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日本精神保健看護学会誌 Vo 1 . 22.No.2. 2013 〔資料〕 ナラティブ教材を用いた精神看護学授業での統合失調症の イメージの変化 テキストマイニングによる特徴語と評価語の分析 Students'Change of Images toward Schizophrenia after the Mental Health Nursing Class using NarrativeEducational Materials -A Comparison by Textmining- 小平朋江1) Tomoe Kodaira いとうたけひこ 2) Takehiko It o キーワード:闘病記,ナラテイブ教材,看護学教育.統合失調症 Keywords autobiographical illness narratives narrative educational matcrials nursing education schizophrenia I E 厚生労働省は, I 精神保健医療福祉の改革ビジョン」 (厚生労働省. 2004) からの取り組み結果を受け. I 神保健医療福祉の更なる改革に向けて J (厚生労働省, 2009) において,改革の具体像は「精神障害者本人の 経験・体験から学ぶとし寸姿勢に立って」という点を あげた そして,問|崎祐士(松沢病院院長)座長の当 事者も加わる「こころの健康政策構想会議 J (2010) は,厚生労働大臣に精神保健・医療改革に関する提言 を提出し国民の精神保健リテラシ一向上を目指し中学 高校の学校教育で精神疾患教育の導入を提案した のような啓発活動や教育活動にとって良質の教材や教 育技法の開発と確立は急務である. Kl einman (1 98811996) は「学生の経験は,患者の 世界から生まれた伝記やフィクションを読むことに よって豊かなものにすることができる」と述べた 神看護学を専門とする教員は,授業や実習の中での学 生との関わりを通して. Kl einman の述べたことを体 験的に実感しているのではないかと考えられる. 小平・伊藤 (2009b) は,病いの体験を綴った闘病 記などをナラテイブ教材として定義し先行の研究 (小平ら, 2007;小平・伊藤・松上・井上 2007;小 平ら, 2008:小平・伊藤, 2009a) のように,大学の 授業にナラティブ教材を活用した実践に取り組み,そ の効果を確認してきたそれらの研究成果をエピデン スとすることで, Kleinman が述べるように「忠者の 世界から生まれた伝記やフィクシヨン」を通して,車: かな学びが得られるようなナラテイブ教材を活刑した 教育技法の確立をすることも可能であると考えたーそ のような教育技法の確立にあたっては,ナラテイブ教 材を活用した教育を受けた学生の視点に着目した効果 の分析が必要である 学生視点からの効果の百J 純化 は,前述のような教員が体験的に実感している効果を 明らかにすることにつながり,それを教育技法確立の ための第一歩として,学生視点での受け止めを重視し ながらの発展が期待できるからである. 精神看護学の教育的観点から闘病記を読む効果は, 病いの理解だけでなく当事者の生き方が学べ,統合失 11生隷クリストファ一大学看護学科 School ofNursing Seirei Christopher Univers 21和光大学心開教育学科 Department ofPsychology and Education Wako University - 58

R170 小平朋江・いとうたけひこ (2013). ナラティブ教材を用いた精神看護学授業での統合失調症のイメージの変化:テキストマイニングによる特徴語と評価語の分析 日本精神保健看護学会誌,

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日本精神保健看護学会誌 Vo1.22. No.2. pp.58~74. 2013

〔 資 料 〕

ナラティブ教材を用いた精神看護学授業での統合失調症の

イメージの変化

テキストマイニングによる特徴語と評価語の分析

Students' Change of Images toward Schizophrenia after the Mental Health

Nursing Class using Narrative Educational Materials

-A Comparison by Textmining-

小平朋江1 )

Tomoe Kodaira

いとうたけひこ 2)

Takehiko Ito

キーワード:闘病記,ナラテイブ教材,看護学教育.統合失調症

Key words autobiographical illness narratives, narrative educational matcrials, nursing education,

schizophrenia

I 緒 Eヨ

厚生労働省は, I精神保健医療福祉の改革ビジョン」

(厚生労働省. 2004) からの取り組み結果を受け. I精

神保健医療福祉の更なる改革に向けてJ(厚生労働省,

2009) において,改革の具体像は「精神障害者本人の

経験・体験から学ぶとし寸姿勢に立って」という点を

あげた そして,問|崎祐士(松沢病院院長)座長の当

事者も加わる「こころの健康政策構想会議J(2010)

は,厚生労働大臣に精神保健・医療改革に関する提言

を提出し国民の精神保健リテラシ一向上を目指し中学

高校の学校教育で精神疾患教育の導入を提案した こ

のような啓発活動や教育活動にとって良質の教材や教

育技法の開発と確立は急務である.

