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卒業論文 主題 スポーツを商品化して 顧客である企業とスポーツファンとの相互理解をいかにして達成するか 検証仮説 企業が抱えている問題の根が過少な売上高にあるとすれば マーケティングを武器に売上高を増加させることで 『企業の健全な経営』および『利益を生む成長』が約束されるはずである 上智大学経済学部経営学科 4 網倉ゼミナール所属 冨田 敦史 A9942138 提出日 2003 1 15 1

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卒業論文

主題

スポーツを商品化して

顧客である企業とスポーツファンとの相互理解をいかにして達成するか

検証仮説

企業が抱えている問題の根が過少な売上高にあるとすれば

マーケティングを武器に売上高を増加させることで

『企業の健全な経営』および『利益を生む成長』が約束されるはずである

上智大学経済学部経営学科 4 年 網倉ゼミナール所属

冨田 敦史

A9942138

提出日 2003 年 1 月 15 日

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目次

序章 スポーツと企業~スポーツ発展を実現する~ 企業スポーツ限界説

地域密着型スポーツクラブへの移行

スポーツ文化の浸透~ワールドカップに見る社会波及効果~

スポーツマンシップ

スポーツとビジネス

第一章 スポーツとマーケティング

スポーツ・マーケティングとは

スポーツ・マーケティングの意義

第二章 スポーツ・マーケティングの歴史 スポーツのビジネス利用

マーケティング・イノベーション

スポーツ・マーケティングの誕生

国際企業への飛躍~キャノンのケース

スポーツは金のなる木

新しいビジネスチャンス~adidas が動き始めた~

サッカー株式会社

基盤構築のためには・・・

第三章 マーケティング戦略 検証仮説

現代企業が抱えるマーケティング上の諸問題

企業発想から市場発想への転換

マーケティング・ミックスの策定

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第四章 統合型マーケティング・コミュニケーション(IMC)への移行 広告効果測定

マーケット・セグメンテーション

顧客の購入頻度を高める~データベース・マーケティングの積極的活用~

CRM(Customer Relationship Management)の導入

アテンション・メカにクス

コミュニケーション・ネットワークの構築

もうひとつのマーケティング課題

検証結果

第五章 プロサッカークラブをつくろう!! クラブ・プロフィール

ファン獲得のためのマーケティング戦略

スポンサーシップ獲得のためのマーケティング戦略

終章 日本のプロスポーツを考える プロ野球のシステムと現状

Jリーグのシステムと現状

他の競技の取り組み

後に

《参考文献》

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序章 スポーツと企業 ~スポーツ発展を実現する~

企業スポーツ限界説

日本スポーツ界の発展を支えてきたのは、「学校スポーツ」であり、「企業スポーツ」で

ある。

しかし、ここ数年、実業団チームの休廃部が相次いでいる。1991 年から 2000 年までの

10 年間に撤退したチームは、トップレベルに限定しても 200 チームを超える。とりわけ、

1990 年代後半からその数が急激に増えていて、その中には、女子バレーの日立やユニチカ、

男子バレーの富士フィルム、アイスホッケーの雪印、社会人野球のプリンスホテルなど、

アマチュア・スポーツ界における「名門」チームも数多く含まれていた。

日本の企業スポーツは、高度成長期に発展を遂げた。その発足のきっかけはいわゆる福

利厚生の一環としてスポーツ部を設け、従業員の健康促進や職場の士気高揚などの目的に

始まったが、やがて会社間での対抗意識を煽るべく、実業団リーグなどが創設されると実

利優先の企業は「勝利」によってPR効果の増大を狙った。また、1964 年に行われた東京

オリンピック以降、スポーツが観る娯楽の対象として注目を浴びるようになり、テレビメ

ディアの急速な発達に伴い、さらにその傾向は強まった。スポーツへの注目が高まるにつ

れて、スポーツチームを持つことが「広告塔」としての役割を果たすようになった。そこ

で、企業は国内外の優秀な選手をスカウトするなど、それまで以上にチーム強化に力を注

ぐようになり、さらに多くの国民の関心を集めるようになった。それが、いまや衰退の一

途をたどっている。

企業スポーツ衰退の背景には、深刻な経済不況による資金難という側面もあるが、それ

以上に企業スポーツの「広告価値の低下」が主たる原因として考えられる。スポーツのグ

ローバリゼーション化が進み、今では衛星放送の普及によって、世界の一流選手のプレー

をリアルタイムで楽しむことができる。野球の野茂やイチロー、サッカーの中田や小野ら

のように、海外で活躍する日本人選手の誕生に伴い、多くのファンはより質の高い試合を

求め、企業チーム同士で争うレベルでは満足できなくなり、国内のリーグは以前ほど注目

されなくなった。企業がスポーツに投資を続けてきたのは、商品の宣伝や企業イメージ向

上といった広告効果が期待できたからであって、企業側にしてみれば、かつてのような宣

伝効果が期待できなくなると、多額の資金をつぎ込んでまでチームを持ち続けることの意

味がなくなる。もはや、スポーツクラブを丸抱えすることは企業に何の利益ももたらさな

い単なるお荷物となってしまったのである。

とはいえ、これまでの日本スポーツ界を支えてきたのは明らかに企業スポーツである。

しかし、今後も企業チームの休廃部は続く。となれば、今まで選手の受け皿となっていた

企業スポーツの衰退は、日本のスポーツの発展にも大きな影響を及ぼすことは確実だ。

では、こうした現状を打破するためにはどうすれば良いのだろうか。いずれ景気が回復

すれば、企業スポーツにも活力が戻るなどという考え方をしてはならない。企業の所有物

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としてスポーツチームを丸抱えするという仕組み自体に問題があるのだ。企業とスポーツ

の関係そのものを根本から見直さなければならない。

こうした状況を受けて、経済産業省が主体となり、2000 年の 2 月から計 8 回にわたって

企業スポーツを実施している大手企業 12 社の担当者による「企業スポーツ懇親会」を開催

し、2002 年 11 月にその検討結果を「企業とスポーツの新しい関係構築に向けて」と題し

て取りまとめた。具体策には乏しいが、こうした委員会が設置されることには大きな意義

がある。

地域密着型スポーツクラブへの移行

従来の企業スポーツに代わって、スポーツを盛んにし、世界に通用する選手を育てるた

めのシステムとして昨今注目を集めているのが、J リーグの理念でもある、地域に根ざした

スポーツの振興策、いわゆる地域密着型のスポーツクラブへの転換である。これは、企業

が単独でチームを所有するのではなく、地域や自治体と一体となってチームを運営するこ

とによって、運営コストを削減できるうえ、地域社会への貢献という役割も同時に果たせ

ることから、21 世紀に目指すべき方向のひとつといえる。

ヨーロッパでは、そうした地域密着型スポーツクラブがいたるところにあり、多くの企

業が金銭的支援を行っている。なかでもよく知られているのがドイツ・レバークーゼン市

に本社を持つ世界的製薬メーカー、バイヤー社のケースだ。創業 40 年目の 1904 年に従業

員の要望からスポーツクラブを発足、1950 年代には地域住民の受け入れも開始。さらに、

1960 年代に入ると企業クラブから地域クラブへと衣替えを図り、現在では、テニス、カヌ

ー、釣りなどの専門クラブから総合スポーツクラブまで計 30 のクラブを持ち、合わせて 4

万 8500 人の会員を抱えるまでに発展を遂げている。同社は、それらのクラブに対して財政

面からマネジメント面、さらには施設の整備まで手厚い支援を行っている。

また、それらのいくつかはプロチームも所有していて、大きな実績をあげている。たと

えば 大規模を誇る「TSV04 レバークーゼン」では、サッカー、バレーボール、バスケッ

トボールなど 14 部門を有し、そのうちの 9 部門は国内 1 部リーグにあたるブンデスリーグ

に所属している。なかでもサッカーのプロチーム「バイヤー04 レバークーゼン」は、2001

年‐2002 年シーズンには欧州チャンピョンズリーグで準優勝という快挙を成し遂げた。さ

らには、「TSV04 レバークーゼン」は陸上競技においてもドイツを代表するクラブであり、

これまでに金 9、銀 8、銅 16 の五輪メダリストを輩出している。

このように、トップチームの強化を図ることによって国のスポーツ振興に貢献しつつ、

市民が気軽にスポーツを楽しめる場を提供することで地域に貢献している。日本の企業ス

ポーツのあり方を考えるうえでも大いに参考にしなければならない。

こうした地域密着型のスポーツクラブの設立に向けての動きが日本国内でも出てきてい

る。J リーグの発足の理念は地域のスポーツ振興を目指すというものであるし、広島では複

数の企業チームが共同で地域スポーツを支援するという試みがスタートしている。サンフ

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レッチェ広島(サッカー)や JT(バレーボール)などの 5 つのチームが手をつないで「ト

ップス広島」というプラットフォームをつくり、市民参加型のスポーツ・イベントなどを

行っていくというもので、新しい取り組みとして注目できる。

また、画期的な取り組みとして注目すべきなのが、自治体・企業・地元住民に「学校」

を主体として加えた地域スポーツクラブ設立の動きである。

『仙台市の仙台育英高校が陸上競技や卓球などを中心とした地域スポーツクラブを平成

14 年 7 月に設立した。全国トップクラスにある同校のスポーツノウハウを宮城県内に住む

スポーツ選手に還元するのはもちろん、世界で活躍するアスリートの育成を活動の柱とす

る。21 世紀型スポーツクラブの名は「レオ・クラブ・ジャパン」。

こうした学校主体の地域スポーツクラブでは既に千葉県船橋市で発足しているが、トッ

プアスリート育成にも力を入れるというのは国内では、レオ・クラブが初。加藤雄彦校長

は「地域全体で競技者の底辺を広げたい。不況下の企業スポーツに代わって、トップ選手

の受け皿にもなる」と意気込みを語っている。

「いつ廃部になるか分からない企業チームでは、選手は安心できない。クラブが複数の

スポンサーを集めて運営する形が整えば、一企業の経営環境に左右されることなく、選手

は練習に打ち込める」と同校の陸上総監督の渡辺高夫氏はクラブ設立の理由を説明してい

る。

地域住民にスポーツを楽しむ場を提供するとともに、トップアスリートの育成を目指す

こうした動きは、学校の枠を超え、企業スポーツ中心だった日本のスポーツ界に新しい風

を吹き込むのではないかと期待されている。』

河北新報(平成 14 年 5 月 5 日・5 月 12 日)・日刊スポーツ(平成 14 年 6 月 5 日)より抜粋

スポーツを通じた地域コミュニティーの活性化を目指すことによって、スポーツ文化が

育まれる。文部科学省が 2000 年 9 月に発表した「スポーツ振興基本計画」には、具体的な

政策目標として、2010 年までに「全国の各市町村において少なくともひとつの総合型地域

スポーツクラブを育成する」「各都道府県において少なくともひとつは広域スポーツセンタ

ーを育成する」と記されている。少子化によって学校単位ではチームが結成できなくなる、

教員の高齢化により指導者が不足するなどの事態に備えて学校主体から地域主体への転換

を図ろうという意図が読み取れる。実際に、愛知県半田市にそのモデルとなる総合型スポ

ーツクラブが設立されている。ここでは、地元の小学校や中学校の体育館、グランドなど

を拠点に、バレーボール、バドミントン、少林寺拳法などさまざまなスポーツが実践され

ている。

スポーツ文化の浸透~ワールドカップに見る社会波及効果~

2002 年に日本と韓国で開催されたサッカー・ワールドカップ。多くの子供たちは、一流

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選手たちのプレーを目の当たりにして、サッカーというスポーツの楽しさを肌で感じ取っ

