32
5 原子核の殻構造 して 19 Mendeleev を確 していた.20 り, により, らかにされた. った 核があり, 核がつくる Coulomb ポテンシャル によって され,1 つ. Fermi ある ,1 態に1つだけ る. 2, 10, 18, 36, 54, 86 きに 殻を し, ガス れる安 る. 殻を すに 多く エネルギーを する ,イオン エネルギーが大きい. 殻より1つ が多い に活 アルカリ り, エネルギーを えるだけ イオンに る. に殻 があるこ 1930 されたが, ように された い.また, における ある に対して, あいだに たらいている. ため, たように, 体を ある液 して される える あった.さらに,1930 わりに核 され,それを する液 された.しかし,1940 Manhattan において 多く され, エネルギーが されるように った.Maria G¨oppertMayer エネルギー 核において する した.1949 M.G. Mayer [ 1 ] Johannes Hans Daniel Jensen [ 2 ] する殻 し,そ モーメント て,核 いた殻 して確 されて いった [3]5.1 魔法数 たように, によって された ,ある 2, 8, 20, 28, 50, 82, 126 き,液 づいた える 大き 違いを す.これら 法数 れる. ころ いをする だけ い.以 つか すが,いずれ ある 核が に安 あるこ している. 73

Theoretical High Energy Group - 5 章 原子核の殻構造muto/lectures/INP02/INP02...JJ(r)dr (5.3) 図5.5 に実験で測定された四重極モーメントの値を示す[6].ここでは,陽子数Zが奇

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Page 1: Theoretical High Energy Group - 5 章 原子核の殻構造muto/lectures/INP02/INP02...JJ(r)dr (5.3) 図5.5 に実験で測定された四重極モーメントの値を示す[6].ここでは,陽子数Zが奇

第 5 章 原子核の殻構造

原子の構造に関しては,19 世紀に既に Mendeleev が元素の周期律を確立していた.20 世紀に入り,量子力学の発展により,電子の数と元素の化学的性質の関係が明らかにされた.原子は中心に正電荷をもった原子核があり,電子は原子核がつくる Coulombポテンシャルによって束縛され,1粒子軌道の描像が良く成り立つ.電子は Fermi 粒子であるので,1つの固有状態に1つだけ入り得る.電子の数が 2, 10, 18, 36, 54, 86のときには閉殻を成し,希ガスと呼ばれる安定な元素になる.閉殻を成す電子を取り出すには多くのエネルギーを要するので,イオン化エネルギーが大きい.閉殻より1つ電子が多いときは,化学的に活性なアルカリ金属になり,小さなエネルギーを加えるだけで1価の陽イオンになる.

原子核も原子と同様に殻構造をもつ可能性があることは 1930 年代に議論されたが,原子核は原子のように固定された中心となるものがない.また,原子における相互作用が電磁相互作用であるのに対して,原子核の中の核子のあいだには強い相互作用がはたらいている.そのため,質量公式の章で述べたように,原子核全体を連続体である液滴として記述されると考えるのが当然であった.さらに,1930 年代の終わりに核分裂が発見され,それを簡単に説明する液滴模型が支持された.しかし,1940 年代に入ると Manhattan 計画において多くの放射性元素が生成され,原子核の結合エネルギーが測定されるようになった.MariaGoppert Mayerは結合エネルギーの系統性を調べ,原子核においても閉殻の存在を強く示唆する魔法数を発見した.1949年,M.G. Mayer [ 1 ]と Johannes Hans Daniel Jensen [ 2 ]は原子核の魔法数を説明する殻模型を提唱し,その後,磁気双極子モーメントの説明などを経て,核子の1粒子軌道描像に基礎を置いた殻模型が原子核の微視的模型として確立されていった [ 3 ].

5.1 魔法数

「質量公式」の章で見たように,実験によって測定された原子核の質量は,陽子数,あるいは中性子数が特定の値

2, 8, 20, 28, 50, 82, 126

のとき,液滴模型に基づいた半経験的質量公式が与える値と大きな違いを示す.これらは 魔法数 と呼ばれる.魔法数のところで特徴的な振る舞いをするのは質量だけではない.以下に幾つかの例を示すが,いずれの例も,陽子数・中性子数が魔法数である原子核が特に安定であることを示している.

73

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74 第 5 章 原子核の殻構造

5.1.1 中性子分離エネルギー

中性子分離エネルギーは,原子核から中性子を1つ取り出すのに必要な最小のエネルギーである.言い換えると,最も束縛の弱い中性子の結合エネルギーと言ってもよい.

図 5.1に,同じ質量数をもつ原子核のうち結合エネルギーが最も大きい原子核に対して,中性子分離エネルギー Sn を縦軸に,横軸に中性子数をとって示す [ 4 ].中性子数の増加

20

28 50

82

126

neutron number N0 20 40 60 80 100 120 140 160

Sn

[ MeV

]

4

6

8

10

12

14

図 5.1: 中性子の分離エネルギー Sn

にともなう連続的変化の中で顕著な特徴は,図の中に縦線で示した魔法数における特徴的な振るまいである.すなわち,図を左から右へ見ていくと,中性子数が魔法数の1つに達するまでは分離エネルギーが大きいが,魔法数のすぐ右側で急激に減少する.この特徴は,ある種の 殻構造を示唆する強い証拠である.原子の場合と同様に,原子核の中には中性子(核子)が占める1粒子状態があり,1粒子状態は殻構造を成していると考えられる.中性子数が魔法数のとき,殻が閉じていて,その中から中性子を取り出すには大きなエネルギーが必要である.魔法数のすぐ上では,閉じた殻の外に中性子があるので,その最後の中性子は取り出しやすい.原子で言えば,魔法数はネオンやアルゴンなどの安定した元素に対応し,魔法数のすぐ上は1価の陽イオンになりやすいアルカリに対応している.

分離エネルギーは中性子数の増加とともに減少する.また,中性子数が偶数であるとき,近傍の奇数の原子核より分離エネルギーが大きい.これは,質量公式のところでも述べた対エネルギーの効果である.中性子は2つずつ対をつくる傾向があり,中性子数が奇数であるときは,最後の中性子は対をつくる相手がいないために対をつくれず,弱く結合していると考えられる.図 5.1に示した黒丸は,大きく上下の2つのグループに分かれている.上が中性子数が偶数の原子核で下が奇数の原子核である.

図 5.2には,別の形で中性子分離エネルギー Sn を示す.ここでは,核子放出に対して安

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5.1 魔法数 75

定なすべての原子核(ただし,中性子数が奇数の場合)の中性子分離エネルギーを,原子番号が等しい同位体を線で結んで示してある.魔法数 N = 8, 20, 28, 50, 126をはさんで,中

8 20 28

50

82

126

neutron number N0 20 40 60 80 100 120 140 160

Sn

[ MeV

]

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

図 5.2: 中性子の分離エネルギー Sn

性子分離エネルギーが急速に減少しているのが良く現れている.この図は,また,図 5.1に示したような安定線のすぐ近くの原子核だけでなく,安定線からかなり離れた原子核においても,同じ魔法数が存在していることを示している.

なお,中性子数が陽子数に比べて極端に多い軽い原子核では,N = 8 や N = 20 が魔法数でないことが確認されており,中性子過剰核における最近の重要な研究テーマになっている.

5.1.2 励起エネルギー

原子核の基底状態と第1励起状態とのエネルギーの差は,その原子核の励起のしやすさを示す尺度である.原子核を構成している核子相互の結合の強さを表していると言い換えてもよい.

陽子も中性子も偶数である原子核では,基底状態の角運動量とパリティは例外なく Jπ = 0+

であり,第1励起状態は多くの場合 2+ 状態である.図 5.3に Siと Sの同位体における 2+

状態の励起エネルギーを示す [ 5 ].34Siと 36Sが中性子数 N = 20 の魔法数をもつ.また,図 5.4に中性子数 N = 60,N = 62をもつ原子核の 2+ 状態の励起エネルギーを示す [ 5 ].ここでは,110Snと 112Snが陽子数 Z = 50 の魔法数に対応している.どちらの場合も,中

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76 第 5 章 原子核の殻構造

性子数,あるいは陽子数が魔法数に等しい原子核で,第1励起状態の励起エネルギーが最も大きくなっている.このような原子核では,核子が互いに強く結合しているので,励起するのに多くのエネルギーを要すると考えられる.