Kleinman (198811996) は「学生の経験は,患者の

世界から生まれた伝記やフィクションを読むことに

よって豊かなものにすることができる」と述べた 精

神看護学を専門とする教員は,授業や実習の中での学

生との関わりを通して. Kleinmanの述べたことを体

験的に実感しているのではないかと考えられる.

小平・伊藤 (2009b) は,病いの体験を綴った闘病

記などをナラテイブ教材として定義し先行の研究

(小平ら, 2007;小平・伊藤・松上・井上 2007;小

平ら, 2008:小平・伊藤, 2009a) のように,大学の

授業にナラティブ教材を活用した実践に取り組み,そ

の効果を確認してきたそれらの研究成果をエピデン

スとすることで, Kleinmanが述べるように「忠者の

世界から生まれた伝記やフィクシヨン」を通して,車:

かな学びが得られるようなナラテイブ教材を活刑した

教育技法の確立をすることも可能であると考えたーそ

のような教育技法の確立にあたっては,ナラテイブ教

材を活用した教育を受けた学生の視点に着目した効果

の分析が必要である 学生視点からの効果の百J純化

は,前述のような教員が体験的に実感している効果を

明らかにすることにつながり,それを教育技法確立の

ための第一歩として,学生視点での受け止めを重視し

ながらの発展が期待できるからである.

精神看護学の教育的観点から闘病記を読む効果は,

病いの理解だけでなく当事者の生き方が学べ,統合失

11生隷クリストファ一大学看護学科 School ofNursing, Seirei Christopher Univers勾

21和光大学心開教育学科 Department ofPsychology and Education, Wako University

- 58

調症に対する偏見低減効果と同時に深い人間理解も得

られることから,闘病記のようなナラテイブ教材を活

用した教育技法の確立をしたい.学生がナラテイブ教

材から学ぶことは,病む体験はネガテイブなだけでは

ないとの理解の元に立つ看護独自の介入方法の在り方

を学ぶ可能性も高くなるであろう

精神看護学にとって統合失調症をめぐる偏見の問題

は大きな課題である まだ出会ったことのない対象に

もかかわらず「恐いH暴れるH危険」のイメージが

つきまとう.ナラテイブ教材を活用した授業で,学生

はどのような学びの経験をするのか,特に統合失調症

のイメージの変化に着目したいと考えた.そして,ナ

ラテイブ教材を用いた授業の進行にともなって,統合

失調症に対する学生のイメージがどのように変化して

いくか,テキストマイニングを活用して分析し可視化

する研究に取り組んだ.

H 用語の定義

ナラティブ教材:患者の病いの体験を忠者や家族な

どが自ら自分の言葉で、語った物語りが表現された作品

であり,学習者にとってその体験の理解を促進した

り,助けになる目的で看護教育などに利用されうる形

に教材化されたもの(小平・伊藤, 2009b).

皿研究目的

ナラテイブ教材を用いた授業の進行にともなって,

統合失調症に対する学生のイメージがどのように変化

していくかを明らかにする.

N 研 究 方 法

1 .研究の対象

2010年度と 2011年度の秋セメスターで15コマにわ

たる講義を受講する看護学部2年生のうち同意を得ら

れた者 対象者すなわち履修登録者は, 2010年度は

152名, 2011年度は 160名で計312名であった 各調

査に協力を得られた人数は後述する.

