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論 文 167 日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題 山田 駿斗 はじめに 日本において、戦後、モータリゼーションが進み、人々の暮らしは豊かになった。特に地方都 市においては一家に一台自動車を持つことは当たり前となり、自動車移動の利便性は大いに上昇 した。しかし、そのような自動車ありきの社会は、人々が自動車を利用できなくなると、大きく 機能を損ねる。そして多くの人々、約 800 万人の団塊世代が後期高齢者となり、自動車に乗れな くなる時代は 2025 年から始まるといわれている。この危機を転機として、日本では自動車依存 社会からの脱却をすべきではないだろうか。本稿においては、国内外の実例の考察や比較をもと に、今後の日本におけるコンパクトシティの導入におけるヒントや留意点を探った。2017 年現 在多くの自治体がコンパクトシティを将来のまちづくりのビジョン・目標として設定している。 しかし、公共交通の推進に頼り切っている傾向があるように思える。持続可能なまちづくりを目 指すなら特に住宅・交通政策において大きな改革が必要である。 1 節 コンパクトシティとは 1.1 行政の効率化とスプロール抑制が求められる地方都市 2014 年に発足した第二次安倍内閣によって地方創生が掲げられていることからわかるように、 地域振興は国の課題である。地方創生とは、東京一極集中の状態から日本全体が活躍できるよう にするための政策であり、国全体が活躍し、持続するには、国や東京に依存しきっているほとん どの地方自治体がある程度の経済力を持つ必要がある。なぜ、東京一極集中が問題なのか考えて みると、さまざまな要因が考えられる。たとえば東京に多くの機能が集中している場合、災害な どで東京の機能がマヒすると日本全体がマヒしてしまったり、人口の流出から地方の衰退が起き たりする。地方と比較して子育てがしにくい東京に人が集まるので少子高齢化にもつながるとさ れており、将来の国力の低下に直結する。 東京一極集中から脱却するには、地方がそれぞれ東京、国への経済的依存を減らす必要がある。 そのためにはまず、地方都市が活性化し、そのエリアを経済的に支える必要があるのではないか。 活性化の原動力の1つは人々の移動と交流であり、人の移動に伴い情報の流動や地域間の連携が 発生し社会に新しいサービスや財などが生み出される。インターネットの発達により物理的移動 の重要性は薄まり、情報化も進んだが、すべての経済活動がネット上で行われるわけではない。 日本の地域間格差は人口減少と少子高齢化とともに広がり、機能は東京へ集中していくと推測で きるだろう。地方は過疎化と高齢化が進み、活性化の原動力となる人と人との交流がとれなくな

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論 文

167

日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

山田 駿斗

はじめに

日本において、戦後、モータリゼーションが進み、人々の暮らしは豊かになった。特に地方都

市においては一家に一台自動車を持つことは当たり前となり、自動車移動の利便性は大いに上昇

した。しかし、そのような自動車ありきの社会は、人々が自動車を利用できなくなると、大きく

機能を損ねる。そして多くの人々、約 800 万人の団塊世代が後期高齢者となり、自動車に乗れな

くなる時代は 2025 年から始まるといわれている。この危機を転機として、日本では自動車依存

社会からの脱却をすべきではないだろうか。本稿においては、国内外の実例の考察や比較をもと

に、今後の日本におけるコンパクトシティの導入におけるヒントや留意点を探った。2017 年現

在多くの自治体がコンパクトシティを将来のまちづくりのビジョン・目標として設定している。

しかし、公共交通の推進に頼り切っている傾向があるように思える。持続可能なまちづくりを目

指すなら特に住宅・交通政策において大きな改革が必要である。

第 1 節 コンパクトシティとは

1.1 行政の効率化とスプロール抑制が求められる地方都市

2014 年に発足した第二次安倍内閣によって地方創生が掲げられていることからわかるように、

地域振興は国の課題である。地方創生とは、東京一極集中の状態から日本全体が活躍できるよう

にするための政策であり、国全体が活躍し、持続するには、国や東京に依存しきっているほとん

どの地方自治体がある程度の経済力を持つ必要がある。なぜ、東京一極集中が問題なのか考えて

みると、さまざまな要因が考えられる。たとえば東京に多くの機能が集中している場合、災害な

どで東京の機能がマヒすると日本全体がマヒしてしまったり、人口の流出から地方の衰退が起き

たりする。地方と比較して子育てがしにくい東京に人が集まるので少子高齢化にもつながるとさ

れており、将来の国力の低下に直結する。

東京一極集中から脱却するには、地方がそれぞれ東京、国への経済的依存を減らす必要がある。

そのためにはまず、地方都市が活性化し、そのエリアを経済的に支える必要があるのではないか。

活性化の原動力の1つは人々の移動と交流であり、人の移動に伴い情報の流動や地域間の連携が

発生し社会に新しいサービスや財などが生み出される。インターネットの発達により物理的移動

の重要性は薄まり、情報化も進んだが、すべての経済活動がネット上で行われるわけではない。

日本の地域間格差は人口減少と少子高齢化とともに広がり、機能は東京へ集中していくと推測で

きるだろう。地方は過疎化と高齢化が進み、活性化の原動力となる人と人との交流がとれなくな

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

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ることで更なる衰退を招く、といったスパイラルに陥っているといえる。このような状況から脱

却すべく、地方都市と活性化させるための策を探っていきたい。

地方都市が完全に東京依存から脱却する、すなわち地方が経済的に完全に自立することは可能

だろうか。

各県の自立を考えたとき、一つの指標となりうるのが財政力指数1である。

都道府県単位でみると、財政力指数が 1 を超える地方自治体は唯一東京都のみである。財政力

指数が低いとよく例に挙げられる島根県はおおよそ各年度 0.2 程度である。日本のほとんどの地

方自治体について述べると、財政力指数が 0.5 を下回る県がほとんど(42 県)であり、市町村別

の財政力指数をみても、強力な観光資源をもつ市町村以外は 1 を下回る2。

このように各県、各自治体ひとつひとつの経済的自立について考えると、長年にわたりほとん

どの県、市町村の財政力指数が 1 を下回っていることから、ほとんどの地方自治体の歳出を自ら

の地方税収で賄うことができないことは明らかである。それは地域の人口の差や観光地・発電所

の有無などによるもので、努力すればすぐに財政力指数が 1 を上回るというものでもない。この

ような財政格差を補うために地方交付税などの制度がある。故に、地方、地方都市の活性化を考

えたときには、無理に収入の増加を狙うよりは財政の効率化を優先した方がよいのではないだろ

うか。そして財政の効率化を狙いつつ、経済的繁栄をもたらしうる政策の 1 つが「コンパクトシ

ティ」である。

1.2 コンパクトシティとその有効性

コンパクトシティの有効性について検討する。コンパクトシティを目指すということは、モー

タリゼーション等により郊外へスプロール(=無秩序な郊外化)してきた都市の発展方向を転換

し、都市空間の全体構造(土地利用)をまとまりのあるコンパクトな形態に変え、活気のある中

心市街地を維持・形成することである3。

コンパクトシティが持つべき空間的な基本要素は、以下の 5 つである。

① 密度が高い。

② 都市全体の中心から日常生活をまかなう近隣中心まで、必要なサービスを徒歩

圏内で享受できる「拠点」を配置する。

③ 市街地面積を(無秩序に)できるだけ拡散、拡大させない。

④ 都市圏はコンパクトな都市群を公共交通ネットワークで結ぶ。

⑤ 都市圏ではコンパクトな都市群を公共交通ネットワークで結ぶ。

1 標準的な課税が行われた場合の地方税税収見込み額/標準的公共サービス提供に必要な経費。1を超えると地方税収で標準的経費をまかなえる。 2 奥野(2005)p. 45. 3 海道(2007)p. 14.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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コンパクトシティに期待されるメリットを考えてみると

① 自動車交通への依存が減る。環境保全、公共交通機関の利用増加による税収増

加、ハンディキャップを持つ人の生活が楽になる。

② 土地資源空間資源の有効活用。

③ 環境保護への寄与。

④ 活気ある中心市街地を維持、形成。

⑤ 都市インフラとサービスの効率性が高まる。(行財政運営が効率的に、または安

価になる)

⑥ 各都市の機能、魅力が向上し、経済が活発化する。

⑦ まちづくりへの参加を通じて地域自治、住民自治が促進される。

などが挙げられる。

1.3 コンパクトシティの課題・デメリット

これまでメリットを挙げてきたが、当然課題やデメリットも存在する。

まず、コンパクトシティの「コンパクトさ」の有用性について数値などの裏付けが少なく、科

学的根拠が乏しいという点である。これがコンパクトシティ政策の導入を足踏みさせる も大き

な要因の 1 つではないだろうか。

次に、コンパクトシティは、郊外化が進んでいる都市に反する概念なため、住民の支持を得に

くいのではないかという点である(すでに、病院の7割、高校・大学の 9 割近くが郊外立地とな

っており、公共施設の郊外移転も続いている4)。

それに加えて、コンパクトシティ政策において、究極的には自動車移動との分離が求められる。

代替の移動手段を提供するにしても、人々から自動車という移動手段を奪うのは簡単ではないだ

ろう。

加えて、コンパクトシティ実現にあたっては土地利用、都市開発規制の必要があり自由な経済

活動を妨げる恐れがある。都市開発規制は都市の魅力を低下させる可能性をはらんでいる。

1980 年代からコンパクトシティ政策を進めているオランダでは、コンパクトシティは広域的、

あるいは地球環境には理想的な都市像ではあるが、その一方で市街地の中の近隣環境においては

マイナスの影響も多く理想の都市像とはいえない、という「コンパクトシティのパラドックス」

が指摘されている5。先述したようにコンパクトシティには多くのメリットがあるが、居住密度

の高さによる騒音、交通混雑、地価上昇、プライバシーの侵害などデメリットも発生する。広域

的にはメリットが多くとも、近隣にはデメリットが多いとなれば、国民の理解を得るのは難しい。

近隣のメリットを明確化し、そのメリットの創出に力を注ぐ必要がある。

4 佐々木(2007)p. 60. 5 海道(2007)p. 52.

