Title 腫瘤形成を呈した増殖性膀胱炎の1例

Author(s) 稲葉, 洋子; 岡本, 雅之; 原田, 益善; 藤盛, 孝博

Citation 泌尿器科紀要 (1995), 41(8): 617-620

Issue Date 1995-08

URL http://hdl.handle.net/2433/115551

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

泌 尿紀 要41:617-620,1995 617

腫瘤形成を呈した増殖性膀胱炎の1例

新須磨病院泌尿器科(医 長:原 田益善)

稲 葉 洋子*,岡 本 雅 之,原 田 益 善

神戸大学医学部第2病 理学教室(主 任:前 田 盛教授)

藤 盛 孝 博

PROLIFERATIVE CYSTITIS FORMING

TUMOROUS LESION: A CASE REPORT

Yoko Inaba, Masayuki Okamoto and Masuyoshi Harada

From the Department of Urology, Shinsuma Hospital

Takahiro Fujimori

From the Second Department of Pathology, Kobe University School of Medicine

A 66-year-old woman was admitted with asymptomatic macrohematuria. Cystoscopy revealed bladder tumor with a diameter of about 1.5 cm and smooth surface. Transurethral resection was

performed and histological examination showed proliferative cystitis, mainly consisting of cystitis glandularis. Proliferative cystitis is not so rare, but tumorous formation of it seems to be unusual.

(Acta Urol. Jpn. 41: 617-620, 1995)

Key words: Proliferative cystitis, Tumorous lesion

緒 言

われわれ は,腫 瘤形成 を伴 い,膀 胱癌 との鑑別を要

した増殖性膀胱炎の1例 を経験 した.本 症例を提示す

るとともに,腫 瘤形成性の増殖性膀胱炎について若干

の文献的考察 を加 えて報告す る.

症 例

患者:66歳,女 性.

主訴=無 症候性 肉眼的血尿

既往歴:56歳 時,子 宮筋腫手術

家族歴:特 記すべ きことな し

現病歴:1993年6月25日 お よび6月27日 に無症候性

肉眼的血尿が出現 したため,1993年7月5日 に当科を

初診 した.初 診時には肉眼的にも顕微鏡的に も血尿は

みられず,IVPで は特に異常を認 めなか った.

膀胱 鏡 を 施行 した ところ,膀 胱後壁 に 直径 約L5

cm,表 面平滑,有 茎性 の腫瘍 を認 めたため,入 院と

な った,

入院時現 症:入 院時 も肉眼的,顕 微鏡的に血尿を認

*現=六 甲病 院泌尿器科

めず.特 に 自覚症状な し,胸 腹部理学 的所貝に異常 な

し.

検査成績:尿 所 見;糖(一),蛋 白(一),RBC2

～3/hpf ,WBC8～9/hpf.尿 細胞診陰性.血 液一般,

血液生化学検査に特記すべ き異常値な し.

X線 学的検査:IVPで は上部尿路に異常を認めず.

膀胱 部X線CTで は,腫 瘍 の膀胱壁あるいは壁外へ

の浸潤を示 唆する所見 はな く,表 在性の ものと思われ

た.ま た,明 らかな 骨盤 内 リンパ節 の腫大 もなか っ

た.

入 院後経過:1993年7月28日,経 尿道的膀胱腫瘍 切

除術 を施行 したcFig、1は 切除前の内視鏡写真 で,膀

胱後壁に直径約L5cm,表 面平滑,有 茎性 の腫瘍を

認めた.腫 瘍 の色調 は正常膀胱 粘膜 とほ とん ど変わ ら

ない乳 白色 であ り,内 部の小血管が透視で きた.Fig.

2は 切除標本のHE染 色である.標 本中には,粘 膜

固有層 に小嚢胞が多 くみ られ,そ の中には好酸性 の水

様物が内包 されていた.細 胞異形 お よび構造異形 など

悪性を示 唆す る所見や炎症細胞浸 潤はなか った.小 嚢

胞のほ とんどは単層 の円柱上皮で構成 されていたが,

一部に数層 の移行上皮 と思われる部分 も認 め られた,

618 泌尿紀要41巻8号1995年

Fig・1・CystoscopicapPearance・Smoothsur-

facedtumorwithadiameterofabout

1.5cmwasseen.

羅 襲鰯

・艦6

Fig.2.HEstalnofthetumor.

以上の所見か ら,腺 性膀胱炎が主体 で,一 部に嚢胞 性

膀胱炎 の混在す る増殖性膀胱炎 と診断 された,摘 出標

本 中で検 索しえたか ぎ りでは,ブ ル ン細胞巣は見 られ

なか った,

1993年7月30日 退院後 は 外来 にて 経過観察中 で あ

り,術 後1年6ヵ 月間再発を認 めて いない.

