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「自己効力感」を用いた研究をはじめよう 資料 日本キャリア教育学会 研究推進委員会

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「自己効力感」を用いた研究をはじめよう

資料

日本キャリア教育学会 研究推進委員会

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当日の流れ

1.概要説明,オリエンテーション

2.研究と自己効力感概念の基礎

3.自己効力感を研究に活用する

自己効力感を独立変数とした研究

自己効力感を従属変数とした研究

4.疑問点などについてのグループディスカッション

5.まとめと閉会

本資料は,2019 年 8 月 24 日に開催された日本キャリア教育学会 研究推進委員会企

画の講習会の資料を大幅に改変し,読み物化したものです。上記内容,2 および 3 の内

容を中心とします。

著作権は日本キャリア教育学会 研究推進委員会にあります。日本キャリア教育学会

会員もしくは非学会員が自身のためにこれを印刷することは自由に行うことができま

す。学会員が,学校,勉強会等で非会員に配布するために印刷,複製する場合には,日

本キャリア教育学会事務局([email protected])まで,連絡者氏名,会員番号,

利用目的,部数をご連絡ください。事務局より特段の返信はいたしませんが,この連絡

をもって複製,配布を許可いたします。なお,電子データの複製,再配布はご遠慮くだ

さい。

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2019 年 8 月 24 日講習会

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研究と自己効力感概念の基礎

担当:南山大学 浦上昌則

1.研究について

(1)研究の目的

研究の目的は,現象や事象の理解・説明,さらにそれを使った予測や制御に

ある。キャリア教育の実践研究は後者といえる。

研究とは,真理を明らかにする,原理を明らかにすることなどといわれるが,

別の観点からすれば,これは「真理はまだ明らかでない」「原理は明らかになっ

ていない」という現状認識から生じている。つまり研究は「あいまいな知識を

より真に」,「未知なることを既知に」といった,「新しい」「より正しい」とい

う方向性をもつ。

(2)研究のプロセス

国語辞典を参照すると,研究は「調べて考えること」という説明がなされて

いる。すなわち,「調べる」ことと「考える」ことの両方が不可欠な行為。

「考える」とは 国語辞典を参照すると…

・論理的な筋道をめぐって答えを出そうとする

・様々な材料から結論を導くこと/結論を導く材料

・新しいものをつくる

「研究」は「調べ」て「考える」行為のため,研究のプロセスは,調べたこ

と(材料)を踏まえ,論理的に筋道を立て,「新しい」「より正しい」ものを見

いだすことといえるだろう。

(3)研究があつかうものと考える方向

たとえば伊丹(2001)は,研究とは「目に見える現象の背後に隠されている原

理・原則を,どう発見するか」と指摘する。

ここで,「目に見える」と「隠されている」の 2側面に言及しているところが

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大きなポイント。研究が扱うものは「目に見える」現象であるが,考える,見

