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15 尾上 智彦 先生 東京慈恵会医科大学飾医療センター 皮膚科 ウイルス抗原検査 VZV HSV感染症の診断 Session 3 日常診療における皮膚粘膜HSV感染症 鑑別診断の実際 1 HSVと鑑別を要する疾患 ヘルペス性歯肉口内炎、口唇ヘルペス 口腔カンジダ症、手足口病、ヘルパンギーナ、多形滲出性紅斑、 習慣性アフタ、天疱瘡、帯状疱疹、伝染性膿痂疹、口唇炎、口角炎 性器ヘルペス 帯状疱疹、ベーチェット病、梅毒、固定薬疹、鼡径リンパ肉芽腫、 カンジダ症、急性HIV感染症、軟性下疳 カポジ水痘様発疹症 アトピー性皮膚炎の急性増悪、伝染性膿痂疹、自家感作性皮膚炎 2 Tzanck test ウイルス性巨細胞 3 蛍光抗体直接法 モノクローナル抗体 ウイルス分離培養(シェルバイアル法) 病変部位感染性 ウイルスの存在証明できる 、感染症ゴールドスタンダードとなる 検査法である ただし 、感度核酸 増幅法には。Vero細胞などのウイルス感受性細胞培養 、採取 した検体接種 して培養後、細胞変性効果みられればウイルスの存在 証明できる さらに 、細胞変性効果 がみられた部分擦過 してモノクローナル抗体いた 蛍光抗体法によりウイルス 特異抗原検出することでHSV-1、 HSV-2型別判定 可能である 。自施設うにはVero 細胞などのHSV感受性細胞培養 しておく 必要があり 、操作 煩雑であるため 日常診療実施することはしい。検査会社 依頼可能であるが、保険適用ではなく コストとなる Tzanck test 水疱内容物をギムザ染色 ウイルス性巨細胞検出 する 検査法である 2)。眼科剪刀、 スライドグラス アセトンと 単純ヘルペスの鑑別診断 皮膚科日常診療遭遇する 単純ヘルペスはその典型例であるためウイルス学的検査わなくても 、問診 臨床所見により 診断容易である しかし 1 すような 疾患 との鑑別する 非典型例ではウイルス 学的検査 必要 となることがある 。特、免疫不全患者ではきい 潰瘍形成 、潰瘍周囲炎症所見しい非典型例ある しかしながら 、本邦では保険適用検査られており 検査法によって感度・特異度なるためこれらを把握 した 検査実施することが重要 となる ギムザ染色液があれば簡単 実施でき 5~10分程度結果 られる ただし 、HSV VZVでは同様細胞変性効果すため、両者鑑別はできない。水疱新鮮なびらんから 検体採取できないと 陽性率くなる HSV特異抗原(蛍光抗体直接法) 保険適用であり 、侵襲 さく 、病変HSV感染証明きる 有用検査である 。病変部位から 採取 した検体中のウイ ルス 特異抗原検出するため、HSV-1、HSV-2 およびVZV 鑑別 可能である 。日常診療ではモノクローナル抗体いた蛍光抗体直接法いられている 3 )。低コストで あり 、自施設施行できれば1時間以内判定可能である ただし 、手技には熟練、水疱・ びらんがなければ検体採取しく 、感度低下する 可能性がある イムノクロマト法 病変擦過物検体 として15分程度判定可能なキットで操作簡便である 。HSV-1、HSV-2 型別判定はできないが感度はウイルス 分離培養 同程度 とされている 1) 。陽性であれ 臨床的意義十分であるが、陰性場合にも 感染否定できるものではないと えられる 。本検査法、性器ヘル ペスなどの皮膚粘膜HSV感染症 して 保険適用 ではない ※2013年7月 免疫クロマト による 単純ヘルペスウイルス 抗原定性(性器) 保険適用 となりました

Session 3 VZV HSV 日常診療における皮膚粘膜HSV …...15 尾上 智彦 先生 東京慈恵会医科大学葛飾医療センター 皮膚科 ウイルス抗原検査 Session

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尾上 智彦 先生 東京慈恵会医科大学葛飾医療センター 皮膚科

