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1 ニューズレター 第9200412巻頭特集:Pafricsをインターネット上で一般公開 ・・・・・・・・・・・・・ 1 プロジェクト活動報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 災害保険講座(第1回)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 研究発表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 9 No. 防災科学技術研究所 Pafrics(PArticipatory Flood RIsk Communication support System)は,ニューズレターの第7号で紹介 しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン トの考え方を普及させることで,地域の防災力向上をはかることを目的に,リスク論的な視点から開発中 の参加型水害リスクコミュニケーション支援システムです。その機能の一部をインターネット上で一般公 開しました(公開URLhttp://www.pafrics.org/ )。 Pafricsをインターネット上で一般公開 福囿輝旗(防災科学技術研究所) Pafrics入口画面

Pafricsをインターネット上で一般公開 · しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン

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Page 1: Pafricsをインターネット上で一般公開 · しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン

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ニューズレター 第9号 2004年12月

● 巻頭特集:Pafricsをインターネット上で一般公開 ・・・・・・・・・・・・・ 1 ● プロジェクト活動報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 ● 災害保険講座(第1回)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 ● 研究発表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15

9 No.

防災科学技術研究所

Pafrics(PArticipatory Flood RIsk Communication support System)は,ニューズレターの第7号で紹介しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメントの考え方を普及させることで,地域の防災力向上をはかることを目的に,リスク論的な視点から開発中の参加型水害リスクコミュニケーション支援システムです。その機能の一部をインターネット上で一般公開しました(公開URL:http://www.pafrics.org/)。

Pafricsをインターネット上で一般公開

福囿輝旗(防災科学技術研究所)

Pafrics入口画面

Page 2: Pafricsをインターネット上で一般公開 · しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン

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Pafricsは水害の発生メカニズムや水害リスクの特徴,行政から住民までの様々な主体による水害リスクの軽減策を,ハード的な予防対策から,ソフト的,そして社会制度的な減災対応まで,わかりやすく解説した様々なコンテンツから構成されています。また,それらのコンテンツを組み合わせ,主として水害に関心のある住民やNPO,自治体などが主催するワークショップや学習会などの進行に合わせた様々なシナリオを編集する機能も持っています。既に数回のワークショップを実施しており,その時に編集し,使用したシナリオは既往シナリオとして保存されています。 これらの既往シナリオをもとに,今回,標準的な3つのシナリオ「水害リスク軽減策と地域住民の役割について学ぶ」,「参加型の統合的な水害リスクマネジメントの考え方を学ぶ」,「地域の水害リスクとハザードマップを学ぶ」を作成し,一般に公開することになりました。各シナリオはそれぞれ約60分程度で実施可能なワークショップを想定して作成してあり,水害リスクコミュニケーションのも基本的でかつ重要なコンテンツから構成されています。 利用者は,汎用的なインターネットブラウザ(ホームページの閲覧用ソフト)を用いて,利用したいシナリオを選択するだけで容易にコンテンツを閲覧し,ワークショップを実施することができます。また,ワークショップの主催者や進行役のために,各シナリオに対応したコンテンツの解説書やワークショップの運営方法などに関する資料,ワークショップの参加者を対象としたアンケート調査票なども合わせて提供しています。 今後,新たなコンテンツを継続的に開発するとともに,様々な水害リスクコミュニケーションの場面を想定し,随時,新たなワークショップシナリオを提供する予定です。年内に新たに3つのシナリオを公開することで準備を進めています。将来的には,ワークショップを主催するNPOや市民活動団体等が地域に関連したコンテンツを新たに登録し,独自のシナリオを自由に編集することが出来る機能も提供する予定です。

Pafricsをインターネット上で一般公開

Pafricsを使用した防災ワークショップ Pafricsのコンテンツ例

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●●●「社会システムの災害に対する強さに関する

リスク分析」の研究全体の概要

岡田憲夫氏(京都大学)

本研究では,水害に関するリスクマネジメン

トに焦点をあてて研究を実施している。その中

で総合的な防災について考えるとき,どういう

「地域」のスケールで物事を考えていくのか,

という問題がある。地域のスケールを考えない

と擬似的な状況を想定する場合,議論できなく

なる。地域のスケールを念頭に置いた上で,ど

のような情報が事前に必要になってくるのかと

いう課題については社会実験の場をとおして検

討していきたい。

本研究では大きく,「災害リスクマネジメント

施策の評価手法に関する研究」,「災害に対する

社会的備えの構造評価法に関する研究」,「低頻

度巨大災害リスクに対する社会経済的施策の評

価法に関する研究」の3つの枠組みで行ってい

る。各研究について,詳しくは担当者に発表して

いただく。

●●●災害リスクマネジメント施策の評価手法に関

する研究

多々納裕一氏(京都大学)

ここでは,災害リスクマネジメントのための

コミュニケーション支援システムの開発を行っ

ている。システムの要件として,GISによって

リスクを可視化することを目指している。住民

が自らの保有資産の種類,位置等を入力するこ

とで,個人レベルで被る可能性のある経済的損

失のリスクを把握できるようにしたい(図 -1)。また,保険購入・家具の配置や避難先の

選択等,可能な代替案を地域住民,個人もしく

はコミュニティが自ら検討できるようにしたい

と考えている。

このシステムは,降雨と破堤地点に関する多

数のシナリオに対応するシミュレーション結果

とその生起確率を時空間GISに格納し,その上

にリスク解析,避難解析サブシステムを加える

ことによって構成している。現在,基盤となる

時空間GISへのシミュレーション結果の実装と

リスクカーブ表示機能の実装が終了している。

今後は,先述した代替案の選択とその結果を表

示するサブシステムの構築を実施するととも

に,地域でのワークショップ等を実施していき

たい。 Q:家財を1階に置くのと2階に置く場合ではド

ラスティックに資産の被害が変わる。その点

の考慮についてはどうなっているか? A:現時点では対応できていないが,近い将来

対応する予定である。 Q:どのような人が使用することを想定してい

るのか? A:地域住民やNPOの方々を想定している。

NPOの方々がこのシステムをカスタマイズ

して使用することもできなくはないと考えて

いる。

図-1 家屋の被害表示機能の例

●●●災害に対する社会的備えの構造評価法に関す

る研究

渥美公秀氏(大阪大学)

災害時のボランティア活動とそれを支える

NPO,行政,企業,市民がこれからの災害に対

していかなる社会的備えを整えつつあるのかと

いうことに焦点をあてて研究を行っている。ボ

プロジェクト活動報告

平成16年度 第1回研究推進会議 平成16年5月11日(火)ハーモニーホール(神田)

