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情報産業論 情報技術の発達と情報産業の成立と発展 1 第1回 ガイダンス&計算機の歴史と電子計算機の登場 1、 ガイダンス(「情報経済論」の復習と「情報産業論」) (1)情報技術=IT の投資拡大と経済成長、そして情報産業(IT 産業) アメリカは 1990 年代に入って情報スーパーハイウェイ構想を掲げ、コンピュ ータやインターネットなどの情報通信技術=ITInformation Technology)を 中心とした投資、いわゆる IT 投資が拡大した。その結果アメリカ経済は、 2000 年に至るまで長期の景気拡張を、低いインフレ率で達成した。特に IT 投資=情 報化投資を中心とした設備投資が、需要の側面から景気拡大に貢献しただけで なく、供給の面を活性化させ、労働の生産性を高め長期的な景気拡大を生み出 したと言われている(ニュー・エコノミー論)。同時に IT 投資は労働を代替す るものでもあり、1990 年代前半は失業率も増加した。(情報経済論参照) ここで重要なことは、労働の生産性を上昇させたのは(またリストラを進めた のは)、 IT 投資=情報化投資を行った 産業全体(主に IT 産業以外の全産業) であるが、これらの産業に IT を供給 し続けてきたのは情報産業=IT 産業 であり、 1990 年代から現在にかけて その主な分野(これを支える主な企 業)は変化しながらも、一貫して成 長を続けている産業分野である。 そこで本講義では、まず IT 投資を 支える IT 産業=情報産業の成立と発展を情報技術の発達を背景としながら解説 する。(第 1 回から第 6 回) アメリカ経済の推移(1980年~) -4.0% -2.0% 0.0% 2.0% 4.0% 6.0% 8.0% 10.0% 12.0% 14.0% 1980 1985 1990 1995 2000 2005 GDP成長率 失業率 インフレ率 図11-7 日米の情報化投資額及びGDPの推移 0.0 100.0 200.0 300.0 400.0 500.0 600.0 700.0 1990年 1995年 2000年 2005年 (1990年=100として指数化) 0.0 20.0 40.0 60.0 80.0 100.0 120.0 140.0 160.0 180.0 日本情報化投資額 (指数) 米国情報化投資額 (指数) 日本GDP (指数) 米国GDP (指数)

第1回 ガイダンス&計算機の歴史と電子計算機の登場くったもの(右図、復元)。 Leibniz の四則計算機(1673 年) ドイツの哲学者 Gottfried

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Page 1: 第1回 ガイダンス&計算機の歴史と電子計算機の登場くったもの(右図、復元)。 Leibniz の四則計算機(1673 年) ドイツの哲学者 Gottfried

情報産業論 情報技術の発達と情報産業の成立と発展

1

第1回 ガイダンス&計算機の歴史と電子計算機の登場

1、 ガイダンス(「情報経済論」の復習と「情報産業論」)

(1)情報技術=ITの投資拡大と経済成長、そして情報産業(IT産業)

アメリカは 1990 年代に入って情報スーパーハイウェイ構想を掲げ、コンピュ

ータやインターネットなどの情報通信技術=IT(Information Technology)を

中心とした投資、いわゆる IT 投資が拡大した。その結果アメリカ経済は、2000年に至るまで長期の景気拡張を、低いインフレ率で達成した。特に IT 投資=情

報化投資を中心とした設備投資が、需要の側面から景気拡大に貢献しただけで

なく、供給の面を活性化させ、労働の生産性を高め長期的な景気拡大を生み出

したと言われている(ニュー・エコノミー論)。同時に IT 投資は労働を代替す

るものでもあり、1990 年代前半は失業率も増加した。(情報経済論参照)

ここで重要なことは、労働の生産性を上昇させたのは(またリストラを進めた

のは)、IT 投資=情報化投資を行った

産業全体(主に IT産業以外の全産業)

であるが、これらの産業に IT を供給

し続けてきたのは情報産業=IT 産業

であり、1990 年代から現在にかけて

その主な分野(これを支える主な企

業)は変化しながらも、一貫して成

長を続けている産業分野である。 そこで本講義では、まず IT 投資を

支える IT産業=情報産業の成立と発展を情報技術の発達を背景としながら解説

する。(第 1 回から第 6 回)

アメリカ経済の推移(1980年~)

-4.0%

-2.0%

0.0%

2.0%

4.0%

6.0%

8.0%

10.0%

12.0%

14.0%

1980 1985 1990 1995 2000 2005

GDP成長率 失業率 インフレ率

図11-7 日米の情報化投資額及びGDPの推移

0.0

100.0

200.0

300.0

400.0

500.0

600.0

700.0

1990年 1995年 2000年 2005年

(1990年

=100として指

数化

0.020.040.060.080.0100.0120.0140.0160.0180.0

日本情報化投資額(指数)

