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日皮会誌:101 (4), 439―446, 1991 (平3) 寄生虫妄想の94例 1978年より1989年まで当科を受診した寄生虫妄想の 患者数は94例,男34例,女60例である.44歳以下では 性差はないが,45歳以上では1 :2.1と女性が多い.女 性では50~54歳に,男性では60~64歳にピークがある. 女性では45歳より69歳までが60例中46例(77%)を占 める.独居者が多く,その率は一般の3倍と高い.発 症の契機は多様であるが,男性では定年退職を,女性 では家族との死別,離別などによる独居を契機にした 例が多い.皮膚症状の無い例は42例(45%)で,皮膚 症状の有るものでは掻破痕が多く28例(29%).妄想の 虫の種類はダエが最も多く58例(62%)である.皮膚 の感覚錯誤が妄想の成立に関与した例は59例(63%) で,聴覚錯誤は2例(2%)であった.身近な人への 本症の感染(精神科では感応という)は23件(確認出 来たものは9件)ある.必ずしも感応者および被感応 者は女性とは限らない.本症の治療にあたっては患者 の話を良く聞くことが大事である. はじめに 最近,過剰とも思われるものに,ダエ防除を目的と する商品のコマーシャルがあげられる.マダエを除き ダユの大多数は肉眼で見えない大きさであるだけに一 般の人々の恐怖を煽るには絶好の対象である.その結 果,皮膚科外来受診者の中には,皮膚の発疹や癈蝉を ダユのせいではないかと思って来る患者が数を増して いる.診察の結果そのほとんどがダユに関係のない皮 膚疾患であり,説明によりあらかたの患者は納得する. しかし,なかには決して自分の意見を変えず訂正の不 可能な一群の人々がいる.これらの人々ぱ虫"に対 する妄想以外には異常はなく,従来より寄生虫妄想 (delusion of parasitosis),ダニ恐怖症(acarophobia) などと診断されてきた1)2)本疾患は精神科での治療が 本来であるが,皮膚科を受診する患者の一つの特徴は 東京医科歯科大学医学部皮膚科学教室(主任 西岡 清教授) 平成2年7月4日受付,平成2年11月2日掲載決定 別刷請求先:(〒113)東京都文京区湯島1-5-45 東京医科歯科大学皮膚科学教室 大滝倫子 精神科への受診を極端にいやがる点である.そしてダ ユあるいは虫が原因であることに賛意を表してくれる 医師をもとめて歩きまわるのが実状である.このよう な例に遭遇すれば,皮膚科医としても専門を越えて治 療せざるを得ない. 本症は皮膚科領域では比較的希とされているが,当 科には諸施設からの紹介患者が多く,多数の患者を診 察する結果となった.これらの患者の実態を知ること が,本疾患のよりよい治療につながることを考慮に入 れ,性別,発症年齢,きっかげ,虫の種類,などにっ き調べたので若干の考察を加え報告する. 昭和53年(1978年)1月より平成元年(1989年)12 月までの12年間に東京医科歯科大学皮膚科外来を受診 し寄生虫妄想と診断された患者94症例を対象とした. 1)性別および発症年齢 94例中男性34例,女性60例,男女比は1:1.8である. 発症年齢は図1のごとくで,女性では50~54歳の閉 経期をピークに,45歳から69歳の25年間に77%が集中 している.男性では女性より発症年齢が高年にずれ60 歳から64歳の定年期の前後にやや発症数が多いが,各 年齢層で大差はないのが特徴である.女性でも44歳以 下では男性との間に差は無く,男女比はほぼ1:1(男 性12 : 女性n例)であるが,45歳以上ではこの比率は 1:2.1となる.発症平均年齢は男性46.4歳,女性52.8 歳で,最年少は24歳男女,最高年は82歳女性である. 2)患者の紹介元 各施設からの紹介がはっきりしているものは43例 で,その内訳は国あるいは地方の衛生研究所12例,害 虫駆除会社11例,医動物,寄生虫学教室6例,臨床医 5例,環境衛生センター4例,保健所衛生局等3例, ダエ研究者2例などである.紹介の大半が臨床医師で はなく公衆衛生関係機関であることに注目したい.こ れは本疾患患者にとって本症が疾病ではなく住環境の 衛生問題であるととらえていることに起因する. 3)職業 表1のごとく各種の職種を含み,知的労働にたずさ わる人にも発症している.専門技術職14例の中には7

寄生虫妄想の94例drmtl.org/data/101040439.pdf · 2011. 3. 23. · し寄生虫妄想と診断された患者94症例を対象とした. 結 果 1)性別および発症年齢

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日皮会誌:101 (4), 439―446, 1991 (平3)

寄生虫妄想の94例

大 滝

          要  旨

 1978年より1989年まで当科を受診した寄生虫妄想の

患者数は94例,男34例,女60例である.44歳以下では

性差はないが,45歳以上では1 :2.1と女性が多い.女

性では50~54歳に,男性では60~64歳にピークがある.

