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1 ALS:amyotrophic lateral sclerosis 1 ALS 2 %VC 3 TV:tracheotomy ventilation ALS 1990 ALS 4 ALS 5 NPPV:non-invasive positive pressure ventilation ALS TV NPPV TV 2 Stage stage 1 Stage1 ALS Stage2 NPPV ALS Stage3 TV ALS QOL:quality of Life 6 Stage1: ALS ADL:activities of daily living 7 1997 ALS 1 ALS TV ALS 筋萎縮性側索硬化症における呼吸理学療法 国立国際医療センター国府台病院リハビリテーション科 本 恵 ハンズオン

筋萎縮性側索硬化症における呼吸理学療法tsubasa.yoshino-clinic.jp/kakunin/doc/pdfdata.pdfALSの呼吸障害の特徴は呼吸筋力の低下に基づく拘束性換気障害であり、特に肋間筋、

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1、筋萎縮性側索硬化症の呼吸障害

 筋萎縮性側索硬化(ALS:amyotrophic lateral sclerosis)の生命予後を規定する最大の因子は呼吸障

害である1)。ALSの呼吸障害の特徴は呼吸筋力の低下に基づく拘束性換気障害であり、特に肋間筋、

横隔膜が障害され、肺胞低換気となる2)。横隔膜機能障害は%肺活量(以下%VC)の低下、また二次的

な代償として呼吸補助筋の過活動をきたすため低換気頻呼吸となり、その結果、安静時でさえ呼吸困難

となる。この呼吸筋麻痺は、不全麻痺に始まり最終的には完全麻痺となるため呼吸不全となり、死に至る3)。

 しかし、現在、呼吸不全に陥った場合においても気管切開・侵襲的人工呼吸器(TV:tracheotomy

ventilation)装着により、生き抜く医療がALS患者自身によって選択可能となっている。本邦では1990年に

在宅人工呼吸療法が保険適応となり、また在宅で療養できるシステムが構築され、呼吸不全を超えたALS

療養が展開されている4)。このことを反映し、「新しいALS観」では、呼吸筋麻痺は呼吸運動系への障害で

生じた換気不全であり、それは呼吸器で補助されるものであると述べられるようになった5)。また、この理念

をさらに押し進めたのが非侵襲的人工呼吸器(NPPV:non-invasive positive pressure ventilation)の

普及であり、ALS患者の進行に沿った呼吸理学療法の関わりは多岐にわたるようになっている。した

がって、我々はTV装着を出来る限り延長させる呼吸理学療法を実施していくことに留まらず、NPPV装着

時期やTV装着後などの進行に沿った継続的な呼吸理学療法を実践していくことが望まれるようになった。

2、各Stageに応じた呼吸理学療法プログラム

 我々は呼吸障害の進行に沿って各stageに分類し、呼吸理学療法を実施している(表1)。Stage1は

発症早期ALS患者を対象とし、呼吸理学療法プログラムを実施、またStage2はNPPV装着時のALS

患者を対象とし、その導入時には胸部圧迫式換気補助法を併用、さらにStage3はTV装着後のALS

患者を対象とし、生活の質(QOL:quality of Life)向上、また肺合併症の予防・改善を目的とした積極的

な離床訓練や喀痰訓練を行っている6)。

Stage1: 発症早期における呼吸理学療法

 発症早期ALS患者の日常生活動作(ADL:activities of daily living)を維持するためには呼吸機能の

維持を目的とした訓練が重要である7)。本邦では1997年よりALSの呼吸障害に関する研究として至適

呼吸理学療法プログラムが提唱されている1)。我 も々同様に呼吸理学療法を応用しているが、それに

加えて、ALS患者や家族、また誰にでも継続的に実践できるものとしている。この時期の呼吸理学療法

の最大の目的はTV装着する時期をできるだけ遅らせることにあるが、ALSにおける呼吸障害について

よく説明し理解を得ながら行う教育的アプローチとしても重要となる。

筋萎縮性側索硬化症における呼吸理学療法国立国際医療センター国府台病院リハビリテーション科 寄本 恵輔

ハンズオン

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(1)リラクゼーション(図1)

 随意的に両肩・肩甲骨を挙上し5秒間保持する。

その後、一瞬にして力を抜く(図1-a・b)。肩・肩

甲骨の挙上が困難な場合は、介助者が挙上を

補助する(図1-c)。これを10回くり返す。

(2)頸部筋ストレッチ(図2)

