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第2章 ヒトを構成する化学物質
この章では、化学レベルでヒトの体を理解するために必要な知識(高校で学んだ化学および短期大学で履修
した生化学の知識)をまとめました。章の最初にヒトの体をつくる元素について説明しています。次に原子が
化学結合によって化合物を形成する方法と特徴について述べています。そして、ヒトの体の構成と働きに関与
する主な化合物(水や炭水化物、脂質、タンパク質、核酸)について解説しています。章の最後でヒトの体の働し しつ かくさん
きと密接な関係があるビタミンについて説明します。
第1節 ヒトの体をつくる元素と分子(化合物)
ヒトの体も化学物質で構成されています。
すべての化学物質は、元素 chemical elementから構げ ん そ
成されます。元素は、化学的手段(化学反応)ではそれ以
上に分解できない物質で、同一原子番号の原子 atomだげん し
けから構成される物質です。現在では、92種類の元素が
自然界から発見され、人工的に25種類の元素がつくられ
ています。元素は、化学記号 chemical symbolによって表すことができます。
原子は、原子核 atomic nucleusと電子 electronとかでん し
ら構成されています。元素の原子番号は原子核の陽子よ う し
protonの数と等しく、陽子の数は電子の数と同じです。元素の原子量(原子質量)atomic weightは、原子核内の陽子と中性子 neutronの重さの総和です。
ちゅうせいし
図2-1 水素と酸素およびナトリウムの電子配置
ヒトの体で一番多い元素は、酸素 oxygen(化学記号 O)さん そ
で、体の約65%を占めています。つぎに多いものは、炭素た んそ
carbon(C)で、体の約19%を占めます。水素 hydrogenすい そ
(H)は約9.5%、窒素 nitrogen(N)は約3.2%、カルシウち っそ
ム calcium(Ca)は約1.5%、リン phosphorus(P)は約1.0%、カリウム potassium(K)は約0.4%、イオウ
sulphur(S)は約0.3%、ナトリウム sodium(Na)は約0.2%、塩素 chlorine(Cl)は約0.2%、マグネシウム
えん そ
magnesium(Mg)は約0.1%、鉄 iron(Fe)は約0.004%、てつ
ヨウ素 iodine(I)は約0.00004%の割合で体内に存在します。
二つの原子か、それ以上の数の原子が化学的に結合し
て、分子moleculeを形成します。酸素分子 O2 は、二ぶ ん し
つの酸素の原子が結合したものです。また、水分子 H2Oは、一つの酸素の原子と、二つの水素の原子とが結合し
て形成されたものです。二種類の原子か、それ以上の数
の原子が結合してつくられた物質は、化合物 compoundかごうぶつ
とも呼ばれます。
化合物は、液体 liquidや固体 solid、気体 gasなど、いろいろな形態をとります。
第2節 原子を結合する化学結合
原子は、イオン結合や共有結合、水素結合などの多様
な化学結合 chemical bondによって結合し、さまざまな分子や化合物を形成します。以下に、その代表的な化
学結合を説明します。
1.イオン結合
原子では、電気的に陽性に電荷した陽子は電子核に存で ん か
在し、陰性に電荷した電子は電子核の周囲の空間をまわ
り、陽子を電気的に中性にします。
原子は、陽性あるいは陰性に電荷するとイオン ionと呼ばれます。陽性に電荷したイオンは陽イオン cation
よう
と呼び、逆に、陰性に電荷したイオンは陰イオン anionいん
といいます。
例えば、図2-2のように、ナトリウム原子から一つの電子を取り除くと、この一つの陽子が中 性にならずに、
ちゅうせい
陽性に電荷し、一価の陽イオンのナトリウムイオンNa+
になります。
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図2-2 ナトリウムイオンと塩素イオンの生成
一方、図2-2で示すように、塩素原子は、一個の電子を取り込むことができ、一つの電子を取り込めば陽子の
数よりも電子の数が一つ多くなり、電気的には陰性に電
荷し、一価の陰イオンの塩素イオン Cl -となります。また、二個の電子が移動すると二価のイオンとなり、
三個の電子が移動すると三価のイオンとなります。
ナトリウム原子が塩素原子に近づくと、塩素原子はナ
トリウム原子から一個の電子をもらい、ナトリウムイオ
ン Na+と塩素イオン Cl -とになり、そして、異なる電荷のために互いにひき寄せ合い、塩化ナトリウムという化
合物を形成します。
このような電子の移動による結合をイオン結合 ionicけつごう
bondと呼びます。化合物を化学記号で表す場合には、陽イオンのものを左側に、陰イオンのものを右側に書き
ます。
ヒトの体の細胞や液体の中では、イオンは性質が変え
られたり、壊れたり、再結合して新しい物質を形成する
性質をもっています。カルシウムイオン Ca++は血液の
凝固や筋の収縮、細胞の情報伝達、骨を正常に維持する
ためなどに必要です。また、炭酸水素イオン HCO3-は、
血液や細胞間液を酸性やアルカリ性などに制御するため
に必要となります。
液体の中でイオン化する化合物は、電解質 electrolyteでんかいしつ
とも呼ばれます。電解質は、液体の酸性 acidityやアルさんせい
カリ性 alkalityなどに影響をおよぼします。また、イオンは電荷しているために、電解質を含んだ
液体では、電流を伝えることができます(通電)。
図2-3 共有結合とイオ結合を示す模式図
2.共有結合
体内にある多くの化合物は、イオン結合以外の他の結
合様式でも形成されます。その一つは、電子が移動せず
に、分子を構成する原子の間で電子を互いに共有するこ
とによって結合し、安定した状態になる方法です。
水素分子H2のように、電子を互いに等しく共有する
場合とか、水分子 H2Oのように、電子がともに近接した状態に維持される場合とがあります。このように電子
を共有することによって結合する方式を共有結合きようゆうけつごう
covalent bondと呼びます。共有結合は、イオン結合よりも安定で、結合が壊れにくいです。
共有結合による化合物は、溶液中に存在する場合でも、
電流を伝えることはできません。
有機化合物の基本的元素である炭素は、安定性の良い
共有結合を形成します。つまり生命を持っている物質の
特徴は、共有結合でつくられた化合物です。
共有結合には、原子の間で、一対(単結合)あるいは二
対(二重結合)、三対(三重結合)の電子を共有するものが
あります。共有結合を有する化学構造式を下記に書きま
す。
O= C=O N≡ N二酸化炭素での二重結合 窒素分子での三重結合
図2-4 メタン分子での炭素原子と水素原子の共有結合
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3.水素結合
ヒトの体では、水が体重の50数%~80%を占めるよう
に、水は重要な役割を担い、細胞内の反応はほとんど水にな
の中で起こります。
水分子H2Oは、2個の水素原子が共有結合により1個の酸素原子と結合したものです。酸素原子は、水素原
子よりもはるかに強く電子を引き寄せます。その結果、
水分子では、電子の分布に片寄りが起こり、2個の水素
原子は正電荷を帯び、酸素原子は負電荷を帯びます。
水分子の負電荷領域(酸素原子)に1個の水分子の正電
荷領域(水素原子)が近づくと、二つの間に電気的な引力
が働き、水素を仲立ちとして二つの分子が結合する水素
結合 hydrogen bondという弱い結合ができます。水素結合は、通常のイオン結合や共有結合に比べて弱
いものですが、通常のファン・デル・ワールス力 vander Waals' forceよりは強いものです。アルコール alcoholのように水素結合を形成する分子
は、水によく溶けることができます。
注)ファン・デル・ワールス力は、固体状態の二酸化炭素
やナフタレンなどにおける分子間の弱い引力をいいま
す。そのために、個体から気体に変わることができます。
図2-5 水分子間での水素結合を模式的に示す
第3節 酸、塩基、緩衝作用
酸 acidは、水素イオン hydrogen ion (H +)を他の物さん
質に供給できる化合物です。代表的な例は、胃液に存在い えき
する塩酸HClです。えんさん
例。 HCl → H ++ Cl -
塩基 baseは、通常、水酸化物イオン(水酸基)え ん き すいさんき
hydroxide ion(OH -)をもち、水素イオンを受け入れる
ことのできる化合物です。水酸化ナトリウムNaOHは、その代表的な例で、溶液中では水酸化物イオンを形成し
ます。
例。 NaOH → Na ++ OH -
酸と塩基とが化学反応しますと、塩化ナトリウム
NaClのような塩 saltができます。えん
例。 HCl + NaOH → NaCl+ H2O
1.酸性とアルカリ性
溶液における水素イオン濃度が上昇しますと、溶液の
酸性は強くなります。水素イオン濃度が、純粋な水より
も減少すると、アルカリ性が強くなります。溶液におけ
る水素イオン濃度は pHの単位で表されます。pHの単位は、0から14の値で示され、0が最も酸性が強く、
14は最もアルカリ性が強いことを表します。
pHが7は、中性 neutralを示し、水素イオン濃度ちゆうせい
と水酸化物イオン濃度とが等しいことを表しています。
健康なヒトの血液は、少しアルカリ性で、pHが7.35~7.45の範囲を示します。血液の pH値が7.35よりも小さい時をアシドーシス acidosisといい、pH値が7.45よりも大きい時はアルカローシス alkalosisと呼びます。
図2-6 酸や塩基、塩類の代表例を示す
2.緩衝作用
ヒトの体の液体は、非常に繊細に調節され、健康なヒ
トでは、非常に狭い範囲に pHが維持されています。そのために、生体では緩 衝作用 bufferが働きます。
かんしょう
緩衝作用は、溶液中の水素イオン濃度の急激な変化を
防ぎ、pH値の恒常性を維持している化学系の仕組みで
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す。緩衝作用は、ヒトの体液の安定性を維持するのに重
要な役割を果たしています。
ヒトの体の中では、リン酸塩MI3PO4や炭酸水素塩
MIHCO3、アミノ酸などが緩衝剤として働きます。
【アシドーシス】
血液中の二酸化炭素濃度の増加(分圧が40mmHg以上)で起こる場合は呼吸性アシドーシスといい、血漿中の炭
酸水素イオンの低下で起こる場合を代謝性アシドーシス
と呼ぶ。呼吸性アシドーシスは、肺気腫や慢性気管支炎、はい き しゆ まんせい
喘息発作などでおこる。一方、代謝性アシドーシスは、ぜんそくほつ さ
腎不全や糖尿病、下痢、高タンパク食の摂取などで発症げ り
する。
【アルカローシス】
この場合にも、呼吸性アルカローシスと代謝性アルカロ
ーシスとがある。呼吸性アルカローシスは、血液中の二
酸化炭素濃度が減少(分圧が35mmHg以下)しすぎて起こり、ヒステリーなどでの過剰な換気(激しすぎる呼吸)
で発症する。代謝性アルカローシスは、体外からの炭酸
水素ナトリウム NaHCO3などのアルカリ性化合物の過剰
摂取や長く続く嘔吐などで起こる。おう と
第4節 生体の化合物
ヒトの体に存在する化合物には、無機化合物む き
inorganic compoundと有機化合物 organic compoundゆ うき
とがあります。
1.ヒトの体の主な無機化合物
無機化合物は、例外的な炭素化合物である二酸化炭素
CO2や一酸化炭素 COを除いた、炭素原子を含まないものです。
無機化合物には、水 water や、塩化ナトリウムsodium chlorideと塩化カルシウム calcium chlorideなどの塩類 saltなどがあります。ヒトは、食べ物や水のなかに含まれている無機化合物を体内に取り込み、利用
しますが、摂取量が少なければ欠乏症を引き起こし、逆
に過剰な摂取は毒性を示します。過剰摂取の代表例が水
銀中毒やマンガン中毒、ひ素中毒などです。
1)水
標準的なヒトでは、体重の50数~80%は水です(5頁の
体液を参照)。すなわち、体重が70㌔の成人では約42㍑の
水が体内にあります。そのうち、細胞内液に約三分の二
が存在し、約三分の一が細胞外液として存在します。さ
らに、水は、細胞重量の約70%を占めています。また、さいぼう
細胞を取り囲む細胞間液 intercellular fluidの成分も90%以上が水です。そのために、ヒトの体の化学反応はほ
とんどが水の中でおこります。
水は、優れた溶媒 solventです。細胞にとって重要なようばい
物質である酸素や栄養素 nutrientなどは、すべて水に溶けて細胞に運ばれ、細胞で利用されます。
水は、比熱 specific heatが大きいため、暖まりにくひ ねつ
く、冷めにくいので、断熱作用があります。だんねつ
さらに、水は、粘液 mucusの主要な成分で、潤 滑ねんえき じゆんかつ
作用があります。
【比熱】
比熱は、1㌘の物質の温度を摂氏1度上げるのに必要なせつ し
熱量です。比熱が大きいものは、暖まりにくく、冷えに
くい。比熱が小さいと、暖まりやすく、冷えやすい、な
どの性質があります。
図2-7 細胞内液と細胞外液を模式的に示す
ヒトで水分が不足すると、体内の電解質濃度が異常に
なり、生命を脅かす脱水状態 dehydrationになります。だつすい
特に乳幼児や高齢者は脱水症 状をおこしやすい。こうれいしや しようじよう
脱水を防ぐため、ヒトの体では、体内の水分を一定量
に維持する多彩な機構が存在します。例えば、汗の増加
で血液中の水分が減少すると、神経下垂体から分泌され
るバソプレッシン vasopressinが腎臓から体外へ出る水分(尿)を減少させます。また、水を多量に飲み体内の水
