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- 301 - 地質調査研究報告, 第 61 巻, 第 7/8 号, p.301-306, 2010 概報‐ Report 1 地質情報研究部門(AIST, Geological Survey of Japan, Institute of Geology and Geoinformation* Corresponding autor: T. KUWABARA, 現連絡先:市川市鬼高2-11-12-118(Present address: Onitaka 2-11-12-118, Ichikawa, Chiba 272-0015, Japan要 旨 栃木県喜連川丘陵で掘削された後期更新世以降のテ フラ土壌累積層の植物珪酸体群集は,氷期間氷期サ イクルに対応する.本テフラ土壌累積層から得られた 植物珪酸体群集に対して,タケ亜科珪酸体群集の出現 率の変動に注目して,下位より群集帯 AC を設定し た.群集帯 A C は,ネザサ節などのメダケ属珪酸体 が優勢,もしくはミヤコザサ節などのササ属珪酸体が 劣勢であり,相対的な温暖期を示す.一方,群集帯 B は, ネザサ節などのメダケ属珪酸体が劣勢,もしくはミヤ コザサ節などのササ属珪酸体が優勢であり,相対的な 寒冷期を示す.群集帯 AC は,時間指標テフラの層 準を基準にして海洋酸素同位体ステージ(MIS)に当 てはめると,MIS1~5 に対応する. 1. はじめに 日本列島の各地における中期~後期更新世の古環境 変動を復元する上で,テフラ土壌(いわゆる黒色土壌 と褐色土壌)累積層に対する植物珪酸体分析が有効で ある(杉山,2001;佐瀬ほか,2008 など).その理由 として,長期間にわたって連続的に堆積したとみられ るテフラ土壌累積層が多くの地域で分布すること(町 田・新井,2003 など),そして一般に植物珪酸体の存 在が期待できること(近藤・佐瀬,1986 など)などが 挙げられる.これまで,日本列島各地の中期~後期更 新世の古環境変動を復元する上で,内湾性や湖沼性の 堆積物の花粉や珪藻などの微化石分析が対象とされる ことが多かった.しかし,この場合,長期間にわたっ て連続的に堆積したとみられる内湾性や湖沼性の堆積 物の分布地域が限られるため,諏訪湖,東濃地方大湫 盆地,琵琶湖,そして大阪堆積盆地における研究(大 嶋ほか,1997;佐々木ほか,2006;Nakagawa et al., 2008;本郷,2009 など)などと対象地域が限られる問 題があった. 今回,栃木県喜 つれ がわ 丘陵(第 1 図)で掘削された延 長約 42m のテフラ土壌累積層のボーリングコアに対 して,植物珪酸体分析を実施した.喜連川丘陵を覆う テフラ土壌累積層の植物珪酸体群集については,そ のおよそ上半部に対して既に簡単な報告があるものの (近藤ほか,2001),具体的な記載とそれに基づく古環 境などの検討は十分には行われていなかった.本コア の中でも,ほぼ中期更新世に相当する下部~中部の約 30m については植物珪酸体を十分に検出できなかった が,ほぼ後期更新世以降に相当する上部の約 12m につ 栃木県喜連川丘陵で掘削された後期更新世以降のテフラ -土壌累積層の植物珪酸体群集 桑原拓一郎 1,* Takuichiro Kuwabara (2010) Phytolith assemblage of tephra-soil succession after the late Pleistocene drilled at the Kitsuregawa Hills, central Japan. Bull. Geol. Surv. Japan, vol. 61(7/8), p. 301-306, 4 figs, 1 table. Abstract: Phytolith assemblage of tephra-soil succession after the late Pleistocene drilled at the Kitsuregawa Hills, Tochigi Prefecture, central Japan, shows the glacial-interglacial cycle. Based on fluctuation of appearance ratio of Bambusoideae phytolith assemblage, assemblage zones A, B, and C were identified upward in phytolith assemblage quantified for this tephra-soil succession. Assemblage zones A and C are dominant in phytolith of Pleioblastus, e.g. sect. Nezasa, and not dominant in phytolith of Sasa, e.g. sect. Crassinodi. These assemblage zones show relatively-warm climate periods. Assemblage zone B is dominant in phytolith of Sasa, e.g. sect. Crassinodi, and not dominant in phytolith of Pleioblastus, e.g. sect. Nezasa. This assemblage zone shows relatively-cool climate period. As assemblage zones A-C were applied to marine oxygen isotope stages (MISs), using the time-marker tephras as time-control horizons, they were correlated to MISs 1-5. Keywords: Quaternary, Tochigi Prefecture, phytolith, tephra, marine oxygen isotope stage