たに違いない。また、多くの大人たちにも夢と感動を与えた。

電通総研・社会工学研究所は、日本代表がベスト 8 進出を果たしていた場合の経済波及

効果は 3 兆 3000 億円に及ぶと試算していた。しかし、それ以上にお金には換算できないさ

まざまなものをもたらす。経済波及効果だけではなく、社会波及効果と呼べるような効果

も期待できるのだ。

まずひとつは国際交流の促進。そして、もうひとつ。地域社会にスポーツ文化が浸透す

ることがあげられる。たとえば、今回の大会では数万人の収容を誇る巨大スタジアムが各

地に建設され、それがその地域のシンボルとなり、そこにスポーツ文化が花開くことも考

えられる。実際、さいたま市では埼玉スタジアム 2002 の周辺に、サッカーを前面に押し立

てた街づくりの計画を発表している。さらに注目すべきは、キャンプ地を中心に 90 ヵ所近

くもの「芝のグランド」が新設されたことである。もちろんまだ十分な数とは言えないが、

今後、芝のグランドをつくろうという動きが広まることも期待される。

ワールドカップを境に、これまでまったくサッカーに関心を持っていなかった人が、サ

ッカー、あるいは他のスポーツに興味を持つことも十分に考えられる。

休日になると市民の多くが芝のグランドに集まり、サッカーやフットサルを楽しむ。子

供たちはボランティア指導者のもと手ほどきを受け、地元のプロチームの試合に足を運び

声援を送る。そんなスポーツを通した地域コミュニティーが全国のいたるところに形成さ

れる可能性もある。

誰もが気軽にスポーツを楽しみ、スポーツを通して地域が活性化されれば、そこに住む

人々の暮らしにゆとりや潤いが生まれる。今回のワールドカップの先には、「スポーツ文化

の浸透」という明るい未来が待っているのだ。ただし、国や地方自治体、企業などのスポ

ーツ振興に対する今後の取り組み方次第でもあるのだが・・・。

スポーツマンシップ

これまで、企業スポーツの衰退や地域密着型スポーツクラブへの移行などを通して、ス

ポーツと経済の関わりを見てきたが、人間における、もしくは社会における「スポーツの

位置づけ」がはっきりしていないのではないか、という疑問にいきつく。そこで、スポー

ツとはなにか、なぜ人々にスポーツが必要なのか、について議論する。

スポーツは、「一定のルールにもとづいて競い合うもの」として発展してきた。ルールを

守るということは、その競技に参加しているメンバー全員を「尊重」する精神を持ってい

なければならない。それは、単に決められたことを守るのではなく、対象物と向き合って、

その意味を真剣に考え、自分自身で判断したうえで相手を認めることを意味する。つまり、

「約束事や規範を守る」だけにとどまらず、なにが正しいのかを自分自身で判断する能力

を養える。また、他者とのコミュニケーションを学べるし、集団のなかの自分を知るとい

う意味でアイデンティティの形成にも役立つ。さらには、他人と競い合うことを通して勝

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つためにベストを尽くす、仲間が苦境に陥ったら手を差し伸べる、負けても相手を敬うと

いった社会で生きていくうえで必要不可欠な能力を身につけることができる。

もちろん、人格を形成する場はスポーツだけではない。本来は家庭や学校、地域などさ

まざまな共同体に身を置くことによって培われるべきものである。ところが、社会が発展

し、文明が高度化することで、個人と社会との関係が希薄化している。個人としての存在

を社会の一員として実感することが、アイデンティティ形成に必要不可欠であるにもかか

わらず、あらゆる共同体が崩壊している。そこで、個人と社会を結びつける新しいコミュ

ニティーの形成が必要になってくる。ヨーロッパに見られるようなスポーツを媒介とした

地域コミュニティーこそ、理想的な共同体ではないだろうか。

個の人格形成の装置としてのスポーツ。地域コミュニティーとしてのスポーツ。スポー

ツを理解し、その理解を深め、多様な楽しみを追及し、その楽しみを周りの人々と共有す

る。そうすれば、社会にスポーツが定着し、肉体的にも精神的にもゆとりを持ち、自立し

た個人が増えることが期待されているのである。

子供から大人まで、すべての人々がよりよい環境でスポーツに打ち込め、真の意味での

『スポーツマンシップ』を身に付けるためには、スポーツ文化の浸透が絶対条件なのであ

る。

スポーツの持つ 大の特徴は、その「公共性」にあり、個人と社会の関係性を実感する

機会をもっとも容易に、かつ自然に与えうる手段なのだ。

スポーツとビジネス

地域に根ざしたスポーツ振興策の動きを見てきたが、理想論としては通用しても、スポ

ーツに対する認識が曖昧な現状では地域密着型の理念は通用しないのではないだろうか。

というのも、スポーツを見て楽しみ、自分自身がスポーツをすることによって心身ともに

豊かな社会を実現するという考え方が国民の間に浸透していないという文化的背景がある

中では、いくらスポーツ環境を整えても利用者がいなければ無用の長物になってしまう。

このことは、地域に根ざしたサッカーの発展を基本理念に掲げている J リーグの各クラブ

が経営に苦労している現実を見れば明らかである。

スポーツを自社の宣伝目的のために利用してきた企業、及びスポーツの文化的価値を理

解していない国民を責めるのではなく、スポーツの持つ「公共性」を 大限に活用し、企

業や国民の理解を得られるように、スポーツに従事する人間が働きかける必要がある。ス

ポーツ文化を浸透させるためには、外部に向かって説得力のある言葉と論理を見出し、発

信し、常に開放的であるべきではないだろうか。

その手段として提案したいのが、「スポーツを産業」として論じることである。スポーツ

を「魅力的な商品」として位置づけ、マーケットを創出し、ビジネスとして活性化させる。

さらに、スポーツ産業としての地位を確立するためには、「投資先」として、また、「労働

市場」として魅力的であることを証明しなければならない。これは、従来の「スポーツの

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商業化」とは次元の異なる提案である。スポーツを金儲けの手段として捉えるのではなく、

あくまでも、『スポーツ中心主義』を提唱したうえでの提案であることを肝に銘じていただ

きたい。

スポーツをビジネスにしてスポーツを発展させていく

スポーツには、活性化されていない資源が豊富なため、産業としての大きく飛躍する可

能性が含まれている。スポーツに市場の論理を導入し、マーケットを創出することで、ユ

ーザー側の選択肢が増える。そして、マーケットの成立に伴い「顧客満足」の獲得が不可

欠になる。顧客満足を獲得するためには、スポーツを「マーケティングの対象物」として

認識しなければならない。この考え方が『スポーツ・マーケティング』である。

第一章 スポーツとマーケティング

スポーツ・マーケティングとは

マーケティングとは、商品またはサービスを提供する側と享受する側の相互理解を高め

ることにより市場を創造し、販売促進を図り、販売の支援を行う企業活動のことである。

この定義をスポーツ・マーケティングに当てはめると、消費者と企業・組織の溝を埋め、

企業活動の効果を極大化するための手段として、スポーツを利用するということである。

マーケティング戦略の基本である「ターゲット市場のニーズにフィット」を実現すべく、

製品戦略、流通経路、価格戦略、プロモーション活動などを行う際のキーワードが「スポ

ーツ」ということになる。

つまり、スポーツ・マーケティングとは、スポーツをビークルとして企業の認知度アッ

プ、イメージ向上、販売促進、ブランド構築などを行うマーケティング活動で、1970 年代

に米国で研究・発展してきた比較的新しい分野である。

ここで、これまでの内容に「矛盾」を感じた方は、ぜひそのまま読み続けて頂きたい。

逆に、何の矛盾も見出せないのであれば、序章に戻って読み返すことをお勧めする。

一般的な企業のマーケティングとの相違点として、まず、基本的な顧客がスポーツファ

ンであることがあげられる。そして、企業がスポンサーという形でスポーツに投資をする

場合、企業はスポーツマーケットの外では生産者であり供給者であるが、スポーツに対し

てはむしろ顧客としてマーケットに参加していること。また、マーケットにおける価値が、

メディアの力によって創出され、支えられていること。 後に、メディアによって発展し

たスポーツマーケットが、現在ではスポーツ自体(スポーツ・イベント)をメディア化し

ている点があげられる。ここで、補足として説明を加えさせていただくと、スポーツマー

ケットの価値がメディアの力によって創出されるのは、スポーツの持つ公共性が人々の注

目を集めるという特徴によってコンテンツ(主にテレビ媒体)としての価値が存在するか

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らである。

ここでスポーツマーケットにおける利害関係者を整理しておくと、まず、中心となる主

体、すなわちスポーツ・マーケティングを行う主体とは、スポーツの競技サイド(各競技

団体や各クラブチーム等)に属している者を想定している。ただし、スポーツ自体には商

品としての実体はなく、その商品価値は「プレーの面白さ」および「コンテンツ」として

のメディアバリューに基づいている。すなわち、スポーツを商品化するためには、本来は

マーケティングとは無縁な存在であるスポーツの内部にいる側がマーケティングを理解し、

導入することによって、その商品価値を高め、市場を創造させることから始めなければな

らない。

次にメディアバリューを操作可能商品とするマスメディアは、スポーツ市場において顧

客でありながら、商品価値を高める役割も担っている。そして、マーケティング対象者(顧

客)となるのが、スポーツに投資する企業と一般のスポーツファンである。

スポーツ・マーケティングの意義

序章において企業スポーツの衰退の背景には「広告価値の低下」があり、スポーツを企

業の宣伝目的のために利用することの限界を唱えたにもかかわらず、「スポーツを商品化し、

市場論理を導入すべきである」との提案は矛盾しているように聞こえるかもしれない。

確かにヨーロッパ型の地域クラブ設立は、スポーツ文化の浸透に必要不可欠な要素では

ある。しかし、独立採算で黒字経営をしているスポーツクラブなど世界中のどの地域にも

存在せず、すべてのクラブは公的資金による援助や企業利益の社会還元があって運営がな

りたっている。つまり、日本独自の文化である企業スポーツという形態は限界を迎えたが、

企業による金銭的支援(もしくは投資)なくしてスポーツの発展はないのが、スポーツが

直面している問題なのである。

企業スポーツとスポーツ・マーケティングの構造上の相違点は、「スポーツを産業」とし

て捉えるかどうかに集約される。オリンピックメダリストでかつての企業内選手の話を引

用すると、「結局、日本の企業スポーツというのは、会社の中にスポーツというひとつの部

署を作るようなもの」だそうだ。つまり、スポーツは産業としてではなく、いわば企業に

おけるマーケティング・ツールとしての役割を担っていたのである。こう考えれば、マー

ケティング効果の薄れたスポーツに対して投資を続ける理由など存在するはずがない。

1998 年に起こった J リーグのフリューゲルス消滅のニュースを覚えているだろうか。

1993 年に発足した J リーグは、スポーツ文化の普及・振興を理念に掲げていたにもかかわ

らず、企業がスポーツクラブを抱え込んで宣伝目的のために利用する従来の体質から抜け

出せずにいたのが、フリューゲルスのケースである。当時のメイン・スポンサーは、ゼネ

コンの佐藤工業と全日空の二社。2002 年ワールドカップのスタジアム建設の受注を終え、

サッカーに関わりを持つ旨みのなくなった佐藤工業があっさりとチームへの出資を断つと、

残された全日空は、同じく資金難に苦しんでいた日産自動車のマリノスとの合併を決断。

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こうしてフリューゲルスは消滅したわけだが、当時、議論の的となっていたのは、全日空