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プロジェクト活動報告

ランティアがもっている知識,技術を普及して

いくことをシステム化していこうとしている。

事例研究としては,災害NPOらが実施してい

る知識・技術の集約の場での参与観察,救援シ

ステムの普及策の1つとしての地域防災プログラ

ムへの参与観察を行っている。災害NPOの具体

的な例として,レスキューストックヤードを対

象にしている。実践研究としては,救援システ

ムの普及策の1つとしてビデオ教材を作成してい

る。また理論研究として,災害NPOが社会的防

災力の強化に果たす役割と課題について検討し

ていく。具体的には,NPOの中間支援組織とし

てある「智恵の広場」を対象にしている。また

実際の現場での研究として,宮城県北部地震に

おけるNPOの救援活動を行っている。

宮城県北部での地震時には,レスキュース

トックヤードが救援活動として出向き,スムー

ズに災害ボランティアセンターを立ち上げ,効

率的な災害ボランティア活動を実施することが

できた事例がある。一方で日頃からのボラン

ティアセンターをそのまま使った事例もある。

今後,レスキューストックヤードやその他の団

体に蓄積されてきた経験がどのように集約され

ていくのかをみていきたいと考えている。また

偏在している知識・技術を集約し,可視化する

ことによりシステムを普及していく方策を検討

する。

Q:災害ボランティアセンターを立ち上げなか

ったところの状況は,その後どうだったの

か。

A:災害ボランティアセンターを立ち上げたと

ころでは,その後の福祉活動なども充実して

きている。

●●●低頻度巨大災害リスクに対する社会経済的施

策の評価法に関する研究

横松宗太氏(鳥取大学)

昨今の潮流として,市場の地震保険の機能の

向上とともに,公共による支援制度の拡充があ

る。

1998年には国が被災者生活再建支援法を制度

化している。また2000年の鳥取県西部地震の

際,鳥取県では住宅が全壊した世帯に対して再

建する場合に住宅の再建費用として300万円を

上限とした補助,補修の場合には150万円を上

限とした補助が行われた。鳥取県では地震後に

は被災者住宅再建支援条例が制度化された。こ

れらはこれまで国がとってきた伝統的な考え方

である自力再建,自助努力の原則とは異なって

いる。

本研究では,単純なモデルを定式化して,公

共による被災者支援制度の便益が市場を通じて

終的にどのような主体に帰着するのかを分析

する。モデルにおいて地域には家主と賃借人が

存在し,両者とも遺産動機をもっていない。市

場では地震保険が売られているとする。

分析の結果,住宅再建補助制度は若年層の家

主によって利用されること,一方,家賃補助は

高齢の家計に適用され,かつ家賃補助の一部は

終的に若年層の家主に帰着すること,また外

部地域の家賃が被災地に較べて安価なときに

は,域外に流出する家計は地域内で賃借する家

計よりも年齢層が低いことが明らかとなった。

また地震保険制度は被災後の住宅再建行動や居

住地選択行動に対して中立であることなどがわ

かった。現在,地震前の家主の保険購入問題の

分析を進めているところである。

Q:地域の設定として,鳥取県を前提としてい

るが,東京などの大都市とは状況は異なって

こないか。

A:被災地の設定として小さい被災地を想定し

ているので,東京などの場合とは異なる。

Q:保険と再建補助はどのような関係か。

A:再建補助は被災地域で住宅を再建する場合

にのみ給付される。地震保険は保険金の用途

が自由なので,住宅再建・地域残留のインセ

ンティブは再建補助よりも小さい。

記:照本清峰

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プロジェクト活動報告

平成16年9月28日(火)フォーラムミカサ(神田)

●●●プロジェクト中間評価用報告資料の検討

福囿輝旗(防災科学技術研究所)

本プロジェクトは,平成15年事業年度評価の

自己評価において理事長から肯定的な評価が下

されたように,洪水災害に絞った研究活動に対

する一定の評価を得ることができた。ところが,

外部評価委員からは,「災害に強い社会システム

に関する実証的研究」というプロジェクト名に

見合った研究が実施されていないという理由で

厳しい評価が下された。その理由として,評価委

員長からは「『災害に強い社会システムに関する

実証的研究』というプロジェクト名からして,洪

水災害だけではなく地震,土砂など様々な自然

災害を対象とすべきだ」という意見を頂いた。し

たがって洪水災害に焦点を当てつつも,マルチ

ハザードの観点から研究を進めていくこと,社

会科学的な枠組みによる研究成果を,所内なら

びに第三者評価委員に対して分かりやすく伝え

る努力が求められている。このような観点から,

来るプロジェクト中間評価での報告内容につい

て福囿が説明を行った。それに対して,主として

以下のような意見が出された。

C:災害に関する社会科学的研究の意義が十分

に理解されていないことを踏まえ,「災害に強い

社会システムに関する実証的研究」プロジェク

トにおいて,何を研究対象としているかを明確

にする必要がある。

C:「住民のリスク認知をいかに高めるか,住民

の備えを引き出すためのツールがPafricsであ

ると打ち出すべきだ。併せて,どのような場で

Pafricsが利用できるかを示すために具体的事

例を示し,またPafricsの効果についても報告す

ることが必要だろう。

C:外部評価委員会は,社会科学とは異なる研究

領域の方々が多数を占めている。この点を考慮

すると,特定の社会科学研究者で用いられてい

る専門用語を基礎としたプレゼンテーションを

披露するだけでは,十分にプロジェクトの意義

は伝わらないと考えられる。したがって,プレゼ

ンテーションにおいて使用する言葉をもっと咀

嚼し,分かりやすくする努力が必要だ。

上記以外にも寄せられた多くのご意見から,

プロジェクトの研究対象,Pafricsの使用法とそ

の効果,プレゼンテーションにおいて使用する

用語を重点的に検討することにした。

●●●全米洪水保険制度の概要,コミュニティ料率

システム

坪川博彰氏(防災科学技術研究所

客員研究員,元損害保険料率算定機構)

NFIP(National Flood Insurance Program)で

は,契約者が自身に適用されたゾーニングに不

満な場合に異議を申し立てられるシステム

(LOMA; Letter of Map Amendment)が整備され

ている。LOMAは,微地形や周辺環境によって契約

者ごとに異なる水害リスクを評価することが可

能である。1980年以降は,河川管理の中心が地方

自治体に移り,1991年にはコミュニティ料率シ

ステム(CRS: Community Rating System)が導入

された。CRSは,リスクの低減努力により 大

45%の保険料を割り引くという,防災のインセ

ンティブと保険とを結びつけた仕組みである。

コミュニティがCRSを利用しようとした場合は,

FEMAにその申請を行う。FEMAはそのコミュニ

ティが適格かの審査を行い,その結果を通知す

る。評価は4シリーズ,計18種類のクレジットと

呼ばれるもので採点される。各クレジットには

ポイントを獲得するための細かい規定が定めら

れており,CRSはコミュニティが自発的にリスク

を減らすように仕向ける仕組みになっている。

(米国の治水事業の歴史及びNFIPの詳細につい

ては『災害保険講座』にて後述)。

平成16年度 第2回研究推進会議

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プロジェクト活動報告

●●●CVM調査報告(洪水対策に対する住民の支払い

意思額)