分が増加し血液量が増えると、バソプレッシンの分泌が
表2-1 体重が70㌔の成人における水分の分布
細胞外液(約14㍑)(1/3)
(脈管内液 3.5㍑、細胞間液 10.5㍑)
体の全水分量
(約42㍑)
細胞内液(約28㍑)(2/3)
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減少し、腎臓から体外に出る水(尿)を増やします。
【脱水症】
嘔吐や下痢、高熱などが長時間続いたとき、また長く水おう と げ り
が飲めなかったときなどでは、水分欠乏型脱水症がおこ
る。すなわち、血液の水分が減少し、高ナトリウム血症
となる。そして、のどの渇きや、体のだるさ、皮膚の乾かわ ひ ふ
燥、尿量の減少などがおこり、時には、体温が上昇し、
意識がなくなる。一般に、水分が1.5㍑~2㍑不足すると
きは軽症ですが、4㍑~6㍑不足すると重症になる。
2)無機質
ヒトの体には、多数の無機質mineralが存在し、細胞や体液の成分になったり、細胞や組織の構造の構成成
分に利用されます。
①カルシウム
カルシウム calcium (Ca)は、体重が60㌔のヒトでは、約 1150㌘存在しますが、99%のものが骨や歯の構成成分に使われています。また、細胞外液のカルシウム濃度
は、ホルモンなどの働きにより、約5ミリモルmmol /L(血清中では8.9~10mg/dL)に維持されています。さらに、細胞内では、ミトコンドリアや小胞体にカルシウム
が貯蔵されています。カルシウムは、神経の刺激の伝導
や筋の収縮、血液の凝固、ホルモンの効果発現、細胞内
情報伝達系などにも必要なものです。多くの成人では、
1日に1200mgのカルシウムを食べ物から摂ることが推と
奨されています。14歳から18歳の女性では1300mg、19歳から50歳の女性では1000mgを摂ることが勧められています。
体内でカルシウム不足が起こると、乳幼児では下痢を
発症したり、虫歯になりやすく、高齢者になると骨粗こつ そ
鬆 症を引き起こします。また、血液中のカルシウム量しようしよう
が減少すれば、骨格筋や喉頭筋の痙攣 crampを伴うテこうとうきん けいれん
タニー症状 hypocalcemic tetanyを引き起こします。海底から隆起した地域を除き、日本の多くの地域では
火山灰の堆積から形成された土壌のため、食べ物や水にたいせき ど じよう
カルシウムの含有量が少なく、カルシウムの豊富な食べ
物を意図的に摂取しなければ、カルシウム不足になりや
すい。特に、妊婦や授乳中の女性、発育中の乳幼児など
では、多くのカルシウムの摂取が必要で不足になりがち
です。
◆カルシウムを多く含む食べ物:ヨーグルト、牛乳、チ
ーズ類、油揚げ、ゴマ、ヒジキ、パセリ、小松菜、春菊、
大根の葉、青ノリ、昆布、ワカメ、丸干し鰯、焼きメこん ぶ いわし
ザシ、シシャモ、シラスなど
*牛乳100㌘には110mgが含まれ、水戻しワカメ100㌘には
130mgが、ゆでた小松菜100㌘には150mgがあります。
②リン
リン phosphorus (P)は、60㌔のヒトでは約600㌘が体内に存在し、85%~90%のものが骨や歯に貯えられて
います。骨が必要とするリンは、1日あたり約 3mg/kgです。リンは、リン脂質やアデノシン三リン酸、核酸な
どの化合物の一部を構成します。
健康な成人では、血清リンの濃度は2.5~4.5mg/dL(0.81~1.45ミリモル/L)に維持されています。しかし、慢性腎臓病に伴う骨や電解質の代謝異常によ
って高リン血症(7.0mg/dL以上)が起こったり、さまざまな病気や薬の副作用などで低リン血症(2.5mg/dL以下)が生じます。
重篤なリン欠乏では、細胞内のアデノシン三リン酸のじゆうとく
合成低下、赤血球でのグリセリン2,3-リン酸の形成低下な
どで、心不全や、不整脈、呼吸不全、意識障害、けいれ
ん発作、四肢麻痺、運動失調、溶血性貧血などが起こりし し ま ひ ようけつせいひんけつ
ます。
③カリウムとナトリウム
カリウム potassium (K)は、60㌔のヒトでは約 140
㌘存在し、細胞内の主要な陽イオン cationで。体内のカリウムの約98%は細胞内に存在します。
ナトリウム sodium (Na)は、60㌔のヒトでは約90㌘
あります。ナトリウムイオンは、細胞外液の主要な陽イ
オンで、体内のナトリウムの85%~90%は細胞外に存在
し、残りのものは骨に存在します。
表2-2 一般的な哺乳動物の細胞の内外のイオン濃度
細胞内の濃度(mM) 細胞外の濃度(mM)
陽イオン
Naイオン 5~15 145
Kイオン 140 5
Mgイオン 0.5 1~2
Caイオン 微量 1~2
陰イオン
塩素イオン 5~15 110
CaイオンとMgイオンの値は細胞質に遊離しているイオ
ンの濃度である。細胞には、全部で約20mMのMgイオン
と1~2mMのCaイオンが存在するが、その大部分はタン
パク質に結合したり、細胞小器官に貯蔵されている。
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血漿の浸透圧(mOsm/kgH2O)は次の式で計算できる血漿の浸透圧=2×血清ナトリウム濃度+
グルコース量(mg/dL)/18+血中尿素窒素量(mg/dL)/2.8
カリウムとナトリウムは、神経の刺激の伝導や筋の収
縮に重要な役割を果たしています。そのため、血液中の
カリウム濃度が増加すると、高カリウム血症
hyperkalemia (5.5mEq/L以上)といい、心臓の働きに強い影響が現れ、時には心臓が止まります。逆に、血液
中のカリウム濃度が低下すると、低カリウム血症
hypokalemia (3.5mEq/以下)と呼び、体がだるくなったり、骨格筋の収縮力が低下します。
ナトリウムは、塩素とともに、体液量の調節に関与す
るとともに、血漿の浸透圧の維持にも関係しています。
しかし、食塩を多く含んだ食品をよく食べるヒトは、高
血圧や骨粗鬆症、心血管疾患、脳卒中などに罹りやすいかか
ことが分かっています。
ナトリウムについても、経口水分の摂取不足などによ
る高ナトリウム血症 hypernatremia (145mEq/L以上)や、加齢に伴う腎臓の尿細管におけるナトリウム再吸収の
低下などによる尿中へのナトリウム排泄の増加などで低ナ
トリウム血症 hyponatremia (120mEq/L以下)が起こります。
低ナトリウム血症では、軽度の虚脱感や疲労感が出現
したり、食欲が低下したり、転倒したり、認知機能が低
下したり、ひどい時には痙攣がおこります。けいれん
高血圧の予防のため、また高血圧症のヒトでは、カリ
ウムを多く含んだ食物をたくさん食べ、ナトリウムを多ふく
量に含んだ食品を減らすことが大切です。具体的には、
食塩の摂取は1日あたり6㌘(ナトリウム で 2.4 ㌘)以
下とし、カリウムの摂取量は1日につき3㌘以上とする
ことです。塩味が強くない一杯のラーメンの麺(約0.2㌘)
と汁に含まれている食塩は約6㌘です。ですから、ラー
メンの汁を飲まないことが大切です。
◆カリウムを多く含む食べ物:サツマ芋、里芋、ジャガいも
イモ、緑黄色野菜(エンドウ類、からし菜、小松菜、春
菊、ネギ類、ホウレン草など)、バナナ、メロン、キウ
イフルーツ、金柑などきんかん
*蒸しサツマ芋100㌘にはカリウムが490mgふくまれ、ゆで
たエンドウ豆100㌘には260mg、生のバナナ100㌘には360
mg、塩漬けのからし菜100㌘には530mgがあります。
【高カリウム血症】
高カリウム血症は、カリウムを多量に含む食べ物の過剰
摂取や腎機能不全、代謝性アシドーシス、糖尿病性ケト
アシドーシス、薬の副作用などで起こり、骨格筋の刺激
性亢進(腱反射の亢進)や、末梢神経の異常感覚(チクチこうしん
ク感)、筋力低下、脱力感、不整脈などが見られ、ひど
い時には心臓が停止する。
【低カリウム血症】
低カリウム血症は、カリウムを含む食べ物の摂取不足や
下痢、多量の発汗、嘔吐、代謝性アルカローシス、利尿おう と
作用を含む薬の服用などで起こり、筋力低下や、不整脈、
腱反射の低下、感覚障害、吐き気、嘔吐、下痢、傾眠なけん げ り
どが生じる。
④マグネシウム
マグネシウムmagnesium (Mg) は、60㌔のヒトで
は主に骨や筋に約30㌘存在し、数百の酵素がおこなう化
学反応において触媒作用があります。マグネシウムは、しよくばい
生体で重要な役割を果たしていますので、血液中の値の
変動はカルシウムよりも少なく調節されています。しか
し、まだ血液中のマグネシウムを調節する機序は解明さき じよ
れておりません。
成人男性では1日に420mgのマグネシウムを摂取することが推奨され、成人女性では320mgを摂ることが勧められています。
◆マグネシウムを多く含む食べ物:ソバ、大豆、エンド
ウ、ホウレン草、アーモンド、カボチャの種、ゴマ、落
花生、青ノリ、昆布、ワカメなど
*ゆでソバ100㌘にはマグネシウムが27mgふくまれ、ゆで
大豆100㌘には110mg、ゆでホウレン草100㌘には40mgが
あります。
⑤鉄
鉄 iron (Fe)は体重が60㌔のヒトでは約2.4㌘あります。ヘモグロビン分子やミオグロビン分子の鉄は、酸素
と結合し、酸素の運搬や保持に関与します。また、ペル
オキシダーゼやカタラーゼ、シトクロムCなどの酵素に
鉄がふくまれます。鉄を運搬するタンパク質であるトラ
ンスフェリンにも鉄が必要です。成人では、1日に約10
mgの鉄を摂取することが推奨されています。生理がある女性(約15mg)や妊婦(17mg~35mg)では、より多くの鉄を摂る必要があります。
腸管の上部での鉄の吸収は、ビタミンCで促進されま
すが、植物に存在する食物繊維やフィチン酸 phytates、
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シュウ酸塩 oxalatesなどで阻害されます。また、肉に含まれているヘムの鉄は、植物の非ヘムの鉄よりも吸収
がよい。そのため、ヘムの鉄の良好な供給源としては、
牛肉やラム、肝、家禽の赤い肉などです。きも
体内の鉄は一定量に維持されていますが、何らかの原
因で鉄が不足すると、まず貯蔵鉄の減少が始まり、さら
に欠乏が進むと貯蔵鉄が無くなって「貧血を供わない鉄
欠乏」となり、その後、一段と欠乏が進むと小球性の鉄
欠乏性貧血 iron deficiency anemiaになります。◆鉄を多く含む食べ物:貝類、赤身の肉、鶏卵の黄身、
ホウレン草、エンドウ豆、レンズ豆、小松菜、ヒジキ、
大麦など
*ゆでた鶏卵1個には鉄が約1mgふくまれ、佃煮のあさり10㌘には約2mg、ゆでたホウレン草100㌘には約1mg、和牛のかたの生の赤肉100㌘には2.7mgがあります。
表2-3 鉄を含む代表的なタンパク質
鉄タンパク質 含有物 機 能
ヘムタンパク質
ヘモグロビン 4Fe2+
赤血球で酸素を運搬
ミオグロビン 1Fe2+
横紋筋での酸素の保持
シトクロムP450 1Fe3+
酸素の添加(水酸化)
ペルオキシダーゼ 1Fe3+
過酸化水素による酸化
カタラーゼ 4Fe3+
過酸化水素の分解
シトクロムC 1Fe3+
電子の伝達
シトクロームC 2Fe・Cu ミトコンドリアにおける
オキシダーゼ 呼吸鎖での酸化酵素
非ヘムタンパク質
トランスフェリン 2Fe 鉄の運搬
フェリチン Fe3+
鉄の貯蔵
ヘモシデリン Fe3+
鉄の貯蔵
⑥銅
銅 copper (Cu)は、体内に50mg~120mgあり、成人では少なくとも酸化系とエネルギー産生系の15種類の酵
素で働きます。すなわち、銅は、免疫系の働きやコラー
ゲンの形成、エラスチンの生合成、神経伝達物質の形成
などに関与しています。
成人では、1日に900mgの銅を摂取することが推奨されています。
銅の欠乏は、未熟児や、吸収障害を引き起こす患者、
ネフローゼ症候群の患者などでみられます。銅の欠乏で
は、毛髪の異常や、皮膚の色素脱失、脊髄ニューロパチ
ィー症、小球性低色素性貧血、好中球減少症、骨の脱灰
などがおこります。
サプリメントとして過剰に銅を摂取すると(10mg~30mg)、毒性になり、嘔吐や下痢、肝臓の障害がおこり
おう と げ り
ます。
ウィルソン病Wilson's diseaseは、遺伝子異常による先天性銅輸送障害で、肝臓に銅が蓄積し、肝障害や大
脳基底核の変性、角膜縁の緑黄色などを引き起こします。
◆銅を多く含む食べ物:ソラ豆、大豆、アーモンド、ク
ルミ、ゴマ、ヒマワリの種、カキ、桜エビ、ホタルイカ、
イイダコなど
*ゆでた桜エビ100㌘には銅が2.05mgふくまれ、いりゴマ
100㌘には1.68mg、いりクルミ100㌘には1.21mgがありま
す。
表2-4 銅を含む代表的なタンパク質
酵 素 名 機 能
アミン酸化酵素 生体アミン類のアルデヒド化合物への酸化
チロシナーゼ メラニン色素の形成
セルロプラスミン 銅の運搬、鉄の酸化、アミンの酸化
シトクロームC酸化酵素 酸素の水への還元とH+の輸
送
⑦亜鉛
亜鉛 zinc (Zn)は、成人の体内に約2㌘~2.5㌘存在し、全身の組織に分布しますが、主に骨にあります。
亜鉛は、約100種類の酵素で働き、二酸化炭素の運搬や、
タンパク質の構造の維持、核酸の安定化などで重要な役
割もはたしています。また、亜鉛は、細胞の増殖(デオキ
シリボ核酸やリボ核酸の合成)や、免疫機能(T細胞の成
熟の停止)、コラーゲンの合成、嗅覚、味覚などでも必要
です。
成人男性では1日に11mgの亜鉛を摂ることが推奨され、成人女性では1日に8mgの亜鉛の摂取が勧められています。
インスタント食品やファストフード、加工食品などを
多く食べると、これらの中に含まれている添加物の中に
亜鉛の吸収を阻害する物質(フィチン酸 phytic acidなど)が存在するために亜鉛欠乏症になることがあります。
また、膵疾患でも亜鉛の吸収障害が起こります。
亜鉛が不足すると、味覚障害 ageusiaを引き起こし、皮膚の潰瘍や免疫力の低下(糖質コルチコイドの慢性的な
