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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013) 1 SPDP The Society of Primate Diseases and Pathology 編集/発行 サル類の疾病と病理のための研究会 記事および画像・写真の無断複製、使用、転用を禁止します。 April, 2013 • 2013430(6) 目次<巻頭総説> エイズウイルスの起源 三浦 智行 京都大学ウイルス研究所 感染症モデル研究センター 霊長類モデル研究領域 <連載> 実験用サル学事始め (6) 霊長類センター設立計画の始動 本庄 重男 国立予防衛生研究所 筑波医学実験用霊長類センター 所長 愛知大学 教授 <緊急寄稿> レストンエボラウイルス感染 (サル) の臨床現場から 中川 博司 株式会社イナリサーチ 社長 / 株式会社イナリサーチフィリピンズ 会長 <会員の集まる喫茶店> Monkey-tail Café 伊藤 豊志雄 河合 公益財団法人実験動物中央研究所 AniMedic CARESUPPORT 秋葉 悠希 高野 淳一朗 酪農学園大学獣医学群獣医学類 独立行政法人 医薬基盤研究所

SPDP LETTERS No 06 201304 · 2015. 5. 15. · SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013) 1 SPDP The Society of Primate Diseases and Pathology 編集/発行 サル類の疾病と病理のための研究会

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

1

SPDP

The Society of Primate Diseases and Pathology

編集/発行 サル類の疾病と病理のための研究会記事および画像・写真の無断複製、使用、転用を禁止します。

April, 2013 • 2013年4月30日 (第6号)

▶▷目次▷▶

<巻頭総説>

❖エイズウイルスの起源三浦 智行京都大学ウイルス研究所 感染症モデル研究センター 霊長類モデル研究領域

<連載>

❖実験用サル学事始め(6) 霊長類センター設立計画の始動本庄 重男元 国立予防衛生研究所 筑波医学実験用霊長類センター 所長元 愛知大学 教授

<緊急寄稿>

レストンエボラウイルス感染 (サル) の臨床現場から中川 博司株式会社イナリサーチ 社長 / 株式会社イナリサーチフィリピンズ 会長

<会員の集まる喫茶店>

❖Monkey-tail Café▽ 伊藤 豊志雄! ▽ 河合 靖公益財団法人実験動物中央研究所 AniMedic CARE&SUPPORT

▽ 秋葉 悠希! ▽ 高野 淳一朗酪農学園大学獣医学群獣医学類 独立行政法人 医薬基盤研究所

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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<巻頭総説>

エイズウイルスの起源三浦 智行京都大学ウイルス研究所 感染症モデル研究センター 霊長類モデル研究領域

1981年に最初の後天性免疫不全症候群 (エイズ)

が報告されてから既に30年以上が過ぎ、この間エ

イズの病原ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス

(Human Immunnodeficiency Virus; HIV) の感染は世

界中に飛躍的に広まった。WHOとUNAIDSによる

統計では、2011年の世界中のHIV感染者の概算数

は3420万人で、新規感染者は250万人と推定され

ている。HIVに対する逆転写酵素阻害剤とプロテ

アーゼ阻害剤を用いた多剤併用療法 (Highly Active

Anti-Retroviral Therapy: HAART) の確立は、HIV感

染者の劇的な死亡率低下をもたらしたが、薬剤耐

性、副作用、費用の面で解決すべき問題が多く残

されている。さらにH A A RT療法では、体内に潜

伏しているウイルスを完全に除去することは不可

能であり、未だエイズの根本的な予防・治療法は

確立されていないのが現状である。

1980年以前には認識されていなかったエイズウ

イルスがなぜ急速に広がったのか?これらのウイ

ルスはいったいどこからやってきたのであろう

か?HIV-1の発見後間もなく米国の霊長類センタ

ーにおいて、エイズ様症状を呈して死亡したアカ

ゲザルからHIVに類似したウイルス (SIVmac) が分

離された。その後、自然界においてアカゲザルを

含めアジア産マカク属のサルにおけるSIV感染は

全く検出されなかったが、アフリカミドリザルを

はじめとする種々のアフリカ産のサルがS I Vに反

応する抗体を保有していることが明らかとなり、

エイズウイルスのアフリカ産サル由来説が唱えら

れるようになった。過去において、人間界に突如

として出現したウイルス感染症が、実は他の動物

からもたらされたものであったという例は少なく

ない。例えば、マーブルクやラッサ熱の病原ウイ

ルスが、いずれもアフリカミドリザルからヒトに

感染したものなので、エイズウイルスのアフリカ

ミドリザル由来説が、もっとも有力な説として当

初世界的に浸透した。しかし、その後アフリカミ

ドリザルをはじめとするアフリカ産のサルが保有

しているS I Vの遺伝子解析が進むにつれて、アフ

リカミドリザルからヒトへの感染といった単純な

シナリオは否定された。サル由来のウイルスは

SIVとひとまとめにされる傾向があるが、実際に

は多くの種類があり、その系統関係は複雑であ

る。

以下に初期の研究経過を見てみると、1985年に

HIV-1の全塩基配列が明らかになり [8, 9, 11]、

1987年に第2のエイズウイルスであるHIV-2の全塩

基配列が明らかとなった [4]。同じ年にアカゲザ

ルのウイルスSIVmac [1] とアフリカミドリザルの

ウイルスSTLV-IIIagm [2] の全塩基配列が報告さ

れ、H I V - 2に近縁であることが示された。しか

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し、このうちSTLV-IIIagmは、SIVmacが実験室内

で混同されたものであり、真のアフリカミドリザ

ル由来ウイルスではないことがその後明らかとな

った [7]。我々は、本来のアフリカミドリザルの

ウイルス(SIVagm)の全塩基配列を明らかにし、ヒ

トのエイズウイルスは、アフリカミドリザルから

直接ヒトへきたものではないことを示した [3]。

また、翌年には、マンドリルのウイルス (SIVmnd)

の全塩基配列を報告し、多様な霊長類レンチウイ

ルスの全体像を示すことに貢献した [10]。ほぼ、

時を同じくして西アフリカに生息するスーティマ

ンガべーのウイルスSIVsmmがHIV-2に近縁である

こと [5]、チンパンジーの保有するウイルスSIVcpz

がHIV-1に近縁であることが明らかとなり [6]、霊

長類レンチウイルス群全体におけるHIV-1とHIV-2

の系統関係がほぼ確定したのである。

アフリカに棲息する様々なサル種が霊長類レン

チウイルスに自然感染しており、野生のサル間で

霊長類レンチウイルスの種間感染が起こり、時に

は大きく系統の異なる霊長類レンチウイルス間で

遺伝子組み換えが起きていることも、その後の解

析で明らかとなった。つまり、霊長類レンチウイ

ルスは速い進化速度と遺伝子組換えで多様性を獲

得し、種間感染を通して宿主の範囲を広げてきた

のである。H I V- 1はチンパンジー由来のS I V c p z

が、HIV-2はスーティーマンガベイ由来のSIVsmm

がヒトに感染した結果、それぞれエイズの原因ウ

イルスとなった。H I Vは、霊長類レンチウイルス

の亜群であることから、霊長類レンチウイルスの

進化系統を理解することによって、将来のHIVの

姿を予測し、今後のエイズ対策を考える上で新た

な視点が得られる可能性がある。SIVはそれぞれ

の自然宿主には病気を起こさず共生関係を築いて

いるのにも関わらず、他の霊長類に感染した場合

に病原性となりうるという事実も興味深い。霊長

類レンチウイルスと自然宿主との共生関係がどの

ように構築されているのかを明らかにすること

は、エイズの病原性を理解する上で重要である。

また、HIV-1、HIV-2それぞれについて、サルから

ヒトへの感染は幾度にも渡って起こっていること

から、新たなエイズウイルスのサルからヒトへの

感染の可能性についても警戒する必要があるだろ

う。

【文献】

1. Chakrabarti, L., M. Guyader, M. Alizon, M. D. Daniel, R. C. Desrosiers, P. Tiollais, and P. Sonigo. 1987. Sequence of simian immunodeficiency virus from macaque and its relationship to other human and simian retroviruses. Nature 328:543-7.

