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1 東京理科大学部化学研究部 2013 年度秋輪講書 繊維の形状記憶加工 木曜班 Akagi,K(1K), Takeo,S(1K), Matsuura,K(1OK), Matsumoto,K(1K) Satou.T(2OK), Iwasaki.R(2OK), Yoshino.S(2OK), Kohri.M(2K) 1. 背景 日常に深く根付く繊維の中でも, 形状記憶繊維という非常に便利な機能を持つ物質 が存在することを知り, 我々の手で形状記憶繊維の性質,根本を知りたいと考えた. , 現在広く使われている形状記憶加工法の中で使用される人体に影響を及ぼす薬品 の代わりとして, どのような薬品を使えば効率的かつ安全に加工を進めることができ るかを研究したいという考えに至った. 2. 目的 アルデヒドとセルロースによる架橋反応と,高圧条件における高温水蒸気吹き付け によるセルロース結晶構造の変化反応を用いて,セルロース繊維に形状記憶性を持た せる.その結果を踏まえ,人体に対し安全かつ効率的な加工方法を考え,現在主流の 形状記憶繊維製造法に置き換わる代替法を考えることを目的とする. 3. 原理 3.1. 気相加工法(VP ) i , ii VP とは, Vapor Phase の略称で,気相すなわちガスである,ホルマリンガスによる綿 製品の加工法である.綿製品は吸湿性,吸水性という優れた特性を持っている反面,維に吸水された水が繊維を構成するセルロース分子鎖間の構造を変化させる.この構 造変化が乾燥後の収縮やしわの発生の原因になると考えられている.したがって乾燥 ,元の構造に戻るようにし,水によるセルロース分子鎖間の構造変化やその残留を 抑えることが重要と考えられる.ホルマリンは CH 2 O という分子構造を持っているが, セルロースが持つ水酸基(OH) と反応し,隣接するセルロース分子鎖を-OCH 2 O構造で架橋することができる.すなわちこの架橋でセルロース分子鎖間の構造を固定 させる(形状を記憶させる)ことができる.VP 法では極めて強いメチレン結合という永 久架橋結合が作られる.

繊維の形状記憶加工 - 東京理科大学kaken/studies/2013/2013-o-thu.pdf2 Fig.1 セルロースとホルムアルデヒドによるメチレン架橋 3.2. 架橋反応 架橋反応とは,複数の官能基を有する低分子化合物の分子間反応や高分子化合物が

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東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2013 年度秋輪講書

繊維の形状記憶加工

木曜班

Akagi,K(1K), Takeo,S(1K), Matsuura,K(1OK), Matsumoto,K(1K)

Satou.T(2OK), Iwasaki.R(2OK), Yoshino.S(2OK), Kohri.M(2K)

1. 背景

日常に深く根付く繊維の中でも, 形状記憶繊維という非常に便利な機能を持つ物質

が存在することを知り, 我々の手で形状記憶繊維の性質,根本を知りたいと考えた. ま

た, 現在広く使われている形状記憶加工法の中で使用される人体に影響を及ぼす薬品

の代わりとして, どのような薬品を使えば効率的かつ安全に加工を進めることができ

るかを研究したいという考えに至った.

2. 目的

アルデヒドとセルロースによる架橋反応と,高圧条件における高温水蒸気吹き付け

によるセルロース結晶構造の変化反応を用いて,セルロース繊維に形状記憶性を持た

せる.その結果を踏まえ,人体に対し安全かつ効率的な加工方法を考え,現在主流の

形状記憶繊維製造法に置き換わる代替法を考えることを目的とする.