 頸部の屈曲・側屈・回旋方向に各20秒間持続

的に筋を伸張する(図2-a・b)。その際、体幹を

しっかり固定する。強さは患者が疼痛を訴えない

程度とする。

(3)腹式呼吸法・口すぼめ呼吸(図3)

 患者の手を胸部と腹部に置き、吸気は鼻腔か

ら吸い込み、呼気は口腔から排出させる(図3-a)。

腹式呼吸をすることが困難な場合は、吸気時に

胸式呼吸とならないように介助者は胸郭部に

徒手で固定する。そのとき、患者に意識して腹部

で吸気してもらうように反対の手を腹部において

行う(図3-b)。呼気時は口をすぼめて長くゆっくり

と出してもらい、必要あれば腹部を押しながら

最終的には横隔膜を押すような介助する。これを

10分間行う。

(4)ハッフィング(図4)

 まずは空咳をする。困難な場合には、2秒間

吸気させ(図4-a)、次いで「ハァッ・ハァッ・ハァッ」

と素早く3~4回息を吐くことを繰り返す(図4-b)。

a

a b

b

b C

図1 リラクゼーション

ヤコブソン法に則り、最大収縮を促し、その後に最大弛緩を得ることが重要である。随意的な挙上が困難であれば、介助者が補助し実施する。無論、疼痛や苦痛があってはならない。

図2 呼吸補助筋ストレッチ

頸椎症等の頚疾患の有無を確認し、疼痛が出るようならば中止する。安全なストレッチの方法として頭部を側屈させるより体幹を固定している方に力を入れる。

図3 腹式呼吸法と口すぼめ呼吸

鼻で吸気、口をすぼめて呼気する方法であり、呼気を延長させることが重要である。吸気時に腹部の膨らみを自覚してもらうため腹部に手をおかせる。腹部より胸郭の動きが先攻する場合は、胸郭を軽く固定することもあるが、必要以上に吸気努力をさせてはならない。

図4 ハッフィング

吸気と呼気の間をつくることで呼気で圧がかかり易い。球麻痺が強い場合は、実施困難であるため無理強いせず、カフアシスト等の排痰機器の利用を併用する。

a

ba

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(5)シルベスター法(図5)

 吸気時に上肢を挙上し、呼気時にゆっくり降ろしてくる(図5-a・b・c)。自力での挙上が困難なときは介助

する。呼気・吸気のタイミングは呼気2:吸気1となるパターンで10回くり返す。

(6)胸部圧迫式換気補助法(図6)

 患者の呼吸パターンを介助者は把握し、そして患者の呼気に合わせ、胸郭に圧迫を加える。上部胸郭

部の圧迫は床方向へ圧迫し呼気を補助する(図6-a・b)。また下部胸郭は内下方へ圧迫し呼気を補助

する(図6-c・d)。このとき、呼気から次の吸気のタイミングを考え、胸郭の動きに拮抗しないようにする。

また腹式呼吸、口すぼめ呼吸を併用する。

 以上、この(1)~(6)までのプログラムを毎日30分程度実施、在宅でも継続できるよう指導する。

図5 シルベスター法

上肢完全挙上時に吸気終末、上肢下制時に呼気終末となるようにする。吸気より呼気時間を延長するために挙上より下制に時間をとれるよう指導する。

a b c

図6 胸部圧迫式換気補助法

腹式呼吸、口すぼめ呼吸同様の呼吸方法となるようにする。呼気時に胸郭を圧迫し、呼気延長を補助する。呼気時の圧迫が不快ではならない。吸気時には圧迫はしてはならない。最大呼気を得ることで最大吸気が得られるため最良の陰圧呼吸となる。

a b

c d

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Stage2:NPPV導入時の呼吸理学療法

 ALS患者にとってNPPVは、呼吸困難感の改善、また生命予後やQOLにおいてもその有効性が示さ

れている8-9)。しかしながらTV装着の意思決定がされていないALS患者にとっては姑息的な手段となり、

返って呼吸障害の進行に伴い苦渋な選択を迫られることになり兼ねない。また球麻痺症状が強いALS

患者には使用が困難になる場合が多く、NPPV装着により呼吸機能の低下を促進するという報告もある10)。

さらにNPPV導入時の違和感や苦痛により導入が困難となる症例も経験してきた。したがって、我々は

NPPV導入がうまくいくようマスクフィッティング(図7)や呼吸理学療法の併用を試みている6,11)。

(1)胸部圧迫式換気補助法の併用(図8)

