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燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究 荒戸 景太 1) 高嶋 輝之 2) A Study on Reduction of Heat Loss by Optimizing Combustion Chamber Shape Keita Arato Teruyuki Takashima The combustion chamber shape was optimized using three dimensional CFD simulations to reduce heat loss for a diesel engine with a high compression ratio. The resulting shallow dish-like combustion chamber showed potential for heat loss reduction with a better combustion state. In this optimized system, a portion of the fuel spray remained at the center of the combustion chamber because of wall impingement. The lower half of the fuel spray developed along the chamber wall. Furthermore, experiments using a single-cylinder engine were performed. The optimized chamber improved fuel consumption compared with its shallow dish-type counterpart. The thermal balance analysis revealed that heat loss from the cylinder decreased. KEY WORDS: heat engine, compression ignition engine, performance/fuel economy/efficiency (A1) 1.まえがき 近年,大型車両だけでなく乗用車の動力源としても研究開 発が盛んに行われているディーゼルエンジンにおいては,地 球温暖化や化石燃料枯渇などの課題に対応するため,より一 層の燃費改善が求められている. ディーゼルエンジンの正味熱効率を向上するためには,図 示熱効率の改善と機械損失の低減が必要であり,前者に対し ては理論熱効率の向上,燃焼効率の向上,熱損失の低減,等 容度の向上が重要となる.図 1 0 次元燃焼モデル (1) を用いて ヒートバランスを計算した結果であり,圧縮比の向上や噴射 時期の進角により正味仕事が増加していることがわかる.こ れは,圧縮比の向上による理論熱効率の向上,噴射時期の進 角による等容度の向上に起因するものであると考えられるが, 同時に熱損失も増加しているため,更なる燃費改善には熱損 失の低減が必須であると考えられる. 熱損失の低減手法としては,燃焼室壁面に低熱伝導率かつ 低熱容量の材料をコーティングすることで燃焼期間中の壁面 温度をガス温度に追従させる壁温スイング遮熱法 (2) がある.こ の方法はコーティングのコストや耐久性が課題であると考え られる.また,高 EGR 率燃焼により火炎温度を低下させる方 (3) があるが,燃焼期間の長期化により等容度の悪化を招く. それ以外にも,多段噴射により火炎の空間的な位置制御を制 御して壁面との接触を避ける方法 (4) ,低圧縮比化と低スワール, 低スキッシュ流の筒内低流動化により熱損失を低減させる方 (5) などが報告されている.これらの方法は, 燃焼室容積が *2014 10 24 日受理.2014 10 24 日自動車技術会秋 季学術講演会において発表. 1)2)㈱いすゞ中央研究所(252-0881 藤沢市土棚 8 番地) 小さくなる高圧縮比エンジンでは,火炎と壁面との接触を避 けられないため適用には課題があると考えられる.そこで本 研究では,理論熱効率向上のため高圧縮比化したエンジンに おいて熱損失を低減可能な燃焼室形状を CFD シミュレーショ ンと多目的最適化手法により探索し,単気筒エンジンを用い て実機検証した結果について示す. 2.計算方法 2.1. 計算モデルの概要 計算には Convergent Science 社の CFD コード CONVERGE を用いた.主要なサブモデルは表 1 に示す通りである.着火 モデルと燃焼モデルは後述する最適化計算実施時に試行回数 を増やすために計算時間が速い SHELL モデルと CTC モデル を適用した.メッシュについても計算時間を優先するため, 解適合格子のベースサイズを4mm,最小サイズを0.5mm とし, セクターモデルを用いた.熱損失は Amsden らによる壁法則 (6) を適用して熱伝達率を算出し,壁面温度を一定として取り扱 うことで計算した. Fig.1 Calculated heat balances under high load conditions

燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究 - …The combustion chamber shape was optimized using three dimensional CFD simulations to reduce heat loss for a

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Page 1: 燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究 - …The combustion chamber shape was optimized using three dimensional CFD simulations to reduce heat loss for a

燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究

荒戸 景太 1) 高嶋 輝之 2)

A Study on Reduction of Heat Loss by Optimizing Combustion Chamber Shape

Keita Arato Teruyuki Takashima

The combustion chamber shape was optimized using three dimensional CFD simulations to reduce heat loss for a diesel engine with a high compression ratio. The resulting shallow dish-like combustion chamber showed potential for heat loss reduction with a better combustion state. In this optimized system, a portion of the fuel spray remained at the center of the

combustion chamber because of wall impingement. The lower half of the fuel spray developed along the chamber wall. Furthermore, experiments using a single-cylinder engine were performed. The optimized chamber improved fuel consumption compared with its shallow dish-type counterpart. The thermal balance analysis revealed that heat loss from the cylinder decreased.

