6
122 ●症 要旨:症例は 56 歳の男性,咳嗽と呼吸困難を主訴に来院した.入院時に著明な低酸素血症があり,胸部単 純 X 線写真にて,肺動脈陰影の増強,心エコーでは右心系の拡大がみられ,肺血流シンチグラムにて多発 性の欠損像を認めた.造影 CT では肺動脈内に明らかな血栓は確認されず,縦隔肺門リンパ節の著明な腫大 が確認され,腫瘍塞栓による肺性心が疑われた.左頸部のリンパ節生検にて印環細胞癌成分を含む転移性腺 癌が検出され,原発巣は不明であったが腫瘍塞栓と診断,全身化学療法を実施した.しかしその後も呼吸不 全は悪化し,入院第 3 病日に死亡した.剖検を行ったところ,肉眼的には明らかな原発巣は確認できなかっ たが,顕微鏡的検索にて早期胃癌が確認された.また肺動脈の病理所見は pulmonary tumor thrombotic mi- croangiopathy(以下 PTTM)に一致する所見であった.PTTM は悪性腫瘍の合併症として比較的まれな病 態であり,早期胃癌に伴う PTTM の報告は検索上なく,貴重な症例と考え報告する. キーワード:急性呼吸不全,肺腫瘍塞栓,PTTM,肺性心,早期胃癌 Acute respiratory failure,Plumonary tumor embolism, Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy,Cor pulmonale,Early gastric cancer 悪性腫瘍は様々な様式で肺に転移巣を形成する.その 中でも,pulmonary tumor thrombotic microangiopathy (以下 PTTM)といわれる小動脈の内膜肥厚が主体の肺 腫瘍塞栓症はまれである.PTTM は癌患者の剖検例の 3.3% にみられたという報告があり ,胃癌での報告が最 も多い.本症例では生前には原発巣ははっきりせず,剖 検まで実施し,肉眼的にも原発巣ははっきりしなかった が,胃を全割しての顕微鏡的検索の結果,粘膜内にとど まる早期胃癌が確認された.胃癌の組織型は印環細胞癌 成分が優勢の低分化型腺癌であり,肺動脈内や頸部リン パ節と基本的に同様な組織形態であることから,早期胃 癌による PTTM と考えられた.早期胃癌による PTTM の報告は検索上今までになく,貴重な症例と考えここに 報告する. 症例:56 歳,男性. 主訴:咳嗽,呼吸困難,体重減少. 既往歴:51 歳 虫垂炎手術. 家族歴:特記事項なし. 喫煙歴:既喫煙者 20 本 5 年間. 職業歴:会社経営,粉塵吸入歴なし. ペット:なし. 家屋:木造築 15 年風通し,日当たり良好. 現病歴:平成 21 年 3 月より乾性咳嗽が出現,改善乏 しいため 4 月近医を受診した.胸部 X 線上明らかな異 常なく,咳喘息に準じて気管支拡張薬や吸入ステロイド による治療を行ったが改善は乏しかった.7 月に入り体 重減少も目立ち,3 カ月で 9kg の体重減少を自覚し,近 医で胃カメラを行ったが,有意な所見はみられなかった. 労作時の呼吸困難も出現するようになり,7 月中旬には 軽労作も難しくなり,その後安静時の呼吸困難も出現し, 食事摂取も難しくなり当科受診した. 入 院 時 現 症:体 温 36.7℃,血 圧 110! 80mmHg,脈 拍 111! 分,呼吸回数 32! 分,酸素飽和度 88%(室内気吸入 下)と頻脈,頻呼吸と低酸素血症を認めた.眼瞼結膜貧 血なし,眼球結膜黄疸なし,末梢浮腫はみられなかった が,末梢冷感がみられた.弾性硬で圧痛のない 2cm 大 の左頸部リンパ節腫大あり,胸部聴診上明らかなラ音な く,心雑音もみられなかった. 入院時検査所見(Table 1):ヘモグロビン 11.4g! dl と 貧血あり,血小板も 8.1 万と低値であった.LDH が 484 IU! l,AST62IU! l と 高 値 で あ り,ALP が 1,520IU! l 早期胃癌による pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(PTTM)の 1 例 安井 秀樹 赤松 泰介 中村祐太郎 直輝 須田 隆文 千田 金吾 目黒 史織 馬場 〒4313192 静岡県浜松市東区半田山一丁目 20 番 1 号 1) 浜松医科大学呼吸器内科 2) 附属病院病理部 (受付日平成 22 年 7 月 7 日) 日呼吸会誌 49(2),2011.