地質調査研究報告/Bulletin of the Geological Survey of Japan-301- 地質調査研究報告, 第 61 巻, 第 7/8 号, p.301-306, 2010 概報‐Report 1地質情報研究部門(AIST,

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地質調査研究報告, 第 61 巻, 第 7/8 号, p.301-306, 2010

概報‐Report

1地質情報研究部門(AIST, Geological Survey of Japan, Institute of Geology and Geoinformation)* Corresponding autor: T. KUWABARA, 現連絡先:市川市鬼高2-11-12-118(Present address: Onitaka 2-11-12-118, Ichikawa, Chiba 272-0015, Japan)

要 旨

 栃木県喜連川丘陵で掘削された後期更新世以降のテフラ-土壌累積層の植物珪酸体群集は,氷期-間氷期サイクルに対応する.本テフラ-土壌累積層から得られた植物珪酸体群集に対して,タケ亜科珪酸体群集の出現率の変動に注目して,下位より群集帯 A~C を設定した.群集帯 A と C は,ネザサ節などのメダケ属珪酸体が優勢,もしくはミヤコザサ節などのササ属珪酸体が劣勢であり,相対的な温暖期を示す.一方,群集帯 B は,ネザサ節などのメダケ属珪酸体が劣勢,もしくはミヤコザサ節などのササ属珪酸体が優勢であり,相対的な寒冷期を示す.群集帯 A~C は,時間指標テフラの層準を基準にして海洋酸素同位体ステージ(MIS)に当てはめると,MIS1~5 に対応する.

1. はじめに

 日本列島の各地における中期~後期更新世の古環境変動を復元する上で,テフラ-土壌(いわゆる黒色土壌と褐色土壌)累積層に対する植物珪酸体分析が有効である(杉山,2001;佐瀬ほか,2008 など).その理由として,長期間にわたって連続的に堆積したとみられ

るテフラ-土壌累積層が多くの地域で分布すること(町田・新井,2003 など),そして一般に植物珪酸体の存在が期待できること(近藤・佐瀬,1986 など)などが挙げられる.これまで,日本列島各地の中期~後期更新世の古環境変動を復元する上で,内湾性や湖沼性の堆積物の花粉や珪藻などの微化石分析が対象とされることが多かった.しかし,この場合,長期間にわたって連続的に堆積したとみられる内湾性や湖沼性の堆積物の分布地域が限られるため,諏訪湖,東濃地方大湫盆地,琵琶湖,そして大阪堆積盆地における研究(大嶋ほか,1997;佐々木ほか,2006;Nakagawa et al., 2008;本郷,2009 など)などと対象地域が限られる問題があった. 今回,栃木県喜

連つれ

川がわ

丘陵(第 1 図)で掘削された延長約 42m のテフラ-土壌累積層のボーリングコアに対して,植物珪酸体分析を実施した.喜連川丘陵を覆うテフラ-土壌累積層の植物珪酸体群集については,そのおよそ上半部に対して既に簡単な報告があるものの

(近藤ほか,2001),具体的な記載とそれに基づく古環境などの検討は十分には行われていなかった.本コアの中でも,ほぼ中期更新世に相当する下部~中部の約30m については植物珪酸体を十分に検出できなかったが,ほぼ後期更新世以降に相当する上部の約 12m につ

栃木県喜連川丘陵で掘削された後期更新世以降のテフラ-土壌累積層の植物珪酸体群集

桑原拓一郎1,*

Takuichiro Kuwabara (2010) Phytolith assemblage of tephra-soil succession after the late Pleistocene drilled at the Kitsuregawa Hills, central Japan. Bull. Geol. Surv. Japan, vol. 61(7/8), p. 301-306, 4 figs, 1 table.

Abstract: Phytolith assemblage of tephra-soil succession after the late Pleistocene drilled at the Kitsuregawa Hills, Tochigi Prefecture, central Japan, shows the glacial-interglacial cycle. Based on fluctuation of appearance ratio of Bambusoideae phytolith assemblage, assemblage zones A, B, and C were identified upward in phytolith assemblage quantified for this tephra-soil succession. Assemblage zones A and C are dominant in phytolith of Pleioblastus, e.g. sect. Nezasa, and not dominant in phytolith of Sasa, e.g. sect. Crassinodi. These assemblage zones show relatively-warm climate periods. Assemblage zone B is dominant in phytolith of Sasa, e.g. sect. Crassinodi, and not dominant in phytolith of Pleioblastus, e.g. sect. Nezasa. This assemblage zone shows relatively-cool climate period. As assemblage zones A-C were applied to marine oxygen isotope stages (MISs), using the time-marker tephras as time-control horizons, they were correlated to MISs 1-5.

