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Copyright (C) 2010 JETRO. All rights reserved. 1 章 タンザニアの農漁業分野における開発ニーズと BOP ビジネスの可 能性 本章では、農漁業における一般的潜在ニーズを整理し、タンザニアの農漁業分野を概観した上 で、開発ニーズとこれを解決する BOP ビジネスの可能性について検討する。 1. 農漁業における一般的潜在ニーズ ここでは、一般的潜在ニーズとして、途上国の貧困削減における農漁業分野の重要性、農漁業 所得向上における資機材の役割について説明する。 1貧困削減における農漁業分野の重要性 1 2.15 ドル未満の生活をしている貧困層は途上国に約 21 億人。このうち 4 分の 3 が農村部 に居住しており、そのほとんどが農業に従事している 1 。また農村家計の大部分が農業から所得を 得ており、その比率は貧困層ほど高い 2 。したがって農業収入を増加させることは、貧困層の所得 を増加させ、途上国における貧困問題緩和に大きく貢献する。 実際、途上国における貧困率(1 2.15 ドル以下)は、1993 年の 63.3%から 2002 年の 54.4へと低下したが、これは下表に示すように農村部の貧困率が同時期に 78.2%から 69.7%へと 8.5%低下したためである。 この農村部における貧困率の減少は、都市部への移住による農村部での貧困者の減少の結 果ではなく、農村居住者の所得改善によるものであることに留意が必要である。表 1-1 に示すよう に、1993 年から 2002 年までの農村からの移住者全員が貧困者であると仮定しても、同時期の貧 困率低下 8.5%のうち 6.9%(全体の 81%)は、農村居住者の貧困減少が原因である 3 。特に都市 部への移民が少なかった東アジアでは、移住者全員が貧困層と仮定しても、非移住者の貧困率 20%低下したと推測されている。このことは農村所得の向上が、都市化が進んでおらず、人の 流動性も相対的に低い多くの農業国にとって、貧困削減の重要な要因となっていることを明確に 示している。 表 1-1 農村部貧困率の変化 農村部貧困率(1 日 2.15 ドル) 農村部非移住者の貧困率変化 1993 2002 増減 貧困に中 立な移住 前提 (A) 移住者全 員が貧困 者と前提 (B) (B)/ (A) 1 世界銀行(2008)。ここでの「農業」には、林業、漁業、牧畜を含む。比較可能な 14 カ国のデータでは、12 カ国に おいて農村居住者にしめる農業従事者の割合が 8 割を超えている。 2 同上。14 カ国の比較調査では、60-99%が農林水産業収入であった。特に農業の GDP に占める割合が大きい アフリカ諸国でこの比率が高い。貧困層の所得に占める農業所得(含む賃金)の割合は、ガーナ 77%、グアテマラ 59%である。ガーナ、グアテマラ、ベトナム、ネパールの調査では、農業所得(含む賃金)の所得全体に占める割合 は、富裕層になるほど減少する。 3 都市移住者から農村親族への送金は含まない。 1

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第 1 章 タンザニアの農漁業分野における開発ニーズと BOP ビジネスの可

能性

本章では、農漁業における一般的潜在ニーズを整理し、タンザニアの農漁業分野を概観した上

で、開発ニーズとこれを解決する BOP ビジネスの可能性について検討する。

1. 農漁業における一般的潜在ニーズ

ここでは、一般的潜在ニーズとして、途上国の貧困削減における農漁業分野の重要性、農漁業

所得向上における資機材の役割について説明する。

(1) 貧困削減における農漁業分野の重要性

1 日 2.15 ドル未満の生活をしている貧困層は途上国に約 21 億人。このうち 4 分の 3 が農村部

に居住しており、そのほとんどが農業に従事している1。また農村家計の大部分が農業から所得を

得ており、その比率は貧困層ほど高い2。したがって農業収入を増加させることは、貧困層の所得

を増加させ、途上国における貧困問題緩和に大きく貢献する。

実際、途上国における貧困率(1 日 2.15 ドル以下)は、1993 年の 63.3%から 2002 年の 54.4%

へと低下したが、これは下表に示すように農村部の貧困率が同時期に 78.2%から 69.7%へと

8.5%低下したためである。

この農村部における貧困率の減少は、都市部への移住による農村部での貧困者の減少の結

果ではなく、農村居住者の所得改善によるものであることに留意が必要である。表 1-1 に示すよう

に、1993年から2002年までの農村からの移住者全員が貧困者であると仮定しても、同時期の貧

困率低下 8.5%のうち 6.9%(全体の 81%)は、農村居住者の貧困減少が原因である3。特に都市

部への移民が少なかった東アジアでは、移住者全員が貧困層と仮定しても、非移住者の貧困率

は 20%低下したと推測されている。このことは農村所得の向上が、都市化が進んでおらず、人の

流動性も相対的に低い多くの農業国にとって、貧困削減の重要な要因となっていることを明確に

示している。

表 1-1 農村部貧困率の変化

農村部貧困率(1 日 2.15ドル) 農村部非移住者の貧困率変化

1993 2002 増減

貧困に中

立な移住

前提

(A)

移住者全

員が貧困

者と前提

(B)

(B)/

(A)

1 世界銀行(2008)。ここでの「農業」には、林業、漁業、牧畜を含む。比較可能な 14 カ国のデータでは、12 カ国に

おいて農村居住者にしめる農業従事者の割合が 8 割を超えている。 2 同上。14 カ国の比較調査では、60-99%が農林水産業収入であった。特に農業の GDP に占める割合が大きい

アフリカ諸国でこの比率が高い。貧困層の所得に占める農業所得(含む賃金)の割合は、ガーナ 77%、グアテマラ

59%である。ガーナ、グアテマラ、ベトナム、ネパールの調査では、農業所得(含む賃金)の所得全体に占める割合

は、富裕層になるほど減少する。 3 都市移住者から農村親族への送金は含まない。

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サブサハラ・アフリカ 85.2 82.5 -2.7 -2.7 -1.5 55.6%

南アジア 87.6 86.8 -0.8 -0.8 -0.4 50.0%

東アジア太平洋 85.1 63.2 -21.9 -21.9 -20 91.3%

中東・北アフリカ 35.8 37.6 1.8 1.8 6.1 -

ヨーロッパ・中央アジア 19.8 18.7 -1.1 -1.1 -0.3 27.3%

中南米 47.3 46.4 -0.9 -0.9 7.8 -866.7%

合計 78.2 69.7 -8.5 -8.5 -6.9 81.2%

(出典:世界銀行、2008)

