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8 月号 2018 No.161 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。よろしくお願い申し上げます。放送技術研究所(技研)は、 これまで、ハイビジョン、衛星放送、デジタル放送をはじめとして、放送に関連する幅広い技術の研究開発を進 め、放送の進歩発達に寄与してきました。今年12月からは、技研が世界に先駆けて研究開発を進めてきたスーパー ハイビジョンの本放送が始まります。最高品質の映像と音響を多くのみなさまにお楽しみいただけるよう、技研 では引き続き8K制作システムや、シート型ディスプレー、立体音響再生技術の研究開発を推進し、スーパーハイ ビジョンの早期普及に貢献していきたいと考えています。 NHKは今年1月に、“公共メディア”への進化など5つの重点方針を示した「NHK経営計画(2018-2020年度)」 を公表しました。放送を太い幹としつつインターネットも活用し、正確で迅速なニュースや質の高い多彩な番組を、 できるだけ多くのみなさまにお届けすることで「公共的価値」の実現を目指しています。技研でもこの経営計画に 沿って、「NHK技研3か年計画(2018-2020年度)」をまとめ、5月に公表しました。経営計画の中でうたわれて いる“2020年に最高水準の放送・サービスの実現”を目指すとともに、さらにその先を見据えて、“リアリティーイ メージング”、“コネクテッドメディア”、“スマートプロダクション”の3つの研究テーマを柱とするものです。 “リアリティーイメージング”では、フルスペック8Kシステムや次世代地上放送システムの検討に加え、AR(拡 張現実)・VR(仮想現実)や3次元テレビなど、より臨場感・実物感の高い映像・音声をお届けする技術の研究 を進めます。“コネクテッドメディア”の研究開発では、インターネットを活用して放送・サービスの利便性をさら に高め、生活のさまざまな場面において、視聴者のみなさまへ役立つ放送の実現を目指します。そして、AI (人 工知能)を活用して社会から迅速かつ正確に幅広い情報を取得・解析し、価値ある情報をタイムリーに視聴者の みなさまにお届けする技術が“スマートプロダクション”。ここでは、映像・音声解析技術を用いて、障害者や外 国人を含むあらゆる視聴者のみなさまに、情報を分かりやすくお伝えするユニバーサルサービスの拡充のための 研究開発にも取り組みます。 近年、インターネットやIoT、AIなどの分野では、多くの大学や企業が研究開発を加速し、目覚ましい進展が 見られています。技研は、こうした分野の研究機関とも連携し、メディア環境の変化に迅速に対応しながら将来 に向けた新たな価値の創造を着実に進め、最先端の放送技術およびサービスの研究開発において、引き続き先 導的な役割を果たしていきます。 これからも視聴者のみなさまの期待にしっかりと応えられるよう、技研職員が一丸となり、さらなる研究開発 を推進していきます。今後ともご指導いただきますよう、お願い申し上げます。 就任にあたって NHK放送技術研究所長 三谷 公二

就任にあたって...NHK放送技術研究所 157-8510 東京世谷 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表) 技研だより 161 20188 8 号 2018 No.161 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。

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Page 1: 就任にあたって...NHK放送技術研究所 157-8510 東京世谷 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表) 技研だより 161 20188 8 号 2018 No.161 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。

技研だより 第161号 2018/8NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)

8月号2018No.161

 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。よろしくお願い申し上げます。放送技術研究所(技研)は、これまで、ハイビジョン、衛星放送、デジタル放送をはじめとして、放送に関連する幅広い技術の研究開発を進め、放送の進歩発達に寄与してきました。今年12月からは、技研が世界に先駆けて研究開発を進めてきたスーパーハイビジョンの本放送が始まります。最高品質の映像と音響を多くのみなさまにお楽しみいただけるよう、技研では引き続き8K制作システムや、シート型ディスプレー、立体音響再生技術の研究開発を推進し、スーパーハイビジョンの早期普及に貢献していきたいと考えています。

 NHKは今年1月に、“公共メディア”への進化など5つの重点方針を示した「NHK経営計画(2018-2020年度)」を公表しました。放送を太い幹としつつインターネットも活用し、正確で迅速なニュースや質の高い多彩な番組を、できるだけ多くのみなさまにお届けすることで「公共的価値」の実現を目指しています。技研でもこの経営計画に沿って、「NHK技研3か年計画(2018-2020年度)」をまとめ、5月に公表しました。経営計画の中でうたわれている“2020年に最高水準の放送・サービスの実現”を目指すとともに、さらにその先を見据えて、“リアリティーイメージング”、“コネクテッドメディア”、“スマートプロダクション”の3つの研究テーマを柱とするものです。