考 察

膀胱癌取 り扱 い規約1)によれぽ,腫 瘍様病変ない し

は異常上皮 の一つ と して増殖性膀胱炎が挙げ られてい

る.増 殖性膀胱炎には,ブ ル ン細胞 巣,腺 性膀胱炎お

よび嚢胞性膀胱炎が含まれるが,こ の3者 はいずれ も

粘膜下へ 向か う下方増殖 と考え られ る点 で増殖性膀 胱

炎 とい う1つ の概 念でまとめ られる.こ れ らの組織 型

はそれぞれ単独で存在す ることよ りも,2種,あ るい

はすぺての組織型 が共存 してい るこ とが多い ようであ

る.本 症例では ブル ン細胞巣は貝 られず,摘 出標本 中

のご く一部に嚢胞性膀胱炎の所 見を認め る腺性膀胱炎

が主体の組織像 であった.

増殖性膀胱炎 の発生頻度 は 諸家の報告2-5)で もみ ら

れ るように稀なものではない.特 に剖検例の肉眼的に

正常な膀胱における検討 でも,ブ ル ン細 胞巣や腺性膀

胱炎,あ るいは 嚢胞性膀胱炎 とい った 増殖巣 は 組織

学的 にかな り高頻度 に 認 め られてい る2・3).また,前

癌状態 としての位 置 づけ も,今 日で は 否定的 であろ

う3,5)

しか し,本 症例を含 めて,肉 眼的に明 らかな腫瘤を

形成 し,悪 性腫瘍 との鑑別が必要 となる症例 も若干の

報告 がみ られ6『17),臨床上問題 となる点 である.明 ら

かな腫瘤形成 が見 られた増殖 性膀胱 炎の報告例は,わ

れわれが検索 しえたか ぎ りでは自験例 を加 えて22例 で,

Tablelに その詳細 をまとめた.肉 眼的血 尿 や膀 胱

炎様症状 を訴える症例がほ とん どで,発 生部位か らも

膀胱癌 との区別はつけがたい.ま た,前 立腺肥大症を

有する症例 の報告が散見され るものの,既 往歴,合 併

症で特徴的な ものはな く,強 い慢性刺激が腫瘤形成 の

誘 因 となった根拠はない.や は り鑑別診断には経尿道

的切除や生検な どでえ られた組織の検討に頼 る しか な

い ようである.腫 瘤形成性 の増殖性膀胱 炎の組織型で

は腺性膀胱炎や嚢胞性膀胱炎 とい った ように単独報告

されてい るもの も多い.本 症例 も腺性膀胱炎が主体で

あるが,詳 細 な検討では,ご く一部ではあるが嚢胞性

膀胱炎の所見を混在 してお り,腺 性膀胱炎 と報告 され

て いるもので も単一の組織が どうか は検討 の余地があ

ると考える.残 念なが ら,腫 瘤形成性 の増殖性膀胱 炎

にのみ見 られ るよ うな特徴は明らかではない.

また,本 症例においては術後1年6ヵ 月間再発 を認

めていないが,経 尿道的膀胱腫瘍切除術後に再発 を認

め,急 速 な増殖に よって閉塞性 腎症 をきた し,膀 胱全

摘除術を余儀 な くされた症例12)も報告 されてい る.こ

よ うな症例は非常に稀であろ うが,少 な くとも腫瘤形

成性の増殖性膀胱炎については膀胱鏡に よる定期的 な

経過観察 が必要 と思われた.

結 語

腫瘤形成を伴 った増殖性膀胱炎の1例 につき,報 告

した.

文 献

1)泌 尿 器 科 ・病 理,膀 胱 癌 取 り扱 い 規 約.68金 原

出 版,1980

2)AndersenJAandHansenBF=Theincidence

ofcellnest,cystitiscysticaandcystitisglan-

dularisinthelowerurinarytractrevealed

byautopsies.JUrol108:421-4241972

3)ItoN,HiroseM,ShiraiT,eta1.Lesions

oftheurinarybladderepitheliumnl25au-

topsycases,ActaPatholJpn31545-557

1981

稲葉,ほ か=増 殖性膀胱炎 ・腫瘤形成 619

TableLReportedcasesofproliferativecystitisformedtumorouslesion.

報告者 年齢 性別 臨 床 症 状 部 位 ・大 き さ 病理組織像

姉崎 ら46男(1970)

左側腹部痛 膀胱頂部と右後壁爪甲大隆起 灘 ≧耀瀦

緒方 ら67女 血尿(1970)

左尿管口部超栂指頭大

cystidsglandularis

大越 ら20男 血尿(1971)

右尿管口上部小腫瘤状隆起

cystitisg三andularis

川野 ら48女 血尿(1972)

後三角部小 クル ミ大

cystitlscystica

野辺 ら39男 頻尿,残 尿感(1974)

28男 排尿困難,頻 尿,血 尿

三 角 部 か ら内尿 道 口polyp

三 角 部 か ら内尿 道 口

bulbus,pseudpapillomatous

cystitisglandularis

cystitisglandularis

徳 原 ら73女(1978)