 stage1で実施している胸部圧迫式換気補助法と同様に患者の呼気に合わせて胸郭部を圧迫する。圧迫

時にはNPPVの呼吸数や圧設定をよく確認し、NPPVに同調しながら換気量をあげていけるようにする。

図7 NPPVマスクフィッティング この他にも最近はNasal Pillow(鼻の穴に直接入れる)などマスクの種類は多くあり、間欠的、または持続的な利用がある。鼻マスク・鼻口マスクでのフィッティングは、患者の鼻の大きさ・鼻口の大きさに合わせる。経鼻胃管栄養によりリークしていたとしても許容リーク(60L/分)超えなければ有効な換気を維持できる。マスクの種類や大きさは基本的に患者が良いと感じたものを使用する。また、長時間利用に伴う鼻周囲の潰瘍、呑気症を発生させないよう工夫しなければならない。

a 鼻マスク b 鼻口マスク(フルフェイス) c トータルフェイスマスク

図8 胸部圧迫式換気補助法の併用

導入時にはNPPVにおける有効性のみを説明するのではなく、圧換気システムについてわかり易い教育を実施することで患者や家族が機械に慣れ易くする。胸部圧迫式換気補助法実施中は強制換気回数(BPM)を少なくして行う必要がある。NPPVにおける陽圧換気と胸部圧迫式換気補助法による陰圧換気の相乗効果で換気量が増大・気道内圧が低下するため、高CO2血症の是正に役立つ。生活や病状の進行によりIPAP(吸気圧)を変化させた利用は効果的である。AVAPS(従圧式換気でありながら最低限の一回換気量を設定出来る)の利用が換気量維持に役立つことがある。最近では少量のオピオイド(薬物療法)を使用することでNPPVが有効に使用することが報告されているため、包括的な導入方法を選択する。

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縦隔条件

図10 難治性肺炎

ここでの難治性肺炎とは、誤嚥性肺炎、人工呼吸器関連性肺炎、沈下性肺炎など、侵襲的人工呼吸器装着患者の死亡原因となる繰り返される重症肺炎をいう。現象は無気肺を伴う慢性誤嚥性肺炎であり、繰り返される肺炎により肺実質が気質化していく。

肺野条件

(2)新しい概念における陽・陰圧体外式人工呼吸器RTX(図9)

 2004年より陽・陰圧体外式人工呼吸器RTX(アイ・エム・アイ社)が本邦において導入された。1930~

1950年に「鉄の肺」と呼ばれた頃の体外式人工呼吸器とは異なり、胸郭に密着させたキュイラス内に

陰圧をかけることで吸気を、陽圧をかけることで呼気を作り出す12,13)。現在は臨床研究中であるが、

NPPVの次世代的な役割を果たす機器として注目している11)。

Stage3:TV装着後の呼吸理学療法

 これまでTV装着後のALS患者における呼吸理学療法手技の有効性を示したものは少ない。しかし、

我々はTV装着後早期より積極的に肺合併症予防を目的とした離床訓練を実施している6)。何故

ならば、TV装着したALS患者が長期臥床下において無気肺を伴う慢性誤嚥性肺炎(以下、難治性肺炎)

をくり返すことにより生命を脅かされることを多く経験してきたからである(図10)14)。そのような中で

新しい呼吸理学療法の概念に「日常的な身体と肺の動きをベッド上で再現する」、つまり「離床する」

ことが肺炎の予防や改善に最も有効な方法であるとされている15)。したがって、ALS患者におけるTV

装着後の呼吸理学療法は、継続的な離床を原則とし、その中において難治性肺炎の予防、改善を目的

とした喀痰訓練を実施している14.16)。

図9 新しい概念における陽・陰圧体外式人工呼吸器(RTX)

NPPVの副作用である鼻周囲の潰瘍や呑気症に伴うイレウス、また、球麻痺症状の進行により、NPPVの利用が困難な場合に使用する。本邦では集中治療室での利用や小児神経難病疾患で有用性が述べられており、長時間利用の報告はない。我々は換気目的で長時間の利用を実施したが、操作性、耐久性、騒音等の問題もあり、NPPVと交互に利用するなどの工夫が必要である。

