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平成28年12月  第756号 29 1. S1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016 エンジニアリング、メンテナンス、軍需品 と飛行支援活動の最新の事情を知ることので きるフォーラムであり、今回は200余名が参 加した。日本からの参加は、三菱航空機株式 会社及び中菱エンジニアリング株式会社から 2名であった。なお、三菱航空機株式会社は、 2009 年に MRJ マニュアルの準拠仕様を S1000DIssue4.0.1)に決定し、続けて ATA Civil Aviation S1000D Business Ruleを採用した こともあり、参加を継続しているとのことで ある。 フォーラムの各セッションでは、S1000D の組織を構成するワーキンググループごとの 開発状況及びS-Series 全般の開発状況に関す るプレゼンテーションが実施され、質疑応答 が繰り広げられた。展示会場には、S1000D に準拠する各種ソリューションが展示されて いた。 「S1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016」に参加して 9月26日から29日にかけて、スペインセビリアにおいて開催されたS1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016に参加したのでこれを報告する。 なお、当工業会は、2015年9月に米国サンディエゴで開催されたS1000D USER FORUM 2015に引き続き参加している。 図1 フォーラムの様子

「S1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016 ... · forum and s-series specification day 2016に参加したのでこれを報告する。 なお、当工業会は、2015年9月に米国サンディエゴで開催されたS1000D

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平成28年12月  第756号

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1. S1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016 エンジニアリング、メンテナンス、軍需品と飛行支援活動の最新の事情を知ることのできるフォーラムであり、今回は200余名が参加した。日本からの参加は、三菱航空機株式会社及び中菱エンジニアリング株式会社から各2名であった。なお、三菱航空機株式会社は、2009年にMRJマニュアルの準拠仕様をS1000D(Issue4.0.1)に決定し、続けてATA

Civil Aviation S1000D Business Ruleを採用したこともあり、参加を継続しているとのことである。フォーラムの各セッションでは、S1000Dの組織を構成するワーキンググループごとの開発状況及びS-Series全般の開発状況に関するプレゼンテーションが実施され、質疑応答が繰り広げられた。展示会場には、S1000Dに準拠する各種ソリューションが展示されていた。

「S1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016」に参加して

9月26日から29日にかけて、スペインセビリアにおいて開催されたS1000D USER FORUM and S-SERIES SPECIFICATION DAY 2016に参加したのでこれを報告する。

なお、当工業会は、2015年9月に米国サンディエゴで開催されたS1000D USER FORUM 2015に引き続き参加している。

図1 フォーラムの様子

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S1000Dの組織は、意思決定の役割を担うCouncilと、運営を担うSteering Committee及び個別標準の検討や開発を担う各種ワーキンググループ及びタスクチームからなる。各国の防衛当局や企業団体が、メンバーまたはオブザーバーとして参加している。とりわけ、CouncilのメンバーはAIA(The Aerospace Industries Association of America)、ASD(AeroSpace and Defence Industries Association of Europe)及びATA e-Businessで構成され、民航機グループ(CAWG:Civil Aviation Working Group)及び防衛関係のグループ(DIG:Defense Interest Group)は、オブザーバーに位置づけられている(図2 S1000Dの組織)。

2. S1000Dの概要S1000Dは、航空機、船舶、車両等のビークルや各種装置の整備マニュアルに関する仕様である。元は欧州の軍用機マニュアルの仕様をベースに、米国が使用していた民間航空機マニュアル仕様(ATA2200i)を統合化して作成された。開発は現在も継続されている。ここで、S1000Dについて概説する。

(1)歴史S1000Dは、ユーロファイタータイフーン

の開発に参加した7か国(フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン、オランダ及びスウェーデン)間の情報共有を図りながら効率よく開発を進めるに当たり、1984年からASDによって、各国の規格及び国際規格に合致するように検討され、1989年に規格(ATA spec100)として開発された。

