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772 ●原 要旨:目的:長時間作用型気管支拡張薬を使用しているにもかかわらず,労作時の息切れ・呼吸困難を訴え る慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者においてプロカテロール吸入薬(メプチン エアー 10µg : MA)を積極 的に使用することによる健康関連 QOL に対する効果を検討した.方法:中等症から最重症の COPD 患者 で,チオトロピウムおよび他の維持薬を使用中の患者を対象とした.SOBQ を用いて息切れを調査し,そ の後,MA を労作時や呼吸困難が起こる前に頓用で使用し,SGRQ,MRC を用い評価した.また,MA 使 用前後の肺機能,運動耐容能を測定した.結果:SOBQ による息切れは,維持薬使用中にもかかわらず残 存していた.MA により,SGRQ,MRC,および肺機能は有意な改善を認め,6 分間歩行距離も改善傾向を 認めた.結論:COPD 患者では維持薬を使用していても呼吸困難は残存しており,MA を積極的に頓用使 用することで QOL と呼吸困難が改善した.労作時に使用することで運動耐容能が改善することから,ADL の拡大にも寄与すると考えられた. キーワード:慢性閉塞性肺疾患,短時間作用型 β2 刺激薬,プロカテロール,アシストユース, 健康関連 QOL Chronic obstructive pulmonary disease,Short-acting beta2-agonists,Procaterol, Assist use,Health-related quality of life はじめに 慢性閉塞性肺疾患(以下COPD)の薬物療法は,GOLD および日本呼吸器学会 のガイドラインによると気管支 拡張薬が中心的な役割を担っている.短時間作用型 β2 刺激薬(以下 SABA)は,従来 1 日 3~4 回の定期吸入 とされていたが,長時間作用型気管支拡張薬の登場によ り,労作時の息切れなど「必要に応じて頓用使用する」 こととなった.今回,既に長時間作用型気管支拡張薬を 複数種類使用している COPD 患者を対象に,食事,入 浴,家事,外出などの日常動作時における息切れ症状の 調査を行い,つぎにこれらの息切れ症状に対して,SABA を積極的に使用した場合の健康関連QOL(以下QOL), 肺機能,運動耐容能,息切れに対する効果を探索的に検 討したので報告する. 対象は,厚生連長岡中央綜合病院に外来通院中であり, GOLD の重症度分類で II 期~IV 期(中等症~最重症) の安定期 COPD 患者とした.既に維持薬としてチオト ロピウムを使用しており,さらにその他の長時間作用型 気管支拡張薬 1~2 剤をいずれも 3 カ月以上定期使用し ている患者を選択した.また,吸入ステロイド薬を併用 している患者も可とした.試験期間中のこれら維持薬は, いずれも用量は変更しないこととした.除外基準として, 1)あきらかな気管支喘息の合併例,2)4 週間以内の下 気道感染の既往のある患者,とした.試験は 4 週間の観 察期間および 24 週間の試験期間で行われた(Fig. 1). 1.日常の息切れの調査 観察期間中の日常生活動作や労作時の息切れの評価と して,カリフォルニア大学サンディエゴ校で開発された The UCSD Shortness of Breath Questionnaire (以下 SOBQ)を日本語に訳して実施した(Table 1).この質 問票は個々の日常活動における息切れの程度を評価する もので,24 項目の質問からなっている.各質問に対し て,息切れを「全く感じない」の 0 から,「最も強く感 じる」の 5 までの 6 段階で息切れの程度を評価し,患者 自身が質問票に記入した.なお,質問内容が日本人の生 活様式に適さないところは一部修正を行った.また,実 慢性閉塞性肺疾患の日常生活動作の息切れと QOL に対するプロカテロールの効果 佐藤 英夫 岩島 遠藤 禎郎 中山 秀章 長谷川隆志 鈴木 栄一 〒9408653 長岡市川崎町 2041 番地 1) 厚生連長岡中央綜合病院呼吸器病センター内科 2) 新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸器内科分野 3) 新潟大学医歯学総合病院医科総合診療部 (受付日平成 21 年 1 月 20 日) 日呼吸会誌 47(9),2009.