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図11 車椅子乗車訓練

侵襲的人工呼吸器患者が車椅子に乗ることは肺炎を予防、改善することに留まらず、QOL向上には不可欠である。多くのALS患者は「生きる」ために気管切開、人工呼吸器を装着することを決意したのだから、寝かせきりにしてはいけない。

(1)車椅子乗車訓練(図11)

 適応は全症例が対象となる。少なくても車椅子乗車を30分以上とれるように工夫する16)。

(2)腹臥位療法(図12)

 適応は循環動態が不安定、特に起立性低血圧等の自律神経障害がある患者、また沈下性肺炎患者

が対象となる。腹臥位にした際に気管切開部が圧迫されないよう工夫する必要がある。我々はベッド

の横にストレッチャーを用意し、腹臥位にした際にベッド間に気管切開部が入る工夫を利用する。また

喀痰を促すため患者の背部から呼気に合わせてsqueezingをする16)。

図12 腹臥位療法

長期臥床患者では拘縮の進行、疼痛があり、体動が困難な場合が多いため十分な説明と同意をとり、バイタルを管理しながら2人以上で行う必要がある。腹臥位にする際に上肢、特に肩を強く圧迫し過ぎないように注意する。腹臥位にて呼気に合わせてsqueezingをする。

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(3)蘇生バックを用いたsqueezing(図13)

 適応は肺の圧損傷の可能性が低い患者が対象となる。TV装着患者の換気パターンは人工呼吸器に

よる換気制限を終日受け、これが喀痰に必要な胸郭の可動性を制限している。そこで我々は蘇生バック

を用いたsqueezingを実施している。無気肺の改善には健側肺を固定し換気不十分な患側肺に換気が

十分にいくよう蘇生バックを加圧することもある。最大吸気状態より一気に胸部圧迫を加え、絞り込むよう

排出する。これを数回繰り返し行う16)。

(4)カフアシスト(図14)

 器械的咳介助(以下MAC)の適応は徒手的な咳介助のみでは充分な喀痰ができない患者が対象

となる。当院ではカフアシスト(フジ・レスピロニクス社)を使用している。MACの効果は既に多くの検討が

され、カフアシストの陰圧に合わせて徒手による呼気介助を組み合わせることで最も強力な咳介助と

なり、気管内吸引より安全かつ効果的であることが述べられている17)。

図13 蘇生バックを用いたsqueezing

在宅用人工呼吸器装着では一回換気量400-600mlと規定される場合が多いため無気肺を起こし易い(特に従量式で強制換気となっている場合)。蘇生バックを利用すると一回換気量が800-1000ml以上の換気量が得られるため肺コンプライアンスの維持に役立ち、無気肺の予防に役立つ。critical opening pressureの理論に従い、排痰目的でsqueezingするためには末梢気管支まで十分な換気が必要である。患側肺の換気量を増加させるため健側肺の胸郭部を固定し換気させ、squeezingをする方法もある。気道内圧が高い症例では肺損傷を来す恐れがあるため実施していない。

図14 カフアシスト(MAC)

MACの効果は既に多くの検討がされ、カフアシストの陰圧に合わせて徒手による呼気介助を組み合わせることで最も強力な咳介助となり、気管内吸引より安全かつ効果的であることが述べられている。その一方、保険適応外で自費レンタルとなるため在宅での普及は進まないのが現状である。

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(5)ダイナミックパラポディアム(図15)

 適応は徒手的な立位保持介助が困難であり、

四肢筋力低下著明でも頸部・体幹の固定性が

ある程度ある患者が対象となる。我々が使用

しているダイナミックパラポディアム(イマムラ社)

の特徴は安定した立位の支持性を獲得する

ため立位時の介助者の負担はなくなり、リスク

管理が容易となる。また左右に揺らすことも可能

であるため、重心の移動による振動が気道内

分泌物を移動させる側面もある16)。

(6)Tilt table(図16)

 適応は、四肢のみならず頸部・体幹の筋力

低下が著明でダイナミックパラポディアムでの

立位保持が困難な患者に適応がある。我々は

Tilt tableを病室に運び実施している16)。

(7)陽・陰圧体外式人工呼吸器(RTX)(図17)

