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3回生「材料組織学1」 緒言
2013 年度 担当:辻
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2.4 2成分系
次に、2成分系(例えば元素 Aと元素 Bから成る A-B二元系合金)の熱力学を取り扱う。 2.4.1 二元固溶体のギブス自由エネルギー いま、純金属 A と純金属 B が同じ結晶構造を持ち、これらはどのような組成でも完全に混じり合って、同一の結晶構造の固溶体(solid solution)を形成すると仮定する。いま、1モルの均一な A-B固溶体中に、Aが
€
XAモル、Bが
€
XBモル存在するとす
ると、
€
XA + XB =1 (2.18) であり、
€
XA、
€
XBをモル分率(mole fraction)という。A, Bの原子量が、
€
MA、
€
MBで
あるとすると、A, Bの重量分率(weight fraction)
€
wA、
€
xB(
€
wA + wB =1)は、
€
wA =XA MA
XA MA + XB MB
€
wB =XB MB
XA MA + XB MB
という関係にある。パーセント表記した場合、モル分率は at.%と示し、重量分率はwt.%またはmass%と示す。 A-B固溶体を作製する場合、Fig.2.7のような 2段階のステップを考える。 1.
€
XAモルの純 A原子と
€
XBモルの純 B原子を用意する。 2.A原子と B原子を混ぜ合わせ、均一な固溶体を作製する。
Fig.2.7 二元固溶体の作製
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段階1の時点でのこの系の自由エネルギーは、
€
G1 = XA GA + XB GB [J mol−1] (2.19) ここで、
€
GAと
€
GBは、今考えている温度、圧力の下での純 A、純 Bのモル自由エネルギーである。
€
G1は、Fig.2.8のような組成-自由エネルギー図で表すことができる。
Fig.2.8 段階 1(混合前)の系のモル自由エネルギー
€
G1の組成依存性 原子 A と B の混合により自由エネルギーは変化し、段階2(混合後)の固溶体の自由エネルギー
€
G2 =G1 + ΔGmix (2.20)
€
ΔGmixは、混合による自由エネルギー変化である。
€
G1 = H1 − T S1G2 = H2 − T S2
であり、
€
ΔHmix = H2 − H1
ΔSmix = S2 − S1
であるから、
€
ΔGmix = ΔHmix − T ΔSmix (2.21)
€
ΔHmixは混合によるエンタルピー変化であり、段階2において発生する(または吸収
される)熱量である。混合に伴う体積変化を無視すれば、これは内部エネルギー(E)の変化ということになる。
€
ΔSmixは、混合によるエントロピー変化である。
3回生「材料組織学1」 緒言
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2.4.2 理想溶体 最も簡単な場合として、
€
ΔHmix = 0の場合を考える。このような固溶体は、理想溶体
(ideal solution)と呼ばれる。この場合、混合の自由エネルギー変化は、混合のエントロピー変化によるものであり、
€
ΔGmix = − T ΔSmix (2.22) 統計熱力学(statistical thermodynamics)によれば、エントロピーは乱雑さ(randomness)と、次のボルツマンの式(Boltzmann equation)により関係づけられる。
€
S = k lnω (2.23) ここで
€
kはボルツマン定数であり、
€
ωは乱雑さの尺度である。固溶体のエントロピー
には、熱的寄与
€
Sthと、配列による寄与
€
Sconfigがある。熱的エントロピーにおいては、
€
ω
は、熱エネルギーを構成原子間に分配するやり方の数、すなわち、固体中での振動の
組み合わせの数である。固溶体の場合には、(異種)原子の並び方の違いに基づく乱
雑さがこれに加わる。これが
€
Sconfigを与え、その場合、
€
ωは、固溶体中の区別できる原
子の並び方の数である。 もしも混合によって体積変化や熱の変化がなければ、
€
ΔSmixは、
€
Sconfigによってのみ
決まる。混合前の段階 1(Fig.2.7 の左側)では、A 原子の集団と B 原子の集団とは分け隔てられており、区別できる並び方の組み合わせは1つしかないから、
€
S1 = k ln1 = 0 であり、したがって、
€
ΔSmix = S2 である。 A原子と B原子が置換型に固溶し、どのような並び方も等しい確率で生じるとすると、固溶体中の区別できる原子の並び方の数は、
€
ω config =NA + NB( )!NA!NB!