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●原 著

要旨:目的:長時間作用型気管支拡張薬を使用しているにもかかわらず,労作時の息切れ・呼吸困難を訴える慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者においてプロカテロール吸入薬(メプチンⓇエアー 10µg : MA)を積極的に使用することによる健康関連QOLに対する効果を検討した.方法:中等症から最重症のCOPD患者で,チオトロピウムおよび他の維持薬を使用中の患者を対象とした.SOBQを用いて息切れを調査し,その後,MAを労作時や呼吸困難が起こる前に頓用で使用し,SGRQ,MRCを用い評価した.また,MA使用前後の肺機能,運動耐容能を測定した.結果:SOBQによる息切れは,維持薬使用中にもかかわらず残存していた.MAにより,SGRQ,MRC,および肺機能は有意な改善を認め,6分間歩行距離も改善傾向を認めた.結論:COPD患者では維持薬を使用していても呼吸困難は残存しており,MAを積極的に頓用使用することでQOLと呼吸困難が改善した.労作時に使用することで運動耐容能が改善することから,ADLの拡大にも寄与すると考えられた.キーワード:慢性閉塞性肺疾患,短時間作用型 β2刺激薬,プロカテロール,アシストユース,

健康関連QOLChronic obstructive pulmonary disease,Short-acting beta2-agonists,Procaterol,Assist use,Health-related quality of life

はじめに

慢性閉塞性肺疾患(以下COPD)の薬物療法は,GOLD1)

および日本呼吸器学会2)のガイドラインによると気管支拡張薬が中心的な役割を担っている.短時間作用型 β2刺激薬(以下 SABA)は,従来 1日 3~4回の定期吸入とされていたが,長時間作用型気管支拡張薬の登場により,労作時の息切れなど「必要に応じて頓用使用する」こととなった.今回,既に長時間作用型気管支拡張薬を複数種類使用しているCOPD患者を対象に,食事,入浴,家事,外出などの日常動作時における息切れ症状の調査を行い,つぎにこれらの息切れ症状に対して,SABAを積極的に使用した場合の健康関連QOL(以下QOL),肺機能,運動耐容能,息切れに対する効果を探索的に検討したので報告する.

対 象

対象は,厚生連長岡中央綜合病院に外来通院中であり,

GOLDの重症度分類で II 期~IV期(中等症~最重症)の安定期COPD患者とした.既に維持薬としてチオトロピウムを使用しており,さらにその他の長時間作用型気管支拡張薬 1~2剤をいずれも 3カ月以上定期使用している患者を選択した.また,吸入ステロイド薬を併用している患者も可とした.試験期間中のこれら維持薬は,いずれも用量は変更しないこととした.除外基準として,1)あきらかな気管支喘息の合併例,2)4週間以内の下気道感染の既往のある患者,とした.試験は 4週間の観察期間および 24 週間の試験期間で行われた(Fig. 1).

方 法

1.日常の息切れの調査観察期間中の日常生活動作や労作時の息切れの評価と

して,カリフォルニア大学サンディエゴ校で開発されたThe UCSD Shortness of Breath Questionnaire3)(以下SOBQ)を日本語に訳して実施した(Table 1).この質問票は個々の日常活動における息切れの程度を評価するもので,24 項目の質問からなっている.各質問に対して,息切れを「全く感じない」の 0から,「最も強く感じる」の 5までの 6段階で息切れの程度を評価し,患者自身が質問票に記入した.なお,質問内容が日本人の生活様式に適さないところは一部修正を行った.また,実

慢性閉塞性肺疾患の日常生活動作の息切れとQOLに対するプロカテロールの効果

佐藤 英夫1) 岩島 明1) 遠藤 禎郎1)

中山 秀章2) 長谷川隆志3) 鈴木 栄一3)

〒940―8653 長岡市川崎町 2041 番地1)厚生連長岡中央綜合病院呼吸器病センター内科2)新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸器内科分野3)新潟大学医歯学総合病院医科総合診療部

(受付日平成 21 年 1月 20 日)

日呼吸会誌 47(9),2009.

