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最近の消毒法あれこれ - kao(花王)生体消毒法 最近の消毒法あれこれ 消毒は滅菌と異なり一定の抗微生物スペクトルを持つ処理方法であるため、スペクトルの範囲から外れた微生物は処理できな

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生体消毒法

最近の消毒法あれこれ最近の消毒法あれこれ

 消毒は滅菌と異なり一定の抗微生物スペクトルを持つ処理方法であるため、スペクトルの範囲から外れた微生物は処理できな

いことになる。消毒は一般にDisinfectantで表現されるが、特に生体に使用する消毒薬をAntisept icと表現している。生体消

毒薬は正常の皮膚・粘膜、損傷部位の皮膚・粘膜、さらに手指の消毒など感染防止には欠くことができない薬剤である。しかし、

使用部位や使用濃度などが消毒薬によって異なっているため適正に使用しないと思わぬ副作用が生じることを忘れてはならない。

 最近、手洗い・手指消毒および刺入部の消毒について米国疾病管理予防センター(CDC)のガイドラインが改訂され、エビデ

ンスに基づいた消毒薬の選択や使用法が推奨されている。

山形大学医学部附属病院副薬剤部長

はじめに

 手指には常在菌と通過菌(一過性菌)があり、常在

菌は皮膚深部に存在するため、手洗いや手指消毒に

よって除くことは困難である。しかし、通過菌は一過

性に皮膚に付着した菌であるため、手洗いや手指

消毒によってある程度除くことが可能である。例えば、

手洗いや手指消毒後にパームスタンプなどに手指を

押し付けて培養すると、時に数個のコロニーが認めら

れる程度で、多くの付着した細菌は除かれることが

わかる。しかし、時間の経過とともに手指表面へは

皮膚の深部から常在菌が出現し、数時間後には多く

のコロニーの出現を認めることとなる。通常これらの

常在菌の多くはコアグラーゼ陰性ブドウ球菌やバチ

ルス属であるために、院内感染などに関与することは

稀であるが、患者ケアなどによって手指に付着した

病原微生物(通過菌)が感染伝播を誘発する場合が

少なくない。そこで、手洗いや手指消毒の励行は感

染伝播を防止するための最も有効な方策の一つと

言われている。

 手洗いや手指消毒は、消毒薬を使用する場合と

通常の石鹸を使用する場合などリスクによって使い

分けが勧められている。すなわち、日常の手洗いには

プレーン石鹸が使用されるが液体石鹸が固形石鹸

より衛生的に使用できる。消毒薬を使用するのは、

患者ケアの前後、汚染物を扱った後、衛生操作の

前後などで、流水下(スクラブ法)で使用される。また、

手術時の手洗いは言うに及ばず消毒薬を使用した

スクラブ法が適用される。ところで、CDCの手指衛

生のためのガイドライン1)が改訂され、これまで流水

と石鹸による手洗いの奨励から、積極的にアルコー

ルベースの消毒薬を用いた手指消毒に改訂された。

この背景には、手洗いの重要性を十分認識している

医療スタッフが多い反面、実際の手洗いに要する時

間は10秒前後と、短時間であるために手指に付着

した通過菌を除くことが十分でなく、アルコールベ

ースの消毒薬では10秒程度の接触により、手指付

着菌を除くことが可能であるとのエビデンスがある

理由からである。しかし、全く流水による手洗いを否

定しているわけではなく、目に見える汚れや血液や

タンパク質などが付着し、汚染された場合には流

水によるスクラブ法の後にアルコールベース消毒薬

の使用を推奨している。スクラブ用の消毒薬として

わが国で認められている消毒薬は、4%クロルヘ

キシジンおよび7.5%ポビドンヨード製剤の2種類だ

けであるが、アルコールベースの消毒薬(速乾性擦

手洗い・手指消毒

特集

白石 正

2

Page 2: 最近の消毒法あれこれ - kao(花王)生体消毒法 最近の消毒法あれこれ 消毒は滅菌と異なり一定の抗微生物スペクトルを持つ処理方法であるため、スペクトルの範囲から外れた微生物は処理できな

