10
184(谷ヶ城良太,鶴野和則) はじめに 超音波検査(ultrasonography, 以下 US)は,各 種の画像診断法のなかでも低侵襲かつ簡便であ るため,頻回に検査可能であり,リアルタイム に結果が確認できるため,医療の現場では第一 選択の検査法とされることが多い。災害時の建 物の倒壊による臓器損傷の診断をはじめ,新潟 中越沖地震で初めて報告された深部静脈血栓症 (DVT; deep vein thrombosis)の診断に US の有 用性が注目されている 1) 。一方,検者の操作技 術や画像読解力の差によって診断能に差がある ことや,空間分解能や管腔臓器の診断能に課題 が残る。それでも災害医療の現場においては, ルーチン検査のような精密な画像と検索を要求 しているわけではなく,ある程度の知識と技術 さえ習得しておけば,十分に臨床的に有用な US 像を描出しうる。本稿では,災害時の US について腹部・下肢静脈領域を中心に,検査手 順・手技および代表的な US 像について概説す る。 I災害時における US の意義 災害には自然災害,人為災害,特殊災害があ り,災害の種類によって US の有用性や検索法 も異なってくる。 A鈍的外傷に対する US 1995 年に発生した阪神・淡路大震災では, 発生した時刻が,多くの人々が睡眠中である早 朝であったため,倒壊した建物や家具の下敷き になり,頭・頸部損傷,内臓損傷,外傷性ショ ック,全身挫滅,挫滅症候群が多く発生した 2) そのなかでも US が有用である主たるものは, 胸・腹部の鈍的外傷による胸・腹腔内出血,心 嚢液貯留,臓器損傷である。災害時の状況によ り検査に許された時間や検索すべきポイントも 様々であるが,携帯型超音波測定装置を用いれ ば,場所と状況を問わず,前処置がなく他の処 置を同時進行しながら検査可能である。循環動 態が不安定な場合や,胸腹部に外傷が認められ る場合における,胸・腹腔内の液体貯留や心嚢 腔内の検索には,外傷初期診療ガイドライン ( Japan Advanced Trauma Evaluation and Care : JATEC)で推奨されている FAST(Focused As- sessment with Sonography for Trauma)が必須の 検査となっている。FAST とは循環動態が不安 定な場合や,胸腹部に外傷がある場合に,US にて大量血胸,腹腔内出血,心タンポナーデの 検索のみ行い,他の臓器損傷などの検索は行わ ない検査法である。FAST は災害現場や救急病 院到着直後のわずかな時間で行えるため, primary survey で許される数少ない検査の 1 にあげられている 3) 。ある程度時間が許される 状況では,secondaly survey として,出血や疼 痛の原因検索のために US を施行し,臓器損傷 などの診断が可能である。最近では CT の高速 化に伴い,まずは CT を施行という施設が増え ているようであるが,携帯型超音波装置は,災 害現場では唯一の画像診断装置であり,液体貯 留や臓器損傷の経過を頻回にチェックする場合 は,CT による被爆の影響を考慮すると US 役割は非常に大きい。 B新潟中越沖地震における二次被害 2004 年に発生した新潟中越地震では,発生 源が山間部であり,発生時刻が夕方で就寝中で なかったために,建物の倒壊などによる外傷被 害は少なかったが,二次被害として DVT が震 災被害としては初めて注目された。避難生活に III. 簡易型生体機能検査機器の活用 4. 携帯型超音波測定装置

31 谷ヶ城 印刷用MEDISON SONOACE PICO 11 kg 多彩な機能を凝縮したデスクトップ型汎用機 -災害医療と臨床検査- -186- 図1 基本走査 図2 膵臓長軸像

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  • -184-

    (谷ヶ城良太,鶴野和則)