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COPDにおけるプロカテロールのアシストユース 773

Table 1 Shortness of Breath Questionnaire

The original SOBQ by Eakin et al was modified to fit the Japanese life style (No. 15, 19, & 20) and translated into Japanese. The original says that if you do not carry out the action in the questionnaire, try to answer by assumption. However, Japanese patients often do not do actions in Questions 12~21. Therefore, “Not applicable” was added to the answer column and if more than 20% of total patients checked “Not applicable”,the item was removed from analysis.

Fig. 1 Study design. 1) Tiotropium and other long acting bronchodilators (doses remain unchanged during study period), 2) St. George’ s Respiratory Questionnaire, 3) Shortness of Breath Questionnaire, 4) Medical Research Council

際に患者が行わない可能性がある家事などの項目には,原著では想像して記載することとなっているが,本試験では「該当無し」の回答欄を新たに加え,「該当無し」が全体の 20%を超えた項目は解析から除外した.

2.試験薬剤の投与方法観察期間中は全例で SABAは未使用であった.試験

開始後,それまでの治療薬剤を継続使用した上で労作による息切れが生じる前にプロカテロール吸入薬(メプチンⓇエアー 10µg,以下MA)を積極的に使用することを

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日呼吸会誌 47(9),2009.774

Table 2 Demographics and baseline characteristics of patients

21Patients (n)20/1Sex male/female

72.5±7.6Age (yrs)161.2±6.0Height (cm) 59.0±9.1Weight (kg) 49.5±20.1Smoking Index (pack-yrs) 48.1±8.9FEV1/FVC (%) 53.1±16.1FEV1 % pred (%)13, 5, 3Severity: Moderate, Severe, Very Severe

Dosagen (%) Pre-study medication for COPD 18±0 μg21 (100) Long acting anticholinergics100±0 μg19 (90.5)Long acting β2-agonist, inhaled292±104 mg13 (61.9)Theophylline480±179 μg 5 (23.8)Inhaled steroids

Data are presented as mean±SD. FEV1: forced expiratory volume in one second; % pred: percentage of the predicted value; BODE: Body Mass In-dex, Degree of Airflow Obstruction, Dyspnea, and Exercise Capacity; COPD: chronic obstructive pulmonary disease.

指示した.吸入方法は 1回当たり 2puff を吸入することとし,1日の使用回数は特に制限を設けなかった.3.評価方法①肺機能検査および 6分間歩行試験スパイロメトリー(フクダ電子製,FUDAC-77)によ

る肺機能検査および運動耐容能として 6分間歩行試験を実施した.肺機能は,観察期間中,8週後および 24 週後の外来受診時に行った.試験当日は従来治療を行った上で,観察期はMA無投薬で,8週後および 24 週後は当日の外来受診までMAの使用を禁止し,受診後MA 2puff をスペーサー(ボルマチックソフト)を用いて吸入し,15 分後に肺機能を測定した.一方,6分間歩行試験は観察期間と 8週後に行い,従来治療を行った上で,観察期はMA無投薬で,8週後はMA吸入 15 分後,肺機能の測定に引き続いて実施した.②QOLおよび息切れの調査QOLの評価は,観察期間中,4週後,8週後および 24

週後の計 4回実施した.質問票は疾患特異的QOLであるThe St.George’s Respiratory Questionnaire(以下SGRQ)の公式日本語版(西村浩一ほか)を用い,外来受診時に患者自身が評価して記載した.また,息切れの評価は,COPD診断と治療のためのガイドライン(日本呼吸器学会COPDガイドライン第二版作成委員会編)掲載のMRC息切れスケール(Grade 0~5)を用い,外来受診時の観察期間中,4週後および 8週後に問診にて評価した.4.統計解析本試験は主要評価項目をQOLとし,副次的評価項目

は,肺機能として努力肺活量(以下FVC),1秒量(以下FEV1),最大吸気量(以下 IC),運動耐容能の評価で

ある 6分間歩行試験,およびMRC息切れスケールとした.統計学的検討は,個々の測定値の観察期との比較については Student’s t-test で,MRCスケールは試験開始前後の改善の有無による 2群の符号検定で解析を行った.危険率 5%未満を統計学的に有意な差とし,SGRQは臨床的な意義のある最小の差(以下MCID)である 4ポイント4)以上の改善を有意とした.結果は平均±標準偏差で示した.5.倫理的配慮本試験実施に当たり,厚生連長岡中央綜合病院の倫理

委員会の承認を得た(2007 年 9 月承認,承認番号 75).また,患者には文書を用いて試験内容を説明し,文書で同意を得た上で実施した.