Si26

Si28

Si30

Si32

Si34

Si36

Si38

S30

S32

S34

S36

S38

S40

S42

S44

図 5.3: Si(Z = 14)と S(Z = 16)の同位体の第1励起状態のエネルギー E(2+1 )

Zr100

Mo102

Ru104

Pd106

Cd108

Sn110

Te112

Xe114

Mo104

Ru106

Pd108

Cd110

Sn112

Te114

Xe116

図 5.4: 中性子数が N = 60 と N = 62 の原子核の第1励起状態のエネルギー E(2+1 )

5.1.3 電気四重極モーメント

原子核の殻構造から期待されることの1つは,閉殻をもつ原子核において電荷分布が球対称になることである.球対称からのずれを表す尺度として電気四重極モーメント Qがある.古典的電磁気学において,四重極モーメントは

Q =∫ρ(r) (2z2 − x2 − y2) dr (5.1)

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5.1 魔法数 77

で定義され,ここで ρ(r)は電荷密度である.量子力学においては,四重極モーメントの演算子 Qは

Q = 2z2 − x2 − y2 = r2 ( 3 cos2θ − 1 ) (5.2)

である.角運動量が J である状態の四重極モーメントは,角運動量の z 成分が M = J である状態 ΨJ,M=J に対する期待値で定義される:

Q =∫

(ΨJJ (r))∗ QΨJJ (r) dr (5.3)

図 5.5に実験で測定された四重極モーメントの値を示す [ 6 ].ここでは,陽子数 Z が奇

8 20 28 50 82 126

0 20 40 60 80 100 120 140

Z, N

Q[ b

arn

]

8

6

4

2

0

-2

-4

-6

図 5.5: 質量数が奇数の原子核の四重極モーメント

数で中性子数 N が偶数,あるいは,陽子数 Z が偶数で中性子数 N が奇数の原子核の四重極モーメントの値が,横軸に奇数である陽子数,あるいは中性子数をとって示してある.縦軸の単位はバーンで,b = 10−28 m2 = 102 fm2 である.殻構造から期待されるように,陽子数,あるいは中性子数が魔法数のところで四重極モーメントはほとんど 0になっている.

原子核の大きな変形(絶対値が大きい四重極モーメント)は,原子核を構成する多くの核子が関与して生成できる.従って,2つの魔法数の中間で大きな変形が可能であり,特に質量数が大きい領域では顕著である.それに対して,質量数が小さい領域では,隣合う魔法数が近いので,多くの核子が変形に寄与できず,その結果,大きな四重極モーメントは現われない.

四重極モーメントの符号は球対称からのずれの向きを表している.正の場合は,量子化の軸方向に伸びた電荷分布を意味しており,葉巻型変形,あるいは prolate 型変形と呼ばれる.それに対して,量子化の軸に垂直な方向に伸びた場合は,パンケーキ型変形,あるいはoblate 型変形と呼ばれる.

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78 第 5 章 原子核の殻構造

四重極モーメントは電荷の分布,すなわち,陽子の分布を反映している.この点から見ると,図 5.5に示した特徴は興味深い.中性子数が奇数で魔法数に等しいとき,陽子の分布を反映した四重極モーメントがほとんど 0 になっている.つまり,中性子が魔法数に等しく閉殻を成して球対称であるとき,陽子もまた球対称になっているのである.この事実は,陽子と中性子のあいだにはたらく力が強く,陽子と中性子は空間的に同じような分布をしていることを示唆している.

5.1.4 自然界における核種の存在比

魔法数で特徴づけられる殻構造があり,特に安定な核種があるならば,そのような核種は自然界に多くの量が存在すると期待される.図 5.6 に太陽系における核種の存在比を示す [ 7 ].存在比はケイ素 Siを 106 に規格化してある.存在量は質量数とともに減少していく傾向があるが,比較的狭い範囲をとって見ると,黒丸で示した魔法数をもつ原子核が多いことがわかる.きわだって存在量が多いのが 56Feである.これは,殻構造のためではなく,

Solar Abundance

0 50 100 150 200

mass number

rela

tive

abun

danc

e

106

104

102

100

10-2

10-4

図 5.6: 核種の存在比.黒丸が魔法数をもつ核種,白丸がその他の核種を表す.

核子あたりの結合エネルギーが最も大きいことが主な原因である.鉄よりも質量数が小さい核種(特に質量数の小さいものを除いて)は星の進化の過程で,熱核融合反応によって生成されると考えられる.しかし,鉄より先の核種は,熱核融合反応によってはもはや生成されない.質量が大きい星の中心部では,最終的に鉄近傍の核種が作られると,核融合反応によるエネルギーの供給が止まり,その後は重力崩壊によって超新星爆発する.

超新星爆発の直後に,鉄が種となって,それより質量数の大きい核種が 10 秒程度のあいだに r-過程によって爆発的に作られる.その際,中性子数が魔法数に等しい核種が多く生成される.これらの核種はベータ崩壊に対して不安定であるので,β− 崩壊を繰り返して安

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5.1 魔法数 79

定な原子核へと変わっていく.ベータ崩壊においては,質量数は変化しないが,中性子が陽子へと変わっていく.従って,r-過程によって作られる核種が魔法数(中性子数)をもつとしても,β− 崩壊を繰り返して到達する安定核では魔法数をもたないことが多い.r-過程による重元素合成の視点からみると,図 5.6に現われているよりも,魔法数ははるかに重要な役割を果たしている.

5.1.5 その他の証拠

中性子吸収断面積中性子数が魔法数である原子核の安定性は,中性子吸収断面積にも現われている.「励起エネルギー」の項でも示したように,魔法数をもつ原子核は励起するのに多くのエネルギーを要する.すなわち,中性子の照射によって励起されにくく,吸収断面積は小さくなる.

上で述べた超新星爆発における r-過程は,中性子捕獲とベータ崩壊の競争過程である.中性子捕獲断面積が大きい原子核は,中性子を捕獲して別の核種へと変わっていくが,中性子捕獲断面積が小さい原子核(中性子数が魔法数)は別の核種へとなかなか変わることができない.このような原子核は隣合う原子核と比べて安定であり,ベータ崩壊の寿命も長い.その結果,このような原子核は相対的に長い時間存在することになり,r-過程において waitingpointの原子核と呼ばれる.

放射壊変系列の終点天然に存在する放射性同位体には長寿命の放射性元素を親とする4つの放射壊変系列がある.4つの系列の親核とその寿命,及び終点の核種を 表 5.1 に示す [ 8 ].

表 5.1 放射壊変系列

系列 親核 親核の寿命 終点の核トリウム系列 232Th 1.40 × 1010 y 208Pbネプツニウム系列 237Np 2.14 × 106 y 209Biウラニウム系列 238U 4.17 × 109 y 206Pbアクチニウム系列 235U 7.04 × 108 y 207Pb

終点の原子核のうち,鉛は陽子数が 82 の魔法数であり,特に 208Pb は中性子数も 126の魔法数である.ネプツニウム系列の終点の原子核 209Bi は中性子数が 126 の魔法数である.これらの原子核は魔法数をもつため安定であり,さらに崩壊することはないので,それぞれ,一連の崩壊系列の終点になっている.

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80 第 5 章 原子核の殻構造

5.2 1粒子運動

5.2.1 1粒子ポテンシャル

原子核という多体系では,原子のように固定されて中心となるものがなく,また,核子間には強い相互作用がはたらくので,1つの核子が他の核子とは独立に1粒子運動するという描像は考えにくい.しかし,魔法数の存在は1粒子運動がなりたっていることを示唆している.他の核子から作用する力が平均化されて,その力の場が1粒子に作用するポテンシャルとして表されるのであるならば,近似的に独立な1粒子運動を考えることができるであろう.1粒子運動の概念は,近似的であるにしても,量子多体系である原子核の構造や遷移を直観的に捉えやすくなるだけでなく,理論的にも扱いやすい.