いだそうとする対象は,その背後にある「隠されている原理・原則」である。

研究は,目に見えるものを手がかりに,「隠されている」(すなわち,未知,不

確か,自明でない,見逃している…)原理・原則,すなわち説明を考えること。

そのため,「目に見える」現象を詳細に記述しても,それは研究にはならない。

木からリンゴが落ちる様子をいかに詳細に観察し記述しても,引力によるとい

う説明には至らないだろう。研究では,「(隠されている)原理・原則がその現

象を生んでいる」という認識の構えをもつことが必要。

(4)どうやって「新しい」「正しい」と主張するか

研究では「新しい」「正しい」という主張が重要である。「新しい」について

は,先行研究,文献等の記述,記録にないことを確認することをもって,新し

いことを示すことができる。

「正しい」については,研究の世界で一般的に合意されているパラダイムに

沿った説明であるかどうかで判断される。現状でいえば,科学がその代表とい

えるだろう。

正しいと認識する過程には,以下のようなものが考えられる(Ray,2003)な

ど参考)。

固執 私が正しいと思うから正しい

権威 本に書いてあるから正しい/偉い人が言っていることだから正しい

理性 哲学的。論理からみて正しく導かれているから正しい

常識(commonsense) 私やみんなの経験や知覚に合致しているから正しい

科学 科学的手法によって導かれているから正しい

「正しい」と主張するには,適切な(それを見聞きした他者が十分に納得で

きる)方法を用いなければならない。科学的な方法はその代表であるため,そ

れを知ること,まねることが重要。そうでないと,研究や研究論文として認め

られず,いわゆる「単なる作文」と評されてしまう。

なお,研究をするにあたって先行研究を多く読むことが推奨されるが,その

理由が以上のことから明らかになるだろう。それによって,何が「新しい」の

かについての判断ができるようになるし,研究の世界で一般的に承認されてい

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2019 年 8 月 24 日講習会

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る「正しい」と主張する方法を知ることができる。

(5)仮説演繹法

科学的研究方法の代表的なものであり,キャリアに関する研究の多くもこの

方法を採用している(補足資料 1参照)。「Aと Bは関連している」「Aによって B

は異なる」といった仮説の検討は,基本的にこの枠組みによって検討されてい

る。実践的な研究である,「Aという介入によって Bが変化する」という仮説も,

最も厳密に確認しようとすればこの方法に準じることになる。

多くの研究で利用されているために,この方法の特徴を理解しておくことは,

論文を理解し,クリティカルに検討するために不可欠だろう。同時に,研究を

しようとする場合の参照枠になる。

仮説演繹法では,すでに明らかになっていることや,他の様々な情報から帰

納法を用いて仮説を導く。仮説を検証するために演繹法を用いて検討可能な事

例に当てはめ,「仮説が正しければこうなるはず」という「予測」,「予言」を提

示する。実験や観察を行い,「予測」,「予言」と一致する結果が得られれば仮説

は正しいと判断する。ただし,絶対に正しいということ担保する方法ではない

ことには注意しておいてほしい。

2.自己効力感という概念の特徴

自己効力感については,Bandura 自身による著作をはじめ,多くの文献,研究

が発表されている。ここでは,研究との関係からポイントと考えられる部分の

みを簡単に紹介する。

(1)社会的学習理論と自己効力感

社会的学習理論は,Bandura によって提唱された理論(説明様式)である。周

りの社会的モデルをまねることによる学習であり,社会的な行動の学習を説明

するものでもある。いわゆる条件づけのような,刺激と反応を直接的にリンク

させるプロセスではなく,その間に「認知」要素を取り入れている。自己効力

感は,この社会的学習理論を構成する概念の一つである。

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(2)自己効力感

Bandura は 1977 年に”Self-efficacy: Toward a unifying theory of

behavioralchange”というタイトルの論文を発表した。「自己効力感:行動変

容の統合理論にむけて」というような意味であり,自己効力感は行動とその変

容を説明するために提起されたといえるだろう。

自己効力感は,ある行動が自分にうまくできるかどうかという期待(効力期

待)の,本人によって認識されたものとされ,以下のような特徴をもつ。

・行動に影響をおよぼす変数であり,行動の変容にも影響をおよぼす変数

・行動を開始するか否か,どれくらい努力を継続するか,困難に直面した際

に,どれくらい耐えうるかを決定する。

・人の特性もしくは性格などの静的なものではなく,環境や他の動機づけ的

メカニズム,自己制御的メカニズム,個人の能力や才能などと複雑に相互作

用する,動的なシステムである。

(3)自己効力感の獲得

自己効力感は,4つの情報源から獲得される 補足資料2参照

「遂行行動の達成」 「代理的経験」 「言語的説得」 「情動的喚起」

認知を重視する理論なので,どういうふうに経験するか(させるか)など,経

験のプロセス,経験する個人がそれをどのように認識するかといった点に配慮

することが必要。4つの情報源を図示する場合に合わせて示されている「誘導

様式」は,情報源が自己効力感につながる説明であり,つなげる臨床技法であ

る。つまり,達成の経験をすれば自己効力感が「自動的に」高まる,などとい

うわけではない。

(4)一般的,特性的な自己効力感

Bandura の指摘を受けて,Sherer ら(1982)が提唱した Generalized

Self-Efficacyの概念に端を発する概念。その後,類似したいくつかの概念や

尺度が提唱され(特性的自己効力感,人格特性的自己効力感など。西村・野村・

丸野,2012 など参照),よく知られるものとなっている。課題や領域ごとではな

く,より長期的に,より一般的な日常場面での行動に影響する自己効力感が仮

定されており,人格特性的ともとらえられるものである。

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Bandura は,自己効力感は領域ごとに存在するが,以下でも触れる「一般性」

