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わが国サービス産業の現状と問題点 みずほ総研論集 2013年Ⅰ号 要  旨  1.世界的な金融危機から 4 年余りが経った今も、わが国の経済は精彩を欠いている。そうした中、民主党政 権下では「新成長戦略」や「日本再生戦略」において、2020年度までの平均で実質2%、名目3%程度の経 済成長が数値目標として掲げられた。202年末の衆議院議員総選挙により誕生した新たな政権のもとで数 値目標が多少修正される可能性はあるものの、「経済のパイの拡大」と「デフレからの脱却」が喫緊の課 題であることに変わりはないだろう。 2.ただし、今後はこれまでのような輸出主導の成長モデルに多くを頼ることはできなくなりつつある。製造 業においては、円高に伴う輸出採算の悪化が競争力を劣化させる圧力として働き、輸出の拡大を妨げてい る。企業の海外進出が活発化する中、部品等の資材調達の現地化が進んでおり、日本からの輸出を誘発す る効果も徐々に低下してきている。 3.こうしたなか、わが国の成長力向上を図るためには、国内総生産(GDP)の約 7 割を占めるサービス産業 の成長が重要な鍵を握る。990年代半ば以降、歴代の政権下において数々の成長戦略が策定されてきたが、 医療・福祉や環境をはじめとするサービス分野は、5年以上経った今日に至るまで一貫して将来の成長が 期待される重点分野として挙げられている。 4.しかしながら、日本のサービス産業は、これまで経済成長に対して必ずしも十分な寄与をみせてきたとは 言い難く、その背景としてサービス産業が抱えるいくつかの問題点を指摘することができる。第一に、米 国をはじめとする先進各国では、サービス産業の成長が経済全体の成長に大きく貢献しているのに対し、 日本のサービス産業はリーディング産業としてのけん引力が弱いと言える。第二に、低い生産性が挙げら れる。日本のサービス産業は生産性の「水準」でみても、「伸び率」でみても欧米各国に比べて見劣りす るレベルである。第三に、日本のサービス産業はグローバル化が遅れており、海外における需要を十分に 取り込むに至っていない。第四に、日本では財価格のみならずサービス価格や賃金がともに低下傾向にあ る。この点が、サービス価格が全体の物価を押し上げている米国などと大きく異なり、日本のデフレを特 徴付ける現象となっている。 5.日本経済全体の成長力底上げとデフレ脱却を実現するためには、国内外における需要発掘・取り込みや生 産性向上によってサービス産業の成長力を強化し、それがサービスの物価・賃金の上昇とさらなるサービ ス需要の拡大につながる好循環を確立することが必要である。 経済調査部 シニアエコノミスト 前川亜由美 *  経済調査部 エコノミスト 風間 春香 ** E-Mail:[email protected] ** E-Mail:[email protected] わが国サービス産業の現状と問題点 特集 わが国のサービス産業

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わが国サービス産業の現状と問題点

みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

要  旨 

1.世界的な金融危機から4年余りが経った今も、わが国の経済は精彩を欠いている。そうした中、民主党政権下では「新成長戦略」や「日本再生戦略」において、2020年度までの平均で実質2%、名目3%程度の経済成長が数値目標として掲げられた。20�2年末の衆議院議員総選挙により誕生した新たな政権のもとで数値目標が多少修正される可能性はあるものの、「経済のパイの拡大」と「デフレからの脱却」が喫緊の課題であることに変わりはないだろう。

2.ただし、今後はこれまでのような輸出主導の成長モデルに多くを頼ることはできなくなりつつある。製造業においては、円高に伴う輸出採算の悪化が競争力を劣化させる圧力として働き、輸出の拡大を妨げている。企業の海外進出が活発化する中、部品等の資材調達の現地化が進んでおり、日本からの輸出を誘発する効果も徐々に低下してきている。

3.こうしたなか、わが国の成長力向上を図るためには、国内総生産(GDP)の約7割を占めるサービス産業の成長が重要な鍵を握る。�990年代半ば以降、歴代の政権下において数々の成長戦略が策定されてきたが、医療・福祉や環境をはじめとするサービス分野は、�5年以上経った今日に至るまで一貫して将来の成長が期待される重点分野として挙げられている。

4.しかしながら、日本のサービス産業は、これまで経済成長に対して必ずしも十分な寄与をみせてきたとは言い難く、その背景としてサービス産業が抱えるいくつかの問題点を指摘することができる。第一に、米国をはじめとする先進各国では、サービス産業の成長が経済全体の成長に大きく貢献しているのに対し、日本のサービス産業はリーディング産業としてのけん引力が弱いと言える。第二に、低い生産性が挙げられる。日本のサービス産業は生産性の「水準」でみても、「伸び率」でみても欧米各国に比べて見劣りするレベルである。第三に、日本のサービス産業はグローバル化が遅れており、海外における需要を十分に取り込むに至っていない。第四に、日本では財価格のみならずサービス価格や賃金がともに低下傾向にある。この点が、サービス価格が全体の物価を押し上げている米国などと大きく異なり、日本のデフレを特徴付ける現象となっている。

