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02 報告 有機光電変換膜を透明電極で挟んだ 受光素子の特性改善 堺 俊克  高木友望  堀 洋祐  清水貴央  大竹 浩  相原 聡 Improvement in Performance of Photocells Using Organic Photoconductive Films Sandwiched Between Transparent Electrodes Toshikatsu SAKAI, Tomomi TAKAGI, Yosuke HORI, Takahisa SHIMIZU, Hiroshi OHTAKE and Satoshi AIHARA ABSTRACT メラの小型化と高感度化の両立を目指して,波 長選択性を持つ有機光電変換膜を積層した構 造のRGB有機膜積層型撮像デバイスの研究を進めて いる。今回,赤,緑,青の各色用の波長選択性受光 素子の特性改善に取り組んだ。有機膜やバッファー層 に用いる材料,および透明電極の形成手法を見直すこ とにより,有機膜を透明電極で挟んだ構造の素子で, 赤用,緑用,青用のすべてにおいて80%の量子効率 を達成した。 W e have developed a novel type of image sensor that is overlaid with three different organic photoconductive films; each is sensitive to only one of the three primary colors. Toward highly sensitive image sensors, we have developed high performance photocells with quantum efficiencies of about 80%, for each R/G/ B-sensitive photocell sandwiched between transparent ITO electrodes. 35 NHK技研 R&D No.174 2019.3

有機光電変換膜を透明電極で挟んだ 受光素子の特性 …films; each is sensitive to only one of the three primary colors. Toward highly sensitive image sensors, we

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Page 1: 有機光電変換膜を透明電極で挟んだ 受光素子の特性 …films; each is sensitive to only one of the three primary colors. Toward highly sensitive image sensors, we

02報 告有機光電変換膜を透明電極で挟んだ 受光素子の特性改善堺 俊克  高木友望  堀 洋祐  清水貴央  大竹 浩  相原 聡

Improvement in Performance of Photocells Using Organic Photoconductive Films Sandwiched Between Transparent ElectrodesToshikatsu SAKAI, Tomomi TAKAGI, Yosuke HORI, Takahisa SHIMIZU, Hiroshi OHTAKE and Satoshi AIHARA

要   約 A B S T R A C T

カ メラの小型化と高感度化の両立を目指して,波長選択性を持つ有機光電変換膜を積層した構

造のRGB有機膜積層型撮像デバイスの研究を進めている。今回,赤,緑,青の各色用の波長選択性受光素子の特性改善に取り組んだ。有機膜やバッファー層に用いる材料,および透明電極の形成手法を見直すことにより,有機膜を透明電極で挟んだ構造の素子で,赤用,緑用,青用のすべてにおいて80%の量子効率を達成した。

W e have developed a novel type of image sensor that is overlaid with

three different organic photoconductive films; each is sensitive to only one of the three primary colors. Toward highly sensitive image sensors, we have developed high per formance photocel ls with quantum efficiencies of about 80%, for each R/G/B-sensitive photocell sandwiched between transparent ITO electrodes.

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1.はじめに

8Kスーパーハイビジョン用カメラにおいて課題となっている,高感度化と小型化の両立を目指し,RGB有機膜積層型撮像デバイスの研究を進めている。このデバイスでは,光の三原色である赤(R),緑(G),青(B)の分離に,平面上に配列したカラーフィルターではなく,デバイスの深さ方向に積層した,波長選択性を持つ有機光電変換膜(以下,有機膜)を用いる。そのため,カメラの小型化に適した単板式でありながら,カラーフィルターによる光損失のない高感度なカメラが実現できる。

当所ではこれまでに,R光,G光,B光のそれぞれに感度を持つ3枚の有機膜を積層したカラー撮像動作検証用のデバイス(画素ピッチ100µm,128×96画素)を試作し,有機膜の積層構造によって,光の三原色の分離と,各色の動画像取得が可能であることを実証した1)。また,画素の微細化を進め,画素ピッチを50µmに縮小したデバイスによる撮像動作2)や,画素ピッチを20µmまで縮小した信号読み出し回路の動作3)などを確認した。

本デバイスの実用化に向けては,画素ピッチの微細化や画素集積化・多画素化に加えて,R用,G用,B用各有機膜の信号対雑音比のさらなる改善,すなわち量子効率*1の向上および暗電流*2の低減が必要である。具体的には,現状の撮像デバイスで用いられているシリコンフォトダイオードと同等の,80%程度の量子効率と,100pA/cm2以下の暗電流値を目標として研究・開発を進めている。さらに,デバイスに入射した光を最大限に利用するには,膜に電圧を印加するために有機膜を挟むように配置される電極を透明にしなければならない。

