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母校 32 退 11 53 千葉県立千葉高校① (千葉市中央区) 医学道、体鍛えながら志す 「高2の期末テスト前にドストエフスキー の小説『罪と罰』を読んでやめられなくな り、テストは撃沈した」と海堂尊さん 「中学から大学までバレーボール を続け、高校での練習は週5回。 授業中は眠くなることもあった」 と猪股研太さん 母校 32 退 11 53 千葉県立千葉高校① (千葉市中央区) 医学道、体鍛えながら志す 「高2の期末テスト前にドストエフスキー の小説『罪と罰』を読んでやめられなくな り、テストは撃沈した」と海堂尊さん 「中学から大学までバレーボール を続け、高校での練習は週5回。 授業中は眠くなることもあった」 と猪股研太さん

02 01 20150705 12私の母校 2 0 1 0 年 開 校 の 新 し い 学 校 で 、 生 徒 は 全 員 、 科 学 技 術 科 で 学 び ま す。研 究 の た め の 設 備

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Page 1: 02 01 20150705 12私の母校 2 0 1 0 年 開 校 の 新 し い 学 校 で 、 生 徒 は 全 員 、 科 学 技 術 科 で 学 び ま す。研 究 の た め の 設 備

私の母校

2010年開校の新し

い学校で、生徒は全員、

科学技術科で学びます。

研究のための設備が充

実していることが特徴の

一つ。電子顕微鏡や分析

のための機器の中には、

大学でも置いていない高

性能なものがあります。

部活動も盛んで、中で

も部員数82人と最大規模

なのが科学研究部です。

化学・物理班、数学班、

生活科学班、生物班に分

かれて活動しています。

化学・物理班が主に研

究している部屋を訪ねる

まわたる

と、矢嶋渉さん(2年)

が、緑色の液体が入った

ガラス容器が並ぶ装置の

前で作業していました。

光合成をする微生物の

ミドリムシから油を抽出

し、バイオ燃料にする研

究をしているといいま

す。「この設備は水を循環

させ、明かりをタイマー

でコントロールすること

ができます。明かりをず

っとつけているより、12

時間で明暗を切り替える

ほうがミドリムシが増え

ることがわかりました」

「研究をやりたくて仕

方がない人が集まってい

る部です。できれば学校お

に住みたいくらい」と小

倉大祈さん(3年)はい

います。

顧問の新井徹三先生は

「生徒は何をするのも自

発的。自由に、恵まれた

設備で研究できるので、

そこにひかれて入学する

生徒

す」。中安雅美先生も

「夢中で研究しているの

で、注意しないと徹夜し

そう」。

開校時から部で取り組

んでいるのが、地域の水

環境の調査研究です。付

近の複数の箇所の水質調

査から、近くの貫井神社

のわき水の性質が安定し

ていることを確かめまし

た。それには、地元の人

が「ハケ」と呼ぶ、崖が

連なる地形「国分寺崖

ん線」の土が影響している

と考え、土壌の分析を積

み上げてきました。

雨内大樹さん(3年)、

中川真優さん(3年)、

松井勇樹さん(2年)の

3人が、この研究を「黄

金井の水環境~『ハケ』

と共に生きる水~」とま

とめて「2015日本ス

トックホルム青少年水大

賞」に応募し、大賞に選

ばれました。

この夏にスウェーデン

のストックホルムである

国際大会で発表します。

それに向け、英語での論

文作成など準備に忙しい

毎日です。

中川さんは中学2年生

のとき学校説明会で科学

研究部を見て、この高校

への志望を固めました。

入学してからずっとこの

研究に取り組んできたと

いいます。「研究はどん

なにやっていても楽し

い。国際大会でいろいろ

な国の人に意見をもらっ

て、もっと発展させたい

です」

大学にも負けない研究設備を誇る多摩科学技術高

校。科学好きが集まる学校の中でも、研究や実験が大

好きな生徒が入ってくるのが科学研究部です。先輩か

ら受け継いだ研究の一つが評価され、この夏、日本代

表として国際大会に出場します。

(吉田由紀)

東京都立多摩科学技術高校科学研究部

(東京都小金井市)

学校に住みたいくらい研究好き

(第三種郵便物認可) 122015年(平成27年)7月5日

して扱われた」おかげで、

卒業後も周囲より「気持

ち的に一歩先を行けた」

と感じている。

中高生には、将来の目

標が決まらないなら、決

まるまで保留して好きな

ことをすればいい、と言

う。「ただ、試験でいい

点を取る訓練は無駄にな

りません。集中力と体力

が養えます。それは何を

目指すにも必要なことで

すから」

慶応大学病院の消化器

外科の医師、猪股研太さ

ん(32、2001年卒)

