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4 天沼という故郷 AMANUMA SHOWAKAI 天沼尚和会 [町会紹介パンフレット] 杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業 ウェブサイト:www.amanuma8.com E メール:[email protected] 天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは 人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に “もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと 懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないように しながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。 近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。 多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは 今も昔も近所付き合いです。

AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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Page 1: AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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荻窪駅

清水一丁目

天沼二丁目

天沼三丁目

上荻一丁目

天沼中学校

タウンセブン

ルミネ

東京衛生病院

天沼西公園

天沼弁天池公園

天沼小学校

天沼八幡神社

ウェルファーム杉並

天沼という故郷

AMANUMASHOWAKAI

AMANUMASHOWAKAI

天沼の偉人たち 文人たちが住み続けた想いは今、底流になり天沼の隅々に行き渡っています

できるヒトができるコトをする

天 沼 尚 和 会 [ 町 会 紹 介 パ ン フレット ]

尚和会スマイルバッジ子どもと挨拶をしよう

防 災 マ ップ

町会の活動は様 あ々りますが、任意の団体なので強制を強いることはありません。「できるヒトができるコト」をするのが町会活動の基本です。働き盛りの20歳代~60歳代の中には町会不要論もあります。働く時間に地域を離れる方には活動が見えにくいかも知れません。道路や公園の掃除をしたり、小学校や中学校のサポート、そして安全パトロールも日常的に行っています。そうした中で町会にコミュニティーが育まれています。今後、超高齢社会を向かえると町会は福祉型的なコミュニティーに移行していくと考えられます。福祉型コミュニティーは孤食の子どもや一人暮らしの高齢者の存在も含まれます。高齢者になると20歳代~60歳代では見えなかった風景が否応なく実風景として存在します。この風景は誰でもがいつか通る道です。町会活動は「できるヒトができるコト」をするボランティア活動の一環です。

(1967年日本の人口1億人突破 、1970年では1億372万人の内75歳以上の高齢者が221万人だったが2016年1697万人で約7倍になる。2050年には人口が約1億人になり時65歳以上の高齢者が3841人で約4割が高齢者になる。)

こんにちは

上林 暁(かんばやし あかつき)昭和52年文化勲章受章。インド哲学を中心に、幅広くかつ超人的な仕事ぶりで知られ、海外からも高い評価を得た。旺盛な学術研究・教育活動のかたわら、仏教を多くの人々にわかりやすく伝えることをめざして平易な入門書を数多く執筆、また、東方研究会・東方学院を創設し、学問普及に大きな役割をはたした。

太宰 治(だざい おさむ)明治42年青森県北津軽郡金木村の大地主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川賞候補になった後、昭和14年の石原美知子と結婚後、『富嶽百景』『走れメロス』『津軽』など秀作を次々と発表。上京してま間もなく昭和8年から昭和13年までを杉並で過ごした。

中野好夫(なかの よしお)英米の演劇を中心に幅広い学識と緻密な分析を兼ね備えた第一級の学究者として1948年東大教授となる。1953年東大教授を退職。雑誌『平和』の編集長また憲法問題研究会に参加し護憲運動を推進。著作に『蘆花徳富健次郎』で大佛次郎賞、『中野好夫集』『沖縄文化研究』など。訳書に『トムソーヤの冒険』他多数。1982年朝日賞受賞。

向田邦子(むこうだ くにこ)テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。昭和4年(1929年)11月、東京府荏原郡世田谷町若林に生まれる。鹿児島、高松と転居の後、杉並区久我山に転居。昭和35年、女性のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」に参加、翌年「新婦人」に初めて向田邦子の名前で執筆。昭和37年、杉並区天沼に転居。

橋本明治(はしもと めいじ)昭和12年、第1回文部省美術展覧会「浄心」を出品特選となる。昭和27年、「赤い椅子」(日展)に対し昭和26年、芸能選奨文部大臣賞を贈られる。昭和30年、「まり千代像」(日展)に対し、第11回日本芸術院賞を贈られる。。昭和49年、文化勲章を授与される。昭和29年から平成3年まで、杉並区天沼に在住した。

河盛好蔵 (かわもり よしぞう)モラリスト(人間研究家)の文学者を研究した。戦後は文芸誌「新潮」の顧問や東京教育大学などの教壇に立ちながら筆を振るった。フランスの近現代文学の研究・紹介に努め、「フランス文壇史」(読売文学賞)等が代表作。88年、文化勲章を受章した。最高齢で2度目の読売文学賞も受賞した。2000年天沼にて永眠。

井伏鱒二(いぶせ ますじ)昭和3年29歳で井荻村(現在の清水町)に家を建てる。以後、荻窪の住民となり昭和57年に自伝風『荻窪風土記』を発表。『荻窪風土記』は関東大震災から昭和30年頃までの荻窪界隈の風土とそこに住む人々の変遷を記録した自伝的エッセイ。昭和13年『ジョン満次郎漂流記』で直木賞。昭和41年文化勲章受章。

大山康晴(おおやま やすはる)15世名人・永世棋聖・永世王将・永世10段。昭和27年、29歳で名人になる。昭和31年「永世名人」の資格を得、昭和51年、現役のまま「15世名人」襲位。優勝124回。昭和54年、NHK放送文化賞、紫綬褒章受賞。平成2年11月、文化功労者顕彰。昭和30年頃から亡くなる平成4年まで清水町に住居を構えていました。

現在の尚和会の活動 共助のまちづくりを目指して 日頃はすれ違えば会釈ができる“まち”でゆるやかな繋がりを災害時にはみんなで協力できる“まち”

世話人会:月1回、回覧板のセットと行政からの連絡事項の説明と地域の情報交換

各部の活動 厚生福祉部(初詣バスツアー)厚生福祉部(すみれ会)から肩たたき棒のプレゼント

防災部(防災訓練・スタンドパイプ訓練)と年1回の弁天池公園での防災訓練

防犯部(年間96日のグループパトロール) 環境リサイクル部(落ち葉感謝祭) 総会(各部報告と収支報告)・懇親会

新年会(杉並区の防災課と荻窪警察の講演) ラジオ体操: 毎朝(大晦日・正月三が日は休み)月1回の募金活動(3・11)、 ペットボトルキャップ回収と公園掃除

ペットボトルキャップ回収(天沼中学校) 弁天池公園で花咲かせ隊 80歳以上の方の敬老の日のお祝いと高齢者名簿作り(災害時役立てる、近所の方に存在を知ってもらう)

災害

● 災害時には天沼小学校、保育室「若杉」の震災救援所の立ち上げに参加。年1回の訓練と連絡会

日常の安全

● 小学生下校と公園見守り● パトロールと共に天沼連合会の防災訓練に年2回参加して 日常の自宅での防災を意識

高齢者サポート

● ささえあいネットワークや民生委員を通して高齢者の見守りや震災時の安全確認のために80歳以上の方の名簿(希望者のみ)を作成

● ペットボトルキャップ回収(天沼中学校)● 天沼小学校夏のラジオ体操、伝承遊び授業に参加● 天沼中学校伝統文化授業サポート● AKA防災学習会と天中オリジナルHUGカードをサポート