2. Franchini, G., C. Gurgo, H. G. Guo, R. C. Gallo, E. Collalti, K. A. Fargnoli, L. F. Hall, F. Wong-Staal, and M. S. Reitz, Jr. 1987. Sequence of simian immunodeficiency virus and its relationship to the human immunodeficiency viruses. Nature 328:539-43.

3. Fukasawa, M., T. Miura, A. Hasegawa, S. Morikawa, H. Tsujimoto, K. Miki, T. Kitamura, and M. Hayami. 1988. Sequence of simian immunodeficiency virus from African green monkey, a new member of the HIV/SIV group. Nature 333:457-61.

4. Guyader, M., M. Emerman, P. Sonigo, F. Clavel, L. Montagnier, and M. Alizon. 1987. Genome organization and transactivation of the human immunodeficiency virus type 2. Nature 326:662-9.

5. Hirsch, V. M., R. A. Olmsted, M. Murphey-Corb, R. H. Purcell, and P. R. Johnson. 1989. An

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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African primate lentivirus (SIVsm) closely related to HIV-2. Nature 339:389-92.

6. Huet, T., R. Cheynier, A. Meyerhans, G. Roelants, and S. Wain-Hobson. 1990. Genetic organization of a chimpanzee lentivirus related to HIV-1. Nature 345:356-9.

7. Kestler, H. W., 3rd, Y. Li, Y. M. Naidu, C. V. Butler, M. F. Ochs, G. Jaenel, N. W. King, M. D. Daniel, and R. C. Desrosiers. 1988. Comparison of simian immunodeficiency virus isolates. Nature 331:619-22.

8. Ratner, L., W. Haseltine, R. Patarca, K. J. Livak, B. Starcich, S. F. Josephs, E. R. Doran, J. A. Rafalski, E. A. Whitehorn, K. Baumeister, and et al. 1985. Complete nucleotide sequence of the AIDS virus, HTLV-III. Nature 313:277-84.

9. Sanchez-Pescador, R., M. D. Power, P. J. Barr, K. S. Steimer, M. M. Stempien, S. L. Brown-Shimer, W. W. Gee, A. Renard, A. Randolph, J. A. Levy, and et al. 1985. Nucleotide sequence and expression of an AIDS-associated retrovirus (ARV-2). Science 227:484-92.

10. Tsujimoto, H., A. Hasegawa, N. Maki, M. Fukasawa, T. Miura, S. Speidel, R. W. Cooper, E. N. Moriyama, T. Gojobori, and M. Hayami. 1989. Sequence of a novel simian immunodeficiency virus from a wild-caught African mandrill. Nature 341:539-41.

11. Wain-Hobson, S., P. Sonigo, O. Danos, S. Cole, and M. Alizon. 1985. Nucleotide sequence of the AIDS virus, LAV. Cell 40:9-17.

【学術集会情報1】第22回サル疾病ワークショップ

特別テーマ「ニホンザルの利用,臨床と病理」

毎年恒例の「サル疾病ワークショップ」。今年は岐阜での開催です。皆様のお運びをお待ち申し上げております。

【日時】2013年7月6日 (土) 13時~

【場所】岐阜長良川温泉 ホテルパーク岐阜県岐阜市湊町397-2

【参加費】(変更の可能性があります)

‣プランA:17,000円 (宿泊セット)

‣プランB:10,000円 (交流会セット・宿泊別)

‣プランC:6,000円 (ワークショップのみ)

【主催】サル類の疾病と病理のための研究会

【大会長兼実行委員長】柳井徳麿 (岐阜大)

[ TIME TABLE ]2013年7月6日 (土)13:00~18:00! ワークショップ

「ニホンザルの利用,臨床と病理」18:30~! 交流会「長先生をしのぶ会」21:00~! ミッドナイトセッション

「SPDPの国際戦略」

2013年7月7日 (日)金華山登山 (希望者のみ)

★ポスター発表も募集中です!!

★詳しい情報はhttp://www.spdp.jp/2013/04/22/

‣参加するには事前申込が必要です。

‣申込期限:2013年6月5日

プログラム案

事前申込

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<連載>

実験用サル学事始め本庄 重男元 国立予防衛生研究所 筑波医学実験用霊長類センター 所長元 愛知大学 教授

(前号から続く)

