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第32回 奄美ブロック研修医勉強会“交通外傷により緊急開腹手術となった1症例”
名古屋徳洲会総合病院
初期研修医 2年次
仲本博史
【症例】 73歳 男性
【主訴】 交通事故
【現病歴】
軽自動車走行中の単独事故、ガードレールに衝突した状態で発見。
エアバック作動なし。シートベルト着用。
目撃者はなし。
救急隊より高エネルギー外傷との一報、ロード&ゴーにて当院救急搬送。
【既往歴】
CKD,HTN,DM,ASO,OCI
【P.E.】
GCS10(E4V1M5)
努力様呼吸 SpO2計測不能
脈拍触知不良、sBP90mmHg
FAST:脾腎境界にecho free spaceあり
⇒気管挿管、補液開始、輸血の準備
その後、造影CTへ。
【検査所見】• ABG:pH7.231,PO2:196.7,PCO2:14.1,HCO3-:5.8,BE:-18.9
• CBC:Hb12.1g/dl,Plt:1.2×104μl
• 造影CT:膵損傷及び腹腔内出血(腸間膜HDA+)
大量fluid貯留
⇒緊急開腹手術へ
【手術所見】
• 膵完全断裂
• 腸間膜動脈の出血
• 門脈損傷
⇒脾臓・膵体尾部切除・門脈再建
【術後】
POD0 DOA開始、輸血(RCC/FFP/Plt)、補液
ドレーン排液>700ml/d
POD2 HD開始 CMZ開始
POD5 CMZ→MEPM変更
POD7 ドレーン排液色は薄く TPN開始
ABG:pH:7.438,PO2:464,PCO2:19.5,HCO3:12.9,BE:-8.6
PT-INR:1.49 Plt:28.7万
腹部外傷
・ 循環異常(出血性ショック) ①腹腔内出血 ②骨盤骨折(後腹膜出血)
・ 組織汚染(炎症)
ショックを伴う腹腔内出血の止血(受傷より1h以内⇒外傷のgolden hour)
ショックを伴わない場合、持続する出血の止血(受傷より2-4h以内)
腹膜炎の治療(受傷後6h以内)
※腹部外傷の緊急度
腹部外傷
Primary survey
(Cの異常⇒ショック)
(緊張性気胸なし)
(心タンポナーデなし)
(骨盤骨折なし)
(大量血胸なし)
胸頸部所見なし FAST CXR 骨盤Xp
腹腔内液体貯留
緊急開腹止血術 高位の後腹膜出血を考慮
(なし)(あり)
※循環が不安定な腹部外傷アルゴリズム
腹部外傷
Secondary survey
腹腔内出血量
造影CT(double phase)
実質臓器所見 臓器損傷所見
TAE
開腹術 非手術療法
(なし) 軽度
大量
※呼吸・循環が安定している腹部外傷アルゴリズム
(なし) 少量
(なし)
(あり)
再評価
重度損傷
造影剤漏出像
腹部外傷
本症例では、Primary surveyにおいて、“Cの異常”及び“FASTでecho free space”を認めたため、緊急開腹止血術の適応となった。
D C S
D C S
• Damage control surgery
“外傷患者の初回手術の方法”
• Damage control strategy
“手術を含めた治療による侵襲を患者の対応限界の範囲内におさめることにより救命を図る一連の治療戦略”
※ダメージコントロール
元々は、『軍艦の損害を最小限に食い止め、任務継続を可能にする』という軍事用語
⇒肝外傷の外科手術⇒一般臨床の外傷医療に応用
外傷手術の憂鬱
『手術は遂行した。しかし、患者は死亡した』・・・。
外傷の侵襲+手術・医療環境の侵襲
『患者の死亡』
患者の生理的対応限界 ≦
大量出血を伴う重症外傷患者の最大の死因は、失血死ではなく、外傷死の三徴(deadly triad)である。
ダメージコントロールの論理的根拠
□『死の三徴(deadly triad)』=『血液の悪循環(bloody vicious cycle)』
