2
2014 / 8 学研・進学情報 -2- -3- 2014 / 8 学研・進学情報 20 日本の高校生も 自分の頭で考えてほしい ●インタビュー    佐藤匠徳 奈良先端科学技術大学院大学 教授 さとうなるとく● 1962 年生まれ。専門は生物学。 米国・ジョージタウン大学 大学院・神経生物学専攻で Ph.D. を取得。奈良先端科学技術大学院大学バイオサ イエンス研究科・教授ほか、米国コーネル大学教授、豪州センテナリー研究所教 授、(株)国際電気通信基礎技術研究所佐藤匠徳特別研究所所長を兼任。 西使●視点・インタビュー

日本の高校生も 自分の頭で考えてほしい · やっているだけなんです。身も、先生や親に言われたからえ方のようなんです。高校生自結局、受験勉強の一環という捉ていくという建前はあっても、研究を通して考え方を身につけ先生方のお話を聞いていると、

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 日本の高校生も 自分の頭で考えてほしい · やっているだけなんです。身も、先生や親に言われたからえ方のようなんです。高校生自結局、受験勉強の一環という捉ていくという建前はあっても、研究を通して考え方を身につけ先生方のお話を聞いていると、

2014 / 8 学研・進学情報 -2--3- 2014 / 8 学研・進学情報

 

20年以上に渡ってアメリカで

研究生活を送り、テキサス大学

サウスウエスタン校医学部教授、

コーネル大学医学部教授など、

エリートコースを歩んできた佐

藤匠徳教授。5年前に奈良先端

科学技術大学院大学(以下、N

AIST)教授に就任し、日本

の若者の育成にも力を注ぐ。そ

の佐藤教授の視点から、日本の

教育の課題をお聞きした。

日本人ポスドクの

評価が下がっている

  

はじめに、NAISTと先生

の研究分野についてご紹介いただ

けますでしょうか?

佐藤 

NAISTは、学部を置

かない国立の大学院大学の一つ

として、1991年に設置され

ました。バイオサイエンス研究

科、情報科学研究科、物質創成

科学研究科という3つの研究分

野があり、僕はバイオサイエン

ス研究科で、人の疾患を治すこ

とにつながる基礎の研究をして

います。

 

iPS細胞やES細胞で作っ

た臓器を移植するという将来構

想がありますが、移植のときの

一番の問題は、血管ができるま

での間、酸素や栄養が与えられ

ずに細胞が死んでしまうことで

す。そこで、血管ができなくて

も、ある程度の期間生きていら

れる細胞を開発しようとしてい

ます。

  

研究者としてアメリカに渡っ

たきっかけは何ですか?

佐藤 

僕は、家族や周囲の人た

ちの影響から、小学校に上がっ

たときには研究者になりたいと

思っていました。アメリカで研

究をしたいと思ったのは、地元・

広島の原爆研究所で、アメリカ

から来ている研究者に接する機

会があったことが大きいですね。

原爆研究所のアメリカから来て

いる研究者と広島大学医学部の

日本人の研究者を子供ながらに

比較してみて、アメリカの研究

者と日本の研究者のレベルの違

いを感じましたし、上下関係の

ある日本では研究をしたくない

という思いもありました。アメ

リカには大学院から行きました

が、それは、大学院では奨学金

が出て、授業料も免除されるか

らです。今のように財団からの

援助があり、渡航費も安かった

ら、学部から行っていた可能性

は高いですね。

  

帰国後、日本の高校生の研究

指導をしていますが、高校生の様

子はいかがですか?

佐藤 

日本の高校生は、「自分

は何をしたいのか」ということ

を考えていないように思います。

「将来、研究者になりたい」と

言っている高校生も、たんに山

中伸弥教授がノーベル賞を取っ

たから、という程度の理由です。

周りにロックスターがいたら、

「ロックミュージシャンになり

たい」と言うのと同じです。小

学生ならそれでもいいかもしれ

ませんが、高校生としてはちょ�

っと不幸だな、と思います。

 

大学・学部選びも、偏差値を

基準にどこに入れるかを見てい

るだけで、真剣に将来を考えた

ことがないですよね。

  

自分で考えない、その背景に

は何があるのでしょうか?

佐藤 

日本では、言われた通り

にやっていれば大学に入れるし、

大学では最低限の授業に出てい

日本の高校生も自分の頭で考えてほしい●インタビュー     

佐藤匠徳 奈良先端科学技術大学院大学 教授

さとうなるとく● 1962 年生まれ。専門は生物学。 米国・ジョージタウン大学大学院・神経生物学専攻で Ph.D. を取得。奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科・教授ほか、米国コーネル大学教授、豪州センテナリー研究所教授、(株)国際電気通信基礎技術研究所佐藤匠徳特別研究所所長を兼任。

れば卒業できます。就職難とい

えども選ばなければ就職先はあ

ります。たとえ貧乏だとしても、

食べていけるし、結婚をして家

族を作ることもできます。社会

の競争に生き残れない人でも、

なんとか生きていくことができ

ます。このような社会に生きて

いると、将来のことを考える必

要はないし、考えるだけ損と

なってしまいます。

 

一方、アメリカでは、自分で

考えないと、本当にホームレス

になってしまう可能性がありま

す。日本にはまだ終身雇用のよ

うなものが残っていますが、ア

メリカにはありません。それこ

そ1年ごとに評価され、駄目な

らクビになり、よければキャリ

アアップして給料が倍になった

りします。子供はそんな自分の

親を見ているので、自分で真剣

に考えるようになりますね。

  

高校生の研究で、日米の差は

ありますか?

