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72 2———脳神経外科 クモ膜下出血 (subarachnoid hemorrhage) 1.病態 脳と脊髄は,3層の髄膜に包まれている(図1)。外層は分厚い硬膜,中間層は 透明で薄いクモ膜,内層は脳の表面に密着している軟膜である。クモ膜と軟膜の間 にクモ膜下腔があり,その空間には脳を栄養する動脈が走行しており,脳を保護す る脳脊髄液が循環している。クモ膜下出血とは,クモ膜下腔にある動脈が出血して, 脳脊髄液中に血液が混入した状態を言う。 クモ膜下出血を来す原因のほとんどが,脳動脈瘤の破裂である。脳動脈瘤が破裂 した場合,急激に頭蓋内圧が上昇して,激しい頭痛や悪心・嘔吐,項部硬直などの 髄膜刺激症状が出現する。また,頭蓋内圧が上昇して脳灌流が低下することにより, 意識障害などの頭蓋内圧亢進症状が出現する。さらに,頭蓋内圧が上昇すると,周 囲の脳組織を圧迫するようになり,脳幹が圧迫されると死に至るケースもある。 クモ膜下出血後の病態として,再出血や水頭症,脳血管攣縮などが出現する。再 出血と脳血管攣縮は予後不良因子として重要となる。特に再出血は高率に予後を悪 化させる。最も再出血が多いのは出血後24時間以内である。発症直後は,再出血 予防のために絶対安静を保ち,重症度の判定と再出血予防処置の選択を行い,ケア 図1 髄膜の構造 クモ膜 軟膜 クモ膜顆粒 上矢状静脈洞 大脳鎌 頭皮 帽状腱膜 骨膜 硬膜 クモ膜下腔 関野宏明,陣田泰子監修: Nursing Selection⑥ 脳・神経疾患,P.11, 学研メディカル秀潤社,2002.

72 脳神経外科章 クモ膜下出血 脈瘤は約20%に見られ,圧倒的に女性に多く(女:男=5:1),好発年齢は40~ 50代である。 破裂発生部位と症状を表5に示す。2)解離性脳動脈瘤

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2章

脳神経外科

2———脳神経外科

クモ膜下出血(subarachnoid hemorrhage)

1.病態 脳と脊髄は,3層の髄膜に包まれている(図1)。外層は分厚い硬膜,中間層は

透明で薄いクモ膜,内層は脳の表面に密着している軟膜である。クモ膜と軟膜の間

にクモ膜下腔があり,その空間には脳を栄養する動脈が走行しており,脳を保護す

る脳脊髄液が循環している。クモ膜下出血とは,クモ膜下腔にある動脈が出血して,

脳脊髄液中に血液が混入した状態を言う。

 クモ膜下出血を来す原因のほとんどが,脳動脈瘤の破裂である。脳動脈瘤が破裂

した場合,急激に頭蓋内圧が上昇して,激しい頭痛や悪心・嘔吐,項部硬直などの

髄膜刺激症状が出現する。また,頭蓋内圧が上昇して脳灌流が低下することにより,

意識障害などの頭蓋内圧亢進症状が出現する。さらに,頭蓋内圧が上昇すると,周

囲の脳組織を圧迫するようになり,脳幹が圧迫されると死に至るケースもある。

 クモ膜下出血後の病態として,再出血や水頭症,脳血管攣縮などが出現する。再

出血と脳血管攣縮は予後不良因子として重要となる。特に再出血は高率に予後を悪

化させる。最も再出血が多いのは出血後24時間以内である。発症直後は,再出血

予防のために絶対安静を保ち,重症度の判定と再出血予防処置の選択を行い,ケア

図1 髄膜の構造

クモ膜

軟膜

クモ膜顆粒上矢状静脈洞

大脳鎌

頭皮帽状腱膜

骨膜骨

硬膜

クモ膜下腔

関野宏明,陣田泰子監修:Nursing Selection⑥ 脳・神経疾患,P.11,学研メディカル秀潤社,2002.

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クモ膜下出血

3節

を実施する。脳血管攣縮はクモ膜下出血後第4~14病日に発生し,2~4週間持

続した後に徐々に回復する。

2.分類 クモ膜下出血を来す原因は,外傷性と非外傷性(突発性)に大別される(表1)。

 外傷性クモ膜下出血は,脳挫傷からの出血が原因で,脳槽全体に出血を認めるこ

とはまれであり,予後は良好であることが多い。非外傷性(突発性)のクモ膜下出

血の原因としては,クモ膜下腔にある脳動脈瘤の破裂がほとんどで,この場合は脳

槽全体に出血を認めることが多い。

 非外傷性(突発性)のクモ膜下出血を来す危険因子としては,脳動脈瘤や脳動静

脈奇形の存在のほかに,喫煙習慣,高血圧,過度な飲酒が挙げられている。

 クモ膜下出血患者の重症度は,予後,治療方針,治療成績の決定などの際に有用

であり,一般的にグレードが高いほど予後不良である。しかし,各重症度分類間で

グレードが一致しないこともあり,その使用は一長一短である。

 クモ膜下出血患者には,Glasgow outcome scaleで重度障害以上の予後不良例が

約40%存在しており,その発症予防ならびに治療は重要な問題である。クモ膜下

出血は,10 ~20%が初回発作直後に死亡し,総死亡率は25 ~50%になる1)。

1)Hunt and Hess分類(表2) 最も広く普及している分類であり,手術のリスクを評価するために作成されたも

のである。

2)Hunt and Kosnik分類 Hunt and Hess分類に,未破裂の動脈瘤「Grade0」と,固定した神経症状はあ

るが他のクモ膜下出血の徴候がない「GradeⅠa」を加えたもので,基本的には

Hunt and Hess分類と同じである。

3)WFNS分類(表3) WFNS(世界脳神経外科学会連合)分類は,意識障害分類のGCSと失語あるいは

片麻痺の有無を併せて重症度を評価するものである。

3.成因1)嚢状動脈瘤 脳動脈瘤は嚢状と紡錘状に分けられるが(図2),破裂する脳動脈瘤はほとんど

が嚢状である。脳の正常な動脈壁は,内側より内膜,中膜,外膜の三層からできて

表1 クモ膜下出血の原因

頭部外傷,脳神経外科術

脳動脈瘤,脳動静脈奇形,高血圧・脳動脈硬化性疾患,もやもや病,硬膜AVM,その他(脳腫瘍,各種脳髄膜炎,全身性血液疾患)