にはフリューゲルスというチームが地域の所有物であるという認識がなく、自社所有のク

ラブと勘違いしているだとか、J リーグの理念に反する行為だ、などの理念ばかりが強調さ

れていた。確かに、J リーグの理念は今後のスポーツ発展を実現するためのモデル・ケース

として素晴らしいものであるが、これは全日空だけが非難を浴びる問題では決してない。

サッカーバブルに浮かれて、経営努力を怠ってきたクラブ、理念だけを押し付けてきた J

リーグ、地域スポーツ振興の本質を理解していなかったマスコミと我々スポーツファン。

スポーツに関与するすべての主体に認識の甘さがあったのだ。

スポーツ・マーケティングの観点から言えば、ここで問題となるべきなのは、「フリュー

ゲルスは、全日空からの出資を受ける見返りとしてどのような価値を提供してきたのか」

ということなのである。どこの世界に、何の見返りもない場所に資金を投資する企業が存

在するのだろうか。実際、全日空の決断は、直後に株価の上昇という形で市場に歓迎され

た。

フリューゲルス事件からも分かるように、スポーツクラブの運営は企業の力(投資)な

くして成り立たないのである。ということは、スポーツ・イベントを開催する各競技団体

(もしくはクラブ)は、スポーツを一種の広告媒体としてプロモートする必要がある。イ

ベントの規模が大きくなるにつれて、その開催コストは莫大なものになり、それだけの必

要経費を「入場料やグッズ販売」などで得られる興行収入だけで賄うのは不可能。となれ

ば、運営資金を集める手段が必要になる。その資金をスポンサーという形で企業から調達

する。これは、企業がメディア媒体の広告スペースを買うというプロモーション活動とま

ったく同じシステムなのである。

キリングループが協賛しているサッカー日本代表戦などは、「冠イベント」と言われる代

表的な例として挙げられる。キリングループが資金を提供し、主催者である財団法人日本

サッカー協会は、キリングループにイベント・タイトルを貸す。キリングループは、見返

りとしてイベントを自社の広告・宣伝、PR、セールス・プロモーション活動を行う権利

を取得する。こうして、「キリンチャレンジカップ」が誕生する。この権利を利用すること

で、キリングループの企業イメージが向上し、売り上げの増大に貢献するのであれば、今

後も投資を続けるであろうし、投資に見合った効果が期待できるのであれば、他の企業も

スポーツへの投資に魅力を感じるのが自然の流れである。

こうした一連の流れが、すべての利害関係者にとって利益をもたらすのである。企業が

大金を投じてスポンサーになっているのは、プロモーション活動において効果があるから

であり、同時にスポンサーシップがあるからこそ、イベントや大会が成り立っているのだ。

そして、イベントや大会が開催されるからこそ、人々はスポーツを楽しむことができるし、

スポーツの発展の力にもなる。さらに、人々の注目が集まるということは、メディアには

番組コンテンツとしての利用価値が生まれ、番組として試合が中継されればより多くの

人々が試合を観戦する(視聴率の上昇)ことができる。これは、テレビ局側としても番組

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スポンサーの獲得が容易になり、さらに多くの試合、もしくは他の競技を番組コンテンツ

として利用するようになるだろう。これは、テレビ放映権料という形で、競技団体もしく

は各クラブの新たな収入源を生み出す。その資金を使って、チームの強化を図りより魅力

的なクラブを築き上げることも可能になるし、地域社会への還元という意味では、スポー

ツ施設の充実や市民参加型のスポーツ・イベントの開催などを通して、人々はスポーツを

より身近に体感することができるようになるだろう。これこそまさに、スポーツを通した

地域コミュニティーの活性化であり、スポーツ文化を育むための理想的な流れといえるの

ではないだろうか。

これが、スポーツ・マーケティングの理論であり、スポーツを産業として論じることの

意義がこの点に集約されるのではないかと私は考える。

この理論を実践するためには、各競技団体および各クラブチームの経営努力(マーケテ

ィング戦略)が必要不可欠であり、『スポーツを商品化して、顧客である企業と一般のスポ

ーツファンとの相互理解をいかにして達成していくのか』という問題意識がこの論文の主

題である。

第二章 スポーツ・マーケティングの歴史

企業によるスポーツを利用したマーケティングは、何も真新しい概念ではない。日本国

内においても企業スポーツという名目で実践されてきたし、1970 年代の欧米ではすでに、

スポーツを産業として捉え、スポーツ市場が確立し始めていた。そこで、本題に入る前に

スポーツ・マーケティングの歴史について話を進めていく。

スポーツのビジネス利用

スポーツとビジネスを 初に結びつけたのは、ドイツに本拠地を置く、三本線のシュー

ズで名高い世界 大のスポーツグッズ・メーカーのアディダスである。

時は 1936 年のベルリン・オリンピックまでさかのぼる。この大会のヒーローは、アメリ

カの陸上ランナーで、100M・200M・走り幅跳び・400M リレーの 4 種目すべてにおいて当時

の世界新記録で金メダルに輝いたジェシー・オーエンス。そしてこの時、オーエンスが履

いていたのが、他ならぬアディダスのシューズだった。自社のシューズをトップアスリー

トに着用させる。現在では当たり前に用いられている販売戦略(広告展開)を 初に実施

したのが、この時のアディダスだったのである。そして、これがスポーツ・ビジネスの元

祖と言われている。

それ以降もアディダスは、有力アスリートに自社製品を着用させることで、市場の囲い

込みに成功し、スポーツ界において大きな影響力を獲得していった。しかし、アディダス

の扱う商品がスポーツグッズだったこともあって、こうしたスポーツを利用した販売戦略

が他の企業にとっても有効であるかについてこの時点ではさほど注目されていなかったよ

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うだ。

そして登場するのが、スポーツ・ビジネスの発展にもっとも貢献した「インターナショ

ナル・マネジメント・グループ(IMG)」社である。IMG は 1960 年に、オハイオ州クリーブ

ランド出身でイエール大卒の弁護士のマーク・マコーマック氏によって設立された。

現在では当たり前のマーケティング手法として用いられている、選手の名前をマーチャ

ンダイズし、商品化するというビジネスを 初に実現したのが、あの“傘のマーク”で有

名なゴルフプレイヤー、アーノルド・パーマーであった。パーマーとマコーマック氏の出

会いこそが、スポーツ・ビジネスの歴史の始まりであり、現在のスポーツ・ビジネスの基

礎を築き上げた。パーマーとのマネジメント契約を皮切りに、ゴルフ界のビッグ・スリー

と呼ばれるジャック・ニクラウス、ゲーリー・プレイヤーのマネジメントを一手に手がけ

るようになった。そして、ゴルフ以外にもテニスやスキーといったジャンルにも進出。IMG

社は現在、30 カ国 80 の拠点を構える世界 大規模の多国籍企業へと成長した。スポーツ

選手を中心に、文化・エンターテイメントの世界で世界一の人的資産を有し、マネジメン

ト業務をはじめ、イベント運営・テレビ制作までをグループで手がけている。

現在ではタイガー・ウッズを始め、世界中の一流プレイヤーが契約者リストに名を連ね

ている。

マーケティング・イノベーション

スポーツ・ビジネスが飛躍的な成長を遂げたのは、テレビというメディアに「衛星中継」

という新しい技術が注入されたことが起因している。1970 年代後半になって、衛星中継が

普及し始めると、誰が言い出したのかは不明だが「スポーツは世界の共通言語だ」との言

説が飛び交うようになった。そして、その言説はスポーツのビッグイベントが言葉を、国

境を越えた新しいメディアとして生まれ変わったことを示唆していた。

現在でこそ、インターネットの普及によって世界中にリアルタイムで企業情報を提供す

ることが可能になったが、当時、メディアとして存在していたテレビ、ラジオ、新聞、雑

誌の四つに限定されていた。しかし、いずれの媒体も狭い範囲の人間にしか情報を提供す

ることができない。(広告戦略の転換については第三章で詳しく説明する)市場の枠組みが

破壊され、グローバル化が着々と進展するなかで、世界的なマーケティング戦略を必要と

するグローバル企業にとってより効果的なプロモーション活動を行うためのメディア戦略

は非常に重要な決定事項であった。その問題がサテライト技術の普及によって、オリンピ

ックをはじめとするスポーツ・イベントが、開催地はもとより全世界中でリアルタイムの

放送が見られることで一気に解決した。つまり、スポーツ・イベントそのものが世界各地

のあらゆる市場に対するアプローチの手段として注目を集めるようになったのである。テ

レビメディアにおける技術革新が、番組コンテンツとして、また広告手段としてのスポー

ツ価値向上につながり、それは「市場ニーズの多様化と国際化」に対応するための解決策

を模索していた企業にとって、自然発生的にではあるが、マーケティング・イノベーショ

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ンとなったのである。

スポーツ・マーケティングの誕生

ジャック・K・坂崎氏、日本におけるスポーツ・ビジネスの第一人者として知られるこの

人物と、英国・ロンドンにあるウエスト・ナリー社の代表、パトリック・ナリー氏の二人

が、このイノベーションにいち早く飛びつき、新しいメディアとして、新たな広告手段と

しての「スポーツ」を企業に提案したのがスポーツ・マーケティングといわれるビジネス

の始まりだった。スポーツを通して、企業から消費者のもとへ商品やサービスを円滑に伝

え、市場の開拓と拡大を可能とする手法を生み出した。

欧州では、ワールドカップをはじめ数々のサッカー大会が、EBU(ヨーロッパ放送連合)

を通じ各国に同時中継されていたため、サッカーの試合がヨーロッパ全域を網羅する有効

な広告宣伝手段として利用されていた。サッカー場における広告看板の存在が、メディア

としての役割を担っていたのである。

ウエスト・ナリー社は、1970 年頃パトリック・ナリー氏とイギリスの BBC 放送のスポー

ツ・コメンテーターであるピーター・ウエスト氏が共同で設立した。当時の事業内容は、

英国国内におけるスポーツ・イベントのスポンサーシップを専門に取り扱うことで、スポ

ーツ団体が大会を主催する際に、スポンサーを集めて大会の財源をつくり、その一方でス

ポンサーがそのイベントを通して行うプロモーション活動をサポートするということだっ

た。つまり、同社はスポーツ・マーケティングの先駆者だったと言える。ヨーロッパでは

すでに確立されていたビジネス・モデルを、グローバルな市場における「ビジネス・モデ

ル」として形にできたのは、衛星放送技術の発達がきっかけだった。

当時の日本は、国内企業の海外進出が目立ち始めていた時期であり、スポーツ、特にサ

ッカーを広告手段として利用することは、ヨーロッパでの市場拡大を積極的に模索してい

る企業にとって魅力的だったことは明白である。

こうしたスポーツ・マーケティングのビジネス・モデルを日本企業に持ち込んだのが、

前述した、ジャック・K・坂崎という人物である。現在、J・坂崎マーケティング株式会社

の代表取締役。1974 年に IMG 日本支社に入社し、スポーツ・ビジネスの世界に飛び込んだ。

日本におけるスポーツ・ビジネスの発展を追うなかで、氏の存在を無視することはできな

い。

国際企業への飛躍~キャノンのケース~

1979 年、スイス・ベルンで行われた FIFA 創立 75 周年記念マッチ、アルゼンチン対西ド

イツの一戦は、フィールド内の広告看板に日本企業がはじめて名を連ねた試合でもある。

ウエスト・ナリー社がこの試合のマーケティングを任されていたこともあって、当時、ウ

エスト・ナリー・ジャパンを設立し、日本企業を相手にしたスポンサーシップのセールス

を行っていた坂崎氏が飛び込みで訪問した企業が、「キャノン」だった。

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当時のキャノンは、海外宣伝を専門に扱う部署もなければ、ノウハウも、コネクション

