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欝濫饗灘マ41 まちなみ・まちづくりエッセイ麗 「も たいない」 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科建築学専攻・ 助教授 松本真澄 ◎醤⑰O鰯㊥⑭㊤O駒②⑤⑪⑭O㊥㊧轡臨画伽⑪00幽幽騨O㊥㊥●聡②②②傳鱒轡O 「もったいない」の中身 ノーベル平和賞を受賞したケニア のワンガリ・マータイさんが、地球環 境を守り循環型社会を目指すための 活動(消費削減=Reduce、再使用= Reuse、資源再利用=Recycleなど) をひとことで表現でき、加えて自然や 物を敬う気持ち(Respect)も含んで いる言葉として「MOTTAINAI」を 世界共通の言葉として広めている。 大量消費が何の疑いもなく是とされ ていた時代は、内心そう思っていて も人前で発するのがためらわれた 「もったいない」という日常語を、 環境保護活動家の彼女が再発見し再 定義してくれた。使える物を捨てる ことに罪悪感を覚えるタチの私とし てはなんとも心強い。そして、「も ったいない」が市民権を得た今だか らこそ、何をもったいないと考える のかその中身が問われている。 まち歩きをしていると、確かにあ ったはずのお屋敷の消失にしばしば 遭遇する。春になると満開の桜を楽 しませてくれた瀟洒な家は、手入れ された庭とともになくなり、敷地ぎ りぎりまで壁が迫る二世帯住宅に変 わっていた。門構えの立派な戦前の :住宅も、数件のミニ戸建て住宅へと :変わり、欝欝とした屋敷林も蝉の鳴 軽き声とともに消えてしまった。一人 :暮らしの高齢者がバリアフリー住宅 1に子供世帯と同居するのであればこ 1んな幸せなことはない。すきま風が 1吹く建付の悪い木造住宅を外断熱住 1宅にした方が地球環境には優しいか 1もしれない・相徽のために泣く泣 く手放したのかもしれない。それぞ れに事情があり、他人がとやかく言 う筋合いのものでないことは百も承 醸している。しかし、それでも日本 の住宅の寿命は短く、もったいない ことこの上ない。コストがかかると いう理由で、適切な修理や改修を施 されないまま壊されていく。もし、 同じ住宅がイギリスにあったなら数 十年は長く生き延びて寿命をまっと 1うするであろう。 住宅が壊されるときに感じるもつ たいないという気持ちは、使えるも :のを捨ててしまうからだけではな :い。そこに暮らす人々が紡ぎ出して 1 きた成熟した空間とともに、生活の :記憶が刻まれた風景がなくなり、1 :年もすると以前にどのような住宅が :あったのかさえ思い出すのが難しく 写真150年近い年月をかけて成熟した緑。植えられた樹木と実生木が混在している 30 家とまちなみ56〈2007.9>

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欝濫饗灘マ41まちなみ・まちづくりエッセイ麗

「もったいない」

   首都大学東京大学院都市環境科学研究科建築学専攻・

     助教授

   松本真澄

◎醤⑰O鰯㊥⑭㊤O駒②⑤⑪⑭O㊥㊧轡臨画伽⑪00幽幽騨O㊥㊥●聡②②②傳鱒轡O◎OOO9@ゆ●OO39麟●■O●●佃◎曝■@O轡㊥O●魯60④⑱O㊤②00聯90㊤@

「もったいない」の中身

 ノーベル平和賞を受賞したケニア

のワンガリ・マータイさんが、地球環

境を守り循環型社会を目指すための

活動(消費削減=Reduce、再使用=

Reuse、資源再利用=Recycleなど)

をひとことで表現でき、加えて自然や

物を敬う気持ち(Respect)も含んで

いる言葉として「MOTTAINAI」を

世界共通の言葉として広めている。

大量消費が何の疑いもなく是とされ

ていた時代は、内心そう思っていて

も人前で発するのがためらわれた

「もったいない」という日常語を、

環境保護活動家の彼女が再発見し再

定義してくれた。使える物を捨てる

ことに罪悪感を覚えるタチの私とし

てはなんとも心強い。そして、「も

ったいない」が市民権を得た今だか

らこそ、何をもったいないと考える

のかその中身が問われている。

 まち歩きをしていると、確かにあ

ったはずのお屋敷の消失にしばしば

遭遇する。春になると満開の桜を楽

しませてくれた瀟洒な家は、手入れ

された庭とともになくなり、敷地ぎ

りぎりまで壁が迫る二世帯住宅に変

わっていた。門構えの立派な戦前の

:住宅も、数件のミニ戸建て住宅へと

:変わり、欝欝とした屋敷林も蝉の鳴

軽き声とともに消えてしまった。一人

:暮らしの高齢者がバリアフリー住宅

1に子供世帯と同居するのであればこ

1んな幸せなことはない。すきま風が

1吹く建付の悪い木造住宅を外断熱住

1宅にした方が地球環境には優しいか

1もしれない・相徽のために泣く泣

 く手放したのかもしれない。それぞ: れに事情があり、他人がとやかく言: う筋合いのものでないことは百も承蒙 醸している。しかし、それでも日本: の住宅の寿命は短く、もったいない= ことこの上ない。コストがかかると: いう理由で、適切な修理や改修を施: されないまま壊されていく。もし、: 同じ住宅がイギリスにあったなら数: 十年は長く生き延びて寿命をまっと1うするであろう。