3. 原理

3.1. 気相加工法(VP 法)i,ii

VP とは,Vapor Phase の略称で,気相すなわちガスである,ホルマリンガスによる綿

製品の加工法である.綿製品は吸湿性,吸水性という優れた特性を持っている反面,繊

維に吸水された水が繊維を構成するセルロース分子鎖間の構造を変化させる.この構

造変化が乾燥後の収縮やしわの発生の原因になると考えられている.したがって乾燥

後,元の構造に戻るようにし,水によるセルロース分子鎖間の構造変化やその残留を

抑えることが重要と考えられる.ホルマリンは CH2O という分子構造を持っているが,

セルロースが持つ水酸基(-OH) と反応し,隣接するセルロース分子鎖を-OCH2O-

構造で架橋することができる.すなわちこの架橋でセルロース分子鎖間の構造を固定

させる(形状を記憶させる)ことができる.VP 法では極めて強いメチレン結合という永

久架橋結合が作られる.

Page 2: 繊維の形状記憶加工 - 東京理科大学kaken/studies/2013/2013-o-thu.pdf2 Fig.1 セルロースとホルムアルデヒドによるメチレン架橋 3.2. 架橋反応 架橋反応とは,複数の官能基を有する低分子化合物の分子間反応や高分子化合物が

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Fig.1 セルロースとホルムアルデヒドによるメチレン架橋

3.2. 架橋反応

架橋反応とは,複数の官能基を有する低分子化合物の分子間反応や高分子化合物が

分子間で共有結合し,三次元網目構造を形成する事である.架橋体形成に利用される化

学反応自体は特別なものではなく,有機化学や無機化学で取り扱われる一般的な反応

であることが多い.

3.3. セルロースの非晶領域と非晶構造

セルロースは結晶変換処理により異なった結晶形を示す. その学問的な興味と, 規

則正しく分子が配列した高分子の結晶領域は比較的解析しやすいこともあり, これ

まで多くの研究報告がある. 高等植物のセルロースでは結晶領域の量は 60-80 %程度

であり, 残り 20-40 %の領域はアモルファス(非晶)領域である. 通常の条件では水分

子はセルロースの特徴のひとつでもある親水性はその非晶部分が担う. 非晶セルロ

ース領域での水分の吸着, 着脱の程度や挙動によってその物性は大きく変動するた

め, セルロース系材料の水分との相互作用を制御できれば, その物性は制御可能であ

る.

3.4. セルロースの結晶多形

セルロースの特徴の一つは様々な結晶系をとることであり、それらは大きくセルロ

ースⅠ型とⅡ型に分類される. セルロースⅠ型にはセルロースⅠα, Ⅰβ, ⅢⅠ, が属し,

セルロースⅡ型にはセルロースⅡ, ⅢⅡ, ⅣⅡ, が属す. セルロースⅠ型の特徴は, セ

ルロースミクロフィブリルと呼ばれる幅数 nm, 長さ不定長の棒状の微結晶(ウィスカ

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ー)として存在し, そのミクロフィブリル中において分子鎖の極性(還元末端, 非還元

末端の向き)が揃った平行鎖構造にある. 一方, セルロースⅡ型では, このミクロフィ

ブリルの構造は存在せず, 結晶中において隣の分子鎖の向きが互い違いに充填され

た逆平行構造に特徴がある.

3.5. セルロースⅠαとⅠβ

セルロースⅠは一般に天然セルロースであり, 人工的に合成することはできない.

セルロースⅠαは一本鎖の三斜晶, セルロースⅠβは二本鎖の単結晶という単位格子で

あることが解明されている.iii セルロースⅠαは酢酸菌や緑藻の生成するセルロースの

主成分であり, (70 %がⅠα, 30 %がⅠβ)一方のセルロースⅠβはホヤや木材などの高等

植物の生成するセルロースである. セルロースⅠαは高温水蒸気中でセルロースⅠβに

変態するが, これはⅠβの方が熱力学的に安定な構造であるということを示している.

Fig.2 セルロースⅠαとⅠβの構造iv

3.6. セルロース誘導体の合成

セルロースの一般的反応性として次のような基本反応が起こる.

