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腐食センターニュース No. 066 2013 12 鉛の腐食挙動と応力腐食割れ特性 Lead and lead alloys: Corrosion behavior and stress corrosion cracking (SCC) characteristics 1.はじめに 鉛は亜鉛、銅、鉄、すずとともに紀元前から実用化されている金属であり、現代に至っても屋根、 蓄電池、はんだなど身近に用いられてきた.しかし最近は環境規制もあって、その用途が狭まって いるようである.ここでは鉛・鉛合金の腐食挙動と応力腐食割れ(SCC)特性について概説する. 2.代表的鉛・鉛合金 1)、2) 鉛・鉛合金は古くから実用金属材料として屋根、配管、ライニング材などとして用いられている。 代表的鉛合金を表1に示す.ここに示している 99.99%以上の純度の耐食性に優れた鉛が市販されて いるが、粒成長・粗大化など金属組織が不安定で、粒界割れを起こしやすく振動のない条件以外で は使えない.そこで Cu, Te, Sb, Ni, Ag, Sn, Ca などを添加し、あまり耐食性を損なうことなく機械 的性質を改善した合金が開発されている. 表 1 主な鉛・鉛合金 BS 規格 334 の合金は化学プラントに、 BS 規格 801 合金はケーブル鉛被、 BS 規格 1178 (JIS4301) は建築用に、そして鉛蓄電池には Pb-Sb または Pb-Ca-Sn 合金が用いられている.また電極材料と しては、亜鉛電解用アノードとして従来使われてきた Tainton アノード、そして海水中でのカソー ド防食用不溶性アノードに Pb-Ag 合金が使われる.このほかに Pb-Sn 合金として屋根材に用いら れるターンめっき(~20%Sn)ならびに共晶はんだ (50%Sn)がある. 12

鉛の腐食挙動と応力腐食割れ特性‰›の自然酸化膜はPbO であり、通常3~6 nmの厚さである.この表面酸化物の安定領域は図1 のPb-H2O 系電位-pH

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腐食センターニュース No. 066 2013 年 12 月

鉛の腐食挙動と応力腐食割れ特性

Lead and lead alloys: Corrosion behavior and stress corrosion cracking (SCC) characteristics

1.はじめに

鉛は亜鉛、銅、鉄、すずとともに紀元前から実用化されている金属であり、現代に至っても屋根、

蓄電池、はんだなど身近に用いられてきた.しかし最近は環境規制もあって、その用途が狭まって

いるようである.ここでは鉛・鉛合金の腐食挙動と応力腐食割れ(SCC)特性について概説する.

2.代表的鉛・鉛合金 1)、2)

鉛・鉛合金は古くから実用金属材料として屋根、配管、ライニング材などとして用いられている。

代表的鉛合金を表1に示す.ここに示している 99.99%以上の純度の耐食性に優れた鉛が市販されて

いるが、粒成長・粗大化など金属組織が不安定で、粒界割れを起こしやすく振動のない条件以外で

は使えない.そこで Cu, Te, Sb, Ni, Ag, Sn, Ca などを添加し、あまり耐食性を損なうことなく機械

的性質を改善した合金が開発されている.

表 1 主な鉛・鉛合金

BS規格 334の合金は化学プラントに、BS規格 801合金はケーブル鉛被、BS規格 1178 (JIS4301)

は建築用に、そして鉛蓄電池には Pb-Sb または Pb-Ca-Sn 合金が用いられている.また電極材料と

しては、亜鉛電解用アノードとして従来使われてきた Tainton アノード、そして海水中でのカソー

ド防食用不溶性アノードに Pb-Ag 合金が使われる.このほかに Pb-Sn 合金として屋根材に用いら

れるターンめっき(~20%Sn)ならびに共晶はんだ (50%Sn)がある.

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3.基本的腐食特性 1)、2)

鉛の電気化学反応 Pb→Pb2+ + 2e- の標準電極電位は比較的高く E = -0.126 V vs. SHE で、活性

な両性金属であるが、不溶性の鉛化合物を沈殿析出し、これが厚い拡散障壁として作用し不動態と

なる(Passivation 金属)3).酸化性の酸中でも生成した Pb 化合物皮膜が剥離しない限り耐食性を

維持するため、化学工業などにおいてタンクの内張や配管材料として用いられている.

鉛の自然酸化膜は PbO であり、通常 3~6 nm の厚さである.この表面酸化物の安定領域は図 1

の Pb-H2O 系電位-pH 図に示すように 4)、極めて狭く、高い pH および低い pH で溶解する両性金

属である特性が明らかである.

一方、高次の Pb4+の酸化物 PbO2は水の安定領域を超える高電位域のみで安定である.