: 住宅が壊されるときに感じるもつ

: たいないという気持ちは、使えるも

:のを捨ててしまうからだけではな

:い。そこに暮らす人々が紡ぎ出して

1 きた成熟した空間とともに、生活の

:記憶が刻まれた風景がなくなり、1

:年もすると以前にどのような住宅が

:あったのかさえ思い出すのが難しく

写真150年近い年月をかけて成熟した緑。植えられた樹木と実生木が混在している

30 家とまちなみ56〈2007.9>

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  鰹雛.遜「欝  . 懸 ・写真2 コモンスペースをテラスハウスが取り囲み、子供たちが遊

ぶ姿を自然に見守ることができる児童公園。撮影:泉岳樹氏

写真3 ゆるやかなカーブを描く道路に沿って、前川國男設計の赤いトタ

ン屋根のテラスハウスが並ぶ。再開発計画が進行中

なる。それぞれの時代のみが生み出

すことのできる住文化の多様性を私

たちは手放しているのである。

 そして何より残念なのが、新しく

建てられる住宅単体の性能が上がり

快適になったとしても、まちなみに

貢献していたゆとりの部分が減り、

人が住まう空間としては貧相になっ

てしまうことが少なくないことである。

公団分蔭住宅の再開発

 文化財的な価値がなくとも地域に

馴染んだ住宅が消えるとき、私はも

ったいないと感じるのだが、そんな

感傷的な思いをもつのは少数派らし

い。住宅地で「もったいない」のは

使いきっていない容積率であり、高

度利用することが経済合理性にかな

った当然の行動だと考えられてい

る。こうした共通理解の得やすい選

択は、戸建て住宅の建て替え以上に、

合意形成を必要とする集合住宅のと

きに、疑う余地のない大前提となる。

 ご存じの通り、歴史的価値の高い

同轍会アパートでさえもほとんどが

建て替えられてしまった。そして、

次のターゲットは容積にゆとりのあ

る初期の公団住宅ということにな

る。

 昭和30年に設立された日本住宅公

団は、標準化した間取りからなる羊

奨型隅棟を平行配置した団地を、都

②O●0@O●OO●㊧俸●O㊤O●OOOO9■■000■OO■O●OOO㊤OO●O④0歯駐@酵9②O①⑦㊤■㊥@OO@櫛⑤

市部の勤労者向けに大量供給した。

画一一的なという形容詞がつく団地だ

が、昭和30年代初めのものには見る

べきものが少なくない。

 その中で今もっとも気になってい

るのが、東京都杉並区にある公団分

譲の阿佐ヶ谷住宅である。テラスハ

ウスと3、4階建ての中層棟で構成

され、建築家の前川國男氏がテラス

ハウスを設計し、レイモンド事務所

から公団に移った津端修一氏が全体

計画を手がけている。公と私の曖昧

なコモンの豊かさ、成熟した緑、緩

やかなカーブを描く道路沿いに赤い

傾斜屋根のテラスハウスが連続する

景観、子供たちが伸び伸びと遊べる

児童公園と中央広場。ここを訪れる

人の多くが「贅沢な空問ですね」と

言う。そして、再開発で贅沢な空間

を失うことは仕方のないことだと誰

もが疑っていない。

 人口が増加している時代ならば、

容積を目一杯使い住宅を増やすこと

は、合理性もあり社会的な意義もあ

ったであろう。しかし、人ロ減少社

会では、これまでの常識は通用しな

いのではないだろうか。

 たとえば、2006年に国土交通政策

研究所が行った「住宅の資産価値に

関する研究」をみると、空問的にゆ

とりのあるマンションの中古価格は

下落しにくいことが示されている。

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再開発して容積率を上げれば上げる

ほど総資産は瞬間風速的に高くな

る。そこに住み続ける居住者の個別

の資産価値は長期的には早く下がる

可能性が高いということだ。住宅が

余り選別の時代になれば、こうした

傾向はさらに加速するであろう。こ

れこそ、もったいない話ではないか。

 住宅の大量建替え時代が幕を開

け、住宅政策はフローからストック

重視へと転換した。故に、どのよう

に住宅の建替えを行っていくのかが、

質の高い住環境を形成するための鍵

になる。床面積を増やすというこれ

までのビジネスモデルを踏襲するだ

けでは、超長寿命の高層マンション

や猫の額ほどの庭しかない200年住

宅に、大量の空き家が発生するとい

う光景を生み出しかねない。

 仕方ないとあきらめず、住宅地に

おける「もったいない」の意味を再

考してみる必要がありそうである。

松本真澄(まつもと・ますみ)

首都大学東京大学院都市環境科学研

究科建築学専攻・助教。東京都生

まれ。1989年日本女子大学住居学

科卒業。イギリスL㎝dcn Sc㎞l of

Economicsに短期留学。シングル居住や高齢者の住まい方など、家族

(人)と住まいの関係やその変容に

ついて研究。

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