    は じ め に

    超音波検査(ultrasonography, 以下 US)は,各

    種の画像診断法のなかでも低侵襲かつ簡便であ

    るため,頻回に検査可能であり,リアルタイム

    に結果が確認できるため,医療の現場では第一

    選択の検査法とされることが多い。災害時の建

    物の倒壊による臓器損傷の診断をはじめ,新潟

    中越沖地震で初めて報告された深部静脈血栓症

    (DVT; deep vein thrombosis)の診断に US の有

    用性が注目されている1)。一方,検者の操作技

    術や画像読解力の差によって診断能に差がある

    ことや,空間分解能や管腔臓器の診断能に課題

    が残る。それでも災害医療の現場においては,

    ルーチン検査のような精密な画像と検索を要求

    しているわけではなく,ある程度の知識と技術

    さえ習得しておけば,十分に臨床的に有用な

    US 像を描出しうる。本稿では,災害時の US

    について腹部・下肢静脈領域を中心に,検査手

    順・手技および代表的な US 像について概説す

    る。

    I.災害時における US の意義

    災害には自然災害,人為災害,特殊災害があ

    り,災害の種類によって US の有用性や検索法

    も異なってくる。

    A.鈍的外傷に対する US

    1995 年に発生した阪神・淡路大震災では,

    発生した時刻が,多くの人々が睡眠中である早

    朝であったため,倒壊した建物や家具の下敷き

    になり,頭・頸部損傷,内臓損傷,外傷性ショ

    ック,全身挫滅,挫滅症候群が多く発生した2)。

    そのなかでも US が有用である主たるものは,

    胸・腹部の鈍的外傷による胸・腹腔内出血,心

    嚢液貯留,臓器損傷である。災害時の状況によ

    り検査に許された時間や検索すべきポイントも

    様々であるが,携帯型超音波測定装置を用いれ

    ば,場所と状況を問わず,前処置がなく他の処

    置を同時進行しながら検査可能である。循環動

    態が不安定な場合や,胸腹部に外傷が認められ

    る場合における,胸・腹腔内の液体貯留や心嚢

    腔内の検索には,外傷初期診療ガイドライン

    ( Japan Advanced Trauma Evaluation and Care :

    JATEC)で推奨されている FAST(Focused As-

    sessment with Sonography for Trauma)が必須の

    検査となっている。FAST とは循環動態が不安

    定な場合や,胸腹部に外傷がある場合に,US

    にて大量血胸,腹腔内出血,心タンポナーデの

    検索のみ行い,他の臓器損傷などの検索は行わ

    ない検査法である。FAST は災害現場や救急病

    院到着直後のわずかな時間で行えるため,

    primary survey で許される数少ない検査の 1 つ

    にあげられている3)。ある程度時間が許される

    状況では,secondaly survey として,出血や疼

    痛の原因検索のために US を施行し,臓器損傷

    などの診断が可能である。最近では CT の高速

    化に伴い,まずは CT を施行という施設が増え

    ているようであるが,携帯型超音波装置は,災

    害現場では唯一の画像診断装置であり,液体貯

    留や臓器損傷の経過を頻回にチェックする場合

    は,CT による被爆の影響を考慮すると US の

    役割は非常に大きい。

    B.新潟中越沖地震における二次被害

    2004 年に発生した新潟中越地震では,発生

    源が山間部であり,発生時刻が夕方で就寝中で

    なかったために,建物の倒壊などによる外傷被

    害は少なかったが,二次被害として DVT が震

    災被害としては初めて注目された。避難生活に

    III. 簡易型生体機能検査機器の活用

    4. 携帯型超音波測定装置

  • -災害医療と臨床検査-

    -185-

    おいて,車中や避難所での生活が長期化し,車

    中で体を動かせないことや精神的ストレス,脱

    水により,下肢深部静脈に血栓が発生し,エコ

    ノミークラス症候群(肺塞栓症)が多発した。

    US にてヒラメ静脈に浮遊血栓や壁在血栓を認

    め,そのなかで肺塞栓症を認めた者もいた4)。

    ヒラメ静脈血栓は無症状のことも多く,腫脹を

    伴わないこともある。避難生活者の中で下肢腫

    脹や疼痛を訴える場合は必ず実施すべき検査で

    あり,たとえ無症状であっても血栓形成リスク

    があれば,積極的に下肢静脈血栓の検索をすべ

    きである。そのことは下肢静脈血栓遊離による

    重篤な肺塞栓症を予防することにつながるので

    ある。

    II.携帯型超音波測定装置(表1)

