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「超空間制御と革新的機能創成」研究領域 領域活動・評価報告書 -平成29年度終了研究課題- 研究総括 黒田 一幸 1. 研究領域の概要 本研究領域では、環境・エネルギーや医療・健康をはじめとする社会的ニーズに応えるべく、「時代を創る」新物 質・材料の創製に向けて、物質中の空間空隙を高度に設計・制御する「超空間制御技術」を確立し、従来の空間 利用の常識を超える革新的機能の創出を目指します。 具体的には、エネルギー変換材料、化学物質の貯蔵・輸送・分離・変換を可能にする材料、分子認識材料、医 用材料、構造材料、電子材料等への利用に向けて、高度に設計・制御した空間空隙を革新機能創成の場として 捉えた先駆的・独創的な研究を推進します。 加えて、将来的な素材化 、プロセス化の技術の流れを意識し、空間空隙の合成化学の側面と、最先端計測お よび計算による機能解明等、広い観点を背景とした挑戦的なアプローチを有する研究を目指します。 世界を牽引し、物質・材料開発研究のフロンティア開拓を期待できる挑戦的・意欲的な研究に取り組みます。 2. 事後評価対象の研究課題・研究者名 件数: 13件(内、大挑戦型0件) ※研究課題名、研究者名は別紙一覧表参照 3. 事前評価の選考方針 選考の基本的な考えは下記の通り。 1) 選考は、「超空間制御と革新的機能創成」領域に設けた選考委員12名の協力を得て、研究総括が行う。 2) 選考方法は、書類選考、面接選考及び総合選考とする。 3) 選考に当たっては、さきがけ共通の選考基準(URL:http://www.jst.go.jp/pr/info/info825/besshi4.html)の 他、以下の点を重視した。 1.提案者の問題意識(何を研究すべきか) 2.空間空隙が本質的役割を果たすと期待できる提案であるか 3.空間空隙の設計の意図が明確であるか 4.空間空隙から生まれる機能の本質がどこにあるのかを深く考え、独自の視点に立脚した創造的な提案 であるか 5.「機能発現が見込まれる」 のみならず既存物質・競合物質の機能に比して「どのような」そして「どの程度 の」アドバンテージを見込むのかについて検討されているか 6.次の時代を切り拓き、世界を牽引する強い意志を感じさせる提案、大きなアウトカムが望める提案である 7.自分の頭で考え抜いた挑戦的提案であるか 4. 事前評価の選考の経緯 応募課題につき領域アドバイザー12名・外部評価者14名が書類審査し、書類選考会議において面接選考 の対象者を選考した。続いて、面接選考および総合選考により、採用候補課題を選定した。 選 考 書類選考 面接選考 採択数 13件 対象数 182件 31件 3年型 13件(0件) 5年型 0件(0件) ( )内は大挑戦型としての採択数。 ※本領域においては、5年型、大挑戦型を公募しなかった。

「超空間制御と革新的機能創成」研究領域 領域活動・評価報 …...「超空間制御と革新的機能創成」研究領域 領域活動・評価報告書 -平成29年度終了研究課題-

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  • 「超空間制御と革新的機能創成」研究領域 領域活動・評価報告書 -平成29年度終了研究課題-

    研究総括 黒田 一幸

    1. 研究領域の概要

    本研究領域では、環境・エネルギーや医療・健康をはじめとする社会的ニーズに応えるべく、「時代を創る」新物

    質・材料の創製に向けて、物質中の空間空隙を高度に設計・制御する「超空間制御技術」を確立し、従来の空間

    利用の常識を超える革新的機能の創出を目指します。

    具体的には、エネルギー変換材料、化学物質の貯蔵・輸送・分離・変換を可能にする材料、分子認識材料、医

    用材料、構造材料、電子材料等への利用に向けて、高度に設計・制御した空間空隙を革新機能創成の場として

    捉えた先駆的・独創的な研究を推進します。

    加えて、将来的な素材化 、プロセス化の技術の流れを意識し、空間空隙の合成化学の側面と、最先端計測お

    よび計算による機能解明等、広い観点を背景とした挑戦的なアプローチを有する研究を目指します。

    世界を牽引し、物質・材料開発研究のフロンティア開拓を期待できる挑戦的・意欲的な研究に取り組みます。

    2. 事後評価対象の研究課題・研究者名

    件数: 13件(内、大挑戦型0件)

    ※研究課題名、研究者名は別紙一覧表参照

    3. 事前評価の選考方針

    選考の基本的な考えは下記の通り。

    1) 選考は、「超空間制御と革新的機能創成」領域に設けた選考委員12名の協力を得て、研究総括が行う。

    2) 選考方法は、書類選考、面接選考及び総合選考とする。

    3) 選考に当たっては、さきがけ共通の選考基準(URL:http://www.jst.go.jp/pr/info/info825/besshi4.html)の

    他、以下の点を重視した。

    1.提案者の問題意識(何を研究すべきか)

    2.空間空隙が本質的役割を果たすと期待できる提案であるか

    3.空間空隙の設計の意図が明確であるか

    4.空間空隙から生まれる機能の本質がどこにあるのかを深く考え、独自の視点に立脚した創造的な提案

    であるか

    5.「機能発現が見込まれる」 のみならず既存物質・競合物質の機能に比して「どのような」そして「どの程度

    の」アドバンテージを見込むのかについて検討されているか

    6.次の時代を切り拓き、世界を牽引する強い意志を感じさせる提案、大きなアウトカムが望める提案である

    7.自分の頭で考え抜いた挑戦的提案であるか

    4. 事前評価の選考の経緯

    応募課題につき領域アドバイザー12名・外部評価者14名が書類審査し、書類選考会議において面接選考

    の対象者を選考した。続いて、面接選考および総合選考により、採用候補課題を選定した。

    選 考 書類選考 面接選考 採択数

    13件

    対象数 182件 31件 内

    3年型 13件(0件)

    5年型 0件(0件)

    ( )内は大挑戦型としての採択数。

    ※本領域においては、5年型、大挑戦型を公募しなかった。

    http://www.jst.go.jp/pr/info/info666/shiryou4.html

  • 5. 研究実施期間

    平成 26年 10月~平成 30年 3月(3年型)

    6.領域の活動状況

    1)領域会議:7回

    2)成果展開検討会 (研究者、メンターによる研究分科会)

    第1回: 2016/7/8 東北大学東京分室(東京) 13名参加

    第2回: 2017/3/4 JST東京本部別館(東京) 9名参加

    3)課題事後評価会

    2017/12/13 JST東京本部別館(東京)

    4)サイトビジット(上長への協力依頼、研究方針議論、研究環境等の確認)

    研究総括と技術参事、領域担当による研究実施場所訪問: 13回(全研究者)

    技術参事と領域担当による研究者訪問: 12回

    5)さきがけ・CREST合同シンポジウム

    第1回: 2015/3/26 日本大学・船橋キャンパス(千葉)

    「超空間を舞台とする新しい化学」

    第2回: 2016/3/25 同志社大学・京田辺キャンパス(京都)

    「超空間を舞台とする新しい化学」

    第3回: 2017/3/18 慶應義塾大学・日吉キャンパス(神奈川)

    「超空間が拓く革新的機能と新素材」

    第4回: 2018/3/21 日本大学・船橋キャンパス(千葉)

    「超空間が拓く革新的機能と新素材」

    7.事後評価の手続き

    研究者の研究報告書を基に、評価会(研究報告会)での発表・質疑応答、領域アドバイザーの意見な

    どを参考に、下記の流れで研究総括が評価を行った。

    (事後評価の流れ)

    平成29年12月 評価会開催

    平成29年12月 研究総括による事後評価

    平成30年1月 被評価者への結果通知

    8.事後評価項目

    (1)研究課題等の研究目的の達成状況

    (2)研究実施体制及び研究費執行状況

    (3)研究成果の科学技術及び社会・経済への波及効果(今後の見込みを含む)