原子核を支配するハミルトニアンは,1体の運動エネルギー項と2体の相互作用項からなる:

H =A∑i=1

Ti +12

A∑i�=jVij (5.4)

第2項の2体相互作用を A 粒子系の波動関数ではさみ,i番目以外の核子について積分すると,i番目の核子に作用するポテンシャル Ui が生成される.∫ ∫

· · ·∫

Ψ(r1,r2, · · · rA)∗A∑i�=jVijΨ(r1,r2, · · · rA) dr1 · · ·dri−1dri+1 · · · drA (5.5)

ただし,実際には,核子は互いに区別できない Fermi粒子であるので,核子に番号をつけて表すときには,波動関数はすべての核子の対に対して反対称化しなければならない.また,上の式では位置座標だけを陽に表しているが,スピンの自由度や角運動量も考慮しなければならない.

他の核子が及ぼす力から1体のポテンシャルが取り出せるならば,ハミルトニアンを次のように書き換えることができる:

H =A∑i

(Ti + Ui) +12

A∑i�=jVij −

A∑i

Ui (5.6)

ここで,

H0 =A∑i

(Ti + Ui) (5.7)

は1体のハミルトニアンである.このハミルトニアン H0 についての固有値方程式を解いて,1粒子エネルギー εi と1粒子波動関数 ψi が得られる:

H0 ψi = εi ψi (5.8)

多体系の波動関数は1粒子波動関数の積で表される:

Ψ(r1, r2, · · · rA) −→∑i

xiA [ψ1ψ2 · · ·ψA ] (5.9)

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5.2 1粒子運動 81

右辺の記号 Aは反対称化の演算子であり,和の記号は A 個の核子をいろいろな1粒子状態に入れたときにあらわれる配位についての和(振幅が xi)を意味する.

上の置き換えは波動関数の大きな近似である.左辺の A 核子系の波動関数は複雑な相関を含んでいる.それに対して,右辺は単に1粒子波動関数の積(の和)であり,数多くの配位で展開することによって,複雑な相関の一部が取り入れられるに過ぎない.しかし,左辺の形のままでは解けない Schrodinger方程式(A 核子系の固有値方程式)が,近似的であるにしても解くことができる意義は大きい.

5.2.2 ポテンシャル問題

原子核の1粒子ポテンシャルと魔法数の議論へ進む前に,中心力ポテンシャル内における質点の運動が,古典論及び量子論でどのように記述されるかを復習しておく.

古典論質量 m の質点が力 F の作用を受けて運動しているとき,質点の運動方程式は極座標で

m

[d2r

dt2− r

(dθdt

)2]

= Fr1r

ddt

(mr2

dθdt

)= Fθ (5.10)

と書ける.ここで,Fr と Fθ は力の r 方向成分と θ 方向成分である.力 F が中心力であるとき,Fθ = 0 であるから,角運動量は保存する:

L = mr2dθdt

= 一定 (5.11)

この関係を用いて r 方向の運動方程式を書き直す(第2項の dθ/dt を L を用いて書き直す)と

md2r

dt2− L2

mr3= f(r) (5.12)

となる.ここで,力が中心力であるとして Fr = f(r)と書いた.中心力は保存力であるからポテンシャルが存在する.上の式の両辺に dr/dt をかけて時間 t について積分する(エネルギー積分)と,

12m

(drdt

)2

+L2

2mr2+ U(r) = E (5.13)

が得られる.U(r) は力 f(r) のポテンシャルであり,E は積分定数である.この式は力学的エネルギーの保存を表している.左辺の第1項と第2項の和が運動エネルギー,第3項がポテンシャルエネルギー,右辺の E が全エネルギーを表している.左辺の第2項は運動エネルギーの1部であるが,ポテンシャルと見たほうが考えやすい.そこで,真の意味のポテンシャルではないが,座標原点のまわりの回転に基づく力に対応するので遠心力ポテンシャルと呼ばれる.真の力のポテンシャルと合わせて

W (r) = U(r) +L2

2mr2(5.14)

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82 第 5 章 原子核の殻構造

r

U( )r

L2

2mr2

W( )r

図 5.7: 万有引力の有効ポテンシャル

を有効ポテンシャルという.

図 5.7に例として,万有引力のポテンシャルを示す.運動が許される rの範囲は E ≥W (r)を満たす領域である.全エネルギーが負の場合(E < 0)には,r に下限と上限がある周期運動(楕円運動)になる.太陽がつくるポテンシャル U(r) のもとでの惑星の運動を考えるならば,r の下限は近日点に,上限は遠日点に対応する.全エネルギーが正のときは,rが上限をもたない双曲線軌道になる.

量子論質量 mの質点がポテンシャル U(r)の作用のもとで運動しているとき,質点の Schrodinger方程式は [

p2

2m+ U(r)

]ψ(r) = ε ψ(r) (5.15)

と書ける.運動量演算子の2乗 p2 は極座標で

p2 = −h2

(∂2

∂r2+

2r

∂r

)+h2�2

r2(5.16)

と表されるので,Schrodinger方程式は次のように書き直せる:[− h

2

2m

(∂2

∂r2+

2r

∂r

)+h2�2

2mr2+ U(r)

]ψ(r) = ε ψ(r) (5.17)

�は角運動量演算子( hを単位として)である.球面調和関数 Y�m が �2 の固有関数であるので

�2 Y�m(θ, φ) = %(%+ 1) Y�m(θ, φ) (5.18)

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5.2 1粒子運動 83

波動関数 ψ(r)が積の形で表されると仮定する:

ψ(r) = ϕ(r)Y�m(θ, φ) (5.19)

これを Schrodinger方程式に代入すると,動径 r と角度 θ, φは分離され(変数分離),動径に関する方程式は[

− h2

2m

(d2

dr2+

2r

ddr

)+h2%(%+ 1)

2mr2+ U(r)

]ϕ�(r) = εϕ�(r) (5.20)

となる.古典力学における有効ポテンシャル,すなわち,真のポテンシャルと遠心力ポテンシャルの和は

W (r) = U(r) +h2%(%+ 1)

2mr2(5.21)

である.

古典力学と異なる点は,第1に,角運動量が量子化され,% = 0, 1, 2, · · · と離散的な値しか取れないことである.古典的な場合は,角運動量が大きいときで,離散的であることが無視され連続的な値を取るとして差し支えない.また,そのとき,%(%+ 1) → %2 と良い近似で置き直せる.第2に,古典論では運動が許される範囲は ε ≥W (r)で規定されたが,量子論では ε < W (r)の領域まで波動関数がしみ出すことができる.図 5.8に,例として,軌

r [ fm]

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20

pote

ntia

l[ M

eV]

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

図 5.8: % = 0 − 5 の有効ポテンシャル W (r)

道角運動量が % = 0 から 5 までの場合の有効ポテンシャルを示す.最も深いポテンシャルが % = 0 の場合で,遠心力ポテンシャルが 0であるので,真のポテンシャル U(r)そのもの

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84 第 5 章 原子核の殻構造

r [ fm]

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

r2

ϕ(

)2

[ fm

-1]

r

0.0

0.1

0.2

0.3

0.4

図 5.9: % = 0 − 5 の波動関数の密度

である.ここでは,ポテンシャル U(r) として,次の節で述べる現象論的な Woods-Saxonポテンシャルを採用した.原子核の半径は 7.5 fm とした.遠心力ポテンシャルは2つの効果をもたらしている.第1は,%が増加するに従い,核子を束縛させる引力の部分が原子核の中心から次第に外側へと限定され,しかも,ポテンシャルは浅くなる.第2に,原子核の表面の外側に小さな斥力部分をつくり出す.これらの影響は,エネルギー固有値と固有関数に現われる.図 5.9 に,方程式 (5.20) を数値的に解いて得た波動関数を示す.離散的固有状態の中でエネルギー固有値の最も小さいものに対して,波動関数 ϕ(r) そのものではなく,波動関数の2乗に r2 をかけたものを図示してある.最も内側(r の小さい領域)にあるのが % = 0 の場合である.軌道角運動量の増加とともに,古典的に許される r の範囲は原点 r = 0から遠い領域に限定されて,波動関数は次第に原子核の表面付近に鋭いピークをもつようになる.同時に,エネルギー固有値は次第に 0 に近くなる(束縛エネルギーが小さくなる).% = 0 から順に,ε = −39.96 MeV, −35.99 MeV, −31.21 MeV, −25.72 MeV,−19.62 MeV, −12.97 MeV となっている.