天沼中学校区地域教育推進協議会●子ども見守り講演会(公園で遊ぼう!冬こそ外遊び)●いざという時の「災害食・地域のネットワーク」講演●天沼中学校チャリテーマーケットに参加

荻窪音楽祭●東京都地域の底力再生事業(現・発展事業)で オリジナル企画で参加

杉並区シルバー人材センター・荻窪●観て、聴いて、お楽しみスペシャル●日本の話芸 落語と南米アンデスの調べ

荻窪区民センター協議会●身近な野鳥講演会 (天沼弁天池公園に飛来してくるカルガモ)

杉並区文化スポーツサポーターズクラブ●少年・少女走り方教室

天沼中学校レスキュー隊を中心に有志生徒の防災勉強会

天沼三丁目あかるい町会教会通り新栄会(商店街)●自転車安全運行キャンペーン

他団体と連携した活動

過去の活動と共同事業● 天沼町会連合会:防災訓練、天沼サロン、清掃見学会・研修会● 天沼小学校・保育室「若杉」震災救援所連絡会と訓練● 天沼小学校朝あそび見守りと夏のラジオ体操、伝承遊び● 天沼中学校伝統文化授業サポート● 天沼中学校、沓掛小学校、天沼小学校(AKA)の防災学習会

協力関係団体等● 杉並区地域活動係 ● 民生児童委員● ケア24荻窪 ● 荻窪地域区民センター協議会

予算● 収入:町会費(1戸1200円年)、杉並区協力委託金、防災組織助成金● 出費:防災訓練費用、学校サポート、各部活動費、各団体会費(例:日赤、社協、交通安全協会等)、各団体活動費(例:荻窪消防団等)寄付金:赤い羽根共同募金、歳末たすけあい運動、みどりの基金、災害時に臨時寄付金(東日本大地震、熊本地震等)

杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業

ウェブサイト:w w w.a m a n u m a 8.c o mEメール:a s @ a m a n u m a 8.c o m

天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に“もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは今も昔も近所付き合いです。

(平成30年現在のスタンドパイプ8基所用)

学校サポート

:街頭消火器

:大型消火器

:D級ポンプ

:スタンドパイプ

:消火栓

:レスキューキット

:AED

:貯水槽

Page 2: AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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天沼三丁目

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天沼中学校

タウンセブン

ルミネ

東京衛生病院

天沼西公園

天沼弁天池公園

天沼小学校

天沼八幡神社

ウェルファーム杉並

天沼という故郷

AMANUMASHOWAKAI

AMANUMASHOWAKAI

天沼の偉人たち 文人たちが住み続けた想いは今、底流になり天沼の隅々に行き渡っています

できるヒトができるコトをする

天 沼 尚 和 会 [ 町 会 紹 介 パ ン フレット ]

尚和会スマイルバッジ子どもと挨拶をしよう

防 災 マ ップ

町会の活動は様 あ々りますが、任意の団体なので強制を強いることはありません。「できるヒトができるコト」をするのが町会活動の基本です。働き盛りの20歳代~60歳代の中には町会不要論もあります。働く時間に地域を離れる方には活動が見えにくいかも知れません。道路や公園の掃除をしたり、小学校や中学校のサポート、そして安全パトロールも日常的に行っています。そうした中で町会にコミュニティーが育まれています。今後、超高齢社会を向かえると町会は福祉型的なコミュニティーに移行していくと考えられます。福祉型コミュニティーは孤食の子どもや一人暮らしの高齢者の存在も含まれます。高齢者になると20歳代~60歳代では見えなかった風景が否応なく実風景として存在します。この風景は誰でもがいつか通る道です。町会活動は「できるヒトができるコト」をするボランティア活動の一環です。

(1967年日本の人口1億人突破 、1970年では1億372万人の内75歳以上の高齢者が221万人だったが2016年1697万人で約7倍になる。2050年には人口が約1億人になり時65歳以上の高齢者が3841人で約4割が高齢者になる。)

こんにちは

上林 暁(かんばやし あかつき)昭和52年文化勲章受章。インド哲学を中心に、幅広くかつ超人的な仕事ぶりで知られ、海外からも高い評価を得た。旺盛な学術研究・教育活動のかたわら、仏教を多くの人々にわかりやすく伝えることをめざして平易な入門書を数多く執筆、また、東方研究会・東方学院を創設し、学問普及に大きな役割をはたした。

太宰 治(だざい おさむ)明治42年青森県北津軽郡金木村の大地主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川賞候補になった後、昭和14年の石原美知子と結婚後、『富嶽百景』『走れメロス』『津軽』など秀作を次々と発表。上京してま間もなく昭和8年から昭和13年までを杉並で過ごした。

中野好夫(なかの よしお)英米の演劇を中心に幅広い学識と緻密な分析を兼ね備えた第一級の学究者として1948年東大教授となる。1953年東大教授を退職。雑誌『平和』の編集長また憲法問題研究会に参加し護憲運動を推進。著作に『蘆花徳富健次郎』で大佛次郎賞、『中野好夫集』『沖縄文化研究』など。訳書に『トムソーヤの冒険』他多数。1982年朝日賞受賞。

向田邦子(むこうだ くにこ)テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。昭和4年(1929年)11月、東京府荏原郡世田谷町若林に生まれる。鹿児島、高松と転居の後、杉並区久我山に転居。昭和35年、女性のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」に参加、翌年「新婦人」に初めて向田邦子の名前で執筆。昭和37年、杉並区天沼に転居。

橋本明治(はしもと めいじ)昭和12年、第1回文部省美術展覧会「浄心」を出品特選となる。昭和27年、「赤い椅子」(日展)に対し昭和26年、芸能選奨文部大臣賞を贈られる。昭和30年、「まり千代像」(日展)に対し、第11回日本芸術院賞を贈られる。。昭和49年、文化勲章を授与される。昭和29年から平成3年まで、杉並区天沼に在住した。

河盛好蔵 (かわもり よしぞう)モラリスト(人間研究家)の文学者を研究した。戦後は文芸誌「新潮」の顧問や東京教育大学などの教壇に立ちながら筆を振るった。フランスの近現代文学の研究・紹介に努め、「フランス文壇史」(読売文学賞)等が代表作。88年、文化勲章を受章した。最高齢で2度目の読売文学賞も受賞した。2000年天沼にて永眠。

井伏鱒二(いぶせ ますじ)昭和3年29歳で井荻村(現在の清水町)に家を建てる。以後、荻窪の住民となり昭和57年に自伝風『荻窪風土記』を発表。『荻窪風土記』は関東大震災から昭和30年頃までの荻窪界隈の風土とそこに住む人々の変遷を記録した自伝的エッセイ。昭和13年『ジョン満次郎漂流記』で直木賞。昭和41年文化勲章受章。