という次元を仮定することで,ある自己効力感は行動や場面を超えて般化する

とみなす。この点で,Sherer らの考え方は Bandura と異なっている。このよう

な立場の違いは,支援の可能性や方法の差異を生むことになる。

(5)自己効力感の測定

Bandura は,自己効力感は 3つの次元から理解できることを指摘する

・マグニチュード(レベル):課題となる行動の困難度

・強度:課題となる行動をどの程度確実に遂行できるかについての確信度

・一般性:課題となる行動に対する自己効力感がどの程度般化するか

多くの自己効力感を測定する尺度は「強度」を測定している。まず,項目とし

て「課題となる行動」を示し,どの程度確実に遂行できるかについての主観的

確信の程度をたずねるという方法である。すなわちこれは,自己効力感の測定

においては「課題となる行動」の明確が不可欠であることを示す。

(6)自己効力感を用いる際のポイント

以上のことなどを踏まえて,研究で自己効力感を利用する必要があるかどう

かを判断する際のポイントは,「現象としての『行動』を問題視しているのか?」

という点にあるといえるだろう。行動についての,する/しない,頻度が多い

/少ない,継続・持続的か否かといった側面の説明と自己効力感の特徴は合う

ので,利用しやすいといえるだろう。ところが,自己効力感の理論の特徴から,

行動の適切/不適切の問題と関連させるのは少々難しい。このような留意点は

あるが,「行動」を問題視しているのであれば,一度は自己効力感の観点から検

討してみる価値はあるだろう。

他方で,自己効力感は4つの情報源から獲得されるものであり,行動に影響

するものである,という理論の基本的枠組みに含まれない関連性を検討する場

合には十分な注意が必要である。例えば,「キャリア研究で言及される他の要因

との関連性を検討したい」などという場合である。こういう場合には,その要

因と自己効力感が関連するという仮説を検討する必要性はもちろん,仮説が導

かれる根拠,論理をしっかりと組み立てる必要がある。

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関連文献のリスト

Bandura,A. 1977 Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change,

PsychologicalReview,84,191-215.

西村薫・野村亮太・丸野俊一2012自己効力感に関する研究の展望と今後の課題:展望的自己

効力感の提唱 九州大学心理学研究:九州大学大学院人間環境学研究院紀要13,1-9.

Ray,W.J. 2003 Methodstowardascienceofbehaviorandexperience,7thed.CA:

WadsworthPublishing. (岡田圭二訳 2003 エンサイクロペディア心理学研究方法論 北

大路書房)

Sherer,M.,Maddux,J.E.,Mercandante,B.,Prentice-Dunn,S.,Jacobs,B.,&Rogers,R.

W.1982Theself-efficacyscale:Constructionandvalidation.PsychologicalReports,

51,663-671.

祐宗省三・原野広太郎・柏木恵子・春木豊(編) 1985 社会的学習理論の新展開 金子書房.

戸田山和久2005科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐるNHK ブックス.

補足資料 1 仮説演繹法の基本的枠組み

戸田山和久 2005『科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる』 NHK ブックス 55

ページの図を参照

補足資料2 4 つの情報源と誘導様式

祐宗省三・原野広太郎・柏木恵子・春木豊(編) 社会的学習理論の新展開 金子書房より

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自己効力感を独立変数とした研究

担当:神戸親和女子大学 辻川典文

ここでは,自己効力感を独立変数(何かに影響を与える変数)として利用す

る研究の枠組みを解説する。

1.なぜ自己効力感に注目するか

(1)自己効力感が高いほど,行動量や努力量が増える

自己効力感とは,ある課題を成功させられるかどうかの自己評価や主観的統

制感である(Bandura, 1977)。人は成功の見込みのあるもの,自信のあるものに

対しては積極的に取り組もうとする。一方で,失敗の恐れがあるもの,苦手な

ものに対しては消極的になりやすい。そのため,自己効力感が高い場合,課題

の達成に向けた行動量や努力量は多くなる。

(2)自己効力感は介入により変化する

自己効力感の程度に影響を与える要因は,遂行行動の達成(過去の達成経験),

代理的経験,言語的説得,情動的喚起の 4つとされている(Bandura, 1977)。こ

れまでどのような体験を積んできたかという遂行行動の達成の影響が最も強い

が,代理体験や言語的説得といった周囲からの介入によって自己効力感を高め

ることもできる。成功をイメージできるような介入を行うことで自己効力感を

高めることができる。

→自己効力感の程度は今後の行動や努力量を予測する重要な要因である。さ

らに,周囲からの介入や支援により変容可能であるため,介入や支援の成果

を判断するうえで重要な指標である。

※自己効力感を扱う際の注意事項 -自己効力感と結果の関係-

自己効力感が高いと行動量や努力量が増す。その結果として成功しやすくな

ることが予測される。そのため,自己効力感が高いと良い結果につながると認

識されやすい。しかしながら,努力をすれば必ず成功するというわけではない

ので,自己効力感は行動の結果に直接影響するとは言えない。

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2.自己効力感を用いた研究の例と注意点 -実例を踏まえて紹介-