早期胃癌によ …早期胃癌によるPTTMの1例 125 Fig. 6 Autopsy findings of the lung. (a) Fibrocellular intimal proliferation with tumor embolism (arrow head and inset) and

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Page 1: 早期胃癌によ …早期胃癌によるPTTMの1例 125 Fig. 6 Autopsy findings of the lung. (a) Fibrocellular intimal proliferation with tumor embolism (arrow head and inset) and

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●症 例

要旨:症例は 56歳の男性,咳嗽と呼吸困難を主訴に来院した.入院時に著明な低酸素血症があり,胸部単純X線写真にて,肺動脈陰影の増強,心エコーでは右心系の拡大がみられ,肺血流シンチグラムにて多発性の欠損像を認めた.造影CTでは肺動脈内に明らかな血栓は確認されず,縦隔肺門リンパ節の著明な腫大が確認され,腫瘍塞栓による肺性心が疑われた.左頸部のリンパ節生検にて印環細胞癌成分を含む転移性腺癌が検出され,原発巣は不明であったが腫瘍塞栓と診断,全身化学療法を実施した.しかしその後も呼吸不全は悪化し,入院第 3病日に死亡した.剖検を行ったところ,肉眼的には明らかな原発巣は確認できなかったが,顕微鏡的検索にて早期胃癌が確認された.また肺動脈の病理所見は pulmonary tumor thrombotic mi-croangiopathy(以下 PTTM)に一致する所見であった.PTTMは悪性腫瘍の合併症として比較的まれな病態であり,早期胃癌に伴うPTTMの報告は検索上なく,貴重な症例と考え報告する.キーワード:急性呼吸不全,肺腫瘍塞栓,PTTM,肺性心,早期胃癌

Acute respiratory failure,Plumonary tumor embolism,Pulmonary tumor thrombotic microangiopathy,Cor pulmonale,Early gastric cancer

緒 言

悪性腫瘍は様々な様式で肺に転移巣を形成する.その中でも,pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(以下 PTTM)といわれる小動脈の内膜肥厚が主体の肺腫瘍塞栓症はまれである.PTTMは癌患者の剖検例の3.3%にみられたという報告があり1),胃癌での報告が最も多い.本症例では生前には原発巣ははっきりせず,剖検まで実施し,肉眼的にも原発巣ははっきりしなかったが,胃を全割しての顕微鏡的検索の結果,粘膜内にとどまる早期胃癌が確認された.胃癌の組織型は印環細胞癌成分が優勢の低分化型腺癌であり,肺動脈内や頸部リンパ節と基本的に同様な組織形態であることから,早期胃癌による PTTMと考えられた.早期胃癌による PTTMの報告は検索上今までになく,貴重な症例と考えここに報告する.

症 例

症例:56 歳,男性.主訴:咳嗽,呼吸困難,体重減少.

既往歴:51 歳 虫垂炎手術.家族歴:特記事項なし.喫煙歴:既喫煙者 20 本 5 年間.職業歴:会社経営,粉塵吸入歴なし.ペット:なし.家屋:木造築 15 年風通し,日当たり良好.現病歴:平成 21 年 3 月より乾性咳嗽が出現,改善乏