もなかった。同社にとって、フィールド内の広告看板ほどのパワーを持ったマーケティン

グ・ツールは魅力的だったに違いない。契約はスムーズに進み、キャノンのスポンサーシ

ップが決定した。こうして、キャノンは海外のスポーツ・イベントを本格的に自社の広告・

宣伝手段として取り入れた日本企業の第一号になったのである。その後、キャノンはワー

ルドカップとヨーロッパ選手権、チャンピオンクラブズ・カップ、カップ・ウィナーズ・

カップの四つの大会(通称インター・サッカー4)をワンパッケージとした「商品」のスポ

ンサーとなり、一年後にはヨーロッパ市場における売上高を 75 パーセント伸ばすことに成

功した。加えて、「大半の人々がキャノンを欧米企業だと思っていた」という逸話があるほ

ど、キャノンの知名度は飛躍的に向上した。

スポーツは金のなる木

1980 年にベルリンで開催された女子テニス国別対抗戦「フェデレーションカップ」、81

年の男子テニス国別対抗戦「デビス・カップ」、82 年のサッカー、スペイン・ワールドカッ

プ、そして、83 年にフィンランドのヘルシンキで行われた「第一回世界陸上選手権」など

大規模な大会が毎年のように開催された。これらの大会の成功によって、世界的スポーツ・

イベントのスポンサーとなることが、非常に効果的なマーケティング・ツールになりうる

との認識が広まっていった。

そして、1984 年に行われたロサンゼルス・オリンピックの開催が「スポーツがビジネス

になる」ということを世界的に実証し、スポーツ・マーケティングの価値を広く知らしめ

た。以来、日本をはじめとした世界中の企業がスポーツ・イベントに群がるようになった。

ロサンゼルス・オリンピックの組織委員会の委員長に就任した旅行会社経営の実業家、

ピーター・ユベロス氏は、このオリンピックを「史上初の民営オリンピック」と位置づけ、

1セントの税金も使わずに開催することを宣言。この無謀と思われていた「公約」を果たし、

なおかつ、1 億 5000 万㌦もの黒字をあげることに成功した。成功の要因となったのは、ボ

ランティアを多数募り、新規施設の建設を 小限に止め、低コスト化を徹底したことに加

えて、民間の資金を大量に導入したことだった。ロサンゼルス・オリンピックの運営資金、

約 4億 5000 万㌦の大半をテレビ放映権の販売(2億 2500 万㌦)と、五輪マークを大々的に

商品化(マーチャンダイズ)することでまかなうことに成功。さらに、日本企業も海外法

人を含め全 13 社から集めた協賛金(スポーンサーシップ)は、総額で 1 億 2000 万㌦にま

で達した。こうして「スポーツはビジネスになる」との認識が「スポーツは儲かる」とい

うように少しニュアンスを変えた形で、世界中に衝撃をもたらした。

新しいビジネスチャンス~adidas が動き始めた~

結果的にロサンゼルス・オリンピックの成功が、後のスポーツ・イベントを「金のなる

木」にしてしまったことは否定できない。とはいえ、資本主義社会にあって「スポーツが

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金になる」ことに気づき始めると、スポーツ・マーケティング業界に新参者が現れること

は何の不思議もない自然の摂理である。

そこで再び登場するのが、世界の「アディダス」と日本の広告代理店、世界の「電通」

である。

1982 年、アディダスのダスラー氏が、突如として ISL(International Sports-culture &

Leisure)社を電通との共同出資によって設立。サッカー界、陸上競技、オリンピックと立

て続けに世界規模のスポーツ・イベントの権利を手中に収め、ISL は一躍世界のスポーツ界

における一大勢力となり、その後の商業主義に拍車をかけることになった。

サッカー株式会社

ここまでのスポーツ史を簡単に振り返ると、まず、競技者だけで行われていた競技を、

メディアが取り上げることで、「エンターテイメント」の要素が付加価値として加わり、テ

レビ番組のソフトとして重宝されるようになると、広告媒体としての価値が見出され、「商

品」としての開発が進み、スポーツ・マーケティング市場が形成されてきた。

そして、1990 年代に入ると金融市場からの資金調達という形で投資家がスポーツ・ビジ

ネスに参入してきた。(このあたりの事情の詳細は、論文の趣旨とのズレが生じるので省か

せていただく。興味をお持ちならば、クレイグ・マクギル著の「サッカー株式会社」文藝

春秋発行を参考にしていただきたい)

スポーツ・マーケティングが学術的に研究・発展してきたのはアメリカ(MLB/NBA/NFL/NHL

の四大メジャースポーツ)だが、今後の日本スポーツ界が大いに参考にすべきなのは、ヨ

ーロッパのサッカービジネスだと断言できる。資本主義国家のアメリカでは「営利目的と

してスポーツを利用する」ことは何の問題もないこととして解釈され、スポーツ界の発展

は重要ではないと考えられてきたが、これは私の考えるスポーツ・マーケティングの理論

から言えば、到底納得できるものではない。もっとも重要な部分である「地域コミュニテ

ィーの活性化」の概念が欠如しているのだから。ただし、営利目的であれビジネスとして

成功を収めるには、ファンの獲得(収入の大部分がファンから発生する)が必要不可欠で

あることには変わりない。それは、顧客であるファンを満足させることが、ビジネスの成

功を約束し、結果的にスポーツを通した地域コミュニティーの活性化につながっていると

いう現実から言えば、アメリカ型を完全に否定することはできない。しかし、社会全体に

スポーツ文化の土壌が確立されていない日本では、ビジネス中心でスポーツの発展が実現

するとは考えられない。

ここでは、ビジネスという付加価値を持ったスポーツとしてサッカーを捉えるのではな

く、一般的なビジネスとして捉えるというアプローチが必要になる。クラブを一企業とし

て考えれば、マーケティングやマーチャンダイジング、さらには経営や財務の専門家を揃

え、時代の流れを予測しながら生き残りをかけた戦いに挑むことの必要性を理解しやすい。

テレビメディアの発展とともに、スポーツ界も成長を遂げてきたことは紛れもない事実

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であり、多くのクラブにとってテレビ放映権は欠かせない収入源となっている。しかし、

決してそれだけではない。成功を収めているヨーロッパのビッグクラブのひとつ、イング

ランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドは、独自のテレビ局を持ち、株

式を公開し、インターネットで世界中にクラブ情報を提供することで、海外のファンを獲

得し、ユニフォームなどのグッズ販売や観戦ツアーなどで収益をあげている。さまざまな

経営努力の結果としてクラブの運営資金を集め、その資金を元手に更なるチーム強化に努

める。その結果、チームはこれまで以上の成績を収めるようになり、株主やファンに満足

感を与える。つまり、クラブの利害関係者すべてが利益を得る。一企業として捉えたとき

に、これ以上何を望めるのだろうか。

基盤構築のためには・・・

これまでのスポーツ・ビジネスの発達史を見てきたわけだが、アメリカ型にしろ、ヨー

ロッパ型にしろ、スポーツにビジネス的要素を導入することで、スポーツが発展し、地域

コミュニティーが活性化されることに対する疑念の余地は取り払われたのではないだろう

か。スポーツへ投資する見返りとして、クラブの顧客である企業、株主、ファン、メディ

アの顧客満足を実現する。これこそ、企業のあるべき姿である。

スポーツを通して地域コミュニティーが活性化されれば、スポーツをさまざまな角度か

ら楽しむ環境が整い、それは、プロスポーツの繁栄を約束し、 終目標であるスポーツ文

化の浸透がこの日本にもたらされる。そのためには、企業スポーツの概念を捨て、スポー

ツを産業として捉え、各クラブに自立するための経営努力が求められている。確固とした

基盤を築くための戦略を考えていかなければならない。

第三章 マーケティング戦略

ここからは完全にスポーツクラブを一企業とみなしながら話しを進めていく。クラブに

収入をもたらすのは、ファン、テレビ、スポンサー(企業)である。第一章で述べた通り、

メディアバリューを操作可能商品とするテレビは、スポーツ市場において顧客でありなが

ら、商品価値を高める役割も担っているため、マーケティングの対象から除外し、商品の

供給者側であるクラブにとってのマーケティング対象者(顧客)は、スポーツに投資する

企業と一般のスポーツファンであることを前提とする。

企業に対するマーケティングとファンに対するマーケティングは分類しなければならな

い。ただし、ファンを獲得できなければ、企業へのマーケティングは行えない。試合を見

てもらえなければ、そこに広告価値は存在しない、当然の原理である。

マーケティングが異なることは、扱う商品も異なることを意味する。スポーツファンは

入場料やグッズ購入、また近年では視聴料(スカイパーフェクト TV 等)という形でクラブ

に資金を与える。企業は、スポンサーシップ購入という形でクラブに資金を提供する。

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ファンが競技場に足を運ばないのであれば、顧客が買わずにはいられない商品開発(チ

ケット)が必要になるし、チケット販売を促進するマーケティング戦略を打ち立てなけれ

ばならない。企業がスポーツから撤退している理由が、広告価値の低下にあるならば、広

告価値を取り戻せば良いだけの話しではないだろうか。スポーツにマーケティング・マイ

ンド、つまり、「顧客満足」の概念を取り入れることで、すべての利害関係者の満足度を高

めることをクラブの企業目的として捉えなければならない。

検証仮説

私たちのほとんどは、 高の商品を、 大の広告予算を使って、 良のマーケットに売り込み、 大のシ

ェアを獲得するといったチャンスには、まず出合えない。現実には、ほとんどの場合、私たちの商品には、

あってはまずいところに欠点や弱点があるものだ。私たちの仕事は、こうした完全ではない商品を首尾よ

く売り込むことにある。私はこうしたタイプの商品を人一倍多く扱ってきた。

この一文は、1991 年に NBA で観客動員数 下位だったニュージャージー・ネッツを独自

のマーケティング理論を適用して、NBA の 27 球団中、一位のチケット収入率を達成したジ

ョン・スポールストラ著の「エスキモーに氷を売る~魅力のない商品を、いかにセールス

するか」の第一章、第一節である。これは、どんな商品であれ、マーケティング手法を工

夫すれば、売れない商品はないことを示唆している。すべての商品は顧客にとって魅力的

な商品になりえる。そして、売上高の増大は企業を成長に導く。

検証仮説

「多くの企業が抱えている問題の根が過少な売上高にあるとすれば、マーケティングを武

器に売上高を増加させることで、『企業の健全な経営』および『利益を生む成長』が約束さ

れるはずである」

現代企業が抱えるマーケティング上の諸問題

実践的マーケティング戦略案を考える前に、企業のマーケターが直面している問題を把

握することは、クラブ経営の側面から見て非常に重要である。

クラブは、一企業として一般の消費者の理解を獲得し、入場料およびグッズ販売による

売り上げの増加を達成しなければならない。クラブ経営は、観客動員数の増大なくして

成り立たないからだ。これは、一般の企業が顧客に対して行うマーケティング戦略と全

く同じ概念である。加えて、スポンサーシップという商品の顧客となるのは「企業」で

あり、企業に対する売り込みを容易なものとするには、多くの企業が抱えているマーケ

ティング課題を解決する策として、いかにスポーツ投資が有効であるかを証明しなけれ

ばならない。いずれにしても、マーケティング上の課題を理解しなければ、その解決策

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を見出すことは不可能なのである。

マーケティング戦略や戦術を策定する際に直面している課題の一覧

1. 対象とする適切なセグメントをいかに見つけ出し、選択できるか?

2. 競合企業に対して、いかに自社のオファーを差別化できるか?

3. 値下げを要求している顧客にどう対応すべきか?

4. 低コスト、低価格で攻めてくる国内、国外の競合とどう戦えるか?

5. 個々の顧客に対し、カスタマイゼーションをどの程度推し進められるか?

6. 事業を拡大するための主たる手段な何か?

7. どうすれば強力なブランドを構築できるか?

8. 顧客獲得にかかる費用をどの程度削減できるか?

9. どうすれば顧客ロイヤリティを長期間維持できるか?

10. どうすれば大切な顧客を見分けられるか?

11. どうすれば広告、SP、PR のペイバック(資本回収にかかる時間)を測定できるか?

12. どうすれば営業マンの効率をあげられるか?

13. どうすれば複数の流通チャネルを築き、かつチャネル間の対立を避けることができる

か?

14. どうすれば他部門をより顧客志向に変えることができるか?