外傷性

非外傷性(突発性)

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2章

脳神経外科

いる。外膜は弾力性のない結合組織だが,内膜と中膜の間には厚い弾性膜である内

弾性板があり,中膜には平滑筋が豊富に存在している。そのため,血管内圧の変動

に対して動脈壁が伸び縮みすることで一定の血圧を保てるようになっている。

 嚢状動脈瘤の壁では伸び縮みができなくなり,力学的に血圧の上昇に対して弱い

構造になっている。そのため,血圧が上昇すると伸び縮みの緩衝作用が働かず,動

脈瘤は容易に破れてしまい,クモ膜下出血が起こる。

 嚢状動脈瘤は,肉眼的に血管から頸部と体部に分けられ,時に体部にさらに小さ

い膨隆部を認める。これは鶏冠と呼ばれ,破裂部であることが多い。体部先端が最

も破裂しやすく,頸部が破裂することはまれである。

表2 Hunt and Hess分類

Hunt WE, Hess RM:Surgical risk as related to time of intervention in the repair of intracranialaneurysms. J Neurosurg. 1968;28(1):14-20.

無症状か,最小限の頭痛および軽度の項部硬直を見る。

中等度から強度の頭痛,項部硬直を見るが,脳神経麻痺以外の神経学的失調は見られない。

傾眠状態,錯乱状態,または軽度の巣症状を示すもの。

昏迷状態で,中等度から重篤な片麻痺があり,早期除脳硬直および自律神経障害を伴うこともある。

深昏睡状態で除脳硬直を示し,瀕死の様相を示すもの。

GradeⅠ

GradeⅡ

GradeⅢ

GradeⅣ

GradeⅤ

表3 WFNS分類

Report of World Federation of Neurological Surgeons Committee on a Universal SubarachnoidHemorrhage Grading Scale. J Neurosurg. 1988;68(6):985-986.

15

14~13

14~13

12~7

6~3

なし

なし

あり

有無は不問

有無は不問

Grade 主要な局所神経症状(失語あるいは片麻痺)GCS score

図2 動脈瘤の分類

紡錘状嚢状

外膜中膜内膜

鶏冠

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クモ膜下出血

3節

 今まで,ほとんどの脳動脈瘤は先天的と考えられており,まれに細菌性,梅毒性,

および動脈硬化性の動脈瘤があるとされてきた。しかし,最近では,血圧の負荷,

血行力学的ストレスなど多因子があるとする考え方が主流となっており,さまざま

な成因がある。

 脳動脈には,内頸動脈から枝分かれした中・前大脳動脈と,椎骨動脈が合流した

脳底動脈から枝分かれした後大脳動脈などがあり,脳底部でウィリス動脈輪を形成

する。クモ膜下出血の原因となる脳動脈瘤のほとんどは,このウィリス動脈輪を含

む,脳の比較的太い動脈の分岐部に発生する(図3)。

 脳動脈瘤は,内頸動脈瘤および前大動脈瘤に最も多く見られ,この中でも,前交

通動脈瘤および内頸動脈-後交通動脈分岐部に発生する動脈瘤が特に多い。一方,

椎骨・脳底動脈に発生する動脈瘤の発生頻度は5.5%と低い(表4)。また,多発性

動脈瘤は約20%に見られ,圧倒的に女性に多く(女:男=5:1),好発年齢は40 ~

50代である。

 破裂発生部位と症状を表5に示す。

2)解離性脳動脈瘤 動脈解離とは,何らかの機序により血管内腔から血液が血管壁内に流入して(解離

腔),血管壁の層構造(内膜・中膜・外膜)が分離されているものである。解離性動

脈瘤とは,頭蓋内血管において,この解離腔が外膜方向に進展,瘤状に膨らんだもの

であり,外膜が破裂するとクモ膜下出血を生じる(出血型)。また,解離腔が血管内

腔に膨らんだ場合,血管内腔を圧排,狭窄を生じて脳虚血症状を来し得る(虚血型)。

 動脈は弾性動脈と筋性動脈に分類できるが,脳動脈は典型的な筋性血管である。

すなわち,内腔側から血管内皮と内弾性板から構成されている。脳動脈解離のほと

んどは,内弾性板に大きな裂け目ができて,中膜の中に血流が進入することによっ

て生じる。

 解離性脳動脈瘤の発症形式は,①クモ膜下出血(58%),②脳虚血(33%),③頭

痛(7%)とクモ膜下出血が最も多い。病変部位では,①椎骨動脈,②脳底動脈,

③内頸動脈,④前大脳動脈,⑤後下小脳動脈,⑥中大脳動脈の順になっているが,

椎骨・脳底動脈系に圧倒的に多い。好発年齢は40 ~50代で,男性に多い2)。

4.症状 脳動脈瘤が破裂してクモ膜下出血が起こると,①髄膜刺激症状,②頭蓋内圧亢進

症状,③頭蓋外症状などが出現する。

1)髄膜刺激症状 脳脊髄液に出血が起きたり,感染などで髄膜が刺激されたりすると髄膜刺激症状

が出現する。その病態は出血の程度によりさまざまである。出血が少量の場合は,

頭痛が一過性であり,めまいや悪心・嘔気などの髄膜刺激症状が主症状で,意識を

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2章

脳神経外科

失うことはない。出血が多量の場合は,急激に頭蓋内圧が上昇することで,「今ま

でに経験したことのない激しい頭痛」を発症する。さらに,悪心・嘔吐,項部硬直

などの髄膜刺激症状が出現するが,項部硬直は発症直後には見られないこともある。

図3 ウィリス動脈輪と脳動脈瘤の好発部位

関野宏明,陣田泰子監修:Nursing Selection⑥ 脳・神経疾患,P.161,学研メディカル秀潤社,2002.

右側 左側前大脳動脈

前大脳動脈瘤

前交通動脈中大脳動脈瘤

中大脳動脈

後交通動脈

後大脳動脈

脳底動脈

椎骨動脈瘤

椎骨動脈

脳底動脈瘤

内頸動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤

内頸動脈

前交通動脈瘤

表4 破裂および未破裂動脈瘤の部位分布(Locksley, 1966)

太田富雄他編:脳神経外科学,改訂10版,P.458,金芳堂,2008.