本稿では,波長選択性を持つ有機膜と,有機膜を透明電極で挟んだ波長選択性受光素子の性能改善に向けて,有機膜やバッファー層に用いる材料,および透明電極形成手法を見直した。その結果,R用,G用,B用のすべてにおいて,受光素子の特性を大幅に改善できることを実証したので報告する。

2.透明電極を使用した受光素子の課題

G用画素の受光素子の断面構造を1図に示す。透明な画素電極(下部電極)と透明な対向電極(上部電極)に有機膜が挟まれた構造になっており,G用画素では,有機膜の持つ波長選択性により,入射光成分のうちG光を吸収して電荷を発生する一方,R光は下層へ透過される。本稿では,有機膜を透明電極で挟んだ構造の波長選択性受光素子を

「光透過セル」と呼ぶ。

当所では,光透過セルの上下電極として,透明な導電膜であるインジウム・スズ酸化物(ITO:Indium Tin Oxide)薄膜を使用している。ITOは導電性と可視光透過性に優れ,透明電極として広く利用されている。ITO電極の形成法としては,スパッタリング法*3が一般的に用いられている。しかしながら,スパッタリングにより有機膜上へITO電極を形成した場合,原料粒子の持つ高いエネルギーにより有機膜がダメージを受け,上下の電極間が短絡するなどの問題が発生していた。この影響を防ぐために,有機材料から成るバッファー層(Naphthalene-1,4,5,8-tetracarboxylic Dianhydride:NTCDA)を,有機膜の数倍の厚さ(約1µm程度)で有機膜と上部ITO電極との間に挿入していたが,NTCDAを適用した光透過セルにおいては,量子効率の改善が課題となっていた。量子効率が低くなる原因としては,バッファー層が無い光透過セルと同じ電圧を印加した場合,厚いバッファー層に電圧の多くが印加されてしまい,有機膜に十分な電圧が印加されず,有機膜内での光電荷分離効率が低下することや,分離した電荷が電極まで走行するのに必要な距離が増加し,電極に到達するまでに電荷が消滅してしまうことなどが考えられた。

これらの課題の解決に向けて,バッファー層の薄膜化や,有機膜へのダメージを低減できる上部ITO電極の形成手法を新たに検討した。次章以降では,まず,人の視感度が最も高く,画質に影響の大きいG用セルについての検討結果を報告し,続けてB用,R用セルの検討結果についても述べる。

* 1 入射した光子1個に対して出力される電子の数。

* 2 入射光が無い状態で光電変換膜に流れる電流。

* 3 加速したイオンを原料に衝突させ,はじき出された材料を基板に付着させる製膜方法。

1図 G用画素の受光素子の断面構造

透明画素電極

透明対向電極

G光 R光

有機膜

光生成電荷

+̶

36 NHK技研 R&D ■ No.174 2019.3

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3.緑色用光透過セルの特性改善

3.1 バッファー層の薄膜化まず,バッファー層の薄膜化について検討を進め,バッ

ファー材料を従来のNTCDAから2,3,6,7,10,11-Hexacyano- 1,4,5,8,9,12-hexaazatriphenylene(HAT-CN)に変更した。HAT-CNは,発光素子である有機エレクトロルミネッセンス

(EL:Electroluminescence)素子の正孔注入材料として用いられており,トップエミッション型有機EL素子*4において,透明な上部電極を形成する際の薄いバッファー層としても報告例4)のある頑強な有機材料であるため,当所で検討している光透過セルにも適用可能であると考えた。

試作した光透過セルの構造を2図に示す。G用の有機膜としては,従来から使用実績のあるキナクリドンを光電変換材料に用い,バッファー層にHAT-CNを適用した光透過セルを試作した。

光透過セルは次の手順で作製した。最初に,下部ITO電極を形成したガラス基板上に,正孔ブロッキング層*5としてTris-(8-hydroxyquinoline)aluminum(Alq3: 厚さ30nm),光電変換膜としてキナクリドン(100nm),電子ブロッキング層として2,7-bis(carbazol-9-yl)-9,9-spirobifluorene