企業発想から市場発想への転換

今日の経済状況は、テクノロジーとグローバリゼーションという二つの強力な要因によって形成されてい

る。(中略)革命的な技術革新は社会の物質的な基盤をつくるだけでなく、人間の思考パターンでさえ変え

てしまう重大な存在である。

「コトラーの戦略的マーケティング」の一文である。新世紀を迎え、この傾向はより一層

強くなってきており、企業は二、三年ごとに変化する市場に対応するための戦略を策定し

なければ市場から追い出される。

技術革新は従来の伝統的メディア(テレビ・ラジオ・活字媒体)に加え、新しい形態(イ

ンターネット・ケーブルテレビ・衛星放送・携帯電話等)を生み出した。新しいメディア

の登場は、消費者に「情報」という武器を与え、消費者が市場を掌握し始めるようになっ

た。買い手市場の到来である。その一方で、こうしたメディアの増殖は、情報過多をもた

らし、情報のゴミの山(公害)を築き上げた。人々の暮らしの隙間はメディアによって埋

め尽くされ、立ち止まって熟考することを許さない。これは、情報量の増大が知識の減少

を招いていることを示唆している。

情報過多の時代にあって、消費者は明らかに混乱している。以前ほど、ブランドへの執

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着心は強くないし(プライベート・ブランドやノーブランド品を受け入れる)、商品ベース

の特質や特徴による差別化ではなく、消費者ベースのカスタマイゼーションやサービス優

位性における差別化(川下)がマーケティング戦略上不可欠な要素になってきている。顧

客のニーズに応じた商品やサービスを提供しなければ売り上げには結びつかない。また、

インターネットの出現によって、オンライン上ですべての商取引が行われる時代がやがて

訪れるかもしれない。となれば、現在の市場シェア獲得を主眼においたマーケティング戦

略は通用しなくなる。消費者中心の市場では、「顧客ニーズにどう適応していくか」が 大

の課題であり、大量消費社会に見られた「製品の売り込み」からの脱却が図られなければ、

顧客シェアを獲得することはできないのである。

マーケティング・ミックスの策定

企業がマーケティング戦略を策定する上で用いられてきた 4P 理論は、買い手の視点では

なく、売り手の視点をもとにしているという指摘に注目したい。これは、消費者主導の市

場においては、買い手である消費者側から見た四つの『C』として表現し、そこから、マー

ケティング・ミックスを考えるべきであるとの考え方である。

4P 4C

製品(Product) 顧客にとっての価値(Customer Value)

価格(Price) 顧客負担(Cost to the Customer)

流通チャネル(Place) 入手の容易性(Convenience)

プロモーション(Promotion) コミュニケーション(Communication)

(Robert Lantenborn, New Marketing Litany: 4P’s Passe; C-Words Take Over, Advertising Age,

October 1, 1990, P.26.)

企業は 4C を基準にしてマーケティング・ミックスを策定し、それをベースにして 4P を

構築することで、顧客シェアの獲得が容易になるのではないだろうか。このことを理解し

たうえで、それぞれの「P」について検討していくべきなのだが、ここで、第一章で述べた

論文の主題を思い出していただきたい。

『スポーツを商品化して、顧客である企業と一般のスポーツファンとの相互理解をいかに

して達成していくのか』

この主題にマーケティング・ミックスの概念を当てはめると、『スポーツを顧客にとって

価値のある商品とし、クラブと顧客(企業とファン)との相互理解を達成するためには、

どのようなコミュニケーションを図っていけばよいのだろうか』ということになるのだが、

先ほどから述べているように、消費者中心の市場にあっては「商品化」が先ではなく、顧

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客とのコミュニケーションによって顧客ニーズを把握し、それに見合った商品開発に努め

る必要がある。つまり、「顧客を知る」ことがマーケティング戦略を策定する際の 重要課

題であると私は考える。

第四章 統合型マーケティング・コミュニケーション(IMC)への移行

顧客とのコミュニケーションを実現するためには、企業におけるプロモーション活動を

検討しなければならない。その手段として、広告・販売促進(SP)・PR・営業部隊・ダイレ

クト・マーケティングの五つが存在しているのだが、ここでは、「広告」と「ダイレクト・

マーケティング」の二つの切り口においてマーケティング手法を考えていく。

広告効果測定

広告は、企業やその製品、サービス、あるいは企業の姿勢や取り組みに対する消費者の

ブランド認知度を高めるうえで、もっとも強力な手段であると考えられていた。しかし、

技術革新による新しいメディアの出現に伴い、情報過多の時代に突入すると、特にテレビ

などのマス広告を通してあらゆる情報を効果的にかつ正確に消費者に送り届けることが難

しくなってきている。そもそも、マス広告は「到達範囲と頻度」という概念によって成長

を遂げてきた。企業のメッセージを必要としている一部のセグメントに訴えかけるのでは

なく、とにかく広く、そしてより多くの人間にメッセージを投げかけているのだ。これは、

テレビ CM における広告料金が、その視聴率によって決定されていたことからも明らかであ

る。しかし、消費者は情報が氾濫する中で混乱し、マス広告による情報を拒絶するように

なると、その威力は激減した。マス広告の存在価値を否定しているわけではなく、数多く

ある広告の中から消費者の記憶に残る、もしくは、消費者との関係を構築し、維持してい

くという目的を達成するための広告戦略を考えなければならない。

従来の「到達範囲と頻度」に重点をおいたマス広告は、市場での地位を確立し、莫大な

広告予算を持つ大企業(コカコーラなど)がアイデンティティの構築および維持を目的と

している場合には、成果を期待できるだろう。しかし、多くの企業の広告予算は限られて

いる。となれば、小額の予算でいかにして広告効果をあげるかを考えなければならない。

つまり、到達範囲と頻度という物差しを捨てて、「レシオ」を基準にした広告戦略を打ち立

てる必要がある。レシオとは、企業が広告に投資した費用あたりどれだけ売上げを上げら

れるかを指す。ひとつの広告を打つたびにその効果を売上げに基づいて計測する。

ジョン・スポールストラは「エスキモーが氷を買うとき~奇跡のマーケティング」の中

で『私の要求は、広告に投下する一ドルが四ドルの売り上げ増に直結することだ』と述べ

ている。広告の目的が、企業イメージやブランド認知度だけならば、その効果測定は困難

である。しかし、アイデンティティ構築とその場の売り込みを同時に達成することを目的

とすれば、その効果は簡単に測定することができる。このように、レシオを基準に広告戦

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略を策定することによって、広告効果を高めながら、費用を削減することも可能になる。

マーケット・セグメンテーション

レシオを基準にした広告戦略を策定する場合には、広告のメリットである「到達範囲の

広さ」を故意に「狭く」することが重要である。広告効果を高めるには、広告を適切な相

手に手渡すことができるかどうかが「カギ」を握っているのだ。印刷媒体などは、その良

い例だろう。雑誌や新聞などの活字媒体に掲載する広告は、その読者層がひとつのセグメ

ントに集中している傾向が他のメディア媒体と比較して、明らかに強い。読者層が明らか

であることは、自社の商品に関する情報を必要としている、もしくは興味を持っている人々

に確実に情報を提供できる。これらの人々は、企業にとってコミュニケーションを図るべ

き顧客なのである。

広告によって売上高を増やすには、従来の人口統計的なセグメンテーションではなく、

ただひとつのセグメントに分けるだけでよい。そのセグメントとは、自社の商品に関心が

あるとわかっている「見込み顧客」である。そのターゲット顧客に対しての広告を集中さ

せることによって、売上げの増大を達成することが可能になる。

顧客の購入頻度を高める~データベース・マーケティングの積極的活用~

自社の商品に何らかの形で関心を示している人々に商品の購入を促すことは、自社に関

する情報をまったく持っていない消費者を相手にするよりも簡単である。顧客の購入頻度

を高めることは、ビジネスを築き上げるうえで 良の、そしてもっとも効率的な方法であ

る。マーケティング戦略は、現在の顧客を「ロイヤリティの高い顧客」へと変えていくと

ころからスタートするべきなのである。

企業は、自社の商品に関心がある人たちの名前を集め、自社のデータベースを作り、そ

れを軸に顧客との接触を図っていくことによって、経営を軌道に乗せることができるのだ。

CRM(Customer Relationship Management)の導入

データベース・マーケティングを活用し、現在の顧客の購入頻度を高めるためには、従

来のダイレクト・マーケティング(DM)を進歩させた「CRM」の導入が欠かせない。

市場がより細かく細分化された社会では、データベース・マーケティングの重要度が増

してきている。個々のセグメントやニッチだけでなく、「セグメント・ワン」と呼ばれる顧

客一人ひとりに対して、より効率的なアプローチが可能となった。企業と顧客との相互理

解を深め、両者の関係(取引)が継続されることによって、顧客は個人のライフスタイル

に適した商品(価値の高い商品)を受け取ることが可能となり、企業はその顧客からの安

定した収入が約束される。

さらに、CRM を導入する理由として「80 対 20 の法則」があげられる。これは、どんな状

況においても、「仕事量」のほぼ 80%はそれにかかわった人の 20%によって達成されてい

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るという法則である。これを、企業の売上高に当てはめると、「売上高」のほぼ 80%は 20%

の顧客によってもたらされている、ということになる。ならば、その 20%の顧客との関係

を維持していくことを 重要課題としてマーケティング戦略を策定することは、企業の安

定した収入源の確保につながるのである。

これは、他の 80%の顧客を無視しても構わないということではない。新しい顧客を獲得

することは、今の時代にあって労力のいる作業であり、現存する顧客を安易に切り捨てる

ことなどあってはならない。しかし、20%に属する大口の得意客と 80%に属する小口の得

意客に分けて考えることを怠れば、それは企業の収益に直接打撃を与える。「顧客を区別す

ることなどあってはならない」などという考えは今すぐに捨てることをお勧めする。自社

にとって双方が大切な顧客であることに違いはないが、企業の商品に対する忠誠心は明ら

かに異なる。それは、マーケティング戦略上の相違を意味しているからである。

企業はすべての顧客をつなぎとめておくことはできない。しかし、顧客を分けて考える

ことによって、大口の得意客を失うことは避けられるはずである。

アテンション・メカニクス

第三章で述べたように、消費者は情報過多の時代にあって混乱している。そのため、新

しい情報を受け入れるだけの余裕がなくなってきている。このため、消費者は購買活動に

楽しみを感じなくなり、保守的になることが予想される。

エイブラハム・マズローの欲求階層分類は(下段から:生理的・安全性・社会的・評価・

自己実現)本質的にははしご状になっていて、 下段の欲求を満たさなければ上段に進む

ことはできない。つまり、欲求が満たされなければ人間の成長は阻害される。ブランドに

も欲求の階層があると考えると、まず他の何よりもブランドは「アテンション」を必要と

するのではないかと考える。アテンションの獲得なくして、上段に位置する、ブランドの

理解や好意、評価、感謝や愛情、そして、誠実な信頼関係を獲得することは出来ない。そ

れは、ひとたび消費者のアテンションを獲得することに成功し、なおかつ CRM を導入する

ことによって、顧客との健全で長期的な関係構築が容易になることを示唆している。

消費者のアテンション獲得は、企業にとって新しい顧客獲得に大きく前進したことを意

味する。ならば、アテンションを獲得するためのマーケティング戦略を策定すれば良い。

人工知能研究者のデビット・マーは「視覚とは外界の映像から関係のない情報のガラ

クタを除去して、使い勝手のよい状態に描き換えるプロセスである」と説明している。ま

た、心理学者によると、人間の意識は類似物を無視し、「異質」なものに関心を向けるよう

に設計されている。加えて、人間の脳は取り込む量よりもはるかに多くの量の情報を除去

している。

このことから、処理しきれないあらゆる情報の中から消費者の注意を自社の製品に向け

させるには、「消費者にとって魅力的な情報(商品)を異質な方法で伝達する」必要がある

となるのだが、あまりにも抽象的でまったくイメージが沸かない。

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そこで、ジョン・スポールストラ氏が取り入れてきた「常識破りのマーケティング」を、