佐藤 

まず、研究テーマが違い

ます。これは科学研究コンテス

トを審査する側の問題でもある

んですが、日本では「子供らし

さ」を求めているところがあり

ます。僕が指導した西大和学園

(奈良)のある生徒は、SSH

(スーパーサイエンススクール)

の研究発表で、栄養の違いに

よって各臓器の遺伝子がどう変

化するのかを、マウスを使って

そのメカニズムを探るという、

かなり高度な研究をしたんです

が、「高校生らしくない」とい

うことで評価されなかったんで

す。小学生ならまだしも、高校

生というのはもう研究者の卵で

すから、高校生に「子供らしさ」

を求めるようなことに、びっく

りしました。

 

アメリカの高校生の科学研究

コンクールなどでは、ふつうに

論文になるんではないかという

レベルの発表があります。審査

員も、高校生を研究者の卵とし

て見ていて、サイエンスとして

どれくらい面白いか、どんなす

ごいことを発見しているか、と

いう目で見ます。

 

やはり日本は、子供を子供と

して見る目があって、子供は大

人になる一つの過程という見方

がありません。日米の高校生の

研究の違いには、そういった見

方が影響している気がします。

  

本来なら、SSHからすごい

論文が出てくるほうがいいはずで

すよね。

佐藤 

そうなんですが、高校の

先生方のお話を聞いていると、

研究を通して考え方を身につけ

ていくという建前はあっても、

結局、受験勉強の一環という捉

え方のようなんです。高校生自

身も、先生や親に言われたから

やっているだけなんです。

 

アメリカの高校生は、自分か

らやりたいと言って、ふつうに

教授たちにメールしてきて、大

学で研究をすることがあります。

もし日本でもそういった意欲の

ある高校生がいるのなら、大学

の先生方にメールしてもいいし、

僕の印象では、そういった若者

の芽を育てたいと思っている先

生は多い気がしますね。

  

大学の研究者レベルでは、日

米で差はあるのでしょうか?

佐藤 

本来の研究というのは、

誰も考えていないようなアイデ

アを探してきて、研究費を確保

して、研究して成果を出すとい

うものです。しかし、日本で見

●視点・インタビュー

Page 2: 日本の高校生も 自分の頭で考えてほしい · やっているだけなんです。身も、先生や親に言われたからえ方のようなんです。高校生自結局、受験勉強の一環という捉ていくという建前はあっても、研究を通して考え方を身につけ先生方のお話を聞いていると、

2014 / 8 学研・進学情報 -4--5- 2014 / 8 学研・進学情報

られるのは、やれば絶対に答え

が見つかるようなテーマを選ん

で、研究費を取って、有名な

ジャーナルに論文を出すという

ものです。それによって、准教

授から教授、あるいは地方大学

の教授から東大教授を目指して

います。やっていることが受験

勉強そのままなんですね。

 

だから研究内容を聞いても、

どれも予想ができるもので、ぜ

んぜん面白くない。それは大学

院の博士論文にも当てはまるこ

とで、僕がこの大学に来たとき、

話している学生も研究テーマも

違うのに、みんな同じに聞こえ

るのでびっくりしました。パッ

ケージは違っても、味は同じ缶

詰のようなものです。

  

日本の研究者は昔からそう

だったのでしょうか?

佐藤 

20~30年前の日本のポス

ドクは、アメリカでの評判はよ

かったですね。しかし、15年ほ

ど前から、日本人のポスドクも

選ばないといけないと言われる

ようになりました。つまり、日

本人のポスドクは、言われたこ

とはやるけれど、それ以外のこ

とはやらないし、視野も狭いと

見られたのです。

 

原因としては、日本の大学院

のシステムがあると思います。

定員の枠を広げ、定員の充足率

や、5年での博士号取得率で評

価されるようになったことで、

ポスドクのレベルが低下しまし

た。定員はなくし、論文を書け

ば5年で博士号が取れるような

仕組みは改め、修得した内容で

評価していくべきですね。

一つの物差しの入試制度は

均一な国民には合っている

  

日本の入試制度についてはど

う見ていますか?