(2.24)
ここで
€
NAは A原子の数、
€
NBは B原子の数である。 いま、1モルの固溶体を考えているから、アボガドロ数(Avogadro’s number)を
€
Na
とすると、
€
NA = XA Na
NB = XB Na
これを(2.24)式に代入し、非常に大きな数 Nに対するスターリングの公式(Stirling’s approximation)
€
lnN!≅ N lnN − N
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と、
€
Na k = R(ガス定数)という関係を用いると、
€
ΔSmix = − R XA lnXA + XB lnXB( ) (2.25)
€
XA、
€
XBは 1より小さい数であるので、
€
ΔSmixは正の値を取る。すなわち、混合により
エントロピーの増加が生じる。混合の自由エネルギー変化
€
ΔGmixは、(2.22)式より
€
ΔGmix = R T XA lnXA + XB lnXB( ) (2.26) Fig.2.9は、組成(
€
XB)および温度(T)が変化した場合の
€
ΔGmixの変化を示している。
Fig.2.9 理想溶体における混合の自由エネルギー変化
固溶体の自由エネルギーGは、式(2.19), (2.20), (2.26)より
€
G =G2 = XA GA + XB GB + R T XA lnXA + XB lnXB( ) (2.27) これを模式的に示すと Fig.2.10のようになる。これは Fig.2.8と Fig.2.9の組み合わせである。
Fig.2.10 理想溶体のモル自由エネルギー
温度が上がると、両成分の熱的エントロピーの効果で
€
GAと
€
GBが減少し、また Gの曲線の曲率が大きくなる。
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2.4.3 化学ポテンシャル 合金において、系に原子が加えられたり、系から原子を取り去ったりした場合の、
ある相の自由エネルギーの変化を考えてみる。 一定温度、一定圧力下で、小量の A 原子 dnAモルが十分な量のある相に加えられ
たとする。系の大きさが dnAだけ増加したから、系のトータルの自由エネルギーも、
少量 dG’だけ増加する。もし dnAが十分小さければ、dG’は加えられた Aの量に比例すると考えてよいので、
€
dG' = µA dnA (T, P, nB一定) (2.28) と表すことができる。ここで比例定数
€
µAを、その相中の A の部分モル自由エネルギー(partial molar free energy)または Aの化学ポテンシャル(chemical potential)という。
€
µAは組成に依存するので、
€
dnAは組成を大きく変えない程度に十分小さい必
要がある。(2.28)式を書き換えると、次の化学ポテンシャルの定義式が得られる。
€
µA =∂G'∂nA
⎛
⎝ ⎜
⎞
⎠ ⎟ T ,P ,nB
(2.29)
ここでは、G’を用いることによって系の「全体の」自由エネルギーを示しており、したがって Gを用いる場合はモル自由エネルギーを表し、系の大きさに依存しない。 (2.28)式や(2.29)式は、系の他の成分に対しても導くことができ、一定温度、一定圧力の二元系においては、
€
dG' = µA dnA + µB dnB (2.30) 多元系で温度(T)や圧力(P)の変化も許す場合、この式は、
€
dG' = − S dT +V dP + µA dnA + µB dnB + µC dnC +⋅ ⋅ ⋅ となる。 いま、二元系が
€
XAモルの A 原子と
€
XBモルの B 原子で構成されている場合、
€
dnA : dnB = XA : XB となるように微少量の A と B を加えれば、組成の変化無しに系の大きさを増加させることができる。例えば、(
€
XA = 2 /3、
€
XB =1/3)である系の場合、B原子を1個加えれば A原子を 1個加えると言った割合(
€
dnA : dnB = 2 :1)で原子を加えていけば、系の組成は変化しない。こうしたやり方で、
€
µAと
€
µBを変化させずに、
系の大きさを 1モル増加させることができる。この場合、
€
XAモルの A原子と
€
XBモル
の B原子が系に加えられ、それによりモル自由エネルギーGだけ系の自由エネルギーは増加する。したがって、(2.30)式より、
€
G = µA XA + µB XB [J mol−1] (2.31)