Keywords: Quaternary, Tochigi Prefecture, phytolith, tephra, marine oxygen isotope stage

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地質調査研究報告 2010 年 第 61 巻 第 7/8 号

いては十分に検出できた.そこで本稿では,本コア上部について,植物珪酸体群集を報告するとともに,それに基づいて古気候を復元して海洋酸素同位体ステージ(MIS1,MIS2…)との層位関係に関して考察を行う.

2. 試料

 コアは,那須 烏からす

山やま

市上かみ

川かわ

井い

の丘陵背面を成す尾根からややそれた緩傾斜地において,鉛直方向にボーリング掘削された(第 1,2 図).桑原(2009)でテフラ分析に供されたコアである.孔口標高は 197m である.全層準にわたり直径約 50mm,無水堀で採取された.掘削時に伸縮を受けている可能性があるが,その程度が不明のため,層厚に対して補正はなされていない. 本コア上部には,下位より日光満

美み

穴あな

テフラ(Nk-Ma),赤城水

みず

沼ぬま

6 テフラ(Ag-Mz6),鬼き

界かい

葛とづら

原はら

テフラ(K-Tz),阿蘇 4 テフラ(Aso-4),日光 東

ひがし

赤あか

田た

テフラ(Nk-Hg),大山倉

くら

吉よし

テフラ(DKP),赤城行なめ

川かわ

2 テフラ(Ag-Nm2),赤城行川 1 テフラ(Ag-Nm1),赤城鹿沼テフラ(Ag-K),姶

あい

良ら

丹沢テフラ(AT),男体片かた

岡おか

/ 小お

川がわ

テフラ(Nt-Kt/Og),そして男体七しち

本ほん

桜ざくら

/ 今いま

市いち

テフラ(Nt-S/I)が認められた(第 2 図)(桑原,2009).DKP直下に層厚約 0.8m の砂礫層が挟まれるものの,喜連川丘陵とその周辺のテフラ層序に関する既存の研究(小池ほか,1985;鈴木,1993;山元,2006 など)と比較する限り大きな欠損は認められず,本テフラ-土壌累積層はほぼ連続的に堆積しているものと考えられる. 以上のテフラの中でも 6 層に対して,放射年代測定値と各地における層位に基づいておおよその年代が知られている(第 1 表).K-Tz については 95ka(町田・

Nak

a R

i ver

Kinu River

Kitsuregawa Hills36°45′N

Utsunomiya

140°E

Drilling site

MountainsHillsLowland

5 km Drilling site

200 m

第 1 図 掘削地点(北緯 36°42′35″,東経 140°3′45″). 地形図は国土地理院の数値地図 25000 白河を使用した.

Fig. 1 Drilling site (36°42′35″N, 140°3′45″E). Digital Map 25000 Shirakawa of Geographical Survey Institute of Japan is used as

the topographical contour-map with 10-m interval.

2 m

1

Nk-Ma

Ag-Mz6

K-TzAso-4Nk-Hg

DKPAg-Nm2

Ag-K

AT

Nt-Kt/Og

Nt-S/I

Ag-Nm1

20

40

60

80

100

Sand and gravel

Tephra

Brown soil

Black soil

60 Sample horizon and number

Ground surface

第 2 図 地質柱状図. 桑原(2009)の地質柱状図に加筆.

Fig. 2 Geologic column. Compiled from the geologic column in Kuwabara (2009).

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喜連川丘陵の後期更新世以降の植物珪酸体群集(桑原)

新井,2003),Aso-4 は 80-94ka(Aoki,2008;青木ほか,2008),DKP は 55ka 以前(町田・新井,2003),Ag-Kは 45ka 以前(町田・新井,2003),AT は 28-29ka(青木ほか,2008),そして Nt-S/I は 14-15ka(町田・新井,2003)とされている.とくに Aso-4 と AT については,酸素同位体比層序上の層位が重視されて年代決定されている.