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それに加え、コンパクトシティのメリットの一つに様々な階層の人々が近隣社会に居住する社

会(混住社会)の実現があるが、同時にそれが文化的、宗教的対立など新たな問題を生む可能性

も否定できない。

このように問題を抱えてはいるが、コンパクトシティは政策レベルにおいて多くの国に認めら

れ、望ましい都市像とされているのは事実である。

そして、活気のあるまちを作るのは、活気のある住民である。人々に活気をもたらすには広場

などの公共空間で散歩や買い物などを楽しめることが必要であり、それがコンパクトシティの目

標の一つである。活気ある人々や町によって経済が活発化することも期待できる。

新たな経済の育成も重要であろう。都市のコンパクト化はその育成に有利な条件をもたらしう

る。具体的にはイギリスのマンチェスターなどで都心部の旧産業空間(廃れた元工業都市)を再

生させ、工場跡をホテルにしたように、新産業を創出した例がある6。

英国では人々の田園指向、大都市からの分散指向を、都市を魅力的にすることで抑制すること

が経済振興政策となっており、ロンドンの成長をコンパクトシティ化により実現し、国際競争力

を高めようとしている。

インターネットなどの発展で、都市の集積の意義が薄れるという見方もあるが、人と人が触れ

合う活気のある場からこそ創造力など地域振興の源泉となりうるパワーが生まれ、国際的な競争

力も生まれるのではないだろうか。

そして重要なのは、コンパクトシティにはこれまで述べたような課題やデメリットはあるもの

の、時間の問題でほとんどのまちに求められる姿だということである。繰り返すが、いずれ多く

の人々が自動車を利用できなくなる時代はやってくる。そして少子高齢化による税収減、歳出増

から財政状況はさらに悪くなる。故に行政の効率化が求められる

第 2 節 国外の事例からヒントを得る

都市政策、特にコンパクトシティ政策において日本は先進国とは言い難い。コンパクトシティ

先進国ともいえるフランス、ドイツの都市政策を、交通政策を軸に考察し、コンパクトシティ政

策におけるヒントを探っていきたい。

2.1 地方都市が賑わうフランス

フランスの地方都市の中心市街は、多くの歩行者でにぎわい、シャッター街も少ないといわれ

ている。しかし、フランスでも日本と同じようにかつては、街中を多くの車が行きかい、郊外に

は大型店舗ができ市街地の小さな商店は行き詰っていたという7。だが、フランスは街づくりの

方針を変えることで、にぎわいのある街を作り出した。まさに日本が抱える問題を解決した先進

6 海道(2007)p. 56. 7 宇都宮(2016)p. 3.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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事例ではないだろうか。フランスの交通政策、郊外大型店舗との共存、コンパクトシティ政策を

中心にフランスの市街地活性化を考察していきたい。

フランスの力強い交通政策

まず交通政策についてみていくとする。フランスにおいても歩行者優先の街づくりが行われて

いるが、日本と比べかなり進んでいるといってよいだろう。フランスの、どの地方都市にいって

も市街地や中心広場は歩行者専用空間の整備が進んでおり車を排除した空間はもはや当たり前

であるという8。しかし、2009 年の世帯調査によりすべての就労拠点、就学拠点、公共施設から

500 メートル以内に公共交通のステーションがあるストラルブール地域、すなわち非常に公共交

通アクセスのよい地域で、1 キロメートル以内の移動の 2 割が車移動であるという結果がでた9。

これを受けて、ストラルブールの広域自治連合は「徒歩憲章」を策定し条例化した。この憲章の

序文では「車の出現により、人は閉鎖空間に閉じこもりよそ者に厳しい目を向けるようになった。

もう一度市民が街をある空間を取り戻す」という旨の文章で始まっている。この序文からもわか

るように、フランスの交通政策における歩く街の創造に対する意志は非常に強いと思われる。な

ぜならフランスの歩行推進策は、物理的で、ある種の強制力を持ったものがあるからである。

例えば「寝ている交通取締官」というものがある。これは道路の中心に意図的に盛り上がりを

作り、車に減速せざるを得ない状況をつくるものである。横断歩道の近くでは、街路樹などであ

えて道路の幅が狭くされており、こちらも物理的に自動車を減速させる効果がある。それに加え、

フランスでは LRT10の普及が進んでいるが、LRT の進路上の横断が危険な場所には石を敷き詰め、

道路の凹凸を激しくすることで、人々の自然な迂回を促している。歩ける街づくりには安全な歩

行環境は必要不可欠であり、このような抑制力・強制力をもった「力強い施策」の導入は日本も

見習うべきではないか。

郊外大型店舗と商店街の共存

次にフランスにおける郊外大型店と市街地の商店街の共存について考察していきたい。「共存」

と表現したが、両者が相互作用を及ぼし合っているというよりは、両者がお互いに根を張りしっ

かりと自立しているという意味で「共存」している。フランスでは、人々はハイパーマーケット

と呼ばれる郊外の大型店舗で食料品、家具、電化製品を買い、パンや肉、嗜好品を街中の商店で

買う傾向にある11。もちろん街中の商店で買い求められるパン・肉・嗜好品等はハイパーマーケ

ットで買うこともできるはずである。

なぜ、フランスの人々は街中での買い物を続けるのか。その要因の1つとして、フランスにお

ける「自分を大切にする文化」の盛り上がりが考えられる。2010 年から 2014 年にかけて、健康

関連ショップが 25%、サロンなどサービス店舗が 5%、美容院等が 11%、ワインショップが 11%、

8 ヴァンソン藤井(2016)p. 43. 9 ヴァンソン藤井(2016)p. 43. 10 次世代型路面電車システムのこと。詳しくは後述。 11 ヴァンソン藤井(2016)p. 103.

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チョコレート専門店が 50%、コーヒーショップが 21%増加した12。ヘルスケアや、嗜好品の店舗

が大きく増加したことから、それらの需要が高まったことが推測できる。これらの商品「自分に

ご褒美を」という意識の下では、大型店舗よりは街中の店舗でのほうが買い求められやすいだろ

う。

フランスの人々社会問題に対する問題意識が強まったことも街中の商店の利用を促進するだ

ろう13。児童を不当労働させて生産された安い商品を買うよりは、多少高くともフランス産の商

品を買う、といった意識が強いという。値段の安さを重視するハイパーマーケットよりは地元の

商店の方がフランス産の商品を取り扱っている場合が多いと考えられるので、このような側面か

らも街中の商店が必要とされる場合がある。

そして、フランスの都市空間が歩いて楽しいものである、という点も要因の 1 つである。地元

の人に週末に街に何をしに行くかと問うと「ぶらぶら歩きにいく」と答える人が非常に多いとい

う14。魅力的な市街地は、市街地の活気を生むというサイクルを生んでいるのではないだろうか。

「歩けるまちづくり」の重要さがこの事例からも伺える。

日本にはない法制度

法制度についてみてみると、特徴的なものとして「空き店舗への課税」「自治会の不動産の先

買い権」があげられる。

空き店舗への課税は、空き店舗の状態が長ければ長いほど所有者への課税は大きくなるため、

所有者は次のテナントを見つけるインセンティブがあたえられ、貸し渋りを防ぐ効果がある。こ

の制度により閉店した場所に新たな店舗が入りやすく、市街地の商店街がシャッター街となるの

を防ぐ効果がある。この制度は日本においても 2018 年の税制改正要望に盛りこまれる予定であ

る。

自治会の不動産の先買い権とは、中心市街地において、自治体が不動産を優先的に手に入れら

れる制度のことである。実際にこの制度が利用され、実際に先買いが行われることは稀であるが、

民間不動産事業者が売買可能になるまでのプロセスで、申請書に不動産売買に関する全情報を記

入するため、自治体が市街地の不動産情報を入手するという点と、市街地の乱開発が抑止されて

いるという点において大きな役割を担っている。

12 ヴァンソン藤井(2016)p. 107. 13 ヴァンソン藤井(2016)p. 108. 14 ヴァンソン藤井(2016)p. 110.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

173

2.2 交通の近距離化に成功したドイツ

ショートウェイシティ

ドイツでは日本のコンパクトシティ政策と似た「ショートウェイシティ」政策が推進されてい

る15。ショートウェイシティの も大きな特徴は、その名の通り、サービスが享受できる人々が

行きたいと望む場所、つまり移動の「目的地」を居住地区の近隣に設置することと、集合住宅推

進等によって近距離移動の可能性を大きく高める、という点にある。生活の中の移動が近距離化

すれば人々は当然、車から公共交通、自転車、徒歩というように移動手段を変えていくはずであ

る。目的の近距離化のためには集合住宅の 1 階部分に商店などを組み込む必要がある。しかし、

不動産所有者からすれば多くの場合は商業用に不動産を提供するより住宅向けに提供したほう

が、投資効率が良いため行政が介入して商店等を住宅地に組み込まれている16。

日本のコンパクトシティ政策ではまず公共交通を整備することから様々なメリットを狙う傾向

があるが、ドイツのショートウェイシティではまず不動産の配置・構成が重視され、それらから

公共交通が促進される。詳しくは後述するが公共交通の整備だけでは、人々の生活に時間的余裕

は生まれないし、 悪の場合、郊外化を加速するだけになってしまう恐れもある。日本がドイツ

のショートウェイシティから学ぶべきことは多い。

この政策を推進している地区では多少窮屈ながらも、高い人口密度を維持しつつ、近隣で買い

物など日常サービスが享受できているという17。

ドイツのショートウェイシティ政策のもう 1 つの軸として、「自動車と暮らしの分離」がある。

この政策の背景には、自動車ありきの社会構造になると人口密度の低下や、「目的地」が郊外化

してしまうという不安や、公共交通機関の普及は距離の近距離化があってこそ進むという考えに

基づいている。

そして、ドイツ等で自動車を暮らしから分離するために、自動車の利便性を奪う、とでもいう

べき交通政策がとられている。自動車の利便性を奪うのは、詳しくは後述するがそれによっての

み公共交通が自動車交通に取って代わることができるからである。

シェアド・スペース

まず、「シェアド・スペース」について紹介する。これは「スケートリンクの原理」により、自

動車側が持つ優先意識を排除し、自動車交通の低速化を狙うものである18。スケートリンクの原

理とは、スケートリンクにおいて設けられているルールは主に滑る方向の指定だけであるにもか

かわらず、人々はルールがないゆえにお互いを警戒し、結果事故は多発しないという原理である。

シェアド・スペースにおけるルールは、「互いに注意すること」と「右側通行・右折優先(欧州

15 ヴァンソン藤井(2017)p. 75. 16 ヴァンソン藤井(2016)p. 77. 17 ヴァンソン藤井(2017)p. 132. 18 ヴァンソン藤井(2017)p. 136.

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

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の一般的道路規則)」のみである。同スペースには、シェアド・スペースであることを示す入り

口の看板や横断歩道、信号、歩道、縁石、などはなく、歩行者・自転車・自動車が全く分離され

ず 1 つの道路を「互いの注意」を頼りに通行する。実際に市内に も小売店と公共施設が密集し

た場所に同スペースを導入したドイツのボームテ市では、渋滞が解消され、交通がスムーズにな

ったという19。本稿では詳しい説明は行わないが渋滞の根本的原因には自動車の「減速」があり、

低速で移動する車のほうが高速で移動する車より減速を行う回数が少ないため、このような現象

が起こったと考えられる。この事例において起こったポジティブな効果に、人身事故の減少があ

る。これも交通の低速により起こったと思われるが、一方で物損事故が増加した。シェアド・ス

ペースでは路上駐車も周囲に気遣っている限り認められるが、その際に縁石がないのでバックで

ものに衝突したり、動きはじめる車同士がぶつかったりする事故が増加した20。しかし、被害総

額で考えれば同スペース導入後の方が大きく減少しているし、人命に関わりやすい人身事故が減

っているという点が重要であろう。

シェアド・スペースは自動車の低速化などに関して非常に有効でユニーク施策であるが、一定

の課題がある。同スペースは縁石、中央分離帯など、ほとんどの自動車と歩行者を分離する手段

を排除したスペースであるが、視覚障害者のために点字ブロックを導入せざるを得ない。そのた

め、その点字ブロックを目安に自然と人と車が分離してしまうという21。シェアド・スペースを

導入しても時がたつにつれ点字ブロックを境とする暗黙の了解が生まれてしまえば、交通する主

体の警戒が薄れ、ルールのないただの危険地帯になってしまう。日本に導入するならばいかにそ

の課題をクリアするかがカギとなるだろう。

ドイツの自転車交通

さらに、ドイツは自転車交通が推進されている国としても注目される。自転車交通の も大き

なメリットはそのコストパフォーマンスの高さであろう。ドイツのフライブルクは日本の青森県

青森市とほぼ同じ人口を抱えた都市であるが、僻地に立地しているにもかかわらず、公共交通・

自転車交通・徒歩交通・中心市街地の活性化において青森市より大きく秀でているという22。フ

ライブルク市では、1976 年から 2004 年まで 28 年間の自転車インフラへの投資額は約 30 億円(公

共交通の 10%以下)と安いが、公共交通を 10%上回る 28%の割合で市民に利用されているとい

う23。フライブルク市内では市内に無料駐車場が約 7300 台分、駅に隣接する有料駐輪場が約 1000

台分整備されている。しかし、この自転車が利用されるには目的地が近距離になければならない。

自転車が公共交通機関より多く利用されていることが、ショートウェイシティ政策が前向きに進

んでいることの証拠ではないだろうか。

自転車交通促進における大きなメリットに、健康増進がある。ドイツの連邦交通省の調査によ

19 ヴァンソン藤井(2017)pp. 152-153. 20 ヴァンソン藤井(2016)p. 153. 21 ヴァンソン藤井(2016)p. 156. 22 村上(2017)p. 17. 23 村上(2017)p. 178.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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ると、週 5 日以上、30 分以上かけて通勤・通学を行う「アクティブな自転車利用者」と定義さ