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Fig.3 セルロースとアルデヒドの反応v

3.7. 高圧水蒸気によるセルロース結晶構造の変化

高圧水蒸気によりセルロースは非晶領域で部分的に加水分解viされるが, 結晶領域

までは分解されず, 逆に非晶が結晶に熱再配列し結晶化度が増加するviiことで形状が

固定されるviii,ixことが明らかとなっている. レーヨンに高圧水蒸気処理を行う際, 結

晶が転移するよりも早く微結晶以外の領域でより安定なⅣ型が作られ, そこを起点

にⅣ型が成長しつつⅡ型をⅣ型に転移させるため, 非晶部を含むレーヨンは一部が

Ⅳ型の結晶に転移し, また繰り返し処理することによってレーヨンはⅣ型の割合が

増加する. また, 非晶やⅢ型を経由することにより, Ⅰα,Ⅰβ,Ⅱ,およびⅣへの相互の

転移を処理条件により制御するとともに, 平行鎖とされている βキチンから逆平行鎖

とされている α キチンへの転移が水蒸気処理のみによって起こるxことが明らかとな

っている.

3.8. しわ回復角

規定された条件下で荷重された試験片の, 荷重除去後の規定時間における折り目

を挟んだ試験片の両側が作る角度のことである.

3.9. しわ回復角及び防しわ率の計算

𝑅 =α

180× 100

ここに, R:防しわ率(%), α:しわ回復角(°)

3.10. X 線による結晶領域量の測定

現在 X 線法によるセルロースの結晶領域測定法は,セルロース中に結晶部分と非晶

領域とが存在するという基礎のもとに,両者の量比を決定するものである.しかし近

年の研究xiにより,X 線図の無定形パターンは非晶領域による散乱が原因であると断

定することが難しいため,試料を粉末にし,広角回折で得られる X 線図から,無定形

パターンを考慮せずに結晶パターンのピーク絶対量を測定,また粉末状セルロース試

料の面配向の影響が無視することが可能である方法での測定が望ましい.

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4. 実験

4.1. セルロースの巻きつけ処理

4.1.1. 使用器具・試薬

・ステンレス製棒

・セルロース

分子式:(C6H10O5)n

種別:綿

純度:95 %〜

結晶形:Ⅰ型

結晶化度:約 75 %

重合度:1000〜5000

1 m あたりの質量:0.7 g

4.1.2. 実験操作

1) ステンレス棒の端から繊維を反対の端まで巻きつけていく.なお巻き数は 5 巻に

統一した.

2) 端をテープにより固定する. 全体の巻き方に偏りがないか確認した.

4.2. 架橋による形状記憶加工

形状記憶加工法についてであるが, 現在加工法として確立されている方法の一つ

である VP 法では人体に有害であるホルムアルデヒドを使用するため, 今回の研究の

際にこの方法を使用するのは危険だと判断した. したがってホルムアルデヒドに替

わる, 人体に安全であり, かつ効率的に反応が進行する架橋剤を調査し, VP 法と同じ

ように架橋させて加工するために, ホルムアルデヒドと同じ官能基を持つなどする

化学的特徴を有する架橋剤を複数用意し, さらにそれによって加工した繊維に対し

て物性を調査し, 比較を行いたいと考えた. ここで使用する予定である薬品にはジア

ルデヒドも含まれているが, これはグルタルアルデヒドが幅広い研究分野で使用さ

れておりxii, そのジアルデヒドという性質に注目したからである.

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4.2.1. 使用器具・薬品

・三角フラスコ, ゴム栓, ピンセット, ウォーターバス, 金属棒, シャーレ, ホール

ピペット, 電子天秤, 薬包紙

・プロピオンアルデヒド

示性式:C2H5CHO

分子量:58.08

密度:0.8071 g/mL

製造:和光純薬工業株式会社

・ベンズアルデヒド

示性式:C6H5CHO

分子量:106.12

密度:1.041〜1.050 g/mL (20 ℃)

製造:和光純薬工業株式会社

・イソフタルアルデヒド

示性式:OHC(C6H4)CHO

分子量:134.13

含量:97.0+ % (GC)