    携帯型超音波測定装置は近年目覚しい技術革

    新により格段な進歩を遂げている。B モードの

    画像が鮮明なのはもちろんのこと,複数のプロ

    ーブに対応し,カラードプラ,ティシューハー

    モニックイメージ,造影エコー機能など多彩な

    機能を搭載し,上等機種と同等の性能を有する

    ものまで発売されている。しかもバッテリーを

    搭載し,小型かつ軽量で起動時間も 30 秒以内

    と極めて短時間であるため,屋外や救急外来,

    ベッドサイドでの検査になくてはならないもの

    となっている。超音波検査室の上等機種と同等

    の画像が得られるため,腹部臓器の精査はもと

    より,下肢静脈血栓の描出にも十分な画像を提

    供してくれる。

    III.腹部領域の基本走査(図1)

    A.液体貯留検索の走査法

    腹腔内液体貯留の検索部位は,右肋間走査ま

    たは右肋弓下縦走査で肝右葉と右腎臓の間隙

    (Morison 窩)を,右肋間走査で右横隔膜下(肝表

    面)を,右側腹部走査で右傍結腸溝を観察する。

    左側は左肋間走査で脾腎間隙と左横隔膜下(脾

    表面)を,左側腹部走査で左傍結腸溝を観察

    する。骨盤腔は直腸膀胱窩あるいは直腸子宮窩

    表1 携帯型超音波測定装置一覧

    メーカー 製品名 重 量 特 徴

    アロカ SSD-900 15 kg デスクトップ型の汎用機

    GF 横河メディカル LOGIQe 4.3 kg 上級機種の性能が凝縮

    SonoSite M-Turbo 3.4 kg 耐久性・小型軽量性・最短の Boot-up Time

    東芝メディカル Famio Cube 18 kg 多彩な機能を凝縮したデスクトップ型汎用機

    日立メディコ ECHOPAL II 13 kg 高密度多素子探触子,広帯域探触子と画像処理

    富士フィルムメディカル FAZONE M / Brain 2.5 kg 超軽量・約 20 秒で立ち上がる

    本多電子 HS-1500 6 kg LCD 採用とキーボードの簡略化により,省スペース

    MEDISON SONOACE PICO 11 kg 多彩な機能を凝縮したデスクトップ型汎用機

  • -災害医療と臨床検査-

    -186-

    図1 基本走査

    図2 膵臓長軸像 心窩部横断走査

    図3 肝左葉 心窩部横断走査

    (Douglas 窩)を観察する。

    B.腹部臓器の基本走査

    1.膵臓の描出

    膵臓は心窩部縦走査・横走査にて,短軸像・

    長軸像が描出される(図2)。膵実質は肝実質と

    ほぼ等エコーレベルかやや高エコーに描出され

    る。通常,主膵管は 2 mm 以下である。膵は胃

    などの影響で描出困難なことが多く,呼吸調節

    や体位変換が必要なことが多い。

    2.肝臓の描出

    肝左葉は心窩部縦走査・横走査,右葉は右肋

    弓下走査・右肋間走査で描出される(図3, 4)。

    実質は肝硬変などの慢性肝疾患がなければほぼ

    均一に描出される。ドーム直下・肝左縁は死角

    となりやすく,多方向からの描出や体位変換に

    より死角を無くす努力が必要である。門脈,肝

    静脈を目印にして肝区域を認識する。

    図4 肝右葉 右肋弓下走査

    3.腎臓の描出

    腎は左右側腹部縦・横走査で描出される(図

    5)。腎実質は皮質と髄質に区別され,皮質は正

    常肝と等エコーレベルか,やや低エコーに描出

    される。髄質は,低~無エコーとして描出され

    る。中心部は腎盂腎杯,腎動静脈,脂肪組織な

    どで構成され,高エコー域として描出される。

    4.脾臓の描出

    右肋間走査で描出される(図6)。脾実質は均

    一で,肝のような脈管像は見られない。

    IV.外傷による US 像

    A.腹腔内出血

    液体貯留は通常無エコー領域(echo free space)