米国情報化投資額(指数)

日本GDP(指数)

米国GDP(指数)

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情報産業論 情報技術の発達と情報産業の成立と発展

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(2)通信技術の発達と情報通信産業、放送と通信の融合

一方、情報産業の発展においては情報技術=IT(Information Technology)のみならず、インターネットに代表される通信技術の発達が不可欠であった。

現代における中心的な情報産業は通信サービスも含めた情報通信産業でもあり、

これを支えているのは情報と通信が一体となった情報通信技術(Information & Communication Technology)とも捉えられる。FTTH(Fiber To The Home)に代表される超高速ネットワークの普及・通信の高速化・大容量化

や、携帯電話からスマートフォンへ(さらにGoogle GlassやGalaxy Gear へ)の携帯端末の変化などの通信技術の発達、通信端末の高

度化は、情報産業自体の産業構造を大きく変革させるものである。

さらに情報通信技術の発達によって「放送」で配信されていたコンテンツや

コマースが、インターネットや携帯電話による「通信」によって配信されるこ

とになる。これは「放送と通信の融合」(あるいは「通信による放送の吸収」)

といった事態が起こっている。放送産業も放送技術のデジタル化・高品質化な

どによって対応しているが、今後もまた情報通信産業全体を巻き込む大規模な

変革が予想される。

そこで、通信技術の発達とこれを利用した通信産業の成立と発展を含めて、IT産業=情報産業を情報通信産業へと拡大して捉え、また放送産業との融合によ

る情報通信産業の発展と今後の展望について解説する。(第 7 回~第 9 回)

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情報産業論 情報技術の発達と情報産業の成立と発展

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(3)情報通信技術の最新動向と IT産業=情報通信産業の発達

IT 投資の拡大は 1990 年代の終わりから 2000 年代にかけて IT バブルとその

崩壊を生み出したが、これは IT 産業

の崩壊を意味するものではなく、むし

ろ IT 産業自体のリストラが進められ

てより強い IT 産業、IT 企業が生き残

ったのである。IT 産業を中心に新た

なイノベーションが起こっていると

考えられる。 2000 年代半ばから IT 産業において、インターネットの特性に改めて注目し、

その潜在的能力を有効に活用し、従来(Web1.0)とは異なる新しいウェブの世

界を構築する概念として、Web2.0 が脚光を集め始めた。Web2.0 等の新しい潮

流により、供給者と消費者のネットワーク取引においてロングテール現象(小

規模で多様に存在する需要が取引として実現すること)等が生じ、利用者の様々

なニーズが充足されることなどが考えられる。さらに 2000 年代後半にはコンピ

ュータとネットワークの利用法を革新するクラウド・コンピューティング

(Cloud Computing)を活用したサービスやビジネスも登場してきている。さ

らにクラウド・コンピューティングによってインターネット上に莫大な「情報」

が集まることによって 2012 年頃から「ビッグデータ」という言葉も登場してき

ている。その名の通り巨大なデータベースを意味するが、これらのデータを利

用したビジネスまで含めて、マーケティング用語として使われるケースが多い。

クラウド・コンピューティングは IT 産業=情報通信産業が生み出したもので

あるが、クラウド・コンピューティング自体のビジネス、さらにこれに集積す

るビッグデータを解析し、ビジネスに活用しているのも IT 産業である。そして

その中で圧倒的な収益をあげているのは Google や Amazon、そして Apple のよ

うな一部の巨大 IT 企業である。 そこで、2000 年代以降の情報通信技術の発達と、その中で新たに登場したサ

ービス・ビジネスの変化・発展について解説し、今後の IT 産業=情報通信産業

を展望する。(第 10 回~第 13 回)