製造:和光純薬工業株式会社

・テレフタルアルデヒド

示性式:OHC(C6H4)CHO

分子量:134.13

密度:1.06 g/mL

含量:90.0+ %(cGC)

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・グリオキサール

示性式:OHC-CHO

分子量:58.04

密度:1.270〜1.280 g/ml (20℃)

製造:和光純薬工業株式会社

・グルタルアルデヒド

示性式:OHC(CH2)3CHO

分子量:100.12

濃度:24.0~26.0 % (Titration)

密度:1.06 g/mL

製造:和光純薬工業株式会社

・硝酸亜鉛六水和物

分子式:Zn(NO3)2・6H2O

分子量:297.49

比重:2.065

製造:和光純薬工業株式会社

4.2.2. 実験操作

この実験操作で加えた試薬の量であるが, 我々が所有する実験器具では小数点 2

位以下の数値まで正確に測り取ることができなかったため, すべてが 0.50 mol/L 程

度の同じ濃度になるように試薬の量を調節した.

1) 100 mL 試験管を 6 本で, それぞれ上記の架橋剤を用いて 6 種類の水溶液を調製

した. なお溶媒にはイオン交換水 100 mL を使用した.

2) プロピオンアルデヒド 3.60mL を加え,その試験管を No.1 とした.

3) ベンズアルデヒド 5.10 mL を加え,その試験管を No.2 とした.

4) イソフタルアルデヒド 6.70 g を加え,その試験管を No.3 とした.

5) テレフタルアルデヒド 6.70 g を加え,その試験管に No.4 とした.

6) グリオキサール 5.70 mL を加え,その試験管を No.5 とした.

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7) グルタルアルデヒド 4.70 mL を加え,その試験管を No.6 とした.

8) 6 本の試験管すべてに硝酸亜鉛 1.0 g を入れ, ゴムで栓をした.

9) 6 本の試験管を試験管スタンドへ設置し, そのまま 85 ℃に保たれたウォーター

バス内へ浸漬した.

10) 25 分経過後, 溶液から試験片を引き上げ, アセトンで洗浄後,イオン交換水で

よく洗浄した.

11) シャーレに載せ, 一週間乾燥させた.

4.3. セルロース結晶構造の変化による形状記憶加工

高圧水蒸気によってセルロース自身の構造が変化することにより結晶化度が増加

し, 形状を記憶するものとなる原理を用いた.ここで高圧水蒸気についてであるが,ど

れほどの圧力で処理を行えばよいのか不明であるため,大気圧下での水蒸気吹付けを

行う場合と,市販の圧力鍋を用いて高圧下で吹付けを行う場合とで分けながら実験を

行った.

4.3.1. 実験器具

・三角フラスコ, 沸騰石, スタンド, クリップ, ゴム栓, 銅管, ガスバーナー, ゴムホ

ース, イオン交換水

4.3.2. 実験操作

1) 6 mm×0.5 mm×1 m の銅管を内径 653 mm の金属柱に 3 回巻きつけた.

2) ゴム栓に穴を開け, 銅管の一端を差し込んだ.

3) 丸底フラスコに水を入れ, 銅管に装着したゴム栓を取り付けた.

4) ガスバーナーで丸底フラスコを加熱し, 水を沸騰させた.

5) 銅管の先から湯気が出てきたことを確認し, 銅管巻部分をガスバーナーで熱し

た.

6) 白い湯気が見えなくなった後, 銅管の水蒸気が噴出している端に温度計を近づ

け, 温度を計測した.

7) 目標の温度(100 ℃,150 ℃,200 ℃,250 ℃)の温度を保ち続けられるようにガス

バーナーの火力などを調節しつつ, 15 分間加熱し続けた. 水蒸気の吹き出し口には,

巻きつけ処理を行った試験片を設置した.

8) 加熱後, シャーレに載せて一週間風乾させた.

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4.4. 高圧下での水蒸気吹付け

高圧という条件を達成するために, 手軽でコストも抑えられる圧力鍋という容器

内で反応させることにした. この容器は, 作動圧力:3.38 気圧(絶対圧力), 作動温

度:138.1 ℃という環境を生み出すことができるため, この条件を十分高圧であると

した.

