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クリニカルパスの有効活用による記録の効率化特 集 1特

集1 

クリニカルパスの有効活用による記録の効率化

クリニカルパスとは 日本クリニカルパス学会はクリニカルパス(以下,パス)を「患者状態と診療行為の目標,および評価・記録を含む標準診療計画であり,標準からの偏位を分析することで医療の質を改善する手法」と定義しています1)。パスには,工程管理,標準化,効率化,チーム医療促進,リスクマネジメントやインフォームドコンセントの充実などの効果があると言われています(図1)。 特に2000年ごろから,診療情報の提供(カルテ開示)や包括医療費支払い制度(DPC)などの医療政策に後押しされて,多くの病院でパスが導入されました。このころのパスは紙のパスが主流で,オーバービューやオールインワン,日めくりなど,それぞれの病院が効率的にパスを使う方法や形式を工夫してきました。その後,

クリニカルパスとは

クリニカルパスと看護記録の効率化多くの病院で電子カルテが導入され,パスの形式は電子カルテシステムに依存することとなりましたが,紙のパスで感じていた不便さの多くが軽減し,いっそう効率化を図ることができました。 入院から退院までの期間にやるべきことを検討し,パスとしてあらかじめ準備しておくこと,セット化ができることで,工程管理,標準化,効率化が可能になります。特に電子カルテのパスはセット化が容易であり,残念ながら,パスがただのセットとして使われることもありました。 セットとパスの違いは,「目標が明確か」ということです。先述のとおり,パスは患者の状態と診療行為の目標を含むものと定義されており,日々の目標は必須です。そして,パスは標準診療計画であり,この“標準”は今考えられる最善(Best Practice)でなくてはなりません。すなわちパスは,患者状態と診療行為の目標を持ち,その目標を達成するために今考えられる最善として計画された医療と言えます。 本来,パスは多職種で作成する標準診療計画ですが,本稿では,看護と看護記録に特化して解説します。読者の皆さんは,パスの[目標]と[看護(観察・介入〈説明・指導含む〉)]部分を想定して読み進めてください。

クリニカルパスと看護記録の関係

 2018年,日本看護協会から,新たな看護記録に関する指針2)(以下,指針)が公表されました。その「4 看護記録の整備/4-1 看護記録の書式/4-1-1 看護記録の様式」の項で次のように明記されました。

クリニカルパスと看護記録の関係

舩田千秋名古屋大学医学部附属病院 メディカルITセンター 副センター長名古屋大学 助教

〈Profi le〉1999年に乳がん手術パスを初めて作成して以後,多くのパス作成に携わる。2003年に診療情報管理士資格を取得した後は記録の面からパスを考え,現在は主に電子カルテの看護支援システム,パスシステムの開発,検討などの活動を行う。2015年より現職。日本クリニカルパス学会評議員,企画・教育委員。日本医療情報学会看護部会委員。

インフォームドコンセント

リスクマネジメント

医療工程管理

医療の効率化

医療の標準化チーム医療(促進)

図1●クリニカルパスの効果

2 臨床看護記録 vol.29 no.1

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 クリニカルパスとは,一定期間内に達成すべき健康問題の改善の目標を設定し,その目標に向けて実施する検査,治療,看護等を時系列に整理した診療計画書のことをいう。クリニカルパスには,看護記録として標準計画と経過記録が含まれる。クリニカルパスにおける標準計画:目標を達成するために必要とされる看護実践を1日ごとに設定した標準計画である。クリニカルパスにおける経過記録:計画された看護実践を実行したことを記入する。

 これは,言い換えれば「パスを看護記録とする」「パスを標準(看護)計画とする」と言っているわけで,かつ,この場合“(パスの)目標を達成するために,看護実践があり,それは記録されなくてはならない”と述べられています。これは,アウトカム志向パス3)の考え方にほかなりません。 また,看護業務基準4)には「1-3-5 看護実践の一連の過程を記録する」とあります。一連の過程は看護過程と言い換えることができ,「一連の過程を記録する」は看護過程を記録することを意味します。それはまさに,日々の実践の記録にほかなりません。そして,その看護記録にパスがある,と明記されたのです。 これらを整理すると,看護過程は,看護記録として記録されなければならず,その看護記録の様式にはパスがある,となったわけです。

看護過程とクリニカルパス さて,前項で「看護過程は,看護記録として記録されなければならず,その看護記録の様式にはパスがある」と述べました。これは“看護過程をパスで展開する”ということを意味しています。看護過程は,指針の中で「看護実践の一連の過程は,看護職が観察と査定,支援内容