3. 方法

 分析試料は,土壌から約 10cm 間隔で採取した.各試料の植物珪酸体の抽出と定量は,株式会社古環境研究所へ依頼した.杉山(1999)に準拠して,(1)絶乾,

(2)ガラスビーズの添加,(3)有機物の灰化除去,(4)超音波洗浄,(5)プレパラートの作製,そして(6)検鏡の手順で行った.ガラスビーズ添加では,試料約 1gに対して直径約 40μm のガラスビーズを約 0.02g 添加した(0.1mg の精度で秤量).検鏡は,400 倍の偏光顕微鏡下で,おもにイネ科植物の機動細胞に由来する植物珪酸体を対象として行った.計数は,ガラスビーズの個数が 400 以上になるまで行った.試料 1g 当たりのガラスビーズの個数に,計数された植物珪酸体の総数とガラスビーズの総数との比率をかけて,試料 1g 当たりの植物珪酸体の個数を求めた.また,計数された植物珪酸体の総数を基数として,各植物珪酸体の出現率を求めた. 植物珪酸体は,イネ科(Gramineae),シダ類(Fern),そして樹木起源(Arboreal)に大別した.イネ科珪酸体は,キビ族(Paniceae),ヨシ属(Phragmites),シバ属(Zoysia),ススキ属(Miscanthus),ウシクサ族 A(Andropogoneae A),ウシクサ族 B(Andropogoneae B),ジュズダマ属

(Coix),タケ亜科(Bambusoideae),そしてその他のイネ科に区分した.とくにタケ亜科珪酸体は,メダケ属メダケ節(Pleioblastus sect. Nipponocalamus),メダケ属ネザサ節(Pleioblastus sect. Nezasa),ササ属チマキザサ節(Sasa sect. Sasa),ササ属ミヤコザサ節(Sasa sect. Crassinodi),そしてその他のタケ亜科に細分した.一方,樹木起源珪酸体は,モクレン属(Magnolia)とその他の樹木起源とに区分した.また,その他のイネ科

珪酸体については,表皮毛起源(Husk hair origin),棒状(Rod-shaped),そしてその他に細分してある.

4. 結果

 コア上部の試料 105 点(下位より試料 1,試料 2…試料 105 と呼ぶ)から得られた植物珪酸体群集に対して,3 つの群集体(下位より群集体 A,群集体 B,そして群集体 C と呼ぶ)を設定した(第 2,3 図).現生のタケ亜科相では,メダケ節やネザサ節などのメダケ属は暖温帯で,そしてチマキザサ節やミヤコザサ節などのササ属は冷温帯~亜寒帯下部でそれぞれ優勢である(大橋ほか,2008 など).このことは,タケ亜科相が古気候の有効な指標になることを示唆している(佐瀬ほか,2008).メダケ属とササ属の機動細胞起源の植物珪酸体の検出個数比の変動が,海洋酸素同位体層序でみられる氷期 - 間氷期サイクルと調和的であるという解釈もある(杉山,2001).そこで,タケ亜科珪酸体群集の出現率の変動に注目して,群集帯を設定した.

4.1 群集帯 A 今回設定した群集帯の中で,最下位の植物珪酸体群集である.試料 1~64 の植物珪酸体群集が相当する.下部~中部で Nk-Ma と Ag-Mz6 を挟み,中部~上部でK-Tz と Aso-4 そして Nk-Hg を挟む.DKP に直接に覆われる.試料 1g 当たりの植物珪酸体の検出数は,最大で 2.72×105 粒子と見積もられ,良好である.ネザサ節珪酸体が優勢であり,最大で 68% 含まれる.ただし,その出現率は Nk-Hg 付近以上で安定せず,試料 52 付近で 10% まで,そして試料 60 付近で 7% まで一時的に低下する.ミヤコザサ節珪酸体が最大で 33%,そしてメダケ節珪酸体が最大で 17% 含まれる.その他のイネ科珪酸体では,表皮毛起源珪酸体と棒状珪酸体が含まれる.

4.2 群集帯 B 群集帯 A 直上の植物珪酸体群集である.試料 65~91 の植物珪酸体群集が相当する.DKP を直接に覆う.最下部で Ag-Nm2 と Ag-Nm1 を挟み,下部~中部でAg-K を挟み,そして中部~上部で AT と Nt-Kt/Og を挟む.Nt-S/I に直接に覆われる.試料 1 g 当たりの植物珪酸体の検出数は,最大で 1.99 × 105 粒子と見積もられ,良好である.ミヤコザサ節珪酸体が優勢であり,最大で 85% 含まれる.ネザサ節珪酸体が最大で 12% 含まれる.Nt-Kt/Og 付近~上限では,チマキザサ節珪酸体も最大で 24% 含まれる.その他のイネ科珪酸体では,表皮毛起源珪酸体と棒状珪酸体が含まれる.