38%25%13.1%36%30%5.8%21%13%7.8%5.5%

64%29%

16%12%

14%6%

6%

内頸動脈 ・内頸動脈-後交通動脈分岐部(IC-PC) ・その他の内頸動脈部前大脳動脈 ・前交通動脈部(A-com) ・その他の前大動脈部中大脳動脈部(MCA) ・分岐部 ・その他の分岐部椎骨(VA)・脳底動脈(BA)

部位 未破裂動脈瘤破裂動脈瘤

表5 破裂発生部位と症状

動眼神経麻痺(複視,瞳孔散大,眼瞼下垂)

記憶障害および人格障害,無動性無言,無為

片麻痺,失語,感覚障害,意識障害

意識障害,小脳症状,動眼,外転,滑車,三叉神経障害

内頸動脈-後交通動脈分岐部(IC-PC)

前交通動脈部(A-com)

中大脳動脈部(MCA)

椎骨(VA)・脳底動脈(BA)

発生部位 症状

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クモ膜下出血

3節

2)頭蓋内圧亢進症状 短時間で動脈瘤が破裂すると,頭蓋内圧(ICP)が上昇して,平均動脈圧(MAP)

との差がなくなり,脳灌流圧(CPP)が低下し,意識障害などの頭蓋内圧亢進症状

が出現する。また,頭蓋内に出血による占拠病変が発生すると,頭蓋内圧が亢進し

て,脳実質の偏位が見られ,脳ヘルニアが生じる。脳ヘルニアの症状として,意識

障害,病巣側の片麻痺,瞳孔散大が出現し,対光反射の消失,呼吸停止などに至り,

生命の危機に陥る可能性がある。

 頭蓋内圧が亢進すると,脳血液灌流量が低下し,脳血流を維持しようと血圧が上

昇して徐脈になるクッシング徴候が見られる。

3)頭蓋外症状 クモ膜下出血後に不整脈や心筋障害が認められることがあり,過剰な交感神経活

動や血中カテコラミンの産生の亢進などを来し得る。不整脈としては,ST低下,

QT延長,陰性T波が多く,心室頻拍や心室細動などの致死的不整脈も見られる。

心筋障害としては,たこつぼ心筋症が認められる。

 過剰な交感神経活動により,肺動静脈の上昇,肺血流の増大を来し,肺毛細血管

内圧が上昇すると共に血管の透過性亢進が起こり,肺水腫を生じることがある。

 クモ膜下出血後は,眼球内出血を伴うことがある。眼球内出血を伴う場合は,伴

わない場合と比較して,死亡率も2倍となるため,予後を知る上で重要となる。

 クモ膜下出血重症例や水頭症合併例では,中枢性塩類喪失症候群(CSWS)や抗

利尿ホルモン分泌異常症候群(SIADH)を発症して,低ナトリウム血症を引き起こ

すことがある。

5.検査・診断1)神経症状や意識障害の評価 神経症状は脳出血を生じる部位により異なり,瞳孔散大や対光反射の消失,四肢の

麻痺など多彩である。また,意識障害の判定にはJCSやGCSが用いられる。

2)頭部CT検査 造影剤を使用しない頭部単純CTは,脳卒中を疑う場合に最初に選択される診断

検査で,髄液槽に沿って高吸収域(白く写る領域)を見る。基本的なCT所見では,

脳底部に5角形(ペンタゴン)に写るのが特徴的である(写真)。

 クモ膜下出血の診断率は発症後24時間以内であれば90%であるが,時間の経過と

共に低下する。出血が少量であったり,出血時間が経過したりしている場合には,頭

部単純CTでクモ膜下出血を診断できない場合がある。FisherのCT分類を表6に示す。

3)脳血管造影検査(DSA) クモ膜下出血と診断された場合,出血源としての脳動脈瘤の有無を診断する時に

用いる。

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2章

脳神経外科

4)脳血管撮影 頭部3D-CTやMR血管撮影(MRA)は,低侵襲で短時間にて脳動脈瘤の有無を確

認することができ,脳血管撮影の代わりに用いられる。

5)頭部MRI検査 クモ膜下出血の診断には適さないが,FLAIR撮影の感度がよく,CTと同様に脳槽

に沿って高信号域(白く写る領域)を見る。

6)腰椎穿刺 頭部CTで明らかな出血を認めなくても,臨床症状からクモ膜下出血が疑われる

場合には,腰椎穿刺を行い,脳脊髄液の性状を確認する必要がある。ただし,腰椎

穿刺は頭蓋内圧が亢進している患者には禁忌である。

6.治療と注意が必要な薬剤1)初期治療 クモ膜下出血の初期治療の目的は,①再出血の予防,②頭蓋内圧の管理,③全身

状態の改善である。また,重症例では,まず心肺蘇生など必要な救命処置や呼吸と

循環の管理を行う。

(1)再出血の予防 クモ膜下出血の再出血は,発症24時間以内に多く発生する。再出血は血圧上昇

写真 

クモ膜下出血のCT画像

正常正常 クモ膜下出血クモ膜下出血

表6 FisherのCT分類

出血なし。

びまん性の出血,あるいは血腫の厚さが大脳半球間裂,島槽,迂回槽いずれでも1mmに満たないもの。

局在する血腫,あるいは厚さが1mmを超えるもの。

びまん性の出血,あるいはクモ膜下出血はないが,脳内あるいは脳室内血腫を伴う。

Group1

Group2

Group3

Group4

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クモ膜下出血

3節

を伴う例が多い。そのため,発症直後はできるだけ安静を保てるように集中治療室

や静かな個室に収容し,積極的な降圧療法が必要である。また,不必要な刺激を避

けるため,侵襲的な検査や処置は行わないようにする。絶対安静を保つため,必要

に応じて十分な鎮痛・鎮静を行う。

(2)頭蓋内圧の管理 頭蓋内圧亢進症状が出現している場合は,高浸透圧薬を投与する。クモ膜下出血

に合併する脳内血腫や急性水頭症によって頭蓋内圧が上昇している場合には,血腫除

去や脳室ドレナージといった外科的手技などによる速やかな減圧処置が必要である。

(3)全身状態の改善 急性期に合併する全身病態として,過剰な交感神経活動による不整脈や,呼吸機

能の低下による呼吸不全や肺水腫などの心肺合併症が出現する。しばしば心電図異

常が認められる場合や致死的不整脈が出現することもあり,モニター管理や除細動

などの適切な処置が必要である。また,たこつぼ心筋症などでは,心機能不全によ

る循環不全を起こすこともあり,注意が必要である。重症例における呼吸不全や神

経原性肺水腫などでは,人工呼吸器による呼吸器管理や利尿薬の投与を行う。

2)注意が必要な薬剤(1)鎮静剤 安静を保つために使用する。

・ミダゾラム(ドルミカム)