    9.評価結果

    平成 29 年度に終了する二期採択研究者 13 名について、基盤技術である理論系、解析系研究課題を 3 件

    加え、原理・原則の解明を目的とした計算科学、原子間力顕微鏡(AMF)による解析・評価技術など、20 件を

    超えるさきがけ領域内の共同研究を実施しました。材料探索では、発光材料、金属酸化物ナノ粒子、触媒材

    料等、空間を反応場・機能場として利用する技術では、超活性種の安定化による新規化学種の合成、光合成

    タンパク質を活用するナノ空間群の創製、ジャイロイド極小曲面を用いるイオン伝導材料、さらには、高圧合

    成とソフトケミストリーの組み合わせによる結晶制御技術など、多岐にわたる研究課題を様々な角度から取り

    組み、それぞれの課題において、新規、かつ独創的な研究成果をあげました。

    特に、小野研究者においては、多孔性有機結晶の閉塞空間内に有機物質群を導入により室温でリン光発

    光が得られることを見いだし、系統的な実験から現象を一般化することに成功しました。加えて、多くの有機結

    晶を合成し、リン光/蛍光の制御、スイッチング、色制御、高発光量子収率、長寿命化など、応用に向けた材

    料設計技術を構築し、光機能特性を利用したガスセンサー、圧力センサー、酸素センサーへの応用など、学

  • 術的、社会・経済的に高く評価でき、今後の飛躍が期待されます。

    1.淺川 雅 研究者 「ゲスト分子-空間空隙相互作用の原子スケール3次元 AFM計測技術の開発」

    AFM 計測技術開発において、探針先端にホスト/ゲスト分子を結合し、ホスト/ゲスト間の分子レベルでの

    相互作用、吸着・脱着現象の解析、3 次元ポテンシャルマップを得たことは大きな成果です。実際の空間材料

    への適用に関しては未だ課題を残していますが、今後は、再現性、精度を高め、これまで不可能だった相互

    作用の解明への展開を期待しています。

    研究の進め方においては、領域内研究者らと多くの共同研究を実施し、それぞれの研究の遂行に有効な相

    乗効果がありました。計測技術に関する研究では、対象物の選定が重要であり、さきがけバーチャルラボをう

    まく活用できたと思います。本手法の優位性について共同研究を通じてさらに確固たるものにしてください。

    また、本計測技術は共通基盤技術として価値が高く、波及効果の大きい研究課題であると思います。ポテン

    シャルマッピングが材料やデバイスの開発加速に繋がるような事例を示すことができれば、技術の注目度が

    上がることが期待されます。加えて、探針表面への化学種の固定化に関して一般的な手法が確立できると、

    さらに研究の価値が増大すると思います。

    2.石渡 晋太郎 研究者 「極限環境でのナノ空間創製・制御による革新的電子材料の開拓」

    異常高原子価ペロブスカイト型酸化物群の軌道、電荷、スピンの制御を超高圧合成によって達成しました。

    さらに、結晶構造に起因する次元性制御の概念提唱、巨大磁気体積効果の発見など、多くの研究成果が得

    られており、論文発表も高い水準にあります。

    研究の進め方においても、さきがけ研究者をはじめ、国内外の研究者との交流、共同研究への踏み込み、

    研究領域を超えた研究分科会の開催など、さきがけ研究者としての責任の下、積極的な研究活動を展開した

    点は高く評価します。物理研究者としての姿勢に化学的な視点が加わり、次世代の固体化学と物性物理をつ

    なぐ若手研究リーダーとして大きく飛躍しました。

    一般的な元素から構成される新規な物性を有する物質群の発見は学術的に高く評価されます。加えて、超

    伝導関連分野は社会・経済的にも極めて意義の大きなものであり、波及効果をさらに拡大するために、明確

    な機能発現を目的とした新規物質群の開発を期待します。

    3.一川 尚広 研究者 「三次元 Gyroid 極小界面を用いたプロトン伝導性空間の創成」

    双性イオンを基軸とした独自のアイディアに基づくプロトン伝導性材料の開発において、順調に研究成果が

    集積されてきたと思います。また、最終年度に入り、双連続キュービック構造を分子設計により安定に発現さ

    せたこと、液晶構造の固定化による新規なプロトン伝導の確認など、研究が加速し目標を達成しました。

    研究の進め方において、ジャイロイド構造を有する材料設計から設計指針の提案、機能創成まで世界的に

    リードしているとする自負をもち、レベルの高い論文誌への掲載など成果発信も行いました。一方、さきがけ

    研究者との交流や共同研究は少なかったように思います。本課題のコンセプトでもある界面での特異的なイ

    オン伝導を実証するために、積極的な共同研究の実施を期待しています。

    水素とプロトン伝導を両立させる材料開発は興味深い展開になる可能性を秘めています。安定な三次元ジ

    ャイロイド構造を有する新規な液晶材料が、他の材料では達成できない有用な物性の発現に繋がった時、大

    きな社会的意義を有するものになると思います。

    4.小野 利和 研究者 「多孔性有機結晶の閉塞空間を活用した革新的光エネルギー変換材料の創製」

    多孔性有機結晶の閉塞空間内に導入する有機物質の選択によるリン光発光現象について、合成・評価・解

    析を通じて、その現象を一般化することにより当該分野の発展に大きく貢献しました。結晶合成技術に優れ、

    極めて多くの有機結晶を合成し、リン光/蛍光の制御、スイッチング、色制御、高発光量子収率、長寿命化な

    ど、新たな展開を示すことに成功しました。

    この分野に参入して経験が浅いということもありましたが、領域内外を問わず共同研究や産学連携を積極

    的に進め、論文、特許、プレスリリースなど成果発信も積極的に行いました。適宜必要な装置の導入、実験補

    助員の活用により、多くの実験に対応できたように思えます。今後、異分野の研究者との連携によって、新し

    い方向性や異なるコンセプトに基づく展開も期待しています。

    光エネルギー変換材料開発に資する研究成果は、学術的、社会・経済的に高く評価できますが、世の中に

    は多くの発光材料があり、今回開発した発光材料の既存材料に対する優位性を明確に示す必要があります。

    絶対的な優位性が示された時、この材料技術の社会への波及効果は大きなものになると思います。

  • 5.神谷 和秀 研究者 「多孔性共有結合性有機構造体から成る革新的空気酸化触媒の創製」

    トリアジン構造体(CTF)の合成と触媒反応への応用について、「局部電池触媒」という開発指針の有効性が

    実証されました。一方、多孔性共有結合性有機構造体(COF)に担持された金属の配位環境など、構造情報

    の集積については課題として残っています。今後、異なる領域の研究者との連携を通して CTF の構造を明確

    にし、その構造特長を最大限活かした機能開拓に繋げて欲しいと思います。

    研究の進め方については、難しい課題を設定し、研究当初は難航しましたが、アイディアを整理し、領域内

    研究者や企業との研究ネットワークを活用して研究成果につなげることができました。既に COF の有する空

    間を有効に利用する触媒としての道筋を明確にしており、学術的に一定のインパクトを与える成果も得られて

    います。今後、社会・経済への波及のためには、よりインパクトの大きい触媒反応を提示し、コストや耐久性な

    どの実用材料としての優位性を示すことで、応用に向けた開発の加速が期待されます。

    6.佐賀 佳央 研究者 「光合成タンパク質における規則的ナノ空隙群の創成」

    光合成タンパク質からの色素脱離がもたらすユニークな空間創製を達成しましたが、その空間を活用する

    機能創成については、今一歩のところだと思います。しかし、異なる複数の分光特性を有する色素の導入に

    成功し、新たな光合成系への展開の手がかりを見いだした点は大きく評価できます。この概念の一般化によ

    り、様々の色素導入が可能となれば、タンパク質を基盤とした機能性材料の開拓に繋がるものと期待されま

    す。

    研究の進め方については、さきがけ研究者との共同研究によるタンパク質環状構造の可視化など有用な情

    報獲得につながり、また、領域アドバイザーで構成するバーチャルラボを活用して目標の達成に繋げることが

    できました。論文や学会発表にも積極的に取り組んでいる点も評価に値します。

    人工色素の導入によるハイブリッド材料の創製に関わる基礎研究であることを考えると、社会・経済への波

    及には時間を要することが予測されます。しかしながら、研究成果をシステムに組み込み、具体的な機能を示

    すことができれば、社会へのインパクトは大きいと思います。

    7.Sivaniah Easan 研究者 「ナノ超空間中の流動を利用した吸着と結晶化制御による新機能開拓」

    研究開始の比較的早い段階で COS 材料の形成原理を解明し、独自の表面流速計測技術を用いて、アンチ

    ファウリングに関する研究成果をまとめました。さらに、その原理を拡張した光学材料としての応用展開にも

    着手し、COS材料の新たなポテンシャルを提示し、当初の研究計画を上回る成果が得られました。

    研究の進め方においても、研究進展に合わせて方向性をフレキシブルに変更するなど、研究マネージメント

    を適切に行えたと思います。シンプルな実験で材料の応用可能性を広く示したことも評価に値します。また、

    件数は多くはありませんが、さきがけ研究者と共同研究が展開され、その成果が論文発表等で結実していま

    す。

    今後、一般的な材料への拡張、流路応用や構造色描画など、応用面での研究展開を予定されていますが、

    COS 材料でなければ達成できない応用事例を示すことが重要になります。既存材料の厚い壁を考えるとハー

    ドルは高いと思いますが、辛抱強い応用探索を期待しています。

    8.清水 智子 研究者 「空間制御による原子解像度イメージング技術革新」

    装置完成まで今一歩のところですが、その過程で得られた知見や工夫は得難いものであり、今後、若手研

    究者を育成する立場になった時、その経験が極めて有益なものになるものと思います。装置作製と並行して

    展開したイメージングプロトコルの開発と検証では、従来の知見を超える高解像度 AFM 像の獲得に成功して

    おり、十分な成果をあげました。

    研究の進め方については、実験で遭遇する問題に対して強い信念を持って的確に対処し、また、実験補助

    員の活用を含めマネージメントは優れていたと思います。

    本研究課題は装置開発を含む基礎的な方法論の開発であり、科学技術の基盤技術としての波及効果が期

    待されます。世界の先端装置と比較して本装置にしかできない解析手法、対象物質、物性評価を明確にし、

    他分野でのトップの材料、研究者との積極的な融合を期待しています。

    装置開発の設計から組立てに至る全過程を研究者一人で経験し、開発上の反省点も自覚し、大きく成長し

    たと思います。今後、装置開発自体が目的とならないよう、分野を跨がった研究者として飛躍することを期待

    しています。

    9.豊玉 彰子 研究者 「コロイド共晶の構造制御と新規波長選択光学材料の創製」

    枯渇引力の有効利用によるコロイド共晶の構造制御、二元相図の作成、枯渇引力の可視化など、コロイド

  • 研究分野での基礎学理の構築に一定の寄与があり、世界にアピールする成果が得られ、基礎と応用の面で

