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43 研究者コラム ロバート・フック「細胞の発見」 1665年にイギリスのロバート・ フックがコルクガシの乾燥樹皮の薄 切りを顕微鏡で観察し、並んだ小部 屋のような構造を「細胞」と名付け ました。死んだ細胞なのでそれは細 胞壁でしたが、当時は画期的なもの でした。 フックが描いた コルクの細胞▷ 1-1. 生物の基本単位 「細胞とは」 生き物のからだはすべて「細胞」によって構成されています。細胞の大部 分は微小(1/50 mm 程度)で、肉眼で見ることはできませんが、どの生き物 も様々な形と働きをもつ小さな細胞が集まってつくられています。 わたしたちは脳や心臓の働きが止まると、やがて「個体」としての死を迎 えます。しかし、体の組織から細胞を取り出し、適当な養分が入った培養液 中に入れると細胞は栄養分を取り入れ、活動し、分裂して増殖することもで きます。現在、世界中でライフサイエンス研究に使われている細胞の1つに HeLa(ヒーラ)細胞があります。これは 1951 年に子宮がんで亡くなったヘ ンリエッタ・ラックスという女性の子宮がん細胞を培養し増殖させたもので す。この細胞は彼女の死後 50 年以上たった現在でも、世界中の研究室で生 き続け、様々な実験に使用されています。 このように、個体としては死んでも、細胞単独で生き続けることは可能です。 しかし、細胞を壊してより小さなものに分けると、増殖することは不可能に なります。つまり、どのような生き物でも生きていることの「基本単位」は 細胞なのです。 1-2. ヒトは 60 兆個の細胞からできている 「単細胞と多細胞」 細胞は単独で増殖できますが、わたしたちヒトは約 60 兆個の細胞の集合 体である「多細胞生物」です。一方、ゾウリムシやアメーバなど一つの細胞 だけからなる個体を「単細胞生物」といいます。 多細胞生物であるわたしたちヒトのからだは特定の形と働きをもった細胞 1. 生物の基本単位ー細胞 すべての生物は細胞からできている

1.生物の基本単位ー細胞 - MBL...生体膜 45 細胞膜: 細胞の内と外を仕切る生体膜です。厚さ10 n ナノメートル m(1 nmは 1/1,000,000 mm)でタンパク質と脂質からなります。脂質のほとんど

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Page 1: 1.生物の基本単位ー細胞 - MBL...生体膜 45 細胞膜: 細胞の内と外を仕切る生体膜です。厚さ10 n ナノメートル m(1 nmは 1/1,000,000 mm)でタンパク質と脂質からなります。脂質のほとんど

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研究者コラム

ロバート・フック「細胞の発見」

1665 年にイギリスのロバート・

フックがコルクガシの乾燥樹皮の薄

切りを顕微鏡で観察し、並んだ小部

屋のような構造を「細胞」と名付け

ました。死んだ細胞なのでそれは細

胞壁でしたが、当時は画期的なもの

でした。

フックが描いた

コルクの細胞▷

1-1.生物の基本単位「細胞とは」

生き物のからだはすべて「細胞」によって構成されています。細胞の大部

分は微小(1/50 mm 程度)で、肉眼で見ることはできませんが、どの生き物

も様々な形と働きをもつ小さな細胞が集まってつくられています。

わたしたちは脳や心臓の働きが止まると、やがて「個体」としての死を迎

えます。しかし、体の組織から細胞を取り出し、適当な養分が入った培養液

中に入れると細胞は栄養分を取り入れ、活動し、分裂して増殖することもで

きます。現在、世界中でライフサイエンス研究に使われている細胞の1つに

HeLa(ヒーラ)細胞があります。これは 1951 年に子宮がんで亡くなったヘ

ンリエッタ・ラックスという女性の子宮がん細胞を培養し増殖させたもので

す。この細胞は彼女の死後 50 年以上たった現在でも、世界中の研究室で生

き続け、様々な実験に使用されています。

このように、個体としては死んでも、細胞単独で生き続けることは可能です。

しかし、細胞を壊してより小さなものに分けると、増殖することは不可能に

なります。つまり、どのような生き物でも生きていることの「基本単位」は

細胞なのです。

1-2.ヒトは 60 兆個の細胞からできている「単細胞と多細胞」

細胞は単独で増殖できますが、わたしたちヒトは約 60 兆個の細胞の集合

体である「多細胞生物」です。一方、ゾウリムシやアメーバなど一つの細胞

だけからなる個体を「単細胞生物」といいます。

多細胞生物であるわたしたちヒトのからだは特定の形と働きをもった細胞

1. 生物の基本単位ー細胞すべての生物は細胞からできている

Page 2: 1.生物の基本単位ー細胞 - MBL...生体膜 45 細胞膜: 細胞の内と外を仕切る生体膜です。厚さ10 n ナノメートル m(1 nmは 1/1,000,000 mm)でタンパク質と脂質からなります。脂質のほとんど