れる人々の自転車利用による医療費削減効果による便益は 1 キロメートルあたり 10 円以上ある

という24。そして、WHO の「交通、環境と健康(2000 年)」によると、肥満症・骨粗鬆症・高

血圧症・成人の糖尿病・心臓疾患のリスクを大きく下げることが報告されている。日本において

は生活習慣病にむけた医療費が全体の 3 割を占めるほど多く、財政的負担の軽減も期待できる。

繰り返すが、自転車交通の推進だけでなく、目的地の近距離化が同時に行われて初めて効果が発

揮されることが重要である。

2.3 フランスとドイツの事例から学べること

ドイツとフランス、両者の事例から学べることは、コンパクトシティやショートウェイシティ

など、自動車依存から脱却するためには力強い政策と、公共交通以外の交通手段の整備が必要だ

ということである。

力強い政策が求められる

自動車の利便性を奪い、生活と自動車を分離していかなければ公共交通による移動を主軸とし

た社会を目指すことは難しい。東京などで地下鉄の利用が盛んなのは自動車が地下鉄より不便だ

からである。それに対し、地方都市において公共交通の利便性が自然に自動車に勝るのは非常に

難しい。

それに加えて公共交通が整備され移動が高速化するだけでは、モータリゼーションの後にスプ

ロールが進んだ日本と同じように都市のスプロールが起こるだけである。後述するが、富山市は

近距離交通が整備されても郊外の大型店舗に中心市街地が脅かされている。しかし、大きな都市

計画の改革がなければ 2025 年になっても車に乗れる年代の多くは自動車を求めるだろうから、

自動車を不便にする政策を掲げる議員や党は支持されにくい。早い段階で多少強引にでも我が国

の自動車交通を変えなければならない。

日本における持ち家率・戸建て率の高さも都市の衰退の一因である。行政が中流層以上にむけ

ても集合住宅を提供するなどの対策を進めなければ家族の衰退とともにまちも衰退する。持ち家

を優遇する政府の方向転換が求められる。

自転車政策の重要性

自転車政策の推進も重要であろう。交通政策では、地域への利益の還元を常に注意する必要が

ある。自動車のインフラ整備は大きなゼネコンが行い、燃料供給による利益は商社や産油国へ流

れ、修理も各社ディーラーへ委託される。つまり地域に還元される利益は少ない。一方で自転車

は自動車より、インフラ整備は比較的小規模ゆえに地元業者に委託されやすく、修理も地元業者

へ委託されやすい。故に地元への還元が多い自転車等を推進すべきである。日本において人口 1

24 村上(2017)p. 190.

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

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万人のまちには自動車が 8000 台程度存在し、その燃料代など自動車移動にかかるコストは 2.5

億円にも及ぶという25。そのカネの流出が止まり、地域に流入すれば大きな利益となり、活性化

の原動力となるだろう。

日本では公共交通の整備が盛んに行われているが、公共交通の整備だけが進んでも、自動車の

モノモーダルから公共交通のモノモーダルへ変わるだけである。理想的な社会は、様々な移動手

段の中から 適なものを目的地に合わせ、組み合わせ、選択できるマルチモーダルな社会である。

公共交通を整備するのは良いが、公共交通の各ステーションから近距離移動する手段の整備が必

要である。ふさわしいのは柔軟な移動が可能でコストパフォーマンスの良い自転車ではないだろ

うか。

第 3 節 コンパクトシティ振興政策の成功と失敗

コンパクトシティの成功例としてたびたび挙げられるのが富山県富山市、それに対して失敗例

として挙げられるのが青森県青森市である。

両者を比較し、それぞれの原因とコンパクトシティ政策成功へのヒントを探していく。

3.1 青森市の集中的振興の失敗

青森市の駅前再開発ビル「アウガ」の失敗

コンパクトシティの失敗例として青森市の「アウガ」がしばしば取り上げられるが、一方で、

青森市は日本で初めてコンパクトシティを導入した例であるともいわれている。アウガとは

1992 年から開発された、駅前再開発ビルのことであり、計画段階では官民の施設が共存する大

型施設となるはずだった。

青森市がコンパクトシティを志向したのは、除雪費用等の行政の効率化や、郊外型ショッピン

グモールによる中心地の空洞化からである。中心地の魅力低下を解決すべく取られた策の 1 つが

「アウガ」であるが、そのアウガは 2017 年 2 月 28 日に閉館している。しかしそのアウガは開館

当初は年間 600 万人の集客を行い、コンパクトシティの成功例としてとりあげられていた。

アウガは青森市のコンパクトシティ構想の中の重要な施設で、発案当初は商店街・ファッショ

ンビル・公共施設・大型駐車場を共存させた独自の営業形態が注目を集めていた。1992 年から

第 3 セクターである青森駅前ビルで建設が開始され、その総工費は 185 億円にも及んだ。しかし

テナント入居前にバブルが崩壊し、アウガの目玉となる予定だった西武百貨店が入居することな

くアウガから撤退した。百貨店の入るはずだった場所に、図書館などの公共施設が入ったことに

より、利益を生み出しにくい公共施設がアウガの中で多くなり、賃料の不足を招いた。非常な大

きな存在のテナントである西武百貨店が開館前に撤退したにもかかわらず、プロジェクトを停止

することができなかったのは、地下にある市場「新鮮市場」ではすでに前の市場を解体したうえ

25 村上(2017)p. 190.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

177

で既に仮店舗営業が行われていたからだといわれている。

アウガは 2016 年 2 月にショッピングフロアを閉鎖し、全フロアを公共化する方針を示した。

しかし、同年 3 月にはその公共化の方針を撤回した。そして同年 5 月には再び完全公共化へ方針

を変えた。このような二転三転するアウガの業態により、市長などに多くの批判が寄せられた。

同年 6 月に、2015 年分の決算で約 24 億円の債務超過があることが発覚したことも重なり、市長、

副市長が退任するまでに至った。2018 年現在、ほとんどの商業施設は閉鎖されており、公共施

設と地下の市場のみが営業している。

青森市の「エリア分け」の失敗

青森市のコンパクトシティ政策が失敗といわれる理由はアウガによるものだけではない。青森

市のコンパクトシティ政策では、エリア分けが行われた。中心市街地を「インナー」、その周辺

を「ミドル」、郊外を「アウター」とし、アウターエリアでは基本的に開発は規制され、文化・

学術のためのエリアとして維持される計画であった。インナーエリアへの誘致活動には中心市街

地へのケア付き高齢者用住宅や市営の住宅が建設された。加えて青森県では大きな問題である雪

への対策として融雪道路・融雪歩道も整備された。アウターエリアの住民にはアウターエリアの

住居や土地を売り払ってもらい、その資金で、整備により魅力の高まったインナーエリアに移転

をしてもらう計画であった。しかし、アウターエリアの土地や住居の売値が低すぎる場合が多く、

この計画はあまりスムーズに進むことはなかったようである。

青森市の八方ふさがりな振興策

大型百貨店は撤退したものの、アウガは様々なテナントを抱え、青森市においてサブカルチャ

ーや若者文化の大きな役割を担っていた。それがなくなったとなれば、アウガに代わる存在が求

められていてもおかしくないが、アウターエリアには厳格な開発規制がなされており、中心部以

外に大型ショッピングモールなどを作ることは困難である。しかしアウガが閉館し、市民から大

きな反発が起こった歴史からも、再び中心地に魅力をもたらすような施設を作ることは難しいと

いう状況に陥っている。

アウガと類似した政策の失敗例

アウガのような官主導の振興の失敗例は多い。山梨県南アルプス市が経営破綻した農園を市が

筆頭株主となり約 5 億円の貸し付けを行い、観光農園の経営を行った例がある。しかし、7 か月

で経営難に陥った。結果、7 億 4000 万円の負債を抱えたこの事業の失敗の要因は他県の模倣を

しただけの甘い経営であった。

大阪ワールドトレードセンタービルディングも失敗例といえる。1995 年、大阪市に 1200 億円

を投じて大阪ワールドトレードセンタービルディングは市の中心から遠く離れた人工島に作ら

れた。同ビルディングの周辺も開発され、魅力のある場所になる予定だったが、バブル崩壊の影

響で周辺の開発がされず、貸しフロアがなかなか埋まらず、経営破綻したのち、市に買い取られ

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

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庁舎として使用されている。

青森市の例のみならず、他の例からも、経営ノウハウのない市町村による甘い経営や、アウガ

のように何か特定のもの 1 つに集中して、言い換えれば依存して行う振興や活性化は非常に不安

定であるといえる。

3.2 富山市の全体的振興の成功

富山県富山市の「お団子と串」

次に富山県富山市の事例について紹介する。富山市は日本全体の流れと同様に過去 35 年間で

DID26が 2 倍増し、その DID 内での人口密度は 2/3 まで低下しており、市街地の低密度化が起き

ていた。

低密度化の原因としては、平たんな地形や、道路整備率の高さ、戸建て指向の高さ、郊外の土

地の安さなどが考えられる。

そして、移動手段として自動車への依存度が高く、徒歩・電車・バス・2 輪車などを抑えて約

8 割が車での移動となっており、これは中核都市圏では も高い数値である27。

加えて公共交通機関の利用者は 1989~2004 年の 15 年間で JR・私鉄・路面電車・路線バスす

べてにおいて減少している。もちろん人口減少による自然な利用者減少も含まれるが、特に路線

バスについては約 7 割の減少で、1989 年の利用者は 1 日あたり約 6 万人程度、2004 年の利用者

は 1 日あたり約 2 万人となっており、1 日当たりの利用者数は約 4 万人減少している28。これか

らも地方自治体の収入減少や自動車利用の増加が推測できる。

低密度化による車を使って移動できない人の不便さや、税収減、中心市街地の空洞化による都

市の魅力の減少等を解決するために、富山市はコンパクトシティをめざした。

富山市のコンパクトシティ政策は、「お団子」と「串」で例えられる。

次項の図からもわかるように、「串」とは複数ある拠点を結ぶ公共交通機関のことであり、「お

団子」とは公共交通機関で結ばれた徒歩で移動できる範囲(徒歩圏)である。

26 Densely Inhabited District の略称で、市区町村の区域内で人口密度が 1 平方キロメートルあたり

4000 人以上の基本単位区が互いに隣接して人口が 5000 人以上となる地区のこと。 27 富山市(2007)「富山市公共交通活性化計画~富山市公共交通戦略~」 28 富山市(2007)「富山市公共交通活性化計画~富山市公共交通戦略~」