5.日本経済全体の成長力底上げとデフレ脱却を実現するためには、国内外における需要発掘・取り込みや生産性向上によってサービス産業の成長力を強化し、それがサービスの物価・賃金の上昇とさらなるサービス需要の拡大につながる好循環を確立することが必要である。

経済調査部 シニアエコノミスト 前川亜由美* 

経済調査部 エコノミスト 風間 春香**

 *E-Mail:[email protected]**E-Mail:[email protected]

わが国サービス産業の現状と問題点 

特集 わが国のサービス産業

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2

わが国サービス産業の現状と問題点

《目 次》

1. 日本経済の現状… ………………………………………………………………………… 3

⑴ 長引く低成長とデフレ………………………………………………………………………………… 3

⑵ 輸出主導モデルの限界………………………………………………………………………………… 4

⑶ 「ものづくり」の構造変化に伴う限界………………………………………………………………… 5

2. 日本再生の鍵を握るサービス産業… …………………………………………………… 7

3. わが国サービス産業の問題点… …………………………………………………………10

⑴ 不十分なパイ拡大への寄与………………………………………………………………………… 10

⑵ 生産性上昇率の低さ………………………………………………………………………………… 10

⑶ グローバル化の遅れ………………………………………………………………………………… 11

⑷ サービス価格・賃金の下落………………………………………………………………………… 13

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みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

1. 日本経済の現状

⑴ 長引く低成長とデフレ

世界的な金融危機から4年余りが経った今も、日本経済は精彩を欠いている。20�2年7〜9月期の実質GDP は、リーマン・ショック前のピーク(2008年�〜3月期)の水準を依然として下回っている。各国の政府が講じた支出拡大策や国内における各種の景気刺激策を受け、景気は2009年春から回復が続いていたが、その景気回復局面も3年程度で終了し、日本経済は再び停滞局面に陥った。

そうした中で、民主党を中心とする前政権は「新成長戦略」(20�0年6月策定)や「日本再生戦略」(20�2年7月閣議決定)において、2020年度までの平均で実質2%、名目3%程度の経済成長を数値目標として掲げた。実質2%成長は、�%台半ばという企業の中期的な期待成長率�)を上回る「経済のパイの拡大」が必要であり、名目3%成長は�%以上の物価上昇という「デフレからの脱却」を意味している。20�2年末の衆議院議員総選挙によって自民党を中心とする新たな政府が成立し、数値目標が多少修正される可

能性はあるものの、経済のパイ拡大とデフレ脱却を目指すという政策運営が変更されることはないだろう。

では、果たして実質2%程度の力強い成長と、デフレからの脱却は達成できるのであろうか。過去を振り返ると、バブル崩壊後の�992年度以降、実質成長率が2%以上となった年は5度しかなく、名目成長率が3%を超えた年は一度もない(図表1)。さらにみずほ総合研究所の推計によれば、同期間の日本の潜在成長率は平均で�%を下回る。生産年齢人口が減少していくことなどを踏まえると、経済構造に大きな変化がない限り、今後も潜在成長率は低水準で推移する可能性が高い。成長戦略に掲げられた数値目標は、きわめて野心的であると言えるだろう。

�%程度の物価上昇も達成は容易ではない。戦後最長となった2002年2月から2008年2月までの景気拡大期ですら、需給ギャップは最終盤を除いてマイナス基調で推移し、安定的に物価がプラスになるにはいたらなかった(図表2)。

日本経済の底上げのためには、公共投資や一段の金融緩和などにより総需要を喚起すべきだという意

�) 平成23年度の内閣府『企業行動に関するアンケート調査』によると、今後5年間のわが国の実質成長率の見通しは全産業平均で�.5%となっている。

▲6

10

1981 84 87 90 93 96 99 2002 05 08 11

(注)1981~94年度は2000年基準の93SNA、95年度以降は2005年基準の93SNAを使用。(資料)内閣府「国民経済計算」

図表1:GDP成長率の推移

▲4

▲2

0

2

4

6

8

(年度)

名目+3%成長ライン

実質+2%成長ライン

(前年比、%)

名目GDP実質GDP

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4

わが国サービス産業の現状と問題点

見もある。しかし、財政赤字が世界最悪の水準にあり、高齢化に伴い社会保障費が毎年�兆円ずつ増えている状況下では、公共投資を増やす余地は限られている。仮に公共投資を一時的に追加したとしても、民間の所得増加に波及する乗数効果は高いとはいえず、景気を著しく向上させることは期待しにくい。日本銀行は緩和的な政策を続けているが、財政政策同様、金融政策のみで持続的な成長に結びつけることは難しいだろう。

⑵ 輸出主導モデルの限界

財政・金融政策による日本経済の浮揚が難しい中で、成長のけん引役として期待されるのが日本の「ものづくり」の力を生かした輸出の増加である。しかし、製造業を取り巻く環境を見ると、必ずしも展望が描けているわけではない。

