11
ロシアNIS調査月報2018年3月号 10 1.はじめに 201712月8日に、ヤマルLNGの出荷セレ モニーが、プーチン大統領他をサベッタ Sabetta)基地に招いて挙行された。同事業は 2009年に計画が発表され、外資も参加して取り 組んで来たが、この第1船出航は北極での事業 が軌道に乗っていることを世界に示すもので あった(実際のタンカーの出航はその翌日)。 北極への関心は、北極海の氷の融解が進み、 北極海航路を使っての輸送が話題になり始め 2000年代に入って、世界的に高まって来た。 しかし、石油ガス分野でのソ連・ロシアの北極 圏での活動は、陸域では1960年代から既に始ま っており、北極海でも1980年代から開発が始ま っている(表1)。これに先行するように、ケ ンブリッジ大学のGonville & Caius Collegeの主 宰する「ケンブリッジ北極大陸棚プログラム」 Cambridge Arctic Shelf Programme, CASP)が 1975年からスタートし(日本は1978年参加)、 この時から既に、ロシアを含む北極圏の氷の状 況や石油・ガスに関しても膨大な量の研究レポ ートが提出されるようになった。 2013年になっ てバレンツ海からロシア領北極海としては最 初の石油生産が開始されたが、基本的なスタデ ィは、実際のビジネスよりも30年以上先行して スタートしていたと言える。 表1 北極に関する研究・事業年表(筆者作成) 1975年:ケンブリッジ北極大陸棚プログラム(CASP)発足 1988年:バレンツ海でシュトックマン・ガス田発見 1989年:ペチョラ海でプリラズロムノエ油田発見 1991年:カラ海でレニングラード・ガス田発見 2008年:米国地質調査所(USGS)が北極圏の資源量調査 2009年:ヤマルLNG事業計画外資募集計画発表 2011年:RosneftとExxonMobilが北極海等で戦略的提携 2013年:ヤマルLNG最終投資決定(FID)。事業化へ 2013年:シュトックマン・ガス田の開発計画を棚上げ 2013年12月:プリラズロムノエ油田生産開始 2014年7月:米EUが対露経済制裁、北極圏技術供与を禁止 2014年8月:ヤマル半島ノヴィポルト油田が洋上出荷開始 2014年9月:Rosneft/ExxonMobilカラ海でポベダ油田発見 2017年12月:ヤマルLNG初出荷 ロシア北極圏での 石油・ガス開発の現状と意義 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 本村 眞澄 ■ Research Report ■ 特集◆北極開発に向かうロシア

Research Report ロシア北極圏での 石油・ガス開発 …db2.rotobo.or.jp/members/all_pdf/m201803No.03uwqv.pdfーター)、R/D Shell(英蘭)(各29.1667%)、 Nunaoil(デンマーク)(12.5%)のコンソーシ

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 10

特集◆北極開発に向かうロシア

1.はじめに

2017年12月8日に、ヤマルLNGの出荷セレ

モニーが、プーチン大統領他をサベッタ

(Sabetta)基地に招いて挙行された。同事業は

2009年に計画が発表され、外資も参加して取り

組んで来たが、この第1船出航は北極での事業

が軌道に乗っていることを世界に示すもので

あった(実際のタンカーの出航はその翌日)。

北極への関心は、北極海の氷の融解が進み、

北極海航路を使っての輸送が話題になり始め

た2000年代に入って、世界的に高まって来た。

しかし、石油ガス分野でのソ連・ロシアの北極

圏での活動は、陸域では1960年代から既に始ま

っており、北極海でも1980年代から開発が始ま

っている(表1)。これに先行するように、ケ

ンブリッジ大学のGonville & Caius Collegeの主

宰する「ケンブリッジ北極大陸棚プログラム」

(Cambridge Arctic Shelf Programme, CASP)が

1975年からスタートし(日本は1978年参加)、

この時から既に、ロシアを含む北極圏の氷の状

況や石油・ガスに関しても膨大な量の研究レポ

ートが提出されるようになった。2013年になっ

てバレンツ海からロシア領北極海としては

初の石油生産が開始されたが、基本的なスタデ

ィは、実際のビジネスよりも30年以上先行して

スタートしていたと言える。

表1 北極に関する研究・事業年表(筆者作成)