しかし、農村部の貧困率減少の大部分は、東アジア・太平洋州での大幅な貧困率減少により達

成されており、南アジアやサブサハラ・アフリカでの貧困率減少は限定的である。これらの地域の

貧困者数は増加している、これらの地域では農業所得の向上による貧困削減が喫緊の課題とな

っている。

(2) 農漁業所得の向上と資機材の役割

農漁業所得の向上には、生産性の向上が不可欠であり、農漁業資機材は生産性の向上に大

きく寄与する。前節で述べたように、1993 年から 2002 年の期間に農村部の貧困が も大きく減

ったのは東アジア・太平洋であるが、この地域は同時期に農業の生産性が も伸びた地域でもあ

る。 1961-2004 年の東アジアの穀物収量の伸びは年率 2.8%であり、先進国平均の同 1.8%を

大きく上回っている。東アジア地域の農業の成長が、同時期の途上国全体の農業成長の3分の2

をしめている。

生産性の向上に大きく寄与したのは、灌漑に加え、改良品種や肥料など農業資機材の利用が

進んだ、いわゆる「緑の革命」である。東アジアと南アジアでは、改良品種を用いる耕地は、1970

年には 10%未満であったが、2000 年には約 80%に達している。化学肥料の使用も進んでおり、

アジアでは1ヘクタールあたりの年間使用量は先進国を上回るレベルに達している。過去30年間

の途上国農業の成長の少なくとも 20%は、肥料使用量増加によるものと考えられている4。

しかしながら、サブサハラ・アフリカ諸国の農業生産は停滞している。灌漑農地は、南アジア

39%、東アジア・太平洋の 29%に対し、4%に留まっている。改良種子の利用は、増えてはいるが

24%に過ぎず、化学肥料の利用は 1980 年から増加していない。この結果、農業生産性は停滞し

ており、他方人口は増加しているため、農業人口一人当たりの農業 GDP 成長率は 1980 年代か

ら 90 年代前半にかけてマイナスを記録した。その後、プラス成長に転じているが、このような農業

生産性の低さ、その結果としての農業成長の低さが、前節で示した同地域農村部の貧困削減の

遅れにつながっていると考えられる。

日本では化学肥料の価格が低下することで肥料投入が促進され、肥料への感応度が高い品

種の開発が進み、農業生産性が向上するという好循環があったが、肥料を輸入に依存するアフリ

カ諸国の肥料価格は、アジアのほぼ 2 倍であり、これが農業生産のコストを引き上げ、食料価格

4 世界銀行(2008)

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や賃金の高騰、ひいてはいびつな産業発展の要因でもあり、結果ともなっているとの指

摘がある5。資機材価格の高騰は、インフラが未整備で購買力の小さいアフリカ農村部が、民間企

業には魅力が乏しく、市場開拓の努力がなされていなかったことが要因と考えられるが、農業人

口の比率が高いアフリカにおいては、このことが農業だけではなく、産業全体の発展にも影響して

いるのである。アフリカにおける農業資機材市場の開拓と結果としての資機材価格の低下は、ア

フリカの発展に非常に大きな意味をもつ。

2. タンザニア農漁業の現状と課題

タンザニアは、アフリカ大陸南東部に位置する日本の約 2.5 倍の面積と 4,000 万の人口を有

するアフリカ主要国の一つである。人口は、サブサハラ以南アフリカ諸国の中で 5 番目に多い。農

漁業は、タンザニアの GDP の 45%を占め、労働人口の 8 割が従事する重要産業である。コ

ーヒーやナイルパーチなどの農漁業産品は、主要な輸出品目でもあり、貴重な外貨獲得源と

なっている。

(1) タンザニア農漁業の現状

1) 生産

豊富な農地、ビクトリア湖という巨大な内水湖、1,000km の海岸線を有するタンザニアは、農漁

業の大きな潜在性を有している。

①農業

タンザニアの農地は、国土の46%に相当する4,400万ヘクタールと広大である。このうち1,000

万ヘクタールがすでに耕作されている。しかしながら灌漑適地 2,900 万ヘクタールに対し、既に灌

漑されている農地は、29 万ヘクタールに過ぎず、残りは天水に依存している。

現在の農業の大きな特徴は、その大部分が耕作面積 2 ヘクタール以下の小規模農民により担

われていることである。一人当たり耕作面積は、0.1 ヘクタールと非常に小さい。Tanzania

National Business Council (TNBC)(2009)によれば、小規模農民によって全耕作地の 85%が

耕作され、食料生産の 75%がまかなわれている。このような小規模農民は全国で 490 万世帯に

達する。他方、大規模な商業経営は 1,200 ヶ所に過ぎず、コーヒーや麻などの輸出作物を生産し

ている6。

農地の 4 分の 3 では穀類やイモなどの一年生作物のみが栽培されているが、果物や茶、コーヒ

ーなどの多年生作物のみを栽培しているのが 14%、単年度作物と多年度作物を同一の畑内で

栽培している混作も 10%程度ある7。作物別作付面積では、自給を目的とした穀類、いも類、豆類

が 9 割近くを占めている。

5 桂井(2007) 6 URT(2006) 7 例えば、コーヒーとバナナ、ココヤシとキャッサバ/とうもろこしなど。(全国農業改良普及協会、2004)

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(出典:タンザニア農業省)

図表 1-2 タンザニア主要農産物(作付面積に占める割合)

タンザニアでは、必要 低限の摂取カロリー(2,200 カロリー/日)を満たすことができない食糧貧

困層が全人口の 19%、人口の 8 割が居住する農村部において 38.7%に達する8。一定量以上の

食料生産により、食料供給を円滑化し、食料価格を安定させることは貧困緩和の観点からも重要

である。このためタンザニア政府は 2010 年までに自給率を 119%に引き上げることを目標として

いる9。しかしながら自給率は、2003/04 年以降 100%を超えているものの安定しておらず、干ば

つ等により 100%を割り込むリスクをはらんでいる。

(出典:タンザニア農業省)

図表 1-3 農作物生産量と自給率

8 NBST(2002) 9 URT(2007a)

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さらに深刻なことは、主食のメイズを含む穀類の自給ができていないことである。コメを

除く主要穀類の生産高は国内需要を下回っている。代表的な主食であるメイズは、生産量の年ご

とのばらつきが大きく安定しないだけでなく、1 ヘクタール当たりの収量は、1995/96 年の 1.5 トン

から 2002/03 年には 0.8 トンに減少している10。

図表 1-4 穀類生産量と自給率(2008/09) (単位:トン)

メイズ ミレット コメ 小麦 穀類全体

生産 3,424,984 898,869 843,556 97,901 5,265,309

需要 4,131,782 1,531,816 710,754 204,156 6,578,508

差 -706,798 -632,947 132,802 -106,255 -1,313,199

自給率 83% 59% 119% 48% 80%

(出典:タンザニア農業省)

コメについても、近年需要が拡大しており、一部では輸入がされているなど、現実には自給で

きていない可能性が高い。またコメについても、単位面積当たり収量で表される生産性は停滞し

ている。

図表 1-5 単位面積当たりのコメ(籾)の収量

年 単位面積当たりの収量(kg/ha)

1970 8741980 1,1881990 1,9252000 1,8812001 1,7012002 1,7412003 1,7672004 1,7262005 1,6632006 1,6082007 1,8892008 1,889

(出典:FAOSTA online database)

同国の外貨獲得源である主要商品作物の生産量も、タバコを除いて過去 30 年間ほとんど変化

していない。

10 URT(2006a)。世界銀行の World Development Indicator によれば、穀類のヘクタール当たり収量は、サブサハ

ラ・アフリカ諸国全体では上昇しているにも関わらず、タンザニアは低下している(1990-92 年の 1,276kg から

2005-07 年の 1,162kg)。

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図表 1-6 主要商品作物生産量 (単位:トン)

1976/77 2003/04 2006/07 2007/08

綿花 194,694 139,969 130,565 200,662

コーヒー 48,689 41,369 45,534 41,764

カシューナッツ - 92,810 92,573 99,107

茶 72,979 132,395 34,969 34,165

麻 119,077 23,888 30,847 33,000

タバコ 17,137 17,137 50,784 57,454

除虫菊 2,552 2,700 2,046 2,300

(出典:TNBC)