4.4.1. 実験器具

・圧力鍋, 簀子, セルロース

4.4.2. 実験操作

1) 容器内にイオン交換水を 500 ml 入れた.

2) 簀子を敷き, 巻きつけ処理を行った試験片 1 つを入れ固定し, 蓋を閉めた.

3) 試験片 3 つに対しそれぞれ 10 分, 20 分, 30 分加熱した. なお,容器内で沸点に

達するまで, また加熱を終了してから容器内の気圧が大気圧に戻るまで, どの条件

下でも 5 分程度要したために, 沸騰してから加熱を終了するまでの時間を加熱時間

とした.

4) 加熱後, 容器から試験片を取り出し, シャーレに載せ風乾させた.

4.5. モンサント法による評価

形状記憶処理を行った後, 金属板, 金属棒から繊維を外し, JISL1059-1「繊維製品の

防しわ性試験方法-第1部:水平折り畳みじわの回復性の測定(モンサント法)」の

「A 法(10 N 荷重法)」により形状記憶化を評価した. なお, 当初の予定では固体

13C-NMR, X 線回折によって繊維の結晶形態や構造などを観察する予定であったが,

時間の問題や技術的な問題により, 分析することを断念した. 補足であるが, 今回使

用した 10 N モンサント形しわ回復角測定試験機は金銭的な問題で調達することがで

きなかったため, 大部分において方眼用紙などで工作した. 本来の試験機はこのよう

な形であるため, 工作においても可能な限り再現した.

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Fig.4 モンサント形しわ回復角測定装置

4.5.1. 実験準備

1) 試験片の寸法は, 20 mm×15 mm とした.

2) 試験片の数のうち, 半数は長さ方向(たて)に平行な長辺をとり, 残り半数は幅方

向(よこ)に平行な長辺をとった.

3) 調整された試験片は 1 枚ずつピンセットで扱った.

4) しわ回復角測定試験機を水平に設置し, 通風, 測定者の息及び光源からの過剰な

熱放射から試験装置を遮った.

5) 試験片の上から垂直に荷重をかけるためのおもり(10 N)を用意した. 今回は水の

入った1L ペットボトルを使用した. 参考までに, この荷重装置の一例を下に記す.

Fig.5 荷重装置の一例

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4.5.2. 実験操作

1) 試験片の両端を揃えて重ね, ピンセットで端から 5 mm以下のところをつかんだ.

2) 荷重装置の下に試験片を置き, 10 N の荷重を 5 分間負担した.

3) 負担後荷重を取り去り, 直接ピンセットで測定装置のホルダーへ移動させた. こ

の際, しわの形を崩したりすることのないように注意した.

4) 原理 3.8.により回復角を測定した.

5) しわ回復角は試験別に平均値を JIS Z8401 の規則 B(四捨五入法)によって整数位

に丸めた. また防しわ率も同様にして整数位に丸めた.

6) 試験片の数は, 信頼できるしわ回復角の値を得るために一種類につき 5コとした.

5. 結果

5.1. 実験 4.2 の結果について

実験 4.2において, 1から 6まで試験管に振った番号と, その試験管で反応させた試

験片の番号を対応させた. これに加えて, 巻きつけ処理だけを行った試験片 No.0 も

比較対象に入れ, 全 7 つの試験片の計測結果を下に載せた. 縦, 横というのは 4.5.1.

でも述べたとおり, 2 つの方向からの防しわを計測するための試験片の折り方のこと

である.