 全身麻酔の導入および維持や集中治療における人工呼吸中の鎮静などの目的で使

用する。無呼吸,呼吸抑制,舌根沈下,血圧低下や耐性,離脱症状などが現れるこ

とがあるため,呼吸・循環の管理に努め,完全に覚醒するまで十分注意する。

 集中治療における人工呼吸中の鎮静では,初回投与はドルミカム0.03mg/kgを少

なくとも1分以上掛けて静脈内に注射する。より確実な鎮静導入が必要とされる場

合の初回投与量は0.06mg/kgまでとする。必要に応じて,0.03mg/kgを少なくとも

5分以上の間隔を空けて追加投与する。ただし,初回投与および追加投与の総量は

0.30mg/kgまでとする。

・ベクロニウム臭化物(マスキュラックス)

 麻酔時や気管内挿管時の筋弛緩などの目的で使用する。呼吸抑制を起こすため,

自発呼吸が回復するまで必ず調節呼吸を行う。

 通常,成人には初回マスキュラックス0.08 ~0.1mg/kgを静脈内投与し,術中必

要に応じて0.02 ~0.04mg/kgを追加投与する。

・プロポフォール(1%ディプリバン)

 全身麻酔の導入および維持や集中治療における人工呼吸中の鎮静などの目的で使

用する。血管拡張により低血圧が起こることがあるため,循環動態に注意する。

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2章

脳神経外科

 集中治療における人工呼吸中の鎮静では,成人(高齢者を含む)の場合,1%ディ

プリバンを0.015mL/kg/時の投与速度で持続注入にて静脈内に投与を開始し,適

切な鎮静深度が得られるよう,患者の全身状態を観察しながら投与速度を調節す

る。通常,成人には1%ディプリバン0.015 ~0.15m/kg/時の投与速度で適切な鎮

静深度が得られる。

(2)制吐剤 急激な脳圧の上昇予防のため,嘔気がある場合に使用する。

・メトクロプラミド(プリンペラン)

 消化器機能異常(悪心・嘔吐,食欲不振,腹部膨満感)に対して使用されるが,

特に術後は悪心・嘔吐が強い時に用いる。通常,成人の場合は,1日1~2回筋肉

内または静脈内に注射する。なお,年齢,症状により適宜増減する。

(3)浸透圧利尿薬 頭蓋内圧亢進症状がある場合に考慮する。

・D-マンニトール(マンニトール)

 強力な抗浮腫作用を持つ薬剤であり,脱水症状を引き起こす可能性があるため,

より緊急性の高い脳浮腫対策に用いる。マンニトールを中止するとリバウンド現象

が起こり,脳圧が上昇することがある。また,腎障害などを悪化させる危険がある。

・濃グリセリン(グリセオール)

 成人では1回200 ~500mL,1日1~2回点滴静注する。

 エネルギーとして利用され,浸透圧利尿が少なく,水・電解質バランスを障害し

にくく,腎障害も少ない。また,脳浮腫に対する効果の持続がマンニトールより長

く,リバウンド現象もより少ない。しかし,水・電解質の異常が大量投与になるほ

ど出現しやすいため,高血糖に注意する。

(4)降圧剤 再出血の予防のために,厳密な血圧管理として使用する。

・ニカルジピン 塩酸塩(ペルジピン)

 原液50mLをシリンジポンプで1mL/時で注入開始し,最高20mL/時までとする。

血管拡張作用があり,脳血管攣縮管理中も使用する。

・ ジルチアゼム塩酸塩(ヘルベッサー):ヘルベッサー50mgを50mLの生理食塩液

またはブドウ糖注射液に溶解する。洞性頻拍などの時や頻拍予防に使用する。徐

脈性不整脈,Ⅱ度以上の房室ブロック,うっ血性心不全では禁忌である。

(5)血管拡張薬・ファスジル塩酸塩水和物(エリル)

 副作用として,頭蓋内出血の発現の可能性がある。時々,膀胱内カテーテルから

の出血を認めることもある。

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81

クモ膜下出血

3節

(6)抗てんかん薬・フェニトインナトリウム注射液(アレビアチン)

 てんかん様けいれん発作が長時間引き続いて起こる場合や,経口投与が不可能

で,かつけいれん発作の出現が濃厚に疑われる場合,急速にてんかん様けいれん発

作の抑制が必要な場合などに使用する。

・ホスフェニトインナトリウム注射液(ホストイン)

