CCDイメージセンサはどうやって動くのか?
高橋宏明
平成 21 年 7 月 28 日
CCDイメージセンサの動作は次の 4つの基本動作より成立している (図 1)。
1. 光電変換 (光を信号電荷に変える)
2. 電荷の蓄積 (信号電荷をためる)
3. 電荷の転送 (信号電荷を送る)
4. 電荷の検出 (信号電荷を電気信号に変える)
図 1: 典型的な CCDイメージセンサの概略構造と 4つの動作
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図 2: 外部光電効果と内部光電効果
1 光電変換
光電変換
撮像面に照射された光のエネルギーを受けて信号電荷を得る動作。物理的に 2種類の状態変化(外部光電効果、内部光電効果)に分類される (図 2)。
1.1 外部光電効果
固体の表面にある電子が光子のエネルギーを受けて真空中に放出される現象。このとき価電子帯
と真空準位の差にあたる仕事関数と呼ばれるエネルギーを必要とする。
1.2 内部光電効果
固体の内部で電子の取りうるいくつかのエネルギー準位の内、エネルギーの低い方にある電子が、
光子のエネルギーにより高いほうに励起される現象。半導体を使った CCDイメージ ·センサは内部光電変換効果を利用して、信号電荷を得ている。
CCDイメージ ·センサの材料に使われる Si単体結晶では、原子の持つ電子軌道のエネルギーが結晶格子の周期性により帯状のエネルギー状態を形成し、電子の取りうるエネルギー準位が価電子帯
EV と伝導帯 EC の 2つに分かれる。内部光電効果とはこのようなエネルギーバンドにおいて、価電子帯にある電子が光のエネルギーを受けて伝導帯に励起される現象を指す。
CCDイメージ ·センサの材料の Si単体結晶を使って光電変換が行えるエネルギーを持った光について考える。Si単体結晶は価電子帯 EV と伝導帯 EC の差が室温で約 1.1eVある (禁制帯、エネルギー ·ギャップ)。光電変換が行われるにはこの禁制帯より大きいエネルギーを持った光子が必要。光子のエネルギー E[J]は次の式で表すことが出来る。
E = hν = hc
λ(1)
ここで h はプランク定数 (6.626 × 10−34J · s)、ν は光の振動数 (/s, Hz) である。また、c は光速
(2.998 × 108m/s)、λ[m]は光の波長である。ここでエネルギー E の単位はジュールなので、電位差 [V ]に直すには、電子の電荷量 q(1.602 ×
10−19C)で割る必要がある。すると、1.1eVの禁制帯より大きいエネルギーを持つ光は、波長が約1100nm以下になる (基礎吸収端)。この近辺の波長は近赤外光と呼ばれる (図 3)。よって、Si単結晶で光電変換することが出来る光は可視光 ·X線などの光である。
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図 3: 光の波長分布図
1.3 光の吸収
図 4: 光の吸収の様子
半導体に光が吸収される際、光子のエネルギーが電子のエネルギーなどに置き換わる。その中で
も、光子が電子を励起するのに必要なエネルギーを持ち、光電変換を起こすとき (基礎吸収)、ここで行われる光の吸収の様子は、光の波長に対する感度 (分光感度特性)に大きく影響する。
Si表面を 0として、表面から垂直に Si内部へ進む方向を X軸方向に取る (図 4)。基盤表面からの深さ xにおける光強度を I として、更に短い距離 dxを進んだ光強度の変化を dI とした時、dI はそ
の時点の光強度 I と進んだ距離 dxに比例するので、
dI = −αIdx (2)
が成り立つ。ここで、αは吸収係数。この式から、結晶表面における光強度を I0 とすれば、
I = I0e−αx (3)
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図 5: 光の吸収係数 (Si単結晶、絶対温度 297K、一部 300K)
となる。ただし、結晶表面における光の反射を無視している。
この式は光強度 I の深さ方向の分布は指数関数で表され、吸収係数 αに注目した時、αが大きけ
れば光が基盤表面近くですぐに吸収され、逆に αが小さければ基盤深くまで光が進んでも吸収され
にくいことを示している。図 5は Si単結晶の吸収係数 αが、光のエネルギーに対してどのように変