例 1.自己効力感とキャリア関連の取り組みの効果との関係

キャリアガイダンスやキャリア関連の授業などでは,様々なワークを通して

キャリアについて考えることを促す取り組みが多い。様々な取り組みの中で,

実践者は,学生の特性によって,取り組みの効果が大きく異なるという実感も

あることだろう。そこで,進路選択の自己効力感に注目し,取り組みの効果と

の関連性を解きほぐすような研究を考えてみる。

(1)VPI 職業興味検査の有用性評価との関係

背景:VPI 職業興味検査は,自身の職業興味を明確化させることや職業探索,職

業選択活動を促すことを目的として実施される。進路選択の自己効力感は,活

動の動機付け要因であり,VPI 職業興味検査の結果は活動に利用できる情報と位

置づけられる。それゆえ VPI 職業興味検査を体験し自分にとって有用であった

と感じるかどうかは,自己効力感の程度に左右されると考えられる。

仮説:進路選択の自己効力感が高いほど,VPI 職業興味検査の有用性を高く評価

するであろう。

対象:58 名(大学 2年生 女性)

方法:進路選択の自己効力感を測定(浦上・脇田,2016 を利用) →VPI 職業

興味検査を実施 →VPI 職業興味検査の有用性を測定

結果:進路選択の自己効力感と全ての有用性の評価項目の間には正の相関が認

められ,その多くは有意なものであった(表 1)。進路選択の自己効力感が高い

ほど,VPI 職業興味検査の有用性を高く評価するという仮説は概ね支持された。

表1.VPI実施後の有用性評価と自己効力感との相関 得点は5段階評価標準

偏差

自分の興味に合った職業分野を理解できた 3.55 1.16   .357**これから自分が職業を探すうえでの参考になった 3.64 1.09 .209自分がどのような職業に就きたいか明確になった 2.69 1.16   .469**職業選択について興味が高まった 3.55 0.98   .407**自分の適性や能力を活かせる職業分野がわかった 3.4 1.09   .566**

もっと職業について調べようと思った 4.02 1.13   .263*

進路選択に対する自己効力感 3.1 0.67

平均値自己効力感

との相関

**=p<.01, *=p<.05

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(2)職業講話の効果との関連

背景 卒業生が自身のキャリアを在学生に話し,在学生にこの先のキャリアや

進路選択を考えさせる取り組みはよく行われる(例えば,職業講話など)。基本

的には,卒業生がある種のキャリアのモデルとなり,在学生の進路選択に対す

る努力意識を高めること,不安感を低下さることなどを狙いとして行われる。

この職業講話の効果は進路選択の自己効力感の程度によって変化することが

予想される。自己効力感は,成功裏に課題を遂行できるかどうかの自己評価,

主観的統制感であるため,自己効力感が高いほど,自分も努力することで卒業

生のようなキャリアを積むことができると認識しやすくなるだろう。そのため,

自己効力感が高いほど,職業講話を聞いて,就職活動に対する努力意識が高ま

りやすく,不安感が低下しやすいと考えられる。

仮説 進路選択の自己効力感が高いほど,職業講話を聞いた後,就職活動に対

する努力意識が高くなり,不安感が低くなる。

対象 41 名(大学 3年生 女性)

方法 進路選択の自己効力感を測定(浦上・脇田,2016 を利用) →職業講話

(60 分)を実施 →就職活動に対する努力意識や不安感を測定

結果 進路選択の自己効力感と悩みや不安の増大は負の相関であった。一方で,

努力意識との関連はみられなかった(表 2)。進路選択の自己効力感が高いほど

進路選択に対するネガティブなイメージが低くなったと評価しており,職業講

話の効果は,部分的にではあるが認められたといえる。

表2. 職業講話に対する評価と進路選択の自己効力感の相関 得点は5段階評価標準

偏差

頑張ろうと思った 4.50 0.60 .193自分をもっと高めようと思った 4.13 0.61 .129良い刺激となった 4.25 0.71 .123悩みが深まった 2.93 1.05 -.358*不安が高まった 2.98 1.07 -.342*