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Fig.2.11 のように、G が
€
XBの関数として判っていれば、
€
µAと
€
µBは、組成
€
XBにお
ける G の接線が組成-自由エネルギー曲線の両端の縦軸と交わる点として求めることができる。(これは後に、二相間の平衡を共通接線をもとに考える場合に重要となる。)
これは、
€
XA + XB =1 であることから、
€
dXA = − dXB となるが、これを式(2.30)と(2.31)に代入することによっても求めることができる。また Fig.2.11より、組成
€
XBが変化するとともに、
€
µAと
€
µBが変化することが分かる。
Fig.2.11 固溶体の自由エネルギー曲線と、各成分の化学ポテンシャルの関係
式(2.27)と(2.31)を比べることにより、理想溶体の
€
µAと
€
µBが、
€
µA =GA + R T lnXA
µB =GB + R T lnXB (2.32)
と書ける。これらの関係を Fig.2.12に模式的に示す。
Fig.2.12 理想溶体における自由エネルギー曲線と化学ポテンシャルの関係
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2.4.4 正則溶体 前節の理想溶体では
€
ΔHmix = 0としたが、これは現実的ではなく、実際には混合により吸熱(endothermic)または発熱(exothermic)反応が起こる。本節では、
€
ΔHmixを
簡単なアプローチで考えてみる。 ここでは、混合のエンタルピー変化
€
ΔHmixが、隣接原子間の結合のみによってもた
らされると考える。このような状況は、原子 A と原子 B の大きさが同じで混合により変化せず、したがって原子間距離や結合エネルギーが組成に依存しない場合にあり
得る。
Fig.2.13 二元固溶体における結合の種類
二元固溶体における構造を Fig.2.13に示す。ここには 3種類の結合がある。 ・A-A結合。結合一個あたりのエネルギー
€
εAA ・B-B結合。結合一個あたりのエネルギー
€
εBB ・A-B結合。結合一個あたりのエネルギー
€
εAB 原子間距離が無限に遠い場合のエネルギーをゼロとすると、
€
εAA、
€
εBB、
€
εABは負の値
を有し、結合が強くなるほどより大きな負の値になる。固溶体のエネルギーEは、各結合の数を
€
PAA、
€
PBB、
€
PABとすると、
€
E = PAA εAA + PBB εBB + PAB εAB となる。混合までは、純金属 A、純金属 B中には、それぞれ A-A結合と B-B結合しかない。固溶体中の
€
PAA、
€
PBB、
€
PABの関係を考えると、
€
ΔHmix = PAB ε (2.33) ただし、
€
ε = εAB −12εAA + εBB( ) (1.34)
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すなわち、εは、A-B 結合エネルギーと、A-A 結合 B-B 結合の平均結合エネルギーの差である。
€
ε = 0の場合、
€
ΔHmix = 0であって、すなわちこれは理想溶体である。この場合、原子
は完全にランダムに配置され、混合のエントロピーは式(2.25)で表される。このような溶体では、
€
PAB = Na z XA XB [bonds mol−1] (2.35) zは原子 1個あたりの結合の数である。
€
ε < 0の場合、固溶体中の原子は、別の種類の原子に囲まれる事が好ましく、
€
PABが増加する。一方、
€
ε > 0の場合には、
€
PABはランダム溶体の場合よりも小さくなる。 εがゼロに近いとすると、(2.35)式はいずれの場合にも悪い近似ではなく、
€
ΔHmix =Ω XA XB (2.36) ここで、
€
Ω = Na z ε (2.37) (2.36)を満たす溶体を、正則溶体(regular solution)という。
€
ΔHmixの組成に対する
変化は、
€
Ω > 0の場合、Fig.2.14 のように放物線上である。
€
XA = 0または1における
接線は、Ωと図のように関連づけることができる。
Fig.2.14 正則溶体における
€
ΔHmixの組成に対する変化
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正則溶体における混合の自由エネルギー変化は、(2.21), (2.25), (2.36)式より、
€