    の研究進捗が認められます。

    研究の進め方として、自分の研究テーマに閉じている印象を受けました。一連の有機・無機粒子の合成やシ

    ミュレーションの専門家との共同研究、学会、論文発表による積極的な成果の発信等を通して、研究のスコー

    プを大きく広げる努力も必要です。

    社会・経済への波及効果については未知数ですが、コロイド共晶の構造制御は実用的にも重要な課題であ

    り、本研究の成果がその基礎概念に繋がれば波及効果は大きいと思われます。 今回のモデル実験での成

    果を実用材料へと展開するシナリオの構築が必要な時期であり、コロイド共晶で何ができるのかを考え、基礎

    研究で得られた知見を産業界での実材料へ活かして欲しいと思います。

    10.二瓶 雅之 研究者 「有機ケージナノ空間の精密制御による超微小金属酸化物粒子の創製と革新的

    機能開拓」

    有機ナノケージを用いて金属微粒子を形成し、機能を発現させるというコンセプトを実証し、酸素発生触媒

    等の機能発現に成功しました。一方、微粒子の合成に時間を要したため、粒子サイズの評価や粒子サイズと

    量子性、機能との関連性など不明瞭な点も残されており、今後の成果集積に期待します。

    研究の進め方では、領域内外の研究者との連携により、構造モデルの構築を進め、触媒機能評価について

    も着実な進捗が見られました。今後、もう少し広い分野での共同研究、例えば、粒子サイズの評価技術など、

    により研究のさらなる加速を目指してほしいと思います。

    ナノケージを用いて特異な結晶構造の粒子が得られると、屈折率や誘電率などの物性にも特異性発現が期

    待できます。目標とする物質群はクラスターとナノ粒子の隙間を埋めるものであり、物性面でも未知の部分が

    多く、学術的価値が高いと同時に、今後の進展次第で実用的な可能性も期待されます。現時点は、新しい材

    料とその作製方法のコンセプト提案のステージですが、研究の裾野を広げ、材料や機能の拡張性についての

    ポテンシャルの高さを示していくことが重要です。

    11.平尾 一 研究者 「マルチスケール・モデリングによる金属酵素型多孔性配位高分子の原理解明とデ

    ザイン」

    QM/MM法を用いて複雑なMOF空間内での触媒反応機構の解明に取り組み、合理性のある反応機構解明

    に成功しました。また MOF を適切に記述する上での必要な力場パラメータを設定し、実験結果との高い整合

    性を有する結果を得ています。領域内外のさきがけ研究者と積極的に連携し、得られた研究成果について多

    数の論文を発表したことは評価に値します。

    本研究課題にとって、共同研究は研究戦略の一部を構成しています。海外に拠点を置いているにもかかわ

    らず、さきがけの実験研究者等との共同研究を精力的に展開し、多くの成果に結びつけていることは素晴らし

    いと思います。

    計算科学の発展は今後の材料開発に必須であり、触媒開発をはじめ実験家を先導する成果が生まれるこ

    とが期待されます。反応機構の説明・理解から、機能予測、モノつくりに繋がる方法論が開発できれば、学術

    的・社会的波及効果は大きいと期待されます。

    今回、酵素反応から MOF へと対象を大きく広げ、これまで取り扱ってこなかった分野へ挑戦することによっ

    て研究の幅と視野が広がり、大きく飛躍しました。今後、研究者自身にしかできない研究分野、手法の開拓を

    期待しています。

    12.松田 亮太郎 研究者 「超活性種の自在発生による未知化学種の実現と吸着・物質科学の新展開」

    PCP/MOF ナノ空間を反応場として利用し、バルクとは異なる特異的な化学種/化学状態の形成を利用した

    機能発現を目指す研究目的を達成し、これまでの知見を超える成果を生み出しました。不安定な化学種の安

    定化、立体選択性、特異な吸着等、いずれも学術的に興味深いものであり、関連分野の研究者を引き付ける

    内容とインパクトのある成果を挙げ、規則的ナノ空間の意義を示しました。研究成果はレベルの高い雑誌に

    掲載されており、効果的な情報発信も行っています。さきがけ期間中の異動では研究環境が大きく変わり、研

    究の遂行に困難が生じたと思われますが、これらを乗り切った点も評価に値します。今後は新しい研究の方

    向性、独自性の探索も期待しています。

    基礎的な研究課題ですが、新規な化学種や特異的な現象が、従来の材料では不可能とされていた機能を

    発現した時、社会・経済への大きな波及効果が期待できると思います。

    13.山田 鉄兵 研究者 「キラルなホストとゲストを利用した分子ネジの創成と展開」

  • 当初の研究計画からは予期しなかった、熱化学電池にホスト/ゲスト結合を適用することで熱電特性を大き

    く向上させたことは評価できます。一方、研究目的であるキラリティに着目した「分子ネジの創成」については、

    今一歩の感があり、課題が残されているもの事実です。イオンの異方性輸送についてのサイエンスの深耕を

    期待しています。

    研究の進め方については、国内外の数多くの研究者らとの共同研究や自らの測定実施など、積極的な研

    究姿勢は高く評価されます。将来に繋がる多くの知己を得ており、これらのネットワークの価値が今後一層高

    まると思います。ただし、研究が発散する傾向があるように感じられ、学術的、社会・経済的に波及効果のあ

    る挑戦的な課題に絞り、より大きな研究成果を目指してほしいと思います。

    社会実装には少し時間がかかると思いますが、異方性イオン伝導が高レベルで制御・実現されると、革新的

    デバイス創製に向けての突破口となる可能性を秘めています。また、熱化学電池については、エネルギー分

    野での独創的研究なので、既存の技術に対するベンチマークを行った上で優位性を示すことが不可欠です。

    10.評価者

    研究総括 黒田 一幸 早稲田大学 理工学術院・教授

    領域アドバイザー(五十音順。所属、役職は平成 30年 3月末現在)

    有馬 孝尚 東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授 ※平成 27年 4月から参画

    陰山 洋 京都大学大学院工学研究科 教授

    金子 克美 信州大学環境・エネルギー材料科学研究所 特別特任教授

    北川 進 京都大学物質-細胞統合システム拠点 拠点長・教授

    小谷 元子 東北大学材料科学高等研究所 所長・教授

    瀬戸山 亨 三菱ケミカル(株) 執行役員/横浜研究所瀬戸山研究室 室長

    堂寺 知成 近畿大学理工学部 教授

    中山 智弘 科学技術振興機構研究開発戦略センター企画運営室 室長・フェロー

    平野 愛弓 東北大学材料科学高等研究所 主任研究者/電気通信研究所 教授

    福岡 淳 北海道大学触媒科学研究所 教授 ※平成 27年 4月から参画

    藤田 誠 東京大学大学院工学系研究科 教授

    宮田 浩克 キヤノン(株)総合 R&D本部基盤技術統括部門ナノ材料・分析技術開発センター

    主席研究員

    八島 栄次 名古屋大学大学院工学研究科 教授 ※平成 27年 4月から参画

    (参考)

    件数はいずれも、平成30年3月末現在。

    (1)外部発表件数

    国 内 国 際 計

    論 文 6 124 130

    口 頭 249 205 454

    その他 23 28 51

    合 計 278 357 635

    (2)特許出願件数

    国 内 国 際 計

    9 3 12

    (3)受賞等

    ・松田 亮太郎

    文部科学大臣表彰 若手科学者賞(H27.4)

    ・一川 尚広

  • 高分子学会 高分子研究奨励賞(H27.5)

    ・神谷 和秀

    Honda-Fujishima Prize(H29.3)

    ・山田 鉄兵

    新化学技術推進協会 第3回新化学技術ステップアップ賞(H29.6)

    (4)招待講演

    国際 105件

    国内 51件

  • 別紙

    「超空間制御と革新的機能創成」領域 事後評価実施 研究課題名および研究者氏名

    (3年型)

    研究者氏名

    (参加形態)

    研 究 課 題 名

    (研究実施場所)

    現 職(平成 29年 3月末現在)

    (応募時所属)

    研究費

    (百万円)

    淺川 雅

    (兼任)

    ゲスト分子-空間空隙相互作用の原

    子スケール3次元 AFM計測技術の開

    (金沢大学 理工研究域)

    金沢大学理工研究域 准教授

    (金沢大学バイオ AFM先端研究セ

    ンター 助教)

    43.8

    石渡 晋太郎

    (兼任)

    極限環境でのナノ空間創製・制御によ

    る革新的電子材料の開拓

    (東京大学 大学院工学系研究科)

    東京大学大学院工学系研究科 准

    教授

    (同上)

    43.9

    一川 尚広

    (兼任)

    三次元 Gyroid 極小界面を用いたプロ

    トン伝導性空間の創成

    (東京農工大学 大学院テニュアトラッ

    ク推進機構)

    東京農工大学大学院テニュアトラッ

    ク推進機構 特任准教授

    (東京農工大学工学研究院 助教)

    39.7

    小野 利和

    (兼任)

    多孔性有機結晶の閉塞空間を活用し

    た革新的光エネルギー変換材料の創

    (九州大学 大学院工学研究院)

    九州大学大学院工学研究院 助教

    (同上) 50.2

    神谷 和秀

    (兼任)

    多孔性共有結合性有機構造体から成

    る革新的空気酸化触媒の創製

    (大阪大学 太陽エネルギー化学研究

    センター)

    大阪大学太陽エネルギー化学研究

    センター 助教

    東京大学大学院工学系研究科 助

    教)

    43.1

    佐賀 佳央

    (兼任)

    光合成タンパク質における規則的ナノ

    空隙群の創成

    (近畿大学 理工学部)

    近畿大学理工学部 教授

    (同上 准教授) 40.8

    Sivaniah

    Easan

    (兼任)

    ナノ超空間中の流動を利用した吸着と

    結晶化制御による新機能開拓

    (京都大学 物質-細胞統合システム

    拠点)

    京都大学物質-細胞統合システム

    拠点 教授

    (同上 特定拠点准教授)

    40.0

    清水 智子

    (兼任)

    空間制御による原子解像度イメージン

    グ技術革新

    (物質・材料研究機構 先端材料解析

    研究拠点)

    物質・材料研究機構先端材料解析

    研究拠点 主任研究員

    (物質・材料研究機構先端的共通技

    術部門 主任研究員)

    48.4

    豊玉 彰子

    (兼任)

    コロイド結晶の構造制御と新規波長選

    択光学材料の創製

    (名古屋市立大学 大学院薬学研究

    科)

    名古屋市立大学大学院薬学研究科

    講師

    (同上)

    40.0

    二瓶 雅之

    (兼任)