2.授業で用いた教材

統合失調症の看護に閣する単元で実際に活用したナ

ラテイブ教材は,丹羽 薫(1998)n-日常J:それと

も「非日常J? ある lド年精神障害者の暮らしぶり』

69

現代のエスプリ 367,古川奈都子 (2001)r心を病

むってどういうこと?精神病の体験者より』ぶどう

杜,梅津布紗子 (2004)['やっと精神障害者と認めら

れるようになった私J(古川奈都子編『心が病むとき,

癒えるとき』ぶどう社に所収),川村実 (2006)rぼくは統合失調症』雲母書房,中村ユキ (2008)rわが

家の吋はビョーキです』サンマーク出版, NHK教育

テレビ『きらつといきる.Jl2008年1月5日放送「ふた

りで届けたい:統合失調症・狭間英行さん美加子さ

ん」など9編であった これらのナラティブ教材は,

当事者視点から病いの体験が理解できるよう講義の導

入部や疾患に関する説明を行う前なと医学的・看護

学的知識を与える前に全対象学生に提示した

3. データ収集方法

1 ~.記の 15 コマ中,統合失調症の看護の単元 (2 コマ)

で, ['あなたの統合失調症のイメージはどのようなも

のですか? 言葉で以下に自由に書いて下さい.Jを

自由記述回答で答えてもらった.この同じ問いを,以

下のように2年間にわたり,時期を変えて計3回記述

してもらった.

事前調査A (1回目)は,単元lコマ日の講義開

始時で2010年10月27日, 152名中協力者120名

(78.9 %), 2011年10月28日, 160名 1-11協 力 者128名

(80.096)の計 248名である.事後制査B(2回目)はー

単元2コマ目の講義終了時で2010年11月4日, 152名

中協力者94名 (6l.896),2011年11月4日, 160名中

協力者103名 (64.4%)の計197名である さらに事

後調査C (3回目)として,全ての講義終了間近の時

期で2011年1月13日, 152名中協力者86名 (56.6%),

2012年1月20日, 160名中協力者107名 (66.9%)の

計193名に調査を行い,有効回答分 (2010年75名,

2011年75名の計150名)のデータを得た事前調査A

と事後調査B,Cを2年間行い.延べ595名の統合失調

症のイメージについての自由記述回答を分析対象とし

た.

4. 分析方法

回答丈を転記してテキスト化し,テキストマイニン

グソフトである TextMining Studio ((株)数理システ

ム)により分析した.

5.倫理的配慮

第I著者の聖隷クリストファ一大学倫理委員会の審

査を経て実施した(認証番号 10039,11017) 調査に

あたっては,研究の目的・意義,方法,プライパシ一

保護に関すること,質問j紙の提出の有無や回答内容な

どが成績に影響することはなく自由意思による協力で、

あること,協力の JIJ断や質問紙提出後の撤回も自由

で,不利益を被ることのないこと,質問紙は無記名で

統計的に処理されるため個人や大学名が問題になるこ

ともないことを明記した文書を配布し,口頭により説

明し提出をもって同意と見なし,同意が得られた者

の回答のみを対象に調査を行った.

V 結 果

1 .テキストの基本統計量

全体延べ人数595名の各l記述の平均文字数は27.7文

字であった総丈数は1.524丈で. 1丈あたりの文字

数の平均は 10.8文字であった.内容語の述べ単語数は

6,600単語であり単語種別数が1,460種類であったの

で,全体のタイプ・トークン比は22.1%であった.タ

イプ・トークン比を調査ごとに見ると事前調査Aでは

28.9%. 事後調査Bでは36.2%. 事後調査Cでは37.5%.

であり,ナラティブ教材提示後には別の多様な単語が

使われる傾向がやや大きくなった.

2. 特徴語の比較:事前調査Aと事後調査B,Cの間

での特徴的な単語使用の比較(特徴語分析)

事前調査Aでは. 3頻度以上の上位10単語は. 1恐

いJ(出現68回/全体 105回,以下河じ). 1聞こえる」

(18/22). 1ストレスJ(9/9). 1幻聴J(651109). 1関わ

りたくない J(10/11). 1見える J(20/28). ["見る」

(21130). 1言う J(16/22). 1飲むJ(5/5). 1分からなしづ

(29/46) .であった事後調査Bでは. 3頻度以上の特

徴請の上位10単語は. 1患者さんJ(20/28). 1慢性期」

(717). ["U常生活J(11114). 1急性期J(6/6). ["心」

(18/29). ["看護師J(7/8). ["閉ざすJ(5/5). 1暴れる」

(9/12). 1必要J(11116). 1生活できるJ(617)であっ

た事後調査Cでは. 3頻度以上の特徴語の上位12単

語は. 1寛解J(6/6). 1妄想J(21141). 1陽性症状」

(7/9). 1100人J(4/4). 1勉強J(4/4). ["感じるJ(10117).