増加による赤色骨髄でのリンパ芽球のアポトーシスの増
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加)、成長障害などがおこります。そのため、亜鉛の欠乏
は、高齢者における肺炎の危険因子です。
◆亜鉛を多く含む食べ物:カキ、赤身の肉、鶏卵の黄身、
ソバ、ヒエ、ソラマメ、大豆、アーモンド、ゴマ、落花
生など
*生のカキ100㌘には亜鉛が13.2mgがふくまれ、赤身の牛
肉100㌘には5.7mg、ゆでたソバ100㌘には0.4mg、木綿豆
腐100㌘には0.6mg、油揚げ100㌘には2.4mgがあります。
⑧ヨウ素
成人の体内には、20mg~50mgのヨウ素 iodine (I)が存在し、大部分が甲状腺ホルモン(サイロキシン
thyroxine、トリヨードサイロニン triiodothyronine)の生合成に利用されます。
ヨウ素の欠乏は、土壌にヨウ素の濃度が低く、食物か
らのヨウ素の摂取が少ない地域でおこり、地方病性の甲
状腺腫 goiterになります。妊娠中の母体でのヨウ素欠乏や乳幼児でのヨウ素欠乏では、乳幼児でクレチン病
cretinismが発症します。ヨウ素の代謝は、キャベツやタビオカノキ、ピーナツ
などに含まれている甲状腺腫誘発物質で妨げられます。
ヨウ素は、成人では1日に150mg摂取することが推奨され、妊婦や授乳中では1日に290mgを摂ることが勧められています。
1日に50mg以上をサプリメントで摂取すると、甲状腺機能を障害され、ヨード疹 iododermaと呼ばれるニキビ様皮膚が発症することがあります。
◆ヨウ素を多く含む食べ物:海藻類(昆布、ワカメ、ノリ
など)、魚類(イワシ、カツオ、ブリなど)、貝類(カキ、
ハマグリなど)など。
⑨セレン
セレン selenium (Se)は、重要な抗酸化作用のあるグルタチオン過酸化酵素 gluthathione peroxidaseや甲状腺ホルモンの生合成に関与する酵素などの成分に利用
され、化学反応を触媒する働きがあります。
セレンの摂取量の低下で、動脈硬化による心疾患や癌
発生のリスクを高め、免疫機能を損なうことがあります。
セレンの投与が HIVやクローン病で効果があるとの報告があります。
成人男性ではセレンを1日に70mg摂取することが推奨され、成人女性では1日に55mg摂ることが勧められ、幼児では1日に20mg摂取することが推奨されています。一方、セレンを1日に200mg以上摂取すると毒性にな
り、吐き気や下痢、倦怠感、末梢神経障害、爪や毛髪の
脱落、肝硬変などがおこります。
2.ヒトの体の主な有機化合物
すべての有機化合物 organic compoundは、炭素原子を含んでいます。炭素原子は、数多くの他の原子と結合
し、さらに炭素原子同士が結合し、長い化合物を形成す
ることができますので、多くの有機化合物は長く複雑な
化合物となっています。
米やジャガイモのなかのデンプン starchや皮膚の深層の脂質などは、有機化合物の例です。これらの大きな
し し つ
化合物は、単純な分子が数多く結合して形成されます。
体内にある有機化合物の主なものは、炭水化物(糖質)たんすいかぶつ とうしつ
carbohydrateや脂質 lipid、タンパク質 protein、核酸し しつ かくさん
nucleic acidです。これらの有機化合物すべてに、炭素と水素、酸素が主要な原子として含まれます。しかも、
ヒトは、ビタミン vitaminや無機化合物(無機質)とともに、これらの有機化合物を食物として摂取しなければ
せっしゅ
なりません。
図2-8 植物と動物における食物連鎖
1)炭水化物(糖質)
炭水化物 carbohydrateは、主に炭素や水素、酸素などの原子で構成され、単純な糖 sugarで形成される単糖
とう たんとう
monosaccharideと呼ばれるものと、糖が互いに結合してつくる巨大な化合物(二糖類 disaccharide、オリゴ糖
類 oligosaccharide、多糖類 polysaccharide)とがあります。
また、炭水化物の化学構造は、Cn(H2O)n で表され、
炭素元素と水分子とが1:1の比率で構成されていま
す。
ヒトの体内では、脂質やタンパク質から何種類かの炭
水化物を合成することができますが、ヒトの体内にある
炭水化物の大部分は、植物が二酸化炭素や水などから光
合成 photosynthesisで形成した炭水化物(デンプン、セ
- 23 -
ルロースなど)を食物として食べ、体内に取り込んだもの
や、取り込んだものを材料に生合成したものです。
炭水化物は、体の構造をつくる材料になるとともに、
体の重要なエネルギー源(アデノシン三リン酸 ATPを生合成するための材料)となるグルコース glucose (ぶどう糖)を生成します。多くのヒトでは、1日に摂取するカ
ロリーの50%~70%を炭水化物から得ています。そのた
めに、体内でグルコースが不足すると低血糖症
hypoglycemosisを引き起こします。また、食事においては、体が必要とするカロリー(エネ
ルギー)の50%~60%を炭水化物で摂ることが推奨されてと
います。すなわち、成人では、1日に約130㌘の炭水化物
を摂る必要があります。
【低血糖症】
血液のなかのグルコース(血糖)が不足すると、グルコーけつとう
スを利用している脳や自律神経系の機能障害がおこる。
通常、血糖値が60mg/dL以下になると自律神経系の機能障害が始まり、さらに50mg/dL以下になると脳の機能障害が起こる。症状としては、めまいや脱力感、精神状態
の異常、痙攣などが見られる。さらに重症になると、顔けいれん
が青白くなり、冷や汗をかき、ふるえがおこり、意識が
なくなることもある。
D-リボーズ(五炭糖)の化学構造
①単糖類
単糖類 monosaccharideは、加水分解によってそれ以上に単純なものに分解することができない炭水化物の最
小単位で、ヒトの体では約30種類の単糖があります。
単糖には、3個の炭素で構成された三炭糖(D-グリセたんとう
ロース D-glycerose)や4個の炭素で形成された四炭糖
(D-エリトロース D-erythrose)、5個の炭素でつくられた五炭糖(D-リボース D-ribose、D-キシロースD-xylose)、6個の炭素で構成された六炭糖〔D-グルコース D-glucose、D-フルクトース(果糖)D-fructose、D-
か とう
ガラクトース D-galactose、D-マンノース D-mannose〕
図2-9 3種類の六炭糖の化学構造
などがあります。
さらに、単糖は、アルデヒド基(-CHO)をもつアルド
ース aldoseと、ケトン基(ñC=O)をもつケトース ketoseとに分類されます。
単糖のなかでグルコースとフルクトース、ガラクトー
スは特に大切です。
a)グルコース
ヒトの体内において、単糖のなかで一番重要な役割を
果たすのは六炭糖のグルコースで、食べ物由来のほとん
どの炭水化物はグルコースとして体内に吸収されます。
また、体の中では、肝臓においてアミノ酸やグリセロー
ル、ピルビン酸、乳酸などからグルコースを生合成しま
す(糖新生 gluconeogenesis)。小腸から吸収されたグルコースは、1)細胞の代謝での
エネルギーとして使用され、2)肝臓や筋組織でグリコー
ゲンとして貯蔵され、3)後日エネルギーとして使用する
ために脂質(トリアシルグリセロール)に転換されます。
多くの組織ではエネルギー源として多様な栄養素を利
用できますが、神経細胞と赤血球ではエネルギー源とし
て利用できるのはグルコースだけです。そのため、成人
の脳では、1日に約140㌘のグルコースを必要としていま
す。さらに妊婦や授乳中では、グルコースの利用が高ま
ります。グルコースは、母乳をつくるのに消費されます。
表2-5 体内での主要な単糖の働き
名 称 体の中での作用
リボーズ 核酸と補酵素の構成成分(ATP、NAD、フラビン補酵素など)
キシロース 糖タンパク質の構成成分
グルコース 体内での主要な代謝エネルギーの源
フルクトース グルコースに変換
ガラクトース グルコースに変換、糖脂質と糖タンパク質の構成成分、乳腺ではラクトース(乳糖)を作るために生成
マンノース 糖タンパク質の構成成分
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b)フルクトース
フルクトース(果糖)も六炭糖で、果物や蜂蜜などに多
量に含まれています。フルクトースもグルコースと同じ
くエネルギー源として利用されます。しかし、通常、消
化管から血液の中に入ると、肝臓に運ばれ、グルコース
あるいは脂質、乳酸に変換されます。フルクトースを多
量に摂取すると、血清中の乳酸値や尿酸値を高めます。
全エネルギーの20%~25%に相当する多量のフルクト
ースを摂れば、血清中のトリアシルグリセロール値や
LDLコレステロール値を上昇させますが、血清中のグルコース値やインスリン値は上がりません。
c)ガラクトース
ガラクトースは、自然界では単独に存在せず、グルコ
ースと結合して、哺乳動物の母乳に含まれるラクトース
lactose(乳糖)を形成しています。ヒトの体内では、ラクトースはグルコースに転換され、エネルギー代謝に利
用されます。
グルコサミン グルクロン酸
d)単糖の誘導体
単糖は、様々な反応により、窒素やリン酸などと結合
し、多数の誘導体をつくります。これらには、アミノ糖
amino sugar (グルコサミン glucosamine、ガラクトサミン galactosamine)や、糖アルコール(キシリトールxylitol、マンニトールmannitol)、ウロン酸 uronic acid(グルクロン酸 glucuronic acid)、アルドン酸 aldonicacid、デオキシ糖 deoxy sugar (フコース fucose)、シアル酸 sialic acidなどがあります。【糖尿病】
もともとは、腎臓の尿細管で再吸収できないほどに血液
のグルコース(血糖)が増加して、尿のなかにグルコース
が存在することを糖尿病という。血糖が増加するのは、
血液中のグルコースが肝細胞や骨格筋細胞、脂肪細胞な
どに取り込まれるのが減少するためです。これらの細胞
がグルコースを取り込むためには、膵臓のβ細胞からべーた
分泌されるインスリン insulinが必要です。ところが、なんらかの原因で必要な量のインスリンが分泌できない
ため、細胞でのグルコースの取り込みが低下し、血液中
のグルコースが増加し、糖尿病になることが多い。
②二糖類
二糖類 disaccharideは、二つの単糖がグリコシド結にとうるい
合 glycosidic linkageでつながったものです。これに属するものには、グルコースとフルクトースとから構成さ
れたショ糖 sucroseや、グルコースとガラクトースとで形成されたラクトース(乳 糖)lactose、2分子のグルコ
にゅうとう
ースでつくられたマルトース(麦芽糖)maltoseなどがあばくがとう
ります。
図2-10 母乳やミルクに含まれるラクトースの化学構造
a)ショ糖
ショ糖は、食べ物の中に最も普遍的に含まれている二
糖類で、米国では全カロリー(エネルギー)の中の25%に
も達しているといわれています。砂糖やサトウモロコシ
製のシロップ、メープルシロップ、蜂蜜などに含まれて
います。
b)ラクトース(乳糖)
ラクトースは、植物には含まれず、自然界では、ミル
ク(母乳)の中に存在するだけです。二糖類の中で最も甘
みの少ないラクトースは、加工され、高炭水化物で高カ
ロリーの液体の食事の材料として使用されます。
c)マルトース(麦芽糖)
マルトースは、ビールや穀類、発芽した種などに存在
します。マルトースは、2分子のグルコースに分解され
ますが、食べ物の炭水化物のなかで占める割合は少量で
す。
【乳糖不耐症】
成人になり牛乳や乳製品を食べると、腹が張ったり
bloating、下痢 diarrheaや腹痛 abdominal painを訴えげ り
る人がいます。これらの症状を訴える多くの人では、小
腸に存在するラクトース(乳糖)の消化酵素(ラクターゼ
lactase)の活性が低下あるいは欠乏することによるためです。そのために、乳糖不耐症をラクターゼ欠乏症
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lactase deficiencyとも呼ぶ。アジア系の人では、通常、2歳ぐらいからラクターゼの活性が減少し始める。
③オリゴ糖類
単糖が3個から10個が結合したものをオリゴ糖類
oligosaccharideと呼び、ヒトの酵素ではほとんどが分解されません。
④多糖類
単糖が11個以上結合した多糖類 polysaccharideには、たとうるい
単一の単糖のみから構成される単純多糖(ホモ多糖)〔グ
リコーゲン glycogenやデンプン starch、セルロース(繊維素)cellulose〕と、複数の種類の単糖から形成される複合多糖(ヘテロ多糖)(アミノ糖とウロン酸とから構成さ
れるグリコサミノグリカン glycosaminoglycanなど)とが存在します。
a)グリコーゲン
グリコーゲンは、数百個から3万個のグルコースが結合
して形成された動物の細胞におけるグルコースの貯蔵型
です。特に、肝細胞や横紋筋細胞では、グルコースから
グリコーゲンを生合成して貯蔵しています。
体重が約70kgの成人では、約300㌘のグリコーゲンを貯蔵しています。
図2-11 グリコーゲンの化学構造
上の図はグリコーゲンの一般的構造を示し、下の図は分枝する部
位での化学構造を示す。Gはグルコースを示す。
b)デンプン
デンプンは、植物の細胞の中に貯蔵される多数のグル
コースが結合して形成された貯蔵型で、ある種のもので
は4,000個のグルコースが鎖状につながって形成されてい
ます。デンプンでは、グリコーゲンに比べて側鎖を形成
するグルコースは極端に少なくなっています。
米粒や小麦粉には、多量のデンプンが含まれています。
私たちが、デンプンを多量に含有する米やパン、ジャガ