結 果

本試験には 24 例が登録され,そのうち 3例が試験から脱落,21 例が解析対象となった.脱落の内訳は,2例は試験開始後の受診の中断,1例は試験中に増悪を起こし入院加療となったためであった.患者背景をTable 2に示す.男性 20 例,女性 1例で,平均年齢は 72.5±7.6歳,全例喫煙者で喫煙指数は 49.5±20.1 pack years,対標準 1秒量は 53.1±16.1%であった.重症度は,中等症13 例,重症 5例,最重症 3例であった.観察期間中の使用薬剤は,チオトロピウムは全例の 21 例(100%),サルメテロール(以下 LABA)は 19 例(90.5%),テオフィリン徐放薬は 13 例(61.9%),吸入ステロイド薬は5例(23.8%)で使用されていた.また,3剤併用は 11例(52.4%)で,平均 2.5 剤の長時間作用型気管支拡張薬が投与されていた.観察期間に,SOBQを用いて日常生活での息切れを評

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COPDにおけるプロカテロールのアシストユース 775

Fig. 2 Results of Shortness of Breath Questionnaire. Rating of severity of shortness of breath “At Rest” , “During Daily Activities” , and “On Effort”: 6-grade rating by patients from 0 to 5.0=“Not at all”, 4=“Se-verely” , 5=“Maximally or unable to do because of breathlessness” . Restrictions on daily activities: 0=“Not at all” , 4=“Severely” , 5=“Maximally or unable to do because of breathlessness” . SOBQ revealed that dysp-nea on effort remained despite appropriate use of long acting bronchodilators in all patients, and more than a half of the patients had dyspnea even during light daily activities.

価した(Fig. 2).全 24 問の質問項目のうちNo.12 からNo.21 の 10 問は,個々の患者によって日常生活動作の違い(該当無しの回答)がみられ,各質問に対して 80%以上の回答が得られた項目は 10 問中 3問であり,7項目(No.13,14,15,16,17,18,21)を解析から除外した.その結果,全例が労作負荷が比較的大きい日常労作(No.2,3,4,5)のいずれかで息切れを感じており,さらに,軽い日常生活動作(No.6,7,8,9,10,11,12,19,20)においても半数以上で息切れを感じていた.つぎに,試験開始 8週間のMAの使用回数を,療養

日誌または外来受診時の聞き取りにより調査した.1症例当たりのMAの使用回数は 1回 2puff で 1 日平均 2.7回(最少 0.4 回,最大 4.8 回)であった.また,6カ月間(24 週間)のMAの処方数から 1症例当たりの使用本数を算出した.調査できた 19 例の合計処方本数は 176本で,1症例当たり 4週間で 1.54 本,1日の吸入回数は2.56 回であり,療養日誌または外来時の聞き取りによる8週間の使用回数と処方本数はほぼ一致していた.さらに,実際にMAを使用した日常労作に関してアンケート調査したところ,庭仕事,農作業,坂道を登る時,散歩,買い物などの外出時の使用が多かった(Fig. 3).今回の探索的試験の主要評価項目である SGRQは,

「症状」は 8週および 24 週後,「活動」は 4週,8週および 24 週後,「衝撃」は 24 週後,「総スコア」は 4週,8週および 24 週後でMCID(臨床的意義のある最少の差である 4ポイント)を上回る有意な改善が得られた(Fig. 4).肺機能検査では,従来治療にMA吸入を上乗せすることによって,FVC,FEV1,および ICともにさらに有意な改善効果が得られ,24 週後もその効果は維持されていた(Fig. 5).また,6分間歩行試験は 8週後に 19 例で評価を行った.実施できなかった 2例の内訳は,1例は痛風による足の痛み,残り 1例は検査予定日に受診しなかったためであった.結果はMAにより平均で 28.4±66.4m の歩行距離の延長がみられ,MA使用による改善傾向が示された(p=0.0783).さらに,MRC息切れスケールを用いて外来受診時に息切れの評価を行ったところ,観察期間と比較し,4週後および 8週後とも有意なスコア改善が得られた(Fig. 6).最後に,安全性の調査として受診時に問診にて薬剤の安全性の確認を行ったところ,MA追加使用による副作用は認められなかった.