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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お団子と串のイメージ(富山市『富山市中心市街地活性化基本計画』より)

徒歩圏である「お団子」の中には行政・教育・福祉・医療サービス、食品スーパーなどが半径

約 500 メートル以内に配置される。

そして、富山市はコンパクトシティの形成過程において、移住に関する厳しい線引きを行わず、

公共交通機関の充実など、都心部の魅力を高めることにより「誘導的」に街づくりを進めた。。

このように住民が都市と郊外の居住を選択でき、都市部の魅力を徐々に高め、長期的な視点で移

住を促すという点で、富山市の取り組みは「誘導的」街づくりといえる。

ただし富山市も、例外的に「強制的」方法により規制したものがある。いわゆる「バラ建ち」

である。バラ建ちとは都市部周辺の郊外で行われる単発的開発であり、都市部への人口集中によ

って宅地需要が増加した場合に発生しやすい。バラ建ちが許されれば郊外に住宅が建設されるこ

とでスプロールが促進される。その結果これまで日本において不良市街地の形成や、公害、公共

投資の非効率化、農業の荒廃などが起こってきた。これらを防ぐためには、都市の活力が減退す

る中では誘導的手段が有効だと判断した富山市も、強制的手段をとったのである。この事実から

も、コンパクトシティ形成におけるバラ建ちの有害性が伺えよう。

富山県富山市の「LRT」の導入

富山市のコンパクトシティ形成にはまだ大きな特徴がある。「LRT ネットワーク」である。LRT

とは Light Rail Transit の略称であり、国土交通省によると、低床式車両(LRV)の活用や軌道・電

停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する次世代型

路面電車システムのことである。日本初の LRT 本格導入がこの富山県で行われ、フランスやド

イツでも LRT は採用されており、整備により様々な効果が得られる。

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まず、動力が電気のため、自動車での移動に比べ、環境負荷が小さい。

次に、もし自動車に取って代わるほど LRT の普及が進めば、交通の円滑化が大きく進む。自

動車移動は LRT に比べ少人数を乗せ、多くの数の自動車が道路上を移動する。逆に LRT は多く

の人数を乗せることができるので道路上を走行する台数は自動車と比べ少なくなるはずである。

交通のスムーズ化に大きく貢献することができるであろう。

加えて、公共交通機関の手段が増えることで乗り換えの利便性が上昇することもメリットであ

る。将来的には移動の主役として公共交通機関が活躍するためには乗り換えの利便性は必要不可

欠である。そして高頻度運転(富山県では朝は 10 分間隔・日中 15 分間隔)がなされ、IC カー

ドも利用可能となっており、利便性は非常に高い。

LRT のデメリットを考えてみると、整備された道しか走行できないため路線設定の柔軟さは

路線バスやタクシーに及ばないという点がある。既存の路面電車で十分だという意見もあるので

はないだろうか。

しかし、タクシーについては 2016 年に主に東京 23 区で低料金化の実験が行われたが、料金は

依然、公共交通機関と比べて高い。

路面電車については、戦後のモータリゼーションによって、バス・地下鉄への転換が起こった

ため、路面電車の廃止が相次いだ。そのため、2013 年の時点で全国 17 都市でしか路面電車は運

行されていない29。そのため既存の路面電車では不十分なのだ。

路線バスについてだが、路線バスと LRT との間には大きな違いがある。それはバリアフリー

化への貢献である。バスの中には低床バスもいくつか見ることができるが、その低床バスでさえ

地面との間には高さの差があり、それを埋めるために収納式の床が出てくることで乗り込めるよ

うになっている。LRT は電車のようにそのまま車いすやベビーカーのまま乗り込むことができ

る(ステップレス化されている)点で優れているといえる。

運賃についても、利用しやすいよう工夫がされている。LRT の運賃制度は「ゾーン制」が用

いられており、煩わしい料金の計算が不要である点も評価できる。ゾーン形式とは路線全体がい

くつかのゾーンに分かれて設定されており、「乗車から後者までいくつのゾーンを追加したか」

を基準に料金が変わるというものである(次項図)。

29 国土交通省「日本の路面電車の現状」 http://www.mlit.go.jp/road/sisaku/lrt/lrt_index.html

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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ゾーン運賃のイメージ図

上図の場合、①、または②を移動する場合、1 つのゾーン内の移動であるから、1 ゾーン分の

運賃(100 円)で移動できる。③の移動を行う場合、2 つのゾーン間の移動であるから 2 ゾーン

分の運賃(200 円)が必要となる。④と⑤の移動では両方とも移動距離は異なるが、3 ゾーン間

での移動であるから 3 ゾーン分の運賃(300 円)が必要となる。

富山県富山市の他の政策

高齢者に対する施策も富山市では力が入れられた。例えば「お出かけバス事業」である。これ

は満 65 歳以上の高齢者ならば、市内から中心市街地に移動する場合、どこから乗っても料金が

100 円になるというものである。利用に際しては 500 円で定期券を購入すれば午前 9 時~午後 5

時まで 100 円で都市部への移動が可能となる。今後高齢化が進む日本では今後多くの市町村で必

要とされるサービスとなりうるだろう。

そのほかにも、LRT を主に管理する富山ライトレールでは終電時刻の延長や、すべての駅で

の駐輪場の整備・増設が行われている。

パークアンドライドの整備にも富山市は積極的である。パークアンドライドとは駅までは自動

車で来て、駅からは電車で移動するという考え方である。これも公共交通機関をメインに使って

いくコンパクトシティと整合的で、生活から自動車を分離するための段階的ステップとして有効

だといえる。

パークアンドライドを利用すれば、切符を買うことで駅にある駐車場での利用が無料となる。

公共交通機関を促進するためには非常に有効な手段だといえる。このように富山市は駅の設備等

の強化にも力を入れており、駅舎の改築やトイレの整備なども積極的に行っている。

中心市街地での移動には「まいどはやバス」という料金一律 100 円のコミュニティバスが利用

されている。

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この中心市街地の商店街で 1000 円以上の買い物をするとこのコミュニティバスの乗車券をもら

うことができ、中心市街地への経済効果と公共交通機関の利用促進が期待できる。

富山市ではコミュニティサイクルの整備も行われている。自転車のステーションは約 15 か所

で、1 か所につき 10 台のコミュニティサイクルが常備されている。徒歩圏での移動が便利にな

るだけでなく、ステーションに広告を配置することで広告収入を得ることができる点でも優れて

いる。

さらに、富山市では都心地区や公共交通沿線への居住を推進し、助成が行われた。

都心地区の推進事業である「まちなか居住推進事業」では都心地区に転居する住民に対する助

成だけではなく、建築業者に対しても助成がなされる。第三回コンパクトシティ推進研究会によ

ると、平成 17 年~21 年の間に建築業者への助成は、共同住宅の建設費への助成(一戸につき 100

万円)は 29 戸、優良賃貸住宅の建設費への助成(1戸につき 50 万円)は 35 戸の実績を上げて

いる。同じく市民への助成は、戸建て住宅または共同住宅の購入費等の借入金に対する助成(1

戸当たり 50 万円)は 197 戸、都心地区への転居による家賃助成(3 年間 1 月あたり 3 万円)は

113 戸の実績である。市民だけではなく建築業者に対しても助成を行うことで、市街地に住宅を

構えるインセンティブをより多くの主体に持たせることができるという点で有効だといえるだ

ろう。加えて、この助成の対象になるには建物の高さ等条件が設定されており、コンパクトシテ

ィに重要な景観との調和にも配慮がなされている。戸建て住宅においては約 44%が区域外から

の転入であり、共同住宅では約 86%が区域外からの転入である。5 年間の間で計 374 戸の移転入

居が行われている。この数が多いか少ないかは様々な意見があるかと思われるが、区域外からの

入居の割合は高く、効果はあると考えてよいのではないだろうか。

そのほかにも、タウンミーティングなどで市民にコンパクトな街づくりの必要性をわかりやす

く提示した点や、行政が公共交通の整備に積極関与し、公設民営を行ったこと、なども富山市が

行った街づくりの特徴といえる。

富山市の街づくりの特徴

これまでの内容をまとめると、富山市の街づくりの特徴は、

A) 特定の施設への振興ではなく居住の誘致や、公共交通機関の整備による全体

的・総合的な振興を行った。

B) 強制的規制強化などではなく、緩やかな誘導策で街づくりを進めた

C) LRT を日本で初めて本格導入した

D) 「お団子」と「串」のネットワーク

以上のように大きく分けられる。

コンパクトシティの成功例として扱われることも多く、実際に自動車依存の街から転換し、二

酸化炭素排出量を減らしたことで環境モデル都市に認定されるに至った。これは大きな実績であ

る。

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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しかし、富山市は大きな問題を抱えている。2015 年以降、買い物の郊外化が進んでいるとも