5.2.3 中心力ポテンシャル

実験データが魔法数の存在を強く示唆している.一方で,原子核という互いに強い力で相互作用する多体系で1粒子描像がなりたつならば,魔法数がどのようにして説明できるのかが,次の興味の対象になる.言い換えれば,「どのような1粒子ポテンシャルを考えれば魔法数を再現できるのか」という問題である.

魔法数のうちでも,始めの 2, 8, 20 については,3次元調和振動子によって再現できる.ただし,スピンの自由度,すなわち,1/2 のスピンが上を向いた状態と下を向いた状

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5.2 1粒子運動 85

態があることを考慮しなければならない.調和振動子ポテンシャル(harmonic oscillatorpotential)は

UHO(r) =12mω2r2 (5.22)

で与えられる.1粒子状態の動径量子数 nと軌道角運動量 %を用いて,エネルギー固有値は

εn� = hω

(2n+ %+

32

)(5.23)

と表され,N = 2n+ %が等しい状態は縮退している.N = 0は (n, %) = (0, 0) の状態だけであるので,スピンの自由度を考慮すると縮退度は 2 である.これが最初の魔法数に対応する.N = 1は (n, %) = (0, 1)だけであり,縮退度は 2·(2%+ 1) = 6である.N = 0の縮退度と合わせて,N = 0 と N = 1 の軌道まで核子が詰まると2番目の魔法数 8が得られる.N = 2 は (n, %) = (0, 2) と (1, 0) が可能であり,縮退度は 12 になる.8 + 12 = 20 で3番目の魔法数が再現できる.しかし,N = 3では (n, %) = (0, 3)と (1, 1)の組合せがあり,縮退度は 20 で,N = 0 から N = 3 までの状態の数は合計 40 になる.これは,4番目の魔法数 28 より大きく,5番目の 50 には及ばない.このように,調和振動子ポテンシャルは4番目以後の魔法数を再現できないが,エネルギー固有値だけでなく,固有関数も解析的に得られて扱いが容易であるので,現実的な1粒子ポテンシャルの代わりに近似的に用いられることが多い.

簡単化された中心力ポテンシャルの1つの例として,井戸型ポテンシャル(square-wellpotential)がある:

USW (r) =

V0 r ≤ R0 r > R

(5.24)

V0 < 0 は定数で,R としては原子核の半径が採用できるであろう.井戸型ポテンシャルの中の質点の固有値問題は解析的には解けないが,r > 0でポテンシャルが 0になる点は,無限に高くなる調和振動子ポテンシャルと比べると現実的であるように思われる.

現実的なポテンシャルに関しては次のように考えられる.原子核内の1つの核子が他の核子と力を及ぼし合って1体のポテンシャル U(r)が生成されるが,核子と核子のあいだに作用する強い力は到達距離が短い力であると考えられる.従って,ポテンシャル U(r)は原子核の密度分布を反映したものであると考えるのが自然である.このような考察のもとに提案され広く用いられて成功しているのが,現象論的なWoods-Saxonポテンシャル である:

UWS(r) =VC

1 + exp(r −Ra

) (5.25)

このポテンシャルは3つのパラメータを含む.Rは原子核の半径で,通常,原子核中での密度の飽和性から

R = r0A1/3 (5.26)

とパラメータ化される.また,aはポテンシャル(密度)が原子核の表面で鋭く 0になるのではなく,ある領域に渡って次第に減少していくことを反映している「ぼやけ」の度合を表

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86 第 5 章 原子核の殻構造

している.英語では diffusenessと呼ぶが,日本語には対応する適切な単語がないようである.VC はポテンシャルの深さを表すパラメータである.

上にあげた3種類の中心力ポテンシャルを 図 5.10に示す.Woods-Saxonポテンシャルのパラメータは,典型的なセット [ 9 ]

r0 = 1.27 fm, a = 0.67 fm, VC = −51 + 33N − ZA

MeV (5.27)

を採用し,安定な原子核 208Pb を想定して,Z = 82, N = 126, A = Z + N = 208 とした.このとき,原子核の半径は R = 7.5 fmになる.また,井戸型ポテンシャルのパラメータ R は原子核の半径とし,深さのパラメータは V0 = VC ととった.調和振動子の場合は,hω = 6.5 MeVとして,図中では他の2つのポテンシャルと比較するため下へ約 50 MeVずらして表示した.

解析的に固有値問題が解けない井戸型ポテンシャルとWoods-Saxonポテンシャルに関しては,数値的にエネルギー固有値(と固有関数)を求めた.その結果を図 5.11に示す.調和振動子ポテンシャルについては最も低い固有状態のエネルギーが Woods-Saxonポテンシャルの場合と一致するようにエネルギーをずらして示した.Woods-Saxonポテンシャルのエネルギーを表す水平な線分の上に1粒子軌道の量子数が示してある.数字は動径量子数で,動径波動関数のゼロ点の個数に対応する(r = 0 と r = ∞ は除く).数字の右隣りのアルファベットは軌道角運動量を表す記号で,次表に示すように対応する.

表 5.2 軌道角運動量を表す記号

軌道角運動量 % = 0 % = 1 % = 2 % = 3 % = 4 % = 5 % = 6記号 s p d f g h i

Woods-Saxonポテンシャルと井戸型ポテンシャルの場合には,調和振動子ポテンシャルでは縮退していた状態が分離して,軌道角運動量が大きい軌道ほどエネルギーが大きく下がっている.これは,調和振動子ポテンシャルと比べて,原子核の表面に近いところまで深いからであり,井戸型ポテンシャルはこの傾向がより顕著である.

図 5.11 の右半分には Woods-Saxonポテンシャルの場合のエネルギー固有値の位置に,1粒子軌道の量子数とともに,スピンの自由度を考慮した縮退度が示してある.また,右端には,個々の1粒子軌道の縮退度をエネルギーの小さいほうから足し合わせていった和を示してある.現実的な1粒子ポテンシャルを用いて,異なる軌道角運動量をもつ軌道がエネルギー的に分離しても,小さい方から3番目までの魔法数が再現できることは乱されていないが,同時に,4番目以降の魔法数も現われない.

5.2.4 スピン-軌道相互作用

核子のスピンに作用するポテンシャル図 5.11,及びその説明からも推測されるように,1粒子中心力ポテンシャルをどのように

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5.2 1粒子運動 87

r [ fm]2 4 6 8 10 12

pote

ntia

l[ M

eV]

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

harmonic oscillator

Woods-Saxon

square-well

図 5.10: 3種類のポテンシャルの比較

harmonicoscillator

Woods-Saxon

square-well

0s

0p

0d1s

0f

1p

0g1d

2s0h

1f2p0i1g

2d3s

Woods-Saxon potential

0s 2 2

0p 6 8

0d 10 181s 2 20

0f 14 34

1p 6 40

0g 18 58

1d 10 682s 2 70

0h 22 92

1f 14 1062p 6 1100i 26 136

1g 18 154

図 5.11: 3種類のポテンシャルに対する1粒子エネルギーの比較

Page 16: Theoretical High Energy Group - 5 章 原子核の殻構造muto/lectures/INP02/INP02...JJ(r)dr (5.3) 図5.5 に実験で測定された四重極モーメントの値を示す[6].ここでは,陽子数Zが奇

88 第 5 章 原子核の殻構造

調節しても,4番目以降の魔法数は説明できそうもない.残された自由度は核子がもつスピン角運動量である.スピンの自由度は,1粒子軌道に入り得る核子数を数えるときに既に考慮した.その上に考えられるのは,核子がもつスピンに作用するポテンシャルの自由度である.Mayer と Jensen はスピン-軌道相互作用を導入すれば,魔法数が説明できることを示した.動径依存性を別にすれば,スピン-軌道演算子は,スピン演算子と軌道角運動量演算子の内積の形 �·sである.すなわち,1粒子ポテンシャル U は中心力部分とスピン-軌道部分の和であると考える.このとき,1粒子状態の固有値方程式(Schrodinger方程式)は[

p2

2m+ UC(r) + ULS(r) �·s

]ψ(r) = εψ(r) (5.28)

と書ける.左辺の第1項は運動エネルギー項,第2項が中心力ポテンシャル,第3項がスピン-軌道相互作用項である.