翟 国方(防災科学技術研究所)

本調査の目的は,住民の水害対策に対する

ニーズの所在を検討し,さらに環境改善率,洪水

発生確率削減率,浸水深の削減程度,水害対策の

4つの効果(内水対策・外水対策・ソフト的対策・

環境保全対策)と,各々に求められる負担との間

のトレードオフ関係について検討することであ

る。 愛知県名古屋市北区及び岐阜県土岐市の住民

を対象に実施したアンケート調査結果について

報告する。アンケートで得られた調査データに対

して,CVM(仮想評価法,Contingent Valuation Method)及びコンジョイント分析法による分析

を行った。電話帳データベースに基づいて,名古

屋市北区および岐阜県からそれぞれ500人ずつ

ランダムサンプリングした。そして,アンケート

調査票(あいさつ文を併記),返信用封筒(切手

貼済),調査協力の謝礼としての花の種を同封し

たものを2004年3月24日に発送した。また催促状

を4月6日に発送した。その結果, 終的に44.5%の回収率を得ることができた。分析の結果,次の

点が確認された。

①ほとんどの住民が,水害対策を実施すべきだと

考えている。 ②住民は,外水対策よりも相対的に内水対策・ソ

フト対策を求めている。

③土岐市住民は外水対策及びソフト対策を,名古

屋市北区の住民は内水対策を強く求めている。 ④河川から離れた所に住む住民ほど外水対策の

要求は弱くなり,内水対策への要求は強くなる。 ⑤河川氾濫に対する受容度が高い住民は,「氾濫

は絶対受容できない」と考える住民よりも,洪水

早期警報システムやハザードマップといったソ

フト的対策を強く求めている。 ⑥水害リスク認知,環境リスク認知,新たな負担

との間にトレードオフ関係が存在すること。

⑦統計的に評定された人命の価値においては,平

均値ではCVMのVOSL(統計的人命価値,Value of Statistical Life)はコンジョイント分析法より

およそ倍近く大きいが,オーダー的には同レベル

である。

今後,同様の調査を実施する際には,様々なリ

スクと共存する住民が,多種多様なリスクのひと

つに過ぎない水害リスクをどのように認知して

いるのか,治水施設が環境に及ぼす影響の情報提

示法の違いがVOSLにどのような影響を与える

かなどについて検討する必要がある。また,本研

究の調査対象者は電話帳データベースから抽出

したことから,サンプルに偏りがあったという見

方もある。今後の調査においては,調査対象者を

増やしたうえで,住民基本台帳からランダムサン

プリングすることが求められる。

記:髙尾堅司

水害対策の選好と支払い意思額の関係

0

1000

2000

3000

4000

5000

6000

外水

対策

優先

内水

対策

優先

ソフ

ト対

策優

負担

を少

なくす

べき

整備

必要

ない

水害対策選好

水害

対策

のた

めの

支払

い意

思額

(W

TP)(

円)

外水対策1 外水対策2 ソフト対策 内水対策1 内水対策2

外水対策への要求の高い住民は,その対策のための支払い意思額(WTP)も高い

Page 7: Pafricsをインターネット上で一般公開 · しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン

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プロジェクト活動報告

●●●ワークショップ

名古屋市内を流れる庄内川は,上流の岐阜県側で

は土岐川,下流の愛知県側では庄内川と呼ばれてい

る。この土岐川・庄内川の今後20年から30年間の具体

的な河川計画づくりを,流域住民と行政が話し合う「土

岐川・庄内川コレカラプロジェクト」(以下,コレカラプロ

ジェクト)がある。 このコレカラプロジェクトの学習会において,Pafricsを用いたワークショップを2度(第一回:2004年8月1日・

第二回:2004年10月3日)実施した。両者とも,参加者

は河川流域住民約10名であった。

第1回:「災害への備えを考える」

発生が不確実な大規模水害に対して,住民が家庭

や地域でどのような対策をたてられるのかをテーマとし

た。Pafricsを用いて,水害発生の不確実性,想定され

る甚大な被害,水害対策の実施主体と種類,地域で取

り組むことができる被害軽減策などについて解説した。

その後のディスカッションでは,発災から復旧・復興まで

の各時間的段階において,住民が行うことのできる

対策や課題について議論した。

その結果,行政の対策や救援活動には限界があ

ること,町内会や自治会による対策が必要であること

などの意見が出された。具体的には,避難場所や避

難経路,家屋の補強,危険箇所や災害状況の情報

伝達,ボランティアのマネジメント,災害弱者への対

応などが議論された。

第2回:「ハザードマップを学ぶ」

災害に関する事前情報源である,ハザードマップ

を理解し,活用することをテーマとした。Pafricsを用

いて,水害ハザードマップの作成方法や,利用する

際の注意点,そして,地域でハザードマップを活用す

る方法などを解説した。その後のディスカッションで

は,名古屋市発行の水害ハザードマップを使用し

て,地図から得られる情報と得られない情報,また,参

加者が地域の防災責任者であったと仮定した場合

に,地域の被害軽減に必要な情報や実施すべき対

策は何であるかを議論した。

Pafricsを使ったワークショップと大学講義

参加型水害リスクコミュニケーション支援システム (PArticipatory Flood RIsk Communication

support System:以下Pafrics)の効果を検証するために,ワークショップと大学講義の場で使用した。

ワークショップ・大学講義共に,Pafricsを用いて洪水氾濫の特性やリスク,水害対策の種類などの解

説を行った。ワークショップの場合は,その後ディスカッションの場を設定した。解説の前後にアン

ケートを実施し水害やリスクに対する理解度と意識変化を評価した。

地域の水害リスクを検討 水害ハザードマップを元に情報を追加

Page 8: Pafricsをインターネット上で一般公開 · しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン

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その結果,既存のハザードマップでは避難経路や

建物の高さなどがわからないこと,地域での議論の必

要性,町内会の知識・関心不足などの意見が出され

た。具体的には,報道関係者と河川管理者や自治体

との連携,さらに,町内会や自主防災組織の活動を

活発化するための方策として,災害NPOや学校の総

合学習との連携を検討する必要があるなどの提案が

出された。

●●●大学講義

講義は,立正大学(2004年6月1日 )と金沢大学

(2004年7月1日)の2カ所で行った。立正大学では,地

震・火山・水害等の主要自然災害現象とハザードマッ

プとの関連性理解を目的としている「防災地図情報」,

金沢大学では,火山・地震・水害等の自然災害に関

連する地形変化・気候変化の本質を把握し,災害の

原因と背景の考察と防災意識の向上を目的としてい

る「自然地理学概論」の各1回(90分間)を使用した。

立正大学:統合的水害対策とハザードマップを学ぶ

受講者は地球環境科学部に所属する学生の2年生から4年生93名だった。「防災地図情報」と題し

た講義であるため,水害発生メカニズムと水害対

策の理解を深めることの他に,ハザードマップに

関する理解を深めることを目的とした。講義で

は,水循環のプロセス(降雨・流出)を明確に示し

た上で水害発生メカニズムに関して説明し,水害

対策に関して実施主体とタイミングを説明した。

その後,水害ハザードマップに特化して作成目的

や作成過程,使用上の注意に関して説明を行っ

た。教材は,「Pafrics」以外に庄内川・新川洪水

ハザードマップ(発行:愛知県名古屋市)を用い

た。庄内川・新川洪水ハザードマップはA4サイズ

に縮小し,受講者全員に配布した。アンケートか

ら水害に対する理解や対策への意識変化がみら

れた。またハザードマップに対する注目箇所が講

義前は浸水深に集中していたのに対し,講義後は

他の記載事項に注意箇所が多様化していた。

金沢大学:統合的水害対策を学ぶ

受講者は文学部・経済学部所属を中心とした学

生1年生から4年生で36名だった。「自然地理学概

論」は,災害の原因と背景の考察と防災意識の向

上を目的としているため,その点を考慮し,水害

発生メカニズムと水害に対するリスク論的理解

を深めることを目的とした。講義は,水害メカニ

ズムに関して説明し,その後,水害対策を行なう

上で考えなければならないリスクに関する解説

と,リスクを測る際に用いられる確率に関して説

明をした。その後具体的に水害対策に関して説明

を行った。アンケートから,水害に対する理解や

対策への意識変化がみられた。

●●●まとめ

大学講義におけるアンケート結果から,Pafricsの水

害に関する教育効果があったといえた。また,土岐川・

庄内川コレカラプロジェクトのワークショップでは,

Pafricsによる講義を経たディスカッションで,行政によ

る情報や対策だけでは不十分であるため,住民は自

ら判断し行動することの必要性や,地域コミュニティで

水害への関心を高めることの必要性など,具体的な課

題が住民より出され議論がされた。

水害に関する知識を必要としながらも,教材を整える

時間や方法のない学校や地域の教育現場などで,

Pafricsの利用は水害に関する知識の蓄積に貢献出

来ると考えられる。特に地域における防災教育は,知

識の蓄積だけでなく,リスクコミュニケーションを行うた

めの土台作りに重要な役割を果たす。そのため,多く

の場所でPafricsを活用していくことで地域のリスクコ

ミュニケーションを支援出来ると考えられる。

記:鈴木 勇・竹内裕希子

プロジェクト活動報告

金沢大学での講義の様子

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プロジェクト活動報告

平成16年7月12日夜から13日にかけ,停滞し

ていた梅雨前線が活発化した影響で豪雨が発生

し,新潟県及び福島県に大規模な被害がもたら

された。日本海付近に停滞し続けた梅雨前線は

ゆっくりと南下した後,7月17日夜から18日にか

けて再び活発化し,福井県も豪雨の影響で大き

な被害に見まわれた。人的被害は新潟県で死者

15名,福井県では4名,住家被害は新潟県で全壊

68世帯,半壊5437世帯,一部損壊・床上浸水・床

下浸水は計8492世帯,福井県では全壊66世帯,半

壊135世帯,一部損壊・床上浸水・床下浸水は計

13956世帯であった。 当プロジェクトでは,9月に新潟県の豪雨災害

調査,10月に福井県の豪雨災害調査を実施した。

調査は行政機関を中心に,各関連機関に出向い

て被害や対応状況についてヒアリングを行うと

ともに,被災現場の調査も行った。これらの災害

から多くの課題が改めて浮き彫りになったが,

今回の水害の特徴や課題点について,ここでは

筆者の主観から3点を記す。 第一に,被害の特徴として亡くなられた方に

高齢者が多いことがあげられる。2県の水害にお

ける死者19名中,70歳以上の高齢者は16名で

あった。緊急時には特に高齢者等には避難勧告

を早めに出すことや,避難勧告の伝達手段を確

保しておく等の対応課題が改めて指摘される。

第二に,被災した各家庭からでる災害ゴミの

問題があげられる。水害発生直後から,浸水によ

り使えなくなった家具や電気器具が被災した各

家庭から多く出された。一度に多くのゴミが発

生するためにゴミを回収しきれず,道路をふさ

いだゴミにより交通渋滞が発生するなどの問題

が生じた。また夏場であったため,暑さやゴミの

異臭の影響でゴミの運び出しや家屋の清掃作業

は重労働であった。この点,被災者からボラン

ティアの方々に感謝する声は多かった。

第三に,被災者の生活復興をどのように支援

していくべきかという課題があげられる。被災

者への支援施策として,建物の解体・撤去等の費

用に対して支援金を支給する被災者生活再建支

援法が1998年に制定されている(2003年4月改

正)。ところが同法では支援の対象者は被災程度

が大規模半壊以上であるとともに,支給額は

高300万円等の制限がある。このため,新潟県や

福井県では国の制度に上乗せするかたちで支援

施策を打ち出している。被災者個人の財産に対

して公的資金を投入することは原則的に行われ

ないことになっているが,地方自治体レベルか

ら少しずつ変化させていく動きがある。今後,被

災者に対する公的資金の投入が復興にもたらす

効果について検証していくことも必要である。

記:照本清峰

平成16年新潟・福島豪雨,福井豪雨の災害調査報告

写真-3 避難所の様子(三条市)

写真-2 一乗谷川近くの復旧現場(福井市)

写真-1 刈谷田川破堤地点近くの流出した家屋跡 (中之島町)