しいため 4月近医を受診した.胸部X線上明らかな異常なく,咳喘息に準じて気管支拡張薬や吸入ステロイドによる治療を行ったが改善は乏しかった.7月に入り体重減少も目立ち,3カ月で 9kg の体重減少を自覚し,近医で胃カメラを行ったが,有意な所見はみられなかった.労作時の呼吸困難も出現するようになり,7月中旬には軽労作も難しくなり,その後安静時の呼吸困難も出現し,食事摂取も難しくなり当科受診した.入院時現症:体温 36.7℃,血圧 110�80mmHg,脈拍

111�分,呼吸回数 32�分,酸素飽和度 88%(室内気吸入下)と頻脈,頻呼吸と低酸素血症を認めた.眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄疸なし,末梢浮腫はみられなかったが,末梢冷感がみられた.弾性硬で圧痛のない 2cm大の左頸部リンパ節腫大あり,胸部聴診上明らかなラ音なく,心雑音もみられなかった.入院時検査所見(Table 1):ヘモグロビン 11.4g�dl と

貧血あり,血小板も 8.1 万と低値であった.LDHが 484IU�l,AST62IU�lと高値であり,ALPが 1,520IU�lと

早期胃癌による pulmonary tumor thrombotic microangiopathy(PTTM)の 1例

安井 秀樹1) 赤松 泰介1) 中村祐太郎1) 乾 直輝1)

須田 隆文1) 千田 金吾1) 目黒 史織2) 馬場 聡2)

〒431―3192 静岡県浜松市東区半田山一丁目 20 番 1号1)浜松医科大学呼吸器内科2)同 附属病院病理部

(受付日平成 22 年 7月 7日)

日呼吸会誌 49(2),2011.

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早期胃癌による PTTMの 1例 123

Table 1 Laboratory findings on admission

[Haematology] ALP 1,520 IU/l [tumor marker]WBC 8,500/μl γGTP 261 IU/l CEA 35.7 ng/mlRBC 408×104/μl ChE 273 IU/l CA19-9 1,179 U/mlHb 11.4 g/dl TP 7.1 g/dl SCC 7.9 ng/mlPlt 8.1×104/μl Alb 3.8 g/dl CYFRA 6.8 ng/ml[Biochemistry] [Serology] proGRP 20.6 pg/mlNa 135 mEq/l CRP 1.34 mg/dl sIL-2R 800 IU/lK 4.3 mEq/l BNP 490 pg/mlCl 100 mEq/l [Coagulation] [Arterial blood gas analysis (room air)]Ca 8.4 mg/l PT 78% pH 7.502BUN 13.2 mg/dl PT-INR 1.09 PaCO2 26.7 TorrCre 0.68 mg/dl aPTT 92% PaO2 54.4 TorrT.Bil 1.9 mg/dl FBG 160 mg/dl HCO3- 20.4 mmol/lLDH 484 IU/l D-dimer 18.5 μg/dl B.E. -1.6 mmol/lAST 62 IU/lALT 45 IU/lCPK 155 U/l

Fig. 1 Chest radiograph on admission shows cardio-megaly and enhancement of pulmonary artery opaci-ties.

Fig. 2 Enhanced CT shows swelling of the mediasti-num and hilar lymph nodes, but no apparent throm-bi in the pulmonary arteries.

異常高値であった.NT-pro BNPが 4,771pg�ml,BNPが 490pg�ml と心負荷所見がみられた.凝固系ではフィブリノゲンが 160mg�dl と低値でDダイマーが 18.5μg�dl と高値であった.室内気吸入下の動脈血液ガス分析では PaO2 54.4Torr と低酸素血症があり,pH 7.502,PaCO2 26.7Torr と呼吸性のアルカローシスによるアルカレミアが存在していた.腫瘍マーカーではCEAとCA19-9,SCC,シフラの上昇がみられた.心電図上はV1からV3に陰性T波が存在しており,心臓超音波検査では右心系の拡大と左室圧排像があり,推定右室圧は52mmHgと著明な右心負荷が存在しており,下大静脈