広大な農地、豊富な水源などタンザニア農業のポテンシャルは高いが、現実はこのような可能

性を生かし切れているとは言えない状況にある。

②漁業

タンザニアの漁業は、1,000km の海岸線を起点とする海洋漁業、国土の 7%に相当する約 6 万

平方キロメートルの水体で行われる内水漁業の 2 つから構成される。海洋漁業は 6.4 万平方キロ

メートルの広大な水域を持つが、大陸棚の幅が狭く、漁業は沿岸の限られた地域に集中している。

このためタンザニアの漁獲高の 85%は淡水魚であり、海水魚は 15%に留まっている。内水漁業

は、ビクトリア湖、タンガニーカ湖、ニャサ湖の 3 つの国際湖が 88%を占める。タンザニアの潜在

漁獲高は、73 万トンと見積もられている。

図表 1-7 タンザニア漁業概要

項目 単位 データ

漁業の GDP に占める割合 % 3

水産物の輸出品に占める割合 % 12

漁業従事者 人 121,000

うち、零細事業者 人 119,400

うち、内水漁業従事者 人 99,600

漁獲量 トン 334,000

うち、ナイルパーチ トン 92,000

うち、エビ トン 2,000

輸出 百万ドル 91

うち、エビ 百万ドル 7

うち、ナイルパーチ(加工品含む) 百万ドル 77

(出典:FAO, 2004)

水産部門のGDP への貢献度は3%であり、水産物の輸出品に占める割合は15%である。

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2007年の統計では、約17万人が直接漁業に従事しており、関連業を合わせた水産業

従事者は、約400 万人に上ると推定されている。

2008 年の漁業生産は324,821 トンとなった。図表1-8に示すように、タンザニア漁業は、1980

年代から1990 年代にかけて15 万トンから30 万トンまで順調な成長を記録したものの、2001、

2002年の40万トンをピークに2004年以降は33万トン近辺で低迷している。地域別にみた漁業生

産量では、ビクトリア湖の生産が72%を占めており、タンガニーカ湖11%、ニャサ湖1.3%と、内水

面漁業が約87%を占める。

図表 1-8 タンザニア漁業の漁獲高(2003‐2008 年) (単位:トン)

2003 2004 2005 2006 2007 2008

(2008

年)

ビクトリア湖 241,71

0

226,53

0

249,77

1

239,34

3

236,42

8

234,41

8

72.2

タンガニーカ湖 58,443 42,330 40,000 38,853 36,440 36,130 11.1

ニャサ湖 41,746 14,250 8,500 5,200 4,390 4,353 1.3

ルクワ湖 - - 3,000 3,000 4,193 3,957 1.2

Mtera dam - - 3,240 3,210 970 933 0.3

Nyumbaya Mungu dam

- - 2,005 2,005 674 668 0.2

その他 - - - - 1,250 1,230 0.4

海洋 49,270 50,470 54,968 48,591 43,499 43,130 13.3

合計 391,16

9

333,58

0

361,48

4

340,20

1

327,84

5

324,82

1

100.0

金 額 換 算 ( ‘00万シリング)

175,56

3 188,119

338,90

5

336,15

2

291,76

5

371,39

5

-

(出典:タンザニア家畜漁業省、2009)

主要魚種はナイルパーチとタンガニーカ産ダガー(小型の淡水イワシ)、ティラピア、ミゲブカ(ス

ズキの仲間)、沿岸のイワシ類などで、特に前2 者で漁業生産の50%を占めるなど、魚種構造は

単純である11。輸出においては、欧米諸国を中心としたナイルパーチおよびその加工品の輸出が

約85%を占めているが、ダガーも近隣の内陸国に輸出されている。

タンザニア漁業生産の構造的特徴は98.7%が零細漁業によることが上げられる。1996 年の

漁業生産328,813 トンのうち企業型漁業による生産は、インド洋沿岸における23 隻のエビトロー

ル漁船の水揚げ1,341 トンに過ぎない。加工は企業型加工と零細加工に大別される。企業型加

工はいずれも輸出製品の製造を目的としており、登録された12 社が、ナイルパーチのフィレや冷

11 国際協力機構(2002)

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凍エビを製造している。タンザニアでは国民の鮮魚嗜好が強く、鮮魚をフライ加工して

食卓に乗せる形式が も普通であるが、一度に大量に漁獲されるダガーでは天日干加工が、ま

た大きな市場を持たない僻地の漁村では燻製、塩乾品、浜焼き等の加工が盛んに行われている12。

タンザニアの漁業も、圧倒的多数の零細事業者に担われていること、生産量が近年停滞してい

ることなど、生産構造と現在の課題は農業と共通している。

2)政策

①農業

1997 年以来タンザニアでは、政府の役割縮小、民間の役割拡大を基本方針とする農業分野の

自由化政策がとられている。自由化政策の主な内容は以下の 5 つに集約される:

農業分野の近代化および商業化

国営企業の民営化と研究、規制、監視における政府の役割の縮小

全ての農業市場の自由化

自給農業の商業農業への転換

小規模農民、中小企業向け金融サービス提供

しかし自由化政策は成功しているとは言い難い。民間の担い手が十分に育っておらず、国営企

業の経営体力も決して強くない状況で拙速な自由化を推進した結果、民営化された国営企業の

活動が停滞する一方、民間業者の参入は少なく市場の空白地帯は拡大した。自由化政策により

卸売りレベル、あるいは都市圏およびその近郊地域は恩恵をうけたが、民間の参入が少ない資

機材市場へのアクセスは悪化、遠隔地域での生産者価格は低下している。遠隔地では輸送コスト

も上がるため、資機材価格も高くなる傾向にあり、農民が必要な資機材を使用しない要因となって

いる。

農業の近代化、構造変化を通じて、農業への投資を促し、人口の 80%が従事する農業の生産

性を向上させることにより、貧困削減を目指す「Kilimo Kwanza(Agriculture First)」の実行が

2009 年 6 月に官民合同で開催された TNBC で Kikwete 大統領により宣言された。

Kilimo Kwanza では、国内で消費しないコーヒーや茶などの輸出作物生産を重視しすぎたこと

が、タンザニアにおいて食料生産の急激な伸びを記録する「緑の革命」が起きなかった原因として、

今後は食糧自給に必要なメイズ、コメ、小麦、キャッサバ、豆類などを戦略的作物として集中的に

介入を行うとしている。

その上で、緑の革命の三本柱である「改良種子技術」「灌漑施設の拡大」「肥料・農薬使用量拡

大」を推進するため次のような政策を提案している。

12 国際協力機構(2002)

8

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図表 1-9 Kilimo Kwanza

分野 政策

改良種子 ・特定カテゴリーの小規模農民に助成した種子を供給

・民営化した種子会社の経営状況を評価し、供給量増加のための戦略を検討

する。

・改良種子の国内供給増加までの暫定措置として、種子輸入促進。

肥料・農薬 ・肥料補助金制度適用地域の拡大。

・官民連携により、大規模な肥料工場設立。

・国内生産が開始するまで、官民連携で必要量の肥料を輸入。

・主要な農薬輸入のための官民連携メカニズムを検討。

灌漑 ・ドナー、民間企業など全ての農業関係者からの寄付による国家灌漑基金の

設立。

・官民連携による長期的な灌漑施設整備、リハビリプログラム

・政府予算による灌漑インフラ整備

・政府所有の既存灌漑施設の緊急リハビリ、もしくは灌漑施設建設、リハビリ

を目的とした農民向け融資への政府保証。

農業機材 ・元国営企業 Ubungo Farm Implements(UFI)の操業再開による、機材生

産。競合品輸入を防ぐための関税引き上げ

・官民連携によるトラクタの組み立て、基本的部品製造の再開

(出典:TNBC)

急激な自由化政策の反省にたち効果的な官民連携のあり方を模索していることが、政策面での

大きな特徴である。タンザニア政府は、強い政治的コミットメントで Kilimo Kwanza を推進するとし

ており、現状 7%程度である農業予算を 10%程度にまで引き上げることが計画されている。しかし

ながら、計画の実現には、関連する多くの省庁、政府機関、民間部門の協力と調整が必要となる

ことから、中心となる農業省等のリーダーシップと政治的手腕が問われている。

②漁業

1997 年の国家漁業分野政策では、水産資源の保全、管理、開発を漁業分野が直面する課題と

して、持続的な漁獲活動、水産資源の活用、マーケティングを推進している。同政策が取り組む主

な課題は以下の通り:

資源管理の改善

環境保全と開発の両立

トレーニングと教育の改善

水産資源基盤に関する研究

効率的な資源利用と市場開拓

9

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コミュニティ参加

漁業情報システムの整備

養殖は遅れていたが、2009 年に家畜漁業省内に養殖局が設置され、ようやく、養殖振興への

取り組みが始まっている。また持続的な資源管理へのコミュニティ参加を目的として、ビクトリア湖

周辺の零細漁民・船主等を湖岸管理ユニット(Beach Management Unit: BMU)として組織化して

いる。同様の組織は、これ以前にも存在していたが、BMU は基本的に漁業に従事する人全員を

対象としたこと、法的地位を与えたこと、規模等の規定を設けた点が異なる。BMU は、以下のよう

な活動を行っている:

稚魚、幼魚の保護支援

漁民への免許交付補助

湖岸の清掃

(行政等と連携した)漁業に関する条例案の作成

地域住民の貧困緩和事業の計画

漁民の安全確保

HIV/AIDS 対策

会費の徴収

しかしながら漁民の資源管理に対する意識は低く、漁業許可や漁場の制限には抵抗が強い。ま

た漁民は中央政府に依存する意識が強く、参加型でコミュニティの資源を活用、管理し、貧困緩

和を含めたコミュニティの開発を計画、実施するスキル、経験が不足しているといわれている。伝

統的資源管理の在り方について現地の状況を確認してみる必要がある。

(2) 農漁業の課題

タンザニアの農漁業分野の課題は、低生産性と低収益性の 2 つに集約できる。同国における農

漁業従事者の 9 割は小規模農漁民であり、貧困層であるが、生産活動のあらゆる局面で貧困層

であるがゆえの不利益(BOP ペナルティ)に直面している13。すなわち小規模農漁民は生産活動

に多大な労力を必要とするにも関わらず収量は伸びず、苦労して作っても得られる収益は少ない。

収益が少ないため、新たな投資ができず、また投資をしても収益が高まるわけではないので、投

資をするインセンチブもないという悪循環がある。

1)低生産性

も大きな課題は低生産性である。農業、漁業とも従事者数や耕作面積の増加にも関わらず、

生産量は停滞している。これは土地や労働力の生産性が低いからにほかならない。タンザニアに

おいては、生産性を高めるために必要な資機材の投入が少ないこと、作業効率を上げるための

13 BOP ペナルティは、C.K.プラハラード(2005)の著作「ネクスト・マーケット」で有名になったコンセプト。

10

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機械化が遅れていることが、生産性が低い大きな要因となっている。

①農業資機材の不足

90 年代後半に開始された自由化政策の結果、それまで国営であった種子、肥料、農薬等の農

業資機材の流通を民間企業が担うようになった。しかしながら、資金調達の難しさ、脆弱な流通網、

高水準の人件費、市場の不確実性などにより、民営化された国営企業の経営はふるわず、新た

に参入する民間企業は少ない。国営種子会社により供給されていた改良種子の生産、供給は、

民営化により滞るようになった。タンザニアにおける改良種子の需要は年間 12 万トンとされるが、

過去 4 年間の供給は同 1 万トンに留まっている。実際に農民が使っている改良種子は、需要の

7%以下である8,000トンとの調査結果もある。化学肥料についても、年間 38.5万トンの需要に対

し、供給量は需要の半分の 19.5 万トンに過ぎない14。このようにタンザニアにおける農業資機材

は、圧倒的な供給不足なのである。自由化により、交通アクセスが悪い地域での価格は高騰して

おり、ますます小規模農民の手には入りづらくなるなど、BOP ペナルティは増している。

図表 1-10 は、主な農業資機材へのアクセスの状況を示したものだが、肥料以外の資機材への

アクセスがある世帯は全体の 2 割以下である。

図表 1-10 農業資機材へのアクセスがない農民の割合

資機材 アクセスがない割合

肥料 74%

改良種子 82%

殺菌剤 83%

化学肥料 88%

堆肥 94%

除草剤 98%

(出典:URT、2006)

改良種子や殺菌剤、無機質肥料、堆肥、除草剤などが入手できる市場への距離は、いずれの製

品も 3km 以上と回答した世帯が 50%に達し、20km 以上の世帯も製品により 10-20%存在する。

この結果、肥料を使う農家は 1998 年以降激減している。2002/03 年の農業センサスによれば、

農地の 77%は肥料なしで耕作されている。タンザニアにおける肥料の使用量は、1 ヘクタール当

たり 9kg にすぎない。同じアフリカ諸国でもマラウイは 27kg、南アフリカは 50kg の肥料を使ってお

り、タンザニアの肥料使用量は世界 低レベルである。

14 タンザニア農業省(2006)

11

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図表 1-11 地域/国別肥料使用量

地域 肥料使用量

(kg/ヘクタール)

先進国 206

東南アジア 135

南アジア 100

南米 73

南アフリカ 50

マラウィ 27

タンザニア 9

(出典:TNBC)

必要な農業資機材を使用できないことで、農作業負担は増すにも関わらず、収量は改善しないと

いう悪循環に陥っている。

②機械化の遅れ

1970 年代には全国で 1.7 万台あったトラクタが、耕作面積が増加しているにも関わらず、現在

は半分以下の 7,200 台にまで減少していると見積もられている。タンザニア政府は、農業機械製

造を目的とした国営企業 Ubungo Farm Implements(UFI)を設立し、小規模農民向けの農業機

械を製造、供給していたが、民営化後きちんと機能していない15。

農漁業機材所有状況をまとめたものが、下表である。農漁業が主要産業である農村部では、約

9 割の住民が鍬を所有している。しかし、その他の機材の所有はほとんど進んでいない。トラクタ

の普及率も 0.2%に留まっている。

15 TNBC (2009)

12

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図表 1-12 農漁業資機材所有状況 (単位%)

ダルエスサラーム その他都市部 農村部

91/92 00/01 91/92 00/01 91/92 00/01

荷車 0.7 2.0 0.7 1.7 1.7 2.4

ボート/カヌー 0.0 0.1 1.4 0.3 0.4 0.8

手押し車 1.0 1.9 3.1 4.4 2.6 3.1

家畜 1.1 2.9 13.5 14.1 44.6 44.5

鶏 4.7 6.4 25.9 26.7 60.1 64.5

ロバ 0.4 0.2 1.1 0.5 3.8 3.9

鍬 11.0 17.5 59.2 56.0 90.3 91.8

噴霧器 0.6 0.4 1.9 1.9 3.7 2.7

トラクタ 0.0 0.0 0.3 0.2 0.2 0.2

鋤 0.0 0.7 1.4 1.8 11.3 11.1

手動製粉機 0.0 0.0 0.0 1.1 1.6 1.9

コーヒー果肉除去機 0.0 0.0 0.1 0.2 0.1 1.5

漁網/その他器具 0.1 0.3 2.1 0.6 2.9 2.6

ミツバチ巣箱 0.0 0.0 0.7 0.4 4.9 6.4

平均 1.9 3.3 11.3 10.5 21.2 21.8

(出典:NBST、2002)