2000年代半ばは欧米向け輸出が力強く増加したが、金融危機以降、欧米先進国の成長力はシフトダウンしており、当面高い伸びは見込めそうにない。そもそも、ここ2〜3年の日本の輸出は、世界経済の拡大ペースと比べ伸び悩んでおり、構造的に輸出が

増えづらくなっている可能性が示唆される。実際、世界の鉱工業生産はアジアの新興国にけん引されリーマン・ショック前のピークを更新する一方、日本の輸出数量はピークから2割程度低い水準にとどまっている(図表3)。

この背景として第一に考えられるのが、円高に伴う輸出採算の悪化である。輸出の採算を示す単位輸出収益を試算すると、世界金融危機前には原材料価格が上昇する一方、為替が円安基調に推移していたことを主因に、おおむね横ばいであった2)。しかし金融危機後には、円高の進行を受けて大きく下方屈折し、20��年度の単位輸出収益は金融危機前の2007年度より2割以上低下した(図表4)。こうした輸出採算の悪化は、競争力を劣化させる潜在的な圧力として働き、輸出の拡大を阻害していると考えられる。

第二に、企業の海外進出が活発化していることが挙げられる(図表5)。海外進出が活発化したのは、①高成長が続く新興国などの海外需要を現地での生産・販売拡大によって取り込む動きが活発化したことに加え、②金融危機後の円高局面が長引くなかで海外の生産コストが割安となったこと、③海外現地

2) 単位輸出収益とは�単位あたりの輸出によって得られる利益であり、(輸出金額−中間投入費−人件費)÷実質輸出により求められる。詳細は大和・市川(20�2)を参照。

2002 0706050403 08 09 10 11 12(年/四半期)

(注)1.GDPギャップはみずほ総合研究所による推計値。  2.米国基準コアCPIは食料(酒類除く)・エネルギー除く消費者物価指数のこと。(資料)総務省「消費者物価指数」、内閣府「国民経済計算」などよりみずほ総合研

究所作成

図表2:需給ギャップと米国基準コアCPIの推移

▲4.0

1.0

▲3.5

▲3.0

▲2.5

▲2.0

▲1.5

▲1.0

▲0.5

0.0

0.5

▲10

▲8

▲6

▲4

▲2

0

2

需給ギャップ(右目盛)米国基準コアCPI

(前年比、%) (対潜在GDP、%)

2000 070605040301 02 08 09 10 11 12(年)

(注)1.輸出数量はみずほ総合研究所による季節調整値。   2.直近は2012年7~9月期。(資料)財務省、CPB Netherlands Bureau、みずほ総合研究所

図表3:世界の鉱工業生産と日本の輸出数量

60

120(2005年=100)

70

80

90

100

110

日本の輸出数量世界鉱工業生産

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みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

法人の利益率が国内企業を大きく上回るようになり直接投資の魅力が高まったことなどが要因とみられる3)。

従来であれば、直接投資の増加は現地生産拠点向けの資本財輸出を誘発するため、日本からの輸出を押し上げる要因となっていた。しかし近年は、海外現地法人が資材調達の現地化を進める中で、そうした輸出誘発効果が低下してきている。図表6は、「現地法人売上高」に対する「現地法人の日本からの輸入額」の比率を輸出誘発率として図示したものであるが、製造業全体の誘発率は2000年度から大きく低下していることがわかる。

⑶ 「ものづくり」の構造変化に伴う限界

海外の成長率低下や円高という要因に加えて、日本の輸出を増えにくくしている要因がある。この点を考えるにあたって、日本の製造業の代表格であった電機業界に焦点を当ててみよう。パソコンやテレビなどの消費財は多くの部品で構成されている。従来、完成品に組み込まれる部品類は、規格や技術がメーカーごとに異なっており、製品の組み立ての際

には技術の「すり合わせ」が鍵を握っていた。しかし、IT(情報技術)の発達などにより、部品を組み合わせるだけで生産できる製品(いわゆるモジュラー型製品)が台頭してきた。その典型であるパソコンは、中央演算処理装置(CPU)やメモリー、ディスプレーなどの各部品に分かれており、それらを組み合わせて最終製品にするプロセスでの技術格差はほとんどなくなった。部品さえあれば、パソコンは個人でも製造できるようになったのである。こうし

3) この点に関する議論も大和・市川(20�2)を参照。 4) 東京電力が20�2年9月から電気料金を値上げ(企業向け平均�4.9%)したほか、その他の電力会社も20�2年末時点で値上げを申請し

ている。

2000 070605040301 02 08 09 10 11(年度)

(注)1.単位輸出収益=(輸出金額-中間投入-人件費)÷実質輸出。  2.輸出額、中間投入、人件費は短観の計数(全規模。2011年度は公表値、

2010年度以前は2011年度実績値と各年の公表伸び率により算出)。中間投入・人件費はそれぞれの全体の金額に売上高輸出比率を乗じて算出。実質輸出は輸出額÷輸出物価。