の呼吸性変動は消失していた.入院時画像所見(Fig. 1):胸部X線ではCTRが 60%

と心拡大あり,両側肺門リンパ節の腫大がみられた.入院後経過:入院時低酸素血症の存在と右心負荷所

見,Dダイマーの上昇からは肺動脈血栓塞栓症が考えられた.しかし造影CT(Fig. 2)では肺動脈内には明らかな血栓の存在なく,左頸部,両側肺門,縦隔リンパ節,腹部の傍大動脈リンパ節腫大がみられた.肺野条件(Fig.3)では肺動脈の軽度拡張とびまん性の粒状陰影がみられた.肺動脈血栓塞栓症は否定的であり,リンパ節腫大と肺血流シンチ(Fig. 4)での多発性の欠損像からはmi-croangiopathy の存在が示唆された.診断確定のため体表から触知可能な左頸部リンパ節の生検(Fig. 5)を実

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日呼吸会誌 49(2),2011.124

Fig. 3 CT shows small nodules (arrow head) and sep-tal wall thickening (arrow).

Fig. 4 Pulmonary blood flow scintigraphy shows mul-tiple defects.

Fig. 5 Biopsy of a lymph node in the left side of the neck. (a) Low-power view showing atypical cell pro-liferation mainly in the dilated lymph sinuses (Hematoxylin-eosin [H.E.] stain, ×10). (b) High-power view exhibits poorly differentiated adenocarcinoma cells, including some signet-ring cells (H.E. stain, ×40). (c) Some tumor cells contained PAS-positive mucin in the cytoplasm (PAS, ×40). (d―f) Immunohistochemi-cal staining for mucin core proteins (×40). Most tumor cells were negatively stained with MUC-1 (d) and MUC-2 (e) but positively stained with MUC-5AC (f).

Page 4: 早期胃癌によ …早期胃癌によるPTTMの1例 125 Fig. 6 Autopsy findings of the lung. (a) Fibrocellular intimal proliferation with tumor embolism (arrow head and inset) and

早期胃癌による PTTMの 1例 125

Fig. 6 Autopsy findings of the lung. (a) Fibrocellular intimal proliferation with tumor embolism (arrow head and inset) and recanalization were observed in the small arteries (H.E., ×10). Involvement of the tu-mor cells in the periarterial lymphatic vessels was also frequently observed (arrows). (b) Another repre-sentative lesion similar to (a) (H.E., ×20).

Fig. 7 Autopsy findings of the stomach. (a) Interme-diate-power magnification of the gastric mucosa showing scattered tumor cells infiltrating the super-ficial lamina propria and admixed chronic inflamma-tory infiltrates (H.E., ×20). (b) High-power view shows signet-ring cell-type adenocarcinoma (H.E., ×40).

施,PAS陽性粘液を有した印環細胞癌成分を含む低分化腺癌の転移が確認された.免疫組織化学的にサイトケラチン・パターンはCK7(+)�CK20(+)型で,粘液コア蛋白の形質は主にMUC-1(-),MUC-2(-),MUC-5AC(+)の胃腺窩上皮型であった.その他にも多数のマーカーを用いた免疫組織化学的検討の結果,大腸腺癌,前立腺癌,肺癌腺癌などは可能性が低く,胃癌もしくは膵・胆管癌などが疑われた.しかし,全身のCTを撮影したが明らかな原発巣ははっきりせず,上部消化管に関しても入院 1月前に胃カメラを近医で実施していたが,異常所見はみられなかったことから原発不明の低分化型腺癌に伴う腫瘍塞栓と判断した.低酸素血症は入院後もさらに悪化,入院第 2病日より原発不明癌に準じてCBDCAと PTXによる全身化学療法を開始した.しかしその後も低酸素血症は悪化,入院第 3病日に軽労作後に心肺停止をきたし,心肺蘇生を開始した.約 1時間におよぶ心肺蘇生においても心拍の再開なく,死亡確認を行った.剖検では,胃や胆囊,膵臓を含め全身諸臓器には注意