イモ、ケーキなどを食べると、デンプンはグルコースに
分解されて体内に吸収されます。また、血液中のグルコ
ース濃度が上昇すると、通常、インスリン insulinの働きで骨格筋細胞や肝細胞などに取り込まれて、グリコー
ゲンとして貯えられます。
デンプンには、2種類の化合物があり、アミロース
amyloseとアミロペクチン amylopectinです。食品中に多いアミロペクチンは、分枝が多く、迅速に消化され
ます。一方、相対的に少ないアミロースは、長い直線が
回旋した構造のグルコースの結合で構成され、消化はゆ
っくりとされます。
c)セルロース
セルロースは、植物の細胞壁に存在し、細胞壁を堅く
するもので、デンプンと異なり、水に溶けることができ
ません。セルロースにおけるグルコースの結合様式は、
グリコーゲンの様式と異なり、β1→4グリコシド結合で、
ヒトの消化管では消化(分解)されません。また、セルロ
ースは食物繊維の主成分です。
食物繊維、特に穀類のセルロースをよく食べると、肥
満や全身性炎症疾患、インスリン抵抗性の2型糖尿病、
高血圧、代謝疾患、消化器疾患、高コレステロール血症、
結腸癌、直腸癌、心疾患などを予防する効果があります。がん
米国では、50歳未満の男性では1日に38㌘、50歳未満の
女性では1日に25㌘、50歳以上の男性では1日に30㌘、
50歳以上の女性では1日に21㌘を摂ることが推奨されて
いますが、現状では、平均的な米国人では1日に12㌘か
ら15㌘の摂取となっています。ただ、食物繊維を過剰に
取り過ぎると、カルシウムやリン、鉄などの電解質成分
の体内への吸収が悪くなります。しかも、不溶性食物繊
維と水溶性食物繊維の比率は、3:1の割合が推奨され
ています。
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図2-12 デンプンの化学構造
A:らせん構造をもつアミロースamylose、B:1-6結合の分枝をもつアミロペクチンamylopectin
特に、オート麦や豆類、玄米、エンドウ、人参、トウ
モロコシ苞葉などに存在する、水溶性のゼリー状の食物ほうよう
繊維、例えば、オオバコ属の種の穀皮や、β-グルカン、
ペクチン、クラスタマメからのグアールガムなどは、血
液中の低密度リポタンパク質(LDL)の値を少し下げる働きがあります。ところが、不溶性の食物繊維、すなわ
ち、セルロースやヘミセルロース、リグニン、セルロー
スに富んだ食品などでは、血液中のコレステロール値を
下げる働きはありません。
図2-13 プロテオグリカンの化学的構造を示す
d)複合糖質
さらに、多糖類には、タンパク質や脂質と共有結合す
る複合糖質 complex carbohydrateがあります。複合糖質は、糖タンパク質 glycoproteinやプロテオグリカン
(ムコ多糖タンパク質)proteoglycan、糖脂質 glycolipidなどに大別されます。
プロテオグリカンは、芯となるタンパク質に、1本かしん
ら数十本の糖鎖が共有結合している化合物です。プロテ
オグリカンは、大きさも形も多様ですが、代表的なもの
は、図2-13のように、多数のグリコサミノグリカン鎖が1本のコアタンパク質に付き、それらがさらに別のグリ
コサミノグリカン鎖につながり、分子量が数百万もの巨
大分子を形成します。
【グリコーゲン病】
グリコーゲン病(糖原病)glycogenosisは、グリコーゲンを含む糖の代謝異常により体内にグリコーゲンが過剰に
蓄積する病気の総称です。ほとんどが遺伝子の異常によ
るもので、グリコーゲン代謝系あるいは解糖系の酵素欠
損症によるものが多い。例えば、グルコース 6-ホスフ
ァターゼ欠損症(von Gierke病)では肝細胞にグリコーゲンが蓄積し、筋型ホスホリラーゼ欠損症(McArdle病)は骨格筋細胞にグリコーゲンが過剰に蓄積する疾患で
す。
⑤ヒトの体内における炭水化物の分布
体重が約80kgの男性では、約500㌘の炭水化物が体内に存在し、その主なものは、肝臓でのグリコーゲンとし
て約90㌘~110㌘、血液中のグルコースとして2㌘~
3㌘、筋組織に約400㌘があります。ヒトの体に貯蔵でき
るグリコーゲンの量の限界は、体重1 kgあたり約15㌘といわれています。
⑥解糖系
グルコースは、リン酸化されると、グルコース6-リン
酸 glucose 6-phosphateになり、引き続き一連の化学反応で構成される解糖系 glycolysisによって2分子のピル
かいとうけい
ビン酸 pyruvateになります。酸素が充分に供給される好気的条件下の解糖系では、
こう き
- 27 -
1分子のグルコースから、4分子のアデノシン三リン酸
(ATP)と2分子の還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)および2分子のピルビン酸が合成されます。しかし、解糖系では2分子の ATPが化学反応のために消費されます。
一方、1分子の NADHからは3分子の ATPがつくられます。
そのために、好気的条件下の解糖系では、1分子のグ
ルコースからは、8分子の ATPが形成されます。それに対して、酸素が不足する嫌気的条件下では、
け んき
1分子のNADHがピルビン酸から乳 酸 L-lactateにゅうさん
(C3H6O3)を生合成するのに消費されますので、1分子
のグルコースからは、2分子のアデノシン三リン酸
(ATP)と2分子の乳酸とが生合成されます。
図2-14 炭水化物の代謝の概略を示す
⑦ペントースリン酸経路
ペントースリン酸経路 pentose phosphate pathwayは、グルコース代謝のもう一つの経路で、三炭糖から七
炭糖までの糖の相互変換をおこなうとともに、ATPを生合成しないが、核酸合成の材料となる五炭糖のリボー
ス riboseの生合成と、脂肪酸やステロイド合成に必要な酸化還元酵素の補酵素である還元型ニコチンアミドア
デニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)の生合成、などの役割があります。
この経路では、3分子のグルコース6-リン酸から3分
子の二酸化炭素と3分子のペントース pentose (五炭糖)を産生することができます。さらにペントースは、再
変換されて、2分子のグルコース6-リン酸と1分子のグリセルアルデヒド3-リン酸 glyceraldehyde3-phosphateをつくることになります。グルコース6-リン酸脱水素酵素 glucose 6-phosphate
dehydrogenaseは、ペントースリン酸経路全体の反応を調節する律速酵素で、この経路の NADPHの半分を生合成しています。
また、グルコース6-リン酸脱水素酵素の遺伝子の異常によって先天性溶血性貧血 hereditary hemolyticanemiaが発症することが知られています。さらに、この酵素の機能的障害があると、抗マラリア薬の服用やソ
ラマメを食べた時に、溶血性貧血が発症することがあり
す。
図2-15 ペントースリン酸経路の代謝を示す
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2)脂質
脂質 lipidは、肥満でない通常の成人では、体重のし し つ ひ まん
18%~25%を占めています。
脂質も炭水化物と同じく、主に炭素と水素、酸素など
の原子で構成されています。ただ、脂質における酸素原
子は、炭水化物のものよりも電気陰性の程度は小さく、
無極性分子となります。
脂質は、体におけるエネルギーの貯蔵庫としての役割
があって、一般に水に溶けにくく、有機溶媒(エーテルやゆうきようばい
ベンジン、キシレンなど)に溶けやすい性質があります。
脂質は、炭水化物に比べて2倍のエネルギーを産生す
ることができます。脂質1㌘で約9.3キロカロリー kcal(38キロジュール)がつくられますが、炭水化物では1㌘
あたり4.1キロカロリー(17キロジュール)です。しかし、
成人では、脂質から形成されるエネルギーは、体が必要
とするエネルギーの20%~30%にとどめることが推奨さ
れています。ちなみに、事務仕事に必要な1時間当たり
のエネルギーは約34キロカロリーで、掃除などの中労働
では約136キロカロリー、立ち仕事では約170キロカロリ
ー、道路建設の作業では約340キロカロリーが必要です。
脂質には、体の臓器の断熱作用や、衝撃を和らげる保
護作用、電気の絶縁効果などもあります。さらに、脂質ぜつえん
は、細胞膜などの膜構造物や神経細胞の軸索の髄鞘の構
成成分としても重要な役割をはたします。さらに、ステ
ロイドホルモンや胆汁酸などを生合成するための材料に
も使われます。しかも、やせたヒトでも、貯蔵するグリ
コーゲンの約100倍ものエネルギー(約120,000kcal)を脂肪として貯蔵しています。
脂質代謝は、肥満 obesityや動脈硬化症どうみやくこう か しよう
atherosclerosisなどにも関係しています。多様な脂質には、脂肪酸 fatty acidやトリアシルグリ
セロール triacylglycerol、リン脂質 phospholipid、コレステロール cholesterol、ステロイドホルモン steroid、脂溶性ビタミン fat-soluble vitaminなどがあります。注)比熱は、1㌘の物質の温度を摂氏1度上げるのに必要
せつ し
な熱量です。比熱が大きいものは、暖まりにくく、冷え
にくい。比熱が小さいと、暖まりやすく、冷えやすい、
などの性質があります。
①単純脂質
多くの単純脂質では、グリセロール glycerol(グリセリン glycerine)と、これに結合した脂肪酸 fatty acidとから構成されます。多くの脂肪酸は、16個~18個の炭素
をもっています。
a)トリアシルグリセロール
トリアシルグリセロール triacylglycerol(トリグリセリド triglyceride)は、図2-16のように1分子のグリセロールと3分子の脂肪酸とから構成されており、自然界の
なかで最も多い脂質です。
図2-16 トリアシルグリセロールの化学構造
b)ロウ
ロウ waxは、下の図のように長鎖脂肪アルコール(一個の水酸基をもつ一価アルコール)と脂肪酸が結合したも
ので、皮脂 sebumの成分として皮膚を保護する働きがひ し ひ ふ
あります。
②脂肪酸
脂肪酸は、不飽和結合(隣接する炭素原子の間における
二重結合)がない飽和脂肪酸 saturated fatty acidと、1カ所以上の不飽和結合が存在する不飽和脂肪酸
unsaturated fatty acidとに分類されます。また、二重結合を、1カ所含むものを単価不飽和脂肪酸
monounsaturated fatty acidといい、2カ所以上含むものは多価不飽和脂肪酸 polyunsaturated fatty acidと呼ばれます。さらに、炭素数が20個の多価不飽和脂肪酸
から生合成されるエイコサノイド eicosanoidと呼ばれるものがあります。
常温では、飽和脂肪酸は固形(脂)になりやすく、不飽
和脂肪酸は液体(油)となります。細胞膜に存在する不飽
和脂肪酸は、膜の流動性を維持するのに重要な役割を果
たしています。
図2-17 飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の化学構造を示す
- 29 -
脂肪酸の多くは食べ物から摂取されますが、ある種の
ものはヒトの体内で合成することも可能です。しかし、
ヒトの体内では、脂肪酸を不飽和化することに限界があ
り、複数の二重結合を有し合成できない不飽和脂肪酸を
食べ物として摂取する必要があります。これらを必須脂ひ っ す
肪酸 essential fatty acidといい、リノール酸 linoleicacidやα-リノレン酸α-linolenic acid、アラキドン酸
arachidonic acidがあります。リノール酸とリノレン酸は植物油に多量に含まれています。
表2-6 脂肪酸の種類と化学式
名 称 炭素数 二重結合数 化 学 式 含まれる食品
酪 酸 4 0 CH3(CH2)2COOH バターなどに少量
ヘキサン酸 6 0 CH3(CH2)4COOH
ラウリン酸 12 0 CH3(CH2)10COOH 鯨ロウ、ヤシ油、バター
ミリスチン酸 14 0 CH3(CH2)12COOH ヤシ油、バター
パルミチン酸 16 0 CH3(CH2)14COOH 動物性および植物性の脂肪に広
ステアリン酸 18 0 CH3(CH2)16COOH く存在
パルミトレイン酸 16 1 CH3(CH2)5CH=CH(CH2)7COOH n-7 ほとんどすべての脂肪に存在
オレイン酸 18 1 CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7COOH n-9 天然の脂肪に広く存在(オリーブ油)
リノール酸* 18 2 CH3(CH2)4CH=CHCH2CH=CH(CH2)7 n-6 植物油(落花生、トウモロコシ、
COOH 大豆)
α-リノレン酸* 18 3 CH3(CH2CH=CH)3(CH2)7COOH n-3 亜麻仁油
アラキドン酸* 20 4 CH3(CH2)3(CH2CH=CH)4(CH2)3COOH n-6 動物の脂肪、動物のリン脂質の主成分
エイコサペンタエン酸 20 5 CH3(CH2CH=CH)5(CH2)3COOH n-3 魚油(サバ、ニシン、サケ)
ドコサヘキサエン酸 22 6 CH3(CH2CH=CH)6(CH2)3COOH n-3 魚油、脳のリン脂質
*は必須脂肪酸を示す
必須脂肪酸は、プロスタグランジン prostaglandinやトロンボキサン thromboxane、ロイコトリエンleukotriene、リポキシン lipoxinなどを生合成するために不可欠なものです。
プロスタグランジンは、ほとんどすべての組織に存在
し、痛みや炎症に関与し、発熱や睡眠を誘導します。