気が重くなった 3.08 0.97 -.135

進路選択に対する自己効力 2.79 0.70 *=p<.05

平均値自己効力感と

の相関

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(3)2 つの研究結果から考えられること

進路選択の自己効力感が高いほど,VPI 職業興味検査を有用であったと評価し

ていた。職業講話については,自己効力感と努力意識との間に関連はみられな

かったが,自己効力感が高いほど就職活動へのネガティブな意識(不安,悩み)

は低かった。

これらのことから,取り組みの内容にもよるが,キャリアガイダンスやキャ

リア関連の授業で行われる取り組みに対する評価は,学生の自己効力感によっ

て左右される可能性がある。自己効力感が高い学生には,キャリアガイダンス

やキャリア関連の授業で実施されるワークやイベントなどの取り組みに対して

評価が高く,役に立っているといえる。一方で,自己効力感が低い学生にとっ

ては不安感や悩みを高めてしまう可能性がある。

(4)2 つの研究の問題点・限界

自分で研究を行うためには,先行研究をクリティカルに検討し,問題点や限

界を把握した上で,より正しい説明へと進んでいく姿勢,とらえ方が必要であ

る。そこで,まずはここで紹介した 2 つの研究の問題点や限界についてリスト

アップし,その対応策,改善策を考えてほしい。その後で,以下を読み進めて

いただきたい。

2 つの研究には,どのような問題点があるでしょうか。

各自で考えてみてください。

これらの 2 つの研究については,以下のような問題点や限界を指摘できるだ

ろう。

① 2 つの研究とも,変化をとらえていない

VPI 職業興味検査や職業講話の実施前後で進路選択に対する意識を測定して

いないので,取り組みに対する評価はわかるが,取り組みによる「変化」は把

握できていない。進路選択の自己効力感が高い場合,そもそも就活への意識も

高いことが多いため,事後の様子が VPI や職業講話の効果によるものなのかど

うかという判断は難しい。

得点が高いか低いか,または高くなったか低くなったかを評価する際は,何

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と比較して高いのかもしくは低いのかという,比較基準が必要となる。そのた

め,VPI 職業興味検査や職業講話による変化や効果を捉える際は、実施前後での

測定が必要である。

→ 様々な取り組みの効果を測定することは重要である。測定の際は,取り

組みの実施前後でデータを測定し,変化をとらえることが必須。

② 職業講話の調査(研究 2)で,努力意識と自己効力感の相関がみられなかっ

たことから,2つの間には関連がないと言い切れるか?

表 2 の努力意識(頑張ろうと思った,自分をもっと高めようと思った,良い

刺激となった)の各項目の平均点が高いことに注目する必要がある。

努力意識の平均点が高い理由としては次の 2 つが考えられる。①職業講話の

内容が良かったため,自己効力感が高い学生も低い学生も努力しようと感じた。

②調査の対象が就職活動を控えた3年生のため,そもそも努力意識が高かった。

すなわち,話を聞くまでもなく,努力すべきだという意識を全員が持っていた。

①と②の理由から,学生の個人差である自己効力感による努力意識の差を見い

だしにくかった可能性がある。つまり,講話の内容や対象学年が違えば,異な

る結果になることも考えられる。

また,得点が高得点に偏っており天井効果の影響から相関係数が高くなりに

くいことも挙げられる。とくに「努力すべきかどうか」などといった内容を測

定する場合は,高得点になりやすいので,質問の仕方に留意する必要がある。

これらのことから,努力意識と自己効力感の間に関連がないとまでは言い切

れない。

→ 結果の解釈の際は点数の高低だけでなく,点数の分布,偏りも注意して

おく必要がある。

③ 学年,性別による違い

自己効力感は対象となる課題によって,性差がみられることが考えられる。

特に進路選択に関しては,女性の方が低い傾向にある。そのため,研究参加者

における男女比や性別の影響は考慮すべきである。今回の 2 つの研究はいずれ

も女性しか参加していないので,今回の結果が大学生全体に当てはまるとはい

えない。また,学年が進むにつれて進路に対する捉え方が変化するため,学年

差も考慮する必要がある。

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例2.自己効力感と結果の関係を考える

キャリア研究で頻繁に注目を集める現象として,就職活動や内定の問題があ

る。そして,この現象の説明として自己効力感に言及されることも多い。これ

は自己効力感が就職活動やその結果としての内定の有無に影響を与えるであろ

うという見通しに沿うものであるが,この現象を解明するための研究を例とし

て考えてみる。

この見通しに沿って以下のような研究を計画・実行し,結果を得たとする。

この研究と結果から,自己効力感は内定獲得に影響していると結論してよいだ

ろうか。自己効力感が内定獲得に影響していることをより適切に示すには,ど

のような研究計画に修正すればよいだろうか。

対象:163 名(大学 4年生 男性 62 名,女性 101 名)