 てんかん重積状態や,外科手術または意識障害(頭部外傷など)時のてんかん発

作の発現抑制,アレビアチンを経口投与しているてんかん患者における一時的な代

替療法などに使用する。

7.手術 破裂脳動脈瘤では再出血の予防が極めて重要であり,予防処置として,開頭によ

る外科的治療あるいは開頭を要しない血管内治療を行う。通常開頭手術が行われる

が,最近ではコイルを用いて動脈瘤を閉塞する血管内治療が増加している。血管内

治療の適応は,①高齢者,②合併症のために全身麻酔が困難,③直達手術が困難な

動脈瘤,④重症度分類Ⅰ~Ⅳなどである。

 破裂動脈瘤の手術適応には,クモ膜下出血発症後第2病日までに行う早期手術

と,10 ~14日ほど待って行う待機手術がある。早期手術対象症例は,全身状態お

よび術前神経症状が良好な症例や頭蓋内圧が亢進している症例である。待機手術

は,患者が致命的状態か植物症を呈している場合以外は対象になる。再出血しやす

い時期を保存的に治療し,急性期の重篤な状態も落ち着き,血管攣縮の危険性が低

くなった症例などが適応である。

1)外科的治療(図4) 一般的に,直達動脈瘤手術として,専用の金属クリップを用いた脳動脈瘤頸部ク

リッピング術(ネッククリッピング)がある。動脈瘤の状態や位置の関係から,ク

リッピング術が困難な場合は,動脈瘤壁全体を補強する動脈瘤被包術(コーティン

グ術,ラッピング術)を行う場合がある。この場合,再出血予防効果はクリッピン

グ術に比べて劣る。椎骨動脈解離の場合には,動脈瘤トラッピング術が再出血予防

の上で推奨される。

2)血管内治療(図4) 大腿動脈よりマイクロカテーテルの先端を動脈瘤内に挿入し,そのカテーテルを

介してコイルを動脈瘤内に詰めるコイル塞栓術がある。

8.術前管理 術前管理で最も重要となるのが再出血の予防である。再出血予防のポイントは,

①積極的な降圧療法,②十分な鎮痛・鎮静,③安静,不必要な刺激は与えないこと

である。

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2章

脳神経外科

・ 手術までは,全身状態,神経学的所見の観察を行い,バイタルサインは1時間ごと

に確認する。心肺監視装置で経時的にモニター観察して,異常の早期発見に努める。

・暗室管理とし,痛覚などの刺激を与えない。

・ 絶対安静で体位をヘッドアップ20 ~30°とし,脳血流を維持する。体位変換は

除圧程度にする。

・ 意識障害患者において,瞳孔を確認する程度なら構わないが,対光反射をあえて

確認する必要はない。

・ 無呼吸の出現や呼吸パターンの変調など呼吸状態の変化に注意し(「脳出血」図2〈P.103〉参照),異常がある場合には速やかに医師に報告する。

・ペルジピンにより血圧を110 ~140mmHgでコントロールする。

・ 鎮静剤には1%ディプリバンやドルミカムを使用し,体動による再出血の予防に

はマスキュラックスを使用する。

・ WFNS分類GradeⅣ~Ⅴで意識障害が重度の患者では,深い鎮静(RASS-3~-5)

で呼吸器管理を行う。GradeⅠ~Ⅱで意識障害が軽度の場合は,酸素療法により

浅めの鎮静(RASS-1~-2)で管理する。

・必要時は,脳圧コントロール目的で浸透圧利尿薬を使用する。

・ 急性発症であり,患者・家族は危機的状況に置かれているため,身体的・精神

的・社会的支援を行う必要がある。当院では,ソーシャルワーカーなどの早期介

入を行っている。

9.術後管理 術後の経過を表7に示す。術後の管理として,①再出血の予防,②頭蓋内圧の管

理,③脳血管攣縮の予防,④患者・家族への心理的サポートが重要である。

1)再出血の予防 再出血はクモ膜下出血における最大の予後不良因子であり,発症24時間以内に

多く発生する。一度出血した脳動脈瘤は再出血しやすいため,術後は再出血の予防

図4 脳動脈瘤の手術

脳動脈瘤頸部クリッピング術

動脈瘤被包術

動脈瘤トラッピング術

バイパス(側副血行路)