この結果、耕起を人力で行う人が 56%、畜力 32%と農作業における機械化はほとんど進んで

いない。貧困層であればあるほど、人手に頼った非効率な作業を強いられるという BOP ペナルテ

ィがあると考えられる。手作業中心の生産活動は単に効率が悪いだけでなく、多くの労力が必要

な作業には高い労賃を支払って、外部の労働者を雇用するしかなく、さらにコストがかさむ要因と

なっている。

漁業においても、漁民の組織化が遅れていること、高額な資機材を購入するための金融サービ

スの不足が、漁具の近代化や漁業の大型化を阻んでいる。零細漁業では手漕ぎのカヌー漁業が

中心であり、近代化の指標となる動力化率は全国平均で 10%以下と遅れている。結果として生

産性も低下している16。

2)低収益性

小規模農家が農水産物販売から得られる収益は総じて低い。この要因は、保存や加工施設の

不足により無駄になる収穫物が多く、加工されずに販売される生産物の価格が低いことの 2 つに

集約される。

①高い収穫物の損失/低い付加価値

タンザニアにおける収穫後の損失率は穀類 30-40%、生鮮品(含む魚)60%以上に上るとされ

る。大部分の作物は麻袋や穀物用の桶など、密閉できない容器に保存されているため、損失を受

16 JICA(2002)

13

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けやすい。保存用の設備をもたない貧困層が、より大きな損失を被っている。

タンザニア産フルーツも加工/保存施設がないために、40-60%が無駄となっている。収穫され

たフルーツのわずか 1%しか加工されておらず、生鮮品で売れなかったものは無駄となっている。

国内に加工施設がないため、タンザニア産の果実が一度輸出され、国外で果汁に加工された後、

再輸入されている場合もある17。タイは 40-50%、フィリピン 78%、マレーシアは 83%の原材料が

加工販売されている。

また農産物加工の多くは自家消費用のとうもろこしや小麦の製粉であり、加工により付加価値

を高める発想はない。タンザニアの代表的な商品作物の一つであるカシューナッツは、加工すれ

ば 5 倍の価格で売れるにも関わらず、9 割は加工されずに原材料として輸出されている。1980 年

代には 10 の国営カシューナッツ加工工場があったが、現在稼働しているのはわずか 1 カ所であ

る。

漁業においても、水産物生産量の 15%を占めるダガーは、天日干しで販売されるため、雨期に

は品質が悪化し、大量の製品が非食用として低価格で売られることとなる。また加工魚は鮮魚よ

りも価格が低い。塩干魚の場合は約 40%の損失となっており、加工業者は収入機会を失ってい

ることとなる。

②低い生産者価格

タンザニア政府(2006a)による農業センサスによれば、農産物販売における問題点として、

64%の農家が生産者価格が低すぎると指摘している。その他の問題では、「市場が遠すぎる」「輸

送コストが高すぎる」「輸送手段がない」「買い手がいない」など市場へのアクセスに関する問題が

4分の 3を占め、これに「市場の情報がない」が続く。生産者価格が低いのは、農民が市場の情報

を持っておらず、価格についてほとんど交渉力を有していないことと無関係ではない。特に市場が

遠く、仲買人しか売り先がない場合は、先方の言い値で売るしかないという場合も多いと考えられ

る。

これに政策的な問題も加わる。食の安全保障の観点から、タンザニア政府は小規模、および零

細農民が収穫物を全量売ることを禁じており、市場価格が上昇しても農民は自由に作物を売るこ

とができない。また備蓄食料の調達を目的として設立された国家食料備蓄局(NFRA)は、大口の

農作物の買い手だが、予算が十分ではないことから、買い取り価格は低く抑えられている18。

上記のように、タンザニアの小規模農漁民の多くは貧困層であるがゆえに、農漁業生産のため

に多大な労力を費やしながら、十分な生産量を得られず、またその収益も低い。これらの農漁民

の多くは自給を目的とした生産活動に従事しているため、生産性の向上によって生産物の余剰が

でることは彼らの生活向上に直結する。小規模農漁民を対象とした資機材ビジネスは、タンザニ

アの貧困削減の観点からも重要である。しかしながら、資機材ビジネスを成立させるためには、農

漁民が生産物から投資に見合う収益を上げることができなければならず、この意味で BOP ビジネ

17 政府関係者からの聞き取り。 18 TNBC (2009)

14

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スにおいても生産物の市場への目配りが必要と考えられる。

3. 小規模農漁民の生活実態と BOP ビジネスにおける考慮点

農漁民の9割が零細事業者である。前節で述べた農漁業の収益性の低さから、多くの農漁民は

貧しい。農漁民の 40%は貧困層であり、貧困層の 8 割が農漁民である19。ここではタンザニア政

府統計局(2002)が 2000/01 年に実施した全国約 2.2 万世帯を対象とする家計調査の結果に基

づき、小規模農漁民の生活実態と、BOP ペナルティをふまえた BOP ビジネスの考慮点について

説明する。しかしながら、同調査では職業別、所得階層別のデータは限定的であるため、農村部

を対象としたデータから、小規模農漁民の傾向を把握することとする。

(1) 所得構造

図表 1-13 は世帯所得の内訳を示したものである。ダルエスサラームや都市部では、給与所得

や自営業収入の割合が高いが、人口の大部分を占め、また貧困層の割合が高い農村部では農

業所得の割合が高い。

図表 1-13 世帯所得の構造 (単位:%)

全国 ダルエスサラームその他

都市部 農村部

給与所得 12.0 41.7 24.5 8.3

自営業(除く、農業) 21.0 29.1 32.8 17.8

農業 51.0 1.9 19.6 60.4

家賃、金利、配当など 1.0 2.0 1.3 0.3

移転収入(送金など) 8.0 12.1 10.1 7.1

その他 7.0 13.2 11.7 6.0

合計 100.0 100.0 100.0 99.9

(出典:NBST、2002)

農村部では家計所得の 6 割が農業所得である。しかしながら農村部では、所得源を分散させる

傾向が都市部より強まっており、農業所得への依存度は減少している。1991/92 年度の農村にお

ける所得源の数は 1.8 であったが、2000 年にはこれが 4.6 に上昇している。農業所得の不安定さ

から、リスクを分散する動きが強まっている、もしくは農村においても農業以外の経済的機会が増

えてきていると考えられる。

図表 1-14 は現金収入源を分類したものであるが、農業収入の割合として穀類の販売収入の割

合に変化はないものの、換金作物の割合が約 5%低下していることが注目される。これに替わっ

て、事業収入や日雇い収入が増加しており、収入源の多様化が進んでいることが裏付けられる。

19 NBST(2002)

15

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図表 1-14 現金収入源 (単位:%)

ダルエスサラーム その他都市部 農村部

91/92 00/01 91/92 00/01 91/92 00/01

穀類の販売 1.7 2.8 20.7 13.8 48.5 48.9

家畜、家畜製品の販売 0.1 0.3 0.4 0.9 5.3 5.5

換金作物の販売 1.2 0.6 8.3 7.4 25.6 20.5

事業収入 26.8 31.1 26.8 30.3 6.1 8.1

賃金収入 62.7 40.7 31.1 23.9 5.8 3.8

その他日雇い収入など 2.9 15.2 4.9 12.0 1.9 4.2

送金受け取り 1.0 4.8 2.1 5.4 1.0 3.0

漁業収入 0.7 0.6 2.0 0.8 1.9 2.2

その他 3.0 3.9 3.7 5.3 3.9 3.6

合計 100.1 100.0 100.0 99.8 100.0 99.8

(出典:NBST、2002)

(2) 消費構造

図表 1-15 は、平均的なタンザニア世帯の消費構造を示したものである。一般的に、食料の支出

に占める割合が高いが、都市部では食料をほとんど購入しているのに対し、農村部では購入と自

家生産の割合がほぼ同等である。1991/92 年の調査と比べた場合、農村における食料の自家生

産の割合が減少して、外部から購入する割合が増加している。支出全体に占める食料の割合も、

依然高い水準ではあるが減少している。

図表 1-15 消費構造 (単位:%)