方法:8月に,内定の獲得状況(0.なし・1.あり)と,進路選択に対する自己効

力感(安達,2001 より 20 項目使用)を調査

結果:内定の獲得状況と進路選択に対する自己効力感の相関(点双列相関)を

求めたところ,r=.226(p<.001)という有意な相関が認められた。

(内定の獲得状況は「なし」を 0,「あり」を 1 としているので,自己効力感と

正の関連性が認められたということは,自己効力感が高いほど「あり」とする

対象者が多くなることを意味する)

この研究には,どのような問題点があるでしょうか。

各自で考えてみてください。

① 因果関係が特定できない

まず,自己効力感は内定獲得に影響していると結論してよいかという点につ

いては,そのようには結論できないというべきだろう。注目点は,自己効力感

と結果(内定を得たかどうか)を同時に測定しているところである。論理的に

は,自己効力感が原因となる因果関係にあるが,取得したデータはそれにそっ

ていない(時間的順序にそって収集されていない)。そのため,結果に示された

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有意な関連性は,「内定を得たから自己効力感が高くなった」ためによって生じ

たとも考えられる。この研究では,ある一時点で集めたデータを分析に用いて

いるため,有意な関連性を自己効力感が高いから内定を得たと解釈すべきか,

内定を得たから自己効力感が高いと解釈すべきか決められないのである。それ

ゆえ,自己効力感は内定獲得に影響していると断定的に結論することは控える

べきといえる(ただし,両者に有意な関連性があったことは事実である。その

ため,「有意な関連性があった」と報告することは問題ない。しかし,因果関係

にあると断定する表現を使うと恣意的解釈とみられてしまう)。

② 行動面の測定が必要

自己効力感が内定獲得に影響していることをより適切に示そうとするならば,

行動(自己効力感に導かれる行動・内定取得につながる行動)の扱いについて

慎重に検討すべきである。この研究では行動は測定されていない。自己効力感

が行動に影響し,その結果内定獲得につながると論理的には仮定されるが,こ

の点でも取得したデータはそれにそっていないのである。論理的関連性に含ま

れる要因はすべて測定しておくことが,より適切な関連性の解明に必要である。

その他にも,研究計画段階で検討しておくべきこともある。以下に留意点を

まとめておく。

留意点① 第3の要因を考えてみる

自己効力感と行動や結果の関係を検討しようとする際には,これらの変数間

の関係性を強めたり弱めたりする第3の要因を考えてみることが必要である。

例えば,性別,性格,課題の特徴,学年,専攻,地域,社会状況などによって,

自己効力感と行動の関係性の強さが変化するかどうかを考えてみる。

留意点② 先行研究や理論を踏まえること

就職活動など社会的な事象を扱う場合,社会状況が影響するので,1回の結果

だけでは一般化が可能な結論を得ることは難しい。結果の普遍性を担保するに

は,先行研究や理論に基づき調査することや複数回調査を実施することも大事。

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関連文献のリスト

安達智子 2001 大学生の進路発達過程 -社会・認知的進路理論からの検討- 教育心理学研

究,49,326-336.

Bandura, A. 1977 Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change.

PsychologicalReview,84,191-215.

浦上昌則・脇田貴文 2016 項目反応理論を用いた進路選択に対する自己効力尺度短縮の試み

南山大学紀要『アカデミア』人文・自然科学編 12,67-76.