Page 10: Pafricsをインターネット上で一般公開 · しましたように,住民の水害リスクに対する知識と関心を高め,参加型の統合的な水害リスクマネジメン

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本年7月3~7日にイタリア・ラベーロにてThe

fourth annual meeting on Integrated Disaster

Risk Managementが開催された。

同フォーラムは

自然災害のリスク

管理に関わる各国

の研究者や実務家

が集い,各国の防災

技術的や社会経済

的な減災害手法の

研究開発の取り組みを共有し,議論を通じてリスク

管理の知恵の共有を図る場である。国際応用システ

ム分析研究所(IIASA)と京都大学防災研究所の共催

により2001年から毎年開催され、今年で4回目を迎

えることとなった。

共催者のIIASAは,エネルギーと技術,環境と資

源,人口と社会の3分野を活動対象とし,社会の持

続可能性及び地球規模の変動が及ぼす影響につい

て,環境,経済,技術及び社会発展等の多様な側面

から分析するとともに,人間と環境の相互作用過程

について探求する国際研究機関である。1966年に

オーストリアのウィーンに設立され,現在18の国々

が参加している。

今回のフォーラムのテーマChallenges of Im-

plementationということで,防災研究の科学的・技

術的,社会的な研究成果や知見を地域や社会に実装

するための実践的なあり方やその課題をめぐり,発

表と議論がなされた。議論の対象となった災害類型

は,地震,水害,旱魃などであり,適用分野として

は医療施設のリスクマネジメントなどの発表がみ

られた。

統合的な災害リスクマネジメントのあり方をめ

ぐり,マルチハザードの文脈の中で,研究のフレー

ムワークおよびその実践事例をめぐり,各国の研究

者間で意見交換がなされた。「統合的な災害リスク

マネジメント」という新しい研究領域への各国の取

組は緒についたばかりであるものの,その考えの必

要性と重要性については参加者間の共通認識であ

ることが確認された。今回のフォーラムを通じて,

災害リスクマネジメント研究の実践的な研究ネッ

トワークが形成されることが期待される。

筆者は,業務の都合上,6日,7日の2日間のみ参

加するにとどまったが,その中で,リスクコミュニ

ケーションを支援する情報共有プラットフォーム

に関する発表や,災害応急・復旧への地理情報シス

テムの利活用についての発表も見られた。しかし

「多様な関係者間における相互運用性等」という重

要な視点が抜け落ちている,社会への実装の視点が

抜け落ちているなど,それらの発表からも未成熟な

研究領域であることが確認された。また,災害時の

情報共有や連携は,防災関係機関のかたい連携のみ

ならず,広域的な自治体間の連携や,被災地の内外

の市民間やNPOなどとのゆるやかな連携をも想定し

たプラットフォームづくりが課題となることはい

うまでもないが,参加者との会場の内外での議論を

経て,災害情報の共有基盤整備に関する研究開発は

統合的な災害リスクマネジメントに関する研究と

一体的に行われるべきであることがあらためて確

認された。

会場での議論の中で,防災研究成果の地域社会へ

のインプリメンテーションには,国または地方政府

の財政的な制約が大きいとの議論がなされた。ま

た,会場の参加者からも災害対策に社会の財をどれ

だけ配分するかといった民主的な決定の問題が含

まれるとの指摘もあり,行政プロセス,政治的意思

決定プロセスのそれぞれについて,インプリメン

テーションのためのリスクコミュニケーションの

必要性は高く,社会システム研究のテーマとしても

検討すべき課題であると思われる。

記:長坂俊成

プロジェクト活動報告

第4回統合的災害リスクマネジメントに関する国際フォーラムの報告

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11

災害保険講座 第1回

米国の国家洪水保険制度について

はじめに

平成16年のわが国は,近年になく数多くの台風の

上陸により大きな損害を被ったが,日本以上に自然

災害による脅威と戦っているのが米国である。国土

が広大な分だけ災害も多様性を極めており,ハリ

ケーン,洪水,旱魃,ブリザード,地震,山火事な

ど,地域毎にいろいろ特徴のある自然災害リスクを

抱えている。1990年代に入り,世界の保険マーケッ

トは大規模な自然災害により巨額の損失を被った。

これは主に米国のハリケーンと地震,山火事,ヨー

ロッパの洪水や旱魃,日本の地震など先進国の災害

に起因している(図-1)。

図-1 世界の保険損害の変化(Swiss Re)

米国は世界 大の保険市場であるが,その米国に

あって唯一全米展開されている連邦直営の自然災

害保険事業が国家洪水保険(NFIP : National Flood Insurance Program)である。米国では連邦レベル

での地震保険プログラムは存在していない。1994年のノースリッジ地震を受けて,そのような制度を作

ろうという動きがあったものの,いまだ実現してい

ない。これは地震リスクが主にカリフォルニアに

偏っているためである。カリフォルニアには州が制

度を管理している地震保険公社(CEA : California Earthquake Authority)が設立され今日に至ってい

る。今回は米国の国家洪水保険制度の現状について

調査したので報告する。

米国の治水の歴史

米国の治水事業は大きく5つの時期に分けられる

といわれている。 初は開拓時代から19世紀末まで

の時期で,河川は生活水源と舟運の利用が中心で,

洪水は主に地先防御であった。20世紀に入り1917年に洪水防御法が成立し,国家が治水事業に本格的に

取り組む時代になると,主に陸軍工兵隊(U S Army Corps of Engineers)と開拓局とにより河川改修や

大規模なダムが建設された。これが第2期にあたる。

1960年代の第3期は洪水制御の中心が氾濫原管理に

移行した時期で,NFIPもこの時期(1968年)に創設

された。ハード中心の対策の限界が明らかになり,

ソフト対策に移行した時代である。1970年代の第4期は環境への取り組みが盛んになった時期で,1969年の国家環境政策法の制定に伴い,各州に環境法が

制定され,河川管理も環境との調和が重要なポイン

トとなった。1980年以降の第5期では,河川管理の中

心が地方自治体に移った時期で,後で述べるコミュ

ニティ料率システム(CRS:Community Rating System)などは1991年より導入されている。 米国では連邦と州,市,郡などのコミュニティと

でそれぞれ治水事業の役割が異なっている。これら

の相互関係は日本の政府(国)と県,市町村のよう

な上下関係とは違う位置づけにある。連邦の役割

は,洪水防御対策および資源保全に対する全米的な

統一目標を設定し,連邦政府機関と州政府,地方自

治体の役割を明確にすることとされている。USGSやFEMA,陸軍工兵隊などの技術力を活かして,洪

水リスクの調査分析業務を行い,その成果をコミュ

ニティに提供するのが連邦政府の重要な役目であ

る。連邦はまた地方政府に対する財政面での補償も

提供している。

州政府は治水のための氾濫原管理の主役を担っ

ている。危険地域の指定などは基本的に州の業務と

なっている。住民とって一番身近な存在であるコ

ミュニティは,CRSに代表されるような住民の組織

化が 大の役割である。水害リスクを軽減するため

には地域全体での秩序だった取り組みが必要であ

り,その意味ではソフト治水事業においてコミュニ

坪川博彰氏

(防災科学技術研究所客員研究員,元損害保険料率算定機構)