考 察

本研究は,2~3種類の長時間作用型気管支拡張薬を

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Fig. 3 Daily activities for which procaterol was used. Results of questionnaire survey to patients. Multiple answers were allowed. Many patients used procaterol during outdoor activities such as gardening, farming, walking and shopping.

Fig. 4 Effects of procaterol on health-related QOL as evaluated by the St. George’ s Respiratory Ques-tionnaire (SGRQ). MCID: minimal clinical important difference. SGRQ scores show a significant improve-ment in “symptoms” at 8 and 24 weeks, “impact” at 24 weeks, and “total ” at 4, 8 and 24 weeks compared to MCID.

使用しているCOPD患者を対象に,日本呼吸器学会,GOLDの COPDガイドラインに沿って SABAの頓用使用の効果を検討したものである.その結果,以下の点に関する知見が得られた.

1.息切れアンケート調査本検討では,日常動作の息切れに対して SOBQを用

いて調査した.本調査票は米国で作成され,COPD,肺線維症および肺移植における息切れを評価するために作

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COPDにおけるプロカテロールのアシストユース 777

Fig. 5 Effect of procaterol on pulmonary function. pre= baseline: no use of procaterol, 8w, 24w: 15 min-utes after inhalation of 2 puffs of procaterol. Paired t-test (compared to baseline). Add-on therapy with in-haled procaterol significantly improved FVC, FEV1, and IC from the baseline, and the effect was maintained even after 24 weeks.

Fig. 6 Effect of procaterol on shortness of breath by MRC dyspnea scale Two-sample paired sign test. Rat-ing of dyspnea at the outpatient clinic by MRC dysp-nea scale showed a significant improvement at 4 and 8 weeks from the run-in period.

成されたもので,1問の最高が 5点,全 24 問で各質問の点数を加算し,120 点を最高の息切れとして,患者の日常の息切れを評価するものである.本研究では,一部日本の文化に適応しない質問項目もあり,その 3カ所を日本の文化に合わせ若干の変更を試みた.しかし,7問で有効回答が症例全体の 80%を切ったため,この項目は除外して解析を行った.本質問票は日本人に適した改訂と検証が必要であるものの,今回の調査ではCOPD患者の日常動作における息切れを十分調査することができた.対象患者が維持薬として使用していた薬剤は,現

在最も効果的な薬剤とされているチオトロピウムは全例で使用されており,さらにサルメテロール(90%で使用),テオフィリン徐放薬(62%で使用)であり,3種類の長時間作用型気管支拡張薬を患者個々に応じて平均2.5 剤の薬物治療が行われていた.それにもかかわらず,全例で日常動作による息切れを感じていた.実際には労作時の息切ればかりではなく,「歯を磨くとき」,「お風呂に入っているとき」,「服を着替えるとき」など,比較的軽度な日常労作においても 60%以上の患者で息切れを感じていることは注目すべきと思われた.つまり,今回の対象症例では,ガイドラインが示すように必要に応じて SABAを積極的に用いることは意義があると思われ,本調査票等を用い,患者個々の息切れの程度を確認し,医師や薬剤師から SABAの適切な使用方法を指導する必要性を感じた.2.肺機能,運動耐容能,息切れに対する効果つぎに,長時間作用型気管支拡張薬を使用していても,

MAの追加投与による肺機能,息切れの有意な改善,および運動耐容能の改善傾向が認められた.MA吸入後のFVCおよび FEV1は,8週後に比較し 24 週後はさらに改善傾向を示したが,そのメカニズムは不明ではあるものの,β2刺激薬の耐性は生じておらず,活動性の向上により肺機能の改善がもたらされたのであれば,興味深い効果であると思われた.また,近年COPDにおける気管支拡張薬の肺機能に対する効果としてFEV1より ICの改善効果が重要視され5),IC の改善は動的肺過膨脹を改善し,労作時息切れを軽減させる6)といわれている.実際に藤本らは,MAと短時間作用型抗コリン薬を比較