    として描出される(図7)。血液なら出血直後は

    無エコーまたは淡いエコーがみられるが,凝血

    してくると経時的にエコーレベルが上昇する。

  • -災害医療と臨床検査-

    -187-

    図5 右腎長軸像 右側腹部縦断走査

    図6 脾臓 左肋間走査

    図7 腹腔内出血

    図8 腹腔内出血 Morison 窩

    表2 腹水量の推定(文献6)より)

    腹水所見のある部位 推定量(mL)

    1 Morison 窩 and / or 脾腎境界のみ 150

    2 1+ douglas 窩または膀胱上窩のみ 400

    3 2+ 左横隔膜下のみ 600

    4 3+ 両側傍結腸溝 800

    5 4+ 右横隔膜下(腹水の厚み 0.5 cm) 1,000

    6 4+ 右横隔膜下(腹水の厚み 1.0 cm) 1,500

    7 4+ 右横隔膜下(腹水の厚み 1.5 cm) 2,000

    8 4+ 右横隔膜下(腹水の厚み 2.0 cm) 3,000

    (仰臥位,50 kg 成人を標準とする)

    Morison 窩,直腸膀胱窩あるいは Douglas 窩は

    少量の貯留で検出される(図8)。Douglas 窩は正

    常でも生理的腹水がみられることがあるので注

    意が必要である。100 mL 以上の貯留があれば

    描出可能であり5),簡便な腹水量の推定法がい

    くつか知られている6)(表2)。

    B.膵 損 傷

    膵臓は後腹膜臓器であるため,腹部外傷に占

  • -災害医療と臨床検査-

    -188-

    める膵損傷の割合は低い。発症直後は腹部症状

    に乏しいことが多く発見しにくい。日本外傷学

    会膵損傷分類7)では,I 型:挫傷,II 型:裂傷,

    III 型:膵管損傷と分類されるが,US で分類す

    るのは困難である。膵損傷の US 所見は,損傷

    部の腫大と内部エコーの不均一,周囲の液体貯

    留である(図9, 10)。離断像が描出されることも

    あるが,III 型の膵管の損傷を US で描出するこ

    とは困難である8)。

    C.肝 損 傷

    肝損傷は腹腔内出血を伴わない被膜下損傷と,

    腹腔内出血を伴う表在性・深在性損傷に分けら

    れる9)。出血を伴う肝損傷では Morison 窩,肝

    周囲,脾腎間,傍結腸溝,Douglas 窩に血液が

    貯留しやすく,Morison 窩に最も貯留しやすい。

    血腫を認めればその近傍に出血源があるサイン

    となる。損傷の程度によって US 像は様々で,

    明らかな亀裂がみられるもの,被膜下に血腫が

    みられるもの,限局性の不均一域がみられるも

    のなどがある10)。損傷部は低エコーと高エコー

    が混在する不均一な領域としてみられることが

    多く(図11),高エコー域は挫滅組織や血腫を表

    し,低エコー域は損傷した組織間に貯留する血

    液や胆汁を表す。低~高エコー域は治癒の過程

    で次第に吸収され消失する。US は損傷直後か

    ら腹腔内出血の程度や損傷範囲の判定,治癒に

    至るまで経過観察が可能であり,臨床的に有用

    な情報を提供してくれる。

    D.腎 損 傷

    腎は後腹膜臓器であるため通常出血しても後

    腹膜出血であり後腹膜のタンポナーデにより止

    血される。しかし後腹膜の破綻により腹腔内出

    血を認めることがある11)。腎損傷では腎周囲の

    液体貯留や周囲血腫や尿漏の存在によって損傷

    図9 膵損傷(IIIa 型)(写真提供:北里大学病院)