    有機ケージナノ空間の精密制御による

    超微小金属酸化物粒子の創製と革新

    的機能開拓

    (筑波大学 数理物質系化学域)

    筑波大学数理物質系化学域 准教

    (同上)

    40.0

    平尾 一

    (兼任)

    マルチスケール・モデリングによる金属

    酵素型多孔性配位高分子の原理解明

    とデザイン

    (香港城市大学 生物及化学系)

    香港城市大学生物及化学系 副教

    (ナンヤン工科大学数理科学学院

    南洋助教授)

    44.5

  • 松田 亮太郎

    (兼任)

    超活性種の自在発生による未知化学

    種の実現と吸着・物質科学の新展開

    (名古屋大学 大学院工学研究科)

    名古屋大学 大学院工学研究科

    教授

    (京都大学 物質-細胞統合システ

    ム拠点 特定准教授)

    48.9

    山田 鉄兵

    (兼任)

    キラルなホストとゲストを利用した分子

    ネジの創成と展開

    (九州大学 大学院工学研究院)

    九州大学 大学院工学研究院 准

    教授

    (同上)

    43.4

  • 研 究 報 告 書

    「ゲスト分子-空間空隙相互作用の原子スケール3次元AFM計測

    技術の開発」

    研究タイプ:通常型

    研究期間: 平成26年10月~平成30年3月 研 究 者: 淺川 雅

    1. 研究のねらい

    空間空隙材料にはゼオライトや多孔性金属錯体(PCP/MOF)から超分子ホスト構造や生体

    分子まで多様な構造体が存在する。それらの空間空隙材料の自在な設計・制御が実現でき

    れば、エネルギー問題から医療まで多様な社会問題・課題の解決に貢献することが期待され

    る。空間空隙材料の設計・制御手法を確立するためには、それを支える基盤技術として計測

    技術の進歩も強く望まれる。特に原子・分子スケールで精密設計・制御された空間空隙材料を

    詳細に構造解析、機能評価が可能な計測手法の確立が期待される。これまで主に X 線回折

    や電子顕微鏡による構造解析が行われてきたが、既存の計測技術の多くが、真空中や大気

    中で使用することを想定して開発されており、水溶液・イオン液体・有機溶媒など液中において

    動作する計測手法は少ない。一方、空間空隙材料は電池、水処理膜、ドラッグデリバリーシス

    テムなど多方面への応用が期待されており、溶液環境下で原子スケール解析が可能な計測

    手法の確立が必要である。

    そこで本研究では、液中で原子分解能を有する原子間力顕微鏡(AFM)を空間空隙材料の

    構造解析技術として発展させる。平均化された構造情報だけでは議論することが困難であっ

    た空間空隙材料の原子・分子スケールの構造や機能について理解を深めることを目指す。さ

    らに、従来の AFM 技術を新しいコンセプトで発展させた3次元 AFM をもとに、ナノ空間空隙と

    そこに包接されるゲスト分子の間に働く相互作用力を液中で実空間計測する新しい3次元

    AFM 計測技術を開発する。この 3 次元相互作用力計測法により、ゲスト分子が空間空隙に接

    近する際のエネルギー障壁や、吸着サイト・吸着確率分布などのゲスト分子の吸脱着に関す

    る原子スケールメカニズムの理解が大幅に進展することが期待される。

    2. 研究成果

    (1)概要

    本研究では、液中で原子分解能を有する原子間力顕微鏡(AFM)による空間空隙材料の構

    造・機能の直接計測とともにナノ空間空隙とそこに包接されるゲスト分子間の相互作用力分布

    を実空間計測する新規手法を開発することを目指した。

    光合成関連膜タンパク質 LH2 を人工膜への再構成をおこなわなくても液中でサブユニットを

    含めて可視化できることを初めて報告した(原著論文 2、超空間2期生 佐賀佳央研究者・近畿

    大学との共同研究成果)。さらに高い分子認識能を有する新しい環状ホスト構造である

    Pillar[n]arene の液中 AFM 計測に取り組み、ゲスト分子の包接・脱離現象を1分子レベルで実

    空間計測できることを実証した(論文執筆中、超空間1期生 生越友樹研究者・金沢大学との

    共同研究成果)。これまで前例がなかったホスト-ゲスト複合体形成の1分子スケール可視化を

  • 図1 LH2 の液中 AFM 像

    実現した。

    ナノ空間空隙とゲスト分子間に働く相互作用力分布を実空間で計測する新規手法を確立す

    るために、要素技術として(1)高力感度センサの実用化(原著論文1)、(2)探針先端の自己組

    織化膜による化学修飾条件(原著論文 3)、(3)ゲスト分子を固定化する反応基点(テトラエチニ

    ルフェニルメタン)の自己組織化、(4)探針先端でのヒュスゲン環化などを検討した。それらの

    要素技術の検討から、テトラフェニルメタン骨格分子がグラファイト表面で自己組織化構造を形

    成することや、スパッタリング法で形成した金薄膜表面におけるアルカンチオール自己組織化

    膜の分子スケールでの描像など様々な研究成果が得られた。

    これらの研究成果をもとに、ナノ空間空隙とホスト分子の相互作用力分布の計測に取り組ん

    だ。その結果、探針先端に固定化した環状ホスト Pillar[5]arene と基板上に整列させたゲスト分

    子(シアノブタン構造)の相互作用力分布を 3 次元実空間で可視化することに成功した。この計

    測技術がゲスト分子-空間空隙相互作用の 3 次元計測法として期待できることを実証すること

    ができた。

    (2)詳細

    研究テーマ A 「液中原子分解能 AFM による空間空隙材料の原子・分子スケール計測」

    ・光合成関連タンパク質 LH2 の液中 AFM 計測(原著論文 2)

    光合成関連タンパク質LH2について、液中AFMで観察し

    た。界面活性剤で単離された LH2 タンパク質をマイカ基

    板に吸着させるだけで、比較的容易に LH2 分子内のユ

    ニット構造を可視化することができた(図1)。LH2 タンパ

    ク質は、B800 色素を脱離後も Native と良く似たリング状

    構造を維持していることを初めて観察できた。

    ・環状ホスト構造 Pillar[5]arene の液中 AFM 計測

    空 間 空 隙 材 料 と し て 環 状 ホ ス ト 構 造 で あ る

    Pillar[n]arene(n=5, 6)の分子スケール計測に取り組ん

    だ。特に五角形の Pillar[5]arene(P[5]A)がヘキサゴナ

    ル様構造を形成すること明らかにした(図 2)。基板として

    用いたマイカ構造の影響も考慮する必要があるが、五角

    形の P[5]A 分子が六回対照の周期構造を形成するとい

    う点が大変興味深い。

    ゲスト分子である

    オクタンスルホン酸

    ゲスト分子の濃度を

    0 、 1 、 10 、 50 、 100

    mM と 変 化 さ せ て

    AFM 像の変化を観察してみると、10 mM から包接による粒子状コントラストが比較的秩序性を

    持った周期構造として現れることが分かった(図 3)。さらにオクタンスルホン酸を十分に包接さ

    せた後、ゲスト分子を超純水によるリンスで取り除き、脱離過程を連続 AFM 計測で可視化し

    図 2 マイカ上に自己集積したP[5]A の液中 AFM 像

    図 3 環状ホスト P[5]A-ゲスト錯形成の1分子スケール AFM 計測

  • た。その結果、徐々に粒子状構造が消失し、約 40 分程度で P[5]A だけの AFM 像によく似た構

    造に変化することが分かった。このゲスト分子の離脱過程は、P[5]A の蛍光測定でも評価して

    おり、離脱が進行する時間スケールは AFM 計測の結果と良く一致した。

    研究テーマ B 「高力感度を有する高周波カンチレバーの実用化」

    高い力感度を有する高周

    波カンチレバー(Fmin = 1

    pN)を安定に駆動する光熱

    励振法の高効率化に向け

    て、カーボン薄膜による励

    振効率向上に成功した(原

    著論文1)。カーボン薄膜の

    被覆率などコーティング条

    件を最適化することで、これ

    まで困難であった高周波カ

    ンチレバーの大振幅励振を可能とし、水中でも長時間の液中原子分解能イメージングに影響

    を与えないことを実証した。

    研究テーマ C 「ゲスト分子-空間空隙相互作用を 3 次元計測する新規計測手法の開発」

    ゲスト分子とナノ空間空隙との間に働く相互作用力を3次元の実空間でAFM計測するために

    は、探針および基板にゲスト分子と空間空隙材料を配向や密度が制御された状態で固定化す

    る必要がある。これを実現するために、探針の先端にゲスト分子を固定化する「ゲスト分子探

    針」、空間空隙材料であるホスト構造を固定化する「ホスト探針」を調製することを目指した。

    (1)ゲスト分子探針の調製法の検討

    ・機能性アルカンチオール自己組織化膜

    ヒュスゲン環化付加反応などにより反応基点となる骨格分子を探針先端に固定化するため

    には、探針先端が反応性官能基で高密度に覆われた表面を形成する必要がある。ヘキサエチ

    レングリコールを導入したアジドヘキサエチレングリコール自己組織化膜(N3-EG6-SAM)を調

    製し、数週間程度清浄表面を維持し、反応基点を導入できることが分かった(図 5)。

    ・テトラフェニルメタン骨格分子の自己組織化層

    テトラキス(4-エチニルフェニル)メタン(TEPM)を中心骨格として探針先端に固定化する手順

    を検討した。まず TEPM を高配向熱分解グラファイト(HOPG)基板上に分散して固定化する条件

    について、初期濃度や分散方法(滴下、スピンコート)などの条件を検討した結果、有機溶媒に

    溶解した 0.1~1 mMの溶液を用い、スピンコート法(7000 rpm)で薄膜化することで、TEPM 分子

    が密に充填した単分子層を形成できることを AFM で観察することに成功した(図 6)。

    図 5 N3-EG6-SAM の液中 AFM 像 図 6 TEPM の液中 AFM 像:分子内構造まで可視化

    図 4 (a)カーボン薄膜を局所被覆した高周波カンチレバーのSEM 像、(b)光熱励振の長時間安定性、(c)長時間の液中原子分解能 AFM イメージングを実現

    (a) (b)

