚類のエコシステムか、哺乳類のエコシステムか?

一昨年は同じ SICOのメンバーとシリコンバレーを視察した。今年の視察を終えて振り返れば、シリコンバレーのイノベーション・エコシステムは魚類のエコシステム(生態系)だったように思われる。大量に卵を産み、ふ化させて、その中で強い者が生き残り巨大化する。多くが死に絶えても、卵の量、ふ化する稚魚の量が半端でないので持続可能なのだ。一方、今回われわれが見た米国のローカル大学がチャレンジしているイノベーション・エコシステムは哺乳類のエコシステムだ。量こそ少ないが、大学というおなかの中で大事に育て、経済的な付加価値を付けた上で、背中を押して世の中に出していく。わが日本の地方で悪戦苦闘している名もなき地方大学の進むべき道は後者のシステムではないだろうか。帰国後、われわれ SICOのメンバーはわれわれ流の POCプログラムやスタートアップシステムなどを備えた独自のイノベーション・エコシステムを作るべく、日々議論を戦わせている。

写真 4 コーネル大学周辺に広がるワイン用ブドウ農園

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イベント

レポート

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「地方における大学の活用」がキーワード産学連携学会第13回大会

■大会は産学連携学会の主要活動の一つ

産学連携学会は、産学連携学の確立、産学連携従事者の能力向上、地域産学官連携活動の総合的支援などを目的とする組織である。本大会は、その産学連携学会が主要な活動の一つとして全国を巡りながら毎年 1回開催しているものだ。

■第13回大会の主要企画

今年も各省庁をはじめ関連諸機関からの後援、そして科学技術振興機構(JST)や北見市などからの共催をいただく大会となった(表参照)。今回は典型的な地方中核都市である北見市での開催となることから、大会の実行委員会では全国共通の話題に加え、「地方における大学の活用」をキーワードとして、以下の要素から構成される大会を企画・実行した。 ・ 特別講演:株式会社しんや 代表取締役社長 新谷有規氏      「ホタテによる日本の牽引を目指して        -仲買から養殖、そして加工・販売へ-」 ・ シンポジウム:産業界から見た 「産学官連携」 ・ 一般講演:32セッション ・ ポスターセッション ・ オーガナイズドセッション:4セッション

2015年6月25日と26日の両日、北海道北見市の北見工業大学を会場に産学連携学会第13回大会が開催された。

髙橋信夫大会長・北見工業大学長による開会宣言

産学連携学会 第13回大会日時:2015年6月25日(木)       ~ 26日(金)会場:北見工業大学主催:NPO法人 産学連携学会

●概要

一般講演セッションでの発表

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■大勢の参加者と多くの有意義な議論

大会には、文部科学省から科学技術・学術政策局産業連携・地域支援課の坂本修一課長が、経済産業省から産業技術環境局大学連携推進室の宮本岩男室長が、そして地域からは北海道オホーツク総合振興局や北見市などから多くの来賓の方々が参加くださった。発表件数は一般講演 141 件、ポスターセッション 16 件、オーガナイズドセッション 20件に上り、300 人を超える参加者でにぎわう大盛況の大会となった。各セッション、シンポジウムやオーガナイズドセッションでは「地方・地域における大学活用」、「産業界・自治体から見た産学連携学会の活動」、そして「大学の社会貢献や産学連携活動の評価」など、さまざまなテーマで白熱した議論が繰り広げられていた。

■国際交流、国内交流の場として

産学連携学会は昨年、韓国の産学協力学会と国際交流協定を結んだ。その関係構築を記念し、本大会では「産学協力学会(韓国)/産学連携学会(日本)連携への期待」と題する日韓ワークショップも開かれた。それぞれの学会のWoo Seung Kim 会長と伊藤正実会長による講演の後にパネルディスカッションも行われ、両国の産学連携の状況と今後の連携について意見が交わされた。

また大会初日の 25 日(木)の夕刻には 200 人ほどの参加者が集う情報交換会も開かれた。北見市留辺蘂(るべしべ)町の留青(りゅうせい)太鼓の音にのって会が始まり、櫻田真人北見市長と永田正記北見商工会議所会頭から歓迎とお祝いの言葉をいただいた。会場には第 4回全日本大学カーリング選手権大会で優勝した北見工業大学カーリング部の部員も訪れ、カーリングの街・北見の紹介も行われた。遠くは沖縄県、鹿児島県など、全国から集まった多くの参加者に、北見を知り、楽しみ、ファンになっていただく絶好の機会となった。