(6) 霊長類センター設立計画の始動

各種の病原体に自然感染しておらず、生理的にも

安定した良質の実験用サルを確保し、併せて野生

のサル資源の衰退を回避するためには、人工的環

境下で大規模な繁殖・生産・育成をして行くこと

が是非とも必要です。そして、やがては遺伝形質

も明確なサルを作出することも目標にすべきで

す。この考えこそ、私がサルとの付き合いを始め

た1960年以来、一貫して持ち続けていた学問的信

念と言うべきものでした。

すでに述べたように、私どもは1960年代半ば頃か

らこの考えの実現に向け、予研内部の意見を固め

るとともに、実験動物研究者の中心組織である実

験動物研究会 (故 安東洪次博士・田嶋嘉雄博士等

が組織、現在の社団法人 日本実験動物学会) の賛

同・支援を得るための努力も続けました。所内的

には、主に実験動物委員会の場で私どもの意見や

計画を紹介して、いろいろな専門分野の研究者か

ら有益な意見を頂きました。また、予研外の実験

動物研究者の仲間として、東大医科学研究所の奥

木実博士、京都大学霊長類研究所の登倉尋実博

士、松林清明博士、農水省家畜衛生試験場の猪貴

義博士、後藤信男博士。農水省動物用医薬品検査

所の窪道護夫博士 (故人)、日本モンキーセンター

の和秀雄博士、東大農学部の塩田俊朗博土、等々

(何れも当時の所属) と度繁く会合して、サル類の実

験動物化についてさまざまな角度からの科学的意

見を頂きました。今ここで、これら多くの方々の

ご意見を詳しく述べることはしませんが、野生由

来サルに依存して実験することは極力止めるべき

であり、人工繁殖体制の確立を目指して進むべき

であるというのが基本的に一致した意見でした。

私にとって、当時第一線で奮闘中の多忙な研究仲

間から意見や支援を頂けたことは、実に有り難い

ことでした。

1 9 6 0年代から7 0年代前半頃までは世界的に見て

も、サル類を専門とする研究施設は未だ僅かしか

在りませんでした。ひとつは、旧ソ連グルジア共

和国のスフミに在ったソ連医学アカデミー所属の

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世界最古のサル専門の実験病理学・治療医学研究

所 (1927年創立) です。そこでは、数千頭の各種の

サル (主な種類はアカゲザル) が、動物園方式で飼

育されており、自然に繁殖が進んでいました。個

別の疾病や繁殖の詳細な記録が、長年にわたり保

存されています。1 9 9 0年に名古屋と京都で開催さ

れた第1 3回国際霊長類学会での「ウイルス自然感

染シンポジウム」に、シンポジストとして招待し

たスフミ研究所所長のB.A.ラピン博士は、朴訥な

学者で、研究所の歴史を静かにしかし誇りを持っ

て私に語ってくれました。残念なことにスフミ研

究所はソ連邦崩壊に続くグルジア共和国内戦で、

すっかり混乱し今ではほとんどその名が語られな

くなり、ラピン博士とも音信不通の状態です (今は

ロシア医学アカデミーの霊長類医学研究所として

続いているとの情報もありますが)。後日、ワシン

トン大学地域霊長類研究センターのスミス博土 (後

述) らの呼び掛けで、研究仲間によるスフミ研究所

救援募金なども行なわれましたが、効果について

は不明です。私にとっては、拙宅でラピン博士と

痛飲・歓談し、酔うままにロシア民謡などを合唱

した楽しい一夕の思い出が今なお残っています。

もうひとつはアメリカです。1960年代には七つの

国立地域霊長類研究センターが、N I Hの基金によ

り設立・運営されていました。それぞれが異なる

州の有力大学に付属する形で、サルを使っての多

面的な研究を活発に行なっていました。私は、7箇

所のうち特に、シアトルのワシントン大学付属地

域霊長類研究センター (当時所長はT.C.ルウ博士)

と親しく付き合い、O.A.スミス博士 (生理学) やG.

サケット博士 (心理・行動学) とは交流を頻繁に行

なったものです。ちなみに、筑波霊長類センター

前所長の寺尾恵治博士はこのシアトルの研究所に

留学しました。私が初めてシアトルを訪れたとき

のルウ博士は実に温厚で親切な方で、心遣い豊か

に私を案内して下さいました。私は、サルの研究

を始めたときに今泉清先生から勧められ、ルウ博

士の名著「Diseases of Laboratory Primates」

(W.B.Saunders Co., 1959) を購入し、隅から隅まで

夢中で読んだものです。そのルウ先生も今泉先生

も既に他界されてしまいました。

ところで、ソ連のスフミ研究所でもアメリカの7

つの霊長類研究センターでも、野生サルを輸入し

動物園方式で繁殖させることはしていましたが、

実験動物学的観点から良く環境統御された屋内ケ

ージでの飼育・繁殖はほとんど行なわれていませ

んでした。この辺りの事情はわが国でも同様で、

実験動物としてのサルの重要性は認めておられた

実験動物学や霊長類学の先達の方々のほとんど

は、屋内の人工環境下でサルを繁殖・育成するこ

となどは現実的に不可能と見ておられました。で

すから、屋内の個別ケージ内で交配適期の雌サル

を雄サルと同居させて受胎を図るという私どもの

計画には批判意見も少なからず有りました。とく

に、生態学領域の方々からは、直接・間接に手厳

しい批判を受けたものでした。

ともあれ私どもは、1966年度の獣疫部からの予算

要求として数百頭収容規模の繁殖用サル収容施設

の設置計画を提出しました。この範囲の予算要求

は、1970年度まで繰り返し続きました。総務部の

予算関係担当事務官方にその必要性を納得して貰

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うための話し合いもしばしば行ないました。1971

年になると、予研で当時年間に使われていた数百

頭のサルを総て自家繁殖されたもので賄うという

数億円規模の計画となり、予研からの予算要求と

して厚生省に提出されることになりました。前報

で記したWHOの勧告の影響が現われたのか、厚生

省の態度も好転しました。また少し後になって、

アメリカでも霊長類研究センターで使われるサル

を極力各センターで自家繁殖したものにより賄う

ことを中心とする国家霊長類計画 (National Primate

Plan、1978) が作成され推進されるようになりまし

た。その計画の中心にいたB.D.ブラッド博士は、

1 9 7 8年私どもの新設の霊長類センターを訪れてか

ら、私とともに厚生省の春日斉科学技術審議官を

訪れ、アメリカの状況を説明して私どもの計画に

賛同の意見を述べてくれました。

実験用霊長類を巡る内外の動きの渦中にあって常

に私を支え、関連する大小さまざまな仕事をこな

してくれた室員の皆さん、取り分け藤原徹・高坂

精夫・長文昭の3君には、今私は言い尽せぬ感謝の

気持ちを抱きます。考えてみれば、日常のサルの

飼育・管理業務や研究業務以外に霊長類センター

建設計画の策定に関わる仕事が加わったのですか

ら、室員の皆さんの多忙さは言語を絶するもので

した。このうち藤原・長の2君は既に鬼籍に入られ

てしまい、もはや私のこの連載の拙文を読んでも

らうことは叶いません。残念至極です。

次回は、霊長類センター建設計画を進めた私の経

験と学び得たことどもを、もう少し詳しく語らせ

て頂きたいと思います。

(SPDP LETTERS 第7号・2013年7月に続く)

【学術集会情報2】第6回アジア野生動物医学会

"ONE WORLD ONE HEALTH in ASIA"

6th Meeting of ASZWM / Conservation in Singapore 2013

開催情報は随時SPDPがご案内します。主催者案内が入り次第情報更新のSPDPウエブサイトにご注目下さい。

【日程】2013年10月25日 (金) ~ 27日 (日)28日 (月): サテライトWS (1~2)28 (夜) ~ 29日 (火) サテライトWS (3)

<サテライトワークショップ>1.! Reptile Workshop2.! Dental Workshop on Rodents and Rabbits3.! Borneo Biodiversity Workshop

【会場】Institute of Technical Education (ITE)10 Dover Drive (S)138683, Singapore

サテライトWS 1, 2:! Singapore ZooサテライトWS 3:

Semenggoh Wildlife Rehabilitation Center, Kuching, Malaysia

★参加費 未定 (後日お知らせします)

★参加登録期限: 2013年9月30日 (月)