(資料)日本銀行よりみずほ総合研究所作成

図表4:製造業の単位輸出収益の推移

70

110(2005年=100)

75

80

85

90

95

100

105

1997 07050399 2001 10(年度)

(注)輸出誘発率=日本からの輸入÷現地法人売上高。(資料)経済産業省「海外事業活動基本調査」

図表6:輸出誘発効果の推移(%)

16

32

18

20

22

24

26

28

30

1997 070503200199 09 11(年末)

(注)1.対外直接投資残高は、各年末実勢レート(翌年2月分報告省令レート)でドル換算。

  2.海外生産比率は各年度末値。(資料)日本銀行資料、内閣府「企業行動に関するアンケート調査」よりみずほ総合

研究所作成

図表5:対外直接投資残高と海外生産比率の推移

8

20(10億ドル) (%)

10

12

14

16

18

海外生産比率(右目盛)

0

1,000

100

200

300

400

500

600

700

800

900

対外直接投資残高(業種計)

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わが国サービス産業の現状と問題点

たことを背景に、最終製品の価格下落が進んでいる。20��年度のテレビの価格は2005年度と比べておよそ6分の�に、ノートパソコンは�0分の�にまで下落した5)(図表7)。販売価格が下落すれば、企業は生産コストの引き下げを余儀なくされ、低コスト・低賃金で製造可能な新興国に生産拠点がシフトしていくことは避けられない。製品のモジュール化の流れが今後進むことはあっても後退することはなく、新たな技術革新でも起こらない限り、モジュラー型製品の価格低下は続くだろう。

以上を踏まえると、製造業が今後発展していく道は、高付加価値分野に重点的にリソースを投入していくことにあると考えられる。高付加価値分野は技術進歩の余地が大きく、モジュール化もしにくい。汎用的な最終財を生産する企業と比して、競合相手が少ないため高いシェアを確保でき、価格競争とは一線を画しながら利益率を高く維持することができよう。

もっとも、そうした高付加価値分野には事業規模の限界がある。大量の人員を雇用して生産活動を行うというよりも、優秀な人材による研究開発の成否が鍵を握る傾向が強く、雇用創出効果は必ずしも大

きくはない。製造業の発展のためには高付加価値分野を育成していくことが不可欠であるが、日本経済の成長力を中期的に高める上では、もう一段の産業構造の転換が必要であると考えられる。

5) ノートパソコンの価格指数はヘドニック法とよばれる統計手法を用いて算出される。仮に価格が一定であっても、製品の性能が向上すれば、価格が下落したものとして計算される。

2005 0706 08 09 10 11 12(年)

(注)2010年時の値を100として指数化。(資料)総務省「消費者物価指数」

図表7:テレビ、ノートパソコンの価格推移

0

1,000(2010年=100)

100

200

300

400

500

600

700

800

900

ノートパソコンテレビ

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7

みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

2. 日本再生の鍵を握るサービス産業

製造業が、リーマン・ショック後の需要構造変化の下で調整を迫られる中、日本全体の成長力を高めるためには、非製造業、とりわけサービス産業の振興を図っていくことが重要である。なぜなら、付加価値に占めるサービス産業のウエートは年々増大しているからである(図表8)。日本のサービス産業のウエートは80年に5割程度だったものが20�0年時点で7割弱まで上昇した。これは日本に特有の現象

ではなく、先進国に共通した傾向である。ほぼ同期間(�980〜2007年)に米国は7割弱から8割弱、欧州連合(EU)は6割程度からほぼ7割にまで高まっている。また、雇用の担い手としても、サービス産業の重要性は高まる一方である(図表9)。日本では、就業者に占めるサービス産業のウエートも、80年の5割強から、20�0年には約7割にまで増大した。労働者の�.4人に�人がサービス産業に従事している計算となる。足元では、先述したように円高・海外需要の拡大などを背景に、製造業の生産拠点の海外移転

0520009585 90 10(年)

(資料)内閣府「国民経済計算」、EU KLEMS2009よりみずほ総合研究所作成

図表8:付加価値に占めるサービス産業の割合推移(%)

19800

100

10

20

30

40

50

60

70

80

90

製造業建設業電気・ガス・水道鉱業農林水産業サービス業

0520009585 90 10(年)

(資料)総務省「労働力調査」、EU KLEMS2009よりみずほ総合研究所作成

図表9:就業者数に占めるサービス産業の割合推移(%)