「病気J(37/99). ["おこりうるJ(313). 1しょうがない」

70

精神保健看護会誌 Vol. 22. NO.2. 2013

(3/3). 1悪くないJ(3/3). 1古川さんJ(3/3). 1刺激」

(3/3)であった.

特徴語分析において注目したい表現は,事前調査A

で登場する 1位の「恐し、」と 5位の「関わりたくなしリ

である 2回日の事後調査Bにおいて「暴れる」が8

位に登場するにもかかわらず. 1恐い」は 10位以内に

も出現せず. 1慢性期H日常生活H急性期J["生前で

きる」なと¥学生の青及する単語に授業内容に用いた

単語が使用されている.このことから,学生はナラ

テイブ教材を活用した授業前には統合失調症のイメー

ジとして. 1恐い」ので「関わりたくないj とタ4えて

いたのが,ナラティブ教材を活用した授業後におい

て,統合失調症のイメージとして「暴れる」が. 1慢

性期」ゃ「急性期」という時期があり. 1日常生活」

は「生活できる」と変化していた.

3. 評価語の比較:事前調査Aと事後調査B,Cの間

での好評語と不評語の出現頻度の比較(評判分析)

評判分析(服部. 2010. pp.160-165) を行い,事前

調査Aと事後調査B,Cの3つの時期で統合失調症に対

する好評語と不評語について調べ,その増減を統計的

検定した.なお,質問は全て統合失調症のイメージを

問うているので¥全ての丈に「統合失調症は.Jとい

うトピックを挿入し,その係り受けにおける関係を.

ソフトウェアに搭載された形容詞を中心とした約

3000語の評価語データベース(服部. 2010. p. 160)

に基づいて分析を行った たとえば.["強いJ.1良いJ.

「上手いJなどはポジテイブ評価語であり. ["恐いJ.

「難しいJ.1辛いJ.1晴しミJ.1苦しい」などはネガテイ

ブ評価語である

その結果,好評請については,事前調査Aはポジ

ティブ評価が16人 (6.5%)の人に出ており,事後調

査Bは32人 (16.2%)の人に出ており,事後調査Cは

26人(17.3%) に出ていた(図 l参照). Somersのdに

よる近似 f値 (t=3.639,p<.OOl)が有意であったの

で.出現率の残差分析を行ったところ,事後調査のB

とCとの問には,有意差が無かったが,事前調査Aよ

りも事後調査B,Cの時期のほうが有意に好評語の割

合が多かったことが明らかになった (Aの調整残差=

3.7,p<.05).

不評語については,事前調査Aはネガテイブ評価が

40γ 88人 ロ好評語 A<B.C

35 箆不許諾 A>B.C

57人(p< 05)

30 28.9%

37人

25

20

15

10

5

。事前調査 A 事後調査 B 事後調査 C(248人) (197人) (150人)

図1 評価語の変化:好評語と不評語を用いた人数の割合

88人 (35.5%)の人に出ており,事後調査Bは57人

(28.9%)の人に出ており,事後調査Cは37人 (24.7%)

に出ていた Somersのdによる近似 t値 (t=-2.375,

p二 .018)で有意であったので. 3つの時期の出現率の

残差分析を行うと ,事後調査のBとCの問には,有意

差が無かったが,事前調査Aよりも事後調査B,Cの

時期のほうが不評語の割合が少なかったことが判明し

た (Aの調整残差=2.2,p<.05)