大山康晴(おおやま やすはる)15世名人・永世棋聖・永世王将・永世10段。昭和27年、29歳で名人になる。昭和31年「永世名人」の資格を得、昭和51年、現役のまま「15世名人」襲位。優勝124回。昭和54年、NHK放送文化賞、紫綬褒章受賞。平成2年11月、文化功労者顕彰。昭和30年頃から亡くなる平成4年まで清水町に住居を構えていました。

現在の尚和会の活動 共助のまちづくりを目指して 日頃はすれ違えば会釈ができる“まち”でゆるやかな繋がりを災害時にはみんなで協力できる“まち”

世話人会:月1回、回覧板のセットと行政からの連絡事項の説明と地域の情報交換

各部の活動 厚生福祉部(初詣バスツアー)厚生福祉部(すみれ会)から肩たたき棒のプレゼント

防災部(防災訓練・スタンドパイプ訓練)と年1回の弁天池公園での防災訓練

防犯部(年間96日のグループパトロール) 環境リサイクル部(落ち葉感謝祭) 総会(各部報告と収支報告)・懇親会

新年会(杉並区の防災課と荻窪警察の講演) ラジオ体操: 毎朝(大晦日・正月三が日は休み)月1回の募金活動(3・11)、 ペットボトルキャップ回収と公園掃除

ペットボトルキャップ回収(天沼中学校) 弁天池公園で花咲かせ隊 80歳以上の方の敬老の日のお祝いと高齢者名簿作り(災害時役立てる、近所の方に存在を知ってもらう)

災害

● 災害時には天沼小学校、保育室「若杉」の震災救援所の立ち上げに参加。年1回の訓練と連絡会

日常の安全

● 小学生下校と公園見守り● パトロールと共に天沼連合会の防災訓練に年2回参加して 日常の自宅での防災を意識

高齢者サポート

● ささえあいネットワークや民生委員を通して高齢者の見守りや震災時の安全確認のために80歳以上の方の名簿(希望者のみ)を作成

● ペットボトルキャップ回収(天沼中学校)● 天沼小学校夏のラジオ体操、伝承遊び授業に参加● 天沼中学校伝統文化授業サポート● AKA防災学習会と天中オリジナルHUGカードをサポート

天沼中学校区地域教育推進協議会●子ども見守り講演会(公園で遊ぼう!冬こそ外遊び)●いざという時の「災害食・地域のネットワーク」講演●天沼中学校チャリテーマーケットに参加

荻窪音楽祭●東京都地域の底力再生事業(現・発展事業)で オリジナル企画で参加

杉並区シルバー人材センター・荻窪●観て、聴いて、お楽しみスペシャル●日本の話芸 落語と南米アンデスの調べ

荻窪区民センター協議会●身近な野鳥講演会 (天沼弁天池公園に飛来してくるカルガモ)

杉並区文化スポーツサポーターズクラブ●少年・少女走り方教室

天沼中学校レスキュー隊を中心に有志生徒の防災勉強会

天沼三丁目あかるい町会教会通り新栄会(商店街)●自転車安全運行キャンペーン

他団体と連携した活動

過去の活動と共同事業● 天沼町会連合会:防災訓練、天沼サロン、清掃見学会・研修会● 天沼小学校・保育室「若杉」震災救援所連絡会と訓練● 天沼小学校朝あそび見守りと夏のラジオ体操、伝承遊び● 天沼中学校伝統文化授業サポート● 天沼中学校、沓掛小学校、天沼小学校(AKA)の防災学習会

協力関係団体等● 杉並区地域活動係 ● 民生児童委員● ケア24荻窪 ● 荻窪地域区民センター協議会

予算● 収入:町会費(1戸1200円年)、杉並区協力委託金、防災組織助成金● 出費:防災訓練費用、学校サポート、各部活動費、各団体会費(例:日赤、社協、交通安全協会等)、各団体活動費(例:荻窪消防団等)寄付金:赤い羽根共同募金、歳末たすけあい運動、みどりの基金、災害時に臨時寄付金(東日本大地震、熊本地震等)

杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業

ウェブサイト:w w w.a m a n u m a 8.c o mEメール:a s @ a m a n u m a 8.c o m

天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に“もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは今も昔も近所付き合いです。

(平成30年現在のスタンドパイプ8基所用)

学校サポート

:街頭消火器

:大型消火器

:D級ポンプ

:スタンドパイプ

:消火栓

:レスキューキット

:AED

:貯水槽

Page 3: AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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荻窪駅

清水一丁目

天沼二丁目

天沼三丁目

上荻一丁目

天沼中学校

タウンセブン

ルミネ

東京衛生病院

天沼西公園

天沼弁天池公園

天沼小学校

天沼八幡神社

ウェルファーム杉並

天沼という故郷

AMANUMASHOWAKAI

AMANUMASHOWAKAI

天沼の偉人たち 文人たちが住み続けた想いは今、底流になり天沼の隅々に行き渡っています

できるヒトができるコトをする

天 沼 尚 和 会 [ 町 会 紹 介 パ ン フレット ]

尚和会スマイルバッジ子どもと挨拶をしよう

防 災 マ ップ

町会の活動は様 あ々りますが、任意の団体なので強制を強いることはありません。「できるヒトができるコト」をするのが町会活動の基本です。働き盛りの20歳代~60歳代の中には町会不要論もあります。働く時間に地域を離れる方には活動が見えにくいかも知れません。道路や公園の掃除をしたり、小学校や中学校のサポート、そして安全パトロールも日常的に行っています。そうした中で町会にコミュニティーが育まれています。今後、超高齢社会を向かえると町会は福祉型的なコミュニティーに移行していくと考えられます。福祉型コミュニティーは孤食の子どもや一人暮らしの高齢者の存在も含まれます。高齢者になると20歳代~60歳代では見えなかった風景が否応なく実風景として存在します。この風景は誰でもがいつか通る道です。町会活動は「できるヒトができるコト」をするボランティア活動の一環です。

(1967年日本の人口1億人突破 、1970年では1億372万人の内75歳以上の高齢者が221万人だったが2016年1697万人で約7倍になる。2050年には人口が約1億人になり時65歳以上の高齢者が3841人で約4割が高齢者になる。)

こんにちは

上林 暁(かんばやし あかつき)昭和52年文化勲章受章。インド哲学を中心に、幅広くかつ超人的な仕事ぶりで知られ、海外からも高い評価を得た。旺盛な学術研究・教育活動のかたわら、仏教を多くの人々にわかりやすく伝えることをめざして平易な入門書を数多く執筆、また、東方研究会・東方学院を創設し、学問普及に大きな役割をはたした。