1975年:ケンブリッジ北極大陸棚プログラム(CASP)発足

1988年:バレンツ海でシュトックマン・ガス田発見

1989年:ペチョラ海でプリラズロムノエ油田発見

1991年:カラ海でレニングラード・ガス田発見

2008年:米国地質調査所(USGS)が北極圏の資源量調査

2009年:ヤマルLNG事業計画外資募集計画発表

2011年:RosneftとExxonMobilが北極海等で戦略的提携

2013年:ヤマルLNG最終投資決定(FID)。事業化へ

2013年:シュトックマン・ガス田の開発計画を棚上げ

2013年12月:プリラズロムノエ油田生産開始

2014年7月:米EUが対露経済制裁、北極圏技術供与を禁止

2014年8月:ヤマル半島ノヴィポルト油田が洋上出荷開始

2014年9月:Rosneft/ExxonMobilカラ海でポベダ油田発見

2017年12月:ヤマルLNG初出荷

ロシア北極圏での

石油・ガス開発の現状と意義

石油天然ガス・金属鉱物資源機構

本村 眞澄

■ Research Report ■

特集◆北極開発に向かうロシア

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 11

■ Research Report ロシア北極圏での石油・ガス開発の現状と意義

表1に列挙したように、まだソ連時代の1980

年代から、北極海で油ガス田の発見がなされる

ようになり、ソ連崩壊で一時期停滞はあったが、

これを克服した2010年代にそのいくつかが生

産開始にまで漕ぎ着けた。

2.北極海の石油・ガスの可能性

(1)北極海石油・ガス開発への期待とこれま

での取組み

北極圏のエネルギー資源が広く一般の注目

を集めるようになったきっかけは、米国内務省

地質調査所(US Geological Survey)が2008年7

月に発表した『北極圏の資源量評価に関して』

(Circum-Arctic Resource Appraisal, CARA)1)