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し,動的肺過膨脹はMAの方がより改善が認められたと報告している7).また,寺本らはMAとチオトロピウムを併用することにより,さらにFEV1の増加,残気量の低下,運動時の息切れの改善効果を報告している8).本試験ではMRCによる息切れも改善していることから,労作時に息切れを感じていれば,SABAを事前に吸入することで,呼吸困難を和らげADLの改善に寄与するものと思われた.運動耐容能の評価は 6分間歩行試験で行った.SABA

は抗コリン薬と同様に運動耐容能の改善を示した報告が多く9),本試験でもMAにより歩行距離の増加傾向が得られた.本試験で長時間作用型気管支拡張薬を複数種類使用しているにもかかわらずMAの上乗せ効果が示された要因の 1つとして,β2受容体における固有活性の面からの検討が必要かもしれない.Full agonist は β2受容体の数に影響を受けにくく,強い気管支拡張作用を示すとされており10),MAは Full agonist に分類されている薬剤であり11),このような上乗せ効果を示した可能性がある.3.QOLに対する効果前述の各評価と比較し,QOLは患者の視点に立った

アウトカムで評価することができる.COPDは治癒困難な疾患であり,治療期間は長く,さらに日本人では高齢COPD患者が多い.そのため,私たちは患者の視点に立った治療効果を重視しQOLを主要評価項目とした.これまでの β2刺激薬の報告によると,LABAによるQOLの改善の報告12)がある一方で,最近行われた 2つの大規模臨床試験では,LABAによるQOLの改善はみられるもののMCIDである 4ポイントには達していなかった13)14).また,8つの試験を評価した LABAのメタアナリシスでは,息切れ及びQOLの改善のエビデンスは不十分とされた15).今回の検討では,対象や投与期間などの違いがあり単純な比較はできないが,長時間作用型気管支拡張薬を使用していても,MAを追加投与することによって SGRQは改善し,24 週後には「症状」,「活動」,「衝撃」,「総スコア」のすべてで有意な改善が得られ,同じ β2刺激薬でも異なった結果が示された.羽白らは SGRQが寄与する因子として,「症状」は息切れや不安,「活動」は運動能力と呼吸困難が影響すると報告している16).本試験においては IC,MRCの改善,および 6分間歩行試験の改善傾向が認められており,まさに SGRQの各因子に寄与したことがその改善に結びついたと思われた.長時間作用型気管支拡張薬を使用した上で,SABA頓用によるQOLを検討した報告はこれまでになく,今後さらなる検討が望まれる.4.本試験の課題と今後の検討今回の試験では次に示す課題がある.第 1に,試験デ

ザインとしてエビデンスレベルを上げた研究が必要である.本研究は,これまで同様の検討を行った報告は少ないため,少数症例(n=21)による薬剤介入前後で比較したオープン試験であり,重症度別の効果判定も行われていない.本結果を実証するためには,今後さらに多施設・多数例によるコントロール試験にて検証する必要がある.第 2に,SABAの使用方法に関して検討する必要がある.本試験ではMAを息切れが生じる労作前の使用を指示した.今後,患者個々にその反応性をみながら,どの様な日常生活動作で使用すればよいのか検討すべきである.また,ガイドラインではCOPDにおける1日の投与回数の記載はない.喘息のように使用回数の制限が必要であるのか否かも検討する必要がある.さらに,本疾患の日本人は高齢者が多く,数種類の気管支拡張薬を使用している.その際の短期及び長期の有効性と安全性の検討も必要と思われる.第 3に,COPDにおいて気管支拡張薬の使用で死亡率が上昇するとのコホート研究が報告されている.β2刺激薬の種類(SABAまたは LABA)の記載はないものの,β2刺激薬の使い方,つまり定期使用,アシストユース,レスキューユースの使用方法と有効性のみならず,安全性も踏まえた長期的な検討も必要と思われた.5.COPDにおける SABAの位置づけSABAは気管支喘息の治療において,その使用回数