2008年にASD、ATA及びAIAが覚書を交わし、軍需及び民需に共通した標準仕様となっている。

(2)特徴欧米において、S1000Dは、航空機メーカーや関連企業に浸透しており、初めてS1000Dを適用する際に、容易に支援を受けられる環境にある。S1000Dの開発には、製造者とオペレータ(ユーザー)の協力体制が組まれ、両者の要求を盛り込んで、製造品を表現する大量かつ複雑に関連する技術データを構造化する原理・原則が策定された。標準仕様の範囲は、製造や保守の各プロセスを含む製品のライフサイクルを対象とし、計画、管理、情報配信やフィードバックに関するプロジェクト全般における協業者やユーザーとの情報共有を容易にしている。

図2 S1000Dの組織

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S1000Dを適用している航空機には、ユーロファイターを始め、ラファールファイター、A400輸送機、グリペンファイター、F117Aステルス機、B787ドリームライナー、ツポレブTU204/214などがある。また、これに加え、ヘリコプター、戦車、潜水艦、船舶の整備マニュアルに適用されている。

(3)位置づけ S1000D Councilは、ILS Spec Council(ILS

はIntegrated Logistic Supportの略であり、ILS Spec Councilは、民需及び防需から要求されるロジスティクスに関する標準仕様を策定する団体である。)と密接に連携し、一般的なビジネスプロセスにおいて、ILS Spec Councilが中心となり開発するS-Seriesと呼ばれる規約・仕様群と整合をとりながら整備マニュアルに関するテクニカルドキュメンテーションの領域を担う。図3.1に製造プロセスにおけるS1000Dの位置づけを示す。図 3.2では、

図3.1 製造プロセスにおけるS1000Dの位置づけ

図3.2  S1000DとS-Seriesの関係

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S-Seriesとの連携について示す。図 3.2のSX000iはILSの使用ガイド、S2000Mは材料・資材管理、S3000Lは補給支援分析、S4000Pはオーバーホールなど計画的な保守及びS5000Fは適用中のS1000D及びS-Seriesに対するフィードバックの仕様を規定している。S1003Xは、LSA(S3000L及びS4000P)とテクニカルドキュメンテーション(S1000D)を連携する仕様を規定している。加えて、図3に現れないS6000Tでは、トレーニングに関する分析と設計の仕様を規定している。

(4)仕様S1000Dは、ドキュメンテーションプロセスの定義、情報の標準化、管理、関連、表現、使用法、標準的な採番要領などを定義する。

S1000Dにおいて、情報の単位であるデータモジュール(DM)とそれらの集合体であるCSDB(Common Source DataBase)を基盤としている。DMは、XML形式で表現され、プロジェクトごとに登録された国際的にユニークな識別番号を有する。図4.1に示すように、製造サイドは、製造物に関する情報の集まりをCSDBでDMとして管理し、利用サイドは、教育用資料や整備マニュアルの作成など目的に併せて、パブリケーション(図表を含む文書)を構成し、閲覧する。利用サイドでは、対話型電子技術文書作成機能(IETP:

Interactive Electronic Technical publication)で、アクセス権を有し、航空機の製造番号などによるフィルタリングを受けたDMを閲覧することも仕様の一つになっている。図4.2は、カスタマAとカスタマBが、同じDMを利用して、異なる文書を作成する様子を表現している。

(5)適用S1000Dの適用において、最も重要なのが、

(4)項のDMのレベルを併せることであり、そのためにプロジェクト毎又は組織・機関毎にビジネスルールを決定し、適用することとなっている。現在のバージョンでは、ビジネスルール(BR)の決定に関する仕様(意思決定ポイント、テンプレート及び選択の指針)が提供されている。例えば、適用するS1000Dのバージョンの決定、製造物に関する数値情報を表現するCGS単位系(センチメートル、グラム及び秒を基本単位とする単位系)またはMKS単位系(メートル、キログラム及び秒を基本単位とする単位系)の選択、上位のルールの標準辞書を使用するのかプロジェクト(又はサブプロジェクト)においてカスタマイズされた辞書を使用するのかなど、バランスのとれたドキュメンテーションに必要な事項を、文書で規定する。S1000Dは、ルールの必要となる意思決定ポ