    (c)

  • (2)ホスト探針を用いた分子間相互作用力の3次元実空間計測

    負電荷を有する表面へ自己組織的に集積することの分かったカチオン性 Pillar[5]arene を Si

    探針先端に固定化したホスト探針を用いて、ホストーゲスト相互作用力を 3 次元 AFM 計測する

    ことを目指した。ゲスト分子としてシアノブタン構造をテトラフェニルメタン骨格分子の自己組織

    化層を用いて HOPG 基板上に配列させた。探針先端に固定化した Pillar[5]arene の xyz 位置を

    変化させながら、相互作用力の 3 次元実空間分布を計測した(図 7)。

    その結果、150 pN 程度の引力極小をもつ 3 次元力分布像が得られた(図 8 および図 9a)。

    その引力分布はシアノブタン構造の配列周期と一致しており、遊離ジシアノブタンの添加によっ

    て消失したことから、Pillar[5]arene とゲスト分子(シアノブタン)に働く相互作用力を可視化でき

    たことを強く示唆している。引力分布の中心で z 方向に 2 分子が移動したとすると、相互作用ポ

    テンシャルエネルギーが-6.13×10-20 J/単分子であった(図 9c)。これから算出されるポテンシャ

    ルエネルギーは-36.9 kJ/mol と、これまで等温熱量計測装置などで報告されてきた

    Pillar[5]arene-ゲスト分子の錯形成における自由エネルギー変化(例えば、-33.1kJ/mol、

    Chem. Eur. J. 20 (2014) 12123.)と良い一致を示した。

    以上の結果より、ホストーゲスト相互作用のような pN オーダーの弱い相互作用力であっても

    その3次元分布を可視化できる計測手法を確立できる足がかりとなる結果を得ることができ

    た。

    図 9 (a) 3D-AFM 像の垂直断面、(b)相互作用力-z位置カーブ、(c)(b)をエネルギー変換

    (a)

    (b) (c)

    図 7 液中 3D-AFM 法によるホスト探針と基板に固定化したゲスト分子間の相互作用計測

    図 8 液中 3D-AFM 像(矢印:ホスト-ゲスト相互作用力による引力分布)

  • 3. 今後の展開

    3次元 AFM 技術を発展させることでゲスト分子と空間空隙の相互作用力を実空間計測でき

    ることを実証することができた。しかし、あらゆる試料系に応用できる汎用性を主張できるほどの

    技術を確立できていないのが現状である。今後、ホスト探針・ゲスト分子探針の調製方法などを

    更に洗練することで、より広範なナノ空間空隙の計測技術へ発展させることが目標である。本さ

    きがけ研究の成果を足がかりに、空間空隙材料の機能に関わる原子・分子スケールの諸現象

    の解明に貢献する。

    4. 評価

    (1)自己評価

    (研究者)

    3 次元実空間において 2 分子間の相互作用力を分子スケールで直接計測することは、これ

    までに報告はなく、新規手法の確立を目指して研究を進めてきた。空間空隙材料だけではなく

    あらゆる分子や材料で AFM 装置の構築に加えて、さきがけ研究開始前に、自分自身の専門

    領域を超えた提案であったため、研究開始当初はスムーズにスタートできなかったが、領域会

    議を通じて化学分野や幅広い空間空隙材料の専門家と連携を開始することができ、3次元相

    互作用力計測を実証することができた。

    所属の異動により3年目から研究環境が大きく変化したため、従来利用してきた大型装置

    が使用できないなどの問題が生じた。特に、高力感度を有する高周波カンチレバーを使用す

    るためにはマイクロマニピュレータを用いた微小液滴の操作が必要であったが、追加支援によ

    って必要な装置等を導入することができ、高感度 AFM 計測を実現できるようになった。

    さきがけ研究で目標としていたナノ空間空隙とゲスト分子の 3 次元相互作用力の直接計測

    は達成したが、多様な空間空隙材料に利用できる汎用な手法を確立するという最終的な目標

    に向けては、多くの課題も残っている。さきがけ研究で実際に実験を行い着想した新しい方法

    論もあるので、今後の課題として取り組み、汎用的な計測法の確立を実現したい。

    (2)研究総括評価(本研究課題について、研究期間中に実施された、年2回の領域会議での

    評価フィードバックを踏まえつつ、以下の通り、事後評価を行った)。

    (研究総括)

    AFM 計測技術開発において、探針先端にホスト/ゲスト分子を結合し、ホスト/ゲスト間の分子

    レベルでの相互作用、吸着・脱着現象の解析、3 次元ポテンシャルマップを得たことは大きな成果

    です。実際の空間材料への適用に関しては未だ課題を残していますが、今後は、再現性、精度を

    高め、これまで不可能だった相互作用の解明への展開を期待しています。

    研究の進め方においては、領域内研究者らと多くの共同研究を実施し、それぞれの研究の遂行

    に有効な相乗効果がありました。計測技術に関する研究では、対象物の選定が重要であり、さき

    がけバーチャルラボをうまく活用できたと思います。本手法の優位性について共同研究を通じてさ

    らに確固たるものにしてください。

    また、本計測技術は共通基盤技術として価値が高く、波及効果の大きい研究課題であると思いま

    す。ポテンシャルマッピングが材料やデバイスの開発加速に繋がるような事例を示すことができれ

  • ば、技術の注目度が上がることが期待されます。加えて、探針表面への化学種の固定化に関して

    一般的な手法が確立できると、さらに研究の価値が増大すると思います。

    5. 主な研究成果リスト

    (1) 論文(原著論文)発表

    1. N. Inada, H. Asakawa, T. Kobayashi. T. Fukuma. Efficiency improvement in the cantilever

    photothermal excitation method using a photothermal conversion layer. Beilstein Journal

    of Nanotechnology. 2016, 7, 409-417.

    2. Y. Saga, K. Hirota, H. Asakawa, K. Takao, T. Fukuma. Reversible Changes in the Structural Features of Photosynthetic Light-Harvesting Complex 2 by Removal and Reconstitution

    of B800 Bacteriochlorophyll a Pigments. Biochemistry. 2017, 56, 3484-3491.

    3. H. Asakawa, N. Inada, K. Hirata, S. Matsui, T. Igarashi, N. Oku, N. Yoshikawa, T. Fukuma. Self-assembled monolayers of sulfonate-terminated alkanethiols investigated by

    frequency modulation atomic force microscopy in liquid. Nanotechnology. 2017. 28,

    455603.

    4. E Holmström, S. Ghan, H. Asakawa, Y. Fujita, T. Fukuma, S. Kamimura, T. Ohno, A. Foster, T. Fukuma, Hydration Structure of Brookite TiO2 (210). The Journal of Physical Chemistry C.

    2017, 121, 20790-20801.

    5. Y. Takano, T. Asakawa, M. Inai, A. Ohta, H. Asakawa, Aggregation Behavior of Disulfide Linked Gemini Surfactants Compared to that of Double Tailed Surfactants. Journal of Oleo

    Science. 66, 1321-1328.

    (2)特許出願

    研究期間累積件数:0件

    (3)その他の成果(主要な学会発表、受賞、著作物、プレスリリース等)

    (招待講演)

    1. 3次元走査型原子間力顕微鏡を用いたソフトマター/水界面のナノ空間計測 JAIST 第 3回 異分野融合セミナー(2015/2/18)

    2. 液中原子分解能を有する原子間力顕微鏡による固液界面計測、電子情報通信学会有機エレクトロニクス研究会(2016/7/15).

    3. Direct observation of host-guest complex formations by frequency-modulation atomic force microscopy in water, The 6th Symposium on Challenges for Carbon-based

    Nanoporous Materials (2017/7/20)

    (著作物)

    1. 分析化学実技シリーズ 機器分析編 15 走査型プローブ顕微鏡、共立出版(2017/12出版)