KEY WORDS: heat engine, compression ignition engine, performance/fuel economy/efficiency (A1)

1.ま え が き近年,大型車両だけでなく乗用車の動力源としても研究開

発が盛んに行われているディーゼルエンジンにおいては,地

球温暖化や化石燃料枯渇などの課題に対応するため,より一

層の燃費改善が求められている.

ディーゼルエンジンの正味熱効率を向上するためには,図

示熱効率の改善と機械損失の低減が必要であり,前者に対し

ては理論熱効率の向上,燃焼効率の向上,熱損失の低減,等

容度の向上が重要となる.図 1は 0次元燃焼モデル(1)を用いて

ヒートバランスを計算した結果であり,圧縮比の向上や噴射

時期の進角により正味仕事が増加していることがわかる.こ

れは,圧縮比の向上による理論熱効率の向上,噴射時期の進

角による等容度の向上に起因するものであると考えられるが,

同時に熱損失も増加しているため,更なる燃費改善には熱損

失の低減が必須であると考えられる.

熱損失の低減手法としては,燃焼室壁面に低熱伝導率かつ

低熱容量の材料をコーティングすることで燃焼期間中の壁面

温度をガス温度に追従させる壁温スイング遮熱法(2)がある.こ

の方法はコーティングのコストや耐久性が課題であると考え

られる.また,高 EGR率燃焼により火炎温度を低下させる方法(3)があるが,燃焼期間の長期化により等容度の悪化を招く.

それ以外にも,多段噴射により火炎の空間的な位置制御を制

御して壁面との接触を避ける方法(4),低圧縮比化と低スワール,

低スキッシュ流の筒内低流動化により熱損失を低減させる方

法(5)などが報告されている.これらの方法は, 燃焼室容積が

*2014年 10月 24日受理.2014年 10月 24日自動車技術会秋

季学術講演会において発表.

1)・2)㈱いすゞ中央研究所(252-0881 藤沢市土棚 8番地)

小さくなる高圧縮比エンジンでは,火炎と壁面との接触を避

けられないため適用には課題があると考えられる.そこで本

研究では,理論熱効率向上のため高圧縮比化したエンジンに

おいて熱損失を低減可能な燃焼室形状をCFDシミュレーションと多目的最適化手法により探索し,単気筒エンジンを用い

て実機検証した結果について示す.

2.計算方法2.1. 計算モデルの概要

計算には Convergent Science社の CFDコード CONVERGEを用いた.主要なサブモデルは表 1 に示す通りである.着火モデルと燃焼モデルは後述する最適化計算実施時に試行回数

を増やすために計算時間が速い SHELLモデルと CTCモデルを適用した.メッシュについても計算時間を優先するため,

解適合格子のベースサイズを4mm,最小サイズを0.5mmとし,

セクターモデルを用いた.熱損失はAmsdenらによる壁法則(6)

を適用して熱伝達率を算出し,壁面温度を一定として取り扱

うことで計算した.

Fig.1 Calculated heat balances under high load conditions

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Table1 Submodels for combustion simulation Breakup Model KH-RTWall Film Model O'Rourke and AmsdenIgnition Model Shell

Combustion Model CTC (Characteristic Time Combustion)Turbulence Model RNG k-ε

Wall Heat Transfer Model O'Rourke and AmsdenNOx Model Extended Zeldovich MechanismSoot Model Hiroyasu

Table2 Engine specifications and operating conditions Bore x Stroke 115 mm × 125 mm

Compression Ratio 16.5Combustion Chamber Type Re-entrant

Nozzle Hole Diameter x Number 0.137 mm × 9Swirl Ratio 1.8

Engine Speed 1200 rpmInjection Quantity 159.0 mm3/st.Injection Timing -5 °ATDC

Injection Pressure 130 MPa

0369

121518

050100150200250300

-30 -20 -10 0 10 20 30 40 50 60

R.O

.H.R

. [J

/°CA

]

Crank Angle [°ATDC]

Experiment

Calculation

Cyl

inde

r Pre

ssur

e [M

Pa]