式消毒薬)は0.2%ベンザルコニウム70%エタノール、

0.2 - 0.5%クロルヘキシジン70%エタノール、0.5%ポ

ビドンヨード70%エタノール製剤が市販されている。

また、最近ではゲル状のエタノール製剤も市販され、

主成分がエタノールだけの製剤やそれに0.2%クロル

ヘキシジンを添加して持続性を持たせた製剤など

工夫がなされてきている。このゲル状製剤に関して

Kramerらは2)アルコールベースの液体製剤とゲル

製剤の殺菌効果を比較しており、ゲル状製剤は欧州

規格3)EN1500に適合していないと報告している(表1)。

わが国に市販されている70%エタノールにクロルヘキ

シジンを添加したゲル製剤については触れていない

ため、今後これらを検討する必要がある。手術時の

手洗いや手指消毒では、アルコールベースの消毒薬

だけを使用することはほとんどないと考える。通常は

スクラブ法による手洗いが行われ、この場合に使用

される消毒薬は、4%クロルヘキシジンおよび7.5%ポ

ビドンヨード製剤である。4%クロルヘキシジン製剤は

製品によって即効性と持続性が異なるとの報告がな

されている4)。4種類の製剤の即効性と消毒3時間後

の持続性をLog減少で見た場合に、hibiscrubが

他の製剤に比較して良好(Log減少が大きいほど即

効性と持続性あり)であることが示されている(表2)。

また、手術時にスクラブ用消毒薬で手洗い後に速乾

性擦式消毒薬を使用する2段階手指消毒法がさら

に有効であるとの報告もなされている5)。当院でも

スクラブ用消毒薬で手洗い後にクロルヘキシジンエ

タノールを使用した2段階法を実施した群では消毒

薬の持続効果のあることを認めているため6)、手術室

で現在2段階法を実施している(図1)。

生体消毒法

表1 手指消毒液剤とゲル剤の減菌効果比較

NS:有意差なしKramer A et al : Lancet 359,1489,2000

表2 クロルヘキシジンスクラブ4製剤の速効性および   持続性の比較

製 品 名速効性 持続性(3時間)

皮膚付着菌平均Log10減少

Babb JR : J Hosp Infect 18,41-48,1991n=27

wicamclor

chlorohex

hibiscrub

uniscrub

0.35

0 .48

1 .01

0 .84

0 .11

0 .37

1 .16

0 .97 図1 クロルヘキシジンスクラブ製剤による手洗いおよびその後に クロルヘキシジンアルコールを併用した2段階法における 消毒持続効果(スタンプ法)

50

40

30

20

10

0

コロニー数

手洗い直後 3時間後 4時間後 手洗い直後 3時間後 4時間後

スクラブ製剤単独(n=5) スクラブ製剤+アルコール製剤併用(n=5)

ゲ ル 剤

アルコール製剤平均reduction factor

60%イソプロパノールreduction factor P

液  剤

A

B

C

D

E

62%エタノール

70%エタノール

60%エタノール

A

B

75%エタノール

45%イソプロパノール +10%モノプロパノール

モノプロパノール +イソプロパノール(計70%)

60%イソプロパノール +消毒薬

C 45%イソプロパノール +30%モノプロパノール

30.7

3 .36

3 .07

4 .78

4 .32

3 .07

3 .07

4 .88

4 .10

4 .26

4 .12

4 .78

4 .45

4 .10

4 .96

4 .23

<0.01

<0.01

<0.01

NS

NS

<0.01

<0.01

NS

3

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刺入部位の消毒

皮膚・粘膜の消毒

4

表3 血管カテーテル挿入部位に使用する消毒薬の除菌   および血流感染比較

報 告 者

計 (8.7%) (14 .2%) (0.9%) (2.12%)

カテーテル付着菌培養陽性

カテーテル血流感染

Maki et al

Sheehan et al

Meffre et al

Mimoz et al

Legras et al

LeBlans&Cobrtt

Humaretcl

Knasinski&Maki

Nathon C et al :Ann Intern Med 136 ,792 - 801, 2002 .一部引用

5/214(2.3)

3/169(1.8)

9/568(1.6)

12/107(7.1)

19/208(9.1)

6/83(7.2)

36/116(31.0)

33/349(9.5)

21/227(9.2)

12/177(6.8)

22/549(4.0)

24/145(16.6)

31/249(12.4)

23/161(16.1)

27/116(23.3)

127/500(25.4)

1/214(0.4)

1/169(0.6)

3/568(0.5)

3/170(1.8)

0/208(0)

  -

4/193(2.1)

5/349(1.4)

6/227(2.6)

1/177(0.6)

3/549(0.5)

4/145(2.8)

4/249(1.6)

  -

5/181(2.8)

20/500(4.0)