1粒子状態の量子数上の固有値方程式を解くにあたって,固有関数 ψ(r)がどのような量子数をもつかを考える.まず,核子はスピン s と軌道角運動量 � をもつので,両者のベクトル和を

j = � + s (5.29)

として,j2 ψ(r) = j(j + 1)ψ(r) (5.30)

が成り立つこと(j が良い量子数になる)が期待される.それを確かめるには,(5.28)に与えられた1粒子ハミルトニアンと j2 が可換であることを示せば良い.運動エネルギー項は運動量演算子から成るので,j の中のスピン演算子 s 部分が可換であることは明らかである.軌道角運動量 �については,交換関係を計算すると,

[ p2, %k ] =∑i

∑mn

[ pipi, iεkmnrmpn ]

=∑i

∑mn

iεkmn(pi [ pi, rm ] pn + [ pi, rm ] pnpi

)=

∑i

∑mn

iεkmn(pi (−ihδim) pn + (−ihδim) pnpi

)= 2h

∑in

εkin pipn = 2h ( p × p )k = 0

(5.31)

となる.よって,運動エネルギー項と j2 は可換である.一方,ポテンシャル項にあるスピン-軌道相互作用 �·sは,

j2 = �2 + s2 + 2 �·s (5.32)

及び,交換関係[ �2, �·s ] = [ s2, �·s ] = 0 (5.33)

から,j2 と可換である.よって,エネルギー固有関数 ψ(r) は j を良い量子数としてもつことがわかる.

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5.2 1粒子運動 89

次に,j2 との交換関係を調べてみると,

[ j2, �2 ] = [ j2, s2 ] = [ j2, jz ] = 0 (5.34)

となる.最後の交換関係は角運動量の性質から導かれる.従って,1粒子状態は,j,m(jの z成分),%を良い量子数としてもつ.(sも良い量子数であるが,s = 1/2だけしかない.)なお,�と s の z 成分は j2 と可換ではないので,良い量子数にはならない.

1粒子波動関数固有値方程式の解としての1粒子状態波動関数は次のように表される:

ψn�jm(r) =∑µν

〈 12µ%ν | jm 〉χµY�ν(θ, φ)ϕn�j(r) (5.35)

χµ は波動関数のスピン部分を表す(非相対論的な2成分)スピノールである:

χ+ 12

=

(10

)χ− 1

2=

(01

)(5.36)

〈 12µ%ν | jm 〉 はスピン波動関数 χµ と軌道角運動量を担う球面調和関数 Y�ν(θ, φ) を結合させる Clebsch-Gordan係数である.ϕn�j(r) は動径部分を表す.添字の n は動径量子数で,同じ j, %をもつ固有状態を区別するために導入した.軌道角運動量 %が与えられたとき,その固有状態のパリティは (−1)� で与えられ,また,1粒子状態の全角運動量 j としては2つの値

j = %± 12 (5.37)

が可能である.ただし,% = 0 のときは j = 12 だけである.

スピン-軌道相互作用の効果スピンの自由度,及びスピン-軌道相互作用を取り入れても,動径波動関数 ϕn�j(r) に対する固有値方程式はあまり変更を受けない:[

− h2

2m

(d2

dr2+

2r

ddr

)+h2%(%+ 1)

2mr2+ UC(r) + f�jULS(r)

]ϕn�j(r) = εn�j ϕn�j(r)

(5.38)ここで,f�j はスピン-軌道相互作用 �·s の行列要素で j = % ± 1

2 の2つの場合に応じて

f�j =12

[%(%+ 1) + 1

232 − j(j + 1)

]=

+%+ 1

2j = %− 1

2

− %2

j = %+ 12

(5.39)

で与えられる.

スピン-軌道相互作用のポテンシャル ULS(r) の形としてどのようなものを採用すべきかは明らかではない.経験的に,原子核の表面付近で j = %± 1

2 に対して差が生じれば十分で

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90 第 5 章 原子核の殻構造

ある.通常,次の表面型スピン-軌道ポテンシャルが用いられる [ 9 ]:

ULS(r) = −0.44 r 20

1r

dUWS(r)dr

(5.40)

ここで,UWS(r)は (5.25)に与えたWoods-Saxonポテンシャル(中心力ポテンシャル部分)である.図 5.12にスピン-軌道相互作用の効果を示す.破線は Woods-Saxon型の中心力ポ

r [ fm]0 2 4 6 8 10 12

pote

ntia

l[ M

eV]

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

g9/2

g7/2

図 5.12: % = 4におけるスピン-軌道相互作用の効果

テンシャルで,2つの実線は % = 4をもつ g9/2 と g7/2 に対する有効ポテンシャルで遠心力ポテンシャルを含む.ポテンシャルパラメータは 208Pb を想定した.スピン-軌道相互作用のポテンシャルは中心力ポテンシャルの微分で定義され,後者は原子核表面付近で大きさを変えるので,前者は表面付近だけで値をもつ.j = %+ 1

2 の状態に対してはポテンシャルを深め,逆に j = %− 1

2 の状態に対しては浅くする効果がある.その結果,j = %+ 12 状態は

より強く束縛され,動径波動関数は外側へ多少押し出されていると思われる.

魔法数の再現スピン-軌道相互作用を含めて固有値方程式を解いた結果を,スピン-軌道相互作用がない場合と比較して 図 5.13に示す.スピン-軌道相互作用によって,縮退していた j = %± 1

2 の2つの1粒子軌道が分離され,j = % + 1

2 軌道が下がり,j = % − 12 軌道が上がる.分離の度

合は軌道角運動量の大きさ % に比例している.強く束縛された領域では,大きな軌道角運動量をもつ1粒子状態がないため,スピン-軌道相互作用はエネルギー準位に大きな影響を及ぼさない.そのため,スピン-軌道相互作用を考慮しない中心力ポテンシャルだけのときでも,最初の3つの魔法数 2, 8, 20は再現できたのである.それに対して,大きな軌道角運動量をもつ1粒子状態が現われると,状況は変わってくる.エネルギーが小さい方から順に見ると,調和振動子でいう主量子数 N = 2n+ %が 3 では % = 3(0f 軌道),N = 4では

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5.2 1粒子運動 91

0s1/2

0p3/2

0p1/2

0d5/20d3/21s1/2

0f7/2

0f5/21p3/21p1/2

0g9/2

0g7/21d5/21d3/22s1/20h11/2

0h9/21f7/2

1f5/22p3/2

2p1/2

0i13/2

0i11/21g9/2

1g7/2

2d5/22d3/2 3s1/2

2

8

20

28

50

82

126

図 5.13: スピン-軌道ポテンシャルを含んだ場合の1粒子エネルギーと魔法数

mass number A0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 220 240

sing

le p

artic

le e

nerg

ies

[ MeV

]

-40

-30

-20

-10

0

2

8

2028

50

82

126

図 5.14: 1粒子エネルギーの質量数依存性

Page 20: Theoretical High Energy Group - 5 章 原子核の殻構造muto/lectures/INP02/INP02...JJ(r)dr (5.3) 図5.5 に実験で測定された四重極モーメントの値を示す[6].ここでは,陽子数Zが奇

92 第 5 章 原子核の殻構造

% = 4(0g 軌道),N = 5では % = 5(0h 軌道),N = 6では % = 6(0i 軌道)が最も軌道角運動量が大きい.スピン-軌道相互作用によって,それぞれの2つの1粒子軌道が大きく分離し,j = %+ 1

2 をもつ軌道が N にして1つ小さい1粒子軌道群の中へ入り込んでくる.その結果,魔法数に対応したところに大きなエネルギーのギャップが生じているのである.

図 5.14には,同じ1粒子ポテンシャルを用いて,質量数の広い範囲に渡って計算した1粒子エネルギーの変化の様子を示す.ここで,質量数を指定したとき,Weizsackerの質量公式を用いて,最も結合エネルギーが大きい核種を選択した.図の中に書き入れた数字は魔法数で,質量数が小さい領域から大きい領域に至るまで,魔法数が保持されている状況が良く現われている.