Fig.2 Comparison between experimental and calculated cylinder pressure and rate of heat release

2.2. 精度検証結果燃焼計算の予測精度を検証するため,表2のエンジン諸元,

運転条件で試験した結果と比較した.エンジン回転数および

負荷については正味熱効率が最も高くなるポイントを選定し

た.筒内圧力および熱発生率を実験と計算で比較した結果を

図 2 に示す.図より,計算の方が若干熱発生率のピークが低く,燃焼期間が長期化しているが,概ね燃焼状態を模擬でき

ていることがわかる.また,表 3には図示燃料消費率(以下,

ISFC)と図示窒素酸化物排出量(以下,ISNOx)を相対比較した結果を示すが,両者とも数%の誤差で計算できている.以上より,本シミュレーションモデルが本研究の検討に供試す

るのに十分な精度を有していることが確認できた.

3.計算結果

3.1. 燃焼室形状と圧縮比が燃焼と熱損失に与える影響リエントラント型燃焼室,燃焼室口径と深さの異なる 2種

Table3 Comparison between experimental and calculated values of ISFC and ISNOx (relative values based on experimental values)

ISFC [-] ISNOx [-]Calculation 1.04 1.07Experiment 1.00 1.00

Re-entrant Shallow dish A Shallow dish B

Fig.3 Computational mesh of re-entrant-type, shallow dish A-type and shallow dish B-type combustion chambers

Re-entrant Shallow dish A Shallow dish B

Heat Loss [J]

Deg

ree

of C

onst

ant V

olum

e [-]

0.96

1

1.04

1.08

1.12

1.16

1.2

0.7 0.8 0.9 1 1.1 1.2

ISNOx (Relative Value) [-]

ISFC

(Rel

ativ

e Va

lue)

[-]

0.82

0.84

0.86

0.88

0.9

0.92

0.94

900 950 1000 1050 1100 1150

Open : CR16.5

Solid : CR20.0

Fig.4 Effects of compression ratio and combustion chamber shape on ISFC, ISNOx, heat loss and degree of constant volume

類の浅皿型燃焼室(以下,浅皿型 Aおよび浅皿型 B)を対象に燃焼室形状と圧縮比が燃焼および熱損失に与える影響につ

いて調査した結果を示す.計算メッシュは図 3 のとおりで,浅皿型Aは口径が小さく深さが深い形状,浅皿型 Bは口径が大きく深さが浅い形状となっている.燃焼室形状と圧縮比を

除くエンジン諸元と運転条件は表 2に示す条件とした.図 4の左図は ISNOxに対する ISFCの計算結果をリエントラント型燃焼室の圧縮比 16.5の結果を基準に相対値で示した

ものであり,白抜きのプロットが圧縮比 16.5の結果,塗りつぶしのプロットが圧縮比 20の結果である.また,右図は熱損失に対する等容度の計算結果を示している.図より,リエン

トラント型と浅皿型Aにおいては圧縮比の向上により,ISFCが改善していることがわかる.これは熱損失の悪化よりも理

論熱効率の向上代が大きいためと考えられる.一方,浅皿型B

については圧縮比の向上で ISFCが悪化しており,これは等容度の大幅な悪化が原因である推察される.

図 5に圧縮比 20で各燃焼室の熱発生率および筒内のガス温

度を可視化した結果を示す.リエントラント型では壁面衝突

により噴霧が上下に分割され燃焼が進み,筒内の空気を有効

に利用するため燃焼期間が短く等容度の高い燃焼となってい

る.浅皿型Aでは壁面衝突以降に熱発生率が緩慢となり燃焼が進む.これは燃料噴霧が燃焼室外周部に偏在し,中心部の

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-500

50100150200250300

-30 -15 0 15 30 45 60 75 90

Re-entrantShallow dish AShallow dish B

Crank Angle [°ATDC]

R.O

.H.R

. [J/

°CA

]Re-entrant

0°ATDC 9°ATDC 18°ATDC

1000

3000

2000

1500

2500

Tem

pera

ture

[K]Shallow dish A

Shallow dish B

Fig.5 Rate of heat release and cylinder gas temperature of re-entrant-

and shallow dish-type combustion chamber

空気を有効に利用できていないためと推察される.そのため,

低熱損失であるが低等容度燃焼となってしまったと考えられ

る.浅皿型 B では浅皿型 A よりも壁面衝突距離が長いため,衝突までの燃焼は活発に進むが,衝突が生じる時点から急速

に燃焼が緩慢となり,燃焼期間が長期化する.浅皿型 Aと同様に筒内の中心部の空気が有効に利用できず,過濃混合気が

燃焼室外周部に停滞してしまったためと推察される.