太宰 治(だざい おさむ)明治42年青森県北津軽郡金木村の大地主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川賞候補になった後、昭和14年の石原美知子と結婚後、『富嶽百景』『走れメロス』『津軽』など秀作を次々と発表。上京してま間もなく昭和8年から昭和13年までを杉並で過ごした。

中野好夫(なかの よしお)英米の演劇を中心に幅広い学識と緻密な分析を兼ね備えた第一級の学究者として1948年東大教授となる。1953年東大教授を退職。雑誌『平和』の編集長また憲法問題研究会に参加し護憲運動を推進。著作に『蘆花徳富健次郎』で大佛次郎賞、『中野好夫集』『沖縄文化研究』など。訳書に『トムソーヤの冒険』他多数。1982年朝日賞受賞。

向田邦子(むこうだ くにこ)テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。昭和4年(1929年)11月、東京府荏原郡世田谷町若林に生まれる。鹿児島、高松と転居の後、杉並区久我山に転居。昭和35年、女性のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」に参加、翌年「新婦人」に初めて向田邦子の名前で執筆。昭和37年、杉並区天沼に転居。

橋本明治(はしもと めいじ)昭和12年、第1回文部省美術展覧会「浄心」を出品特選となる。昭和27年、「赤い椅子」(日展)に対し昭和26年、芸能選奨文部大臣賞を贈られる。昭和30年、「まり千代像」(日展)に対し、第11回日本芸術院賞を贈られる。。昭和49年、文化勲章を授与される。昭和29年から平成3年まで、杉並区天沼に在住した。

河盛好蔵 (かわもり よしぞう)モラリスト(人間研究家)の文学者を研究した。戦後は文芸誌「新潮」の顧問や東京教育大学などの教壇に立ちながら筆を振るった。フランスの近現代文学の研究・紹介に努め、「フランス文壇史」(読売文学賞)等が代表作。88年、文化勲章を受章した。最高齢で2度目の読売文学賞も受賞した。2000年天沼にて永眠。

井伏鱒二(いぶせ ますじ)昭和3年29歳で井荻村(現在の清水町)に家を建てる。以後、荻窪の住民となり昭和57年に自伝風『荻窪風土記』を発表。『荻窪風土記』は関東大震災から昭和30年頃までの荻窪界隈の風土とそこに住む人々の変遷を記録した自伝的エッセイ。昭和13年『ジョン満次郎漂流記』で直木賞。昭和41年文化勲章受章。

大山康晴(おおやま やすはる)15世名人・永世棋聖・永世王将・永世10段。昭和27年、29歳で名人になる。昭和31年「永世名人」の資格を得、昭和51年、現役のまま「15世名人」襲位。優勝124回。昭和54年、NHK放送文化賞、紫綬褒章受賞。平成2年11月、文化功労者顕彰。昭和30年頃から亡くなる平成4年まで清水町に住居を構えていました。

現在の尚和会の活動 共助のまちづくりを目指して 日頃はすれ違えば会釈ができる“まち”でゆるやかな繋がりを災害時にはみんなで協力できる“まち”

世話人会:月1回、回覧板のセットと行政からの連絡事項の説明と地域の情報交換

各部の活動 厚生福祉部(初詣バスツアー)厚生福祉部(すみれ会)から肩たたき棒のプレゼント

防災部(防災訓練・スタンドパイプ訓練)と年1回の弁天池公園での防災訓練

防犯部(年間96日のグループパトロール) 環境リサイクル部(落ち葉感謝祭) 総会(各部報告と収支報告)・懇親会

新年会(杉並区の防災課と荻窪警察の講演) ラジオ体操: 毎朝(大晦日・正月三が日は休み)月1回の募金活動(3・11)、 ペットボトルキャップ回収と公園掃除

ペットボトルキャップ回収(天沼中学校) 弁天池公園で花咲かせ隊 80歳以上の方の敬老の日のお祝いと高齢者名簿作り(災害時役立てる、近所の方に存在を知ってもらう)

災害

● 災害時には天沼小学校、保育室「若杉」の震災救援所の立ち上げに参加。年1回の訓練と連絡会

日常の安全

● 小学生下校と公園見守り● パトロールと共に天沼連合会の防災訓練に年2回参加して 日常の自宅での防災を意識

高齢者サポート

● ささえあいネットワークや民生委員を通して高齢者の見守りや震災時の安全確認のために80歳以上の方の名簿(希望者のみ)を作成

● ペットボトルキャップ回収(天沼中学校)● 天沼小学校夏のラジオ体操、伝承遊び授業に参加● 天沼中学校伝統文化授業サポート● AKA防災学習会と天中オリジナルHUGカードをサポート

天沼中学校区地域教育推進協議会●子ども見守り講演会(公園で遊ぼう!冬こそ外遊び)●いざという時の「災害食・地域のネットワーク」講演●天沼中学校チャリテーマーケットに参加

荻窪音楽祭●東京都地域の底力再生事業(現・発展事業)で オリジナル企画で参加

杉並区シルバー人材センター・荻窪●観て、聴いて、お楽しみスペシャル●日本の話芸 落語と南米アンデスの調べ

荻窪区民センター協議会●身近な野鳥講演会 (天沼弁天池公園に飛来してくるカルガモ)

杉並区文化スポーツサポーターズクラブ●少年・少女走り方教室

天沼中学校レスキュー隊を中心に有志生徒の防災勉強会

天沼三丁目あかるい町会教会通り新栄会(商店街)●自転車安全運行キャンペーン

他団体と連携した活動

過去の活動と共同事業● 天沼町会連合会:防災訓練、天沼サロン、清掃見学会・研修会● 天沼小学校・保育室「若杉」震災救援所連絡会と訓練● 天沼小学校朝あそび見守りと夏のラジオ体操、伝承遊び● 天沼中学校伝統文化授業サポート● 天沼中学校、沓掛小学校、天沼小学校(AKA)の防災学習会

協力関係団体等● 杉並区地域活動係 ● 民生児童委員● ケア24荻窪 ● 荻窪地域区民センター協議会

予算● 収入:町会費(1戸1200円年)、杉並区協力委託金、防災組織助成金● 出費:防災訓練費用、学校サポート、各部活動費、各団体会費(例:日赤、社協、交通安全協会等)、各団体活動費(例:荻窪消防団等)寄付金:赤い羽根共同募金、歳末たすけあい運動、みどりの基金、災害時に臨時寄付金(東日本大地震、熊本地震等)

杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業

ウェブサイト:w w w.a m a n u m a 8.c o mEメール:a s @ a m a n u m a 8.c o m

天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に“もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは今も昔も近所付き合いです。

(平成30年現在のスタンドパイプ8基所用)

学校サポート

:街頭消火器

:大型消火器

:D級ポンプ

:スタンドパイプ

:消火栓

:レスキューキット

:AED

:貯水槽

Page 4: AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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荻窪駅