という報告書である。ここでは地球の未発見資

源量として北極圏には世界の13%の石油、30%

の天然ガスが賦存するという調査結果が公表

され大きな反響を呼んだ。これは、北極圏にお

ける本格的な資源開発が近付きつつあること

を予見したものであった。

2012年夏には、北極海の氷の面積が 少を記

録した。これにより、欧州と北極海そしてベー

リング海峡を通ってアジア市場とを結ぶ「北極

海航路(Northern Sea Route)」の実用性が高ま

ったとして広く注目を集めるようになった。こ

れは、東アジア・欧州間の航路が短くなり海運

上のメリットが生じたという理由で、通過地

(transit)としての北極圏が注目を集めている

例である。しかし石油やガスの開発・生産の場

合は通年の操業であり、夏季の氷の減退期に輸

送が可能になるということだけでは意味をな

さない。冬季も氷の薄化により運行が容易にな

ったことで、これらの海域では通年の事業展開

が可能になったとして、仕事の目的地

(destination)としての意義が評価されるよう

になった。

2013年には、バレンツ海でプリラズロムノエ

(Prirazlomnoye)油田が生産を開始し、早くも

北極のエネルギー開発は現実のものとなった

が、同時に石油漏出等の環境問題を憂慮するグ

リーンピースの活動も活発化した。

2014年はカラ海で巨大油田が発見され、カラ

海での石油の可能性が明確に認識される一方

で、国際市場では油価の下落が始まり、北極海

での油田開発にはブレーキがかかった。しかし、

2017年の12月からは、カラ海に面したヤマル半

島からLNGの出荷が始まり、北極圏の資源開

発は着実な進展を見せている。北極海の資源ポ

テンシャルは、探鉱活動の進展により、2008年

の米国地質調査所のレポートで議論されてい

たよりも遥かに高いと見込まれるようになっ

た。

石油・ガス開発は、これまでも世界のフロン

ティア地域で先導的役割を果たしてきた。北極

圏においては、石油・ガス開発に続いて、通信、

港湾等のインフラ整備が順次進むことが予想

され、ロシアが世界の中での役割をより拡大さ

せて行く場となるものと思われる。

(2)北極圏開発におけるロシアの優位性

図1の北極海の海底地形図に見る通り、ロシ

アは北極海大陸棚の約6割にあたる270万km2

の面積を有し、北極海沿岸5ヵ国(露、米、加、

ノルウェー、デンマーク)の中では 大である。

図2にはロシア内陸部の堆積盆地(有機物を含

む砂や泥の堆積し石油・ガスが生成する場)が

北極海大陸棚まで延伸している状況を示した。

ロシアの北極海大陸棚を構成する海の内、バレ

ンツ海は陸域のチマン=ペチョラ盆地、カラ海

は西シベリア盆地という大規模で確立した産

油ガス地帯のそれぞれ北方延長に当たる。ロシ

ア北極圏の石油・天然ガスの資源ポテンシャル

は非常に高いと言える。図3は2009年3月の氷

の分布状況であるが、3月ということで、氷の

も発達した状況を示している。温暖なメキシ

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 12

特集◆北極開発に向かうロシア

コ湾流の流入するバレンツ海は冬季も結氷し

ないことから、通年作業が可能で、資源開発の

条件としては も優れている。カラ海は冬季結

氷するものの、氷の厚さは2m以下で、砕氷船

のエスコートにより航行可能である。このよう

に、大陸棚の広がり、資源ポテンシャル、氷の

条件の3点で、ロシアの特にバレンツ海とカラ

海は も恵まれた事業環境にある。

(3)北米の北極圏での石油開発

現状、北極圏での石油・ガス開発が進行して

いるのはロシアだけと言って良い。アラスカ沖

チャクチ(Chukchi)海で1980年にBurgerガス田

(埋蔵量5兆立方フィート)を発見したR/Dシ

ェル(R/D Shell)は、2002年に再び対象鉱区を

取得し、2012年に試掘を実施したが、大きな成

果を挙げられず、2015年9月に撤退を表明した。

同様に、ノルウェーのスタットオイル(Statoil)

も11月にチャクチ海から撤退を決めた。

図1 北極海の海底地形とロシア沿岸地域で広がる大陸棚

(出所)https://ja.wikipedia.org/wiki/北極海

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■ Research Report ロシア北極圏での石油・ガス開発の現状と意義

図2 ロシアの堆積盆地の分布と北極海への延伸の様子(JOGMEC作成)

図3 冬季の北極海での氷の最大分布(2009年3月)

(出所)National Snow and Ice Data Center, Boulder Co.のwebsiteより。

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特集◆北極開発に向かうロシア

(4)グリーンランド東大陸棚の可能性

グリーンランドの東側大陸棚もかねてから

有望性が指摘されおり、1980年代からKanumas

と称する各国大手企業の参加するコンソーシ

アムが結成されて共同スタディが実施された。

これには、日本からも石油公団(当時)が参加

した。これに参加した企業は、大陸棚での鉱区

公開があった場合には優先的に入札に参加で

きる権利が認められていた。

Kanumas参加の実績を踏まえ、2013年に日本

の「グリーランド石油」、Chevron(米、オペレ

ーター)、R/D Shell(英蘭)(各29.1667%)、

Nunaoil(デンマーク)(12.5%)のコンソーシ

アムが第9及び第14鉱区を取得した。地震探鉱

が実施され、現在分析が進められている。

3.ロシア北極圏で進む油ガス田開発

北極海の資源開発は、世界に先駆けソ連時代

の末期の1980年代後半から、主に国有企業のガ

スプロム(Gazprom)の手で進められてきた。

しかし、実際の生産開始は2010年代まで待たね

ばならず、20年以上の歳月を要している。北極

海大陸棚は、2050年までにロシアの石油総生産

の20~30%を占めるようになるとのロシア国

有石油ロスネフチ(Rosneft)の試算もあり2)、

ロシアにとっては戦略的に取り組むべき地域

となっている。ロシア北極海での石油・ガス開

発の主要な場所であるバレンツ海とカラ海の

開発状況を図4に示す。

図4 ロシア北極圏のバレンツ海とカラ海における石油ガス開発(JOGMECまとめ)