以上より,理論熱効率向上のために圧縮比を高めると燃焼

室容積が小さくなることにより,燃料が空気と混合しづらく

なり,浅皿型 Bのように形状によっては燃焼が悪化してしま

う.また,筒内ガス温度が上昇するとともに,噴霧と壁面と

の接触面積が増加するために熱損失が悪化してしまう.よっ

て,圧縮比向上による燃費改善の効果を最大限に得るために

は,等容度の悪化を抑えて良好な燃焼状態を維持した上で熱

損失を低減することが重要である.

3.2. 燃焼室形状最適化計算

高圧縮比の燃焼室を用いた場合に熱損失を低減させる形状

を最適化計算により探索した.燃焼室の外形形状を作成する

ロジックは図 6に示すWisconsin大学で提案された手法(7)を採

用した.本研究ではこのロジックの一部を変更し,7つ定義点から関数を用いて滑らかに曲線で結ぶことにより,様々な形

状を作成可能とした.このロジックと多目的汎用最適化ソフ

トウェアである ESTECO製modeFRONTIER,CONVERGEを組み合わせることで燃焼室形状の最適化計算を実施した.入

力変数は燃焼室形状を作成する定義点の座標と燃料噴射角度

(以下,β角度)とし,定義点の座標についてはリップ部が

形成されないように拘束条件を付与することで浅皿型に近い

形状とし,β角度は 148°,156°,164°の 3水準で変化させた.

また,燃焼計算は計算時間を削減するため,IVC から燃焼の大部分が終了する 30°ATDCまでの計算のみを実施して結果

(Gx , Gz)(Fx , Fz)

(Ex , Ez)

(Dx , Dz)

(Cx , Cz)

(Bx , Bz)(Ax , Az)

y

y

yy

Fig.6 University of Wisconsin-Madison-based method (7) used to create the chamber outline

Optimization Results Re-entrantShallow dish A Shallow dish B

3500 4000 4500 5000 5500

Heat Release [J]

600

650

700

750

800

850

900

950

-500 -450 -400 -350 -300

Hea

t Los

s [J

]

Work [J]

Fig.7 Optimized heat loss as a function of work and heat release

from IVC to 30°ATDC

を評価した.目的関数は積算熱損失量の最小化,積算した真

の熱発生量の最大化,積算仕事の最大化とし,最適化手法は

遺伝的アルゴリズム(Multi-Objective Genetic Algorithm II)を用いた.

最適化計算の流れは,①modeFRONTIERで燃焼室形状を作成する定義点の座標を決定②Wisconsin大学のロジックで外形形状を作成③圧縮比が 20 となるように形状を調整④

CONVERGE にてメッシュ作成⑤計算実行⑥評価項目である熱損失量などを modeFRONTIER へ出力変数として渡す⑦以下①から繰り返し,となっている.

図 7が最適化計算結果であり,それぞれ IVCから 30°ATDCまでの積算仕事と積算熱発生量と熱損失の関係を示している.

ここで,積算仕事は膨張行程の途中までの積算値であるため

負の値となっている.計算は総数で 199 デザイン実施し,総計算時間は約 125 時間である.図より,燃焼室形状によって熱損失量が大幅に増減し,初期検討時の浅皿型やリエントラ

ント型よりも燃焼状態が良く熱損失も低減できる形状がいく

つか見出されたことがわかる.最適化計算によって生成され

た燃焼室形状の一例を示したものを図 8 に示す.ベースの浅

皿型と比較すると口径および深さとも様々な形状が試行され

ていることがわかる.ここからは 30°ATDC時点で最大の熱発生率を示した解に着目する.以降はこの解を ID280と称する.

この解は熱損失と仕事のパレート解上に位置し,仕事最大か

つ熱損失が小さい解となっており,β角度は 148°である.