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12

災害保険講座 第1回

ティが果たす役割は大きい。

NFIPの特徴

NFIPが創設された背景については次のように説

明されている。まずそれまでの洪水災害に対する連

邦の役割は堤防の整備やダム建設による洪水制御

(ハード対策)が中心であった。しかし,氾濫原の

無秩序な開発は止むことがなく,被害が起きるたび

に税金で救済することが相次いだ。特に第二次世界

大戦後は洪水が頻発し,連邦の負担も莫大なものと

なった。政府は民間保険業界に洪水保険の可能性を

打診したが,結果はネガティブなものであった。そ

の理由は,めったに起きない災害に対して保険料を

負担する契約者は多くない上,危険な住民だけが加

入し,保険料が高すぎて採算が取れないと考えられ

たからである。そこで連邦は安定した危険集団を確

保するために,コミュニティを加入単位とし,個人

では参加できないことを前提に防災効果とリンク

する保険制度を創設した。危険な地域の開発や利用

を規制しつつ,保険という金融メカニズムを利用し

てリスクを効率的にヘッジするという,難しい課題

に取り組むことになったのである。

現在のNFIPの特徴点を整理すると,以下の6点が

挙げられる。

①コミュニティを参加単位とし,個人単位での加入

は認めない。 ②不参加のコミュニティは有事の際の連邦の助成

が受けられない。 ③危険地域を特定するためFEMAが作成したゾー

ニングが適用されている。

④連邦の住宅ローンなどの加入要件では,洪水保険

の加入が義務付けられている。また銀行など住宅へ

の融資を行うところ(Lender)も,融資にあたって

は洪水保険への加入を要請するケースが多い。

⑤連邦の直販以外に,民間保険会社が自社の商品と

して保険を販売することができる制度がある

(WYOプログラム:1983年より導入されたシステ

ムで,現在ほとんどの契約がこのプログラムを経由

している。) ⑥コミュニティが洪水被害軽減のためにはらって

いる努力に応じて,保険料を割り引くシステム

(CRS)がある。

ゾーニングについて

NFIPで用いられているゾーニングは10種に上

る。氾濫原管理の対象となるのは基本的に100年確

率洪水に見舞われると見られる地域で,特別洪水危

険地域(SFHA:Special Flood Hazard Area)と呼ば

れている。NFIPに参加するコミュニティは, 初は

緊急プログラムと呼ばれる暫定的な危険度評価に

よる料率が適用されるが,水文学的調査が完了し,

正確な洪水危険度地図が整備されると,それに基づ

く正規プログラムに移行することとなっている。現

在ほとんどの契約が正規プログラムに移行してい

る。ゾーニング地図はインターネットで容易にアク

セスして入手(有料だが高くはない)することがで

きる。

NFIPのゾーニングの特徴として,契約者が自分

に適用されたゾーニングに不満な場合,異議を申し

立てることができるシステムが整備されているこ

とが挙げられる。LOMA(Letter of Map Amend-ment)と呼ばれるこのシステムによって,微地形や

周辺環境によって契約者ごとに異なる水害リスク

の評価が可能になっている。

コミュニティ料率システム

この保険制度の も特色のある仕組みのひとつ

がCRSである。CRSは1991年に導入された制度であ

るが,リスクの低減努力により 大45%もの保険料

を割り引くという,防災のインセンティブと保険と

を結びつけた仕組みである。コミュニティ料率シス

テムの目的としては次の3点が挙げられている。①

洪水損失の低減,②保険料率算定精度の向上,③洪

水保険の周知徹底。 コミュニティがCRSを利用しようとした場合は,

FEMAにその申請を行う。FEMAはそのコミュニ

ティが適格かどうかの審査を行い,その結果を通知

する。評価は4シリーズ,計18種類のクレジットと

呼ばれるもので採点される(表-1)。

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13

災害保険講座 第1回

表-1 CRSのクレジット

各クレジットにはそのポイントを獲得するため

の細かい規定が定められている。例えばシリーズ

310 Elevation Certificateは,特別洪水危険地域に

新たに建てられる建築物のすべての 低地上高を

確認し,届け出ることが要件となっている(地下室

のある米国の住宅では地下室の床高になる)。また

330 Outreach Projectではコミュニティの住民に洪

水リスクを認識させ,保険加入のための情報提供を

進めるための細かい工夫が要件とされている。具体

的な活動としては,ダイレクトメールなどによって

住民にリスクを知らせるほか,洪水注意週間を実施

する,新聞へ折り込みチラシを入れる,公共料金の

領収書などに洪水リスクに関する情報を添付する

などの活動により,クレジットポイントを獲得でき

る方策が取られている。350 Flood Protection

Libraryでは,コミュニティ内の公共図書館に水害

関係の資料を整備するなどして住民にリスクを知

らしめることが求められている。このようにコミュ

ニティが自発的にリスクを減らすように仕向ける

というのが,CRSの重要な特徴となっている。

NFIPではこのCRSの評価ランクを維持するため

のガイダンス(CRS Record-Keeping Guidance)を

提供しており,コミュニティの防災努力を維持する

ことを奨励している。

オクラホマ州タルサ市の取り組み

CRSで も高い割引率(40%)を獲得しているの

は,オクラホマ州のタルサ(Tulsa)市である。人口

およそ40万のこの町は,市の中心を流れるアーカン

ザス川の氾濫によりたびたび洪水被害に見舞われ

ていた。1920年代にはハード中心の洪水制御の時代

に入り,アーカンザス川沿いに数多くの堤防が工兵

隊によって建設された。タルサ市はかつての石油

キャピタルであり,河岸には沢山の製油施設が建設

されていた。第二次大戦後のベビーブーマー時代に

なって同市にも建築ラッシュの波がやってくると,

氾濫原の無秩序な開発が行われた。洪水は繰り返さ

れ,そのたびに公的な資金が費やされた。1964年に

はタルサ市の15マイル上流にキーストーン・ダムが

建設され,市民は洪水リスクが永遠に封じられたと

思い込んだ。しかしこれは70年代,80年代に相次い

で発生した大規模な洪水により,誤った見方であっ

たことを知ることになる。 1970年代の相次ぐ洪水は,市民に統制の取れた氾

濫原管理の必要性を痛感させた。1976年のメモリア

ルデー洪水を契機に,土地利用に厳しい監視が及ぶ

ことになり,1978年の大統領の水管理に関する方針

宣言もあいまって,タルサ市民はFEMAと協力

し,抜本的な水害リスク軽減に取り組み始めること

となった。1984年の洪水は死者14名,被災建物7,000棟,被害総額1億8千万ドル(当時)を生じる 大の

被害となったが,これをきっかけに危険住宅の移転

や,土地のかさ上げなど,リスクを減らすための大

規模な事業が開始された。同市には1986年に条例で

定められたStormwater Utility Feeがあり,今日で

も(政策の変更にかかわりなく)市の水管理の安定

シリーズ クレジット名 最高クレ

ジットポ

イント

300

310 Elevation Certificate 162 320 Map Determinations 140 330 Outreach Project 315 340 Hazard Disclosure 81

350 Flood Protection Li-brary 61

360 Flood Protection Assis-tance 71

400

410 Additional Flood Data 1373

420 Open Space Preserva-tion 900

430 Higher Regulatory Standards 2720

440 Flood Data Mainte-nance 231