それぞれがお互いに悪影響を与えつつ進行する
最も重要なのは低体温
重傷外傷の66%が低体温
34℃以下:死亡率40% 33℃以下:69% 32℃以下:100%
大量出血
低体温 アシドーシス 凝固異常
ダメージコントロール(DCS)の基本構成
□初回手(止血と腹腔内汚染のコントロール)
1.止血 2.汚染回避 3.一時的閉腹
□ICU管理(循環動態の安定と、死の三徴の是正)
死の三徴(低体温、アシドーシス、凝固異常)
□再手術(根治手術)
多くは48時間以内(72時間を超えると死亡率、合併症率が上がる)
根治術後にも、数回の開腹腹腔洗浄が必要となることもある
□初回手術(止血と腹腔内汚染のコントロール)
1.一時止血 2.止血 3.汚染回避 4.一時的閉腹
生理学的指標に基づくDCS適応基準
1.手術開始時の低体温(<35℃)
2.手術開始時のアシドーシス
動脈血 pH<7.2
BE<-15mmol/L(55歳未満) <-6(55歳以上)
3.凝固能障害の出現
PTまたはAPTTの正常値の50%以上の延長
ただし、重傷外傷の初期診療では検査結果を待てない場合もあり、
受傷起点やバイタルサインからDCSとなることを念頭に手術を開始し、
タイミングを失することなく手術中にDCSの判断を下す必要がある
坂本らによるDCS適応基準
1.収縮期血圧<90 mmHg
2.低体温<35 ℃
3.塩基過剰(BE)<-7.5 mmol/L
3項目すべてを満たした8例で全例でDCS施行 4例で生存(生存率50%)
すべては満たされなかった8例で1例にDCS施行 未施行も含めて全例生存
出血傾向の出現を採用している従来のDCS基準では
どうしても遅れがちになる
術中においてDCSを決断するための判断基準
1. 腸管浮腫
2. 小腸拡張
3. 漿膜面の黒ずんだ色調変化
4. 組織の冷感
5. 腫脹して張りのない腹壁
6. 切開部からのびまん性出血
初回手術(止血と腹腔内汚染のコントロール)
1.一時止血
• パッキング、用手圧迫
• 腸管や腸管膜のactiveな出血の止血
2.止血
• パッキングの解除→破綻血管の止血・修復・再建
• 実質臓器損傷の切除・パッキング・修復
3.汚染回避
• 穿孔部切離や閉鎖、ドレナージ、チュービング
※吻合や人工肛門造設は行わない
4.一時的閉腹
Open abdominal managementが行われることが多い
• 腹腔からの体液喪失コントロール
• 腹腔内臓器の保護・保温・保湿
• パッキング部位への適切な圧の保持
• abdominal compartment syndrome(ACS)の回避
Open abdominal management
一時的閉腹法(VPC:vacuum pack closure)VPC
閉創後も持続的に
腹腔内を吸引出来る
その他にも、
タオル鉗子閉鎖法
サイロ状閉鎖
などがある
考察・反省点
・初回手術でOpen abdominal managementを考慮すべきであった。ドレーン排液量を考えると、再OPで止血の選択があったかもしれない。
DCSを選択するタイミング
□DCSあるいはガーゼパッキングが忘れ去られた理由は、
『死の三徴』が完成し、手術続行が困難になって初めて
行われていたため(=破れかぶれの逃げの手段)
32℃以下の死亡率100% 出血傾向が出現した場合の死亡率85%
□『逃げの手段』から『積極的戦略として早期に選択』
多くは開腹後15分以内に決断しなければならないことが多い
『死の三徴』の出現を待っていたら手遅れ⇒予見して判断する
□診療技術は日々進歩しているが、患者の生命予後に
大きく寄与したと実感できる物は実はあまり多くない
□DCSは明らかに患者の生命予後を改善し、
過去10年間では数少ない明確な進歩と言える