コイル塞栓術

プラチナコイルマイクロカテーテル

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クモ膜下出血

3節

が必要となる。再出血により頭蓋内圧亢進が起こると,脳灌流圧が低下して脳循環

血液量が減少することで,意識障害などの神経症状が出現する。また,脳が圧排さ

れることで脳ヘルニアを引き起こす。そのため,術後翌日のCTで出血がないこと

を確認するまでは,低めの血圧コントロールや鎮痛・鎮静による安静療法を行う。

2)頭蓋内圧の管理 術後は,再出血による頭蓋内占拠性病変やクモ膜下出血により脳組織が圧迫さ

れ,神経細胞が破壊されることで浮腫が生じる。また,血管攣縮により脳灌流が低

下して脳虚血に陥ることで脳浮腫が引き起こされる。さらに,クモ膜下出血により

髄液循環障害や吸収障害が生じ,脳脊髄液が頭蓋内腔に過剰に貯留することで水頭

症が起こる。このように,術後は,さまざまな原因により頭蓋内圧が亢進する。そ

のため,術後は頭蓋内圧の管理が重要となる。

 クモ膜下出血では,下垂体後葉からのADH分泌を亢進させる抗利尿ホルモン分

泌異常症候群(SIADH)や中枢性塩類喪失症候群(CSWS)が起こる。血清中のナ

トリウムが喪失した状態では,血漿の浸透圧が低下して水分が脳内に移行しやすく

なり,脳浮腫を発生するだけでなく,脱水による循環血液量の減少は脳血管攣縮を

引き起こす恐れがあるため,積極的に予防を行うことが重要である。急速にナトリ

ウムを投与すると,橋中心髄鞘崩壊症(CPM)や脳浮腫を来すことがあるため,

輸液の管理は十分に注意して行う必要がある。

3)脳血管攣縮の予防 脳血管攣縮は,再出血と同様に,患者の予後にかかわる合併症である。原因はい

まだ解明されていないが,血管が細くなることで虚血状態となり,意識障害や麻痺

などが出現し,脳梗塞の原因となる。クモ膜下出血の程度が強い場合や再出血の回

数が多い場合などでは,脳血管攣縮の頻度が高くなると言われている。

 脳血管攣縮は,動脈瘤破裂直後(48時間以内)に一過性に生じる早期攣縮と,

遅発性に生じ,しかも長期間続く遅発性攣縮がある。遅発性攣縮は,クモ膜下出血

後3日目から生じ,4~14日後にピークを迎えて,2~4週間で改善する。脳血

管攣縮の管理上重要なことは,予防と早期診断・治療である。当院ICUでは,クモ

膜下出血発症後3~4日目から脳血管攣縮の治療が開始となる。

 症候性の脳血管攣縮が起こった場合には,血管内治療によるエリルの選択的動注

療法や,バルーンカテーテルによる経皮的血管形成術を緊急で行うことがある。一

般的な治療法として,①人為的高血圧(Hypertension),②循環血液量の増加

(Hypervolemic),③血液希釈(Hemodilusion)などが有効とされており,①~③

を合わせてトリプルH療法と呼ばれている。

①人為的高血圧(Hypertension) 入室時から高血圧の患者が多く,再出血予防のため,術後から降圧療法を行って

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2章

脳神経外科

いる場合が多い。そのため,脳血管攣縮の治療開始と同時に血圧コントロールの上

限を上げて,人為的に高血圧で管理する。血圧100mmHg以下の場合は,昇圧剤(ド

ブタミン)で人為的に高血圧にして脳の血流を維持する。

②循環血液量の増加(Hypervolemic) 輸液量を多くして循環血液量を増やして脳血流を増加させる。中枢性塩類喪失症

表7 術後の主な経過

①術直後,CTや頭部・胸部X線で診断・評価を行う。②全身状態,瞳孔所見,神経学的所見を観察し,バイタルサインは1時間ごとに確認する。心肺監視装置で経時的にモニター観察し,異常の早期発見に努める。その後,状態が安定すれば,術後3時間以降は,3時間ごとの観察とする。③6時間ごとに水分出納バランスの管理を行う。体重は1日1回測定する。④床上安静とし,ヘッドアップ20~ 30°にして脳血流を維持する。⑤ペルジピンにより血圧を110~ 140mmHgでコントロールする。⑥脳槽ドレーンや脳室ドレーンによるドレナージは,CTで診断評価した上で行う。⑦脳槽ドレナージは,クモ膜下出血によりクモ膜下腔(図5)に貯留した血性髄液を排出するために行われる。クモ膜下腔に血液が貯留すると脳血管攣縮が引き起こされる。脳槽ドレナージはこれを予防する。脳槽ドレーンは,脳底槽の前頭葉と側頭葉の分かれ目(シルビウス裂)の一番深部にある脳槽に挿入される。脳底槽は大量の髄液が貯留している場所でもある。脳血管攣縮は発症から2週間程度持続すると考えられているため,脳槽ドレーンの留置期間は2週間程度とする。⑧脳室ドレナージは,脳室から髄液を排除し,急性水頭症を改善するために行われる。中心部より顔面寄りの部分である側脳室(図5)の前角に留置する。留置期間は2~3日程度だが,水頭症の程度によってそれ以上留置することも多い。⑨術後は通常,皮下ドレーン(硬膜外ドレーン)が留置される。皮下ドレーンは,術後の出血を排出し,硬膜外血腫ができるのを防ぐことが目的である。術翌日に抜去する。⑩術翌日には,CTによる診断・評価に基づいて皮下ドレーンを抜去し,2~3日後には脳室ドレーンを抜去する。脳槽ドレーンは,水頭症の所見がないかを確認した上で,14病日前後で抜去する。⑪頭痛発生時は,インテバン25mg,ロキソニン60mgで疼痛コントロールを行う。ただし,小さい出血時などに警告頭痛が出現することがあるため,鎮痛剤の使用は慎重に行う。⑫術直後は絶飲食とする。意識障害が軽度で神経症状がなければ,術後2日から飲水を開始し,術後3日から食事を開始する。食事が困難な場合は,消化管に問題がなければ,術後3日から経鼻経管栄養を開始する。⑬術後4病日以内に,脳血管造影により動脈瘤の残存がないかを精査する。⑭意識障害のある患者では,術後3病日からリハビリテーション科に併診を依頼する。ベッド上でも関節可動域訓練から開始する。⑮MRIにより,発症後3病日に脳血管攣縮前の血管の評価を行い,発症後7~10病日に脳血管攣縮の評価を行う。⑯重症のクモ膜下出血は,脳浮腫が強く,頭蓋内圧亢進のリスクが高い。そのため,術中に外減圧を行うことがあり,脳圧の管理が重要となる。

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クモ膜下出血

3節

候群(CSWS)や抗利尿ホルモン分泌異常症(SIADH)などにより,尿量が増加し

て水分出納バランスがマイナスバランスに傾くことが多く,その都度負荷の輸液を

行う。アルブミンは血漿に最も多く含まれるタンパク質で,主に血管内の水分を保

ち,血液の流れを調節する役割があるため,必要時は投与が検討される。また,そ

れ以外に,循環血液量を増やして脳血流を増加する目的で輸血を行うこともある。

③血液希釈(Hemodilusion) 脳血管治療を開始した直後から低分子デキストランを使用することで,血液を希

釈して血漿を増やし,粘稠度を高めて血液を流れやすくする。

④その他 脳槽灌流療法では,血性髄液の量が脳血管攣縮の重症度に影響するため,積極的

に血液を排出するための治療として,脳槽ドレーンからのドレナージを行う。脳血

管攣縮により脳血管の狭窄がある場合は,脳血管造影時にエリルの動脈注射を行

い,脳血管を拡張する。

4)患者・家族への心理的サポート クモ膜下出血は前駆症状もなく突然発症する場合が多く,それぞれの経過があ

り,患者・家族はそれぞれの反応を示す。急性期は患者の病状や家族の心理状態も

刻々と変化するため,その時々の状態や反応をとらえ,心理的サポートを適切なタ

イミングで行う。

図5 髄液の循環

〈正中(矢状)断面〉 〈冠状断面(正面から見た横断面)〉

静脈洞

クモ膜

第三脳室

クモ膜顆粒

クモ膜下腔

側脳室

脈絡叢

第四脳室

マジャンディー孔 ルシュカ孔

脊髄中心管

髄液が吸収される

髄液が作られる

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2章

脳神経外科

クモ膜下出血の成り行きクモ膜下出血

頭蓋内圧亢進症状髄膜刺激症状(突然の激しい頭痛)

頭蓋外症状

死亡 救命処置

積極的な降圧療法鎮痛・鎮静コントロール

絶対安静

外科的手術

72時間以内の早期手術

脳動脈瘤頸部クリッピング術

持続点滴,薬物療法安静,呼吸管理

待機手術

積極的な降圧療法鎮痛・鎮静コントロール

絶対安静

血管内手術(コイル塞栓術)

合併症

持続点滴,薬物療法

合併症の悪化

内・外減圧持続点滴,薬物療法

死亡 機能障害あり

ADL拡大状態安定

ICU退室

搬送前に死亡

出血源の検索・頭部CT検査・脳血管造影検査

保存療法

持続点滴,薬物療法安静,呼吸管理

リハビリテーション

#1 再出血 #2 緊急入院に関連した不安

#5 不使用性シンドローム

#4 身体損傷リスク状態

#6 不安  〈患者・家族〉

#1 後出血(再出血)