★参加登録方法: 後日お知らせします。

詳しい情報 http://www.spdp.jp/2013/02/aszwm-2013-01/

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<緊急寄稿>

レストンエボラウイルス感染 (サル) の臨床現場から中川 博司株式会社イナリサーチ 社長 / 株式会社イナリサーチフィリピンズ 会長

序言

実験用に導入されたカニクイザルからエボラウ

イスルが見つかったのは1 9 8 9~1 9 9 0年、アメリ

カ・バージニア州、レストンにあるヘーゼルトン

の飼育場での死亡サルからである。その後1992年

にイタリアで、そして再び、1996年、アメリカテ

キサス州アリスにある飼育場で同様の死亡サルが

見つかった。これらエボラウイルスが見つかった

サルはいずれも、フィリピン・ラグナ州、カラン

バにあるファーライトファームから出荷されたカ

ニクイザルであった [1, 2]。

アリスでのサルの死亡がエボラウイルスによる

ものであることについてアメリカ疾病防疫センタ

ー (CDC) から連絡を受けたフィリピン熱帯医学研

究所 (RITM) の人獣共通感染症の担当獣医であっ

た Elizabeth G. Miranda 女史 (現 RITM コンサルタ

ント、イナフィル株式会社社長) は、直ちに、フ

ァーライトファームの閉鎖・移動凍結を指示する

とともに、ファームに赴いて調査を開始した。

1996年5月3日のことである。それ以前にも、ファ

ーライトファームでは1週間に5~10頭程度の自然

死があることがわかっているが、それがエボラウ

イルスによるものであったかどうか定かではなか

った。ところがその後、6月、7月にかけて週単位

死亡数は23~32頭と急上昇を見せた。データとし

て明らかではないが8月にはさらに多くの死亡が

あり、最終的には、386匹が剖検に供され、1,732

頭の血液がCDCに送付された。検査の結果、抗体

陽性例はおよそ0.2%程度だったが、1,011頭の死

亡例および症状発現例のおよそ13%からウイルス

が見つかった [2, 3, 4]。

RITMとファーライトの職員だけではこれらの処

理が困難を極めたため、ミランダ女史からの要請

があって、イナリサーチ株式会社の子会社である

イナリサーチ・フィリピンズ (INARP) では、臓器

固定のためのホルマリン液の準備と採血や剖検の

ため、複数名の作業補助者をこのファームに送っ

ている。

フィリピン政府が最も注目したのはヒトへの感

染であった。ファーライトファームで働いていた

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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飼育員や近隣住民含めて2 5 1人の抗体検査を行っ

たところ、1例だけが陽性であったが、幸い発症

は見られなかったようである [2]。

その後、日本では、当時東大農学部教授だった

吉川泰弘博士 (現千葉科学大学教授) が、ファーラ

イトファームで処分されたサルのホルマリン標本

を日本に持ち帰り、その病理学的検索を行うと共

に、何がこのウイスルの宿主となったのかについ

ておよそ数年にわたって追跡調査を行っており、

フィリピンに生息するオオコウモリもその宿主に

なりうることを明らかにした [6]。

2008年になって、フィリピンの飼育ブタにPRRS

(Porcine Reproductive and Respiratory Syndrome) の

多発があり、それをきっかけとしてレストンエボ

ラウイルス検査が行なわれており、それらのブタ

にも感染があることが明らかにされた。この時

も、飼育に関わる数人の抗体陽性者が見つかって

いるが発病はしていない [2, 7]。

なお、1996年のレストンエボラでのアウトブレ

イク以降、フィリピンにある2社のサル飼育ファ

ーム (サイコンブレックおよびデルムンドファー

ム) からはエボラウイルス感染を示す事例は現在

まで観察されていない。

ところで、フィリピンのバタンガス州にサル育

成場を持つINARPにとっては、当時フィリピンに

4社あったファームのうち、何故、ファーライト

ファームだけにエボラ感染が起きていたのかを知

ることは極めて重要である。私自身も1996年のア

ウトブレイクの渦中にあって現場を体験してお

り、その経験を通して、今までに報告のなかった

レストンエボラウイルスの感染経路について推論

してみた。

1996年の INARP での不可解な死亡例

INARPは、ファーライトとは1996年のアウトブ

レイク以前からサル売買の取引があり、このアウ

トブレイクの前、1996年2月22日に12頭の雄ザル

をそこから導入していた。その時の経験を述べた

い。

I N A R Pの施設は完全閉鎖型で、空調装置を備

え、上下2段ステンレススチール製のサル個別ケ

ージを備え、厳しい衛生管理下に置かれている。

蚊が入る隙などはない。そこで、購入後 1 0日目

〔検疫中〕に1例が死亡した。摂食状態の悪化が

見られたのは死亡の3~4日前からであった。死線

期に採血が行われており、死亡後解剖に供され

た。血清LDHは著しく増加し、脾臓に著しい腫大

があった。その後、何らかのウイルスの感染の可

能性も考えて、残るサルの観察を強化したが、同

様の症状を示すものは以降現れなかった。死亡し

たサルの血清が残してあったので、CDCにこのサ

ンプルを送ったところ、やはりレストンエボラウ

イルスによる感染があったことがわかった [9]。

アウトブレイク時のファーライトでの隔離飼育

1 9 8 9~1 9 9 0年と1 9 9 2年の事件がわかっていれ

ば、INARP はファーライトファームとの取引を行

うはずもなかったのだが、それを知らなかったた

め、1996年のアウトブレイクの直前にもこのファ

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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ームに対して1 0 0頭のサルの発注を行っていた。

そこにこのアウトブレイクが起きた。ミランダ女

史からの助言で、ファーライトファームは事実上

機能不全になってしまっているので、せめて、ウ

イルス抗体が陰性だった 2~ 3歳の仔ザルを集め

て、INARP 自らがファーム内で隔離飼育管理して

はどうかという提案があった。隔離飼育といって

も、ファームの片隅の使用されていなかったオー

プン舎である。蚊やハエなど小さな昆虫を除け

ば、鳥やコウモリなどの侵入は難しい構造ではあ

った。しかし、やってみなければ救えるかどうか

もわからない。まずはこの棟に大きな防虫ネット

をかぶせ、徹底した内部消毒を行ったうえで対象

となる98頭の仔ザルをこの棟の個別ケージに移し

て観察を開始した。1996年8月6日である。このと

きに飼育担当となったのが当時、INARP の病理責

任者であった獣医の Ignacia S. Braga Ⅲ 博士であ

る。飼育に入って3週間を過ぎた頃、彼女から私

に電話があり、元気のないサルが1頭いるので来

て欲しいという要請を受け、私が現地に赴いた。

そこには、自発的な動きのない、眼をとろんと

させたサルがいた。体温や心拍などのデータは採

取していないが相当な発熱状態にあったと思われ

る。このサルは隔離飼育後26日目に死亡した。そ

の数日後に、そこからかなり離れた別のケージの

サル1頭も同様の症状を呈し、隔離後2 8日目に死

亡した。これらはいずれも症状発現からおよそ

2~3日で死亡している。それら動物の血清検査、

剖検所見から、血清LDHの増加、脾臓の腫大など

が観察された [5]。

感染の拡大はからなずしも患畜の周辺からとい

うわけではなかったので、サル・サル間の飛沫感

染あるいは接触感染というよりも、まずは蚊やハ

エがその運び屋となる可能性を私は疑った。飼育

舎内を詳細に調べたところ、ハエはほとんどいな

かったが、防虫ネットで防ぎきれなかったのか、

無数の蚊が飛び交っていた。この時、私はブラガ

女史に、殺虫剤により徹底的に蚊を退治するよう

指示している。隔離飼育に入って4週間で飼育継

続は諦め、全頭を処分対象とするよう決めたが、

その間、他の死亡はなかった。これらについても

抗体検査を行ったがすべて陰性だった [5]。

レストンエボラウイルスの感染経路

レストンエボラウイルスは、サルで集団感染を

起こしたが、ヒト、オオコウモリ、ブタでの感染

もすでに知られている。そしてその感染は主に飛

まつ感染、あるいは排泄物を介して起こる、とい

うのが多くの研究者の見解となっている。しかし

疑問がある。当時、フィリピンに4箇所 (ファーラ

イト、AT-ビリ、サイコンブレック、デルムンド)