以上を要約すると,ナラテイブ教材を提示した後

は,好評語が増加し不評語が減少したことが統計的

に証明された

1在考 察

1 .ナラティブ教材の効果による統合失調症の人に対

するイメージとその変化

ナラテイブ教材を用いた授業の効果として,結果で

明らかになったことは. I寛解」という統合失調症が

回復した姿としての明確なイメージを持つことが可能

になったことであり ,全般的に否定的イメージが減

り,肯定的な印象が増加したことであった 特に,特

徴語分析の結果でも述べたように,統合失調症のイ

メージが. I恐い」ので「関わりたくないjから. I暴

れるJが「慢性期」ゃ 「急性期」があり「日常生活」

は「生活できる」と変化し 古川 (2001)の闘病記か

ら学ぶことで. I寛解Jという統合失調症が回復した

姿としての明確なイメージも持つことが可能になった

-71

ことには教育的な意味があると考えた

たとえば,事後調査Cを実施した授業において教材

として用いた古川 (2001)に対する学生の感想として

次のような例があった〈古川 (2001)より p.12-13, p目

34-38を教員が朗読して紹介した〉

精神症状がでている 自分の記憶があることに驚いたし

さらに,その行動に至る理由,その人なりの考え方まで

あることにとても衝撃を受けた 私は 「精神病jという

ものに対して,ひどい偏見を持っていたことにも気づか

された 患者には考える力があり,心があり理由がある,

ということをしっかり頭の中に記憶したいと思う

また,31Jの学生は次のような感想、を述べていた

病気が治る<台らないの2極ではなくて,あえて新しい

立場の「寛解jという次元にいるという古川さんの文章

は衝撃だった 人間の性質はもともとそんなに変わるも

のではないけれどτ 病気を発病することによってもとも

との性質が少し変わるのかと思う

このように, 学生はナラテイブ教材にある当事者の

病いの語りを通して,自分の偏見にリアルに気づき,

一時的な激しい症状のみに着目するのではな く, 行動

に至るには理由があるなどの視点を得て,古川さんと

いう人を全人的にまるごと受け止めるようになった様

子がうかがえる 事後調査Cで学生たちが記述した感

想も参考にしつつ,古川 (2001)の病いの体験にも沿

いながら,学生はナラテイブ教材をどのように経験す

るのか? 図2に示したように,個々バラバラなエピ

ソー ドを連続的なストーリーのある病いの体験として

見るようになると考えられた

前述の特徴語分析の結果や感想文の内容からも分か

るように, 学生が患者の行動だけに着目するのではな

く, I記憶」や「考え」や「理由」など行動の背景を

理解できるようになり,統合失調症が「治る,治らな

いjのこだわりから解放されることで, I寛解」 とい

う回復の姿を実感を持って捉えるようになっている

闘病記などのナラテイブ教材から学ぶ間接的経験を

通して,学生は自らの偏見に気づくと同時に当事者視

点で統合失調症を病む体験がどのようなものである

⑦巳d1fL

学生は統合失調症

の症状や

エピソードを

点で、見ている

精神保健看護会誌 Vol. 22, No,2, 2013

ルL)学生は統合失調症

を病む古川lさん

の体験を

連続性のある

ストリとして

見るようになる 日学生

古川[, 2001の病いの体験に対する見方の変化のfJlJ

図2 学生はナラティブ教材をどのように経験するのか?

か,そして回復していく姿をも学んでし、くと考えられ

た.

2,統合失調症の人が回復した姿を知ることと自らの

偏見への気づき

前述の学生の感想、の中においても.まさに「病気が

治る,治らないの2極Hr寛解』という次元にいると

いう古川さん」の表現が登場したが, I品JI'.・石原

(1986) は,一般市民が「精神障害のイメージが,激

しい急性則的な症状と結びつけられJており, I激し

い症状を示す『病気の状態Jと『治った状態Jの2分

法」のイメージがあるとしている.この指摘は,精神

障害者に対する一般市民のイメージとして急性期的な

状態や学生の特徴語に見られるような「恐し、」イメー

ジが強く.障害を抱えながらも落ち着いている状態の

イメージを持ちにくくしている, と考えられよう.今

回の特徴語分析の結果において授業の進行に伴う学生

の用いる特徴詩の変遷を見ると,古川奈都子という病

気の意味の丙構成を達成した一人の人が回復していく

姿を学ぶことは統合失調症の人が凶復した姿を知るこ

ととなり,ナラテイブ教材が同ヒ・石原(1986)の指

摘を克服する具体的な教育方法になり得ると言えるの

ではないか.