#3 脳血管攣縮 #2 頭蓋内圧亢進

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クモ膜下出血

3節

クモ膜下出血の関連図

喫煙高血圧飲酒

血圧上昇

脳動脈周囲の血腫

血管収縮物質

脳血管の狭窄

脳血流の低下

脳梗塞

神経細胞の壊死

自動調節機能障害

脳組織の圧迫

細菌性動脈硬化性

血行力学的ストレス

脳動脈瘤

破裂

脳脊髄液の循環・吸収障害

脳脊髄液の増加

脳室拡大

意識レベルの低下急激な頭痛悪心・嘔吐

対光反射の消失瞳孔不同

脳ヘルニア

脳幹圧迫

呼吸停止

心停止

カテコラミンの過剰放出

外的・内的刺激によるストレス

消化管出血

見当識障害失禁歩行障害

脳血液還流量の低下

先天性

脳動静脈奇形

致死性不整脈

心臓機能不全

神経原性肺水腫

低酸素血症

呼吸不全

クッシング現象・収縮期血圧の上昇・徐脈・脈圧の増大

脳浮腫

急性水頭症

脳血管攣縮

再出血

頭蓋内圧亢進

たこつぼ心筋症

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2章

脳神経外科

クモ膜下出血の看護

術前・待機手術の看護看護問題#1 再出血に伴う頭蓋内圧亢進#2 生命の危機的状況にある患者・家族の不安看護目標

1.再出血を起こさない。

2.不安の軽減

看護計画 (1)観察項目①頭蓋内圧亢進症状

・意識レベルの変化    ・瞳孔所見の変化:瞳孔不同,眼球偏位

・頭痛の有無・程度・経過 ・悪心・嘔吐の有無

・クッシング徴候:収縮期血圧の上昇,徐脈,脈圧の増大

・けいれんの有無     ・四肢麻痺の有無・程度

・ クモ膜下出血により脳組織が圧迫され,神経細胞が壊死することで,脳浮腫や脳脊髄液の循環・吸収障害を来し,頭蓋内圧亢進が生じる。脳動脈瘤は再出血を繰り返しやすい。再出血は発症後24時間以内に起こりやすく,保存的に治療すると,最初の1カ月で20 ~30%が再出血し転帰を悪化させるため,再出血の予防は極めて重要である。そのため,再出血による頭蓋内圧亢進症状などの出現がないか観察する力(フィジカルイグザミネーション)が必要となる。

・ クモ膜下出血では,運動麻痺や言語障害を伴わない突然の激しい頭痛が特徴であるが,搬送時に神経症状が出現することがある。その理由は,脳動脈瘤破裂の部位によって,頭蓋内圧の亢進に伴って脳灌流の低下が起こり,脳細胞が障害されるためである。

クモ膜下出血患者の予後によく相関するのは発症時の意識障害の程度であり,これを正確に評価することが重要である。また,クモ膜出血患者は,発症してから数時間のうちに症状が改善したり,逆に再出血や急性水頭症などにより急激に悪化したりすることもある。

②呼吸状態:呼吸回数,呼吸パターン,呼吸音,SpO2,胸部単純X線写真

厳密な機序は不明だが,重症のクモ膜下出血の場合は,カテコラミンの過剰放出によって神経原性肺水腫を合併することがある。また,呼吸機能の

・クモ膜下出血により脳組織が圧迫され,神経細胞が壊死することで,脳浮腫や脳脊髄液の循環・吸収障害を来し,頭蓋内圧亢進が生じる。脳動脈瘤は再出血を繰り返しやすい。再出血は発症後24時間以内に起こりやすく,保存的に治療すると,最初の1カ月で20 ~30%が再出血し転帰を悪化させるため,再出血の予防は極めて重要である。そのため,再出血による頭蓋内圧亢進症状などの出現がないか観察する力(フィジカルイグザミネーション)が必要となる。

・クモ膜下出血では,運動麻痺や言語障害を伴わない突然の激しい頭痛が特徴であるが,搬送時に神経症状が出現することがある。その理由は,脳動脈瘤破裂の部位によって,頭蓋内圧の亢進に伴って脳灌流の低下が起こり,脳細胞が障害されるためである。

厳密な機序は不明だが,重症のクモ膜下出血の場合は,カテコラミンの過剰放出によって神経原性肺水腫を合併することがある。また,呼吸機能の

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クモ膜下出血

3節

低下や安静療法のため鎮痛・鎮静で管理することもあり,呼吸状態の観察が必要となる。再出血などの頭蓋内圧亢進により脳ヘルニアを来すと,呼吸機能の低下も起こる可能性が高い。呼吸回数やSpO2,呼吸音だけでなく,呼吸パターンの変調に注意する必要がある。

③循環動態:血圧,心拍数,12誘導心電図,不整脈の有無

発症以前に高血圧である患者も多く,術前は再出血予防のため,厳重な血圧コントロールが必要である。急激な血圧の上昇や徐脈は,再出血などの頭蓋内圧亢進によるクッシング徴候であるため,循環動態のモニタリングを厳重に行う。重症のクモ膜下出血の場合は,大量のカテコラミン放出により,不整脈の出現やたこつぼ心筋症が出現することもある。たこつぼ心筋症により,左心室が大きく膨張し,急激に心臓の働きが悪化して血圧が低下し,十分な酸素供給ができなくなる心原性ショックを来すこともまれにあるため,循環動態には十分に注意する。

④鎮静レベルや痛みの強さ

・鎮静スコア(RASS)(「人工呼吸管理」表9〈P.183〉)

・ 痛みの強さの評価(数値的評価スケール〈numerical rating scale:NRS〉,視覚

的アナログスケール〈visual analogue scale:VAS〉,フェイス・スケール〈The

Faces Pain Scale:FRS〉)

術前は,頭痛による苦痛や挿管チューブの違和感,意識障害などに伴い体動が激しい場合がある。この場合は再出血のリスクが高い。十分な鎮痛を図ることで,鎮静は最小限にすることができる。