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 15

■ Research Report ロシア北極圏での石油・ガス開発の現状と意義

(1)生産を開始したバレンツ海のプリラズロ

ムノエ油田

バレンツ海では中央に当たる位置に、世界で

も第7位の埋蔵量規模を有するシュトックマ

ン(Shtokman)ガス田がソ連時代末期の1988年

に発見された。その2年後に発足まもない

Gazprom(天然ガス工業省から離脱)を訪問し

た筆者らは、担当者から「君たちはシュトック

マン・ガス田というのを知っているか? 北極

海で発見された。技術者が一生に出会えるかど

うかという巨大ガス田だ」と得意気な説明を受

けた。Gazpromにとっても非常に重要な発見で

あったことが窺われる。

ガス田はロシア連邦の時代となって西側企

業の参加を得て開発が試みられたが、冬季結氷

しないという有利な条件がある一方で、550km

と長大な離岸距離をガスとコンデンセートの

混相流で流さなくてはならないという技術的

に厳しい条件のために、事業は棚上げ状態とな

っている。

現在事業が進捗しているのは、バレンツ海南

東部のペチョラ(Pechora)海と呼ばれている陸

域に近い海域で開発されているプリラズロム

ノエ(Prirazlomnoye)油田で、ガスプロムの石

油事業子会社であるガスプロムネフチ

(Gazprom Neft)が操業に当たっている。2011

年暮に水深19mの地点に着底式の生産設備が

設置され、2013年から石油の生産が開始された。

これは、ロシア北極海で 初の生産油田となっ

た。2016年の生産量は前年比150%増の日量4.3

万バレルで3)、決して大規模ではないが、北極

圏 初の油田として操業経験の積み重ね、環境

技術の錬磨の場として重要である。将来的には、

そ の 北 西 に 位 置 す る ド ル ギ ン ス コ エ

(Dolginskoye)油田が次なる開発対象になる

と見られている。

(2)2017年に稼働開始となるヤマル半島の

LNG事業

ヤマル(Yamal)半島には多くのガス田が分

布するが、中央部やや西に位置する 大規模の

ボヴァネンコフ(Bovanenkovskoye)ガス田は、

ソ連崩壊で開発が一端は中断された。2000年代

に開発が再開され、2012年にはヤマル=ヨーロ

ッパ・パイプラインが繋がって、欧州向けのガ

ス輸出が開始された(図4)。2020年代には、

同半島の西海岸に位置するハラサベイ

(Kharasaveiskoye)ガス田なども開発され、ヤ

マル半島からのパイプライン・ガスの比率は更

に高くなる。しかしこれは、特段北極海を活用

する事業ではない。特に西海岸は遠浅で、港湾

が造れない。ガスの輸送はパイプラインに頼る

ことになる。

図5 ヤマル半島のガス田とヤマルLNG、

Arctic LNG2の位置(JOGMEC作成)

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特集◆北極開発に向かうロシア

図6 ヤマルLNGの夏季(北極海経由)と冬季(スエズ経由)の輸送ルート(Novatek社資料)

ロシア政府は2009年にヤマル半島東部での

巨大ガス田のガスをLNG化して国際市場に輸

出するヤマルLNG計画を発表し(図5)、国際

エネルギー企業に参加を呼びかけた。また、

LNG事業の推進のために税制優遇措置を適用

することとした。

本件は2008年時点ではガスプロムが担当す

る予定であったが、ガスプロムが意欲的でなく、

その後、ロシア 大の独立系ガス会社ノバテッ

ク(Novatek)がLNG技術の獲得を目指して名

乗りを上げた。LNG事業では当初、ノバテック

が60%の権益を保有する他、外資としてトター

ル(仏)20%、中国石油天然気総公司(CNPC)