の明確化,計画立案,実行,評価を行うことをいう」2)と表記されています。“看護過程をパスで展開する”ということは,パス作成時に,パスの対象となる患者群を観察・査定し,支援内容の明確化を行うことで(患者群に対する)標準計画を立案,そして計画をパスとして適用し実施・評価すること,となりますが,パスでは,この一連の過程を3stepで展開します。step1は計画立案,step2は実行,step3は評価です。すなわち,step1はパス作成の段階で,step2・3は作成したパスを患者に適用し,記録することを意味しています(表)。 step1 支援内容の明確化と

計画立案〈パス作成〉 指針では,「クリニカルパスにおける標準計画:目標を達成するために必要とされる看護実践を1日ごとに設定した標準計画である」2)とされています。これは,私たちが日頃行っている看護計画を1日ごとに区切って立案すること,と言えるでしょう。看護計画は1週間目の評価を目安に立案されることが多いですが,1日ごとに区切って計画を立案することにより,いつ・どんな看護が必要か明確になります。 1日ごとの計画は,目標を達成するために立案されます。例えば,術後の患者に「離床できる」という目標を立てたとします。離床できるためには,早期離床の必要を説明した上で,離

看護過程とクリニカルパス

一連の過程 パス

1.観察と査定2.支援内容の

明確化3.計画立案

4.実行

5.評価

パス作成

パス適用・実施

日々の評価・パス評価

基礎情報作成

初期アセスメント

看護計画立案・指示記録

(経過表・ワークシートなど)

評価

看護記録

表●看護の一連の過程と看護記録,パス

看護記録に関する指針/3-1 看護記録記載の基本/1)看護実践の一連の過程を記録する。看護実践の一連の過程とは,看護職が観察と査定,支援内容の明確化,計画立案,実行,評価を行うことをいう。

3 臨床看護記録 vol.29 no.1

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床できる状態なのか,バイタルサイン,痛みやその他の苦痛,四肢の状態,意欲や気分などを観察し,問題がなければ寝衣やベッドを整え,座位から立位への介入などを行う,という計画を立てるでしょう。このように,その日の患者の状態が最善となるよう,「離床できる」という目標を達成するために必要とされる看護実践を計画していきます。 step2 実行〈パス適用・実施〉 実行とは,看護の実施とその記録のことを指しますが,そのためには,まずパスを適用します。電子カルテでは,適用後,前述したような[目標]離床できる,に対して[観察]バイタルサイン,痛み,その他の苦痛,四肢の状態,意欲,気分,[介入]離床の説明,寝衣・ベッドの調整,座位介助,立位介助,足踏み介助などの予定がパスとして見える形になります。そして,予定に沿って実践し,「実施した」ことを経過表やワークシートなどに記録として残します(図2)。 step3 評価〈日々の評価・パス評価〉 評価には,日々の評価とパスの評価の2種類があります。 日々の評価は,その日の患者の状態の評価になります。その日の目標が達成できた[達成],

達成できなかった[未達成]について日々評価し,未達成の場合はその理由をバリアンス(目標として設定されたアウトカムが達成できなかった時5))の記録として記録します。 パスの評価は,パスで計画した内容が妥当であったかどうかを確認することにより,改善・修正点がないかを検討し,より質の高いパスにするための評価です。パスの計画どおりに経過したか,日々の評価で未達成だった計画は何か,また,パスで計画した以外に必要となった診療行為や看護がなかったかなど,数十例程度を集め定期的に分析します。

パスでできる看護記録の効率化

 看護を効率的に記録するには,パスのstep1,計画立案までが特に重要です。 看護計画を立案することは,看護職の知識と経験が最も問われる業務であり,通常,最も時間のかかる作業です。パスでは,対象となる患者のその時々の状態を考え,Best Practiceとしての「目標を達成するために必要とされる看護実践」をセット化し,スタッフ皆が実践できるように言語化・可視化する作業になります。 知識と経験の豊富な“達人”看護師であれば患者像を的確に予測し,Best Practiceとしてのパスを計画することでしょう。このようなパスを使うことは,“達人”看護師が考える看護をスタッフみんなで共有し実践できるようにすることにほかなりません。 この時,予測する患者の状態は目標という形で表し,目標を達成するために,必要な看護すべてを列挙します。先述した目標「離床できる」ための看護として,表には[観察]6項目,[介入]5項目を示しました。バイタルサインやその他の苦痛を詳細にすれば項目数はもっと増え

