3
1 研究概要 フィンランドOulu市の11の小学校で実施された学校図書館プロジェ クト(SLIプロジェクト)が学校文化(オペレーティング・カルチャ ー)と教育実践に及ぼした影響について教師と校長がどのように認 識しているかを、エンゲストロームの活動理論モデルを使って分析 した 学校文化は(どの側面が)進展したか? リテラシー、とくに情報リテラシーの指導は(どのように)進展し たか? フィンランドの学校図書館の歴史と現状 スェーデン統治下の18世紀から存在し、ロシア統治時代の19世紀半 ばには、すべての上級中等学校で必置 1960年代には「学校の心臓」と呼ばれ、教育開発事業の一環として 学校図書館に力を入れることを国会決議 1970年代は学制が転換されるが、古い教育方法のために学校図書館 が中心的な働きをすることはなかった 1990年代には不況による予算削減で学校図書館は衰退 現在は、兼務の教員が司書能力の有無にかかわらず担当、図書館教 諭(Library Teacher)と呼ばれている 一方で、公共図書館ネットワークは整備され、学校支援にも力を入 れている SLIプロジェクト The School Library of the Information Society project Oulu市と近隣地域の小学校長10人が、Media Center Network開発 プロジェクトを起し、ICTの教育利用を目指した 学校の学習環境改善のための学校図書館活用に転換 2000-2004 市の教育課とともにSLIプロジェクトを立ち上げ、学 校文化と情報社会の要請に対応する教授・学習の改善を図る FNBE(Finnish National Board of Education)の動き 2001-2004 Reading Finland 2004- コア・カリキュラムを発表し、カリキュラムに学校図書 館活動の導入を求める SLIプロジェクト The School Library of the Information Society project 初年度は、資料などのインフラ整備 次年度から教育的議論、優れた実践の交換、現職教育 市内60校から23校が応募。11小学校と併設上級学校3校、計14校を選ぶ 学校図書館の開発、市立図書館との協同、学校間ネットワークの促進 プロジェクト・コーディネータ1名、情報スペシャリスト1~2名、教師 の超過勤務は約5500時間 データベースの購入、コレクションの構築、図書館スペースの改修、家 具の購入 プロジェクト終了後も、サポート・運営グループを維持、年5校の割合で 学校図書館への参画がある 学校(を動かす)文化 school’s operating culture 学校文化 時間をかけて築かれた基準、価値、深淵、習慣などの地下水脈( 可視化されないエートス) 学校の組織文化の基本となる前提(人間観、学習観、学校の風土 、価値観、基準) 学校を動かす文化(オペレーティング・カルチャー) 可視化され、検証可能な実体的兆候 学校の組織文化(風土)の具体的な現れ (協働と役割分担のやり方、カリキュラムやスケジュールのデザ イン、教授法、学習環境など) 活動理論モデル Activity Theory model ヘルシンキ大学のユリア・エンゲストロームが開発した、人 間活動を分析するためのモデル 活動理論 学校教育、科学・技術、文化・芸術、仕事・組織、コミュニティ など、多様な人間活動を協働的な「活動システム」のモデルを用 いて分析・理解し、その発達を新たにデザインしていくための理 論的枠組み 発達的ワークリサーチ 実践者たちの革新的な協働の学習を促進・支援するための介入の 方法論

SLIプロジェクト The School Library of the Information Society ...masa-sem/forum2/121014adachi.pdf · FNBE(Finnish National Board of Education)の動き 2001-2004 Reading Finland

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: SLIプロジェクト The School Library of the Information Society ...masa-sem/forum2/121014adachi.pdf · FNBE(Finnish National Board of Education)の動き 2001-2004 Reading Finland

1

研究概要

フィンランドOulu市の11の小学校で実施された学校図書館プロジェ

クト(SLIプロジェクト)が学校文化(オペレーティング・カルチャ

ー)と教育実践に及ぼした影響について教師と校長がどのように認

識しているかを、エンゲストロームの活動理論モデルを使って分析

した

学校文化は(どの側面が)進展したか?

リテラシー、とくに情報リテラシーの指導は(どのように)進展し

たか?