消費者のアテンション獲得の手法として提案する。

ここで、常識破りのマーケティングの成功例を見てみることにする。

AOL スティーブ・ケースの戦略

アメリカ・オンライン(AOL)の CEO、スティーブ・ケースは 90 年代の中頃、強大な力を持

つ競合企業、シアーズ、IBM、そして、H アンド R・ブロックを相手に戦いを挑まなければ

ならなかった。

ケースの戦略は、AOL 専用のコンピューター用ディスク 2 億 5000 万枚を、怒涛のように

配りまくった。そのディスクを使えば、AOL 専用のソフトウェアをインストールして、一ヶ

月間 AOL に無料接続できる、というものだった。現在、日本国内において Yahoo!BB が行っ

ている街頭でのモデム無料配布キャンペーンは、AOL の戦略を真似た戦略である。

当時、AOL の無料ディスクは国中のいたるところで配布されており、アメリカ国民の大多

数が何らかの形で無料ディスクを手にしていた。この戦略によって、契約者数がわずか 30

万人、『年間』売上高が 4000 万ドルの一企業が、2年後には新規顧客のほとんどを獲得し、

契約者数 2300 万人、『月間』売上高は 2億 9800 万ドルの大企業へと成長した。

その一方で、コンピュサーブ(Hアンド R・ブロック)とプロディジー(シアーズと IBM)

は、大金を投入して消費者にソフトウェアを買わせたうえに、さらに毎月の利用料金を取

ろうとしていた。

AOL の無料お試しキャンペーンが成功したのは、消費者の好奇心を刺激することに徹した

からだ。消費者に、39 ドル 95 セントを払うか無料かの選択を促し、さらには、接続した

初の月は無料サービスという付加価値をつけることによって、新規の顧客をすべて取り込

み、そのうえで競合他社から契約者を奪い取ることに成功した。

(ジョン・スポールストラ著、エスキモーが氷を買うとき、p101~p109)

もし AOL が他の競合企業と同様のマーケティング戦略を実施していたなら、この成功は

実現しなかっただろう。ネットワーク接続という新たなイノベーションの導入時期におい

て、消費者がお金を払ってまで「欲しい」商品(ソフトウェア)を無料で提供することは、

「常識破りのマーケティング」であった。AOL は「とにかく試してみよう」というメッセー

ジを消費者に伝達してきた。この売り込み方法には、消費者の記憶に残るだけの「粘り」

の要素が含まれていたと考えられる。広告宣伝業界では、ある広告を憶えてもらいたいと

思ったら、 低 6 回は繰り返さなければならないというのが鉄則になっている。興味深い

ことに、ジョン・スポールストラ氏が、AOL の無料ディスクを実際に試したのが「6枚目」

を手にしたときだった。

このように、常識破りのマーケティングは、消費者の好奇心を刺激し、アテンション獲

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得を容易にする。そして、企業は常識破りであり続けることで、常に消費者との対話を続

けなければならない。

コミュニケーション・ネットワークの構築

ここまで、さまざまな角度から顧客とのコミュニケーションを実現させるためのマーケ

ティング手法を見てきたが、これらの手法は「ネットワーク」を構築することで完成する。

市場が消費者中心へシフトし、これまでのマーケティング戦略はもはや通用しなくなっ

たため、企業はマーケティング戦略の再構築が必要になり、第三章で企業における 大の

マーケティング課題が「顧客を知る」ことであると述べた。その解決策を見出すべく、マ

ーケティング・コミュニケーション・ツールを再検討してきたわけだが、その結論として、

統合型マーケティング・コミュニケーション(IMC)への移行を提案する。

マーケティング・ツールにはそれぞれ特徴があり(広告はブランド確立、認知度とイメ

ージ向上、ダイレクト・マーケティングはロイヤリティの構築と販売効率性の導入など)

それぞれが専門の領域を担当してきた。ここで存在する、それぞれのマーケティング領域

間の隔絶が、消費者に統一したメッセージを伝達することを難しくし、今日のマーケティ

ング投資の威力低下に結びついているのである。

マーケティング戦略を策定する際に「ネットワーキング」の概念を取り入れることで、

それぞれのコミュニケーション・ツールが互いに関わりあい、ネットワークを形成し、こ

れまでバラバラに存在していたときには持ちえなかったような力が生まれ、その力によっ

て「顧客を知る」というマーケティング課題を達成することができるではないだろうか。

こうした、コミュニケーション・ネットワークを利用することによって、企業と顧客が

接する機会が拡がる。そして、企業はその一つひとつの接点において何らかの印象を顧客

に与えることになる。顧客との継続的な関係を望むのであれば、すべての接点において、

首尾一貫した肯定的なメッセージを伝えるように努力しなければならない。さらに、ネッ

トワーク化のもっとも基本的な手法であるマルチメディア・キャンペーン(複数のメディ

アを横断する)を展開するために、顧客をより詳しい情報へエスコートする術を身につけ

なければならない。優れたマーケティング・プランの目標は、顧客ではなかった人々を、

自社商品を必要とするかもしれない潜在顧客とし、さらには買い物客、購入客へと導き、

顧客からブランドへのロイヤリティの高いリピーターとしての支持を集め、 終的に、伝

道活動(口コミ)に導いていくというものである。(図を参照)

人々 → 潜在顧客 → 買物客 → 購入客 → ロイヤリティのある顧客

経路の始まりに近いほど、マス・コミュニケーションがより効果的であり、経路の 終

段階に近いほど、ワン・トゥ・ワン・コミュニケーションが重要になってくる、というの

が一般的な考えである。コミュニケーション・プランを構築する際に細心の注意を払わな

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ければならないのは、アテンション獲得からロイヤリティという目的地までの経路上で、

顧客との接触チャネルをいつも開放しておき、顧客が先へ先へとスムーズに進めるように

工夫を凝らすことである。

処理能力を遥かに上回る量の情報と格闘する毎日の中で、消費者は明らかに混乱してい

る。加えて、市場に溢れているとんでもない数の似通った商品群の中から、ひとつの商品

(自社の商品を選択してもらうために)を購入するまでにはかなりの「労力」を必要とす

る。そうした多岐にわたる問題を解決することが、マーケティングの役割といえるのでは

ないだろうか。

『すべてのマーケティング要素をひとつに統合し、企業のマーケティング・メッセージ

を統一することによって、人々と企業の間にコミュニケーションが育まれる』これこそ、

企業のマーケティング目的であり、それは「企業の利益」と「顧客満足」という 高の結

果をもたらすに違いない。

もうひとつのマーケティング課題

マルコム・グラッドウェルは「なぜあの商品は急に売れ出したのか」の中で、口コミ感

染をブレイクさせるための三つの基本法則を『少数者の法則』『粘りの要素』『背景の力』

だと定義している。

この章において、さまざまマーケティング手法を考えていく中で、これら三つの基本法

則のうち二つの法則(少数者・粘り)が含まれていたことに気づいただろうか。

これまで、「企業と個別の消費者との関係」に焦点を当てて、マーケティング戦略策定の

プロセスを見てきたわけだが、インターネットメディアの出現は、「消費者間のつながり」

をどうマーケティングに利用するのかという課題を生み出した。この消費者間のつながり

をマーケティングに取り入れることで、三つめの要素である「背景の力」を手にすること

ができる。

消費者間のネットワークが形成された社会では、消費者をマーケティング・ツールとし

て認識する必要がある。情報過多の時代にあって「口コミ」による情報は、企業からの情

報よりも信頼性が高く、その情報に基づいて購買の意思決定をしている消費者が増えてい

ることが、さまざまな調査結果から明らかになっている。

企業にとって、消費者ネットワークを把握し、消費者間での情報交換(口コミ)をコン

トロールすることは、市場での地位を確立・維持し、長期的な成長を約束する。

「口コミ」は新しいモノに対して発生する。となれば、現在の情報化社会において、常

に口コミの対象となるものは変化していることになる。しかし、三つの基本法則を絶えず

実践していくことで、新たな口コミを誕生させることが可能だ。そして、「常識破りのマー

ケティング」によって人々のアテンションを獲得し、「常識破りであり続ける」ことで顧客

との対話を維持し、顧客の意思決定に関与していくことで、企業は口コミによるマーケテ

ィングを長期的なスパンで達成することができるのである。

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検証結果

多くの企業が抱えている問題の根が過少な売上高にあるとすれば、マーケティングを武器

に売上高を増加させることで、『企業の健全な経営』および『利益を生む成長』が約束され

るはずである。

ごく一部の限られた大企業は、莫大なマーケティング予算を準備できるため、従来のマ

ーケティング手法(到達範囲と頻度)でも、効果を期待できる。着実に、かつ確実に成長

を続けているときには、リスクを犯して「常識破りのマーケティング」に着手する必要は

ないというのが一般的な考えである。これは、明らかに間違っている。しかし、ここで議

論すべきなのは、こうした大企業ではない。

現在、多くの企業は情報化とグローバル化の波に呑み込まれ、あらゆる問題を抱えてい

る。その問題の根源を「過少な売上高」に集約してしまってよいのか、との疑問があるこ

とは承知の上でこの仮説を立てた。

これまで、限られた予算内でも、マーケティング戦略を工夫することによって、消費者

との間に長期的な関係を構築し、それが「企業利益」と「顧客満足」に結びつくことを証

明してきた。消費者中心の市場において、消費者との関係強化が 大の課題である。「顧客

を知る」唯一の手段は「マーケティング」であり、優れたマーケティング・プランによっ

て顧客をリピーターとして囲い込み、消費者間のネットワークをコントロールできれば、

企業が抱える多くの問題は解消されるはずである。

第五章 プロサッカークラブをつくろう!!

第三章と第四章で見てきたマーケティング戦略を、実際にスポーツクラブの経営に当ては

めることによって、論文の主題でもある『スポーツを商品化して、顧客である企業と一般

のスポーツファンとの相互理解をいかにして達成していくのか』について具体的な提案を

していく。便宜上、架空のプロサッカークラブのマーケティング部門責任者という設定で

話しを進めていく。

クラブ・プロフィール

クラブ名は『リアル FC』創立 100 周年を誇る名門クラブである。国内リーグ戦では 13 回

の優勝経験を持ち、20 年前にはクラブ世界一にも輝いている。しかし、ここ 15 年間優勝か

ら見放され、5年前にはクラブ史上初の二部リーグ降格を経験。今シーズン、国内一部リー

部復帰を果たすのだが、現在、深刻な経営難に苦しんでいる。そのため、有力選手の獲得

はおろか、昨年の主力メンバー三人を資金難から売り払ってしまった。それでも、赤字を

出さずに済んでいたのは、リーグ自体の運営方法にあった。サラリーキャップ制の導入と

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テレビ放映権料の分配システムにより、ある程度の収入がリーグから保証されているのだ。