 刺入部位とは注射部位、採血部位および血管カテ

ーテル挿入部位などがある。注射部位および採血部

位の消毒には主に、消毒用エタノール、70%イソプロ

パノール、変性アルコールなどが使用されており、こ

れは即効性と速乾性にすぐれている理由からである。

また、クロルヘキシジンエタノールやポビドンヨードエタ

ノールなどを使用している医療施設も散見されている。

消毒用エタノール、70%イソプロパノール、変性アル

コールの殺菌効果は、未希釈においてほぼ同等と言

われているが7)、価格的に消毒用エタノールは酒税

対象となるため70%イソプロパノール、変性アルコール

に比較して高価である。この理由もあって70%イソプ

ロパノールを使用している医療施設が多い8)。しかし、

最近では消毒用エタノールに少量のイソプロパノール

やグリセリン、ユーカリ油などを添加した安価な変性

アルコール製剤が登場し話題となっている。アルコール

製剤はその特性からアルコールが揮発して濃度低下

を生じるため、刺入部位の消毒に使用されるアルコール

綿の留意点としては、大容量の作り置き、容器のふた

の長時間開放、また継ぎ足しなどをしないなど十分な

保管管理が必要となる。最近、アルコール綿は市販品

を使用している医療施設が多くなっているが8)、容器

から直接素手でアルコール面を取ることなどによって

汚染することなどを考えれば、単包化製品の使用が

推奨される。

 血管カテーテル挿入部位の消毒は、注射部位や

採血部位と異なって感染が生じやすく、特に中心

静脈カテーテル(CVC)に関連した血流感染(BSI)の

発生率が問題となっている。挿入部位の消毒には、

ポビドンヨード製剤を使用している医療施設が多く見

受けられる一方で、CDC血管内カテーテル由来感染

防止ガイドライン19969)では、2%クロルヘキシジンア

ルコールが推奨されている。しかし、ポビドンヨード

やアルコールの使用を否定してはいない。血管カテー

テル挿入部位の消毒に関して、カテーテル付着菌およ

びカテーテル血流感染者と分けてクロルヘキシジン

群とポビドンヨード群を比較した結果、表3に示し

たように有意にクロルヘキシジン群が付着菌および

血流感染者が少ないと報告している10)。また、Gar-

landらも10%ポビドンヨードに比べて0.5%クロルヘキ

シジン70%イソプロパノールを使用した群で菌陽性率

が有意に低いことを報告している11)。クロルヘキシジン

の持続効果が優れていることがこの理由となっている。

わが国では、0.5%クロルヘキシジン70%イソプロパノ

ールの市販はされていないが、0.5%クロルヘキシジン

70%エタノール製剤が市販されているため、ほぼ同等

の殺菌および持続効果と考えられる。

 正常皮膚の消毒には、消毒用エタノールなどを中

心としたエタノール製剤が使用されているが、損傷皮

膚には禁忌となっており、損傷および創傷皮膚の消

毒に使用する消毒薬は二次感染防止の意味から10

%ポビドンヨード製剤や0.05%クロルヘキシジン製剤

が使用されている。手術部位の皮膚消毒は、10%ポ

ビドンヨード製剤が多くの医療施設で使用されている

が、手術部位に広範囲かつ多量に使用されるため、

背部などにポビドンヨードが溜まり酸化還元反応に

よって接触性皮膚炎を生じることがある。したがって、

これを防止するには多量に塗布するよりも2~3分で

乾燥する程度の使用で数回に分けて塗布することが

勧められる。また、本剤の主成分であるヨウ素は、火

傷部位や新生児の皮膚から吸収率が高いため、妊婦

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引用文献1)Boyce JM et al : Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Sett ings 2002. Recommendations of the Heal thcare Infection Control Pract ices Advisory Committee and the HICPAC/SHEA/APIC/IDSA Hand Hygienic Task Force.2)Kramer A et al : Limited efficacy of alcohol-based hand gels. Lancet 359:1489,20023)European Committee for Standardization, Chemical disinfectants and Ant iseptics( phase 2 /step 2 ), European Standard EN1500, Brussels Belgium : Central Secretariat 1997.4)Babb JR et al : A test procedure for evaluating surgical hand disinfection. J Hosp Infect 18 : 41- 49,1991.5) Pereira LJ et al: An evaluation of five protocols for surgical handwashing in relation to skin condition and microbial counts. J Hosp Infect 36 : 49-65,1997.6)白石 正 他 : 手術介助者の手指消毒における除菌とその持続効果の検討. 臨床と微生物 18: 574-551,1991.7)白石 正 他 : エタノール、イソプロパノール、メタノール変性アルコール製剤に  関する殺菌効力の検討.環境感染 13 : 108 -112,1998.