19800

100

10

20

30

40

50

60

70

80

90

製造業建設業電気・ガス・水道鉱業農林水産業サービス業

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わが国サービス産業の現状と問題点

(国内生産能力の削減)が加速しており、雇用の受け皿としてのサービス産業の市場・収益拡大の重要性は一段と高まっている。

経済成長とともに付加価値や就業者のシェアが第�次産業→第2次産業→第3次産業へと移っていく現象は、ぺティ=クラークの法則として知られている。第�次産業に比べ第2次産業の方が、第2次産業に比べ第3次産業の方が収益性が高く、より収益の高い産業へ労働力が移動することや、経済の発展に伴い、モノが行き渡ることでモノに対する需要が飽和し、サービスへの需要が拡大するためである。こうした現象は既に先進国で明確に確認されており、経済成長著しい新興国でも、これからサービス需要の増大が期待されることから、サービス産業の競争力を高めておくことは極めて重要である。

日本におけるサービス産業の拡大は、所得水準の向上により、サービス消費が活発化した面もあるが、政府が90年代後半以降、政策的に支援してきたこともある。具体的には、96年の橋本内閣による6大改

革以降の成長戦略である6)。6大改革が策定された背景には、当時、東西冷戦の終焉と情報通信技術の発達によってグローバル化が進展する中で、日本が、急速な人口高齢化、財政危機、産業空洞化などの問題に直面していたということがある。少子高齢化により、これまでのように国内財市場の右肩上がりの拡大が望みにくく、企業が海外や国内サービス市場に活路を見いだす必要に迫られた時に、政府が打ち出したのが、新規産業分野の創出だったのである。図表10に示すように、96年以降、数々の成長戦略が作られ、重点分野が定められたが、医療・福祉や環境といったサービス産業は、96年当時から�5年以上経った今でも、変わらず重点分野としてその名を連ねている。

民主党政権下において策定された「日本再生戦略」では、グリーン、ライフ、農林漁業が重点3分野に据えられた。サービス産業関連として、グリーン分野では、再生可能エネルギーの導入促進などエネルギー関連の施策が並んでいるが、これは、福島第一

6) 6大改革とは、2�世紀にふさわしい経済社会システムを創造するために実施することを発表した改革で、①行政改革、②財政改革、③社会保障改革、④金融システム改革、⑤経済構造改革、⑥教育改革の六つから成る。

図表10:これまで成長戦略で採り上げられた成長・重点分野6大改革 骨太の方針⑴ 骨太の方針⑷ 経済成長戦略大綱 未来開拓戦略 新成長戦略 日本再生戦略1996年 2001年 2004年 2006年 2009年 2010年 2012年

医療・福祉 医療 燃料電池 健康・福祉 環境・エネルギー グリーン グリーン生活文化 福祉・保育等 情報家電 育児支援 医療・福祉 ライフ ライフ

情報通信 人材 ロボット 観光・集客 農林漁業 アジア 科学技術・情報通信

新製造技術 教育 コンテンツ コンテンツ ソフトパワー 観光立国・地域活性化 中小企業

流通・物流 環境 健康・福祉 ビジネス支援 観光 科学技術・情報通信 農林漁業

環境 都市再生 環境・エネルギー 流通・物流 人財・技術力 雇用・人材 金融ビジネス支援 ビジネス支援 IT 金融 観光立国

海洋 アジア・太平洋経済

バイオテクノロジー 生活・雇用都市環境整備 人材育成

航空・宇宙 国土・地域活力新エネルギー・省エネルギー

人材国際化住宅

(注)骨太の方針の( )内の数字は第何弾かを示す。(資料)内閣府経済財政諮問会議などよりみずほ総合研究所作成

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みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

原発の事故以来、日本のエネルギー政策が大きな転換を余儀なくされたことが背景にある。ライフ分野では、世界一の少子高齢社会を迎える日本において、医療・介護・健康産業を日本の成長産業とするべく、関連サービスの拡大を目指している7)。ただし、再生戦略では、規制緩和や法整備により新たなサービスを提供できるようにするだけでなく、エネルギー技術の革新や革新的医薬品・医療機器の創出なども掲げられており、製造業にも一定の役割が期待されている。日本がこれまで世界に誇ってきた「ものづくり」を否定するのではなく、サービス産業と融合した製造業というあり方も模索する内容と言えるだろう。また、その他の施策分野には観光や金融、情報通信も挙げられており、様々なサービス産業の振興が目指されている。

また、産業空洞化に対しては、日本企業を国内に

とどまらせるための補助金や規制緩和という方向ではなく、むしろ積極的に海外に出て活躍してもらい、その果実を日本に還流することで世界の成長力を取り込むアジア太平洋経済戦略を掲げている。この分野では、自由貿易協定(FTA)などの経済連携の推進やパッケージ型インフラ輸出の促進、コンテンツなどのクールジャパンの輸出などが挙げられており、製造業、サービス産業とも海外需要の取り込みがカギとされている。

では、サービス産業が成長産業として日本経済を本当にけん引していくことができるのか、次節で現在の日本のサービス産業を取り巻く環境をみてみよう。なお、本稿でのサービス産業とは、第3次産業のうち、電気・ガス・熱供給・水道業、公務(他に分類されるものを除く)及び分類不能の産業を除く�2業種を指すものとする(図表11)。