  • 研 究 報 告 書

    「極限環境でのナノ空間創製・制御による革新的電子材料の開拓」

    研究タイプ:通常型

    研究期間: 平成26年10月~平成30年3月 研 究 者: 石渡 晋太郎

    1. 研究のねらい

    強相関電子系物質は、高温超伝導や巨大磁気抵抗効果などの多彩な新奇物性を示すこと

    から、革新的機能性材料となる可能性を秘めている。本研究のねらいは、遷移金属を含む強

    相関電子系物質において、電子物性を担う基本骨格の隙間の空間に着目した高圧合成を進

    めることで、これらが内包する革新的機能性材料としてのポテンシャルを引き出すことにある。

    強相関酸化物が示す特異な電子物性の多くは、磁性を担うd 電子が電子相関によって局在

    化したモット絶縁体にキャリアドープすることで得られる。このモット絶縁体状態にある酸化物

    の遷移金属イオンは、一般に大気中で安定な価数をもつ。一方、Fe(IV)などの異常高原子価

    状態にある遷移金属酸化物は強い d-p 混成をもつため、金属的伝導性やらせん磁性といった、

    通常の遷移金属酸化物とは大きく異なる物性を示す。従ってこれらの異常高原子価酸化物は、

    革新的機能性材料となる可能性を秘めているものの、合成が困難であることから開拓は遅れ

    てきた。そこで本研究では、安定な価数をもつ欠損ペロブスカイ AMO3-d の A サイトを換えたも

    のを網羅的に合成し、これに超高圧を用いて欠損サイトに酸素イオンを押し込むことで、異常

    高原子価状態にある Fe(IV)、Co(IV)、Cu(III)を含む新しい酸化物の系統的開拓を行った(欠損

    空間を利用した新物質合成)。また、物性制御空間である A サイトを大きさの異なる様々なカ

    チオンで置換することで、格子の歪みや大きさを系統的に制御し、異常高原子価酸化物が内

    包する革新的電子機能の開拓を目指した(制御空間を利用した新機能開拓)。

    2. 研究成果

    (1)概要

    酸素欠損が秩序配列した欠損ペロブスカイトを常圧下で合成し、8 万気圧の超高酸素圧ア

    ニールによって欠損サイトに酸素を充填することで、新たに 3 種類の異常高原子価ペロブスカ

    イト酸化物群、(Ca,Sr,Ba)Co4+O3, (La,Pr,Eu)Cu2+/3+O3, Sr(Fe,Rh)4+O3 を得ることに成功した。

    PrCuO3 に対して放射光 X 線回折や X 線吸収測定を行ったところ、価数状態が当初期待した

    Pr3+Cu3+O3 ではなく、Pr4+Cu2+O3 に近い状態になっていることや、GdFeO3型ペロブスカイトの一

    種でありながら、ヤーンテラー歪みによって Cu-O の 1 次元鎖が形成されていることが明らか

    となった。さらに電気抵抗や光学伝導度の結果は、PrCuO3 が金属に近い状態であることを示

    すものであり、擬1次元的 Cu-O 鎖に多くの伝導電子が存在することを示唆している。このよう

    に金属状態に近い 1 次元銅酸化物は、高圧下で超伝導を示す梯子系化合物についで 2 例目

    である。残念ながら 15 万気圧までは金属化しないことが明らかとなったが、さらなる圧力印加

    や化学置換によって金属化および超伝導化に至る可能性を秘めている。一方、立方晶ペロブ

    スカイトの室温強磁性体 SrCoO3 を起点として新規開拓を進めた Ca 置換系と Ba 置換系にお

    いては、どちらも置換に伴って強磁性かららせん磁性へと変化することが見いだされた。前者

  • は格子を歪ませる効果を、後者は格子を広げる効果があり、どちらも格子と磁性が強く結合し

    た系だと言える。このことを反映し、Ba 置換系においては、強磁性ーらせん磁性転移の臨界

    組成近傍で、わずかな圧力印加によってらせん磁性から強磁性へと変化することを見いだし

    た。これは巨大逆磁気体積効果

    と呼ぶことができる新奇現象であ

    り、ΔM/ΔP はインバー合金の

    強磁性転移近傍で観測される通

    常の磁気体積効果と比べて 100

    倍以上大きい。この巨大磁気体

    積効果の観測は、(Sr,Ba)Co4+O3,

    の磁性が Co-O の結合長に支配

    されていることを示唆するもので

    ある。この結果は、ペロブスカイト

    ABO3 の A サイトが特に異常高原

    子価コバルト酸化物において、物

    性制御空間として有効に働くこと

    を示すものである。また、Ba 置換

    の結果として見いだされた巨大逆

    磁気体積効果は、外圧に敏感に

    応答する新たなセンサ材料(圧磁

    気変換素子)の開発につながる

    可能性を秘めている。

    (2)詳細

    「ペロブスカイト型異常高原子価銅酸化物の高圧合成と新奇超伝導相の探索」

    ペロブスカイト型銅酸化物 ACuO3 は銅酸化物高温超伝導体の基本構造であるが、異常高

    原子価である Cu3+の安定化が困難であるため、酸素欠損のないペロブスカイトとして報告さ

    れている物質は LaCuO3 のみであった。本研究では、2 ステップの高圧合成(まず 8 万気圧、

    1200℃の高温高圧下で酸素欠損ペロブスカイト PrCuO2.5(図 1b)を合成し、これに 8 万気圧、

    500℃での高酸素圧アニールを施す)を行うことで、新規ペロブスカイト PrCuO3(図 1a)の合成

    に世界で初めて成功した。さらに同様の方法を用いて、La1-xPrxCuO3 と NdCuO3 を得ることが

    できた。放射光粉末 X 線回折実験を行い、精密構造解析を行ったところ、B サイトの Cu はヤ

    ーンテラー活性の 2+に近い価数をとり、そのために酸素平面四配位の1 次元構造が実現して

    いることが明らかとなった。図 1 にその模式図を示す。この図から分かるように、PrCuO3 は一

    般式 ACuO2+1/n で表される欠損ペロブスカイト型銅酸化物のうち最も基本的な n=1(n は Cu-O

    鎖の数)の物質に相当するものであり、酸素アニール前の前駆体 PrCuO2.5 は n=2 に相当する

    (n=∞は高温超伝導体の母物質として知られる無限層銅酸化物)。このことは、ペロブスカイト

    型銅酸化物においては、酸素の充填量と空間配列の制御によって、系の次元性を1次元から

    2 次元まで連続的に変化させることができることを示唆している。

    図 1. 新奇ペロブスカイト PrCuO3 (n=1)と、欠損ペロブスカイト

    ACuO2+1/n (n=2, ∞)の結晶構造. 右側は Cu-O ネットワークの模式図.

  • 次に新物質 PrCuO3 の Cu の価数を直接的に調べるため、CuK 端における X 線吸収微細構

    造解析(XAFS)を行った(東大物性研の横山氏、和達氏との共同研究)。その結果、欠損ペロ

    ブスカイト PrCuO2.5 の Cu の価数はほぼ 2+であるのに対して、PrCuO3 と NdCuO3 のそれは 2+

    に近いものの、わずかに 3+に寄っていることが明らかとなった。これは、擬1次元的 Cu2+-O 鎖

    に大量のホールキャリアがドープされていることを示唆するものであり、系が金属に近いこと

    を示す電気伝導性の振る舞いや光学伝導度スペクトルの結果とも一致している。一方、Cu の

    価数が 3+より 2+に近いことは、第一原理計算の結果とも一致しており、異常高原子価の Cu3+

    が不安定であることや、Pr の f 軌道と Cu の d 軌道のエネルギーが近いことに由来するものだ

    と推測される。さらに、LaCuO3 と PrCuO3 の固溶系を合成し、電気抵抗率と格子定数の Pr 置

    換量 x 依存性を調べた。その結果、x が 0.5 を超えると、LaCuO3 型の 3 次元構造から PrCuO3

    型の 1 次元構造へと変化すると同時に、金属から不良金属へ変化することが見いだされた。

    ペロブスカイトの制御空間である A サイトを La から Pr に変えただけで、3 次元の金属から 1

    次元の不良金属へ変化するという点で新奇性の高い成果だと言える。

    「ペロブスカイト型酸化物 Sr1-xBaxCoO3 の高圧合成と巨

    大磁気体積効果の発見」

    Co4+を含む立方晶ペロブスカイト Sr1-xBaxCoO3 の単結

    晶を得るため、フローティングゾーン法による欠損ペロ

    ブスカイトの大型単結晶を作製し、500℃、7.5 万気圧で

    酸素アニールを行った。これにより、0

  • 呼ぶべき新奇な巨大交差相関応答を示すことが確認された。また、中性子回折実験や理論

    計算(理研有田・是常両氏らとの共同研究)から、新奇な反強磁性相がらせん磁性であること

    も確認した(投稿中)。

    iii) Sr(Fe,Rh)O3 の高圧合成と強磁性の発現

    立方晶ペロブスカイト SrFeO3 は特異ならせん磁性を示す金属である。図 4 に示したように、

    SrFeO3 の Fe が全て置換された SrRhO3(x=1)は常磁性金属であり、SrRuO3(y=1)は強磁性金

    属である。従って Rh 置換よりも Ru 置換を行う方が強磁性に近づくことが予想されるが、結果

    はその反対であり、SrFeO3 に Rh を 10%以上ドープ

    した場合にのみ強磁性的振る舞いが観測された。

    メスバウアー分光測定および電気抵抗率測定か

    ら、異常高原子価状態にある Fe4+の存在がもたら

    す遍歴性と Fe4+-Rh4+に働く相互作用が、強磁性

    発現に重要な寄与をしていることが明らかとなっ

    た。さらに、この強磁性相に対して低温の中性子

    回折実験を進めたところ、強磁性の相関長は非常

    に短く、基底状態として強磁性とらせん磁性が入り

    交じった状態が実現している可能性が示唆され

    た。このような磁性のせめぎ合いを反映し、磁性に

    対して比較的大きな圧力応答が観測された。

    3. 今後の展開

    今回高圧酸素アニールによって得られた新奇ペロブスカイト型銅酸化物 PrCuO3 は、Pr と

    Cu の間の微妙な電荷のやりとりの結果として、1 次元的な Cu-O 鎖にキャリアが生じていること

    が明らかとなった。今後、新奇な超伝導相を見いだすために、キャリア濃度の調整や 15 万気圧

    以上のさらなる高圧印加を進めていきたい。また、Cu-O 鎖に起因した新奇量子物性を観測する

    ためにも、高圧下における単結晶育成を進める必要がある。Cu-Oの2本鎖を有するPrCuO2.5 、

    Cu-O の 1 本鎖を有する PrCuO3、さらに無限層銅酸化物の比較から、これらが一般式 ACuO2+1/n

    で表される一連の物質群であることが明らかとなった。このことは、A サイトの価数と酸素欠損を

    制御することで、1 次元的な n=1 の PrCuO3 と 2 次元的な SrCuO2 の間の n 本鎖を有する欠損ペ

    ロブスカイト ACuO2+1/n を合成できることを示唆するものである。

    異常高原子価のCo4+を含むペロブスカイト(Sr,Ba)CoO3においては、わずか0.1%の格子変化

    で反強磁性が強磁性になるという巨大磁気体積効果を見いだしたが、これは他に類を見ない新

    奇な交差相関応答である。今後、この巨大磁気体積効果を新規なセンサー材料などのデバイス

    に応用するためには、動作温度を室温以上に高めた上で、単結晶薄膜の作製を行うことが望ま

    れる。

    4. 評価

    (1)自己評価

    150

    100

    50

    0

    T (K)

    10.80.60.40.2x

    150

    100

    50

    0

    T (K)

    0.20x, y

    (a) SrFe1-xRhxO3

    (b) SrFe1-yRuyO3

    0.3

    TN

    TIRR

    TSG

    T*

    HM

    HM

    SG

    CG

    FM

    PM

    PM

    Unexplored

    PM

    TN

    Bansal et al.