女性では45歳より69歳までが60例中46例(77%)を占

める.独居者が多く,その率は一般の3倍と高い.発

症の契機は多様であるが,男性では定年退職を,女性

では家族との死別,離別などによる独居を契機にした

例が多い.皮膚症状の無い例は42例(45%)で,皮膚

症状の有るものでは掻破痕が多く28例(29%).妄想の

虫の種類はダエが最も多く58例(62%)である.皮膚

の感覚錯誤が妄想の成立に関与した例は59例(63%)

で,聴覚錯誤は2例(2%)であった.身近な人への

本症の感染(精神科では感応という)は23件(確認出

来たものは9件)ある.必ずしも感応者および被感応

者は女性とは限らない.本症の治療にあたっては患者

の話を良く聞くことが大事である.

          はじめに

 最近,過剰とも思われるものに,ダエ防除を目的と

する商品のコマーシャルがあげられる.マダエを除き

ダユの大多数は肉眼で見えない大きさであるだけに一

般の人々の恐怖を煽るには絶好の対象である.その結

果,皮膚科外来受診者の中には,皮膚の発疹や癈蝉を

ダユのせいではないかと思って来る患者が数を増して

いる.診察の結果そのほとんどがダユに関係のない皮

膚疾患であり,説明によりあらかたの患者は納得する.

しかし,なかには決して自分の意見を変えず訂正の不

可能な一群の人々がいる.これらの人々ぱ虫"に対

する妄想以外には異常はなく,従来より寄生虫妄想

(delusion of parasitosis),ダニ恐怖症(acarophobia)

などと診断されてきた1)2)本疾患は精神科での治療が

本来であるが,皮膚科を受診する患者の一つの特徴は

東京医科歯科大学医学部皮膚科学教室(主任 西岡

 清教授)

平成2年7月4日受付,平成2年11月2日掲載決定

別刷請求先:(〒113)東京都文京区湯島1-5-45

 東京医科歯科大学皮膚科学教室 大滝倫子

倫 子

精神科への受診を極端にいやがる点である.そしてダ

ユあるいは虫が原因であることに賛意を表してくれる

医師をもとめて歩きまわるのが実状である.このよう

な例に遭遇すれば,皮膚科医としても専門を越えて治

療せざるを得ない.

 本症は皮膚科領域では比較的希とされているが,当

科には諸施設からの紹介患者が多く,多数の患者を診

察する結果となった.これらの患者の実態を知ること

が,本疾患のよりよい治療につながることを考慮に入

れ,性別,発症年齢,きっかげ,虫の種類,などにっ

き調べたので若干の考察を加え報告する.

           対 象

 昭和53年(1978年)1月より平成元年(1989年)12

月までの12年間に東京医科歯科大学皮膚科外来を受診

し寄生虫妄想と診断された患者94症例を対象とした.

          結  果

 1)性別および発症年齢

 94例中男性34例,女性60例,男女比は1:1.8である.

 発症年齢は図1のごとくで,女性では50~54歳の閉

経期をピークに,45歳から69歳の25年間に77%が集中

している.男性では女性より発症年齢が高年にずれ60

歳から64歳の定年期の前後にやや発症数が多いが,各

年齢層で大差はないのが特徴である.女性でも44歳以

下では男性との間に差は無く,男女比はほぼ1:1(男

性12 : 女性n例)であるが,45歳以上ではこの比率は

1:2.1となる.発症平均年齢は男性46.4歳,女性52.8

歳で,最年少は24歳男女,最高年は82歳女性である.

 2)患者の紹介元

 各施設からの紹介がはっきりしているものは43例

で,その内訳は国あるいは地方の衛生研究所12例,害

虫駆除会社11例,医動物,寄生虫学教室6例,臨床医

5例,環境衛生センター4例,保健所衛生局等3例,

ダエ研究者2例などである.紹介の大半が臨床医師で

はなく公衆衛生関係機関であることに注目したい.こ

れは本疾患患者にとって本症が疾病ではなく住環境の

衛生問題であるととらえていることに起因する.

 3)職業

 表1のごとく各種の職種を含み,知的労働にたずさ

わる人にも発症している.専門技術職14例の中には7

440

6 4 2

  4949494949494

e8776655443322

9 一 一 一 一 一 一 〃 〃 一 〃 一 一 〃

a0505050505050

  8776655443322

大滝 倫子

2 4 6 8 10 12 14 16

図1 寄生虫妄想の性別,年齢別発症数

例が教師,内2例は大学教授で,医師2例を含む.経

営者が4例あるが,全員女性でマソショソ経営など実

際には働くというより不労所得により生計を立ててお

り,むしろ無職に近い.無職者(主婦を含む)も多い.