ウイルス抗原検査

VZV・HSV感染症の診断Session 3

日常診療における皮膚粘膜HSV感染症鑑別診断の実際

図1 HSVと鑑別を要する疾患

▶ヘルペス性歯肉口内炎、口唇ヘルペス口腔カンジダ症、手足口病、ヘルパンギーナ、多形滲出性紅斑、習慣性アフタ、天疱瘡、帯状疱疹、伝染性膿痂疹、口唇炎、口角炎

▶性器ヘルペス帯状疱疹、ベーチェット病、梅毒、固定薬疹、鼡径リンパ肉芽腫、カンジダ症、急性HIV感染症、軟性下疳

▶カポジ水痘様発疹症アトピー性皮膚炎の急性増悪、伝染性膿痂疹、自家感作性皮膚炎

図2 Tzanck test ウイルス性巨細胞

図3 蛍光抗体直接法 モノクローナル抗体

● ウイルス分離培養(シェルバイアル法) 病変部位の感染性ウイルスの存在を証明できる、感染症のゴールドスタンダードとなる検査法である。ただし、感度は核酸増幅法には劣る。Vero細胞などのウイルス感受性細胞を培養し、採取した検体を接種して培養後、細胞変性効果がみられればウイルスの存在を証明できる。さらに、細胞変性効果がみられた部分を擦過して、モノクローナル抗体を用いた蛍光抗体法によりウイルス特異抗原を検出することでHSV-1、HSV-2の型別判定も可能である。自施設で行うにはVero細胞などのHSV感受性細胞を培養しておく必要があり、操作も煩雑であるため日常診療で実施することは難しい。検査会社に依頼可能であるが、保険適用ではなく高コストとなる。

● Tzanck test 水疱内容物をギムザ染色し、ウイルス性巨細胞を検出する検査法である(図2)。眼科剪刀、スライドグラス、アセトンと

単純ヘルペスの鑑別診断

 皮膚科の日常診療で遭遇する単純ヘルペスは、その多くが典型例であるため、ウイルス学的検査を行わなくても、問診や臨床所見により診断は容易である。しかし、図1に示すような疾患との鑑別を要する例や非典型例では、ウイルス学的検査が必要となることがある。特に、免疫不全患者では深く大きい潰瘍を形成し、潰瘍周囲の炎症所見が乏しい非典型例がある。しかしながら、本邦では保険適用の検査が限られており、検査法によって感度・特異度が異なるため、これらを把握した上で検査を実施することが重要となる。

ギムザ染色液があれば簡単に実施でき、5~10分程度で結果が得られる。ただし、HSVとVZVでは同様の細胞変性効果を示すため、両者の鑑別はできない。水疱や新鮮なびらんから検体が採取できないと陽性率は低くなる。

● HSV特異抗原(蛍光抗体直接法) 保険適用であり、侵襲も小さく、病変のHSV感染を証明できる有用な検査である。病変部位から採取した検体中のウイルス特異抗原を検出するため、HSV-1、HSV-2およびVZVとの鑑別も可能である。日常診療ではモノクローナル抗体を用いた蛍光抗体直接法が用いられている(図3)。低コストであり、自施設で施行できれば1時間以内で判定可能である。ただし、手技には熟練を要し、水疱・びらんがなければ検体の採取が難しく、感度が低下する可能性がある。

● イムノクロマト法 病変擦過物を検体として15分程度で判定可能なキットで、操作は簡便である。HSV-1、HSV-2の型別判定はできないが、感度はウイルス分離培養と同程度とされている1)。陽性であれば臨床的な意義は十分であるが、陰性の場合にも感染は否定できるものではないと考えられる。本検査法は、性器ヘルペスなどの皮膚粘膜HSV感染症に対して保険適用ではない※

※2013年7月に免疫クロマト法による単純ヘルペスウイルス抗原定性(性器)は保険適用となりました。

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 皮膚粘膜HSV感染症の診断法には、様々なものがある。我々皮膚科医は、各検査法の特徴についてよく理解し、これらの結果のみから診断するのではなく、その結果を診断の一助として利用することが必要と考える。患者にとって「ヘルペス」という診断は、医師の想像を遥かに超える精神的負担や混乱を招くものであり、検査の結果から容易に「ヘルペス」と診断し、ヘルペスで悩む患者を増やしてはならない。反対に、検査結果を過小評価し、不本意な感染を拡大させないよう留意することも忘れてはならない。