(Spiro-2CBP:30nm),バッファー層としてHAT-CN(50nm)を,順次,真空中で加熱蒸着法*6により形成した。その後,上部電極としてITO(30nm)をスパッタリングで堆積し,光透過セルを形成した。 バッファー層材料をNTCDAからHAT-CNに変更したことによって,バッファー層の厚みを従来の約1µmから50nmに大幅に薄くしても,上下電極間に短絡が生じないセルを試作することが可能となった。

また,比較のために,上部電極に加熱蒸着法で形成した

アルミニウム(Al)を適用したセル(以下,Alセル)も試作した。セル構造は,ガラス基板/ ITO(150nm)/キナクリドン(100nm)/Al(50nm)とした。スパッタリング法では比較的高いエネルギー(数電子ボルト*7程度)を持った原料粒子が堆積するのに対して,加熱蒸着法では蒸発粒子の持つエネルギーが1電子ボルト未満とスパッタリングに比べて低いことから,Alは光を透過しない材料であるものの,電極形成時に有機膜へ与えるダメージはほぼ無いと考えられる。

作製した2種類のセルの量子効率を3図に示す。光透過セルと比較用のAlセルに印加した電圧は,それぞれ8Vと4Vとした。セルの受光面積はともに2×3mm2であり,光パワー50µW/cm2の単色光をガラス基板側から波長を変えて照射し,セルに流れる電流を計測することで,量子効率を測定した。試作した光透過セルの量子効率は,Alセルより劣るものの,25%の量子効率が得られた。しかしながら,次節で述べるように,印加電圧8V時の光透過セルの暗電流値は1.1µA/cm2であり,目標としている100pA/cm2程度と比べると,大幅な低減が必要である。

2図 試作した光透過セルの構造

3図 試作したセルの量子効率 (光照射パワーは50µW/cm2)

* 4 発光層上部に形成した透明または半透明電極側から光を取り出す構造の有機EL素子。

* 5 ブロッキング層は,暗電流の要因となる,電極から光電変換層への電荷の注入を阻止するために設けられる層。正の電圧を印加する電極に対しては正孔ブロッキング層,負の電圧を印加する電極に対しては電子ブロッキング層が必要である。

* 6 原材料を加熱し,気化もしくは昇華させることで基板上に薄膜を堆積する手法。

* 7 電子ボルトはエネルギーの単位の1つであり,1電子ボルトは,真空中で1個の電子が1Vの電圧で加速されるときに得る運動エネルギーを表す。

上部ITO電極

バッファー層(HAT-CN)

電子ブロッキング層 (Spiro-2CBP)

光電変換層(キナクリドン)

正孔ブロッキング層(Alq3)

下部ITO電極

ガラス基板

Alセル(4V印加) 光透過セル(8V印加)

400

量子効率(%)

波長(nm)

30

20

10

0

500 700600

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3.2 上部ITO電極形成手法の見直し前節で試作した光透過セルにおける暗電流の要因として

は,スパッタリング時のITO粒子が持つ高いエネルギーによってバッファー層等を構成する有機分子の結合がダメージを受けて欠陥が生じ,この欠陥を通してITO電極から膜内に電流が流れ込んだことが考えられる。そこで,スパッタリングに替わるITOの成膜手法について検討し,有機膜へのダメージが少ないITOの成膜手法として,4図に示すような電子ビーム加熱蒸着法(EB蒸着法)を採用した。EB蒸着法は加熱蒸着法の一種であり,収束した電子ビームを蒸発源に照射することで原料を加熱する成膜手法である。蒸発粒子の持つエネルギーがスパッタリングに比べて低いため,下地へのダメージの低減が期待できる。

一方,通常のEB蒸着法では,加速した電子ビームを原料に照射して加熱・蒸発させるため,蒸発源からX線の輻射が発生し,これが有機膜への新たなダメージ要因となるこ

とが懸念される5)。そこで,今回用いたEB蒸着装置には,X線輻射を抑える特殊な構造の電子ビーム源を組み込んだ

(4図)。電子ビームをより低い加速電圧で蒸発源に照射可能な構造とすることで,蒸発源から発生するX線の輻射を抑えている。

さらに,加熱蒸着法ではITO原料粒子から酸素の脱離が生じやすく,薄膜にした際に光透過率が悪化する要因となることから,蒸着時に原料粒子からの酸素脱離を補う目的で,酸素プラズマアシスト機構も備えている。酸素プラズマアシスト機構は,4図に示すように,真空チャンバー内に酸素を導入し,バイアス電圧の印加により酸素プラズマを発生させることで,原料粒子からの酸素脱離を補うことができる。