全国 ダルエスサラーム その他都市部 農村部

00/01 91/92 00/01 91/92 00/01 91/92 00/01

食料(外部から購入) 39.0 67.1 52.2 56.9 52.8 30.5 35.2

食料(自家生産) 27.0 0.7 2.1 9.4 7.9 41.8 31.8

耐久製品 7.0 7.6 7.8 7.4 8.0 7.2 7.1

医療費 2.0 0.9 2.9 1.2 2.4 0.9 2.1

教育 2.0 1.1 4.0 1.1 3.0 0.8 1.6

その他 23.0 22.6 31.1 24.0 25.9 18.9 22.1

合計 100.0 100.0 100.1 100.0 100.0 100.1 99.9

うち、食料 66.0 67.8 54.3 66.3 60.7 72.3 67.0

(出典:NBST、2002)

16

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農村における項目別支出では、食料では米、メイズといったデンプン質の主食類が、

食料全体の約 35%を占める。これに次いで、肉・肉製品(10%)、野菜(7.4%)、魚(6.8%)の支

出が多い。耐久製品の割合は、7%に過ぎない。食費以外では、燃料(6.4%)、衣類(6.8%)の支

出が多い。

(3) 消費者としての特徴

小規模農漁民は消費者としても、貧困層であるがゆえの数々の制約(BOP ペナルティ)に直面

している。彼らの消費者としての特徴は、以下のように整理できる。

1) 購買力がない

前節で説明したとおり、農漁民の大部分は貧困層であり、所得は十分ではない。消費の約 7 割

が食費であり、耐久消費財購入に充てられるのは 7%程度しかない。また現金収入のほとんどが

農作物販売によるものであり、収穫期でないとまとまった現金収入がない。

農業資機材を購入するための資金支援制度は、自由化政策により大きな打撃を受けている。

これまで農民向け貸付を担ってきた協同組合が補助金削減で融資が困難になる一方、新しいプ

レーヤーである民間銀行は利益の見込めない農村部には進出していない。実際、農村部で銀行

口座を有する人の割合は 3.8%に過ぎず、ほとんどいないのが現状である。

図表 1-16 金融サービス利用状況 (単位:%)

ダルエスサラーム その他都市部 農村部

91/92 00/01 91/92 00/01 91/92 00/01

銀行口座を所有 43.1 18.9 35.0 14.4 12.9 3.8

過去 1 年に融資獲得 6.7 1.1 2.6 1.0 0.5 0.4

非公式の貯蓄 グループに参加

12.4 7.9 10.0 6.7 3.6 2.8

銀行以外の公式貯蓄

グループに参加 N/A 5.2 N/A 3.6 N/A 1.3

(出典:NBST、2002)

農漁民が も必要としている金融サービスは融資であるが、小規模農漁民は正規の金融機関

から借り入れをするのに必要な担保を有していない。バングラデシュ等で成功したグループ貸付

によるマイクロファイナンスは、頻繁な会合が必要となるため、より人口密度の低いタンザニアで

は必ずしも機能しないことが判明している20。

タンザニア中央銀行の 2007 年報告書によれば、民間貸出に占める農業分野の割合は 10%に

過ぎない。これらの融資の金利は 20%以上で、モノの売買を目的とする短期融資が大部分であ

る。農業生産向けの貸出は農業分野向け貸出の 8-10%に過ぎない。現時点では、農民が新たな

20 TNBC (2009)

17

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事業を開始するための資金を調達したり、農地拡大や機材導入のための長期資金を

借りられる金融機関はほとんど存在しない21。

このため小規模農民は、自己資金で購入できるだけの資機材しか使用しない、もしくは大規模

農民や農作物仲介業者からの借金に依存するという形で BOP ペナルティを支払っている。このこ

とが、資金調達が可能な大規模農民や商業農民との間に大きな格差を生じる要因となっている。

したがって小規模農漁民向けに製品/サービスを提供する場合は、このような彼らの資金アクセ

ス上の BOP ペナルティに配慮が必要である。

2) アクセスがない

図表 1-17 は、都市と農村部における各種施設への距離を比較したものである。農村では、す

べての施設に関して都市よりも距離がある。裁判所や農場、共同組合に至っては、1990 年代より

も遠くなっている。

図表 1-17 主要施設への距離 (単位:km)

ダルエスサラーム その他都市部 農村部

91/92 00/01 91/92 00/01 91/92 00/01

市場 0.81 0.57 1.02 0.52 5.30 3.54

店 0.16 0.12 0.33 0.26 2.13 1.85

教会/モスク 0.64 0.39 1.15 0.63 2.01 1.68

裁判所 2.30 2.60 1.91 2.70 10.23 11.91

農地 - - 5.92 5.87 1.98 2.14

公共交通機関 0.74 0.46 0.95 0.82 6.07 5.40

製粉場 0.40 0.83 0.48 0.38 4.41 2.35

協同組合 - 1.83 - 2.86 3.44 5.23

銀行 N/A 3.00 N/A 8.47 N/A 37.55

郵便局 N/A 2.64 N/A 4.67 N/A 28.14

警察 N/A 1.14 N/A 1.92 N/A 18.68

コミュニティセンター N/A 0.58 N/A 0.75 N/A 2.39

(出典:NBST、2002)

改良種子、肥料、農薬などの資機材を購入する市場への距離が遠いことは、前節で指摘した通

りである。農民が資機材を購入したいと考えても、ほしい製品の購入、およびこれに必要な情報の

取得は、決して容易ではないと考えられる。また供給側も需要が顕在化していない市場に製品を

配置しているとは考えにくく、特にインフラの整備が遅れている農村には、資機材のサプライチェ

ーンが対応していない可能性が高い(BOP ペナルティ)。

したがって小規模農漁民向け製品/サービスの販売には、このような彼らの施設や情報へのアク

セスにおける BOP ペナルティを考慮し、広報、およびサプライチェーンを検討する必要がある。交

通手段や資金に制約のある小規模農民が遠距離を移動することは考えにくく、なるべく商品やサ

21 本調査で実施した農漁民調査では、貯蓄貸付協同組合(Saving and Credit Cooperatives: SACCOs)やマイクロ

ファイナンス機関から貸付をうけている農漁民が多かった。

18

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ービスを対象となる小規模農漁民の近くで提供できるビジネスモデルが望ましい。

3) 技術レベルが低い

小規模農漁民の教育レベルは、一般的に低いと考えられる。農漁民の教育レベルを示すデー

タはないが、世帯主の教育水準と貧困の関係を示す図表 1-18 によれば、貧困層の 36.9%は正

規の教育をうけておらず、55%が初等教育のみしか教育を受けていない。貧困層が多い小規模

農漁民の教育レベルも同等と考えられる22。

図表 1-18 教育レベルと貧困

教育水準

1991/92 2000/01

貧困層の

割合(%)

貧困層に占め

る割合(%)

貧困層の

割合(%)

貧困層に占め

る割合(%)

なし 45.6 32.2 51.1 36.9

成人教育のみ 51.0 9.8 46.4 5.2

初等教育のみ 36.4 56.0 31.7 55.1

初等教育以上 13.2 2.1 12.4 2.8

合計 38.6 100.1 35.7 100

(出典:NBST、2002)