それでも、リアル FC の戦力ダウンは必至の状況で、このままでは一部残留は難しい。さ

らに、近年の成績不振と地元のライバルチームの躍進もあり、観客動員数は激減。4万 5000

人収容のスタジアムで、昨年の平均入場者数は 1万 2000 人。スポンサーシップ収入、テレ

ビ放映権料はともに微増。そんな状況の中で、私に課せられた使命は、観客を動員し、ス

ポンサーシップを企業に売り込むこと。クラブの成績ではなく、クラブ経営の再建を託さ

れたのである。

ファン獲得のためのマーケティング戦略

与えられたマーケティング予算は、微々たるものだ。限られた予算の中で、いかにして

売上高を伸ばすことが唯一の目的だった。

この唯一の目的を達成可能とするのは、『常識破りのマーケティング』を導入することで

ある。そして、スポーツ業界全体で 高のチケット販売部門になるためには何が必要なの

かを問いかける必要がある。チケット販売部門の強化は、売上高に直結する。

リアル FC は、これまで「年間指定席」以外のチケット販売を外部に委託していたため、

事実上、チケット販売部門は存在していなかったことになる。まず、外部委託を撤廃し、

自前のチケット販売部門を設置。これによって、これまでの年間指定席という限られたチ

ケットパッケージに捉われない、顧客のニーズに応じたさまざまな商品の提供が可能にな

る。

次に、データベース・マーケティングの積極的活用に着手すべきである。幸いにもリア

ル FC には、12 万人分の顧客情報があった。これは、単なる情報ではなく、年間指定席保有

者も含めて以前に何らかの形で、リアル FC の商品に関心を示したことのある顧客のデータ

である。現在の年間指定席保有者に対しては、当然のことながら、年間指定席の更新を促

すように接し、何らかの事情で更新ができないような顧客に対しては、それに変わるチケ

ットパッケージを提案する。また、一ゲーム毎のチケット購入者に対しては、その観戦の

頻度を少しだけ増やしてもらうように働きかける。例えば、五試合毎の観戦につき、ペア

で希望試合のチケットをプレゼントするキャンペーンの実施、もしくは、選手のサイン入

りグッズでもよいだろう。CRM を導入し、顧客一人ひとりと効率的なアプローチを実現する

ことによって、顧客の趣向やライフスタイルに適したチケットパッケージの開発やキャン

ペーンを実施することが容易になるだろう。一度、リアル FC に関心を持っている人々のデ

ータベースを作成すれば、何度でも利用することができる。さまざまなチケットパッケー

ジを載せたカタログを郵送するなどして、顧客データベースに記載されている名前に執着

することで売上高は飛躍的に伸びる。ここでは、具体的にどういった活動をすべきかに関

しての議論はできない。なぜなら、CRM では顧客一人ひとりとの対話を前提としているもの

であって、データベースを元に顧客との接点を見出し、そこから具体策を導き出していく

からである。

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次に、新規の顧客を獲得するための戦略を策定する。これまで指摘してきたように、新

しい顧客の獲得は、非常の困難な作業である。どんなに優れた営業担当者を雇ったとして

も、一筋縄ではいかない。新規の顧客を獲得するためには、まさに「常識破り」なアイデ

ィアが必要である。今まで、スポーツ観戦にまったくの興味を示さず、見向きもしてこな

かった人々を簡単に振り向かせることができれば、ここでマーケティング戦略について議

論するまでもない。ひとつの解決策として考えられるのが、「消費者ネットワーク」を 大

限に活かす方法である。感染の臨界点を意図的につくりだし、「スポーツ観戦」を口コミに

よって広めることで、新規の顧客獲得を期待できるだろう。しかし、口コミ感染をつくり

あげるためには、やはり「常識破り」なアイディアが必要である。

それならば「常識破り」なアイディアが生まれるような社風を作ればよい。その「常識

破り」なアイディアが何なのかを説明することなどできない。組織論的な展開になるが、

人間は革新的なものを避けようとする傾向がある。そのような企業からイノベーションが

起こるとは考えられない。変化への恐怖心を社員から取り除き、会社が新しいアイディア

や改善のための思考プロセスを重視していることを強調することによって、イノベーショ

ンを歓迎する社風を築き上げることで、「常識破り」なアイディアを見出すことができるよ

うになるだろう。

試合を観戦した人々に「満足」してもらわなければ、その人はもう二度とチケットを購

入することはないという危機感を常に持っていなければならない。たった一度のミスが、

顧客の忠誠心を失い、それはその顧客を永遠に失うことを意味する。

リアル FC の戦力から見て、今シーズンの成績はほとんど期待できない。しかし、「試合

に勝てばファンは必ず来る」わけではないし、逆に、「試合に負ければファンを呼ぶことが

できない」わけでもない。確かに、スポーツの商品価値は「プレーの質」そのものではあ

るが、決してそれだけではないのだ。

ファンがチケットを購入してくれた見返りとして、クラブはゲームの観戦を楽しい思い

出にしてもらうための努力を怠ってはならない。確かに、クラブの勝利ほど売上げに貢献

する要素はないかもしれない。しかし、サッカーの試合はサッカーだけを商品としている

わけではないことを肝に銘じておく必要がある。

『プロスポーツチームは、エンターテイメント企業である』と認識をすることによって、

試合以外の場所でも「顧客満足」を実現することが必要であることを示唆している。

マーク・ゴーベ著の「エモーショナル・ブランディング―こころに響くブランド戦略」

は、人々の五感に訴えるブランド・デザイン戦略の重要性を説いている。スタジアムに足

を運んでくれた人々、もう一度来たい、と思わせるような演出を準備し、人々の五感を常

に刺激し続けることによって、継続的な関係を構築する。コミュニケーション・ネットワ

ークを駆使して、一貫性のあるメッセージを提供し、ひとつの物語を完成させる。そうし

た体験は、消費者の記憶にインプットされ、消費者はそのクラブと関連のある豊かな記憶

のネットワークを構築する。ブランド・ネットワークの構築は、第四章で述べた「ブラン

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ド欲求の階層説」において消費者を 上段(誠実な信頼関係)まで到達していることを示

している。

しかし、ここで注意しなければならないのは、仮にスタジアムを満員にできたとすると、

そこには 4万 5000 人という巨大なマーケティング対象者がいるという事実だ。その中には、

純粋なサポーターもいれば、熱狂的なサポーターもいる。サッカーにまったく関心のない

観客、対戦相手のサポーターなど、多種多様なセグメントが一箇所に集まっている。その

一人ひとりに対して、それぞれの物語を作るための演出を施すのは、新しい顧客を獲得す

る以上に「常識破りのマーケティング」を必要とするということである。

スポンサーシップ獲得のためのマーケティング戦略

観客数の増加に伴って、グッズ販売など他の分野の収入は自然に伸びるだろう。さらに、

以前にも増して集客力のあがったリアル FC の広告価値は飛躍的に上昇し、企業のスポンサ

ーシップ獲得が容易になる。スポーツチームの広告価値は、そのチームにどれほど注目が

集まっているかによって決まるため、観客数やテレビ視聴率に大きく左右される。そして、

当然ながら、その価値がクラブの収入に結びつくのだというのが一般的なスポンサーシッ

プに対する思い込みである。

企業にスポンサーシップを売り込むために必要な武器は「レシオ」である。スポンサー

シップ費用を1として、どれだけの売上高を期待できるかを示すだけで、企業は間違いな

く飛びついてくる。企業は慈善ではない。何の見返りもない場所に投資する企業は存在し

ない。

顧客としての企業が、クラブのスポンサーシップを購入することは、その企業のコミュ

ニケーション・ネットワークの一部になることを意味する。決して安くはないスポンサー

シップを売り込むための戦略を策定することは生易しいことではない。スポンサーシップ

を売るという行為は、顧客である企業のスポンサーシップを成功させるために必要なこと

をすべてしなければならない、という責務が生まれることを認識しなければならない。こ

れは、クラブと企業の相互理解を図り、両者の関係を明確にするうえで非常に重要である。

クラブチームのスポンサーシップは、通常のマーケティングとは異なることもあわせて

理解しておかなければならない。それは、スポンサーシップを購入した企業は、自社の顧

客に対するプロモーション活動の一環としてスポンサーシップの権利を利用することはも

ちろん、クラブチームが抱える顧客をも企業のマーケティング対象として接する権利が多

くの場合与えられていることである。リアル FC の持つ 12 万人分のデータベース、さらに

は、スタジアムに集まった 4万 5000 人、メディアを通して試合を観戦している数多くの人々

すべてがマーケティング対象者になっている。スポンサーシップの 大の魅力は、この一

部分に集約されていると言っても過言ではないほど、アテンション獲得の場として 高の

マーケティング・ツールなのである。

問題は、いかにしてその権利を行使する(させる)かである。目の前にいる人々を、企

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業の見込み顧客として変貌させるための「サポート案」をクラブは企業にスポンサーシッ

プを売り込む際に準備しなければならないのだ。スポンサーの売上げに貢献しなければ、

継続的な関係を維持していくことはできないのである。

クラブチームの広告価値は、外部的要因によってのみ決定されるものではない。スポン

サーシップを顧客である企業とその先に存在しているエンドユーザーの取引を円滑にする

ための機会と捉え、そこに「常識破り」のアイディアを加えることによって、スポンサー

シップの広告価値を高めることができる。そして、スポンサーシップによって、企業の新

規顧客が増え、売上高に結びつくことを示すことによって、売り込みは容易になるはずで

ある。

こうして 3年後には、リアル FC の観客動員数、スポンサーシップの売上げとも一位を記

録したかどうかは定かではない。

終章 日本のプロスポーツを考える

日本の二大プロスポーツといえば、プロ野球と J リーグ。日本のプロスポーツを考えて

いくうえで、両者のシステムの基本構造を知ることは大いに意味を持つ。

プロ野球のシステムと現状

プロ野球のシステムは、「企業の宣伝媒体」として成立している。しかし、すべての選手

と「プロ」契約をしているという点で、このシステムは企業スポーツとは根本的に構造が

異なる。そして、宣伝媒体としてのキーワードは『少数精鋭』12 球団という限られたチー

ム数を長年にわたって維持しているのは、少数であるからこそ、高い宣伝効果を持ち、だ

からこそ選手への高い年俸を支払うことができる。

パ・リーグの多くのチームは財政上、赤字を計上しているため、興行という意味では成

立していない。広告と入場料・グッズ販売等の収入と選手の給与バランスがとれていない

のだ。(パ・リーグにはテレビ放映権料は入らない)しかし、赤字分は親会社が広告費の名

目で補填する。赤字分を補填するのは、プロ野球チームを持つことが金額以上の宣伝効果

をもたらすからであり、もし仮に金額以上の宣伝効果が期待できないのであれば、システ

ム上手放すことは可能である。

これとは別に、日本プロ野球界を支えているのが、読売ジャイアンツの存在であること

は明らかである。日本におけるナンバーワン人気を誇るジャイアンツの存在が、プロ野球

を価値のある宣伝媒体として成立させている一番の要因であろう。巨人ブランドの集客力、

高視聴率は、他のセ・リーグ球団に入場料とテレビ放映権料という形で莫大な収入をもた

らす。ジャイアンツが、全国規模の人気を誇るようになったのはメディア(読売グループ)

との連携による要素が大きいことは紛れもない事実であるが、現状のシステムではジャイ

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アンツの存在なくして、プロ野球の存続は考えらない。

しかし、ジャイアンツへの戦力集中(ドラフト逆指名制度や FA 制度)によるチーム間の

戦力格差、リーグ間格差は、人々のプロ野球離れに拍車をかける恐れがある。

これは、あくまでも個人的見解ではあるが、ジャイアンツの取り組みを一企業として見

れば、何ら非難を浴びる対象では無いのではないだろうか。豊富な資金力を武器に、必要

な戦力を補充し、さらに魅力的なチーム作りを進めていく。ジャイアンツは、常に勝つこ

とをファンに求められており、そうしたファンの期待に応えるべく資金を投入する。企業

として、当然の意思決定を行っているとは考えられないものだろうか。私は、むしろ他球

団に問題があるのではないかと考える。ジャイアンツ頼みの経営、自社の商品に価値を生

み出し、それを元に収入を得るという一般の企業では当然の概念が欠如しているように思

えてならない。プロ野球チームを一企業と見なすことには多少の無理があるかもしれない。

しかし、各球団が経営努力を怠り、魅力あるチーム作りをしてこなかった結果が、ジャイ

アンツへの戦力集中を招いたのではないだろうか。

プロ野球チーム別観客動員数(2000 年~2002 年)

2000 2001 2002

巨人 53,777 53,736 54,050

中日 36,981(40,500) 34,579(40,500) 34,343(40,036)

横浜 24,693(29,615) 24,000(29,714) 21,929(28,571)

ヤクルト 22,959(40,357) 26,429(40,857) 25,671(40,571)

広島 16,510(22,714) 14,157(20,571) 14,971(20,500)

阪神 35,089(49,231) 29,671(46,286) 38,257(49,500)

セ・リーグ平均 31,668(39,367) 30,429(38,611) 31,539(38,871)