450 Stormwater Manage-ment 670

500

510 Repetitive Loss Project 441

520 Acquisition and Relo-cation 1600

530 Retrofitting 1400

540 Drainage System Maintenance 380

600 610 Flood Warning Pro-

gram 225

620 Levee Safety 600 630 Dam Safety 175

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災害保険講座 第1回

した資金源となっている。

タルサ市はその後も市民参加型の街づくりを進

めており,全米で も住みやすい町のひとつである

という評価も受けている。この市が成功したのは住

民の一致団結した協力意識があったためといわれ

ているが,水保険の割引が適用されるというメリッ

トが防災のためのインセンティブとして重要な役

割を果たしたことは間違いない。

それでも水害リスクは減らない

このように米国では地域,あるいは国家を挙げて

水害リスクを低減することに取り組んでいるが,そ

れでも決して順調にリスクが軽減しているわけで

はない。今年も4つもの大型ハリケーンがフロリダ

州を中心に襲来し,大きな被害をもたらしたが,ミ

シシッピ川を中心とする米国南西部には水害常襲

地帯があり,毎年のようにどこかが被災している。

1993年の大水害を受けて,連邦も洪水政策を見直す

ための提言を行った。A Blueprint for Change – SHARING THE CHALLENGE Floodplain management into the 21st century (21世紀に向け

た氾濫原管理のあり方)と題してまとめられた報告

書では,さまざまな方策で効果的に水害リスクを軽

減する提案がなされている。保険については,以下

の4つの recommendation が示されている。①

FEMAのもとで連邦の洪水対応・復旧事業を集約さ

せる。②災害対応,災害復旧,氾濫原管理の相互関

連をより高める。③さまざまな機関の災害軽減チー

ムについて連邦と州との共同主導を維持しつづけ

る。④州は洪水保険への住民加入についてより積極

的に取り組むべきである。

まとめ

自由をとりわけ尊重する米国にあって,州ごと

にかなり特色のある保険制度が運営されているこ

とと対照的に連邦自身が運営するNFIPは,ある意

味で異色の保険制度である。全米でも洪水危険に

は地域差があり,州によって加入件数には大きな

隔たりがある。2003年9月時点での加入件数(契約

者数)は約442万件(証券)で, も多いのはフロ

リダ州の181万件,テキサス州の46万件,ルイジア

ナ州の 38万件,カリフォルニア州の 26万件,

ニュージャージー州の18万件となっている。 政府という公的機関が運営しているという意味

では,NFIPはわが国の水害保険と比較するより

も,地震保険と比較するほうが適切なのかも知れ

ない。表-2は日米の2つの保険制度の特徴的な項目

を並べてみたものである。

表-2 NFIPと日本の地震保険の比較

*NFIPの加入率については先に示した文献に載って

いるが中西部の17のコミュニティでもおよそ30%である。 今回紹介したコミュニティ料率システム(CRS)はこの保険の性格を際立たせる重要な特徴である。

そこではリスクの具体的低減もさることながら,そ

のための努力に対してもメリットが与えられると

いう性質がある。日米の治水事業における役割や土

地所有権などの違いから,単純に比較はできない

が,これから地方分権を進めてゆく方向にあるわが

国にとって,防災政策上示唆に富む内容であること

は間違いない。

項目 NFIP 地震保険

契約件数 440万証券 856万証券

保険金額 6600億ドル 63兆2671億円

年間保険料 約18億ドル 約1000億円

加入率

地域によりバ

ラツキが大き

い*

火災保険契約者の

約3割

政府の役割 保険者 再保険者

保険会社の役

販売者

(WYO) 保険者(元受)

自治体の役割

リスク低減活

動の中心

(CRS)

耐震診断・改修事

業が期待されてい

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研究発表 ①タイトル ②発表学会等,発表年月日 ③発表概要

佐藤照子,中根和郎,井口隆,長坂俊成 ①平成16年7月新潟豪雨災害被害の特徴 ②日本地理学会2004年度秋季学術大会,広島大学,2004.9 ③平成16年7月に新潟県中越地方で発生した豪雨災害について,五十嵐川,刈谷田川両流域における被害の特徴を,現地調 査に基づき報告した。

佐藤照子,池田三郎 ①Recent Trend of Risk Communication on Flood Risk Management in Japan ②International Joint Conference 'Risk Assessment and Management' with SRA EA/ KOSET / SETAC A/P, Seoul, 2004.11 ③日本における水害リスク管理とリスクコミュニケーションの現状,そしてより良いリスクコミュニケーションの支援を目指 して当プロジェクトで開発中のPafricsについて報告した。

翟国方,吉田謙太郎,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 ①水害における統計的人命価値の推定に関する実証的研究 ②第23回日本自然災害学会学術講演会,富士常葉大学,2004.9 ③本研究は, 新の研究成果を反映した,水害における統計的人命価値を計測する社会調査手法(CVMやコンジョイント分 析)とその予備調査から推定される結果と今後の課題について報告した。

翟国方,吉田謙太郎,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 ①水害対策における住民ニーズの新展開:愛知県名古屋市北区及び岐阜県土岐市を事例 としたアンケート調査から ②日本地理学会2004年度秋季学術大会,広島大学,2004.9 ③本研究は,住民が水害対策にどういう要求(ニーズ)があり,その要求の達成のためにはどの程度負担する用意(支払い意 思)があるのかをアンケート調査を用いて探った.

TAKAO Kenji, MOTOYOSHI Tadahiro, FUKUZONO Teruki, SATO Teruko ①Determinant factors of preparedness against natural disaster ②28th International Congress of Psychology, Beijing,2004.8 ③本発表では,本プロジェクトにおいて2004年度に実施した名古屋市の住民を対象としたアンケート調査を分析したもので

ある。住民による水害対策と地震対策の実行意図を規定する心理的規定因について分析した。

照本清峰,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 ①地方自治体職員の洪水対策に関する意識構造 ②土木計画学研究論文集,vol.21,2004.9 ③地方自治体の行政職員を対象として実施した意識調査をもとに洪水対策に関連する意識構造を分析した。その結果,洪水 対策に対する促進意識では,ソフト対策を促進する意識と比較してハード対策を促進する意識との関連性が強いことなどが 明らかになった。

池田三郎 ①Risk Analysis and Precautionary Principle ②International Conference on Assessment and Control of Biological Invasion Risks, Yokohama National University, 2004.8 ③本研究は, 新の研究成果を反映した,水害における統計的人命価値を計測する社会調査手法(CVMやコンジョイント分 析)とその予備調査から推定される結果と今後の課題について報告した。