頻尿,排 尿痛 左尿管口部nipplc状 腫瘤

cystitisg且a【ldular五s

森山 ら47男(1979)80男

蛋 白尿,血 尿

頻尿,血 尿

三 角 部,polyp多 発

三 角 部,poiyp多 発

cystitisglandularis

cystidsglandularis

岩崎 ら74女 血尿(1983)排 尿終末時痛

後三角部 cystitisglandu夏aris

inflammatory

granuloma

岡村 ら54男(1984)35女

慢性膀胱炎様症状

慢性膀胱炎様症状

nodular

nodular

cystitiscystica

cystitis(;ystica

田 島 ら43男

(1988)

頻尿,血 尿 内尿道 口,一 部嚢状 の腫瘤 Cystitisglandularis(rystitiscystica

Brunn,snest

高井 ら52男(1989)

検診で潜血尿 膀胱頚部を中心に多発浮腫状腫瘤

Cystitisglandularis

雛繍妻留腸上皮化生

鈴木 ら25男(1989)

右下腹部鈍痛 膀胱頚部から右尿管口 cystitisglandular三s

cystitiscystica

田中 ら70男 頻尿,血 尿(1990)

膀胱頚部から三角部 CystitisglandularisBrunn'sneSt

多田 ら6女 排尿痛,血 尿(1990)尿 道 口か らの腫瘤突出

左側壁 cystitisglandularis

鈴 木 ら35男 頻 尿,排 尿 困難,残 尿 感 内尿 道 口か ら三 角 部Cystitisglandularis(1990)ア ヅ キ大,嚢 状 腫 瘤 の 多 発Brunn'snest

九嶋 ら36男

(1991)

incidentai 膀胱頚部から三角部 cystitisglandularisBrunn'sneSt

増 田 ら22女(1993)

61男

血尿尿道 口からの腫瘤突出

incidenta且

三角部右側壁

膀胱頂部から後壁

cystitiscysticaBrunn'snest

Brunn'snes【

自験例56女 血尿(1995)

膀胱後壁直径1.5cmt表面平滑,有 茎性腫瘤

Cystitisgrandularis

4)白 井 智 之,今 井 田 克 己,伊 東 信 之,ほ か:高 齢 者

膀 胱 粘膜 病 変 の病 理 組織 学 的 検 討 一 特 に 上皮 異 形

成 につ い て.日 病 理 会誌71:354,1982

5)杉 本 正 行:膀 胱 癌 の病 理 学 的 研 究;癌 病 巣 と増 殖

性 膀 胱 炎 に つ い て.泌 尿紀 要29:755--775,1983

6)森 山信 男,馬 淵 基 樹,杉 山…善彦,ほ か:Cystitis

glandularisの2例.臨 泌33:1013-1016,1979

7)岩 崎 皓,松 下 和 彦,朝 倉茂 夫,ほ か:炎 症 性 膀

胱 腫 瘤 を 形 成 した 腺 性膀 胱 炎 の1例 臨泌37:

935-938,1983

8)岡 村 菊 夫,伊 藤 浩 一,鈴 木 靖夫,ほ か ・内視 鏡 上

膀 胱 癌 と慢 性 膀胱 炎 との 鑑 別不 能 例 に お け る組 織

学 的検 討.泌 尿紀 要30:459-465,1984

9)高 見 澤重 教.倉 内洋 文,川 原 元,ほ か:巨 大 な

腫 瘤 を形成 した慢 性 膀胱 炎 の2例.臨 泌41=817

-819 ,1987

10)田 島政 晴,黒 田加 奈 美,加 瀬隆 久,ほ か:増 殖 性

膀 胱 炎 の1例.泌 外11773-776,1988

1D鈴 木 博 雄,町 田豊 平,増 田 富士 男,ほ か:炎 症 性

膀 胱 腫 瘤 の1例.泌 尿 紀要35:493-495,1989

12)高 井計 弘,垣 添忠 生,鳶 巣 賢一,ほ か:進 行性 閉

塞 性 腎性 を きた した 膀 胱 全 摘術 お よび 正 常排 尿 可

620 泌尿紀要41巻8号1995年

能 な膀 胱 形成 術 を施 行 した 増殖 性 膀 胱 炎 の1例.

日泌 尿 会誌80:1059-1062,1989

13)鈴 木 和 浩 中村 敏 之,加 藤 宣雄,ほ か=増 殖 性 膀

胱 炎 の1例.臨 泌44:882-884,1990

14)田 中重 人,森 川 洋 二 ・膀 胱 腫 瘍 が 疑わ れ た 腺 性膀

胱 炎 の1例.泌 尿 紀 要36:351-353,1990

15)多 田 実,宮 川智 幸,滝 本 至 得 ,ほ か:小 児腺 性

膀 胱 炎 の1例.臨 泌44=243-245,1990

16)九 嶋 麻 優 美,友 吉 唯 夫,服 部 隆 則,ほ か:大 きな

腫瘤を形成 した腺性膀胱炎の1例:臨 床 的 ・組織

学的 ・粘液組織化学的検討.泌 尿紀要37=1313-

1317,1991

17)増 田 均,山 田拓己,根 岸壮治,ほ か:非 腫瘍性

膀胱 内腫瘤の3例.西 日泌尿55:1242-1245,

1993

(ReceivedonFebruary1,1995Acceptedo鳳May2,1995)