Tephra Age (ka) Method References

Nt-S/I 14–15 Stratigraphy Machida and Arai (2003)18O stratigraphy Aoki et al. (2008)

Ag-K ≧45 Stratigraphy Machida and Arai (2003)DKP ≧55 Stratigraphy Machida and Arai (2003)

18O stratigraphy Aoki (2008) Aoki et al. (2008)K-Tz 95 Stratigraphy Machida and Arai (2003)

第 1 表 テフラの年代.

Table 1 Ages of the tephras.

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地質調査研究報告 2010 年 第 61 巻 第 7/8 号

4.3 群集帯 C 群集帯 B 直上の植物珪酸体群集である.試料 92 ~105の植物珪酸体群集が相当する.Nt-S/I を直接に覆う.最上位かつ現地表面直下の植物珪酸体群集である.試料 1g 当たりの植物珪酸体の検出数は,最大で 1.39×105 粒子と見積もられ,良好である.ネザサ節珪酸体が最大で 30%,ミヤコザサ節珪酸体が最大で 18%,メダケ節珪酸体が最大で 5%,そしてチマキザサ節珪酸体が最大で 3% 含まれる.また,ウシクサ族 A 珪酸体が最大で 6%,ススキ属珪酸体が最大で 5%,キビ族珪酸体が最大で 4%,そしてシバ属珪酸体が最大で 1% と低率ながら含まれる.その他のイネ科珪酸体では,表皮毛

起源珪酸体と棒状珪酸体が含まれる.

5. 考察

5.1 古気候の変遷 現生のタケ亜科相では,メダケ節やネザサ節などのメダケ属は暖温帯で,そしてチマキザサ節やミヤコザサ節などのササ属はより北方の冷温帯~亜寒帯下部でそれぞれ優勢である(大橋ほか,2008 など).したがって,本コアにおけるタケ亜科珪酸体群集の変遷は,他のテフラ‐土壌累積層に対する植物珪酸体分析(杉山,2001;佐瀬ほか,2008)と同様に,基本的には全球的

B

1

20

40

60

80

100

Nk-Ma

Ag-Mz6

K-TzAso-4Nk-Hg

DKPAg-Nm2Ag-Nm1

Ag-K

AT

Nt-Kt/Og

Nt-S/I

Sample no.

210

Concentration(×105 grains/g)

Gramineae

Pan

icea

e

50%

Phr

agm

ites

Zoys

iaM

isca

nthu

sA

ndro

pogo

neae

AA

ndro

pogo

neae

BC

oix

Composition (%)

Ple

iobl

astu

sse

ct. N

ippo

noca

lam

us

Bambusoideae

Ple

iobl

astu

sse

ct. N

ezas

a

Sas

ase

ct. S

asa

Sas

ase

ct. C

rass

inod

i

Oth

ers

Hus

k ha

ir or

igin

Rod

-sha

ped

Oth

ers

Fern

Others

Arboreal

Mag

nolia

Oth

ers

Zone

A

C

第 3 図 植物珪酸体群集.

Fig. 3 Phytolith assemblage.

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喜連川丘陵の後期更新世以降の植物珪酸体群集(桑原)

な古気候の変遷を反映しているものと考えられる(第4 図). 群集帯 A は,メダケ属珪酸体が優勢である.したがって,本群集帯は暖温帯を反映する群集であると考えられる(第 4 図).ただし,その出現率は Nk-Hg 付近以上で安定せず,試料 52 付近と試料 60 付近でササ属珪酸体程度まで一時的に低下する.これらは暖温帯~冷温帯の推移帯である中間温帯を反映する群集であり,当時,一時的に寒冷化した可能性がある. 群集帯 B は,ササ属珪酸体が優勢である.したがって,本群集帯体は冷温帯~亜寒帯下部を反映する群集であり,群集帯 A ~本群集帯成立期の寒冷化が考えられる

(第 4 図).とくに,Nt-Kt/Og 付近~上限では,チマキザサ節珪酸体が有意に含まれる.現生のササ属相では,ミヤコザサ節は太平洋側の積雪の少ない地域で,そしてチマキザサ節は日本海側の積雪の多い地域でそれぞれ優勢である(大橋ほか,2008 など).当時は,それ以前と比較して積雪が多かった可能性がある. 群集帯 C は,メダケ属珪酸体とササ属珪酸体が有意に含まれる.したがって,本群集帯は中間温帯を反映する群集であり,群集帯 B ~本群集帯成立期の温暖化が考えられる(第 4 図).なお,他の群集帯とは異なり,ウシクサ族 A 珪酸体,ススキ属珪酸体,キビ族珪酸体,そしてシバ属珪酸体が低率ながら含まれる.これらの植物種は,現在,耕作や森林伐採に伴う代替植生に典型でもある.また,本群集帯は現地表面の直下の群集でもある.これら低率の珪酸体の存在は,本コアの掘削地点周辺における人間活動の影響を反映している可能性がある.