    TC

    FM

    図 4. SrFe1-xRhxO3と SrFe1-yRuyO3の磁気相図.

  • (研究者)

    3d 遷移金属を含むペロブスカイト型酸化物が、機能性材料として古くから開拓を進められて

    きた物質群であることを鑑みれば、本さきがけ研究において、三元系の新規物質 PrCuO3 と

    CaCoO3 を含む 3 種類の物質群 La1-xAxCuO3 (A=Pr, Nd), Sr1-xAxCoO3 (A=Ca, Ba), SrFe1-xMxO3

    (M=Rh, Ru)を開拓できたことは、大きな成果だと言って良いだろう。特にペロブスカイト型銅酸

    化物 ACuO3 は、擬 2 次元構造を有する銅酸化物高温超伝導体の基本骨格を 3 次元に拡張し

    たものであり、A サイトを希土類金属が占有する系として唯一知られていた LaCuO3 の類縁物

    質として、PrCuO3、NdCuO3 が得られたことの意義は大きい。これらは高酸素圧アニールだけ

    でなく、その前駆体である欠損ペロブスカイトの合成に 8 万気圧の圧力と 1200℃以上の高温

    が必要であり、合成条件の最適化は困難なものであった。また、PrCuO3 の構造および電子状

    態は予想外のものであった(異常高原子価状態にあるのは B サイトの Cu ではなく、A サイトの

    希土類金属であり、その結果として B サイトの Cu がヤーンテラー歪みを起こして Cu-O 鎖が

    生じる)。また、(Sr,Ba)Co4+O3,で見いだされた A サイトの置換および圧力印加による強磁性ー

    らせん磁性転移も、他に類を見ない格子依存磁気相転移であり、基礎と応用の両面に対して

    波及効果が期待される。これらの系は全て、欠損ペロブスカイトへの8万気圧での超高圧酸素

    アニールを用いて合成されたものであり、本さきがけで新たに導入した700トンプレスを最大限

    に活用して得られたものである。

    研究の進め方としては、当初は磁性イオンの価数制御の方法として、超高圧下での酸素ア

    ニールに対して相補的なアプローチとなる電気化学的インターカレーションによる価数制御を

    試みる予定であったが、総括およびアドバイザーからの助言に従って、2 年目からは高圧合成

    に専念することとなった。また、対象とする物質も銅酸化物とコバルト酸化物に絞り込み、前者

    では新奇超伝導相の探索を、後者では新奇磁気相の探索を行った。本さきがけ研究で得られ

    た 2 つの大きな成果(キャリアドープされた 1 次元銅酸化物の発見と巨大磁気体積効果を示す

    コバルト酸化物の発見)は、この選択と集中が功を奏して得られたものだと考えられる。さきが

    け研究期間内に、この成果に関連したトピックで計 6 回の招待講演(国際会議)をこなしたこと

    は、特筆すべき点であると考えている。ただし、2017 年 10 月現在、この異常高原子価酸化物

    関連の論文出版は 2 本にとどまっており、今後残りの数本分の論文投稿を早急に進めること

    が課題として残されている。

    また、物質開発に携わるさきがけ研究者を集めた研究会として、超空間領域内のものと、全

    7 領域横断のものそれぞれ一回ずつ行った。後者は、これまで機能や合成手法によって各専

    門に細分化された物質合成家が、各自のもつ設計指針や合成手法のノウハウを共有すべく

    一同に会し、最先端の計算科学を行う理論家との融合も図ることで、物質開発の新たな潮流

    を作り出すことに成功したと考えている。これらはさきがけのもつ人的ネットワークを最大限に

    活用したものであり、これをきっかけに今後固体化学、物性物理業界に新たなコミュニティー

    が形成されることを期待している。

    (2)研究総括評価(本研究課題について、研究期間中に実施された、年2回の領域会議での

    評価フィードバックを踏まえつつ、以下の通り、事後評価を行った)。

    (研究総括)

    異常高原子価ペロブスカイト型酸化物群の軌道、電荷、スピンの制御を超高圧合成によっ

  • て達成しました。さらに、結晶構造に起因する次元性制御の概念提唱、巨大磁気体積効果の

    発見など、多くの研究成果が得られており、論文発表も高い水準にあります。

    研究の進め方においても、さきがけ研究者をはじめ、国内外の研究者との交流、共同研究

    への踏み込み、研究領域を超えた研究分科会の開催など、さきがけ研究者としての責任の下、

    積極的な研究活動を展開した点は高く評価します。物理研究者としての姿勢に化学的な視点

    が加わり、次世代の固体化学と物性物理をつなぐ若手研究リーダーとして大きく飛躍しました。

    一般的な元素から構成される新規な物性を有する物質群の発見は学術的に高く評価され

    ます。加えて、超伝導関連分野は社会・経済的にも極めて意義の大きなものであり、波及効果

    をさらに拡大するために、明確な機能発現を目的とした新規物質群の開発を期待します。

    5. 主な研究成果リスト

    (1) 論文(原著論文)発表

    1. T. Osaka, H. Takahashi, H. Sagayama, Y. Yamasaki, S. Ishiwata, "High pressure synthesis of

    an unusual magnetic metal CaCoO3 with GdFeO3-type perovskite structure",

    Phys. Rev. B 95, 224440 (2017).

    2. H. Takahashi, T. Akiba, K. Imura, T. Shiino, K. Deguchi, N. K. Sato, H. Sakai, M. S. Bahramy,

    and S. Ishiwata, "Anticorrelation between polar lattice instability and superconductivity in the

    Weyl semimetal candidate MoTe2" Phys. Rev. B 95, 100501(R) (2017).

    3. H. Sakai, K. Ikeura, M. S. Bahramy, N. Ogawa, D. Hashizume, J. Fujioka, Y. Tokura, and S.

    Ishiwata "Critical enhancement of thermopower in a chemically tuned polar semimetal

    MoTe2" Science Adv. 2, e1601378 (2016).

    4. M. Kinoshita, H. Sakai, N. Hayashi, Y. Tokura, M. Takano, S. Ishiwata "Contrasting magnetic

    behaviors in Rh- and Ru-doped cubic perovskite SrFeO3: nearly ferromagnetic metal vs.

    spin-glass insulator" Angew. Chem. Int. Ed. 55, 15292 (2016).

    5. "Quantum Hall effect in a bulk antiferromagnet EuMnBi2 with magnetically confined

    two-dimensional Dirac fermions" H. Masuda, H. Sakai, M. Tokunaga,Y. Yamasaki, A. Miyake,

    J. Shiogai, S. Nakamura, S. Awaji, A. Tsukazaki, H. Nakao, Y. Murakami, T. -H. Arima, Y.

    Tokura, S. Ishiwata Science Adv. 2, e1501117 (2016).

    (2)特許出願

    研究期間累積件数:0 件

    (3)その他の成果(主要な学会発表、受賞、著作物、プレスリリース等)

    主要な学会発表(招待講演、国際会議一般講演のみ)

    1. "Giant magnetovolume effect in a cubic perovskite Sr1-xBaxCoO3 with competing magnetic

    orders" 2017 Materials Research Society (MRS) Spring Meeting & Exhibit , Phoenix, U.S.A.

    2017 年 4 月 17-21 日 【国際/招待】

    2. "High pressure synthesis of a cubic perovskite Sr1-xBaxCoO3 showing giant magnetovolume

    effect" The 12th Pacific Rim Conference on Ceramic and Glass Technology, Waikoloa, U.S.A.

  • 2017 年 5 月 21-26 日【国際/招待】

    3. “High pressure synthesis of GdFeO3-type cuprates with quasi-one-dimensional Cu-O

    chain” IUMRS ICAM 2017: The 15th International Conference on Advanced Materials, 京都

    2017 年 8 月 27-9 月 1 日【国際/招待】

    4. “High pressure synthesis of novel perovskite-type 3d-transition-metal oxides with unusual

    structure-property relationship”

    26th AIRAPT International Conference on on High pressure science and technology,北京、