20%が参加した。その後、中国シルクロード基

金9.9%が参加して、ノバテックは50.1%となっ

た。

LNGのソースとなるユジノ・タンベイ

(Yuzhno-Tambeiskoye)ガス田は、1974年に発

見されたもので、埋蔵量は1兆2,560億m3(44

兆立方フィート)、西シベリアとしては中堅ク

ラスと言える4)。ヤマル半島北東部のサベッタ

(Sabetta)港に、550万t/年規模のLNG製造

設備を3系列、及び100万t/年を1系列建造

し、合計の生産能力は1,750万t/年となる予

定である。2017年12月には、冒頭に記したよう

に第1船の出荷がなされ、北極海からのLNG

供給がスタートした。また、サベッタには国際

空港が建設されるなどインフラ投資が大きく

進展した。工程の遅れは殆どなく、コスト・オ

ーバーランも避けられるなど、工程管理の優れ

た事業となった。

ヤマル半島の向いのギダン半島ではサルマ

ノフ(Salmanovskoye)ガス田を中心にした

Arctic LNG 2計画が、同じくノバテックにより、

ヤマルLNGの後継事業として計画されている

(図5)。日本の丸紅は、2016年12月のプーチ

ン大統領訪日時に、これへの協力を表明した他、

中国のCNPCも関心を寄せていると報じられ

ている。

ヤマルLNGにおける輸送ルートに関しては、

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 17

■ Research Report ロシア北極圏での石油・ガス開発の現状と意義

夏季の北極海航路経由と冬季のスエズ運河経

由が想定されている。夏季は、砕氷タンカーで

北極海航路を経由してアジア太平洋地域に

LNGを輸送する。冬季には、ヤマルLNG基地か

ら砕氷タンカーでベルギーのゼーブリュージ

ュ(Zeebrugge)LNGターミナルまで運び、同タ

ーミナルで通常のタンカーにLNGを積み替え

た後、スエズ運河を経由してアジア太平洋地域

へと向かう(図6)。北極海航路についても、

将来的にカムチャツカ半島のペトロパヴロフ

スク=カムチャツキー港で通常のタンカーに

積み替える構想がある。これにより、砕氷タン

カーを2倍以上増やさなくとも、Arctic LNG 2

という後継LNG事業をスタートさせることが

できる。

通常、欧州市場を対象とするLNG事業では、

夏季は電力需要が低く、生産量を落とす必要が

あった。しかし、アジア市場では夏季に冷房の

ための電力需要が跳ね上がる。このため、ヤマ

ルLNGではこれを対象とすれば夏季もLNGを

フル生産できる。これが事業の経済性を押し上

げている。ガス田の規模も十分大きく、ソース

となるガスの生産コスト自体が安価であるこ

とは言うまでもない。

ヤマルLNGの契約先を表2に示す。CNPCが

中国向けを引き受け、Gazprom Marketing &

Trading(M&T)は、主にインド及び中国に向

け契約を扱う。

表2 Yamal LNGの契約先

販売先 量

(万 t/年) 期間 (年)

Novatek 100

Engie 100 23

Shell 90 20

Total 400

CNPC 300

Gazprom M&T 290

Gas Natural Fenosa 250

Spot 120

合 計 1,650

(出所)IOD, 2015/6/05

(3)ノヴィポルト(Novy Port)油田

1970年代の探鉱事業で、ヤマル半島の中央部

にあるボヴァネンコフ・ガス田をはじめとする

ヤマル半島の中央部を北北西-南南東方向に

伸びるガス田列が発見された(図5参照)。こ

の内、 も南南東のオビ湾近くに位置するノヴ

ィポルト(Novy Port)「ガス田」に関しては、

1983年に深い層準に対する試掘が行われ、上部

白亜系ガス層(1,542’~1,758’)の下位の深度

9,840’に下部白亜系の油層が発見された5)。他

のガス田においても、深部での油層の存在は当

然予想された訳であるが、まずノヴィポルト・

ガス田において深掘りがなされた理由は、オビ

湾に近く、石油パイプラインがない同地域にお

いて、発見された生産原油のタンカーによる搬

出が容易と考えられたためと思われる。しかし、

ソ連の崩壊によりヤマル半島での油田開発は

一端頓挫した。

2014年、ガスプロムネフチがノヴィポルト

「油田」での生産掘削事業を本格的に始動した。

2014年末までに合計で9坑井を掘削し、同鉱床

でのパイロット生産としての掘削事業を完了

した。ノヴィポルト油ガス田の石油埋蔵量は

2.3億t超と大規模なものであることが判明し

た6)。

2014年冬に、約3.5万tの原油が同鉱床から

200kmのヤマル鉄道駅まで冬季用道路によっ

て輸送された。その後、原油は、ノヴィポルト

油ガス田からオビ湾までの103kmのパイプラ

インで送油された後、Vorota Arktiki(Arctic Gate)

という出荷設備により出荷されるようになっ

た(写真)。

洋上出荷を開始したのは2016年8月で、この

シーズンに4隻のタンカーが10万tを超える

「Novy Port」という新油種の原油の輸送を開

始した。オビ湾とカラ海では、砕氷船の先導で

冬季も輸出が可能である。

2017年6月に、ガスプロムネフチはノヴィポ

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 18

特集◆北極開発に向かうロシア

ルト油田での 大生産量を年産600万t(12万

バレル/日)から800万t(16万バレル/日)