化するかを示したものである。図 5が示す吸収係数から、可視光領域の中でも波長の短い青色の光は比較的基板表面近くで吸収されるのに対して、波長の長い赤色の光は基板深くまで吸収されず到達
することがわかる。人間の目で見える各色に対して、Si基板の中で光の半分が吸収されるのに必要な結晶の厚さ (深さ)を求めると、可視光の中でも最も波長の長い赤の光が吸収される深さは、青い光に比べて 10倍も深い 3.0µmの深さが必要になる。
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2 電荷の蓄積
電荷の蓄積
周りよりも電位の高い部分、電位の井戸の形成すれば電荷が蓄積できる
発生した信号電荷を蓄積するメカニズムには、負の電荷を持った電子が正の電圧つまり電位の高いほ
うに引き付けられる性質が利用されている。フォト ·ダイオードの中に、周りより電位の高い部分を作り出せば、信号電荷である電子がそこに集まり蓄積することが出来る。電荷が蓄積できるこのよう
な電位の分布状態を電位の井戸と呼ぶ。
2.1 表面型MOSキャパシタ
図 6: 左:MOSキャパシタと表面電位。右:MOSキャパシタの 1次元電位/電荷密度分布 (表面型)
図 6左はMOSキャパシタの例。P型 Si基板に形成。
1. MOSキャパシタの基板裏面 (Semiconductor側)を接地して、表の電極 (Metal側)に正の電圧をかける
2. 電極にかけた電圧の影響で電位分布が変化し、電極下に位置する Si基板表面の電位が高くなる
3. 電極に近い Si基板の表面は、周りが接地電位で囲まれ基板の中で最も高い電位になり、電位の井戸を形成する
図 6右は信号電荷が蓄積される前後の電位と電荷密度の分布を示している。
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2.2 埋め込み型MOSキャパシタ
図 7: MOSキャパシタの 1次元電位/電化密度分布 (埋め込み型)
表面型MOSキャパシタの場合、Si基板の表面は結晶がその部分で途切れているため、エネルギーバンドが理想的に出来上がっているわけではない。
I 電子が捕獲されたり、信号ではない電子が発生したりしやすいI ノイズの発生確率が高くなるI 少ない信号電荷量を扱う CCDイメージセンサにとって、表面型は不利一方、埋め込み型 CCDは基板の内部に信号電荷を蓄積することが出来る。C 表面に N型の層が形成されているI N型の Siは電子が多数キャリアI 空乏層を形成すると電子が逃げた分だけ正に帯電I P型の領域とエネルギーバンドの折れ曲がりが反対になるI 表面型より少し深い N型の中に、最も電位が高い電位の井戸が現れる (図 7)埋め込み型は、信号電荷の蓄積においても、電荷の転送においてもノイズが少なくなる利点がある
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3 電荷の転送
3.1 電荷転送の原理
図 8: 4相 CCDの原理
電荷の転送
電荷が蓄積される電位の井戸を移動する動作
4相CCD(CCDの原理)
CCDの基本的な構造である 4相 CCDを例に説明する (図 8参照)。
• 複数のMOSキャパシタが隣接した構造になっていて、均一な Si基板上に 2層の Poly-Si電極が酸化膜を絶縁材料として間に挟みながら、オーバーラップして配置されている
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• 各電極に電圧を独立に与えることが出来るので、各々のMOSキャパシタは異なる電位の井戸を形成することが出来る
• 4つの電極は 1つの繰り返しになるように 4つの端子に接続されていて、4相のクロック ·パルスを与えることが出来るようになっている
• 基板表面に配置した電極の電圧を適切に制御すれば、基板内部に発生している電位の井戸に蓄積された信号電荷を、電極のならびに従って移動させることができる
– t = t1 ∼ t2(φ3 ↑: 立ち上がり)では、信号電荷が電極 φ3へ広がる動き (転送方向への信号電荷の再分布) をする。このとき、転送元の電荷密度が高いため、自己誘起ドリフト(Self-Induced Drift)と呼ばれるメカニズムにより転送の大部分が行われ、拡散 (ThermalDiffusion)により信号電荷が均一に広がる。