なお定年退職後程なく発症した例は無職とせず退職前

の職業に区分した.

 4)家族の有無

 94例中家族持ち(複数所帯)は54例ご家族無し(単

身所帯)28例,老人ホーム1例,不明11例である.複

数所帯者と単身所帯者の比率は1.9:1である,ちなみ

に厚生省の統計では昭和63年6月2日現在,全国の総

所帯数39,028,000のうち単身所帯は7,591,000であり,

一所帯の平均人数は3.2人である.複数所帯者と単身所

帯者の人数比率は(79,028,000-7,591,000)×3.2:

7,591,000=6:1となる.従って,本症の単身所帯数

は一般のそれより3倍多い事となる.単身所帯の28例

中22例が女性である.

 5)きっかけ

 虫だけに執着している患者からきっかけを聞き出す

のはむずかしいが,仕事のこと,家族のことなど具体

的に聞くと答えてくれる.またまともに話を聞いてく

れる人に飢えている例も多く,じっくりと時間をかけ

て問診すると,ある程度の発症のきっかけが掴める.

 きっかけの第一は定年退職,あるいは定年退職後の

転職で,これを契機に発症している例が多い(表2).

これは本人ばかりでなく夫の退職をきっかけに発症し

た妻の例,その他女性の定年退職者2例を含む.つい

で多いのは,家族と生活していたのに急に独居を強い

られた場合で,配偶者の死,離別,単身赴任などをきっ

         表1 職 業

事務職(会社員,公務員など)

専門技術職(教職,医師など)

技術職(運転手,調理師など)

自由業(絵画き,通訳など)

経営者(マソショソ経営など,全て女性)

無職(主婦26例を含む)

不明

表2 きっかけ

定年退職

独居

配置転換

仕事のストレス

性的関係

家族の旅癖に感染?

旅行中

家の新築

金への執着

ノルウェー芥癖の駆除

捨て猫を拾って

ダユの新聞記事

例例例例例例例例例例例例

974333321111

17例

14例

例例例例例

11]54376

かけに発症している.7例中1例を除き全て女性で

あった.不本意な配置転換後,仕事のストレスなどが

続く.仕事のストレスでは自分の実力以上の仕事をあ

たえられた事がきっかけとなった例や留学がもとと

なったものがあるが,いずれもストレスの原因解消に

ともない完治した.売春婦との関係を含め異性との関

係をきっかけに発症しか例もあり,いずれもケジラミ

が妄想の対象であった.裏切った恋人がシラミだけ残

していったという男性例,売春婦からケジラミをうつ

され,外陰部は治癒したが頭髪に残った例などがある.

特異な例は金に対する執着がきっかけとなったと思わ

れるもので,ある老人を看取った女性が,生前この老

人から世話になった御礼に100万円やると言われてい

た.ところが老人の死後,その家族は約束を履行しな

かったため発症したものである.本人はその老人より

寄生虫をうつされたのだから,その病気の治療費とし

て100万円貰いたいので,寄生虫病であることを証明し

てくれと筆者に強く要請した.この例は精神科受診を

承諾し,精神科の診断は純粋な皮膚寄生虫妄想で欝病,

分裂病は無いと診断された.この他本人,又は家族,

身のまわりの人が許癖にかかり,それをきっかけに発

症した例,ノルウェー疹癖の駆除を行ったのがきっか

けになった例もある.新聞のダエの記事を読んだのが

無し

有り

 自傷性

  掻破痕

表3 皮疹の有無

軽度 23例

著明 5例

  潰瘍,抜毛,自傷後の色素沈着など

患者自身が虫刺によるものと主張

 毛包炎

 膨疹

殺虫薬による接触皮膚炎

 接触皮膚炎,光接触皮膚炎,紅皮症各1例

その他

例例  例 例 例例 例例

22  8 4  54  3en

4in

CM

寄生虫妄想

きっかげになった例などがある.

 6)皮疹の有無

 受診時,皮膚症状の無い例は94例中42例(45%)で

あった(表3).皮疹の一番多くは掻破痕であるが,ほ

とんどが2~3ヵ所と少数であり,全身に著明な掻破

痕を認め掻破性湿疹に移行していたものは5例にすぎ

ない.なかには掻破痕を虫が線状に刺したと言って譲

らない例もある.これが刺し傷と称して目の前で皮膚

に爪を立てる例もある.皮膚より虫をほじりだすため

といって何らかの方法で皮膚に傷をつけてくる例もあ

る.本当の虫制症の皮疹が膨疹のこともあり,本症と

診断するのに苦労した例もある.その他,殺虫剤によ

る皮膚炎の3例は,1例がダエに刺されるのを予防し

て殺虫剤を全身に塗布していたもので,露光部位に一

致して皮膚炎を生じていた.紅皮症の例は妄想の対象

が汗癖でムトーハップとオイラックスを多量に塗布し

続けた結果である.もう1例はアタマジラミに殺虫剤

を撒布し続けたもので,本人達はこれらの皮膚炎には

なんら注意を払わずひたすらダユあるいはシラミに刺

されることのみを恐れていた.虫の寄生を嫌って頭髪

を完全に剃毛してきた例が1例あるが,この例は治療

により軽快し自然に剃毛を中止した.