も、「手に職を」と医学

部受験したという。

大学でも4年生までは

教科書での勉強。5年生

で病棟に入って初めて

「病院で働く」と実感し

た。研修医として働き始

めると、患者さんという

一人の人間と向き合う中

で「医師になるんだ、とい

う思いを強めました」。

「一番大変そうだけど

一番充実していそう」と、

専門は外科を選んだ。手

術に必要な「チームプレ

ー」のセンスをたたきこ

んでくれたのは、高校の

バレーボール部の仲間た

ちだった。

高校時代は「一つの仕

事をずっと続けるなんて

飽きそう」と思っていた。

「でも、医師は飽きない。

技術や知識など、獲得し

ていくものが一生あるん

です。おもしろいですよ」

(吉田由紀)

らない衝撃」を受ける。

「浪人して予備校で1年

間勉強して、やっと理解

できました」

高3の夏に部活を引退

して初めて、医学部進学

を考える。「自立したい

という思いと、6年間の

学生生活は長くて楽しそ

う、くらい。医師への憧

れは無かった」

千葉大学医学部時代

も、医師になるかどうか

は「自分に向いていない

とわかったら、先はその

時考えようと思っていま

した。本気で医者になろ

うと思ったのは、社会に

出てからです」。

自由な校風で「大人と

1878(明治11)年創

立。県内トップの公立進

学校で、医学の道に進む

卒業生が少なくない。自

主・自律の精神のもと、

部活動に励み文武両道を

実践する生徒が多い。

『チーム・バチスタの

栄光』などで医療問題を

鋭く描く、医師で作家の

うたける

海堂尊さん(53、1980

年卒)。高校時代は剣道部

の練習に打ち込む毎日だ

った。

勉強は、中学まで優等

生だったのに、千葉高で

は「普通」に。授業の復

習は毎日欠かさなかった

が、特に数学は1年の1

学期に「勉強してもわか

千葉県立千葉高校①(千葉市中央区)

医学の道、体鍛えながら志す

「高2の期末テスト前にドストエフスキー

の小説『罪と罰』を読んでやめられなくな

り、テストは撃沈した」と海堂尊さん

「中学から大学までバレーボール

を続け、高校での練習は週5回。

授業中は眠くなることもあった」

と猪股研太さん

精密機器で検体の成分を調べる科学研究部化学・物理班の

部員たち=どれも東京都小金井市の都立多摩科学技術高校

水を循環させ、照明をタイマー

でコントロールできる装置で、

ミドリムシを培養しています

別の部屋では、生卵を割らずに受け

止める紙の装置を作り、その性能を

競う「エッグドロップコンテスト」

に参加する部員が、装置のデザイン

を考えていました

私の母校

2010年開校の新し

い学校で、生徒は全員、

科学技術科で学びます。

研究のための設備が充

実していることが特徴の

一つ。電子顕微鏡や分析

のための機器の中には、

大学でも置いていない高

性能なものがあります。

部活動も盛んで、中で

も部員数82人と最大規模

なのが科学研究部です。

化学・物理班、数学班、

生活科学班、生物班に分

かれて活動しています。

化学・物理班が主に研

究している部屋を訪ねる

と、矢嶋渉さん(2年)