図 1 Pb-H2O 系電位-pH 図 25℃

出典:M. Pourbaix, “Atlas of Electrochemical Equilibria in Aqueous Solutions”,

NACE, Houston (1974), pp. 485-492.

次に Pb-CO2-H2O 系電位-pH 図を図 2 に示す 5).Pb-H2O 系と異なり、pH5 から弱アルカリ性

域では、CO32-の存在により炭酸塩 PbCO3および塩基性炭酸塩 2PbCO3・Pb(OH)2が安定となる.

Pb-S-H2O 系電位-pH 図はここには示さないが、SO42-の存在下では PbSO4の熱力学的安定性のた

め、低 pH 側での腐食領域が消失するとともに中性領域まで保護される.

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図 2 Pb-CO2-H2O 系電位-pH 図 at 25℃ 出典:「腐食防食ハンドブック」、腐食防食協会編、丸善 (2000), p.11.

これらの塩の安定性は表 2 にまとめる鉛化合物の溶解度積で説明できる.通常の水環境の酸化性

条件で生成する酸化物・水酸化物は他の金属では下地保護性をもつ皮膜を形成するが、鉛では PbO、

Pb(OH)2とも溶解度が大きく、耐食的な passivation 皮膜とならない.PbO2は不溶性で下地保護性

を有する皮膜になるが、前述したように生成には高電位 (約 1V 以上)が必要で、通電により高電位

になる電池やカソード防食用不溶性電極で生成する.

硫酸塩 PbSO4 も不溶性で、下地保護性がある厚い沈殿皮膜となる.これが硫酸用タンク内張に

鉛が使用される理由で、0~100℃,85%濃度で十分な耐食性を有する.特に耐硫酸用の Pb-1%Sb

合金では Sb が H+の還元反応を促進して硫酸化速度(PbSO4を形成して不動態化するまでの時間の

逆数)を 99.999%Pb の 5 倍に上げる.

炭酸塩 PbCO3, 塩基性炭酸塩 2PbCO3・Pb(OH)2も不溶性で、中性~弱アルカリ性となる一般の

水環境でPbの保護膜として機能する.辻川は溶存Pb (Pb2+とHPbO22-)が10-6 mol/Lになる[HCO3

-],

[CO32-], Pco2を計算した平衡図から pH6.5~10.5の pH範囲でPbCO3による耐食性が期待できると

した 1).したがって淡水・土壌水は通常数十 ppm の HCO3-を含むので、PbCO3皮膜の耐食性が十

分機能すると結論している.

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表 2 主な鉛化合物の溶解度積 2)

4.主な環境での腐食挙動 1)、2)

鉛・鉛合金の大気中、水中、土壌中、そして酸中での代表的腐食速度を図 3 にまとめて示す 1).

以下に各環境中での腐食挙動の特徴を記す.

鉛は屋根、樋などに使われている.大気中腐食速度は臨海地域で 0.1~2.2 m/year, 田園地域で

0.4~1.9m/year,都市部で 0.5~0.7m/year である 7).SO2/H2SO4などの大気汚染物質による影響

は小さく、亜鉛のように工業地帯で特に大きくなることはない.これは硫酸鉛皮膜の形成によるも

ので、ターンめっきとして鋼、ステンレス鋼に被覆して都市部での光沢のないマット状の屋根材料

として用いられている 8).

淡水中での鉛の保護皮膜として機能するのは PbCO3 である。水道管用途に世界的にはローマ時

代から、我が国では明治時代から採用され、疫病大流行の根絶に役立ったが、鉛の水中への溶出が

保健上制限されるに伴い使われなくなっている.また鉛合金表面に形成された炭酸鉛皮膜の孔食・

すきま腐食挙動については、宮田が検討している 9).

海水中でも塩基性炭酸塩皮膜の生成により鉛は耐食的である。図中に示したように流速依存があ

る.またはんだはさらに腐食速度が大きい.

鉛・鉛合金の土壌中での腐食速度は均一腐食の場合は 10m/year 以下であるが、通気のよくな

い土壌中では腐食が不均一形態となり、侵食速度は 1 桁以上大きくなる.土壌埋設の際はダクトや

導管に収納するか、カソード防食を適用することが望ましい.

2 節に述べたように,鉛は硫酸中で実用上十分耐食性を有する.しかし流速の影響が大きいこと

に注意が必要である.また引張り応力は PbSO4 の厚い皮膜に割れをつくって腐食速度を上昇させ

る.

鉛は唯一の低価格材として、HF の取扱いに使われる.空気を除くことが出来れば 0~80℃/0~

50%濃度という広い温度・濃度条件で腐食速度を 0.5 mm/year に保つことができる.

有機酸、特に酢酸、そしてギ酸中では腐食速度が大きい.これらは酢酸鉛、ギ酸鉛の溶解度から

説明できる.