に上方修正することを決定した。更に 大生産

量の到達時期を、当初の2023年から2021年に前

倒しする7)。こうしてノヴィポルト油田は北極

圏において 大の生産量を誇る油田となって

いる。

(4)カラ海での巨大油田の発見

2014年は、ロシア北極海で も大規模な油田

の発見のあった年として、石油関係者の間で長

く記憶されることになるだろう。ロシア国有石

油のロスネフチ(Rosneft)と米国石油メジャー

のエクソンモービル(ExxonMobil)が共同でカ

ラ海のEast Prionovozemelsk(EPNZ)-1鉱区で掘

削したUniversitetskaya-1号井が、 初の1坑で

10億バレルの石油の賦存を確認した。この油田

はPobeda(勝利)と名付けられた。北極の氷の

海の下に大規模な石油地帯が出現した瞬間で

ある。

図7に見る通り、カラ海のすぐ南のヤマル半

島には数多くのガス田があり、またソ連時代に

はカラ海においてルサノフ(Rusanov)とレニ

ングラード(Leningrad)という2つの巨大ガス

田が発見されていた。即ち、この地域は長らく

ガスの賦存地域と見られていた。しかし、前述

の通り、より深部には油層が発

達していることが、1980年代に

ヤマル半島南東部に位置する

ノヴィポルト・ガス田を深掘り

することで確認された(図5)。

北極海での氷が薄化する傾向

にあることから、生産原油を海

上輸送することが現実的にな

ってきたために、このような石

油を対象とするプロジェクト

が動くことになった。

カラ海のEPNZ-1鉱区では、

2014年の8月9日から掘削が開始されたが、9

月12日に米政府が発表したウクライナ紛争に

起因する対ロ経済制裁で、北極海、大水深、シ

ェール技術の供与が制裁の対象となった。この

ため、掘削作業は停止を余儀なくされ、エクソ

ンモービルは、米政府の決定には従うとの声明

を発表し、9月19日には作業が停止した。とこ

ろが、2週間ほど経過して、石油発見の噂が流

れ出し、同月末にはロスネフチから、北極圏

大となる油田が発見され、「ポベダ(Pobeda)」

油田と命名されたとの発表があった。米政府は、

ロシア北極圏の資源ポテンシャルを十分に認

識しており、それらの実現に米企業が協力する

ことを阻止しようと試みたが、実際の掘削作業

はその対応を上回る速さで進んだということ

であろう。

エクソンモービルはそれまでのロシア北極

圏への投資を、自らの政府の判断により放棄す

ることとなった。一方、ロスネフチは自らの技

術力だけでは、北極海の油田開発には困難であ

る。ロシアの北極海開発は技術的に大きな障壁

を抱えることになり、更に同年夏から始まった

油価の下落は、ロシアのみならずアラスカ沖な

ど米国での取り組みにも影を投げかけた。2017

年になって、ノヴァク(Novak)エネルギー相

は北極圏での石油・ガス生産は、油価が70~100

Vorota Arktiki(Arctic Gate)出荷設備(Gazprom Neftのwebsiteから)

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 19

■ Research Report ロシア北極圏での石油・ガス開発の現状と意義

図7 カラ海でのPobeda油田の発見(諸データからJOGMEC作成)