Fig.6 架橋による形状記憶加工を行った繊維の防しわ率

No.0 1 2 3 4 5 6

たて 34 45 50 39 39 53 50

よこ 33 44 48 38 38 53 50

0

10

20

30

40

50

60

しわ回復率

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5.2. 実験 4.3.の結果について

Fig.7 高温水蒸気による形状記憶加工を行った繊維の防しわ率

No.0 100℃ 150℃ 200℃ 250℃

たて 34 34 34 34 35

よこ 33 34 34 34 35

32

33

33

34

34

35

35

36

36

しわ回復率

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5.3. 実験 4.4.の結果について

Fig.8 高圧高温水蒸気による形状記憶加工を行った繊維の防しわ率

6. 考察

6.1. 架橋による形状記憶加工実験の結果について

我々が事前に予想した実験結果では,アルデヒド基を 2 つ有するイソフタルアルデ

ヒド,テレフタルアルデヒドがそれなりに架橋するというものであったが,実際には

その 2 つの架橋剤を用いて加工した No.3 と No.4 は,あまり形状記憶性を持たなか

った.その原因として,そもそも反応が進行しなかった可能性が考えられる.架橋剤

として用いたイソフタルアルデヒド,テレフタルアルデヒド共に固体状であるために,

他の液体状の試薬と比べて表面積が異なるなどの要因が発生したと考えた.ゆえに同

じベンゼン環を構造に有するベンズアルデヒドでは反応がうまく進行し,架橋できた

結果になったと考えた.

No.5, No,6 において両者ともしわ回復率が 50 %を超えたが,これは架橋剤に電子

求引基であるアルデヒド基以外に官能基がなかったために,障害もなく反応したため

No.0 10分 20分 30分

たて 34 45 44 47

よこ 33 44 44 46

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45

50

しわ回復率

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ここがアルデヒドの場合…

だと考えた.また,No.1やNo.2など 1価アルデヒド架橋剤を使用した場合に比べて,

No.5やNo.6など 2価の架橋剤を使用した場合の方が若干高いしわ回復率を示した原

因として,それぞれにおいて進行した反応数が異なるからであると考えた.前者にお

ける反応は Fig.1 に示した通りの反応が進行したと思われるが,後者における反応は

以下に示す通りの反応も進行したと考えた.

側鎖 R がアルデヒド基である場合,3 段目のような反応が進行し,より多くのセルロ

ースと架橋しうる.ゆえにより大きい形状記憶性を持った結果になったと思われる.

6.2. 高温水蒸気による形状記憶加工の結果について

大気圧下では,吹き付け時間を変化させても形状記憶性が大きく異なることはなか

った.しかし 250 ℃の条件において他の三条件と比較しても差が見られた.これは,

大気圧下であっても 250 ℃程の高温であれば多少なりともセルロース構造が変化す

るということが考えられる.セルロースの結晶構造が高温の水蒸気によって再配向し,

熱を受けて振動する構造から分子間にゆとりを持った構造へと変化した結果,結晶化

度が増加したのではないかと考えた.

Page 15: 繊維の形状記憶加工 - 東京理科大学kaken/studies/2013/2013-o-thu.pdf2 Fig.1 セルロースとホルムアルデヒドによるメチレン架橋 3.2. 架橋反応 架橋反応とは,複数の官能基を有する低分子化合物の分子間反応や高分子化合物が

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6.3. 高圧高温水蒸気による形状記憶加工の結果について

高圧高温水蒸気による加工においては,処理時間に関わらず形状記憶性を有した結

果となった.架橋剤を使用した場合に比べると 5 %程度しわ回復率が落ちたが,十分

機能を損なわない性質であるとした.高圧という条件についても,圧力鍋の容器内で

再現できる 3.38 気圧でも十分であるということも考察できる.結晶化度が増加した,

つまり結晶形が変化したということであり,セルロース中の非晶部分が水蒸気により

加水分解され,結晶に熱再配列したことがわかる.よってこの実験からは,セルロー

スの結晶状態がセルロースⅣへと転移し,化学薬品を用いて架橋させた場合に及ぶ程

の形状記憶性を定着させることが可能であることが確認された.

7. 展望

今回の研究を通し,人体に無害な水を使用することでも,架橋剤を使用した場合に

及ぶ程度の形状記憶性を持たせることが可能であるという結果が得られたため,現在

の主流な製法に置き換わる得る新たな方法を見出すことができたと覚えた.