上記のEB蒸着法を上部ITO電極の形成に適用して光透過セルを試作した。セルの構造は,2図と同様の材料と膜厚とした。上部ITO電極の蒸着時には,前述の酸素プラズマアシスト機構により,原料粒子からの酸素脱離を補いな

4図 EB蒸着装置によるITO薄膜形成の模式図

5図  EB蒸着法により上部ITOを形成した光透過セルの量子効率

(光照射パワーは50µW/cm2)

6図 試作した光透過セルの暗電流

プラズマアシスト機構

酸素ガス

ITO原料

電子ビーム源

基板

蒸発粒子

Alセル(4V印加)

光透過セル(8V印加)

400

量子効率(%)

波長(nm)

30

20

10

0

500 700600

上部ITO形成手法:EB蒸着

上部ITO形成手法:スパッタリング

0

暗電流(A/cm

2 )

電圧(V)

10-5

10-6

10-7

10-8

10-9

10-102 84 6

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7図 光電変換膜への異種材料添加による電荷分離促進の模式図(エネルギー準位図)

必要である。キナクリドンにアクセプター性の材料を添加すると,キナクリドンで発生した電子-正孔対の電子がエネルギーの低いアクセプター性の材料に移動することで電荷が分離される。7図(a)では,このようなアクセプター性の材料として,3',4'-Dibutyl-5,5''-bis(dicyanovinyl)- 2,2':5',2''-terthiophene(DCV-3T)を選択した。そして,G用有機膜として,キナクリドンにDCV-3Tを50%の体積比率で添加した膜(厚さ200nm)を使用した光透過セルを試作した。光電変換膜は,キナクリドンとDCV-3Tを同時蒸着することで形成し,光電変換膜以外のセルの構造と膜厚は,2図の光透過セルと同様とした。得られたセルの量子効率は,印加電圧が20Vのときに最大で62%となり,添加材を適用することで,量子効率の大幅な改善効果が得られることが分かった。

以上の結果を踏まえて,量子効率を80%まで高めることができる材料の再探索に取り組み,キナクリドンに替わる新規ドナー性有機材料を見いだした(7図(b))。この新規材料はDCV-3Tとのエネルギー差がキナクリドンより大きく,DCV-3Tを添加した際にキナクリドンよりも高いドナー性を発揮することが期待できるため,電荷分離がより生じやすくなると考えた。この新規材料にDCV-3Tを50%添加した膜

(厚さ200nm)を使用して光透過セルを試作し,評価を行った。セルの構造と膜厚は前述のキナクリドンにDCV-3Tを添加した膜と同様とした。その結果,8図に示すように,量子効率は印加電圧が15Vのときに最大で82%となり,そのときの暗電流は170pA/cm2となった。以上より,撮像デバイスに適用されているシリコンフォトダイオードに匹敵する特性を持つG用光透過セルを開発することができた。

がら製膜した。試作した光透過セルへの印加電圧および受光面積は,前節と同様にそれぞれ8V,2×3mm2とした。

EB蒸着法により上部ITOを形成した光透過セルの量子効率を5図に示す。スパッタリングにより上部ITOを形成した場合(3図)と比べて効率は改善し,29%の量子効率が得られた。

試作した光透過セルの暗電流を6図に示す。EB蒸着法により上部ITOを形成した場合は,赤線で示すように,印加電圧が8Vのときに0.3µA/cm2となっており,前節のスパッタリングによる場合(青線)と比べて低減することができた。

以上の結果から,光透過セルの上部ITO電極を形成する手法としては,EB蒸着法が適していることが分かった。

3.3 緑色用光透過セルの特性改善これまで述べてきたように,バッファー層の薄膜化とITO

製膜手法の見直しにより,量子効率を改善するとともに,光透過セル作製時の有機膜へのダメージを低減できることが分かった。しかし,緑色用有機膜として用いているキナクリドン単体では,得られる量子効率が最大でも30%程度であるため,さらなる特性改善のためには有機膜自体を見直すことが必要になる。量子効率を改善するためには,有機膜に光が吸収された際に生じる電子-正孔対を効率よく分離できることが重要である。そこで,有機太陽電池等の分野で効率改善の手法としてよく知られており,電子-正孔対の分離促進に有効な手法である,有機膜への異種有機材料の添加6)を検討した。7図は,光電変換膜への異種材料添加による電荷分離