 “リアリティーイメージング”では、フルスペック8Kシステムや次世代地上放送システムの検討に加え、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)や3次元テレビなど、より臨場感・実物感の高い映像・音声をお届けする技術の研究を進めます。“コネクテッドメディア”の研究開発では、インターネットを活用して放送・サービスの利便性をさらに高め、生活のさまざまな場面において、視聴者のみなさまへ役立つ放送の実現を目指します。そして、AI(人工知能)を活用して社会から迅速かつ正確に幅広い情報を取得・解析し、価値ある情報をタイムリーに視聴者のみなさまにお届けする技術が“スマートプロダクション”。ここでは、映像・音声解析技術を用いて、障害者や外国人を含むあらゆる視聴者のみなさまに、情報を分かりやすくお伝えするユニバーサルサービスの拡充のための研究開発にも取り組みます。

 近年、インターネットやIoT、AIなどの分野では、多くの大学や企業が研究開発を加速し、目覚ましい進展が見られています。技研は、こうした分野の研究機関とも連携し、メディア環境の変化に迅速に対応しながら将来に向けた新たな価値の創造を着実に進め、最先端の放送技術およびサービスの研究開発において、引き続き先導的な役割を果たしていきます。

 これからも視聴者のみなさまの期待にしっかりと応えられるよう、技研職員が一丸となり、さらなる研究開発を推進していきます。今後ともご指導いただきますよう、お願い申し上げます。

就任にあたって

NHK放送技術研究所長三谷 公二

Page 2: 就任にあたって...NHK放送技術研究所 157-8510 東京世谷 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表) 技研だより 161 20188 8 号 2018 No.161 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。

 6月16日-17日の2日間、東京国際フォーラムで国内最大級のオーディオの展示会“OTOTEN 2018” (主催:(一社)日本オーディオ協会)が開催されました。1日目のオープニングセレモニーの後には、技研の今井副所長が基調講演を行い、8Kスーパーハイビジョンと22.2ch音響の技術と、4K・8K放送に向けたNHKの取り組みを紹介しました。また、NHKの展示ブースでは、85インチの8Kディスプレーと22.2chの3次元音響で、音楽ライブなどのコンテンツを上映するとともに、22.2ch音響のヘッドホンプロセッサーや残響付加装置などを展示しました。ブースには2日間で4,000人を超える方にご来場いただきました。また、地下のスペースでは、4K・8K試験放送の受信公開を行いました。来場者からは、「本放送をどのように受信できるのか知りたい」、「音質もよく、サラウンドもすばらしい」などの声をいただきました。今後も、スーパーハイビジョンの普及に向け、その魅力を紹介する取り組みを進めていきます。

オーディオの展示会で22.2ch音響を紹介

8K・22.2chコンテンツの上映 4K・8K試験放送の受信公開

海外派遣報告 ベルギー  ime c

 2017年9月から、ベルギーのエレクトロニクスの研究機関であるimec*にて、高精細な映像をイメージセンサーで効率的に取得する技術を研究しています。 滞在先では回路開発のグループに所属し、高密度画素の高速読み出しに適した、アナログ-デジタル変換回路の研究を数名のチームで協力して進めています。また、imecは欧州の半導体製造技術の研究も先導していることから、イメージセンサーの製造に関するプロセス技術の専門家と議論する機会も多く、刺激を受けながら、充実した毎日を過ごしています。 私が滞在しているベルギーおよびその周辺地域は、半導体分野で著名な大学や研究機関と、その成果を基に起業したベンチャー企業が集まるイメージセンサー開発の世界的な中心地の一つです。派遣先での研究や、関連企業への動向調査を通じて、基礎から応用まで幅広く知見を深め、NHK技研3か年計画の「リアリティーイメージング」が目指す、より豊かな放送・サービスの実現に向けた研究開発に生かしていきます。* imec : Interuniversity Microelectronics Centre

imecキャンパス内で開発チームとともに(前列左が筆者)

テレビ方式研究部 安江 俊夫

Page 3: 就任にあたって...NHK放送技術研究所 157-8510 東京世谷 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表) 技研だより 161 20188 8 号 2018 No.161 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。

色鮮やかなディスプレーを目指して 量子ドット発光素子新機能デバイス研究部 本村 玄一

 12月からはじまる新4K8K衛星放送は、精細度の高さに加えて、再現できる色の範囲が広いこと(広色域)も特徴です。広色域を表現できるディスプレーの実現には、より色鮮やかな“色純度の高い”発光が求められます。近年、新しい高色純度の発光材料として「量子ドット」が注目されています。技研では、広色域で薄型・軽量のディスプレーを目指して、量子ドット発光素子の研究に取り組んでいます。

■量子ドット材料 量子ドットは、主に大きさが数ナノメートル*の半導体微粒子です(図1)。微粒子のサイズによって、半導体中の電子が取り得るエネルギーの状態が変わるため、発光する色(波長)も変わり、サイズを小さくするほど青く(短波長)、大きくするほど赤く(長波長)なります。つまり、サイズを制御することで発光色を幅広く調節できます(図2)。しかし、これまでに報告されている量子ドット材料の多くは、毒性のある“カドミウム”という元素を含んでいることが課題でした。技研では、カドミウムを含まない量子ドット材料の探索を進めています。