(鞘師 守:産学連携学会第 13回大会実行委員会 実行委員長/ 北見工業大学知的財産センター長)

表 産学連携学会第13回大会の共催・後援・協賛団体

共催国立大学法人北見工業大学、国立研究開発法人科学技術振興機構、北見市、北見工業大学社会連携推進センター推進協議会

後援

内閣官房知的財産戦略本部、文部科学省、経済産業省、農林水産省、独立行政法人中小企業基盤整備機構、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、地方独立行政法人北海道総合研究機構、北海道オホーツク総合振興局、北見商工会議所、オホーツク産学官融合センター、公益財団法人北海道科学技術総合振興センター、公益財団法人オホーツク地域振興機構、一般社団法人北海道中小企業家同友会オホーツク支部、一般社団法人北見工業技術センター運営協会、北見市産学官連携推進協議会、東京農業大学生物産業学部、日本赤十字北海道看護大学

協賛 北洋銀行、北見信用金庫、網走信用金庫、遠軽信用金庫

ポスターセッションでの発表

Page 35: 「科学」で「技術」を支援する 女性研究者 · 究員、1992年名古屋大学大学院工学研究科助教授を経て、2010 年より現職。1997年日本女性科学者の会奨励賞、2000年日本化

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視 点

産学官連携ジャーナル(月刊)2015 年 8月号2015 年 8月 15日発行

PRINT  ISSN 2186 - 2621ONLINE ISSN 1880 - 4128

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編集・発行国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)産学連携展開部産学連携プロモーショングループ

編集責任者野長瀬 裕二 山形大学大学院 理工学研究科 教授 

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K’s五番町TEL:(03)5214-7993FAX:(03)5214-8399

 先日、数年ぶりに米国のシリコンバレーに行く機会があった。新しいビジネスを次々と生み出していく新興企業、人材を輩出する高等教育機関、ベンチャーキャピタル、アクセラレーター等々を訪問し、この地の「熱」をあらためて感じることができた。今はやりの「エコシステム」といってしまうとそれまでだが、根底にはその地域に根差した人々、企業の活力がある。 翻って、今の日本はどうだろうか。イノベーション、スタートアップ、ネットワーク等々、言葉は乱立しているが、地域的なイノベーション創出の仕組みは、「作ろう」と思ってそう簡単に作れるものではない。スタートアップのネットワークなるものが設立され、問い合わせ先が「市役所」となっていると、これで機能するのだろうかと考えてしまう。 地方においては公的機関の役割は大きい。また時に音頭取りは重要である。しかしながら、「民」の領域に「公」がいかに関われるのか(関われないのか)、このかじ取りは極めて難しい。

丹生 晃隆  島根大学産学連携センター 連携企画推進部門 准教授・産学連携マネージャー

 現在の産学官連携推進組織(大学関連機関、企業団体、行政関係団体など)における産学官連携専門人材の雇用環境を踏まえると、個々の組織で人材を囲うのではなく、大学関連機関の産学官連携組織間で積極的に情報交換を行い、人材の流動化促進を支援するネットワークを構築することが重要と考えられる。一見、こうしたネットワークは産学官連携専門人材の処遇の不安定化を招く一因と見られがちだ。しかし、産学官連携推進組織と個々の人材がこのネットワークに積極的に関わることは、不安定な産学官連携専門人材のキャリア形成環境を改善できるだけでなく、参画する多くの機関にとって組織が求める最適人材を獲得できるなど、双方のメリットが見込める。 こうした人材流動環境が整備できれば、地域のさまざまな組織・機関に属して個々の組織のポリシー、ニーズ、シーズなどに触れる機会が増える。その経験を通して、人脈を広げ、地域の目指すべき姿を実現する計画を練り、地域を未来に向かって導くかけがえのないリーダーを育成できる可能性がある。

山本 外茂男  北陸先端科学技術大学院大学 産学官連携総合推進センター 教授

公的機関の音頭取りとかじ取りのバランス

産学官連携専門人材の流動化を促進すべき

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