α-リノレン酸から少量合成されるドコサヘキサエン酸
docosahexaenoic acidは、脳や網膜の発育に必要と考えられております。ドコサヘキサエン酸は、魚の脂身か
らも摂取できます。また、ドコサヘキサエン酸の欠乏と
網膜色素変性症との関連性も示唆されています。
不飽和数(二重結合の数)の多い不飽和脂肪酸は、酸素
によって酸化を受けやすく、過酸化脂質の一種となってさん か
体の組織を傷害したり、ヒトの体内で老化やガン化を促
進すると考えられています。
炭素の数が多い脂肪酸は、カルニチン carnitineの働きによってミトコンドリアmitochondriaの膜を通過し、ミトコンドリアの内部でβ酸化 b-oxidationをう
べーた
けます。一方、炭素の数の少ない脂肪酸は、カルニチン
に依存せずにミトコンドリアの膜を通過します。
◆トランス型脂肪酸
天然に存在する不飽和長鎖脂肪酸の二重結合は大半が
シス型立体配置になっており、シス二重結合の部位で
120度曲がります。それに対して、トランス型脂肪酸
trans fatty acidは、構造中にトランス二重結合を持つ不飽和脂肪酸です。トランス型脂肪酸は、天然の植物油
にはほとんど含まれず、水素を添加して不飽和脂肪酸を
飽和化するときに、あるいはマーガリンを製造する過程
で天然の脂肪を硬化させるときに、形成されます。トラ
ンス型脂肪酸の摂取は、心臓や血管の障害および糖尿病
の危険性を高めるといわれています。そのため、2003年
以降、トランス型脂肪酸を含む製品の使用を規制する国
が増えています。
図2-18 脂肪酸における2種類の二重結合を示す
- 30 -
【カルニチン】
カルニチンは、ビタミンと同じく、食物から栄養として
摂取する必要があります。カルニチンは、ヒトの体内で
は骨格筋に多量に存在します。未熟児や不適切な栄養摂
取によってカルニチン欠乏症 carnitine deficiencyが起こり、低血糖や筋力低下などが生じます。カルニチン欠
乏症になると、経口的にサプリメントとしてカルニチン
を摂る必要があります。
【健康的な食事と脂肪酸】
健康的な生活を過ごすためには、コレステロールと総
脂肪酸、特に飽和脂肪酸とトランス型脂肪酸の摂取を
減らすことが大切です。単価不飽和脂肪酸や多価不飽
和脂肪酸、n-3脂肪酸を多く含んだ食べ物は、血液中のコレテロールを減少させます。
◆健康に良くない脂肪源
・コレステロールを多く含む食品:乳製品、卵黄、レ
バー、霜降り肉など
・飽和脂肪酸を多く含む食品:高脂肪乳製品(クリー
ム、チーズ、アイスクリーム、サワークリーム、ベー
コン、バター、チョコレート、ココヤシ油、ラード)、
高脂肪加工肉(牛ひき肉、ポローニャソーセージ、フ
ランクフルトソーセージ、ソーセージ)など
・トランス型脂肪酸を多く含む食品:スナック類、硬
化油や不完全硬化油で調理した食品、スティックマー
ガリン、ショートニング、フライドポテトなど
◆健康に良い脂肪源
・単価不飽和脂肪酸を多く含む食品:アーモンドやピ
ーナッツなどのナッツ、ゴマ、アボカド、キャノーラ
油、オリーブ油、ピーナッツオイル、ピーナッツバタ
ーなど
・多価不飽和脂肪酸を多く含む食品:コーン油、ベニ
バナ油、大豆油、カボチャやヒマワリの種、ソフトマ
ーガリン、マヨネーズなど
・n-3脂肪酸を多く含む食品:ビンナガマグロ、ニシン、
サバ、ニジマス、サケ、イワシなど
注)n-3 ( ω -3)脂肪酸は不飽和脂肪酸の分類の一つで、メおめが
チル基から数えて3番目の炭素から炭素-炭素の二重結合を持つものを指します。栄養学的に必須な n-3脂肪酸は、α-リノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸です。
◆β酸化
脂肪酸は、ミトコンドリアの中でおこなわれるβ酸化べーた
によって、炭素が2個のアセチル CoA(acetyl-CoA)の形コ・エイ
で、次から次へと分解されます。ですから、ヒトの体内
で一番多い16個の炭素をもつ飽和脂肪酸のパルミチン酸
palmitic acid (1分子)は、β酸化を7回受け、8分子のアセチル CoAを形成します。アセチル CoAは、クエン酸回路 citric acid cycleに
入り、アデノシン三リン酸 adenosine 5'-triphosphate(ATP)の生合成に利用されます。一方、過剰につくられたアセチル CoAは、ケトン体合成経路に入り、ケトン体 ketone body (アセト酢酸 acetoacetateやアセトンacetone、β-ヒドロキシ酪酸 D-3-hydroxybutyrate)の合成に使われます。
図2-19 脂肪酸の代謝の概略を示す
【ケトン血症】
肝臓では、脂肪酸のβ酸化で得られたアセトアセチル
-CoAからアセト酢酸を効率よく生合成するが、アセト酢酸を使いエネルギー産生には利用できない。そのため
に、病気で肝臓でのケトン体の過剰な生合成が起こると、
血液中のケトン体濃度が上昇する。
代表的な病気には、糖尿病性ケトアシドーシスがある。
1型糖尿病患者でみられ、インスリン作用が不足するた
め、高血糖とケトン体の増加により代謝性アシドーシス
が起こる。糖尿病性ケトアシドーシスでは、口の渇きやかわ
吐き気、嘔吐などとともに大きく深い呼吸が特徴で、呼おう と
気にケトン臭(アセトンによる)がある。放置すると、昏睡こんすい
となり、死亡する。
- 31 -
③複合脂質
図2-20に示すように、リン酸 phosphoric acidを含む複合脂質は、リン脂質 phospholipidsと呼ばれます。リン脂質は、糖脂質 glycolipidやコレステロールcholesterolとともに、細胞膜の構成成分として重要です(図2-21)。リン脂質は、他の脂質と異なり、水に溶けます。
グリセロリン脂質 glycerophospholipidは、グリセロールに2分子の脂肪酸と1分子のリン酸基とが結合した
ものです。グリセロリン脂質の一つとしてレシチン
lecitinがあります。レシチンには、強い表面活性作用があり、乳化剤として脂質の消化吸収に貢献します。
糖脂質は、糖を構成成分とする脂質で、細胞膜を構成
し、血液型の抗原としても重要です。糖脂質には、スフ
ィンゴ糖脂質 sphingoglycolipidやグリセロ糖脂質glycoglycerolipidがあります。赤血球の血液型を決める物質は、スフィンゴ糖脂質に属するものです。
図2-20 リン脂質の化学構造を示す
図2-21 細胞膜を構成する二層のリン脂質を示す
丸は親水性を示し、線は疎水性を表す
④コレステロール
コレステロール cholesterolは、ヒトの体にとって重要な脂質の一つです。
図2-22 コレステロールの化学構造を示す
コレステロールは、アセチル CoAを材料にヒトの体こ・え
内(肝臓と腸で約10%)で生合成することができ(1日に約
700mg)、さらに動物性食物を通じて摂取することもでせっしゅ
きます。
コレステロールは、細胞膜の強さをつくる重要な成分
です。また、コレステロールは、神経細胞の軸索の構成
性成分や、ステロイドホルモンおよび胆汁酸 bile acidsたんじゅうさん
などを生合成する前駆物質としても利用されます。ぜん く
体内のコレステロールは、1日当たり、胆汁酸の生合
成に約400mgが使用され、胆汁中のコレステロールとして約600mgが使われ、ステロイドホルモンの合成に約50mgが利用され、皮膚からステロールとして約85mgが分泌されています。これらのコレステロールは、体外
から食物として平均で1日に約335mg摂取し、体内では肝臓などで1日に約800mgを生合成します。摂取量と合成量との間のバランスがうまくとれない
と、総血清コレステロール値(推奨値は200mg/dL以下)けっせい
が上昇し(240mg/dL以上)、動脈硬化などの危険因子とどうみゃくこうか
なります。そのため、1日に食べ物から摂取するコレス
テロールは、男性で750mg以下、女性で600mg以下にすることが推奨されています。
⑤リポタンパク質
リポタンパク質 lipoproteinは、血液の液体の中で脂質とタンパク質とが非共有結合性複合体を形成したもの
で、組織間に脂質を運搬し、脂質代謝に貢献します。
リポタンパク質には、密度の小さいものから、キロミ
クロン chylomicron(図2-23)、超低密度リポタンパク質very low density lipoprotein (VLDL)、中間密度リポタンパク質 intermediate density lipoprotein (IDL)、低密度リポタンパク質 low density lipoprotein (LDL)、高密度リポタンパク質 high density lipoprotein(HDL)、超高密度リポタンパク質 very high densitylipoprotein (VHDL)があって、この順に粒子の大きさ
- 32 -
図2-23 血漿中のキロミクロンの構造を模式的に示す
も小さくなります。
図2-23のように、粒子の表層にリン脂質と遊離コレステロールのミセル膜にアポタンパク質が埋まり、粒子の
中心部にトリアシルグリセロールとコレステロールエス
テルが含まれます。
キロミクロンは、体内に取り込んだトリアシルグリセ
ロール triacylglycerolsやコレステロールの輸送をおこないます。
低密度リポタンパク質(LDL)は、動脈硬化を促進する因子と考えら、推奨値は130mg/dL以下です。一方、高密度リポタンパク質(HDL)は、肝臓で産生
され、コレステロールを肝臓に運び、動脈硬化を防ぐ因
子と考えられ、推奨値は40mg/dL以上です。高密度リポタンパク質はアポCとアポEをキロミクロンに供給し
ます。アポCはリポタンパク質リパーゼの補因子
cofactorとして働きます。一方、キロミクロンのアポEは肝細胞におけるキロミクロンの取り込みを促進する働
きがあります。
リポタンパク質リパーゼの活性は、ヘパリンやインス
リンによって強められます。
【動脈硬化】
低密度リポタンパク質(LDL)は,不対電子を持つ原子や分子であるフリーラジカル free radicalsによって酸化されることで,血管壁に存在し体内の異物を排除する大
食細胞macrophageに取り込まれる。多量の LDLを取り込み膨張した大食細胞は泡沫細胞となり,血管の壁を
ほうまつ
厚くし、血管内腔を狭め、動脈硬化を引き起こす。
3)タンパク質
ヒトの体には、3万~4万種類のタンパク質 proteinが存在しますが、タンパク質は、体の構造をつくる材料
に利用されるとともに、ヒトのさまざまな生命現象の直
接の担い手です。
肥満でない成人では、体重の12%~18%をタンパク質
が占めています。
体内では、一日に180㌘~200㌘のタンパク質を生合成
しますが、材料のアミノ酸は食事から得られるものと、
体内のタンパク質を分解して得られたものとがありま
す。そのため、成人では、1日に約60㌘のタンパク質を
食事から摂る必要があります。
すべてのタンパク質は、炭素や水素、酸素の原子とと
もに、窒素の原子を含んでいます。さらに、タンパク質
には、イオウ sulfurやリン phosphorusを含んでいるものがあります。イオウが存在するため、タンパク質の
腐敗によって硫化水素が発生します。りゆう か すい そ
タンパク質は、数多くのアミノ酸 amino acidがペプチド結合 peptide bond (-CO-NH-)によって結合したものです。
タンパク質は、体をつくる素材として必要なものです。
さらに、タンパク質は、体内におけるさまざまな化学
反応を調節する物質(酵素 enzymeなど)を形成したり、こう そ
遺伝子の発現を調節する転写因子 transcription factorや、細胞膜などでのチャネル channelおよび輸送体
transporterなどの構成成分となります。
①アミノ酸
図2-24で示すように、アミノ酸の基本的化学構造は、一つの炭素にアミノ基 amino group (-NH2)とカルボ
き
キシル基 acidic group (-COOH)、水素、側鎖などが結そく さ
合したものです。
アミノ酸のアミノ基は、酸性水溶液で陽イオン
(-NH3+)になり、アルカリ性水溶液ではカルボキシル基
は陰イオン(-COO-)に変わり、それぞれイオン化する
性質があります。
図2-24 アミノ酸の基本的化学構造を示す
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図2-25 4種類のアミノ酸の化学構造を示す
図2-25で示すように、側鎖を構成する化学構造の違いに基づいて多数のアミノ酸が存在します。自然界には、
300種類を越えるアミノ酸がありますが、ヒトの体でタン
パク質を構成するアミノ酸は20種類です。そのうち、10
種類のアミノ酸は、ヒトの体では合成できずに、食べ物
から必ず摂取しなければなりません。これらを必須アミひ っ す
ノ酸 essential amino acidといいます。タンパク質を構成する20種類のアミノ酸には、側鎖の
化学構造の違いによって、次のようなものがあります。
脂肪族の側鎖をもつものには、グリシン glycineやアラニン alanine、バリン valine、ロイシン leucine、イソロイシン isoleucineがあります。水酸基を含む側鎖をもつものには、セリン serine、
トレオニン(スレオニン)threonine、チロシン tyrosineがあります。
硫黄原子を含む側鎖をもつものには、システイン
cysteineとメチオニンmethionineがあります。酸やアミドを含む側鎖をもつものには、アスパラギン
酸 aspartic acidやアスパラギン asparagine、グルタミン酸 glutamic acid、グルタミン glutamineがあります。塩基を含む側鎖をもつものには、リシン lysineやア
ルギニン arginine、ヒスチジン histidineがあります。芳香族を含む側鎖をもつものには、ヒスチジン