佐藤 

僕の専門はバイオロジー

なので進化の面から言うと、日

本は江戸時代に鎖国をしていて、

出島では交易していましたが、

何百年という長い期間、ほとん

どインブレッドな状態にありま

した。国内だけで交配して子供

を作り、野心が高く反抗するよ

うな農民は殺されていました。

つまり、そこでセレクションが

かかっていて、その子孫が今の

日本にいるわけです。

 

実験動物では、10回ほど交配

を繰り返すと本当に均一になり

ます。ですから生物学的に見る

と、日本人が均一であることは

仕方ないのではないかと思いま

す。突然変異が少し出てくるく

らいで、ほとんど均一です。

 

その均一なグループを評価す

るのに、一つの物差しで測る今

の入試制度は、良い悪いではな

く、測ることはできるだろうな

と思います。つまり、日本社会

が求めるような「できる人」に

照らし合わせると、今の入試に

よって測ることはできるという

ことです。

  「達成度テスト」(仮称)は、

アメリカのSATに近い仕組みだ

と思いますが、どう評価されてい

ますか?

佐藤 

テストの結果を参考資料

の一つとして使うという建前は

いいと思いますが、今申し上げ

たように、均一な物差しで測れ

るような国民なので、結局また

平均化されてしまうのではない

かと危惧しています。

 

もう一つの課題は、アメリカ

のようにしっかり時間をかけて

選考ができるかどうかです。ア

メリカの大学には、入試委員会

というのがあって、プロの方が

専任で選考を行っていますが、

日本では、試験監督まで教員が

やっています。教員は、本当は

研究をやりたいので、テストの

点数で選考できるのなら、それ

でいいとなりかねません。

 

もしアメリカのように時間を

かけた選考をやりたいのなら、

すべて教員にやらせるのではな

く、選考の仕組みも考えていか

ないといけないと思います。

  

均一なグループからはみ出る

ような生徒はどうしたらよいで

しょうか? 

東大や京大が発表し

た推薦入試などは受け皿となり得

るでしょうか?

佐藤 

仕組みとしてはあったほ

うがいいと思いますが、野心の

高い学生は、海外に行けばいい

と思うんです。リーディング大

学院プログラムとして、京大大

学院思修館は授業を全て英語で

やるということですが、それな

ら、世界中から優秀な人が集ま

るハーバード大学院に行ったほ

うが絶対にいい。内容的なレベ

ルが全く違います。

  

日本で英語で授業を受けるな

ら、海外に行ってしまったほうが

いいということですね?

佐藤 

語学に関して言うと、海

外に行ったほうがいいでしょう。

語学は、しゃべらないと生きて

いけない、と思わないとできる

ようにはなりません。受験勉強

で成績を良くするため、グロー

バル人材になるため、というの

は英語を学ぶ理由づけとして響

かないです。

 

しかし逆に考えると、表面的

に英会話ができるようになるこ

とよりも、まずは視野を広げて、

自分の頭で物事を論理的に考え

ていくことのほうが大切です。

突然、大学に来て英語で論理的

に考えるような勉強をするとい

うのも無理があって、これは小

学生のときから徐々にやってい

かないとできないことだと思い

ます。

 

グローバル化は、たんに英語

力が問われているのではなく、

いかに視野を広めるかが大切に

なります。そのような教育を子

供のときからしていかないとい

けないと思います。

  

高校の先生としては、国内だ

けでなく、海外の大学も見ておい

たほうがいいでしょうか?

佐藤 

最近は、高校から直接海

外の一流大学に進学する生徒も

出てきていますが、以前より行

きやすくなっているのは確かな

ので、海外の大学も選択肢に入

れていいと思います。どの時期

に行くのがいいというのはない

ですが、個人的には、人生のど

こかの時点で長期で行ってほし

いですね。向こうに骨をうずめ

るくらいの気持ちがほしいです。

 

職業に関わらず、海外で長く

成功している日本人というのは

やはり違います。ノーベル賞を

受賞した根岸英一さんにしろ、

大リーグのイチローにしろ、

オーラがあるし、自分の世界を

持っています。いまの日本社会

にいて、あのようなオーラを持

つのは難しいと思います。

  

これからの教育で大切なこと

は何でしょうか?

佐藤 

今、知識は頭の中だけで

はなく、ネット上などいろいろ

なところにばらまかれています。

アメリカでは、そうした知識を

自分の第二、第三、第四の脳と

してうまく活用し、新しいこと

を作り上げていく能力に注目が

集まっています。会社でも、試

用期間にそのようなタスクを与

えて、第二、第三、第四の脳を

使えるかどうかを試すことが行

われています。

 

そのような時代にあって、達

成度テストにしても、知識を問

うだけの試験問題にどれだけ意

味があるのか? 

情報を集めて

きて、論理的に組み立てて、そ

れを反証してみて、どこまで正

しいかを検証するなかで、何か

新しいものを作り出していくと

いう能力を測るような試験も考

えていくべきだと思います。

 

そもそも日本では、いかに知

識を学ばせるかが教育とされて

きていますが、アメリカでは、

自分で必要な情報を集めて、そ

れを自分で組み立てるのが教育

だと考えられています。日本も、

教育のあり方も含めて、考え直

してもいい時期にきていると思

います。�

(構成/沢辺有司)

●視点・インタビュー