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情報産業論 情報技術の発達と情報産業の成立と発展

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(3)オープン・ソースと情報通信産業の発展

クラウド・コンピューティングやビッグデータを活用して圧倒的な収益をあげ

ているのは一部の巨大 IT 企業であるが、これらの産業・企業においては Linuxに代表されるオープンソース・ソフトウェア(OSS)の技術が多く活用されて

いる。オープンソース・ソフトウェアの開発と

普及はインターネットを通じて行われたもの

であり、また現在も組織や国境を超えて開発が

続けられている。これは Web2.0 に見られるよ

うな集合知を活用した開発スタイルであり、ク

ラウド・ソーシング(Crowd Sourcing)を代

表するサービス・ビジネスであると考えられる。 オープンソース・ソフトウェアは IT 産業のビジネスモデルとしても定着して

きており、地方の小規模な IT 企業にとってもビジネスのチャンスを拡大する可

能性も生み出している。 Web2.0 や最近ではクラウド・コンピューティングのシステム自体に多くのオ

ープンソース・ソフトウェアが利用されているが、その中でも現在もっとも注

目を集めているのがRubyとRuby on Rails である。Rubyは、まつもとゆきひろ

氏(1965 -)により 1993 年に開発されたオブジェクト指向スクリプト言語(プ

ログラム言語)である 1。オープンソース・ソフトウェアとして世界中のプログ

ラマの注目を集めている。 現在では Microsoft や Apple などの米大手 IT 企業

が開発に Ruby を導入し、日本でも楽天やクックパッ

ドなどがシステム構築やサービス提供に Ruby を利用

している。 そこで松江市は Ruby を地域資源とした Ruby City MATSUE Project を 2006 年度に開始し、地域の IT産業振興政策として一定の成果を収めている。 このように、情報通信技術・情報通信産業の世界的な流れが、身近な地域の

産業振興にもつながっており、情報通信技術の発達の中で登場したオープンソ

ース・ソフトウェアとそのビジネスモデル、またオープンソース・ソフトウェ

アを活用した地域産業振興政策の成果と課題について解説する。(第 5 回、第 6回)

1 Ruby は当初 1993 年 2 月 24 日に生まれ、1995 年 12 月に fj 上で発表された。名称の Rubyは、プログラミング言語 Perl が 6 月の誕生石である Pearl(真珠)とほぼ同じ発音をする

ことから、まつもと氏の同僚の誕生石(7 月)のルビーを取って名付けられた。

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2、計算機械の発展

(1)計算機の発展と電気計算機

計算機の源流はソロバンである。ソロバンは計算をする道具であるが、計算

を行う機械に必要である「記憶:何桁かの数をいつまでも保持する機能」「計算

された数の表示」という機能を備えている。この計算に必要な機能を機械、機

構に置き換えるのが計算をする機械=計算機の発達の歴史であった。 Pascal の計算機(1642 年)

現存されている最古の計算機は、フランスの哲学者であり数

学者でもある Blaise Pascal(1623-1622) の作成したもの。桁数

に等しいだけの数の歯

車をならべ、その間に桁上げ機構をつ

くったもの(右図、復元)。 Leibniz の四則計算機(1673 年)

ド イ ツ の 哲 学 者 Gottfried Wilhelm Leibniz(1646-1716)は、

加算と桁ずらしを何回も繰り返す

ことによって乗算を行う計算機を

つくった(右図、復元)。 Babbage の解析機関(1821)

イ ギ リ ス 人 Charles Babbege(1791-1871)は、加減乗除の演算の

切換や、数値データの転送などをカ

ードに穿孔したプログラムに従って

実行させることによって、長い複雑

な計算を自動的に進める解析機関=

自動計算機の構想をした(未完成、右図は構想に基づ

く模型)。

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Babbege の解析機関はついには実現せず、構想のみに終わったが、計算機が

計算をする道具からひとつの仕組みを持った機構=機械へ、次の電気計算機へ

と発達する過程において重要な役割を果たした。また、計算の命令をプログラ

ムとして分離し、プログラム(カード)の読取部、レジスタ(置数器:数値と

して記憶する部分)のあつまりである記憶部、実際に加減乗除を行う演算部を

もつ構成は、その後の計算機の発達におけるハードウェアとソフトウェアの分

離につながるものであった。 (2)電気計算機-Babbegeの夢の実現

Harvard の Mark I(1944) Babbegeg が構想した解析機関は 1944 年 Harvard 大学の計算研究所で

H.H.Aiken の チ ー ム に よ っ て 自 動 逐 次 制 御 計 算 機 ( Automatic Seguence-Controlled Calculator)として完成し、

Mark I と名づけられた。Harvard Mark I は演算部に

(Babbegeg の時代には不可能であった)電気的な機

構を導入することによって複雑な装置の設計、製作を

可能にした。

Harvard Mark Iの電気的な機構が計画通りに作動した背景には、Babbageの構想以降 100 年間の間におこった工業技術の

発達と、その間の技術的な蓄積がある。特に

H.Hollerith ( 1860-1929) 2 と J.S.Billings(1838-1913)によるパンチカード式統計機

械の開発は大きな影響を与えた。Hollerithのパンチカード式統計機械ではカードに穿孔し

た孔の情報を電気信号に変換、送出され、計

算(カウント)されるのである(右図)。 Harvard大学チームと IBMチームの協同によってこのパンチカード式計算機

械に開発された技術に基づいて自動逐次制御計算機の設計、製作が行われた。

数値の演算と記憶は軸の回転という機械的方法によるが、情報の送受信は電気

信号により行っているという点で、電気機械方式による計算機=電気計算機で

あると言えよう。

2 Hollelith が 1896 年に設立した統計機械の会社 Tabulating Machines 社が発展したものが IBM(International Business Machines Corporation 1924 年設立)である。