 7)虫の種類

 妄想の対象となる虫の種類は様々である.あなたに

害を与えている虫は何だと思いますかと言う問に対し

て,一番多い答はダエであった(表4).何故ダユと思

いますかと重ねて問うと,目に見えないが,むずむず

動くし,ちくっと制すからダユに違いないという答が

多い.次に多いのが漠然としたムシという答であった.

これは人により細長いもの,羽がはえている.足があ

るなど,漠然とした答が多く,何とも特定出来ないが,

ダユ

ムシ

シラミ

表4 妄想上の虫の種類

疹癖

混虫

長い虫

糸虫,ジアルジア,ノミ,

ネコノミの卵,ネコカイセンなど

例例例例例例

81982CSJ

m

r~i

各1例

表5 寄生部位ないし刺される部位

      部

身髪幹肢面陰 部

全頭躯四顔外耳頚

例例例例例例例例

59161395411

頭髪と外陰部,耳と躯幹などというよう

に複数箇所を指摘するので94例より多

い.

441

ともかく動くからムシでムシ以上分からないという.

昆虫という例は2例あり,1例は羽かあって飛んでく

る.耳の中でぶんぶん言っているので昆虫だと答えて

いる.もっとも具体的に指摘しているものもかなりあ

り,隣癖,シラミ(アタマジラミ2例,ケジラミ4例,

シラミ3例),カ,ノミ,捨て猫を拾ってうつったネコ

カイセソなどがある.体中からネコノミの卵が果てし

もなく出てくるという例では,手を洗う度に出ると称

して診察後も長時開手を洗い続けていた.老女の世話

をしてイトムシがうっったという女性はいつもプラス

チックの容器に糸状の白い繊維を入れて持って来る.

一人の人は非常に勉強家で家庭医学書や寄生虫の教科

書のコピーを厚く束ねて持ってきて,病気i)*^ diardm

lamhliaによるものであることを講義してくれた.2

種類の虫が同時に寄生しているという例,あるいはダ

ユがケジラミに,またシラミがカイセンに変化する例

などもあるので,総数は94例を越える.

 虫と称して様々な物を持参する例が多く,毎回持っ

て来る例もある.虫と称するものはプラスチックの容

器や袋,紙袋などに入れられたり,セロテープに貼り

つけたり,元理科の教師はスライドグラスに貼って持

参した.昆虫ではチャタテムシ,ゴキブリの幼虫,甲

442 大滝 倫子

虫,アリ,その他色々な種類の昆虫を持参する.虫と

称していながら虫以外のものが殆どで,なかでも多い

のは繊維の切れ端で,それ以外に木屑,草,食べ物の

屑,砂,その他ごみとしか言い様のないものなど多種

多様なものを持参する.プラスチックの容器に入れて

きた虫を,大切そうに見せて,ほれこの中にいると指

し示す例に,見えないというと,さっきまでいたのに

蓋を開けたので逃げたと主張した例もあった.

 8)寄生部位あるいは刺される部位

 どこに寄生しているか,あるいはどこをやられるか

という質問に対する答は表5のように全身が一番多

い.次が頭部で,髪の毛のなかでゴソゴソ動く,頭か

ら虫が落ちてくる,頭に巣があって,その中から虫が

出てくる,などの訴えがある.頭に虫の巣があるとい

う患者の頭部を診察した結果,この巣は小指頭大の脂

漏性角化症であった.顔に寄生する例もあり,その場

合には鼻孔や耳の中が虫の逃げ場に選ばれる.外陰部

の寄生は4例あるが,その内3例はケジラミを想定し

ていた.

 9)感覚錯誤による妄想の成立

 妄想の成立は皮膚感覚錯誤,聴覚あるいは視覚錯誤

にもとづくもの等があげられるが,自験例では皮膚感

覚錯誤によるものが一番多い.モゾモゾつと動いてブ

ソブソ音をさせる,あるいはチクッと刺しだので,見

ると黒い虫が這っていた,というように皮膚感覚と聴

覚,または皮膚感覚と視覚と複数の感覚錯誤によるも

のもある.