あったサルファームのうち、何故、ファーライト

ファームだけに発生したのか、ということであ

る。オオコオモリであればフィリピン全土どこに

でも生息しているし、ブタのファームも同様であ

る。ちなみにこれら4箇所のファームの種親はほ

とんどがミンダナオ島、ザンボアンガを経由して

送られてくるので、ほぼ同一の地域で生息してい

た野生ザルである。吉川教授がミンダナオ島で採

取した野生のカニクイザル83頭についてIgG抗体

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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を測定しているが、いずれも陰性であった [8]。こ

のデータでミンダナオの野性ザルにはエボラの感

染はないとは言い切れないにしても、何故、ファ

ーライトファームだけに起きたのかということで

ある。

当時、私が着目していたのがファーライトファ

ームの地形的特長である。ファーライトだけが淡

水湖 (ラグナ湖) のほとりにあり、他のファームは

比較的台地にあって周辺に流れの淀んだ川や湖は

ない。つまりこれは何を意味するのか。家蚊、藪

蚊の違いのように、それらファーム周辺の蚊およ

びその種類が関係しているかもしれない、と推察

するには十分な状況であった。事実、私はファー

ライトファームに隣接する湖のほとりでその湖面

を凝視したところ、浮き草と淀んだ中に、無数の

ボウフラが浮き沈みを繰り返しているのを見た

し、蚊の種類は特定していないが、他のファーム

に比較し、ファーライトファームには蚊が極めて

多い印象を受けた。つまり、オオコウモリやブ

タ、あるいはヒトは宿主とは成りえても、これほ

どの急速な感染拡大を起こす直接的な原因と考え

ることには無理があるのではないか、ということ

である。

つまり、前述した当社での経験をも合わせて考

えれば、蚊が媒介していなければ爆発的な流行は

起きないのではないか、ということである。残念

ながら、蚊を採取してウイルスを検出するという

ことは行なっていないのでそれを証明する手立て

は今のところない。フィリピンでは、他の繁殖場

も同様で、年間で5%程度のファーム内での死亡

があるので、多頭数が一時に死亡しない限り、エ

ボラ感染があったとしてもファームでは問題視さ

れない可能性が高い。ファーライトファームの場

合、当時、サル供給事業は毎年続けられており、

需要者側での発表がなかった1991年、1993~1995

年の間についていえば、エボラ感染がなかった

か、あっても軽微であったのかもしれない状況が

覗える。そう考えると、これはあくまでも推論に

過ぎないが、年によって蚊が大量発生し、その蚊

を介して爆発的な感染が起きる。それが1 9 8 9~

1990年、1992年、1996年の発生に重なってはいな

いか、ということである。

事実関係はともかく、この推論をもとに、バタ

ンガス州にあるINARPのサル育成場 (PQCC) で

は、すべての飼育施設の窓に防虫ネットを張り蚊

の侵入を防ぐよう設計しており、さらにはイエ蚊

の発生サイクルを絶つため、ファーム内にあるコ

コヤシの殻は除去するか、雨水が溜まらないよう

にすることなど考えられるいくつかの対策をとっ

ている。幸い、今までの15年間、PQCCでのエボ

ラ感染は経験していない。

日本でのサルの検疫とエボラウイルスについて

1 9 9 6年のアウトブレイク以降、フィリピンでこ

のウイルスによるサルでの感染事例はないが、宿

主が存在する限り、このウイルスがフィリピンか

ら消えた保証はないし、そのウイルスの変異体が

ヒトや家畜に対して病原性を持つかもしれない恐

怖は残る。

ただ、ことサルに関して言えば、感染後の潜伏

期があって (10日以上か?)、食滞を起こしてから

数日後に死亡する可能性が高いので、仮に供給地

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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で出荷直前に感染したとしても、日本での検疫中

〔30日間〕の初期~中期に死亡する。これが飛沫

感染で拡がるということであればリスクは格段に

上がるが、もし、蚊が媒介すると仮定するなら

ば、日本のサルの検疫施設のほとんどが蚊の侵入

を防ぐだけの構造になっているので感染拡大の心

配はないと思われる。つまり、レストンエボラウ

イルスは、今のところヒトへの病原性もなく、サ

ル検疫上も特段に恐れることのないウイルスとい

うことが言えるかもしれない。

フィリピンでは、レストンエボラウイルスの発

生国ということで、RITMでその抗体検査が確立

されている。弊社でも、日本に出荷するサルの一

部についてこの検査をR I T Mに依頼して実施して

いるが、発症から1週間以内で死亡する可能性が

高いという特性を考えると、抗体検査の意味より

も、多頭数に対しては非現実的ではあるが、ウイ

ルスを直接同定するか、あるいは感染直後の症状

を見逃さない、発見したら直ちにその動物を殺処

分する、蚊を徹底的に退治することが重要かと私

は考えている。今後、レストンエボラウイルスが

見つかったブタ飼育場周辺の蚊を採取し、ウイル

ス存在の有無を調べてみる必要があるかもしれな

い。

謝辞

1 9 9 6年のレストンエボラのアウトブレイクから

17年も経っている現在、このような報告を行うこ

とに私自身が戸惑いがあった。当時、このウイル

ス感染に対する追及意識が高ければ、発生時の科

学的知見を多く残せたかも知れないと思っていた

からである。

当時 RITM のエリザベス・ミランダ女史が、こ

の国難とも思われたアウトブレイクに対して果敢

に立ち向かい、さらに、その後、当時東大の吉川

教授が教室の学生を連れて宿主探しに複数回フィ

リピンを訪れ、オオコウモリが宿主になることを

発見したことなど、フィリピンでカニクイザル飼

育事業を営む私達に対してだけでなく、フィリピ

ンの公衆衛生対策上の重要な知見を残してくれ

た。あらためてミランダ女史および吉川博士に対

して深謝申し上げるとともに、私の経験が今後の

エボラ研究の参考になるのであれば幸いと思う次

第である。

【参考文献】

1. Reston virus.: Wikipedia, the free encyclopedia, 1/5~5/5

2. Reston evolavorus in Humans and Animals in the Philippines: A Review. Marry Elizabeth G. Miranda and Noel Lee J. Miranda, JID 2011; 204 (Suppl 3), S757

3. Chronological and spatial analysis of the 1996 Ebola Reston Virus Outbreak in monkey breeding facility in the Philippines, Marry Elizabeth G. Milanda, Yasuhiro Yoshikawa, et al, Exp. Anim. 51(2), 173-179, 2002

4. Progress Report in INRP:, Octover 1, 1996-February 5, 1997 (社内資料)

5. Ebora-Reston Virus infection in two Cynomonogus Monkeys: Ignacia S. Braga Ⅲ, 1997年

第123回日本獣医学会発表原稿 (社内資料)