histidineやフェニルアラニン phenylalanine、チロシン tyrosine、トリプトファン tryptophanなどがあります。
イミノ酸を有するものには、プロリン prolineがあります。
栄養として体に摂取する必要がある、10種類の必須ア
ミノ酸は、アルギニン(幼児では必須)や、メチオニン、
フェニルアラニン、リシン、トリプトファン、イソロイ
シン、ロイシン、バリン、トレオニン、ヒスチジンです。
システインはメチオニンから体内で生合成されます。
また、チロシンはフェニルアラニンからつくられます。
側鎖にイオウを含むアミノ酸(システイン、メチオニ
ン)は、タンパク質が腐敗した時に発生する硫化水素のりゅうかすいそ
源 になります。みなもと
ヒトの体内では、アミノ酸を材料にいろいろな生理活
性物質が形成されています。アルギニンからは、一酸化
窒素合成酵素によって一酸化窒素 nitric oxideが生合成されます。一酸化窒素は、シグナル分子 signalingmoleculeとして働きます。ヒスチジンからは、シグナル分子として働くヒスタミン histamineが形成されます。トリプトファンからは、同じくシグナル分子として
機能するセロトニン serotoninが生合成されます。チロシンからは、甲状腺ホルモンがつくられたり、ドーパミ
ン dopamineや、ノルアドレナリン noradrenaline、アドレナリン adrenaline、メラニンmelaninなどが生合成されます。
タンパク質の構成成分に利用されないアミノ酸には、
シトルリン citrullineやオルニチン ornithine、3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン3,4-
dihydroxyphenylalanine、ホモシステインhomocysteine、γ -アミノ酪酸 g-aminobutyric acid、β
がんま べーた
-アラニン b-alanine などがあります。アミノ酸のアミノ基は、脱アミノ反応 deamination
によってアンモニア ammoniaに変えられ、最終的には尿素回路 urea cycleで尿素 ureaになって体外に排出されます。
単一のアミノ酸を多量に摂取すると毒性に変わりま
す。特に、メチオニンとチロシンの多量摂取については
注意が必要です。
【アンモニア中毒】
腸内細菌などが産生したアンモニアが肝臓で尿素に変換
されずに血中のアンモニアが増加すると、脳に機能障害
が生じ、手のふるえや不明瞭な言語、視力障害、昏睡 comaこんすい
などが起こる。
②ペプタイドとタンパク質
アミノ酸は、ペプチド結合によって、ペプタイドやタ
ンパク質を形成します。タンパク質のアミノ酸の数より
も少ない、数個から十数個のアミノ酸で構成された化合
物は、ペプタイド(ペプチド)peptideと呼ばれます。なお、ペプタイドを形成するアミノ酸には、タンパク質を
形成する20種類のアミノ酸以外のものが存在することが
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あります。
ヒトの体内では、タンパク質を構成するアミノ酸はわ
ずか20種類ですが、異なる組み合わせによってアミノ酸
が多数結合するために、非常に数の多い種類のタンパク
質が存在します。
タンパク質は、体の構造を形成する化合物(構造タンパ
ク質)となり、皮膚や毛、骨格筋、骨、結合組織などを形
成します。コラーゲンは、構造タンパク質の例です。
また、体の機能に関与するタンパク質やペプタイドに
は、酵素やつぎのようなものがあります。こう そ
輸送タンパク質は、小型の分子やイオンの運搬に関与
します。例えば、血液中のアルブミンは脂質の運搬をお
こない、ヘモグロビンは酸素の運搬に、トランスフェリ
ンは鉄の運搬に関与しています。
モータータンパク質は、細胞や組織の運動に関係しま
す。例えば、骨格筋細胞の中に存在するミオシンは体の
運動に関与し、キネシンは微細管と共に細胞内での細胞
小器官の移動に関係し、ダイニンは線毛や鞭毛の動きに
関与しています。
シグナルタンパク質あるいはシグナルペプタイドは、
体内での多様な生理機能を調節するホルモンあるいは増
殖因子として、細胞間でのシグナル伝達に関与していま
す。
受容体タンパク質は、細胞でシグナル分子が結合する
部位となり、細胞内情報伝達系に情報を伝えます。例え
ば、骨格筋細胞に存在するインスリン受容体は細胞内へ
のグルコースの取り込みを強めます。
遺伝子調節タンパク質は、デオキシリボ核酸に結合し、
遺伝子の発現を開始させたり、中止させたり、強めたり
します。
貯蔵タンパク質は、細胞内に小型の分子やイオンを貯
蔵することに関与します。例えば、鉄は、フェリチンに
結合した状態で、肝臓に貯蔵されます。
図2-26 ペプチド結合を模式的に示す
◆酵素
タンパク質のなかの重要なグループの一つは、酵素こ う そ
enzymesで、ヒトの体内では千種類を越える酵素が働いています。酵素は代謝の過程における数百の化学反応
の触 媒 catalystとして働き、1個の酵素は1秒間に1しょくばい
個から1万個の分子を形成します。触媒は、化学反応の
速度を速める物質で、酵素自身は化学反応で変化したり、
化学反応で消費されません。酵素は恒常的に再利用でき
ますので、極少量が要求されるだけです。
体のなかの個々の化学反応は、特定の酵素を必要とし、
酵素が細胞の代謝活動を調節します。ビタミンや無機化
合物は食べ物として欠かすことができませんが、これら
は酵素の構成成分として利用されます。
酵素が機能するためには、酵素の立体構造(形)が重要
です。ところが、温度や pHなどが大きく変化すると、酵素の立体構造が変わり、その働きができなくなります
(酵素の変性)。このことは、細胞にとっては、非常に危
険な状態です。
酵素には、二つの基質間の酸化反応を促進する酸化酵
素 oxidase (シトクローム Cオキシダーゼ cytochrome
図2-27 酵素の働きを模式的に示す
c oxidase)、二つの基質間の還元反応を促進する還元酵素 reductase、アミノ基やメチル基を他の基質へ移す転移酵素 transferase (アスパラギン酸トランスアミナーゼ aspartate transaminase)、タンパク質や多糖類などの加水分解酵素 hydrolase ( α -アミラーゼ
あるふぁ
α-amylase)、ATPのエネルギーを使い二つの分子を結合させる合成酵素 ligase (ピルビン酸カルボキシラーゼpyruvate carboxylase)、基質から二酸化炭素や水分子、アンモニア、アルデヒドなどを加水分解や酸化によらず
に遊離させる脱離酵素 lyase (アデニル酸シクラーゼadenylate cyclase)などがあります。体を構成する細胞の中には、数千種類におよぶ酵素が
存在しますが、細胞内には個々の酵素の働きを強める化
- 35 -
学反応系と抑制する化学反応系とが存在します。
酵素によって触媒される化学反応には、補酵素ほ こう そ
coenzymeと呼ばれる化合物が必要な場合があります。一般に補酵素は、酵素反応によって影響を受け、変化し
ますが、他の化学反応によって元の状態に戻ることがで
きます。多くの補酵素は、ビタミン vitaminあるいはビタミン誘導体を化学構造の一部に含みます。
水溶性ビタミン B群は、多くの補酵素の重要な構成成分となっています。ナイアシン niacin(ビタミンB3)
は、酸化還元の補酵素であるニコチンアミドアデニンジ
ヌクレオチド nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)とニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸 nicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADP)の構成成分に使われます。リボフラビンriboflavin(ビタミンB2)は、酸化還元の補酵素であるフ
ラビンモノヌクレオチド flavin mononucleotide(FMN)とフラビンアデニンジヌクレオチド flavinadenine dinuleotide(FAD)の構成成分となります。パントテン酸 pantothenic acidは、アシル基の担体である補酵素 A coenzyme Aの構成成分となります。チアミン thiamin(ビタミンB1)は、チアミンピロリン酸
thiamin pyrophosphateの構成成分となり、a-ケト酸
の脱炭酸 decaboxylationに関与しています。葉酸 folicacidとコバミン cobamineは、一炭素単位の代謝 one-carbon metabolismで働いています。
図2-28 デオキシリボ核酸の二重ラセン構造を示す
4)核酸
細胞内でタンパク質を合成するためには、2種類の
核酸が必要です。一つはデオキシリボ核酸かくさん
deoxyribonucleic acid (DNA)で、もう一つはリボ核酸ribonucleic acid (RNA)です。体内で死滅した細胞の核酸は分解されますが、その過
程で生じたプリン塩基から尿酸が生合成され、尿酸は尿
の成分として体外に排泄されます。
①デオキシリボ核酸(DNA)デオキシリボ核酸は、主に細胞の核に存在し、細胞が
分裂する時には染色体を形成します。また、ミトコンドせんしょくたい
リアの中にもデオキシリボ核酸が存在します。細胞の核
のデオキシリボ核酸はヒトの遺伝情報を伝えます。一方、
ミトコンドリアのデオキシリボ核酸は、ミトコンドリア
が必要とする遺伝情報を含みます。
デオキシリボ核酸は、図2-28のようにラセン状になった二つの糸状の構造物です。二本の糸は多数のヌクレオ
チド nucleotideが結合したもので構成されています。ヌクレオチドは、塩基 baseとペントース pentose (五
えん き
炭糖)、リン酸 phosphoric acidなどから形成されます(図2-29)。図2-30で示すように、塩基には、4種類があり、アデ
ニン adenine、チミン thymine、グアニン guanine、シトシン cytosineです。二本鎖を形成する場合には、アデニンヌクレオチド
adenine nucleotide (A)はチミンヌクレオチド thyminenucleotide (T)と対をつくり、シトシンヌクレオチドcytosine nucleotide (C)はグアニンヌクレオチドguanine nucleotide (G)と対を形成します。2本の糸は、ヌクレオチドの間の弱い水素結合によっ
て互いに一定の間隔に保持されています。2本の糸は右
図2-29 核酸の基本的化学構造を示す
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図2-30 デオキシリボ核酸とリボ核酸との比較
回りのラセン状に曲がるため、デオキシリボ核酸は二重
ラセン構造 double helixであるといわれています。染色体での特定の部位のデオキシリボ核酸は、遺伝子
い で ん し
geneを構成します。この遺伝情報(暗号)は、4種類のヌクレオチドの組み合わせで決定されます。
デオキシリボ核酸の配列の中で、タンパク質を指令す
る領域(コード領域)はエキソン exonと呼ばれます。エキソンは、通常、イントロン intronという非コード領域によって分断され、断続的に並んでいます。エキソン
領域の1個のヌクレオチドが欠損したり、別の物に変わ
ったりしても、遺伝性疾患の原因となったり、病気の素
因となることがあります。
図2-31 デオキシリボ核酸での転写を模式的に示す
表2-7 デオキシリボ核酸とリボ核酸との比較
デオキシリボ核酸 リボ核酸
塩 基 アデニン、グアニン、 アデニン、グアニン、チミン、シトシン ウラシル、シトシン
五炭糖 2-デオキシリボーズ リボーズ
リン酸 リン酸 リン酸
連結 二本鎖 一本鎖
②リボ核酸(RNA)リボ核酸 ribonucleic acidは、デオキシリボ核酸に似
ていますが、デオキシリボ核酸と異なる点は、1本の糸
でつくられており、さらに、図2-30で示すように、1種類のヌクレオチドが異なる(チミン Tの塩基がウラシルUに変わる)ことです。デオキシリボ核酸は、弱い結合が壊され、ラセン構造
もなくなり、1本の糸(鋳型)になります。そのデオキシい がた
リボ核酸のヌクレオチドの配列にもとづいて、相補的な
ヌクレオチドが結合し、リボ核酸が合成されます(転写てんしゃ
transcription)。鋳型デオキシリボ核酸のグアニンヌクい がた
レオチド(G)からはシトシンヌクレオチド(C)が転写され、シトシンヌクレオチド(C)からはグアニンヌクレオチド(G)が、チミンヌクレオチド(T)からはアデニンヌクレオチド(A)が、アデニンヌクレオチド(A)からはウラシルヌクレオチド(U)が転写され、リボ核酸をつくります。デオキシリボ核酸から転写されて合成されたリボ
核酸をメッセンジャーリボ核酸 messenger RNA(mRNA)と呼びます。メッセンジャーリボ核酸は、核から細胞質にリボソー
ム ribosomeとともに運ばれ、粗面小胞体 roughendoplasmic reticulumに結合します。時には、リボソームが集まり、ポリリボソーム
polyribosomeを形成します。粗面小胞体やポリリボソームでは、メッセンジャーリ
ボ核酸でのヌクレオチドの配列内容によってアミノ酸が
段々と結合し、ペプタイドやタンパク質が合成されます
(翻訳 translation)(次ページの図2-32)。ほんやく
メッセンジャーリボ核酸での3個のヌクレオチド(塩
基)の組み合わせ(コドン codon)で1個のアミノ酸が翻訳され、それがペプチド結合でつながってペプタイドや
タンパク質が合成されます(図2-32)。例えば、1番目の塩基がウラシルで、2番目の塩基がシトシン、3番目の