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自己効力感を従属変数とした研究

担当:南山大学 浦上昌則

ここでは,自己効力感を従属変数(何かから影響を受ける変数)として利用す

る研究の枠組みを解説する。自己効力感の育成に関する実践的研究の枠組みで

ある。なお,ここでは対象が集団の場合を検討する。対象がひとり(もしくは

ごく少数)の場合は,カウンセリングの事例研究のようなアプローチを参照さ

れることをすすめる。

1.どういう場合に適合するアプローチか

・適合する場合

「現在行っている支援は,自己効力感を高めているのだろうか」,「こういう

経験をさせると,自己効力感が高まるのではないか」…

・適合しない場合

「どんな経験が自己効力感を高めるのだろうか」…

違いは,仮説になりうる予測があるかどうかというところにある。仮説は,「根

拠のある推測」などとも表現されるが,これがないと研究の枠組みにのせるこ

とができない。

2.因果関係を検討する研究の枠組み

自己効力感の育成に関する研究は,「経験や介入が自己効力感に影響する」と

いう因果関係を明らかにする研究である。因果関係については,それを最も明

確に確認する方法は実験的手法である。実験的方法でなければ因果関係を明ら

かにできないかといえばそうともいえないが,実験的方法で採用されるいくつ

かの条件を満たさないことが,間違った結論を導く可能性を高めることにつな

がる点に注意が必要である。

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(1)因果関係を明らかにする計画

「A が B に影響する」という因果関係が成立していることを可能な限り明確に

するためには,以下のような条件が満たされることが必要になる。

・A が B に影響するという論理的説明が成り立つこと

・Aが Bよりも時間的に先行すること

・Aと Bが共変関係にあること

・A以外に Bに影響する強い要因がないこと

以上のことを,「活動 Aが,自己効力感 Bに影響する」という因果関係を解明

する場合にあてはめると…

◎活動 Aが自己効力感 Bに影響するという論理的説明が成り立つこと

「活動 Aが,自己効力感 Bに影響する」という仮説を導く際の論理が問われ

る。仮説自体ではなく,「仮説を導く論理」が注目される。論文では,問題・

目的部分で,介入・支援方法の提案として論じられる。

◎活動 Aが自己効力感 Bよりも時間的に先行すること

活動 Aの後に自己効力感 Bを測定するという研究計画で対処する。

◎活動 Aと自己効力感 Bが共変関係にあること

共変関係とは,Aの有無や程度によって Bが異なる関係ということ。「活動 A

の有無(活動 Aの前後)で自己効力感 Bが異なるか」という点を結果から確

認する。そのため,自己効力感 Bは活動 Aの後だけでなく前でも把握してお

く必要がある。

「活動 Aの有無(活動 Aへの参加の有無)で自己効力感 Bが異なるか」とい

う面(被験者間)もある。

◎活動 A以外に自己効力感 Bに影響する強い要因がないこと

活動 A以外の要因からの影響を統制するために,研究計画で統制群を設定す

るなどして対処する。

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「A が B に影響する」という因果関

係を可能な限り明確にするためには,

以上のような枠組みに準じた研究計

画と準備が必要となる。これに従っ

て研究を行った場合,Aの影響(効果)

があった場合には,図1のような得

点の様相を示すことになる。

さて,このような条件を満たすこ

とが必要となると,周到な計画と準

備が必要そうだという印象をもたれ

るかもしれない。その印象は正しく,簡単にできる研究ではない。ところが,

以上のことを満たせば「活動 A が,自己効力感 B に影響する」と強く主張でき

る。この力を利用しない手はないだろう。

以上の条件から,大規模な実践計画であればあるほど,因果関係の検証は難

しくなるといえる。規模が大きくなれば考慮する要因も増えるが,それは因果

関係の理論的説明を複雑にするし,事前事後の間隔が開くほど狙った影響因以

外からの影響を排除しにくくなる。たとえば,4月に自己効力感を測定し,5月

6月にいくつかのイベントを実施,夏休み前に再度自己効力感を測定することで,

イベントの効果を検討するというような計画では,効果の本質的な影響を検討

することは極めて難しくなる。先の研究例で紹介されていたように,あるイベ

ントだけを取り上げて,それを活動 A としてその影響を検討するといった,小

さな規模の研究計画からはじめてみるのがよいだろう。

(2)しばしば見られる問題

◎支援が自己効力感に影響するという論理的説明が成り立たない

「現在行っている支援は,自己効力感を高めているのだろうか」というよう

な問題意識がある場合にしばしば起きる。「現在行っている支援」は,自己効力

感の育成を特に意識したものではなかったが,その効果を確認する必要性に迫

られて,後付けでとりあえずデータを得ておいた…というような場合。もとも

と自己効力感の育成を目指したものではないので,支援が自己効力感につなが

るという説明が不可能になり,研究としての体をなさなくなる。

また別のケースとして,自己効力感だけでなく複数の目標を掲げているため,

事前 事後

実験群統制群

図1 効果が認められる場合の得点変化の様相

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いろいろな支援を行っている。そのため,自己効力感に影響するという論理的