いわれているのだ。富山市では大型商業施設の新設が制限されているため、2015 年から隣接す

る市に大型商業施設が相次いで開業し、中心市街地の魅力は相対的に下がった。真にコンパクト

シティの成功例となるには富山市の中心地の魅力のさらなる向上や、自動車社会からの脱却が求

められているといえる。

3.3 成功例と失敗例の比較

何をもって「成功例」「失敗例」とするか

青森市と富山市の両者を比較していく。まず、両者を成功例と失敗例とする所以であるが、富

山市は 2012 年、LRT の導入などにより、OECD によって、メルボルン、バンクーバー、パリ、

ポートランドと同じく、コンパクトシティの世界先進モデル都市に選出された。さらに、中心市

街地の人口も、2005 年から 2013 年には約 1.7 万人増加し、人口の移動に関しては中心市街地で

は 2008 年以降、転入超過を維持しており、交通沿線地区では転出超過から次第に改善され 2012

年以降転入超過となり、転入超過が維持されている30。

一方の青森市のアウガは先述したようにほとんどのフロアは当初の計画と異なりショッピン

グエリアは封鎖され、他のエリアには公共施設が並んでおり、2015 年度には約 27 億円の赤字を

生み、約 24 億円の債務超過に陥った。それに加えて、2006 年以降、青森市の人口は減少を続け

ている。

これらの事実をもって本稿では両者をそれぞれ成功例、失敗例とする。

政策運営の主体の違い

両者の比較を始めるが、まず大きな違いとして経営の主体が挙げられる。

青森県のアウガの経営は官主導で行われた。経営方針が二転三転したことからもわかるように、

ほとんどノウハウがない主体が経営を担うのだから十分な経営ができるとは言い難い。

富山県では LRT の整備などは官主導で行われたが、その後の経営はノウハウを持つ民間業者

に任された。後者の経営能力の方が高いことは言うまでもないだろう。

集中的振興と全体的振興

次に、青森県はアウガを象徴としたいわば集中的な振興を行ったのに対し、富山市は広い区域

にまたがる公共交通機関を充実させ、いわば全体的な振興を行った。公共交通機関の充実は生活

のあらゆる場面の利便性の向上につながる。また1つのものに集中しすぎてしまうと、バブル崩

壊のようなトラブルが起こった時などに非常に計画が崩れやすい。失敗のリスクが集中した方法

をとってしまったことも青森県のコンパクトシティ政策が成功しなかった理由の 1 つであろう。

30 神田(2014)「富山市におけるコンパクトなまちづくりの進捗と展望」

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円滑な転居が可能であったか

そして、転居のスムーズさについても違いがみられる。青森県では地価の違い等により転居が

うまく進まなかったが、富山県では転居は助成金の効果もあり、区域外から都心部への転居が高

い比率で行われた。活気がある街づくりをするためには、望まれて行われる転居は不可欠である。

この点においても富山市は一定の成果を上げたと思われる。バラ建ちの規制も功を奏したと考え

られるだろう。

成功例・失敗例がともに抱える課題

両者とも共通している部分に着目すると、郊外に厳格な開発規制を行ったにもかかわらず、中

心市街地の魅力が不十分になってしまっている。青森県はアウガの経営不振によって中心市街地

の魅力が落ち、財政的にもダメージを受けた。富山市では、隣接する市に大型ショッピングモー

ルが建設され、そちらに買い物客が奪われるのではないかと危惧されている。隣の市までは富山

市が規制を敷くことができないため、富山市単独での対処が難しく、他の市町村との協力体制や、

将来的には自動車の利便性を下げる施策が必要である。

両者から得られるヒント

以上からわかるように、コンパクトシティなどの振興政策を行う場合、

1. ノウハウがある主体に運営・経営を任せる

2. まち全体にかかる総合的な振興を行う

3. リスクを集中させすぎない

4. 転居を誘導的に進める

5. 中心市街地の魅力を維持・向上するために複数の市町村間で連携を行う

などが留意点として挙げられるだろう。

そのほかにも、LRT のような近距離交通手段の供給が有効なことも大きなヒントであろう。

ただし、詳しくは後述するが、公共交通の促進だけでは真の問題解決にならないことは留意しな

ければならない。自動車の生活からの分離や、目的地の近距離化が行われるまでは、パークアン

ドライドや、市町村間での連携により市街地の魅力を維持する必要があるだろう。

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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第 4 節 国内の事例から得られる交通・都市政策のヒント

前述したように、交通手段、特に近距離交通の供給の重要性は高い。この節ではいくつかの交

通政策の実例を軸として、コンパクトシティに有効な政策を探っていきたい。

4.1 バストリガー方式が特徴的な金沢市

金沢市は、地形的・歴史的特質をもっている。それは「非戦災都市」であることである。戦災

に合わなかったことにより、城下町に由来する街の構造が残ったままモータリゼーションが進ん

だため、慢性的な渋滞が問題となっていた31。一方で、1960 年までは幕末とほぼ変わらない規模

の人口を抱える街であったが、戦後の復興期以降は人口 46万人を抱える中枢機関都市となった32。

ゆえに金沢市は「どこまで開発し、どこまで保全するか」という課題に直面してきたといえる。

コンパクトシティ政策と都市部の開発・保全は不可分なものであるので、金沢市の都市戦略から

学べることは十分にあるのではないだろうか。

「金沢市伝統環境保存条例」の策定

金沢市は歴史的な財産の保全のため、全国初の自治体による保存条例「金沢市伝統環境保存条

例」を策定し、現在もアップグレードされながら、その条例を名前を変えつつも掲げている。独

自条例を掲げるのには、様々な理由があるが、金沢市固有の課題解決が全国一律の法律では困難

なことや、内外への周知、施策に法的根拠を与えること、条例にすることで議決を通すというチ

ェック機能が働く、などが主な理由である33。

金沢市の交通政策

次は金沢市の交通政策に触れていこう。金沢市はほぼ同心円状に中心部から郊外に向かい、4

つのゾーニングがされている。ゾーニングの形状は青森県のゾーニングと類似しているが、青森

市が中心市街地、その周辺、そして郊外と、都市機能の密集度別にゾーニングしたのに対して、

金沢市は主要となる交通網別にゾーニングをおこなった。そして主要交通網ごとに異なる交通政

策をとった(次項図)。特に 1 番中心に近いゾーンはマイカーがなくとも徒歩や公共交通機関で

生活ができるまちづくりが行われた。

31 木谷(2015)p. 58. 32 木谷(2015)p. 58. 33 木谷(2015)p. 58.

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

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金沢市のゾーニング(金沢市 HP より 一部加工)

① まちなかゾーン 徒歩・公共交通を推進

② 内・中環状ゾーン 公共交通を推進

③ 外環状ゾーン 公共交通と自動車交通を共存させる

④ 郊外ゾーン

金沢市の注目すべき取り組みとして、「歩けるまちづくり協定」がある。これは地元が団体を

組織し、その団体が市長と 2003 年に締結したもので、これにより竪町商店街では、開店時間を

基準に商店街の歩行者専用化が行われたり、歴史的エリアである長町地区では時間制で許可され

た車以外の通行禁止が行われたりしている。徒歩での安心できる移動はコンパクトシティの根幹

の 1 つであるから、これらの取り組みは今後のコンパクトシティにおける交通政策の手本になる

ではないだろうか。

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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バストリガー方式

金沢市のバストリガー方式も、今後の参考となる事例である。金沢市におけるバストリガー方

式とは、金沢大学とバス事業者(北陸鉄道)の win-win の関係の構築を目指したものである34。

詳しく述べると、バス事業者は 100 円という低運賃のバス運行を提供し、大学側は利用者増加

に取り組む。そして注目すべきは毎年の利用者目標が達成されなかった場合は、このプランが白

紙に戻る点である。それによってバス業者は収益の増加、大学は学生の利便性向上や評判の上昇

などのメリットを目指し、両者ともに努力するインセンティブが生まれ「絶対的利便性において

マイカーを上回ることの難しい公共交通機関35」の利用促進が可能となる。利便性にハンディキ

ャップを持った公共交通機関の利用を増やすには、大学や業者など様々な主体のインセンティブ

をいかに刺激するかが重要だろう。

4.2 ネットワーク型コンパクトシティを目指す宇都宮市

ネットワーク型コンパクトシティ

宇都宮市は 2008 年以降、「ネットワーク型コンパクトシティ」を都市の将来像として掲げてい

る。「ネットワーク型」というのは拠点間の連携や補完を強化するという意味である。

宇都宮市の交通政策の特徴の 1 つは、LRT の導入である。2013 年時点で、郊外の 9 地区に導

入されおり、有識者、事業者が集まり公共交通機関の検討委員会が組織され、LRT の整備につ

いて 2019 年を目標に開業を検討中であるという36。

自転車ネットワークの整備も宇都宮市の特徴である。宇都宮市の都市交通戦略(2009 年)で

は、自転車道の整備が重要な施策と位置付けられた。それ以来、自転車の走行環境改善が継続的

に行われた。具体的には自転車走行通行帯が青色塗装され、2013 年度末までには約 17 ㎞の自転

車走行帯が整備された。このような継続的な改善もあり、宇都宮は「自転車の街」として盛り上

がりを見せているという37。

ネットワーク型コンパクトシティの維持管理費

そして、仮に宇都宮市がネットワーク型コンパクトシティにシフトした場合の財政状況につい

ての推計データを紹介する。

34 木谷(2015)p. 58. 35 木谷(2015)p. 66. 36 森本(2015)p. 73. 37 森本(2015)p. 75

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将来の維持管理費の推計(都市のタイプ別)

(原資料)森本章倫(2011)「都市のコンパクト化が財政及び環境に与える影響に関する研究」

『都市計画論文集』第 46 巻 No.3 pp. 739-744

(出所)森本章倫(2015)「宇都宮市:ネットワーク型コンパクトシティ」原昇編著『交通ま

ちづくり 地方都市からの挑戦』p. 75.

この推計グラフからは、将来宇都宮市が、3 つのタイプの都市になった場合の維持管理費の変

化を予測できる。一番左のグラフは 2011 年の宇都宮市の維持管理の総額とその内訳を示してい

る。それ以外の 3 つのグラフは 2035 年時点での維持管理を示しており、右からネットワーク型

コンパクトシティ、都心居住型、趨勢型となっている。趨勢型とは都市形態を意図的に変えるこ

となく時間が経過した場合を、都心居住型は町づくりのため原則として開発が禁止される「市街

化調整区域」の人口をすべて市街化地域へ集約させ時間が経過した場合を、ネットワーク型は中

心地をメインとしながら各地域に拠点を設け時間が経過した場合を示している。将来を推計した

右三つのグラフともすべて 2011 年度をあらわす「現在」と比べ維持費は減っているが、これは

人口減少を加味しているからである。 も維持費の削減ができているのは都心居住型のグラフで

ある。しかし、このグラフは栃木県(次項図緑線内)の四分の一の面積にあたり、かつ中心市街

地を含む「市街地調整地区」(次項図赤線内)の住民をすべて市街化区域(次項青線内)に集め

るという仮定の下、示された数値であり、もし実現されれば市街化調整地域は空洞化するだろう

し、強制移住が必要とされるため、現実的とはいえないだろう。

3182 31041804 2029

3063 2572

2365 2632

20021610

13701463

1062

873

767822

562

536

519522

269

261

240249

8279

6971

0

2000

4000

6000

8000

10000

12000

2011年 趨勢型 都心居住型 ネットワーク型

(百万円)宇都宮市:将来の維持管理費の推計

(都市タイプ別)

道路 保育所 小学校 中学校 下水道 生涯教育センター 上水道

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

189

栃木県の市街地調整区域(2002 年 マップエキスパートより 一部加工)

一方、ネットワーク型コンパクトシティでは都心居住型と比べ全域の人々の生活を阻害するこ

となく、維持管理を削減できる。あくまでも推計の数値だが、科学的根拠が乏しいとされるコン

パクトシティ政策の推進に大きく貢献するデータではないだろうか。

4.3 公共交通機関の再生に力を入れる熊本市

次は熊本市の事例を考察していく。熊本市の交通政策の特徴として、公共交通機関の再生が挙

げられる。例えばバスの輸送人員をみてみると、 も多い時期(1965 年)で、全国で約 103 億

人がバスで輸送されていたが 2012 年では輸送人数は約 44 億人(1965 年から約 58%減)となり、

熊本市においても 2010 年には 1975 年とくらべ 3 割減少したという38。公共交通機関が衰退しつ

つある日本において公共交通機関が不可欠なコンパクトシティ政策を進めるうえで、人口減や高

38 溝上(2011)p. 79.