最後に

● LAMP法 (loop-mediated isothermal amplification) 保険適用ではないが、本邦で開発された核酸増幅法であり、感度、特異度はポリメラーゼ連鎖反応法(polymerase chain reaction:PCR)と同等である。全ての反応が等温(65℃付近)で進行するため、thermal cyclerなどの特別な装置を必要とせず、恒温槽で測定することもできる。ウイルス遺伝子の有無は、試験液の白濁を指標とした目視判定もしくは濁度測定により定量的評価が可能である。HSV-1、HSV-2の型特異的なプライマーがキット化されており、型別判定が可能である。ウイルス量がごく微量でも検出できるため、無症候性ウイルス排泄も検出される。核酸増幅と検出のみなら、1時間程度で実施できるが、核酸の抽出・精製といった検体の前処理が煩雑で時間を要する点が問題である。

● PURE - LAMP法 LAMP法で従来約1時間を要していた前処理過程を20分程度に短縮するPURE(procedure for ultra rapid extraction)法を採用した検査法である。従来のLAMP法やPCR法と比較しても感度・特異度ともに遜色なく、HSV-2に対して感度がやや上昇した4)。PURE-LAMP法と蛍光抗体直接法を比較すると、検体を採取した病変が水疱の場合には検出率に遜色はない(PURE-LAMP法:79%、蛍光抗体直接法:86%、n=14)。しかし、びらん(それぞれ、57% vs 29%、n=7)、膿疱(82% vs 18%、n=11)、痂皮(80% vs 33%、n=15)の場合には、いずれもPURE-LAMP法の検出率が高かった。

ウイルス遺伝子検査

ウイルス抗体検査(HSV抗体価)

1) 堀場千尋 他. 日本性感染症学会誌. 21(1)128(2010)2) Inoue Y et al. Br J Ophthalmol. Oct 19(2012)3) 川名尚. 日本臨牀. 65(Suppl3)331(2007)4) 尾上智彦 他. 日本皮膚科学会雑誌. 122(9)2341(2012)

が、角膜ヘルペスの診断用には同様のキットが保険適用となっている。単純ヘルペス性角膜炎(77名)またはその他の眼科疾患(40名)の患者を対象に、イムノクロマト法、蛍光抗体直接法およびreal-time PCR法の判定結果を比較した報告2)

では、イムノクロマト法と蛍光抗体直接法の陽性率は同程度であったが、これらの検査に比べてreal-time PCR法では陽性率が高く、感度の高さに起因するものと考えられた。

 血清中の抗HSV抗体価を測定する方法で、CF法(補体結合反応)、NT法(中和反応)、EIA法(酵素免疫測定法)などがある。血液検査であるため、病変の有無にかかわらず簡便に施行できる。ただし、感染の既往は証明できるが、病変部位のウイルス感染を直接証明する方法ではなく、あくまでも抗体価は診断の参考にとどめ、臨床症状による診断が必要である。また、現在本邦で保険適用となっている検査法(CF法、NT法、EIA法)では、HSV-1とHSV-2の型別判定はできない。複数の検査法があるが、「ウイルス抗体価(定性・半定量・定量)に当たって、同一検体について同一ウイルスに対する複数の測定方法を行った場合であっても、所定点数のみを算定する」という制約があることに注意する。〈CF法〉 一般に使用されているが感度、特異度はともに低い。急性期と回復期のペア血清で4倍以上を陽性と判定する。CF法では、初感染の急性期に抗体価が上昇し、以後消失する場合がある。再発を繰り返すと、抗体価が高く維持されるため、ペア血清で上昇を確認することは難しい。抗体価の検査ではHSVとVZVの交差反応を認めることがあり、VZV既感染ではHSV初感染の際に、抗VZV抗体価(IgG、CF法)が早期に高値になることがある。〈NT法〉 感度、特異度はともに高いが、組織培養が必要なため測定に時間がかかる。〈EIA法〉 感度、特異度はともに高く、IgMとIgGを区別して測定できる。しかし、健康人でもHSV-IgMが陽性になることがあるため、IgM陽性のみでは初感染の証明にはならない。〈gG ELISA法〉 本邦未承認であるが、血清診断の中でHSV-1、HSV-2の型別判定が可能であり、欧米で広く用いられている。HSVのエンベロープに存在するglycoprotein G (gG)はHSV-1とHSV-2で相同性が非常に低く、これを抗原として用いている。感染後、上昇するまでには比較的日数を要するため、初感染の診断に用いる場合には注意が必要である。経時的に測定して、陽転した場合は感染を推測できる。注意点としては、gG欠損株の存在が報告されていること、HSV-1の初感染ではHSV-1

のgG-1抗体の陽転率が低いため偽陰性となる可能性があることがあげられる3)。