原核細胞と真核細胞の細胞内構造

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群が集まって「組織」をつくり、「器官・臓器」をつくります。さらに一連の

働きをする器官がいくつも集まり、呼吸器系、神経系、内分泌系などを構成し

ています。これらがさらに集まって互いに連携を取り、「個体」として成り立っ

ています。

1-3.すべての生物は2種類にわけられる「原核細胞と真核細胞」

細胞は核の有無によって原核細胞と真核細胞に分けられます。真核細胞では

核は核膜という生体膜に包まれています。一方、原核細胞では核という構造を

持たず DNA はヒストン様タンパク質との複合体を形成しており、これを核様

体といいます。

原核細胞をもつ生物は、単細胞生物のうち、大腸菌などの真正細菌と高温、

高塩濃度のような極限環境にすむ古細菌、シアノバクテリアのみです。細菌以

外のゾウリムシなどの単細胞生物と、わたしたちヒトを含む全ての多細胞生物

は真核細胞をもつ真核生物です。

1-4.生命活動をになう「細胞小器官のはたらき」

真核細胞は細胞内小器官という専門の役割を果たす小さな構造物を持って

います。核は細胞小器官のひとつです。核のように生体膜に包まれた細胞小器

官としてミトコンドリアや小胞体などがあります。このほかに生体膜に包まれ

ていない細胞小器官としてリボソームや細胞骨格があります。また、細胞内で

細胞小器官の占める割合は半分ほどで、細胞の体積の残り半分は粘性の高い液

体の細胞質基質※ 1 で満たされています。イラスト(図.原核細胞と真核細胞

の細胞内構造)はあくまで模式図であり、実際の細胞には多数の細胞小器官が

つまっています(次ページ写真参照)。

細胞小器官は細胞が上手く機能するようにそれぞれ分業化された役割を果

たし、協調しあっています。

※ 1  細胞質基質の構成成分はほとんどが水で、

可溶性のイオン、低分子、タンパク質が

溶解しています。

核核膜

小胞

リソソーム

リソソーム

ペルオキシソーム

ペルオキシソーム

細胞質基質

葉緑体

ミトコンドリア

細胞膜液胞

細胞壁

細胞質基質 ゴルジ体ミトコンドリア

核膜核膜孔 核膜孔

クロマチン

小胞体

リボソーム

細胞膜

細胞質基質

細胞膜

ゴルジ体

小胞体

細胞骨格

細胞骨格

原核細胞 真核細胞(動物細胞) 真核細胞(植物細胞)

クロマチン

核様体

リボソームリボソーム

中心体

小胞

Page 3: 1.生物の基本単位ー細胞 - MBL...生体膜 45 細胞膜: 細胞の内と外を仕切る生体膜です。厚さ10 n ナノメートル m(1 nmは 1/1,000,000 mm)でタンパク質と脂質からなります。脂質のほとんど

 生体膜 

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細胞膜 : 細胞の内と外を仕切る生体膜です。厚さ10 nナノメートル