Page 4: 燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究 - …The combustion chamber shape was optimized using three dimensional CFD simulations to reduce heat loss for a

600

650

700

750

800

850

900

950

3500 4000 4500 5000 5500

Hea

t Los

s [J

]

Heat Release [J]

Shallow dish A β=156°

ID101 β=156°

ID130 β=156°

ID205 β=148°

ID280 β=148°

ID44 β=148°

Re-entrant β=156°

Fig.8 Cylinder gas temperature profiles of various combustion chamber shapes at different spray angles

0

400

800

1200

-30 -15 0 15 30 45 60 75 90

-50050100150200250300350

Crank Angle [°ATDC]

Cum

ulat

ive

Hea

t Los

s [J

]

R.O

.H.R

. [J/

°CA

]0

5

10

15

20

25

Cyl

inde

r Pre

ssur

e[M

Pa]

Re-entrant

Shallow dish A

ID280

Fig.9 Cylinder pressure, rate of heat release, and cumulative heat loss of re-entrant-type, shallow dish A-type and ID280-type

combustion chambers

図 9に ID280,浅皿型A,リエントラント型燃焼室における筒内圧力,熱発生率,積算熱損失量を示す.ID280では予混合

燃焼が緩慢に,拡散燃焼が活発になっており,筒内最大圧力

が低下している様子がわかる.これらにより燃焼音やフリク

ションの低減が期待できる.また,燃焼期間はほぼ同等で等

容度の高い燃焼となっているものの,熱損失はリエントラン

ト型より低下している.図 10に示す ID280の筒内ガス温度分布からは噴射初期に噴霧の一部が壁面衝突により燃焼室中心

部に滞留する様子が確認できる.その後,噴霧の下半分は壁

面に沿って発達するが,そこでは空気導入が阻害されるため

温度が低下している.これらの現象が予混合燃焼の緩慢化を

引き起こしたと推察される.さらに噴霧が発達すると燃焼室

内には反時計回りの流れが形成される.噴射中の燃料噴霧と

噴霧先端が干渉しないため,筒内の空気を有効に利用できて

おり拡散燃焼が活発になったと考えられる.

ピストン,シリンダライナー,シリンダヘッドからの熱損

1000 300020001500 2500Cylinder Gas Temperature [K]

-3°ATDC 0°ATDC 3°ATDC

6°ATDC 9°ATDC 12°ATDC

15°ATDC 18°ATDC 21°ATDC

Fig.10 Cylinder gas temperature in the ID 280 combustion chamber

020406080

100120

-30 -15 0 15 30 45 60 75 90

0510152025303540

Crank Angle [°ATDC]

0

50

100

150

200

250

Hea

t los

s fro

m

pist

on [J

/°CA

]H

eat l

oss

from

cy

linde

rhea

d[J

/°CA] H

eat l

oss

from

cy

linde

rlin

er[J

/°CA]

Re-entrant

Shallow dish A

ID280

Fig.11 Heat loss to piston, cylinder liner, and cylinder head for re-entrant-type, shallow dish A-type, and ID280-type combustion

chambers

失の時間履歴を図 11に示す.ID280ではピストンとの接触面

積が比較的大きいにもかかわらず熱損失が小さい.シリンダ

ライナーへの熱損失はリエントラント型とほぼ同等で,シリ

ンダライナーへ噴霧が進行しづらい浅皿型Aが小さい.また,

シリンダヘッドとの接触時期が遅いため ID280 ではシリンダヘッドへの熱損失が立ち上がるタイミングが遅いものの積算

値はリエントラント型とほぼ同等となっている.

ピストンへの熱損失が低下した原因を調査するため,図 12にリエントラント型と ID280で 8°ATDCにおける熱流束,壁面近傍ガス温度,熱伝達率,乱流エネルギについて示す.図

より,熱流束はリエントラント型では噴霧が衝突するリップ

部分で,ID280では噴射初期に壁面と衝突する燃焼室中心部で大きくなることがわかる.また,ガス温度は噴霧中心部で低

く,噴霧外周部で高くなっていることがわかる.ID280では壁面に沿って噴霧が発達する部分で温度が低くなっている.熱

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伝達率についてはいずれの燃焼室についても熱流束と同様の

傾向を示しており,熱流束と強い相関があることがわかった.

また,リエントラント型の熱伝達率が高い原因は壁面近傍の

乱流エネルギが ID280 よりも高いためと推察される.以上より,ID280では壁面近傍のガス温度が低く,熱伝達率も低いため,ピストンへの熱損失が低下したと考えられる.

図 13左には噴射時期を変更した際の ISFCと ISNOxのトレードオフを,右には等容度と熱損失のトレードオフを示す.