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

190

齢化の中、公共サービスの再生に先進的に取り組んだ熊本市からは学ぶことがあるはずである。

熊本市の交通政策の特徴としては、先述したようにバス事業に力を入れていることである。例

えば、公共交通が不便な地域に対して既存のバス路線を延長、または迂回させるなど、既存路線

の活用と、それを補完する路線の導入が行われている(6 路線)。

そして特筆すべきは、バス路線における三位一体の改革である。

第一の改革は計画・運営・実行の分離である。改革が行われるまでは計画・運営・実行はすべ

てバス事業者が担っていた。しかし、4 年にもわたる協議が行われたうえで、バス路線の見直し

だけでなく、事業そのもの見直しが行われ、行政が運営に責任を持ちながら事業者にインセンテ

ィブを与えたうえで運行を任せることになった39。

第二の改革は行政が交通サービスの計画・運営に対し積極的な関与を行うことを明確にし、バ

ス事業者に対しては市の施策への協力を、市民に対してはサービス維持のために自助・共助努力

を求めたことである。

第三の改革は、熊本市公共交通協議会の活動である。同協議会は第一、第二の改革を加速する

ため前身の委員会から発展したもので、条例に基づく市の付属機関であり、民間事業者のサービ

スが届きにくい地域への交通サービスの導入・維持や、公共交通政策に関する条例の立案を行っ

ている。

熊本市における、事業者にインセンティブを与えるバス事業について述べておく。 寄りの公

共交通機関の乗り場から半径 500 から 1000 メートル内にあり、かつ事業者によってバス運行が

されていない「公共交通不便地域」において、運行経費の 大 7 割までは行政が補助するが、収

益が 3 割を満たない場合、その運行を廃止するという契約を道民と交わしているという40。これ

により事業者の努力だけでなく、道民からも協力を得られるシステムの構築に成功しているとい

える。

4.4 「歩くまち」を目指す京都市

京都市は、「京都にふさわしい移動の方法は、自分の力で、また時に人の助けを借りながら、

“歩くこと”を中心としたものに違いありません。行き交う人々こそがまちの賑わいと活力の重

要な源泉であり、歩くことこそは健康や環境にも望ましいものです」という認識のもと、「歩く

まち」としての取り組みに力を入れている41。京都市は観光都市であるという側面が目立つが、

一方で山間の過疎地域を含む地域である。コンパクトシティでは徒歩移動に伴う市街地の活性

化・魅力向上が重要な要素となるため、京都市の実例からもヒントが得られるだろう。

2010 年、「歩くまち・京都」憲章が制定された。この憲章では将来的な京都市のビジョンとし

て、まちなかにある自動車は小型バスのみ、低層の建物のならぶ街の中で車いすの人やベビーカ

39 溝上(2011)p. 80. 40 溝上(2011)p. 82. 41 京都市(2010)『「歩くまち・京都」憲章』

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

191

ーを押す人をふくめた大勢でにぎわう京都市がイメージされている。、交通弱者にも快適で、魅

力のある空間をつくる、という点でもコンパクトシティと共通している。

京都の交通戦略の具体例を見ていく。「京都フリーパス」という取り組みは、京都市への自動

車の流入を防ぎ、公共交通機関の利用を促進する効果がある。これは JR や近鉄など官民合わさ

った 15 の社局が共同で 1 日券を発行するもので、大人 2000 円の一日券を一枚買うことで煩わし

い複数の初乗り運賃などの支払いが省略できる。アプリ「バス・鉄道の達人」とも連携し、公共

交通の利便性を高めている。

「歩いて楽しいまちなかゾーン」の導入も京都市の交通戦略の 1 つである。歴史的町並みの残

る都心地区42の約 1 平方キロメートルのエリアを同ゾーンとしており、通過交通の削減と、歩行

空間の確保を行っている。具体的には 2013 年から車道を 4 メートルから 3 メートルへ狭め、路

側帯を拡張した。それに加えて自転車用の走行帯が設置された。

鉄道事業者と宅配事業者の連携が行われている点も注目すべき点だろう。京都市ではヤマト運

輸と京福電鉄嵐山線とが協働した貨物輸送が行われている。これはヤマト運輸が嵐山線の朝の通

勤ラッシュの逆方向の路面電車を借り切り、嵐山方面行きの荷物を輸送するものである。この取

り組みでは二酸化炭素排出量の削減と、大きな輸送トラックの使用を減らすことによる交通のス

ムーズ化を両立している。公共交通機関を官民でシェアすることで新たなメリットを生みした例

といえよう。

4.5 4 つの例から学べること

以上のように交通政策に注力している 4 つの事例について述べてきたが、それらからどのよう

なことが学べるだろうか。

条例制定により地域に対応する

まず 1 つ目は地域の特色に対応する細かいルール、すなわち条例の策定の重要性である。コン

パクトシティ政策が導入されるならば、その地域ごとに守るべき歴史的財産や景観の保護は国に

よる一律の法律によるものでは難しいので、各自治体においてそれらを守る条例が必要である。

近距離交通手段の提供

2 つ目に、近距離交通(徒歩・自転車を含む)の推進の重要性である。遠くに行くにも、自動

車で向かうより公共交通を乗り継いだ方が人々のカネが地域へ還元されやすいため、地域経済か

らすると望ましい。

政策に関連する主体にインセンティブを与える

3 つ目は政策に関連する機関・企業にインセンティブを持たせることの重要性である。コンパ

42 四条通、河原町通、御池通、烏丸通。

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

192

クトシティ政策やそれに付随する近距離交通のインフラ整備は大規模な自動車道の工事などと

比べ、大きな利益になりにくいものが多いだろう。故に協力する企業などに努力するインセンテ

ィブを積極的に与えなければ様々なノウハウを持つ民間企業等の協力は得られない。

コンパクトシティ政策の導入はこのような事柄に留意しながら行う必要がある。

第 5 節 国内の中心市街地の活性化の事例

コンパクトシティ政策において中心市街地の活性化は欠かせない。中心となる市街地が活気に

満ち溢れ、豊かな生活がおくれるまちが「魅力ある」まちである。本節では中心市街地の活性化

について実際の事例の考察し、コンパクトシティ政策へのヒントを探っていく。

5.1 長野市の市街地活性化

1998 年の冬季五輪の開催により、長野市では当時多くのインフラ整備が行われた。市街地だ

けでなく、郊外へ指導の利便性も高まった。その結果郊外に大型店舗の出店が増え、それに伴い

郊外に住む住民が増え、スプロールが進んだ。2000 年には中心市街地の百貨店「長野そごう」

と量販店「ダイエー長野店」も相次いで撤退し、これが中心市街地衰退の決定打になったという

43。

長野市の中心市街地活性化にはタウンマネージャー(以下「TM」)が大きな役割を担った。ま

ず TM と市は、失われた百貨店と量販店の両者の機能をそのまま復元するのではなく、市民の声

や陳情書を参考に、失われた機能で も優先度が高いとした「食品機能」にしぼって素早くその

機能を回復させた。長野市商工会議所と地元が出資し、「とまと食品館」という食料品店を TM

の就任から 14 か月、建物を取得してから 8 か月という短期間で開店させた44。

このほかの政策においても、長野市の一連の活性化ではスピードが重視された。確かに集中

的・短期間に改善ができたならば市民の参加やマスコミの注目を得やすくなるだろうし、計画の

風化も起きにくい。

長野市のケースの特徴として TM と市長の活躍、スピーディな施策展開がある。TM の服部年

明はいわゆる「現場」のプロであり、このようなプロが TM に選ばれるのは少ないケースだとい

う45。そのほかにも、服部は市長などと対等に意見交換できる立場にあったこともスピーディな

街づくりができた要因であるといわれている46。しかし、TM が優秀であれば活性化が成功する

というわけではない。中心市街地活性化法の改正により、商業の活性化において、従来は TMO47

が計画を策定・実行する図式だったが、改正後は、TMO は計画に意見を述べるにとどまり、

43 長坂(2008)p. 107. 44 長坂(2008)p. 112. 45 長坂(2008)p. 114. 46 長坂(2008)p. 114. 47 タウン・マネジメント・オーガナイゼーション。街づくりのマネジメントを担う機関。

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

193

終的な責任は市町村が持つようになった。そのため長野市の活性化では市長がリーダーシップを

とり、活性化を行った。法の改正により、行政のトップにはまちづくりのリーダーシップが求め

られているといってよいだろう。

5.2 柏市のユニークなり取り組み

柏市はある程度十分に都市機能が集積しており、衰退した市街地の活性化とはまた違ったケー

スである48。しかし、活性化された後、いかにその盛り上がりを継続させるか、ということのヒ

ントになりうるユニークな取り組みを行っている。

柏市 1992 年、多くの専門店テナントを抱える「ステーションモール」が建設され市街地は賑

わうことが予想されていた。しかし相次ぐ郊外の大型店舗により、市街地の魅力が低下してしま

う恐れたため、柏市は郊外との差別化を目指した49。

柏市は「イメージ戦略」に力を入れた。消費の中心層の団塊ジュニアに焦点を当て、柏市を「若

者の街」とするイメージ戦略を行った。人間の様々な行動においてイメージが与える影響は少な

くはないだろう。柏市と横浜市を「住んでみたいか」「買い物に行きたいか」という点で支持さ

れたのは圧倒的に横浜市であったという50。

「柏塾」という柏を盛り上げるための若者主体の組織が考案した「ストリートブレイク」が特

にユニークな例である。1998 年当時、柏周辺には多くのストリートミュージシャンやダンサー

がおり、柏塾はそれを柏市の若者文化の象徴として活用することにした51。普段広場などでパフ

ォーマンスをする彼らを主役としたコンテスト「ストリートブレイク」を開催した。柏駅周辺の

ミュージシャンが集まり、成功したこのイベントを機に、必ずしも好意的に街に受け入れられて

いなかったストリートミュージシャンが徐々に町に受け入れられはじめた。この背景には町が作

った「夜十時以降の演奏をしない」などのルールも貢献したという52。そして、ストリートミュ

ージシャンの側からも、柏に行けば受け入れてもらえるという認識ができあがり、町と彼らに信

頼関係が生まれた。市街地の活性化には、このような人と人とのつながりも重要であろう。

加えて、市もコンテストへ資金協力をするなど、行政がストリートミュージシャンを支援する

街として注目を集めたという53。

柏市の一連の取り組みは、地域の特色を改めて認識し、その地域独自の取り組みを行うことで、

まちの盛り上がりを招いた例であろう。

48 長坂(2008)p. 207. 49 長坂(2008)p. 189. 50 長坂(2008)p. 189. 51 長坂(2008)p. 189. 52 長坂(2008)p. 189. 53 長坂(2008)p. 189.