清水一丁目

天沼二丁目

天沼三丁目

上荻一丁目

天沼中学校

タウンセブン

ルミネ

東京衛生病院

天沼西公園

天沼弁天池公園

天沼小学校

天沼八幡神社

ウェルファーム杉並

天沼という故郷

AMANUMASHOWAKAI

AMANUMASHOWAKAI

天沼の偉人たち 文人たちが住み続けた想いは今、底流になり天沼の隅々に行き渡っています

できるヒトができるコトをする

天 沼 尚 和 会 [ 町 会 紹 介 パ ン フレット ]

尚和会スマイルバッジ子どもと挨拶をしよう

防 災 マ ップ

町会の活動は様 あ々りますが、任意の団体なので強制を強いることはありません。「できるヒトができるコト」をするのが町会活動の基本です。働き盛りの20歳代~60歳代の中には町会不要論もあります。働く時間に地域を離れる方には活動が見えにくいかも知れません。道路や公園の掃除をしたり、小学校や中学校のサポート、そして安全パトロールも日常的に行っています。そうした中で町会にコミュニティーが育まれています。今後、超高齢社会を向かえると町会は福祉型的なコミュニティーに移行していくと考えられます。福祉型コミュニティーは孤食の子どもや一人暮らしの高齢者の存在も含まれます。高齢者になると20歳代~60歳代では見えなかった風景が否応なく実風景として存在します。この風景は誰でもがいつか通る道です。町会活動は「できるヒトができるコト」をするボランティア活動の一環です。

(1967年日本の人口1億人突破 、1970年では1億372万人の内75歳以上の高齢者が221万人だったが2016年1697万人で約7倍になる。2050年には人口が約1億人になり時65歳以上の高齢者が3841人で約4割が高齢者になる。)

こんにちは

上林 暁(かんばやし あかつき)昭和52年文化勲章受章。インド哲学を中心に、幅広くかつ超人的な仕事ぶりで知られ、海外からも高い評価を得た。旺盛な学術研究・教育活動のかたわら、仏教を多くの人々にわかりやすく伝えることをめざして平易な入門書を数多く執筆、また、東方研究会・東方学院を創設し、学問普及に大きな役割をはたした。

太宰 治(だざい おさむ)明治42年青森県北津軽郡金木村の大地主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川賞候補になった後、昭和14年の石原美知子と結婚後、『富嶽百景』『走れメロス』『津軽』など秀作を次々と発表。上京してま間もなく昭和8年から昭和13年までを杉並で過ごした。

中野好夫(なかの よしお)英米の演劇を中心に幅広い学識と緻密な分析を兼ね備えた第一級の学究者として1948年東大教授となる。1953年東大教授を退職。雑誌『平和』の編集長また憲法問題研究会に参加し護憲運動を推進。著作に『蘆花徳富健次郎』で大佛次郎賞、『中野好夫集』『沖縄文化研究』など。訳書に『トムソーヤの冒険』他多数。1982年朝日賞受賞。

向田邦子(むこうだ くにこ)テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。昭和4年(1929年)11月、東京府荏原郡世田谷町若林に生まれる。鹿児島、高松と転居の後、杉並区久我山に転居。昭和35年、女性のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」に参加、翌年「新婦人」に初めて向田邦子の名前で執筆。昭和37年、杉並区天沼に転居。

橋本明治(はしもと めいじ)昭和12年、第1回文部省美術展覧会「浄心」を出品特選となる。昭和27年、「赤い椅子」(日展)に対し昭和26年、芸能選奨文部大臣賞を贈られる。昭和30年、「まり千代像」(日展)に対し、第11回日本芸術院賞を贈られる。。昭和49年、文化勲章を授与される。昭和29年から平成3年まで、杉並区天沼に在住した。

河盛好蔵 (かわもり よしぞう)モラリスト(人間研究家)の文学者を研究した。戦後は文芸誌「新潮」の顧問や東京教育大学などの教壇に立ちながら筆を振るった。フランスの近現代文学の研究・紹介に努め、「フランス文壇史」(読売文学賞)等が代表作。88年、文化勲章を受章した。最高齢で2度目の読売文学賞も受賞した。2000年天沼にて永眠。

井伏鱒二(いぶせ ますじ)昭和3年29歳で井荻村(現在の清水町)に家を建てる。以後、荻窪の住民となり昭和57年に自伝風『荻窪風土記』を発表。『荻窪風土記』は関東大震災から昭和30年頃までの荻窪界隈の風土とそこに住む人々の変遷を記録した自伝的エッセイ。昭和13年『ジョン満次郎漂流記』で直木賞。昭和41年文化勲章受章。

大山康晴(おおやま やすはる)15世名人・永世棋聖・永世王将・永世10段。昭和27年、29歳で名人になる。昭和31年「永世名人」の資格を得、昭和51年、現役のまま「15世名人」襲位。優勝124回。昭和54年、NHK放送文化賞、紫綬褒章受賞。平成2年11月、文化功労者顕彰。昭和30年頃から亡くなる平成4年まで清水町に住居を構えていました。

現在の尚和会の活動 共助のまちづくりを目指して 日頃はすれ違えば会釈ができる“まち”でゆるやかな繋がりを災害時にはみんなで協力できる“まち”

世話人会:月1回、回覧板のセットと行政からの連絡事項の説明と地域の情報交換

各部の活動 厚生福祉部(初詣バスツアー)厚生福祉部(すみれ会)から肩たたき棒のプレゼント

防災部(防災訓練・スタンドパイプ訓練)と年1回の弁天池公園での防災訓練

防犯部(年間96日のグループパトロール) 環境リサイクル部(落ち葉感謝祭) 総会(各部報告と収支報告)・懇親会

新年会(杉並区の防災課と荻窪警察の講演) ラジオ体操: 毎朝(大晦日・正月三が日は休み)月1回の募金活動(3・11)、 ペットボトルキャップ回収と公園掃除

ペットボトルキャップ回収(天沼中学校) 弁天池公園で花咲かせ隊 80歳以上の方の敬老の日のお祝いと高齢者名簿作り(災害時役立てる、近所の方に存在を知ってもらう)

災害

● 災害時には天沼小学校、保育室「若杉」の震災救援所の立ち上げに参加。年1回の訓練と連絡会

日常の安全

● 小学生下校と公園見守り● パトロールと共に天沼連合会の防災訓練に年2回参加して 日常の自宅での防災を意識

高齢者サポート

● ささえあいネットワークや民生委員を通して高齢者の見守りや震災時の安全確認のために80歳以上の方の名簿(希望者のみ)を作成

● ペットボトルキャップ回収(天沼中学校)● 天沼小学校夏のラジオ体操、伝承遊び授業に参加● 天沼中学校伝統文化授業サポート● AKA防災学習会と天中オリジナルHUGカードをサポート

天沼中学校区地域教育推進協議会●子ども見守り講演会(公園で遊ぼう!冬こそ外遊び)●いざという時の「災害食・地域のネットワーク」講演●天沼中学校チャリテーマーケットに参加