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3、電子計算機の登場

(1)電子計算機 ENIACの登場

アメリカのアメリカ陸軍の弾道研究所で真空管を主構成部分とする超高速計

算機の開発が始まったのは 1943 年 6 月であった。そして Pennsylvania 大学

Moore School の J.Mauchly と J.P.Eckert は弾道研究所の支持の下に研究を発

足。電流を増幅する機能を持つ真空管を on,offのデジタル回路に用いることによって数値計算

と論理演算を行おうというもので、この計画によ

る計算機は ENIAC ( Electronic Numerical Integrater and Calculator)と名づけられ、約

18,000 本の真空管を用いた巨大な装置として

1946 年 2 月に完成、公開された(右図)。 Harvard Mark I などの電気計算機では数値計算と論理演算は計数軸の回転

角の累加という物理的機構に頼るものであったが、ENIAC では計数軸をそのま

ま電子回路に翻訳したとも言える真空管を多数使う環状計数器を利用している。

その点で ENIAC は最初の電子計算機(Electronic Computer)と呼ばれるべき

ものである。電子計算機の電子的な計算の仕組みは機械的なに仕組みに比べて

計算のスピードをはるかにアップさせるものであり、その後のトランジスタや

IC、LSI などの半導体工学の進歩によって電子計算機=コンピュータの性能の

飛躍的な発達を可能にし、その社会的な影響力の拡大につながるものであった。 一方、ENIAC ではどのような計算をやるかは、回路=プログラム線のつなぎ

方によって決まるため、新しいプログラムの実行に関しては配線をいちいちつ

なぎかえるという、恐ろしく手間のかかる作業が必要であった。 (2)von Neumannとプログラム内蔵方式

ENIAC開発に加わった数学者のJohn von Neumann(1903-1957)は、ENIACのプログラムの問題を解決するために、プログラムそのものを適当なコードと

してあらわして、数値データと同じように記憶装置に記憶させるプログラム内

蔵方式を発案した。von Neumann を含めた ENIAC 開発グループはこの構想の

もとに新しい計算機 EDVAC(Electronic Discrete Variable Automatic Computer)を構想した。 一方、von Neumann の構想を知ったイギリスの Cambridge 大学では

M.V.Wilkes が中心になって EDSAC(Electronic Delay Storage Automatic Calculator)を 1949 年 6 月に完成させた。

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EDSAC によるは数値計算と論理演算は、ENIAC と異なり、数値を 2 進法(0と 1 だけの元)で表現することにより、演算を論理式によって行い、これを電

気的に実現する素子(論理素子)の組み合わせによって回路として組み上げる

のである。

また、Harvard Mark I などの電気計算機ではプログラムは命令の列として紙

テープに穿孔されていたが、プログラム内蔵方式の計算機では、命令の列も論

理化・数値化され計算機内部の記憶装置に記憶されており、計算機の制御装置

がそれを一つ一つ記憶装置から読み出して解釈し、実行するのである。 Babbege によって計算機本体から分離されたプログラムは、電子計算機の登

場によって計算機の中に電子的に内蔵されることになり、その後計算機はハー

ドウェア(演算装置)とソフトウェア(プログラムの集合体)を一体としなが

ら発達することになる。 (3)電子計算機=コンピュータ産業の幕開け

ENIACを開発したMauchlyとEckertは会社を設立し(1950 年にレミントンラ

ンド社=現UNISYS社が買収)商用電子計算機の開発を試み、1951 年に世界最

初の商用コンピュータUNIVAC Iの発売にこぎつける 3。1 号機は国勢調査局に

納入された。コンピュータ・ハードウェア産業の幕開けであった。 一方IBM社も 1952 年にIBM701 を発表。

さらに 1953 年には量産に適した小型コンピ

ュータIBM650 を発表、その販売力によって

本格的にコンピュータ市場に参入を始めた 4。

3 ENIAC と比較して真空管の本数は 3 分の 1 以下の 5200 本、入出力装置には初めて磁気

テープが搭載された。プログラム内蔵方式で、1 秒間に 10 万回の加算が可能だった。価格

は、1 台目が 159,000 ドル、2, 3 台目が 250,000 ドル。最終的には、47 台販売された。1952年のアメリカ大統領選挙で、過去の投票結果などから開票予想を行ったコンピュータとし

ても知られる。大方の予想に反してアイゼンハワーの勝利を予想し、的中した。 4 IBM650 は価格が約 500,000 ドルで、約 2000 台が販売された。