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

194

第 6 節 コンパクトシティの移住問題

6.1 強制移住への不安

コンパクトシティ政策において、政策に伴う移住が問題となることが予想される。市街地を高

密度化するにはある程度人を集める必要がある。特に過疎地域からの移住について、住民の意思

に反した強制移住が行われるのではないか、という不安が市民に起こることは考えられる。住民

の抵抗が強い事や、富山市のように誘導的移住を行なった方が、強制的に移住するより行政の負

担が少ない、といったことからも、もしコンパクトシティ政策が本格導入されたときに強制移住

は行われないと考えるのが妥当だろう。

6.2 「積極的撤退」から得られる移住問題へのヒント

しかし、移住に際して、強制的に移住させられるという不安が住民におき、混乱が起こらぬよ

うに移住が強制ではないことを明確に説明しなければならない。しかし、任意の緩やかな移住を

行うにしろ、これまで住んでいた地から都市部へ移住するのだからその不安は小さくなく、行政

は移住による住民へのデメリットを 小限にする必要がある。

移住に関して、「積極的撤退」という概念が移住に伴う住民へのデメリット軽減のヒントとな

りうる。この戦略的撤退はコンパクトシティへの移住のため提案されたものではないが、コンパ

クトシティ政策にも応用できるであろう。「積極的撤退」とは 低でも 30 年以上の時間をかけ、

少なくとも 1 つの市町村単位で行われる移住のことである54。

たしかに集落などを短期的に 1 件 1 件個別に移住させるとなると、コミュニティの分断や、孤

立化が進み、移住後も非常に暮らしにくくなることが予想され、人々が望まないものになってし

まうだろう。しかし、積極的撤退に従い、1 つの集落を 1 つの移住単位とし、日本全体で 30~50

年の長い時間をかけ、近くに住んでいたものをまとめて移住させた場合は、移住の問題を軽減で

きるのではないか。

移住の際に、「まとまった」移住をすることは重要な点である。既存のコミュニティを壊さぬ

ように、コミュニティごと移住させることは当たり前のことのように思われる。しかし実際に、

阪神淡路大震災の際、仮設住宅への入居を、ランダムな抽選によって行ったことで既存のコミュ

ニティがことごとく分断された55。このために震災前にコミュニティから受けていた会話や、夕

食のおすそ分けなどを含む様々なサービスが受けられなくなり、自宅に引きこもる高齢者や障が

い者が増加したという事実がある。政府が仮設住宅入居後にコミュニティを作ろうとするプログ

ラムを実施したが、既存のコミュニティに匹敵するものを作ることはできなかった。このコミュ

54 林(2010)p. 78. 55 林(2010)p. 80.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

195

ニティの分断が、3 年間で 200 人もの孤独死者を出した大きな要因とされている。

一方、中越沖地震の際は、集落単位で入居者を割り振る「コミュニティ入居」が採用され、集

会所の設置や、高齢者のための複合施設がつくられた。このような判断は非常に大きな成果を生

んだとされ、そこでは円滑にコミュニティの創生、運営がされ、暮らしやすい環境がコミュニテ

ィによりつくられた。

先例からみても、「まとまった」移住は不可欠である。

次に、移住する場合、しない場合のメリットとデメリットを考察する。次の図は大まかに移住

しない場合とした場合の違いをまとめたものである。

移住する場合としない場合のメリット・デメリット

移住せず 移住=積極的撤退

生活 徐々に不便になっていく。 移住直後は変化に

対応しなければならない。

不便を持つ高齢者 都市部にいる子供の家へ移住または施

設へ入所する。

病院などが近くなればより頻繁

に、楽にサービスが受けられる。

コミュニティ 消滅する 場所は異なるが維持される

移動に

ハンディキャップ

をもつ人

移動の困難さはかわらない。

移動が容易になる。

公共交通機関が利用しやすくな

る。

コミュニティへの

支援 過疎地への支援は難しい 過疎地より支援しやすい。

若い世代

学校や娯楽、病院、雇用などが

不十分で、

自立したあとも帰ってきにくい。

左記の問題が解消される

子育てや生活が

しやすくなる。

行政サービス

拡散したインフラ、サービスを維持せ

ねばならず、非効率的。

強制移住につながるおそれもある。

高密度化した場所に

移住出来れば効率的に

行政サービスを

供給できる。

移住しない場合、特に過疎化が進んでいる自治体や集落では移住することによるメリットを受

けられないだけでなく、時間の問題で自治体やコミュニティが消滅する可能性がある。コミュニ

ティや文化の保存を考えた場合は移住を考えるべきであろう。そして、移住の意思決定は速やか

に行うのが望ましい。なぜなら過疎化は集落の構成員の離散的転居が大きな要因だからである。

意思決定を遅らせて数件しか残っていない状態で移住をするより、早い段階のまとまった移住に

よる、コミュニティ(集落)活性化など前向きな努力・議論をすべきであろう。

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

196

集落から移住した後のケア

移住前だけでなく、移住後のケアも重要である。移住の後、特に地方の集落から都市部に移住

した場合、田畑や自然が近くから無くなることがストレスになることが考えられる。コンパクト

シティにおいて、人工的な自然、例えば人工林、公園、畑などを設置することは不可能ではない。

日本において畑や水田における耕作の位置づけは、生活費を得るための生産の場というものから、

生きがいを感じる趣味の場へと転じていると思われる。ゆえに一般市民の大規模な水田や畑の需

要はそれほど大きくなく、人工物での代用は十分可能であろう。

6.3 過去の集落移転からヒントを得る

これまで行われた集落移転について振り返ってみると、時代、理由などから大きく 4 つの期間

に分けられる。

(ア) 高度経済成長期(1960 年後半~)

進学や就職により一家丸ごと都会に移住する挙家離村が多くみられた。

移転がされた集落の多くは「僻地」とよばれる交通が不便、かつ雪などにより断絶

されやすい地域であった。集落の僻地性を解消するため移転が行われた。

(イ) 効率的な行政サービスを目指して(1970~1979 年)

集落再編成モデル事業、過疎地域集落再編調整事業により、条件さえ満たせば移転

に際して補助を受けることができた。調査によると、行政の効率化、自然消滅の回

避、積雪による孤立化を防ぐなどを大きな理由として移転が実施された56。

(ウ) 定住圏構想・自家用車の普及(1980~1989)

定住圏構想が 1977 年に策定され、集落移転は大きく停滞した。モータリゼーション

が山間部にも及んでいたため、自動車の普及により僻地性は解消されると考えられ

ていた。

(エ) 限界集落出現(1990~)

交通網の整備や、集落活性化事業が盛んにおこなわれたが、限界集落の出現や自然

災害の危険から集落移転が求められるようになった。集落には行き場のない高齢者

が残された。加えて地権者の所在が不明なことが多く、集落跡地の管理が困難とな

った。

56 前川(2011)p. 90.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

197

6.4 移住について留意すべきこと

これらからは、自動車の普及だけでは、山間部の僻地性は解消されず、集落移転に際しては跡

地の管理が大きな問題になることがわかる。

跡地問題に対しては、「跡地等管理協定」が十分に機能する必要がある。跡地等管理協定とは、

土地の所有者が跡地の管理を行うのが困難な場合に、市町村等が所有者に代わり跡地の管理を行

うことができる協定のことである。もし都市部への移住が進めば、それに伴って管理の行き届か

ない「跡地」は増加する。跡地が増加すれば害獣の増加などの問題が発生するおそれがあるため、

跡地の管理は必須であり、跡地の管理費という財政支出が増加するという点にも注意しなければ

ならない。

第 7 節 日本におけるコンパクトシティ政策導入に向けて

これまで、国内外のコンパクトシティ、またはそれに類する事例について考察してきたが、こ

の章ではこれまで触れなかったコンパクトシティ政策に関する施策や、日本の抱える課題につい

て述べていきたい。

7.1 誤った日本の自動車政策

日本の自動車は優先意識を持ちすぎている

日本において、戦後、モータリゼーションが進み、国民の生活は大いに豊かになった。およそ

2025 年時点に、団塊の世代が 75 歳を超えるが、それはこれまでの自動車依存の社会が崩壊し始

めることを意味している。しかし、2017 年現在、よほど市街地に住んでいない限り、1 家に 1

台または 1 人 1 台自動車を持つことは当たり前となっている。そして自動車の普及に伴い自動車

のためのインフラ整備が行われたため、自動車が も便利な移動手段となっており、逆に公共交

通や自転車による移動の利便性は、特に地方都市では自動車に及ばない。高齢化などで自分が自

動車に乗れなくならないかぎり、進んで公共交通や自転車を利用しようとする人は少ないだろう

し、ある年代が公共交通を需要する年齢になっても、新たな世代が自動車に乗り始める。少子高

齢化で若い世代は次第に減っていくが、自動車を欲する人々の数を、自動車より公共交通や自転

車を欲する人々の数が上回るまで待っていてはいつまでたっても自動車依存の社会は変わらな

い。つまり、公共交通機関を整備する形で行うコンパクトシティ政策を導入し、機能させるには、

ドイツなどで行われているように少しずつ自動車の利便性・優位性を奪っていく必要があるので

はないか。具体的な方策としては、ガソリン等に対する高額な課税、バスが走行する場合バスを

ノンストップで走行できるよう信号を操作する(自動車はバスが近くで走るたび信号に止められ

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香川大学 経済政策研究 第 14 号(通巻第 15 号) 2018 年 3 月

198

る)ようにする、などが考えられるが市民の抵抗は非常に大きいだろう。自動車の利用が減れば、

それに伴い自動車によってまちに訪れる人の数も減るが、都心部に自動車で訪れる人々の消費他

の移動手段で都心部に訪れる人々に比べて特に多いわけではないことが明らかになってきてい

る57。徒歩や自転車、公共交通によって訪れる消費者が増えれば、自動車利用の減少によるマイ

ナスは十分相殺できるだろう。

安全面においても徒歩移動をよしとするならば、「歩行者が車に気をつける」世の中であって

はならない。信号のない横断歩道のある道路を車がスピードを出して走り去り、歩行者がそれに

ひかれぬよう止まって待つ。道路を横断するため自転車と歩行者が横断歩道の信号が変わるのを

待つ。このような光景はもはや当たり前になってしまっている。このような「威張った」とでも

いうべき自動車側の意識を変えるためにもシェアド・スペースの導入は有効ではないか。問題は

いかに市民の理解を得るかである。

日本の自転車政策は「ビギナー」にすら及ばない

EU においては、自転車交通を推進する自治体を、推進の程度に応じて、「ビギナー」「スタン

ドアップ」「トップランナー」と区分している。一番推進度の低い「ビギナー」は、交通分担率

のうち自転車交通が 10%を下回る自治体が対象である。日本の自治体のほぼすべては、自転車

交通の促進を政策目標に掲げることすらおらず、この「ビギナー」にすら相当しないという58。

しかし、もし自転車交通の推進が実現すれば、医療費の削減や修理による雇用増加など成長の余

地があるということでもある。同じインフラ整備にしても、例えば日本で 1 キロメートルを整備

するとき、高速道路の整備には 50 億円以上かかるのに対し、ドイツの自転車用レーンの整備を

例にすると多くとも 1 億円程度の費用で済んでいる。整備にかかる費用が少ないことも、自転車

交通推進の後押しとなるのではないか。

7.2 課題の多い都市交通

乗り換え利便性の上昇の必要性

そして、コンパクトシティを目指すにしろ、ショートウェイシティを目指すにしろ、乗り換え

の利便性を高める必要がある。特に地方都市などでは自動車という 1 つの移動手段に頼り切って

いる「モノモーダル」な状況にある場合が多い。これを車のモノモーダルから公共交通のモノモ

ーダルに変えるのではただ利便性が下がるだけで、まるで意味がない。車のモノモーダルから、

「マルチモーダル」という目的地ごとに移動する手段を選択できる社会にせねばならない。公共

交通単独では人々の交通におけるニーズに応えるのは困難であるし、町中に公共交通のネットワ

ークを張り巡らすのはコストがかかりすぎるからだ。故に、注目されている公共交通整備だけで

なく、自転車等のもう 1 種の交通手段の推進に努める必要があるだろう。社会をマルチモーダル

57 村上(2017)p. 205. 58 村上(2017)p. 209.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