深い観察にも関わらず肉眼的に原発巣を疑うような腫瘤は見出されなかった.心臓は右心系の拡大を認め,肝臓はうっ血所見がみられた.胸腰椎には造骨性の癌の骨転移が多発性に存在していた.肺は重量が左 440g,右 520g で,中枢肺動脈内には血栓や腫瘍は存在していなかったが,割面上は肺実質に散在性に白色顆粒状の病変を認め,顕微鏡的には多数の細動脈内に器質化血栓ならびに腫瘍塞栓と細動脈の内膜肥厚がみられた(Fig. 6).観察された癌の組織形態および免疫組織化学的形質は,基本的に頸部リンパ節生検のものと同一であった.一通りの剖検検索では原発巣ははっきりしなかった

が,PTTMは胃癌での報告が多数を占めていること,および癌の組織形態および免疫組織化学的形質型も胃癌に矛盾しないことから,胃全体を細かく全割して組織標本とし追加検討を行なったところ,胃粘膜に印環細胞癌成分を主体とした低分化型腺癌が確認された(Fig. 7).検索の限りでは粘膜内に限局した平坦病変(深達度 pM,最大径 15mm)で,いわゆる“悪性サイクル”を示唆するような潰瘍や瘢痕はなく,脈管侵襲像もはっきりしなかった.しかし,癌の形態と形質が生検や肺病変と同様

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であり,他に原発巣がみられないことから,この早期胃癌が肺血管を中心に転移したと考えざるを得ないと結論づけられた.

考 察

悪性腫瘍に伴う肺腫瘍塞栓症は,固形悪性腫瘍患者の剖検例の 2.4~26%に認められ2)3),うち腫瘍塞栓が直接死因となる場合は 2.8%と報告されている4).Pulmonarytumor thrombotic microangiopathy(PTTM)は,1990年に Herbay らが確立した疾患概念であり肺動脈腫瘍塞栓症の特殊な型として位置づけられている1).PTTMの組織学的な特徴としては細動脈の線維性の内膜肥厚が挙げられる.3,300 例の連続する固形癌患者の剖検所見において 21 例で PTTMが存在していたと報告されており,本邦の報告では 318 剖検例中 3例(0.9%)が PTTMと診断されている5).胃癌での報告が最も多く,その他乳癌,膵臓癌,胆囊癌などでの報告がある.PTTMは進行性の呼吸困難を主訴とすることが多く,本例のように胸痛や咳嗽,倦怠感,体重減少を伴うことが多い.亜急性から急性に進行し,肺高血圧から右心不全を呈し,突然死をきたすことが多く生前診断が難しく,剖検での診断がほとんどである.本例においても生前には頸部リンパ節生検の結果から原発不明の低分化型腺癌によるPTTMであることが推定されたが,生前での確定診断は得られていない.原発不明癌は病歴聴取や詳細な診察,追加検査などで原発巣がはっきりしないもので,固形癌全体の 2.3~4.2%を占める6).過去に原発不明癌によるPTTMの報告は Seppala N らと櫨木らの報告がある7)8).Critical Reviews in Oncology�Hematology における原発不明癌のガイドラインでは本例は unfavorable group に属し,治療法としては明確なエビデンスは存在しないが,タキサン系抗癌剤と白金製剤の併用療法が推奨されており本例ではCBDCAと PTXによる全身化学療法を開始した9).化学療法を開始したが,化学療法開始翌日の入院第 3病日に死亡した.剖検における肉眼的な観察と通常の組織学的検索では諸臓器に原発を示唆する所見は見られなかったが,胃に関しては過去の報告で胃癌がPTTMの多数を占めることから,念のため更に細かな追加切り出しを行った.その結果胃粘膜に低分化型腺癌が発見された.粘膜内にとどまる早期胃癌相当の癌であるが,肺動脈内や頸部リンパ節と同様の組織形態と免疫組織化学的形質を有しており,その他には原発を示唆する病変は発見されず,早期胃癌による PTTMと考えられた.PTTMは単純な腫瘍による血管閉塞だけではなく,凝固システムを活性化し,tissue factor や serotoninなどの炎症性のメディエーターを放出し,微小血栓形成や細動脈の線維性内膜肥厚をもたらし,肺高血圧を進行