は喘息のコントロールの指標として用いられており,SABAの過剰使用で発作時の受診のタイミングを逸することが問題となった.しかし,気管支喘息を合併しないCOPDにおいては,気管支喘息のように急激な気道閉塞をもたらすことはなく,また病態は進行性の疾患であり,それと共に治療を加えていかなければならない.気管支喘息とは違い,COPD患者は長時間作用型気管支拡張薬を使用した上で,必要に応じて SABAを適切に活用し,日常生活動作の息切れをコントロールすれば,ADLの改善とともに活動性をさらに向上させ,ひいてはQOLの改善が可能であると思われた.COPDの場合,労作による息切れが主症状となり,その労作を回避すれば息切れは発症しない.しかし,だからといって,家庭でじっとして動かなくなることは,引きこもり,社会的孤立,身体機能の失調と低下,抑うつを来して,さらに息切れを増すことになり1),活動量の低下は骨粗鬆症を招き17),廃用性の筋萎縮に至り負のスパイラルに陥ってしまう可能性がある.最近行われた電話によるCOPD患者の実態調査では,70%の患者で何らかの日常生活の制限を受けていた18).つまり,このようなCOPD患者のQOLを改善する方法の 1つとして,日常労作の息切れをコントロールし,低下している日常の活動量を増すことが重要19)であり,そのような意味ではCOPDに

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COPDにおけるプロカテロールのアシストユース 779

おける SABAの使用は「レスキューユース」ではなく,患者の日常的な動作を助ける意味で「アシストユース」と位置づけた方が良いかもしれない.謝辞:SGRQは西村浩一先生訳の日本語版を使用させていただいた.また,息切れの調査票Medical Center PulmonaryRehabilitation Programの「Shortness-of-Breath Question-naire C」は,University of California San Diego の Dr. AndrewRies に使用と改変の許可をいただき使用させていただいた.ここに深く感謝申し上げます.

引用文献

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Page 9: 慢性閉塞性肺疾患の日常生活動作の息切れとQOLに …«おけるプロカテロールのアシストユース 773 Table 1 Shortness of Breath Questionnaire The original

日呼吸会誌 47(9),2009.780

Abstract

Effect of proactive use of inhaled procaterol on dyspnea in daily activities and quality of life inpatients with chronic obstructive pulmonary disease

Hideo Satoh1), Akira Iwashima1), Yoshiro Endo1), Hideaki Nakayama2),Takashi Hasegawa3)and Eiichi Suzuki3)

1)Department of Respiratory Medicine, Nagaoka Chuo General Hospital2)Division of Respiratory Medicine, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences

3)Department of General Medicine, Niigata University Medical and Dental Hospital

Aim : To examine the effects of inhaled procaterol (MeptinⓇ Air : MA), a short-acting β2-agonist, for proactiveuse rather than rescue use in dyspnea and health-related quality of life in patients with chronic obstructive pulmo-nary disease (COPD), who complained of dyspnea in daily activities despite treatment with long-acting bronchodi-lators. Methods : Patients with moderate to most severe COPD who were on maintenance therapy with tiotro-pium and other long-acting bronchodilators were studied. Severity of dyspnea was evaluated with the Shortnessof Breath Questionnaire (SOBQ) and patients were recommended to use MA on an as-needed basis before dailyactivities which had caused dyspnea. The effects of MA were evaluated with the St. George’s Respiratory Ques-tionnaire (SGRQ) and MRC dyspnea scale. Baseline and post-administrative lung functions and exercise capacity(6-minute walking test) were measured. Results : SOBQ revealed that all patients still had dyspnea in daily activi-ties despite maintenance therapy. Inhalation of MA to prevent dyspnea in daily activities on an as-needed basissignificantly improved QOL in SGRQ, lung function and MRC scales. Six-minute walking distances showed a ten-dency to improve. Conclusion : Proactive use of MA as needed (assist use) improved QOL and continuing dyspneadespite maintenance drugs. Assist use of MA before effort improved exercise capacity, suggesting that it mightimprove the ability of activity of daily living (ADL).