7) 農林漁業分野においては、農林漁業(�次産業)と製造業(2次産業)、小売業等(3次産業)とを総合的かつ一体的に推進し、地域資源を活用した新たな付加価値創出のための6次産業化が掲げられている。

図表11:日本の産業分類と本稿におけるサービス産業付加価値 就業者数

(単位:10億円) ウエート (単位:万人) ウエート

第1次A~B 6,106 1.3 252 4.0

A 農業、林業 5,227 1.1 234 3.7 B 漁業 879 0.2 18 0.3

第2次

C~E 114,387 24.4 1,550 24.8 C 鉱業、採石業、砂利採取業 242 0.1 3 0.0 D 建設業 29,307 6.3 498 8.0 E 製造業 84,838 18.1 1,049 16.8

第3次

F~T 348,135 74.3 4,456 71.2 F 電気・ガス・熱供給・水道業 9,465 2.0 34 0.5 G 情報通信業 10,333 2.2 196 3.1 H 運輸業、郵便業 21,246 4.5 350 5.6 I 卸売業、小売業 55,460 11.8 1,057 16.9 J 金融業、保険業 25,181 5.4 163 2.6 K 不動産業、物品賃貸業 64,859 13.8 110 1.8 L 学術研究、専門・技術サービス業 1,610 0.3 198 3.2 M 宿泊業、飲食サービス業 15,171 3.2 387 6.2 N 生活関連サービス業、娯楽業 17,091 3.6 239 3.8 O 教育、学習支援業 716 0.2 288 4.6 P 医療、福祉 28,727 6.1 653 10.4 Q 複合サービス業 ― ― 45 0.7 R サービス業(他に分類されないもの) 38,964 8.3 455 7.3 S 公務(他に分類されるものを除く) 58,090 12.4 220 3.5 T 分類不能の産業 1,222 0.3 61 1.0

(注)1.日本標準産業分類(2007年改定)に基づく。  2. 付加価値はSNA産業連関表の取引額(生産者価格)。産業連関表は生産活動単位(商品)による分類であるため、日本標準産業分類(A~T)

の定義とは必ずしも一致しない。ここでは、産業連関表の生産活動単位(87部門)を日本標準産業分類に対応するように統合し直した。  3.複合サービス業は郵便局、農協など。これらはSNA産業連関表では郵便業、金融業などに分類。

(資料)内閣府「SNA産業連関表(平成21年)」、総務省「労働力調査(平成22年)」などよりみずほ総合研究所作成

本稿において

主として対象としたサービス産業

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�0

わが国サービス産業の現状と問題点

3. わが国サービス産業の問題点

サービス産業は先進国・新興国を問わず経済の発展・成長に資する重要なセクターであり、その重要性は今後ますます高まっていくものと予想される。しかし、過去を振り返ると、日本のサービス産業は必ずしも十分な成長を実現できておらず、期待と現実の間には大きなギャップがある。

⑴ 不十分なパイ拡大への寄与

日本経済は長期にわたり停滞している。日本の経済成長率(実質付加価値成長率)8)は、80年代の年平均 +4.0%から、90年代の同 +�.4%、2000年代の同 +0.5%へと大幅に低下した(図表12)。90年代以降の成長率の低下は「失われた20年」と形容されることもある。この時期の成長率に対する産業別寄与度をみると、サービス産業のプラス寄与が製造業を上回っているものの、足元にかけて急速に低下している。特に2000年代については、製造業の寄与度が横ばいにとどまるのと対照的に、サービス産業の寄

与度低下が一段と顕著になっている。こうした日本の成長パターンを主要7カ国間(日

本、米国、英国、ドイツ、フランス、カナダ、イタリア)で比較すると、いずれの国も足元にかけて成長率が鈍化している点では共通している。しかし、日本・イタリアを除く5カ国では2000年代も�%を超える成長を遂げている点に違いがある。また、2000年代の産業別寄与度をみると、日本の製造業は他の国と比べても見劣りしない寄与となっているのに対し、日本のサービス産業の寄与(+0.5%ポイント)は、米国(+�.4%ポイント)・英国(+�.6%ポイント)・ドイツ(+�.�%ポイント)・フランス(+�.�%ポイント)・カナダ(+�.9%ポイント)を大幅に下回っている。

日本のサービス産業は、先進各国に比べてリーディング産業としてのけん引力が弱いことがわかる。⑵ 生産性上昇率の低さ

日本のサービス産業の成長率が他の先進国に比べて伸び悩む一因は、低い生産性にあると指摘されることが多い。「低生産性」と言う場合、生産性の「水

8) 国際比較を可能にするために国連のデータベースを使用した。

1980~90 90~2000 2000~10 1980~90 90~2000 2000~10 1980~90 90~2000 2000~10

(注)サービス産業は卸・小売、外食・宿泊、運輸・通信、その他サービス。(資料)国連データベースよりみずほ総合研究所作成

図表12:実質付加価値成長率(10年間の平均)と産業別寄与度

(年)(年)(年)