図 5.14 に示したのは中性子の1粒子エネルギーである.陽子に対しても Coulombポテンシャルを入れて計算することは可能であり,陽子に対しても魔法数が良く再現される.ただし,Z = 82 までの魔法数である.陽子数が 126 に及ぶ安定な核種は存在しない.なお,半径 R の球の内部に Ze の電荷が一様に分布していると仮定した CoulombポテンシャルVcoul(r)が広く用いられている.具体的には,

Vcoul(r) =

Ze2

R

12

[3 −

(r

R

)2]

r ≤ R

Ze2

rr > R

(5.41)

で与えられ,解析的に表されているので扱いやすい.

5.2.5 対相互作用

M.G. Mayerによる魔法数の発見,スピン-軌道相互作用による魔法数の再現と1粒子運動の描像が確立した.殻模型の成功には,1粒子運動と同様に対相互作用が重要な役割を果たしている.

2つの同種粒子(2つの中性子,あるいは,2つの陽子)が同じ1粒子軌道に入ったとき,2つの核子は角運動量 Jπ = 0+ を組む強い傾向がある.これを 0+対と呼ぶ(図 5.15の左の図を参照).2核子系の角運動量が J = 0であるときは,その z成分も M = 0である.1粒子軌道の角運動量を j としたとき,0+対は Clebsch-Gordan係数を用いて角運動量を結合して作られる:

[ψjψj ]J=0,M=0 =∑m

〈 jmj −m | 00 〉ψjm ψj−m =∑m

(−1)j−m√2j + 1

ψjm ψj−m (5.42)

対を成している2つの核子において,一方の z 成分が m であるならば,他方の z 成分は必ず −m である.このように角運動量ベクトルが反対方向を向いた2つの波動関数は相互の空間的な重なりが大きい.このとき,到達距離が短い引力の作用を強く受け,大きな結合エネルギーを得て安定になると考えられる.短距離力の極限として,デルタ関数型の相互作

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5.2 1粒子運動 93

Jπ = 0+

J = 0

J = 2J = 4J = 6

δ関数型相互作用の行列要素

図 5.15: 短距離力による Jπ = 0+対

用を用いて行列要素を計算してみると,図 5.15の右図のようになる.縦軸はエネルギーで,2核子系の角運動量が J = 0 のとき,特別に強い引力を示す.

0+対を壊すには,引力の行列要素に対応した大きなエネルギーを必要とする.そのため,陽子数(中性子数)が偶数である原子核の陽子(中性子)分離エネルギーは,奇数の場合に比べて大きい.原子核から1つの核子を取り出すときに,強く結合した対を壊さなければならないからである.さらに,陽子数も中性子数も偶数であるときは,陽子系の角運動量も中性子系の角運動量も Jp = Jn = 0 である成分が多く,原子核の基底状態の角運動量は常にJ = 0になる.

原子核内にある多数の核子は,同じ1粒子軌道に入った核子が2つずつ組みになって 0+

対を成している確率が高い.特に,j軌道を (2j + 1) 個の核子が占めると閉殻になる(角運動量が j である1粒子軌道には (2j + 1) 個まで核子が入れる).閉殻の中の核子は2つずつが組みになって 0+対を成している.

閉殻の外にある核子は,エネルギーが小さい1粒子軌道から順に占有していくとは限らない.簡単な例を 図 5.16に示す.左側では,2つの核子が異なる1粒子軌道を占めている.右側に示すように,エネルギーが低い1粒子軌道にある核子が高い軌道に励起すると,1粒子エネルギーの視点からはエネルギーを損するが, 0+対を形成することによって,結果としてエネルギーを得することがある.もちろん,上の1粒子軌道にある核子が下の軌道に降

Jπ = 0+

図 5.16: Jπ = 0+対の形成

りて 0+対を形成すると最もエネルギーが低い状態になる.しかし,閉殻の外に多数の核子があるときは,多数の核子の相互作用の結果,互いに相関をもって核子対が多くの1粒子軌

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94 第 5 章 原子核の殻構造

道に分布する.すなわち,相転移が起きるのである(図 5.17).角運動量 j が反対方向を向

0 1

占有確率

1粒子エネルギー

0 1

占有確率1粒子エネルギー

図 5.17: 対相互作用による相転移

いた2つの核子が対を成し,多くの核子が強い相関をもって起こる相転移で,この機構が超電導と良く似ている.実際,超電導の BCS理論が原子核における対相関の記述にも応用されている.

磁気双極子モーメント原子核の静的で重要な物理量の1つに,核子のスピン角運動量と軌道角運動量が寄与する磁気双極子モーメントがある.磁気双極子モーメントの演算子は

µ = µN∑i

( g� �i + gssi ) µN =eh

2Mc(5.43)

で定義される.和は原子核を構成する全ての核子にわたる.g� と gs は軌道,及びスピン g因子で,陽子と中性子に対してそれぞれ

g� =

{10

gs =

{+5.58 陽子−3.82 中性子

(5.44)

という値をとる.µN は核磁子(nuclear magneton)と呼ばれ,磁気双極子モーメントの単位として用いられることが多い.演算子 (5.43) の z 成分の行列要素で磁気双極子モーメント µを定義する.ただし,原子核の系全体としての角運動量が J であるとき,その z 成分が M = J の状態を用いる:

µ = 〈ΨJ,M=J |µz |ΨJ,M=J 〉 (5.45)

中性子数が偶数で陽子数が奇数である原子核は,最も単純な描像に従うと,最後の陽子を除く偶数個の陽子と中性子は全て 0+対を作っている.核子対の角運動量は 0 であるから,

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5.2 1粒子運動 95

原子核全体としての角運動量 J は最後の1個の陽子がもつ角運動量 j に等しい:J = j.このとき,磁気双極子モーメントは,最後の陽子の1粒子波動関数に対する行列要素で与えられる:

µ = 〈ψj,m=j |µz |ψj,m=j 〉 (5.46)

磁気双極子モーメントは,1粒子波動関数 (5.35) の動径波動関数 ϕ(r) に依存しないので,スピン角運動量 sz と軌道角運動量 %z の期待値を計算すればよい.導出過程は省略するが,結果は

µ = j

[g� ± (gs − g�)

12%+ 1

]µN ( j = %± 1

2 ) (5.47)

となる.これを Schmidt値という.2重閉殻に1個の核子を加えた原子核,あるいは,1個の核子を除いた原子核では,Schmidt値と実験値との一致は比較的良い.これは,閉殻の外にある1つの核子,あるいは,閉殻の中にある1つの空孔が,原子核全体の角運動量を担っているという描像がかなり良く成り立っているからであろう.

それ以外の原子核に対しては,Schmidt値と実験値との一致は決して良いとは言えない.そこで,1つの 0+対をこわした配位を採り入れる.その際,磁気双極子モーメント演算子の性質を考慮する.磁気双極子モーメント演算子は s と �からなるので,1粒子状態の動径量子数 n と軌道角運動量 % を変えられない.従って,n と % が等しい j = % ± 1

2 のあいだの1粒子遷移によって,基準となる状態 ΨJJ と結ばれる 配位の混合(configurationmixing)が,磁気双極子モーメントに大きな影響を与えると考えられる.すなわち,原子核の波動関数に配位混合を採り入れ

ΨJJ −→ ΨJJ +∑i

xi Ψ(i)JJ (5.48)

係数 xi を摂動によって計算する.このとき,磁気双極子モーメントは1次の摂動の範囲で

µ = 〈ΨJ,J |µz |ΨJ,J 〉 +∑i

2xi〈ΨJ,J |µz |Ψ(i)J,J 〉 (5.49)

と書ける.第1項は基準となる状態に対する値(0 次の値)で,第2項が摂動項である.たとえ,係数の2乗が小さくても,磁気双極子モーメントは大きな変更を受ける.配位混合により,理論値と実験値のずれはかなりの程度改善された [ 10 ].配位混合は 芯偏極(corepolarization)とも呼ばれる.

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96 第 5 章 原子核の殻構造

5.3 殻模型(Shell Model)

原子核の殻模型は,全ての微視的構造模型の基礎になる模型である.以下では,殻模型の考え方と計算方法について説明し,簡単な具体例を示す.