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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6. Reston Ebolavirus antibodies in Bats, the Philippines, Yasuhiro Yoshikawa, Kitazato University, Emerging infectious diseases/www.odc.gov/eid.Vol 17, No. 8, August 2011

7. Emerging Disease Notice, Philippines: Reston Eboravirus in Swine and Human: United States Department of Agriculture et al, APHIS info Sheet, Centers for Epidemiology and Animal Health, July 23, 2009

8. 野生サル類の新興感染症に関するサーベラ

ンス、吉川泰弘、エリザベス・ミランダ、財団法

人ヒューマンサイエンス振興財団研究委託事業委

託成果報告書、1997~1999

9. INARP社内データ:IM0086,検疫中一般

所見記録、死亡動物解剖所見、病理所見報告、

1996年3月

ミンドロ島

Del Mundo

マニラ

Ferlite farm

PQCC

Siconbrec

A.T. Viri

ルソン島

【Philippines 地図情報】

本文中に記載のあるカニクイザル繁殖施設・育成施設の所在編集者作成 (協力: 林 隆志氏, 中川 博司氏, 株式会社イナリサーチ)

企業・施設の名称

A.T. Viri Primate Breeding CorporationDel Mundo Trading

Siconbrec Inc.Primate Quality Control Center,

Ina Research Philippines, Inc.

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Smithsonian National Zoologic Park。ワシントン

D.C.の郊外にあるこの動物園を訪れたのは2003年

秋のことでした。昔のことで恐縮ながら,編集の

都合です。1ページだけお付き合い下さい。

面積0.66平方キロメートルといいますから上野

動物園の4倍以上です。その広大な敷地に約4 0 0

種,2,000個体の展示ですからとても時間が足ら

ず,サルエリアを中心に早足で回っても日没ぎり

ぎりまでかかった記憶があります。

(▲) これはオランウータンの空中散歩道を支える

鉄塔で,ホームケージから延々と続きます。前号

で日本モンキーセンターの加藤園長が言及された

「モンキースクランブル」を受け継ぐ設備と見受

けます。行き交う人の頭上はるか,張られたロー

プをゆっくり渡るオランウータンの姿はきっと雄

大なことでしょう。しかしこの日はなぜか,そん

な雄姿を見かけることはありませんでした。

(▲) これはチンパンジーとコミュニケーションを

図るためのツール。レストランのメニューのよう

なものです。リンゴが欲しければ彼らは「斜め棒

+黒丸」のサインを指差します。バナナだったら

「よこ波線」です。チンプとはいえ動物が食べた

いものを頭の中でイメージし,記号に照らして他

者に伝える能力をもつというのは驚きでした。ク

ジラ類は言葉を交わすといいますし,動物とヒト

の違いについて改めて考えてしまいます。

Why can't you reach the fruit? と題されたアバンギ

ャルドな説明文。ギボン解説用のサインです。こ

ういう細かいところを日本の動物園と比較してみ

ると面白いですね。ちょうど紙面が尽きました。

もしご希望があれば,続きはまたいつの日か。

(※各画像をクリックすると高精細像が表示されます)

<シリーズ> サルの展示施設 (番外編)

スミソニアン動物園訪問記板垣 伊織サル類の疾病と病理のための研究会

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会員が集まってご自分のお仕事について語り合う喫茶店「Monkey-tail Café」のコーナーです。交流の場としてご愛顧下さい。ある日突然として執筆の依頼が届く恐ろしい状況,と一部で評判になっています。いずれは皆様に書いて頂くことになりますので,早く済ませた方がいいかも知れません。

自己紹介:

実中研では1969年から霊長類研究室を立ち上げ、

長らく谷岡功邦室長の下、サル類の実験動物化を研

究課題として取り上げ、各種サル類の室内繁殖、繁

殖生理の研究に取り組んできました。私は今ではマ

ーモセット研究部の責任者を拝命しておりますが、

主たる業務は感染症研究や実験動物としてのマウ

ス・ラットの品質管理でした。しかし、入所以来、

感染症研究の獣医ということで、サルが死亡すると

現場に呼び出され、剖検・採材をやらされていた今

から30年以上前の経験をお話しさせていただきま

す。

当時の実験動物の状況:1970年代の実験動物はSPFマウスとラットが市販

されておりましたが、コンベンショナルといわれる

微生物学的品質管理が不十分な動物が一般的に使わ

れており、マウスやラットでも生死に関わる感染症

が頻繁に見出され、病原体分離、病理検査、診断と

結構忙しくしておりました。研究室開設当初はアカ

ゲザルとカニクイザル、ニホンザルといったマカク

サルが飼育され、1976年以降、「小型霊長類の実験

動物化」ということでマカクサル以外に、コモンマ

ーモセット (CM)、シルバーマーモセット (SM)、ワ

タボウシタマリン (CT) など、多種の新世界ザルな

どが導入され、これら動物の実験動物化のための飼

育や繁殖の検討が始まりました。当時はワシントン

条約 (CITES) 批准前であ

り、実験動物として繁殖

された動物ではなく、野生捕獲サルも実験動物とし

て使用されておりました。実中研では15種以上のサ

ル類が維持され、一つの動物室に複数種が飼育され

ておりました。隔離飼育のための施設設備は不十分

であり、野生由来の動物からの感染症持ち込みが危

惧されておりました。

敗血症と消耗病:

1978年から Klebsiella pneumoniae による敗血症が

多発し、上記3種の新世界サルで壊滅的打撃を受け

ました。この病気は主要臓器の膿瘍形成が検出され

ることは少なく、多くは動物の急死という形で見出

されました。1980年から自前のワクチン接種によっ

て、この敗血症発生は激減しました。1981年には実

験動物としてのCMが外国から導入されましたが、

そのCMにおいて2回目の疾病多発として骨髄造血能

の低下による強い貧血を伴う消耗病が見出されまし

た。今にして思えば、レトロウイルス感染があった

のかもしれません。このように、飼育管理技術が手

探りの状態で複数種の近縁動物を一つ屋根の下で維

持しなくてはならない状況下で2回のアウトブレー

クを経験したわけです。その後は1983年にCMを再

導入し、1980年代後半から動物種をCMに絞り込む

ことによって、現在までアウトブレークは見出され

なくなりました。

私のサルとの係わり公益財団法人実験動物中央研究所 (実中研) マーモセット研究部伊藤 豊志雄 (SPDP No. 1286)

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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大学1年生の夏、「森で生きるオランウータンを