 皮膚感覚錯誤のなかでも多いのは触覚によるもので

“虫”の動く感じがするという例が23例,患者の表現を

借りるとムズムズする,モゾモゾ,ゴソゴソ,虫が這

うような感じ,ハタハタする,動く,虫がズズと走る,

ザワザフする,チャリチャリするなどがあり,なかに

は理解し難い表現もある.癈椋感の訴えが次に多く21

例で,蝉い,むず埠いから虫がいるに違いないと訴え

る.皮膚知覚の一種に“虫”の刺す感じのする例が15

例で,チクチク刺す,チクッと刺すなどと訴える.聴

覚錯誤によるものは少なく2例に過ぎなかった.1例

は虫の跳える音がする.1例は耳のなかで虫の羽音が

するという例である.後者は耳鼻科受診では異常無し

と診断された.

 視覚錯誤によるもの払皮膚感覚錯誤に比較し少な

い白い虫が指から出る,黒いブヨブヨしたノミがたか

る,白い虫がたかる,白い糸虫が皮膚から出る,黒い

玉のような虫で足は無いが羽があって飛ぶ,黒い虫が

毛穴にもぐる,黒い砂粒のような虫が跳ねてとびつく

など,色は白か黒を指摘する.

 10)その他の特徴

 本症では他人の行動を自分に関連づけて解釈し妄想

を確固たるものとする例が多く,何故,虫が剌す,あ

るいは虫が自分に寄生していると思うのかという問に

対して,私か行くと必ずまわりの人が掻きだす,私に

虫がいることを知らない人でも掻く,今日もここへ来

る電車のなかで隣の人が掻いていた.タクシーの運転

手は乗客が皆掻きだすという.会社勤務の人は会社へ

行くと部屋中の人が一斉に掻きだすという.「ほら先生

だって私を診てくれている間に何回も,あっちこっち

掻いているじゃありませんか,私の虫がうつったんで

すよ」.ポリクリの学牛ノを指して「あんたも掻いている

じゃないの」と勝ち誇ったように言う.人にうつして

はいけないからと会社,仕事を休む例も多い.このよ

うな現象は体験の周囲への拡散と考えられている.

 もう一つの特徴は実に克明に記載したyモを持参す

る例が多いことである.何時どこの業者に依頼してこ

れこれの殺虫剤を撒いた,どこを剌された,どこの医

師に何と言われたなどが詳しく記載されている.

 虫を退治するためにはあらゆる努力をいとはないと

いうのも一一つの本症の特徴で,衣服や身にまとうもの

は絶えず洗濯する,熱湯消毒する,それでも気が済ま

ない場合は捨ててしまう.衣服だけでなく布団毛布な

ども捨てる例が多い.衣服以外のものの殺虫は害虫駆

除業者に依頼する,それ以外にも自分で殺虫剤を撤く,

燥蒸剤をたく,極端な例では高濃度の殺虫剤を頭から

浴びその上にODTを行った例もある.さらに畳を代

える,じゅうたんを代える,板張りに代える,それで

も気が済まない場合には引越しをしばしば繰り返す.

せっかく当たった公団住宅から高価なマンションに住

み換えた例もある.また自宅に帰ると虫が飛付くため

にカプセルホテルを転々としていた例もある.本症の

患者が外来を受診すると,殺虫剤の臭いがするのも特

徴の一つである.

 11)家族間あるいは同僚間の感染例(感応例)

 本症は人から人へ,特に親しい人々の間で感染(精

神科学的には感応という)することが知られている昿

94例中家族や身近な人に同様な症状を呈するものがい

ると訴えたのは23件(28例:夫婦で受診したのが5例)

である.そのうち筆者が実際に確認したものは9件で,

その内訳は夫婦で受診した5件と,付添って来た家族

あるいは身近な人4件である.

表6 感応例 23件(確認件数9件)

妻→夫

妻→夫,子供

夫→妻

息子→母

長女→母,次女

女性同僚→女性患者

男性上司→部下(男5人,女6人)

( )内は確認出来た件数を示す

11件(5件)

6件(2件)

1件

3件(1件)

1件

1件(1件)

寄生虫妄想

 23例中21件が家族内,2件が同僚間であった.表6

の如く,妻から夫,あるいは夫と子供にうつった例が

多い.この中で目を引いた例は妻から養子の夫に,次

いで同居の子供たちにうつり,さらに遠方に嫁入りし

ている娘一家にもうつった例である.娘から宗族に感

応した3例全て,50~60歳台の長女が感応者で老母と

妹と3入で長い間生活を共にしている間に生じたもの

である.職場での感応は2件あり,その内確認できた

1件は57歳の男性が上司であり,その部下11入(男5

人23歳~67歳,女6入42歳~67歳)に感染が及んだ例

である.会社にダエが発生し駆除業者に駆除を依頼し

駆除したが,ダエは居なくならず,同室で働く12入に

かゆみが続くという.駆除業者からの依頼で診察した

結果,男性上司が感応者であることが分った.なお被

感応者の11人は診察はしたが,この集計に入っていな

し≒

 12)神経科での診断

 当科受診前より精神科で治療を受けていた例は3例

あり,2例は欝病,1例はてんかんである.当科受診

後精神科へ入院した例は1例.この例は虫に剌されな

いように全身に濃度の高い殺虫剤を塗布し続け,なお

かつサランラップでODTを行っていたという自称発

明家である.受診時にはるいそうが目立ち,下痢が続

き,検査値ではコリンエステラーゼ値が0.12(正常値:

0.7~1.1)まで下がり,危険な状態のため即刻精神科

入院となった.なお,この例の妻にも感応がみられコ

リンエステラーゼ値0.3と低下していた.その他5例が

精神科への受診に応じてくれた.その内1例が欝病圏

に近い,1例が噪欝病圏に近い,残りの3例は純粋な

皮膚寄生虫妄想と診断された.

 13)皮膚疾患以外の合併症

 繰欝病2例,てんかん,高血圧5例,低血圧2例,

動脈硬化,狭心症,心臓弁膜症,脳内血腫,胃潰瘍4

例,胆嚢炎,胆石,腎疾患,糖尿病,甲状腺疾患4例

443

(バセドー氏病2例,甲状腺腫術後,橋本病),サルコ

イドーシス,シェーグレソ,関節リウマチなどがある

(数を入れてないものは各1例ずっである).

          考  按

 本症はAcarophobia痴癖恐怖症(Thibierge1894)

にはじまり,限局性心気症,体感妄想症,動物幻覚性

強迫症,初老期皮膚寄生虫妄想,慢性触覚性幻覚症,

触覚性妄想幻覚症,妄想様毒虫罹患症,害虫恐怖症(こ

れには皮膚寄生虫妄想と腸寄生虫妄想を含む),寄生虫

妄想など数多の病名がっけられている1)~7)これらの

なかで現在一番通用している病名は最後にあげた寄生

虫妄想(delusions of parasitosis)である2)~7).

 本症は従来希な疾患とされており,本邦での報告も

多くても4~5例が纒められているものが散見される

だけであった1)6)7)しかし当科には他施設からの紹介

が多いとは言え,12年の間94例の本症患者が受診して

いる.この数から考えると必ずしも本症は希な疾患と

は言い難い.そして,むしろ最近とくに増加の傾向を

みせている.

 本疾患の発症年齢は男女とも20歳台より発症がみら

れるが,45歳以下では男女に性差は無い.性差が著明

となるのは45歳以上で女性が男性の約2倍と多くな

る. Lyellらも同様に報告している2).この理由として

は,閉経期のもたらす精神的影響に加え,皮脂腺の分

泌低下から皮膚癈津症を起こし,その結果皮膚のかゆ

みが妄想をひきおこすという可能性が考えられる.し

かし,かゆいという皮膚感覚が妄想を生む例も多いが,

一方ではむずむず動く,ちくちく剌すという皮膚感覚

が妄想を発生させる例も多く,それにみあうように皮

疹を欠くものが全体の48%あり老齢あるいは更年期に

よる皮膚癈津症だけに本症発症のきっかけを求めるわ

けにはいかない.本集計でみると女性では独居を余儀

無くされても間も無く発症した例が6例と多く,子離

れ,夫との死別も閉経期以後の女性には多い環境の変

化であり,これらのことも,45歳以上の女性の発症を

多くしている要因であろう.女性に多い独居による発

症はLyelP'やMunroら3)によっても指摘され,後者は

“loners"と名付けているが,本集計での本疾患の独居

率は一般人の3倍であり,独居者28例の22例(71%)

が女性であるという事実は,このことを裏付けるもの

である.

 本症の発症誘因としては仕事のストレス,仕事の不

満などが上げられる一方で,発症者のなかに定年退職

者,無職者,あるいは独居者などが多いという本集計

444 大滝 倫子

から考えると孤独で無為な生活が本症の誘因の一つと

なるものと言えよう.

 本症の原因あるいは契機は多様なものを含むことが

知られている力賜金への執着が契機となったと思わ

れる例もあり,交通事故などの補償神経症と言うよう

なものまで本症に含まれることは興味深い.

 Lyellら2)は性に対する罪の意識を発症誘因にあげ

ているが,本集計にも売春婦などとの関係で発症した

例もある.

 以上のような心理的なものの他,本症の発症誘因と

しては器質的な変化つまり本症が老齢に多いことか

ら,老齢に伴う脳動脈硬化,脳萎縮,視床の機能変遷1),

などを本症の誘因にあげる説もあるが,本集計の合併

症を見る限りではこれを積極的に支持するものは少な

い.そして男女ともに平均発病年齢をみる限り老年と

も言えまい.