促進の効果を,エネルギー準位図を用いて模式的に表した図である。キナクリドンは電子供与(ドナー)性*8の材料であり,キナクリドンに添加する材料としては,キナクリドンに対して電子吸引(アクセプター)性*9を示すことが

キナクリドン低

エネルギー

DCV-3T 新規ドナー DCV-3T

光生成電荷対が分離

エネルギー差が大

分離促進

光光

(a)キナクリドンにDCV-3Tを添加した場合 (b)新規ドナー材料にDCV-3Tを添加した場合

* 8 異なる分子へ電子を与えやすい性質。

* 9 異なる分子から電子を受け取りやすい性質。

39NHK技研 R&D ■ No.174 2019.3

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ITO(150nm)/Alq3(30nm)/ C60添加DNTT誘導体 (400nm)/ Spiro-2CBP(30nm)/ HAT-CN(50nm)/EB蒸着ITO(30nm)とし,R用光透過セルでは,ガラス基板/ ITO(150nm)/Alq3(30nm)/ SubNc(100nm)/Spiro-2CBP(30nm)/ EB蒸着ITO(30nm)とした。セルの上部電極には,ともにEB蒸着法で形成したITOを使用しているが,R用セルについては,上部ITO電極の成膜条件を最適化することで,HAT-CNバッファー層が無いセル構造でも安定に動作することを確認した。

B用光透過セルとR用光透過セルの量子効率を9図に示す。B用光透過セルには6V,R用光透過セルには11Vの電圧を印加した。B用・R用ともに,約80%の量子効率を実現することができた。一方,暗電流については,B用光透過セルで1nA/cm2,R用光透過セルで25nA/cm2となり,G用光透過セルに比べて1~2桁程度高い値となった。暗電流の低減手法としては,ブロッキング層の見直しや,電荷分離を促進する目的で有機膜へ添加する材料の再検討などが必要であると考えている。今後もこれらの検討を進め,高効率で暗電流値の低い光透過セルの開発に取り組んでいく。

5.まとめ

本稿では,有機光電変換膜を透明電極で挟んだ構造を持つ波長選択性受光素子(光透過セル)の特性改善について報告した。G用光透過セルでは,バッファー層の見直しに加えて,上部ITO電極形成手法をスパッタリングからEB蒸着法に変更することで,セルの特性を改善できることが分かった。さらに,有機膜や添加材を見直すことで,最大

また,セルに入射した光の透過率を推定するために,有機膜による吸収がほとんど無い波長域の光の透過率を分光光度計により測定した。その結果,例えばセルの感度がほぼ無い波長700nmの光では90%程度の高い透過率が得られることを確認した。

4.高効率な青・赤色用光透過セルの作製

G用光透過セルの試作で得られた知見を基に,B用・R用光透過セルについても高効率化の検討に取り組んだ。高効率な光透過セルの実現にあたっては,従来よりも量子効率が高い有機膜が必要であるため,まずは上部電極に,簡便に作製できるAlを使用したセルを用いて材料の評価を進めた。その結果,80%程度の高い量子効率が得られる材料として,B用有機材料については,従来のクマリン307)に替えてジナフトチエノチオフェン(DNTT)誘導体8)を,R用有機材料については,従来の亜鉛フタロシアニンに替えてホウ素サブナフタロシアニンクロリド9)(SubNc)を見いだすことができた。

次に,これらの有機材料を使用して光透過セルを試作し,特性を評価した。B用光透過セルでは,電子-正孔対の分離を促進する目的で,アクセプター性の材料であるフラーレンC60を体積比で5%添加した光電変換膜を用いた。一方,R用光透過セルでは,SubNc単体でも高い量子効率が得られたことから,異種材料は添加せずにSubNc単層膜とした。また,B用光透過セルについては2図と同様の構造とし,R用光透過セルについては2図のバッファー層を省いた構造とした。各層の膜厚は,B用光透過セルでは,ガラス基板/

8図 試作した高効率なG用光透過セルの量子効率と電流-電圧特性(光照射パワーは5µW/cm2)

0

電流密度(A/cm

2 )

電圧(V)

10-5

10-6

10-7

10-8

10-9

10-10

10-11

10-125 1510

印加電圧:15V光電流

(照射光波長510nm)

暗電流

300 400

量子効率(%)

波長(nm)