したがって、彼らが使用する資機材は、教育レベルを考慮した簡便な方法で操作できるもので

あることが望ましい。また取り扱い説明書や普及の方法も、彼らの教育レベルを考慮した方法で

なされる必要がある。

4) インフラがない

教育、保健、電力、上下水道など生活や経済活動に必要な社会インフラの整備は、人口が集

中している都市が優先され、農漁民が居住する農村では整備が遅れる傾向にある。また貧困層

は不便な場所に住まざるを得ない場合が多いため、これらのインフラへのアクセスがさらに悪くな

るという BOP ペナルティがある。

また所得により、安全な水へのアクセス、電気、衛生施設の整備状況に格差がある。

22 NBST(2002)によれば、農民(牧畜、漁業含む)の約 40%が貧困層であり、貧困層の 80%が農民である。

19

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図表 1-19 所得階層別インフラへのアクセス (単位:%)

1991/92 2000/01

貧困層 貧困層 非貧困層 貧困層 貧困層 非貧困層

水供給

水道 37.5 32.8 36.1 28.6 30.0 43.0

その他安全な水 13.3 11.3 9.0 16.9 18.1 15.7

安全でない水 47.8 54.4 52.6 54.4 50.9 40.2

その他 1.4 1.4 2.2 0.2 0.9 1.2

合計 100.0 99.9 99.9 100.1 99.9 100.1

衛生設備/エネルギー

トイレ所有者 91.5 90.8 93.5 88.6 90.9 94.1

電力供給あり 4.0 4.9 10.2 2.9 5.4 12.1

(出典:NBST、2002)

したがってこれらの農民を対象とした資機材は、水や電気がない環境でも使用できるような仕

様とすることが望ましい。

小規模農漁民を対象とした農漁業資機材を開発/販売する場合には、次章以降で説明する農

業技術面からのニーズだけではなく、上記で指摘した小規模農漁民固有の課題である金融サー

ビスへのアクセス、サプライチェーンの整備、教育レベルやインフラの整備状況などにおける小規

模農漁民の BOP ペナルティの解消につながる製品仕様を検討する必要がある。

4. BOP ビジネスの可能性

実態調査に基づく詳細なニーズおよび有望商品については、次章以降で説明するので、ここ

では前節までで明らかとしたタンザニア農漁業分野の現状と課題に基づき、農漁業資機材分野に

おける BOP ビジネスの可能性について整理する。

(1) タンザニアのビジネス環境

1) タンザニア向け外国投資の状況

タンザニア向け外国直接投資の状況は、図表 1-20 の通りである。安定した政治環境、マクロ経

済状況を反映して、タンザニア向け外国投資は順調に増加している。

しかし同国への投資は上位 10 カ国で投資額の約 8 割、南アフリカ、カナダ、英国の上位 3 カ国

で約 6 割を占めるなど、特定国に限られているのが現状である。日本の投資は、2006 年 3,800

万ドルに留まっており、全体の 0.7%に過ぎない。

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図表 1-20 タンザニア向け国別直接投資額推移 (百万ドル)

2002 2003 2004 2005 2006 シェア

南アフリカ 488 609 980 888 1,326 25.5%

カナダ 476 695 667 694 963 18.6%

英国 479 526 434 872 621 12.0%

米国 163 155 149 210 237 4.6%

オランダ 205 199 248 226 217 4.2%

モーリシャス 120 178 220 219 187 3.6%

ケニア 88 163 191 264 170 3.3%

スイス 53 46 48 62 153 2.9%

中国 46 51 44 62 112 2.2%

その他 822 971 974 1,232 1,205 23.2%

合計 2,939 3,591 3,954 4,729 5,190 100.0%

対前年比 - 22% 10% 20% 10% -

(出典:URT、2007b)

投資分野は、南アフリカが資源、流通を中心とした幅広い分野に投資しているのに対し、カナダ

は資源、英国は金融、製造業、米国は製造業、農業、流通を対象としている。中国は製造、流通、

建設業に投資している。

2006 年までの累計では、全体の 2.2%に過ぎない中国からの投資であるが、中国とタンザニア

の関係は近年急速に強まっている。2003 年に中国が低所得国からの輸入品への関税を撤廃し

たことで、タンザニアと中国の交易は活発化、2008 年には中国がタンザニアの 大輸出相手国、

第二の輸入相手国となっている。投資においても、重要案件の協議が続いており、存在感を高め

ている23。

タンザニアの投資を検討する上で、忘れてはならないのは、東アフリカ共同体(East African

Community: EAC)の存在である。タンザニア、ケニア、ウガンダ、ブルンジ、ルワンダの 5 カ国で

構成される共同体は、将来的な地域統合を視野に入れ、関税同盟を結成し、域内の貿易自由化

を進めている24。地域統合が実現すれば、1.3億人、域内生産730億ドルの巨大市場となることか

ら、タンザニアで地歩を固めておくことは、統合された東アフリカ市場進出の足がかりともなる。

2) ビジネス環境

世界銀行の「Doing Business 2010」レポートによれば、タンザニアのビジネス環境は 183 カ国

中 131 位と評価されている。サブサハラ 46 カ国中では 15 位、低所得国 40 カ国の中では 12 位

23 Air Tanzania、Tazara 鉄道、新設される農業開発銀行への出資など。(タンザニア産業経済通信 No.2(2009 年

12 月)) 24 2005 年に関税同盟結成済み、2010 年に共通市場、2012 年の通貨統合を目標としている。

(http://www.eac.int/home.html)

21

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である。したがって、アフリカ諸国の中ではタンザニアのビジネス環境は比較的良好と

言える25。しかし、このことがそのままタンザニアでのビジネスのやりやすさを示すものではない。

以下で、ビジネスにおける主な阻害要因を説明する。

①インフラ

図表 1-21 に示すとおり、タンザニアにおけるインフラの整備状況、特に電力供給事情は良好で

はない。電力の安定供給は、特に製造業にとっては計画的な生産活動、品質の維持に不可欠で

あり、自家発電機の導入などの追加的コストが発生するほか、頻繁な停電が機械故障の要因と

なっている26。

図表 1-21 インフラ整備状況

タンザニア サブサハラ・ アフリカ諸国

全世界

電力

一ヶ月当たりの停電回数 12.00 10.30 8.48

一回当たりの停電時間 7.88 6.70 5.56

停電による損失(売上げに対する割合)

9.62 5.84 4.86

発電機による電力供給の割合 36.81 26.74 19.77

電力供給開始に要する日数 44.28 31.94 36.68

一ヶ月当たりの水不足関連問題の発生件数

12.44 7.24 6.43

一回当たりの時間 12.75 13.99 13.06

水道開設に要する日数 27.17 28.60 34.94

(出典:世界銀行)

また道路の舗装率は、サブサハラ・アフリカ諸国の平均 11.9%に対し、8.6%に過ぎず道路網

の整備は遅れている27。この結果、内陸移動にコストがかかり、インド洋に面した東端のダルエス

サラームから、西の国境キゴマまでの輸送料は、アジアからの船便の運賃よりも高い28。

タンザニアへの進出にあたっては、このようなインフラの未整備を視野に入れた事業計画が必

要となる。特に輸送コストについては、これを踏まえた製造拠点、供給網の計画、販売価格の設

25 アフリカ諸国のみを対象とした Ibrahim Index の持続的な経済機会分野でも、タンザニアは 48 カ国中 13 位に位

置づけられている。(http://www.moibrahimfoundation.org/en/section/the-ibrahim-index/scores-and-ranking) 26 日本企業現地法人からの聞き取りによれば、2008年4月から2009年3月のダルエスサラームでの停電は、128

日、163 回、合計 347 時間。モーターの修理回数は 12 回に上る。また発電機燃料の価格が高く、発電機を常時使

用できる環境にはないという。 27 World Bank (2009) 28 現地 JICA 専門家の話。トン当たりのアジアからの船賃 100 ドルのものが、国内輸送に 150 ドルかかるという。