    図10 膵損傷(IIIa 型)(写真提供:北里大学病院)

    図11 肝損傷(I b 型)

    図12 腎損傷(II 型 H1)(写真提供:北里大学病院)

  • -災害医療と臨床検査-

    -189-

    図13 脾損傷

    図14 消化管尖孔と腹腔内液体貯留

    (写真提供:北里大学病院)

    を知ることが多い(図12)。その他の US 像は輪

    郭の不整や不連続性,内部エコーの不均一化や

    不明瞭化がみられることがある。腎茎部血管損

    傷ではドプラ法により血流が描出されることも

    ある。腎盂内血腫では水腎症を合併することが

    ある。

    E.脾 損 傷

    肝臓に次いで外傷が多く,被膜下損傷・被膜

    損傷・実質損傷に分類される12)。血管に富んだ

    臓器であるため,しばしば大量出血をきたす。

    損傷部のエコー像は不均一な低~高エコー域と

    して描出される(図13)。被膜下損傷の血腫では

    被膜下に限局する低~無エコー域としてみられ,

    経過観察中に高エコーに変化していく。実質損

    傷では表面の断裂や周囲の液体貯留や血腫を認

    める。脾門部血管損傷では,カラードプラ法に

    て診断されることがある。仮性動脈瘤を合併す

    ることがあるので経過観察において嚢胞性病変

    がみられたら,カラードプラ法で確認すべきで

    ある13)。

    F.消化管穿孔

    消化管はアーチファクトが多く実質臓器に比

    べ診断能が劣る。しかし消化管穿孔では腹腔内

    に遊離した消化管ガスが腹膜に沿って free air

    として描出され,診断が可能である(図14)。

    US で損傷部を特定することは困難なことが多

    いが,腹腔内液体貯留や血腫,損傷部の壁肥厚

    がみられることがある。

    G.そ の 他

    腹部外傷では他に,腹部主要血管損傷,膀胱

    破裂・精巣破裂などがあげられる。

    V.下肢静脈血栓の検索

    ここでは,骨盤腔から下腿までの深部静脈血

    栓の検査手順・手技や US 像について概説する。

    A.US 装置と検査準備

    1.US 装置の選択と設定

    骨盤腔から下腿までの静脈は部位によって体

    表面からの距離が大きく異なるため,コンベッ

    クスプローブとリニアプローブを使い分け,よ

    り良好な画像が得られるものを選択する。3.5

    ~5 MHz のコンベックスプローブと 7~15 MHz

    のリニアプローブを用いることが好ましい。カ

    ラー表示は,低速の静脈血流を観察するため,

    低速な 10~20 cm / sec 程度に設定する。

    2.被検者の体位

    骨盤腔・大腿部は仰臥位,膝窩・下腿部は腹

    臥位または座位で検査するのが望ましい。

    B.下肢静脈の解剖(図15~17)