ドルのレンジにあれば採算が取れると発言し

ている8)。北極海での大規模な油田開発投資は

現状では取り組める状況にないが、将来の油価

上昇を見据えて、当面は広域の評価作業のよう

な地道な仕事を、恒常的に積み上げて行くもの

と思われる。

(5)ラプテフ海での石油発見

ロスネフチは2017年6月、北極海東部のラプ

テフ海大陸棚で、新規油田を発見したと発表し

た。ラプテフ海ハタンガ湾のハラ・トゥムス半

島 沖 に 位 置 す る 中 央 オ ル ギ ン ス カ ヤ

(Tsentralno-Olginskaya)第1号井の掘削中に、

石油を含む地層を発見した(極地における環境

規制から、石油をフローさせてのテストは行っ

ていない)。ハタンガ・ライセンス鉱区は、ク

ラスノヤルスク地方北部のラプテフ海ハタン

ガ湾に位置し、水深は32mあるが、掘削は近隣

の陸地から5kmもの距離の大偏距掘削により

行われた。同社は2014年以降、ラプテフ海にお

いて積極的に地質調査を進めており、114ヵ所

の将来有望な石油ガスを含んだ構造の存在が

明らかになったとされる9)。

ロシア北極海の油ガス田発見は、1988年のバ

レンツ海に始まり、次いで2014年のカラ海、そ

して2017年にはラプテフ海にまで及ぶように

なった(図4)。

4.北極海油田における環境問題

プリラズロムノエ油田の2012年の生産開始

に当たっては、氷海での原油流出対策の技術が

確立されていないとして、グリーンピースの一

団がプラットフォームに乗船して抗議活動を

行った。これに対してプーチン大統領は、この

乗船が「海賊行為」に当たるとして一団を逮捕

したが、国際世論に押され、その後釈放してい

る。

グリーンピースの主張は、常海域と異なり、

氷の広がる海での環境対策が、現在石油企業の

持っている技術では不十分というものである。

一方、ガスプロムのミレル(Miller)社長は、

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ロシアNIS調査月報2018年3月号 20

特集◆北極開発に向かうロシア

「プリラズロムノエ油田生産設備での生産過

程もしくはタンカーへの積載過程における石

油流出の可能性は100%排除されている」と述

べている10)。この100%という言い方は政治的

なもので過剰であろうが、一方でグリーンピー

スの側も技術が100%完璧でないならば石油生

産を中止すべしという立場で、現実的にどの程

度のレベルを指して必要十分な対策と言える

のか論争を呼んでいる。

ガスプロムネフチは、世界 大規模の石油・

ガス会社が参加する「Arctic Oil Spill Response

Technology Joint Industry Programme(JIP)」にロ

シア企業として 初に加入している。JIPは

2012年12月、氷河の下に拡散した石油について

の経過観察、実際の状況に近い環境での分散剤

の実験、および視界不良や氷に覆われた地域で

の石油流出の検知や場所の特定などについて

の研究を行うため、複数地域でスタートした研

究組合である。ここでも、極地における環境問

題に対する世界的な取り組みの一端が見て取

れる11)。

ちなみに2014年5月、ノルウェー気候環境省

は、ノルウェー領バレンツ海のApollo構造試掘

に反対するグリーンピースの申し立てを却下

した。5月 27 日にはグリーンピースは

Transocean Spitsbergenという掘削装置に乗り込

むなどの妨害活動をしたが排除された12)。類似

の事例はロシアに留まらない。

5.北極圏資源開発に参加する意義とは?

後に、北極圏でのエネルギー資源開発に参

画する意義に関して述べたい。

エネルギー資源開発は当然ビジネスを指向

することが前提であるが、エネルギー安全保障

の観点からも、新規有望地域を常に開拓して行

くことは、世界の資源量のパイを拡大させるも

ので、長期にわたって資源供給の安定を確保す

ると言える。

特に北極圏は氷海技術や環境保全技術を開

拓すべき場であり、新たな産業として確立して

ゆくというチャレンジングな面に意義がある。

しかし、北極海の資源開発の意義はこれに止

まらない。油ガス田の開発とは、その土地から

の「資源収奪」を行っているのではない。多額

の投資を行い、インフラを作り、雇用を生み出

し、環境を保持するルールを作り、油ガス田の

ある主権国と長期にわたる利益の配分を確定

することである。これを指して「北極海地政学

の始まり」と捉える見方があるが、むしろ参加

者すべての総意のもとに、プラスサムを志向し

て事業が遂行されることから、これは「地域秩

序の構築」もたらすと言える。

これこそが、文明という営みであり、その及

ぶ範囲は極地の油ガス田という点のみにとど

まらず、輸送インフラを通じて周辺域から市場

にまで影響を与える。既にヤマルLNG事業で

は多くの国の参加を得た国際コンソーシアム

が機能しており、LNGの世界市場への輸出が

始まった。北極海の資源的な価値は否応なくそ

の存在感を増してきている。(なお、本稿は著

者の個人的見解であることを申し添えます。)

【注】 1)USGS(2008), Circum-Arctic Resource Appraisal:

Estimates of Undiscovered Oil and Gas North of

the Arctic Circle.

http://pubs.usgs.gov/fs/2008/3049/fs2008-3049.pdf

2)Rosneft Press release, 2017/6/18

3)Interfax, 2017/1/26

4)Interfax, 2009/8/20

5)Oil and Gas Journal, 1983, May 7, p.30

6)Interfax, 2014/6/25

7)Interfax, 2017/6/29

8)PRIME, 2017/3/22

9)Rosneft Press release, 2017/6/18

10)Interfax, 2014/4/18

11)GazpromNeft website, 2014/3/19

12)IOD, 2014/6/02