福岡ダイエー 40,877 43,571 44,414

西武 26,149 24,200 24,029

日本ハム 21,947 19,657 18,000

オリックス 18,221 15,329 15,700

千葉ロッテ 17,574 18,586 17,286

大阪近鉄 16,993 22,757 19,286

パ・リーグ平均 23,619 24,017 23,119

全試合平均 27,648 27,223 27,328

(括弧内の数字は対巨人戦の平均観客動員数)

では、各球団にマーケティングの概念を取り入れてみてはどうだろうか。親会社の宣伝

効果の維持(プロ野球のシステム・概念)を前提としたうえで、観客動員数を増やすため

に顧客データベースを活用した CRM の導入、さらには球場内限定のスポンサーシップなど

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(球場内限定としたのは、親会社のメディアによる宣伝効果の維持目的)現状のシステム

を維持したうえで、マーケティングの概念を導入すべき箇所はいくつも存在している。ジ

ャイアンツの戦略がすべて正しいとは言わないが、いつまでも巨人頼みの経営を続けてい

ては、近い将来、チームの身売りを考えなければならない球団が出てくることは避けられ

ない。また、一連のマーケティング活動によって収入を増やすだけでなく、球団としての

アイデンティティを構築し、それを内外にアピールしていくことで、一流選手の FA による

他チーム(巨人)流出を防ぎ、新人選手に「このチームでプレーしたい」と思わせるよう

な魅力あるチーム作りを心がけるべきである。さらに、満員のスタジアムでプレーする喜

びを選手に与え、注目が集まれば、巨人戦以外のテレビ中継も増えることが期待できる。

プロ野球は地域密着を理念として掲げてはいないが、全国区の人気を誇る球団はジャイ

アンツだけであり、多くの人々は地元球団を応援している。その証拠に地域密着色の強い

球団、中日・阪神・福岡ダイエーの観客動員数は巨人には遠く及ばないものの、Jリーグの

どのクラブよりもはるかに集客力は高い。

確かに関東(6 球団)・関西地区(3 球団)に球団が集中してしまっているという問題もある

が、各球団が経営努力を怠らなければ、巨人頼み、親会社頼みの経営から脱却し、独立採

算を実現可能とする野球文化が日本には備わっている。(選手に支払う高年俸が問題)野球

ほど、日本人に愛され続けているスポーツはない。長嶋茂雄読売ジャイアンツ終身名誉監

督ほど、日本人に愛されているスポーツ選手は存在しない。

野球にマーケティング手法を取り入れ、そこから得た収入を社会もしくは地域に還元し

ていくことで、地域コミュニティーを活性化させ、スポーツ文化を浸透させるという考え

方はできないものだろうか。

J リーグのシステムと現状

J リーグについては、第一章でその理念を述べたので簡単に振り返ると、Jリーグの基礎

となるのは、地域密着の考え方である。全国各地にクラブチームを作り、J1 をトップに、

市町村レベルまでリーグを組織することで、理論上はどのクラブチームでも J1 を目指すこ

とができる。実際に都道府県レベルでは、『サスパ草津』や『沖縄かりゆし FC』などが Jリ

ーグ昇格を目指し法人化するなど、底辺の拡大が見られる。J リーグの歴史を振り返ると、

1993 年にわずか 10 チームでスタートし、2002 年には、J1・J2 合わせて 28 チームまで規模

が拡大。さらに、地域密着という観点から見ると、札幌や仙台などが高い観客動員数を誇

り、 近では J2 ながら新潟も Jリーグトップクラスの観客動員を記録するなど、地域密着

の理念が浸透してきたように思える。しかし、全体を見渡すと観客数の上昇が見られるの

はごく一部のクラブであり、クラブ経営が安定している状況には達していない。

(J リーグの観客動員数データは次ページを参照のこと)

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J リーグチーム別観客動員数(1999 年~2002 年) 赤字はJ2所属 出典:FC東京公式ホームページ

1999 2000 2001 2002

浦和レッズ 21,276 16,923 26,270 26,296

横浜F・マリノス 20,095 16,644 20,595 24,108

鹿島アントラーズ 17,049 17,507 22,425 21,590

名古屋グランパス 14,688 14,114 16,974 16,323

清水エスパレス 12,883 12,422 15,973 14,963

ジュビロ磐田 12,273 12,534 16,650 16,564

アビスパ福岡 11,467 13,612 13,822 6,491

セレッソ大阪 10,216 13,548 11,857 7,952

柏レイソル 10,122 10,037 12,477 12,762

東京ヴェルディ 1969 9,379 7,609 19,396 15,128

サンフレッチェ広島 9,377 8,865 9,916 10,941

京都パープルサンガ 8,859 7,253 3,808 10,352

ガンバ大阪 7,996 9,794 11,723 12,762

ヴィッセル神戸 7,691 7,512 13,872 10,467

湘南ベルマーレ 7,388 4,968 4,112 4,551

ジェフ市原 5,744 6,338 7,818 7,897

コンサドーレ札幌 10,986 12,910 22,228 19,140

ベガルタ仙台 7,470 8,885 14,011 21,862

川崎フロンターレ 5,396 7,439 3,784 5,247

アルビレックス新潟 4,211 4,007 16,659 21,478

大分トリニータ 3,886 4,818 6,638 12,349

FC東京 3,498 11,807 22,313 22,173

サガン鳥栖 3,385 3,714 3,479 3,890

モンテディオ山形 2,980 3,468 4,391 3,755

大宮アルディージャ 2,674 3,477 3,864 3,477

ヴァンフォーレ甲府 1,469 3,130 3,130 4,914

水戸ホーリホック ‐ 2,021 1,559 2,739

横浜FC ‐ ‐ 3,007 3,477

J1全試合平均 11,658(-2.7%) 11,065(-5.1%) 16,548(+49.6%) 16,368(-1.1%)

J2全試合平均 4,596(初年度) 6,095(+32.6%) 5,703(-6.4%) 6,842(+20.0%)

J1・J2リーグ戦総観客動員数 3,625,222(-1.1%) 3,996,373(+10.2%) 5,477,137(+37.1%) 5,734,607(+4.7%)

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Jリーグのテレビ視聴率に目を向けるとさらに問題は深刻だ。というより、サッカー文

化が確立していない状況では、全国ネットで試合を放送したところで、低調な視聴率で終

わるのは至極当然。ワールドカップで記録した高視聴率を期待してか、セカンド・ステー

ジの開幕戦、仙台対鹿島戦(8 月 31 日)を TBS が生中継。民法テレビによる地上波でのリ

ーグ戦をゴールデンタイムの枠で放送するのは、実に 2 年半ぶりのことだとか。結果は、

予想通りというか、わずか 4.3%と低調だった。そもそも、日本代表戦とリーグ戦は同じス

ポーツでありながら、その注目度には明らかに差がある。参考までに、2002FIFA ワールド

カップ TM グループリーグ・日本対ロシア戦の視聴率は 66.1%。

J リーグが開幕して 10 年。各クラブは一企業として、自立しなければならない。J リー

グでは、1999 年からサッカービジネスとクラブ運営における人材育成を目的に「ゼネラル

マネジャー講座」を開催。さらに、2000 年からは各クラブの運営担当者などを対象にクラ

ブマネジメントやマーケティングに関する研修を行うなどして、企業努力を促す取り組み

を始めた。いまや、ヨーロッパのビッグクラブは世界市場を視野に入れたビジネスを展開

している。これは、Jリーグのクラブもこうしたビッグクラブとの競争に強いられること

に危機感を持ち、しっかりとした競争力を身につけなければ、経営は圧迫され、 悪の場

合は破産に追い込まれる。そうした状況は、Jリーグにとっても、サッカー界にとっても

好ましいものではない。Jリーグの理念を浸透させ、サッカー文化を根付かせるためにも、

クラブは真剣に経営に取り組まなければならない。

他の競技の取り組み

日本ラグビーの将来像を語り合う「朝日ラグビーフォーラム 2003 社会人大会からトッ

プリーグへ」が 1月 8日に開催された。

日本ラグビー協会は、ファンの皆さんに愛され、人気あるスポーツにするというビジョ

ンを掲げ、代表強化、競技人口増加、競技水準向上、観客数増加という四つの具体的な目

標を定めた。

2003 年からは、従来の全国社会人大会からトップリーグへ移行する。しかし、結局は企

業ベースから脱していない。ラグビー界の名門、サントリーラグビー部長兼チームディレ

クターの稲垣氏の言葉を引用すると「サントリーは今、スポーツは経営面のカギと位置づ

けています。企業としてどれだけ多くの人に愛され、認知されるかが大事だからです。ト

ップリーグでも社会貢献、人材育成を前面にアピールしたい」だそうだ。

企業スポーツは今、曲がり角にあることを認めながら、リーグの呼び名だけを変えた改

革で満足しているように思えてならない。確かに、日本代表が強くなり、ワールドカップ

でよい成績を残すことも大切かもしれない。しかし、それだけでは国内リーグは繁栄しな

い。ラグビー協会の人間から「クラブチーム構想」や「経営努力」などの発言がなかった

ことは非常に残念でならない。かつて、バレーボールが V リーグに変更し、バスケットボ

ールが JBL の名のもと単にホームタウンを明確にしただけで、企業チームから脱すること

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ができずに失敗に終わった苦い経験を三度繰り返さないことを願う。

後に

これだけ企業スポーツの限界説が世論を賑わしているにもかかわらず、各競技団体は、

企業頼みのリーグ戦から抜け出せないようである。日本において、スポーツを産業として

捉えるのは時期尚早なのだろうか。

スポーツをビジネスにしてスポーツを発展させる。こうした考えを浸透させるためにJ

リーグを成功させることによって、スポーツ・マーケティングの効果を証明する必要があ

りそうだ。

日本におけるスポーツの地位向上のためには、スポーツが音楽や美術と同じような文化

的価値があると認められなければならない。そのためには、スポーツを取り巻く主体がネ

ットワークを組織し、スポーツによる社会貢献を実証しなければならない。

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参考文献

MBA経営戦略 グロービス・マネジメント・インスティテュート【編】

ダイヤモンド社

わかりやすい マーケティング戦略 沼上 幹【著】

有斐閣アルマ

現代広告論 岸 志津江 田中 洋 島村 和恵【著】

有斐閣アルマ

消費者理解のための心理学 杉本 徹雄【編著】

福村出版

コトラーの戦略的マーケティング フィッリプ・コトラー【著】

いかに市場を創造し、攻略し、支配するか 木村 達也【訳】ダイヤモンド社

ネットワーク分析 何が行為を決定するか 安田 雪【著】

新曜社

エスキモーに氷を売る ジョン・スポールストラ【著】

魅力のない商品をいかにセールスするか 中道 暁子【訳】 きこ書房

エスキモーが氷を買うとき ジョン・スポールストラ【著】

・・・・・・奇跡のマーケティング 宮本 喜一【訳】 きこ書房

なぜあの商品は急に売れ出したのか マルコム・グラッドウェル【著】

口コミ感染の法則 高橋 啓【訳】 飛鳥新社

クチコミはこうしてつくられる エマニュエル・ローゼン【著】

おもしろさが伝染するバズ・マーケティング 濱岡 豊【訳】日本経済新聞社

ドットコム・スポーツ 広瀬 一郎【著】

IT 時代のスポーツ・マーケティング TBS ブリタニカ

サッカー株式会社 クレイグ・マクギル【著】

田邊 雅之【訳】 文藝春秋

フェアプレイ

ワールドカップを売った日系人 ジャック・K・坂崎【著】 日経 BP

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参考 URL

株式会社スポーツ・ナビゲーション

http://www.sportsnavi.com/

J リーグ公式ホームページ

http://www.j-league.or.jp/

株式会社スポーツデザイン研究所

http://www.sportsnetwork.co.jp/index.html

参考記事

朝日新聞 2003 年 1 月 12 日 日曜日 16 面