    検索の対象となる下肢静脈領域は,骨盤腔か

    ら足首までと広範囲で,血管の分岐も多く走行

    も多様である。下肢深部静脈は,同名の動脈に

    沿って走行することが多いため,動脈を目印に

    して検索するとよい。下腿では,動脈 1 本に対

    し静脈 2 本のことが多い。

  • -災害医療と臨床検査-

    -190-

    図15 下腿静脈の走行

    図16 下腿断面の解剖

    図17 下腿の US 像

    C.下肢静脈の検査手技

    1.安静時評価

    安静時評価は,短軸・長軸で血管の走行と拡

    張の有無を確認しながら,同時に血栓の有無を

    確認する。静脈は圧迫により容易に変形するた

    めに,プローブの押しつけすぎに注意が必要で

    ある。下肢静脈は皮下組織の厚みや浮腫などに

    より,表皮からの距離が遠かったり,部位によ

    り深部を走行するため,B モードのみでの評価

    には限界があり,カラー・パワードプラ法など

    を用い静脈の開存を確認し,必要に応じて負荷

    を行い評価する。カラー・パワードプラ法で血

    管が染まったからといって血栓が完全に否定さ

    れたわけでなく,カラーの乗りすぎの可能性を

    疑って検査を進めるべきである。

    2.負 荷

    負荷には ① プローブ圧迫法,② ミルキング

    による血流誘発法,③ 呼吸による変動,という

    3 つの下肢静脈特有の負荷法がある14)15)。

    ① プローブ圧迫法

    プローブで静脈を圧迫し内腔の消失を確認す

    る方法である。負荷の中で最も信用のある評価

    法である(図18)。静脈は動脈と異なり,圧力に

    より容易に変形し,内腔に血栓がなければ圧迫

    により内腔が完全に消失する。圧迫により内腔

    が完全に消失すれば血栓陰性と判定し,圧迫に

    よっても内腔が完全に消失しなければ血栓の存

    在を疑う。この方法は圧迫する方向や圧力の加

    減などにより,静脈に圧力が正確に伝わらず擬

    陽性となることがあるので注意が必要である。

    ② ミルキングによる血流誘発法

    下腿を用手的に圧迫し,血液を中枢側に強制

    的に押し戻すことにより血流量を増加させ,カ

    ラードプラ法などで静脈の開存を評価する方法

    である。下腿筋肉静脈では血流量の増加が十分

    でないことが多く,膝窩部から中枢側で有効で

    ある。

  • -災害医療と臨床検査-

    -191-

    図18 下肢静脈圧迫法

    ③ 呼吸による変動

    深呼吸時における吸気時と呼気時の血液還流

    量の変化を利用し,計測部位より中枢側の血栓

    の存在を間接的に評価する方法である。通常は

    吸気により還流量が減少し,呼気で増加すると

    いった呼吸性変動がみられる。呼吸性変動の消

    失または減少が認められれば測定部位より中枢

    側に血栓の存在が疑われる。

    3.負荷での注意点

    安静時の観察で血栓が確認された場合,① ②

    の負荷は血栓遊離を誘発する可能性があるので

    極力控えたい。また,血栓の存在が強く疑われ

    る場合は,細心の注意を払って負荷を行う。

    4.血管内モヤモヤエコー

    最近の US 装置では,血液のうっ滞があると

    血液が点状エコーに “もやもやエコー” として

    描出されることがある。血栓との鑑別が必要に

    なることがあるが,負荷により流動性が確認さ

    れれば鑑別は容易であるし,カラードプラを用

    いて開存が認められれば血栓は否定される。

    D.検査手順

    1.基本走査

    まず鼠径部の総大腿静脈から外腸骨静脈をリ

    ニアプローブで検索し,必要であれば,圧迫法

    やミルキングを用いる。次に鼠径部より中枢側

    の検索のために,外腸骨静脈で呼吸性変動の観

    察をする。血栓が認められるか呼吸性変動が乏

    しければ,コンベックスプローブに替えて骨盤

    腔内に検索を進める。骨盤腔や腹腔は描出不良

    なことが多いため,鼠径部での呼吸性変動の計

    測により血栓の有無を推測する。次に浅大腿静

    脈から膝窩部へ検索を進める。浅大腿静脈は大

    腿部の内側から,膝窩静脈は膝裏から走査した

    ほうが良好な画像が得られる。続いて膝窩部よ

    り末梢側の前脛骨・後脛骨・腓骨・ひらめ・腓

    腹静脈を検索する。下腿静脈は大腿静脈に比べ

    血管径が細いので描出しにくい。脛骨・腓骨を

    目印として全体を描出しながら観察すると理解