説明が可能な支援もあるが,そうでない支援も含まれる,というような場合も

あるだろう。研究という視点からは,「何が何に」という影響の因果関係が不明

確なところは致命的ともいえる。しかし,学校等における現実の指導は自己効

力感だけを目的とすることはないだろう。こういう場合は,先にも紹介したよ

うに,支援の一部を切り取って検討するイメージで対応すれば研究としてまと

めやすいと思われる。

◎「4つの情報源」の無視・誘導様式の軽視

Bandura の理論的枠組みに沿うのであれば,その理論に含まれる 4つの情報源

と,新たに提案する支援の関係,異同について言及することは必須といえる。

しかし,4 つの情報源への言及がまったくないまま,支援の方法が提示されて

いる研究(論文)に出会うことがある。また,特に集団を対象とした支援では,

経験と自己効力感をつなぐ誘導様式が支援の計画時に考慮されていない(支援

に反映されていない)と感じることがある。当然のことといえるであろうが,

ある理論体系に従う場合,その理論を十分に理解し応用する姿勢が求められる。

◎自己効力感の測定時期が不適切

支援の前だけ(お目にかかったことはないが),もしくは後だけの測定結果し

かないような研究。先にも述べたように,このようなデータからは「支援が自

己効力感に影響した」という結論を導く論理が成り立たない。(後だけの測定で

は,「支援前から違っていた」という可能性を否定できない)

◎統制群が設定されていない

支援等の場面では統制群の設定が難しい場合もあり,統制群が設定されてい

なければ研究として認められないわけではない。しかし,ある支援の効果を明

確にする方法としては不十分であり,それゆえ結果にあいまいな点が残ること

は不可避である。そのため,様々な工夫をして,できるだけ統制群を設定する

ことをすすめたい。学校などでは,クラス単位で実験群,統制群を分け,介入

を行う時期をずらすなどといった工夫をすることで,統制群を確保しつつも,

全員に同じ学習経験を保証しているような対応も行われている。

なお,時に計画上の課題を自覚できず,結果にあいまいな点が残っていること

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に気付いていない(もしくはそれに目をつぶっている)ような発表に出会うこ

ともある。その課題に気付いていなければミスとなり,研究として成立しない。

他方で,限界を理解した上で研究を行い,その限界の範囲内で新たにわかった

ことまとめれば,研究として成立する可能性が生まれる。しかし限界がわかっ

ているにも関わらず,その範囲を超えた解釈を行うのは先(15 ページ)でも触

れた「恣意」となる。これはルール違反であり,やってはいけないことである。

(3)実践までの準備

留意点は少なくないが,実践までの準備は以下のような単純なものである。

ただし 1,2は必ず最初に,この順で行わなければ,取り返すことは極めて難し

くなる。

1.注目する自己効力感の定義/決定と測定方法の確立

2.自己効力感に影響することが論理的に説明できる活動の計画

3.統制群の確保

4.実践

3.しばしば尋ねられる質問と,研究への歩み

経験上,「××」は自己効力感に影響しているように思います。でも影響関係

を論理的に説明することはできません。データをとれば,影響があることを明

らかにできるのではないですか?

この状況のまま実践し,適切なデータを集めたとすると,それを実験的実践

とよぶことはできるだろうが,科学的なルール,仮説演繹法からは逸脱してい

る。そのため,たとえ自己効力感に有意な影響が認められたとしても,それを

もって「××が自己効力感を高めた」とはいえない。なぜなら,有意な結果が

得られたとしても,その知見は実践者の経験を裏付けただけであり(現象を詳

細に示しただけであり),「××」が自己効力感に影響することの「説明」が不

明なままであるためである。

ただし,「××」を経験すると自己効力感が高まるように感じている,という

ような認識がある場合,きちんとデータをとって検討してみることはとても重

要な行為である。実感(主観)ではなく,客観的にも変化が認められるならば,

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それは価値ある「興味深い観察」(学会誌執筆規定,資料論文の部分参照)とな

る可能性もある。そして,その影響関係についてさらに検討する価値・意義が

生じる。研究の第一歩といえるだろう。