 BiShop4)は内分泌異常の例として糖尿病および甲状

腺機能低下のSkottの例を引用しているが,本集計で

は4例に甲状腺疾患,1例に糖尿病がありこれらの疾

患がなんらかの皮膚症状を生み,それがきっかけに

なったことも否定できない.

 外国例では種々の麻薬の常習から発症した例が上げ

られているが2),本集計でみるかぎり麻薬を使ってい

ると思われた例はなかった.これはまだ日本人の大多

数に麻薬の害が及んでいないためか,大学病院という

限界のためか不明である.

 以上のように本疾患の病因,発症誘因は器質的な変

化から心理的なものまで種々様々なものを含み一概に

論じられないのが実状であろう.

 本症には感応という,身近な人の間で一種の感染(妄

想の共有)が起こることが知られている.二人精神病

folie a deux とも呼ばれ,三人,四人,五人あるいは

家族単位で感染する場合,夫々folie a trois. folie i

quatre, folie a cinq, folie a famille と称される.こ

れは妄想が一人の発端者(感応者)と親しい関係にあ

る一人あるいはそれ以上の他者(被感応者)に伝達さ

れ,後者のそれぞれが同じ内容の妄想を分かち合うよ

うになると定義されている8).感応は本症では希とさ

れる力耳必ずしも希でない.本集計では確実に確認し

た例のみに限っても9件ある.本人の訴えがどの位信

ぴょう性があるか否かは別にして,家族や同僚に同様

の症状を持つものがいると言う例も合せると23件(28

例)あり,決して少ない数ではない. Lyellらわの報告

でも282例中の感応例は27件と少なくない.また感応

者,被感応者いずれも女性が多いと言われているが,

必ずしも本集計でみるかぎり性別の偏りはなく,23件

中女性が感応者になった例は15例,男性は8例である.

確認した9件に限ってみてもこの比は女性6例,男性

3例で本集計全体の男女の比率を逸脱してはtヽない.

しかしたしかに女性だけの家族に起った場合(長女→

母,次女)は3件あるが,男性だけの間での感応例は

なく,男性上司が感応者になった例でも被感応者は男

女の部下に及び,特に女性だけ,あるいは男性だけと

は限らなかった.

 本症では皮膚の知覚の錯誤にもとづく妄想がまであ

るが,虫を持参したり,虫の形状を述べたてたり,視

覚錯誤にもとづく妄想と思われる例もある.その場合

の虫の色は殆どが白あるいは黒を想定している.この

ことは千代谷ら7)の3例も白い虫と述べているし,

Munroら3)の例もblack bug としており,妄想上の虫

の色が白か黒に限られるのは興味深いことである.

 最近の本症の増加を促す因子としては,絶え間なく

流されるダユ駆除あるいはダエを避けることを目的と

する商品のTVのコマーシャル,新聞のダエ記事の取

上げられかたなどが上げられよう.ダユ退治には何々,

ダユを吸取る何々掃除機,畳のダユ退治に何々,ダユ

を増やさない布団など,あげればきりがなく朝から晩

までダユが諸悪の根源のごとき印象を与えるような

TVコマーシャルを聞かされ,見させられる.その結

果,正常な人まで時としてかゆい感じを持たされるこ

ととなる.最近,かゆみを主訴に受診する患者のなか

に家のダユによるものではないかと質問する例が多

い.正常人ではかゆみの原因がダユではないことを説

明すれば納得するが本症患者は納得しない.本症は皮

膚感覚の錯誤にもとづく妄想が殆どで視覚によるもの

は少ない.患者の62%は妄想の対象をダユだと言う,

ムズムズ,あるいはチクチクする皮膚感覚に加え,目

に見えないことからダユを妄想するものと推定され

る.ダユ退治のコマーシャル,新聞のダユ記事はこれ

らの妄想をさらに確固たるものにするであろうことは

想像に難くない.事実1例ではあるが新聞記事をきっ

かけに発症した例もあり,目に見えない物に対して大

衆の恐怖を煽ることは罪悪以外のなにものでもない.

 最後に本症の治療は何科の医師が受持つべきかとい

う点であるが,精神科医師の所に患者を送れれば一番

皮膚科医にとって良いであろう.しかし実際には精神

科への受診を承知させるのは容易なことでは無い.あ

えて強要すると,次に話を信じてくれる精神科以外の

寄生虫妄想

医師のところへ去り,再受診しない.本集計中実際に

精神科に受診させることに成功した例は5例と少な

く,これらの例もかなり長い間皮膚科で治療し,患者

との間に充分な信頼関係が結べたと思えた時に精神科

受診をすすめて,はじめて同意を得られたものである.