(%) (%、ポイント) (%、ポイント)【付加価値成長率】

0

1

2

3

4【製造業寄与度】

▲0.5

0.0

0.5

1.0

1.5【サービス産業寄与度】

0

1

2

3

日本 米国 ドイツ カナダ イタリア英国 フランス

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��

みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

準」の低さを指す場合と生産性の「伸び率」の小ささを指す場合とがあるが、日本についてはいずれも低いことが問題とされている。この場合の生産性は、主に労働生産性について述べられることが多く、付加価値額(分子)を労働投入量(分母)で割ることにより計算されるものである。

実際に、生産性についての国際比較が可能な「EU KLEMS」9)データベースを用いて2006年時点の労働生産性を計算すると、日本のサービス産業は米国の6〜7割程度の水準にあり、主要7カ国中最下位となっている。

さらに、サービス産業の付加価値成長率(2000年から2006年の平均)を、労働投入量の寄与、労働生産性の寄与に分解して日米比較してみると、日本は成長率に対する労働生産性の貢献が低いことが分かる。サービス産業平均では、日米とも成長率(日本+�.5%、米国 +3.�%)の約7割を労働生産性の寄与

により説明することができるが、日本のサービス産業の労働生産性上昇率は米国のそれを大きく下回ることから、成長率には2倍もの開きが生じている(図表13)。

業種別にみると、日本では小売業、ホテル・外食などの付加価値成長率がマイナスとなっていることに加え、多くの業種で生産性上昇率が低いことが、サービス産業全体の成長抑制につながっている�0)。

⑶ グローバル化の遅れ

また、日本のサービス産業は、グローバル化という点でも大きく立ち遅れている。米国をはじめとする他の先進諸国のサービス産業は、サービスの輸出と直接投資を通じて積極的にグローバル展開を進めてきた。なお、日本でも製造業については、円高対応、人件費削減、国際的な需要の獲得などを目的として、相応にグローバル展開が進展している。

9) 「EUKLEMS」とは、各国の産業別生産性を計測するため、2003年から2008年にわたり EU を中心に立ち上げられたプロジェクトである。

�0) わが国サービス産業の生産性に関する詳細分析は、本論集所収の大和・市川「わが国サービス産業の生産性」を参照。

(注)1.サービス産業平均は、業種別の値を2000~06年平均の付加価値額で加重平均したもの。  2.グラフ上の数値は付加価値成長率。(資料)EU KLEMSよりみずほ総合研究所作成

図表13:日米サービス産業の付加価値成長率の要因分解(2000~06年の平均)(%、%ポイント)

(%、%ポイント)

通信業

金融仲介業

小売業

事業所サービス

卸売業

医療・福祉

自動車等販売

運輸業

不動産業

ホテル・外食

公共サービス

教育

個人サービス

サービス産業

平均

【日本】

▲0.8

1.4▲0.8

1.21.50.6

1.3

5.2

0.1

5.0

▲1.2

1.73.2

1.5

▲4▲202468

労働投入量の寄与 労働生産性の寄与付加価値成長率

【米国】

0.91.42.42.62.82.93.43.53.73.83.84.3

5.2

3.1

▲6▲4▲202468

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�2

わが国サービス産業の現状と問題点

ここで、日本の輸出総額に占めるサービス輸出額のシェアをみると、2009年時点で�9%と、米国(32%)やユーロ圏(25%)に比べ低い水準となっている(図表14左)。直接投資残高に占めるサービス産業のシェアをみても、日本は43%と、米国(80%)の約半分、ユーロ圏(70%)と比べても大きく下回る状

況である(図表14右)。また、国内上場企業の海外売上高比率(20��年度)

をみてみると、製造業が平均47.3%である一方、サービス産業は平均28.0%にとどまっており(図表15)、国内の製造業とサービス産業との比較でも海外展開の遅れが顕著となっている。サービス産業の中でも、

(注)セグメント情報でデータ入手可能な上場企業874社(製造業:720社、サービス産業154社)。(資料)NEEDS-FinancialQUESTよりみずほ総合研究所作成

図表15:国内上場企業の海外売上高比率(2011年度)

パルプ・紙

不動産業

サービス業

陸運業

小売業

情報・通信業

空運業

海運業

卸売業

倉庫・

輸送関連業

石油・

石炭製品

金属製品

その他製品

食料品

繊維製品

鉄鋼

非鉄金属

化学

医薬品

ガラス・

土石製品

機械

電気機器

精密機器

ゴム製品

輸送用機器

010203040506070

(%)

(%)

平均 47.3%【製造業】

010203040506070 【サービス産業】

平均 28.0%

(注)1.輸出比率は、サービス輸出額÷財・サービス輸出総額。 2.対外直接投資残高比率は、サービス産業の対外投資残高÷対外直接投資残高計。(資料)OECD「Balance of Payments」、「Foreign Direct Investment Statistics」よりみずほ総合研究所作成