– 一方、t = t2 ∼ t3(φ1 ↓:立ち下がり)の信号電荷の転送は、電極 φ1にある信号電荷を φ2に押し出す動き (転送元からの信号電荷の放出)が行われる。この動作は次の 3つのメカニズムで説明できる。
1. 自己誘起ドリフト (Self-Induced Drift)
2. 拡散 (Thermal Diffusion)
3. フリンジ電界ドリフト (Fringing Field Drift)
図 9はこれら 3つのメカニズムを定性的に図解したものである。
図 9: 転送の 3つのメカニズム
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3.2 転送効率
図 10: 転送劣化の原因
転送効率
信号電荷を転送した後の減少した信号と元の信号との割合
非転送効率
転送できずに転送元に残した信号電荷の割合
3つのメカニズムで説明できる電荷の転送は、電子の移動に伴う時間が関係しており、転送にかけられる時間が有限であるため、信号電荷を常に 100%転送できるわけではない。実際に製造されたCCDでは結晶欠陥や汚染などによる電子のトラップ準位、不均一な構造による電位のムラ (ディップやバリア)があり、転送時間が長くなったり、信号電荷の転送残しが発生したりして、転送効率が劣化する。特に、重金属汚染などによるエネルギーバンドの禁制帯中ほどにある準位 (深い準位)は、電子を捕獲しその放出に時間がかかる (図 10)。転送劣化のメカニズムから、信号電荷量によって転送効率は大きく変化する。具体的には、転送
劣化の原因になるトラップ準位や電位のディップ /バリアに捕獲される信号電荷の量は限られている
ので、信号電荷の量が多くなれば、転送効率は向上する。そのため、信号量が少ないときに転送効
率が劣化することに目を付けて、一定量のバイアス電荷を信号電荷に加算して転送効率を向上する
Fat-Zeroという方法も考案された。
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4 電荷の検出
電荷の検出
CCDイメージセンサのフォト ·ダイオードから、出力部直前まで転送されてきた信号電荷を電気信号に変換する動作。キャパシタに送られてきた信号電荷が引き起こす電圧変化に基づく。
4.1 検出の原理
図 11: 信号検出の原理
電荷の検出を行う基本的な原理には、転送されてきた電荷をキャパシタの両端の電圧変化に変え
る方法が使われている。これを最も単純化された等価回路で書くと図 11のようになり、信号電荷を転送する CCDとキャパシタだけで表現できる。キャパシタの両端の電圧は、蓄積された電荷量に比例するという式に従うので、キャパシタに送ら
れた信号電荷は電圧の変化になって現れる。キャパシタの両端の電圧変化∆VFD を、転送されてき
た信号電荷量 Qとキャパシタの容量 CFD を使うと、
∆VFD =Q
CFD(4)
と書ける。この電圧変化を入力抵抗の非常に高いアンプで増幅すれば、イメージ ·センサの外に信号電荷を出力できるようになる。しかし、これを CCDイメージ ·センサに組み込むには一工夫が必要であり、実際に使われている電荷の検出方法には
1. フローティング ·ディフュージョン ·アンプ
2. フローティング ·ゲート ·アンプ
の 2つがある。ほとんどの CCDイメージ ·センサでは、前者の方が使われている。
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4.2 フローティング ·ディフュージョン ·アンプ
図 12: フローティング ·ディフュージョン ·アンプの構造、電位分布と駆動タイミング
フローティング ·ディフュージョン ·アンプ (FDA ; Floating Diffusion Amplifier, FDアンプ)の動作は、CCDイメージ ·センサの水平 CCD最終段階付近における断面構造を使って説明できる (図12)。
• 信号電荷が水平 CCDから転送されてくると、接合容量や寄生容量を含めた N型領域の持っているキャパシタンスに従ってその両端の電圧が変化する。
• それに接合されたアンプは、緩衝増幅を行ってイメージ ·センサの外に信号電圧として出力。また、FDは出力の完了した画素の電気信号を、次の画素の電気信号が送られてくる前にリセットする必要がある。
• 信号電荷を検出している状態ではカットオフの状態だったリセット ·ゲート (RG)が、このリセット動作の時にオン状態になり、FDがリセット ·ドレイン (RD)の電圧 VFD にリセットさ