が、緑色の液体が入った

ガラス容器が並ぶ装置の

前で作業していました。

光合成をする微生物の

ミドリムシから油を抽出

し、バイオ燃料にする研

究をしているといいま

す。「この設備は水を循環

させ、明かりをタイマー

でコントロールすること

ができます。明かりをず

っとつけているより、12

時間で明暗を切り替える

ほうがミドリムシが増え

ることがわかりました」

「研究をやりたくて仕

方がない人が集まってい

る部です。できれば学校

に住みたいくらい」と小

倉大祈さん(3年)はい

います。

顧問の新井徹三先生は

「生徒は何をするのも自

発的。自由に、恵まれた

設備で研究できるので、

そこにひかれて入学する

生徒

す」。中安雅美先生も

「夢中で研究しているの

で、注意しないと徹夜し

そう」。

開校時から部で取り組

んでいるのが、地域の水

環境の調査研究です。付

近の複数の箇所の水質調

査から、近くの貫井神社

のわき水の性質が安定し

ていることを確かめまし

た。それには、地元の人

が「ハケ」と呼ぶ、崖が

連なる地形「国分寺崖

線」の土が影響している

と考え、土壌の分析を積

み上げてきました。

雨内大樹さん(3年)、

中川真優さん(3年)、

松井勇樹さん(2年)の

3人が、この研究を「黄

金井の水環境~『ハケ』

と共に生きる水~」とま

とめて「2015日本ス

トックホルム青少年水大

賞」に応募し、大賞に選

ばれました。

この夏にスウェーデン

のストックホルムである

国際大会で発表します。

それに向け、英語での論

文作成など準備に忙しい

毎日です。

中川さんは中学2年生

のとき学校説明会で科学

研究部を見て、この高校

への志望を固めました。

入学してからずっとこの

研究に取り組んできたと

いいます。「研究はどん

なにやっていても楽し

い。国際大会でいろいろ

な国の人に意見をもらっ

て、もっと発展させたい

です」

大学にも負けない研究設備を誇る多摩科学技術高

校。科学好きが集まる学校の中でも、研究や実験が大

好きな生徒が入ってくるのが科学研究部です。先輩か

ら受け継いだ研究の一つが評価され、この夏、日本代

表として国際大会に出場します。

(吉田由紀)

東京都立多摩科学技術高校科学研究部

(東京都小金井市)

学校に住みたいくらい研究好き

(第三種郵便物認可) 122015年(平成27年)7月5日

して扱われた」おかげで、

卒業後も周囲より「気持

ち的に一歩先を行けた」

と感じている。

中高生には、将来の目

標が決まらないなら、決

まるまで保留して好きな

ことをすればいい、と言

う。「ただ、試験でいい

点を取る訓練は無駄にな

りません。集中力と体力

が養えます。それは何を

目指すにも必要なことで

すから」

慶応大学病院の消化器

外科の医師、猪股研太さ

ん(32、2001年卒)

も、「手に職を」と医学

部受験したという。

大学でも4年生までは

教科書での勉強。5年生

で病棟に入って初めて

「病院で働く」と実感し

た。研修医として働き始

めると、患者さんという

一人の人間と向き合う中

で「医師になるんだ、とい

う思いを強めました」。

「一番大変そうだけど

一番充実していそう」と、

専門は外科を選んだ。手

術に必要な「チームプレ

ー」のセンスをたたきこ

んでくれたのは、高校の

バレーボール部の仲間た

ちだった。

高校時代は「一つの仕

事をずっと続けるなんて

飽きそう」と思っていた。

「でも、医師は飽きない。

技術や知識など、獲得し

ていくものが一生あるん

です。おもしろいですよ」

(吉田由紀)

らない衝撃」を受ける。

「浪人して予備校で1年

間勉強して、やっと理解

できました」

高3の夏に部活を引退

して初めて、医学部進学

を考える。「自立したい

という思いと、6年間の

学生生活は長くて楽しそ

う、くらい。医師への憧

れは無かった」

千葉大学医学部時代

も、医師になるかどうか

は「自分に向いていない

とわかったら、先はその

時考えようと思っていま

した。本気で医者になろ

うと思ったのは、社会に

出てからです」。

自由な校風で「大人と

1878(明治11)年創

立。県内トップの公立進

学校で、医学の道に進む

卒業生が少なくない。自

主・自律の精神のもと、

部活動に励み文武両道を

実践する生徒が多い。

『チーム・バチスタの

栄光』などで医療問題を

鋭く描く、医師で作家の

海堂尊さん(53、1980

年卒)。高校時代は剣道部

の練習に打ち込む毎日だ

った。

勉強は、中学まで優等

生だったのに、千葉高で

は「普通」に。授業の復

習は毎日欠かさなかった

が、特に数学は1年の1

学期に「勉強してもわか

千葉県立千葉高校①(千葉市中央区)

医学の道、体鍛えながら志す

「高2の期末テスト前にドストエフスキー

の小説『罪と罰』を読んでやめられなくな

り、テストは撃沈した」と海堂尊さん

「中学から大学までバレーボール

を続け、高校での練習は週5回。

授業中は眠くなることもあった」

と猪股研太さん

精密機器で検体の成分を調べる科学研究部化学・物理班の

部員たち=どれも東京都小金井市の都立多摩科学技術高校

水を循環させ、照明をタイマー

でコントロールできる装置で、

ミドリムシを培養しています

別の部屋では、生卵を割らずに受け

止める紙の装置を作り、その性能を

競う「エッグドロップコンテスト」

に参加する部員が、装置のデザイン

を考えていました