荻窪音楽祭●東京都地域の底力再生事業(現・発展事業)で オリジナル企画で参加

杉並区シルバー人材センター・荻窪●観て、聴いて、お楽しみスペシャル●日本の話芸 落語と南米アンデスの調べ

荻窪区民センター協議会●身近な野鳥講演会 (天沼弁天池公園に飛来してくるカルガモ)

杉並区文化スポーツサポーターズクラブ●少年・少女走り方教室

天沼中学校レスキュー隊を中心に有志生徒の防災勉強会

天沼三丁目あかるい町会教会通り新栄会(商店街)●自転車安全運行キャンペーン

他団体と連携した活動

過去の活動と共同事業● 天沼町会連合会:防災訓練、天沼サロン、清掃見学会・研修会● 天沼小学校・保育室「若杉」震災救援所連絡会と訓練● 天沼小学校朝あそび見守りと夏のラジオ体操、伝承遊び● 天沼中学校伝統文化授業サポート● 天沼中学校、沓掛小学校、天沼小学校(AKA)の防災学習会

協力関係団体等● 杉並区地域活動係 ● 民生児童委員● ケア24荻窪 ● 荻窪地域区民センター協議会

予算● 収入:町会費(1戸1200円年)、杉並区協力委託金、防災組織助成金● 出費:防災訓練費用、学校サポート、各部活動費、各団体会費(例:日赤、社協、交通安全協会等)、各団体活動費(例:荻窪消防団等)寄付金:赤い羽根共同募金、歳末たすけあい運動、みどりの基金、災害時に臨時寄付金(東日本大地震、熊本地震等)

杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業

ウェブサイト:w w w.a m a n u m a 8.c o mEメール:a s @ a m a n u m a 8.c o m

天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に“もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは今も昔も近所付き合いです。

(平成30年現在のスタンドパイプ8基所用)

学校サポート

:街頭消火器

:大型消火器

:D級ポンプ

:スタンドパイプ

:消火栓

:レスキューキット

:AED

:貯水槽

Page 5: AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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荻窪駅

清水一丁目

天沼二丁目

天沼三丁目

上荻一丁目

天沼中学校

タウンセブン

ルミネ

東京衛生病院

天沼西公園

天沼弁天池公園

天沼小学校

天沼八幡神社

ウェルファーム杉並

天沼という故郷

AMANUMASHOWAKAI

AMANUMASHOWAKAI

天沼の偉人たち 文人たちが住み続けた想いは今、底流になり天沼の隅々に行き渡っています

できるヒトができるコトをする

天 沼 尚 和 会 [ 町 会 紹 介 パ ン フレット ]

尚和会スマイルバッジ子どもと挨拶をしよう

防 災 マ ップ

町会の活動は様 あ々りますが、任意の団体なので強制を強いることはありません。「できるヒトができるコト」をするのが町会活動の基本です。働き盛りの20歳代~60歳代の中には町会不要論もあります。働く時間に地域を離れる方には活動が見えにくいかも知れません。道路や公園の掃除をしたり、小学校や中学校のサポート、そして安全パトロールも日常的に行っています。そうした中で町会にコミュニティーが育まれています。今後、超高齢社会を向かえると町会は福祉型的なコミュニティーに移行していくと考えられます。福祉型コミュニティーは孤食の子どもや一人暮らしの高齢者の存在も含まれます。高齢者になると20歳代~60歳代では見えなかった風景が否応なく実風景として存在します。この風景は誰でもがいつか通る道です。町会活動は「できるヒトができるコト」をするボランティア活動の一環です。

(1967年日本の人口1億人突破 、1970年では1億372万人の内75歳以上の高齢者が221万人だったが2016年1697万人で約7倍になる。2050年には人口が約1億人になり時65歳以上の高齢者が3841人で約4割が高齢者になる。)

こんにちは

上林 暁(かんばやし あかつき)昭和52年文化勲章受章。インド哲学を中心に、幅広くかつ超人的な仕事ぶりで知られ、海外からも高い評価を得た。旺盛な学術研究・教育活動のかたわら、仏教を多くの人々にわかりやすく伝えることをめざして平易な入門書を数多く執筆、また、東方研究会・東方学院を創設し、学問普及に大きな役割をはたした。

太宰 治(だざい おさむ)明治42年青森県北津軽郡金木村の大地主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川賞候補になった後、昭和14年の石原美知子と結婚後、『富嶽百景』『走れメロス』『津軽』など秀作を次々と発表。上京してま間もなく昭和8年から昭和13年までを杉並で過ごした。

中野好夫(なかの よしお)英米の演劇を中心に幅広い学識と緻密な分析を兼ね備えた第一級の学究者として1948年東大教授となる。1953年東大教授を退職。雑誌『平和』の編集長また憲法問題研究会に参加し護憲運動を推進。著作に『蘆花徳富健次郎』で大佛次郎賞、『中野好夫集』『沖縄文化研究』など。訳書に『トムソーヤの冒険』他多数。1982年朝日賞受賞。

向田邦子(むこうだ くにこ)テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。昭和4年(1929年)11月、東京府荏原郡世田谷町若林に生まれる。鹿児島、高松と転居の後、杉並区久我山に転居。昭和35年、女性のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」に参加、翌年「新婦人」に初めて向田邦子の名前で執筆。昭和37年、杉並区天沼に転居。

橋本明治(はしもと めいじ)昭和12年、第1回文部省美術展覧会「浄心」を出品特選となる。昭和27年、「赤い椅子」(日展)に対し昭和26年、芸能選奨文部大臣賞を贈られる。昭和30年、「まり千代像」(日展)に対し、第11回日本芸術院賞を贈られる。。昭和49年、文化勲章を授与される。昭和29年から平成3年まで、杉並区天沼に在住した。

河盛好蔵 (かわもり よしぞう)モラリスト(人間研究家)の文学者を研究した。戦後は文芸誌「新潮」の顧問や東京教育大学などの教壇に立ちながら筆を振るった。フランスの近現代文学の研究・紹介に努め、「フランス文壇史」(読売文学賞)等が代表作。88年、文化勲章を受章した。最高齢で2度目の読売文学賞も受賞した。2000年天沼にて永眠。

井伏鱒二(いぶせ ますじ)昭和3年29歳で井荻村(現在の清水町)に家を建てる。以後、荻窪の住民となり昭和57年に自伝風『荻窪風土記』を発表。『荻窪風土記』は関東大震災から昭和30年頃までの荻窪界隈の風土とそこに住む人々の変遷を記録した自伝的エッセイ。昭和13年『ジョン満次郎漂流記』で直木賞。昭和41年文化勲章受章。

大山康晴(おおやま やすはる)15世名人・永世棋聖・永世王将・永世10段。昭和27年、29歳で名人になる。昭和31年「永世名人」の資格を得、昭和51年、現役のまま「15世名人」襲位。優勝124回。昭和54年、NHK放送文化賞、紫綬褒章受賞。平成2年11月、文化功労者顕彰。昭和30年頃から亡くなる平成4年まで清水町に住居を構えていました。