5.2 海洋酸素同位体ステージとの層位関係 相対的な温暖期である群集帯 A は,中部~上部で

K-Tz と Aso-4 を挟み,そして DKP に直接に覆われる.放射年代測定値と各地における層位に基づいて,K-Tzは 95ka(町田・新井,2003),Aso-4 は 80-94ka(Aoki,2008;青木ほか,2008),そして DKP は 55ka 以前(町田・新井,2003)とされている(第 1 表).これらテフラの年代に基づくと,MIS5(71-130ka;Lisiecki and Raymo, 2005)と MIS4(57-71ka;Lisiecki and Raymo, 2005)にほぼ対応するものと考えられる(第 4 図).ただし,MIS5 と 4 とを個別に識別はできない.なお,Nk-Hg~DKP の土壌は,砂礫層を挟むことから,二次堆積物である可能性がある.これが,本群集帯が MIS5と 4 とを含むことの一要因として考えられる. 相対的な寒冷期の群集帯 B は,DKP を直接に覆い,下部~中部で Ag-K を挟み,中部~上部で AT を挟み,そして Nt-S/I に直接に覆われる.DKP の他にも,放射年代測定値と各地における層位に基づいて,Ag-K は45ka 以前(町田・新井,2003),AT は 28-29ka(青木ほか,2008),そして Nt-S/I は 14-15ka(町田・新井,2003)とされている(第 1 表).これらテフラの年代に基づくと,MIS3(29-57ka;Lisiecki and Raymo, 2005)とMIS2(14-29ka;Lisiecki and Raymo, 2005)にほぼ対応するものと考えられる(第 4 図).ただし,MIS3 と 2とを個別に識別はできない. 相対的な温暖期の群集帯 C は,Nt-S/I を直接に覆う現地表面直下の植物珪酸体群集である.Nt-S/I の年代から,MIS1(0-14 ka;Lisiecki and Raymo, 2005)にほぼ対応するものと考えられる(第 4 図).

6. まとめ

1) 喜連川丘陵で掘削された後期更新世以降のテフラ‐土壌累積層に対して,植物珪酸体分析を実施した.

2) タケ亜科珪酸体群集の出現率の変動に注目して,得られた植物珪酸体群集に対して,下位より群集帯 A~ C を設定した.

3) 群集帯 A と C は,メダケ属珪酸体が優勢もしくはササ属珪酸体が劣勢であり,相対的な温暖期を示す.

4) 群集帯 B は,メダケ属珪酸体が劣勢もしくはササ属珪酸体が優勢であり,相対的な寒冷期を示す.

5) 時間指標テフラの層準を基準にして海洋酸素同位体ステージに当てはめると,群集帯 A は MIS5 と 4 に,群集帯 B は MIS3 と 2 に,そして群集帯 C は MIS1に対応する.

謝辞:研究全般にわたって,伊藤順一氏や山元孝広氏をはじめとする深部地質環境研究コアの方々から協力を得た.テフラ層序の解析では,古澤 明氏をはじめとする株式会社古澤地質の方々から協力を得た.植物珪酸体分析では,杉山真二氏をはじめとする株式会社

Nk-Ma

DKP

Nt-Kt/Og

Ag-Mz6

K-TzAso-4Nk-Hg

Ag-Nm2Ag-Nm1Ag-KAT

Nt-S/I

MISPhytolith

assemblage zone TephraCoolWarm

C

A

B

5

1

2

3

4

第 4 図 植物珪酸体群集帯と海洋酸素同位体ステージ(MIS)との層位関係.

Fig. 4 Stratigraphic relationship between phytolith assemblage zones and marine oxygen isotope stages (MISs).

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地質調査研究報告 2010 年 第 61 巻 第 7/8 号

古環境研究所の方々から協力を得た.以上の関係者の方々に,心より感謝します. 試料処理は,原子力安全・保安院「平成 20 年度地層処分に係る地質情報データの整備」として実施した.

文 献

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(受付:2009 年 8 月 12 日;受理:2010 年 3 月 26 日)