m(1 nm は

1/1,000,000 mm)でタンパク質と脂質からなります。脂質のほとんど

はリン脂質※ 1 で、リン脂質は疎水性(脂肪酸)と親水性(リン酸)の部

分からなります(図.生体膜)。リン脂質の親水性部分が外側になり、疎

水性部分が内側になることで二重膜構造が形成されます。細胞膜に限らず、

生体膜は全て同様の構造をしています。細胞膜には様々なタンパク質が埋

め込まれ、栄養や情報を運んだり、隣の細胞と離れないようにしています。

核 : 最大の細胞小器官です(ほとんどの動物細胞で核は直径 5 μマイクロメートル

m ;1

μm は 1/1,000 mm)。核膜に包まれた核の中には核酸(DNA と RNA) や

タンパク質がつまっています。 核膜は外膜と内膜の二重膜からなり、細胞

質との物質の出入りは核膜孔を介して行われます(図.核膜孔の模式図)。

ミトコンドリア : エネルギーの産生工場です。酸素呼吸による ATP ※ 2 合

成を行っています。ミトコンドリアには独自の DNA とタンパク質合成系が存

在し、ミトコンドリアのタンパク質の一部を作っています。ミトコンドリア

は細胞内で分裂し自己増殖しています。

小胞体とリボソーム:小胞体の表面に顆粒が付着した粗面小胞体と、顆

粒の付いていない滑面小胞体があります。顆粒はリボソームといい、細胞

の全てのタンパク質合成を行う場です。リボソームは数種類の RNA と数

十種類のタンパク質からなる複合体で、大サブユニット・小サブユニット

の 2 つのサブユニットからなります。粗面小胞体に付着したリボソームで

作られたタンパク質は粗面小胞体内部の空間に蓄えられ、修飾、品質管理

を受けて、細胞質基質以外で働くタンパク質となります。一方、滑面小胞

体は生体膜となるリン脂質の合成、薬物の代謝、カルシウムの貯蔵など様々

な機能にかかわっています。

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抗体、ベクター

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体を開発・販売していま

す。CoralHue® シ リ ー ズ

はサンゴの蛍光タンパク

質を利用しており、様々

な研究分野で、広く用い

られています。

※ 1  リン脂質はグリセロールに脂肪酸とリン酸が結合した分子。細胞質の脂質にはリン脂質以外

に糖脂質、コレステロールなどもあります。

※ 2  ATP(アデノシン三リン酸)は細胞内のエネルギーの運搬体です。

内膜と外膜は 10 〜 20 nm 隔てられており、直

径約 9 nm の核膜孔が貫通し、核と細胞質をつ

ないでいます。この部分では核膜の内膜と外膜

は融合しています。また外膜は部分的に折り畳

まれ、小胞体とつながっています。

Kusabira-orange (Vector)[ 小胞体 ]抗 KDEL 抗体[ 小胞体 ]

細胞の外側

細胞の内側

糖鎖

疎水性

親水性

膜貫通型タンパク質

膜結合型タンパク質

核バスケット核膜内膜

細胞質フィラメント

核ラミナ

核膜外膜

核膜孔の模式図

Keima-red (Vector)[ 細胞膜 ]

Kusabira-orange (Vector)[ 核 ]

抗COX4抗体[ ミトコンドリア ]

Page 4: 1.生物の基本単位ー細胞 - MBL...生体膜 45 細胞膜: 細胞の内と外を仕切る生体膜です。厚さ10 n ナノメートル m(1 nmは 1/1,000,000 mm)でタンパク質と脂質からなります。脂質のほとんど

いきものコラム 「サンゴの蛍光タンパク質」

夜の海に潜り、紫外線ライトをサンゴにあてると鮮やかに光ります。この光る物質が蛍光タンパク質

です。サンゴ由来の蛍光タンパク質には、サンゴの名前がつけられているものもあります。例えば、

Kusabira-orage は、イシサンゴに属するヒラタクサビライシ (Fungia concinna) よりクローニング

されたオレンジの蛍光タンパク質です。なぜ、サンゴが蛍光タンパク質を持っているのでしょう?

紫外線から身を守るためという説や、蛍光タンパク質が反射した太陽光を共生している褐虫藻の光合

成に利用しているという説もありますが、まだ確かなことは分かっていないようです。

小胞のはたらき

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ゴルジ体 : ゴルジ体は小胞体からタンパク質を受け取り、修飾して細胞内

外に送り出す細胞小器官です。何層にも積み重なった膜性の袋と、膜に包ま

れた小胞の集まりから構成されています。

細胞骨格 : 細胞骨格は細胞の形態維持、細胞内の物質輸送、細胞分裂など

に関与しています。タンパク質からなり、線維状の構造をしています。アク

チンフィラメント、微小管、中間径フィラメントの 3 種類があります。

小胞:細胞外の老廃物を細胞膜で取り囲み小胞に包んで細胞内に取り込み

ます(エンドサイトーシス;図.小胞のはたらき)。その小胞が集まってエン

ドソームとなり、リソソーム(後述)と融合して、取り込まれた老廃物は消

化されます。また、反対に細胞内でできたタンパク質などを含んだ小胞が細

胞膜と融合すると、その内容物を細胞外に放出します ( エキソサイトーシス;

図.小胞のはたらき)。

リソソーム : リソソームにはタンパク質、核酸、多糖類、脂質などを分解

できる酵素が含まれています。細胞外から物質を取り込んだ小胞(前述)と

融合し小胞内部のものを消化します。消化された低分子は拡散によってリソ

ソームの膜を通過し、細胞質に移動し再利用されますが、未消化の物質は小

胞に包まれて細胞膜に移動し細胞外に放出されます。

ペルオキシソーム : 酸化還元反応に関わる酵素をたくさん含んでおり、有

害な過酸化水素を発生する物質の酸化と、生成された過酸化水素を分解する

隔離された場所です。脂肪酸、コレステロール、胆汁酸の酸化、アミノ酸、

プリン体の代謝を行い、それによって発生した過酸化水素や過酸化脂質など

をカタラーゼやペルオキシダーゼという酵素で分解します。

中心体 : 核分裂に関与しています。中心体は動物細胞にはありますが、植

物細胞にはありません。

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抗体、ベクター

抗EEA1抗体[ 初期エンドソーム ]

抗 α-Tubulin 抗体[ 微小管 ]抗 Lamin B1 抗体[ 核膜 ]

抗GM130抗体[ ゴルジ体 ]

細胞内

細胞膜

エンドサイトーシス エキソサイトーシス