れる。
• リセット動作の直後は、FDの電圧が基準電圧になるので、その次の信号電荷が FDに転送されて現れた信号電圧との差を取るとより正確な信号 ∆VFD が得られる。この基準電圧と信号
電圧は、水平 CCDの駆動パルス φ1の立ち下がりに同期して、その前後に現れる。
FDに接続されたアンプは、図 13のように通常MOSトランジスタを使用したソース ·フォロワが使われている。
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図 13: ソース ·フォロワ回路の例
図 14: FDのキャパシタンス ·モデル
理由
CCDの製造工程で比較的容易にMOSトランジスタを同時に形成することができ、入力に漏れ電流がないことと、それを用いたソースフォロワは広帯域かつ広い動作電圧範囲で良好な入
出力の直線性を保つことができるから。
FDのキャパシタンスは次のように書き表される。
CFD = CSUB + Co + CR + CD + CS(1 − G) (5)
図 14のように、FDが PN接合ダイオードで形成されているので接合容量 CSUB を持ち、水平 CCDと FDの間にある転送電極 HOG及び RGなどとの寄生容量 CO と CR、FDに接続されたMOSトランジスタの CD と CS がソースフォロワの入力容量を形成し、その合計が FDのキャパシタンスCFD になる。ただし、CS だけはソースフォロワの利得Gにより見かけ上小さく見える。FDの容量が 4fF、ソースフォロワの利得を 0.8であるとした時、変換効率 (電荷 1個あたりの信号電荷を表す検出感度)は 32µV/e− になる。
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4.3 フローティング ·ゲート ·アンプ
図 15: フローティングゲートアンプの構造と動作
FDアンプによる電荷の検出はいったん検出が完了すると信号電荷が RDに吸収され消滅してしまう。
I検出後に信号電荷を再利用することは不可能⇔フローティング ·ゲート ·アンプ (FGA ; Floating Gate Amplifier、FGアンプ)は、一例として図 15のような構造をとり、信号電荷を保存したまま電荷の検出をすることができる (非破壊方式)。
原理
検出電極 FGの下に転送されてきた信号電荷量により、検出電極 FGの電位が変化することを利用している。FDと違い、信号電荷検出のために送られてくる場所が転送チャネルそのものなので、その場所はアンプが接続されている検出電極と分かれている。
I 検出した後にその先の CCD に信号電荷を保存したまま転送できるので、非破壊が実現できる。
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図 16: FGのキャパシタンスモデル
この方式のキャパシタンスモデルは図 16のように表される。ただし、検出電極 FGに接続されているアンプの入力容量と、検出電極 FGの他の電極との寄生容量は COF に含まれ、信号電荷の送られ
てくる検出電極 FG下のチャネルが持つ寄生容量は CCS とした。
信号電荷の転送されてくるチャネル電位 VCH
チャネル、検出電極 FG、制御電極 OG間の直列容量 (CFC、COF )と基板間容量 CCS の和に
よって変化する。
検出電極の電圧変化∆VFG
チャネル電位の変化が CFC と COF の容量分割比により減少した電圧になる。
このモデルに従って、転送された信号電荷Qに対して、検出電極 FGに現れる信号電圧∆VFGを表
すと、
∆VFG =CFC
CFC + COF=
Q
CCS
(1 + COF
CF C
) (6)
• 検出電極と信号電荷の送られてくる転送チャネルが容量結合しているため、フローティング cdot
ディフュージョン cdotアンプに比べて変換効率が悪くなる傾向にある。
• 検出電極の電圧は通常の場合、信号電荷ごとにリセット動作を行わないため、その電圧を安定化させる工夫が必要になる。
FDアンプと FGアンプの相違点
• 変換効率は FDアンプの方が概して高いこと
• 信号を非破壊で検出するなら FGアンプが適していること
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