現在の尚和会の活動 共助のまちづくりを目指して 日頃はすれ違えば会釈ができる“まち”でゆるやかな繋がりを災害時にはみんなで協力できる“まち”

世話人会:月1回、回覧板のセットと行政からの連絡事項の説明と地域の情報交換

各部の活動 厚生福祉部(初詣バスツアー)厚生福祉部(すみれ会)から肩たたき棒のプレゼント

防災部(防災訓練・スタンドパイプ訓練)と年1回の弁天池公園での防災訓練

防犯部(年間96日のグループパトロール) 環境リサイクル部(落ち葉感謝祭) 総会(各部報告と収支報告)・懇親会

新年会(杉並区の防災課と荻窪警察の講演) ラジオ体操: 毎朝(大晦日・正月三が日は休み)月1回の募金活動(3・11)、 ペットボトルキャップ回収と公園掃除

ペットボトルキャップ回収(天沼中学校) 弁天池公園で花咲かせ隊 80歳以上の方の敬老の日のお祝いと高齢者名簿作り(災害時役立てる、近所の方に存在を知ってもらう)

災害

● 災害時には天沼小学校、保育室「若杉」の震災救援所の立ち上げに参加。年1回の訓練と連絡会

日常の安全

● 小学生下校と公園見守り● パトロールと共に天沼連合会の防災訓練に年2回参加して 日常の自宅での防災を意識

高齢者サポート

● ささえあいネットワークや民生委員を通して高齢者の見守りや震災時の安全確認のために80歳以上の方の名簿(希望者のみ)を作成

● ペットボトルキャップ回収(天沼中学校)● 天沼小学校夏のラジオ体操、伝承遊び授業に参加● 天沼中学校伝統文化授業サポート● AKA防災学習会と天中オリジナルHUGカードをサポート

天沼中学校区地域教育推進協議会●子ども見守り講演会(公園で遊ぼう!冬こそ外遊び)●いざという時の「災害食・地域のネットワーク」講演●天沼中学校チャリテーマーケットに参加

荻窪音楽祭●東京都地域の底力再生事業(現・発展事業)で オリジナル企画で参加

杉並区シルバー人材センター・荻窪●観て、聴いて、お楽しみスペシャル●日本の話芸 落語と南米アンデスの調べ

荻窪区民センター協議会●身近な野鳥講演会 (天沼弁天池公園に飛来してくるカルガモ)

杉並区文化スポーツサポーターズクラブ●少年・少女走り方教室

天沼中学校レスキュー隊を中心に有志生徒の防災勉強会

天沼三丁目あかるい町会教会通り新栄会(商店街)●自転車安全運行キャンペーン

他団体と連携した活動

過去の活動と共同事業● 天沼町会連合会:防災訓練、天沼サロン、清掃見学会・研修会● 天沼小学校・保育室「若杉」震災救援所連絡会と訓練● 天沼小学校朝あそび見守りと夏のラジオ体操、伝承遊び● 天沼中学校伝統文化授業サポート● 天沼中学校、沓掛小学校、天沼小学校(AKA)の防災学習会

協力関係団体等● 杉並区地域活動係 ● 民生児童委員● ケア24荻窪 ● 荻窪地域区民センター協議会

予算● 収入:町会費(1戸1200円年)、杉並区協力委託金、防災組織助成金● 出費:防災訓練費用、学校サポート、各部活動費、各団体会費(例:日赤、社協、交通安全協会等)、各団体活動費(例:荻窪消防団等)寄付金:赤い羽根共同募金、歳末たすけあい運動、みどりの基金、災害時に臨時寄付金(東日本大地震、熊本地震等)

杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業

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天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に“もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは今も昔も近所付き合いです。

(平成30年現在のスタンドパイプ8基所用)

学校サポート

:街頭消火器

:大型消火器

:D級ポンプ

:スタンドパイプ

:消火栓

:レスキューキット

:AED

:貯水槽

Page 6: AMANUMA SHOWAKAI太宰治(だざいおさむ) 明治42年青森県北津軽郡金木村の大地 主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川 賞候補になった後、昭和14年の石原美知

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荻窪駅

清水一丁目

天沼二丁目

天沼三丁目

上荻一丁目

天沼中学校

タウンセブン

ルミネ

東京衛生病院

天沼西公園

天沼弁天池公園

天沼小学校

天沼八幡神社

ウェルファーム杉並

天沼という故郷

AMANUMASHOWAKAI

AMANUMASHOWAKAI

天沼の偉人たち 文人たちが住み続けた想いは今、底流になり天沼の隅々に行き渡っています

できるヒトができるコトをする

天 沼 尚 和 会 [ 町 会 紹 介 パ ン フレット ]

尚和会スマイルバッジ子どもと挨拶をしよう

防 災 マ ップ

町会の活動は様 あ々りますが、任意の団体なので強制を強いることはありません。「できるヒトができるコト」をするのが町会活動の基本です。働き盛りの20歳代~60歳代の中には町会不要論もあります。働く時間に地域を離れる方には活動が見えにくいかも知れません。道路や公園の掃除をしたり、小学校や中学校のサポート、そして安全パトロールも日常的に行っています。そうした中で町会にコミュニティーが育まれています。今後、超高齢社会を向かえると町会は福祉型的なコミュニティーに移行していくと考えられます。福祉型コミュニティーは孤食の子どもや一人暮らしの高齢者の存在も含まれます。高齢者になると20歳代~60歳代では見えなかった風景が否応なく実風景として存在します。この風景は誰でもがいつか通る道です。町会活動は「できるヒトができるコト」をするボランティア活動の一環です。

(1967年日本の人口1億人突破 、1970年では1億372万人の内75歳以上の高齢者が221万人だったが2016年1697万人で約7倍になる。2050年には人口が約1億人になり時65歳以上の高齢者が3841人で約4割が高齢者になる。)

こんにちは

上林 暁(かんばやし あかつき)昭和52年文化勲章受章。インド哲学を中心に、幅広くかつ超人的な仕事ぶりで知られ、海外からも高い評価を得た。旺盛な学術研究・教育活動のかたわら、仏教を多くの人々にわかりやすく伝えることをめざして平易な入門書を数多く執筆、また、東方研究会・東方学院を創設し、学問普及に大きな役割をはたした。

太宰 治(だざい おさむ)明治42年青森県北津軽郡金木村の大地主の家に生まれる。『逆行』で第一回芥川賞候補になった後、昭和14年の石原美知子と結婚後、『富嶽百景』『走れメロス』『津軽』など秀作を次々と発表。上京してま間もなく昭和8年から昭和13年までを杉並で過ごした。