図表14:サービス分野の輸出・対外直接投資残高比率(2009年)

(比率、%) (比率、%)

10

15

20

25

30

35

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

日本 ユーロ圏 米国 日本 ユーロ圏 米国

【輸出比率】 【対外直接投資残高比率】

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�3

みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

海運業、倉庫・輸送関連業など一部の業種の海外売上高比率は製造業平均をも上回る高水準にあるが、不動産業、(狭義の)サービス業、陸運業、小売業などは極めて低い水準にある。

そもそも、サービス産業には無形性(価値が目に見えないサービスを提供)や同時性(生産活動と消費活動が同じ場所・同じ時間に発生)などといった特性がある。財の輸出から海外生産という段階を経て海外展開を図ることが一般的な製造業とは異なり、サービス産業は市場の開拓、生産・流通体制の現地化を同時に進めなければならない。こうした意味で、サービス産業がグローバル展開を進めるハードルは高いだろう。加えて、目に見えないサービスを、言語や文化・商慣習の異なる国で提供しなければならないことも、グローバル化の制約要因になっているようだ。

一方、同じサービス産業の中にも、高い生産性を実現した企業が海外に進出し、より生産性を高めている例もあるようだ。経済産業省(2007)では、サービス産業における「海外進出企業の進出時点の生産性の平均値」と「同時期の非進出企業の生産性の平均値」の格差を示した伊藤(2007)を紹介し、「グロー

バル展開を推進する上で、生産性の向上は重要な条件の一つ」と述べている。また海外に進出した企業について、その後の国内における生産性の変化を分析すると、こうした企業は生産性を有意に上昇させているとされる。

以上のような事例は、サービス産業の生産性を高めつつ、海外への積極的な進出を図ることで、より付加価値を高めるという好循環を生むことができる可能性を示唆している。

⑷ サービス価格・賃金の下落

日本では低成長とデフレが並存してきた。物価の基調的な動きを示す米国基準コア CPI(食品(酒類を除く)及びエネルギーを除く消費者物価指数)をみると、90年代後半以降、マイナスで推移している

(図表16)。財とサービスに分けて日米比較すると、財の物価については米国でも2000年代に入って下落している時期が多くみられる。一方、サービス物価は、米国では継続的に上昇し、CPI の上昇に大きく寄与しているのに対し、日本ではゼロ近傍の推移となり、CPI に対する寄与がほとんどない。日本と米国の間ではサービス物価の伸びに大きな乖離が生じ

1990 04022000989692 94 06 08 10 1990 04022000989692 94 06 08 1012(年)

(資料)総務省、Haverよりみずほ総合研究所作成

図表16:日米の消費者物価指数

▲2

4(前年比、%)

▲1

▲2

▲1

0

1

2

3

12(年)

6(前年比、%)

0

2

1

3

4

5

【日本】

サービスエネルギーと食料を除く財米国基準コアCPI

【米国】

エネルギーを除くサービスエネルギーと食料を除く財コアCPI

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�4

わが国サービス産業の現状と問題点

ており、サービス物価の伸び悩みこそが日本のデフレを特徴づけていると言えるであろう。

サービス産業は製造業に比べて労働集約的であるため、サービス物価は、賃金との連動性が高いと言われている。実際に日米のサービス物価と賃金(時間当たり賃金)を比べてみると、長期的にみれば、両者はほぼパラレルな動きとなっている(図表17)。米国では、サービス物価と賃金がともに数パーセントのプラス圏で推移する一方、日本のサービス物価は90年代後半以降ゼロ近傍、賃金は下落している時期が多い。日本のサービス産業の賃金は、非正規雇用の増加や、正社員の給与削減などにより下落基調が続いているようだ。

以上のようなサービス産業をめぐる状況を踏まえ

ると、日本全体の成長力を高めるためには、いかにして付加価値の約7割を占めるサービス産業の市場

(パイ)・収益拡大を図るかが重要となる。そのためには国内外の成長機会を活用することが不可欠であり、例えば、少子高齢化など社会構造の変化に対応した新たな国内需要の創出、海外展開を通じたグローバル需要の取り込みなどが考えられよう。市場拡大と同時に雇用の受け皿でもあるサービス産業の生産性を高めることができれば、生産性に見合った賃金の改善も期待できる。サービスの需要拡大と生産性上昇によって、サービスの物価と賃金が持続的に上昇するという状況になって初めて、デフレからの脱却も視野に入ってくるだろう。

1980 042000969284 88 08 12 1980 042000969284 88 08 12(年)

(資料)総務省、Haverよりみずほ総合研究所作成

図表17:日米のサービス物価上昇率と賃金上昇率

▲4

10

8

(前年比、%)

▲2

0

0

2

4

6

(年)

20(前年比、%)

サービスCPIサービス産業時間当たり賃金

サービスCPIサービス産業時間当たり賃金

2

4

6

8

10

12

14

16

18

【日本】 【米国】

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�5

みずほ総研論集 2013年Ⅰ号

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