鈴木勇,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 ①災害ボランティアネットワーク組織の展開と課題 ②日本心理学会第68回大会発表論文集,関西大学,2004.9 ③アメリカの災害ボランティアの現状と課題を検討した。アメリカでは,地域住民の防災への関心が高く,災害NPOのワーク ショップやトレーニングプログラムが充実している。一方で,テロへの関心の高まりから自然災害への予算が削減されるな どの課題が明らかとなった。

竹内裕希子,髙尾堅司,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 ①参加型水害リスクコミュニケーション支援システムの開発-大学講義での適用- ②第23回日本自然災害学会学術講演会,富士常葉大学,2004.9 ③大学講義において,Pafricsの教育効果を検証した。教育効果は,講義前後のアンケート調査の比較によって検証した。その 結果,受講者のハザードマップおよび水害対策実施に対する意欲,自然災害に対するリスク論的評価に対する理解がより深 まったことが示唆され,Pafricsは防災教育効果があると評価できた。

竹内裕希子,髙尾堅司,佐藤照子,福囿輝旗 ①防災訓練参加者の防災対策-広島市安佐南区の事例 ②日本地理学会2004年度秋季学術大会,広島大学,2004.9 ③広島市安佐南区伴地区で実施された避難訓練参加者を対象に行ったアンケート調査を行った。結果から,ハザードマップの 所有率を高めるには,住民登録時に区役所などで配布する方法が効果的と考えられ,家庭内での防災会議の有無と防災行動 に関連性が認められたことから,家庭内での防災の話し合いを促すことも課題として挙げられた。

池田三郎 ①Revisit Risk Analysis: Sixteen Years of SRA-Japan in the Risk Society ②International Joint Conference 'Risk Assessment and Management' with SRA EA/ KOSET / SETAC A/P, Seoul, 2004.11 ③東アジア諸国(日本,韓国,中国)のリスク研究者の国際会合(第3回)において,我が国におけるリスク分析の発展(1980 年代以後)の概要について総括し,現在のリスク分析が抱えている課題について講演した。

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研究発表 ①タイトル ②発表学会等,発表年月日 ③発表概要

今年は集中豪雨や台風,地震による被害が多発した年でした。7月に新潟・福島,福井を襲った集中豪雨にはじまり,その後,多くの台風が日本に上陸しました。特に大きかったのは10月末の台風23号で,全国各地に大きな被害をもたらしました。また10月23日には新潟県中越地震も発生しました。被災地の一日も早い復興をお祈りします。 大規模な災害に対しては,ハード的な施設だけで対応するには限界があり,ソフト的な対策がより多く求められるようになります。災害に強い社会システムとは何なのか,それを達成するためには何をする必要があるのか,我々のプロジェクトに課せられる大きな課題でもあります。 〔照本〕

発行者

独立行政法人 防災科学技術研究所

「災害に強い社会システムに関する実証的研究」

プロジェクトチーム

監修:福囿輝旗 編集:照本清峰・佐藤照子

制作:川村玲子 デザイン:吉成明美

〒305-0006 茨城県つくば市天王台3-1

TEL: 029-863-7553

FAX: 029-856-0740

下記ホームページからPDFでご覧になれます.

http://www.bosai.go.jp/sougou/shakai/index.html

ニューズレター配布希望連絡先:

e-mail: [email protected]

編集後記

研究発表予定 2004年12月 TERUMOTO Kiyomine, SATO Teruko, FUKUZONO Teruki and IKEDA Saburo Flood crisis management and the awareness of municipal government employees Society for Risk Analysis Annual Meeting 2004 (Palm Springs)

2005年2月 Guofang Zhai, Teruki Fukuzono and Saburo Ikeda Modeling Flood Damage: Case of Tokai Flood 2000 Journal of the American Water Resources Association, American Water Resources Association 2005年3月 下川信也,髙尾堅司,竹内裕希子,佐藤照子,福囿輝旗 「水害のリスクとその不確実性について」,防災科学技術研究所研究報告第67号

2005年3月 竹内裕希子,髙尾堅司,下川信也,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 「水害リスクリテラシー学習支援ツールの検証」,防災科学技術研究所研究報告第67号 2005年3月 翟国方,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 「住民の水害リスクの受容度とその決定要因に関する実証的研究」,2005年度日本地理学会春季学術大会

佐藤照子,中根和郎 ①2004年7月新潟豪雨災害:三条市における災害経過 ②地理,Vol.49-12,古今書院,2004.12 ③平成16年7月に新潟県で発生した豪雨災害における災害現象の時空間分布について,五十嵐川下流部の三条市を例に報告した。

照本清峰,佐藤照子,福囿輝旗,池田三郎 ①地方自治体職員の河川行政に関する意識の分析 ②土木計画学研究講演集,Vol.30,山口大学,2004.11 ③本研究では,河川行政に携わる市町村自治体の職員を対象とした意識調査から,河川行政に関する課題と需要の構造を明ら かにすることを目的としている。分析結果より,住民との協力体制を確立していく課題のあること等が明らかになった。

TAKAO Kenji, MOTOYOSHI Tadahiro, SATO Teruko, SEO Kami, FUKUZONO Teruki, IKEDA Saburo ①Factors determining residents' preparedness for floods in modern megalopolises: the case of the Tokai flood disaster in Japan ②Journal of Risk Research, vol.7, 2004.12 ③本論文は,本プロジェクトが初年度に実施した東海豪雨災害の被災地域住民を対象としたアンケート調査を分析したもので ある。家屋の所有形態による違いが,住民の水害対策の実行度の違いに関連するかについて検討した。

TAKEUCHI Yukiko, SATO Teruko, FUKUZONO Teruki and IKEDA Saburo ①Flood hazard map and residents' recognition of flood risk information ②International Joint Conference 'Risk Assessment and Management' with SRA EA/ KOSET / SETAC A/P, Seoul, 2004.11 ③名古屋市と西枇杷島町において洪水ハザードマップに関するアンケート調査を行った。その結果,ハザードマップを認知し ているのは全体の43%で,所有しているのは全体の28%であった。ハザードマップに記載されている情報は,氾濫予測図に 注目が 集まり,避難活用情報や災害学習情報は注目されていないことがわかった。

池田三郎 ①リスク社会と計画行政 -技術・環境リスクの社会的なガバナンスに向けて-

②計画行政,27巻3号,2004 ③20世紀後半の脱産業技術社会を象徴する「リスク社会」について,科学技術の知識体系における「不確実性」の性質につ

いて考察し,社会におけるそれらの認知や増幅・波及効果に対応したリスクマネジメント戦略を議論したものである。

行事予定