パスでできる看護記録の効率化

離床できる

介入

●離床の説明●寝衣・ベッドの調整●座位介助,立位介助●足踏み介助

ワークシートなどで記録

観察

●バイタルサイン●痛み,その他の苦痛●四肢の状態●意欲,気分

経過表で記録

目標

図2●目標を達成するための計画(看護実践)例

目標と計画の内容が整合している

ことが重要

4 臨床看護記録 vol.29 no.1

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ますが,目標に対する計画が明確であることで,記録の効率化につながります。 なぜなら,何のための実践かが明確なので,計画どおりに実践できた場合の記録をチェックをつけるだけにすることもでき,①予定されていた看護が実践できなかった時と,②パスの予定にはないが記録する必要があると判断した場合に詳細な記録を残せばよい,という形にできます(図3)。このような方法であれば,チェックの項目数が多くても効率的に記録ができるのではないでしょうか。 そして,よく検討され必要な看護が網羅されているパスであれば,①の発生はそう多くはありません。また①はバリアンスとなる事項ですから,バリアンス記録のルールが決まっていれば,記録が煩雑になることもありません。どのように記録するかが決まっていることで効率化を図ることができるのです。 一方,②は予定外の事項であり,患者の個別な状態の記録になります。②が続くようなら,パスとは別に計画を立案する必要も出てくるでしょう。この場合は,効率化を求めるよりも,今の患者の状態に合わせた必要な看護が提供できているか,よく検討しなくてはなりません。 項目数が多いと記録が大変! と思うかもしれません。よく「必要な時に追加した方が効率が良いと考えて,看護項目の記録数を少なめにしています」という話を聞くことがあります。しかし,残念ながらこのような場合,実際に必要な記録が追加されているところをほとんど見たことがありません。 “必要な時に追加する”というのは,“必要な時”がいつか,何をどのように“追加する(記録する)”のかという何種類かの判断が必要になります。また,「患者の個別性に合わせた看護を提供するためには,患者を看て計画を増やせばよい」

とも言われますが,在院日数が短い中,必須の業務が増える一方で,記録を追加する余裕がないのが実情ではないでしょうか。実際,必要と判断してケアを追加(実施)しても,そのケアが記録できるよう,電子カルテでの追加の操作をするまでには至らないことが多いと思います。 このように,項目数を少なめにしてパスを作成するという方法は,一見効率化を図っているようで,実は必要な看護も記録もできていないという状況を生む危険があるように思えます。これでは,効率化の前に看護の質が下がってしまいかねません。 看護の質を下げず記録も効率化したいというのであれば,先にも述べたように,目標を達成するために必要とされる看護実践をよく検討し,すべて網羅したBest Practiceなパスを作ることが一番の良策だと思います。観察や介入の項目は多くなりますが,新人看護師でも“達人”看護師と同じ看護を提供することができることになり,(繰り返しになりますが)パスどおりに実践できた時の記録をチェックなどにすれば,看護の質を落とさず記録の効率化が図れると思います。 記録の質は看護の質を表す,とも言われます。まずは,日々の煩雑な業務の中ですべての看護

パスどおりに実践できた場合はチェックしたことで記録とする

実践できなかった場合はチェックできないため,未実施であることの理由をコメントとして記録しておく

[看護指示][行為]離床の説明

[看護指示][行為]寝衣の調整

[看護指示][行為]ベッドの調整

[看護指示][行為]座位介助

[看護指示][行為]立位介助

[看護指示][行為]足踏み介助

立位時ふらつきあり未

図3●実践できた場合の記録と未実施の記録

5 臨床看護記録 vol.29 no.1

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師が同じように看護を提供し,同じように記録できることが重要ではないでしょうか。記録を効率化するなら,看護の質を落とさない配慮が必要です。

①『看護記録に関する指針』に明記さ

の)目標を達成するために,看護実

践があり,それは記録されなくては

②看護業務基準では「看護実践の一連の過程を

記録する」とされていることから,看護過程

は看護記録として記録されなければならず,

その看護記録の様式にはパスがあると解釈で

きます。

③目標を達成するために必要とされる看護実践

をよく検討し,すべて網羅したBest Practiceな

パスを作ることが効率化の第一歩です。パス

どおりに実践できた時の記録をチェック方式

などにすれば,看護の質を落とさず記録の効

率化が図れます。

* * *

 2018年,看護記録に関する指針が新たになっ

たことで,パスと看護記録の関係が明確になり

ました。パスで記録を効率化する方法につい

て,皆さんの施設で検討・工夫する際の参考に

なればと思います。

引用・参考文献1)日本クリニカルパス学会ホームページ:クリニカルパスの定義http://www.jscp.gr.jp/about.html(2019年3月閲覧)2)日本看護協会:看護記録に関する指針 http://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/guideline/nursing_record.pdf(2019年3月閲覧)3)日本クリニカルパス学会学術委員会:クリニカルパス概論―基礎から学ぶ教科書として,P.10,サイエンティスト社,2015.4)日本看護協会:看護業務基準 2016年改訂版 https://www.nurse.or.jp/nursing/practice/kijyun/pdf/kijyun2016.pdf(2019年3月閲覧)5)日本クリニカルパス学会監修:クリニカルパス用語解説集 増補改訂版,P.43,日本クリニカルパス学会,2014.

まとめ

6 臨床看護記録 vol.29 no.1


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