この結果は IVCから EVOまで計算した結果であり,メイン噴

射タイミングは-3°から-11°まで 2°刻みで変更した.浅皿型 Aではいずれの噴射時期においても熱損失量が少ないものの等

容度が低いことから,燃焼状態が良好でないと推察され,ISFC

もほかの二つの燃焼室と比較して悪化している.一方,リエ

ントラント型は熱損失が大きいものの等容度が高く,ISFCも

0.0

3.0x107

1.0x107

2.0x107

Max. 3.17x107 W/m2Max. 3.51x107 W/m2

Max. 4.13x104 W/m2K Max. 3.33x104 W/m2K

Max. 3.18x102 m2/s2Max. 3.67x102 m2/s2

Max. 2577 K Max. 2510 K1000

2500

1500

2000

0.0

3.0x104

1.0x104

2.0x104

0.0

3.0x102

1.0x102

2.0x102

Heat flux[W/m2]

Gas Temperature

near the chamber wall

[K]

Heat transfer

coefficient[W/m2K]

Turbulent kinetic energy[m2/s2]

Re-entrant ID280

Fig.12 Heat flux, gas temperature near the chamber wall, heat transfer coefficient, and turbulent kinetic energy for re-entrant- and

ID280-type combustion chambers

0.8

0.82

0.84

0.86

0.88

0.9

0.92

0.94

0.96

900 1000 1100 1200 1300

Heat Loss [J]

Deg

ree

of C

onst

ant V

olum

e [-]

0.96

0.98

1

1.02

1.04

1.06

1.08

1.1

1.12

1.14

1.16

0.8 1.3 1.8 2.3

Shallow dish A

Re-entrantID280

Advancedinjection timing

ISNOx (Relative Value) [-]

ISFC

(Rel

ativ

e V

alue

) [-]

Advancedinjection timing

Fig.13 ISFC, ISNOx, degree of constant volume, and heat loss of

re-entrant-type, shallow dish A-type and ID280-type combustion chambers

良好であり,進角に伴い ISFCが改善する傾向が見られる.これに対して,ID280はリエントラント型と比較して若干等容度が低いものの,熱損失量が小さく,リタード側である-3°から-7°の範囲で燃費とNOxのトレードオフが改善可能であることが明らかとなった.

4.実機検証結果最適化計算により見出された燃焼室が熱損失を低減可能か

確認するため,単気筒エンジンを用いて実機検証を行った.

装置の都合上,運転条件は機関回転速度 1000rpm,噴射量100mm3/st.,噴射圧力 200MPa,EGR0%とした.また,圧縮比20の ID280,リエントラント型の燃焼室には噴孔径0.117mm,

噴孔数 10,β角度 155°のインジェクタを使用し,圧縮比 20の浅皿型 A 燃焼室,噴孔径 0.14mm,噴孔数 7,β角度 130°のインジェクタを使用した.

図 14は噴射タイミングを-7, -5, -2, 0, 2, 5, 7°ATDCと変更したときの等容度,排気温度,スモーク,NOx排出濃度,ISFCを示している.図よりリエントラント型は ID280,浅皿型 A

より等容度が高い燃焼となっていることがわかる.排気温度

は噴射タイミングによらず ID280が最も高く,30~60℃向上している.ID280ではスモークが高く,これは噴射初期に燃焼室

中心部に衝突させたことで局所的に過濃領域が形成されたた

めと推察される.NOx については予混合燃焼が抑えられたことでリエントラント型に比べ低くなっている.ISFCは浅皿型

に対して大幅に向上しており,進角側でリエントラント型と

170175180185190195

-9 -6 -3 0 3 6 9Injection timing [°ATDC]

ISFC

[g/k

Wh] NO

x [p

pm]

Smok

e [F

SN

]

01000200030004000

0

0.5

1

1.5400

450

500

550

Deg

ree

of c

onst

ant

volu

me

[-]

Exha

ustt

emp.

[K]

0.85

0.90.95

1

ID280

Shallow dish A

Re-entrant

Fig.14 ISFC, NOx, smoke, exhaust temperature, lambda, and degree

of constant volume for re-entrant-type, shallow dish A-type, and ID280-type combustion chambers

Page 6: 燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究 - …The combustion chamber shape was optimized using three dimensional CFD simulations to reduce heat loss for a

ほぼ同等となっている.