ΔGmix =Ω XA XB + R T XA lnXA + XB lnXB( ) (2.38)
€
ΔHmix
€
−T ΔSmix これを、異なるΩおよび温度(T)について Fig.2.15 に示す。発熱的な固溶体の場合、
€
ΔHmix < 0であり、いかなる温度でも混合によって自由エネルギーが低下する(Fig.2.15 a,b)。
€
ΔHmix > 0の場合、状況はやや複雑である。高温ではあらゆる組成で
€
T ΔSmixが
€
ΔHmixよりも大きく、自由エネルギー曲線は常に下に凸である(Fig.2.15 c)。一方低温では、
€
T ΔSmixが小さくなり、
€
ΔGmixは中間の組成で上に凸の曲線となる
(Fig.2.15 d)。 式(2.25)を微分する。
€
XA →0または
€
XB →0において、
€
−T ΔSmix曲線は垂直になるが、
€
ΔHmix曲線は有限の値Ωとなる(Fig.2.14)。すなわち、絶対零度以外では、少量の溶質の添加により、
€
ΔGmixは必ず低下する。
Fig.2.15
€
ΔGmixに与える
€
ΔHmixと
€
Tの効果
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合金の実際の自由エネルギーは
€
GAと
€
GBに依存し、(2.19), (2.20), (2.38)式より、
€
G = XA GA + XB GB +Ω XA XB + R T XA lnXA + XB lnXB( ) (2.39) これを、Aおよび Bの化学ポテンシャルとともに Fig.2.16に示す。関係式
€
XA XB = XA2 XB + XB
2 XA を用い、式(2.31)と(2.39)を比べることにより、正則溶体において、
€
µA =GA +Ω 1 − XA( )2 + R T lnXA
µB =GB +Ω 1 − XB( )2 + R T lnXB
(2.40)
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2.4.5 活量 Fig.2.16における線分 acと bdが
€
−R T lnaAおよび
€
−R T lnaBとなるような量
€
aを活
量(activity)として定義すると、理想溶体における式表現(2.32)を一般の溶体に適用することができる。この場合、
€
µA =GA + R T lnaAµB =GB + R T lnaB
(2.41)
となる。
Fig.2.16 モル自由エネルギーと活量の関係 一般的には、
€
aA、
€
aBは
€
XA、
€
XBとは異なる値を取り、その関係は固溶体の組成に依
存する。正則溶体の場合、式(2.40)と(2.41)を比較して、
€
ln aAXA
⎛
⎝ ⎜
⎞
⎠ ⎟ =
ΩR T
1 − XA( )2
ln aBXB
⎛
⎝ ⎜
⎞
⎠ ⎟ =
ΩR T
1 − XB( )2 (2.42)
純金属Aと純金属Bが同じ結晶構造を持つと仮定すると、
€
aと
€
Xの関係は、Fig.2.17のように模式的に表すことができる。線1は、
€
aA = XA、
€
aB = XBである理想溶体の場
合に相当する。
€
ΔHmix < 0の場合、固溶体中の溶質の活量は理想溶体の場合よりも小さくなり(曲線2)、
€
ΔHmix > 0の場合はその逆となる(曲線3)。
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Fig.2.17 活量の組成に伴う変化。(a)
€
aA、(b)
€
aB。
比率
€
aAXA
⎛ ⎝ ⎜ ⎞
⎠ ⎟ を、Aの活量係数とよび、
€
γ Aで表す。
€
γ A =aAXA
(2.43)
溶媒 A 中に溶質 B が溶けた希薄溶体の場合、
€
XB →0の極限を取ると、式(2.42)は次のように簡略化できる。
€
γ B =aBXB
≅ const. (2.44)
これをヘンリー則(Henry’s law)という。また、
€
γ A =aAXA
≅1 (2.45)
これをラウール則(Raoult’s law)という。これらは、希薄溶体であれば常に適用できる。 活量は、式(2.41)を通じて化学ポテンシャルと関連づけることができ、したがってある成分の活量とは、溶体中のその成分の状態を表すものと考えることができる。活
量あるいは化学ポテンシャルとは、簡単に言えば、ある種類の原子が溶体から離脱し
ようとする傾向の尺度である。活量あるいは化学ポテンシャルが低い場合、その原子
は溶体から離れたがらず、平衡状態におけるその成分の蒸気圧は低くなる。