この方法の応用例としては,家庭で容易に形状記憶性を持たせる器具などが考えら

れる.今回使用した圧力鍋のように,容器内の気圧を高めることが可能なものを使用

し,かつ誰でも入手できる水を材料とし,自宅のコンロやヒーターなどでこの実験同

様加熱することで手軽に加工ができるとするならば,至って便利な器具になり得るで

あろうと考えた.

またその器具においても,水蒸気の吹き付け状態や気圧などさらに改善点を増やし

ていくことができるのであれば,更に良い結果が期待できるであろう.

今回の研究における大きな不備として,評価方法の不足が挙げられる.当初は

13C-NMR や X 線回折など物性について詳しく調査する予定であったが,保存環境にお

いて予期せず試験片を破損してしまったことや,測定用に試験片を加工する作業に想

定以上の技術と時間が必要であることが判明したため,断念せざるを得なかった.時

間配分を事前に計画しておくべきだったと反省する.

Page 16: 繊維の形状記憶加工 - 東京理科大学kaken/studies/2013/2013-o-thu.pdf2 Fig.1 セルロースとホルムアルデヒドによるメチレン架橋 3.2. 架橋反応 架橋反応とは,複数の官能基を有する低分子化合物の分子間反応や高分子化合物が

16

i Hiroshi Ito, The Shape Memorized Shirts Treated by Vapor-Phase Process, Japan Science and Technology Information Aggregator, Electronic

https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1989/46/11/46_11_1019/_pdf, 2013 年 2 月 27 日取得 ii 竹本喜一・飯田襄 著, 機能性プラスチックが身近になる本,シーエムシー出版,2004, p.158

iii E. U. Franck and R. Deul, Faraday Disc. of the Chem. Soc., 66, p.194 (1978)

http://pubs.rsc.org/en/content/articlepdf/1978/dc/dc9786600191, 2013 年 8 月 12 日取得 iv磯貝明, セルロース利用技術の最先端, シーエムシー出版, 2008, p.46 v 島健太郎, 機能性セルロース, シーエムシー出版, 2003, p.121

vi Changes on Structure of Cellulose Microfibrils by High-pressure Steaming Naohisa

Ohshima, Miho Iguchi, Mikiji Shigematsu, and Mitsuhiko Tanahashi R&D, Tokai Senko K.K., Nishibiwajima 452-0068, Japan Faculty of Agriculture, Gifu University, Gifu 501-1193, Japan vii

山本恒雄, 化学工学会,化学工学の進歩 第 33 集 先端材料制御工学,槇書店,1999, p.104 viii

宮本,機能紙研究会誌,34,2 (1995) ix 繊維学会予稿集, F-213 (1997)

x Form memorizing of the high strength and high heatproof fibers by high pressure steam

treatment Mitsuhiko Tanahashi, Fumitoshi Yamakawa (Dept. Agriculture, Gifu University), Kazuhiko Kosuge, Takeshi Hatano (Toray Dupon Co. Ltd.), Iori Nakabayashi(Toray Co. Ltd.) ,2001 xi 北海道大学,渡辺貞良;赤堀忠義,北海道大学工学部研究報告 Bulletin of the Faculty

ofEngineering, Hokkaido University, 35: 259-278,X 線法によるセルロースの結晶領域量の

測定 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/40721, 2013 年 9 月 10 日取得 xii

高知大学 二官能性試薬グルタルアルデヒドの織りなす多様な科学の世界

https://ir.kochi-u.ac.jp/dspace/bitstream/10126/2981/1/KS3507496.pdf, 2013年 4月 24 日取

謝辞

この研究を遂行するにあたり,実験環境を提供していただいた千代田区立九段中等教育

学校 内田義明先生に深く感謝致します.

また, 分析方法などご指導を頂いた東京理科大学理学部第一部化学科宮村研究室 田巻義

規 助教授に感謝致します.