□当初は腹部外傷において考案・実施され発展されてきたが、
現在は胸部外傷や四肢外傷にもこの考えが取り入れられている
ダメージコントロール・ストラテジー(DCS)まとめ
外傷の解剖学的重症度指標 ISS
□多発外傷の重症度の世界標準
□AISを基にした多発外傷評価
□身体を6つの部位にわけ、それぞれの中で最も重症度が
高い3部位のAISの平方和をISSとする
□(例)脳挫傷(最大AIS4)、耳裂創(1)、lt3-4肋骨骨折(2)、
後腹膜血腫(3)、大腿骨骨折(3)
⇒4 + 3 + 3 ISS 342 2 2
AISコードの重症度 内容
123456
軽症(minor)中等度(moderate)
重症(serious)重篤(severe)瀕死(critical)
救命不能(maximum)
頭頸部 脳、頭蓋骨、頸椎
顔面 口、耳、鼻、眼、顔面骨
胸部 胸腔内臓器、横隔膜、胸郭、胸椎(胸髄)
腹腔及び骨盤内臓器 腹腔内臓器、骨盤内臓器、腰椎(腰髄)
四肢及び骨盤 脊椎、頭蓋骨、肋骨以外の捻挫、骨折、脱臼、切断
体表 すべての部位の体表の裂創、挫傷、擦過傷あるいは熱傷
AISコード区分と重症度
ISS算出のための部位と算出方法
外傷の生理学的重症度指標 RTS
□外傷患者の生理学的指標
□GCS、収縮期血圧(SBP)、呼吸数(RR)から算出
□RTS=GCS×0.9368 + SBP×0.7326 + RR×0.2908
score GCS合計点 SBP(mmHg) RR(/min)
4 13-15 90以上 10-29
3 9-12 76-89 30以上
2 6-8 50-75 6-9
1 4-5 1-49 1-5
0 3 0 0
DCSを考慮すべき受傷起点およびバイタルサイン
胸部外傷 BP90以下の穿通性外傷、心嚢液貯留、ER開胸
腹部・骨盤外傷 BP90以下の穿通性外傷、開放性骨盤骨折
BP90以下かつFAST(+)の鈍的外傷
BP90以下かつFAST(+)の閉鎖性骨盤骨折
肢外傷 大腿三角への散弾銃創 四肢温存が困難な鈍的外傷
全身 緊急開腹に続いて、
①緊急開頭血腫除去②緊急開胸(下行Ao損傷)③TAE(骨盤骨折)
が、必要となる場合
TAE:経カテーテル動脈塞栓術(trans catheter arterial embolization)
ダメージコントロールの歴史(近代以前)
□100年以上前の肝臓のパッキング法
根治手術の成績向上や麻酔・周術期管理の発達、パッキングによる
壊死や敗血症などの合併症による高い死亡率により、忘れ去られた
□1960年代
一時的パッキングとその後の再手術による除去で救命3例の報告
『早く、よりよい蘇生とよりよい損傷治療が、肝損傷の死亡率を下げる』
□1981年 Felicianoらの報告
あらゆる外科的方法を用いても出血の持続する肝損傷10例に
パッキングで9例を救命。この方法を『reappraisal(見直すべき)』と評価
ダメージコントロールの歴史(近代~現代)
□1983年 Stoneらの報告
外傷手術中に致死的出血傾向に陥った31例
非パッキング群(死亡率93%) VS パッキングと二期的根治術(35%)
□Burshらの報告
7年6カ月 200例の重傷外傷患者 DCSによる死亡率35%
『致死的状況下では速やかに手術を終了させることが論理的に正しい』
□1993年 Rotondoらの報告(初めてdamage controlという表現を使用)
『最重症症例ではDCSは生存率を改善する(症例全体では有意差なし)』
腹部外傷
① 腹腔内出血 ・ 脾臓、肝臓などの実質臓器損傷 ・ 腸間膜、大網などの血管損傷
② 後腹膜出血 ・ 骨盤骨折に伴う出血 ・ 腎臓または腎血管損傷 ・ 膵臓または周辺血管の損傷 ・ 腹部大動脈または下大静脈損傷 ・ 腰動脈や腸腰筋損傷