 難治性肺炎を呈しているTV装着患者に対し、

陽・陰圧体外式人工呼吸器RTXを併用して

いる18)。この機器は、呼吸を補助するコントロール

モードと排痰を促通するクリアランスモードがある。

各モードを使い分けること、また体位排痰法や

キュイラスを工夫することで有効な排痰を促す。

図15 ダイナミックパラポディアム

気管切開後早期より離床訓練の一環として行っており、可能な限り継続的に実施している。高価であるため実際には病院や施設で使用されているのが現状である。

図17 陽・陰圧体外式人工呼吸器(RTX)

RTXは換気補助を目的としたコントロールモードと排痰を目的としたクリアランスモードがある。体位排痰法を併用、また患側肺の換気を増大させるためキュイラスのサイズを工夫する。RTXは強制換気モードであるため侵襲的人工呼吸器の設定は自発モード、または補助換気モード(SIMV等)にすることで同調しやすくなる。

図16 Tilt tableを利用した立位訓練

我々はTilt tableを病室に運び、数人で患者をベットから移動させ、バイタルを管理をしながらtilt upしていく。下肢の拘縮、特に足関節の内反尖足にも有効である。

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(8)高頻度胸壁部振動The Vest(図18)

 TheVest(Hill‐Rom社)はエアベストが

チューブによって本体に接続されている。本体

がベストを急速に膨張・収縮させることで胸壁

を圧縮・開放し、肺の中に気流を作り出し、これ

により粘液を太い気道に移動させ、咳や吸引で

除去できるといった高頻度胸壁部振動の技術

が搭載されている19)。

(9)誤嚥防止術と経口摂取訓練(図19)

 近年、高度な嚥下障害があるALS患者に対し、

誤嚥防止術として、気管喉頭分離術、気管食道

吻合術、喉頭全摘術などの術式が実施される

ようになってきた20)。誤嚥防止術により誤嚥性

肺炎を完全に予防し、経口摂取を可能とする21)。

我々は誤嚥防止術前・術後早期より介入し、

難治性肺炎の改善及び経口摂取再獲得を

目的とした訓練を実施している22)。

図18 高頻度胸部壁振動(The Vest)

排痰には呼気流量、呼気流速が不可欠であるため振動を用いる機器はsqueezingより劣るとされていたが、The Vestは換気量増加が増加する。使用周波数は13Hzとしている。

図19 誤嚥防止術(喉頭全摘術)と経口摂取訓練

気管と食道を完全に分離しているため、積極的な経口摂取訓練を術後7-10日後から開始している。経口摂取訓練を続けることで嚥下機能は廃用性の改善という観点で改善する。ただし、この手術で病状が改善するわけではないため、非経口摂取であった患者が完全に経口摂取に依存するようなことはない。すなわち、経口摂取を再獲得しても再び困難になることを理解させる必要がある。しかし、この手術は誤嚥を防止することに留まらず、難治性肺炎の改善にも有効である。