■量子ドット発光素子 量子ドットを集めた薄膜を電極で挟むことにより、面で発光する量子ドット発光素子を作製できます(図3)。特に、発光層中の量子ドットのサイズがばらつくと、希望の色を出すことができないため、画素(赤・緑・青)に用いるそれぞれの量子ドットのサイズをそろえることが、色純度を高める上で重要になります。これまでに、カドミウムを含まない量子ドット材料を用いて素子を試作し、赤色の発光に成功しました(図4)。この発光素子をプラスチックのような柔らかい基板上に作製すれば、薄くて軽いフレキシブルディスプレーへの応用も期待できます。

 今後も、新しい材料開発と素子構造の改良を進め、発光効率の向上と、高色純度化に取り組んでいきます。* ナノメートルは、ミリメートルの100万分の1の長さ

発光色

量子ドットのサイズ

図2 サイズの異なる量子ドットからの発光(紫外線の照射による)

半導体微粒子

数ナノメートル

図1 代表的な量子ドットの形状

陰極

電子注入層電子輸送層

量子ドット発光層

正孔輸送層正孔注入層

基板

陽極

発光

図3 量子ドット発光素子の構造

図4 試作した量子ドット発光素子

Page 4: 就任にあたって...NHK放送技術研究所 157-8510 東京世谷 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表) 技研だより 161 20188 8 号 2018 No.161 今年6月8日に放送技術研究所長に就任しました。

技研だより 第161号 2018/8NHK放送技術研究所 〒157-8510 東京都世田谷区砧 1-10-11 Tel: 03-3465-1111(NHK代表)

8月号2018No.161

AIも学習が大切!

Labo ちゃんリサーチ

Vol. 3

ディープラーニング急速に進展しているAIの要素技術とは?

最近よく聞く、でも、いまひとつ分からない。これからの放送を支える「技術のキーワード」について、技研イメージキャラクターの「ラボちゃん」が、研究員に聞きました。

★今回の先生★スマートプロダクション研究部

美野 秀弥研究員

どんどん進歩しているAI(人工知能)を支える技術として、「ディープラーニング(深層学習)」という言葉をよく耳にするよ。どんな技術なの?

 AIは、人が持つ「考える」、「判断する」などの機能をコンピューター上で実現する技術です。この実現には、コンピューターに学習(機械学習)をさせる必要があります。「ディープラーニング」は、AIを実現するための機械学習の一つで、人間の脳の神経回路から着想を得た「ニューラルネットワーク」というモデルを多層化して利用しています。 ニューラルネットワークは、複数の入力信号に対して一つ、あるいは複数の出力信号を返す構造をしており、その中に“パラメーター”と呼ばれる出力を決定する数の集合が保存されています。あらかじめ用意した学習データを利用して、このパラメーターを修正することで、入力に対して理想の出力が得られるようになります。例えば、連想クイズをヒント(入力)と正解(出力)の大量のデータで学習することにより、図のように、新たなヒントの組み合わせ(技研、キャラクター)に対する正解(ラボちゃん)を出力できます。従来のニューラルネットワーク(単層)は構造が簡単で学習が浅く、複雑な問題で正解の精度が低下する課題がありました。そこで、内部の層を複数つなげて多層化することで、より深く学習でき、難しい問題でも正解を得やすくなります。

多層のニューラルネットワークで学習するんだね。ちなみに技研では、AIを使ってどんな研究が行われているの?

 技研では、社会から迅速かつ正確に情報を取得・解析し、視聴者に届けるための技術として「スマートプロダクション」の研究を推進しています。その中で、AIを活用した映像解析・音声認識・音声合成・言語処理などの研究に取り組んでいます。例えば言語処理では、外国語によるニュースなどの情報発信を強化するために、ニューラルネットワークを利用した多言語翻訳の研究を進めています。ニューラルネットワークを利用した機械翻訳は、流ちょうで自然な文を出力できるという特徴があり、近年の機械翻訳の精度向上に大きく貢献しています。技研でも、ニューラルネットワークによる機械翻訳に取り組んでおり、より自然な翻訳の実現を目指して研究を進めていきます。ラボちゃんの親友

ミミちゃんAIを活用したスマートプロダクションの研究例

入力 出力多層化されたニューラルネットワーク

・技研

・放送センター・どーもくん

正解の確率値

正解!

・ななみちゃん

・ラボちゃん

ヒント1

・キャラクター

・ロゴ

ヒント 2

ヒントの候補から選んで入力候補の中から正解である確率が最も高いものを出力

ニューラルネットワークによる連想クイズのモデル