図4.1 DMの作成と使用 図4.2 DMの利用イメージ

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イントと指針を提示し、プロジェクトはその指針に沿って、すべてのBRを決めていくことになる。防衛の分野では、組織や機関、部署ごとに任務や運用が異なるためそれぞれのBRを作成することが多く、民間航空の分野では、製造と運用が画一的な特徴を持つため、図5.1に示すように防衛の5階層に対して3階層が一般的である。

なお、BRは、総則、製造物の定義、保守の基本方針や運用概念、セキュリティ、ビジネスプロセスの定義、データ作成に関するルール、データ交換に関するルール、データ管理要領、民航機マニュアル仕様(ATA2200)などとのデータ互換及びデータの出力の10のカテゴリーで、定義される。(図5.2)

3. S1000DのバージョンアップとS-Seriesの開発状況

(1)S1000DのバージョンS1000Dは必要に応じ、図6のように継続的なバージョンアップがなされている。現在、Issue4.0において、ビジネスルール、グラフィック、保守整備に関するデータ、セキュ

リティなど幅広く改善したIssue4.2を開発中であり、本年8月31日に最終版をリリースし、遅くとも12月31日までにレビューと修正を終える計画としている。なお、Issue4.2は、AIRBUS社の最新機種

A350XWBに採用される予定である。

ちなみに、MRJはIssue4.0、B787はIssue3.0を採用している。最新バージョンへのコンバートは、高コストなため、プロジェクト初期に選択されたIssueでの使用が継続されている。この最新バージョンへのコンバートに要するコスト要因が、複数のバージョンの存在を余儀なくしている理由である。

(2)S-Seriesの開発状況ILSの仕様開発に関する計画と状況を図7に示す。図中のASD-STE100はシンプリファイドイングリッシュの規格、SX001Gは解説、SX002Dはデータモデル、SX004GはUML (Unified Modeling Language)版、SX005GはXMLスキーマの適用ガイドライン、S1000XはS1000Dへの入力データに関する検討ワーキンググループの状況を示している。

図5.1 ルールのモデル(例) 図5.2 BRのカテゴリー

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図6 バージョンアップの概要

図7 開発計画及び状況

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4. その他筆者は、10月5日から7日にかけて、一般財

団法人テクニカルコミュニケーター協会(JTCA:Japan Technical Communicat ion Association)が主催するテクニカルコミュニケーションシンポジウム 2016に参加し、「S1000D 規格を解剖する~産業界での世界標準規格を業務に反映させる~」をテーマにパネリストとして、S1000Dの概要、航空機業界におけるS1000D適用の具体例(三菱航空機株式会社のMRJ)の紹介、S1000D User Forum2016の概要及びS1000Dに準拠したソフトウェアの操作に関する概略を説明した(図8 発表の様子)。産業界と連携するコミュニケーションの専門家の間においても、S1000Dに関する興味、感心が高まっている。なお、当該シンポジュウムの全体テーマは、

「拡げる、つなげる、コミュニケーションの共奏」であった。また、本シンポジュウムでは、日本の魅力的な製品やサービスに関する適切な情報を発信するというクールジャパン戦略に基づく、海外需要開拓に繋げ、産業振興に寄与することを目的のひとつとしている。

5. 所感ソリューションベンダーは、S1000Dに準

拠した自社製品(ソフトウェアツール)の展示に加え、自社製品に関する特長及び改善点についてフォーラムのプログラムのひとつとしてプレゼンテーションを実施していた。この点から、S1000Dが、業界に浸透し、実装するソフトウェアベンダーと使用するユーザーが一体となった規格開発の実態が窺える。このように実装を前提とした規格や標準は、業種・業界の協力を得られやすく、定着する傾向にある。また、計画から保守に渡る製品のライフサイクルにおいて、S1000D及びS-Seriesが密接に連携し、開発や故障探究、部品交換情報の配信などを効率よく推進しており、当該規格の適用はグローバルなビジネス環境かつ長期的なプロジェクトで強く求められると感じる。国内でも、他産業において、S1000Dの適用を検討している話を聞いている。IoT活用の面では有効であり、導入に際してはS1000Dの精通者の確保が課題になると予想する。引き続き、当該規格の動向、実践プロジェクトの実態などをモニターしていく。

図8 発表の様子

〔(一社)日本航空宇宙工業会 技術部 部長 火口内 恵一〕