フィンランドの学校図書館の歴史と現状

スェーデン統治下の18世紀から存在し、ロシア統治時代の19世紀半ばには、すべての上級中等学校で必置

1960年代には「学校の心臓」と呼ばれ、教育開発事業の一環として学校図書館に力を入れることを国会決議

1970年代は学制が転換されるが、古い教育方法のために学校図書館が中心的な働きをすることはなかった

1990年代には不況による予算削減で学校図書館は衰退

現在は、兼務の教員が司書能力の有無にかかわらず担当、図書館教諭(Library Teacher)と呼ばれている

一方で、公共図書館ネットワークは整備され、学校支援にも力を入れている

SLIプロジェクト

The School Library of the Information Society project

Oulu市と近隣地域の小学校長10人が、Media Center Network開発

プロジェクトを起し、ICTの教育利用を目指した

→ 学校の学習環境改善のための学校図書館活用に転換

2000-2004 市の教育課とともにSLIプロジェクトを立ち上げ、学

校文化と情報社会の要請に対応する教授・学習の改善を図る

FNBE(Finnish National Board of Education)の動き

2001-2004 Reading Finland

2004- コア・カリキュラムを発表し、カリキュラムに学校図書

館活動の導入を求める

SLIプロジェクト

The School Library of the Information Society project

初年度は、資料などのインフラ整備

次年度から教育的議論、優れた実践の交換、現職教育

市内60校から23校が応募。11小学校と併設上級学校3校、計14校を選ぶ

学校図書館の開発、市立図書館との協同、学校間ネットワークの促進

プロジェクト・コーディネータ1名、情報スペシャリスト1~2名、教師

の超過勤務は約5500時間

データベースの購入、コレクションの構築、図書館スペースの改修、家

具の購入

プロジェクト終了後も、サポート・運営グループを維持、年5校の割合で

学校図書館への参画がある

学校(を動かす)文化 school’s operating culture

学校文化

時間をかけて築かれた基準、価値、深淵、習慣などの地下水脈(

可視化されないエートス)

学校の組織文化の基本となる前提(人間観、学習観、学校の風土

、価値観、基準)

学校を動かす文化(オペレーティング・カルチャー)

可視化され、検証可能な実体的兆候

学校の組織文化(風土)の具体的な現れ

(協働と役割分担のやり方、カリキュラムやスケジュールのデザ

イン、教授法、学習環境など)

活動理論モデル Activity Theory model

ヘルシンキ大学のユリア・エンゲストロームが開発した、人

間活動を分析するためのモデル

活動理論

学校教育、科学・技術、文化・芸術、仕事・組織、コミュニティ

など、多様な人間活動を協働的な「活動システム」のモデルを用

いて分析・理解し、その発達を新たにデザインしていくための理

論的枠組み

発達的ワークリサーチ

実践者たちの革新的な協働の学習を促進・支援するための介入の

方法論

Page 2: SLIプロジェクト The School Library of the Information Society ...masa-sem/forum2/121014adachi.pdf · FNBE(Finnish National Board of Education)の動き 2001-2004 Reading Finland

1

学校図書館の概念

学校文化開発の一環として総合的に開発されるべき

カリキュラムにもとづいて運営され、生徒全員と教師が利用する

サービス中心ではなく、教育中心で運営される

資料は限定的だが制約はされない(specific but not limited)

資料・情報の探索より情報活用と知識構築に重点を置く

フィクションだけでなく、あらゆる種類の印刷物やマルチメディアを読

むことでベーシック・リテラシーを身につける

本研究では「学校(を動かす)文化を育むツール」と捉える

学習の概念

The National Core Curriculum(国のコア・カリキュラム)

は構成主義的な学びに重点を置いている

協働と構成主義的な学びの方向に学校文化を変えるために

教師と校長が学びの共同体をつくって学び合う

→ 学習に対する教師の考え方が変わる

認知構成主義:個人による知識の獲得

社会構成主義:参加と対話

社会構成主義的学習観:共同による知識構築

リテラシー

リテラシー

ベーシックリテラシー、情報リテラシー、メディアリテラシー、

マルチリテラシーズ

新しいリテラシー(New Literacies)

社会、制度、文化の実践にかかわるリテラシーを含めた幅広いリ

テラシーの概念

クリティカル・リテラシー、市民リテラシー、・・・

リテラシーと学習

学習理論とリテラシーは密接に関連している

認知構成主義と情報処理(IP)モデル

問題解決のために情報にアクセスし活用する

さまざまな資料から事実を獲得できるスキル

社会構成主義とguided inquiry(導かれた探究)

発達の最近接領域の理論(介入の領域)

Guided inquiry の6原則 by Kuhlthau

探究型学習は、生徒が自ら学ぶように動機づけ、自分の考えを省

察し、学習者として成長するのを助ける

ラーニング・コモンズ learning commons

教師・生徒・スクールライブラリアンが協同で統合カリキュ

ラムに取り組み、学び合い、知識を生成する(アメリカ、カ

ナダ、オーストラリアで芽生えた概念)

行政の担当部局(教育課、教育委員会等)と公共図書館と学

校間ネットワークとをつなぐ

このモデルを学習環境開発を分析するツールとして発達的ワ

ークリサーチ(developmental work research)の手段として

役立ててほしい

人間活動のシステムと発達を分析するための 新たな概念とモデルの構築

介 入

現実の活動対象と出会う実践者たちの学び合い 「何を、何のために行うのか?」

活動理論にもとづく介入と実践者の拡張的学習

Page 3: SLIプロジェクト The School Library of the Information Society ...masa-sem/forum2/121014adachi.pdf · FNBE(Finnish National Board of Education)の動き 2001-2004 Reading Finland

1

Fig. 4. Structure of a human activity system (Engeström 1987, 78).

Fig. 5. Draft structure of the school’s operating culture (Kurttila-Matero et al. 2010,

reproduced with the permission of de Gruyter).

第3世代活動理論のための最小限二つの相互作用する活動システムのモデル

(Engestrom, 2001, p.136)

Fig. 7. Draft structure of the

Learning Commons of the City

of Oulu in the context of

the SLI project.