気管切開術 喉頭摘出術

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3.呼吸理学療法のEBM

 ALSの呼吸機能評価は3ヵ月毎に実施されることが望ましく(B,II)23)、また評価項目としては、視診・

触診・聴診に加え、%VCなどのスパイロメトリー、また、呼吸筋力の指標となるP-maxモニター(最大

吸気圧及び最大呼気圧)、さらに動脈血ガス分析がALSの呼吸不全の進行を見極める上で有効な

評価となる24,25)(B,II、ア)。

 発症早期ALS患者における呼吸理学療法の手技については胸郭の可動性維持、喀痰、安楽を

目的とした訓練が実施され、少数例ではあるがその有効性が示唆されている1,3,24,26)(B,II,ア)。我々が

stage1で使用している呼吸理学療法プログラムをALS患者63例において検討したところ、短期効果、

長期効果とも認める症例が存在し、とくに発症早期で、歩行可能、嚥下可能な患者には有意な効果を

認めた26)(B,II,イ)。一方で、急速な呼吸障害が進行する患者や球麻痺症状を呈する患者においては

その有効性が得られなかった。このことからも今後、個々の症例に合わせた呼吸理学療法を検討し、

また長期予後についても追跡調査をしていく必要性があると考えた。また我々がstage2で実施して

いるNPPV導入時における胸部圧迫式換気補助法の併用についてALS患者10例で検討したところ、

動脈血酸素飽和度及び自覚的呼吸困難度の改善が認められ、慢性呼吸性アシドーシス・代償性

代謝といった呼吸不全状態であっても、その改善が示された11,26)(B,II,イ)。このことからもNPPV

における胸部圧迫式換気補助法の併用は新しい呼吸理学療法の技術の可能性を示唆し、

NPPVの有効性に大きく影響を与えるものと考えられた。さらに、stage3に該当するTV装着ALS

患者30例に対し、「TV装着後に呼吸性アシドーシス・代償性代謝の是正」を確認することで安全かつ

早期に離床することが可能であった26)(B,II,イ)。また難治性肺炎を呈した場合においても、継続的な

車椅子乗車訓練を実施していくことが改善・予防に有効であることが示された14,16,18,26)(B,III,イ)。

さらに、ダイナミックパラポディアム、カフアシスト、蘇生バックを用いたsqueezing、陽・陰圧体外式人工

呼吸器(RTX)、高頻度胸部壁振動(The Vest)、誤嚥防止術の実施により、難治性肺炎が改善する症例が

存在することから、積極的な呼吸理学療法の介入が極めて重要な取り組みになると考えられた11,16,18,19,21.22,27)

(C,III,ア)。

まとめ

 現在、ALS治療は、原因究明のため遺伝子研究やEBMに基づいた様 な々臨床治験が行われている。また、

本邦は呼吸不全を超えたALS療養が構築され、ALSにおける療養環境は世界の中でも最先端となって

いる。しかし、依然として原因不明で根本的な治療法がないため、ALS患者は度重なる厳しい局面で自己

決定をしていかなければならず、身体的・精神的疲弊は計り知れない。さらに、ALS医療を提供する側

の価値観も多様であるため、ALS患者の自己決定権を考えれば、尊厳死の問題など、まだ多くの法的

未整備問題が存在している28)。このような中において、呼吸理学療法の有効性を示すことは容易なこと

ではない。しかし、標準化された呼吸理学療法を提供していくためには、質の高いEBMを構築していく必要

がある。そのためにはALS患者一人一人と向き合い、継続的な関わりの中で客観的なデータを抽出していく

こと、また、どのような状況においても効果的な呼吸理学療法を模索していく強い意志を持つこと、さらに

ALS患者や家族に安心され、必要とされ、期待される存在になれるよう努力していかなければならない。

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19)�玉田良樹,寄本恵輔,大久保裕史他:高頻度胸部壁振動における換気量の変化と重症肺炎改善への取り組み.-High-� Frecqency Chest Wall Oscilation(HFCWO) The Vestの有効性について-.人工呼吸.2008(投稿査読中)

20)�藤井正吾,市原典子,後藤理恵子,他:神経難病に対する誤嚥防止手術の実際.精神・神経疾患研究委託費(15指‐3)  「政策医療ネットワークを基盤にした神経疾患の総合的研究」班:2005年度班会議

21)�箕田修治: 筋萎縮性側索硬化症の嚥下障害に対する誤嚥防止術の適応基準.IRYO.Vol.60.No.10:620-624,2006

22)�寄本恵輔:ALS患者に対する喉頭全摘術後の経口摂取再獲得への試み.呼吸理学療法,難病と在宅ケアVol.12,No.11:40-� 43,2007

23)�出倉庸子,笠原良雄,小森哲夫:ALSの呼吸リハビリテーション.臨床リハvol.13,No7:608-624,2004

24)�寄本恵輔:ALSにおける呼吸不全.呼吸理学療法,難病と在宅ケアVol.11,No.9:33-35,2005

25)�道山典功,笠原良雄,尾花正義:筋萎縮性側索硬化症の病気別理学療法ガイドライン.理学療法19:44-50,2002

26)�寄本恵輔:筋萎縮性側索硬化症における呼吸理学療法の適応と有効性に関する研究.IRYO.Vol.59.No11:598-603,2005

27)�寄本恵輔,草場徹,志摩耕平:筋萎縮性側索効果症に対する経口摂取再獲得への試み,喉頭全摘術後のリハビリテーション.� 日本神経筋疾患摂食嚥下栄養研究会学術集会集:2006

28)�湯浅龍彦: 筋萎縮性側索硬化症の緩和医療を巡る幾つかの重要な論点.IRYO.Vol.59.No.7:347-352,2005