199

にするには IoT の活躍が期待される。「目的地をナビで調べ、自動車で向かう」という行動から

「目的地をスマートフォンで調べ、それが支持する通りに公共交通や自転車を乗り継ぐ」となれ

ばよりマルチモーダルな社会に近づく。公共交通の乗り継ぎについてはかなりの精度でスマート

デバイスが対応していると思われるが、駐輪場が整備され、その駐輪場と公共交通機関がネット

ワーク上でつながればマルチモーダルに近づくのではないか。

カーシェアリングの限定的な有効性

カーシェアリングは IT の進歩により、大きく利便性が上昇し、自動車の数を減らすために有

効な策として注目された。カーシェアリング先進国のスイスでは公共交通を補完する手段として

政府から支援されており、人口の 1.31%(日本は 0.37%)がカーシェアリングを利用していると

いう59。

しかし、このカーシェアリングは都市部においてのみ有効ではないかと思われる。まず 1 つ目

の理由は 1990 年から小都市や農村部でのカーシェアリングがことごとく失敗しているという歴

史的事実があるからである60。

2 つ目の理由は、公共交通や自転車と異なり、利用されることによる収益が、利用された地域

に還元されにくいからである。これは自動車交通にも同じことがいえる。シェアされる車のエネ

ルギーはおそらくガソリンか、電気であろう。ガソリンの販売による利益は地元のガソリンスタ

ンドに入るものの、そのほかは産油国と産油国と国をつなぐ商社に還元される。電気自動車につ

いても同じで、充電による利益は発電所に還元され、発電所の周辺は恩恵を受けるが、消費され

た地域に還元される部分は大きくないだろう。そして、地方交付税の不交付団体からもわかるよ

うに、発電所がある地域というのは多くは経済的に既に潤っている。シェアされる車のメンテナ

ンスにより地方の雇用が生み出される可能があるが、大きな雇用を生むには至らないだろう。な

ぜなら自動車メーカーから見ればカーシェアリング業者は、多くの新車を買う乗客であり、カー

シェアリング業者からみれば大量の新車購入によってメーカーに値引きを求めることができる

し、新車を購入したほうが顧客から需要されやすいので、車の修理の必要性は発生しにくいから

だ。経済的に衰退していくであろう地方都市を支えるための都市政策を考えた場合、カーシェア

リングのようにすでに潤っている地域に更なる恵みをもたらす民間企業によるカーシェアリン

グは推進すべきではない。公的機関がカーシェアリング事業を行うならばノウハウの獲得や財源

確保等、多くの壁があるだろう。

59 公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団「わが国のカーシェアリング車両台数と会員

数の推移」 60 村上(2017)p. 231.

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7.3 新技術への疑問と弊害

自動運転自動車の有効性

これも技術の進歩により高速に進展してきた分野である。もし実用化されれば運転手の人件費

はかからないため、市街地では公共交通にとってかわる非常に利便性の高い交通手段になるだろ

うし、過疎地でも移動や配達が容易になることが期待できる。しかし、カーシェアリングと同じ

く利益が還元されるのは事業者であり、修理などの必要性も少ないという61。

それに加えて技術的な問題の解決は簡単にはいかない。例えば、もし運転を AI に任せること

が可能になっても、緊急時に乗客の命を優先するのか、車外の人の命を優先するのかという判断

は難しい。

僻地の高齢者などに対しては大きな恩恵をもたらしうるが、カーシェアリングと同じ問題を抱

え、そして導入には時間がかかる。これらの点を考慮すると、カーシェアリングを主軸にした施

策を行うのは間違いだろう。

ITS 普及への疑問

ITS(Intelligent Transport Systems)とは道路と車が互いに交通情報を共有することで渋滞など

の交通問題を解決するものである。この ITS だが、コンパクトシティを前提にした場合、ITS の

普及にはネガティブな側面も多い。例えば渋滞が発生した場合、ITS を利用することで 2 つの問

題が生ずる。

1 つ目は、渋滞発生時に、システムがいちはやく抜け道を検索し、目的地へ誘導するが、その

抜け道が住宅の近くや市街地にある場合、コンパクトシティの軸の 1 つである自動車交通との分

離が崩れる。せっかく分離した自動車が再び人々の生活圏内に入ってきてしまう。そして ITS

は抜け道を知らない人が多い場合に機能するシステムなので、ITS が普及し皆が抜け道を知れる

ようになるとこのシステムは意味がない。

2 つ目は「渋滞が解消されてしまう」ことである。自動車ありきの社会からすればメリットで

も、コンパクトシティ政策においては、公共交通などの利便性の相対的な低下を招き、自動車社

会からの脱却が遠のく。そもそも ITS は自動車移動の魅力を上げるものなので、コンパクトシテ

ィの導入においては障壁としてみてもよいだろう。

移動の高速化によって起きる弊害

追加して、ITS に限らず、あらゆる移動の高速化が抱える事実について述べておく。渋滞の解

消も移動の高速化に当たる。徒歩移動者・自転車移動者・オートバイ移動者・自動車移動者のそ

れぞれの生活の中で移動にかける時間と、移動の目的は常に一定であるという62。

61 村上(2017)p. 238. 62 村上(2017)p. 127.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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つまり、人はより速い移動手段を手に入れると、これまでの目的地への移動時間を短縮するの

ではなく、同じだけの時間を使いより遠くの目的地へ行くようになるのだ。移動の高速化は移

動・目的地の遠距離化を招き、時間の余裕を生むことはない。そればかりか移動・目的地の遠距

離化によりまちの機能・人口密度の低下や交通手段の集中化、ストロー効果等が発生する。モー

タリゼーションの後に都市のスプロールが起きている日本のように、である。移動の高速化によ

り同じ過ちを繰り返すべきではない。

7.4 日本の持ち家率の高さ(ドイツとの比較)

先述したドイツのフライブルクと、青森県青森市は両者ともに地方都市の市街地に相当し、両

者の人口は約 30 万人である。人口は非常に近い数値であるが、戸建て率、持ち家率について比

べると大きな差がみえる。

まず戸建て率は、一戸建て住宅の多さを示すものだが、青森市は 68%(日本:56%)に対し、

フライブルク市は 15%以下(ドイツ:30%)で、持ち家率についてみると、青森市は約 60%に対

し、フライブルク市は約 20%である63。

ドイツの戸建て率が低い、持ち家率が低いという特徴は、ドイツの住宅調整が機能しているか

らだ。ドイツにおいては空き地が非常に少なく、住宅の需給調整がされているので例えば 3000

万円の住宅を購入し 20 年後 1000 万円程度のリフォームをすると、その住宅の資産価値はインフ

レを考慮して 5000 万円程度になるという64。中古住宅の販売がしやすいゆえに人々は家族構成

やライフステージに応じて暮らしやすい家に引っ越すことができ、むやみな戸建て住宅の開発が

行われにくい。広い住宅を求める人は広い住宅を建てるのではなく、以前住んでいた住宅を売り

その資金をもとに借りる。このように継続的に同じ住宅に(異なる)人が住み続けるので繁栄を

維持しやすい。

それに対して、日本は持ち家率、戸建て率がドイツと比べ高い。ドイツではマイホームと変わ

らない品質の賃貸住宅の提供が政策として行われているが、日本にはそのような政策がない。ま

た中古住宅市場の価格帯も低いため、住宅を売って、その売却資金を元手に引っ越すということ

が難しい。これらの要因により、1 度戸建ての持ち家を建てると家族構成が変わろうがその家に

住むしかない。このような理由から日本では戸建て率・持ち家率が高いと思われるが、継続的に

同じ土地に(異なる)人が住み続けるのが難しいため、1 つの家族が時間とともに衰退すると当

分、または永遠にその土地に人は済まず、依然人が住んでいた場所は空き地となる。それが繰り

返すことで日本では栄えている場所でも次第に廃れていく。

中古市場における住宅の価格が低いにも関わらず日本における戸建て率・持ち家率が高い原因

の 1 つに国による「持ち家優遇」の政策が行われてきたことがあるだろう。住宅借入金等特別控

除などがその例である。

63 村上(2017)p. 26. 64 村上(2017)p. 27.

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ドイツのように行政が住宅の開発・新築を厳しく規制し、需給調整を行わなければ時間の経過

によるまちの衰退を止め、持続可能なまちをつくることは難しいだろう。日本においても、「立

地適正化計画」により居住地と都市機能の集中を見据えてエリアの線引きが行われているが、問

題も抱えている。今すぐにその線引きをもとに行政サービス供給の程度を調整することはできず、

線引きをしても線の外に住む市民からは「切り捨て」されたと受け止められる恐れも多く、市民

の抵抗を生みやすいため、厳しい線引きをすることは行政からすると簡単ではない。将来と持ち

家を優遇する政策から持ち家を規制し、集合住宅を中流層以上にも提供する政策への転換をする

時が迫っているのではないか。

7.5 再生可能エネルギーへの期待

太陽光・風力などの再生可能エネルギーの活用は国内外で力が入れられている。アースフレン

ドリーな側面ももちろんだが、経済活性化に関しても非常に地方都市の活性化に寄与しうる。前

述したように、エネルギーを生産できる地域の経済は豊かな場合が多い。それはエネルギーのた

めにかかる分のカネが他地域に流出せず、かつ自分の地域に流入するからである。2018 年現在、

日本における太陽光・風力による電力の原価はアメリカや中国の 2 倍であり、再生エネルギー先

進国とは言い難い。日本においては 20~25 円/KWh の再生可能エネルギー電力の原価はドイツ

においては 10 円以下/KWh で、今後は 6 円以下になっていく見通しであるという65。再生可能エ

ネルギーは火力・原子力発電と比べて熱効率が非常に高い、つまりエネルギーのロスが少ない。

日本もドイツのような進歩ができるのであれば、再生可能エネルギーの需要は飛躍的に高まるこ

とが考えられる。観光資源と違い、差異はあるものの再生可能エネルギーはどこの自治体でも入

手できる。エネルギー部門による地域の活性化は欧州では一般的であるという66。エネルギーの

生産を考えると、商品開発や個性が不要で、安定した市場を確保しやすく、価格設定も難しくな

い、という点で名産や観光地を作り出すより実現可能ではないか。地方都市が再生可能エネルギ

ーの活用に注力することは非常に地方都市の振興に有効ではないだろうか。

65 村上(2017)pp .258-259 . 66 村上(2017)p .55.

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日本におけるコンパクトシティ政策の必要性とその課題

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おわりに

日本に自動車依存の社会構造が成立しなくなる時代が迫っている。そしてその時代の始まりは

2025 年と言われており、遠い未来ではない。そして少子高齢化は今後も続くとされ、行政の効

率化や、活気を失いつつある市街地の活性化が求められている。

本稿では、まず日本において行政の効率化や市街地の振興が必要で、その解決策の 1 つとして

コンパクトシティがあることを示した。次にそのメリットとデメリットを提示したうえで、国内

外様々な事例の考察や比較を行った。比較・考察の結果、日本で行われているコンパクトシティ

において、公共交通の推進に頼り切っているきらいがみられた。また前述したように持ち家推進

の政策や、自転車交通の未発達等がコンパクトシティにおける持続可能な街づくりの障壁である

ことも伺えた。いずれ来る自動車に頼れない時代が来る前に、都市政策、交通政策を大きく変え

る必要があるのではないか。

特に自動車と暮らしの分離において市民の抵抗は激しいものだろう。市民の理解を得るのは厳

しい道であろうが、団塊の世代約 800 万人が 2025 年には後期高齢者となり、車に乗れない世代

の人口は多くなる。2025 年は遠い未来ではないし、問題は交通のみではない。増える医療費、

介護、人口減による経済力の低下など山積みである。大きな改革が日本には求められている。

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