5.3.1 殻模型の手法

(1) 2重閉殻の芯 陽子も中性子も閉じた2重閉殻の芯(core)を仮定する.たとえば,16O や 40Ca は陽子も中性子も魔法数であり,良い芯になると期待される.芯の中の核子を取り出すには大きなエネルギーが必要であるので,原子核の基底状態や低い励起状態を記述する際には,芯は励起しないと仮定する.芯内の核子数を Ac で表すことにする.

(2) 模型空間 芯の上の有限な数の1粒子軌道を選び,その中に Av = (A−Ac) 個の核子を入れる.これらの1粒子軌道を valence orbits と呼び,その中の核子を valencenucleonsと呼ぶ.原子核の状態をより良く記述するためには,なるべく多くの1粒子軌道を取り入れたほうがよいが,後で見るように,現実的に可能な計算をするためには,あまり多くない数の1粒子軌道に限定せざるをえない.Valence nucleonsを入れる1粒子軌道を選んだことにより,有限な模型空間を設定したことになる.

図 5.18に例を示す.縦線の左側が陽子を,右側が中性子を表す.影をつけた部分が芯で,ここでは 16Oである.その上の3つの1粒子軌道,すなわち,0d5/2, 1s1/2, 0d3/2

が valence orbits である.Valence nucleonsは黒丸で示してある.陽子が6個で中性子が5個であるから,陽子数は Z = 8 + 6 = 14,中性子数は N = 8 + 5 = 13で,この原子核は 27Siである.

0s1/2

0p3/2

0p1/2

0d5/2

1s1/2

0d3/2

図 5.18: 2重閉殻(16O)と valence nucleonsの模式図

(3) 1粒子ポテンシャル Valence orbitsにある核子は,芯内の核子との相互作用によって作られる1粒子ポテンシャルの中を運動する.

原子核を記述するハミルトニアンは運動エネルギー項と2体の相互作用項からなるが,芯を仮定することにより,芯内の核子との相互作用を1体のポテンシャルとして取り

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5.3 殻模型(Shell Model) 97

こむことができる:

H =∑i

Ti +∑i<j

Vij

=∑i≤Ac

Ti +∑

i<j≤Ac

Vij +∑Ac<i

Ti +∑

i≤Ac, Ac<j

Vij +∑

Ac<i<j

Vij(5.50)

右辺の最初の2項は芯内の核子に対するハミルトニアンであり,Hc と表すことにする.第4項は芯内核子と valence orbitにある核子との相互作用で1粒子ポテンシャルU になり,第3項の運動エネルギー項と合わせて valence nucleonsの1粒子ハミルトニアン H0 になる.最後の項は valence nucleons間の2体相互作用である.以上をまとめて,原子核のハミルトニアンは次のように書き直せる.

H = Hc +Hv Hv = H0 + Vv

H0 =∑i

(Ti + Ui )

Vv =∑

Ac<i<j

Vij(5.51)

1粒子ハミルトニアン H0 の固有状態として1粒子波動関数 ψが定義できる.固有値εは1粒子エネルギーと呼ばれる.

H0 ψj(r) = εj ψj(r) (5.52)

(4) 有効相互作用 有限な模型空間を採用したため,原子核内の核子間にはたらく相互作用は自由空間での相互作用とは異なり,有効相互作用が用いられる.自由空間での相互作用とは,2つの核子の散乱データを再現するように作られた相互作用で,ParisPotentialや Bonn Potentialなどがある.自由空間での相互作用から有限な模型空間での有効相互作用をつくる理論としては,G-行列の方法や UMOAと呼ばれる手法などがある.実際には,有効相互作用理論で作られたものだけでなく,現象論的な有効相互作用も用いられる.

(5) 基底関数 1粒子波動関数の反対称化された積で Av = (A−Ac) 個の核子からなる系の基底関数(basis states)Φ をつくる.基底関数の最も簡単な例は Slater 行列式である:

Φ =1√n!

∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣

ψa(r1) ψa(r2) · · · ψa(rAv)

ψb(r1) ψb(r2) · · · ψb(rAv)

......

. . ....

ψk(r1) ψk(r2) · · · ψk(rAv)

∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣∣(5.53)

核子は Fermi 粒子であるから,1つの1粒子状態には1つの核子しか入れない.しかし,Av = (A − Ac) 個の核子を Ns 個の1粒子状態に分配する仕方は,Ns 個の状態から Av 個を取り出す組み合わせの数だけある.ただし,核子が占有する1粒子状態の角運動量の z 成分の和

M = m1 +m2 + · · · +mk (5.54)

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98 第 5 章 原子核の殻構造

は保存する.従って,Ns 個の1粒子状態から Av 個選ぶとき,M が等しい組み合わせだけを選べば良い.このとき,角運動量が J ≥M の成分が取り入れられたことになる.1粒子波動関数の積である Slater 行列式は,角運動量 J を良い量子数としてもたない(異なる角運動量の成分が混合している).

(6) 固有値方程式 エネルギー固有状態 Ψ は,基底関数 Φ の線形結合で表される:

Ψ =n∑

k=1

xk Φk (5.55)

ここで,nは基底関数の個数である.係数 xk は valence nucleonsに対するハミルトニアン Hv の行列を対角化して得られる.すなわち,固有値方程式

Hv Ψ = E Ψ (5.56)

において,波動関数 Ψ を展開し

Hv

n∑k=1

xk Φk = En∑

k=1

xk Φk (5.57)

左から Φ∗i をかけて積分すると,Φの直交性から i 成分だけが取り出される.従って,

固有値方程式は n 個の連立方程式の組に帰着される:

n∑k=1

(Hv)ik xk = E xi ( i = 1, 2, · · · , n ) (5.58)

連立方程式をまとめて,行列の形で次のように表せる:(Hv)11 (Hv)12 · · · (Hv)1n

(Hv)21 (Hv)22 · · · (Hv)2n

......

. . ....

(Hv)11 (Hv)12 · · · (Hv)1n

x1

x2

...xn

= E

x1

x2

...xn

(5.59)

左辺の n × n の行列を対角化すると,係数 xk とともにエネルギー固有値 E が得られる.なお,n× n の行列を対角化すると n 個の固有値と,それに対応した係数の組{xk }が得られる.

5.3.2 殻模型計算の具体例

簡単な例として,18O(Z = 8, N = 10)の基底状態付近のエネルギースペクトルを計算する.

(1) 2重閉殻の芯として 16O(Z = 8, N = 8)を仮定する.

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5.3 殻模型(Shell Model) 99

(2) Valence orbitsを 図 5.19に示す.灰色の部分は2重閉殻の芯を表し,その上の中性子の1粒子軌道 0d5/2, 1s1/2, 0d3/2 を valence orbitsとして採用する.Valence nucleonsは2つの中性子で(Av = 18 − 16 = 2),3つの1粒子軌道を構成する1粒子状態を占める.1粒子状態の数は

Ns = (2· 52 + 1) + (2·12 + 1) + (2·32 + 1) = 6 + 2 + 4 = 12

である.

0s1/2

0p3/2

0p1/2

0d5/2

1s1/2

0d3/2

図 5.19: 18O の殻模型計算における配位の例

(3) 芯内の核子との相互作用は1粒子ポテンシャルとして取りこまれる.上の処方に従えば,運動エネルギー項を加えて1粒子ハミルトニアンが作られ,固有値方程式を解いて1粒子エネルギーと1粒子波動関数が得られる.しかし,実験によって観測された17O のエネルギースペクトルから1粒子エネルギーを取る現象論的手法がしばしば採用される.

(4) 有効相互作用としては,質量数が 16 から 40 の領域で広く使われる有効相互作用を採用する.これは,有効相互作用の理論に基づいて作られたものではないが,この質量数領域の多くの原子核のエネルギースペクトルを,良く再現するように決められた現象論的有効相互作用である [ 11 ].