初診で良く話も聞かないうちに,いきなり精神科に行

きなさいと勧めても無理である.

 専門の科に拘らず本症の患者に直面したら皮膚科で

あろうと必要な場合には精神科の医師とも相談しなが

ら治療を行うべきである.この場合患者を診る態度と

してGould & Graggのガイドライソ5)が役に立つと

思われるので要約を次にあげておく.1.診断を確定す

る.本当の寄生虫感染の有無,糖尿病やリンホーマな

どで皮膚がかゆいのでないことを充分検査する.2.患

者の話を良く聞く.批判的態度や脅すような態度をと

らず,説明を加えたり,議論しようとしたりせず,ひ

たすら聞いてあげる.聞きながら,発症のきっかけと

                          文

 1)伊東昇太,宇内康郎,河合 真,村上弘司,里和

   宏:「皮膚寄生虫妄想」について一当該自験の5症

   例の検討からー,臨皮,35 : 977-980, 1981.

 2) Lyell A : Delusion of parasito函, BritJ Der-

   m��', 108 : 485-499, 1983.

 3) Munro A : Monosymptomatic hypochondrical

   psychosis manifesting as delusion of par・

   asitosis, Aれ:h Dermatol, 114 : 940-943, 1978.

 4) Bishop ER: Monosymptomatic hypochon-

   driacal syndromes in dermatology,I Am Acad

   Z)□"matol,9 : 152-158, 1983.

 5) Gould W, Gragg TM : Delusions of par-

   asitosis, an approach of the problem, A穴h

   Dermatol, 112 : 1745-1748, 1976.

 6)生野麻美子,羽田俊六:寄生虫妄想とその治療,皮

445

なったような最近患者に起こった生活環境の変化など

注意深くさぐりだす.3,今の状態が患者に与えている

影響を聞く.4.患者との信頼関係を結ぶように努力す

る.救いようがない,興味がないという態度を決して

とらない.5.患者の助けになるような局面を見いだ

す.6.患者の孤立感を減らすようにする.医師と話す

だけでも救いになる.7.薬剤を投与する.

 本集計94例中,話を聞くだけで症状の改善をみたも

のもあり,外用薬のみで良い結果を得られたものもあ

り,癈埠を止めるだけで良くなったものもある.勿論

本疾患に有効とされるPimozide6'8)~11)の投与を行っ

たものも多い.しかしいかなる薬を投薬するにせよ投

薬前に充分話を聞くことが本疾患の治療には一番大切

な事であろう.

 本集計患者の治療に関して,別報告に記載する予定

である.

   膚臨床,27 : 569-574, 1985.

  7)千代谷成史,帷子康雄,斉藤 宏,石戸谷断一:寄

   生虫妄想の4例,臨皮,41 : 271-275, 1987.

  8)西田博文:感応の精神病理.金剛出版,東京, 1989,

   25-28,

  9) Reilly TM, Tooling WH, Beard AW : Sucess-

   ful treatment with pimozide of delusional par-

   asitosis, Brit J Dermatol, 98: 457-459, 1978.

 10) Hamann K, Avnstorp C : Delusion of infesta-

   tion treated by pimozide : A double-blind cross-

   over clinical study, Ada Dermatovener, 62 '.

   55^58, 1982.

 11) Damiani JT, Flowers FP, Pierce DK : Pim・

   ozide in delusions of parasitosis, J Am Ac�

   Dem祖師/, 22 : 312-313, 1990.

446 大滝 倫子

      Ninety four Cases with Delusions of Parasitosis

                 Noriko Ohtaki

Department of Dermatology, School of Medicine, Tokyo Medical and Dental University

     (Received July 14,1990; accepted forpublication November 2,1990)

  The present article describes 94 patients (34male and 60female) with delusions of parasitosis, admitted to our

dermatology clinic between 1978 and 1989. The female to male ratio was one to one under the age of 45, and 1:2.1

over 45. The mean age of onset in males was 46.4 years, and in females, 52.8.

  In nine patients (6male and 3female), the delusions began shortly after their retirement, while in seven 【1male

and 6fema】e) after separation from their families.

  The ratio of the number of patients living alone to that of patients living with their families was one to two,

three times higher than that of the general population (1:6).

  About half of the patients had no skin lesions, while half the rest had excoriations. Three had eczematous

lesions caused by the application of insecticides.

  In 58 patients, the creatures of delusion were mites.

  Most patients complained of some kind of cutaneous sensations of the skin, such as itching, tickling and

prickling, while only two complained of auditory sensations.

  The color of creatures of delusion was black or white.

  Folie i deux was observed in 23 groups and affected both sexes.

  Opn J Dermatol 101: 439~446, 1991)

Key words: delusions of parasitosis, acarophobia, foliei deux