そして,このような学び方は,教育にとって子ども

の「経験」の重要性を論じた Dewey(190211998)が,

「学ぶということには,内面から発生して有機的に同

化するということも含意されている.Jと述べた学び

方にも通じるものがあか教室の巾での!_~学とはい

え,統合失調主主の人が回復した姿としての明確なイ

メージも持つことが可能になり,教育的な働きかけの

1[1で学生は自らの偏見にリアルに気づき受け止めてい

る.ナラティブ教材に触れることで学んだ知識は,学

生の中にリアリティを伴った経験として蓄積されると

言えるのではないだろうか.

3,ナラティブ教材の教育的意義

伊藤(1998)が, I偏見は心のあり方の問題である

から,基本的に良心の自由,思想,信条の自由の問題

であって,強制的にコントロールされるべきでない

それが, どのようにひどい内容をもつものであって

ふ本人の人間的自覚によって変えられるべき性質の

ものであり,その達成には権力的ではなく,教育的・

発達的な働きかけがなされなければならなしづと述べ

た字企:が精神看護実習で、現実に統合失調症の当事者

と[IlJき合った11者,自分自身の偏見に気づいて葛藤する

姿にLH会うこともある.本研究の結果より.ナラテイ

ブ教材は実背に出る前の講義の時期から,学生が自分

の偏見に気づきながらも相手を受け入れ,共感的に相

手の人と rrlJき合えるようになる教育的・発達的な働き

かけのひとつの教育技法の在り方になり得ると考え

る.また,このような学びの経験そのものが学生に

とって偏見克服のプロセスであり,成長・発達のプロ

セスとして意味のある経験であると考える

小平ら (2004)では,当事者を教室に招いた講義に

参加した学生の「その人たちの言葉で,その人たちの

気持ちが分かつて,自分は今まで、上っ面しか見ていな

72一

かったと気づく.話を聞くうちにだんだんと自分との

共通点が見つけられて,身近な存在になっていった.

前傾姿勢で話を聞いた」という体験について,当事

者と出会い,語りを聞くことは授業中の学生の身体の

姿勢まで変化させるものであり,当事者との出会いに

より偏見が崩されていくということ,そして共感的に

相手の言葉に耳を傾けられるようになるという事実に

他ならない,とした このことからも,また今回得ら

れたがi栄からも,ナラティブは学生の身体の姿勢の変

化と積極的態度を引き起こす教材であり,アクチュア

リテイのある具体的なイメージを喚起させるものなの

である そしてこのことは, Dewey (1902/1998)が,

教材をめぐって「教師にとって題材に関する問題は,

その題材に,生きいきとした制人的な経験をすること

を含ませることに関する問題であるH教師として関

心をもつことは何かといえば,それは,その題材が経

験の一斉liになるようにするん1去についてである」と述

べたことにも通じることである.

4,本研究の限界と今後の課題

本研究の方法的な限界は,第 lに,自由意思による

協力であるため縦断的研究における脱落者をフォロー

できなかったことにある 第2の限界は,本研究にお

引 用 文 献

ける市|ι判分析は,回答文に対して,ソフトウェアが用

意した所号の形容詞による肯定的・否定的な評価を

行ったことにある この方法は主観性を排除し客観

性を確保するというメリットがあるが,内容的には,

評価が機械的となり,意味的 111:界の排除という犠牲を

伴うリスクがある 結果的にも,図 lに明らかなよう

に,好評語も不評語も用いなかった学生が過半数で

あったという切れ味の悪さを残した.このことは,事

後調査Cでも,最終的に好評問が不評請を凌駕しな

かったという結果につながっているかもしれない.今

後は.実際に質的な分析によるカテゴリー化を行い,

意味内脊のl吟味を行う必要がある.本研究は,実験計

画としては統制群を設けていないという限界がある.

ナラテイブ教材を用いていない統制群を用いた研究が

今後の課題で、ある

謝 辞

本研究は、1;:成23年度~平成25年度科研費基盤研究

c (課題昏号:23593195) の助成を受けた.本研究を

すすめるにあたり,聖隷クリストファ一大学大学院の

渡遺Jlli'i子先生のご指導を受けた. また大高庸平さん,

故守下 開さんにはデータ整理を手伝ってもらった

記して感謝します.

Dewey,]. (1902)/市村尚久訳(1998).学校と社会・子どもとカリキュラムー 261-304,東京 講談II

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