100

80

60

40

20

0500 700 800600

(a)量子効率 (b)電流-電圧特性

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堺,高木,堀,清水,大竹,相原:“波長選択性をもつ有機光導電膜の特性改善―イメージセンサへの応用に向けて―,” 信学論,Vol.J101-C,No.9,pp.352-361 (2018)

高木,堀,堺,清水,大竹,相原:“赤色に感度を持つ高効率な光透過型有機光導電セルの製作,” 第65回応物春季予稿集,20p-A204-6,p.11-617 (2018)

高木,堀,堺,清水,大竹,相原:“透明電極で挟んだ青色用有機光導電膜の特性改善,” 映情学冬大,22C-2

(2017)

で82%の量子効率と,170pA/cm2の低い暗電流を実現した。B用,R用の光透過セルについても特性の改善に取り組み,ともに約80%の高い量子効率が得られた。

今後は,B用,R用光透過セルのさらなる暗電流低減を図るとともに,これらの光透過セルをRGB有機膜積層型撮像デバイスに適用していく予定である。

謝辞 緑色用有機光導電膜材料をご提供いただいた東レ株式会社,ならびに青色用有機光導電膜材料をご提供いただいた日本化薬株式会社に感謝する。

本稿は,以下に示す電子情報通信学会論文誌に掲載された論文と,応用物理学会および映像情報メディア学会における報告を元に加筆・修正したものである。

9図 試作した高効率なB用光透過セルとR用光透過セルの量子効率(光照射パワーは5µW/cm2)

400

量子効率(%)

波長(nm) 波長(nm)

100

80

60

40

20

0500 700 800600 400

量子効率(%)

100

80

60

40

20

0500 700 800600

(a)B用光透過セル (b)R用光透過セル

参考文献 1) H. Seo, S. Aihara, T. Watabe, H. Ohtake, T. Sakai, M. Kubota, N. Egami, T. Hiramatsu, T.Matsuda, M. Furuta and T. Hirao:“A 128×96 Pixel Stack-Type Color Image Sensor:Stack of Individual Blue-, Green-, and Red-Sensitive Organic Photoconductive FilmsIntegrated with a ZnO Thin Film Transistor Readout Circuit,” Jpn. J. Appl. Phys.,Vol.50,No.2,pp.024103.1-024103.6 (2011)

2) T. Sakai, H. Seo, T. Takagi, M. Kubota, H. Ohtake and M. Furuta:“Color Image Sensorwith Organic Photoconductive Films,” IEDM,No.30.3,pp.30.3.1-30.3.4(2015)

3) 堀,高木,堺,中田,佐藤,大竹,相原:“有機撮像デバイス用信号読み出し回路の微細化技術,” 映情学年次大,13C-1 (2018)

41NHK技研 R&D ■ No.174 2019.3

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5) M. Yamada, M. Matsushita and Y. Maeda:“Electron Beam Deposition System Causing Little Damage to Organic Layers,” Thin Solid Films,Vol.519,No.19,pp.6219-6223(2011)

6) 谷:有機半導体の基盤と原理,丸善出版 (2014)

7) H. Seo, S. Aihara, M. Kubota and N. Egami:“Improvement of Photoconductive Properties in Coumarin30 Evaporated Film by Fullerene Doping for Blue-Sensitive Photoconductor,” Jpn. J. Appl. Phys.,Vol.49,No.11,pp.111601.1-111601.4 (2010)

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9) T. Sakai, H. Seo, T. Takagi and H. Ohtake:“Highly Sensitive Organic Photoconductor Using Boron Sub-2,3-naphthalocyanine as a Red-sensitive Film for Stack-type Image Sensors,” MRS Advances,DOI: 10.1557/adv.2015.43 (2015)

堺さかい

俊とし

克かつ

高たか

木ぎ

友とも

望み

2003年入局。同年から放送技術研究所において,表示および撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。

2010年入局。札幌放送局を経て,2014年から放送技術研究所において,撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。

堀ほり

洋よう

祐すけ

清し

水みず

貴たか

央ひさ

2011年入局。大津放送局を経て,2015年から放送技術研究所において,撮像および記録デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部に所属。

2010年入局。同年から放送技術研究所において,フレキシブル有機ELディスプレーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。博士(工学)。

大おお

竹たけ

浩ひろし

相あい

原はら

聡さとし

1982年入局。同年から放送技術研究所において,固体撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。

2001年入局。同年から放送技術研究所において,有機光電変換材料を用いた撮像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。博士(学術)。

42 NHK技研 R&D ■ No.174 2019.3