この目で見たい」という兼ねてからの思いを叶えた

く、本学のエクステンションセンターが主催する熱

帯環境・野生動物を学ぶためのボルネオ島研修に参

加しました。研修は、動物園・植物園・博物館・大

学などの見学、バトゥプティ村でのホームステイ、

ジャングルでの植林活動といった、動物から植物ま

で、さらには文化や歴史、現地の日常といったあら

ゆる視点からボルネオ島を見つめることができ、充

実したものとなりました。とくにスカウ村では、川

の船上からカニクイザル、テングザル、ボルネオゾ

ウ、アオショウビン、キタカササギサイチョウな

ど、多くの野生動物との出会いがありました。

そして、もちろん、念願であった、森で生きるオ

ランウータンに出会うことができました。彼?彼

女?は、とても高い樹上 (肉眼では茶色の毛玉とし

か認識できないほど) で、優雅に葉っぱを食べてい

ました。その姿は、まさに、オランウータン“森の

人”であり、とても感激しました。研修では、ワイ

ルドライフパークやセピロクオランウータンリハビ

リセンターも訪問していたので、野生下・飼育下・

リハビリ下のオランウータンの姿を自分の目で見る

こともできました。そして、研修を通して、彼らが

置かれている現状も知ることができました。アブラ

ヤシのプランテーションによる森の分断や人との遭

遇による銃殺・ペット化などの問題がある一方で、

ナショナルトラスト等の団体による森をつなぐプロ

ジェクト、現地の人によるエコツアーの実施、野生

動物の救護・保護などとい

った熱帯環境・野生動物の

保全活動も行われていることを学びました。この研

修をきっかけに、日本に帰って自分に何ができるの

か、少しでもボルネオのこと・オランウータンのこ

とに携わっていきたい、とくに、獣医学生である私

だからこそできることはないかと考えるようになり

ました。

そこで、本学の野生動物医学センター (WAMC) を

拠点に研究活動を行っている寄生虫病学の研究室に

所属し、日本の動物園で飼育されているボルネオオ

ランウータンをはじめとした東南アジア産動物の寄

生虫保有状況を調べ、寄生虫病の発生を予防する基

盤としたいと考えるようになりました。

その研究を開始するため、SAGA15への参加や先

行事例などの論文検索などを行いましたが、オラン

ウータンの知見がゴリラやチンパンジーなどの他の

大型類人猿に対して少ないように感じました。その

ような状況であるため、飼育下で得られた情報は、

彼らの健康管理のために貴重なものになるのではな

いかと考えています。さらに、その情報は、現地で

のリハビリテーションやフィールド調査、様々な活

動に密接につなボルネオオランウータンに学んだこ

とがっていくと信じております。そして、最終的に

私は、動物園というフィールドで、人として、獣医

師として、あらゆる動物を見つめ、様々な問題に向

き合っていきたいと考えています。

ボルネオオランウータンに学んだこと酪農学園大学獣医学群獣医学類感染・病理学分野 獣医寄生虫病学ユニット 5年

秋葉 悠希 (SPDP No. 1289)

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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東京オリンピック開催前々日、愛知県名古屋市で

生まれました。東山動物園で撮った幼少時代の写真

がたくさん残っています。犬山モンキーセンターに

も連れて行ってもらいました。また、代々動物好き

な血筋のようで、祖父母の営む商店の店先にニホン

ザル (タイワンザルかも?) がつながれていたセピア

の写真を覚えています。そんなことなどが動物とか

かわる仕事に興味を抱いたきっかけだと思っていま

す。

大学1年生では憧れの都会に出てきて (と言っても

シティボーイにはなれず、すぐに田舎へ)、大型書店

にたくさんの動物関連の書籍が売られているのに驚

きました。動物園に勤めるのが夢でしたので、中川

志郎先生、増井光子先生らの動物園関連の本や動物

関連の書籍を読み漁りました。その中で、縁もゆか

りもあるか分かりませんが同姓である河合雅雄先生

の本もあり、霊長類研究の端緒を垣間見ることがで

きたような気がします。ますます霊長類を含む動物

園動物に興味をもっていきました。

卒業後は動物園勤務の夢叶わず、動物病院での勤

務でした。当時は頭部が膨れたリスザルを多く診療

しました。骨格壊血病ですね。糞線虫、血中ミクロ

フィラリアも多くいたような記憶があります。入院

したリスザルの手先が器用なのが印象的でした。初

めてサルを診療したとき、その小さな手で、「きゅ

っと」握られたのを、今でも鮮明に覚えています

(息子が生まれたときも「きゅっと」握ってくれま

した)。そのままでは輸液ルートを壊してしまうの

で、その手をテープで巻いて、いたずらをされない

ようにしていました。

千葉県で開業してからは、家族やスタッフのこと

が心配で、霊長類の診療はめったにしていません。

ペット用霊長類からのズーノーシスはどの程度発症

例があるのでしょうか?赤痢、Bウイルスなどはい

うまでもなく、未知のウイルスやプリオンなどを含

め、ちょっと腰が引けています。

貴会には、『サル類の疾病カラーアトラス』に魅

せられて、入会させていただきました。こんな安価

で素晴らしいカラーアトラスはみたことがありませ

ん。編集に携わった先生方のご苦労はたいへんだっ

たようですね。元来、研究気質なので、とくに「現

時点ではよくわからないもの」に非常に興味があり

ます。貴会に所属されている研究に携わる多くの

方々により、いろいろなことが究明されてくること

が楽しみです。

今後の霊長類の研究が知的欲求を満たすだけでは

なく、霊長類自身の種の存続や健康維持に役立てら

れたらと祈っています。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

サル類の疾病カラーアトラスに魅せられて

AniMedic CARE&SUPPORT KAUKA HOLOHOLONA

(動物病院臨床獣医師)

河合 靖 (SPDP No. 1277)

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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独立行政法人医薬基盤研究所霊長類医科学研究セ