ID280で ISFCが改善した原因を調査するため,噴射タイミング-5°ATDCの条件でのヒートバランスを図 15に,熱発生率

と筒内圧力を図 16に示す.図 15より ID280では熱損失が 4.4ポイント低減し,排気損失が 2.9ポイント,正味仕事が 1.3ポイント高くなっており,熱損失が低減したことで熱効率の向

上が実現できていることがわかる.リエントラント型と比べ

ると熱損失が低減しているものの,その改善分がほとんど排

気損失の増加につながっているため,正味仕事はほぼ同等と

なっている.また,図 16より,予混合燃焼が緩慢となり拡散燃焼が活発していることが確認できる.これは計算で予測さ

れた通り,噴射初期から噴霧を壁面に衝突させたこと,燃焼

後半においては反時計回りの流れが形成され中心部の空気と

の混合が促進されたためと推察される.よって,熱損失が低

減した原因についても,計算で予測された通り壁面衝突時の

壁面近傍ガス温度の低下が一因であると推察される.

以上より,最適化計算により見出された燃焼室が良好な燃

焼を維持しつつ,熱損失を低減可能であることを確認できた.

5.ま と め高圧縮比エンジンにおける熱損失の低減を目的に,燃焼

Fig.15 Heat balances of shallow dish A-type, ID280-type, and re-entrant-type combustion chambers

0

5

10

15

20

Cyl

inde

r Pre

ssur

e [M

Pa]

050

100150200250300

-30 -20 -10 0 10 20 30 40 50 60

R.O

.H.R

. [J

/°CA]

Crank Angle [°ATDC]

Re-entrant

Shallow dish A

ID280

Fig.16 Heat release and cylinder pressure of shallow dish A-type and ID280-type and re-entrant-type combustion chambers

CFDシミュレーションを用いた燃焼室形状の最適化計算を実施し以下の結果を得た.

(1) 理論熱効率向上のために圧縮比を高めると燃焼室容積が

小さくなることにより,燃料が空気と混合しづらくなり,形

状によっては燃焼が悪化する.

(2)高圧縮比化により筒内ガス温度が上昇するとともに,噴霧

と壁面との接触面積が増加するために熱損失が悪化する.よ

って,燃費改善の効果を最大限に得るためには,等容度の悪

化を抑えて熱損失を低減することが重要である.

(3)燃焼室形状の最適化計算を実施した結果,浅皿型燃焼室において噴射初期に噴霧の一部を燃焼室中心部に衝突させ,噴

霧主要部を壁面に沿わせて発達させることで,良好な燃焼状

態を維持しつつ熱損失を低減できる可能性があることが示唆

された.

(4)単気筒エンジンを用いた実機検証により,最適化計算で見

出された燃焼室形状は浅皿型燃焼室と比較して,熱損失が低

減したことで熱効率が 1.3ポイント改善されたことが明らかとなった.

謝 辞

本研究の実験遂行に際して,株式会社いすゞ中央研究所の

清水隆之氏に多大な協力を得たことに感謝の意を記す.

参 考 文 献

(1) 荒戸景太ほか,トータルエンジンシミュレーションシステム用0次元ディーゼル燃焼モデルの総合的な精度向上(第2報),自動車技術会学術講演会前刷集,No.115-13 (2013)

(2) 小坂英雅ほか,壁温スイング遮熱法によるエンジンの熱損失低減‐数値計算による適切な遮熱膜特性の検討‐,自動車

技術会論文集,Vol44,No1,p.39-44 (2013)

(3) Sudhakar Das et al., Factors Affecting Heat Transfer in a Diesel Engine: Low Heat Rejection Engine Revisited, SAE Paper 2013-01-00875 (2013)

(4) Hideaki Osada et al., Reexamination of Multiple Fuel Injections for Improving the Thermal Efficiency of a Heavy-Duty Diesel Engine,SAE Paper 2013-01-0909 (2013)

(5) 稲垣和久ほか,高分散と筒内低流動を利用した低エミッション・高効率ディーゼル燃焼‐燃焼コンセプトの提案と単筒

エンジンによる基本性能の検証‐,自動車技術会論文集,

Vol.42,No.1,p.219-224 (2011) (6) Anthony A. Amsden et al., KIVA-3V: A Block Structured KIVA Program for Engines with Vertical or Canted Valves, Los

Alamos National Laboratory Report No. LA-13313-MS, 1997. (7) Song-Charng Kong et al., Numerical Modeling of Diesel Engine Combustion and Emissions Under HCCI Like

Conditions With High EGR Levels, SAE Paper 2003-01-1087 (2003)