塩基がアデニンのようなヌクレオチドのコドンでは、セ
リンが翻訳されます。また、シトシン、ウラシル、グア
ニンのコドンでは、ロイシンが翻訳されます。そして、
- 37 -
セリンにロイシンがペプチド結合で結合します。
【翻訳の一例】
mRNA: U C A C U G G U U A C Cアミノ酸: セリン- ロイシン-バリン-スレオニン
図2-32 リボ核酸での翻訳を示す模式図
◆細胞内における各種のリボ核酸
・メッセンジャーリボ核酸(mRNA):タンパク質のアミノ酸配列を指令します。
・リボソームリボ核酸(rRNA):リボソームの一部となり、タンパク質合成にかかわります。
・トランスファーリボ核酸(tRNA):タンパク質合成などにおいて、mRNAのコドンに対応したアミノ酸をmRNAに運び、結合させる役割があります。
5)その他のヌクレオチド
五炭糖にアデニン adenineの塩基が結合したヌクレオシド nucleosideにリン酸 phosphoric acidが3個結合したものをアデノシン三リン酸 adenosinetriphosphate (ATP)、リン酸が2個結合したものをア
デノシン二リン酸 adenosine diphosphate (ADP)と呼びます。このようなヌクレオチドは、高エネルギーリン
酸化合物として生体反応のエネルギー源として利用され
ます。
さらにヌクレオチドは、補酵素A coenzyme Aやフ
ラビンアデニンジヌクレオチド flavin adeninedinucleotide (FAD)、ニコチンアミドアデニンジヌク
レオチド nicotinamide adenine dinucleotide (NAD)などの補酵素の構成成分として存在したり、サイクリック
図2-33 ADPとATPの化学構造を示す
3',5'-AMP (cAMP)やサイクリック3',5'-GMP (cGMP)のように細胞内二次情報伝達物質として働くものがあり
ます。
6)ビタミン
ヒトの体には、前述のように多量に存在する有機化合
物以外に、体で合成できずに栄養素として摂る必要があ
るビタミン vitaminがあります。ビタミンは、少量ながら無くてはならないものです。そのために、ヒトでは、
ビタミンの不足で欠乏症がおこります。しかし、ビタミ
ンを過剰に取り過ぎると、ビタミンが毒性として働き、
体に障害がおこります。
ビタミンには、脂溶性のものと水溶性のもとがありま
す。
通常、妊娠中および授乳中の女性は、普通の成人より
も多くのビタミンを摂取する必要があります。せつしゆ
①脂溶性ビタミン lipid-soluble vitamin脂溶性ビタミンには、ビタミンAやビタミンD、ビタ
ミンE、ビタミンKがあります。
脂溶性ビタミンは、脂質とともに消化管から体内へと
吸収され、体内で十分な量が蓄積されるため、毎日摂取
する必要はありません。そのため、脂溶性ビタミンの欠
乏は、脂質の吸収障害でおこります。また、過剰の摂取
によって体内に多量に脂溶性ビタミンが蓄積すると、毒
性が生じます。
a)ビタミンA
ビタミンAは、レチノール retinolとも呼ばれますが、
- 38 -
動物性食物の中に存在するとともに、植物では前駆物質
のカロテン caroteneあるいはクリプトキサンcryptoxanthinとして存在します。体内では、通常、6 mgのカロテンから1 mgのレチノールが合成されます。レチノールは、核内受容体と結合し、さらに特定の遺
伝子のプロモーター領域に結合することにより、遺伝子
の発現を調節します。
一方、誘導体のレチナール retinalは眼の網膜で光の刺激を神経活動に転換するときに必要なもので視覚に関
与します。
また、レチノイン酸 retinoic acidは糖タンパク質の合成に使用されます。
そのため、ビタミンAは、上皮細胞の形成や、骨と歯
の成長、生殖機能、免疫機能などに欠かすことができま
せん。
ビタミンAの必要量は、レチノール活性当量 retinolactivity equivalens (RAE)で決めます。1レチノール活性当量は、1 mgのトランス-レチナールで、食物によるトランス-β-カロテンでは12mgで、トラン-プロビタミンAカロテンでは24mgの量です。成人の男性では1日に900レチノール活性当量の摂取が
推奨され、成人の女性では700レチノール活性当量、妊娠
中では770レチノール活性当量、授乳中では1300レチノー
ル活性当量を摂る必要があります。
ヒトでは、ビタミンAが不足すると、薄暗いときに物
が見えにくくなる夜盲症 night blindnessになります。や もうしよう
さらに、ビタミン Aの欠乏が長く続くと、眼球乾燥症xerophthalmiaになります。また、ビタミン Aは免疫細胞の分化に必要なもので、これが欠乏すると免疫反応
の低下が起こります。
しかし、ビタミン Aを過剰に摂取すると、ビタミン Aが結合タンパク質に結合できずに、結合していないビタ
ミン Aが組織障害を引き起こし、中枢神経系(脳圧亢進による頭痛や嘔吐、失調、食欲不振など)や肝臓(肝腫大
おう と かんしゆだい
や高脂血症など)、皮膚(乾燥や落屑、脱毛など)、カルシらくせつ
ウム代謝(軟部組織への石灰化)などに障害をおこしま
す。そのため、成人では、1日の摂取量の上限は3000
レチノール活性当量に定められています。
図2-34 ビタミンA関連化合物の化学構造を示す
◆レチノールを多く含む食べ物:牛のレバー、アナゴ、
アンコウの肝、メザシ、ウナギ、イクラなど
◆カロテンを多く含む食べ物:かぶ、春菊、せり、大根
の葉、貝割れ大根、高菜、にら、人参、こねぎ、野沢菜、
パセリ、ホウレン草、サラダ菜、あんず、ミカン、干し
柿など
*牛のレバー100㌘には1100mgのレチノールがふくまれ、
蒲焼きのウナギ100㌘には1500mgのレチノール、ゆでた
春菊100㌘には5300mgのβ-カロテンがあります。
b)ビタミンD
ビタミン Dは、さらにビタミン D2(エルゴカルシフ
ェロール、ergocalciferol)とビタミン D3(コレカルシフ
ェロール、cholecalciferol)とに分けらます。ビタミンD2は植物に、ビタミン D3は動物に多く含まれ、ヒトで
はビタミン D3が重要な働きを担っています。
皮膚のケラチン細胞において太陽光の紫外線によって
前駆物質である7-デヒドロコレステロールがプレビタミン Dに変換され、その後、数時間かけてコレカルシフェロール(ビタミン D3)に変わります。皮膚のメラニン
色素は、ビタミン D3の生合成を妨害します。
ビタミン D3は、肝臓と腎臓とで水酸化され、カルシ
トリオール(活性型ビタミン D3)に変わります。活性型
ビタミン D3は腸管からのカルシウムの吸収に不可欠な
もので、さらに腎臓からのカルシウム排泄の抑制などに
よってカルシウムやリンの代謝に関与します。
また、活性型ビタミン D3は、核内受容体に結合して
遺伝子発現を促進することで、インスリン insulinの分泌、副甲状腺ホルモン parathyroid hormoneおよび甲状腺ホルモン thyroid hormoneの合成や分泌、T細胞におけるインターロイキン interleukinの合成、B細胞の免疫グロブリン産生の抑制、単球の分化および細胞増
殖の調節などに関与しています。さらに、ビタミン D受容体や1-α-水酸化酵素が神経細胞や膠細胞に存在し、アルツファイマ病やうつ病、認知機能の低下ではビ
タミン D欠乏がみられることが多い。幼児期や青年期、成人の初期では、1日にビタミンD
を15mg (600国際単位)摂取することが推奨され、51歳~70歳では15mg、70歳以上では20mg、妊婦および授乳中では15mgを摂ることが推奨されています。逆に、サプリメントで摂取する上限は、1日に4000国際単位を越え
ないことと定められています。
活性型ビタミン D3が不足すると、カルシウム不足に
なり、くる病 ricketや骨軟化症 osteomalacia、骨粗鬆こつなんか こつ そ しよう
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症 osteoporosisが発症します。しよう はつしよう
さらに、ビタミン D欠乏は、インスリン抵抗性を高めたり、動脈硬化を促進し、冠状動脈の疾患や悪性腫瘍、
免疫不全、慢性感染症(特に結核)とも関連します。特に、
25-ヒドロキシビタミンD3の濃度が30nmol/L以下に低下すると、心疾患や悪性腫瘍、呼吸器疾患などによる死
亡率が高まる、との報告があります。
ビタミンDの過剰摂取では、軟部組織での石灰化や、
腎結石、高カルシウム血症などが起こります。
◆ビタミンDあるいは前駆物質を含む食べ物:エノキ
茸、きくらげ、椎茸、しめじ、舞茸、魚類(鮭やサンマ、しいたけ まいたけ さけ
ニシンは特に多い)など
*ゆでた乾燥キクラゲ100㌘には39.4mgのビタミンDがふくまれ、ゆでた干し椎茸100㌘には2.4mg、塩鮭100㌘には23mg、焼きサンマ100㌘には15.9mgがあります。
c)ビタミンE
ビタミンEは、トコフェロール tocopherolとトコトリエノール tocotrienolの総称です。このビタミンは、体で最も重要な脂質の酸化を防ぐ抗酸化作用
antioxidantがあり、細胞膜の脂質層を保護し、流動性を維持しています。また、血漿中のリポタンパク質のフ
リーラジカル連鎖反応を止める抗酸化作用もあります。
酸化されやすい不飽和脂肪酸の摂取量が増えれば、ビタ
ミンEの摂取量を増やす必要があります。一方、ビタミ
ンEの過剰摂取による健康障害も報告されています。
成人では、1日に15mgのα-トコフェロール相当量(22.5国際単位)を摂取することが推奨されています。一
方、健康な成人では、ビタミンEの摂取の上限は、自然
の食品からは1500国際単位で、合成物では1100国際単位
と定められています。
ビタミンE欠乏では、筋力低下や、溶血、運動失調、
視野の障害などが起こります。
◆ビタミンEを多く含む食べ物:小麦の胚芽、そば粉、はい が
トウモロコシ、自然薯、小豆、大豆、アーモンド、栗、じ ねんじよ
クルミ、ごま、ナッツ、落花生、枝豆、カボチャ、赤ピ
ーマン、すだち、鮎、マス、サンマ、真鯛、ニシン、ハ
マグリ、桜エビ、イカ類、鶏卵の黄身など
d)ビタミンK
ビタミンKは、いくつかの凝固因子 clotting factorsぎようこいんし
(ⅡやⅦ、Ⅸ、Ⅹなど)の合成に必要なものです。このビ
タミンが不足すると、止血作用が悪くなり、出血がなか
なか止まらなくなります。また、ビタミン Kは、骨でのカルシウム結合タンパク質の合成に不可欠なもので
す。
ビタミンAとビタミンEの過剰摂取では、ビタミンK
の吸収と活動とを抑制します。
成人男性では1日に120mgの摂取が推奨され、成人女性では1日に90mgを摂ることが勧められています。新生児では、腸内細菌叢が確立していないために欠乏
が起こりやすい。
◆ビタミンKを多く含む食べ物:糸引き納豆、挽きまわ
り納豆、アスパラガス、枝豆、さやえんどう、オクラ、
からし菜、キャベツ、クレソン、小松菜、しそ、春菊、
せり、貝割れ大根、大根の葉、高菜、チンゲンサイ、に
ら、こねぎ、野沢菜、パセリ、ブロコッリー、ホウレン
草、モロヘイヤ、レタス、あまのり、昆布類、ひじき、
わかめ、あわび、うに、脂身の肉、鶏卵の黄身など
②水溶性ビタミン water-soluble vitamins水溶性ビタミンには、ビタミンB群とビタミンCとが
あります。過剰に摂取した水溶性ビタミンは、尿の中に
排泄されますが、サプリメントなどの多量摂取で過剰に
よる毒性が見られることがあります。一方、水溶性ビタ
ミンは、体内に少量のみ蓄積されるので、絶えず摂取し
なければ欠乏症になります。
ヒトで必要不可欠な栄養素のビタミンB群には、チア
ミン thiamin (ビタミンB1)やリボフラビン riboflavin
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(ビタミンB2)、ナイアシン niacin (ニコチン酸nicotinic acid)(ビタミンB3)、パントテン酸
pantothenic acid (ビタミンB5)、ピリドキシン
pyridoxine (ビタミンB6)、ビオチン biotin、シアノコバラミン cyanocobalamin (ビタミンB12)、葉酸 folicacidなどがあります。
a)チアミン(サイアミン)
チアミン(ビタミンB1)は、体内でリン酸化され、糖代
謝におけるピルビン酸やα-ケトグルタル酸の脱炭酸酵素
の補酵素として働きます。そのため、体内でのペントー
スリン酸回路やクエン酸回路で重要な役割をはたしま
す。
また、チアミン三リン酸 thiamin triphosphateは、神経膜の塩素イオンチャネルをリン酸化することよって
活性化し、神経の伝導に関与します。
チアミンは、1000kcalにつき0.5mg摂取することが推奨され、男性では1日に約1.2mg、女性では1日に約1.1mg、妊娠中や授乳中では1日に約1.4mgを摂ることが必要です。
成人では、1000kcalにつき0.12mg以下のチアミンの摂取では脚気 beriberiになり、慢性末梢神経炎が発症
かつ け
し、さらに重症になると、心不全 heart failureや浮腫ふ し ゆ
edemaを引き起こします。チアミン欠乏患者にグルコースを投与すれば、急性脳症状態を引き起こすことがあ
ります。
◆チアミンを多く含む食べ物:小麦、玄米、大豆、ごま、
落花生、舞茸、あおのり、あまのり、うなぎの蒲焼き、
豚肉、豚のベーコン類など
b)リボフラビン
リボフラビン(ビタミンB2)は、黄色を示し、エネルギ
ーを産生する代謝で中心的役割を担い、体内でリボフラ
ビン5'-リン酸 riboflavin 5'-phosphate (FMN)やさらにアデニン adenineが結合したフラビンアデニンジヌクレオチド flavin adenine dinucleotide (FAD)に変わり、酸化還元反応に働くフラビン酵素の補酵素になります。