    しやすい。前頸骨静脈は脛骨と腓骨の間,下腿

    前方からのアプローチで観察しやすい。その他

    の静脈は下腿背方からのアプローチで観察する。

    描出不良の場合や血栓が疑われる場合は,圧迫

    法やミルキングを慎重に行い評価する。

    2.災害時の簡易検査として

    ここまで下肢静脈の基本的な検査手順を述べ

    てきた。しかし,下肢静脈領域は検索範囲が広

    いため,全てを観察するには検査時間が長く,

    災害時の限られた時間で行う簡易検査としては

    不向きである。普段でも同じことが言えるのだ

    が,災害時には特に患者の症状(腫脹・疼痛・

    皮膚変化・左右差)をよく確認し,血栓の存在

    部を推定して的を絞った検査が望まれる。下肢

    全体が腫脹しているのであれば,鼠径から中枢

    側の血栓を疑い,鼠径より中枢側を中心に検索

    を行い,末梢はポイントだけを観察すればよい。

    下腿のみの腫脹や疼痛であれば,まず膝窩部よ

    り検索を開始し,血栓の中枢端を確認すること

    が先決であり,大腿部より中枢側の検索に時間

  • -災害医療と臨床検査-

    -192-

    図19 ひらめ静脈血栓

    図20 膝窩静脈血栓

    をかけるのは効率的ではない。無症状の場合は,

    下腿静脈,特にひらめ静脈に血栓があることが

    多いため,ひらめ静脈の拡張を認めれば,注意

    して観察すべきである(図19)。また,血栓好発

    部位である鼠径部・膝窩部・下腿静脈などポイ

    ントを絞ってスクリーニングすることも有用で

    ある。

    E.血栓の評価

    1.血栓の評価ポイント

    血栓が存在すれば,① 部位と進展範囲,②

    血栓が新鮮なのか器質化したものなのか,③ 浮

    遊血栓なのか壁在血栓なのか,④ 閉塞か非閉塞

    または再疎通なのか,⑤ 逆流はみられるか,に

    ついて評価しなくてはならない。特に浮遊の有

    無と進展範囲の中枢端は重要であるので注意し

    て観察する。

    2.血栓のエコー性状

    血栓が無い状態の血管内腔はほぼ無エコーに

    表示され,血栓が存在すれば少なからずエコー

    輝度が上昇する。新鮮血栓は非常に低エコーに

    描出されるために血栓として判定が困難なこと

    がある。新鮮血栓がみられる急性期には,血栓

    による閉塞により血管が拡張していることが多

    く診断の補助となる。浮遊血栓は,肺塞栓の原

    因となるので緊急治療の対象となる。特に鼠径

    部~膝窩部の比較的太い血管の浮遊血栓は肺塞

    栓の危険性が高い。慢性期には血栓は器質化し,

    高輝度に描出される。器質化すると血栓が縮小

    し再疎通が見られ,血管の拡張も消失すること

    が多く(図20),遊離の可能性も低くなる。

    F.凝固・線溶系検査

    可能であれば D-dimer, FDP, TAT(トロンビ

    ン・アンチトロンビン III 複合体)などの血液凝

    固・線溶系検査を行うべきである。異常高値で

    あれば DVT が強く疑われるし,陰性であれば,

    DVT の可能性はかなり低いものとなる。

    お わ り に

    近年の格段の技術革新により,携帯型 US 装

    置は携帯型というよりはもはや高性能機種がノ

    ートパソコンサイズに小型化したという印象で

    あり,普段の検査と同等の機能と画質を得るこ

    とができるようになった。災害時の現場で唯一

    の画像診断である US は,胸腹部外傷やショッ

    ク状態の患者の初期診療において,聴診器代わ

    りに用いられるべきであり,二次被害である

    DVT による肺塞栓の予防にも威力を発揮して

    いる。ある程度の知識と技術さえ習得しておけ

    ば,十分に臨床的に有用な US 像を描出しうる。

    しかし,正常画像を理解していなければ異常を

    認識できないし,災害時には普段遭遇する機会

    が少ない症例が多いため,普段から US に慣れ

    親しみ正常像を把握し,本稿で示したような画

    像を一見しておくことが重要である。災害時に

    おける一次被害者の迅速な診断,二次被害の防

    止において携帯型超音波測定装置の役割は非常

    に大きく,災害医療に携わる関係者にとって慣

    れ親しんでおくべき検査である。

  • -災害医療と臨床検査-

    -193-

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