    中国

    2017 年 8 月 19-23 日 【国際/招待】

    プレスリリース

    1. 「質量ゼロのディラック電子の流れを制御できる新しい磁石を発見 -超高速スピントロニ

    クス応用への新機軸-」

    東京大学工学系研究科、大阪大学、東京大学物性研究所、理研 CEMS、加速器研究機構

    KEK、東北大学、2016 年 2 月、記事掲載:日経産業新聞、科学新聞

    http://www.t.u-tokyo.ac.jp/soe/press/setnws_20160201142522778062909051.html

    2. 「極性構造歪みの制御を通じた熱電変換効率の向上に成功 -新原理の熱電変換材料

    へ道-」

    東京大学工学系研究科、大阪大学、理研 CEMS、2016 年 11 月

    http://www.t.u-tokyo.ac.jp/soe/press/setnws_20161114104020295532644868.html

  • 研 究 報 告 書

    「三次元 Gyroid 極小界面を用いたプロトン伝導性空間の創成」

    研究タイプ:通常型

    研究期間: 平成26年10月~平成30年3月 研 究 者: 一川 尚広

    1. 研究のねらい

    人類が構築すべき『理想的なエネルギーシステム』の開発において、水素と酸素からエネル

    ギーを作り出す燃料電池は極めて重要なエネルギーシステムである。燃料電池の更なる高性

    能化・高機能化を目指すにあたり、電極・電解質・セパレータなどの構成材料のそれぞれを改

    良することで、協調的な機能向上を期待できる。これらの構成材料の中で、プロトンの伝導を

    司る電解質としてはナフィオンを中心としたフッ素系ポリマーが用いられてきた。これまでナフィ

    オンのナノ構造制御や種々の他物質と組み合わせて機能向上を目指した研究が多々報告さ

    れてきたが、飛躍的な機能向上のためには分子レベルでの設計改良が有望なアプローチと考

    えられる。フッ素系高分子をベースとした材料設計は適応可能な合成反応が限られており、新

    たな材料設計指針を組み込むのは容易ではない。そこで近年では、芳香族主鎖を有するスル

    ホン酸ポリマーが注目され始めた。主鎖軸上におけるスルホン酸の置換位置・導入率の調整

    を通して、『主鎖上でのスルホン酸基の精緻な配列制御』を実現することで、機能的にはナフィ

    オンに匹敵するプロトン伝導膜が開発されている。しかし、『主鎖上で精緻に配列されている』

    は『バルク状態において空間的に精緻に配列されている』と同義ではないことを考えると、バ

    ルク状態におけるスルホン酸の『空間的な配列制御』を実現できれば超イオン伝導などの特

    異な機能の発現を期待できる。

    近年の目覚ましい分子技術の発展を受け、多種多様の精緻な分子集合体が報告されてき

    た。また、機能性分子の空間的配列・配置・周期構造をオングストロームレベルで精密に制御

    し、秩序だった分子集合構造を積極的にデザインすることで、これまでにない高い機能が発現

    することが実証されてきた。本研究では、このような分子技術を駆使した材料設計を通して、

    Gyroid 極小界面に沿って三次元空間的にスルホン酸基(及び水分子)を精緻に配列した構造

    の構築を行い、これまでにないプロトン伝導性空間を創成することを目標とする。

    2. 研究成果

    (1)概要

    ジャイロイド極小界面とは三次元空間的に連続して広がる周期極小曲面であり、曲面上の

    任意の点において上面と下面で曲率が打ち消しあった"鞍型曲面"から形成されている。数学的にこの極小界面を近似して表すことができ、幾何学的にも興味深い構造である。この界面

    の中点を結んでいくと三次元的に入り組んだチャンネル構造を描くことができる。このような界

    面構造及び(または)チャンネル構造は、総称して"ジャイロイド構造"と呼ばれている。私は、このジャイロイド極小界面に沿って機能性官能基を並べることができれば、特異な超界面を

    創成できるのではないかと考えた。特に、スルホン酸基を配列させ、更にスルホン酸基周りに

    水分子を配位させることができれば、非常に高速なプロトン伝導場を創成できるのではないか

  • と着想した。分子の組織化を利用して、機能骨格を配列させる手法として、液晶の自己組織

    化に着目した。様々な液晶の中でも、双連続キュービック液晶として分類される液晶群は、ジ

    ャイロイド構造を形成するものである。非常に魅力的なナノ構造を形成するにも関わらず、そ

    の応用例は世界的にも限られている。これはこの液晶を意図して設計するための分子技術が

    確立されていないためである。本研究では、この双連続キュービック液晶を自在に生み出す

    為の方法論を開発した。具体的には、Zwitterion(双性イオン)を基幹物質とした液晶分子構造を基盤とした戦略を進め、その有用性と汎用性について明らかにした。特に、『Zwitterionは酸と複合体を形成する』という特徴を利用し、酸の設計や割合調整などによって、非常に高

    精度に双連続キュービック液晶を設計する技術を開発できた(図 1)。また、それらが形成するナノ構造を固定化する展開に挑戦し、それを実現するための分子設計技術を大幅に進展させ

    ることができた。

    (2)詳細

    研究テーマ A: Zwitterion を用いたジャイロイド構造液晶の設計技術の確立

    Zwitterion とはカチオンとアニオンが共有結合で連結した有機塩の総称である。興味深い特性として、これらの Zwitterion 自体は非常に融点の高い塩であるが、ある種の酸やリチウム塩(たとえば、ビストリフルオロメタンスルホニルイミド(HTf2N))などを等モルで複合化すると、室温で液体状態を形成する。これは、ソフトな有機カチオンとソフトな Tf2N アニオンが選択的に相互作用し、イオン液体と類似の「ソフトなイオンペア」を形成するためであると考えられる。

    一般的に相分離型の液晶において、相分

    離する二成分の体積バランスが相の次元性

    を支配する。両親媒性分子においては、極性

    頭部と低極性アルキル鎖のそれぞれが占有

    する体積を考慮した実効分子形状の制御が

    重要である。両親媒性 Zwitterion 単独では棒状の分子形状であるが、酸を添加してコンプ

    レックスを形成することで円錐型に変化させる

    ことができるのではと考えた(図 2)。添加する 図2. 両親媒性 Zwitterionを用いた双連続キュービック液晶設計

    図 1. Zwitterion を基盤とした自己組織性材料設計

  • 酸の設計により円錐形状を制御できれば、目的の双連続キュービック相を自在に誘起でき

    るのではないかと考え、具体的には、図 3 に示すような分子を設計し、検証した。それぞれの分子について液晶性を調べ、分子構造と集合構造の関係を精査したところ、分子形状の

    重要性に加え、分子間の相互作用(水素結合・ハロゲン結合・π-π相互作用)などの強さも大きな影響を有しているが、Zwitterion 頭部と酸が形成する擬似頭部の実効形

    状を調整することで目的の双連続キュー

    ビック相を誘起できることがわかった。双

    連続キュービック液晶分子の設計指針を

    大幅に拡張に成功したと言える。 研究テーマ B: ジャイロイド構造の固定化技術の構築

    一般に両親媒性分子が形成する

    自己組織化構造を固定化する方法と

    して、重合による固定化有効である。

    しかし、単に両親媒性分子に重合基

    を導入して、in Situ 重合しても得られる重合体の分子量は有限に限られる

    ため、構造的に丈夫なフィルム材料

    は得られない。溶媒への高い耐性や

    タフなポリマーを得るためには、高分

    子間で架橋を進行させることが重要

    である。液晶状態で形成されるナノ構

    造を維持したまま高分子化するため

    には、図 4 に示したような Gemini 型(双子型)の分子を設計して、架橋重

    合を促進させる手法が重要となる。 研究テーマ B では、図 5 に示したよ

    うな Gemini 型の両親媒性 Zwitterionを設計・合成して、その自己組織化挙

    動を調べた。(I) リンカー長; (II) アルキル鎖の長さ; (III) 添加する酸の設計; (IV) 添加する酸の割合調整し、目的の双連続キュービック液晶を誘

    起できるか検証した。具体的には、ベ

    ンズイミダゾリウムカチオンを有する

    両親媒性 Zwitterion を合成し、様々な酸と複合化し、得られた複合体の

    液晶性を調べた。

    図3. 設計した両親媒性 Zwitterion 分子例

    図5. Gemini 型両親媒性 Zwitterion を用いた双連続キュービック液晶設計

    図 4. Gemini 型両親媒性分子設計の重要性

  • 酸の添加前後で IR 測定を行い、witterion と酸との間のイオン交換の進行を調べたところ、Zwitterion 単独では 3129 cm–1 に観測されたイミダゾリウム環2位の伸縮振動が酸(HTf2Nまたは類似の酸)添加に伴い、3149 cm–1 または 3140 cm–1 と高波数シフトすることがわかった(図 6a)。図 6bに示したようなイオン交換が進行して

    い る と 考 え ら れ る 。 酸 を 等 モ ル

    (Gemini1分子に対して2等量)で複合化したサンプルはカラムナー相を、

    酸の割合が極端に少ないサンプルは

    スメクチック相を発現したので、その 間の領域で酸の割合を調整した。酸の割合が1.5~1.7等量の間で目的の双連続キュービック相を発現することを確認できた(図 6c)。双連続キュービック相の同定は、偏光顕微鏡観察および X 線回折測定により行うことができた(図 6d)。

    Gemini 型の両親媒性分子としては、多種のものを設計したが、合成・精製が難しいものが多く、今後、これらの化合物に重合性の官能基を導入した両親媒性分子を設計するために

    も、合成・精製の簡便さを意識した分子設計改良が重要と考えている。

    研究テーマ C: 双連続キュービック液晶のガラス化技術の開発

    一般にイオン性液晶が形成するナノ相分離構造は、イオン液体様の高極性ドメインとアル

    キル鎖からなる低極性ドメインから構成される(図 7)。これらのナノ相分離液晶を冷却すると多くの場合、アルキル鎖ドメインの結晶化が起こり、液晶→結晶転移に伴う構造変化が誘起される。しかし、イオン液体様のドメインのガラス転移温度がアルキル鎖ドメインの結晶化温

    度より高い場合は、液晶→ガラス転移が優先的に誘起され、液晶状態で形成されるナノ構造は固定化される。このような現象を、双連続キュービック液晶でも実現できればジャイロイド構

    造を固定化する新しい方法論になるのではと考えた。

    図 6. Gemini 型両親媒性 Zwitterion のサーモトロピック液晶性

    図7. イオン性液晶を冷却した時に起こる現象

  • 上記のアイディアを実現する方法論として、イオン設計に

    取り組んだ。イオン液体のガラス転移温度を上げるための

    様々なイオン設計工夫(例えば、ベンゼン環の導入など)を

    行った。具体的には、両親媒性 Zwitterion に複合化する酸を新たに設計・合成した(図 8)。酸として HTf2N を用いた場合には結晶化を示していたのに対して、HA-Ts や HA-TfBz

    を用いることでガラス転移を誘起することができた。双連

    続キュービック液晶構造を保ったままガラス化することは、

    低温での X 線回折測定により明らかにすることができた。 ガラス状態のキュービック液