リボフラビンを多く含む食品は、牛乳と乳製品です。
リボフラビンは、1000kcalにつき0.6mg摂取するこ
とが推奨され、男性では1日に約1.3mg、女性では1日に約1.1mg、妊娠中では1日に約1.4mg、授乳中では1日に約1.6mgを摂ることが必要です。リボフラビン欠乏では、口唇炎や舌粘膜上皮の剥離・
こうしんえん ぜつねんまくじよう ひ はく り
炎症、胃炎、脂漏性皮膚炎などが起こります。し ろうせい
◆リボフラビンを多く含む食べ物:小麦胚芽、大豆、糸
引き納豆、アーモンド、しそ、わらび、きくらげ、椎茸、
舞茸、のり類、昆布類、アジ、鮎、イワシ、ウナギの蒲
焼き、カレイ類、イクラ、サバ類、サワラ、サンマ、シ
シャモ、黒鯛、スケトウダラ、ドジョウ、ズワイガニ、
ウズラ卵、鶏卵、チーズ類など
c)ナイアシン
ナイアシン(ニコチン酸)(ビタミンB3)は、多くの脱水
素酵素の補酵素として働くニコチンアミドアデニンジヌ
クレオチド nicotinamide adenine dinucleotide (NAD)やニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸
nicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADP)の構成成分となり、解糖系や細胞内呼吸鎖、脂肪酸代謝などで働きます。
他のビタミンと異なり、ナイアシンは、アミノ酸のト
リプトファンから体内で合成が可能です。一般に約60mgのトリプトファンで1mgのナイアシンが生合成されます。
1日に必要なナイアシンの量は、男性では約16mg、女性では約14mg、妊娠中では約18mg、授乳中では約17mgです。トリプトファンやナイアシンが欠乏すると、光過敏性
皮膚炎を特徴とするペラグラ pellagraや、腹痛と嘔吐をともなう下痢が起こり、進行すると認知機能の障害も
起こります。逆にナイアシンの多量投与では、肝障害を
引起し、インスリの抵抗性を高めます。
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◆ナイアシンを多く含む食べ物:ナイアシンは、精白米
を除く、ほとんどの食べ物に含まれていますが、特に多
い物は、落花生、えのきたけ、椎茸、しめじ類、舞茸、
あおさ、あまのり、魚類、肉類などです。
d)パントテン酸
パントテン酸は、補酵素A coenzyme A(CoA)や脂肪酸基運搬タンパク質 acyl carrier proteinの構成成分になります。
パントテン酸は、通常、腸内細菌で合成されるため、
欠乏はおこりません。
e)ピリドキシン
ピリドキシン(ビタミンB6)は、生体内でピリドキサー
ルリン酸 pyridoxal phosphateになった後に、トランスアミナーゼ transaminaseを含むアミノ酸代謝酵素や脱炭酸酵素の補酵素として働きます。そして、ピリドキシ
ンは、糖新生やヘム、スフィンゴリピド、神経伝達物資
などの生合成で働く酵素の補酵素としても働きます。
また、ピリドキシンは、ホルモン・受容体複合体を
DNA結合部位から取り除き、ステロイドホルモンの作用を終結させる働きがあります。そのため、ピリドキシ
ン欠乏では、低濃度のエストロゲン estrogenやアンドロゲン androgen、コルチゾール cortisol、ビタミン Dなどの作用に対する感受性を高めます。
ピリドキシンは、1㌘のタンパク質につき0.016mg摂取することが推奨され、19歳から50歳の成人では1日
に約1.3mg、51歳を越える女性では1日に約1.5mg、51歳を越える男性では1日に約1.7mgを摂ることが必要です。さらに、妊娠中では1日に約1.9mg、授乳中では1日に約2mgを摂ることが推奨されています。ピリドキシンの欠乏では、皮膚炎や貧血、うつ病、
癲癇などがみられます。てんかん
◆ピリドキシンを多く含む食べ物:ピリドキシンはほと
んどの食べ物に含まれていますが、特に多い物は、黒砂
糖、大豆、ニンニク、ヒマワリの種、あまのり、アジ、
イワシ、カツオ、サバ、サンマ、マグロ、肉類などです。
f)ビオチン
ビオチンは、炭水化物や脂質の代謝で重要な役割を果
たすカルボキシラーゼ酵素 carboxylase enzymeの補酵素になります。ビオチンが関与する酵素は、脂肪酸の生
合成や、グルコースの生合成、クエン酸回路などで働き
ます。
成人における1日当たりのビオチンの必要量は、30mgから100mgです。生卵を食べるとビオチン欠乏が起こりやすい。
ビオチン欠乏では、脱毛や、脂漏性皮膚炎、吐き気、
嘔吐、うつ病、舌炎、嗜眠状態などがみられます。し みん
◆ビオチンを多く含む食べ物:大豆、落花生、キノコ、
卵、魚介類など
g)ビタミンB12
ビタミンB12(シアノコバラミン)は、コバルトを含み、
葉酸の活性化および代謝に必要で、さらにメチルマロニ
ル CoAをサクシニール CoAに変換するのに不可欠です。ビタミンB12の欠乏でメチルマロニル CoAが蓄積し、髄鞘形成の障害が起こり、末梢神経障害を引き起こ
します。
ビタミンB12の摂取は、動物性食品のみから得られ、
植物性食品からは摂取できません。
ビタミンB12が欠乏すると、赤血球の合成が悪くなり、
大球性の巨赤芽球性貧血megaloblastic anemiaが発症します。多くの場合に、この欠乏は、摂取不足よりも腸
管からの吸収不全によって引き起こされます。つまり、
吸収に必要な胃壁からの内因子 intrinsic factorの分泌不全などによります。シアノコバラミンの欠乏によって
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味覚障害や食欲の低下もおこります。
成人におけるビタミンB12の必要量は1日あたり
2.4mgですが、妊娠中では2.6mg、授乳中では2.8mgです
◆ビタミンB12を含む食べ物:のり類、魚類(鮎やイワシ、
メザシ、カジカ、イクラ、サバ、サンマ、ニシンは特に
多い)、貝類、肉類、卵など
h)葉酸
葉酸は、生物学的に活性型のテトラヒドロ葉酸に変換
されます。テトラヒドロ葉酸は、1炭素単位の運搬での
補酵素として働きます。葉酸は、多くのアミノ酸の代謝
や核酸の生合成で不可欠なものです。細胞分裂が盛んな
組織では、分裂能力は葉酸に依存しています。
妊娠中や抗ガン剤の使用時などで葉酸が欠乏すると、
細胞分裂が速い細胞に悪い影響を与え、臨床的には、巨
赤芽球性貧血や胃腸障害、舌炎などを引き起こします。
成人における葉酸の必要量は1日あたり400mgですが、妊娠中では600mg、授乳中では500mgです。妊娠中における葉酸欠乏で胎児の神経管欠損の危険性
が高まることが知られています。そのため、奇形の防止
に、妊娠中の葉酸とα-フェトプロテインを調べることが
大切です。
◆葉酸を多く含む食べ物:葉酸もほとんどの食べ物に少
量存在しますが、多い食べ物は、小麦胚芽、そら豆、大
豆、アスパラガス、枝豆、からし菜、春菊、高菜、パセ
リ、ブロッコリー、ホウレン草、あまのり、昆布、桜エ
ビ、生ウニ、などです。
i)ビタミンC
ビタミンCは、アスコルビン酸 ascorbic acidとも呼ばれますが、コラーゲン collagenやノルアドレナリンnoradrenaline、胆汁酸 bile acid、補体 complement、オステオカルシン osteocalcinなどの合成に必要です。また、アスコルビン酸には体内の酸化を防ぐ抗酸化作用
があります。アスコルビン酸は、銅を含む脱水素酵素(ド
ーパミン脱水素酵素 dopamine b-hydroxylase)やα-ケトグルタル酸に共有する鉄を含む脱水素酵素などで、酸
化された金属イオンを還元させる働きがあります。さら
に、腸管に存在するビタミン Cは、腸管における鉄の吸収を促進します。
1日に必要なビタミン Cの量は、男性では約90mg、女性では約75mg、妊娠中では約85mg、授乳中では約120mgです。喫煙者では、さらに35mgを上積みして摂取することが推奨されています。
1日の摂取量が約10mg以下ではビタミンC欠乏となります。ビタミンCが不足すると、コラーゲン形成不全
に基づく壊血病 scurvyなどを引き起こします。また、かいけつびよう
幼児期の欠乏では、骨形成不全や成長不全が見られます。
逆に、1日当たり500mg以上摂れば、過剰による胃腸障害が起こるとの報告があります。
◆ビタミンCを多く含む食べ物:さつまいも、ジャガイ
モ、銀杏、栗、枝豆、サヤエンドウ、かぶ、からし菜、
キャベツ、小松菜、貝割れ大根、大根の葉、高菜、トウ
ガン、ミニトマト、ニガウリ、こねぎ、野沢菜、パセリ、
ピーマン類、ブロッコリー、レンコン、いちご、ミカン
類、柿、キウイフルーツ、すだち、レモン、あまのり、
スケトウダラなど
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7)ビタミン様化合物
ある種の有機化合物の栄養素は、ビタミン様性質を有
していることが知られています。これらの化合物は、毎
日摂取することが必要で、不可欠な働きについても解明
されています。
①コリン
コリン cholineは、水溶性のアミンで、レシチンlecithinやスフィンゴミエリン sphingomyelin、アセチルコリン acetylcholineなどの重要な構成成分となり、生体膜やリポタンパク質粒子などの構造の完成に不可欠
なものです。
ヒトでは、セリンやメチオニン、ビタミンB12、葉酸
塩などの適切な供給があれば、コリンを体内で生合成で
きます。
しかし、成人男性では1日に550mgを摂取することが推奨され、成人女性では1日に425mgを摂るように勧められています。
ヒトではコリン欠乏症については明らかではありませ
んが、コリンの摂取の低下が肝疾患や筋の障害、動脈硬
化、神経疾患などに関連していることが報告されていま
す。さらに、コリンは胎児の発育に重要な役割を果たし、
脊髄の構築と働き、記憶の発達などにも大きな影響を与
えることが知られています。
②タウリン
タウリン taurineは、アミノ酸の1種で、神経活動の調節や細胞膜の安定化、浸透圧の調節などの多彩な代謝
活動で機能しています。タウリンの浸透圧の調節は、主
に脳と腎臓でおこなわれ、癲癇やうっ血性心不全、高血てんかん
圧、糖尿病などの悪化を防ぎます。
さらに、タウリンは、心疾患における再潅流による障
害や酸化に対する予防効果で重要な役割をはたし、高血
圧や動脈硬化を防ぐ役割があることが報告されていま
す。また、ある種の胆汁酸塩の生合成に必要なものです。
タウリンは、体内でシステインあるいはメチオニンか
ら生合成できますが、新生児などでは食事性のタウリン
が必要です。そのため、調合乳にはタウリンが加えられ
ています。
③カルニチン
カルニチン carnitineは、肝臓や腎臓でリシンとメチオニンとから生合成される窒素化合物です。カルニチン
は、エステル転移反応や、ミトコンドリ内への長鎖脂肪
酸の輸送などで働きます。成人では、必要量が生合成さ
れますが、新生児では生合成できません。早産児や血液
透析患者では、サプリメントとしてカルニチンを摂るこ
とが必要です。
カルニチンは、母乳や肉類にも含まれています。
④イノシトール
イノシトール inositolは、アルコールの一種で、化学構造はグルコースに似ています。イノシトールは、生体
膜に存在するリン脂質の構成成分で、ヒトの体における
細胞の複製に作用します。さらに、近年の研究では、複
数の抗癌作用があることが知られており、乳癌に対する
試験的研究が開始されています。
イノシトールは穀物に含まれており、グルコースから
も生合成できます。
⑤生体フラボン類
生体フラボン類 bioflavonoidsは、植物に含まれる水溶性のフェノール化合物です。生体フラボン類は、毛細
血管の透過性と脆弱性に関係しています。また、生体フぜいじやくせい
ラボン類は抗酸化作用があります。
生体フラボン類は、ワインや、ビール、ココアなどに
含まれており、特にミカン類にも存在します。
⑥リポ酸
リポ酸 lipoic acidは、脂溶性で、ビタミンBに関係しています。リポ酸は、アシル基を運ぶ補酵素として働
き、グルコース代謝におけるピルビン酸脱水素酵素のよ
うな酵素複合体に関与しています。
リポ酸は、糖尿病性神経障害を引き起こす酸化障害を
防ぎ、グルコースの利用を改善し、ウイルスの転写を阻
止し、緑内障や白内障を改善させるとの研究があります。
⑦補酵素Q
補酵素Q coenzyme Qは、ユビキノン ubiquinoneとも呼ばれ、脂質様化合物の一種で、ベンゾキノン核を有
し、化学構造的にはビタミンEと似ています。
補酵素Qは、ミトコンドリアの電子伝達系で働きます。
細胞の中では、ミトコンドリア内膜に一番高濃度に補酵
素Qが存在します。
補酵素Qがエネルギー代謝に関係しているために、心
臓や肝臓、腎臓に高濃度に含まれています。
補酵素Qは、動脈硬化症と心血管疾患の予防効果があ
ります。
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しかし、スタチンstatinやβブロッカーなどは、体内
での補酵素Qの産生を40%以上も減少させます。そのた
め、スタチンを使用するときは、1日に150mg~200mgの
補酵素Qのサプリメントを摂ることが勧められていま
す。
【この章の参考図書】
・桜井弘編、「元素111の新知識」、講談社、1997年
・齋藤勝裕著、「物理化学のしくみ」、ナツメ社、2008年
・上代淑人ら監訳、「イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書28版」、丸善、2011年
・永田和宏著、「タンパク質の一生」、岩波新書、2008年
・「日本食品標準成分表、2015年版(七訂)、本表編」、医歯薬出版株式会社、2016年