⑤検査データ:血液検査,単純X線検査,頭部CT検査

出血部位や水頭症の所見から起こり得る神経症状や障害の程度が予測できるため,術前のCT所見を必ず把握しておく。

(2)ケア項目①安静の保持

・ヘッドアップ20 ~30°とし,頭蓋内の静脈還流を促す。

・褥瘡を予防するために,2~3時間ごとに静かに体位変換を行う。

・不要な刺激を避ける(個室で暗室管理し,外部からの刺激を最小限にする)。

・面会者は家族のみと最小限にする。

嘔吐による誤嚥や意識障害による唾液の誤嚥に注意し,体位を整えて予防する必要がある。

低下や安静療法のため鎮痛・鎮静で管理することもあり,呼吸状態の観察が必要となる。

発症以前に高血圧である患者も多く,術前は再出血予防のため,厳重な血圧コントロールが必要である。急激な血圧の上昇や徐脈は,再出血などの頭蓋内圧亢進によるクッシング徴候であるため,循環動態のモニタリングを厳重に行う。

術前は,頭痛による苦痛や挿管チューブの違和感,意識障害などに伴い体動が激しい場合がある。この場合は再出血のリスクが高い。十分な鎮痛を図ることで,鎮静は最小限にすることができる。

出血部位や水頭症の所見から起こり得る神経症状や障害の程度が予測できるため,術前のCT所見を必ず把握しておく。

嘔吐による誤嚥や意識障害による唾液の誤嚥に注意し,体位を整えて予防する必要がある。

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2章

脳神経外科

②薬剤および輸液量の管理

・血圧降下薬により血圧を指示内でコントロールする。

・ 頭蓋内圧亢進症状があれば,浸透圧利尿剤を使用するため,症状の出現に注意する。

③酸素療法と人工呼吸器の管理

・グレードや意識レベルによって呼吸管理を行う。

酸素療法中の患者は,再出血により呼吸状態が悪化することもあるため,緊急時に備えて,すぐに挿管できるよう救急カートなどを準備しておくことも必要である。

④鎮静・鎮痛の管理

・鎮静・鎮痛の目標を医師に確認し,適切な鎮静・鎮痛を図る。

・ ルート確保,膀胱留置カテーテルの挿入,更衣など,どうしても必要な処置は,

医師に確認した上で実施する。

⑤循環動態の管理

・厳重なモニタリング管理を行う。 ・適切に薬剤が投与されているかを確認する。

⑥不安の軽減

・少しでも不安が軽減できるような声掛けを行う。

・安静を保ち,検査や手術へ臨めるように配慮する。

⑦患者・家族の時間の確保

・面会は必要最低限とする。 ・家族がゆっくり話せる場所を確保する。

発症直後は再出血のリスクが高く,厳重に管理し,外部からの刺激を最小限にしなければならない状態である。しかし,クモ膜下出血の急な発症で患者・家族の動揺は大きく,そういった状況であるからこそ,患者と家族の時間を大切にして精神的配慮を行う必要がある。重症のクモ膜下出血の患者は,発症前の患者とは違い,人工呼吸器や輸液ポンプなどで全身管理を行っており,気管内挿管によりコミュニケーションに制限があり,声も出せない状態である。危機的状況にある患者の状態を見て,家族は衝撃を受け,現状を受け入れることができず,どう接したらよいか分からない状況に陥っている。そんな時に,患者の安静を保てる範囲で,患者の手を取って声を掛けられるようにすることが,家族と患者をつなぐ大切な援助になる。

(3)教育項目① 現状や安静の必要性を説明する。また,疑問や不安がある場合は,医師による説

明の機会を考慮する。

②痛みの増強や吐き気,気分不快を来したらすぐに知らせるように説明する。

酸素療法中の患者は,再出血により呼吸状態が悪化することもあるため,緊急時に備えて,すぐに挿管できるよう救急カートなどを準備しておくことも必要である。

発症直後は再出血のリスクが高く,厳重に管理し,外部からの刺激を最小限にしなければならない状態である。しかし,クモ膜下出血の急な発症で患者・家族の動揺は大きく,そういった状況であるからこそ,患者と家族の時間を大切にして精神的配慮を行う必要がある。

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91

クモ膜下出血

3節

(4)ヒヤリハット 術前は動脈瘤の処置がされていないため,さまざまな外部からの刺激で再出血す

るリスクが高い状態である。そのため,検査時の移動は最小限にし,対光反射は光

を当てずに瞳孔の大きさのみを確認して,絶対安静で管理する。

術後の看護看護問題#1 後出血(再出血)#2 頭蓋内圧亢進#3 脳血管攣縮#4 身体損傷リスク状態#5 不使用性シンドローム#6 不安看護目標

1.後出血がなく,異常を早期に発見できる。

2.頭蓋内圧亢進症状の予防と早期発見

3.脳血管攣縮による脳局所症状を早期に発見できる。

4.転倒・転落がなく入院生活を送ることができる。

5.残存機能を維持できる。

6.不安の軽減

看護計画 (1)観察項目①全身状態(頭蓋内圧亢進症状):意識レベルの低下の有無や程度

再出血はクモ膜下出血における最大の予後不良因子であり,発症24時間以内に多く発生し,初回の出血よりも重症となり,70 ~90%が死に至る。一度出血した脳動脈瘤は再出血しやすいため,術後は再出血の予防が必要となる。再出血により頭蓋内圧亢進が起こると,脳灌流圧が低下して脳循環血液量が減少し,意識障害などの神経症状が出現する。また,脳が圧排され,脳ヘルニアが引き起こされる。脳がひとたび損傷を受けると,機能回復は困難となる。術中の経過や術後のCTを確認することが大切である。初回の重症度が予後を左右すると言われるが,術中に動脈瘤が破裂する可能性もある。また,手術操作による神経へのダメージの有無を確認することで,その後の合併症の早期発見や経過の予測ができる。

再出血はクモ膜下出血における最大の予後不良因子であり,発症24時間以内に多く発生し,初回の出血よりも重症となり,70 ~90%が死に至る。一度出血した脳動脈瘤は再出血しやすいため,術後は再出血の予防が必要となる。再出血により頭蓋内圧亢進が起こると,脳灌流圧が低下して脳循環血液量が減少し,意識障害などの神経症状が出現する。また,脳が圧排され,脳ヘルニアが引き起こされる。脳がひとたび損傷を受けると,機能回復は困難となる。

dtp
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