中野好夫(なかの よしお)英米の演劇を中心に幅広い学識と緻密な分析を兼ね備えた第一級の学究者として1948年東大教授となる。1953年東大教授を退職。雑誌『平和』の編集長また憲法問題研究会に参加し護憲運動を推進。著作に『蘆花徳富健次郎』で大佛次郎賞、『中野好夫集』『沖縄文化研究』など。訳書に『トムソーヤの冒険』他多数。1982年朝日賞受賞。

向田邦子(むこうだ くにこ)テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。昭和4年(1929年)11月、東京府荏原郡世田谷町若林に生まれる。鹿児島、高松と転居の後、杉並区久我山に転居。昭和35年、女性のフリーライター事務所「ガリーナクラブ」に参加、翌年「新婦人」に初めて向田邦子の名前で執筆。昭和37年、杉並区天沼に転居。

橋本明治(はしもと めいじ)昭和12年、第1回文部省美術展覧会「浄心」を出品特選となる。昭和27年、「赤い椅子」(日展)に対し昭和26年、芸能選奨文部大臣賞を贈られる。昭和30年、「まり千代像」(日展)に対し、第11回日本芸術院賞を贈られる。。昭和49年、文化勲章を授与される。昭和29年から平成3年まで、杉並区天沼に在住した。

河盛好蔵 (かわもり よしぞう)モラリスト(人間研究家)の文学者を研究した。戦後は文芸誌「新潮」の顧問や東京教育大学などの教壇に立ちながら筆を振るった。フランスの近現代文学の研究・紹介に努め、「フランス文壇史」(読売文学賞)等が代表作。88年、文化勲章を受章した。最高齢で2度目の読売文学賞も受賞した。2000年天沼にて永眠。

井伏鱒二(いぶせ ますじ)昭和3年29歳で井荻村(現在の清水町)に家を建てる。以後、荻窪の住民となり昭和57年に自伝風『荻窪風土記』を発表。『荻窪風土記』は関東大震災から昭和30年頃までの荻窪界隈の風土とそこに住む人々の変遷を記録した自伝的エッセイ。昭和13年『ジョン満次郎漂流記』で直木賞。昭和41年文化勲章受章。

大山康晴(おおやま やすはる)15世名人・永世棋聖・永世王将・永世10段。昭和27年、29歳で名人になる。昭和31年「永世名人」の資格を得、昭和51年、現役のまま「15世名人」襲位。優勝124回。昭和54年、NHK放送文化賞、紫綬褒章受賞。平成2年11月、文化功労者顕彰。昭和30年頃から亡くなる平成4年まで清水町に住居を構えていました。

現在の尚和会の活動 共助のまちづくりを目指して 日頃はすれ違えば会釈ができる“まち”でゆるやかな繋がりを災害時にはみんなで協力できる“まち”

世話人会:月1回、回覧板のセットと行政からの連絡事項の説明と地域の情報交換

各部の活動 厚生福祉部(初詣バスツアー)厚生福祉部(すみれ会)から肩たたき棒のプレゼント

防災部(防災訓練・スタンドパイプ訓練)と年1回の弁天池公園での防災訓練

防犯部(年間96日のグループパトロール) 環境リサイクル部(落ち葉感謝祭) 総会(各部報告と収支報告)・懇親会

新年会(杉並区の防災課と荻窪警察の講演) ラジオ体操: 毎朝(大晦日・正月三が日は休み)月1回の募金活動(3・11)、 ペットボトルキャップ回収と公園掃除

ペットボトルキャップ回収(天沼中学校) 弁天池公園で花咲かせ隊 80歳以上の方の敬老の日のお祝いと高齢者名簿作り(災害時役立てる、近所の方に存在を知ってもらう)

災害

● 災害時には天沼小学校、保育室「若杉」の震災救援所の立ち上げに参加。年1回の訓練と連絡会

日常の安全

● 小学生下校と公園見守り● パトロールと共に天沼連合会の防災訓練に年2回参加して 日常の自宅での防災を意識

高齢者サポート

● ささえあいネットワークや民生委員を通して高齢者の見守りや震災時の安全確認のために80歳以上の方の名簿(希望者のみ)を作成

● ペットボトルキャップ回収(天沼中学校)● 天沼小学校夏のラジオ体操、伝承遊び授業に参加● 天沼中学校伝統文化授業サポート● AKA防災学習会と天中オリジナルHUGカードをサポート

天沼中学校区地域教育推進協議会●子ども見守り講演会(公園で遊ぼう!冬こそ外遊び)●いざという時の「災害食・地域のネットワーク」講演●天沼中学校チャリテーマーケットに参加

荻窪音楽祭●東京都地域の底力再生事業(現・発展事業)で オリジナル企画で参加

杉並区シルバー人材センター・荻窪●観て、聴いて、お楽しみスペシャル●日本の話芸 落語と南米アンデスの調べ

荻窪区民センター協議会●身近な野鳥講演会 (天沼弁天池公園に飛来してくるカルガモ)

杉並区文化スポーツサポーターズクラブ●少年・少女走り方教室

天沼中学校レスキュー隊を中心に有志生徒の防災勉強会

天沼三丁目あかるい町会教会通り新栄会(商店街)●自転車安全運行キャンペーン

他団体と連携した活動

過去の活動と共同事業● 天沼町会連合会:防災訓練、天沼サロン、清掃見学会・研修会● 天沼小学校・保育室「若杉」震災救援所連絡会と訓練● 天沼小学校朝あそび見守りと夏のラジオ体操、伝承遊び● 天沼中学校伝統文化授業サポート● 天沼中学校、沓掛小学校、天沼小学校(AKA)の防災学習会

協力関係団体等● 杉並区地域活動係 ● 民生児童委員● ケア24荻窪 ● 荻窪地域区民センター協議会

予算● 収入:町会費(1戸1200円年)、杉並区協力委託金、防災組織助成金● 出費:防災訓練費用、学校サポート、各部活動費、各団体会費(例:日赤、社協、交通安全協会等)、各団体活動費(例:荻窪消防団等)寄付金:赤い羽根共同募金、歳末たすけあい運動、みどりの基金、災害時に臨時寄付金(東日本大地震、熊本地震等)

杉並区まちの絆向上事業助成金対象事業

ウェブサイト:w w w.a m a n u m a 8.c o mEメール:a s @ a m a n u m a 8.c o m

天沼には名産や名物はありません。天沼が語り継いできたのは人の優しさです。井伏鱒二「荻窪風土記」のエピソードの中に“もう一つ、遠い親戚よりも近くの他人という言葉である。…… 町内の古い知りあいと懇親会をつくることにした。自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持ちで年をとって行くことである。”と書かれています。近所の人の温かな振る舞いを語っていますが全体を通しても人物交遊録です。多くの文人が住んだ街は今も息づいています。町会の下支えになっているのは今も昔も近所付き合いです。

(平成30年現在のスタンドパイプ8基所用)

学校サポート

:街頭消火器

:大型消火器

:D級ポンプ

:スタンドパイプ

:消火栓

:レスキューキット

:AED

:貯水槽