(5) 基底関数として Slater行列式を用いる.Ns = 12 個の1粒子状態から2個選んで,valence nucleonを1つずつ入れればよい.このようにすると,全部で 66 個の Slater行列式ができる.しかし,処方のところでも説明したように,66個全てを用いる必要はない.Slater行列式で選んだ2つの1粒子状態を j1m1,j2m2 とすると,ハミルトニアンがスカラーであるので,M = m1 +m2 の値が異なる Slater行列式のあいだの行列要素は 0になるからである.すなわち,66 × 66 のハミルトニアンの行列要素を計算すると,行列はブロック対角になる.角運動量 J の2核子状態のエネルギー固有値を計算したいときは,M ≤ J を満たす1つの M の値だけを採用すればよい.ここでは,2核子系の全ての状態を求めたいので,M = 0 とする.M = 0 である Slater行列式は,表 5.3に示すように n = 14 個ある.

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100 第 5 章 原子核の殻構造

表 5.3 M = 0 である2粒子状態

( j1, m1 ) ( j2, m2 ) ( j1, m1 ) ( j2, m2 )

1(

52 ,+

52

) (52 ,−

52

)8

(52 ,−

12

) (32 ,+

12

)2

(52 ,+

32

) (52 ,−

32

)9

(52 ,−

32

) (32 ,+

32

)3

(52 ,+

12

) (52 ,−

12

)10

(12 ,+

12

) (12 ,−

12

)4

(52 ,+

12

) (12 ,−

12

)11

(12 ,+

12

) (32 ,−

12

)5

(52 ,−

12

) (12 ,+

12

)12

(12 ,−

12

) (32 ,+

12

)6

(52 ,+

32

) (32 ,−

32

)13

(32 ,+

32

) (32 ,−

32

)7

(52 ,+

12

) (32 ,−

12

)14

(32 ,+

12

) (32 ,−

12

)(6) 14× 14 のハミルトニアン行列を対角化すると,2核子系(18O)のエネルギー固有値

と固有関数が得られる.計算結果を 図 5.20に,実験データと比較して示す.殻模型計算では芯のエネルギーを計算していないので,基底状態のエネルギーを 0として示してある.第1励起状態の 2+,その上の3つの近接した状態に対して,計算と実験は良い一致を示している.実験データでは,少し上に3つの状態が観測されているが,計算ではそのうちの1つ(3+)だけが再現されている.

cal. exp.0+

2+

4+

2+0+

3+0+2+

図 5.20: 18O のエネルギースペクトル

Slater行列式は1粒子波動関数の積であるので,2核子系の角運動量を良い量子数としてもたない.しかし,ハミルトニアン行列を対角化して得られる固有状態は,角運動量を良い量子数としてもつ.

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5.3 殻模型(Shell Model) 101

5.3.3 m-scheme と J-scheme

上で説明した殻模型計算の処方と具体例において,基底関数として1粒子状態 ψjm の反対称化した積(Slater行列式)を採用した.この方法を m-schemeと呼ぶ.個々の Slater行列式は角運動量の固有状態ではない.しかし,Slater行列式を基底関数としてハミルトニアン行列をつくり,その固有関数を求めると,固有関数は角運動量を良い量子数としてもつ.ハミルトニアン行列の対角化の過程で,角運動量の固有状態になるように基底関数の線形結合が作られているのである.それは,ハミルトニアンが回転対称性をもつからである:

[Hv , J2 ] = [Hv , Jz ] = 0 (5.60)

この対称性を利用して,基底関数をつくることも可能である.たとえば,上の具体例で示した2核子系の場合は,Clebsch-Gordan係数を用いて1粒子状態の角運動量を結合すればよい:

ΦJM =∑m1m2

〈 j1m1j2m2 | JM 〉ψj1m1 ψj2m2 (5.61)

このようにして,角運動量の固有状態を基底関数にする方法を J-schemeと呼ぶ.上に示した 18O の場合,2核子の配位と可能な角運動量 J の値を 表 5.4 に示す.

表 5.4 2粒子配位と角運動量

配位 J = 0 J = 1 J = 2 J = 3 J = 4

(d5/2)2 ○ ○ ○d5/2 s1/2 ○ ○(s1/2)2 ○d5/2 d3/2 ○ ○ ○ ○s1/2 d3/2 ○ ○(d3/2)2 ○ ○

表の中の丸の数は 14で,これは m-schemeの計算において M = 0となる基底関数の数に等しい.角運動量を結合した基底関数を採用すると,ハミルトニアン行列は 図 5.21に示すようにブロック対角になる.従って,個々のブロックで対角化(固有値方程式を解く)すればよい.

2つの schemeの比較基底関数の取り方の2つの方法,m-schemeと J -schemeには,それぞれ長所と短所がある.

m-scheme

(1) 基底関数は1粒子波動関数の Slater行列式基底関数は角運動量の固有状態ではないが,エネルギー固有状態は角運動量を(原理

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102 第 5 章 原子核の殻構造

J = 0

J = 1

J = 2

J = 3

J = 4

図 5.21: 回転対称性(角運動量)を考慮した模型空間の分割

的に)良い量子数としてもつ.しかし,現実的な大次元計算では,角運動量の射影が必要になることが多い.

(2) ハミルトニアンの行列要素の計算が容易基底関数が簡単な構造(Slater行列式)をもっているので,基底関数は核子が占有している1粒子状態を指定するだけでよい.ハミルトニアンの1体の項,すなわち,運動エネルギーとポテンシャルの和である1粒子エネルギー項は,基底関数に対して対角である.2体相互作用は Av 個の核子中の2核子に作用するので,残りの (Av − 2)個の核子は相互作用に関与しない.そのため,ハミルトニアンをはさむ2つの基底関数において,核子が占める1粒子状態が3つ以上異なるときは,行列要素は 0になる.このように,ハミルトニアンの行列要素を計算するときには,基底関数において1粒子状態が等しいか否かを判定するだけでよい.従って,ハミルトニアンの計算は簡単であり,対角化の過程で必要になるたびに計算すればよい.

(3) ハミルトニアン行列が大きいたとえば,16O を芯として,0d5/2, 1s1/2, 0d3/2 の1粒子軌道を採用する.このとき,基底関数の数が最大になるのは 28Si の 0+ 状態の計算で,約 200,000である.世界記録は,基底関数の数が約 100,000,000である [ 12 ].

J-scheme

(1) 基底関数は角運動量を良い量子数としてもつ基底関数を作るに角運動量の結合と反対称化が必要である.角運動量の結合は Clebsch-Gordan係数を用いて行う.たとえば,1粒子軌道が4つあるときは,まず,1番目と2番目を結合し,3番目と4番目を結合し,その後,両者を結合する.直交化と反対

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5.3 殻模型(Shell Model) 103

称化には cfp(coefficients of fractional parentage)と呼ばれる係数を用いる.n核子系の規格直交反対称化された状態の組があったとき,それに1核子を加えてできる複数の状態は,一般に互いに直交ではない.Schmidtの直交化によって,互いに直交する (n + 1) 粒子状態を作っていく.n 核子系の状態に1核子を加えた状態を,規格直交反対称化された状態で展開する際の係数が cfpである.多粒子系の基底関数を指定するのに多くの量子数を必要とする.

(2) ハミルトニアンの行列要素の計算が複雑基底関数の作り方からもわかるように,2体相互作用の行列要素を計算するには,基底関数の角運動量の結合を解いて,実際に相互作用する2つの核子を取り出し,残った核子について再び角運動量の結合をしなければならない.1粒子軌道の数と valencenucleonsの数が増えるに従い,角運動量の結合を変える手間が,ハミルトニアン行列の計算の多くの割合を占めるようになる.実際の数値計算では,ハミルトニアンの全ての行列要素を記憶装置に保存できるのであれば,行列要素は1度だけ計算すればよいので,次に述べる対角化の過程を考え合わせると,J-scheme は極めて計算効率が高い.また,大規模数値計算では計算誤差が問題になるが,特定の角運動量をもつ基底関数で計算を行うので,計算誤差にともなう角運動量の射影を必要としない.

(3) ハミルトニアンの行列が小さい角運動量の固有状態を基底関数とするので,基底関数の数は少ない.たとえば,m-schemeで例にあげた 28Si の 0+ 状態を計算するときの基底関数の個数は約 1,000 である.n×nの行列に対する固有値方程式を解くには,簡単に言えば n3 に比例する四則演算を必要とする.従って,n が 1/10 になれば,固有値を求める計算に要する手間(計算時間)は 1/1000しかかからない.

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104 第 5 章 原子核の殻構造

5.4 第5章の参考文献

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