22

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定が必要である。また高い輸出コストや運輸インフラの未整備を逆手にとって、タンザ

ニア内陸部や隣接する内陸国向けの加工産業・加工製品の可能性を検討することは、大きなビジ

ネス機会となり得るだけでなく、商品やサービスの供給が乏しい当該地域の BOP 層の生活改善

に大きなインパクトをもたらすと考えられる。

②資金調達

消費者としてのタンザニアの農民が、設備投資等に必要な資金調達が困難であることは前述の

通りだが、このことは一般民間事業者にとっても同じである。図表 1-22 に示すように、タンザニア

は融資に必要となる担保の額こそ低いが、融資等の金融サービスへのアクセスは他のアフリカ諸

国と比べても少ない。

図表 1-22 民間事業者の資金調達

% タンザニア サブサハラ・ア

フリカ諸国 全世界

金融機関からの融資枠がある事業所

16.25 21.63 34.45

投資資金の調達に銀行を利用する事業所

6.79 13.05 23.92

運転資金調達に銀行を利用する事業所

17.33 19.22 28.09

融資に必要な担保(融資額に対する割合)

124.05 142.6 143.39

(出典:世界銀行)

近年、タンザニアへの投資を増やしている中国は、2007 年に 50 億ドル規模「中国・アフリカ開発

ファンド」を設立し、アフリカに進出する中国企業への金融支援を開始するなど、積極的な投資促

進活動を展開している。日本企業においても、タンザニアでの事業実施に際し、国際協力銀行の

融資を受けた例29がある。このような日本の公的金融制度の積極的な活用が有効と考えられる。

③煩雑な手続きと汚職

図表 1-23 はタンザニアにおけるビジネス関連手続き数と必要な時間、経費を他地域と比較して

いる。タンザニアにおいては、手続きに必要な時間、経費は他のサブサハラ・アフリカ諸国よりも少

ないが、事業関連手続き数が他地域と比べて格段に多い。

29住友化学(株)がタンザニア企業と合弁で建設する蚊帳製造工場の建設資金向け融資。国際協力銀行ウエブサ

イト(http://www.jbic.go.jp/ja/about/press/2009/0717-01/index.html)

23

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図表 1-23 ビジネス関連手続きと所要時間/経費

タンザニア サブサハラ・ア

フリカ諸国 OECD 諸国

事業開始

必要な手続きの数 12 9.4 5.7

必要日数 29 45.6 13

必要経費 36.8 99.7 4.7

建設許可

必要な手続きの数 22 17.3 15.1

必要日数 328 260.5 157

必要経費 3,281 1,956 56

財産登録

必要な手続きの数 9 6.7 4.7

必要日数 73 80.7 25

必要経費 4.4 9.9 4.6

*一人当たり所得に対する割合

(出典:世界銀行30)

手続きには、政府職員とのコンタクトが必要となり、それだけ汚職の機会が増えることに留意が

必要である。

世界銀行の「Doing Business 2010」によれば、タンザニアではビジネス上で賄賂が必要となる

頻度が他のアフリカ諸国より高いとされている。

図表 1-24 ビジネス関連汚職の現状

タンザニア サブサハラ・ア

フリカ諸国 全世界

公的サービスをうけるために賄賂を

支払うと回答した事業者(%) 49.47 35.16 27.11

操業許可を得るために賄賂を支払う

と回答した事業者(%) 20.05 19.53 16.23

公共事業の契約をうるために賄賂を

支払うと回答した事業者(%) 42.69 38.35 28.11

(出典:世界銀行)

また現地に進出している日本企業等の聞き取りでは、政府機関職員からの日常的な賄賂の要

求、賄賂を目的としたいやがらせ、密輸、模倣品の氾濫などが、ビジネス上の大きな障害と指摘さ

れている。密輸については、関税等を課されない密輸品との不利な価格競争で、販売に打撃を受

けているとのケースも報告されている。

汚職は単にビジネスのコストを上昇させるだけでなく、公正な競争環境を損なうことにより、真っ

30 世界銀行ウエブサイト(http://www.doingbusiness.org/ExploreEconomies/?economyid=185)

24

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当なビジネスを困難とする。Transparency International による 2008 年の汚職に関す

る国際比較調査では、タンザニアは 180 カ国中 102 位につけており、ウガンダ、ケニア、ナイジェ

リア、エチオピア等のアフリカ諸国よりも汚職度は低いと認識されている31。同じく Transparency

International のケニア、ウガンダ、タンザニアの東アフリカ三カ国賄賂調査でも、タンザニアで賄

賂を支払う率は、他二国よりも圧倒的に低いとの結果がでており32、タンザニアの汚職は他国より

ひどいというわけではないが、ビジネス遂行上避けては通れない課題であることは確かであり、こ

れを踏まえた社内の行動規範の整備、信頼できる現地パートナーとの協働、大使館や政府開発

援助(ODA)を通じた投資環境改善にかかる働きかけなどを視野に入れておく必要がある。

(2) 農漁業資機材 BOP ビジネスの可能性

タンザニア農漁業分野の開発ニーズと可能性のある BOP ビジネスの案を図表 1-25 にまとめ

た。

図表 1-25 タンザニア農漁業分野の開発ニーズと BOP ビジネスの可能性

題 開発ニーズ BOP ビジネスの可能性 考慮点

改良種子/肥料/農薬など

の資機材の利用の増加

改良種子/肥料/農薬 購入のための資金サービス、使

用法等の技術支援サービスも必

要。生産物販売においても市場

開拓や市場情報提供などの支

援があるとよい。

作業効率を高める機材の

導入

農漁業機材 購入のための資金サービス、使

用法等の技術支援サービスも必

要。保守体制の確立が必要。農

民への直接販売ではなく、農民

へサービスを提供する小規模事

業者への販売、もしくは組合等コ

ミュニティ組織への販売を検討

する。生産物販売においても市

場開拓や市場情報提供などの

支援があるとよい。

生産技術の向上 単独ではなく上記農漁業資機材販売とセットでの技術支援サ

ービス

31 Transparency International の Corruption Perception Index 2008 より。順位が高いほど、汚職度が低い。同じく

アフリカ諸国の政府の統治能力を評価する Ibrahim Index の治安/法治分野でのタンザニアの順位は、48 カ国中

13 位である。(http://www.moibrahimfoundation.org/en/section/the-ibrahim-index/scores-and-ranking) 32 政府機関への接触回数に対する賄賂を支払う回数の比率で表す賄賂発生率(Bribery incidence)は、ケニア

45%、ウガンダ 35%に対し、タンザニア 17%で圧倒的に低い。

25

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保管ロスの減少 貯蔵機材・施設 購入のための資金サービス、使

用法等の技術支援サービスも必

要。保守体制の確立が必要。農

民への直接販売ではなく、農民

へサービスを提供する小規模事

業者への販売、もしくは組合等コ

ミュニティ組織への販売を検討

する。販売面でも市場開拓や市

場情報提供などの支援があると

よい。

付加価値の向上 加工機材・施設

生産者価格の上昇 市場情報提供サービス、

フェアトレード

生産面での支援(技術支援、金

融サービス)と連携させるとよ

い。

(出典:調査団)

重要なことは、タンザニアのビジネス環境上の課題、および顧客となる小規模農漁民がかかえ

るBOPペナルティの解消には、単品販売では不十分であり、市場への浸透は難しいと考えられる

ことである。

したがって、資機材ビジネスにおいても、BOP ペナルティを念頭においた購入資金の手当てや

技術支援、(資機材を利用して生産した)生産物販売の支援など、バリューチェーン全体への目配

りが必要となる。

26