ンターの高野です。私は大学院修士課程を修了して

から約15年間、社団法人予防衛生協会でサル類の感

染症検査に携わっており、サルというよりはサルの

感染症を取り扱っておりました。また、サル疾病ワ

ークショップでは2008年、2011年と2回もお話させ

ていただきました。昨年末でお世話になった予防衛

生協会を離れ、霊長類医科学研究センターに移った

ばかりですが、同僚としてもお世話になった板垣伊

織先生から本原稿を執筆する機会をいただきまし

た。関係者の皆様に感謝すると共に、私が関係して

きた仕事の一部を紹介させていただきます。サルの

感染症と言ったら「コレ!」という代表的な病原体

はBウイルスで、最近ホットな病原体と言えばSRV

とウイルスばかりに注目が集まりがちですが、今回

は比較的マイナーな原虫である赤痢アメーバと、そ

れに関連したアメーバについて紹介させていただき

ます。

赤痢と聞くと殆どの方は赤痢菌を思い浮かべると

思いますが、戦前には赤痢アメーバの方が多かった

とも言われています。赤痢アメーバの学名は

Entamoeba histolytica (Eh)で、通常は糞便塗抹標本を

染色して顕微鏡でアメーバ嚢子を検出します。とこ

ろが、顕微鏡検査ではEhと区別ができない別のアメ

ーバが、ヒトにもサルにも感染していることがあり

ます。顕微鏡観察ではこれらの区別ができないため

に、検出されたアメーバ嚢子がEhでは無い場合であ

っても検査結果

は陽性となります。そのアメーバは日本名が無く、

Entamoeba dispar (Ed)という学名が付けられてお

り、病原性はありません。EhとEdは、今でこそPCR

等により鑑別することができますが、20年以上前は

同じアメーバとして考えられていました。両者が別

のアメーバ種であるとWHOに認定されたのは、わ

ずか16年前の1997年のことです。

私が赤痢アメーバ検査に関わり出した頃、顕微鏡

検査での陽性率は50%程度であったと記憶していま

す。しかしPCR検査でEhとEdの同定を行うとEdし

か検出されず、当時調べた限りでは、PCR等でアメ

ーバ種を同定している全ての論文が、サル類からは

Edしか検出されないという内容でした。「意味の

無い検査なのかなぁ」と考え出した頃に、輸入カニ

クイザルからEhが検出されました。サル類からEhが

検出されることは非常に珍しいと考え、予防衛生協

会の藤本浩二先生を始めとして、多くの方々にご協

力をいただきながら詳細な研究を開始しました。し

かし研究を始めた矢先の2003年に、ヨーロッパの動

物園で赤痢の症状を呈したサルから世界で初めてEh

が検出されたという論文が発表され、かなり慌てる

ことになりました。幸いにも研究結果をいくつか論

文にまとめることができ、Ph.D.の学位を取得でき

ました。

カニクイザル以外からのEhの報告については、Eh

の同定等でお世話になった東海大学の橘裕司先生

サルとアメーバと私独立行政法人医薬基盤研究所霊長類医科学研究センター

高野 淳一朗 (SPDP No. 1246)

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SPDP LETTERS (No. 6, Apr, 2013)

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が、アカゲザルとニホンザル由来の

Ehを報告されています。興味深い事

に、私たちが報告したカニクイザル

由来Ehと、橘先生が報告したアカゲザルとニホンザ

ル由来Ehの遺伝学的特徴が非常

に類似していました。しかもヒト

由来Ehとは遺伝学的に異なるこ

とが明らかとなり、新種のアメー

バであることが確認されまし

た。この新種のアメーバは、1908

年に肝膿瘍のサルから分離された

アメーバに使用された学名を復活させてEntamoeba

nuttalli (En)という学名が付けられています。ちなみ

にマウスでの実験では、Enの病原性が確認されてい

ます。つまり、サルにはヒトに感染するEhとは別種

のEnが感染することが明らかになったのですが、

その一方でEnが確認された後になっても、カニクイ

ザルとアカゲザルでのEh感染が報告されています。

ヒトでの調査数は少なく、現段階ではEnの感染例

は報告されていませんが、EnはEhと同様に人獣共

通感染症であると考えた方が良いでしょう。

近年は輸入されるサル類の質も非

常に高くなり、EhやEnの感染は

さらに珍しくなりました。Bウイ

ルス、SRVやSVVとは違い、あま

り陽の当たらない病原体ではあり

ますが、私にとっては興味の尽き

ない病原体となっています。今回

のMonkey-tail Caféを読んでいただいて、このような

病原体もあることを心のどこかに留めておいていた

だければと思います。そして、赤痢と聞いたら菌だ

けでなくアメーバも思い浮かぶ様になっていただけ

たら幸いです。

編集後記

✤シリーズ <サルの展示施設> は休載します✦前号から始まった新シリーズ「サルの展示施設」。シリーズ第2回を心待ちにしておられた方もいらっしゃるかも知れません。そんな方には大変申し訳ない次第となりました。編集の都合により休載いたします。

✦その代わりといっては何ですが,Monkey- Tail Café の特大号になりました。快くご執筆いただいた4名の皆様には,厚く感謝いたします。

✦また以前訪れたスミソニアン動物園の訪問記を掲載しました。一応 <サル展示施設> の番外編です。

✤緊急寄稿!!✦株式会社イナリサーチの中川社長から「レストンエボラウイルス感染 (サル) の臨床現場から」と題したレポートを急遽ご寄稿いただきました。

✦私が現地に赴任した時にはもうファームは閉鎖された後で,当時の様子をうかがい知る情報はあまりありませんでした。だからよく分かるのですが,この件に関するまとまったレポートは大変貴重です。しかも当時からフィリピンで良質の実験用カニクイザルを開発されていた中川社長ならではの,かなり具体的で In side な情報です。大変感謝しております。

✤今後の編集方針✦サルの展示施設シリーズも負けずに続けてゆく覚悟です。関連施設にお勤めの会員にはいつか必ず原稿依頼が届くと思います。その時にはどうぞご協力下さい。

✦動物倫理に関する連載を復活して欲しいという声も上がっています。すごく大切な分野ですので,SPDPでも重要視してゆかなくてはなりません。宮嶌先生,この場を借りてお願いします。どうぞ続編をご準備下さい。

✦次号は2013年7月末発行の予定です。(織)

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SPDP LETTERS (季刊)

第6号 2013年4月30日発行発行者 サル類の疾病と病理のための研究会

編集委員 宮嶌 宏彰, 板垣 伊織

[連絡先] [email protected] (板垣 伊織)

❖SPDP LETTERS ではサル類に関する記事,ニュース,総説,論説,レポート,写真など,会員の皆様からの投稿をお待ちしております。お問い合わせは編集委員連絡先まで。❖記事の内容や画像を引用する際はご一報下さい。

第一三共株式会社 安全性研究所

ハムリー株式会社

株式会社 イナリサーチ

オリエンタル酵母工業株式会社

株式会社イブバイオサイエンス

大鵬薬品工業株式会社 徳島研究センター安全性研究所

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サル類の疾病と病理のための研究会

賛 助 会 員

表紙のサル (ボルネオオランウータン 幼若齢 性別不明)

「森の人」オランウータン (Orangutan)。その独特の風貌や挙動が樹上の哲学者を思わせるから不思議です。ですがその名前,もともとお国の人が奥地の住民を指していたとのこと。ヨーロッパ人の勘違いで世界に紹介さてしまったのだそうです。この冗談のようなエピソードが元で有名になるにつれ,しかし不幸な運命が待ち受けていました。ペットや展示のため無計画に捕獲され,生息数は激減してゆきます。現在でもなお厳重な保護の隙をついて密猟が横行し,また開発という名の森林伐採も種の存亡にさらなる深刻な翳を投げかけています。各地に作られたリハビリテーションセンターは,当事国と国際有志によ

る懸命な保護活動の一環です。密猟者から取り戻された個体や,密猟・開発で親を失った子供を保護し,自然に還すのがその主な使命です。しかしどの施設も慢性的な経済問題に悩まされているといいます。表紙のオランウータンは,インドネシア第二の都市,ボゴールのサファリパークで飼われています。ショーの

キャストをこなした後,休む間もなく来園者に募金を呼びかけていました。経済的な危機に瀕する同朋たちのために健気な活動です。この日は天気と客層がよく,寄付金の集まりは上々でした。しかしリハビリテーションセンターでもこのサファリパークでもそうですが,自種を助けるこのようなオランウータンの経済活動には常に大きなリスクが伴います。例えば結核。アジア諸国で結核菌を保有する人の数はそう少なくはありません。ヒトにとって完治する機会のある慢性消耗性の疾患でも,サル類には甚急性・致死性の病態を示すことがあります。そこでこの秋のアジア野生動物保全ワークショップ。シンガポールからボルネオ島のネコの街「クチン」に渡

り,リハピリテーションセンターの現状をつぶさに実見して参ります。名付けて Borneo Biodiversity

Workshop。皆様もぜひご参加下さい。(撮影: 板垣, Taman Safari Indonesia, 2008年8月)