させると考えられている10).胃癌取扱い規約において,早期胃癌とはリンパ節転移

の有無に関わらず,病変が粘膜下層にとどまるものと定義されている.早期胃癌で特に病変が粘膜内にとどまるものであれば,リンパ節転移の頻度は 3%と低値であり11),通常内視鏡的な粘膜切除術の適応となるが,印環細胞癌などの低分化なものではより早期にリンパ行性に転移している可能性があり,本例のような PTTMという病態をきたしてもおかしくないと考えられる.本例は早期胃癌という特殊な症例であり,入院 1月前の胃カメラでも所見がなく発見は困難であったが,早期の発見にて化学療法により症状や胸部CT所見が消失した胃癌による PTTM症例の報告もあり12),原因不明の慢性咳嗽患者で肺野に多発性の粒状陰影をみたときには PTTMを鑑別に挙げ,造影CT,胃カメラや PETをより早期に行うべきであると考えられた.

参考文献

1)Von Herbay A, Illes A, Waldherr R, et al. Pulmonarytumor thrombotic microangiopathy with pulmonaryhypertension. Cancer 1990 ; 66 : 587―592.

2)Kane RD, Hawkins HK, Miller JA, et al. Microscopicpulmonary tumor emboli associated with dyspnea.Cancer 1975 ; 36 : 1473―1482.

3)Winterbauer RH, Elfenbein IB, Ball WC Jr. Inci-dence and clinical significance of tumor emboliza-tion to the lung. Am J Med 1968 ; 45 : 271―290.

4)Bassiri TC, Ng FH, Chow KC, et al. Am J Respir CritCare Med 1997 ; 155 : 2089―2095.

5)田村厚久,松原 修.肺動脈腫瘍塞栓症:臨床像と病理所見の関係について.日胸疾患会誌 1993 ; 31 :1269―1278.

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7)Seppala N, Cala A, Klebe S. Unusual presentation ofpulmonary tumor thrombotic microangiopathy withno detectable primary tumor. J Postgrad Med 2009 ;55 : 38―40.

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早期胃癌による PTTMの 1例 127

11)Ono H. Early gastric cancer : diagnosis, pathology,treatment techniques and treatment outcomes. EurJ Gastroenterol Hepatol 2006 ; 18 : 863―866.

12)Miyano S, Izumi S, Takeda Y. Journal of Clinical On-cology 2007 ; 25 : 597―599.

Abstract

A case of pulmonary tumor thrombotic microangiopathy induced by early gastric cancer

Hideki Yasui1), Taisuke Akamatsu1), Yutarou Nakamura1), Naoki Inui1), Takafumi Suda1),Kingo Chida1), Shiori Meguro2)and Satoshi Baba2)

1)Department of Respiratory Medicine, Hamamatsu University School of Medicine,Hamamatsu University Hospital

2)Department of Diagnostic Pathology, Hamamatsu University Hospital,Hamamatsu University School of Medicine

A 56-year-old man with chief complaints of dry cough and dyspnea was admitted. He had severe hypoxemia,and his chest radiographs showed enhancement of pulmonary artery opacities with multiple defects on pulmo-nary blood flow scintigraphy. Enhanced computed tomography (CT) revealed swelling of the mediastinum and hi-lar lymph nodes, but no apparent thrombi in the pulmonary arteries was seen. A biopsy specimen of a left necklymph node showed poorly differentiated adenocarcinoma, including signet-ring cell carcinoma components, butthe origin was unclear. Despite receiving chemotherapy, his respiratory condition worsened, and he died 3 daysafter admission. Routine autopsy failed to clarify the tumor origin, but a detailed dissection of specimens con-firmed early gastric cancer. Additionally, pathology of the pulmonary arteries was compatible with pulmonary tu-mor thrombotic microangiopathy (PTTM). PTTM is a rare condition characterized by the presence of diffusethrombotic microthrombi and fibrocellular intimal proliferation in the pulmonary vasculature. Accompanied withearly gastric cancer, this is an extremely rare but important case of PTTM.