8)大久保 憲 : アルコール類消毒薬使用状況の調査.   第18回リスタークラブ集会記録.14 -17, 2002.9)Guidel ine for the prevent ion of intravascular catheter-related   infect ions.ht tp:www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr / r r5110.pdf.10)Nathorn C et al: Chlorhexdine compared with povidone-iodine solution for vas- cular catheter-site case: A meta-analysis. Ann Intern Med 136: 792-801,2002.11)Garland JS et al: Comparison of 10% povidone-iodine and 0.5% chlorhexdine gluconate for the prevention of peripheral intravenous catheter colonization in neonates: prospective trial. Pediatr Infect Dis J 14:501-516,1995.12)Chabrolle JP et al : Goitre and hypothyroidism in the newborn after   cutaneous absorption of iodine. Ach dis Chlid 53 : 495-498,197913)Etling N et al : The iodine content of aminiotic fluid and placental transfer  of iodinated drugs. Obstet Gynecol 53: 376-380,197914)厚生省: 医薬品副作用報告 No.5,197415)Dukes MN 編,秋田大学医学部訳:メイラー医薬品の副作用大辞典第12版,  西村書店,東京,p603,1998

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生体消毒法

表4 粘膜に適応できる消毒薬

手術部位粘   膜

0.01- 0.025% 塩化ベンザルコニウム0.01- 0.025% 塩化ベンゼトニウム10 %     ポビドンヨード

結 膜 嚢0 .05%以下  クロルヘキシジン(非イオン界面活性剤を添加していない製剤)0.01- 0.05%  塩化ベンザルコニウム

口腔粘膜

       ヨードチンキ0.05 - 0.1%  アクリノール1.5 - 3 .0%  オキシドール0.7%  ポビドンヨードうがい用

耳鼻粘膜 0 .02 - 0 .05% アクリノール1.5 - 3 .0%  オキシドール

膣0 .02 - 0 .05% 塩化ベンザルコニウム0.025%  塩化ベンゼトニウム

 生体に使用する消毒薬について述べてきたが、今後さまざまなエビデンスによってガイドラインの改訂や使用方法などに変化が生

じるものと考えられるため、最新の情報を入手できるアンテナを張っておくことやそれに対する適切な判断を要する知識が望まれる。

おわりに

図2 粘膜の消毒

48.1%

21.2%

CHG 28.8%

BAC

52.5%

22.5%

CHG25.0%

BAC

1.9%

その他1994年 2003年

PVP- :ポビドンヨード、CHG :クロルヘキシジン、BAC :ベンザルコニウム

の膣に使用したことによって羊水中のヨウ素濃度が

上昇したとの報告12)や新生児に使用して甲状腺機能

の低下を呈した報告などがなされている13)。

 粘膜消毒について、粘膜は皮膚と比較して感受性

が高いため適応できる消毒薬が限られており、また

使用消毒薬の濃度についても通常使用される濃度に

比べ低濃度であることから使用濃度については十分

考慮する必要がある。ところで、粘膜とは口腔、咽

頭、鼻腔、耳腔、結膜嚢、膀胱、膣、肛門などで

あり、それら周辺部位として、外陰、外性器、歯科

の根管などがある。表4に粘膜に適用できる消毒薬

および使用濃度を示したが、部位によって適用され

る消毒薬と使用濃度が異なっている。通常使用され

るクロルヘキシジンには、非イオン性界面活性剤が添

加されているもの(赤色)と添加されていないもの(無

色)の2種類があり、適用が異なっている。前者は粘

膜に対して使用禁忌となっているが、後者は結膜嚢

に限って0.05%以下の濃度で使用が認められている

ため、区別して使用することが肝要となる。我々が実

施したアンケート調査では、クロルへキシジンを粘膜に

使用している医療施設が1994年と2003年とで変わり

なく約20%となっているため、適正使用の指導が強く

望まれる(図2)。過去にクロルヘキシジンの用法・用

量を無視して使用した結果、重篤な副作用を呈した

例が報告されており、1%本剤の水溶液で膣内の消

毒を実施後、蕁麻疹が発生し血圧低下を呈した報

告14)や鼓膜形成術を行う際、術前に1%本剤アルコ

ール溶液で消毒したことが原因で、97例中14例が聴

力を失った例15)など多くの報告がなされている。この

ように粘膜への消毒は慎重に行うことが原則である。