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図 3 種々の環境での鉛・鉛合金の代表的腐食速度 (mm/year)

5.鉛合金の電気化学挙動および土壌抽出水中での SCC 特性

鉛合金が硫酸中で粒界割れ(応力腐食割れ SCC)を起こすという報告がある。PbSO4 不動態皮

膜の破壊に基づく SCC と考えられている 10).同様な SCC が土壌中の PbCO3皮膜形成環境で起こ

るかを、鉛被合金 BS801 を用いて電気化学測定と定荷重 SCC 試験により調べた結果を紹介する.

5.1 鉛合金の電気化学挙動

25℃, pH 8.4 の 0.1%Na2SO4水溶液に NaHCO3を HCO3-を 0~5000 ppm の範囲で添加した溶液

中での鉛被合金 BS801, Pb-0.2Sn-0.08Cd-0.007Cu(%),の不動態化挙動をアノード分極曲線および

自然電位 Ecorr の時間変化の測定により検討した.

HCO3-添加量が 500 ppm を越すとアノード分極曲線は活性―不動態遷移を示し、5000 ppm 添加

では、電流密度が 10 A/cm2 まで低下する不動態域が現れた.また Ecorr の時間変化では HCO3-

ゼロの 0.1%Na2SO4水溶液中での Ecorr が-520~-480 mV vs. SSE であったのに対し、50~300

ppm の HCO3-添加により Ecorr は上昇し、-400 mV vs. SSE に到達した.これは PbCO3皮膜形成

による不動態化と推察される.

5.2 土壌抽出水中での SCC 試験

純水/土壌の質量比 2:1 の割合で抽出した抽出水中で単軸引張り試験片に 0.6 kg/mm2負荷して、

-600~-200 mV vs. SSE の範囲で電位を印加し、引張り応力下での電流密度の変化を測定した.電

位印加 3 h 後の電流密度と印加電位の関係を負荷のない場合と対比させて図 4 に示す.不動態領域

の電位での測定電流密度に応力負荷の影響が明瞭に観察される.

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図 4 鉛被合金 BS801 の分極挙動に及ぼす応力の影響

試験片の表面観察では、印加電位-600 mV vs. SSE では表面はほとんど変化しないが、-500 mV

vs. SSE で僅かな腐食が観察される.そして-450 mV vs. SSE で局部腐食の発生が観察され、-400

mV vs. SSE で SCC き裂の発生、また-350 mV vs. SSE では多数の微小き裂の発生が SEM 観察に

より確認された.

次に土壌抽出水中およびシリコーン油中で SCC 試験を 70℃で実施した結果を図 5 に示す.100

~1000 h での SCC 応力閾値は土壌抽出水中では約 0.4 kgf/mm2であるのに対し、シリコーン油中で

は約 0.7~0.8 kgf/mm2であり、土壌抽出水中で SCC が発生していることがわかる.図 6 に土壌抽

出水中での破面の SEM 写真を示す.粒界 SCC の特徴が破面の一部に観察されている.

以上の結果から土壌中で鉛被合金が SCC を起こすことが明らかとなった、炭酸鉛不動態皮膜の

割れが SCC を誘発していることが窺われ、銅・銅合金の変色皮膜-破壊(tarnish-rupture)機構

による SCC3)と同様である.

図 5 鉛被合金 BS801 の SCC 試験における破断時間と付与応力の関係

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図 6 鉛被合金 BS801 の SCC 破面の SEM 観察

6.おわりに

鉛は表面に生成する鉛化合物の溶解度積を考えることによりその腐食挙動を理解することがで

きる.また生成した鉛化合物皮膜の割れに基づく変色皮膜-破壊(tarnish-rupture)機構の SCC

を起こすことを紹介した.

文献

1) 腐食防食協会編、「腐食防食ハンドブック」、丸善 (2000), pp. 337-339.

2) L. L. Shreir, R. A. Jarman, G. T. Burstein, eds., “Corrosion”, 3rd. ed., Butterworth-Heinemann

Ltd. (1994), vol. 1, pp. 4:76-4:97.

3) 腐食防食協会編、「材料環境学入門」、丸善 (1993), pp.20-23.

4) M. Pourbaix, “Atlas of Electrochemical Equilibria in Aqueous Solutions”, NACE, Houston (1974),

pp. 485-492.

5) 文献 1), p.11.

6) 文献 2),p.4:82.

7) T. E. Graedel, J. Electrochem. Soc., 141, 922-927 (1994).

8) R. M. Cain, P. Wollenberg, in “Outdoor Atmospheric Corrosion”, H. E. Townsend, ed., ASTM STP

1421, American Society for Testing and Materials International (2002), pp.316-328.

9) 宮田恵守、防食技術, 36, 564-570 (1987).

10) R. Diffenderfer, Corrosion’74, Paper No. 91, NACE (1974).

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